健康情報: 2007

2007年11月28日水曜日

温経湯

温経湯(うんけいとう)

〔出典〕金匱要略
〔処方〕呉茱萸、半夏、麦門冬各3.0g 川芎、芍薬、当帰、人参、桂枝、阿膠、牡丹皮、生姜、甘草各2.0g
〔目標〕1,五十才ばかりの婦人で、子宮出血が数十日もやまず、日暮れになると熱が出て、下腹が引きつれ、腹が張り、掌がぽかぽかと熱っぽく唇が乾燥するもの。
2.冷え性の婦人で、下腹が冷たく、永い間妊娠しないもの、またこのような婦人で、子宮出血が多かったり、月経が多量に下ったり、また月経の不順があるもの。
〔かんどころ〕全体に皮膚ががさがさしている。殊に唇が乾き、掌も乾燥して熱っぽい。それでいて冷え性で月経異状がある。
〔応用〕更年期出血。指掌角皮症。上肢殊に手の甲、掌、指に限局する湿疹。月経困難症。不妊症。
〔治験例〕
1.進行性指掌角皮症
 三十二才の主婦、三年前より掌が荒れ、殊に右側の掌は、指紋が消失し、がさがさに乾燥し、冬は殊に増悪する。某病院の皮膚科の治療を受けているが、治らないという。
 栄養、血色、普通。月経は正調、腹診上も、特に変化無く、ただ腹直筋が下腹でやや緊張しているだけである。口唇は乾燥する気味だという。
 そこで温経湯を与えたところ、十日目頃より効果が現れ、二ヶ月あまりで全治した。
2.不妊症。
 結婚後十四年になるも、妊娠しないという三十四才の婦人。栄養、血色ともに普通、ただ冷え性で、腰のあたりが殊に冷え、冷えると腰痛を訴える。月経は正調にくるし、困難症はないが、量が少ない。手の指と甲に湿疹があり、時々憎悪すると、かゆくなる。患部は乾燥して、がさがさしている。
 腹部は一体に緊張が強く、左右の下腹に圧痛がある。
 はじま当帰芍薬散料を与える。服薬一カ年に及ぶも、何の変化もない。そこで桂枝茯苓丸料とする。これをのむと、気持ちが悪いという。そこで温経湯に転方。これをのみはじめると、湿疹が先ずよくなった。月経の量が多くなった。服薬三カ年にして妊娠、めでたく無事分娩。   
漢方精撰百八方 大塚敬節




商品名製造販売元
発売元又は販売元
一日製剤量(g) 添加物 剤形 効能又は 効果 用法及び用量 半夏(ハンゲ) 麦門冬(バクモンドウ) 当帰(トウキ) 川芎(センキュウ) 芍薬(シャクヤク) 人参(ニンジン天: 桂皮(ケイヒ) 阿膠(アキョウ) ゼラチン 牡丹皮(ボタンピ) 甘草(カンゾウ) 生姜(ショウキョウ) 呉茱萸(ゴシュユ)
1 コタロー温経湯エキス細粒 小太郎漢方製薬 12.0 ステアリン酸マグネシウム、トウモロコシデンプ ン、乳糖水和物、プルラ ン、メタケイ酸アルミン 酸マグネシウム 細粒 冷え症で手掌がほてり、口唇が乾燥しやすいつぎの諸症に用いる。 指掌角皮症、更年期神経症、月経不順、月経過多、月経痛、頭痛、腰痛、帯下。 食前又は食間
2~3回
4.0 4.0 3.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 0.5 1.0
2 ツムラ温経湯エキス顆粒(医療用) ツムラ 7.5 日局ステアリン酸マグネ シウム、日局乳糖水和物 顆粒 手足がほてり、唇がかわくものの次の諸症: 月経不順、月経困難、こしけ、更年期障害、不眠、神経症、湿疹、足腰の冷え、しもやけ 食前又は食間
2~3回
4.0 4.0 3.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 1.0 1.0

2007年6月6日水曜日

甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)

方極
急迫して狂驚を発する者を治す。
方機
心中煩躁し、悲傷して哭せんと欲し、腹中濡なる者(紫円或は解毒散兼用)。
類聚方廣義
蔵は子宮也。此方の蔵躁を治するは、能く急迫を緩むるを以て也。嬬婦、室女にて、平素憂鬱、無聊にして夜々眠らざる等の人、多くは此の症を発す。発すれば 則ち悪寒発熱、戰慄錯語、心神恍惚として居るに席を安ぜず酸泣すること已まず此の方を服すれば立に効あり。 又癇症、狂症前症に髣髴たる者亦奇験あり。
勿誤薬室方凾口訣
此の方は婦人藏躁を主とする薬なれども凡て右の腋下臍傍の邊に拘攣や結塊のある處へ用ゆると効あるものなり又小児啼泣止まざる者に用いて速効あり又大人の癇に用ゆることあり病急なる者は甘を食い之を緩むの意を旨とすべし。
方與睨
男女老少に拘らず妄りに悲傷哭する者に一切之を用いて効あり。甘草・大棗は窮迫を緩めるなり小麦は霊樞に心病小麦を食うに宜しと云い千金に小麦心気を養うと云う凡そ心疾にて迫る者に用いて可なり。 (皮付き小麦を用う?)
古方便覧
急迫して狂の如く悲傷するものを治す。
小倉重成
神経症様症状、強い煩躁。

勿語薬室方函口訣』
婦人藏躁を主とする薬なれども凡て右の腋下剤傍の辺に拘攣や結塊のある処へ用ると効あるもの也又小児啼泣止まさる者に用て速効あり又大人の癇に用ること有 病急者食甘緩之の意を旨とすへし先哲は夜啼客忤左に拘攣する者を柴胡とし右に拘攣する者を此方とすれども泥むへからす客忤は大抵此方にて治するなり
※忤:ご、さからう

『臨床応用 漢方處方解説 増補改正版』 矢数道明著 創元社刊
27 甘麦大棗湯 ヒステリー・ノイローゼ・夜啼症・癲癇・舞踏病・子宮痙攣・・・・・・・・・・一〇八
27 甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう) 〔金匱要略〕
   甘草 五・〇  大棗 六・〇  小麦 二〇・〇

〔応用〕神経の興奮の甚だしいものを鎮静させ、また諸痙攣症状を緩解させるときに用いる。
 本方は主としてヒステリー・神経衰弱・ノイローゼ・幼児夜啼症・不眠症・癲癇等に用いられ、また舞踏病・チック病・精神病(鬱病・躁病)・泣き中風・笑い中風・夢遊病・胃痙攣・子宮痙攣・痙攣性咳嗽・蛔虫による腹痛と嘔吐、また方後に脾気を補うとあるにより、胃腸弱く疲れやすく、あくびを頻発するという病証な体どに応用する。

〔目標〕両腹直筋、とくに右側腹筋が攣急し、脳神経系統に急迫の状あるものを目標とする。
 金匱の条文に「婦人臓躁」とあって、これは今日のヒステリー、あるいは躁鬱病などに相当し、ゆえなく悲しみ、些々たることにも涕泣し、不眠に苦しみ、甚だしいときは昏迷、または狂躁の状を呈し、あくびを頻発するなどの症状を目標とする。
 本方は婦人にはよく効くが男子には効かないといわれているが、必ずしも決定しがたい。主として婦人に適応するものであるか、男子でも女性的な病症を呈するものには用いてよい。

〔方解〕 構成薬物はきわめて簡単なものばかりで、みな甘味の剤、急迫を緩め、心気を養うというものである。
 甘草も大棗も緩和の薬で、切迫した筋の拘攣・神経の興奮・諸疼痛等を緩解し、小麦も緩和鎮静の能があり、とくに心を養い、脳神経の興奮を静める作用がある。
 また方後に脾気を補うとあるが、龍野一雄氏は、「甘草も大棗も味甘く、脾気を補うものと解釈される。また甘草は表裏の急迫を緩め、大棗は胸部と腹部に作用し、腹は脾、胸は心を補い、肺を潤し、小麦は心気を養い、また肝気の虚を補う働きがある」といっている。相見三郎氏、精神身体医学的運用(日東医会誌 二八巻一号)。

〔主治〕
 金匱要略(婦人雑病門)に、「婦人蔵躁、喜悲傷シテ哭セント欲シ、象神霊ノ作ス所ノ如ク、数欠呻ス」とあり、
 類聚方広義には、「臓ハ子宮ナリ、此ノ方ノ蔵躁ヲ治スルハ、能ク急迫ヲ緩ムルヲ以テナリ。孀婦(未亡人・やもめ)、室女(未婚の処女)平素憂鬱無聊ニシテ夜々眠ラザル等ノ人、多クハ此ノ症ヲ発ス。発スレバ 則チ悪寒発熱、戦慄錯語、心神恍惚トシテ居ルニ席ヲ安ゼズ、酸泣(悲しみ泣く)スルコト已マズ。此ノ方ヲ服スレバ立チニ効アリ。 又癇症、狂症、前症ニ髣髴タル者マタ奇験アリ」とあり、
 方輿輗には、「此ノ方ハ金匱ニ婦人蔵躁トアレドモ、男女老少ニ拘ワラズ、妄リニ悲傷哭スル者ニ一切之ヲ用テ効アリ。蓋シ甘草、大棗ハ急迫ヲ緩メルナリ、小麦ハ霊枢ニ心病宜シク小麦ヲ食ウベシト云イ、千金ニ小麦ハ心気ヲ養フト云フ、凡ソ心疾ニテ迫ル者ニ概用シテ可ナリ 。
 近頃一婦人アリ、笑テ止マズ、諸薬効ナシ。ココニ於テ余沈思スラク、笑ト哭クトハ是レ心ニ出ルノ病ナリト、因テ甘麦大棗湯ヲ与フルニ不日(日ならず、やがて)ニシテ癒ユルコトヲ得タリ」と。
 また「此レヲ用イ、児ノ啼哭(夜啼き)ヲ治スルコト甚ダ多シ。此レ本婦人蔵躁ヲ療スルノ方ナリ、然ルニ嬰児ニ利アルコト又此ノ如シ。凡ソ薬ニ老少男婦ノ別ハナキモノナリ。婦人ト云イ、小児ト称スルモ、必ズ拘執スルコト莫レ」とある。
 勿誤方凾口訣には、「此ノ方ハ婦人蔵躁ヲ主トスル薬ナレドモ、凡テ右ノ腋下臍傍ノ辺ニ拘攣ヤ結塊ノアル処ヘ用ユルト効アルモノナリ。又小児啼泣止マザル者ニ用イテ速効アリ。又大人ノ癇ニ用ユルコトアリ、病急ナルモノハ甘ヲ食イテ之ヲ緩ムノ意ヲ旨トスベシ」とある。

 〔備考〕
 (1) 蔵躁の義は子宮とする説と、医宗金鑑のように心臓とする説とがある。いずれにもとれることがある。
 (2) 喜(しばしば)と読むのが普通であるが、あるいはよろこぶと読み、腹証奇覧のように、或は喜び、或は悲しみ、或は笑い、或は泣き、その状狐狸の憑きたるが如しと解釈するものもある。
 (3) 山田業広や宇津木昆台のごとく、本方は婦人には効くが男子には効かないといっている人もあり、有持桂里のように、これを否定している人もある。著者も分裂症の一七歳の男子と、てんかんの一六歳の男子に用いて奏効したことがある。

〔鑑別〕
半夏厚朴湯118(神経症○○○・気鬱、咽中炙臠) ○柴胡加竜牡湯44(神経症○○○・心下痞硬、臍上動悸) ○甘草瀉心湯119(神経症○○○・心下痞硬、下痢、腹中雷鳴) ○苓桂甘棗湯(神経症○○○・心悸亢進)

〔治例〕
 (一) 外傷後のひきつけ
 小学校三年の女子。誤って転落して頭を強打し、人事不省に陥ること三日に及んだ。覚めてみると右半身不随となり、一昼夜に数十回も角弓反張(全身痙攣)の発作を起こして人事不省となる。覚めてみると、あくび頻発し、言語は不明瞭、諸治療をうけたが効がなかった。診ると全身に軽度の浮腫があり、脈はやや数、右腹直筋の攣急が強度で棒のようである。本方一ヵ月間服用ののち発作が減少し、一〇ヵ月で全治した。
(大塚敬節氏、皇漢医学要訣)

 (二) 猛烈な癲癇発作
 一六歳の男子。一見頑健そうに見える。幼時脳膜炎にかかった。八歳のときから癲癇の発作を起こし、年とともに激しくなった。諸治療をうけたが治らず、ついに信仰に頼り、懺悔と祈りの行に励んでいた。しかし読経に熱中すればするほど発作が激しく、これは祖先の霊のたたりであると信じている。
 脈は弦で、腹筋は緊張拘急し、肝臓が腫大し、圧痛がある。初め柴胡清肝散効なく、次に柴胡加竜牡湯を与えたが無効。再び柴胡清肝散にすると発作はいよいよ激しく、連続昏睡が三時間も続き、三日三晩発作の連続であった。
 そこでこの急迫的発作と、その行動が神がかりの状態であるので、甘麦大棗湯にした。
 これをのむと夢からさめたように発作はやみ、二ヵ月間続けているうちに、軽い発作が二度起こっただけで性格も一変して従順になった。このような猛烈な発作に柴胡剤や黄連解毒剤のような苦味は適当せず、甘味のあっさりしたものがよいようである。 (著者治験 漢方百話)

 (三) 鬱病
 戦後二年ほど経たころ、茨城の田舎で往診した。一七歳の頑健そうな男子である。半年ほど前から学校を休んで、呆然として毎日を過ごすようになった。何事をするにも意欲がなく、いかにも物憂い態度である。
 この患者の特徴として、午後四時になるときまって自ら一室に入り、何事かを悲しむがごとく、さめざめと泣き続け、一時間ほどするとやみ、部屋から出てくるというのである。
 患者は全く無表情で、自ら容態を訴えようとはしない。脈は特記すべきものはないが、腹部は堅く、板のように張りつめている。
 婦人ではないが、しばしば悲しんで泣くという。その様はあたかも憑きものでもついたようで、毎日きまって一室に入って泣くということが、「喜悲傷哭せんと欲し、象神霊のなすところのごとし」に相当するものとして、甘麦大棗湯を与えたところ、二ヵ月ほどで泣くことはやみ、漸次回復した。  (著者治験)

※涕泣(ていきゅう):涙を流して泣くこと。



甘麦大棗湯の不思議
 甘麦大棗湯は甘草、小麦、大棗の3味からなる非常に単純な漢方薬です。強い鎮静作用があり、不安感の強い場合に大変よく効く処方です。先日も不安感が強く、いてもたってもいられない中年の女性にこの薬を頓服として処方したところ、1週間後には晴れ晴れした顔で来院し「あの薬は大変良く効きました。できれば1日3回飲ませてください。」といわれました。この方に限らず、外れのない薬として私は頻用しています。
 この3味からなる単純な漢方薬のどこにそんな力があるのか、誰しも不思議に思います。甘草、大棗は多くの漢方薬に含まれているありふれた生薬ですし、小麦は使われることの少ない生薬ですが、何といっても小麦です。この薬を処方すると皆さん甘くて飲みやすいとおっしゃいます。甘草も大棗も甘味のある生薬ですので、小麦が入ったとてかなり甘味が前面に出た処方です。甘味は人を幸福にする味覚といわれています。この甘味こそ甘麦大棗湯の面目ではないでしょうか。不安で落ち着かない時、人は甘味を求めるのでしょう。
 14gも入っている小麦の作用は何なのかわかりませんが、小麦の含まれている厚朴麻黄湯には鎮静作用があまりないことから、小麦に特に鎮静作用がある訳でもなさそうです。しかし甘草と大棗の入った大多数の処方にはもちろん鎮静作用がないことから、甘草と大棗だけではだめで、甘草、小麦、大棗の3味が合わさって初めて鎮静作用が出現するようです。不思議ですね。
 西洋薬の安定剤と違って甘麦大棗湯では眠気はおきません。一度使ってみるとその効果の確かさに驚き再び使ってみたくなる薬です。本当に甘麦大棗湯は不思議な薬です。
慈温堂遠田医院(雨宮修二)



甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)

甘麦大棗湯は『金匱要略』下巻婦人雑病篇第22が出典である。本書は3世紀初の張仲景が編纂した『傷寒雑病論』の雑病部分に由来し、北宋代に伝わっていた不完全な伝写本から一種の復元作業により、1066年に初めて校定・刊行され世に広まった。

 『金匱要略』の書式からして甘麦大棗湯はこの校刊時に増補された処方ではないが、仲景の書に由来する『傷寒論』などには記載がない。類文があるのは仲景の書を集成して後世に伝えたとされる、3世紀末の王叔和が編纂した『脈経』巻9の第6篇くらいだろう。

 さて『金匱要略』の主治条文は、「婦人の蔵躁、しばしば悲傷して哭せんと欲し、かたち神霊のなす所の如く、しばしば欠呻す。甘麦大棗湯これを主る」と記す。一方、『脈経』では「蔵躁」が「蔵燥」、「甘麦大棗湯」が「甘草小麦湯」となっている。『金匱要略』の甘麦大棗湯は甘草・小麦・大棗の3味を湯とするので、方名はまさしく読んで字のごとし。

 他方、『脈経』の「甘草小麦湯」は薬味を記さず、それが甘草・小麦の2味だったとは速断できない。というのも『金匱要略』の主治条文以下、構成薬味文の冒頭は「甘草小麦大棗湯方」と記すので、その大棗を略して甘草小麦湯と呼んだ可能性も十分考えられるからである。

 蔵「躁」と蔵「燥」については、山田業広『金匱要略札記』に詳細な考証がある。これによると古くは子宮が蔵と呼ばれたこともあるので、子宮の血が乾燥している意味になる『脈経』の「蔵燥」に妥当性が高いという。至当な解釈といえよう。

 ちなみに小麦や大麦を使う処方は『金匱要略』に計5首あるが、前2世紀の出土医書に漠然とした麦の記載が1回あるのみで、『傷寒論』など漢代の他医書や薬書には記述すらない。本草書では4~5世紀の『名医別録』から小麦・大麦を収載するので、麦類の薬用開発はそう早くないらしい。とするなら甘麦大棗湯の出典は『金匱要略』であるにしても、仲景~叔和ころの創方だった可能性も疑っておくべきだろう。

真柳 誠「漢方一話 処方名のいわれ67-甘麦大棗湯」『漢方診療』18巻1号4頁1999年1月


『漢方精撰百八方』 相見三郎著
甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)
[方名] 甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)
[出典] 金匱要略   
[処方] 甘草5.0  大棗5.0 小麦20.0
[目標] 婦人蔵躁(ふじんぞうそう)、喜悲傷哭(きひしょうこく)せんと欲し、象(かたち)神霊の作す所の如く、しばしば欠伸(けっしん;あくび)す、というのが目標で、蔵
はヒステリーのことであるがら、ヒステリーの発作を起した時や、夢遊病のようなものに応用される。
[応用] ヒステリー症の発作。子どものねぼけ。舞踏病。
[かんどころ] この薬方はあまり日常用いられない。一般に漢方ことに古方の処方は証を厳密につかまないと適確な効果を得られないものであるが、この甘麦大棗湯はあまりはっきりした証がつがめないので用法が困難である。それであるからヒステリーの症状の場合でも、若し腹証を診て胸脇苦満があるようならば、むしろ小柴胡湯の類方をやった方が確実である。
 つまり腹証などに特にはっきりしたもののない場合で、神経症またはヒステリーの診断のついたものにこの甘麦大棗湯を使ってみるとよい。勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)には本方の腹証として右の腋下臍傍の辺に拘攀や結塊のあるものに用いると効があるとあるが、瘀血の証のことを言つているのであろうか。
[応用例] 矢数道明氏は本方を癲癇発作の猛烈なものに用いて卓効を得たと漢方百話に報告している。また、大塚敬節氏は「漢方治療の実際」の中で本方は右腹直筋のひどく突っぱっているものに効があるという。
 小児が夜中にふと起きて家の中を廻り歩きまたふと寐床に入って眠り、翌日そのことを知らないようなものに用いるとよいという。また、夜中に突然胸元が苦しくなつて喘でもなくアイ気でもない、今日でいえばヒステリー球のようなものに効があったという報告がある。
 治験例。四十才の独身の婦人で、看護婦をしていた者で、不眠症にかかり、自分勝手に新薬をむやみにのんでいるうちに、起き上ろうとすると目まいがしてふらふらとたおれそうになる。そんなふうで、たった一人でアパートに病臥して、自分で電気をつけることも出来ない。金もないので施療することとし、甘麦大棗湯をやったが二十日分ぐらいでどうやら自分で身の廻りのことが出来るようになった。
 四十五才の男。長年ノイローゼ状態でー寸仕事につくとすぐやめてしまい、蒲団をがぶって寐ている。ひげもぼうぼうと生やしっぱなしで、殆んど周囲に無関心という無表情さである。甘麦大棗湯をやったところ、のそのそと起ぎ出して画をかいたりなにかしだしだ。   


漢方診療の實際 改訂第一版』大塚 敬節、矢數 道明、清水 藤太郎 著 南山堂刊
甘麦大棗湯
 本方は神経の興奮の甚しいものを鎮静し、諸痙攣症状を緩和する効がある。婦人に効が多く、男子には効をみることがまれである。最も屡々ヒステリー・神経衰弱症に用いられ、患者は故なくして悲しみ、些々たることにも涕泣し、不眠に苦しみ、甚しい時は昏迷または狂躁状を呈するに至る。また癲癇及び精神病等で、発作が猛烈で間断ない激症に用いて奇効がある。腹は多くは両腹直筋が板の如く拘急しているが、中には軟弱のものもある。
 本方中の甘草・大棗は緩和剤で、非常に切迫した筋の拘攣・神経興奮・疼痛等を緩和する。
 以上の目標を以て此方は、ヒステリー・神経衰弱・小児夜啼症・不眠症・癲癇・舞踏病・精神病・胃痙攣・子宮痙攣・痙攣性咳嗽・蛔虫による腹痛・嘔吐等に応用される。



漢方薬の実際知識』 
東丈夫 村上光太郎 著 東洋経済新報社刊 
 5 甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)  (金匱要略)
 〔甘草(かんぞう)五、大棗(たいそう)六、小麦(しょうばく)二十〕
 本方は、神経の興奮のはなはだしいものを鎮静し、諸痙攣症状を緩解する作用がある。したがって、腹直筋が攣急し、精神不安で泣いたり、筋肉が不随意運動したりするものを治す。また、躁うつ病に用いられる。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、甘麦大棗湯證を呈するものが多い。
 一 ヒステリー、神経衰弱、精神不安、ノイローゼその他の精神、神経系疾患。
 一 そのほか、小児夜啼き、夢遊病、中風、胃痙攣、子宮痙攣など。

甘麦大棗湯については、下記のサイトもご参考下さい。
甘麦大棗湯 と うつ(鬱)
http://kenko-hiro.blogspot.com/2010/09/blog-post_20.html


【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html

2007年5月29日火曜日

漢方薬の実際知識

主要薬方解説
漢方の薬方は、一見一つ一つが独立したもののようであるが、作用の上からみていくと、虚実のちがいはあっても関連したいくつかの系統に分ける ことができる。配剤された薬味と作用の関係をみると、一つの薬方に加減され、作用が相加的、相乗的、相殺的に増大され、その薬方の応用範囲が増減し、一連 の薬方が形成され、また虚実が変わり、あるときは一味の加減によって、まったく別の系統の薬方となったり、まったく別の生薬ばかりが配合されているのに同 じ系統の作用を呈したりする。したがって、一つ一つの薬方だけをみたのでは、陰陽・虚実・寒熱・表裏・内外・上中下・気血水の把握は困難であるが、薬方を 系統的に眺めると、それらの把握が容易となる。
そこで本書では、1柴胡剤〔胸脇苦満を訴えるものに用いられる。しかし、虚証では胸脇苦満は軽微で体質改善薬的意味が強くなる〕、2順気剤 〔気のうっ滞や上衝などの気の異常のあるものに用いられる〕、3駆瘀血剤〔瘀血症状を訴えるものに用いられる〕、4表証〔病変が表の部位にのみある場合に 用いられる〕、5麻黄剤〔麻黄(まおう)を主薬としたもので、麻黄の作用である皮膚の排泄機能障害に用いられる。胃腸系統に異常なく、あまり虚していない ものに用いられる〕、6建中湯類〔腹部が虚しているものに用いられる〕、7裏証Ⅰ〔駆水剤で、胃腸の消化機能の衰えたものに用いられる〕、8裏証Ⅱ〔乾姜 (かんきょう)、附子(ぶし)を用いた温補剤で、新陳代謝機能の衰えたものに用いられる〕、9承気湯類(じょうきとうるい)〔腹部の気のうっ滞を治すもの で、実証に用いられる〕、
10瀉心湯類(しゃしんとうるい)〔心下痞を訴えるものに用いられる〕、11駆水剤〔水毒の症状を呈するものに用いられる〕、12解毒剤〔自家 中毒による各種疾患に用いられる〕、13下焦の疾患〔おもに下焦の異常を訴えるものに用いられる〕、14皮膚疾患〔皮膚の化膿性疾患に用いられる〕、15 その他〔以上のいずれにも属しないもの〕などに薬方を分類して解説する。

1 柴胡剤
柴胡剤は、胸脇苦満を呈するものに使われる。胸脇苦満は実証では強く現われ嘔気を伴うこともあるが、虚証では弱くほとんど苦満の状を訴えない 場合がある。柴胡剤は、甘草に対する作用が強く、解毒さようがあり、体質改善薬として繁用される。したがって、服用期間は比較的長くなる傾向がある。柴胡 剤は、応用範囲が広く、肝炎、肝硬変、胆嚢炎、胆石症、黄疸、肝機能障害、肋膜炎、膵臓炎、肺結核、リンパ腺炎、神経疾患など広く一般に使用される。ま た、しばしば他の薬方と合方され、他の薬方の作用を助ける。
柴胡剤の中で、柴胡加竜骨牡蛎湯柴胡桂枝乾姜湯は、気の動揺が強い。小柴胡湯加味逍遥散は、潔癖症の傾向があり、多少神経質気味の傾向が ある。特に加味逍遥散はその傾向が強い。柴胡桂枝湯は、痛みのあるときに用いられる。十味敗毒湯荊防敗毒散は、化膿性疾患を伴うときに用いられる。
各薬方の説明(数字はおとな一日分のグラム数、七~十二歳はおとなの二分の一量、四~六歳は三分の一量、三歳以下は四分の一量が適当である。) 

1 大柴胡湯(だいさいことう) (傷寒論、金匱要略)
〔柴胡(さいこ)六、半夏(はんげ)、生姜(しょうきょう)各四、黄芩(おうごん)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)各三、枳実(きじつ)二、大黄(だいおう)一〕
本方は、柴胡剤の中で最も実証の薬方である。従って、症状は激しく便秘の傾向も強い。胸脇苦満も強く、緊張しているため苦満をとおりこし痙攣 や痛みを伴うときがある。また、全身的な筋肉の緊張もみられる。本方は、少陽病から陽明病への移行期に用いられるもので、胸腹部の膨満、拘攣、便秘(とき に下痢)、嘔吐、耳鳴り、肩こり、食欲不振などを目標とする。
〔応用〕
次に示すような疾患に、大柴胡湯證を呈するものが多い。
一 感冒、流感、気管支炎、気管支喘息、肺炎、肺結核、肋膜炎その他の呼吸器系疾患。一 腸チフス、パラチフス、マラリヤ、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 黄疸、肝硬変、胆石症、胆嚢炎その他の肝臓や胆嚢の疾患。
一 胃酸過多症、胃酸欠乏症、胃腸カタル、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、急性虫垂炎、慢性腹膜炎その他の消化器系疾患。
一 腎炎、腎盂炎、萎縮腎、腎臓結石、ネフローゼ、尿毒症、尿道炎、膀胱炎、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 神経衰弱、精神分裂症、神経質、ノイローゼ、ヒステリー、気鬱症、不眠症などの精神、神経系疾患。
一 高血圧症、脳溢血、動脈硬化症、心臓弁膜症、心嚢炎、心臓性喘息その他の循環器系疾患。
一 白内障、結膜炎、フリクテン、角膜炎その他の眼科疾患。
一 急性中耳炎、耳下腺炎、耳鳴り、難聴、蓄膿症その他の耳鼻科疾患。
一 蕁麻疹、湿疹、ふけ症、脱毛症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、関節痛、肥胖症、梅毒、不妊症、痔、糖尿病など。
〔柴胡(さいこ)五、半夏(はんげ)四、茯苓(ぶくりょう)、桂枝(けいし)各三、黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)、人参(にんじん)、竜骨(りゅうこつ)、牡蠣(ぼれい)各二・五、大黄(だいおう)一〕
本方は、柴胡剤の中で大柴胡湯についで実証に用いられるが、小柴胡湯より少し実証にまで使え適応證に幅がある。本方證は、気の動揺が強いため ヘソ上部に動悸を訴え、精神も不安定となる。したがって、驚きやすく、不眠を訴え、とり越し苦労が多い。尿利は減少する傾向がある。また、気の動揺が強い ため身体を重く感じたり、身体を動かすことができなくなる。本方は、上衝、めまい、頭痛、頭重、心悸亢進、不眠、煩悶、神経疾患、狂乱、痙攣、浮腫、小便 不利、便秘などを目標とする。
〔応 用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、柴胡加竜骨牡蠣湯證を呈するものが多い。特に神経系の疾患、循環器系の疾患に適応するものが多い。
その他
一 関節リウマチ、半身不随、四十肩、五十肩などの運動器系疾患。
一 血の道などの婦人科系疾患
一 そのほか、火傷、日射病、ヒステリーなど。

3 四逆散(しぎゃくさん) (傷寒論)
〔柴胡(さいこ)五、芍薬(しゃくやく)四、枳実(きじつ)二、甘草(かんぞう)一・五〕
大柴胡湯證と小柴胡湯の中間の證を現わすものに用いられる。胸脇苦満は著明で、腹直筋が季肋下で拘急している。しかし、大柴胡湯ほど実してい ないため、嘔吐、便秘の症状はないか、あっても軽い。便秘のかわりに腹痛、泄痢下重(せつりげじゅう、冷えによって起こる下痢で、あとがさっぱりしない) する場合もある。大柴胡湯よりも芍薬の量が多いので、心下部の痛みをとる作用が強い。本方は、四肢の冷え、精神不安、咳嗽、心悸亢進、動悸、腹痛、腹満、 裏直筋の緊張、尿利減少などを目標とする。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、四逆散證を呈するものが多い。

4 小柴胡湯(しょうさいことう) (傷寒論、金匱要略)
〔柴胡(さいこ)七、半夏(はんげ)五、生姜(しょうきょう)四、黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)各三、甘草(かんぞう)二〕
柴胡剤の中で、もっとも繁用される薬方で応用範囲も広い。柴胡剤の薬方中、本方は中間に位置し、ているように、体質的にもそれほど強い実証で はない。したがって、胸脇苦満もそれほど激しくなくい。本方は、少陽病を代表する薬方であって、発熱、悪寒、胸脇苦満、胸部苦悶感、心悸亢進、食欲不振、 悪心、嘔吐、口渇、口苦、頸項強痛、四肢煩熱などを目標とすることがある。
本方は、しばしば他の薬方と合方される。たとえば、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)との合方を柴胡解毒湯、小陥胸湯(しょうかんきょうとう)との合方を柴陥湯(さいかんとう)五苓散(ごれいさん)との合方を柴苓湯(さいれいとう)として用いる。そのほか、四物湯(しもつとう)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、香蘇散(こうそさん)、小建中湯(しょうけんちゅ うとう)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)猪苓湯(ちょれいとう)など、多くの薬方と合方される。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、小柴胡湯證を呈するものが多い。
その他
一 乳腺炎、産褥熱、血の道、子宮付属器炎その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、しもやけ、睾丸炎、副睾丸炎、腺病質など。
加減方
若胸中煩而不嘔者、去半夏人参加括楼実一枚。
若渇去半夏加人参合前成四両半括楼根四両。
若服中痛者、去半夏黄芩加芍薬三両。
若脇下痞硬、去大棗加牡蠣四両。
若心下悸、小便不利者、去黄芩加茯苓四両。
若不渇、外有微熱者、去人参加桂枝三両、温覆微汗愈。
若咳者、去人参大棗生姜加五味子半升乾姜二両(2.7g)
小柴胡湯加五味子乾姜 (勿誤薬室方函口訣)
風邪胸膈にせまり、舌上微白苔ありて両脇に引いて咳嗽する者に用いる。
小柴胡湯加葛根草菓天花粉 (和田東郭)
寒熱、瘧の如く、咳嗽甚だしき者に用う。

〔柴胡(さいこ)五、半夏(はんげ)四、桂枝(けいし)二・五、黄芩(おうごん)、人参(にんじん)、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各二、甘草(かんぞう)一・五〕
本方は小柴胡湯(しょうさいことう)と桂枝湯(けいしとう)の合方であるため、小柴胡湯證に表証をかねているものに用いられる。したがって、 発熱、悪寒、頭痛、関節煩疼、腹痛、嘔吐、嘔気、悪心、心下部が痞えて緊張や疼痛のあるものを目標とする。神経症状を目標とすることもある。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯小柴胡湯のところで示したような疾患に、柴胡桂枝湯證を呈するものが多い。
その他 
一 盗汗、皮膚掻痒症など。

〔柴胡(さいこ)六、桂枝(けいし)、瓜呂根(かろこん)、黄芩(おうごん)、牡蠣(ぼれい)各三、乾姜(かんきょう)、甘草(かんぞう)各二〕
本方は柴胡姜桂湯(さいこきょうけいとう)と略称される。柴胡加竜骨牡蠣湯證に似ているが、表裏が虚し、半表半裏のみ微結しており、気の上衝があるものに用いられる。したがって、疲労しやすく胸脇苦満は弱い。本方は、頭 汗、不眠、口渇、尿量減少、心悸亢進(動脈、腹動)、精神不安、息切れ、咳嗽、軟便などを目標とする。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯や柴胡加竜骨牡蠣湯のところで示したような疾患に、柴胡桂枝乾姜湯證を呈するものが多い。特に神経系の疾患に適応するものが多い。

(参考:益田総子氏の口訣)
当帰芍薬散の効く人が、長く病気をしている場合には、
柴胡桂枝乾姜湯を加えるととても良く なることが多い。(益田総子)


〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、柴胡(さいこ)、朮(じゅつ)、茯苓(ぶくりょう)各三、生姜(しょうきょう)、牡丹皮(ぼたんぴ)、山梔子(さんしし)各二、甘草(かんぞう)一・五、薄荷(はっか)一〕
本方は小柴胡湯證を虚証にしたような感じであり、柴胡剤と駆瘀血 剤を合わせ持った薬方である。胸脇苦満は軽く、瘀血による神経症状を伴うもので、神経症状が強くなって潔癖症の異常と思うほどのものもある。また、くどく どと症状をのべるものに、この證を認めることがある。本方は少陽病の虚証で、頭重、頭痛、めまい、上衝、不眠、肩こり、逍遙性熱感(ときおり全身に灼熱感 が起こる)、心悸亢進、月経異常、四肢の倦怠感および冷えなどを目標とする。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、加味逍遙散を呈するものが多い。特に神経系の疾患には適応するものが多い。
その他
一 月経不順、月経困難、帯下、更年期障害、血の道、不妊症その他の婦人科系疾患。

〔黄耆(おうぎ)、人参(にんじん)、朮(じゅつ)各四、当帰(とうき)三、陳皮(ちんぴ)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、柴胡(さいこ)各二、甘草(かんぞう)一・五、升麻(しょうま)一〕
本方は医王湯ともいわれ、小柴胡湯を虚証にしたようなものであり、 柴胡剤中もっとも虚証に用いられる薬方である。本方は、中焦を補い、気を益する補剤である。胸脇苦満もほとんどみられず腹壁の弾力性を欠いている。また、 胃の機能が衰えているので食欲は減少する。そのほか、疲労倦怠感、盗汗、自汗、頭痛、ヘソ部の動悸などを目標とする。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、補中益気湯證を呈するものが多い。
  一 患者が手足をだるがる。 (手足倦怠)
  二 言葉が聞きにくく、蚊の鳴くような小さな声で喋る。(語言軽微)
  三 目に活き活きした力がない。 (眼勢無力)
  四 口の中に白い泡ができて味がない。 (口中生白沫) 
  五 物の味がよく分からない。 (失食味)
  六 熱いものを喜んで食し、冷たいものを嫌う。 (好熱物)
  七 臍の所で動悸がする。  (当臍動悸)
  八 脈に締まりがなくて、パッと開いたような脈をしている。
この八つのうち一つか二つあれば、必ずこの医王湯が百発百中効く。
さらにうんと熱いものを好む場合には、これに附子を加えたらよい。
〔荊芥(けいがい)、防風(ぼうふう)、羗活(きょうかつ)、独活(どっかつ)、柴胡(さいこ)、前胡(ぜんこ)、薄荷(はっか)、連翹(れ んぎょう)、桔梗(ききょう)、枳殻(きこく)、川芎(せんきゅう)、金銀花(きんぎんか)、生姜(しょうきょう)各一・五、甘草(かんぞう)一〕
本方は胸脇苦満が認められず、肝臓の機能障害によって解毒作用がおちたため、体内にある毒素によって起こる各種の症状に用いられる。本方は、悪寒、発熱、頭痛、局部の発赤腫脹、疼痛とあるものを目標とする。すなわち、化膿性腫瘍の初期ないし最盛期に用いられる。
〔応用〕
次に示すような疾患に、荊防敗毒散證を呈するものが多い。
一 疥癬、湿疹、じん麻疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、よう、疔、癤、乳腺炎、乳癌、アレルギー体質、上顎洞化膿症など
〔柴胡(さいこ)、桜皮(おうひ)、桔梗(ききょう)、生姜(しょうきょう)、川芎(せんきゅう)、茯苓(ぶくりょう)各二、独活(どっかつ)、防風(ぼうふう)各一・五、甘草(かんぞう)、荊芥(けいがい)各一〕
本方は、小柴胡湯證の適する体質で化膿性疾患の初期や湿潤期に用いられる。また、アレルギー体質の解毒剤、体質改善薬としても用いられる。本 方は、荊防敗毒散より前胡、薄荷、連翹、枳殻、金銀花、羗活を除き桜皮を加えたものとしても考えられる。したがって、化膿症の初期では、発熱、悪寒、疼痛 があり分泌物があまり多くなく、慢性に経過したものでは、化膿部位は頭部、背部に多く、四肢の場合でも比較的浅位のものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、十味敗毒湯證を呈するものが多い。
一 湿疹、じん麻疹、水虫その他の皮膚疾患。
一 よう、疔、癤などの疾患。
一 中耳炎、外耳炎、アレルギー性眼疾、麦粒腫、鼻炎、蓄膿症などの耳鼻、眼科の疾患。
〔当帰(とうき)六、柴胡(さいこ)五、黄芩(おうごん)三、甘草(かんぞう)二、升麻(しょうま)一・五、大黄(だいおう)一〕
諸痔疾患で、陰部の掻痒、疼痛、出血などのある場合に用いられる。また、皮膚病の内攻して神経症状を呈するものにもよい。
〔応用〕
つぎに示す様な疾患に、乙字湯證を呈するものが多い。
一 痔核、痔出血、裂痔、脱肛、肛門裂傷、陰部痒痛など。



2 順気剤
順気剤は、各種の気の症状を呈する人に使われる。順気剤には、気の動揺している場合に用いられる動的なものと、気のうっ滞している場合に用い られる静的なものとがある。静的なものは、体の一部に痞えや塞がりを感じるもので、この傾向が強くなるとノイローゼとなったり、自殺を考えたりする。動的 なものは、ヒステリーや神経衰弱症を訴えるが、この傾向が強くなると狂暴性をおびてくる。順気剤は単独で用いられる場合もあるが、半夏厚朴湯(はんげこう ぼくとう)などのように他の薬方と併用されるのもある。
順気剤の中で、半夏厚朴湯梔子豉湯(しししとう)香蘇散(こうそさん)は気のうっ滞に用いられ、柴胡加竜骨牡蠣湯柴胡桂枝乾姜湯桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)は気の動揺が強いものに用いられ、釣藤散(ちょうとうさん)甘麦大棗麦(かんばくたいそうとう)は気の動揺と気のうっ滞をかねそなえたもので、麦門冬湯(ばくもんどうとう)は気の上逆による咳嗽を、小柴胡湯加味逍遙散は、柴胡剤の項でのべたように潔癖症を 呈するものに用いられる。なおこのほか、駆瘀血剤の実証のもの、承気湯類(じょうきとうるい)などにも、精神不安を訴えるものがある。
各薬方の説明
〔半夏(はんげ)六、茯苓(ぶくりょう)五、生姜(しょうきょう)四、厚朴(こうぼく)三、蘇葉(そよう)二〕
気のうっ滞している時に使われる代表的薬方である。本方の応用範囲は広く、咽喉部から胸部にかけての異常(不安)を訴える程度のものから、咽中 炙肉感を現わすものまである。また、自分の思っていることが思うようにいえず、気持ちばかりが強くなり、したがって、気分が塞がり、人と会うのが恐ろしく なり、孤独を好むようになるものもある。本方は、胃腸が虚弱で胃内停水があり、動悸、浮腫、喘咳、胸痛、腹満、めまい、頭重感、尿利減少などを目標とす る。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、半夏厚朴湯證を呈するものが多い。
一 神経衰弱、ヒステリー、憂うつ症、不眠症、神経質その他の精神、神経系疾患。  一 食道狭窄、食道痙攣、気管支炎、気管支喘息、咳嗽、咽頭炎、声帯浮腫、肺結核、肺気腫その他の食道および呼吸器系疾患。 
一 胃アトニー症、胃下垂症その他の胃腸系疾患。 
一 血の道、悪阻その他の婦人科系疾患。 
一 陰嚢水腫、腎炎、ネフローゼ、小便不利その他の泌尿器系疾患。 
一 そのほか、貧血症、冷え症など。


2 梔子豉湯(しししとう) (傷寒論、金匱要略)
〔山梔子(さんしし)三、香豉(こうし)四〕
本方も、半夏厚朴湯のように気のうっ滞しているものに使われるが、半夏厚朴湯のように咽中で気のうっ滞が起こるのではなく、胸中で気のうっ滞 が起こっているものである。したがって、胸中や食道が塞がった感じとなり、程度が強くなる痛むようになる。本方は虚証に用いられ、心中懊憹(しんちゅうお うのう)、身熱(悪寒を伴わない熱感を覚えるもの)、咽喉乾燥、口苦、喘咳、腹満、自汗、身重などを目標とする。本方の身熱は、全身的に現われる場合と局 所的な場合がある。また、各種の症状は急激なものが多い。なお、本方は下痢の傾向のあるものには用いられない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、梔子豉湯証を呈するものが多い。
一 ノイローゼ、神経衰弱、不眠症その他の精神、神経系疾患。
一 食道炎、食道狭窄、食道癌、口内炎、咽喉炎、のどのやけどその他の食道系疾患。
一 肺結核、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 心臓病、高血圧症その他の循環器系疾患。
一 急性肝炎、黄疸、二日酔い、胆嚢炎その他の肝臓や胆嚢の疾患。
一 胃酸過多症、胃酸欠乏症、胃カタル、胃潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 喀血、吐血、下血その他各種の出血。
一 湿疹、乾癬、じん麻疹、掻痒症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、血の道、凍傷、痔核など。

梔子豉湯の加味方
(1) 梔子甘草豉湯(ししかんぞうしとう) (傷寒論)
〔梔子豉湯に甘草二を加えたもの〕
梔子豉湯證で急迫の状を訴えるものに用いられる。呼吸促拍、掻痒のはなはだしいものを目標をする。
〔応用〕
梔子剤であるために、梔子豉湯のところで示したような疾患に、梔子甘草豉湯證を呈するものが多い。

(2) 梔子生姜豉湯(しししょうきょうしとう) (傷寒論)
〔梔子豉湯に生姜四を加えたもの〕
梔子豉湯證で、嘔吐の状を訴えるものに用いられる。
〔応用〕
梔子剤であるために、梔子豉湯のところで示したような疾患に、梔子生姜豉湯證を呈するものが多い。


3 香蘇散(こうそさん)  (和剤局方)
〔香附子(こうぶし)四、陳皮(ちんぴ)二・五、生姜(しょうきょう)三、蘇葉(そよう)二、甘草(かんぞう)一〕
本方は、気うつに用いられる薬方の中で、もっとも虚証の場合に用いられる。胃腸の虚弱なものの気うつで、心下部が痞え、胸部の気持ちが悪く、 頭痛、めまい、耳鳴り、肩こり、嘔吐、食欲不振などを目標とする。神経質で、石油ストーブの匂いが鼻について困るとか、精神不安を訴えるものや、魚や薬に よる中毒を目標とすることもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、香蘇散證を呈するものが多い。
一 神経衰弱、ヒステリーその他の精神、神経系疾患。
一 アレルギー性鼻炎、蓄膿症その他の鼻疾患。
一 腹痛、胃カタルその他の胃腸系疾患。
一 血の道、月経困難その他の婦人科系疾患。
一 魚などの食中毒、薬類その他の中毒、じん麻疹など。
一 そのほか、感冒、下血など。


4 釣藤散(ちょうとうさん)  (本事方)
〔釣藤(ちょうとう)、橘皮(きっぴ)、半夏(はんげ)、麦門冬(ばくもんどう)、茯苓(ぶくりょう)各三、人参(にんじん)、菊花(きくか)、防風(ぼうふう)各二、石膏(せっこう)五、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)各一〕
本方は、虚証の薬方であり、気の動揺と気のうっ滞をかねるもので、気の上衝が強く、その気が肩および頭部に集まり、興奮または沈うつを呈する ものである。したがって、神経症状を呈し、頭痛、めまい、耳鳴り、項背拘急などを目標とする。また、眼覚めに頭が痛むが、起きていると痛みを忘れることを 目標とすることもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、釣藤散證を呈するものが多い。
一動脈硬化症、高血圧症、脳動脈硬化症その他の循環器系疾患。
一慢性腎炎園他の泌尿器系疾患。
一神経症、更年期障害、メニエル病その他の神経に異常をきたす疾患。
〔甘草(かんぞう)五、大棗(たいそう)六、小麦(しょうばく)二十〕
本方は、神経の興奮のはなはだしいものを鎮静し、諸痙攣症状を緩解する作用がある。したがって、腹直筋が攣急し、精神不安で泣いたり、筋肉が不随意運動したりするものを治す。また、躁うつ病に用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘麦大棗湯證を呈するものが多い。
一 ヒステリー、神経衰弱、精神不安、ノイローゼその他の精神、神経系疾患。
一 そのほか、小児夜啼き、夢遊病、中風、胃痙攣、子宮痙攣など。
小児夜啼き:生後百日位から夜半が来ると泣く。癇(かん) 芍薬甘草湯も効く。
笑の止まないもの 黄連解毒湯も効く。
婦人蔵燥、しばしば悲傷し、哭(こく)せんと欲し、象(かたち)神霊のなすところのごとく、しばしば欠伸(けっしん、あくび)す。
右腹直筋のつっぱり。
〔麦門冬(ばくもんどう)十、半夏(はんげ)、粳米(こうべい)各五、大棗(たいそう)三、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)各二〕
本方は少陽病の虚証で、身体枯燥(湿潤光沢を失って痩削すること)し、気の上逆による痙攣性咳嗽に用いられる。したがって、顔面紅潮(のぼせ)、咽喉乾燥感、咽喉刺激感、咳嗽(顔を赤くして咳き込む、痰の切れは悪い)がつづいて声が枯れるなどを目標とする。
痩削(そうさく) やせこける。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、麦門冬湯証を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、百日咳、肺炎、肺結核その他の呼吸器系疾患。
一 脳溢血、高血圧、動脈硬化症その他の循環器系疾患。
一 そのほか、糖尿病、喀血など。
麦門冬湯加五味子(大塚敬節氏はダメと言う)
麦門冬湯で咳が激しくなった時  ○橘皮竹筎湯(きっぴちくじょとう)
      △橘皮竹筎湯加半夏
      使わない
      ×橘皮竹筎湯加桔梗


     (参考:益田総子氏の口訣)
     麦門冬湯が効く咳というのは、のどがかゆい感じがして、
     タバコの煙などの刺激ですぐに咳が出始めて、
     タンがのどにからんだ感じがして、
     タンが出るまで咳こみます。
     最後は顔をまっ赤にして、
     「ゲーッ」と吐きそうになってタンを吐き出して咳がとまります。

     二○代、三○代の女性が「咳が二、三ヶ月続いている」といったら、
     あまり難しく考えずに、とりあえず麦門冬湯をのんでもらった方がいいくらい、
     不思議なほどよく効きます。(益田総子)



7 柴胡加竜骨牡蠣湯(前出、柴胡剤の項参照)
本方は、気の動揺が激しくヒステリーや神経衰弱を訴え、少しの物音にも驚き、殺されるのではないかと思い、狂暴性をおびたものに用いられる。必要以上の心配のために起こった脱毛や白髪に変じたものなどにも効がある。

8 柴胡桂枝乾姜湯(前出、柴胡剤の項参照)
本方も柴胡加竜骨牡蠣湯と同様に用いられる。
〔桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)各四、竜骨(りゅうこつ)、牡蠣(ぼれい)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、桂枝湯(後出、表証の項参照)に竜骨、牡蠣を加えたもので、腹部の動悸が亢進するなどの神経症状や性的衰弱の症状を呈する。したがっ て、腹直筋の拘攣、腹部の動悸、神経過敏、興奮しやすい、疲れやすい、盗汗、頭髪が抜ける、物忘れする、不眠、遺精などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂枝加竜骨牡蠣湯證を呈するものが多い。
一 神経衰弱、ヒステリー、不眠症その他の精神、神経系疾患。
一 小児の夜啼き、小児痙攣その他の小児科疾患。
一 そのほか、脱毛症、夜尿症、遺精、夢精、陰萎など。

10 小柴胡湯(前出、柴胡剤の項参照)
潔癖症を呈するものに用いられる。潔癖の程度が強くなると、神経衰弱、ノイローゼ、精神分裂症となる。



3 駆瘀血剤
駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状は、実証では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
駆瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍 遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

各薬方の説明
〔大黄(だいおう)、桃仁(とうにん)、牡丹皮(ぼたんぴ)、芒硝(ぼうしょう)各四、冬瓜子(とうがし)六〕
駆瘀血剤の中で、もっとも実証の薬方であり、便秘、小腹急結などが著明であるものに用いられ、瀉下によって下半身(特に下腹部)の諸炎症を消退させる。したがって、本方は下腹の炎症(うっ血、充血)や化膿があり、発熱、腫痛、疼痛などのあるものを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、大黄牡丹皮湯證を呈するものが多い。
一 子宮筋腫、子宮内膜炎、卵巣機能不全、卵巣炎、卵管炎、月経不順(過多、過少、困難、不順、閉止など)、血の道、更年期障害、乳腺炎その他の婦人科系疾患。
一 瘀血による各種出血、打撲による出血。
一 脳溢血、高血圧症、動脈硬化症、心臓弁膜症、静脈瘤、下肢静脈瘤その他の循環器系疾患。
一 急性膀胱炎、膀胱結石、腎臓結石、腎盂炎、前立腺肥大症、尿道炎その他の泌尿器系疾患。
一 湿疹、じん麻疹、肝斑その他の皮膚疾患。
一 そのほか、虫垂炎、直腸炎、急性(潰瘍性)大腸炎、直腸潰瘍、痔、肛門周囲炎、赤痢、よう、凍傷、冷え症など。
〔桃仁(とうにん)五、桂枝(けいし)四、大黄(だいおう)三、芒硝(ぼうしょう)二、甘草(かんぞう)一・五〕
駆瘀血剤の中で、大黄牡丹皮湯についで実証に用いられる。したがって、瘀血の腹証である小腹急結は著明である。本方は、気の上衝が強く、頭 痛、めまい、不眠、上逆、精神不安、便秘、諸出血(下血、吐血、衂血「じっけつ、鼻血」、月経障害)などがあるものを目標とする。また瘀血のため全身灼熱 感、麻痺感があるが、瘀血が強くなると譫語(せんご、うわごと)をいったり、狂状を呈したりする。本方は、下剤である調胃承気湯(ちょういじょうきとう、 後出、承気湯類の項参照)に、気の上衝を治す桂枝と瘀血を治す桃仁を加えたものとしても考えることができる。したがって、のぼせて神経症状をひき起こした ものに使われる。
〔応用〕
駆瘀血であるために、大黄牡丹皮湯のところで示したような疾患に、桃核承気湯證を呈するものが多い。
その他
一 ヒステリー、ノイローゼ、神経衰弱、発狂、てんかんその他の精神、神経系疾患。
一 結膜炎、網膜炎、角膜炎、トラコーマ、麦粒腫、眼底出血その他の眼科疾患。
一 そのほか、鼻炎、蓄膿症、耳疾患、歯痛、歯槽膿漏、肺結核など。
〔桂枝(けいし)、茯苓(ぶくりょう)、牡丹皮(ぼたんぴ)、桃仁(とうにん)、芍薬(しゃくやく)各等分を煉蜜丸としたもの、湯の場合は各四〕
駆瘀血剤の中でももっとも繁用される薬方で、桃核承気湯は気の上衝が激しく、上衝も強いが、本方は、それにくらべると静的であり上衝も弱い。 しかし、気の動揺、神経症状、小腹急結などは弱いがらもある。本方は、表証はなく、裏に熱があり、上部には各種神経症状、下部と体表にうっ血性循環障害を 認めるもので、のぼせ、めまい、頭痛、肩こり、心悸亢進、足の冷えなどを目標とする。
〔応用〕
駆瘀血剤であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、桂枝茯苓丸證を呈するものが多い。
一そのほか、気管支喘息、甲状腺腫、坐骨神経痛、肝炎、腹膜炎、リウマチなど。
〔当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)各三、芍薬(しゃくやく)、茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)、沢瀉(たくしゃ)各四〕
本方は、虚証の循環障害に用いられるもので、駆瘀血剤と駆水剤の作用をかねそなえている。虚証であるために、瘀血の腹証である小腹急結も下腹 痛としてしか認めることができない。しかし、下腹痛は激しく、劇痛を訴えることが多い。また、種々の神経症状をも訴える。したがって、貧血、全身倦怠感、 頭痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、不眠、心悸亢進、腹痛、腰脚の冷え、月経不順などを目標とする。本方は胃腸を害することがあるので、胃腸の弱い人に は、柴胡剤などと合方する。本方は妊娠期間中に服用すると、妊娠腎、悪阻その他の妊娠時の各種疾患を軽減し、出産も軽く、新生児も健康である。
〔応用〕
駆瘀血剤であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、当帰芍薬散を呈するものが多い。
その他
一 リウマチ、半身不随その他の運動器系疾患。
一 そのほか、神経痛、脚気、腺病質など。

  (参考:益田総子氏の口訣)
  当帰芍薬散の効く人が、長く病気をしている場合には、
  柴胡桂枝乾姜湯を加えるととても良く なることが多い。(益田総子)

  当帰芍薬散がよく効く人なら、むくむ時は半夏白朮天麻湯が効き、
  体調不良や微熱が長く続くなら、柴胡桂枝乾姜湯がよく効きます。
  カゼを引いたなら桂枝湯が効きますし、
  おなかの弱い人なら人参湯小建中湯が効く場合が多いのです。(益田総子)


5 加味逍遙散(前出、柴胡剤の項参照)


6 抵当湯(ていとうとう)抵当丸  (傷寒論、金匱要略)
〔水蛭(すいしつ)、虻虫(ぼうちゅう)、桃仁(とうにん)各一、大黄(だいおう)三〕
丸は湯の證で病勢の緩慢なものに用いられる。本方は陳旧性の瘀血を去る薬方で、下腹部に膨満感があり、種々の神経症状を伴うものに用いられる。婦人の場合は月経血に凝結塊を混じることもある。
〔応用〕
駆瘀血であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、抵当湯(丸)證を呈するものが多い。


7 四物湯(しもつとう)  (和剤局方)
〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)各四〕
駆瘀血剤の中で虚証に属するものである。本方は婦人の聖薬といわれ、自律神経失調などの神経症状を呈し、出血によって、また、血液の偏在に よって貧血し、皮膚枯燥、腹部の動悸、発熱、不眠、煩操、冷え症などを目標とする。しかし、口唇が蒼白となるほどの貧血、胃腸の虚弱なものには用いられな い。本方は単独で用いることはまれで、種々の加減や合方が行なわれる。
〔応用〕
駆瘀血であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、四物湯證を呈するものが多い。

四物湯の加減方、合方
〔四物湯に黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を合方したもの〕
本方は、黄連解毒湯證(後出、瀉心湯類の項参照)に瘀血の症状をかねたもので、諸出血がつづいて貧血状となり、のぼせ、神経の興奮などを呈する。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、温清飲證を呈するものが多い。
一 月経過多、子宮出血、男子の下血、胃や腸の潰瘍による出血その他の諸出血。
一 皮膚掻痒症、湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、高血圧症、神経症など。

      (参考:益田総子氏の口訣)
      冬に悪くなる湿疹(益田総子)

(2)荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)  (一貫堂方)
〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)、黄連(おうれん)、黄芩(おんごん)、黄柏(おうばく)、梔子 (しし)、連翹(れんぎょう)、防風(ぼうふう)、薄荷(はっか)、荊芥(けいがい)、甘草(かんぞう)、枳殻(きこく)各一・五、柴胡(さいこ)、白芷 (びゃくし)、桔梗(ききょう)各二〕
本方は、温清飲に桔梗、白芷、連翹、荊芥、防風、薄荷、枳殻、甘草を加えたもので、温清飲の作用を表や上焦、特に首から上の部分に作用させ、上焦の炎症(化膿症)を消散させるもので、体質改善薬としても、しばしば用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、荊芥連翹湯證を呈するものが多い。
一 蓄膿症、鼻炎、衂血、中耳炎、外耳炎その他の耳鼻科疾患。
一 そのほか、面疱、扁桃炎、肺浸潤、肺結核、神経衰弱など。
一貫堂では、温清飲を基本とした加減方である、柴胡清肝散、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯を解毒症体質に用いる。竜胆瀉肝湯は通常用いられる薛氏の竜胆瀉肝湯とは薬味が異なる。

(3)七物降下湯(しちもつこうかとう)  (大塚敬節)
〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)各四、黄耆(おうぎ)、釣藤(ちょうとう)各三、黄柏(おうばく)二〕
本方は、四物湯に黄柏、黄耆、釣藤を加えたもので、虚証で瘀血によって精神の異常興奮や沈滞を起こすものに用いられ、血圧更新、息切れ、動悸、頭痛などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、七物降下湯證を呈するものが多い。
一 高血圧症、腎性高血圧症、動脈硬化症、慢性腎炎、腎硬化症その他の疾患。
(最低血圧が高いもの)
(疲れ易く、最低血圧の高いもの、尿中に蛋白を証明し、腎硬化症の疑いのあるもの、また腎炎のための高血圧によい)
(虚証の高血圧)
八物降下湯(はちもつこうかとう)
〔七物降下湯に杜仲三を加えたもの〕

(4)八物湯(はちもつとう)
〔四物湯に四君子湯を合方したもの〕
本方は、四物湯證に四君子湯(後出、裏証Ⅰの項参照)證をかねたものであり、八珍湯(はっちんとう)とも呼ばれ、気・血の両方が虚し、しかも裏が虚しているため、胃腸虚弱で元気なく貧血して皮膚枯燥のものに用いられる。
〔応用〕
循環器や消化器の機能が衰えたものに、八物湯證を呈するものが多い。

(5)連珠飲(れんじゅいん) (本朝経験)
〔四物湯に苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)を合方したもの〕
本方は、四物湯證に苓桂朮甘湯(後出、駆水剤の項参照)證をかねそなえたもので、出血や貧血などの瘀血症状を呈するとともに、動悸、めまい、顔面浮腫などの水毒症状を呈するものに用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、連珠飲證を呈するものが多い。
一 諸出血、貧血、血の道、心臓弁膜症など。
〔人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、熟地黄(じゅくじおう)、川芎(せんきゅう)、桂枝(けいし)各三、甘草(かんぞう)一〕
本方は、八物湯に表虚のため、黄耆、桂枝を加えたものであり、連珠飲に黄耆、人参を加えたものとしても考えることができる。したがって、四物 湯の瘀血、苓桂朮甘湯の水毒、四君子湯の裏虚、黄耆・桂枝の表虚などを含んでいることになる。本方は、気・血・表・裏・内・外すべてが虚しており、疲労を 訴えるもので、発熱、口渇、咽喉痛、食欲不振、めまい、貧血、精神安定、皮膚乾燥、遺精、諸出血などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、十全大補湯證を呈するものが多い。
一 肺結核、骨結核(カリエス)、ルイレキ、痔瘻、脱肛、白血病、神経衰弱、諸出血、皮膚病など。

(7)芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)  (金匱要略)
〔乾地黄(かんじおう)六、当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)各四、川芎(せんきゅう)、甘草(かんぞう)、艾葉(がいよう)、阿膠(あきょう)各三〕
本方は、四物湯に甘草、艾葉、阿膠を加えたものとして考えることができる。阿膠や艾葉には、止血作用が強いため瘀血によって出血がやまず、貧 血状を呈しているものの止血および清血に用いられる。また、下腹部の知覚麻痺、四肢煩熱、下肢の疼痛などを目標とする。本方の服用によって、出血が強くな り、貧血が高度になったものや下痢するものは、四君子湯その他を考える。
〔応用〕
一 子宮内膜炎、子宮癌、月経過多、流産癖、帯下、産後の出血その他子宮出血を伴う婦人科系疾患。
一 腎臓結石、腎臓結核、血尿その他の泌尿器系疾患。
一 痔出血、肛門出血、腸出血、吐血、喀血、衂血、眼底出血、外傷による内出血、紫斑病その他の各種出血。
一 そのほか、諸貧血症。



4 表証
表裏・内外・上中下の項でのべたように、表の部位に表われる症状を表証という。表証では発熱、悪寒、発汗、無汗、頭痛、身疼痛、項背強痛など の症状を呈する。実証では自然には汗が出ないが、虚証では自然に汗が出ている。したがって、実証には葛根湯(かっこんとう)麻黄湯(まおうとう)などの 発汗剤を、虚証には桂枝湯(けいしとう)などの止汗剤・解肌剤を用いて、表の変調をととのえる。

各薬方の説明
1 麻黄湯(まおうとう)  (傷寒論)
〔麻黄(まおう)、杏仁(きょうにん)各五、桂枝(けいし)四、甘草(かんぞう)一・五〕
太陽病の表熱実証で、裏に変化のないものに用いられる。本方は、悪寒、発熱、頭痛、無汗、脈浮、喘咳、諸関節および筋肉痛、腰痛などを目標とする。実証であるから、各種の症状は激しい。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、麻黄湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息、百日咳、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 鼻炎、鼻塞、衂血その他の鼻疾患。
一 関節リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 そのほか、脳溢血、神経痛、夜尿症、乳汁分泌不足、麻疹、腸チフスなど。

2 葛根湯(かっこんとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔葛根(かっこん)八、麻黄(まおう)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各四、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、つぎにのべる桂枝湯に葛根、麻黄を加えたもの、また、麻黄湯の杏仁(きょうにん)を去り、葛根、生姜、大棗を加えたものとして考えら れる。本方は、麻黄湯についで実証の薬方であり、太陽病のときに用いられる。本方證では汗が出ることなく、悪寒、発熱、脈浮、項背拘急、痙攣または痙攣性 麻痺などを目標とする。発熱は、全身の発熱ばかりでなく、局所の新しい炎症による充実症状で熱感をともなうものも発熱とすることがある。また、皮膚疾患で 分泌が少なかったり、痂皮を形成するもの、乳汁分泌の少ないものなどは、無汗の症状とされる。本方は特に上半身の疾患に用いられる場合が多いが、裏急後重 (りきゅうこうじゅう、ひんぱんに便意を催し、排便はまれで肛門部の急迫様疼痛に苦しむ状態)の激しい下痢や、食あたりの下痢などのときにも本方證を認め ることがある。本方の応用範囲は広く、種々の疾患の初期に繁用される。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、葛根湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
一 赤痢、チフス、麻疹、痘瘡、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 急性大腸炎、腸カタル、腸結核、食あたりその他の胃腸系疾患。
一 五十肩、リウマチその他の運動器系疾患。
一 皮膚炎、湿疹、じん麻疹その他の皮膚疾患。
一 よう、瘭疽などの疾患。
一 蓄膿症、鼻炎、中耳炎、結膜炎、角膜炎その他の眼科、耳鼻科疾患。
一 そのほか、リンパ腺炎、リンパ管炎、小児麻痺、神経痛、高血圧症、丹毒、歯齦腫痛など。
葛根湯の加減方
〔葛根湯に辛夷、川芎各三を加えたもの〕

(2) 葛根湯加桔梗薏苡仁(かっこんとうかききょうよくいにん)
〔葛根湯に桔梗二、薏苡仁八を加えたもの〕

(3) 葛根湯加川芎大黄(かっこんとうかせんきゅうだいおう)
〔葛根湯に川芎三、大黄一を加えたもの〕

(4)葛根湯加桔梗石膏(かっこんとうかききょうせっこう)
〔葛根湯に桔梗二、石膏一○を加えたもの〕
以上四つの加減法は、葛根湯證で頸から上の充血、化膿症を治すもので、蓄膿症、中身炎、咽喉疼痛、眼病一般その他に用いられる。
その中で、辛夷川芎や桔梗薏苡仁の加減は鼻疾患に多く用いられ、桔梗薏苡仁のほうは、特に化膿の激しく、膿汁の多いものに用いられる。川芎大 黄の加減は、炎症が激しく、膿も多く、痛みも強いものである。桔梗石膏の加減は、鼻炎の初期のように炎症によって患部に熱感のあるもので、化膿はそれほど 進んでいない。

(5) 葛根加半夏湯(かっこんかはんげとう)
〔葛根湯に半夏四を加えたもの〕
葛根湯證に嘔吐をかねたものである。
〔葛根湯に朮三、附子一を加えたもの〕
葛根湯證で、痛みが激しく、陰証をかねたものに用いられる。したがって、腹痛を伴うことがある。本方は、附子と麻黄、葛根、桂枝などの組み合 わさった薬方であるため、表を温め表の新陳代謝機能を高めるが、本方證には身体の枯燥の状は認められない。特に神経系疾患、皮膚化膿性疾患に、本方證のも のが多い。


3 桂芍知母湯(けいしゃくちもとう)  (金匱要略)
〔桂枝(けいし)、知母(ちも)、防風(ぼうふう)、生姜(しょうきょう)、芍薬(しゃくやく)、麻黄(まおう)各三、朮(じゅつ)四、甘草(かんぞう)一・五、附子(ぶし)○・五〕
本方は、葛根加朮附湯の葛根、大棗を去り、かわりに防風、知母を加えたもので、葛根加朮附湯よりもさらに虚証となり、身体枯燥(表虚)の状を 呈している。したがって、表に属する筋肉は枯燥し萎縮しているが、裏に属する関節は腫れて、あたかも鶴の膝のようになったもの。本方證は、知覚麻痺や運動 障害を訴えるものもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂芍知母湯證を呈するものが多い。
一 関節リウマチ、神経痛など。
桂枝+麻黄+防風は、発汗作用があり、表実に使うべきであるが、なぜか知母の滋潤作用の方が主となる。したがって、表虚に使用される。 


4 桂枝湯(けいしとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)各四、甘草(かんぞう)二〕
本方は、身体を温め諸臓器の機能を亢進させるもので、太陽病の表熱虚証に用いられる。したがって、悪寒、発熱、自汗、脈浮弱、頭痛、身疼痛な どを目標とする。また、本方證には気の上衝が認められ、気の上衝によって起こる乾嘔(かんおう、からえずき)、心下悶などが認められることがある。そのほ か、他に特別な症状のない疾患に応用されることがある(これは、いわゆる「余白の證」である)。本方は、多くの薬方の基本となり、また、種々の加減方とし て用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂枝湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
一 リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 そのほか、神経痛、神経衰弱、陰萎、遺精、腹痛など。 
ホルモン剤を使った後や壊病の時にも使う。

桂枝湯の加減方
(1) 桂枝加桂湯(けいしかけいとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔桂枝湯の桂枝湯を六とする〕
桂枝湯でおさまらないほど強い気の上衝に用いられる。本方は、のぼせ、腹痛、上逆(気が下部より上部に衝き昇り、不快を感ずる状態)などを目標とする。
〔桂枝湯に葛根六を加えたもの〕
桂枝湯證で、項背拘急が強いものに用いられる。
〔桂枝湯に黄耆三を加えたもの〕
桂枝湯證で、自汗の度が強く、盗汗の出るものに用いられる。
布団が黄色くなるほど汗が出る(黄汗)
〔桂枝湯に厚朴、杏仁各四を加えたもの〕
桂枝湯證で、喘咳を伴うものに用いられる。

(5) 桂枝加竜骨牡蠣湯(前出、順気剤の項参照)

(6) 桂枝加附子湯(けいしかぶしとう)  (傷寒論)
〔桂枝湯に附子〇・五を加えたもの〕
桂枝湯證で、冷えを伴うものに用いられる。したがって、腹痛、四肢の運動障害、麻痺感、小便が出にくいなどを目標とする。そのほか、小児麻痺、産後の脱汗(ひん死の状態の多汗をいう)、筋痙攣、半身不随(脳出血などによる)にも用いられる。
〔桂枝加附子湯に朮四を加えたもの。〕
桂枝加附子湯證に、水毒をかねたもので、水毒症状の著明なものに用いられる。したがって、関節の腫痛や尿利減少などを呈する。本方は、貧血、頭痛、気上衝、脱汗、口渇、四肢の麻痺感(屈伸困難)・冷感などを目標とする。
桂枝加朮附湯に茯苓(ぶくりょう)四を加えたもの〕
桂枝加朮附湯證で、心悸亢進、めまい、尿利減少、筋肉痙攣などを強く訴えるものを目標とする。本方は、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんと う)(後出、駆水剤の項参照)、真武湯(しんぶとう)、甘草附子湯(かんぞうぶしとう)(いずれも後出、裏証Ⅱの項参照)などの薬方の加減方としても考え られる。

(9) 桂枝附子湯(けいしぶしとう)
〔桂枝湯の芍薬を去り、附子○・五を加えたもの〕
表証があり、裏位に邪のないもの(したがって、嘔吐、口渇がない)で、身体疼痛し、寝返りのうてないものに用いられる。本方は、甘草附子湯證 (後出、裏証Ⅱの項参照)に似ているが、骨節に痛みがなく、ただ身体疼痛するだけのものに用いられる。また、本方は桂枝加朮附湯よりいっそう重症のリウマチなどに用いられる。
  中川良隆先生の口訣「足が抜けるようにだるい状態に桂枝附子湯」
  桂枝湯にしてはやや脈が弱く、
  桂枝湯にしては寒気や倦怠感が強く、
  足が抜けるようにだるく投げ出したいような場合に桂枝附子湯用いる(蓮村幸兌先生)


〔桂枝湯の芍薬の量を六としたもの〕
本方は、桂枝湯の表虚を治す作用が、芍薬の増量によって裏虚を治す作用へと変化している薬方である。本方に膠飴(こうい)を加えたものは、小 建中湯(しょうけんちゅうとう)(後出、建中湯類の項参照)であり、裏虚を治す作用が強い。したがって、本方は虚証体質者に用いられるもので、腹満や腹痛 を呈し、腹壁はやわらかく腹直筋の強痛を伴うものが多いが、ただ単に痛むだけのこともある。下痢も泥状便、粘液便で水様性のものはなく、排便後もなんとな くさっぱりしない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂枝加芍薬湯證を呈するものが多い。
一 下痢、内臓下垂の人の便秘、腸カタル、腹膜炎、虫垂炎、移動性盲腸炎その他。

桂枝加芍薬湯の加減方
桂枝加芍薬湯に大黄一を加えたもの〕
桂枝加芍薬湯證で、便秘するもの、または裏急後重の激しい下痢に用いられる。


6 桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう)  (傷寒論)
〔桂枝湯と麻黄湯の合方〕
表証である悪感、発熱、頭痛があり、汗が出ないが体力は弱く、虚実の中間のものに用いられる。汗が出ないために、皮膚がかゆく感じられるものを目標とすることもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂枝麻黄各半湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
一 皮膚瘙痒症、じん麻疹、湿疹その他の皮膚疾患。
・桂麻各半湯(けいまかくはんとう)と略称されることが多い。
・合方では、共通の薬味があれば通常多い方の薬味をとる。つまり、
麻黄湯(麻黄五、杏仁五、桂枝四、            甘草一・五)
桂枝湯(        桂枝四、芍薬四、大棗四、生姜四、甘草二)、であれば、合方する時は、麻黄五、杏仁五、桂枝四、芍薬四、大棗四、生姜四、甘草二 となる。
しかし、桂麻各半湯は、原典では、桂枝湯三分の一と麻黄湯三分の一を合わせたものである。実際には、エキス剤を用いる時は、桂枝湯二分の一と麻黄湯二分の一を合わせて用いることが多い。(桂麻各半湯のエキス剤も市販されている。)
・伊藤清夫氏は、風邪には葛根湯よりも本方を使う機会が多いと述べている。


5 麻黄剤(まおうざい)
麻黄を主剤としたもので、水の変調をただすものである。したがって、麻黄剤は、瘀水(おすい)による症状(前出、気血水の項参照)を呈する人に使われる。なお麻黄剤は、食欲不振などの胃腸障害を訴えるものには用いないほうがよい。
麻黄剤の中で、麻黄湯、葛根湯は、水の変調が表に限定される。これらに白朮(びゃくじゅつ)を加えたものは、表の瘀水がやや慢性化して、表よ り裏位におよぼうとする状態である。麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)・麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)は、瘀水がさらに裏位におよび、筋肉に作用 する。大青竜湯(だいせいりゅうとう)・小青竜湯(しょうせいりゅうとう)・越婢湯(えっぴとう)は、瘀水が裏位の関節にまでおよんでいる。
・ここでいう裏位とは、表の中の裏であって、一般にいう裏(消化器 系等)とは異なる。本来、表裏は相対的なもので絶対的なものではなく、ある地点を基準として、表裏をいうわけである。皮膚、筋肉、関節は、通常表といわれ ている部位であるが、皮膚を基準とすれば、筋肉、関節は裏であり、筋肉を基準とすれば、皮膚は表、関節は裏となり、関節を基準とすれば、皮膚、筋肉は表と なる。
・麻黄は胃腸障害を起こしやすいため、胃腸障害を訴えるものには用いないほうがよいとされている。胃腸障害を起こしやすいものとしては、このほか、当帰、川芎、地黄、石膏などがある。

各薬方の説明
1 麻黄湯(前出、表証の項参照)
2 葛根湯(前出、表証の項参照)
3 麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)  (傷寒論)
〔麻黄(まおう)、杏仁(きょうにん)各四、甘草(かんぞう)二、石膏一○〕
本方は、表の水毒はなく裏の水毒が動くもので、多くは水毒が胸部に向かっている。したがって、発熱、自汗、口渇、喘咳、呼吸困難などを目標と する。しかし、本方の自汗は、裏位の瘀水が熱によって出る汗であるからっ、桂枝湯のようにサラサラした汗ではなく、ジトジトとした油汗である。また、瘀水 が汗として出ず浮腫状を呈することもあるが、発病からの経過があまり長くないものに用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、麻杏甘石湯證を呈するものが多い。
一 感冒、百日咳、気管支炎、気管支喘息、肺炎、肺壊疽その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、痔の痛むもの、睾丸炎など。
・正式名は、麻黄杏仁甘草石膏湯(まおうきょうにんかんぞうせっこうとう)
・痔の痛みには、咳をして痔が痛むものに応用する。古矢知白の治験による。大塚敬節の著作参照。


4 麻杏薏甘湯(まきょうよっかんとう)  (金匱要略)
〔麻黄(まおう)四、杏仁(きょうにん)三、甘草(かんぞう)二、薏苡仁(よくいにん)一○〕
瘀水が少し深いところの筋肉の部位にあり、その瘀水にじゃまされて表位に血がめぐらず、皮膚が血燥状態(皮膚筋肉の栄養悪く、湿潤光沢や弾力 を失う)となっている。本方は、汗後冷えて疼痛を起こしたものや、諸筋肉痛または諸関節痛に用いられる。夕方になると痛みが激しくなることを目標とするこ ともある。
〔応用〕
一 筋肉リウマチ、関節リウマチその他の運動器系疾患。
一 イボ、手掌角化症、鮫肌、湿疹、水虫その他の皮膚疾患。
一 気管支台喘息、肺壊疽その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、神経痛、凍傷など。
・正式名は、麻黄杏仁薏苡甘草湯(まおうきょうにんよくいかんぞうとう)
・まきょうよくかんとうと読む場合もある。


5 大青竜湯(だいせいりゅうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔麻黄(まおう)六、杏仁(きょうにん)五、桂枝(けいし)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各三、甘草(かんぞう)二、石膏(せっこう)一○〕
本方は、麻黄湯の麻黄を増量し、石膏、生姜、大棗を加えたもので、桂枝麻黄各半湯の芍薬を去り、石膏を加えたものとして、また、越婢湯に桂枝 去芍薬湯(桂枝湯から芍薬を去ったもの)を加えたものとして考えることができる。したがって、麻黄、桂枝、石膏の三者が組み合わされたため(前出、薬方を 構成する理由の項参照)発汗作用が増強される。本方は、表実証で裏にも熱があり、瘀水が関節や筋骨に存在するため、関節や筋骨が痛み、手足の煩操(はんそ う、手足がほてってだるく、じっとしておれない)を訴えるものである。実証であるから症状は激しいもので、強く発汗させて瘀水を取り除き、裏熱をさまして 治す。本方は、悪感、発熱、脈浮緊、頭痛、喘鳴、上衝、口渇、尿利減少、諸筋骨痛、煩操を目標とする。ときには浮腫、腹水を目標とすることがある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、大青竜湯證を呈するものが多い。
一 流行性感冒、気管支炎、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 じん麻疹、皮膚掻痒症その他の皮膚疾患。
一 結膜炎、緑内障その他の眼科疾患。
一 急性腎炎、ネフローゼその他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、脳膜炎、耳下腺炎、関節炎、よう、疔など。
・桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいちとう)は、薬味としては大青竜湯に近い。


6 小青竜湯(しょうせいりゅうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔麻黄(まおう)、芍薬(しゃくやく)、乾姜(かんきょう)、甘草(かんぞう)、桂枝(けいし)、細辛(さいしん)、五味子(ごみし)各三、半夏(はんげ)六〕
表に邪、心下や胸中に水毒があり、この瘀水が上方または表に動揺することによって起こる種々の疾患に用いられ、発汗によって表邪を解するもの である。呼吸促拍、呼吸困難、咳嗽、喘鳴、鼻水、喀痰(痰はうすく、量が多い)、乾嘔、浮腫(上半身が多い)、尿利減少などを目標とする。苓甘姜味辛夏仁 湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)(後出、駆水剤の項参照)は、本方の裏の薬方に相当する。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、小青竜湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息、百日咳、肺炎、肺気腫その他の呼吸器系疾患。
一 ネフローゼその他の泌尿器系疾患。
一 結膜炎、涙嚢炎その他の眼科疾患。
一 鼻炎、蓄膿症その他の鼻疾患。
一 そのほか、肋間神経痛、胃酸過多症、関節炎、湿疹など。


7 越婢湯(えっぴとう)  (金匱要略)
〔麻黄(まおう)六、石膏(せっこう)八、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、表に邪があり、瘀水が停滞しているものに用いられる。口渇、多汗を第一目標とし、悪風、自汗、喘咳、小便不利、下肢の腫痛などを目標 とする。本方は、大青竜湯から桂枝と杏仁を除いたもので、麻黄と石膏の組み合わせ(前出、薬方を構成する理由の項参照)となり、止汗作用を現わす。また、 麻杏甘石湯(前出、表証の項参照)の杏仁のかわりに、大棗と生姜を加えたものである。したがって、喘咳を治す点では、麻杏甘石湯がまさり、浮腫を去り尿利 を増す点では、越婢湯がまさっている。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、越婢湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
一 腎炎、ネフローゼ、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 水虫、田虫、湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、神経痛、よう、瘭疽、黄疸など。

越婢湯の加減方
〔越婢湯に朮四を加えたもの〕
裏の水が熱のために上部に動揺し、口渇、浮腫、自汗(分泌過多)、小便不利または減少、脚部の麻痺・痙攣などをあらわすものを目標とする。越婢湯證で、水毒のはなはだしいものに用いられる。



6 建中湯類(けんちゅうとうるい)
建中湯類は、桂枝湯からの変方として考えることもできるが、桂枝湯は、おもに表虚を、建中湯類は、おもに裏虚にをつかさどるので項を改めた。
建中湯類は、体全体が虚しているが、特に中焦(腹部)が虚し、疲労を訴えるものである。腹直筋の拘攣や蠕動亢進などを認めるが、腹部をおさえると底力のないものに用いられる。また、虚弱体質者の体質改善薬としても繁用される。

各薬方の説明
1 小建中湯(しょうけんちゅうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔桂枝(けいし)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各四、芍薬(しゃくやく)六、甘草(かんぞう)二、膠飴(こうい)二○〕
本方は、桂枝加芍薬湯(前出、表証の項参照)に膠飴を加えたもので、太陰病に用いられる。したがって、虚証体質者の貧血性の疲れや腹部の虚し たもの、すなわち、消化器系が虚しているものに用いられ、疲労性の諸症状を治す。本方證の腹部は、腹壁がうすき感じられ、表面に腹直筋が浮かんでひきつれ ているようにみえるものが多いが、軟弱なものもある。煩熱、心悸亢進(動悸、呼吸促迫)、のぼせ、めまい、盗汗、衂血、咽乾、腹痛、四肢の倦怠感、黄疸、 遺精、小便過多(回数、量ともに多い)、下痢(消化不良便)などを目標とする。ただし、本方は、悪心、嘔吐のある場合および急性炎症症状のはげしいものに は用いてはならない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、小建中湯證を呈するものが多い。
一 夜尿症、頻尿、腎硬化症、腎臓結石、前立腺肥大症その他の泌尿器系疾患。
一 胃酸過多症、胃酸欠乏症、胃下垂症、胃アトニー症、胃潰瘍、胃癌、肋膜炎その他の消化器系疾患。
一 心臓弁膜症、動脈硬化症、高血圧症、低血圧症その他の循環器系疾患。
一 気管支喘息、肺結核、肺気腫その他の呼吸器系疾患。
一 神経衰弱、ノイローゼその他の精神、神経系疾患。
一 関節炎その他の運動器系疾患。
一 黄疸、急性肝炎、肝硬変、胆石症その他の肝臓、胆嚢の疾患。
一 フリクテン性結膜炎、眼瞼炎、眼底出血、眼科疾患。
一 鼻炎、衂血その他の鼻疾患。
一 そのほか、ヘルニヤ、痔、脱肛、直腸潰瘍、紫斑病、ルイレキ、アデノイド、カリエス、脊椎不全症、腺病質、脚気、遺精、疫痢、脱毛症など。

2 黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)  (金匱要略)
小建中湯に黄耆四を加えたもの〕
小建中湯證に、さらに虚状をおび、特に表虚が強くなった疲労性疾患に用いられる。したがって、盗汗あるいは腹部が膨満し、腹痛の強いものを治す。盗汗、不眠、咽乾、心悸亢進、腰背強痛、四肢の痛み、食欲減少などを目標とする。また、皮膚の乾燥を訴えるものもある。

3 当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)  (金匱要略)
小建中湯より膠飴を去って、当帰四を加えたもの〕
小建中湯證に、さらに瘀血(血虚)の状が加わっているものに用いられる。したがって、おもに左側の腹直筋の拘攣があり、痛みが下腹から向かって痛むもの、四肢攣急、身体下部の諸出血などに用いられる。
〔応用〕
小建中湯のところで示したような疾患に、当帰建中湯證を呈するものが多い。
その他
一 小経痛、産後の腹痛その他の婦人科系疾患。
一 痔出血、子宮出血その他の各種出血。
・膠飴等の滋潤剤は、瘀血を取るのに邪魔なので、ここでは去る。

    (参考:益田総子氏の口訣)
   1.生理不順はない
   2.三〇代前半くらいまでの年齢、それ以上の年齢の人には他の薬が効く
   3.腹直筋がピンと張っている。
   4.色々な症状が無くて生理痛だけがひどい場合。

4 帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)  (本朝経験)
小建中湯に黄耆二、当帰三を加えたもの〕
本方は、黄耆建中湯当帰建中湯を合方したもので、気・血・表・裏すべてが虚したものに用いられる。したがって、腫物が自潰し、いつまでもサラサラした膿が多量に出て治らないものを目標とする。
(1)十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)(前出、駆瘀血剤の項参照)は、本方に地黄(じおう)、人参(にんじん)、朮(じゅつ)を加えた形である。

5 大建中湯(だいけんちゅうとう)  (金匱要略)
〔乾姜(かんきょう)五、人参(にんじん)三、蜀椒(しょくしょう)二、膠飴二○〕
小建中湯よりさらに虚しており、裏の虚寒証に用いられる。したがって、腹部全体が軟弱無力となり、水と気が停滞しやすく、腸の蠕動を外部から 望むことのできるもので、蠕動亢進の際には腹痛のたえがたいものに用いられる。本方證の痛む場所は一定せず、上下左右と動くが、つねにヘソのまわりにある のが目標となる。
また、発作的に水毒が上衝して嘔吐を伴ったり、腹部が冷えてガスがたまり膨満(腹鳴となることもある)して痛むこともある。手足厥冷(けつれい)、腹部の寒冷および疼痛、蠕動不安、下痢または兎糞便などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、大建中湯證を呈するものが多い。
一 胃拡張症、胃下垂症、胃アトニー症、急性虫垂炎、腸狭窄、腸捻転、腸疝痛、腹膜炎、腸内ガスによる腫痛その他の消他器系疾患。
一 そのほか、腎臓結石、尿道炎、胆石症、乳汁不足、流産癖、気管支喘息など。

6 中建中湯(ちゅうけんちゅうとう)
大建中湯小建中湯の合方〕
大建中湯證と小建中湯證の両方をかねている場合に用いられる。
・大塚敬節氏の創作?

7 附子粳米湯(ぶしこうべいとう)  (金匱要略)
〔粳米(こうべい)六、半夏(はんげ)五、大棗三(たいそう)三、甘草(かんぞう)一・五、附子(ぶし)○・五〕
本方は、裏の虚寒証で新陳代謝の衰退したものに用いられる。したがって、腹部の寒冷は強く、腹痛、腹満、腹鳴、嘔吐を目標とする。本方證の腹痛は、激しく痛むのを特色とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、附子粳米湯を呈するものが多い。
一 胃痙攣、胃潰瘍、胃下垂症、腸狭窄症、腸閉塞症、膵臓炎、胆石症その他の消化器系疾患。
一 そのほか、子宮癌、腎臓結石など。
〔当帰(とうき)、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、木通(もくつう)各三、細辛(さいしん)、甘草(かんぞう)各二、大棗(たいそう)五〕
本方は、桂枝湯の生姜を去って、当帰、細辛、木通を加えたもので、当帰建中湯の生姜のかわりに木通と細辛を加えたものとして考えられ(いずれ の場合も大棗は増量されている)、順気剤・駆瘀血剤・駆水剤(前出、気血水説の項参照)が配剤されている。したがって、腹部は虚満の状を呈し、冷えのため に気・血・水の正常な運行が行われなくなったものに用いられ、手足の冷え、腹痛、痛鳴、腰痛、月経不順、下痢などを目標とする。なお、当帰四逆湯は、寒冷 が裏位に向かい(四肢攣痛、下腹から腰背に向かう疼痛などをうったえる)、当帰芍薬散は、さらに裏位に近い(腹中拘攣などを訴える)ものである。
四逆散四逆湯とは関係ないので注意。
・芍薬が三しか配合されていないのに、建中湯類なのはなぜ?
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、当帰四逆湯證を呈するものが多い。
一 慢性腹膜炎、腸疝痛、慢性虫垂炎その他の消化器系疾患。
一 子宮脱出症その他の婦人科系疾患。
一 水虫その他の皮膚疾患。
一 そのほか、腰痛、坐骨神経痛、凍傷、脱疽、瘭疽など。

9 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)  (傷寒論)
当帰四逆湯に呉茱萸二、生姜四を加えたもの〕
当帰四逆湯證で、裏(内)に寒があり、そのために冷えが強く、その動揺によって起こる各種の疾患に用いられる。嘔吐、胸満、腹痛(下腹部から上腹部に向かった痛みを呈することが多い)、下痢、四肢厥冷などを目標とする。



7 裏証(りしょう)Ⅰ
虚弱な体質者で、消化機能が衰え、心下部の痞えを訴えるもの、また消化機能の衰退によって起こる各種の疾患に用いられる。建中湯類、裏証Ⅰ、 裏証Ⅱは、いずれも裏虚の場合に用いられるが、建中湯類は、特に中焦が虚したもの、裏証Ⅰは、特に消化機能が衰えたもの、裏証Ⅱは、新陳代謝機能が衰えた ものに用いられる。
裏証Ⅰの中で、柴胡桂枝湯加牡蠣茴香(さいこけいしとうかぼれいういきょう)・安中散(あんちゅうさん)は気の動揺があり、神経質の傾向を呈する。半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)・呉茱萸湯(ごしゅゆとう)は、水の上逆による頭痛、嘔吐に用いる。

各薬方の証明
1 柴胡桂枝湯加牡蠣茴香(さいこけいしとうかぼれいういきょう)
〔柴胡桂枝湯に牡蠣三、茴香二を加えたもの〕
柴胡桂枝湯證(前出、柴胡剤の項参照)で、胸痛や胃痛を訴えるものに用いられる。したがって、心下部が痞え、緊張しているもの、動悸のあるものを目標とする。

2 安中散(あんちゅうさん)  (和剤局方)
〔桂枝(けいし)四、延胡索(えんごさく)、牡蠣(ぼれい)各三、茴香(ういきょう)、甘草(かんぞう)、縮砂(しゅくしゃ)各二、良姜(りょうきょう)一〕
冷え症で、表証はなく、胃部の虚寒と気うつ、血滞のあるものに用いられる。したがって、平素健康な人が、暴飲、暴食したために起こる胸やけや 胃痛には効果がない。本方證は、体質的に虚証であり、神経過敏となり、動悸、胃内停水、胃痛、心下痛、胸やけ、腹満、食欲不振、悪心、嘔吐、冷え症などを 目標とする。本方證の痛みは、慢性に経過した痙攣性疼痛または下腹部より腰背におよぶ牽引性疼痛である。また消化が悪く、いつまでも食物が胃に停滞するこ とも目標となることがある。平素から胃腸の悪い人が、急に胸やけがしたり、胃が張ったりするものに頓服して速効がある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、安中散證を呈するものが多い。
一 神経性胃炎、胃酸過多症、胃下垂症、胃潰瘍、十二指腸潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 月経痛、悪阻その他の婦人科系疾患。

3 四君子湯(しくんしとう)  (和剤局方)
〔人参(にんじん)、朮(じゅつ)、茯苓(ぶくりょう)各四、甘草(かんぞう)一・五〕
本方は、一般には、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)各一・五を加えて用いられているもので、胃部の虚弱(胃腸の消化機能の低下)と貧 血に用いられる。したがって、悪心、嘔吐、顔面蒼白(貧血)、食欲不振、胃内停水、腹鳴、下痢、四肢倦怠感などを目標とする。また、本方證には、下部出血 を伴うことがある。本方は、いちおう陽証体質に属する薬方であるが、本方の茯苓を乾姜にかえれば、陰証の人参湯(後出、裏証Ⅱの項参照)となるもので、 もっとも陰証に近い薬方である。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、四君子湯證を呈するものが多い。
一 胃腸虚弱、胃下垂症、胃アトニー症、胃カタルその他の胃腸系疾患。
一 遺尿、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、半身不髄、痔疾、脱肛、虚証の出血など。

4 六君子湯(りっくんしとう)  (万病回春)
〔人参(にんじん)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(茯苓)、半夏(はんげ)各四、陳皮(ちんぴ)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各二、甘草(かんぞう)一〕
本方は、四君子湯に半夏、陳皮を加えたもので、四君子湯證よりもさらに胃内停水が強く、心下痞と四肢の厥冷を訴えるものに用いられる。また、 本方は消化機能をととのえる作用が強いため、虚証で貧血、疲労感、食欲不振、胃内停水、心下痞満、四肢の冷え、軟便または下痢便などを目標とする。ときと して浮腫、嘔吐、尿利減少を訴えることがある。また食後右側を下にして横になっていたがる傾向のあることもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、六君子湯證を呈するものが多い。
一 慢性胃カタル、胃下垂症、胃アトニー症、胃拡張症、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍、慢性腹膜炎、腸カタルその他の消化器系疾患。
一 神経衰弱、神経症その他の神経系疾患。
一 そのほか、感冒、悪阻、心臓弁膜症など。

六君子湯の加減方
六君子湯に香附子(こうぶし)、縮砂(しゅくしゃ)、藿香(かっこう)各二を加えたもの〕
六君子湯證で、気うつし、心下部の痞塞感が強く、食物が停滞するため、食欲不振、腹満、腹痛を訴えるものを目標とする。

(2) 柴芍六君子湯(さいしゃくりっくんしとう)  (本朝経験)
六君子湯に柴胡(さいこ)四、芍薬(しゃくやく)三を加えたもの〕
六君子湯證で、腹直筋の拘攣や胸脇苦満の状を呈するもの、あるいは腹痛を伴うものに用いられる。本方は、いちおう柴胡剤であるが、駆水剤(特に胃内停水を去る)である六君子湯の作用が主体であることからここにかかげた。
〔応用〕
六君子湯のところで示したような疾患に、柴芍六君子湯證を呈するものが多い。
その他
一 肝炎、膵臓炎その他の肝臓、膵臓、胆嚢の疾患。
〔半夏(はんげ)、白朮(びゃくじゅつ)、陳皮(ちんぴ)、茯苓(ぶくりょう)各三、麦芽(ばくが)、天麻(てんま)、生姜(しょうきょ う)、神麹(しんきく)各二、黄耆(おうぎ)、人参(にんじん)、沢瀉(たくしゃ)各一・五、黄柏(おうばく)、乾姜(かんきょう)各一〕
本方は、六君子湯の加減方として考えることができ、胃部の虚弱のために胃内停水があり、心下部が痞満しているものに用いられる。したがって、 胃内停水の動揺によって起こるめまい、頭痛、嘔吐(水を吐く)を目標とする。また、肩こり、四肢の冷え、身体が重いなどを訴えたり、食後すぐ眠くなる、朝 の目覚めが悪いなどを訴えることもある。なお、本方證の頭痛は、こめかみから頭頂部あたりにかけて激しく痛むものである。
〔応用〕
一 胃下垂症、胃アトニー症、慢性胃カタルその他の胃腸系疾患。
一 高血圧症、低血圧症その他の循環器系疾患。
一 そのほか、鼻炎、蓄膿症など。

   (参考:益田総子氏の口訣)
   当帰芍薬散が効く人で、むくみ、めまいがある人
   当帰芍薬散が効く人で、雨の日にむくみ・関節痛が悪化  


6 呉茱萸湯(ごしゅゆとう)  (傷寒論)
〔呉茱萸(ごしゅゆ)三、人参(にんじん)二、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)各四〕
本方は、半夏白朮天麻湯證に似て嘔吐の激しいもの、すなわち、虚寒証で胃部に瘀水がそれにつれて上下に動くために起こる各種の疾患に用いられ る。したがって、冷え症(手足厥冷)、頭痛(頭部の冷痛)、煩操、悪心、嘔吐、心下痞、胃内停水、下痢などを目標とする。また、発作性にくる頭痛、日射病 による頭痛で嘔吐を伴うものなどでもある。
半夏白朮天麻湯證では、水の上衝がつねにあるため、めまいのほうが嘔吐よりも強いが、本方證では、水の上衝が発作的に起こるため、嘔吐が強く、めまいは弱く感じられる。
〔応用〕
一 胃酸過多症、胃下垂症、胃アトニー症、腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 食中毒、薬物中毒など。
一 そのほか、尿毒症、脚気、悪阻など。


7 平胃散(へいいさん)  (和剤局方)
〔蒼朮(そうじゅつ)四、厚朴(こうぼく)、陳皮(ちんぴ)各三、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各二、甘草(かんぞう)一〕
本方は、消化障害があり、胃に食毒と瘀水が停滞しているために起こる各種の疾患に用いられる。悪心、嘔吐、心下部不快感、心下部痞満、消化障 害、食欲不振、胃痛、下痢(本方證は下痢すればさっぱりする)などを目標とする。本方は、衰弱が強い人、貧血のいちじるしい人には用いてはならない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、平胃散證を呈するものが多い。
一 胃酸過多症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 そのほか、気管支喘息など。


8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。

各薬方の説明
1 人参湯(にんじんとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔人参(にんじん)、朮(じゅつ)、甘草(かんぞう)、乾姜(かんきょう)各三〕
本方は、理中湯(りちゅうとう)とも呼ばれ、太陰病で胃部の虚寒と胃内停水のあるものを治す。貧血性で疲れやすく、冷え症、頭痛、めまい、嘔 吐、喀血、心下痞、胃痛、腹痛、身体疼痛、浮腫、下痢(水様便または水様性泥状便)、食欲不振(または食べるとながく胃にもたれる)、尿は希薄で量が多い などを目標とする。本方の服用によって、浮腫が現われてくることがあるが、つづけて服用すれば消失する。五苓散(ごれいさん)を服用すれば、はやく治る。 本方を慢性病に使用するときは丸薬を用いる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、人参湯證を呈するものが多い。
一 胃酸過多症、胃アトニー症、胃下垂症、胃カタル、胃拡張症、胃潰瘍、大腸炎その他の胃腸系疾患。
一 萎縮腎その他の泌尿器系疾患。
一 心臓弁膜症、狭心症その他の循環器系疾患。
一 肋間神経痛その他の神経系疾患。
一 肺結核、気管支喘息、感冒その他の呼吸器系疾患。
一 吐血、喀血、腸出血、痔出血、子宮出血などの各種出血。
一 そのほか、悪阻、肋膜炎、糖尿病など。
人参湯に桂枝四を加えたもの〕
人参湯證で、表証があり、裏が虚し(特に胃部)表熱裏寒を呈するもの、特に動悸、気の上衝、急迫の状などが激しいものに用いられる。発熱、発汗、頭痛、心下痞、心下痛、心下悸、四肢倦怠、足の冷え、水様性下痢などを目標とする。
〔応用〕
人参湯のところで示したような疾患に、桂枝人参湯證を呈するものが多い。
その他
一 偏頭痛、常習性頭痛など。


3 附子理中湯(ぶしりちゅうとう)
人参湯に附子○・五を加えたもの〕
本方は、人参湯の加味方で、人参湯證で悪寒や四肢の厥冷を訴えるものである。四肢の疼痛、排尿頻数、精神不安(不眠、神経過敏)などがはなはだしくなることを目標とする。
〔応用〕
人参湯のところで示したような疾患に、附子理中湯證を呈するものが多い。
その他
一 ノイローゼ、神経衰弱その他の精神、神経系疾患。


4 真武湯(しんぶとう)  (傷寒論)
〔茯苓(ぶくりょう)五、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、朮(じゅつ)各三、附子(ぶし)○・五〕
本方は、少陰病の葛根湯といわれるほどに繁用される薬方で、陰虚証で新陳代謝機能が沈衰している時に用いられる。したがって、瘀水が動揺また はうっ滞するために起こる各種疾患に用いられる。腹部は軟弱で、ガスのために一般には膨満しているが、ときとして腹直筋が拘攣するものもある。疲労倦怠 感、身体動揺感(軽いときはめまい)、四肢冷重疼痛および麻痺(筋肉の痙攣、運動失調なども含む)、腹痛、嘔吐、心悸亢進、浮腫、尿利減少、水様性下痢な どを目標とする。本方を慢性下痢の人に用いると、人参湯の場合のように浮腫が起きることがあるが、つづけて服用すれば消失する。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、真武湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、肺炎、肺結核その他の呼吸器系疾患。
一 高血圧、脳出血、心臓弁膜疾その他の循環器系疾患。
一 胃下垂症、胃アトニー症、腸カタル、腸狭窄、腸結核、大腸炎、腹膜炎その他の消化器系疾患。
一 腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、夜尿症その他の秘尿器系疾患。
一 眼底出血、夜盲症、角膜乾燥症その他の眼科系疾患。
一 湿疹、じん麻疹、老人性掻痒症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、神経衰弱、脚気、リウマチ、半身不随など。


5 附子湯(ぶしとう)  (傷寒論)
〔朮(じゅつ)五、茯苓(ぶくりょう)、芍薬(しゃくやく)各四、人参(にんじん)三、附子(ぶし)○・五〕
本方は、少陰病の裏水を治す真武湯の生姜のかわりに人参を加え、朮、茯苓の量を増減させたもので、表裏ともに寒と瘀水とがあるものに用いられ る。したがって、貧血、背悪寒、身体および四肢の攣痛、麻痺、四肢寒冷、関節痛、浮腫、心下悸、心下痞硬、腹痛、下痢、尿不利などを目標とする。本方は、 附子理中湯の甘草、乾姜のかわりに茯苓、芍薬がはいっているため、瘀水と貧血が主となっているが、附子理中湯は、瘀水は残っているが、寒が強く厥冷の状の はなはだしいものである。
〔応用〕
真武湯のところで示したような疾患に、附子湯證を呈するものが多い。
一 関節炎、リウマチその他の運動器系疾患。
一 そのほこ、神経痛、腹膜炎、腹水、口内炎など。


6 甘草湯(かんぞうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)八〕
本方は、裏証Ⅱとは薬効的には関係ないが、つぎにのべる薬方の基本としてここにかかげたものである。
本方は、神経の興奮による各種の急迫症状を緩解するために用いられる。したがって、炎症(発赤、腫張)はそれほど強くはないのに、痛みが激しいものに用いられる。また、鎮痛の目的で外用される。
外用:咽喉痛の際のうがいや痔の際に使う。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘草湯證を呈するものが多い。
一 胃痙攣、腹痛その他の胃腸系疾患。
一 尿閉、排尿痛その他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、急性咽喉炎、咽喉痛、アフター性口内炎、咳嗽、痔核、脱肛、肛門周囲炎、食中毒、薬物中毒、外傷、歯痛、瘭疽など。
  附子の中毒には、黒豆と甘草とを一つかみずつ入れて煎じたものを飲む。


7 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)四、乾姜(かんきょう)二〕
虚弱な人の陽気が虚したために、瘀水が動揺し、種々の症状を呈するものに用いられる。したがって、煩操、吐逆(吐気)、咽中乾燥、四肢厥冷、尿意頻数、希薄な唾液分泌過多などを目標とする。
本方は、数多くの薬方の基本となっている。たとえば、人参の朮が加えられると人参湯となり、附子が加えられると四逆湯、茯苓と朮が加えられると苓姜朮甘湯(後出、駆水剤の項参照)となる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘草乾姜湯證を呈するものが多い。
一 遺尿、夜尿症、萎縮腎、尿道炎その他の泌尿器系疾患。
一 吐血、喀血、子宮出血その他の各種出血。
一 そのほか、瘭疽、凍傷、気管支喘息、ルイレキ、唾液分泌過多など。


8 甘草附子湯(かんぞうぶしとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)二、白朮(びゃくじゅつ)四、桂枝(けいし)三、附子(ぶし)○・五〕
本方は、瘀水が外邪の進入により侵されて起こる激しい痛みに用いられる。したがって、関節や筋肉の腫れと痛みが強く、悪風、自汗、尿利減少などを目標とする。本方證の痛みは強く、四肢を動かすことも、他人がさわることもできないほどのものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘草附子湯證を呈するものが多い。
一 関節リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 そのほか、瘭疽、脱疽、骨膜炎、腰痛、神経痛、インフルエンザなど。


9 四逆湯(しぎゃくとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)三、乾姜(かんきょう)二、附子(ぶし)○・五〕
本方は、甘草乾姜湯に附子を加えたものとして、また、甘草附子湯から白朮、桂枝を去り、乾姜を加えたものとして考えることができる。したがっ て、新陳代謝機能が極度に衰退しているものに用いられる。表裏ともに虚寒証で、胃部の寒と四肢厥冷による身疼痛、嘔吐、腹痛、下痢(完穀下痢、泥状便、水 様便)などを目標とする。本方證では、発熱することはあっても手足の冷えが強い。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、四逆湯證を呈するものが多い。
一 感冒、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 胃カタル、腸カタル、消化不良症その他の胃腸系疾患。
一 腸チフス、疫痢その他の急性伝染病。
一 そのほか、食中毒、黄疸、虫垂炎など。


10 通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)  (傷寒論、金匱要略)
四逆湯の乾姜を四に増量する〕
四逆湯證で、虚寒証の状の強いものに用いられる。したがって、嘔吐、下痢、四肢の厥冷などは強く、脈がほとんど絶えんとするものを目標とする。
四逆湯に人参二を加えたもの〕
四逆湯證で、疲労がはなはだしく、出血や体液の欠乏の状のあるものに用いられる。貧血で水分欠乏の状態となるため、下痢も膿血性下痢となる。本方と附子理中湯とをくらべると、本方には白朮が欠けているため附子理中湯證のような瘀水はなく、ただ寒が強いものである。


12 茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)  (傷寒論)
四逆加人参湯に茯苓四を加えたもの〕
四逆加人参湯證に、瘀水の状が加わったものに用いられる。したがって、煩操、心悸亢進、浮腫などを目標とする。



9 承気湯類(じょうきとうるい)
腹部に気のうっ滞があるため、腹満、腹痛、便秘などを呈するものの気をめぐらすものである(承気とは順気の意味)。
承気湯類は下剤であり、実証体質者の毒を急激に体外に排出するものである。
各薬方の説明

1 大承気湯(だいじょうきとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔厚朴(こうぼく)五、枳実(きじつ)、芒硝(ぼうしょう)各三、大黄(だいおう)二〕
本方は、陽明病の代表的薬方で、腹部が膨満充実してかたく、便秘するものに用いられる(便秘を伴わない水毒や気による腹満には用いられな い)。したがって、発熱(潮熱)、悪心、口渇、腹満、腹痛、便秘(下痢のときは裏急後重のはなはだしいもの)、譫語(重症は精神錯乱状態となる)などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、大承気湯證を呈するものが多い。
一 腸チフス、赤痢、疫痢、麻疹その他の急性熱性伝染病。
一 流感、気管支喘息、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 腸カタル、急性消化不良症、常習便秘その他の胃腸系疾患。
一 精神病、神経痛その他の精神、神経系疾患。
一 月経閉止、産褥熱その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、肥胖症、高血圧症、破傷風、眼疾患、痔核、尿閉、食中毒など。


2 小承気湯(しょうじょうきとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔厚朴(こうぼく)三、大黄(だいおう)、枳実(きじつ)各二〕
本方は、大承気湯の芒硝を除いたもので、大承気湯より少し虚している人に用いられる。したがって、胃部や腸内の邪気を停滞している食物とともに、軽く瀉下して除くもので、腹満、胃部の痞硬、便秘、全身浮腫、小便不利などを目標とする。
〔大黄(だいおう)二、芒硝(ぼうしょう)、甘草(かんぞう)各一〕
本方は、大承気湯の枳実、厚朴を去り、甘草を加えたもので、一種の緩下剤であり、胃の機能を調整する。本方は、やや体力の衰えた人に用いられ、排便によって解熱、鎮静をはかるものである。嘔吐、譫語、腹満、便秘または裏急後重の下痢などを目標に頓服する。

4 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)  (前出、駆瘀血剤の項参照)



10 瀉心湯類(しゃしんとうるい)
瀉心湯類は、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)を主薬とし、心下痞硬(前出、腹診の項参照)および心下痞硬によって起こる各種の疾患を目標に用いられる。

各薬方の説明

1 大黄黄連瀉心湯(だいおうおうれんしゃしんとう)  (傷寒論)
〔大黄(だいおう)二、黄連(おうれん)一〕
本方は、心下部の痞えや煩があり、便秘しているものに用いられる。本方證の炎症充血は、比較的に軽いものである。一般に黄芩を加えて三黄瀉心湯として用いられる。
〔大黄(だいおう)二、黄芩(おうごん)、黄連(おうれん)各一〕
これは、頓服の場合の分量で、本方を長く続けて服用する場合は、大黄、黄連、黄芩各三とする。本方は、本方は、少陽病の実証のものに用いら れ、充血性の上衝や心下部の痞塞感およびその上衝によって起こる精神不安などに用いられる。すなわち、のぼせ気味で顔面紅潮し、気分がいらいらしておちつ かない興奮状態のときに鎮静的に用いられる。また、心下部および頭部に充血、炎症があり、その上衝によって起こる刺激興奮症状(精神不安)に用いられる。 したがって、心悸亢進、血圧上昇、神経過敏などが起きるが、下半身には異常を認めないもの、頭痛、のぼせ、耳鳴り、精神不安、血圧亢進、心下痞、便秘、出 血(瘀血による出血ではないから血液は鮮やかな色を呈する)などを目標とする。本方は、一時的興奮状態の鎮静剤としても頓服に用いられる。なお、出血傾向 のある場合には冷服するほうが良い。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、三黄瀉心湯を呈するものが多い。
一 高血圧症、動脈硬化症、脳溢血、脳充血その他の循環器系疾患。
一 神経衰弱、ノイローゼ、ヒステリー、精神病、精神分裂症、発狂その他の精神、神経系疾患。
一 吐血、喀血、衂血、結膜出血、脳出血、皮下出血、子宮出血、代償性出血、痔出血、腸出血、膀胱出血、血尿症、外傷性出血その他の各種出血。
一 胃潰瘍、胃カタル、腸カタル、胃酸過多症その他の胃腸系疾患。
一 血の道、更年期障害その他の婦人科系疾患。
一 結膜炎、網膜炎、虹彩炎、眼瞼炎その他の眼科疾患。
一 じん麻疹、皮膚掻痒症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、歯齦腫痛、歯齦出血、打撲、火傷、舌炎、口内炎、小児麻痺、宿酔、薬物中毒など。


3 附子瀉心湯(ぶししゃしんとう)  (傷寒論)
三黄瀉心湯に附子○・五を加えたもの〕
三黄瀉心湯證で、悪寒を訴えるもの、手の先がかすかに冷えるもの、嗜眠の傾向の強いものなどに用いられる。
〔黄芩(おうごん)三、梔子(しし)二、黄連(おうれん)、黄柏(おうばく)各一・五〕
全身の実熱によって起こる炎症と充血を伴う症状を治す。したがって、胃部が痞え、炎症と充血によって顔面赤く、上衝し、不安焦燥にかられ、心 悸亢進、出血の傾向がある。気分がおちつかずイライラし、のぼせ、不眠などの精神症状などを目標とする。三黄瀉心湯證で、便秘の傾向が弱い。
赤いにきび(膿が無い)ものに用いる。

  万病回春の黄連解毒湯 黄連二、黄芩、黄柏、梔子各四、柴胡、連翹各二
  大塚敬節氏は、黄連解毒湯に大黄を加味して用いることがある。
黄連解毒湯の加減方
(1) 温清飲(うんせいいん)
   〔黄連解毒湯と四物湯の合方〕(前出、駆瘀血剤の項参照)
(2) 柴胡解毒湯(さいこげどくとう) 
〔黄連解毒湯と小柴胡湯の合方〕
小柴胡湯證と黄連解毒湯證をかねたもので、胸脇苦満があり、上衝し、のぼせるものに用いられる。
          体質改善に良い。


5 黄連湯(おうれんとう)  (傷寒論)
〔半夏(はんげ)五、黄連(おうれん)、甘草(かんぞう)、乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、桂枝(けいし)、大棗(たいそう)各三〕
本方は、心下に熱があるため心煩、心中懊悩を起こし、胃部に寒があるために、嘔吐、腹痛を起こすものに用いられる。したがって、不眠、悪心、嘔吐、胃部の停滞圧重感、心下痞と痛み、腹痛、心悸亢進、食欲不振などを目標とする。
本方は、つぎにのべる半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)の黄芩のかわりに桂枝がはいっているもので、半夏瀉心湯は、黄芩があるため心下より上、すなわち、上焦と表の血熱や心煩を治すのに対して、本方には桂枝があるため、気の上衝が強く、のぼせ、上逆感のあるものを治す。
〔応用〕
三黄瀉心湯のところで示したような疾患に、黄連湯證を呈するものが多い。
その他
一 胆石症、急性虫垂炎、蛔虫症など。


6 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔半夏(はんげ)五、黄芩(おうごん)、乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)各二・五、黄連(おうれん)一〕
本方は、少陽病で瘀熱(おねつ、身体に不愉快な熱気を覚える)と瘀水が心下に痞え、その動揺によって嘔吐、腹中雷鳴、下痢などを程するものに 用いられる。したがって、悪心、嘔吐、心下部の痞え(自覚症状)、食欲不振、胃内停水、腹中雷鳴、上腹痛、軟便、下痢(裏急後重)、精神不安、神経過敏な どを目標とする。
本方の心下痞をつかさどる黄連のかわりに胸脇苦満をつかさどる柴胡に、冷えをつかさどる乾姜のかわりに生姜に変えたものが小柴胡湯(前出、柴胡剤の項参照)である。
〔応用〕
つぎに示したような疾患に、半夏瀉心湯證を呈するものが多い。
一 胃カタル、腸カタル、胃アトニー症、胃下垂症、胃潰瘍、十二指腸潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 月経閉止、悪阻その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、不眠症、神経症、口内炎、食道狭窄、宿酔)など。


7 生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)  (傷寒論)
半夏瀉心湯の乾姜の量を一に減じ、生姜二を加えたもの〕
本方は、半夏瀉心湯證に似るが、より水毒が強く、おくび、食臭を発し、腹中雷鳴、下痢するものに用いられる。したがって、心下痞、心下の緊張、噫気(あいき、おくび)、下痢、嘔吐などを目標とする。本方證の下痢は軽症で、むしろ、おくび、嘔吐感の強い場合に用いられる。


8 甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)  (傷寒論、金匱要略)
半夏瀉心湯に甘草一を増加したもの〕
本方は、半夏瀉心湯にくらべて、補力作用と鎮静作用がいちじるしく増しており、半夏瀉心湯證で、腹中雷鳴、不消化性下痢、心煩して精神不安を 覚えるもの、喀血して興奮するものに使われる。したがって、心下痞、精神不安、安臥することができない。乾嘔、腹鳴、食欲不振、下痢などを目標とする。
〔応用〕
半夏瀉心湯のところで示したような疾患に、甘草瀉心湯證を呈するものが多い。
その他
一 神経衰弱、ヒステリー、精神病、不眠症その他の精神、神経系疾患。


9 椒梅瀉心湯(しょうばいしゃしんとう)  (本朝経験)
半夏瀉心湯に烏梅(うばい)、蜀椒(しょくしょう)各二を加えたもの〕
本方は、心下部に寒と瘀水があって、悪心、嘔吐、喜唾(唾液をたびたび吐く)するものに用いられる。また、嘔吐、心下刺痛などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、椒梅瀉心湯證を呈するものが多い。
一 種々の胃腸系疾患、蛔虫症、陰萎など。
烏梅、蜀椒を入れれば痛みに効く(椒梅瀉心湯でなくて良い)
癌の末期のモルヒネ等が効かない時にも痛みをおさえる
量は多く使う(15g~)
烏梅は、青梅を薫じたもので、落下した実を使ったものは効かない
市販品は落下した果実を使っているものが多いので、自作した方が良い



11 駆水剤(くすいざい)
駆水剤は、水の偏在による各種の症状(前出、気血水の項参照)に用いられる。駆水剤には、表の瘀水を去る麻黄剤、消化機能の衰退によって起こ る胃内停水を去る裏証Ⅰ、新陳代謝が衰えたために起こった水の偏在を治す裏証Ⅱなどもあるが、ここでは瘀水の位置が、半表半裏または裏に近いところにある ものについてのべる。

各薬方の説明
1 分消湯(ぶんしょうとう)  (万病回春)
〔蒼朮(そうじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、白朮(びゃくじゅつ)各二・五、陳皮(ちんぴ)、厚朴(こうぼく)、香附子(こうぶし)、猪苓 (ちょれい)、沢瀉(たくしゃ)各二、枳実(きじつ)、大腹皮(だいふくひ)、縮砂(しゅくしゃ)、木香(もっこう)、生姜(しょうきょう)、燈心草(と うしんそう)各一〕
本方は、平胃散(前出、裏証Ⅰの項参照)に四苓湯(しれいとう)〔五苓散(ごれいさん)から桂枝を除いたものであり、瘀水が体内にあるが、気 の上衝がないため、頭痛、めまい、嘔吐などが弱いものである〕を合方し、さらに枳実、香附子、大腹皮、縮砂、木香、燈心草を加えたものである。したがっ て、本方は実証の浮腫を治すもので、気をめぐらし、食滞を去り、尿利をつけるものである。本方は、浮腫、腹水、腹満、腹痛、心下痞硬、便秘、尿利減少など を目標とする。本方證の浮腫は、実腫であり、特に全身浮腫に適するものが多い。またごく少量の食物をとっても、すぐに腹がいっぱいとなって苦しく感じると いうことも目標にすることがある。
〔応 用〕
つぎに示すような疾患に、分消湯證を呈するものが多い。
一 腎炎、ネフローゼ、腹水その他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、肝硬変、腹膜炎など。
分消湯血鼓加減(ぶんしょうとうけっこかげん)
別名 血分消(けつぶんしょう)
分消湯 去 白朮 茯苓 加 当帰 芍薬 紅花 牡丹皮〕
血絲縷(けっしろう)の時(肝硬変)


2 五苓散(ごれいさん)  (傷寒論、金匱要略)
〔沢瀉(たくしゃ)五分、猪苓(ちょれい)、茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)各三分、桂枝(けいし)二分。湯の場合は、沢瀉六、猪苓、茯苓、朮各四・五、桂枝三〕
表に熱、裏(胃部)に停水があるため、表熱によって瘀水が動き、それにつれて気の動揺をきたし、上衝するものに用いられる。したがって、発 熱、頭痛、めまい、口渇(本方證の口渇は、煩渇引飲といわれ、いくら飲んでも飲みたりないほど強いものである)、嘔吐(わりあい楽に吐くもの)、心下部振 水音、腹痛、臍下悸、尿利減少、下痢(水様便が多量に出る)などを目標とする。また、口渇のために水を飲みたがるが、飲むとすぐに飲んだ以上に吐くものを 目標とすることもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、五苓散證を呈するものが多い。
一 胃拡張症、胃アトニー症、胃下垂症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 腎炎、萎縮腎、ネフローゼ、膀胱炎、陰嚢水腫、尿毒症、浮腫その他の泌尿器系疾患。
一 カタル性結膜炎、仮性近視、角膜乾燥症、夜盲症その他の眼科疾患。
一 宿酔、ガス中毒、船酔いその他。
一 感冒、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、火傷、脱毛症、糖尿病、日射病など。
陰嚢水腫 五苓散加車前子木通
ヘルニア 五苓散加牡丹皮防風
痰喘煩操して眠らないもの 五苓散加阿膠
疝気(腰痛の時) 五苓散加小茴香

五苓散の加味方
(1) 胃苓湯(いれいとう)  (古今医鑑)
五苓散平胃散の合方〕
本方は、五苓散證に平胃散證(前出、裏証Ⅰの項参照)をかねたもので、平素から水毒体質の人が胃腸をこわしたために、激しい腹痛を伴う水様性下痢や浮腫を起こすものに用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、胃苓湯證を呈するものが多い。
一 大腸炎、胃腸カタル、食あたりその他の胃腸系疾患。
一 ネフローゼ、腎炎その他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、神経痛、暑気あたりなど。

(2) 柴苓湯(さいれいとう)
五苓散小柴胡湯の合方〕
本方は、五苓散證に小柴胡湯(前出、柴胡剤の項参照)をかねたものに用いられる。本方と同様な目的で、他の柴胡剤も五苓散と合方される。
五苓散に茵蔯四を加えたもの〕
本方は、五苓散證で黄疸の併発したものに用いられる。したがって、黄疸で発熱が少なく、口渇、浮腫、心下部膨満、振水音、尿量減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、茵蔯五苓散證を呈するものが多い。
一 急性黄疸などの肝臓機能障害。
一 腎炎、ネフローゼなどの泌尿器系疾患。
一 そのほか、宿酔。


4 猪苓湯(ちょれいとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔沢瀉(たくしゃ)、猪苓(ちょれい)、茯苓(ぶくりょう)、阿膠(あきょう)、滑石(かっせき)各三〕
本方は、五苓散から桂枝、朮を去り、阿膠と滑石を加えたものである。したがって、五苓散證のような気の上衝がなく、利尿作用が強く、下腹部特 に尿路の炎症を消退させる。本方は、下焦のうつ熱によって下腹部の気と水が通ぜず、小便不利、小便難、排尿痛、残尿感、血尿、たんぱく尿、腰以下の浮腫、 口渇、心煩(精神不安)などを目標とする。本方證の口渇は、体液の欠乏によるものではなく、下焦の熱邪によって体液が偏在するために起こるものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、猪苓湯證を呈するものが多い。
一 腎炎、ネフローゼ、腎臓結核、膀胱炎、尿道炎、尿路結石その他の泌尿器系疾患。
一 血尿、子宮出血、腸出血、喀血その他の各種出血。
一 そのほか、不眠症、ひきつけ、てんかんなど。


5 茯苓沢瀉湯(ぶくりょうたくしゃとう)  (金匱要略)
〔茯苓(ぶくりょう)、沢瀉(たくしゃ)各四、朮(じゅつ)、生姜(しょうきょう)各三、桂枝(けいし)二、甘草(かんぞう)一・五〕
本方は、五苓散から猪苓を去って、甘草、生姜を加えたもの、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)に沢瀉、生姜を加えたものとして考えるこ とができる。したがって、本方は五苓散より水毒が弱く、苓桂朮甘湯より強いもので、五苓散は飲食したものをすぐ吐くが、本方はしばらくたってから吐き、苓 桂朮甘湯は吐くことはまれである。本方は、胃部に停滞感や悪心があり、嘔吐や口渇を訴えるものに用いられ、頭痛、上衝、めまい、口渇、嘔吐、腹満、腹痛、 胃部圧迫感、心下悸、尿利異常などを目標とする。
〔応用〕
駆水剤であるために、五苓散のところで示したような疾患に、茯苓沢瀉湯證を呈するものが多い。
その他
一 悪阻、小児吐乳など。


6 苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔茯苓(ぶくりょう)六、桂枝(けいし)四、朮(じゅつ)三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、胃の機能が衰え、瘀水が胃部に停滞し、その瘀水が気の上衝とともに移動して起こるめまい、息切れ、心悸亢進などに用いられる。した がって、上衝、頭痛、めまい(起立性眩暈)、身体動揺感、心悸亢進、胃内停水、尿利減少、足の冷えなどを目標とする。また、筋肉の痙攣(眉、腕、顔などの 筋肉がピクピクと動くもの)や血圧が変動するものなどを目標にすることもある。
〔応用〕
駆水剤であるために、五苓散のところで示したような疾患に、苓桂朮甘湯證を呈するものが多い。
その他
一 神経質、神経衰弱、ノイローゼ、ヒステリー、精神分裂症などの精神、神経系疾患。 一 心臓弁膜疾、心不全、高血圧症、低血圧症その他の循環器系疾患。
一 眼底出血その他の眼科疾患。
一 そのほか、バセドウ氏病、冷房病、蓄膿症、脚気、水虫など。

苓桂朮甘湯の加味方
(1) 連珠飲(れんじゅいん)  (本朝経験)
苓桂朮甘湯と四物湯(しもつとう)の合方〕
本方は、瘀水を貧血をかねており、血虚、めまい、心下逆満(下方より心下部に向かっておし上げられる充満感)に用いられるもので、諸出血後の 貧血によるめまい、耳鳴り、動悸、息切れ、顔面浮腫などを目標とする。本方は、四物湯(前出、駆瘀血剤の項参照)の適さない体質者には用いられない。
〔茯苓(ぶくりょう)六、乾姜(かんきょう)、白朮(びゃくじゅつ)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、苓桂朮甘湯の桂枝のかわりに乾姜を加えたものである。本方には、気の上衝がないため、水毒は下半身に集まるが、苓桂朮甘湯の水毒は上 半身に集まる。また、温補作用は苓桂朮甘湯よりも強いが、利尿作用では劣っている。したがって、本方は腰以下に寒冷と水を訴えるもので、腰部の冷重感(水中に坐しているような感じ)、冷痛、倦怠感、尿利異常などを目標とする。また、本方は人参湯(前出、裏証Ⅱの項参照)の人参を去り、茯苓を加えた薬方とし ても考えられ、停水は激しいものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、苓姜朮甘湯證を呈するものが多い。
一 夜尿症、遺尿症その他の泌尿器系疾患。
一 湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、坐骨神経痛、腰痛、脚痿弱症、帯下など。


8 茯苓甘草湯(ぶくりょうかんぞうとう)  (傷寒論)
〔茯苓(ぶくりょう)六、桂枝(けいし)四、生姜(しょうきょう)三、甘草(かんぞう)一〕
本方は、苓桂朮甘湯の白朮のかわりに生姜を加えたもので、水毒(心下振水音)があって動悸するものに用いられる。したがって、汗が出て尿利が減少しているのに口渇がないもの、熱があるのに四肢が冷えて動悸するものに用いられる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、茯苓甘草湯證を呈するものが多い。
一 心臓弁膜症その他の循環器系疾患。
一 そのほか、各種熱病の心悸亢進、神経症など。


9 苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔茯苓(ぶくりょう)六、桂枝(けいし)、大棗(たいそう)各四、甘草(かんぞう)二〕
本方は、苓桂朮甘湯の白朮の変わりに大棗を加えたもので、下焦の水の動揺によって、臍下悸や上衝となるものに用いられる。本方の上衝は、発作 的につき上げるもので胸中につまるような感じ、または胸腹部の激痛、嘔吐となる。したがって、頭痛、めまい、頭汗、上衝、嘔吐、心悸亢進、臍下悸、胸中が つまる感じ、胸腹部の激痛、四肢の痙攣、尿利減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、苓桂甘棗湯證を呈するものが多い。
一 胃カタル、胃拡張症、胃痙攣、胃液分泌過多、幽門狭窄、腸痙攣その他の胃腸系疾患。
一 神経衰弱、ヒステリーその他の精神、神経系疾患。


10 苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう)
〔茯苓(ぶくりょう)六、桂枝(けいし)四、五味子(ごみし)三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、苓桂五味甘草湯ともいわれ、苓桂朮甘湯の白朮のかわりに五味子を加えたものである。腎が虚し、瘀水があり、咳嗽(咳をするたびに上気して顔を赤くする)、動悸、息切れ、手足の冷え、麻痺、心下振水音などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、苓桂味甘湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、肺炎、気管支喘息、肺結核その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、子宮出血、陰部湿疹など。
〔茯苓(ぶくりょう)、半夏(はんげ)、杏仁(きょうにん)各四、五味子(ごみし)三、甘草(かんぞう)、乾姜(かんきょう)、細辛(さいしん)各二〕
本方は、小青竜湯の麻黄、桂枝のかわりに杏仁を、芍薬のかわりに茯苓を加えたもので、小青竜湯證に似ているが、表証がなく、小青竜湯の裏の薬 方である。したがって、内部の瘀水と冷えとによって起こる疾患に用いられる。また、本方は小青竜湯證のようで陰虚証のため、麻黄剤が用いられないようなも のに用いられる。貧血の傾向があり、嘔吐、喘鳴、咳嗽、息切れ、胃内停水、心悸亢進、浮腫、尿利減少、四肢の冷えなどを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、苓甘姜味辛夏仁湯證を呈するものが多い。
一 気管支炎、気管支喘息、百日咳、肺気腫その他の呼吸器系疾患。
一 腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、その他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、心臓疾患、心臓性喘息、脚気、腹膜炎など。



12 解毒剤
解毒剤は、自家中毒がうつ満して起こる各種の疾患に用いられる。また、やせ薬としても繁用される。

各薬方の説明
〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、梔子(しし)、連翹(れんぎょう)、薄荷(はっか)、生姜(しょうきょう)、荊 芥(けいがい)、防風(ぼうふう)、麻黄(まおう)各一・二、大黄(だいおう)、芒硝(ぼうしょう)各一・五、桔梗(ききょう)、黄芩(おうごん)、石膏 (せっこう)、甘草(かんぞう)各二、滑石(かっせき)三〕
本方は、三焦・表裏・内外すべてに病邪が充満しているものを、表を発汗し、裏を下し、半表半裏を和して排除するものである。したがって、脂肪 ぶとりの体質で、充血、眼底出血、発疹、発斑、化膿、腹部の膨満、便秘などを目標とする。実証の中風体質者を目標にすることも多い。本方をやせ薬として使 用する場合は、一日に二回ぐらいの便通がある程度に増量することが必要である。一日一回の便通がある程度では、身体の調子がよくなり、かえってふとること がある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、防風通聖散證を呈するものが多い。
一 高血圧症、中風、脳溢血、動脈硬化症その他の循環器系疾患。
一 慢性腎炎、尿毒症その他の泌尿器系疾患。
一 円形脱毛症その他の皮膚疾患。
一 蓄膿症、中耳炎その他の耳鼻科症疾患。
一 そのほか、気管支喘息、胃酸過多症、眼病、脚気、肥胖症、丹毒、よう、化膿性腫物、糖尿病など。
〔防風(ぼうふう)、連翹(れんぎょう)、桔梗(ききょう)、白芷(びゃくし)、黄芩(おうごん)、川芎(せんきゅう)各二・五、山梔子(さんしし)二、枳殻(きこく)、、甘草(かんぞう)各一・五、荊芥(けいがい)、黄連(おうれん)、薄荷(はっか)各一〕
本方は、実証体質者の上焦、特に顔面にうっ滞した血熱を解するもので、亜急性ないしは慢性のものに用いられる。したがって、顔面に瘡を発し、顔面赤く、上衝による頭痛、めまいを訴えるものを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、清上防風湯證を症するものが多い。
一 にきび、湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、結膜炎、眼充血、中耳炎、歯齦炎、疔など。


3 荊防敗毒散(前出、柴胡剤の項参照)


4 防已黄蓍湯(ぼういおうぎとう)  (金匱要略)
〔防已(ぼうい)、黄耆(おうぎ)各五、朮(じゅつ)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各三、甘草(かんぞう)一・五〕
本方は、体表に瘀水があり、表と下焦が虚しているため腎障害がおき、下肢の気・血がめぐらないものに用いられる。したがって、浮腫や関節の腫 痛が起こる。本方は、色白、水ぶとりの虚証体質で、疲れやすく、汗をかきやすく、小便減少または不利となり、足が冷え、下腹部に浮腫をきたし、関節の腫痛 するもの、身体が重いなどを目標とする。
本方は、麻杏薏甘湯(前出、麻黄剤の項参照)の虚証体質者に用いられ、疼痛は軽微である。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、防已黄耆湯を呈するものが多。
一 腎炎、ネフローゼ、陰嚢水腫その他の泌尿器系疾患。
一 関節痛、筋炎その他の運動器系疾患。
一 じん麻疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、感冒、よう、月経不順、肥胖症など。
 小便減少または不利は、発汗のため
 膝関節の腫痛・・・・・・屈伸し難い
 加減方
 喘  + 麻黄 三
 胃中不和  + 芍薬 三
 気上衝  + 桂枝 三
 下に陳寒  + 細辛 三
 悪寒・下痢  + 附子



13 下焦の疾患
下焦が虚したり、実したりするために起こる疾患に用いられる。ここでは、下焦が虚したために起こる各種疾患に用いられる八味丸(はちみがん)、下焦が実したために起こるものに用いられる竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)についてのべる。

各薬方の説明
1 八味丸(はちみがん)  (金匱要略)
〔乾地黄(かんじおう)五、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)、 沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、牡丹皮(ぼたんぴ)各三、桂枝(けいし)一、附子(ぶし)○・五〕
本方は、八味地黄丸、八味腎気丸、腎気丸とも呼ばれる。下焦が虚し、水滞、血滞、気滞を起こし、血滞のために煩熱を現わし、口渇を訴えるもの である。したがって、疲労倦怠感、口渇、小腹不仁(前出、腹診の項参照)、浮腫(虚腫)、腰痛、四肢冷、四肢煩熱、便秘、排尿異常(不利または過多)など を目標とする。なお、本方は、地黄のため胃腸を害することがあるから、胃腸の弱い人には用いられない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、八味丸證を呈するものが多い。
一 腎炎、ネフローゼ、腎臓結石、腎臓結核、萎縮腎、陰萎、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 坐骨神経痛、神経衰弱、ノイローゼその他の精神、神経系疾患。
一 脳出血、動脈硬化症、高血圧症、低血圧症その他の循環器系疾患。
一 気管支喘息、肺気腫その他の呼吸器系疾患。
一 眼底出血、網膜出血、白内障、緑内障、網膜剥離その他の眼科疾患。
一 湿疹、乾癬、頑癬、老人性皮膚掻痒症その他の皮膚疾患。
一 帯下その他の婦人科系疾患。
一 椎間軟骨ヘルニア、下肢麻痺その他の運動器系疾患。
一 難聴、衂血その他の耳鼻科疾患。
一 そのほか、脚気、痔瘻、脱肛など。

八味丸の加減方
(1)牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)  (済生方)
〔八味丸に牛膝(ごしつ)、車前子(しゃぜんし)各三を加えたもの〕
八味丸證で、尿利減少や浮腫のはなはだしいものに用いられる。本方は、八味丸の作用を増強するために加えられたものである。
強壮作用も強くなる。(駆水作用のみではなく)

(2)六味丸(ろくみがん)
〔八味丸から桂枝と附子を去ったもの〕
 八味丸證に似ているが、小児や妊婦などで陰証と決めにくい場合に用いられる。


2 竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう) (薜氏)
〔当帰(とうき)、地黄(じおう)、木通(もくつう)各五、黄芩(おうごん)、沢瀉(たくしゃ)、車前子(しゃぜんし)各三、竜胆(りゅうたん)、山梔子(さんしし)、甘草(かんぞう)各一・五〕
本方は、下焦、特に膀胱、尿道、子宮などが実したために起こる急性または亜急性の炎症に用いられる。したがって、充血、腫張、疼痛、排尿痛、尿淋瀝(小便が少量ずつ頻繁に出ること)、頻尿、帯下などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、竜胆瀉肝湯證を呈するものが多い。
一 尿道炎、膀胱炎、睾丸炎その他の泌尿器系疾患。
一 帯下、子宮内膜炎、膣炎その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、そけいリンパ腺炎、陰部湿疹など。


3 清心蓮子飲(せいしんれんしいん)








14 皮膚疾患
皮膚の化膿性疾患に用いられる。原因が他にあるものは、そのほうを考える。
各薬方の説明
1 排膿散(はいのうさん)  (金匱要略)
〔枳実(きじつ)、芍薬(しゃくやく)各三分、桔梗(ききょう)一分、以上を細末とし、一回量三に卵黄一個を加えてよくかきまぜ、白湯で送下する。一日二回〕
疼痛を伴う化膿性の腫物で、患部は緊張し隆起しており、なかなか排膿しないもの、または排膿後かたくなっているものなどで、膿が皮下深部に存するものの排膿を促進して治すものである。したがって、発赤、腫脹、疼痛などが強いのを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、排膿散證を呈するものが多い。
一 肺壊疽、肺膿瘍その他の呼吸器系疾患。
一 蓄膿症、外聴道炎、中耳炎その他の耳鼻科疾患。
一 歯齦炎、歯槽膿漏その他の歯科疾患。
一 そのほか、リンパ腺炎、ルイレキ、筋炎、乳腺炎、脳腫瘍、麦粒腫、痔瘻、直腸潰瘍、よう、疔、癤、皮下膿瘍など。
枳実芍薬散(きじつしゃくやくさん)を含む。

2 排膿湯(はいのうとう)  (金匱要略)
〔甘草(かんぞう)、桔梗(ききょう)、生姜(しょうきょう)各三、大棗(たいそう)六〕
本方は、排膿散の枳実、芍薬のかわりに大棗、甘草、生姜を加えた薬方で、化膿の初期またはさかりを過ぎたもので、患部に緊張がなく膿や分泌物が体表に流れ出ているものに用いられる。
排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)
排膿散と排膿湯の合方
巷では、排膿散と排膿湯の両方の方意があるとしている(例えば、化膿性疾患の初期~中期~後期の全般に用いる等)が、桔梗・芍薬(発赤、腫脹を治す)の組み合わせとなるため、排膿湯(桔梗単味の排膿作用)の意はない。
両方の方意を出すのならば、桔梗+芍薬+薏苡仁とするか、桔梗+荊芥・連翹とすべきである。


3 消風散(しょうふうさん)  (外科正宗)
〔当帰(とうき)、地黄(じおう)、石膏(せっこう)各三、防風(ぼうふう)、蒼朮(そうじゅつ)、木通(もくつう)、牛蒡子(ごぼうし)各二、知母(ちも)、胡麻(ごま)各一・五、蝉退(せんたい)、苦参(くじん)、荊芥(けいがい)、甘草(かんぞう)各一〕
本方は亜急性または慢性の湿疹で内熱があり、分泌物が多く、瘙痒が非常に強いものに用いられる。本方證の湿疹は頑固な湿疹で、分泌物も多く、 痂皮のため患部はきたなく、地肌が見えるところは赤味を帯びており、痒みも強く、口渇を訴えるものに用いる。本方は秋から冬にかけては消失するが、夏にな り発汗すると悪化したり、うすい分泌物が止まらない湿疹を目標としたり、皮膚を爪で引っかくと、あとが丘状に盛りあがることを目標にすることもある。
知母と石膏の組み合わせがあるので、白虎湯類である。
口渇・漏水が目標となる。分泌物が多いのが漏水ととる。 


      出典:『外科正宗』
      『衆方規矩』には記載なし
      『勿誤薬室方函』
      風湿、湿淫、血脤(皮膚疹の難症)で、瘡疥(劇症)を生ぜるに到り、掻痒感が絶えざるを治す。大人も小児も、風熱、癮疹が、遍身(全身)残及び、雲片(落屑)、斑点、たちまち有りたちまち無きに並び効く

      『勿誤薬室方函口訣』
      此の方は風湿血脈に浸淫して瘡疥を発する者を治す 一婦人年三十許年々夏になれは惣身悪瘡を発し肌膚木皮の如痒搨時に稀水淋漓不可忍諸医手を束て愈へす 余此方を用ること一月にして効あり三月にして全く愈

      『症候による漢方療法の実際』
消風散は、湿疹で分泌物が多く、痂皮を形成し、かゆみの強いものによい、口渇を訴えるものが多い
夏期に増悪する傾向がある

      『漢方診療医典』
頑固な慢性湿疹で、諸方効なく、発赤して分泌物があり、痒みがひどく、結痂を作るものは消風散を用いるべきである

      『漢方処方応用の実際』
亜急性、慢性の湿疹に用いる。その目標は、皮膚に丘疹が密生して癒合し、一面に発赤腫張し、滲出液が多くて湿潤し、掻痒が甚だしい、あるいは口渇があり、あるいは厚い痂皮を生じて一見きたならしく見える(苔癬化のこと)活動的な病変のものである。



4 伯州散(はくしゅうさん)  (大同類聚方)
〔津蟹(しんかい)、反鼻(はんぴ)、鹿角(ろっかく)、以上を各別々に霜(黒焼き)として混和し、一日三回一グラムずつ服用する〕
本方は、内服薬として、また、外用薬として熱を伴わない化膿性疾患に用いられる。亜急性または慢性の化膿性疾患の排膿を促し、肉芽の新生を促 すものである。本方證には、痛みがやまず精神不安を伴うことがある。本方を炎症の急性期、症状の激しいときなどに用いると、症状が悪化することがあるので 注意を要する。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、伯州散證を呈するものが多い。
一 癤、よう、瘭疽、皮下膿瘍、外傷その他の疾患。
一 中耳炎、蓄膿症その他の耳鼻科疾患。
一 歯槽膿漏その他の口腔内の化膿性疾患。
一 そのほか、肺結核、リンパ腺炎、乳腺炎、カリエス、神経症、痔漏、肛門周囲炎など。
伯州散はもともとは日本古来の和方で、吉益東洞が繁用したことで知られる。
〔ゴマ油1000、黄ろう380、豚脂25、当帰100、紫根100〕
潰瘍で肉芽の弛緩し、膿がうすく、あるいは痛むものを治す。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、紫雲膏を外用する。
一 諸潰瘍、凍傷、瘭疽、角皮症、火傷、乾癬、湿疹、ニキビ、イボ、ウオノメ、タコ、アカギレ、水虫、円形脱毛症、外傷、打撲傷、痔瘻、脱肛など。
紫雲膏は、紀州の華岡青洲が明の『外科正宗』(陳実功)に記されている潤肌膏をもとにして製したもので、ゴマ油(1000グラム)を煮て、黄 ろう(380グラム)、豚脂(25グラム)を入れてとかし、当帰(100グラム)、紫根(100グラム)の順に入れる。鮮明な紫赤色になったら、布でこし て冷凝させる。諸潰瘍、凍傷などに外用する。近畿大学の田中康雄、小谷功の両氏は、紫雲膏に抗菌作用もあることを報告している。




15 白虎湯
知母と石膏は組み合わされると初めて裏熱(りねつ)による渇(かつ)をしずめ、体液の亡失(ぼうしつ)(遺尿(いにょう)、自汗(じかん)、 分泌物(ぶんぴつぶつ))を防ぐ効果があるもので、これは知母のみでも薬効は現れないし、石膏のみでも現れない(煩渇(はんかつ)のみなら治る)薬効であ る。したがって知母と石膏がともに薬方中に配剤された場合には、白虎湯類(びゃっことうるい)として取り扱われ、同様の薬効を期待して用いられるものであ る。
たとえば、白虎湯(びゃっことう)(知母(ちも)、粳米(こうべい)、石膏、甘草)は知母と石膏があるので裏熱が有り、のどが乾き、汗や尿な どが多く出たため、体液の枯燥(こそう)の様子を呈する人に用いる薬方である。白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)(知母、粳米、石膏、甘草、人 参)、白虎加桂枝湯(びゃっこかけいしとう)(知母、粳米、石膏、甘草、桂枝)なども同様である。また消風散(しょうふうさん)(当帰、地黄、石膏各 3.0、防風、蒼朮、木通、牛蒡子(ごぼうし)各2.0、知母、胡麻(ごま)各1.5、蝉退(せんたい)、苦参(くじん)、荊芥(けいがい)、甘草各 1.5)も知母と石膏が組み合わされているので裏熱があり、口渇を訴え、分泌物の多いものに用いられるものであることがわかる。

各薬方の説明
1 白虎湯(びゃっことう)  (傷寒論)
〔知母(ちも)五、粳米(こうべい)八、石膏(せっこう)一五、甘草(かんぞう)二〕
本方は、三陽の合病に用いられる薬方である。すなわち、陽証で発熱、発汗など表証があり、しかも内に熱があり、煩熱または煩操するものに用いられる。悪寒、煩熱、身体灼熱感、身体重圧感、体液枯燥、口渇、自汗、多尿、尿失禁などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、白虎湯證を呈するものが多い。
一 チフス、麻疹、その他の急性熱性伝染病。
一 感冒、気管支喘息、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 尿毒症、遺尿症、夜尿症、腎炎その他の泌尿器系疾患。
一 湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、糖尿病、角膜炎、日射病、火傷、精神病など。

白虎湯の加減方
(1)白虎的人参湯(びゃっこかにんじんとう)  (傷寒論、金匱要略)
白虎湯に人参三を加えたもの〕
本方は、白虎湯證で体液の減少が高度で、口渇がはなはだしく冷水を多量に飲みたがるものである。したがって、悪寒、悪風(おふう、身体に不愉快な冷気を感ずる意、風にふれると寒を覚える)、発汗、心下痞硬、腹満、四肢疼痛、尿利頻数などを目標とする。
〔応用〕
白虎湯のところで示したような疾患に、白虎加人参湯證を呈するものが多い。
その他
一 脳炎、脳出血、胆嚢炎など。
白虎湯に桂枝三を加えたもの〕
本方は、白虎湯證で発熱などの表証が強く、上衝のいちじるしいものに用いられる。
〔応用〕
白虎湯のところで示したような疾患に、白虎加桂枝湯證を呈するものが多い。
その他
一 骨膜炎、関節炎、筋炎など。
2 消風散(前出、皮膚疾患の項参照)


16 その他
1 茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔茵蔯蒿(いんちんこう)四、山梔子(さんしし)三、大黄(だいおう)一〕
本方は、陽明病に属し、裏の実熱による各種疾患に用いられる。したがって、裏にうつ熱と瘀水があって煩悶し、上腹部が微満し、心下部の苦悶や 不快を訴え、胸がふさがったように感じ、頭汗(身体には汗がない)、頭眩(ずげん、頭がくらむ)、口渇、発黄、食欲不振、便秘、小便不利または小便不利ま たは減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、茵蔯蒿湯證を呈するものが多い。
一 カタル性黄疸、流行性肝炎、血清肝炎その他の肝臓疾患。
一 血の道、子宮出血その他の婦人科系疾患。
一 じん麻疹、薬疹、皮膚瘙痒症その他の皮膚疾患。
一 腎炎、ネフローゼその他の泌尿器系疾患。
一 そのほか、口内炎、舌瘡、歯齦炎、ノイローゼ、自律神経失調症、脚気など。
柴胡剤、特に小柴胡湯と合方して用いられることが多い。
〔蒼朮(そうじゅつ)、陳皮(ちんぴ)、茯苓(ぶくりょう)、白朮(びゃくじゅつ)、半夏(はんげ)、当帰(とうき)各二、厚朴(こうぼ く)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、白芷(びゃくし)、枳殻(きこく)、桔梗(ききょう)、乾姜(かんきょう)、桂枝(けいし)、麻黄(まお う)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)、甘草(かんぞう)各一〕
本方は、平胃散二陳湯、四物湯、桂枝湯、続命湯半夏厚朴湯、麻黄湯などの意味をかねており、気・血・痰・食・寒の五つの病毒がうっ積する ものを治す。したがって、貧血を補い血行をさかんにし、諸臓器の機能をたかめるものである。体質的には、やや虚証で肝と脾の虚弱なものが、寒と湿とにより 損傷されて起こる諸病に用いられる。
本方は、貧血気味で上焦に熱、下焦(特に腰、股、下肢)に寒(冷え)と痛み、心下に痞硬(痞悶を含む)があり、悪寒、頭痛、嘔吐、項背拘急、月経不順などの症状を呈するものを目標とする。
〔応用〕
一 胃腸カタル、胃痙攣、胃潰瘍、十二指腸潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 心臓弁膜症、心臓病その他の循環器系疾患。
一 リウマチその他の運動器系疾患。
一 月経痛、白帯下その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、腰痛、神経痛、打撲傷、冷房病、脚気、老人の軽い感冒など。


3 酸棗仁湯(さんそうにんとう)  (金匱要略)
〔酸棗仁(さんそうにん)一五、知母(ちも)、川芎(せんきゅう)各三、茯苓(ぶくりょう)五、甘草(かんぞう)一〕
本方は、体力が衰えて虚状をおび、胸中苦煩となり、不眠症になったものや嗜眠に用いられる。したがって、身熱(全身的な熱)、盗汗、不眠、口乾、喘咳、軟便、小便不利などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、酸棗仁湯證を症するものが多い。
一 不眠症、嗜眠症、神経衰弱その他の神経系疾患。
一 そのほか、盗、健忘症、心悸亢進、めまい、多夢など。
不眠は、頭を使い過ぎて眠れない不眠を目標とする。


4 炙甘草湯(しゃかんぞうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔炙甘草(しゃかんぞう)、生姜(しょうきょう)、桂枝(けいし)、麻子仁(ましにん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)各三、生地黄(せいじおう)、麦門冬(ばくもんどう)各六、阿膠(あきょう)二〕
本方は、虚証で気・血とも衰え、邪気が心下に急迫的に逆動し、呼吸促迫(息切れ)、心悸亢進(動悸)または脈の結代を起こしたものに用いられ る。したがって、栄養衰え、皮膚枯燥、疲労倦怠、四肢煩熱、口乾、不眠 自汗、心中苦悶感、心悸亢進、息切れ(呼吸促拍)、不整脈、便秘などを目標とす る。本方は、胃腸の弱い人には使われない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、炙甘草湯證を呈するものが多い。
一 心臓弁膜症、心悸亢進、不整脈、心内膜炎、高血圧症その他の循環器系疾患。
一 肺炎、肺結核、バセドウ氏病、喉頭結核その他の頸部および呼吸器系疾患。
一 そのほか、産褥熱など。
不整脈に良く使われる薬方・・・・・・炙甘草湯加味逍遙散小柴胡湯
〔芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)各三〕
本方は、急迫性の激しい筋肉の痙攣と疼痛に頓服薬として用いられる。本方證の疼痛は、表裏・内外・上中下を問わず局所の痛みを訴えるものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、芍薬甘草湯證を呈するものが多い。
一 坐骨神経痛、腰痛、五十肩、リウマチその他の神経および運動器系疾患。
一 胃痙攣、腸疝痛、腸閉塞、胆石痛、胆嚢炎、膵臓炎その他の消化器系疾患。
一 腎臓結石、排尿痛その他の泌尿器系疾患。
・夜啼き(生後百日くらい、夜半に泣き出す)
・芍甘湯(しゃっかんとう)と略称されることもある。
〔芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)各三、附子○・五~一〕
本方は、芍薬甘草湯證で、四肢の冷えるものに用いられる。老人などで故なくぞくぞく寒けがするのを目標とすることもある。

〔半夏(はんげ)、生姜(しょうきょう)各六、茯苓(ぶくりょう)五〕
本方は、胃内に停水があり、嘔吐するものに用いられる。悪心、嘔吐、口渇、めまい、心悸亢進(動悸)、胃内停水(心下振水音)、心下痞、尿利減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、小半加茯苓湯證を呈するものが多い。
一 胃下垂症、胃アトニー症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 そのほか、悪阻、小児の嘔吐、蓄膿症など。
〔麻黄(まおう)四、細辛(さいしん)三、附子(ぶし)○・五~一〕
本方は、麻黄附子細辛湯とも言われ、少陰病で表証のあるものに用いられる。したがって、悪寒、微熱、全身倦怠、無気力、嗜臥(横になってばかりいたい)、咳嗽、身体疼痛、尿はうすく量も多いものか、尿不利によって浮腫となる。虚弱体質生や老人にあらわれることが多い。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、麻黄細辛附子湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、蓄膿症、虚弱者など。
略して、麻附細(まぶさい)と呼ばれることもある。


麻黄細辛附子湯の加減方
(1) 桂姜棗草黄辛附湯(けいきょうそうそうおうしんぶとう)  (金匱要略)
〔麻黄細辛附子湯に桂枝去芍薬湯を加えたもの〕
本方は、虚弱体質者で頭痛、喘咳、身体痛、関節痛、尿の回数・量がともに多く、希薄なものなどを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂姜棗草黄辛附湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、乳癌、舌癌など。