健康情報: 康治本傷寒論 第五十五条 少陰病,下利,便膿血者,桃花湯主之。

2010年6月14日月曜日

康治本傷寒論 第五十五条 少陰病,下利,便膿血者,桃花湯主之。

『康治本傷寒論の研究』 
少陰病、下利、便膿血者、桃花湯、主之。

 [訳] 少陰病、下利し、膿血を便する者は、桃花湯、これを主る。

 この条文も第五四条と同じく少陰病の変証のひとつであるから最後に脈沈が省略されたものとして読まなければならない。この解釈は第五八条まで同じである。
 冒頭の少陰病を「少陰病に於いて下利し云々」と読めば、この条文は単純なものであるが、下利は陽病にも陰病にも起りうることであるから、脈が沈のときは少陰病の変証であると読めば、裏寒から生じた変証となり、この文章が生きてくる。
 下利は消化管における症状であるから内位に属し、膿血を便すとは『講義』三五七頁に「粘液および血液相交われるものを謂う」とある。
 『入門』三八一頁に「膿血便を排するのは、大腸に有熱炎症病変があるためであるから、これを裏熱と称するのであるが、患者の消化器が体質的に虚弱であるか、或は病毒が甚だしく激烈であるときは、病人は少しも発熱せず、最初から循環障害、及び意識障害を起し、脈は沈細となり、但だ寝んと欲する少陰の証候複合を現わし来って、便に膿血を混ずるときは、本来は炎症性病変に因るものであっても、これを裏寒と称するのである」とあるのがそれで、ただ『入門』では消化管(胃と腸)を内という立場をとっているのであるから、この文章中の裏熱、裏寒は内熱、内寒としなければ意味が通らない。
 陰病のときは病気に対する抵抗力が極度に落ちているので、裏位の病気もすぐに内位に影響を及ぼして下利を起すのである。そして大腸に影響がでると膿(粘液)と血(血液)を混じた便となる。
 このように考えないで、少陰病の症状が表裏内外にわたることを少陰病に一定の病位はなく、あるものは緩急だけであると今までは定義しているわけである。体力が落ちているから他の部位へ波及しやすいだけであって決して少陰病の部位が不明確なのではない。『講義』では便に膿血が混ることについて「此れ即ち腸内に於ける湿熱の為に粘膜糜爛するの致す所」と述べているが、この根拠がわからないし、治療するための薬物から見ても納得できない。『簡明中医辞典』(一九七九年、人民衛生出版社)七一七頁の膿血痢の項にも「多くは積熱薀結に因って血化して膿となり致す所」となっていて、湿熱とはなっていない。
 『集成』ではこの条文は「今の痢病に係わり、決して傷寒に非ざるなり。金匱要略の下利篇に此の証、此の方あれども少陰の目なし。かつ外台の桃花湯の下に崔氏方書を引いて傷寒後の赤白滞下にて数なきを療す。徴すべし。意うに是れ雑病論中の文、錯乱成て此に入る者のみ」と論じているが、裏寒が内寒を引起す意味がわからなかったのであろう。

赤石脂一斤一半全用一半篩末、乾姜一両、粳米一升。
右三味、以水七升煮、米熟湯成、去滓、内赤石脂末、温服七合、日三服。

 [訳]赤石脂一斤 一半は全きを用い一半は篩いて末とす、乾姜一両、粳米一升。
右の三味、水七升を以て煮て、米熟湯成れば、滓を去り、赤石脂末を内れ、七合を温服す、日に三服す。

 赤石脂一斤の下の一半全用一半篩末の八字は細字双行になっている。赤石脂を煮るとき塊を用いる(全用)という意味はわからない。
 米熟湯とは米がどろどろになった煎液という意味である。ところがこの句を前の句の煮の字とつづけて、「米を煮て、熟さしめ、湯成れば」と読む人がいる。これは宋板、康平本で煮米令熟となっているからである。これでは何時三味を煮るのかわからない。康治本の表現は合理的であり正しい。
 赤石脂は別名を桃花石というのでそれを処方名に用いている。赤石脂は収斂、止血、止瀉作用があり、乾姜は温めて寒を除き、止血作用があり、粳米は温めて止瀉作用がある。


『傷寒論再発掘』
55 少陰病、下利 便膿血者 桃花湯主之。
    (しょういんびょう、げり、べんのうけつのもの とうかとうこれをつかさどる。)
   (少陰病で、下痢し、膿血便を排出するようなものは、桃花湯がこれを改善するのに最適である。)

 少陰病 でとは、前条と同じく、全体的な状態としては、歪回復力(体力あるいは抵抗力)がかなり減退しているような状態でという意味です。この後に出てくる条文でも、すべて全く同様です。
 下利 は下痢の意味です。特にむずかしく考えることもないでしょう。
 便膿血 と言うのは、粘液と血液がまじりあった便を排出することです。
 結局、全体的に体力が減退した状態で、下痢し、粘液と血液のまじりあった便を排出するような者には桃花湯がよいということになると思われます。

55' 赤石脂一斤 一半全用一半篩末 乾姜一両、粳米一升。
   右三味 以水七升煮 米熟湯成、去滓、内赤石脂末、温服七合 日三服。
   (しゃくせきしいっきん いっぱんはまったきをもちい、いっぱんはふるいてまつとす、かんきょういちりょう、こうべいいっしょう。 
    みぎさんみ みずななしょうをもってにて、べいじゅくとうなれば、かすをさり しゃくせきしまつをいれ、ななごうをおんぷくす。ひにさんぷくす。)

 一半全用・一半篩末 の部分は細子で双行になっています。赤石脂の半分は篩いにかけて末の部分を用い、半分は塊のまま(全用)を用いるということですが、なぜこのようにするのか、後に少し考察してみましょう。
 米熟湯 とは米がどろどろになった煎液という意味です。この所は、「米を煮て、熟さしめ、湯成れば」という読み方もありますが、これでは「右三味」が文章の上で浮いてしまうことになりますので、既に第41条の所でも読んだように、「米熟湯なれば」と読んでいくことにしました。この方が合理的であると思われるからです。また、『宋板傷寒論』や『康平傷寒論』では「右三味、以水七升、煮米令熟、去滓……」となっていて、やや不合理な書き方になっています。確かに『康治本傷寒論』の記載の方が合理的であり、正しいものであると筆者も思います。
 この湯の形成過程は、既に第13章16項で考察した如くです。すなわち、膿血便は色々な病態で生じてくるものですが、そのうちのある種の病態で、赤石脂(別名は桃花石)が有効であることが、何らかの機会に知られたのでしょう。やがて、下痢を止める作用のある 乾姜 と一緒にされるようになり、更に下痢をとめ、体内の水分欠乏を改善する作用のある粳米が追加されていって、結局、赤石脂、乾姜・粳米という生薬配列をもった湯が創製されるようになったのであろうと推定されるわけです。
 『康治本傷寒論』が著作された時、この湯の生薬配列の最初の赤石脂の別名が 桃花石 であったので、その名をとって、桃花湯とされたのであると思われます。
 なお、赤石脂の粉末の方は粘膜の表面にひろがって、胃腸管粘膜の保護作用があ識と思われますので、出血をおこしているような粘膜の保護には良いのかも知れません。粉末を服用する指示が出ているのも納得のいくことです。しかし、塊のまま煎じる(全用)のはなぜでしょうか。あまり細かい粉末状のものを煎じると、折角、煎液中に出てきた各種の成分を吸着してしまうような働きがあるので、大きな塊のままで煎じて、この吸着作用をすくなくし、また、赤石脂から溶け出ていく何かの成分を利用しているのではないでしょうか?ただし、これらの事も初めからこのように考えてやったのではなく、全く経験的にやっていて、それで具合がよかったので、その後はそのようにしているというのではないでしょうか。
 もしも経験的にこうなったのだとすれば、以下のような過程が一番考えられ易いでしょう。すなわち、初めは、赤石脂の粉末のみを乾姜と粳米の煎液で服用していたのですが、後にその粉末も入れて煎じてみたところ、色々と具合の悪いことがわかって、次には塊のみを乾姜や粳米と一緒に煎じ、粉末はその三者の煎液で服用するようになった、というような過程です。これならば、十分に起こり得た事柄と思えるのですが、確実に説明する方法が今はないようです。読者の想像をかきたてるヒントの一つにでもなればいいと思って、敢えて述べておくことにしました。




『康治本傷寒論要略』
第55条 桃花湯
「少陰病下利便膿血者桃花湯主之」
「少陰病、下痢し、膿血を便する者は、桃花湯之を主る」


 宋板「少陰病、二三日より四五日に至り、腹痛し、小便不利し、下利やまず、膿血を便する者、桃花湯これを主る。」〔宋板-11-27〕


 「下利止まず、膿血を便する」は大腸の症状であるから太陰病であるが、自覚症状の腹満がなくて下利の起きる時には少陰病と見なしている。従って冷えを感じたりして体力が減じはしめている。
 その時に桃花湯を用いるのである。


 薬理作用

 渋腸止瀉・止血生肌作用     赤石脂     黄疸・泄利・腸澼・膿血・陰蝕・
                               下血・癰腫・疽痔・悪瘡・頭瘍・
                               疥瘙

 温中・回腸・温肺化痰・解     乾姜       胸満・咳逆・上気を治し、温中・
 毒・循環促進・健胃止嘔・               止血・汗を出し、風湿痺を逐う
 昇圧作用                        ・腸澼・下痢・昇圧・乾嘔・吐下・
                               排尿異常・腰痛・子宮出血


 滋養・強壮・抗腫瘍作用     粳米        止渇・下利・体力低下・煩渇を
                     ウルチ米     除き・胃を調え・気力を益す


臨床応用
 少陰病で遷延した赤痢や大腸炎で、すでに熱なく、衰弱の傾向があって、手足冷え、腹部も軟弱で痛み、頻々として下痢し、膿血を下し、裏急後重はなく、脈沈細遅のものを目標。赤痢・大腸炎の遷延性のもの・直腸潰瘍・直腸・痔瘻・肛門炎・肛門潰瘍等虚寒の証に応用する。(漢方処方解説 404p 矢数)

康治本傷寒 論の条文(全文)