健康情報: 2010

2010年11月26日金曜日

桂枝湯(けいしとう) の 効能 と 副作用

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集 中日漢方研究会
19.桂枝湯 傷寒論

桂枝4.0 芍薬4.0 大棗4.0 生姜4.0(乾1.0) 甘草2.0

(傷寒論) (金匱要略)

○太陽病,発熱汗出,悪風脉緩者,名為中風,(宜本方)(太陽上)
○太陽病,頭痛発熱,汗出悪風,本方主之(太陽上)
○太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者熱自発,陰弱者汗自出,嗇々悪寒,淅々悪風,翕々発熱,鼻鳴乾嘔者,本方主之(太陽上)
○産後風,続之数十日不解,頭微痛悪寒,時々有熱,心下悶,乾嘔汗出,雖久陽旦証続在耳,可与陽旦湯(産後)
○太陽病,外証未解,脉浮弱者,当以汗解,宜本方(太陽中)
○脉浮者,病在表,可発汗,法用本方(太陽中)
○太陽病,外証未解,不可下也,下之為逆,欲解外者,宜本方(太陽中)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 頭痛,発熱(微熱)して悪寒し,自然に発汗するもの。ただし,神経衰弱などの疾患には微熱がなくても応用できる。
 目標にしたがい,感冒の初期や軽症の感冒,または虚弱者や老人の感冒で,微熱の初期や軽症の感冒,または虚弱者や老人の感冒で,微熱,さむけ,頭痛がとれず,発汗剤を用いないのに自然に汗ばむものに,よく適応する。桂枝湯は「衆方のもと」と言われ,多くの加味,加減方がある。本方と麻黄湯を等量に合方したものを桂枝麻黄各半湯(桂麻各半湯)と称し,ヒフ疾患の治療に貴重なものである。すなわち皮フ炎や皮フ掻痒症,ジンマ疹などで外見的所見は少ないが,掻痒感や神経症状の著しいものに偉効がある。本方を構成する芍薬の量を,増量したものが次の桂枝加芍薬湯で,本方に竜骨,牡蛎を加えたものが,桂枝加竜骨牡蛎湯,また前方の桂枝加芍薬にアメを加えると,小建中湯になり、いずれもわずかな加味加減によって全く異なった疾患の治療に用いられ,それぞれの治療効果があることはまことに興味深い。本方を単独で応用する機会は少ないが,妊婦の微熱や産婦の産褥熱,考人の疲労回復などに用いると卓効を奏する。


漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○桂枝湯は「傷寒論」の最初に出ている薬方で,頭痛,悪寒,発熱という症状があって脈が浮弱であるものに用いることになっている。このような症状のあるものを「傷寒論」では表証があるとよんでいる。
○桂枝湯は風邪の初期によく用いられるが,永い間,さむけや微熱がとれず,他に大して異常を発見できないときにも用いてよいことがある。
麻黄湯葛根湯を用いて汗が出たが,それでもなお,熱とさむけがとれないとき,桂枝湯を用いてよいことがある。この場合,脈が浮弱であることが一つの目標になる。
○桂枝湯には強壮の作用がある。古人は気血のめぐりをよくして,陰陽を調和する作用があると考えた。
○桂枝湯は体力の充実している人よりも,衰えている人に用いる機会が多い。
○名古屋玄医は,桂枝湯にいろいろの薬を加味して頻繁に用いた。彼は病気は陰陽の不調和によって起るから,これを桂枝湯によって調和すればよいと考えた。
○桂枝麻黄各半湯は桂枝湯と麻黄湯とを一つにした薬方で,麻黄湯で発汗をはかるには,脈が弱すぎるし,それかといって桂枝湯では薬力がたりないということころを目標にして用い識。
○桂枝麻黄各半湯は風邪のこじれたものに用いることがある。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○脈が浮弱で,悪寒して発熱するもの。このとき頭痛したり,のぼせたり,身体が痛んだり,自然に発汗しやすかったりする。
○熱が出たとき,発汗剤をあたえて汗をかいたが,悪寒が去らず,脈は以然として浮弱のもの,また汗が出て一時よくなったが,夕方になるとふたたび熱が高くなり,ひどく悪寒がしてふるえが,ちょうどマラリアのような場合にも用いる。このときも脈は浮弱である。
○下痢したあとで,大便が正常になってから身体が痛むもの。
○以上はたいてい熱病の初期で,このほかはっきりとした原因がわからず,いつまでも悪寒発熱がつづき,脈が浮弱なものによい。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 太陽病の冒頭の薬方で,外感に用いる場合は,脈は浮弱で,悪寒,悪風,発熱,頭痛,自汗,身体疼痛というのが目標である。また気の上衝があり,乾嘔,心下悶のあることもある。自汗は服薬前に自然に汗のあるもので,虚弱体質のものに用いられることを示している。気血,栄衛が調和せず,表が虚して熱のあるもの,あるいは気の上衝するものを治すので,舌には変化がない。腹症は特記すべきことはないが,腹壁が薄く緊張することもある。


漢方診療の実際〉 大塚、矢数、清水 三先生
 本方は血行を盛んにし,身体を温め,諸臓器の機能を亢める効果があるので,広く諸疾患に応用される。応用の第一としては感冒であるが,その場合の目標は悪寒,発熱,頭痛,脈浮弱,自汗が出る等の症候複合である。この浮弱と自汗が出るという症状は,桂枝湯が葛根湯麻黄湯に比較して,虚弱体質に用いられることを示すものである。即ち表の虚が桂枝湯で表実が葛根湯麻黄湯の証である。桂枝湯の腹証は必ずしも一定しないが,脈弱に相応したもので,決して強壮充実した腹ではない。本方の主薬は桂枝であるが,桂枝,生姜は一種の興奮剤で血行を盛んにし身体に温感を生じ,悪寒発熱を去り,諸臓器の機能を亢める。芍薬は桂枝の作用を調整するものと考えられる。また甘草と組んで,異常緊張を緩和する効があって能く拘攣を治し,疼痛を緩和する。甘草,大棗,生姜は矯味薬に兼ねるに滋養剤の意味がある。桂枝湯の応用は応冒,神経痛,リウマチ,頭痛,寒冷による腹痛,神経衰弱,虚弱体質,陰萎,遺精等である。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成:衛気を整える桂枝と栄気を整える芍薬とを主薬にして表に於ける栄衛の不和によって起る表虚熱,又は気の上衝を治す。この処方を使う機会は少い。

 運用 1. 脉浮弱で汗が出ている熱病
 感冒その他の急性熱病の初期軽症で,「太陽病,頭痛,発熱,汗出で悪風するもの。」(傷寒論太陽上)を目当にする。脉の浮弱,汗出が特徴で,若し脉緊,汗が出ていなければ麻黄湯という風に脉と汗とが鑑別点になる。そして此以外は症状がないことを必要条系とし,若し例えば首すじや肩が張れば桂枝加葛根湯,関節が痛めば桂枝附子湯,下痢などすれば桂枝人参湯というように処方が変って来る。

 運用 2. 気の上衝を治す。
 他に何ともないのにただ胸又は頭の方へ何かが衝き上げて来るような感じ,脉を打ってくるような,緊張してくるような感じの時に使うと指定されているが,実際にそういう場合に出遭うことは殆どなく,治験例も報告されていない。むしろ上衝によって起った鼻血や汗っかきに使うことが多い。鼻血の場合は,発熱,頭痛,汗出で悪風など運用1.に挙げた症状があって同時に鼻血を出すとき,全然発熱症状がなく,のぼせる感じ,頭痛,衝き上げて行く感じなどがあって鼻血が出るとき,脈は必ず浮弱,のどちらかである。この場合も矢張り,他に症状があれば別の処方になる。例えば小建中湯は全身的に虚弱であるか,或は虚労の症状がある。麻黄湯は脉緊,桃核承気湯は脉緊で鬱血症状や小腹急結などがある。多汗症に使うのは有熱で頭痛があり,汗が出ている時で,運用1.と同じだが,無熱の時でも他に何の症状もないのに汗っかきというのを狙って使う。汗は目をさましてい識時に出る場合に使うのであって,盗汗にはほとんど使わない。多汗症で類証鑑別を要するのは桂枝加黄耆湯黄耆建中湯小建中湯柴胡桂枝干姜湯苓姜朮甘湯などである。

 運用 3. 下痢した後で身体が痛むもの。
 身体が痛むのは運用1.と同じ表証であるが,下痢後という点で一寸桂枝湯が思い出せないことがある。原典には「傷寒,医之を下し,続いて下利を得,清穀止まず。身疼痛するものは急に当に裏を救うべし。後身疼痛,清便自調するものは急に当に表を救うべし。裏を救うは四逆湯に宜しく,表を救うは桂枝湯に宜し。」(傷寒論太陽上)
 「吐利止み而して身痛休まざるものは当に消息して其外を解すべし。宜しく桂枝湯にて少しく之を知すべし」(傷寒論霍乱)の様に記載している。この場合に指示が宜しとなっているから必ずしも桂枝湯に限ったことはなく,桂枝加附子湯の類方でも見合せて使うべきことが知られる。以上の外にも特殊な運用法があるが使われた例が殆どない。

漢方の臨床〉 第10巻 第1号 
桂枝湯の構成          竜野 一雄先生

 (内容)研究の目的―旧説の回顧と其の批判―桂枝湯の適応証―構成の分析―傾斜と展開―まとめ

 研究の目的
 桂枝湯は衆方の祖(類聚方広義頭註)であるといわれているにも拘らず,これを原方のままで臨床に使った例が極めて稀なために桂枝湯の方意なり構造なりに対する研究も殆ど関心が持たれていなかった。それは裏返していえば方意が把握されないから臨床への応用もおろそかにされていたということにもなるし,原方の理解がいい加減だから加減方の理解も浅薄にならざるを得ないことにもなる。
 私は各処方がどうして構成されたかとの問題に対して大きな興味を覚えているので,先ず比較構造の簡単な桂枝湯を分析してみて,更にそれを手がかりに各方の構造の分析にも及ぼうとし,すでに若干の成果を得ている。本稿に於ては
 桂枝湯の構成には如何なる必然性があるf
 甘草大棗生姜を組入れた意義
 特に薬物の気味とどんな関係か
 処方構成に於ける一般的な原則があるか
 などに重点を置いて考察したい。

 旧説の回顧とその批判
 古人の説が妥当で我々を納得させるのに充分であるならそれを正しとし,それに従うべきだが,果して問題は解決されているであろうか。
 註釈書の代表をなす傷寒論輯義を見ると医宗金鑑を引用している。少々煩わしいが和訓すると
 「名づけて桂枝湯というは君に桂枝を以てすればなり。桂枝は辛温,辛はよく発散し,温め衛の陽を通ず。芍薬は酸寒,酸によく収斂し寒は陰営に走る。桂枝は芍薬に君たり。これを発汗中に於て汗を斂むるの旨を寓す。芍薬は桂枝に臣たり。これ営を和するの中に於て衛を調ふるの功あり。生姜の辛は桂枝を佐けて以て表を解す。大棗の甘は芍薬を佐けて中を和す。甘草の甘は内を安んじ外を攘ふの能あり。用ひて以て中気を和す。即ち以て表裏を調和し且つ以て諸薬を調和す。桂芍の相須,姜棗の相得を以てし,甘草の調和を藉り,陽表陰裏,気衛血営並び行ぐりて悖らず。これ剛柔相済して以て相和するなり」
 さすがに多紀元簡先生が幾許ある註釈書の中から代表的な良説として引用したほどあって,よく整ってはいるが私にはかなり隙きがあって決して万全の説とは思えない。

 1,太陽中風云々(拙著原文和訓口語訳傷寒論の太陽上166以下これにならう)の場合の桂枝湯の説明としてはこれでよいが,しかし例えば煩(太陽上139,太陽中173)や気上衝(太陽上129)或は医宗金鑑のこの条の鼻鳴乾嘔(太陽上126)ですら説明するに足りない。すなわち桂枝湯証の各種の場合を凡て含めた全般的な説明にはならない。

 2,各薬間の関係や全体への関係はある程度は説明されているが,全体としてのつながりがつかめていない。

 3,大棗の甘は芍薬を佐けるといっても,桂枝湯の場合なぜ他の甘薬でなく特に大棗を使う理由はどこにあるのか,すでに甘草の甘があるのにそれだけでは不充分なのか,いや大棗が芍薬を佐けるという説さえも独断である。芍薬を佐けるのはむしろ甘草であるべきことは例えば芍薬甘草湯芍薬甘草附子湯四逆散小建中湯などで立証され,その反対に炙甘草湯などは桂枝湯からわざわざ芍薬を抜いてい識ではないか。生姜にしても甘草にしてもこれと同じようなことが言える。例えば中気を調和し諸薬を調和すというならばなぜ凡ての処方に入っていないのか。要するになぜ大棗や甘草を入れたかの必然性に手が届いておらぬのである。このことはつまる所気味、薬能及び桂枝湯そのものがまだ充分に理解されていないことを示すことに外ならぬ。

 4,桂枝を君とし生姜大棗を使とするのはよいが,芍薬甘草を臣佐とする明理論の説はいただきかねる。これは芍薬を臣,甘草を佐とすべきだ。第一,臣は臣,佐は佐であって臣佐を兼ねてよいはずがあろうか。ただ各種註釈書に於いて君臣佐使を明記したのはともかくも明理論だけだから,その点は大いに買うべきである。
 問題は一歩前進して成無己先生が論拠とした至真要大論に迫る必要がある。
 素問の中には鍼灸,養生,道家その他各種の流れの医学が混在しているが,中でも特異なのは運気説であって,これは明確な篇次をなして,素問の本流とは截然として区別できるものであり,恩師故富士川游先生をはじめ医史学者,素問研究家はひとしく後人の追加編入であることを認めている。江戸古方派は素問そのものを否定してかかっているが,特に運気に至っては現在の中医学研究家の殆ど誰もが顧ることはないであろう。それにも拘らず私が敢えてこれを取組み格闘している所以は運気が中国思想の根幹をなす一つの大きな流れであるのと,臨床的にもかなり大きな意義がくみ取られるからである。
 至真要大論は運気各篇の中でも全体のまとめをなしているので殊に重要な篇で,正に大論の名に背かぬもので,薬能に関しては此篇と廿二の蔵気法時論は最も大切な篇である。
 しかしながらこれを傷寒金匱の各処方に該当させて検討すると一致するものもあるが一致しない場合もある。桂枝湯などは大部分一致するが最もかんじんな主薬に於て一致しないことは前述の通りである。
 よって至要大論は信ずべくして拠るべからざることを知った。一般原理としては認められるが,実際問題として個々の場合につ感て対処しなければならぬのである。だがこの篇は処方の構成,薬能の応用に関しては極めて示唆に富み,これを度外視しては臨床的にも不都合なことが多いので,ただ専らこれに拠りこれに束縛されることなく,反ってこれを媒介にして個々の場合,具体的な例について考えるようにしたら大過はないであろう。
 桂枝湯をはじめ麻黄湯葛根湯などがすべて辛苦甘の薬で構成されているのはなぜだろうかなどということを考える場合にはこの篇の重さを改めて認識するするであろう。
 最近著わされた註釈書として杉原徳行先生の漢方医学傷寒論編と森田幸門先生の傷寒論入門の両書には桂枝湯を構成の面から追及していないので素通りすることによう。

 桂枝湯と適応証と作用
 処方の構成を研究する前提として桂枝湯の適応証を考察することが必要である。
 第1類 外表の熱虚或は虚証
 脉浮,浮弱,発熱,悪風,悪風寒,頭痛,身疼痛,自汗等はすべて表証であり,熱を伴うときは表の熱虚証であり,無熱のときは表虚証である。
 脉浮は病が外表にあることを示すが,病理的には衛生が虚して締りが悪くなったために浮んで来たものと解釈する。
 脉陽浮而陰弱はたとえば寸口で脉をとるなら軽く触れると浮,強く押すと弱との意で,陽脉も陰脉も虚していることを示している。もし表熱がなければ陽脈は沈になるはずだ。
 発熱は三陰三陽ともに現われるが,脉浮もしくは悪風寒と共にあるときは表証とする。発熱は陰気の不足によって起るもので,これが陰脉虚に対応し,薬物としては芍薬が適応する。
 桂枝湯の証は普通は悪風といわれるが、太陽上126の桂枝湯本条に於てすでに濇々悪寒,淅々悪風といっている位だから悪寒もあるはずである。
 弁脉法33の「脉浮にして数,浮を風となし数を虚となす。風を熱となし虚を寒となす。風虚相搏つときは則ち酒淅として悪寒す」によると中風でも悪寒が起るものと考えられる。悪寒は陽虚によって起る(弁脈法3,25)
 桂枝湯は中風で悪風し,麻黄湯は傷寒で悪寒するとの俗説があるが,麻黄湯葛根湯も悪風といい,大青竜湯は中風でありがなら悪寒する。
 悪寒しているときに風にあたれば余計気持が悪いから当然悪風を伴う。悪風しているときに寒さにあたっても悪寒は起こらない。寒が内に入れば続発的に新たに悪寒を起すことはある。そうしてみると桂枝湯の証の場合も悪風寒するときと悪風だけのことがあると思われる。悪風は表虚によって起る症状で,知覚過敏の場合と知覚鈍麻の場合とがある。
 頭痛は上の陽虚,陽虚による邪の陽盛,陽虚による陰盛,気上衝などで起る。桂枝湯証は陽虚を起す原因が足る太陽膀胱経の変動にある。足の太陽膀胱経は頭から項背を通るので頭項痛,腰背強るのだ(傷寒例80,素問31)
 身疼痛の身は全身何処でも起る意を含めており,身疼痛は気血表虚の症状である。
 自汗,この場合は表の陽虚,衛虚又は衛強によって起る。
 以上はみな表虚の症状である。しかし表の中にも陰陽があるが,桂枝湯の証は陽虚ばかりでなく陰虚も共にある。陽虚のために衛気虚し,陰虚のために栄血虚が起っている。陽虚には桂枝,陰虚には芍薬が使われる。
 桂枝湯の証には表証ばかりでなく外証というのがある(太陽中158,160,161)
 外と表とは同じものではない。内外にはいろいろな取り方があるが,ここでは外は体制で経絡の在る所,内は内臓で蔵府の在る所とする。外に表裏があって,それにもいろいろな取り方があるが,ここでは陽経在る所を表,陰経が在る所を裏とする(素問五王註)外,表を陽とすれば内,裏は陰になる。

           表 三陽経    
  外  経絡    
           裏 三陰経

  内  臓府


 従って表というときは三陽経だが外というときは三陰三陽六経を指すことになる。では桂枝湯は太陽病ばかりでなく陽明経にも太陰経にも用いられるのであろうか。その通りで,陽明病331,354,360,太陰病394,厥陰病491に歴然とした用例がある。
 普通は陽明病でも太陰病でも脉浮等の表証があれば発表すると説明されているが,その表証とは陽明病や太陰病なのか太陽病なのかを明示した註釈書は殆どない。これは陽明病或は太陰病なのである。その他用例はないが少陽病でも少陰病でもかまわない。すべて病が外に在るかぎりは発表するのである。
 傷寒例82によるとこの三(陽)経はみな病を受けて未だ府に入らないものは汗すべきのみという。府に入らないとは病が外の経に在る意味で,太陽病だろうが陽明病だろうが少陽病だろうがみな汗すべきなのだ。しかし病が府に入って来たら陽明病は大黄剤,少陽病は柴胡剤が行くことは言をまたない。
 三陰経の方は傷寒例85に三陰はみな病を受けてすでに府に入ってしまった場合は下すべきのみという。そうするとまだ府に入らぬ場合は病が外の経に在るだからやはり発汗すべきである。ただし陰経は裏に在るものでもし陽気が盛んで表熱が陰経に波及したときに限り発汗するのであって,もし陰寒が有余なら附子を以て経を温むべきである。例えば少陰病でも脉が浮なら発汗すべきだが,脉細沈(少陰403)とか脉微(少陰404)のときは発汗してはならない。
 「少陰病,脉細沈数,軽為在裏,不可発汗」(少陰403)と,この書き方をよく味ってみると少陰病でも脉細沈数の場合には発汗してはならぬという限定を示していることがわかる。もし少陰病は例外なく発汗してはならぬというなら少陰病不可発汗と記すべきであろう。現に少陰病,之を得て23日,麻黄附子甘草湯にて微しく汗を発す(少陰420)という条文がある位だ。少陰病は附子剤を以て温め微しく汗を発するのが原則で,桂枝湯を使う場合もあり得るがそのケースは稀たという風に考えるべきであろう。
 要するに病が外の経に在るかぎりは発汗するが,三陽経の表なら桂枝湯を以てし,三陰経でも表なら桂枝湯を以てするが,病が裏に入ったときは附子剤を以てするというのが原則になる。そういう意味で桂枝湯は病が外に在るときでも特に表に在るものに対して使うと規定することが出来よう。
 なお三陰三陽六経の位置は四肢と躯幹に於とでは並び方が違い,四肢に於ては図1のごとく,躯幹に於ては図2のごとく配置されている。

 第2類 栄衛の虚を補う
 自汗(太陽上126,127,131,太陽中169,170,213,陽明331)は第一類の表熱のときにも出るが,無熱でも党成2又は衛強で出ることもある。
 汗は心の液(34難,49難,素問23,霊枢78)というが,それは心臓から汗が出るという意味ではなく,心臓から血液が送り出され,その血液から汗が生成されるという意味である。心は血を生ずというのと関連させて考えればそれがわかる。血液から作られた汗を汗孔(漢方では玄府といい,腠理に在る)から外へ排出する機能を営むのが衛である。衛は腠理の開閉を主り(霊枢47)熱すれば腠理が開き栄衛が通じ汗が大いに泄れる(素問39)のが表熱の場合で,そのほか無熱でも表の陽気が虚すと衛も虚して腠理が開き汗が出る場合があり,また衛生が働きすぎて腠理が開き汗が出る場合もある(前述の条文,桂枝加附子湯証など参照)
 このほかに発汗は体温の調節を司っている三焦殊に上焦と肺が関係している(霊枢10,36,81,素問62)
 表の陽虚であり陽の衛虚で起る自汗に対しては陽気を補う桂枝が使われる。それと同時に栄血の虚を補うために芍薬も必要である。
 煩,発汗して煩が解せぬもの(太陽上139,太陽中173)は表の熱がまだ残存しているからで,その熱は栄衛を虚させるから栄衛を補うことによって煩も自ら去るようになる。やはり桂枝芍薬の主る所である。
 妊娠(金匱妊娠390)に使うのも栄虚を補う目的からであろう。婦人は陽脉より陰脉の方が盛んなのが生理的だが(19難)陰脉小弱になっているのは妊娠して栄血が不足しているからで,芍薬を主としてこれを補う意である。

 第3類 膀胱の陽虚
 桂枝湯は気上衝を治す(太陽上129)気上衝とは腎の陽気が虚して相対的に腎の陰気が盛んになり,衛脈を通って上方に衝撃的に上衝し,腹動や頭痛を起してくるものである。腎の陽気は膀胱に在るから膀胱の陽虚といっても同じことになる。桂枝湯は外に於ては足の太陽膀胱経の変動(前記傷寒例80)の太陽病に使う処方である。病邪が経に随って府の膀胱に入ったときも亦使うことができる。桃核承気湯証の太病病解せず,熱膀胱に結びというのを見ると太陽病の熱が府の膀胱に入ることがわかり,太陽膀胱経と膀胱との関係を知るよすがになるであろう。もし気上衝が著しくなれば奔豚病桂枝加桂湯の証になることは人の知る所である。

 第4類 肺気の変動
 桂枝湯の本条(太陽上126)に鼻鳴乾嘔雇証がある。鼻鳴は読んで字のごとしで鼻が鳴るのだが,鼻語るで鼻がクスンクスンするのも鼻鳴だし,鼻息が荒いのも鼻鳴にとれる。いずれにしても鼻は上気道で肺への出入口にあり,呼吸器の一部をなし漢方的には肺に属するものである(素問4その他)。
 肺は呼吸作用をいとなむが,漢方では肺は気を司ると表現している(32難その他)のは呼吸作用ばかりでなく気に関するすべての機能を肺が統括して感ることを示している。
 鼻鳴は肺の変動によって起ったものである。
 乾嘔は金匱の産後病407にもあるが,胃から物か出ずにただゲーッと込上げて来る声だから気に属し,従って肺の変動に属する症状である。
 故に鼻鳴乾嘔は共に肺の変動に属する症状で,それがどうして桂枝湯の証に入っているのであろうか。
 肺は皮毛を主ること(素問4その他)肺と皮膚は共に直接外気に触れ,共に呼吸作用を営ること,発生学的に外胚葉性のものであること,肺も表も共に陽に属することなどを考えると肺と表との関係が深いことがわかり,臨床的にも治療的にはしばしば同価値的取扱われている。性状的に関係の深い器官に於ては一方の変動が他の一方に伝りやすい。桂枝湯の場合も表の変動が肺に伝るが,肺そのものの病変ではないからただ気の変動が起るだけで,それが鼻鳴乾嘔の症状として認められるのである。
 桂枝湯は衛の陽虚を補うが,その衛は肺から起っているものであり(霊枢18,難経32)気味からみても辛温で辛は肺に入るから桂枝に肺の陽気を補う作用があることが考えられるのである。生姜も同様である。
 桂枝湯証が肺気の変動に与ること一つの傾斜と見られるか,後に述べる葛根湯小青竜湯,桂枝去芍薬湯など肺の病変に対して桂枝湯が展会されて行く契機をその中に包蔵していることが明かにされるのである。

 第5類 胃虚への傾斜
 桂枝湯の内に心下悶(金匱産後病407,太陽下286)と不能食(金匱妊娠病390)の証があり,これは言うまでもなく胃虚症状で,それに対しては桂枝湯の中の甘草大棗生姜が作用することは容易にわかるのである。
 しかし問題点は表を治す桂枝湯証になぜ胃虚症状が出てくるのかということであり,それを解くことが桂枝湯の中に甘草大棗生姜を組入れた意義の解明に役立つかも知れぬということである。
 外邪は腠理から侵入し経に入ると経を一巡する。その順序は定型的には太陽,陽明,少陽,太陰,少陰,厥陰で傷寒論の編次はこの順になっている。六経をめぐり尽すと再び太陽経に戻るか或はそのまま府に入ってしまう。
 六経を一巡するのに定型的には6日若くはその倍数の12日を要するので,太陽病頭痛7日以上に至り自ら愈ゆるものはその経をめぐり尽すを以ての故なり(太陽上122)といわれており,太陽の次には陽明に行くから,もし再経をなさんと欲するものは足の陽明に針し,経をして伝えざらしむるときは則ち愈ゆ(同上)というのである。足の陽明は胃経でその府は胃である。「傷寒2,3日,陽明少陽の証足れざるものは伝わらずとなす」(太陽上119)は初伝の場合を指したもので,やはり太陽から陽明に伝ることを述べている。
 それゆえ陽明胃に伝ることを予防するには胃気を補い丈夫にしておく必要があり,それでこそ甘草大棗生姜を加えた目的がわかってくるのだ。この外にも甘草大棗生姜を加えた別の意義があるが,それは改めて後に述べる。

 桂枝湯構成の分析
 桂枝湯の原始形態は桂枝芍薬の二味であったろう。更に遡れば桂枝が邪気をはらう咒術的民間薬であったことは疑いない。桂枝は孔子の時代にすでに知られていた咒術的薬物だった。それに気血を調える意味で芍薬が加えられたのであろう。生姜甘草大棗を加えて桂枝湯の形態をなしたのは恐らくは漢代であろう。
 桂枝の気味は辛温,桂枝湯に於ける桂枝の作用は既述の通り表の陽虚,衛虚,腎の陽虚,肺の陽虚を補い,それらによって生ずる各種の表証,気上衝等を治す。その桂枝湯の加減方,類方にあっては更に多くの作用が認められる。
 芍薬の気味は苦平で陰虚,栄虚を補い,また血虚によって起る筋急疼痛を治し,桂枝湯の加減方,類方に於ては更に多くの作用が認められる。
 桂枝湯に於ては表の陽虚陰虚,衛虚栄虚を補うのが主眼であり,桂枝を主薬とし芍薬を臣薬とすることに何等異論をさしはさむ余地はない。
 甘草の気味は甘平,一般に甘味の作用として緩和があるので諸薬の調和,気上衝,身疼痛,乾嘔等急迫症状の緩和作用は諸註釈書に説かれている通りである。
 その他甘は血に行くので芍薬を助けて血虚による各種症状を治し,甘味は辛味と共に発散する通性があるから桂枝と共に肺の陽気を補い,甘味は中を補うから,大棗と共に胃虚を補い,この点でも芍薬の作用を助けている。
 栄衛は脾胃から発生するのだから脾胃を補うことは栄衛を補うことにもなり,その意味で芍薬甘草大棗の作用は桂枝湯に於いて重要な役目を演じていることを看過してはならない。決して単なる味付けではないのだ。また甘草は胸の陽気を補うが肺から衛,心から栄を生じていることを思えばやはりここでも栄衛の運行を助けていることが知られるのである。
 大棗の気味は甘平,緩和,補胃,補血の作用があることは甘草と同じだが,心肺を補い潤す作用がある点が甘草と異る。桂枝湯の加減方,類方に於て大棗が特にその作用を担当する例が多い。例えば桂枝去芍薬湯の胸満,炙甘草湯の肺萎悸,当帰四逆湯の脉欲絶等々がこれである。
 生姜は気味旨温,その性能は陽,肺に行き気逆気痞を治し,水湿を燥かし,寒を温める。
 よって桂枝湯に於ては桂枝を助けて衛の陽気をめぐらせ,風寒去り,乾嘔の気逆をしずめ,辛は腎の燥きを潤すか台故に太陽経から膀胱に熱が伝り腎の陽虚によって気上衝を起さんとするものに対してよく桂枝を助けてこれを治す作用があるものと考えられる。苓姜朮甘湯甘草乾姜湯に於ける乾姜がよく腎の陽気を補うことを思えば腎に対する生姜の作用も亦諒解できるであろう。
 その上,桂枝湯の味は甘く,酒客嘔家にこれを禁じている位だから,甘味が胃になじみ胃の気痞を起さんことを生姜で予防する意味を兼ねている。
 以上の各薬は桂枝湯内に於てそれぞれ各個の持つ全機能を発し,場合によって例えば桂枝なら或るときは主として衛虚を補い,或るときは主として腎の陽虚を補う等それぞれの場合に応じて特殊機能を主として或は兼ねて作用せしめるのであって,決して一つの作用しか呈しないという風に狭く見てはならない。それなればこそ一処方が各種の場合に広く運用され得るのである。古方家は処方の運用を専ら経験によってつかもうとしたが,その経験を裏付け,また運用範囲を予見せしめるためには理論的に分析して処方の本質をつきとてめおいてこそ始めて自由な含みのある境地に立つことが出来よう。
 桂枝湯を構成する各薬の気味を案ずるに,辛苦甘,温平の気味より成り,辛を主薬していることが知られる。
 辛苦甘温平の処方はひとり桂枝湯のみならず,葛根湯麻黄湯小柴胡湯真武湯苓姜朮甘湯苓桂朮甘湯等々傷寒金匱を通じて約40方を数えることができる。その他辛苦甘なれども寒平,寒温,寒温平の処方を挙げれば60方に達する。
 然らば味の構成上辛苦甘はどんな意味がありどんな一般性があるのだろうか。
 素問(5,74)に気味,辛甘発散を陽となし,酸苦涌泄を陰となすとある。これによって考えるに陽の辛甘が多いので陽虚を補うのを主とし,且つ陰を補って調和を図るというのが主目的になると思われる。葛根湯麻黄湯真武湯等みなこの趣意を帯びている。
 しかしながら一般的にみると辛苦甘といえども桂枝湯類のごとく桂枝の辛を主薬とする場合と麻黄湯小柴胡湯のごとく麻黄柴胡の苦を主薬とする場合と,葛根湯真武湯苓桂朮甘湯のごとく葛根,茯苓の甘を主薬とする場合とではその間に自ら違いを生ずるものであって,苓桂朮甘湯のごとく桂枝を含みながら桂枝を主薬とせず茯苓の甘を主薬とするが如きは,真武湯のごとく附子を含みながら附子を主薬とせず茯苓の甘を主薬とするが如き,各処方によって方意と構成上から辛苦甘のうちどれかに重要性,主体がかかっているかによって違いが生じてくるのである。辛苦甘より成ることに共通普遍性はありながら,またその中に特殊性個別性を生ずることを見落としてはならない。況んや辛苦甘の構成であっても気の温平と寒平,寒温,寒温平とではそこは又差違を生ずてくることを銘記せねばならぬ。
 辛は肺,苦は心,甘は脾に入るから辛苦甘の処方はすべて肺心脾に作用するというと必ずしもそうでない。桂枝湯は前述のごとく肺心脾にも入るが,むしろ肺の気衛,心の栄血,脾の栄衛胃虚等に作用する面の方が主であるし,腎の陽虚にも作用するのである。そうすると辛苦甘をただ肺心脾だけに作用すると考えるのは誤りで,もっと辛苦甘の味そのものが持っている各種の作用を追及しなければいけないことになる。事実は味は五行全部に作用するのであって,例えば苦は心のみならず肺,肝,脾,腎にも作用するのだから事柄は非常に複雑になる。いわば五行中に五行があるのだ(類経図翼1)
 このことを胸にたたんでおいてもう一度素問の七四至真要大論を読んでみる。
 成無己先生が引用したのは風淫の場合だが「司天の気,風淫の勝つ所,平ぐるに辛涼を以てし,佐くるに苦甘を以てし,甘を以てこれを緩め,酸を以てこれを瀉す」「諸気在泉,風内に淫するときは治するに辛涼を以てし,佐くるに苦を以てし,甘を以てこれを緩め,辛を以てこれを散す」の二条に拠ったことがすでに誤りであった。成無己先生は桂枝湯証は中風だから風が原因と見て考えたのだが,至真要大論の運気に於ける風は厥陰肝を侵すのが本来であって太陽病ではないのである。それは運気の厥陰の病をよく読めば気が付くことである。風の場合,運気では主薬が辛涼になっており,桂枝は辛温だのに成無己先生は辛だけとって涼を削ってしまったのは故意か曲解である。いや辛涼という前に厥陰風の条に拠ったことが大きな誤りであって,これは風陽寒に拠らねばならぬのである。
 太陽は腎の陽,寒は腎の陰,つまり寒が強くて腎の陽気を傷った場合である。腎の陽は言うまでもなく膀胱であり,足の太陽膀胱経を侵して太陽病になるのである。
 「寒淫の勝つ所,平ぐるに辛熱を以てし,佐くるに甘苦を以てし,鹹を以てこれを瀉す」と,正にそれに拠るべきである。
 成無巳先生が引用した風内に淫すればということからしておかしい。なぜなら桂枝湯は外の傷れであって内に淫したものではないからである。この点でも寒淫の勝つ所の方が正しい。殊に風内に淫すればと風淫の勝つ所の二条を引いて桂枝湯という一処方を分割すべきではなく,病が外に在って経を侵せば風淫所勝とし,病が内に入って府を侵せば風淫于内の場合というように区別して扱うべきものであって,両者を混ぜ合して同格もしくは同次元に扱ってはならぬ。この点成無己先生の大きなミスであった。弘法も筆の誤りのたぐいだが,先生がこのような方法論を示して下さったお蔭で私も至真要大論に拠ることを知ったのだから感謝にたえない。
 ここで一つの問題があるが,それは寒淫所勝の条は素問新校正及び類経の註によると寒淫于内の条と同じであるべきで寒淫所勝の条は誤りだというのである。寒淫于内の条は「治するに甘熱を以てし,佐くるに苦辛を以てし,鹹を以てこれを写し,辛を以てこれを潤し,苦を以てこれを堅む」である。だがこの説はおかしい。私は至真要大論の文のままで宜いと思うが,その理由を述べるには相明ひろく運気にわたって説明しなければならぬので今は已むを得ず割愛するが,その理由の趣旨は寒淫所候とは事情が違うということに尽きる。
 素問及び類経の註は基礎を5行と素問22蔵気法時論においている。例えば寒淫所勝に対しては類経に「辛熱は以て寒を散ずるに足る。苦甘は以て水に勝つべし。鹹を以て之を写するは水の正味はその写に鹹を以てすればなり」とし,風淫于内に対しては「風を木気となす。金はよくこれに勝つ。故に治するに辛涼を以てす。辛に過ぐれば反ってその気を傷ることことを恐る。故に佐くるに苦甘を以てす。苦は辛に勝つ。甘は気を益すなり。木の性は急,故に甘を以てこれを緩む。風邪勝つ。故残辛を以てこれを散ず。蔵気法時論に曰く,肝を急を苦しむ。急に甘を食して以てこれを緩む。肝は散を欲す。急に辛を食して以てこれを散ずとこれこの謂ひなり」と。
 類経は素問の註釈書としては非常にに探れた親切な本で教えられる所がすこぶる多いが,賛同しかねる所も少くない。この条の註にしても一応整っているが桂枝湯など実際の処方分析に当っては不都合や矛盾が起る。例えば芍薬の苦は決して水に勝つために在るのではなく,また桂枝の辛が木を傷ることを恐れて予防的に加えたものではないのだ。ただ気味の扱い上について示唆に富んでいるのでこれを土台にしてその上に考えを進めて行けば宜いであろう。

 傾斜と展開
 桂枝湯が衆方の祖といわれるのは外邪が表に中ったときに使う代表的な処方の一つであり,外邪はそれから内外に転々と流伝してきて千変万化の像を呈するもこれを桂枝湯の立場からみると或は虚実に,或は寒熱に,或は内外に,或は気血水の変化に於て各方面にテーゼ,アンチテーゼの関係をなすものゆえ桂枝湯を以て座標の軸とした意図がわかるのである。
 もう一つは桂枝湯には他の方剤に類を見ないほど加減方や類方が多いのであって,それを以てしても桂枝湯の重要性を謳い上げるだけの価値がある。
 加減方類方に於ても桂枝湯の土台に乗って作用するものであって,実は桂枝湯そのものの内に各種の加減方に発展すべき契機が内蔵されており,これを傾斜と称することは前に述べた通りである。ここに改めてそれを具体的に例を挙げて述べよう。加減方を知ることは逆に桂枝湯の本質を窺い知ることにもなるのだから。
 傾斜と展開は桂枝湯の構造と病理と適応証の三面から考察すべきだが,便宜上これを二つに分けておく。

 A 構造上から
 加桂 腎の陽虚から気上衝,奔豚に及ぶ。桂枝加桂湯がそれである。
 去桂 桂枝湯から桂枝を抜いて考えると脾胃に行く処方になる。それに茯苓,朮を加えて桂枝去桂加茯苓白朮湯ができる。この場合の小便不利は桂枝による排尿障害ではなく尿生成障害だから茯苓を加えたものだ。
 加芍 芍薬による脾虚,栄虚が出てくる。桂枝加芍薬湯,桂枝加大黄湯,建中湯
 去芍 芍薬を抜くと辛甘の薬ばかりになり専ら陽の部位に作用して陽虚を補うこととなる。桂枝去芍薬湯の胸満,桂枝去芍薬加附子の胸満微悪寒,桂枝去芍薬加麻黄細辛附子湯の気分,桂枝去芍薬加皂莢湯の肺痿,桂枝去芍薬加蜀漆牡蛎救逆湯,桂枝甘草竜骨牡蛎湯の火邪火逆(これは腎の陽虚からも云える),炙甘草湯の肺痿,悸などはみなこの類である。
 加棗 胸に行き心血を補うものが多い。当帰四逆湯当帰四逆加呉茱萸生姜湯炙甘草湯

 B 病理と適応証の上から
 表虚 桂枝加葛根湯,括蔞桂枝湯,桂枝加黄耆湯,桂枝加附子湯,桂枝加芍薬生姜人参湯をはじめ大部分の処方がその意を蔵している。
 肺気変動 桂枝加厚朴杏仁湯の喘,桂枝去芍薬湯の胸満,小青竜湯の喘咳等
 栄血の虚,脾虚 桂枝加芍薬湯,桂枝加大黄湯など。
 栄衛の虚 虚労の小建中湯黄耆建中湯当帰建中湯
 自汗 桂枝加附子湯の脱汗,桂枝加黄耆湯黄耆建中湯の盗汗
 煩 肌熱によるもので,桂麻各半湯の痒み桂枝加黄耆湯の黄汗,これは黄耆芍薬桂枝苦酒湯,お乗着桂枝五物湯に展開する。
 身疼痛 桂枝附子湯,更に白朮附子湯,甘草附子湯,その裏の烏頭桂枝湯,桂芍知母湯など
 筋急拘攣 桂枝加葛根湯,括蔞桂枝湯,桂枝加芍薬生姜人参湯,桂枝加芍薬湯,更に芍薬甘草湯
 心下悶 胃虚によるもので,桂枝去桂加茯苓白朮湯の心下満微痛,更に真武湯に発展する。
 気上衝 腎の陽虚によることは度々述べた通りだが,桂枝加竜骨牡蛎湯,桂枝去芍薬加蜀漆牡蛎竜骨救逆湯,桂枝甘草竜骨牡蛎湯,桂枝加桂湯から進んでは苓桂甘棗湯,苓桂味甘湯等に至る。

 まとめ
 桂枝湯の構成についてはなお多くの探求すべき問題を残しているであろう。例えば服用法の熱稀粥(これはただ体を温めるばかりでなく,やはり胃を補う意味がある)臨床的にみて処方構成と脈や腹証との関係,発汗,発表,解肌の相互関係(肌中に経,血脉が在る)麻黄湯葛根湯を服用して発汗せずに利尿して病が解すことがあるが,恐らく桂枝湯も同様であろう。その理由は汗と小便との相対的関係も
勿論だが,桂枝の膀胱に対する排尿促進作用があるからである。
 この小稿の要点を表示して結論に代えることにする。
   
 
症状 病理


作用
脈浮弱
発熱、悪風寒
頭痛、身疼痛
自汗
外表の
陰陽虚

栄衛の虚
太陽表の陽気 陰血


外表の陰陽虚を補う
発表
解肌
自汗
栄血虚
衛気虚
衛気 栄血 心血 栄衛気血の虚を補う
気上衝 腎の陽虚 膀胱



腎の陽虚を補う
鼻鳴
乾嘔
肺の陽虚

肺心(気血栄衛)の虚を補う
心下悶
不能食
脾(胃)の
陽虚

脾の陰虚、胃の陽虚を補う


 

漢方診療の實際 大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎著 南山堂刊
桂枝湯
 本方は血行を盛んにし、身体を温め、諸臓器の機能を 亢める効果があるので、広く諸疾患に応用される。応用の第一としては感冒であるが、その場合の目標は悪寒・発熱・頭痛・脈浮弱・自汗が出る等の症候複合で ある。この脈弱と自汗が出るという症状は桂枝湯が、葛根湯麻黄湯に比較して虚弱体質に用いられることを示すものである。即ち表の虚が桂枝湯で表実が葛根湯麻黄湯の證である。桂枝湯の腹證は必ずしも一定しないが、脈弱に相応したもので、決して強壮充実した腹ではない。
 本方の主薬は桂枝である が、桂枝・生姜は一種の興奮剤で、血行を盛んにし、身体に温感を生じ、悪感発熱を去り、諸臓器の機能を亢める。芍薬は桂枝の作用を調整するものと考えられ る。また甘草と組んで異常緊張を緩和する効があって能く拘攣を治し、疼痛を緩和する。甘草・大棗・生姜は矯味薬に兼ねるに滋養剤の意味がある。
 桂枝湯の応用は感冒・神経痛・リウマチ・頭痛・寒冷による腹痛・神経衰弱・虚弱体質・陰萎・遺精等であるが、なお次の加減方を参照されたい。


『漢方精撰百八方』
52.〔方名〕桂枝湯(けいしとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕桂枝、芍薬、大棗、生姜各4.0g 甘草2.0g
〔目標〕
1.感冒のような状態で、脈をみると、浮いていて弱く、さむけがして熱もあり、くしゃみが出る。
2.熱が出て頭痛がし、脈は浮いていて弱く、汗が自然ににじみ出て、さむけもある。
3.以上のような病状のものに、間違って下剤を与えてはならない。
4.どこにま以上を発見することができず、ただ時々熱が出て、その時に汗が出るような患者。
5.熱があって頭痛がし、六、七日も便秘していても、小便が澄明で著色していないもの。
6.頭痛、発熱、さむけがあって、脈にも力があり、麻黄湯で発汗せしめたところ、一旦軽快し、また気持ちがわるくなって、脈が浮いて速いもの。
7.熱があって、からだが痛み、さむけのある患者を誤って下剤で下したところ、下痢がやまなくなり、たべたものがそのまま下るようになった。こんな患者には先ず四逆湯を用い、下痢がやんでのちも、からだの痛む時に、桂枝湯を用いる。
8.つわりで、頭痛がし、時に熱が出て、のどは少し乾くが食事がまずいというもの。
9.産のあとで、永い間、少し頭痛がし、さむけもし、時々熱も出て、みずおちが苦しく、吐きそうになり、汗も出るようなもの。

〔かんどころ〕熱のある場合は、脈が浮いていて弱く、さむけがするのを目標とし、その他の雑病では、からだが虚弱で、疲れやすく、脈が浮いて大きく力がないという点に眼をつける。

〔応用〕感冒、神経痛、腹痛、下痢。


〔附記方名〕桂枝去芍薬湯(けいしきょしゃくやくとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕桂枝、大棗、生姜各4.0g 甘草2.0g
〔目標〕脈促、胸満のもの。
〔かんどころ〕脈が速く、腹から胸に何かが上がってくるようで、胸がいっぱいになった状。
〔応用〕神経症                                   
大塚敬節








漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
4 表証
  表裏・内外・上中下の項でのべたように、表の部位に表われる症状を表証という。表証では発熱、悪寒、発 汗、無汗、頭痛、身疼痛、項背強痛など の症状を呈する。実証では自然には汗が出ないが、虚証では自然に汗が出ている。したがって、実証には葛根湯(かっこんとう)・麻黄湯(まおうとう)などの 発汗剤を、虚証には桂枝湯(けいしとう)などの止汗剤・解肌剤を用いて、表の変調をととのえる。
 各薬方の説明
 
 4 桂枝湯(けいしとう)  (傷寒論、金匱要略)
 〔桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)各四、甘草(かんぞう)二〕
  本方は、身体を温め諸臓器の機能を亢進させるもので、太陽病の表熱虚証に用いられる。したがって、悪寒、発熱、自汗、脈浮弱、頭痛、身疼痛な どを目標とする。また、本方證には気の上衝が認められ、気の上衝によって起こる乾嘔(かんおう、からえずき)、心下悶などが認められることがある。そのほ か、他に特別な症状のない疾患に応用されることがある(これは、いわゆる「余白の證」である)。本方は、多くの薬方の基本となり、また、種々の加減方とし て用いられる。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、桂枝湯證を呈するものが多い。
 一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
 一 リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
 一 そのほか、神経痛、神経衰弱、陰萎、遺精、腹痛など。 
 ホルモン剤を使った後や壊病の時にも使う。
 
 桂枝湯の加減方
 (1) 桂枝加桂湯(けいしかけいとう)  (傷寒論、金匱要略)
 〔桂枝湯の桂枝湯を六とする〕
 桂枝湯でおさまらないほど強い気の上衝に用いられる。本方は、のぼせ、腹痛、上逆(気が下部より上部に衝き昇り、不快を感ずる状態)などを目標とする。
 
 〔桂枝湯に葛根六を加えたもの〕
 桂枝湯證で、項背拘急が強いものに用いられる。
 
 〔桂枝湯に黄耆三を加えたもの〕
 桂枝湯證で、自汗の度が強く、盗汗の出るものに用いられる。
布団が黄色くなるほど汗が出る(黄汗)
 
 〔桂枝湯に厚朴、杏仁各四を加えたもの〕
 桂枝湯證で、喘咳を伴うものに用いられる。
 
 (5) 桂枝加竜骨牡蠣湯(前出、順気剤の項参照)
 
 (6) 桂枝加附子湯(けいしかぶしとう)  (傷寒論)
 〔桂枝湯に附子○・五を加えたもの〕
 桂枝湯證で、冷えを伴うものに用いられる。したがって、腹痛、四肢の運動障害、麻痺感、小便が出にくいなどを目標とする。そのほか、小児麻痺、産後の脱汗(ひん死の状態の多汗をいう)、筋痙攣、半身不随(脳出血などによる)にも用いられる。
桂枝湯にしてはやや脈が弱く、
桂枝湯にしては寒気や倦怠感が強く、
足が抜けるようにだるく投げ出したいような場合に桂枝附子湯用いる(蓮村幸兌先生)

 
 (7) 桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)  (本朝経験)
 〔桂枝加附子湯に朮四を加えたもの。〕
 桂枝加附子湯證に、水毒をかねたもので、水毒症状の著明なものに用いられる。したがって、関節の腫痛や尿利減少などを呈する。本方は、貧血、頭痛、気上衝、脱汗、口渇、四肢の麻痺感(屈伸困難)・冷感などを目標とする。
 
 〔桂枝加朮附湯に茯苓(ぶくりょう)四を加えたもの〕
  桂枝加朮附湯證で、心悸亢進、めまい、尿利減少、筋肉痙攣などを強く訴えるものを目標とする。本方は、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)(後出、駆水剤の項参照)、真武湯(しんぶとう)、甘草附子湯(かんぞうぶしとう)(いずれも後出、裏証Ⅱの項参照)などの薬方の加減方としても考え られる。
 
 (9) 桂枝附子湯(けいしぶしとう)
 〔桂枝湯の芍薬を去り、附子○・五を加えたもの〕
  表証があり、裏位に邪のないもの(したがって、嘔吐、口渇がない)で、身体疼痛し、寝返りのうてないものに用いられる。本方は、甘草附子湯證 (後出、裏証Ⅱの項参照)に似ているが、骨節に痛みがなく、ただ身体疼痛するだけのものに用いられる。また、本方は桂枝加朮附湯よりいっそう重症のリウマ チなどに用いられる。
中川良隆先生の口訣「足が抜けるようにだるい状態に桂枝附子湯」

 
 〔桂枝湯の芍薬の量を六としたもの〕
  本方は、桂枝湯の表虚を治す作用が、芍薬の増量によって裏虚を治す作用へと変化している薬方である。本方に膠飴(こうい)を加えたものは、小 建中湯(しょうけんちゅうとう)(後出、建中湯類の項参照)であり、裏虚を治す作用が強い。したがって、本方は虚証体質者に用いられるもので、腹満や腹痛 を呈し、腹壁はやわらかく腹直筋の強痛を伴うものが多いが、ただ単に痛むだけのこともある。下痢も泥状便、粘液便で水様性のものはなく、排便後もなんとな くさっぱりしない。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、桂枝加芍薬湯證を呈するものが多い。
 一 下痢、内臓下垂の人の便秘、腸カタル、腹膜炎、虫垂炎、移動性盲腸炎その他。
 
 桂枝加芍薬湯の加減方
 〔桂枝加芍薬湯に大黄一を加えたもの〕
 桂枝加芍薬湯證で、便秘するもの、または裏急後重の激しい下痢に用いられる。
 
 6 桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう)  (傷寒論)
 〔桂枝湯と麻黄湯の合方〕
 表証である悪感、発熱、頭痛があり、汗が出ないが体力は弱く、虚実の中間のものに用いられる。汗が出ないために、皮膚がかゆく感じられるものを目標とすることもある。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、桂枝麻黄各半湯證を呈するものが多い。
 一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
 一 皮膚瘙痒症、じん麻疹、湿疹その他の皮膚疾患。




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2010年11月23日火曜日

帰脾湯(きひとう)と加味帰脾湯(かみきひとう) 効能・効果 副作用

『臨床応用 漢方處方解説 増補改訂版』 矢数道明著 創元社刊
28 帰脾湯(きひとう)〔済生方〕
人参・白朮・茯苓・酸棗仁・竜眼肉 各三・〇 黄耆・当帰・ 各二・〇 遠志・甘草・木香・大棗・乾生姜 各一・〇

応用〕元気胃腸の弱い虚弱体質の者が、身心過労の結果、種々の出血を起こして貧血をきたしたり、健忘症となったり、神経症状を起こしたりしたときに用いる。
本方は主として腸出血・子宮出血・胃潰瘍・血尿等による貧血と衰弱・白血病・バンチ病・健忘症・嚢腫腎・不眠症等に用いられ、また神経性心悸亢進症・食欲不振・月経不順・ヒステリー・神経衰弱・遺精・慢性淋疾・瘰癧等に応用される。

目標〕心と脾の虚で、貧血・心悸亢進・健忘・不眠症・諸出血等を主目標とする。患者は顔色蒼白、脈腹ともに軟弱で、元気衰え、疲労感を訴え、多かれ少なかれ神経症状をともなっている。炎症や充血などのない場合である。

方解〕人参・黄耆・白朮・茯苓・大棗・甘草の六味は脾を強くし、すなわち健胃強壮をもっぱらとしている。竜眼肉・遠志・酸棗仁は心を養い、神経を強め、かつ鎮静し、木香は気分をさわやかにし、当帰は貧血を補う。当帰はとくに人参と組んで新血を生ずるとされている。

加減〕加味帰脾湯。帰脾湯に柴胡三・〇、山梔子二・〇を加えたもので、帰脾湯の証にやや熱状の加わったものに用いる。

主治
済生全書(補益門)に、「脾経ノ失血、少シ寝テ発熱盗汗シ、或ハ思慮シテ脾ヲ破リ、血ヲ摂スルコト能ハズシテ以テ妄行ヲ致シ、或ハ健忘征忡(心悸亢進・むなさわぎのこと)、驚悸シテ寝ネズ、或ハ心脾傷痛嗜臥少食、或ハ憂思シテ脾ヲ傷リ、血虚発熱シ、或ハ肢体痛ヲナシ、大便調ハズ、或ハ婦人経候不準、哺熱内熱、或ハ瘰癧流注シテ消散潰斂スルコト能ハザルヲ治ス」とあり、
勿誤方函口訣には、「此ノ方ハ遠志、当帰ヲ加ヘテ、健忘ノ外、思慮過度シテ心脾二臓ヲ傷リ、血ヲ摂スルコトナラズ、或ハ吐血、衂血、或ハ下血等ノ症ヲ治スルナリ。此ノ方ニ柴胡・山梔ヲ加ヘタルハ、前症ニ虚熱ヲ挟ミ、或ハ肝火ヲ帯ブル者ニ用ユ、大凡ソ補剤ヲ用ユル時ハ小便通利少ナキ者多シ。此ノ方モ補剤ニシテ、且ツ利水ノ品ヲ伍セザレドモ、方中ノ木香気ヲ下シ、胸ヲ開ク、故ニヨク小便ヲシテ通利セシム」とあり、
方櫝弁解には、「他ノ補薬ヲ用イテ胸膈ニ泥ムコトアルトキハ此方ニ代ユベシ。十全大補湯、或ハ補中益気湯ノ類ハ、病人胸ニ滞ルコトヲ覚ユ、此方ハ譬バ氷砂糖ヲ食スルガ如シ、反テ能ク胸ヲ開ク」とある。

鑑別
○十全大補湯62(貧血(○○)・気血両虚、神経症状少なし)
 ○六君子湯147(脾胃虚(○○○)・胃内停飲)
 ○補中益気湯135(気虚(○○)・中気不足)
 ○黄土湯13(出血(○○)・陰虚証、悪寒、腹動悸・臍下不仁)


参考
 矢数道明、帰脾湯の運用について(漢方と漢薬 四巻一号・漢方百話)
 李建柱氏、帰脾湯に就て(漢方と漢薬 九巻一号・二号)
 坂口弘氏、益気湯と帰脾湯(東洋医学 一巻三号)、坂口弘氏外、加味帰脾湯の二症例(日東洋医会誌 二七巻三号)。

治例
 (一) 熱性病後の衰弱
 鈴木某が疫(腸チフス)を病んで、発病以来数十日、大骨枯稿、大肉陥下、ただ凸起するものは肋骨のみで、ひどく痩せた。薬は吐いて受けつけない。衰弱の極、ついに妄語を発するようになった。考えてみると、これは邪熱は既に去って、心と脾が至極虚したもので、それを補足すれば即ち病は治るはずである。そこで帰脾湯一貼を与えてみたところ吐かない。二貼与えてみると爽快になり、食欲が出て妄言は止んだ。人々は驚いてその薬効に感心した。この方を続け用いて日一日と快方に向い、ほどなく起床して全治した。
(和田泰庵、和漢医林新誌 一二二号)

 (二) 驚愕による神経症
 五〇歳の思子。あるとき戯れて他人と首引きをし、だまされて後ろへ倒れた。その時は別状なかったが、三日の後、昼夜発熱して譫語を発し、一医は外感として治したが効なく、古林見桃の診を乞うた。見桃はその前因を審にきいて、これは驚気心に入るの症なりとして帰脾湯を与えたところ全く癒えた。
(百々漢陰翁、漢陰臆乗)

 (三) 血尿
 四一歳の婦人。腎臓腎盂炎による血尿で臥床し、発病以来二三日、初め発熱三九度以上で一〇日間も持続した。現在三七度二分。顔面蒼白・心動悸・脈沈微・食欲不振、舌苔なく、口唇結膜ともに蒼白、貧血甚だしく心雑音をきき、肝腫大し、腎臓腫れ痛み、血尿が甚だしい。不眠と健忘があった。帰脾湯を与えて日一日と快方に向かい、服薬二ヵ月でほとんど全治した。
(著者治験、漢方と漢薬 四巻一号)

 (四) バンチ病
 四二歳の婦人。バンチ病の診断をうけた。呼吸困難・眩暈・頭痛・強度の貧血・脈微弱・脾腫甚だしく・腹水があり、心音は貧血性雑音で下肢には微腫を認めた。そこで帰脾湯を与えたが、三週間で自覚症はほとんど消退し、後に五積散で調理した。脾腫は二分の一ぐらいに縮小し、家事雑用を弁ずるに至った。
(木村久雄氏、漢方と漢薬 四巻一二号)

 (五) 嚢腫腎と子宮出血
 三九歳の婦人。五年前に嚢腫腎といわれ、手術をうけた。尿中蛋白はいつも陽性で、赤血球も認められ、両腎はひどく腫れていた。本症は約一ヵ月前より始まり、月経の後出血が長びき、塊状の下り物が沢山で止まらず、すっかり貧血してしてしまった。病院の婦人科では子宮筋腫による出血で、即刻入院して子宮全剔手術をしないと生命が危ないといわれたという。体格小、顔色は貧血して白紙のよう。動悸・呼吸困難・心下痞悶・めまい・食不振・絶対安静を守っているが出血は止まらないという。脈沈細微、腹軟弱であるが、両腎は小児頭大に腫大している。この患者には芎帰膠艾湯・黄土湯・十全大補湯・帰脾湯のいずれかにしたいと思ったが、発病前後数ヵ月、患者は身心過労の極倒れたこと、貧血があまりに高度であること、脾と心の虚を目標にして帰脾湯を与えた。本方服用後、三日目から出血やみ、食欲が出て、一五日間服用起、起床してデパートへ買物に出かけることができた。貧血も回復し、腎臓の腫大もかなり小さくなった。(著者治験、漢方の臨床 一〇巻一一号)

明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
⑫帰脾湯(済生方)
黄耆 当帰各二・〇 人参 朮 茯苓 酸棗仁 竜眼肉各三・〇 遠志 甘草 木香 大棗 生姜各一・〇(二四・〇)
この方は四君子湯(脾胃の虚弱)を基にして、補血、止血の薬を加えたもので、四君子湯証の体質の人、即ち平常虚弱で顔色青白く食慾不振などの症ある人が、その上に何か精神的過労が加わって身心ともに疲労の極地になり、その結果、腎機能の障害(血尿、蛋白尿、腎臓腫大)を起してきたものを目標にする。古人も“思慮して脾を傷り、血を摂ること能わず”に用いるという。古方家の湯本求真氏は本方を酸棗仁湯の類方なりというが、果してどうであろうか、本方の主目標は四君子湯の脾胃の虚にあり、不眠、血虚を客証とみれば、古方ではむしろ人参湯と黄土湯の合方のように思え音¥なお熱症状のあるときは山梔子、柴胡各二・五を加えた加味帰脾湯を用いる。本方の詳細な研究については矢数道明氏が漢方と漢薬四巻一号(または漢方百話)に発表しておられる。出血性疾患。不眠症


『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
帰脾湯(済生方)
人参・白朮・茯苓・酸棗仁・竜眼肉:三、黄耆・当帰:二、遠志・甘草・木香・大棗・乾生姜:一。

(主証)
胃腸の弱い者の寝冷えによるかぜの初期。
精神的過労による症状(神経・内臓)。食欲不振。

(客証)
貧血・虚弱が多い。心悸亢進、不眠。出血。腎機能低下。軽度の消化器潰瘍。

(加減)
熱の症状ある場合、柴胡:三、山梔子:二を加える(加味帰脾湯)。

(考察)
脾虚。
胃弱く胃内停水→六君子湯。
気力乏しい→補中益気湯。
貧血、神経症状ない→十全大補湯。

済生全書(補益門)
「脾経の失血、少し寝て発熱盗汗し、あるいは思慮して脾を破り、血を摂すること能わずして、もって妄行をいたし、あるいは健忘征忡(むなさわぎ)、驚悸して寝ず、あるいは心脾傷痛して臥するをこのみ少食、あるいは憂思して脾を傷り、血虚発熱し、あるいは肢体痛をなし、大便調わず、あるいは婦人経をみるに不準、補熱内熱、あるいは瘰癧流注して消散潰斂すること能はざるを治す。」


『健康保険が使える漢方薬の選び方・使い方』 木下繁太郎著 土屋書店
帰脾湯

症状
身体が弱って元気がなく、疲れやすく、貧血で、動悸があり、眠れない、物忘れする、出血があるといった場合に用いるもの。平素胃腸が弱い虚弱な人が心労、過労出血などで弱って精神症状を起こした場合に使う処方です。

①虚弱体質で胃腸が弱い。
②疲れやすく顔色が蒼白。
③貧血。
④動悸、息切れ。
⑤眠れない。
⑥健忘症になった。
⑦出血。
⑧盗汗、夕方になると熱が出る。

腹 腹壁は軟弱で力がない。
脈 軟弱で力がない。
舌 舌苔なく貧血状。


適応
貧血、不眠症胃潰瘍、腸出血、子宮出血、血尿、食欲不振、神経性心悸亢進症、健忘症、神経衰弱、ヒステリー、白血病、再生不良性貧血、バンチ病、遺精、嚢腫腎、瘰癧の潰瘍、慢性淋疾。

【処方】黄耆、当帰 各2.0g。 人参、朮、茯苓、酸棗仁、龍眼肉 各3.0g。 
甘草、乾姜、木香 各1.0g。 遠志、大棗 各1.5g。
本方は、人参、白朮、茯苓、大棗、甘草、黄耆(健胃強壮作用)、龍眼肉、遠志、酸棗仁(精神安定、鎮静作用)、木香(気のうっ滞を除く)、当帰(補血作用)という構成になっています。

健 ツ(済生方)

加味帰脾湯

症状
虚弱体質で、血色が悪く貧血気味で、不眠、動悸、精神不安があって、微熱が出たり、盗汗をかいたりするものに用い、熱病の回復期、神経症、血の道症などに応用します。

①貧血。
②動悸、心悸亢進。
不眠
④精神不安。
⑤出血。
⑥顔面蒼白。
⑦病後の衰弱、疲労感、体力虚弱。
⑧微熱。
⑨盗汗(ねあせ)

腹 腹部は全体に軟弱で力がない。
脈 弱々しく細い。
舌 一定しません。


適応
貧血、不眠症、精神不安、神経症、腸出血、子宮出血、胃潰瘍等による貧血と衰弱、白血病、再生不良性貧血、食欲不振、神経性心悸亢進、神経衰弱、月経不順。

【処方】黄耆、当帰 各2.0g。 人参、朮、茯苓、酸棗仁、龍眼肉 各3.0g。 
甘草、乾姜、木香 各1.0g。 遠志、大棗 各1.5g。 柴胡3.0g。 梔子2.0g。

帰脾湯に柴胡、梔子を加えた処方で、全体の構成は四君子湯(84項参照、弱った消化器を治す)に酸棗仁、龍眼肉、遠志(鎮静、強壮)、黄耆(強壮、止汗)、当帰(補血)、木香(気分発散)、柴胡、梔子(解熱、消炎)という構成になっています。

本方は、人参、白朮、茯苓、大棗、甘草、黄耆(健胃強壮作用)、龍眼肉、遠志、酸棗仁(精神安定、鎮静作用)、木香(気のうっ滞を除く)、当帰(補血作用)という構成になっています。

健 ク・建・タ・ツ・東・虎(済生全書)

【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html

2010年11月20日土曜日

麻黄湯(まおうとう)とインフルエンザ・風邪 効能・効果と副作用

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集 中日漢方研究会
72.麻黄湯 傷寒論
麻黄5.0 杏仁5.0 桂枝4.0 甘草1.5

(傷寒論)
○太陽病,頭痛発熱、身疼腰痛,骨節疼痛,悪風,無汗而喘者,本方主之(太陽中)
○脈浮而緊,浮則為風,緊則為寒,風則傷衛,寒則傷栄,栄衛倶病,骨節煩疼,可発其汗,宜本方(弁脈,可汗,太陽)
○傷寒,脈浮緊,不発汗,因致衂者,本方主之(太陽中)
○太陽病,脈浮緊無汗,発熱身疼痛,八九日不解,表証仍在,此当発其汗,服薬巳微除,其人発煩目瞑「劇者必衂,衂乃解,所以然者,陽気重故也」本方主之(太陽中)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
高熱,悪寒があるにもかかわらず,自然の発汗がなく、身体痛,関節痛のあるもの。劇しい咳嗽を伴ないこともある。乳児の鼻づまり,急性皮膚化膿疾患には高熱,悪寒がなくても使用できる。
本方は高熱を伴ないがちな流行性感冒に賞用される,葛根湯より作用が強いから通常長期にわたり投与してはならない。但しあまり虚弱でない乳児の鼻づまりで哺乳困難な時や,急性皮膚化膿疾患には0.5グラムを温湯50ccに溶かし,少量ずつ与えるとよい。
本方は盗汗を含む自然発汗がある症状には使用してならない。このような症状の感冒には柴胡桂枝湯柴胡桂枝干姜湯などがよい。本方を服用後極端に発汗するときは,柴胡桂枝湯を与えると発汗状態を緩和できる。また食欲が減退したり,のぼせ,不眠などを訴える時は直ちに服用を中止し,柴胡桂枝湯小柴胡湯柴胡桂枝干姜湯香蘇散などに転方すべきである。本方はまた感冒その他の原因でのぼせて鼻血が出る場合にも用いられ,更に桂枝湯と等量混合して桂麻各半湯として熱感があって痒みのひどい蕁麻疹に応用される。しかし本方を慢性疾患に用いる場合は虚弱な人には禁忌である。




漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○悪寒や悪風がして発熱,頭痛があり,汗が自然に出ないで脈が浮緊で力があり,このとき喘咳や咳嗽,胸満,身体痛,関節痛,腰痛などがある。
○麻黄湯証は,平素丈夫で頑健な体質の人に多い。激しい闘病反応である。したがって熱も高く,咳も激しく,からだがひどく痛いという強い症状がおこるわけである。
○本方の証は,胃腸の弱い,虚弱な体質の人には少ないが,小児には意外に多いものである。小児は新陳代謝が盛んで陽気が強いためであろう。しかしながら,これらの証はその人にとって固定したものではない。著者もへいぜい葛根湯がよく合うが数年前流感になったときは麻黄湯で治ったことがある。
○小児夜尿症(眠りが深くて目がさめずに失禁するもの―吉村得二氏経験方)覚醒作用があるので,試験勉強の眠気ざましなどに短気間用いられる。


漢方診療の実際〉 大塚、矢数、清水 三先生
本方は太陽病の表熱実証で裏に変化のないものに用い応用目標は悪寒,発熱,脈浮緊,発熱に伴う諸関節痛,腰痛及び喘咳等の症候複合である。そこで先ず感冒やインフルエンザの初期に用いられる。此方が病証に適当した場合は,身体温感を覚えて悪寒が去り,多くは発汗を来し,腰痛,諸関節痛,喘咳等は消散する。時に発汗せず尿量が増して下熱することもある。もし感冒であっても悪寒のない場合,脈が弱くて沈んでいる場合,自然に発汗している場合は本方を用いてはならない。
本方は諸関節痛を治するところから関節リウマチの急性期に応用される。また喘咳を治する所から喘息に応用される。また乳児の鼻塞,哺乳困難に用いて効がある。
本方は虚弱体質者には注意して用いねばならない。
本方は麻黄,桂枝,杏仁,甘草の四味から成る。麻黄と桂枝の協力は血管を拡張し,血行を旺盛にし,発汗を促す作用がある。杏仁と麻黄の協力は喘息を治する。甘草は一は治喘作用を助け,一は諸薬の調和剤を役目をする。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
いわゆる太陽病の表熱実症,熱性病で体質しっかりしていて充実感のある人で,表面に熱があって筋骨の位に移らんとし,いまだ裏の胃腸に熱が波及しない時期に用いて熱を発散させるものである。この方を用いるのに熱のあるときと熱のない雑病に用いるときがある。使い方を分けてみると,
(1) 熱性病の初期,すなわち感冒,流感,腸チフス,肺炎,麻疹などで,実証で悪寒,発熱,脈浮緊にして汗のないもの,雑病で熱のないもの
(2) 小児の鼻つまり症
(3) 流感で衂血の出るもの,汗のないとき。
(4) 喘息でかぜから起こり脈浮緊,汗のないもの。
(5) 夜尿症
(6) 乳汁分泌不足。
(7) 関節リウマチの初期。
(8) 気管支喘息。
(9) 卒中発作気絶,急仮死。
(10) 難産等 に応用される。
熱性病のときは頭痛,身疼痛,腰痛,関節痛,悪風などがあるが,汗が出ないというのを第一目標とする。熱のときでも脈が浮緊である。喘や衂などがある。



漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 1. 発熱
「太陽病,頭痛発熱,身疼,腰痛,骨節疼痛,悪風,汗無く而して喘するものは麻黄湯之を主る。」集:傷寒論太陽病中篇)之が麻黄湯正面の証であって,他の運用の機序は凡てこの中に含まれていると云ってよい。喘以外の症状は凡て体に起った発熱症状である。故に之を表熱とする。桂枝麻黄で発汗するし、麻黄湯の他の条文に脉浮緊とあるから実熱であることは言うまでもない。だが部位は桂枝湯よりも深い所に在り、そこが痛むのは概ね水や寒の変化によると考えられている。麻黄は甘草麻黄湯の適応症が裏水とあるように深い部分の水の停滞に対して之を除去する作用がある。尤も深いといっても体では腰や骨節であり、身では胸である。腹まで深くは入らない。そして桂枝湯が自然発汗しているような外に漏れ易い状態に有るのに対して麻黄湯は自然発汗がなく内に病邪が凝滞していると考えられるときに強く発汗する薬である。汗無く而して喘するとは汗が出ていれば喘はしないが,汗無く内に篭っているから,そのために喘を起すのだというのであって,病が深く且つ劇しいことを示している。
頭痛は熱気が上に昇って来るためと考えられる。故にこの機序は又鼻血を出す機序と等しいものである。悪風は風をにくむ,風に当ると気持が悪い。即ち知覚過敏である。前に述べたような発熱状態でなぜ悪寒せずに悪風するか,之に就ては古人の説にも決定的なものがなく,私も困るよく判っていないが,発熱するのは陰不足して陽気が陰中に陥入するからだし,悪寒するのは陽不足して陰気が陽中に入るからである。然るに麻黄湯の証は陽が重い,即ち陽熱の気が強いので陽不足による悪寒は起らずにただ発熱するだけである。悪風は衛が傷罪るから起るもので,衛を傷るのは風である。若し傷寒なら寒が直ちに栄血に入り陽気を奪い陽不足になって悪寒する。然るに此条は傷寒ではなく太陽病だからただ衛を傷るだけで栄血は冒さない。故に悪風だけで悪寒するには至らない。所が傷寒だと麻黄湯証でも悪寒する。「脉浮にして緊,浮は則ち風をなし,緊は則ち寒となす。風は衛を傷り,寒は栄を傷る。栄衛倶に病み骨節煩疼す。其汗を発すべし。麻黄湯に宜し」(傷寒論可汗編)がその場合である。臨床上では腰痛や骨節疼痛などがなくてもただ発熱脉浮緊だけでも本方を使う。「太陽病十日以去(中略)脉ただ浮のものは麻黄湯を与う」(傷寒論太陽中)
「脉浮の者は病表に在り,汗を発すべし」(同右)
「脉浮にして数のものは汗を発すべし」(同右)
「陽明中風(中略)病十日を過ぎ(中略)脉ただ浮にして余証なきものは麻黄湯を与う」(傷寒論陽明病)の如きは脉浮を以て病表に在りとし,数を以て熱となし,緊を以て実とし,先ずその表を解すために麻黄湯を用いるというのであって,頭痛とか頭だとかの有無に拘泥せずに使う。つまり表証があれば先表後裏治療原則に従ってとにかく表証を取ってみるのである。感冒,流感,肺炎,腸チフス,その他病気の種類如何を問わずに使うことが出来る。発病当初でも日がらを経たものでも表証さえあればよい。但し肺結核に使うことはない。

運用 2. 喘
喘は気管支喘息は勿論だが,他の病気でもぜいぜいするもの,呼吸困難のあるものは喘である。太陽病たると陽明病たるとを問わない。熱病たると無熱病であるとも問わない。ただ表去の状態は必ずなければならぬ。
「太陽と陽明の合病喘して胸満するものは下すべからず。麻黄湯に宜し」(傷寒論太陽病中)
「陽明病,脉浮,汗無くして喘するものは汗を発すれば則ち愈ゆ。麻黄湯に宜し」(傷寒論陽明病)はその例である。但し気管支喘息に麻黄湯を使う機会は少い。発熱を伴い脉浮緊数汗出があるときか,無熱で脉浮緊,他部に症状なき時とかだけで,多くの場合は脉浮でも例えば麻杏甘石湯小青竜湯,厚朴麻黄湯など他の処方を使うことの方が多い。

運用 3. 鼻血
「傷寒脉浮緊,発汗せず。因って衂を致すものは麻黄湯之を主る」(傷寒論太陽中)この衂即ち鼻血は「太陽病,脉浮緊汗去く,発熱身疼痛,八九日解せず,表証仍ほ在り,これ当に其汗を発すべし。薬を服し已り微しく除き,其人発煩目瞑す,劇しきものは必ず衂す。衂すれば乃ち解す。然る所以のものは陽気重きが故なり。麻黄湯之を主る」(傷寒論太陽中)で説明されている通り陽気が重い。即ち陽の熱気が強いから,頭部に熱が強く充血性の鼻血を出すというのである。この鼻血は熱病でも無熱病でも(例えば高血圧性の鼻血)脉浮緊,のぼせた顔色をしていれば麻黄湯を以て治す。若し脉弱,脉沈,或は他部に症状があれば瀉心湯桃核承気湯など他の処方の適応症である。


勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方は太陽傷寒無汗の症に用ふ,桂麻の弁(仲景氏厳然たる規則あり)犯すべからず。又喘家風寒に感じて発する者,此方を用ふれば速かに癒ゆ。朝川善庵終身此一方にて喘息を防ぐと云う。


古方薬嚢〉 荒木 性次先生
発熱頭痛,首すじ肩背中腰など痛み,息はやく,咳出て或は鼻塞りて通ぜず,或は咽喉痛み,或はぜえぜえと喘し,さむけありて汗の出ざる者,気力少く,脈沈なるものには用うべからず。熱はあるなしにかかわらず汗無きが本方の要なり。


類聚方広義〉 尾台 榕堂先生
○卒中風,痰涎壅盛シテ,人事ヲ者セズ心下堅ク身大熱シ,脈浮大ナル者ニハ白散或ハ瓜蔕ヲ以テ吐下ヲ取リシ後、本方ヲ用ユベキモノアリ。
○初生児,時々発熱シテ,鼻閉通ゼズ乳ヲ哺ムコト能ハザル者アリ此方を用ユレバ即チ愈ユ。
○痘瘡,見點時,身熱灼クガ如ク表鬱発シ難ク又大熱煩躁シテ喘シ,起脹セザル者を治ス。


漢方診療の實際』 大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎著 南山堂刊
麻黄湯(まおうとう)
麻黄 杏仁各五・ 桂枝四・ 甘草一・五
本方は太陽病の表熱実證で裏に変化のないものに用い応用目標は、悪寒・発熱・脈浮緊、発熱に伴う諸関節痛、腰痛及び喘咳等の症候複合である。そこで先ず感 冒やインフルエンザの初期に用いられる。此方が病證に適当した場合は、身体温感を覚えて悪寒去り、多くは発汗を来し、腰痛・諸関節痛・喘咳等は消散する。 時に発汗せず尿量が増して下熱することもある。
もし感冒であっても悪寒のない場合、脈が弱くて沈んでいる場合、自然に発汗している場合は本方を用いてはならない。
本方は諸関節痛を治するところから関節リウマチの急性期に応用される。また喘咳を治する所から喘息に応用される。また乳児の鼻塞・哺乳困難に用いて効がある。
本方は虚弱体質者には注意して用いねばならない。
本方は麻黄・桂枝・杏仁・甘草の四味から成る。麻黄と桂枝の協力は血管を拡張し、血行を旺盛にし、発汗を促す作用がある。杏仁と麻黄の協力は喘息を治する。甘草は一は治喘作用を助け、一は諸薬の調和剤を役目をする。

『漢方精撰百八方』
36.[方名]麻黄湯(まおうとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕麻黄、杏仁各6.0 桂枝4.0 甘草2.0
〔目標〕証には、喘して汗無く、頭痛、発熱、悪寒し、身体疼む者とある。即ち、頭痛、発熱、悪寒し、喘があって汗なく、身体が疼み、脈浮緊なる者、その他、骨節疼痛、喘して胸満し、或いは衂血のあるものに適用する。
〔かんどころ〕発熱が強く悪寒し、頭痛し、汗が出ずに喘、咳が強く、関節等身体の節々が疼む者に適用する。要するに太陽病、表熱、実証の方剤の最たるものである。
〔応用〕
(1)熱性病の初期で、頭痛、発熱、悪寒し、身体疼痛し、脈が浮緊で発汗しないもの。
(2)感冒などで、発熱、悪寒し、脈が緊で数、喘、咳を発するもの。
(3)熱性病の初期で、衂血を発するもの。
(4)熱性病の初期で、発斑、或いは発疹するもの。目標の諸症を具えるもの。
(5)鼻カタル、水洟が出たり、鼻づまりがあるもの。
(6)気管支喘息
(7)気管支肺炎
(8)乳児の鼻閉症
(9)関節リウマチの急性期。これには麻黄加朮(朮6.0)の方がよく用いられる。加味薬としては、痰が粘って切れにくい者に、桔梗3.0~5.0を加える。身体疼痛の劇しいものには、朮、ヨク苡仁を加える。喘息の劇しいものには、生姜、半夏を加えて奏効することがある。
感冒、流感の初期で葛根湯を用いるか、麻黄湯を用いるか、判別しにくい場合がある。典型的の証を示していれば、判定しやすいのであるが、判定しにくい場合も少なくない。勿論、麻黄湯の方が、症状が劇しいのであるが、麻黄湯には喘、咳が強く出るが、葛根湯は喘、咳は弱いか伴わない場合がある。証に言う症状が似通っている場合の区別は、麻黄湯は全体として、より流動的で激しく、葛根湯はやや固まった感じである。麻黄湯は身体の節々、関節等が痛むが、割に筋肉の全体的の凝りは少ない。葛根湯は筋肉、筋がこって身体が痛むように思う。麻黄湯は水洟が劇しく出るが、葛根湯は、やや濃い洟の感じである。この様な区別が一応の目安になると思う。
伊藤清夫


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
4 表証
表裏・内外・上中下の項でのべたように、表の部位に表われる症状を表証という。表証では発熱、悪寒、発 汗、無汗、頭痛、身疼痛、項背強痛など の症状を呈する。実証では自然には汗が出ないが、虚証では自然に汗が出ている。したがって、実証には葛根湯(かっこんとう)・麻黄湯(まおうとう)などの 発汗剤を、虚証には桂枝湯(けいしとう)などの止汗剤・解肌剤を用いて、表の変調をととのえる。
各薬方の説明
1 麻黄湯(まおうとう)  (傷寒論)
〔麻黄(まおう)、杏仁(きょうにん)各五、桂枝(けいし)四、甘草(かんぞう)一・五〕
太陽病の表熱実証で、裏に変化のないものに用いられる。本方は、悪寒、発熱、頭痛、無汗、脈浮、喘咳、諸関節および筋肉痛、腰痛などを目標とする。実証であるから、各種の症状は激しい。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、麻黄湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息、百日咳、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 鼻炎、鼻塞、衂血その他の鼻疾患。
一 関節リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 そのほか、脳溢血、神経痛、夜尿症、乳汁分泌不足、麻疹、腸チフスなど。

5 麻黄剤(まおうざい)
麻黄を主剤としたもので、水の変調をただすものである。したがって、麻黄剤は、瘀水(おすい)による症状(前出、気血水の項参照)を呈する人に使われる。なお麻黄剤は、食欲不振などの胃腸障害を訴えるものには用いないほうがよい。
麻黄剤の中で、麻黄湯、葛根湯は、水の変調が表に限定される。これらに白朮(びゃくじゅつ)を加えたものは、表の瘀水がやや慢性化して、表よ り裏位におよぼうとする状態である。麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)・麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)は、瘀水がさらに裏位におよび、筋肉に作用 する。大青竜湯(だいせいりゅうとう)小青竜湯(しょうせいりゅうとう)・越婢湯(えっぴとう)は、瘀水が裏位の関節にまでおよんでいる。


【一般用漢方製剤承認基準】
麻黄湯
〔成分・分量〕 麻黄3-5、桂皮2-4、杏仁4-5、甘草1-1.5
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力充実して、かぜのひきはじめで、さむけがして発熱、頭痛があり、せきが出て身体のふしぶしが痛く汗が出ていないものの次の諸症: 感冒、鼻かぜ、気管支炎、鼻づまり(使用上の注意:身体虚弱の人は使用しないこと)

【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと (守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
1. 次の人は服用しないこと
(1)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(2)生後3ヵ月未満の乳児。 〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2. 短期間の服用にとどめ、連用しないこと 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上) 含有する製剤に記載すること。〕

相談すること
1. 次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)胃腸の弱い人。
(4)発汗傾向の著しい人。
(5)高齢者。 〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算 して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(6)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(7)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1 g以上)含有する製剤に記載すること。
2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(8)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1 g以上)含有する製剤に記載すること。
2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕

2. 服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位 症 状 皮 膚 発疹・発赤、かゆみ 消化器 吐き気、食欲不振、胃部不快感 その他 発汗過多、全身脱力感 まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。

症状の名称 症 状 偽アルドステロン症、 ミオパチー 手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。



【関連情報】
インフルエンザの漢方治療
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/05/blog-post.html

インフルエンザと普通の風邪との違い
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_30.html

2010年11月16日火曜日

酸棗仁湯(さんそうにんとう) の 効果・効果 と 副作用

『臨床応用 漢方處方解説 増補改正版』 矢数道明著 創元社刊
49 酸棗仁湯(さんそうにんとう)  別名 酸棗湯〔金匱要略〕
 酸棗仁一五・〇 知母・川芎・ 各三・〇 茯苓五・〇 甘草一・〇
 (酸棗仁は炒って半分ぐらいに減量してもよい)

 水五〇〇ccをもって酸棗仁を煮て四〇〇ccとし、諸薬を入れ、再び煮て三〇〇ccとし、三回に分けて温服する。一般には同時に煎じて用いているが,論の指示に従うがよい。

応用〕体力が衰えて虚状を帯びている不眠症に用いる。反対に、虚労からくる嗜眠に用いてよいこともある。その他諸神経症に用いる。
 すなわち、本方は不眠症・嗜眠症・神経衰弱・盗汗・健忘症・驚悸・心悸亢進症・眩暈・多夢・神経症等に応用される。

目標〕虚労病(疲労病)で、虚煩眠るを得ずというのが目標である。患者は体力が衰え、元気がなく、先も脈も虚状を呈し、胸中が苦しく、煩えて眠ることができないというものである。
 しかし虚労の病で、かえって嗜眠の場合に用いてよいことがある。これは漢方薬が調整的に作用するからである。

方解〕主薬の酸棗仁には一種の神経の強壮鎮静薬としての作用がある。よく中を寧んじ気をおさむというのがそれである。元気が衰えて、胃内の停水が熱を帯び、上衝して心を攻め、煩えて眠れないという。この場合酸棗仁が主薬となり、知母と甘草は熱を清まして燥を潤す。すなわち滋潤強壮の作用となる。酸棗仁は中国や朝鮮から輸入されるサネブトナツメの種子で Betulin C30H50O2 その他を含んでいる。茯苓と川芎は気を行らし、停飲を除くものである。川芎には気の鬱を開いて、気分を明るくし、血行をよくして頭痛を治す効がある。茯苓は脾を益し、湿を除き、心を補い、水を行らし、魂を安んじ、神を養うといわれているが、強壮・利尿・鎮静の効があるものである。
 これらの薬味の協力によって、陰陽の調和がとれ、不眠・嗜眠・虚煩等に有効的にはたらくものと解釈される。

主治
 金匱要略(血痺虚労病)に、「虚労、虚煩眠ルヲ得ザルハ、酸棗仁湯之ヲ主ル」とある。
 勿誤薬室方函口訣には、「此ノ方ハ心気ヲ和潤シテ、安眠セシムルノ策ナリ。同ジ眠リヲ得ザルニ三策アリ。若シ心下肝胆ノ部分ニ当リテ停飲アリ、之レガタメニ動悸シテ眠リヲ得ザルハ温胆湯ノ症ナリ。若シ胃中虚シ、客気(邪気のこと)膈ヲ動カシテ眠ルヲ得ザル者ハ甘草瀉心湯ノ症ナリ。若シ血気虚燥心火亢ブリテ眠ルヲ得ザル者ハ此ノ方ノ主ナリ。済生ノ帰脾湯ハ此ノ方ニ胚胎(もののはじまり)スルナリ。又千金酸棗仁湯ニ石膏ヲ伍ス者ハ、此ノ方ノ症ニシテ余熱アル者ニ用ユベシ」とある。
 また古方薬嚢には、「平常ひよわき人、急に胸騒ぎして眠ること得ざるもの、本方の正証なり。つまらぬことなど気にかかりて眠れぬものにもよし。若し大いなる心配などありて眠れぬ者は本方にて治し難し」とある。

鑑別
 ○梔子豉湯59(不眠○○ ・炎症充血のため、脳および心臓が刺激されて不眠・煩躁)
 ○瀉心湯48(不眠○○・炎症充血強く、実熱の症)
 ○柴胡加竜骨牡蛎湯44(不眠○○ ・実証、炎症充血、心悸亢進、胸脇苦満)
 ○猪苓湯100(
不眠○○・血熱による不眠、渇、小便数)
 ○五苓散41(不眠○○・口渇、小便不利)
 ○甘草瀉心湯119(不眠○○・心下痞硬、実熱)

参考
 不眠症の聖剤のように思われるが、治験は比較的少ない。論のごとく煎じて用いた方がよい。現在酸棗仁は品不足で一五グラムは用いがたい。温胆湯には三・〇グラムで有効であるから、減量してもよいと思われる。

治例
 (一)嗜眠症
 東洞先生が、一病人の昏昏として醒めず、あたかも死状の如く、五~六日に及ぶ者を治するに此方を用いて速やかに効があった。まさに円機活法というべきである。(尾台榕堂翁、類聚方広義)
 (二)不眠症
 六二歳の男子。数年来不眠・頭重・耳鳴り・肩こりを訴え、疲れ易く、食も進まない。
 痩せ型で、腹に力なく、臍のところに動悸が亢ぶっている。酸棗仁湯を与えたところ、一ヵ月余りで諸症好転し、記憶力が増してきた。そこで小柴胡湯に転方したところ、食欲が出て、体重も増加し、性欲が旺盛になって、十数年前の若さに返ったという。さらに続服したところ、十数年来の痔核も治った。  (大塚敬節氏、漢方治療の実際)


明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
26酸棗仁湯(金匱)
 酸棗仁一五・〇 知母 川芎各三・〇 茯苓五・〇 甘草一・〇(二七・〇)
 この方の運用は原典の条文“虚労虚煩眠るを得ず”に尽され仲いる。即ち虚煩○○(梔子豉湯のように発汗吐下により津液を亡失しての虚煩でなく、貧血のため自然に起ってきた虚煩)して、その心煩のため不眠になっているものに用いる。
 吉益東洞が本方を不眠とは逆の嗜眠症の治療に用いたのは有名な話であるが、気血水説では本方の薬能は血滞を除くことにあり、血滞って気めぐらんとして煩すれば不眠となり、血滞って気めぐるを止めるときは嗜眠となる。ともに原因の血滞を治せば不眠も嗜眠も共に癒えるのである。丁度八味丸が小便自利、不利を治すのと同じ理窟である。
 水や血を亡失して煩する虚煩の反対は病邪が充満して煩する実煩で、実煩なら黄連解毒湯などのように胃部が痞硬するか腹部堅満などの充実の症がある。貧血性不眠症。


『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
酸棗仁湯(金匱)
 酸棗仁:十五、知母・川芎:三、茯苓:五、甘草:一。
 水五百mlで酸棗仁のみを煎じて四百mlとし、残りを入れて三百mlまで煮つめる。

(主証)
 疲労からくる不眠又は、嗜眠。

(客証)
 夢をよく見て熟眠感がない。

(考察)
 炎症性充血、胸苦しい→梔子豉湯。
 実熱(のぼせ)→三黄瀉心湯。
 胸脇苦満、神経質→柴胡加竜骨牡蠣湯




『漢方処方応用の実際』 山田光胤著 南山堂刊
101.酸棗仁湯(金匱)

酸棗仁8.0,知母,川芎各3.0,茯苓5.0,甘草1.0

 〔目標〕 からだが弱って,煩躁して眠れないものである.
 梧竹楼は,虚人,老人,長病人が夜目が冴えてねむれないものによいという.
 類聚方広義には,ⅰ)諸病久しく癒えず,衰弱して身熱,ね汗,胸さわぎ,不眠,口乾,喘咳,大便軟らかく小便の出がわるく,水毒があり,ものの味が無いものに,本方に黄耆,麦門冬,乾姜,附子 などを選び加えて用い識とよい。ⅱ)また もの忘れして驚きやすく,胸さわぎする などの三症状は,本方に黄連,辰砂を選び加えるとよい.ⅲ)なお 出血多量で意識がぼんやりし,めまい,不眠、煩熱,盗汗,浮腫のあるものには,本方合当帰芍薬散がよい.ⅳ)東洞先生は昏々と眠って4,5日めがさめず,死んだようになっている病人に,本方を用いて速効を得たと書いてある.ただし 眠っている病人に,どのようにして服薬させたかは記していない.

 〔参考〕 浅田宗伯は勿誤薬室方函口訣に,「本方は心気を和潤して安眠させる方である.同じ不眠の治療にも三つの方法がある.心下肝胆の部分に停水があって,そのため動悸して眠れないものは温胆湯がよい.また消化不良で眠れないのは甘草瀉心湯の証である.もし,血気虚躁して眠れないのは本方である.済生の帰脾湯は本方から出たものである」といっている.
 ただし 実際には,本方の適応症はあまり多くない.

 〔応用〕 不眠症,嗜眠症.

 〔鑑別〕 湿胆湯の項 参照


『和漢薬方意辞典』 中村 謙介著 緑書房刊
酸棗仁湯                  [金匱要略]

【方意】
気による精神症状としての不眠・不安・繊憂細慮等と、虚証による疲労倦怠・衰憊等と、上焦の熱証燥証による生中煩悶等のあるもの。時に肺の水毒を伴う。
《少陽病から太陰病.虚証》

【自他精症状の病態分類】

気による精神症状 虚証 上焦の熱証・燥証 肺の水毒

主証

◎不眠
◎不安
◎繊憂細慮
◎疲労倦怠
◎衰憊
◎心中煩悶

  客証

◯頭痛 頭重
◯健忘
目眩
心悸亢進 驚悸
多夢 嗜眠
◯顔色不良
◯盗汗
貧血
◯身体枯燥
◯口燥
煩躁
身熱
咳嗽
軽度の呼吸困難

【脈候】 やや軟・やや弱・弱数・沈・沈微紙:沈弱

【舌候】 湿潤して無苔。

【腹候】 腹力やや軟から明。臍上悸・臍下悸がある。

【病位・虚実】気による精神症状が中心的病態である。本方意の精神症状は発揚性が少なく陰証を帯びるが、上焦の熱証・燥証があるため、陽証であり少陽病に相当する。熱証・燥証が強くなく陰証が前面に出る場合は太陰病に相当する。脈力および腹力は低下し、自他覚的に虚証である。

【構成生薬】酸棗仁15.0 茯苓3.0 川芎3.0 知母3.0 甘草1.5

【方解】酸棗仁には神経疲労を補い鎮静作用があり、気による精神症状の不眠・不安・多眠・健忘に用いる。知母は寒性の解熱・止渇・鎮静薬で滋潤作用もあり、上焦の熱証・燥証の心中煩悶・身体枯燥・口燥・煩躁に対応する。茯苓は本来利尿作用が主であり肺の水毒に有効であるが、本方のように酸棗仁と組合せると、これを助けて鎮静作用が強く働く。川芎は温補性の補血薬で虚証に対応し、顔色不良・貧血を治す。川芎には同時に鎮静作用もあり、酸棗仁・茯苓を助けている。更に川芎には利水作用もあって茯苓に協力する。甘草は諸薬の作用を増補し調和させる。

【方意の幅および応用】
   A 
気による精神症状:不眠・不安・繊憂細慮を目標にする場合。
     不眠症、ノイローゼ、健忘症、嗜眠症、出血や貧血等に伴う神経衰弱、驚悸
   B 虚証:疲労倦怠・衰憊等を目標にする場合。
     疲労倦怠状態、盗汗
   C 上焦の熱証・燥証:心中煩悶・身熱等を目標にする場合
     身熱

【参考】*虚労、虚煩して眠るを得ざるは酸棗仁湯之を主る。
    *此の方は心気を和潤して安眠せしむるの策なり。同じ眠るを得ざるに三策あり。若し心下肝胆の部分にあたりて停飲あり、これが為に動悸して眠るを得ざるは温胆湯の症なり。若し胃中虚し、客気膈に動じて眠るを得ざる者は甘草瀉心湯の症なり。若し血気虚燥、心下亢りて眠るを得ざる者は此の方の主なり。『済生』の帰脾湯は此の方に胚胎するなり。『千金』酸棗仁湯、石膏を伍する者は、此の方の症にして餘熱ある者に用ゆべし。
『勿誤薬室方函口訣』

    *本方は「虚労、虚煩、眠るを得ず」の状態に用いる精神強壮剤である。酸棗仁は催眠には炙ったものを使用し、覚醒には炙らず生のままで用いるとされる。
    *本方で下痢することがあり、酸棗仁の油性成分によると考えられる。続服すれば下痢は止むが、生姜4.0gを加えても良い。



疲労して眠れぬ場合
 疲れるとかえって眠れない人がある。また疲れが度を越すと眠れないことがある。眠れないから余計に疲れる。疲れるからますます眠れない。眠っても夢ばかりみている。
 筆者はかかる患者に酸棗仁湯を用いて効顕を得ている。早ければ早いほど簡単に癒る。眠れない場合にも色々ある。例えば興奮して眠れないことがある。このような場合には酸棗仁湯は効がない。瀉心湯を用いなければならない。酸棗仁湯は疲れていくら眠ろうと努力しても眠れぬ時に用いる薬である。だから大病後心身が疲労して眠れない時、忙しい仕事が続いて心身の疲労が重なって眠れない時等に用いて良い。一種の神経の強壮薬であるから1日3回に服用しても、朝呑んだから眠くて仕事ができぬということはない。また翌朝睡眠から醒めた時の気分は頗る爽快で、また長期にわたって服用したからとて中毒や習慣になることはない。殊に面白く思うのは神経衰弱症に伴う盗汗が本剤で簡単に癒ることである。吉益東洞は1患者が昏々として睡眠より醒めないのに、この方を与えて治したといい、この薬方が単なる睡眠薬でない証拠として興味がある。   大塚敬節『生薬治療』11・8,9合併号

【症例】発熱後の不眠
      40幾つかの婦人の方です。発病して5日目位に往診しました。発熱して39.5°Cで咳があり、幾分胸苦しく、右下葉にラッセル著しく濁音を呈していました。脈は浮で弱く、自汗があり、ぐったりとしていて、尿も少なく、口渇があるので、私は初め柴胡桂枝乾姜湯をあげたところ、2日分で熱は37°Cに下がりました。しかし3日目から譫語を発して何かの幻想に悩まされるようで、ほとんど一睡もできず、腹力なく、臍傍の動悸がありました。すなわちこれは不眠症によるものと思い柴胡加竜骨牡蠣湯と酸棗仁湯の合方で落ち着きました。
                                   矢数道明『漢方と漢薬』8・6・51


(補)
衰憊(すいはい):おとろえ弱ること




【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html

2010年11月13日土曜日

葛根湯(かっこんとう)とインフルエンザ・風邪 効能 効果 副作用

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
9.葛根湯 傷寒論

葛根8.0 麻黄4.0 生姜4.0(乾1.0) 大棗4.0 桂枝3.0 芍薬3.0 甘草2.0

(傷寒論)
○太陽病,項背強几几,無汗悪風,本方主之。(太陽中)
○太陽与陽明合病者,必自下利,本方主之。(太陽中)
(金匱要略)
○太陽病,無汗而小便反少,気上衝胸,口噤不得語,欲作剛痙,本方主之。(痙)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
頭痛,発熱悪寒して自然発汗がなく,項,肩,背などがこるもの。慢性の歯痛,鼻づまり,蓄膿症,肩こり,神経痛などには発熱,悪寒がなくても用いる。本方は急性の感冒薬としてよく用いられ,アスピリンの如き解熱作用を有するが,胃腸障害はほとんどなく,また各種急性疾患(例えば急性大腸カタル,赤痢など)初期で,発熱悪寒症状を現わす時,身体の疾病防衛力を強めるのでしばしば利用される一方,葛根,芍薬の働きを利用して,慢性の肩こりなどにも常用される。なお,感冒の頓服用には就寝前1.5ないし2.0グラムを温湯0.1リットルで服用させると,発汗して解熱する。また五苓散と併用すれば発汗作用は一層増強される。炎症疾患で化膿している場合は桔梗,石膏1回0.3グラムを加えること。
本方は盗汗を含む自然発汗がある症状には使用してはならない。このような症状の感冒には柴胡桂枝湯柴胡桂枝干姜湯などを考慮すべきである。感冒の場合,高熱を伴って身体痛や関節痛が激しい時は,本方より麻黄湯の方が適当である。本方服用後極端な食欲不振,胃痛,のぼせ,不眠などを訴える場合は不適であるから,柴胡桂枝湯小柴胡湯補中益気湯香蘇散などで治療すればよい。なお慢性疾患に使用する場合,虚弱体質には不適であるが,短期間なれば本方と小柴胡湯と合方すれば投与出来る。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
本方は急性熱性病に対して発汗解熱作用を発揮し,熱性病初期の疾病防衛力を強めるので,次のポイントを参考に応用すればよい。

(1)感冒 右記の初期症状に頓服的に服用させると発汗して解熱する。本方が適応するものは平素健康なもの,筋肉の発達したものなどに多い。

(2)麻疹 前駆期,発疹期で発熱,頭痛,悪寒などの症状を対象に用いられる。

(3)腸カタル 前記感冒や麻疹などの熱性疾患に続発する急性腸カタル,その他細菌性の急性腸カタルで,発熱悪寒,下痢,腹痛などの症候のあるものによい。

(4)中耳炎,蓄膿症,扁桃腺炎 急性の初期症状を目標に用いられているが,この場合発熱,悪寒するものと局所に熱が局限するものの両者によいが,特に局所の炎症が激しく,痛みや化膿の傾向あるものには,本方に桔梗,石膏を加えると,さらに治療効果を促進する。

(5)癰癤 発赤,腫脹,疼痛が激しく発熱,悪寒または頭痛などを伴うものに応用すると,消炎,鎮痛の効をを発揮する。化膿の傾向あるものは前項(4)に準じる今:

(6)神経痛,リウマチ 本方は主として上半身の炎症や発熱によく用いられるが,神経系疾患も偏頭痛,三叉神経痛,腕神経痛など上半身の痛みを対象にする。

(7)肩こり 発熱時の肩こり,慢性の肩こりを治す内服薬として,その効果からも重宝されている。


漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○くびから背にかけてこるのが葛根湯を用いる目標である。風邪をひいたときでも、この症状がなければ葛根湯は用いない。こんな症状があって頭痛とさむけと熱があり,脈が浮で力があり,汗が自然に出ないようならば、この方を用いてよい。
○葛根湯は破傷風のような症状のものに,古人は用いている。また大腸炎や赤痢の初期に用いる。この場合には,さむけを伴う熱としぶり腹の下痢があり,脈は浮で力がある。もし脈が弱ければ桂枝加芍薬湯を用いる。葛根湯で発汗すれば,頓挫的に病状が軽快する。もしその後なお腹痛下痢がつづくようなら,黄芩湯大柴胡湯,芍薬湯などが用いられる。
○以上のほか葛根湯は湿疹,癤,神経痛,結膜炎,肩こりなどにも用いられる。
○江戸時代の人が「横なで」の症といって,小児が舌をペラペラと出して口のまわりをなめまわすような状態があれば,これを用いると効くと村井琴山は言っている。私もこれにヒントを得て試用したが三週間ほどで全快した。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○脈が浮で力持;あり,自汗がなく,悪寒,発熱,頭痛がして,くびすじや背中がこわばるもの。これを項背強急という。これはまた,体温上昇がないときにも用いられる。
○脈が浮で力があり,自汗がなく,悪寒,発熱して下痢するもの。このとき尿量が減少す識ことがある。熱のあるときの葛根湯証の脈は浮数で力があるものである。
○体表の炎症や化膿の初期で,発熱して痛み,まだ発赤,腫脹のはっきりあらわれないものによい。四肢の痛みの軽いものによい。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は感冒薬として知られているが,感冒の如何なる時期,如何なる症状に対して用いるべきかを知る者は少い。本方を感冒に応用するには太陽病で次の症候複合のあるものを目標とする。即ち悪寒,発熱,脈は浮いて触れ易く緊張し,項部,肩背部の緊張感等のある者である。この場合の悪寒は何時も身体がゾクゾクと寒気を覚えるものを指す。彼の時間を限って悪寒が来り,また去る者と区別しなければならない。葛根湯は感冒薬であっても前述の症候複合を現わさない場合には適当しない。これに反して感冒でなくても前述の症候複合を現わす場合は葛根湯の指示となる。これによって本方は次の諸疾患に応用される。
(1)結膜炎や赤痢の初期で悪寒,発熱して浮緊の脈を現わすことがある。その場合に本方を用いると悪寒が去り同時に下痢や裏急後重も緩解する。
(2)葛根湯には項背部の緊張感を治する効がある。これに関連して能く上半身の炎症を軽快させる。故に眼,耳,鼻の炎症,即ち結膜炎,角膜炎,中耳炎,蓄膿症,鼻炎等に屡々応用される。この場合は悪寒,発熱は必ずしも重要ではない。脈状は参考とする必要がある。
(3)その他肩凝り,肩甲部の神経痛,化膿性炎の初期,蕁麻疹等に応用される。本方は胃腸虚弱者に用いると,時に嘔心・食欲不振を来すことがある。本方の組立てを考えるに,桂枝湯に麻黄と葛根が加味されたものである。麻黄の加味によって本方は桂枝湯よりは血管を拡張し,血行を盛んにし,発汗させる力が強い。葛根は項背部の緊張感を緩める効がある。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 1. 発熱,悪寒あるいは悪風,僧帽筋の範囲における筋肉緊張,脉浮数緊を目標にする。これは傷寒論太陽病中篇
「太陽病,項背強ること几々汗無く悪風するもの」に基ずくもので,太陽病は体表に熱のある状態をさし,発熱症状を伴い,項背部が緊張するとはだいたいにおいて僧帽筋の範囲だが,後頭部に及ぶこともあり,頭痛としてあらわれることもあり,項や肩のこともある。たいてい自覚的にも化覚的にも之を認める。肩胛骨間腔に緊張がおよぶことは割合に少なく,腰まで及ぶことはない。もし腰まで及んで痛むようなら麻黄湯の適応証になる。悪風は風にあたると気持が悪い感じで,知覚過敏を示す。しかし臨床的には悪寒であってもかまわない。以上の条件があれば,感冒,流感,気管支炎,はしか,闘争,脳膜炎,リンパ腺炎,扁桃腺炎,丹毒,猩紅熱,その他の急性伝染性熱病のほとんどすべての場合に葛根湯は使用される。但し,使用し得る時期は発病後1~2日ぐらいのことが多い。それ以後でも前記適応症さえ具えていればもちろん使ってよい。(後略)

運用 2. 熱がなくて項背部緊張によって使う場合。
この場合は脉は浮緊が原則だが,浮はさほど著明でなくただ緊だけのこともある。しかし沈ではなく,沈だと効かない。項背強が著明に自覚されているときと,そうでなく,他の主訴が強調される余り,項背強は,こちらから糺さねばならぬときがあるから注意を要する。この用法に従うのは肩こり,四十肩,歯痛,蓄膿症(但しあまり慢性になっているものは原方だけでは奏効し難いから濃い膿には桔梗3.0を加え,のぼせて便秘するものには川芎3.0,大黄2.0を加える) 中耳炎(蓄膿症と同様)などである。(中略)

運用 3. 項背と限らず,身体のとこでもかまわないが,主に上半身における限局性の化膿性浸潤に使う。その場合目標になるのは,やはり運用1.2.の所見である。すなわち発熱,悪寒,頭痛などの症状を伴い脉浮数緊であるか,あるいは発熱症状がなくとも,脉浮緊であるかによる。発疹は赤味が腫脹は硬い。たとえば皮膚炎,急性湿疹,ジンマ疹などの皮膚病で分泌物がないか(無汗とみる)あるいは極く僅少で痂皮又は浸潤が著明のもの(しこりとみる)。
皮下膿瘍,筋炎,蜂窩織炎,リンパ腺炎,リンパ管炎,面疔,背癰など。(中略)

運用 4. 発熱して悪寒あるいは頭痛し,且つ下痢するものに使う。この場合の下痢は裏急後重することが多い。従って急性大腸カタルや赤痢の発病の初期に使う。たいてい1日か2日で治ってしまう。脉はやはり浮数緊である。この使い方は傷寒論太陽病中篇の「太陽と陽明の合病は必ず自下痢す。」に基ずいたものである。太陽病は前記の通り表熱の状態,陽明病は裏熱の状態で,消化器が熱実して腹満便秘あるいは下痢を起す。表と裏との状態が同時にあれば,先表後裏の法則で先ず葛根湯の如き発表剤を使うことになっている。それで表証も裏証も一ぺんにとれて治るのだが普通だが,もし表証だけはとれたが裏証が残ったとすれば,その時はじめて下剤を使うことにする。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
陽実証の体質のものが感冒その他の熱性病にかかり,いわゆる太陽病を発して,悪寒,発熱,項部および肩背部に炎症充血症状が起こって緊張感があり,脈は浮んで力がある。このような一連の症候複合を呈したときに用いる。またこれらの適応症から転じて種々の無熱性の難病にも広く応用される。


勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方外感の項背強急に用ることは五尺の童子も知ることなれども,古方の妙用種々ありて,思議すべからず。譬えば,積年肩背に凝結ありて,其の痛み時々心下にさしこむ者,此方にて一汗すれば忘るるが如し。又独活,地黄を加えて産後柔中風(偏側麻痺)を治し,又蒼朮,附子を加えて肩痛臂痛(50肩,40腕)を治し,川芎大黄を加えて脳漏(上顎洞炎)及び眼耳痛を治し,荊芥大黄を加えて疳瘡,梅毒を治すが如き,其効僂指(指おりかぞえる)しがたし。宛も論中合病下利に用い,痙病に用いるが如し。


漢方診療の實際』 大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎著 南山堂刊
葛根湯
本方は感冒薬として知られているが、感冒の如何なる 時期、如何なる症状に対して用いるべきかを知る者は少い。本方を感冒に応用するには、太陽病で次の症候複合のあるものを目標とする。即ち、悪寒・肩背部の 緊張感等のある者である。この場合の悪寒は何時も身体がゾクゾクと寒気を覚えるものを指す。彼の時間を限って悪寒が来り、また去る者と区別しなければなら ない。葛根湯は感冒薬であっても前述の症候複合を現わさない場合には適当しない。これに反して感冒でなくても前述の症候複合を現わす場合は葛根湯の指示と なる。これによって本方は次の諸疾患に応用される。
(一)結腸炎や赤痢の初期で悪寒・発熱して浮緊の脈を現わすことがある。その場合に本方を用いると悪寒が去り同時に下痢や裏急後重も緩解する。
(二)葛根湯には項背部の緊張感を治する効がある。これに関連して能く上半身の炎症を軽快させる。故に眼・耳・鼻の炎症、即ち結膜炎・角膜炎・中耳炎・蓄膿症・鼻炎等に屡々応用される。この場合は悪寒・発熱は必ずしも重要ではない。脈状は参考とする必要がある。
(三)その他肩凝り、肩甲部の神経痛、化膿性炎の初期、蕁麻疹等に応用される。
本方は胃腸虚弱者に用いると、時に嘔心・食欲不振を来すことがある。
本方の組立てを考えるに、桂枝湯に麻黄と葛根が加味されたものである。麻黄の加味によって本方は桂枝湯よりは血管を拡張し、血行を盛んにし、発汗させる力が強い。葛根は項背部の緊張感を緩める効がある。



『漢方精撰百八方』  日本漢方医学研究所
37.[方名]葛根湯(かっこんとう)

〔出典〕傷寒論

〔処方〕葛根8.0 麻黄、生姜、大棗各4.0 桂枝、芍薬各3.0 甘草2.0

〔目標〕証には、項背強急し、発熱、悪風し、汗無く、或いは喘し、或いは身疼む者とある。即ち発熱、悪風し、項背から頭にかけてこわばり凝り、汗が出ないで、喘し、身体が疼む者に適用する。その他、小便不利、上衝、下痢、口噤等の症の加わることがある。脈は浮、緊、数がふつうである。

〔かんどころ〕悪寒、悪風があって発熱し、背すじから項にかけてこわばり、汗が出ないで脈は浮で力があるものに適用する。筋肉や筋がこわばり、強ければ痛み、更に激しければ痙攣する状態があることを一特徴とする。麻黄湯の身体疼みは関節等疼痛するというので、深く強い。葛根湯の疼みはそれより表在している形である。

〔応用〕漢方薬の代表といってよい薬方であるが、風邪ばかりでなく、実に応用範囲の広い薬方である。熱のある場合は、目標の如き症状を具えているが、熱が無くても、筋肉の強直を目標として用いたり、急性、慢性の化膿性疾患に用いたり、実にさまざまな用途がある。
(1)感冒の初期で、目標に上げた症がある時は、先ずこの方を与えて発汗するのがよい。十分に発汗させないとうまくいかない。汗が出ないで尿が多量に出て解熱する場合もある。
(2)下痢の初期で、悪寒、発熱し、脈浮数のものに適用する。これは「太陽と陽明との合病にして、自下痢する証」に当たる場合であることが多い。流感のある種のものには下痢を伴う場合があるが、葛根湯がよく奏効する。なお、感冒で、葛根湯を用いる場合で、胃の弱いもの、嘔気を伴うものには加半夏湯(半夏6.0)にするがよい。
(3)麻疹、疫痢その他の熱性病の初期で、目標の症のあるもの。
(4)肩背痛のあるもので、脈浮数の者。又、肩、肩甲部の神経痛に用う。加朮附にして用いて効を得ることが多い。
(5)脳膜炎、或いは破傷風の類で、その初期、脈浮数、口噤、筋強直を伴うもの。
(6)歯痛、歯齦腫痛、咽喉腫痛、中耳炎初期の疼痛等に用いる。加石膏にすることがある。
(7)諸種の皮膚病、湿疹、疥癬、蕁麻疹、風疹、湿出性体質の小児等に適用する。局所が赤く腫れ、熱感があるものにはよく奏効する。蕁麻疹には最もよく用いられる。石膏、桔梗、薏苡仁等を加味することが多い。
(8)フルンケル、カルブンケル等の化膿性疾患の初期、発熱、悪寒、腫痛等の前記の目標を具えたもの。桔梗、石膏を加味することが多い。
(9)気管支喘息。感冒等に誘発された喘息発作に用いる。
(10)副鼻腔炎、肥厚性鼻炎、臭鼻症、嗅覚障害等に適用する。副鼻腔炎には、最もよく用いられる薬方の一つで、桔梗、薏苡仁、辛夷、川芎等を加味する場合が多い。なお、葛根加朮附湯、苓朮附湯にして奏効する場合もある。
(11)るいれき等には、証により反鼻を加えて用いる。
(12)眼科疾患では、麦粒腫、眼瞼縁炎、急性結膜炎、急性角膜炎、虹彩炎等、炎症症状を伴うものに頻用される。加味薬は、石膏、桔梗、薏苡仁、反鼻、朮、附子、川芎等である。
伊藤清夫


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
4 表証
表裏・内外・上中下の項でのべたように、表の部位に表われる症状を表証という。表証では発熱、悪寒、発 汗、無汗、頭痛、身疼痛、項背強痛など の症状を呈する。実証では自然には汗が出ないが、虚証では自然に汗が出ている。したがって、実証には葛根湯(かっこんとう)・麻黄湯(まおうとう)などの 発汗剤を、虚証には桂枝湯(けいしとう)などの止汗剤・解肌剤を用いて、表の変調をととのえる。

2 葛根湯(かっこんとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔葛根(かっこん)八、麻黄(まおう)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各四、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、つぎにのべる桂枝湯に葛根、麻黄を加えたもの、また、麻黄湯の杏仁(きょうにん)を去り、葛根、生姜、大棗を加えたものとして考えら れる。本方は、麻黄湯についで実証の薬方であり、太陽病のときに用いられる。本方證では汗が出ることなく、悪寒、発熱、脈浮、項背拘急、痙攣または痙攣性 麻痺などを目標とする。発熱は、全身の発熱ばかりでなく、局所の新しい炎症による充実症状で熱感をともなうものも発熱とすることがある。また、皮膚疾患で 分泌が少なかったり、痂皮を形成するもの、乳汁分泌の少ないものなどは、無汗の症状とされる。本方は特に上半身の疾患に用いられる場合が多いが、裏急後重 (りきゅうこうじゅう、ひんぱんに便意を催し、排便はまれで肛門部の急迫様疼痛に苦しむ状態)の激しい下痢や、食あたりの下痢などのときにも本方證を認め ることがある。本方の応用範囲は広く、種々の疾患の初期に繁用される。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、葛根湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
一 赤痢、チフス、麻疹、痘瘡、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 急性大腸炎、腸カタル、腸結核、食あたりその他の胃腸系疾患。
一 五十肩、リウマチその他の運動器系疾患。
一 皮膚炎、湿疹、じん麻疹その他の皮膚疾患。
一 よう、瘭疽などの疾患。
一 蓄膿症、鼻炎、中耳炎、結膜炎、角膜炎その他の眼科、耳鼻科疾患。
一 そのほか、リンパ腺炎、リンパ管炎、小児麻痺、神経痛、高血圧症、丹毒、歯齦腫痛など。
葛根湯の加減方
〔葛根湯に辛夷、川芎各三を加えたもの〕
(2) 葛根湯加桔梗薏苡仁(かっこんとうかききょうよくいにん)
〔葛根湯に桔梗二、薏苡仁八を加えたもの〕
(3) 葛根湯加川芎大黄(かっこんとうかせんきゅうだいおう)
〔葛根湯に川芎三、大黄一を加えたもの〕
(4)葛根湯加桔梗石膏(かっこんとうかききょうせっこう)
〔葛根湯に桔梗二、石膏一○を加えたもの〕
以上四つの加減法は、葛根湯證で頸から上の充血、化膿症を治すもので、蓄膿症、中身炎、咽喉疼痛、眼病一般その他に用いられる。
その中で、辛夷川芎や桔梗薏苡仁の加減は鼻疾患に多く用いられ、桔梗薏苡仁のほうは、特に化膿の激しく、膿汁の多いものに用いられる。川芎大 黄の加減は、炎症が激しく、膿も多く、痛みも強いものである。桔梗石膏の加減は、鼻炎の初期のように炎症によって患部に熱感のあるもので、化膿はそれほど 進んでいない。
(5) 葛根加半夏湯(かっこんかはんげとう)
〔葛根湯に半夏四を加えたもの〕
葛根湯證に嘔吐をかねたものである。
(6) 葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)
〔葛根湯に朮三、附子一を加えたもの〕
葛根湯證で、痛みが激しく、陰証をかねたものに用いられる。したがって、腹痛を伴うことがある。本方は、附子と麻黄、葛根、桂枝などの組み合 わさった薬方であるため、表を温め表の新陳代謝機能を高めるが、本方證には身体の枯燥の状は認められない。特に神経系疾患、皮膚化膿性疾患に、本方證のも のが多い。



『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
葛根湯

さて葛根湯は、以上に述べて来た桂枝湯に葛根・麻黄の二味が加わったものであるが、桂枝湯とは明らかにその趣きが異なっており、桂枝湯のように汗腺機能を調整するにとどまらず、発汗作用のあることが考えられる。しかし、その発汗作用は麻黄湯のように激しくはない。したがって臨床にあたって使いやすく、本方でカゼの大方は治すことができる。あまりに使いやすいので、安易に使われ、「カゼには葛根湯」と言われたり、また無批判にこれを用いる医者は「葛根湯医」と言われて嘲笑されたりしたわけであるが、やはり真に治療成績を挙げる然めには葛根湯の用い方を正しく心得ていなければならない。

葛根湯



〔傷寒論〕 〔細野常用一回量〕

葛根 Puerariae Radix 四両 3.2g

麻黄 Ephedrae Herba 三両、節を去る 1.0g

桂枝 Cinnamomium Cortex 二両、皮を去る 2.0g

生姜 Zingiberis Rhizoma 三両、切る 0.8g

甘草 Glycyrhizae Radix 二両、炙る 0.3g

芍薬 Paeoniae Radix 二両 3.0g

大棗 Zizyphi Fructus 十二枚、擘く 5.0g

右七味。以水一斗。先煮麻黄葛根減二升。去白沫。内諸薬。煮取三升。去滓。温服一升。覆取微似汗。餘如桂枝法。将息及禁忌。諸湯皆倣此。
(右七味、水一斗を以って、先ず麻黄、葛根を煮て、二升を減じ、白沫を去り、諸薬を内れ、似て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。覆って微似汗を取る。餘は桂枝の法の如く、将息及び禁忌す。諸湯皆此れに倣う。)



構成生薬のうち麻黄以下の六味はすべて述べたので、ここには葛根のみについて解説する。

葛根
マメ科(Leguminosae)のクズPueraria lobata OHWI またはPueraria lobata OHWI Chinensis OHWIの周皮を除いた根を用いる。澱粉を10~15%を含み、またフラボノイド類のdaizin, daidzein,puerarin などを含む。また近年、生体内神経伝達物質であるアセチルコリンを含んでいることが証明された。
葛根の薬能は、『本草備要』では「胃の気を鼓し、上行し、津を生じ渇を止める」「腠を開き、汗を発し、肌を解し、熱を退く。脾胃虚弱、泄瀉を治す聖薬となす」とあり、古来、発表薬として発汗・解熱の作用を有し、また消化器系に働いて鎮痙作用を有し、下痢を止める。また、葛根は特に身体上部の血行をよくする働きがあると思われる。
薬理実験でも解熱作用が認められ、この作用は、皮膚血管を拡張して体表からの熱放出を促進するとともに、呼吸を促進し、肺からの水分受出を増して熱放出を促進することによるようである。
また葛根中には、平滑筋臓器に対して鎮痙または弛緩作用を示す分画と、反対に収縮作用をもつ分画が存在し、前者はフラボノイド類、後者はアセチルコリンがその作用成分として認められ仲いる。この版うに一つの生薬に相反する作用をもつ成分が存在することは、しばしば見られることである。したがって他の生薬と組み合わさって、一方の作用が増強され、他方が減弱されるなどにより、薬方によって多方面の作用が発現してくるものと思われる。
また近年、中国では、葛根のフラボノイドの循環器系に対する作用に注目し、薬理実験と臨床検討を並行して行なっている。まず動物実験においてフラボノイドは、血圧の安定化、脳内血流増加、冠状動脈血流増加、血管抵抗の減少、心筋酸素消費量の減少などの作用が認められ、また実験的に作った狭心症および心筋梗塞モデルに対しても有効性を認めている。この薬理結果にもとづき、葛根の製剤を臨床に応用した結果、狭心症、心筋梗塞などに一定の効果を認めている。
また、葛根は昔から胃熱をとるものと考えられていて、飲酒などによって起こったような急性胃炎の症状を治す作用がある。



麻黄が入っていることは、桂枝と協力して発汗性を強めることを示している。したがって『傷寒論』では「太陽病。項背強几几。無汗悪風。葛根湯主之。」と言い、太陽病の状態で、背中、首筋が激しく強ばり、悪風発熱があるが、汗が全く出ないときには、葛根湯をもって治すことができることを示しているのである。脈状の記載がないが、言うまでもなく脈は浮であり、数であり、かつ緊の性質を帯びることが多いわけである。
一般に、カゼ気味で、肩が凝り、頭が痛く、寒気がして、汗の出ていないときは、これを一服のむと発病に至らず、簡単に治るものである。それでも気分のよくならぬときは、一~二時間おいて、さらに一服飲むとよく効くものである。
『傷寒論』の条文に「太陽与陽明合病。不下利。但嘔者。葛根加半夏湯主之。」(太陽と陽明の合病、下痢せず、ただ嘔する者は、葛根加半夏湯之を主る。)とあるように、太陽病の時期で、同時に陽明病の症状があり、嘔気を催すときは半夏を加える。またカゼで扁桃炎を伴うときなどにも、この加味方がよく効く。
また「太陽与陽明合病者。必自下利。葛根湯主之。」(太陽と陽明の合病は必ず自下利す、葛根湯之を主る。)とあって、消化器障害、ことに下痢を伴うカゼにも葛根湯はよく効く。『傷寒論』では、太陽・陽明の合病で下痢する場合は葛根湯が主方であると言っている。



ついでにここで、脈の「浮」「緊」について少しく考えておくことにしよう。血管壁の一部は平滑筋より成っているが、平滑筋は骨格筋と同じように緊張していると考えられ、これらの筋肉の緊張度はまたその個体の活力を或る程度あらわす。皮膚にある汗腺もまた、血流の状態によって、発汗能に影響を及ぼす。つまり、脈緊の状態は、血管壁の緊張度の高まっているときであり、そのときは発汗能も低下していると考えられる。故に、葛根湯はこの緊張を緩めることになるのである。しかし、桂枝湯の脈である「浮緩」のように、血管壁の緊張度が低下している状態では、葛根湯よりも前述の桂枝加葛根湯を用いるのがよい。もしも桂枝湯証のような虚脈の人に葛根湯を用いると、ちょうど虚弱者にアスピリンを使ったときのように、汗が漏れて止まない状態に陥り、桂枝加附子湯の出馬を仰がねばならない状態に至ることもある。


葛根湯の臨床応用

以上の葛根湯の症状中、最も大切で特異な点は、後頭部、項、肩、背中の強ばりである。そしてこの主症状を目標に、急性の太陽病だけではなく、慢性疾患にも応用することができる。

〔一〕 副鼻腔炎、蓄膿症
慢性病の中で葛根湯を応用し得る疾患としては、まず副鼻腔炎、蓄膿症がある。
蓄膿症がある場合には、しばしば肩が凝り、後頭部が重く感じられたり痛んだりする。すなわち葛根湯の病状とよく似た状態を呈する。このようなときは、葛根湯だけでもよいが、頭痛のある者には川芎を加え、便通を整える意味でさらに大黄を加えることがある。消化管粘膜と鼻の粘膜とが密接な関係にあることは、臨床上しばしば経験するところで、過食や飲酒によって鼻閉を起こすことからも想像される。
したがって漢方で胃の熱をとると言われている葛根に、消化管内の毒性の消化残滓を瀉下して除く大黄を加えることは、副鼻腔炎にも好影響を及ぼすことになる。さらに一層よく効かすには、鼻の特効のある辛夷を加える。また、鼻汁が膿状となり治りにくいときは薏苡仁を加える。葛根湯で蓄膿症を治療しているうちに、皮膚の色が白くなって喜ばれたことが時にあるが、これも心の隅に覚えておいてよいことである。

〔二〕 脳炎や痙攣性の疾患
次に後業部の凝りを来たす疾患として慢性蜘蛛膜炎や脳炎などの初期にも応用される。私は、かつて、高熱を発し、激しい頭痛、悪心のある小児で脳膜炎を疑われるものに、葛根加半夏湯を与え、烏梅丸を兼方として用いたところ、服薬一貼で頭痛、発熱の大半がとれ、二貼で蛔虫を吐き出して解熱し、脳炎様症状も跡かたもなく消失した、という面白い治験例をもっている。
このように、葛根湯は脳炎様症状にも用いられるが、『金匱要略』の「痙湿暍病篇」に協、これが痙病すなわち破傷風や狂犬病などのような痙攣性疾患に用いられる機会のあることを述べている。
また赤痢や大腸炎の初期に応用する機会があり、その初期に、太陽病、陽明病の合病の状態で、裏急後重を伴う粘液や膿血便が頻回に排泄されるときに、葛根湯を与えると、軽く発汗したと思うまもなく、今まで一〇~三〇分間隔にあった便意も去り、膿血便もいちじるしく軽減していく。この場合に葛根湯に黄連・黄芩を加えると、さらによく効くようである。黄連中のアルカロイドであるベルベリンは強い抗菌作用のあるものである。

〔三〕 高血圧症
また、高血圧症の場合に、肩の凝りや頭痛を目標として本方を用いることがある。高血圧症の一部には、末梢血管の収縮による抵抗増大によって起こるものがあり、その場合、血管の収縮を緩める薬物を含む葛根湯を用いることは理に叶ったことであるが、特に頭痛や肩こりのように、カゼの初期の太陽病の症状と似た状態の場合に用いて効果があるのは、病的反応を起こしている生体を正常にもどすことにより、血圧を下げるからである。したがって葛根湯による治療は、世上の単なる血圧降下剤によるものとは趣が異なっているのである。この高血圧症の場合も、しばしば便秘がちであるので、大黄または芒硝を加えた方がよいことがある。或る高血圧症の患者は、カゼの始めに与えた葛根湯の粒剤で、体の調子もよく、ことに熟睡できて朝の起床時の気分が爽快になることを発見し、あたかも睡眠薬のように愛用していた。


〔四〕 酒の酔い、試験勉強に
また、酒に酔って肩や項の強く凝る人に葛根湯が効くということを、酒をたしなむ人々は、ちょっと覚えておくとよいだろう。それから、これは最初は患者自身の見出した応用であるが、試験勉強をする学生が、夜更かししても、葛根湯の粒剤を飲んでおくと頭が疲れないということで、試験の時期になると葛根湯を貰いにくる、というようなこともある。

〔五〕 皮膚疾患への応用
次に大切なことは皮膚疾患への応用である。和田正系先生の話によると、大概の皮膚病に応用して効果が挙がるということである。その理由は、葛根湯の発表作用によるものと考えられる。だから、蕁麻疹の初期、発赤、腫脹、掻痒のある場合にも、よく効く。なお湿疹のうち特に治療効果があるのは、いわゆる胎毒という種類のもので、頭瘡を主とするいわゆる「くさ」である。吐乳を伴う場合には、半夏を加え、便秘のある場合には大黄を加え、また荊芥を加えてもよい。
皮膚病のうち、湿疹はアトピー性体質の疾患の一つと考えられるが、一般的に漢方は、その体質を改善しつつ治療する優秀性がある。

〔六〕 肩こり、その他の肩の筋痛
肩こりに対しては、もちろん有力な薬方である。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』にもあるように、積年の肩背凝結があって、その痛みがときどき心下に刺し込むものに、本方で一汗かかせると忘れるようになくなった、というほどの卓効を現わすことがある。
寝ちがいと俗称される状態や肩の筋痛の場合にも葛根湯が応用されるが、これに地黄・独活を加えて用い、それを独活葛根湯と称する。この方は産後の柔中風という手足の運動の麻痺を来たしたものにもよい。
葛根湯に蒼朮・附子を加えると、頑固な三叉神経痛や肩臂の神経痛(五十肩)、むちうち損傷、リウマチ様疼痛にもよく効く。
頸筋は腰とともに力学的負担の多いところで、神経反射的にも種々の臓器の反射が筋の凝りとなって現われやすいところであり、筋の凝りが二次的にもまた種々の障害を起こすものである。筋の硬直が血行障害を起こすためか、眩暈などをよく伴い、しばしば本方に真武湯(第八講詳述)の合方、すなわち葛根湯加茯苓白朮附子のゆく状態が現われる。

葛根湯の治験例

〔症例 1〕 左三叉神経痛(女子)
一昨年、左の頬にひどい三叉神経痛が起きた。医者は歯からきているのだと言って、歯を次から次と全部抜いてしまったが、一向によくならなかった。それでも口腔内や歯齦、顔面など各所に注射をしてもらっているうちに、いつとはなく治ってしまった。
今度の病気は、昨年秋からのことだが、前回同様の左三叉神経痛で、痛みは前回以上に激しかった。きれいな唾液が絶えず口の中で滾々と湧くが、痛みのために口も動かせず、呑み込むことも吐くこともできない。
現在、或る神経痛専門の医者にいろいろと親切に治療してもらっているが、いまだにあまり好転しない。この頃では、頭も痛むし、口唇にちょっとさわっても電気にでも触れたようにひどく痛む。口は少ししか開かないので、話すことも思うにまかせないし、食事もただ液状のものだけで、固形物は噛むことも飲み込むこともできない。また、このようになってから、両肩、ことに左がひどく凝るという。
病人は、皮膚、顔面とも蒼白く艶のない水太りの感じである。脈は沈み気味の小さい弦緊数で、ことに右関上の脈が弱い(脾虚の脈)。右脾兪に圧痛がある。舌は厚い白苔があり、よく湿っている。腹は、診るといつも痛い痛いと騒ぎ、ことに横臥させると痛みは強くなり、ゆっくり腹診もできない。たた腹壁はやや脂肪と水で膨満し、左下腹部の隅の皮膚がひどく過敏である。小腹急結(桃核承気湯証の腹候)とみた。
そこで手早く、左頬車、左右の列欠などに置針、右脾兪に皮内置針、厥陰兪(両側)に灸を施した。痛みは直ちにやや軽快した。
そして、葛根湯加蒼朮附子(葛根四・五 麻黄二・五 桂枝三・〇 芍薬四・七 甘草二・〇 大棗三・〇 生姜四片 蒼朮五・五 附子一・〇各g)(以上、一日量)を煎剤として与えた。
二日後、やや好転の兆しが出る。薬が効いたのか、針灸が効いたのか明らかではないが、灸をもう少し、両側の陽陵泉、臨泣、胆兪へも増してみた。ところが、かえって悪化してきた。すなわち針灸による刺激が多過ぎたにちがいない。
同じく葛根湯加蒼朮附子を分量比を少し変えて(蒼朮八・二五 附子一・五 生姜五片 葛根七・〇 麻黄四・〇 桂枝五・〇 芍薬七・〇 甘草一・五 大棗四・五各g)を一日量として二週間分を与えておいた。
その後、東京からひどく喜びの電父がかかった。さしもの激しい三叉神経痛も、あれ以来漸次鎮静して、この頃ではほとんど普通に食事も話もできるようになった。しかし、時にちょっとした拍子にピリリと痛むことがあるとのことである。そこで前方三週間分送ったが、再び、私が東京で診たときは、九分通り以上によくなっていた。そして次の一ヵ月後は忘れてしまったように治っていた。(東京診療所にて)

〔症例 2〕 右三叉神経痛(女子)
数年前、右頬や軟口蓋、口唇などが痛み、それが頭の方へも放散したことがあった。その後、こんな神経痛が一年に数回起こるのだが、そのつど注射で治る。こんなことで三年前に上の歯を全部抜いてしまったのだが、その後しばらくは痛まなかった。ところが、今年の二月頃、例の痛みが起こり始め、話をしても、上を向いても寝ても痛む。今度はいろいろと注射をしてもらうのだが、少しもよくならず、近頃ひどくやせてきた。
特徴は、肩がひどく凝ること、食欲はあり、大便は一日一回。睡眠はよい。中背で少し太り気味で、両頬に細絡がつよいので(とくに右側)一見赭ら顔のようである。
脈―沈・小・弦・数、按じて弱。
舌―右奥のところどころに帯黄白色の厚い苔がある。やや湿り気味。
腹―小腹急結の腹候があるほか、特記すべきことはない。
両肩で僧帽筋の上部広範に高度の筋肉の攣急がある。
よって葛根湯加蒼朮附子乳香(葛根七・〇 麻黄四・〇 桂枝五・〇 芍薬七・〇 甘草一・五 大棗四・五 生姜五片 蒼朮八・五 附子一・五 乳香一・六各g)(一日量として一日三回)。桃核承気湯の粒剤一・〇g(一日一回)を兼用として与えた。
一ヵ月後、たいへんよくなり、痛みも止んだ。その翌年六月末に来たとき、「あれから一ヵ年間は全く痛まなかったが、この二〇日ほど前から、右側の上下の歯齦が歯もないのに痛みはじめ、前回同様ひどく肩が凝る。しかし、痛みの程度は前回よりはるかに軽いとのこと。再び前方を与えると数週を出ずして治った。
しさき、その後も前回に懲りて続いて服薬していた。



麻疹の初期に発疹を促すために升麻葛根湯を用いるが、単に葛根湯に升麻を加えても充分効くものである。
耳・目・鼻の病にも葛根湯がよく効く。要するに肩より上の諸病に本方が応用されることが多いことになる。


〔症例 3〕 葛根湯の発表作用を現わす好例
体は大きく一見栄養がよいようだが、顔色はさえず、漢方で言う水毒性で、アトピー体質でもある。幼時より腸が弱い。常に肩こり、疲労感があり、乳腺炎を患って十味敗毒湯で治療し、蛋白尿、浮腫を来たし、九味檳榔湯五苓散で治し、以後、十全大補湯で充分元気になってきたのであるが、今度は耳に掻痒を伴う皮膚炎を来たし、ペニシリンを飲んだが、全身に蕁麻疹が強く出て、浮腫と倦怠感を来たした。耳朶から外耳道にかけて漿液性の分泌物が多く、カサブタがつき、難聴があり、且つ肩こりが強いという。荊防敗毒散を与えたところ、一週間で分泌物はなくなってきたが、耳がつまった感じがして肩こりが強いので、葛根湯加荊芥連翹大黄を与えた。そうすると一週間後に来て、体の調子は大変よくなったが、皮膚炎の分泌物がまた出てきたと訴えた。そこで荊防敗毒散に戻してよくなったのであるが、この症例は、葛根湯の発表作用により、分泌増加となって現われたことを示すと同時に、葛根湯証は確かにあり、事実、全身的に気持は非常によくなったのに、局所の悪化を来たしたわけで、漢方治療にも全体と局所の分離があること、証による医学と感うが、局所の状態も考えねばならぬことを教えるものである。


以上は、葛根湯応用の一断面について述べたに過ぎないが、要するに太陽病の葛根湯証の病態が現われているときは、慢性病と雖も、またその病名の如何にかかわらず、応用して効果のあることがわかるであろう。
すなわち、仲景によって唱えられた急性病の経過中に現われる病態の詳細は研究、そしてそれに対しての対策があれば、諸病の治療の目的の一半は達成されるという傷寒論医学の思想は、この葛根湯の運用の一例においても理解されることと思う。

【脚注】
自下利―服薬によらず、自然に下痢すること。

消化管粘膜と鼻の粘膜とは密接な関係がある。

兼方(兼用)―主となる薬方は主方と言い、これに兼ねて補助的に用いる薬方を兼方と言う。

裏急後重―俗に言う「しぶり腹」のこと。腸炎や赤痢などの疾患で、炎症性の刺激があるとき、疼痛を伴う頻回の便意を催すが、肛門筋肉の痙攣によって排泄は困難となり、排便はほとんど行なわれない状態を言う。現代医学の正式の名称はテネスムス(Tenesmus)である。

和田正系(一九〇〇~一九七九)―明治33年和田啓十郎の長男として長野県に生れ、千葉医専卒(大正11)、医学博士(昭和8)。以来千葉県富浦町に開業、主として地絹医療に尽して功績を挙げ、千葉医学講師(昭和26)としては医史を講じた。一方玄父の志を継ぎ、学生時代より漢方に志し、奥田謙蔵に師事して、啓蒙期日本漢方の先駆的活動を続け、日本東洋医学会に創立以来参加、昭和30~31年には理事長を勤めたほか昭和41年には中国より初の日本漢方界代表として招聘され日中医学交流に尽した。著作には『漢方医学臨床提要』『心身一如』『法然上人の人と宗教』「草堂茶話』「和田啓十郎遺稿集』『医界の鉄椎を巡って』等がある。

脾兪(ひゆ)―背部、第11第12胸椎棘突起の左右3cmの辺にある経穴(膀胱経)。

小腹急結―瘀血の腹証の一つで、左側の腸骨窩を指で強く圧すと急迫性の疼痛を訴えることを指し、桃核承気湯を用いる目標とされる。

頬車(きょうしゃ)―顔面部、下顎骨と耳介下根部との中央、下顎枝の外後線にある経穴(胃経)。

列欠(れっけつ)―手部、前腕掌側撓側面で手関節横紡の上方4~5cmにある経穴(肺経)。

厥陰兪(けっちんゆ)―背部、第4・5胸椎棘突起間の左右約3cmにある経穴(膀胱経)

陽陵泉(ようりょうせん)―足部、腓骨小頭直下の陥凹部にある経穴(胆経)。

臨泣(りんきゅう)―第4、5中足骨底の中間にある経穴(胆経)。

胆兪(たんゆ)―肺部、第10・11胸椎棘突起間の左右約3cmにある経穴(膀胱経)

升麻葛根湯(局方)
葛根・升麻・芍薬・甘草

十味敗毒湯(華岡)
柴胡・桔梗・防風・川芎・桜皮・茯苓・独活・荊芥・甘草・乾生姜

九味檳榔湯(浅田家)
檳榔・厚朴・桂枝・橘皮・生姜・大黄・木香・甘草・蘇葉

十全大補湯(局方)
人参・黄耆・朮・当帰・茯苓・熟地黄・川芎・芍薬・桂枝・甘草

五苓散(傷寒論)
沢瀉・猪苓・茯苓・朮・桂枝

荊防敗毒散(回春)
荊芥・防風・羗活・独活・柴胡・前胡・薄荷・連翹・桔梗・枳殻・川芎・金銀花・茯苓・甘草

(コメント)
芍薬の量が一般的な葛根加朮附湯に比べて多い。
桂枝湯桂枝加芍薬湯との関係にも注意。
蒼朮の量も多い。


【一般用医薬品承認基準】
葛根湯
〔成分・分量〕 葛根4-8、麻黄3-4、大棗3-4、桂皮2-3、芍薬2-3、甘草2、生姜1-1.5
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力中等度以上のものの次の諸症: 感冒の初期(汗をかいていないもの)、鼻かぜ、鼻炎、頭痛、肩こり、筋肉痛、手や肩の痛み


【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸の弱い人。
(5)発汗傾向の著しい人。
(6)高齢者。
〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換
算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(8)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(9)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕

2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位
症 状
皮 膚
発疹・発赤、かゆみ
消化器
吐き気、食欲不振、胃部不快感
まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称
症 状
偽アルドステロン症、ミオパチー1)
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
肝機能障害
発熱、かゆみ、発疹、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、褐色尿、全身のだるさ、食欲不振等があらわれる。

〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

3.1ヵ月位(感冒の初期、鼻かぜ、頭痛に服用する場合には5~6回)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること

4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載すること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にの
み服用させること。

〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕

保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕

【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸の弱い人。
(5)発汗傾向の著しい人。
(6)高齢者。
〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

(7)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(8)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(9)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕



【関連情報】
インフルエンザの漢方治療
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2010年11月3日水曜日

大柴胡湯(だいさいことう)の効能と副作用

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
49.大柴胡湯 傷寒論
柴胡6.0 半夏4.0 生姜4.0(乾1.5) 黄芩3.0 芍薬3.0 大棗3.0 枳実2.0 大黄1.0~2.0

(傷寒論)
○傷寒発熱,汗出不解,心下痞硬,嘔吐而下利者,本方主之(太陽下)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
みぞおちが硬く張っており,胸や脇腹にも痛みや圧迫感があり便秘がひどいもの。耳鳴,肩こり,食欲不振などを伴なうこともあるもの。
本方は小柴胡湯と並ぶ代表的処方で,総体的に充実体質に多く現われる症状には(上記の)病名の如何を問わずよく用いられる。本方は所謂マネージャー病で4,50才の壮年初老で,外見上体格もよく骨格も太いが,胃腸および肝臓機能が衰え,高血圧,ノイローゼ,不眠,疲労感,視力あるいは精力が減退するなど用いてよく奏効する。また高血圧,動脈硬化の予防として服用すると体質を改善するが,高血圧,動脈硬化でのぼせ,不眠が甚しい時は三黄瀉心湯を合方し,精神不安,動悸が著しい場合は柴胡加竜骨牡蛎湯に転方するとよい。また脂肪ぶとりでみぞおち周辺部が硬く張っていない人には防風通聖散が適する。気管支喘息で慢性に経過し,他の治療法で効果がない時,本方と半夏厚朴湯とを合方して長期間服用させるとよい。本方は通常便秘のひどい症状に応用するが,充実体質で悪心,嘔吐,腹痛を伴なった慢性下痢で,時には便秘することがあるような場合に用いると排便状態を調節する。但し下痢が甚だしい時は五苓散を合方する。本方を服用後腹痛あるいは下痢が著しくなれば柴胡桂枝湯あるいは小柴胡湯に転方すべきである。なお腹痛が止らない場合は平胃散を試みるとよい。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
(前略) 視診上,首囲,肩幅,胸囲,肋骨角ともに大きいが肝機能や胃腸機能が衰え,消化不良,胃のつかえ,肝臓部周辺の圧迫感,下痢や便秘,食欲減退や疲労を訴えるなど,外見上は体格もよく骨格も立派であるが,自分の健康に不安をいだいているものに応用すればよい。また酒や美食が過ぎて贅肉がついてきたり,皮下脂肪が沈着していわゆる中年太りになり,疲労,不眠,肩こり,耳鳴り,その他の精神不安があって血圧が気になったり,あるいはノイローゼにおちいり精神的過労やimptentiaになるなどの,マネージャー病といわれるものに適する。本方は小柴胡湯とともに広範囲に応用されているが,前記疾患のほかに肝炎,胆嚢炎,胆石症,黄疸など肝臓疾患に著効をもっているが,その目安は胃部の著しいつかえと,左右側胸部から背部にかけて圧迫感を自覚し,便秘を伴うものに応用する。
類証鑑別 高血圧,動脈硬化,脳溢血,半身不随などに応用する場合,三黄瀉心湯と似ているが,三黄瀉心湯は末梢血管が充血の傾向があって,のぼせ,頭痛,不暑などが著しく胸脇部所見がない。また柴胡加竜骨牡蛎湯も大柴胡湯に類似するが,この方は胸部や腹部に動悸があって,精神不安が大柴胡湯に比べて著しく,胃部のつかえや胸脇部の所見が緩和な傾向がある。小柴胡湯は本方適応症状の緩和なものと解釈してよいが,小柴胡湯は高血圧症状の現われることが少ない点が比徴といえる。


漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○みぞおちがつまったように感ずるのを心下急という。小さい袋に無理に物をつめこんだ感じである。この部を圧すと,息苦しく,痛みを訴える。これも大柴胡湯の患者によくみられる症状であるが,もっとも大切な腹証は胸脇苦満である。胸脇苦満というのは胸から脇にかけて物が充満しているような苦しい感じをいうのであって,他覚的にこれを診断するには,患者を,足を伸ばさして,静かに仰臥せしめ,医師は右の拇指を季肋下に押し込むようにして診察する。または中指と示指と薬指を揃えて季肋下を探るように按圧してもよい。もしこの部に抵抗と重苦しい感じ,または圧痛を訴えるなら,これを胸脇苦満があるという。胸脇苦満が著明に現われているときは,季肋下が膨隆していて,一見しただけでその存在を知ることができる。肝の肥大,胆嚢の肥大なども胸脇苦満として現われるが,これらの内臓の肥大と関係なしにも胸脇苦満は存在する。胸脇苦満の本態は何であるか,この発現はどのような機転によって起るか,この点については,まだ明らかにされていないが,漢方の診証としては,もっとも大切なもので,柴胡剤を用いる重要な目標である。

○大柴胡湯を用いる大きな目標は胸脇苦満と便秘であるが,胃癌,肝臓癌,腹膜炎,バンチ氏病などで,季肋下に抵抗と圧痛をみとめることがあるが,このさい患者がひどく衰弱していて,脈に力がなければ虚証になっているから大柴胡湯で攻めてはならない。

○大柴胡湯を用いる範囲は広く胆嚢炎,胆石,肝炎,高血圧症,喘息,蕁麻疹,湿疹,蓄膿症,円形脱毛症,常習便秘,胃炎,脳出血,肥胖症などにはこの方を用いる機会が多い。

○乳幼児には大柴胡湯証は少い。

○大柴胡湯の大黄の量は加減して用いる。
1日分0.5ぐらいでもよい人もあれば5.0から8.0も必要な人もある。また場合によっては大黄を除いて用いてよいこともある。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
小柴胡湯証に準じ,それより体力の充実した実証に用いる。このさい腹部が膨満し,ことに上腹部が固く張り,胸脇苦満は他覚的にも自覚的にも著明で,胸内の苦痛煩悶を訴えるものが多い。傷寒(熱病)では発病してから数日経ったときで,なお体温上昇がつづき,しかも,その熱型は往来寒熱の状態となり,悪心,嘔吐が激しく,舌に黄苔を生じて乾燥し,食欲が減少して,便秘の傾向が強いとき,脈は沈んで遅く力があり,腹部は心下部の抵抗,圧痛が強く,ときに腹直筋の緊張をみとめる。雑病(無熱の慢性病)では,上腹部が膨満して季肋下に抵抗圧痛のあるいわゆる大柴胡型の,体格が頑丈体力のある人の種々な症状に用いられる。ただ虚実の判定は,外見のみによるものではないので,一見大柴胡湯型ではない人にも,本方が適応することがある。

○気管支喘息で実証のものに,半夏厚朴湯と合方するとよく,糖尿病,高血圧症で蛋白経のあるものには地黄(4.0~6.0)を加えるとよい。

○古家方則 大柴胡湯,大黄牡丹皮湯,右二証は陰茎腐爛して欠脱し,膿少なく出血多き者は両湯互に服して可なり。

○方輿輗 大人,小児の眼疾に柴胡の症多し,其候専ら胸脇に在り,大柴胡聖剤なれども必ずしも此の一方に拘らず,証に随って諸柴胡剤を選用すべし。

○髪の脱るは肝火の致す処にて瘀血にあらず大柴胡甘草か又は四逆散によし。(和田腹診録)円形脱毛には本方加牡蛎または小柴胡湯加牡蛎が著効を奏す。

○腹証奇覧翼 大柴胡加甘草湯は周身(全身)豊満膨張(ふとりすぎ)の者を治す。



漢方診療の実際〉 大塚、矢数、清水 三先生
本方は少陽病から陽明病に漸く移 らんとする者に用いる。即ち小柴胡湯より更に実証で,その症状がすべて激しい場合であって殊に悪心,嘔吐が甚しく,胸脇心下部の鬱塞感が激しく,舌は多 く乾燥して黄苔のつくことがあり,そして小柴胡湯証よりも肥満充実した体質で脈腹共に更に力があり,上腹角は広く腹筋の緊張を触れ,便秘がちの者を応用目標とする。処方に就て云えば小柴胡湯と比較すると生姜の量が多い。これは悪心,嘔吐が甚しいからである。枳実と芍薬がある。枳実は苦味健胃剤で,芍薬と共に心下部の緊張並びに鬱塞感を去る。大黄は熱を腸管に誘導すると共に瀉下の力がある。大柴胡湯には人参と甘草が無い。これは大黄,枳実,芍薬,の苦味を以て激しく心下部の鬱塞を打破しようとするが故に緩和剤の配合を減じたのである。
本方の応用は小柴胡湯に同じであるが,その他,神経衰弱,喘息,脚気,痢疾,胆石,黄疸,癲癇,高血圧症,脳溢血等に用いられる。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
実証で症状がすへて激しく,体質的には肥満あるいは筋骨たくましく,充実緊張したものが多い。脈は沈実で遅く,腹部は上腹部が広く,心下部に厚みがあって緊く緊張し,季肋下部を圧迫するも凹まないほどのものが常である。したがって 自覚的には 胸脇部に 緊張感,痞塞感,疼痛などが起こり,便秘の傾向があって,内部に気が充塞して外に張り出さんとする勢いがあるというものである。そのため便秘あるいは下痢,嘔吐,喘息などがあり,精神的には外に向かって高声でどなりちらし癇癪を起こしやすいという傾向がある。また胸元が張っていて,バンドや帯をしめると苦しいと訴えることが多い。


漢方の臨床〉 第1巻 第1号 大塚敬節先生
漢方の処方の中で,柴胡を主薬とする,いわゆる柴胡剤は日常最も頻繁に用いられる重要な方剤である。大柴胡湯はこれらの柴胡剤中でも特に応用範囲の広い処方で,近代医学で難治とせられている疾病が,大柴胡湯で好転或いは全治に至る例をしばしば経験する。  漢方の先哲名医は,疾病の診断治療に肝の機能障害を重視し,和田東郭などは,所詮は肝と腎の二臓の変調に帰するとして,肝腎の機能の調整に重点を置いた。大柴胡湯が肝の障害による諸病に効顕のあることは,古人が既に喝破しているが,われわれの臨床経験もまたこれを裏書きしている。しかし大柴胡湯についての近代医学的の研究は,これから始まらんとしているところで,本稿は主として古人の論説及び筆者の経験を土台として執筆した。

原典の指示

大柴胡湯の適応症,応用例等をのべる前に,先ず原典である『傷寒論』及び『金匱要略』に現われた文章について簡単な解説を加えておく必要がある。   「太陽病,過経十余日,反って二三之を下し,後ち四五日,柴胡の証仍(なお)ある者には,先ず小柴胡湯を与う,嘔止まず,心下急欝々微煩する者は未だ解せずと為すなり,大柴胡湯を与えて,之を下せば則ち愈ゆ。(太陽病,中篇)」  この章は太陽病で病勢がすこぶる緩慢に経過して,発病十余日を経て漸く小柴胡湯の証より大柴胡湯の証に及ぶものを論じて,この二湯の相違と治療の順序とを示したものである。過経の二字は後人の註釈文で十余日を指している。心下急の急は物の詰まった感じで,心下部が張って堅くて,抵抗圧重感のあるのを云い,大柴胡湯の場合にみられる腹証である。欝々微煩は,小柴胡湯証の「黙黙飲食を欲せず心煩」よりもその程度が甚しい。  さて本文の意味は,太陽病に罹って十余日を経た頃は,病邪が裏に入って陽明裏実の証を呈する頃であるが,この場合は病邪の侵攻が緩慢で十余日を経た頃に,まだ少陽病で小柴胡湯の証を呈していたのである。ところが,医師がこれを陽明病と誤認して承気湯の如き下剤を用いて下すこと二三回に及んだのである。反ってとあるのは下してはならないものを下したからである。  このようにして柴胡の証を誤って下し,その後四五日を経ても,なお依然として病邪が柴胡の位置即ち半表半裏を去らない者には,先ず小柴胡湯を与える。これを与えても嘔吐が止まず,心下急,欝々微煩のものは小柴胡湯の力が足りなくて未だ邪が去らないのであるから,これには更に大柴胡湯を与えて,之を下せば愈るのである。先に大柴胡湯を与えずに,先ず小柴胡湯を与え,次いで大柴胡湯を与えたのは,先ず小建中湯を与えて,次いで小柴胡湯を与えたと同じ順序で『傷寒論』の治療法則の一斑を示したものである。  即ち小建中湯と小柴胡湯と較べると,前者が補剤であるから,そのいずれを与えるべきかに迷うときは,先ず補剤で補い,それで癒らぬときに,これより力の強い即ち瀉剤に近い小柴胡湯を用いるのである。  これと同じく小柴胡湯と大柴胡湯とでは,後者が瀉の力が強く,前者は後者に較ぶればむしろ補剤に近い緩和な薬であるから,そのいずれを用ゆべきかに迷うときは,先ず小柴胡湯を用い,それで癒らぬときに大柴胡湯を用いるのが順序である。即ち補を先にして瀉をあとにするのである。補といい,瀉と云うのも,程度の差であるから,以上の三方を虚実の順にならべると,小建中湯,大柴胡湯となるので,小柴胡湯は小建中湯よりも瀉に働くけれども,大柴胡湯よりは補に働くということになる。大柴胡湯には大黄が配剤されていて,瀉下の働きがあり,少陽病であって陽明病に近接し或いは陽明に属する場合に用いる。ところが『傷寒論』の大柴胡湯の方には大黄がない。そこで方後に「若し大黄を加えずんば,恐らくは大柴胡湯と為さず」とあって,大黄の必要な所以を附記している。   「傷寒十余日,熱結んで裏に在り,復(かえ)って往来寒熱する者には大柴胡湯を与う。但(ただ)結胸して大熱無き者は,此れ水結んで胸脇に在ると為すなり,但頭に微(すご)しく汗出ずる者は大陥胸湯之を主(つかさど)る。(太陽病,下篇)」  この章は傷寒にかかって十余日を経て,大柴胡湯証になるものと大陥胸湯証になるものとをあげて,これの弁別を論じている。往来寒熱は少陽病の熱型であるから,傷寒にかかって十余日を経た頃は,熱が裏に入って陽明病となり,往来寒熱の状はなくなるはずである。  ところがこの頃になっても往来寒熱の状があるから復ってという。復の字は古くは覆とも書き,覆は反の意にも用いられたので,ここでは反の意である。このように熱が裏に結んでも往来寒熱のあるものは,邪が全く裏に入ったのではなく,半分は少陽に半分は陽明にあって,陽明病になりきったのではないから,白虎湯を与えずに大柴胡湯を用いるのである。与うとあって之を主ると云わないのは,これを与えて後の証の変化を待つのである。ここに熱結んで裏に在りというのは,あとの水結んで胸脇に在りに対比している。ここには往来寒熱のみを目標にして大柴胡湯を与えるように書いてあるが,これは他の症状を省略したものである。ところが往来寒熱せずして,但結胸して体表に熱のないものは,これは熱結ではなく水結が胸脇に在るからである。この場合は身体の他部には汗がなく,ただ頭に少し汗が出るものである。これは大陥胸湯の主治である。この頭汗は大陥胸湯に特有な症状ではなく,大柴胡湯証にもしばしばみられる。   傷寒後には脈沈たり,沈なる者は内実となす,之を下せば解す,大柴胡湯に宜し。(弁可下篇)  傷寒の発病初期は脈が浮となり,日数が経つと沈となる。これは一般論で,例外は沢山ある。沈で充実した脈ならば内実の候であるが,沈で弱であれば裏の虚である。内実の場合は大柴胡湯,大承気湯などで下すべきである。宜しとあるのは大柴胡湯に限らないからである。   之を按じて心下満痛する者は,此れを実となすなり,当に之を下すべし,大柴胡湯に宜し。(金匱要略)  大柴胡湯証にしばしばみられる症状であるが,心下部の膨満と圧痛とだけで大柴胡湯を用いるのは早計である。必ず他の症状を参照して決定しなければならない。 ○  以上は原典の指示であるが,皮相的な見方をすれば,これらの一つずつは大柴胡湯の単なる応用例のようにみられる。しかし抽象的な事象を具体的な例をあげて表現することは中国文化の特質であるから,これらの例を通じて大柴胡湯の証を掴むように工夫しなければならない。古人が一隅を示して三隅を知らしめたものだといったのは,この間の消息を伝えたものである。  なお『傷寒論』に「傷寒発熱汗出でて解せず,心下痞硬して嘔吐し下痢するものは大柴胡湯之を主る」の一章があるが,心下痞硬して嘔吐,下痢するものには瀉心湯類,人参湯などを用いる場合が多く,大柴胡湯証としては比較的まれな例であることを追記しておく。

応用目標

〔腹証〕 大柴胡湯を応用するさいには,先ず腹証に眼をつけるがよい。古から柴胡腹と呼ばれる一種の腹型がある。この柴胡腹は柴胡剤を用いる目標となる。  柴胡腹というのは,心下部から季肋下にかけて膨隆した一種の腹証で胸脇苦満と呼ばれているが,この胸脇苦満に似ていて,そうでないものがあるから,診察にあたっては注意しなければならない。  最も定型的な大柴胡湯の腹証では,古人が鳩尾とよんだ部位,即ち俗にみずおちというところが硬くて膨隆し,圧を加えると痛を覚えて,息詰る感じがあり,それより左右の季肋下に沿ってやや膨隆して抵抗があり,この部に圧痛を訴える。この圧痛は右側に現われることが多く,左側は抵抗を感じても圧痛のないものが多い。ところが肥満して皮下脂肪の多い患者の場合は,往々にしてこの抵抗が深部にあるために,見落すことがある。これとは反対に皮下脂肪の少ない人が,故意に腹筋を緊張せしめている場合には,胸脇苦満でないものを胸脇苦満と見誤ることがある。一般に腹直筋を棒のように堅く触れる場合には,胸脇苦満がないのに,これを胸脇苦満と診断するから注意しなければならない。胸脇苦満があっても抵抗が季肋下に限局することなく,腹部全体に拡がって膨満抵抗を証明する場合は往々にして大承気湯の腹証に紛らわしいことがある。また瀉心湯類の心下痞硬が大柴胡湯の腹証に紛れることがある。このことについて山田業広は『温知医談』第十二号で,「柴胡瀉心之別」と題して次のようにのべている。   柴胡と瀉心を用るに二方とも心下痞硬の症あれば甚だ別ちにくきことあり,先年同藩家老大河内友左衛門,上毛高崎より東京に移りて後,余が薬を服す。其の証一年に三四度位ずつ気宇欝して引立たず,心下も微く痞硬す,いつも半夏瀉心湯を投ずるに効あるようにて了々たらず,四五十日を経ざれば全愈へず,高崎より来りし同僚に彼地居住の時は何等の方を処せられたりやと問いしに,いつも半夏瀉心の外に的当の方なしと云う。その頃例の通り発したり,熟察するに心下の底にぐっとつまりたる処あり,普通の心下痞硬,硬満などとはすこぶる異なり,因て心下急鬱々微煩とはこれならんと考えつき,大柴胡湯を処したるに四五日にして奇効あり,十余日にて出勤せり,説文に急は褊也とあり,褊とは小児の衣服を大人の着したる如くゆきつまり,きゅうくつたることなり,これにて心下急の文を始て了解せり。  次に問題になるのは,柴胡剤は左の胸脇苦満には効くが,右の胸脇苦満には効がないという説である。目黒道琢,和田東郭,山田業広,浅田宗伯などはこの説を支持している。これに反して,荻野台州,清川玄道は右の胸脇苦満にも効のあることをのべている。筆者も清川玄道等の説を支持する。左にあるものにも効くこと勿論である。

〔脈証〕 大柴胡湯証の脈は沈実或いは沈遅にして力のあるのを正証とするが,必ずしもこれに拘泥するを要しない。有持桂里は癰疽で大柴胡湯証を現わす場合には,脈が多くは弦数になるといい,治痢軌範では下痢で大柴胡湯証を呈する場合には脈が弦数になるといい,浅田宗伯は瘟病で大柴胡湯証を呈する時に,脈が沈細になることをのべている。『一夕話』では手の脈に眩惑せずに,大柴胡湯で下してよいとしている。  私の経験では脈大にして力のあるものにも,大柴胡湯を用いて奇効を得たことがある。  

〔舌証〕 赤痢,チフス,肺炎などのように熱のある患者で,大柴胡湯証を呈する場合は,舌が乾燥して黄苔を呈する。その他の一般雑病では,舌がやや乾燥している程度で舌苔のないものが多い。

〔大便〕 便秘していることが多い。しかし兎の糞のような丸い小さいコロコロした便の出るものは,数日便秘していても,虚証であるから,大柴胡湯で下してはいけない。これに反して毎日便通があっても快通しないものや,一日一回の便通があっても,大柴胡湯を用いなければならないことがある。  ところが大柴胡湯で下したために,かえって不愉快な激しい腹痛を起こしたり,悪感を訴えるものには大柴胡湯の不適応症が多い。

〔肩こり〕 大柴胡湯証にしばしばみられる症状である。胸脇苦満があって,便秘して,肩こりを訴えるものは,按摩や指圧でも中々よくならないものが多い。この種の肩こりには大柴胡湯で著効のあるものが多い。

〔小便〕 小便は着色しているものが多く,清澄で稀薄なものはまれである。尿量が特に多い者には,柴胡の不適応症が多い。

〔嘔吐〕 悪心を伴う嘔吐がある。悪心だけで嘔吐のないこともある。五苓散の水逆性の嘔吐のように多量の水を吐くことはなく,胆汁を吐くことがある。

〔発汗〕 頭部に汗が多い。頭髪がまばらで,この部にしきりに汗の出るものに,大柴胡湯の証が多い。

〔鬱悶〕 鬱悶という言葉は,一般にあまり用いないが,気分がふさいで物うく何となくうっとうしい感じを訴えることが,大柴胡湯証の患者にみられることがある。原典の指示の「鬱々微煩」がこれであり,腹証の項に引用した山田業広の「気宇鬱して引立たず」がこれである。いわゆる神経衰弱にみられる症状で,森立之は若年の頃,陰萎にかかり大柴胡湯で癒ったことを報告している。

〔往来寒熱〕 悪感と熱が交互に反復する熱型で,今日云う間歇熱などもこれに属し,少陽病の時にみられる。原典の指示にもある通り,大柴胡湯証に現われることがある。  以上,大柴胡湯の応用目標として重要な項目についてのべたが,これ以外にも雑多な症状が附随してみられること勿論である。


応 用 例

〔本態性高血圧症〕 本態性高血圧症に大柴胡湯証の多いことは昭和二十八年五月,日本東洋医学会総会で発表したので,その詳細は省略するが,本態性高血圧患者九十八人中,胸脇苦満を証明するものは六十六人で,その中で大柴胡湯証と認定した患者が四十五人あった。これらの患者は血圧降下剤で一旦血圧が下っても頭痛,肩こり,眩暈,耳鳴等の愁訴は依然として残り,自覚的に軽快した感じがないと云うものが多かったが,大柴胡湯を用いると,これらの愁訴が消散し,この薬で自分の病気はよくなるという自信を抱くようになり,これが病状に好影響を与えて,血圧も安定した。

〔胆石・胆嚢炎〕 胆石もしくは胆嚢炎に大柴胡湯証の多いことは,雑誌「漢方」の創刊号に書いたが,老人で疝痛発作を繰返し発作のあとで高熱を出し,黄疸を起こし,黄疸が少し消散しかける頃,また疝痛を起こして,黄疸が強くなるという患者に,大柴胡湯を二カ月ほど飲ましたが,効果を見ないものがあった。また老婦人で右季肋下の疼痛と頑固な便秘及び肩背痛を訴え,腹診上右季肋下に抵抗圧痛があり,正しく胸脇苦満の状があるので,胆石と診断して大柴胡湯を用いたが全く効なく,その後発熱,黄疸がつづき,種々処方を工夫変更したが,更に何の反応も示さず,遂に鬼籍に上った。剖見の結果は胆嚢の癌であったという。  胆石や胆嚢炎には柴胡剤の適応症が多く,数日の服用で自覚症状の軽快するものが多い。もし処方が証に的中していると思われるのに,全く軽快の様子がなければ,悪性腫瘍の存在を疑うべきだと,この時つくづく考えたことであった。  

〔多発性フルンケル〕 十数年前のことである。頑丈な男子で顔面に次から次とフルンケルが生じ或いは麦粒腫ができて,気分が重く,鬱々として楽まないという患者があった。この時,私は胸脇苦満と便秘を目標にして大柴胡湯を用い,忽ちにして全治せしめたことがあった。  ところがこの患者が昨年の夏,突然たずねてきた。「あれ以来すっかり忘れていた顔の吹出物が,今年は四月頃からでき始め,いろいろ手当をしたが,どうしてもよくならない。先生の薬をのめばよくなることはわかっていたが,罹災後の移転先が不明で困っていましたが,ようやく探しあてました」と云う。診察するに先年と全く同じである。そこで大柴胡湯を与えて三週間ほどで全治した。

〔湿疹〕 先年,本誌編集の気賀氏の親戚の一婦人が頚部,顔面上膊内面に湿疹を生じて来院した。この婦人は右に強い胸脇苦満があって,石のように硬く,軽く指で按じても,びっくりするほど痛む。私は初め十味敗毒湯を用いた。この処方も柴胡が主薬だから,効くだろうという考えであった。ところが全く効なく,かえって悪化してくる。消風散に転方して更にますますいけない。そこで大柴胡湯を与えたところ二三日で軽快してきた。その後,湿疹が出始めるといつも大柴胡湯を五日分服用するとおさまるようになった。  『方輿輗』に,「癰疽諸腫物に,脇下硬満する者は大小柴胡湯を選用して,先ず胸脇を利すべし。此の症脈多くは弦数なる者なり。是れ即ち少陽の位地にとりて治をなすなり」とあるのは,実際の経験から出た言葉であると思う。

〔脳出血後遺症〕 脳出血後の半身不随に大柴胡湯を用いるは,和田東郭の経験であるが,大柴胡湯で攻めることのできる患者は比較的予後がよい。

『百疢一貫』に「中風偏枯の症,左の臍傍に塊あって,夫れに柄が付て脇下にのぼり有るなり,偏枯もこれより為と見ゆ。是ものなきは難治なり,死す。これあるものは十に九つ愈るなり踏込んで療治すべし。此れ等の偏枯も疝より為と見ゆ。大柴胡のゆく処なり,効あるなり。然れども偏枯は全く癒えて平生の如くには成りがたきなり。然れども大抵は治って用事も勤る程にはなるもの也。」とあって,左に胸脇苦満があって腹直筋が拘急しているものに,大柴胡湯が効くことをのべている。『方輿輗』にも,「大柴胡湯,中風腹満拘攣する者は,此の湯を用うれば喎僻不遂も緩み言語の蹇渋もなおるものなり。」と同じようなことをのべている。  

〔円形禿頭〕 一少年,頭髪,眉毛悉く脱落して,注射療法,光線療法など種々手当を施したが効のない者に,一ケ年ほど小柴胡湯を服用せしめて著効あり,黒々とした頭髪がすっかり生え揃ったことを雑誌『漢方』に発表したことがあるが,その後も二人の青年に柴胡剤を用いて著効を得た。患者の虚実に応じて小柴胡湯または大柴胡湯を用いるのである。  『先哲医話』の和田東郭の条に,「油風には多く大柴胡湯を用いて効あり。是れ其の腹を治するによろし,徒らに其の証に泥むべからず。華岡青洲は此の証を治するに大柴胡加石膏湯を以ってす。」とあり,油風は俗にいうハゲアタマで禿頭のことである。  以上の疾病の他に,胃炎,腸カタル,肺炎の経過中,中耳炎,結膜炎,いわゆる蓄膿症,歯痛等に用いて効を得たが,応用目標さえあれば,その他のいろいろの病気にも用いてよいはずである。(後略)

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方少陽の極地に用ゆるは勿論にして,心下急鬱々微煩と云うを目的として,世の所謂癇症の鬱塞に用ゆるときは非常の効を奏す。
恵美三伯は此症の一等重きに香附子,甘草を加ふ。高階枳園は大棗,大黄を去り,羚羊角,釣藤,甘草を加ふ。何れも癇症の主薬とす。方今半身不随して不語するもの,世医中風を以て目すれども,肝癪経隊を塞ぎ,血気の順行あしく,遂に不遂を為すなり。脂実に属する者,此の方に宜し。尤も左脇より心下へかけて凝り,或は左脇の筋脈拘攣し,之を按して痛み,大便秘し,喜んで怒る等の証を目的とすべし。和田家の口訣に,男婦共に櫛けづる度に髪ぬけ年不相応に髪の少なきは肝火のなす処なり,此の方大いに効ありと云ふ。
又痢疾初起,発熱心下痞して嘔吐ある症,早く此方に目を付くべし。また小児疳労にて毒より来たる者に此の方加当帰を用て其の勢を挫き其の跡は小柴胡湯,小建中湯の類にて調理するなり。
其の他,茵蔯を加えて,発黄,心下痞鞕の者を治し,鷓鴣菜を加え蚘虫熱嘔を治するの類,運用最も広し。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
(構成) 名称に示すが如く小柴胡湯に似ているがそれよりずっと緊張度が強いことは気実を押開く枳実があるのと筋緊張をゆるめる芍薬が入っていることの,甘草,人参の補剤を去って瀉に専らであることによって知られよう。その緊張は全身的にも心下部に於ても強いのであって,体質的に筋骨たくましくがってりしており,筋肉には力が盛上っている。顎も角張って肉が豊かだし,指も太い。心下部はゆったりと厚みを持って緊張し,こんもりと張っていて,診察する指を肋骨弓下から胸廓内へ押し入れようとしても腹筋が殆ど凹まない位に力がある。これは胸脇心下の気実の状態であってこれによって自覚的には同部に緊張感,痞塞感,疼痛などが起り,便秘し,若し外に向ってその充塞した気が出ようとして動くときは嘔になったり,下痢になったりする。小柴胡湯と同様に肝に関係し,精神的に所謂肝積持ちの傾向を現わす。
運用 1. 全身的な筋肉の緊張と起用起用の緊張症状並びに緊張感,又は心下部の自他覚的な緊張症状を基本として,それに伴う便秘,嘔吐,下痢,喘などを目標にする。
「太陽病,過経十余日,反って2・3日之を下し,後4・5日,柴胡の証仍を在るものは先づ小柴胡湯を与ふ。嘔止まず心下急。鬱々微煩する者は未だ解せずとなすなり。大柴胡湯を与へて之を下すときは則ち愈ゆ。」
(傷寒論中篇)は大小柴胡湯の比較と治療順序の法則を示すもので,大小柴胡湯は嘔と心下部の緊張を共通症状とするが,小柴胡湯の胸脇苦満,強化痞硬,脇下満などに比して大柴胡湯は心下急であり,緊張の度合が強いことを示し,小柴胡湯の方は軽揚性なのに大柴胡湯は引緊り過ぎて発揚し難く外見上は軽いように見えながら実は反ってどっしりと重い状態にあることがわかる。小柴胡湯がほぼ少陽病の範囲に止るのに大柴胡湯は陽明病にかかっていることは大柴胡湯を下剤として取扱っているのでも知られよう。治療法則的には柴胡の証とて小柴胡湯と大柴胡湯とに共通の症状があって未だいずれとも判別し難いときは小を先にし大を後にすることは大小青竜湯,大小建中湯の場合でも同様である。これは大の名のつく処方は作用も強いから万一判定を誤った場合に強い反応が出るのでそれを用心して先ず軽い処方を使って様子を見た上で,必要があれば大の方の処方に換えるという極めて重な態度である。今の場合も先ず小柴胡湯を与えてそれで嘔が止まず,且つ心下急,鬱々微煩があるなら大柴胡湯にするとの治療順序を立てている。(中略)臨床的に大小柴胡湯の区別は

小柴胡湯
大柴胡湯
筋肉が筋ばって緊張 筋肉は厚みが持って緊張
脉は浮,弦,細微など 脉は緊,沈緊など
肋骨弓下が緊張 脇下心下の緊張強総
下痢や便秘の傾向は軽い その傾向が著明
神経質で線が細い感じ,
癇が高い。
意志的で線が太い,肝積も
爆発的に起す
舌は白苔 舌は白苔又は黄苔で厚い
以上のべた大柴胡湯の応用はいずれも胸脇心下の実を目標とするものでその臨床的範囲は呼吸器,胃,腸,肝臓,胆のう,腎臓等胸腹部を中心とするもので,例えば気管支喘息,心臓喘息,肋膜炎で胸満,咳嗽,呼吸困難,心下部が硬く張っているとき,胃カタル,胃酸過多症,胃症状を伴う脚気,胃潰瘍等で胃部圧重感,胃痛,嘔,胸やけなどを訴え,心下部が厚く,強く,緊張しているとき,便秘で心下部が張っているとき,下痢,嘔吐して心下部に著明な緊張と抵抗圧痛があるとき,急性大腸カタルで裏急後重し,時に嘔吐を伴い,心下部の緊張,横行結腸に抵抗圧痛があるとき,急性虫垂炎と初期で胃部疼痛嘔吐があるとき,胆石症,胆のう炎,カタル性黄疸,流行性黄疸,ワイル氏病,肝硬変症などで心下部の緊張疼痛が著しく,或は嘔吐或は黄疸を伴うとき,腎臓炎,ネフローゼ,萎縮腎,腎臓結石などで心下部が緊張し,季肋下,側腹部に緊張が及び,或は疼痛を伴うなどに応用する機会が多い。

運用 2. 熱病に於て往来寒熱するもの又は心下部緊張便秘を目標にする。
腸チフス,パラチフス,マラリヤ,丹毒,猩紅熱其他に応用する機会がある。

運用 3. 全身的な筋肉の緊張の体質状態を目標にする。
疲労したとき筋肉の緊張がたかまり四肢,肩などがこっているものに使うことがある。動脈硬化症や高血圧で所謂中風体質といわれるものに矢張り緊張質を目標にして本方を使うが,心下部の硬満,便秘があれば確実である。この体質はせっかち,怒りっぽく肝積持ちのことが多い。その性質によって本方を癲癇に使うことがある。

運用 4. 眼病,耳病に使う
眼は肝に属し,大柴胡湯は肝機能障害に関するという所から出発して眼病と取柴胡湯が結付くのだが,体質や心下部の状態を参照すべきことは言うまでもない。耳には経絡の胆経が絡っているので矢張り眼と同様の取扱いをする。なお肝は筋を主り,柴胡剤が筋の緊張に多く使われる一の根拠をなしている。(後略)




漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
大柴胡湯(だいさいことう)
本方少陽病から陽明病に漸く移 らんとする者に用いる。即ち小柴胡湯より更に実證で、その症状がすべて激しい場合であって、殊に悪心・嘔吐が甚しく、胸脇心下部の鬱塞感が激しく、舌は多 く乾燥して黄苔のつくことがあり、そして小柴胡湯證よりも肥満充実した体質で、脈腹共に更に力があり、上腹角は広く腹筋の緊張を触れ、便秘がちの者を応用 目標とする。
處方に就て云えば小柴胡湯と比較すると生姜の量が多い。これは悪心・嘔吐が激しいからである。枳実と芍薬がある。枳実は苦味健胃剤 で、芍薬と共に心下部の緊張並びに鬱塞感を去る。大黄は熱を腸管に誘導すると共に瀉下の力がある。大柴胡湯には人参と甘草が無い。これは大黄・枳実・芍薬 の苦味を以て激しく心下部の鬱塞を打破しようとするが故に緩和剤の配合を減じたのである。
本方の応用は小柴胡湯に同じであるが、その他、神経衰弱・喘息・脚気・痢疾・胆石・黄疸・癲癇・高血圧症・脳溢血等に用いられる。


『漢方精撰百八方』
42.〔方名〕大柴胡湯 (だいさいことう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略

〔処方〕柴胡6.0 黄芩、芍薬、大棗各3.0 半夏4.5 生姜3.0 枳実2.0 大黄1.0~2.0

〔目標〕証には、小柴胡湯証で、腹満、拘攀し、嘔劇しきもの、熱結ばれて裏にあり、復って往来寒熱するもの等、とある。  即ち、柴胡の証があるもので、少陽から少しく陽明にかかって来たもので、脈は沈実か沈遅、舌に黄苔あり、乾燥し、食欲減少、便秘の傾向が多く、悪心、嘔吐があり、胸脇苦満が著しく、心下部の抵抗、圧痛強く、直腹筋の連休が強い等の症があるものに適用する。熱候の無い者にも用いられ、大柴胡湯型と言われる体力の充実したものに適用されるが、一見大柴胡湯の適しない如くで、著効を得る場合がある。虚実の判定は、外見のみによるものではない。 〔かんどころ〕胸脇苦満が著しい、(右の季肋部に強いことが多い)、更に心下痞?、嘔吐、舌黄苔、便秘、腹直筋の攀急、があるものを目標とする。発熱がある場合は、弛張熱から稽留熱へと移行し、往来兼熱を示し、便秘し、胸脇苦満があるものに適用される。

〔応用〕最も頻用される薬方の一つで、応用範囲が広い。一言でその適用を言えば、柴胡剤を用いる場合で最も実した場合と言える。
(1)諸種の下痢性疾患で、心下がかたくつかえて苦しく、時に嘔吐を伴うもの。この際大黄を加減するが、大黄が少なすぎると却ってうまく下痢が止まらない事がある。

(2)胆石症、胆嚢炎、及び諸種の黄疸等で腹痛、嘔吐があり、脈沈実なるもの。症状の劇しいもの、渇があるもの等には石膏を5.0~10.0加える。胆石症等の場合は、渇がなくても石膏を加味した方が効果がある。

(3)肝炎、肝硬変にも(2)に準じて用いる。

(4)耳鳴、耳聾で胸脇苦満、又は膨満感のあるものに適用する。加石膏にして効を得ることが多い。

(5)フルンケル、及びその類症、中耳炎、副鼻腔炎等の化膿性疾患で、胸脇苦満があり、便秘のあるものに適用する。

(6)胃疾患で、便秘の傾向があり、胸脇苦満や、嘔気のあるもの。

(7)小児の吐乳症等で、心下が硬いもの。

(8)急性、慢性の腸カタル、赤痢、大腸カタル等で目標の如き症状を具えるもの。  
右のように各種疾患に用いられるが、体質改善の役割をも兼ねて、高血圧症、脳出血後の半身不随、喘息、肥胖症等に好んで用いられる。

高血圧症には、柴胡加竜骨牡蛎湯とともに最も屡々用いられる。単方で用いられることも多いが、桂枝茯苓丸、当帰芍薬散等の駆瘀血剤と兼用、合方として用いられることも多い。

喘息には、単方でも効を得ることがあるが、半夏厚朴湯等と合方して著効を得ることがある。  肥満して胸脇苦満があり、息苦しいといういわゆる大柴胡湯型の人々には、大柴胡湯はありがたい薬方であるが、やや痩せていて、胸脇苦満も著しくなく、肩こり、胃部圧迫感のあるもので、小柴胡湯より、大柴胡湯(時には去大黄にする)を用いて、疲労がとれ体力も増進する例があるので、注意すべきである。

感冒で数日を経て、舌黄苔、胸脇苦満強く、便秘し、熱はやや潮熱の傾向をおび、解熱剤を用いても熱が下がらないものに、大柴胡湯を用いて通じを得れば、一、二日で軽快する場合があるが、これが大柴胡湯証の一典型であろう。  伊藤清夫


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
1 柴胡剤
柴胡剤は、胸脇苦満を呈するものに使われる。胸脇苦満は実証では強く現 われ嘔気を伴うこともあるが、虚証では弱くほとんど苦満の状を訴えない 場合がある。柴胡剤は、甘草に対する作用が強く、解毒さようがあり、体質改善薬として繁用される。したがって、服用期間は比較的長くなる傾向がある。柴胡 剤は、応用範囲が広く、肝炎、肝硬変、胆嚢炎、胆石症、黄疸、肝機能障害、肋膜炎、膵臓炎、肺結核、リンパ腺炎、神経疾患など広く一般に使用される。ま た、しばしば他の薬方と合方され、他の薬方の作用を助ける。
柴胡剤の中で、柴胡加竜骨牡蛎湯柴胡桂枝乾姜湯は、気の動揺が強い。小柴胡湯加味逍遥散は、潔癖症の傾向があり、多少神経質気味の傾向が ある。特に加味逍遥散はその傾向が強い。柴胡桂枝湯は、痛みのあるときに用いられる。十味敗毒湯荊防敗毒散は、化膿性疾患を伴うときに用いられる。
各薬方の説明(数字はおとな一日分のグラム数、七~十二歳はおとなの二分の一量、四~六歳は三分の一量、三歳以下は四分の一量が適当である。) 
1 大柴胡湯(だいさいことう) (傷寒論、金匱要略)
〔柴胡(さいこ)六、半夏(はんげ)、生姜(しょうきょう)各四、黄芩(おうごん)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)各三、枳実(きじつ)二、大黄(だいおう)一〕
本方は、柴胡剤の中で最も実証の薬方である。従って、症状は激しく便秘の傾向も強い。胸脇苦満も強く、緊張しているため苦満をとおりこし痙攣 や痛みを伴うときがある。また、全身的な筋肉の緊張もみられる。本方は、少陽病から陽明病への移行期に用いられるもので、胸腹部の膨満、拘攣、便秘(とき に下痢)、嘔吐、耳鳴り、肩こり、食欲不振などを目標とする。
〔応用〕
次に示すような疾患に、大柴胡湯證を呈するものが多い。
一 感冒、流感、気管支炎、気管支喘息、肺炎、肺結核、肋膜炎その他の呼吸器系疾患。一 腸チフス、パラチフス、マラリヤ、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 黄疸、肝硬変、胆石症、胆嚢炎その他の肝臓や胆嚢の疾患。
一 胃酸過多症、胃酸欠乏症、胃腸カタル、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、急性虫垂炎、慢性腹膜炎その他の消化器系疾患。
一 腎炎、腎盂炎、萎縮腎、腎臓結石、ネフローゼ、尿毒症、尿道炎、膀胱炎、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 神経衰弱、精神分裂症、神経質、ノイローゼ、ヒステリー、気鬱症、不眠症などの精神、神経系疾患。
一 高血圧症、脳溢血、動脈硬化症、心臓弁膜症、心嚢炎、心臓性喘息その他の循環器系疾患。
一 白内障、結膜炎、フリクテン、角膜炎その他の眼科疾患。
一 急性中耳炎、耳下腺炎、耳鳴り、難聴、蓄膿症その他の耳鼻科疾患。
一 蕁麻疹、湿疹、ふけ症、脱毛症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、関節痛、肥胖症、梅毒、不妊症、痔、糖尿病など。



『漢方の臨床』(昭和29年9月号) 大 塚 敬 節
大柴胡湯について 

はじめに
漢方の処方の中で、柴胡を主薬とする、いわゆる柴胡剤は日常最も頻繁に用いられる重要な方剤である。大柴胡湯はこれらの柴胡剤中でも特に応用範囲の広い処方で、近代医学で難治とせられている疾病が、大柴胡湯で好転或いは全治に至る例をしばしば経験する。  漢方の先哲名医は、疾病の診断治療に肝の機能障害を重視し、和田東郭などは、所詮は肝と腎の二臓の変調に帰するとして、肝腎の機能の調整に重点を置いた。大柴胡湯が肝の障害による諸病に効顕のあることは、古人が既に喝破しているが、われわれの臨床経験もまたこれを裏書きしている。しかし大柴胡湯についての近代医学的の研究は、これから始まらんとしているところで、本稿は主として古人の論説及び筆者の経験を土台として執筆した。

原典の指示

大柴胡湯の適応症、応用例等をのべる前に、先ず原典である『傷寒論』及び『金匱要略』に現われた文章について簡単な解説を加えておく必要がある。   「太陽病、過経十余日、反って二三之を下し、後ち四五日、柴胡の証仍(なお)ある者には、先ず小柴胡湯を与う、嘔止まず、心下急欝々微煩する者は未だ解せずと為すなり、大柴胡湯を与えて、之を下せば則ち愈ゆ。(太陽病、中篇)」  この章は太陽病で病勢がすこぶる緩慢に経過して、発病十余日を経て漸く小柴胡湯の証より大柴胡湯の証に及ぶものを論じて、この二湯の相違と治療の順序とを示したものである。過経の二字は後人の註釈文で十余日を指している。心下急の急は物の詰まった感じで、心下部が張って堅くて、抵抗圧重感のあるのを云い、大柴胡湯の場合にみられる腹証である。欝々微煩は、小柴胡湯証の「黙黙飲食を欲せず心煩」よりもその程度が甚しい。  さて本文の意味は、太陽病に罹って十余日を経た頃は、病邪が裏に入って陽明裏実の証を呈する頃であるが、この場合は病邪の侵攻が緩慢で十余日を経た頃に、まだ少陽病で小柴胡湯の証を呈していたのである。ところが、医師がこれを陽明病と誤認して承気湯の如き下剤を用いて下すこと二三回に及んだのである。反ってとあるのは下してはならないものを下したからである。  このようにして柴胡の証を誤って下し、その後四五日を経ても、なお依然として病邪が柴胡の位置即ち半表半裏を去らない者には、先ず小柴胡湯を与える。これを与えても嘔吐が止まず、心下急、欝々微煩のものは小柴胡湯の力が足りなくて未だ邪が去らないのであるから、これには更に大柴胡湯を与えて、之を下せば愈るのである。先に大柴胡湯を与えずに、先ず小柴胡湯を与え、次いで大柴胡湯を与えたのは、先ず小建中湯を与えて、次いで小柴胡湯を与えたと同じ順序で『傷寒論』の治療法則の一斑を示したものである。  即ち小建中湯と小柴胡湯と較べると、前者が補剤であるから、そのいずれを与えるべきかに迷うときは、先ず補剤で補い、それで癒らぬときに、これより力の強い即ち瀉剤に近い小柴胡湯を用いるのである。  これと同じく小柴胡湯と大柴胡湯とでは、後者が瀉の力が強く、前者は後者に較ぶればむしろ補剤に近い緩和な薬であるから、そのいずれを用ゆべきかに迷うときは、先ず小柴胡湯を用い、それで癒らぬときに大柴胡湯を用いるのが順序である。即ち補を先にして瀉をあとにするのである。補といい、瀉と云うのも、程度の差であるから、以上の三方を虚実の順にならべると、小建中湯、大柴胡湯となるので、小柴胡湯は小建中湯よりも瀉に働くけれども、大柴胡湯よりは補に働くということになる。大柴胡湯には大黄が配剤されていて、瀉下の働きがあり、少陽病であって陽明病に近接し或いは陽明に属する場合に用いる。ところが『傷寒論』の大柴胡湯の方には大黄がない。そこで方後に「若し大黄を加えずんば、恐らくは大柴胡湯と為さず」とあって、大黄の必要な所以を附記している。   「傷寒十余日、熱結んで裏に在り、復(かえ)って往来寒熱する者には大柴胡湯を与う。但(ただ)結胸して大熱無き者は、此れ水結んで胸脇に在ると為すなり、但頭に微(すご)しく汗出ずる者は大陥胸湯之を主(つかさど)る。(太陽病、下篇)」  この章は傷寒にかかって十余日を経て、大柴胡湯証になるものと大陥胸湯証になるものとをあげて、これの弁別を論じている。往来寒熱は少陽病の熱型であるから、傷寒にかかって十余日を経た頃は、熱が裏に入って陽明病となり、往来寒熱の状はなくなるはずである。  ところがこの頃になっても往来寒熱の状があるから復ってという。復の字は古くは覆とも書き、覆は反の意にも用いられたので、ここでは反の意である。このように熱が裏に結んでも往来寒熱のあるものは、邪が全く裏に入ったのではなく、半分は少陽に半分は陽明にあって、陽明病になりきったのではないから、白虎湯を与えずに大柴胡湯を用いるのである。与うとあって之を主ると云わないのは、これを与えて後の証の変化を待つのである。ここに熱結んで裏に在りというのは、あとの水結んで胸脇に在りに対比している。ここには往来寒熱のみを目標にして大柴胡湯を与えるように書いてあるが、これは他の症状を省略したものである。ところが往来寒熱せずして、但結胸して体表に熱のないものは、これは熱結ではなく水結が胸脇に在るからである。この場合は身体の他部には汗がなく、ただ頭に少し汗が出るものである。これは大陥胸湯の主治である。この頭汗は大陥胸湯に特有な症状ではなく、大柴胡湯証にもしばしばみられる。   傷寒後には脈沈たり、沈なる者は内実となす、之を下せば解す、大柴胡湯に宜し。(弁可下篇)  傷寒の発病初期は脈が浮となり、日数が経つと沈となる。これは一般論で、例外は沢山ある。沈で充実した脈ならば内実の候であるが、沈で弱であれば裏の虚である。内実の場合は大柴胡湯、大承気湯などで下すべきである。宜しとあるのは大柴胡湯に限らないからである。   之を按じて心下満痛する者は、此れを実となすなり、当に之を下すべし、大柴胡湯に宜し。(金匱要略)  大柴胡湯証にしばしばみられる症状であるが、心下部の膨満と圧痛とだけで大柴胡湯を用いるのは早計である。必ず他の症状を参照して決定しなければならない。 ○  以上は原典の指示であるが、皮相的な見方をすれば、これらの一つずつは大柴胡湯の単なる応用例のようにみられる。しかし抽象的な事象を具体的な例をあげて表現することは中国文化の特質であるから、これらの例を通じて大柴胡湯の証を掴むように工夫しなければならない。古人が一隅を示して三隅を知らしめたものだといったのは、この間の消息を伝えたものである。  なお『傷寒論』に「傷寒発熱汗出でて解せず、心下痞硬して嘔吐し下痢するものは大柴胡湯之を主る」の一章があるが、心下痞硬して嘔吐、下痢するものには瀉心湯類、人参湯などを用いる場合が多く、大柴胡湯証としては比較的まれな例であることを追記しておく。

応用目標

〔腹証〕 大柴胡湯を応用するさいには、先ず腹証に眼をつけるがよい。古から柴胡腹と呼ばれる一種の腹型がある。この柴胡腹は柴胡剤を用いる目標となる。  柴胡腹というのは、心下部から季肋下にかけて膨隆した一種の腹証で胸脇苦満と呼ばれているが、この胸脇苦満に似ていて、そうでないものがあるから、診察にあたっては注意しなければならない。  最も定型的な大柴胡湯の腹証では、古人が鳩尾とよんだ部位、即ち俗にみずおちというところが硬くて膨隆し、圧を加えると痛を覚えて、息詰る感じがあり、それより左右の季肋下に沿ってやや膨隆して抵抗があり、この部に圧痛を訴える。この圧痛は右側に現われることが多く、左側は抵抗を感じても圧痛のないものが多い。ところが肥満して皮下脂肪の多い患者の場合は、往々にしてこの抵抗が深部にあるために、見落すことがある。これとは反対に皮下脂肪の少ない人が、故意に腹筋を緊張せしめている場合には、胸脇苦満でないものを胸脇苦満と見誤ることがある。一般に腹直筋を棒のように堅く触れる場合には、胸脇苦満がないのに、これを胸脇苦満と診断するから注意しなければならない。胸脇苦満があっても抵抗が季肋下に限局することなく、腹部全体に拡がって膨満抵抗を証明する場合は往々にして大承気湯の腹証に紛らわしいことがある。また瀉心湯類の心下痞硬が大柴胡湯の腹証に紛れることがある。このことについて山田業広は『温知医談』第十二号で、「柴胡瀉心之別」と題して次のようにのべている。   柴胡と瀉心を用るに二方とも心下痞硬の症あれば甚だ別ちにくきことあり、先年同藩家老大河内友左衛門、上毛高崎より東京に移りて後、余が薬を服す。其の証一年に三四度位ずつ気宇欝して引立たず、心下も微く痞硬す、いつも半夏瀉心湯を投ずるに効あるようにて了々たらず、四五十日を経ざれば全愈へず、高崎より来りし同僚に彼地居住の時は何等の方を処せられたりやと問いしに、いつも半夏瀉心の外に的当の方なしと云う。その頃例の通り発したり、熟察するに心下の底にぐっとつまりたる処あり、普通の心下痞硬、硬満などとはすこぶる異なり、因て心下急鬱々微煩とはこれならんと考えつき、大柴胡湯を処したるに四五日にして奇効あり、十余日にて出勤せり、説文に急は褊也とあり、褊とは小児の衣服を大人の着したる如くゆきつまり、きゅうくつたることなり、これにて心下急の文を始て了解せり。  次に問題になるのは、柴胡剤は左の胸脇苦満には効くが、右の胸脇苦満には効がないという説である。目黒道琢、和田東郭、山田業広、浅田宗伯などはこの説を支持している。これに反して、荻野台州、清川玄道は右の胸脇苦満にも効のあることをのべている。筆者も清川玄道等の説を支持する。左にあるものにも効くこと勿論である。

〔脈証〕 大柴胡湯証の脈は沈実或いは沈遅にして力のあるのを正証とするが、必ずしもこれに拘泥するを要しない。有持桂里は癰疽で大柴胡湯証を現わす場合には、脈が多くは弦数になるといい、治痢軌範では下痢で大柴胡湯証を呈する場合には脈が弦数になるといい、浅田宗伯は瘟病で大柴胡湯証を呈する時に、脈が沈細になることをのべている。『一夕話』では手の脈に眩惑せずに、大柴胡湯で下してよいとしている。  私の経験では脈大にして力のあるものにも、大柴胡湯を用いて奇効を得たことがある。  

〔舌証〕 赤痢、チフス、肺炎などのように熱のある患者で、大柴胡湯証を呈する場合は、舌が乾燥して黄苔を呈する。その他の一般雑病では、舌がやや乾燥している程度で舌苔のないものが多い。

〔大便〕 便秘していることが多い。しかし兎の糞のような丸い小さいコロコロした便の出るものは、数日便秘していても、虚証であるから、大柴胡湯で下してはいけない。これに反して毎日便通があっても快通しないものや、一日一回の便通があっても、大柴胡湯を用いなければならないことがある。  ところが大柴胡湯で下したために、かえって不愉快な激しい腹痛を起こしたり、悪感を訴えるものには大柴胡湯の不適応症が多い。

〔肩こり〕 大柴胡湯証にしばしばみられる症状である。胸脇苦満があって、便秘して、肩こりを訴えるものは、按摩や指圧でも中々よくならないものが多い。この種の肩こりには大柴胡湯で著効のあるものが多い。

〔小便〕 小便は着色しているものが多く、清澄で稀薄なものはまれである。尿量が特に多い者には、柴胡の不適応症が多い。

〔嘔吐〕 悪心を伴う嘔吐がある。悪心だけで嘔吐のないこともある。五苓散の水逆性の嘔吐のように多量の水を吐くことはなく、胆汁を吐くことがある。

〔発汗〕 頭部に汗が多い。頭髪がまばらで、この部にしきりに汗の出るものに、大柴胡湯の証が多い。

〔鬱悶〕 鬱悶という言葉は、一般にあまり用いないが、気分がふさいで物うく何となくうっとうしい感じを訴えることが、大柴胡湯証の患者にみられることがある。原典の指示の「鬱々微煩」がこれであり、腹証の項に引用した山田業広の「気宇鬱して引立たず」がこれである。いわゆる神経衰弱にみられる症状で、森立之は若年の頃、陰萎にかかり大柴胡湯で癒ったことを報告している。

〔往来寒熱〕 悪感と熱が交互に反復する熱型で、今日云う間歇熱などもこれに属し、少陽病の時にみられる。原典の指示にもある通り、大柴胡湯証に現われることがある。  以上、大柴胡湯の応用目標として重要な項目についてのべたが、これ以外にも雑多な症状が附随してみられること勿論である。


応 用 例

〔本態性高血圧症〕 本態性高血圧症に大柴胡湯証の多いことは昭和二十八年五月、日本東洋医学会総会で発表したので、その詳細は省略するが、本態性高血圧患者九十八人中、胸脇苦満を証明するものは六十六人で、その中で大柴胡湯証と認定した患者が四十五人あった。これらの患者は血圧降下剤で一旦血圧が下っても頭痛、肩こり、眩暈、耳鳴等の愁訴は依然として残り、自覚的に軽快した感じがないと云うものが多かったが、大柴胡湯を用いると、これらの愁訴が消散し、この薬で自分の病気はよくなるという自信を抱くようになり、これが病状に好影響を与えて、血圧も安定した。

〔胆石・胆嚢炎〕 胆石もしくは胆嚢炎に大柴胡湯証の多いことは、雑誌「漢方」の創刊号に書いたが、老人で疝痛発作を繰返し発作のあとで高熱を出し、黄疸を起こし、黄疸が少し消散しかける頃、また疝痛を起こして、黄疸が強くなるという患者に、大柴胡湯を二カ月ほど飲ましたが、効果を見ないものがあった。また老婦人で右季肋下の疼痛と頑固な便秘及び肩背痛を訴え、腹診上右季肋下に抵抗圧痛があり、正しく胸脇苦満の状があるので、胆石と診断して大柴胡湯を用いたが全く効なく、その後発熱、黄疸がつづき、種々処方を工夫変更したが、更に何の反応も示さず、遂に鬼籍に上った。剖見の結果は胆嚢の癌であったという。  胆石や胆嚢炎には柴胡剤の適応症が多く、数日の服用で自覚症状の軽快するものが多い。もし処方が証に的中していると思われるのに、全く軽快の様子がなければ、悪性腫瘍の存在を疑うべきだと、この時つくづく考えたことであった。  

〔多発性フルンケル〕 十数年前のことである。頑丈な男子で顔面に次から次とフルンケルが生じ或いは麦粒腫ができて、気分が重く、鬱々として楽まないという患者があった。この時、私は胸脇苦満と便秘を目標にして大柴胡湯を用い、忽ちにして全治せしめたことがあった。  ところがこの患者が昨年の夏、突然たずねてきた。「あれ以来すっかり忘れていた顔の吹出物が、今年は四月頃からでき始め、いろいろ手当をしたが、どうしてもよくならない。先生の薬をのめばよくなることはわかっていたが、罹災後の移転先が不明で困っていましたが、ようやく探しあてました」と云う。診察するに先年と全く同じである。そこで大柴胡湯を与えて三週間ほどで全治した。

〔湿疹〕 先年、本誌編集の気賀氏の親戚の一婦人が頚部、顔面上膊内面に湿疹を生じて来院した。この婦人は右に強い胸脇苦満があって、石のように硬く、軽く指で按じても、びっくりするほど痛む。私は初め十味敗毒湯を用いた。この処方も柴胡が主薬だから、効くだろうという考えであった。ところが全く効なく、かえって悪化してくる。消風散に転方して更にますますいけない。そこで大柴胡湯を与えたところ二三日で軽快してきた。その後、湿疹が出始めるといつも大柴胡湯を五日分服用するとおさまるようになった。  『方輿輗』に、「癰疽諸腫物に、脇下硬満する者は大小柴胡湯を選用して、先ず胸脇を利すべし。此の症脈多くは弦数なる者なり。是れ即ち少陽の位地にとりて治をなすなり」とあるのは、実際の経験から出た言葉であると思う。

〔脳出血後遺症〕 脳出血後の半身不随に大柴胡湯を用いるは、和田東郭の経験であるが、大柴胡湯で攻めることのできる患者は比較的予後がよい。

『百疢一貫』に「中風偏枯の症、左の臍傍に塊あって、夫れに柄が付て脇下にのぼり有るなり、偏枯もこれより為と見ゆ。是ものなきは難治なり、死す。これあるものは十に九つ愈るなり踏込んで療治すべし。此れ等の偏枯も疝より為と見ゆ。大柴胡のゆく処なり、効あるなり。然れども偏枯は全く癒えて平生の如くには成りがたきなり。然れども大抵は治って用事も勤る程にはなるもの也。」とあって、左に胸脇苦満があって腹直筋が拘急しているものに、大柴胡湯が効くことをのべている。『方輿輗』にも、「大柴胡湯、中風腹満拘攣する者は、此の湯を用うれば喎僻不遂も緩み言語の蹇渋もなおるものなり。」と同じようなことをのべている。  

〔円形禿頭〕 一少年、頭髪、眉毛悉く脱落して、注射療法、光線療法など種々手当を施したが効のない者に、一ケ年ほど小柴胡湯を服用せしめて著効あり、黒々とした頭髪がすっかり生え揃ったことを雑誌『漢方』に発表したことがあるが、その後も二人の青年に柴胡剤を用いて著効を得た。患者の虚実に応じて小柴胡湯または大柴胡湯を用いるのである。  『先哲医話』の和田東郭の条に、「油風には多く大柴胡湯を用いて効あり。是れ其の腹を治するによろし、徒らに其の証に泥むべからず。華岡青洲は此の証を治するに大柴胡加石膏湯を以ってす。」とあり、油風は俗にいうハゲアタマで禿頭のことである。  以上の疾病の他に、胃炎、腸カタル、肺炎の経過中、中耳炎、結膜炎、いわゆる蓄膿症、歯痛等に用いて効を得たが、応用目標さえあれば、その他のいろいろの病気にも用いてよいはずである。

用法、用量  

『傷寒論』によれば、大柴胡湯の用法、用量は次の通りである。  柴胡半斤 黄芩三両 芍薬三両 半夏半升洗  生薑五両切 枳実四枚炙 大棗十二枚擘  右七味、水一斗二升を以って煮て六升を取り、滓を去り再び煎じ一升を温服す、日に三服す、一方に大黄二両を加う、若し加えざれば恐らくは大柴胡湯と為らず。  右の分量は大体の標準とみなしてよい。なぜならば、この当時に用いた薬物がどのようなものであったかが確実にわからなければ、分量だけを厳密に規定しても意味をなさないからである。生薬はその品質の上下によって効果に著しい相違があり、且つ枳実の如きは、日本で現在用いているものは明らかに代用品と考えるべきであるから、一分一厘をやかましく議論しても無駄である。  私は現在、次の分量を用い、薬の精粗、病状の劇易によって加減をしている。  柴胡六・〇、黄芩・芍薬各三・〇、枳実二・〇、半夏四・〇、生姜四・〇(乾生姜を用いる時は一・〇)大棗四・〇、大黄一・〇 以上グラム単位 右を水三合に入れて半分に煮つめて滓を去り、一日三回に分服せしめる。  この煎煮の法は簡便法であるから、『傷寒論』に従って再煎の法を行えば、味がやわらかくなるし、効果もあがることであろうが、この簡便法でさえ、煩わしいという声のある現状であるから、一般にはなかなか行われにくい。


『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
大柴胡湯

大柴胡湯は、少陽病、すなわち半表半裏に病邪がありながら、さらに裏位に病勢が進んでいるもの、いわば少陽・陽明の併病と言えるものに、少陽病を治しながら、今にも胃実になろうとするその勢いをくだく力を持つ薬方とはいえ、汪訒庵(汪昂)の『医方集解』の本方条に「大柴胡湯は少陽陽明なり、故に小柴胡、小承気を加減して一方の為す」と言っているように、少陽・陽明の併病の薬方とも考えられよう。それは、あたかも太陽・少陽の併病の薬方である柴胡桂枝湯の場合にもたとえることができる。
そして、その薬味の構成を見ると、陽明病の本文としては大黄・芒硝で下すのであるが、少陽病は下さず大承気湯でいくところであるから、少陽病をやわらげながら陽明病に効くように考えられ、なみなみならぬ苦心がなされているのを感じる。合病・併病に用いて危険がないだけでなく、むしろ証に合えば、すぐれた効果を奏効するのを経験する。

大柴胡湯



傷寒論 細野常用一回量
柴胡 Bupleuri Radix 半斤 2.7g
黄芩 Scutellariae Radix 三両 1.5g
枳実 Aurantii Fructus immaturus 四枚、炙る 0.8g
芍薬 Paeonia Radix 二両 3.3g
半夏 Pinelliae Tuber 半升、洗う 4.3g
生姜 Zingiberis Rhizoma 五両、切る 0.8g
大棗 Zizyphi Fructus 十二枚、擘く 5.0g
大黄 Rhei Rhizoma 二両 0.2g


右七味。以水一斗二升。煮取六升。去滓再煎。温服一升。日三服。一方、加大黄二両。若不加。恐不為大柴胡湯。(右七味、水一斗二升を以って煮て六升を取り、滓を去り、再煎して一升を温服す。日に三服す。一方、大黄二両を加う。若し加えざるときは恐らくは大柴胡湯たらず。)

右一回量の二~三回分をもって通常一日量とする。
本方は、小柴胡湯から人参・甘草を去り、枳実・芍薬・大黄を加えたもので、王叔和の言うように、小柴胡湯と小承気湯の合方の意と見ることもできよう。
ところが『傷寒論』の宋板には大柴胡湯には大黄がなく七味であるが、『金匱要略』の大柴胡湯は大黄を入れて八味となっている。これが後世いろいろの説が生じた根拠である。しかし王叔和が「もし大黄を加えずば、おそらく大柴胡湯とはならないだろう」と言ったように、大黄があってこそ大柴胡湯と言えるのではなかろうか。あるいは、考え方により、大黄の量は初めから定められたものではなく、体質、症状に応じて加減すべきことを暗示するものとも言える。
次に本方中に枳実・芍薬・大黄と組み合わされているための妙味につ感て一つのエピソードがある。
私の親しい者で常習便秘のものがあった。それも弛緩性の便秘で、普通の下剤では強すぎて腹痛が起こり、思うようにいかなかった。そのうえ特に、数年前に、下行結腸に二~三ヵ所の癒着性狭窄ができてからはその度も強まり、かなりの下剤を含んだ薬剤でないと通じがつかなくなってしまった。体質は漢方で言う陰虚証で、体つきは細く、皮膚は菲薄で、筋肉の発達もよくなかった。
或る日のこと、この人が食餌性の蕁麻疹にかかった。もともと過敏性体むでもあったので、その発疹や掻痒非常に強かったが、升麻和気飲でほどなく治ってしまった。それで以前からの薬方にもどしたところ、また常習便秘が強くなってきた。考えてみると、升麻和気飲を服用している間はいつも気持よく便通があったのに、転方以後は便秘が強くなっている。
升麻和気飲では大黄一日〇・五で正常に近い快便であったのに、今度は一・五gにしても腹痛が起こるだけで便通はほとんど無い。不審に思って升麻和気飲の薬味を調べてみると、その中に枳実・芍薬・大黄の組み合わせがあることに気付いた。それからこの三味を主方に組み合わせて与えてみたところ、升麻和気飲を用いていた時のように、少量の大黄でも快く便通があるようになった。
こんなことがあってから、この三味の組み合わせを他の便秘の人々にも用いるようになり、いつも良い成績を挙げている。思うに仲景の昔にすでにこの三味の組み合わせの妙味がわかっていたものであろう。しかも仲景の深意を知ることなく、長年ぼんやり過ごしていた自分をいまさらのように恥かしく思ったものである。
大柴胡湯の構成薬味のうち柴胡・黄芩・芍薬・半夏・生姜・大棗については、それぞれ既に述べたので、ここでは枳実・大黄について左に解説する。

枳実(きじつ)
ミカン科(Rutaceae)のCitrus属(ダイダイ、ナツミカン、ミカンなど)およびその近縁植物の未熟果実を用いる。精油を0.3~0.5%含み、その主成分はd-limoneneである。またフラボノイド類のhesperidin,naringinなどやクマリン類のumbelliferone,aurapeneなどを含む。また近年、交感神経作働薬のシネフィリンが単離された。
枳実と枳殻が同一物であるかどうかは、古来論議されているところであるが、現在では一般に同様に取り扱われている。しかし曲直瀬道三の『能毒』などを見ると、六月に採ったものを枳実、十村のものを枳殻と言って区別し、枳実の方が作用が強烈であるから、あまり多く用いないようにと注意している。また『本草備要』では、枳実は小さく力の強いもので、大小承気湯にはこれを用い、枳殻は大きく力の緩やかなものであると言っている。
枳実の薬能は、『本草備要』に「其の功皆能く気を破る。気行れば則ち痰行り,喘止み、痞脹消え、痛刺息み、後重除く』「枳実は胸膈を利し、枳殻は腸胃を寛げる」とあり、要約すれば、瀉下・破気・行痰が主たる薬能と言える。
枳実の薬理実験においては、消化管の運動抑制、心臓に対する強心作用、血圧上昇、血管収縮など、いずれも交感神経を介して作用して感ると考えられるが、最近、枳実より、現代医学で交感神経作働薬として使用されているシネフィリンが単離されたことは、このことを裏付けるものとして興味深い。
その他、抗アレルギー作用や抗菌作用が認められている。

大黄(だいおう)
タデ科(Polygonaceae)のRhum palmatum Linne, Rheum Tanguticum Maximowicz, Rheum officinale Ballon, Rheum coreanum Nakai または、それらの種間雑種の根茎を用いる。アントラキノン類を3.5~5%含み、Chrysophanol, Emodin, aloe-emodin, rhein など多数が知られており、またジアントロン類のsennosideA,B,C,D,E,Fやタンニンなど、多くの成分が判明している。
大黄の薬能は、『本草備要』に「腸胃を蕩滌し、燥結を下して瘀熱を除く」とあり、実証性の瘀血、炎症、便閉などに応用されている。すなわち、消化管内の宿便や穀食物の停滞を下す瀉下作用のほか、瘀血に伴う諸症、便閉や腹満を伴う熱病、あるいは腹部の炎症性の腫瘍などに効果的と考えられている。
大黄の薬理実験では、瀉下作用について多くの報告があり、アントラキノン類、ジアントロン類に瀉下作用のあることが報告されている。また、その作用機序についても研究が進められ、腸内細菌の関与によって、瀉下成分が活性化され、大腸の神経叢に直接はたらいて、瀉下作用を発現することが判明している。瀉下作用の発現に腸内細菌が関与しているということは、大黄が人によって感受性に大きな差があることの一つの裏付けになるものとして興味深い。また、この瀉下成分は、高温で長時間煎じると、瀉下効果が低下するとの報告もあるが、古来、大黄を瀉下作用の目的で用いる場合に、粉末または振り出しにして用いるという経験則を裏付けるものと言える。
この他、大黄に胆汁分泌促進作用、利尿作用、血中尿素窒素降下作用、抗腫瘍作用、抗菌作用などが認められている。

大柴胡湯の証治

さてこれは、既に述べたように、小柴胡湯のゆく少陽病から、さらに陽明病の「胃家実」の状態、すなわち裏実の状態をも兼ねている併病、換言すれば少陽・陽明の移行型の一病態を治療することのできる薬方だと言うこともできようし、また、柴胡桂枝湯より病邪が裏位に実したものに用いるのだから、その症状もずっと激烈になったものに用いると言えよう。
『傷寒論』で言うような急性熱性病で、少陽の部位に病がありがら陽明の裏実を示す病態では、胸膈から上腹部に鬱滞しているような状があり、患者はその部分に圧迫または緊縛されているような窮屈さを感じるもので、この苦痛を仲景は「心下急」という表現を以ってしている。
大柴胡湯証は陽明裏実の兼ねるといっても、大承気湯証まではいっていないので、季肋下部や心下部だけの実満に止まり、大承気湯証のように臍を中心とした腹全体に及ぶ強い緊満はない。むしろ空きぎみだというのが特徴である。このことは急性熱性病の場合のことなのだが、慢性病の場合でも以上の所見を基として考えていけばよい。
ここで『傷寒論』の用例をさらに二、三引用して大柴胡湯の指示をもっと正確な知識としておこう。
「大陽病。過経十余日。反二三下之。後四五日。柴胡証仍在者。先与小柴胡。嘔不止。心下急。一云嘔止小安 鬱鬱微煩者。為未解也。与大柴胡湯。下之則愈。」(大陽病、十余日を過経、反って二三之を下し、後四五日、柴胡の証仍在る者は、先ず小柴胡を与う。嘔止まず、心下急、鬱々微煩の者は、未だ解せずとなすなり。大柴胡湯を与えて之を下せば則ち愈ゆ。)
すなわち発病して十余日も経過したので、太陽病から少陽病の時期も過ぎ、すでに陽明病期にも入っているはずだと早合点して医者が二度三度と下剤をかけた(これが「反」の意味)。その後四~五日も経た時分に、詳しく診察してみると、柴胡剤をもっていかねばならない病態が残っている。こんなときにはまず小柴胡湯を与えてみる。しかも詳細来湯でぴったりといかず、嘔吐もやまず、それに心下急、何となく鬱陶しく、いやな気持ちがするのは、まだ病気が治っていないのであるから、柴胡剤でも瀉剤を含むもの、すなわち大柴胡湯をもって下すようにすると癒ゆるものであるというのである。
この条文は大柴胡湯証を端的にあらわしていが、さらに脈状や腹状を示すものに次の条文がある。
「傷寒後脈沈。沈者内実也。下之解。宜大柴胡湯。」(傷寒、後には脈沈たり、沈なるは内実するなり、之を下して解せ。大柴胡湯に宜し。)〔傷寒論、弁可下病篇〕
「按之心下満痛者。此為実也。当下之。宜大柴胡湯。」(之を按じて心下満痛する者は、此を実となすなり。当に之を下すべし。大柴胡湯に宜し。)〔金匱要略、腹満寒疝宿食病篇〕
これでわかるとおり、大柴胡湯証の脈は沈で実している。これは病邪に抵抗する体力のあることを示すと同時に、病態の内実性をも指示するものである。腹候は心下痞鞕と言い、心下満痛というのは、前述の心下急や鬱鬱微煩の状を含めて考えれば、季肋下部などの上腹部が膨満して硬く、押さえてみると痛みがある、このような腹候であり、結胸とよく似たものであるため、他の症状も考慮して決めなければならない。
いずれにしても大柴胡湯は実証で、また、たとえば瀉剤を禁忌とするかのように思える下痢の場合でも、この腹候や脈状があれば、大柴胡湯を用いることができる。すなわち、大柴胡湯は瀉剤であるから便秘のときだけ用いるものと早合点してはならない。このことは『傷寒論』にも、
「傷寒、発熱、汗出不解、心下痞鞕、嘔吐而下利者、大柴胡湯主之。」(傷寒、発熱、汗出でて解せず、心下痞鞕、嘔吐して下利する者、大柴胡湯之を主る。)
と述べているとおりである。
なお、ここに心下痞鞕というのは、季肋下部や心下部の腹壁が堅く緊縮していることなのであるが、これは必ず脈状・舌候・その他からも実証であることを確かめねばならない。また、これと似て非なる心下痞鞕もあり、それは虚証のもので、人参湯や半夏瀉心湯、生姜瀉心湯などの適応する病態であり、大柴胡湯のいく実証の痞鞕とは大いに異なる。
なお、舌は『傷寒論』には記載されていないが、この病期では少陽の白苔はさらにその厚さを増し、その色も黄白色から黄褐色を帯びることが多く、その湿潤度はやや乏しい。

大柴胡湯の臨床応用

以上は、大柴胡湯の適応する病状を述べたのであるが、では、このような病訪fどんな疾病に現われやすいかを次に挙げてみよう。

〔1〕 消化器系疾患
主として肝臓腫大を伴いや功い疾患群で、胆石症、胆嚢炎などの発作時に起こる弛張熱、上腹部の膨満感や圧痛、自発痛、さてはこの部の痞鞕(季肋下部の腹筋の緊縮)などは前述の心下急、鬱鬱微煩の状を表わすことになり、これらがもし実証性のものであれば大柴胡湯が適応する病態である。しかも胆嚢炎や胆石症は実証の人に多く起こりがちのものであるので、胆石症といえばまず第一に大柴胡湯を考えてよいくらいである。
しかしながらこの場合に、大柴胡湯証と共に回盲部の圧痛・抵抗を伴うことがしばしば見出される。
ロンゲー(Longuet)は虫垂炎性消化不良(Appeudix Dyspepsie)という病気を提唱している。これは虫垂炎の症状はなく、ただ胃・十二指腸あるいは胆嚢炎の症状を訴えるのであるが、モイニアン(Moynihan)によれば、このとき幽門部の痙攣や充血、胃の大彎での幽門側のリンパ節の腫脹があらわれることを認め、またぶれすうぇいと(Braithwaite)はこの回盲部からのリンパ液はだいたい乳糜叢(Receptaculum Chyli)に入るものであるが、その一部分は幽門下リンパ節に入るものと十二指腸壁に流入するものもあると言っている。したがって回盲部と胆嚢や胃・十二指腸との間の関係は緊密なものがあり、胆嚢や胆道の炎症時には直ちに回盲部にも影響を及ぼすわけも考えられる。そしてこの回盲部の圧痛や抵抗を目標に用いる薬方に大黄牡丹皮湯があり、胆嚢炎や胆石症には大柴胡湯だけよりも、大黄牡丹湯を合方した方が一層効果的であることが多い。
黄疸の場合には、肝臓がかなり腫大していて、便秘の傾向もあり、心下部に鬱鬱微煩を感じたり、心下急の状態が起こることもあり、こんなときは本方を用いる機会であるが、この場合はさらち茵蔯蒿を加えて用いる。私はワイル氏病に大柴胡湯合桃核承気湯で良い結果を得たことがある。
このような意味で、大柴胡湯は実証性の肝臓性疾患にとってはむしろ特効薬の感さえある。
その他、強壮な体質の人の慢性腎炎などで、胃酸過多の多いものなどに本方および本方に牡蛎を加えて用いる。また本方に海人草を加えて原因不明の胃腸障害や腹痛をたちどころに治すことができたりすることもある。
一般的に言って、本方は便秘傾向のものに用いられるが、大腸炎などのような下部の腸疾患でも、その実証の強いものにのみ用い、一度にその下部腸管内容を一掃し、速かに治癒の転機を作り出させるために、適宜の処置として用いられることもある。それは、この方中の芍薬・大黄・黄芩などの作用に負うところ大なのであろう。

〔2〕 呼吸器疾患
 慢性病では、小柴胡湯が体格の華奢な人に用いることが多いのに反し、本方は筋肉質型の人々に投与する傾向がある。肺結核で本方が適応する患者は、その治癒率は甚だよいものが多い。また、気管支喘息の一型に本方が適合するものがある。 〔3〕 循環器疾患 本方の適応の第一は、肥満型または筋肉質型の実証性の人の高血圧や動脈硬化症、あるいは脳溢血や脳軟化症後の半身不随などに用いる機会が多い。しかしこのとき多くは便秘症である。また、本方に黄連を加えると三黄瀉心湯を合方したことになる。したがって本方の証で心気不足や上衝の傾向の強い場合には甚だよい。
 また一見健康そうだが働き盛りで責任のある地位にある人で、神経の使い過ぎ、会議、宴会などが続いて、生活が不規則で、胃をいため、胸や肝臓部が苦しかったり、便秘や下痢を繰り返し、血圧は高く、階段を上ると息切れがして、体の調子が悪いので、肝臓の薬やその他の薬を試みるが長続きしない、というような人をたくさん診るが、大柴胡湯を続服すると、体は軽くなり、顔色が冴えてきて、働き盛りを無事に過ごすことができるようになる。このような人の新陳代謝障害によいことが多い。また脚気症候群のあるとき、心肥大とか冠不全などと名付けられるもの、狭心症様の軽い胸痛などを訴えるものなどにも用いられる。
 〔4〕 精神・神経系疾患
 神経衰弱、癲癇などにも本方証がある。 

 
 〔5〕 その他
 腎炎のときに見事に奏効することもある。
 急性腎炎で尿毒症を起こして、治療の万策も尽きた九歳の子供に、本方合大黄牡丹皮湯を用いて、一服にして尿利が付き、意識も次いで恢復し、一命を取り留めたこともある。
 また慢性腎炎と糖尿病・高血圧を伴う六十二歳の肥満型の男性が、意識不明の状態になったのを救ったことがある。
 それは歯科医で、一度に八本の歯を抜き、その日から意識を失い、鼾をかいて昏睡状態になり、医師の懸命の治療も効なく三日を経ていたものであった。この病人は左手・右脚が常から不自由であったので、少しも動けなくなった今日、果たして脳出血か、尿毒症か、糖尿病の昏睡か、判然としない。私が中学時代の恩師の関係もあり、紹かれて診療をたのまれた。
 病人は意識なく、赭ら顔をしていて高鼾で寝ている。周囲に聞くと痙攣らしいものはないと言う。本人は、ときどきうめき声をあげるところをみると、案外こちらのことがわかっているのかもしれない。しかし大声で呼んでも応答はない。他の医者は「もう時間の問題だ」と言うのであった。
 脈は洪大で力があり、腹は上腹部が堅く、やや膨満していて、按圧するとひどく苦しいらしい。発病以来便通がない。以上の所見より、とにかく三黄瀉心湯をつくり,口中に流し込むと、ようやくにして呑み込むことができた。そこで、大柴胡湯加黄連合桃核承気湯を与えたが、その夜半から意識がつきかけ、翌朝には排便し、発語はできないが、簡単な受け答えが可能となり、夕刻より手足が少しく動くようになり、日を追って恢復していった。
 また、糖尿病に本方証が現われることがあり、石膏を加えて一時的な効果を得ることもある。大塚敬節先生は、経験から大柴胡湯加地黄として用い、糖尿病が消失した例があると言われたことがあったが、私の経験でも、軽症の際には消失することがある。元来、地黄は血糖を下げる力があることは実験的にも証明されているが、八味丸でも地黄を多くしないと効果が少ない。
 また本方を円形脱毛症や禿頭病などに用感て毛が生えたこともあり、インポテンツに用いて喜ばれたりしたこともあった。また糖尿病の女性に用いて、糖尿はあまり良くならないうちに、不感症がよくなって、思いもかけないお礼を言われたこともある。


 大柴胡湯を応用する疾患となると、なかなか語りつくせないが、以上、おもに私の臨床経験から効果的であったと思えるもの大要である。


【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html

慢性肝炎に使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2008/12/blog-post_24.html