健康情報: 9月 2010

2010年9月27日月曜日

アトピー性皮膚炎(アレルギー性皮膚炎)に用いられる漢方薬・健康食品・サプリメント

アトピー性皮膚炎に用いられる漢方薬

症状葛




















































湯湯便秘がち◎小便の出が悪い◎○不眠傾向○○頭痛がする◎○◎○汗をかきやすい×○○◎足の裏に汗をかく◎疲れやすい○皮膚の荒れ△○◎△顔が浅黒い◎皮膚が渋紙色◎出血傾向○○貧血傾向○口・のどが渇く○○○のぼせやすい○○○手足が冷える○△月経異常○イライラする○◎鳩尾(みぞおち)がつかえる感じ◎◎化膿しやすい◎○○◎◎かゆみが激しい◎◎○○○△◎患部に痛みがある○○○水疱がある○○△△滲出物(しんしゅつぶつ)が多い△◎○△△△◎夏になると悪化しやすい◎発疹(ほっしん)が出る◎△



1.葛根湯(かっこんとう)
 体力があり、体がしっかりしている人で、普段余り汗をかかない、くびの後ろが強くこる、頭痛がする、といった人のアトピーに用います。
 なお、これらの症状に加えて、ジクジクした滲出液(しんしゅつえき)が多いという場合には、茯苓(ぶくりょう)白朮(びゃくじゅつ)を加えてよく、また多少手足が冷えがちという症状が加わっていれば、さらに附子(ふし)を加えるといっそう効果的なことがあります。
葛根湯加石膏合四物湯(…… か せっこう ごう しもつとう)
 皮疹(ひしん)に赤みがあり、患部に熱感のある陽証で、患者が体質的に頑健(がんけん)な傾向の証ないし虚実間証であったり、皮疹が重症の邪実証に、葛根湯を用いるが、劇(はげ)い瘙痒(かゆ)みを煩躁(はんそう)と考えて石膏を加えて葛根湯加石膏として用いる。桂枝加黄耆合越婢加朮湯証と虚実が近似しているが、どちらかといえば、此の方が実証のうである。桂枝加黄耆湯越婢加朮湯が効かない時に、此の方がよく奏効するのである。
 その場合、アトピー性皮膚炎などで、長年の経過を経て陳旧(ちんきゅう)化したものは一部に紅斑(こうはん)も見られるが、広い範囲の皮疹が苔癬(たいせん)化して肥厚(ひこう)、硬化、乾燥、剥皮(はくひ)落屑(らくせつ)、痂皮(かひ)等を呈し、黒褐色の色素沈着により一見汚穢(おわい)に見える。この、紅斑部分は陽証であり、黒褐色の部位は陰証で、全般的には陰陽錯雑(さくざつ)証の皮疹である。 そこでこういう場合、陽証の皮疹に対して葛根湯加石膏で対応し、陰証の皮に対応する為四物湯を合方して用いると、皮疹が改善する例がある。

2.十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)
 体力が充分にある人で、患部が化膿する傾向があり、滲出液が多いものに用います。だし、この処方を虚証の人に用いると、薬疹があらわれたりして副作用に似た症状を起すので、体力が余り無いと思われる人は使わないようにします。
この薬方は、湿疹、皮膚炎にも用いられるが、むしろ蕁麻疹(じんましん)に応用することがい。半米粒大位の細かい褐赤色の皮疹が瀰漫(びまん)性ないし散在性に発疹する場合にく奏功する。また、手足の膿疹(のうしん)、掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)に第一選択としている。
 但し、何れの場合も、腹診(ふくしん)によって胸脇苦満(きょうきょうくまん)を認める場合に、良く奏功するまた、その腹証(ふくしょう)(腹壁反射)は極く微妙なものもある。

3.消風散(しょうふうさん)
 体力が充実してしいる人で、患部の充血とかゆみがひどい、かさぶたがあって臭気をしている、夏に悪化しやすい傾向がある、などの症状がある場合に用います。口渇を訴ることも目標になります。
 ・痂皮(かひ)を形成し、分泌物が多く、かゆみの強いものに用い、口渇を訴える者が多い。 ・貨幣状湿疹や皮膚の肥厚、硬化等を呈し、漿液(しょうえき)分泌が甚だしく多いもの。
 ・一般に患者は陰陽錯雑の重症で、体質的には頑健な実証ないし虚実間証であって、証は見られない。


4.治頭瘡一方(じずそういっぽう)(ぢづそういっぽう)
 俗に“胎毒(たいどく)”と呼ばれる、乳幼児から小児にかけてあらわれる皮膚炎に用います。頭部顔面にきたない滲出液が出て、かさぶたをつくり、強いかゆみを訴えるものに卓効を示ます。

5.白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)
 かゆみや発赤が激しく、熱感があって、患部は乾燥しており、のどの渇きがひどく、がよく出て、水をよく飲み、小便の出方がよい、という場合に用います。

6.白虎加桂枝湯(びゃっこかけいしとう)
 前記の白虎加人参湯とほぼ同じ状態の人で、のぼせて顔が上気しているような場合にいてよいものです。
 思春期以降、前胸(ぜんきょう)部、頸(けい)部、顔面に、発赤、皮疹が著しくなり、全身の皮は枯燥(こそう)する傾向がある。特に顔面の赤鬼様顔貌(がんぼう)を呈するのは、患者にとって大な苦痛である。このような症例に白虎加桂枝湯合四物湯加荊芥連翹を与え著効呈した症例を平成二年第六回国際東洋医学会(学術大会)で発表し、以後もこような患者を多数診療した…」(『漢方の臨床』第46巻第1号)
 これは主として重症の成人型アトピー性皮膚炎に該当すると思われ、体質的は虚実中間証以上で、陽証の型に応用されると考える。症状が激しいものは邪症として、やや虚証にも用いられる可能性があるとも思う。

7.越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)
 体力が中等度あるいはそれ以上の人の皮膚炎で、患部は分泌物が多く、ジメジメしたただれていて、いかにもきたなく見える浮腫状である、口が渇き、多少汗が出やすい傾がある、尿の出方が少ない、という場合に用います。
 体内に水毒(すいどく)があって、皮膚まであふれ出ているのを治す処方です。

8.越婢加朮附湯(えっぴかじゅつぶとう)
 前記の越婢加朮湯の証に、手足の冷えが加わった人で、この処方は一般に滲出物の多皮膚炎によいとされていますが、乾燥している場合に効くことがあります。皮膚病に幅く使用される処方です。

9.温清飲(うんせいいん)
 患部が乾燥して、赤みと熱感があり、かゆみの強いものによく効きます。皮膚は浅黒か、ときに渋紙色(しぶがみいろ)を呈していることが多く、みずおち(鳩尾)の付近に軽度の抵抗と圧痛認めることが目標になります。
 この処方は、四物と黄連解毒湯とを合方したもので、アレルギー体質を改善する働きあります。


10.荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)
 筋肉質で、肌の色が浅黒く、化膿しやすい傾向があり、手のひらや足の裏にひどく汗かきやすく、両腹直筋に緊張が認められるものに用います。
 青年期で、体質を改善する必要のある人に用いると良いものです。

11.升麻葛根湯(しょうまかっこんとう)
 頭痛、発熱、悪寒などがあって、発疹の出るものに用います。目が充血し、鼻が乾いり、眠れない、などといった症状も目標になります。

12.黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
 体力が中等度もしくはそれ以上の人で、のぼせ気味、顔色が赤い、精神不安、不眠、ライラなどの精神神経症状がある、熱感がある、といった場合のアレルギー性皮膚炎にいます。発疹は赤みを帯び、かゆみはあるが乾燥していないものによく効きます。

13.柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)
 癇が強くて、好ききらいが多い腺病質(せんびょうしつ)の子供の体質改善に用います。両腹直筋の緊があり、腹にふれるとひどくくすぐったがるという傾向のある場合によいものです。

14.当帰飲子(とうきいんし)
 皮膚がカサカサに乾燥していて、分泌物が少なく、かゆみのひどい場合に用います。た逆に、分泌物がジトジトと出て乾かず、乾くかと思えばまたジトジトと出て、かゆみ強いもののにも用います。冷え症で、血色もあまりよくなく、冬に増悪する傾向のあるのに適しています。

15.桂枝加黄耆湯けいしかおうぎとう
 体力がやや虚弱な子供で、汗をかきやすい、寝汗をかくことも多い、疲れやすいとい場合のアレルギー性皮膚炎に用いてよいものです。
 アトピー性皮膚炎の発病は、普通、乳幼児からである。その様相は、皮膚が分的に発赤して紅色を呈する紅斑という症状である。初めは、狭い一部分の紅が、次第に拡大して広い範囲の皮膚が赤くなるのが一般的である。
 此の赤みのある色合いは、漢方では陽証の色である。そして患者は乳幼児だら、当然成人と比べれば体力に劣る。この点を、漢方では虚証という。そこで皮膚炎の初期は、陽虚証ということになる。
 話は飛ぶが、感冒などの急性症では、陽虚証は桂枝湯証(桂枝湯の適応症)なる。皮膚炎では、桂枝湯だけでは治らないので、これに皮疹を良くする生薬黄耆を加え、桂枝加黄耆湯にすると、皮膚炎の治療が可能になる。
 桂枝加黄耆湯の出典は『金匱要略』で、それに「黄汗の病が長引いて皮膚荒が出るものを治す」という意味の記載がある。又、皮膚病の治療法を整理した塚敬節先生の論説の、「陽性に桂枝加黄耆湯」という記述(『漢方と漢薬』第巻 第一号、昭和九年)を根拠として、皮膚炎にこの薬方を用いるのである。 関連処方
a.桂枝二越婢一湯加黄耆(けいしにえっぴいちとう か おうぎ)
 成分一日量の桂枝湯の2/3量と越婢湯1/3量を合わせた薬方が桂枝二越婢一である。感冒などの発熱症で、虚証ではあるが、桂枝湯症より悪寒が少なく、感が多いのが、本方の証である。患者の体質が桂枝湯症を現すよりやや強いか病症(病邪(びょうじゃ))がやや激しいものである。
 皮膚炎には、本方に黄耆を加えて、桂枝二越婢一湯加黄耆として用いる。桂加黄耆湯証より、患者の体質がやや強い実証か、紅斑の発赤がやや劇(はげ)しく、痒(かゆ)も強い病邪、病証がやや実証に用いる。次項の桂枝加黄耆湯合越婢加朮湯証と桂枝加黄耆湯証との中間の虚実が対象となる。

b.桂枝加黄耆湯越婢加朮湯(……ごう えっぴかじゅつとう)
 皮膚炎の紅斑が、桂枝加黄耆湯より発赤の赤みが強く、瘙痒(そうよう)も比較的激しい合に、桂枝加黄耆湯越婢加朮湯を用いるとよい。この時湯液ならば越婢湯で良いが、エキス剤は越婢加朮湯なのでこのようにしている。
 桂枝加黄耆湯証と病症が似ていて、より実証である。
 越婢加朮湯は、出典の『金匱要略』には、下肢の浮腫や関節痛などに対応す(表実証)とされているが、大塚敬節先生が皮膚病の治療薬方として、越婢湯共に挙げられた。

c.桂枝加黄耆湯白虎加人参湯(……ごう びゃっこかにんじんとう)
 皮膚炎で、桂枝加黄耆湯証に似ているが、患者が体格、体質が比較的頑強で病邪、病症がより激しくて紅斑の赤みが強く、瘙痒(そうよう)が劇しい邪実証には、桂枝黄耆湯に合わせて陽実証に対応する白虎湯を合方するとよい。
 エキス剤による治療の場合は、桂枝加黄耆湯白虎加人参湯を併用する。
 大塚敬節先生は、白虎湯白虎加人参湯を皮膚病治療の薬方として既に挙げれたが、これが一般化したのは、岡山の漢方専門医師岡利幸氏重傷が重傷のアピー性皮膚炎に白虎湯合四物湯が奏功した治験を発表してからである。(第六国際東洋医学会学術大会)

d.桂枝加黄耆湯黄連解毒湯(……ごう おうれんげどくとう)
 皮膚炎が主に紅斑の型で発疹し、ごく一部角化、乾燥を呈し、紅斑の紅色がや暗色の傾向があって、かゆみが強く、稀にほてりを訴える。
 患者はほとんどが成人で、幼少期は稀である。表証が一部裏証を兼ねていたり陽証が僅かな陰証を兼ねていると思われる。体質的に、顕著な虚証、虚弱ではく、中間証乃至やや実証である。こういう場合に、桂枝加黄耆湯に黄連解毒湯合わせて用いるとよい。



e.桂枝加黄耆湯四君子湯(……ごう しくんしとう)
 発疹が主に紅斑を呈している皮膚炎で、桂枝加黄耆湯証と思われる陽虚証の者が、顕著な胃腸虚弱、胃下垂の脾虚証(ひきょしょう)で、胃部の膨満感、消化不良、食欲不振軽度の嘔気(おうき)(むかむか)等胃弱の症状を兼ねて訴え、皮疹の回復も思わしくな時に、桂枝加黄耆湯に胃弱を補う四君子湯を合わせて用いると、胃の症状が改すると共に皮膚症状も快方に向かうことが多い。
 前項の桂枝加黄耆湯合黄連解毒湯が、裏実証の傾向なのと対照的な裏虚証の合である。

f.桂枝加黄耆湯加竜骨牡蛎(……か りゅうこつぼれい)
 桂枝加黄耆湯桂枝加竜骨牡蛎湯を合わせて(合方として)用いる方である。 皮疹の辛さや瘙痒の不快さの為神経過敏、不安、抑鬱気分等を呈して、気が鬱滞(うったい)すると、皮疹の回復が阻害される。その場合、皮膚炎の証が桂枝加黄耆湯ならばこれに竜骨、牡蠣を加えて用いるとよい。
 本方は、金匱要略(血痺虚労(けっぴきょろう)病)に「精気衰えた(清穀(せいこく)、亡血(ぼうけつ)、失精(しっせい)の)者治す」とされ、類聚方に「桂枝湯で胸腹に動悸がある(神経過敏により心搏動腹大動脈搏動が表れている)ものを治す」とあるを根拠にする。

g.桂枝加黄耆湯加附子(……か ぶし)
 皮膚の広い範囲に、赤みのある、紅色の紅斑が発疹しているが、色合いが鮮色でなく、なんとなく灰白色がかっていて、乾燥した部分が混在したりして、が沈細(ちんさい)、沈微(ちんび)の虚寒(きょかん)であり、疲れやすかったり、手足が冷えたりし、体質的にい虚証である。陽証に、陰証、寒証が一部併存した、陰陽錯雑証に、桂枝加黄湯加附子1.0~2.0gを用いると良い。
 アトピー性皮膚炎で、紅斑が多発した虚弱体質の幼児に、強い体質の実証にいる薬方を2・3連用した為、体力が一層低下し、体が冷えた病態になった。の患児(かんじ)に桂枝加黄耆湯加附子を投与して、体力も皮疹も回復することがある。
16.十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)
 体質的にやや弱い比較的虚証や、必ずしも虚証に見えないが、虚労で重症の皮膚炎を症した場合に用いる。
 脈、腹力が弱いが顕著ではなく、甚だしく心身を労した後や、疾患が長年経過した為心身が疲労した虚労によって、広範囲の皮疹が苔癬化して、暗褐色、黒色調となり、肥厚硬化、乾燥、落屑等が甚だしく、時として漿液分泌を伴って顕著に湿潤する。一見して症で、汚穢に見える場合に、十全大補湯がよく奏効する。

17.補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
 発生学的には皮膚と粘膜(消化器粘膜、呼吸器粘膜など)は同じ。
胃腸の調子を整え、身体を整えて自然治癒力を高めることを最優先にする。

18.桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
 体質的に虚実間証で、腹診によって瘀血の腹証を明らかに認める場合。
 頑固な湿疹で、血の腹証として、下腹や臍傍に抵抗と圧痛。 いろいろの薬方で効ないものが、これで治ることがある。

19.当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
 体質的に比較的虚証で、腹診によって軽度な瘀血の腹証を認める場合に応用される。

20.大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)
 悪臭、漿液(しょうえき)性、患部鬱血、汚い、小腹腫痞、便秘

21.桃核承気湯(とうかくじょうきとう
 漿液が濃く、悪臭、患部が赤黒く鬱血(うっけつ)、かさぶたができやすい、痒みが強い、のぼせ頭痛、便秘、小腹急結(しょうふくきゅうけつ)

22.大柴胡湯(だいさいことう)
 湿疹の患者で、胸脇苦満があって、便秘し、脈にも力があるものによい。患部は湿ったかさぶたを作る傾向があるものに用いる。

23.防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
 体格のよい肥満した人、便秘、脈にも力があり、湿疹が頑固で治り難い。患部は赤くだれ、分泌物が湿っていることが多い。

24.清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)
 首から上の湿疹、患部に赤み、腫脹、化膿傾向、のぼせ、赤ら顔

25.真武湯(しんぶとう)
 胃腸虚弱、下痢傾向、冷え症、脈弱、赤みに乏しく、発疹も小さいい

26.茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)
 痒みが強い、夜も眠れない、口渇、小便不利、首上に汗、便秘、
 舌に黄膩苔
 ※膩苔(じたい): 苔が油を帯びたように、 べったりとしているもの

27.猪苓湯(ちょれいとう)
 患部の分泌物が多い場合や湿潤していたり水疱性の時で、多少とも熱性の傾向が認めれる場合
 多汗症


【加味(かみ)される生薬(しょうやく)】
荊芥(けいがい)
シソ科のケイガイの花穂(かすい)及び茎葉(けいよう)。発汗・解熱・消腫(しょうしゅ)・解毒作用があり、十敗毒湯・荊芥連翹湯などの皮膚病の薬に配合される。

連翹(れんぎょう)
モクセイ科のレンギョウの果実で微に寒薬としての働きがある。風邪の初期の熱・微悪寒・発疹などの症状・おでき・熱による尿閉(にょうへい)・排尿困難・排尿痛なに応用する。
皮膚病に使用する漢方薬に、荊芥・連翹の組合せを加味して効果を増強するこが多い。

薏苡仁(よくいにん)
 ハトムギ(イネ科)の種皮を除いた種子。
 消炎・利水・排膿(はいのう)・鎮痙(ちんけい)・滋養・強壮作用があり、むくみ・いぼ取り・皮膚の荒れ・みなどで漢方薬方に配合され、また、民間薬として単味で使用する。

大黄(だいおう)・芒硝(ぼうしょう)
 便秘の改善
 病毒の排出


健康食品・サプリメント
1.ビートオリゴ糖
 オリゴ糖には多くの種類がありますが、ビートオリゴ糖は、その一種です。
ラフィノースとも呼ばれ、D-ガラクトース、D-グルコース、D-フルクトースからる三糖類のオリゴ糖で、ビート(砂糖大根、甜菜(てんさい))から抽出されます。天然にも多く見い出される難消化性オリゴ糖で、ビートのほか、砂糖キビ、蜂蜜、キャベツ、母、ジャガイモ、ブドウ、麦類、トウモロコシ、マメ科植物の種子(大豆など)等に存在しす。つまり、ビートオリゴ糖は人間がこれまで最も量的に摂取してきた難消化性オリゴと言えます。
 また、ビートオリゴ糖や大豆オリゴ糖以外の多くのオリゴ糖は、微生物や酵素によって工業的に製造したオリゴ糖ですが、ビートオリゴ糖は、砂糖の原料であるビートから抽出した天然のものであると言う特徴があります。
 ビートオリゴ糖は、オリゴ糖の一種であり、腸内の善玉菌であるビフィズス菌を増殖させ、悪玉菌を減少させる作用が認められています。
 ビートオリゴ糖はヒトの消化酵素では大部分が分解されず、また吸収されることなくそのまま大腸にまで届き、善玉菌の栄養源となります。しかも、悪玉菌には利用されなので、善玉菌のみが増えるわけです。更に、腸内細菌の総数はほぼ一定ですので、善玉の増えた分だけ悪玉菌が減ることになります。
 
 アトピー性皮膚炎には、体質、食物、ダニ等色々な原因が考えられていますが、198年代より、消化管の常在真菌(じょうざいしんきん)であるカンジダ(Candida)の異常な増殖が原因の一つであるとの説が出てきました。
 カンジダは、ヒトや動物の口腔・消化管や皮膚そのほかの体内外から見いだされる、どこにでもある真菌(酵母やカビ)の一種ですが、通常の場合は人体に害を及ぼしません。しかし、抗生物質などの薬剤が長期に用いられたとき(菌交代現象(きんこうたいげんしょう)による)や、人体の感防御の仕組みである免疫系の機能が低下したような場合に、体内で異常に繁殖してしまます。増殖したカンジダは、毒素(Canditoxin)を出してヒトの免疫能力を低下させ、抵力を弱めます。また、腸の粘膜に菌糸を伸ばして腸壁に穴を開け、アレルゲンとなる異物を侵入させやすくします。抵抗力が弱まれば、ヒトの体は「非常時用」の抗体をつくらるを得なくなり、その結果、各種のアレルギー反応が生じてきます。また、穴の開いた壁から異物が入りやすいので、当然、多種類の食物アレルギーも起こってきます。更にカンジダ自体がアレルゲンの一つでもあり、カンジダやCanditoxinがアトピー性皮膚炎の因の一つになっているとの説もあります。
 実際、Buslau氏は、糞便中のカンジダの陽性率が、正常者(54%)に対して、アトピー性皮膚炎患者(70%)で、高率に見れてたと報告しています。また、松田三千雄氏らも重症アトピー性皮膚炎患者で60%、正常者で45%の陽性率と、同様の傾向を見い出しいます。
 そこで、カンジダの好物であるアルコールや砂糖、果物(果糖)、みりん等を摂取しなようにし、抗真菌剤(ナイスタチン等)を内服することで、症状の改善が得られると考えれ、そのような臨床が行われています。日本では、松田三千雄氏が比較的重症なアトピー性皮膚炎の7~8割に有効と報告して以来、アレルギー疾患治療ガイドラインにも取りれられる様になってきました。
 一方、ビートオリゴ糖には、腸内細菌叢を改善する働きがあります。すなわち、善玉を増やし、有害なカンジダ等の増殖を押さえられ作用があると考えられます。
 そこで、松田三千雄氏は、食事から、甘いもの、果物、アルコールの除去を行い、ビートオリゴ糖を投与(乳児1.0g/日、1才1.0g/日、3才2.0g/日、6才3.0g/日、人6.0g/日)する臨床試験を行いました。その結果、50例中、著効(皮疹がほぼ消失)は2例(44%)、有効(紅斑、湿潤、掻痒(そうよう)低下)は16例(32%)、無効(改善無)は12例(24%)、増悪0例(0%)との結果が得られました。有効率は有効、著効合わせて50例中38例(7%)と非常に良い結果を得ました。副作用は1例で下痢が認められましたが、一回投与を減量することで、消失しました。
 効果発現までの週数は、1週間から5週間までで、平均は1.92週でした。これは、真菌剤であるナイスタチンを投与した場合に比べても遜色ありません。
 ビートオリゴ糖を投与しても無効であった例に抗真菌剤を投与することで、皮疹の改を得た例(12例中3例)もあることから、ビートオリゴ糖は、抗真菌剤よりも効果は劣る可能性が考えられましたが、抗真菌剤を投与した時に起こるHerxheimer現象が認めらないという利点もあります。つまり、副作用としては、下痢のみで、これも量を少なくることで解決しましたので、重大な副作用はないと考えられます。
 すなわち、副作用の恐れのある抗真菌剤を投与する前に、ビートオリゴ糖で先に試しみる方が良いと言えます。
  また、カンジダのみではなく、タンパク質が吸収される場所である小腸で増殖して粘膜を破壊したり毒素を出したりする病原性の大腸菌が、多くの例で見つかっていますこれらの悪玉大腸菌もアトピーに関係しているとの考えもあります。これに関しても、ビートオリゴ糖の投与での改善が期待できます。
 すなわち、ビートオリゴ糖を摂取することで、腸内環境を改善し、カンジダや大腸菌抑制し、その結果アトピーが改善するわけです。
 ※Herxheimer(ヘルクスハイマー)反応:ヤーリッシ・ヘルクスハイマー反応
もともとは、梅毒でペニシリンを内服を開始すると急に発熱・関節痛・皮疹の化があることです。その他の病気でも抗生物質・抗真菌剤・抗ウィルス剤で一悪化する時に使われます。既存の感染症に薬が効果があると大量の死骸に身体過剰反応して起ります。
まとめ
・高い安全性
・長い食経験
・100%天然物(ビートより抽出)
・大手業者(森永)の乳児用のアレルギー用ミルクにも採用されている
・食事は、甘いもの、果物、アルコール、みりんをさける。
・ビートオリゴ糖を1日4~6g程度とるようにする(成人)。
 子供の場合は、量を減らす。
 (目安として、0~1才1.0g/日、1~3才2.0g/日、3~6才3.0g/日)
・下痢をする場合は量を減らす。
 軟便程度で苦痛がなければ、減らさなくてもしばらく(通常2~3日程度)
 すれば、普通便となる。 
・アトピー以外の効用
 便秘の解消。
 歯周病や虫歯の予防


2.EPA(エイコサペンタエン酸、イコサペント酸)
 イワシ、アジ、サバなどの青魚に含まれる脂肪の一種です。
 脂肪はよく動物脂肪(主に飽和脂肪酸)と植物脂肪(主に不飽和脂肪酸)の二つに分けて「動物脂肪=悪玉」、「植物脂肪=善玉」というように考えられていますが、それほど純なものではありません。
 動物の油にしても植物の油にしても、たくさんとると、それぞれに含まれる脂肪酸がの中に蓄積されます。ここで重要な点は、「脂肪酸は、種類によって違いがある」という事実です。脂肪酸やその代謝物(体の中で酵素などの働きで化学的に変化した物質を、の三つに分けることができます。それぞれのグループで体に対する作用の仕方が異なりす。

①飽和脂肪酸系(動物性食品、パーム油など)
②リノール酸系
 ・リノール酸(多くの植物の種子、穀類、食用油(ベニバナ油等)、マーガリン、マヨネーズ、ドレッシングなど。)
 ・γ-リノレン酸(月見草油など)
 ・アラキドン酸(肉類に少量)
 ・プロスタグランジン2、ロイコトリエンB4など
③α-リノレン酸系
 ・α-リノレン酸(野菜の葉や根、植物プランクトン、シソ油など)
 ・エイコサペンタエン酸(魚介類、藻類)
 ・プロスタグランジン3、ロイコトリエンB5

これらの三つのグループは、体の中で代謝されても、相互乗り入れのように他系列へ変化していくことはありません。これまでの一般常識と異なるのは、同じ植物油でも、リノール酸系とα-リノレン酸系は、はっきり分けて考えるべきとしている点です。特に問題のは、体内に入ってくるリノール酸グループの脂肪酸(アラキドン酸)と、α-リノレングループ(エイコサペンタエン酸)のバランスです。細胞の膜にこの二つの油(アラキド酸とEPA)のどちらが多く含まれているかで、アレルギーの症状の起こり方がまった違ってきます。
 アレルギー反応が起こると、その刺激によって、炎症を引き起こす物質が作られます。細胞の中からはヒスタミンなどが出てきますが、細胞の膜からは、ロイコトリエンやプスタグランジンといった、炎症やかゆみを引き起こす物質が作られます。ここで重要なとは、アラキドン酸から作られる炎症を引き起こす物質は、EPAを原料として作られ類似物質に比べて、その作用が強いことです。
 例えば、アラキドン酸からできるロイコトリエンB4という物質は強い炎症を起こしすが、EPAから作られるロイコトリエンB5は、その三十分の一の作用しか持っていせん。要するに、α-リノレン酸やEPAをたくさんとれば、体はアラキドン酸体質からEPA体質に変わり、たとえアレルギー反応が起きても、強い炎症は表れません。動物験でも、α-リノレン酸やEPAを食べさせると、アレルギーによる炎症が抑えられる果が出ています。また、EPAをたくさん摂取するエスキモーにはアレルギー病が少ないことも知られています。
 上記のように、EPAの摂取により、アトピーの改善が期待できます。
 DHA、DPA、フラックスシードオイル(亜麻仁油)も同様な効果が期待できます。

【関連物質】
 共役リノール酸(CLA;異性化リノール酸)(2,000~3,000mg/日)
・リノール酸がアラキドン酸に代謝される反応を抑制し、結果的にアラキドンからの炎症性エイコサノイドの産生を低下させる。
・ダイエットなどにも、良く用いられる。ひまわりの種子に多く含まれる。
・共役リノール酸からIgGが産生され、IgGはアレルギー反応の引き金となるIgEの産生を抑制

3.ビタミンC(大量投与)2グラム~5グラム/日 3~4回に分けて
 ビタミンCは抗酸化剤として非常に優れており、フリーラジカルをたたいてくれ、また、副腎でのコルチゾール(ステロイドホルモン)の分泌を促します。
 

4.ビタミンB12(大量投与) 1,000μg/日
 栄養所要量は、2.4μg/日であるので、かなり大量の投与
 一酸化窒素(NO)の消去作用
一酸化窒素はフリーラジカルの一種で、もし過剰に存在すると皮膚を初め、多くの器に障害を与えます。また、炎症性メディエーターとして、アトピーの本態である炎症も悪化させます。
 ビタミンB群であるので、他のビタミンB類も一緒に摂った方が良い。
ビタミンB1:50mg/日、ビタミンB5(パントテン酸):50mg/日
この二つのビタミンBはビタミンCとともに副腎皮質の働きを活発にしてくれます

ビタミンB2:50mg/日、ビタミンB6:50mg/日
顔の赤みをとってくれます。
更にB6はセラミドの生成に、マンガンと共に必須
ただし、B6は乳汁分泌ホルモンであるプロラクチンの分泌を抑制すので、授乳中や妊娠中は注意。
顔の赤味にはシステインも効果的なことがあります。
1,000~2,000mg/日

5.酪酸菌(らくさんきん)
医薬品では、ミヤリサンやビオスリー
ビオチンも一緒に摂取

6.ビオチン(ビタミンH)(大量投与) 5mg/日
必ず、α-リポ酸300~600mgも同時に摂る。
ビオチンだけの摂取では、α-リポ酸が不足する可能性。
マンガン(Mo)も3~4mg/日摂ったほうが良い。

7.セレン(Se)
50~1150μg/日
グルタチオン ペルオキシダーゼの生合成に必要

8.ビタミンD3(コレカルシフェロール、Cholecalciferol)
(大量投与) 1,000~2,000IU/日
【参考】成人(男女) 目安量:5μg(200IU)/日
          上限量:50μg(2,000IU)/日

9.亜鉛 15~30mg/日
銅  1~2mg/日
(亜鉛:銅=15:1)
皮膚の再生、免疫力強化

10.ブラダーラック(ヒバマタ、ケルプ):500~600mg/日
ヨウ素、亜鉛、カリウムといったミネラルが豊富に含まれています
甲状腺機能亢進

11.ビタミンE(ミックストコフェロールで)
天然のビタミンEにはトコフェロール類とトコトリエノール類という2つのグープがあり、それぞれにα(アルファ)体、β(ベータ)体、γ(ガンマ)体δ(デルタ)体の4種類、合計8種類のビタミンEが存在することがわかってます。
α-トコフェロールの単独摂取はかえって心血管系の病気のリスクを増すとい研究発表が出ています。従って、食物から自然のままに多くの形のビタミンE同時に摂取するのが最も理想的です。

12.セラミド
保湿
   小麦由来、コンニャク由来、米由来等ある。
   本来のセラミドとは、構造が異なる。
   作用機序は不明

2010年9月21日火曜日

八味丸(はちみがん) の 効能・効果 と 副作用 

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会 
61.八味丸 金匱要略

地黄8分 山茱萸4分 薯蕷4分 沢瀉3分 茯苓3分 牡丹皮3分 桂枝1分 附子1分
右煉蜜にて丸として1回量2.0を服し1日3回

(金匱要略)
○虚労腰痛,少腹拘急,小便不利者,本方主之(虚労)
○夫短気有微飲,当従小便去之,本方主之(痰飲)
○問曰婦人病,飲食如故,煩熱不得臥,而反倚息者也,師曰此名転胞,不得溺也,以胞系了戻,故致此病,但利小便則愈,宜本方主之(婦人雑病)
○男子消渇,小便反多,以飲一斗,小便一斗,本方主之(消渇)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 疲労倦怠感が著しく,四肢は冷え易いのに拘らず時にはほてることもあり,腰痛があって咽喉がかわき,排尿回数多く,尿量減少して残尿感がある場合と逆に尿量が増大する場合があり,特に夜間多尿のもの。本方は八味地黄丸(八味)腎気丸とも言われ,男女更年期や虚弱な老人に万能薬的に用いられ,特に陰萎,糖尿病に著効が認められる。本方適応症は疲労倦怠感があっても通常胃腸障害はないから,柴胡剤との鑑別の目安とされる。本方は筋骨質で平素強健な人の一時的な陰萎には禁忌であり,虚弱な人で頭痛,のぼせ,動悸などがあって神経症状が甚だしい時は桂枝加竜骨牡蛎湯が適する。糖尿駅/に応用する場合白虎加人参湯の項を参照のこと。五苓散との鑑別は本方適応症状は疲労倦怠感が強く,また手足が冷え易く,尿量が減少する時は排尿困難があり,逆に尿量増加,特に夜間多尿が認められるに対し,五苓散適応症は通常排尿困難はたいしたことはなく,尿量が増大することもなく,尿量が増大することもなく,手足の冷え,疲労倦怠感も著しくない一方,八味丸適応症には認められない悪心,嘔吐,下痢などの症状を伴なうことがある。なお猪苓湯との鑑別は猪苓湯の項参照のこと。むしろ本方と鑑別困難なものは当帰芍薬散であり腹痛,下腹部の圧痛や著しい排尿困難がある場合は区別は容易であるが,そうでない時は極めて難しく,胃腸症状がなく疲労倦怠感,手足の冷えの程度が甚だしい場合に本方が適する。本方は卒中体質で赤ら顔の人や筋骨体質で体力旺盛な時期に投与してはならない。本方を服用後,悪心,嘔吐,浮腫,下痢などの症状を起す場合は不適であるから直ちに投与を中止し,五苓散で治療するとよい。また食欲が減退する時も不適で安中散,小柴胡湯,柴胡桂枝干姜湯,半夏瀉心湯などで治療し,他の処方に転方すべきである。

漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
①疲労倦怠感ざ著しく四肢や腹部が極度に冷えて,マヒ感を伴い,排尿回数が多く口が渇くもの。
②または手足が冷えやすいにもかかわらず時にはほてることがあり,口渇,腰痛,頻尿,夜間排尿,神経症状などの複合症候があるもの。
③冷え症,易労症で腹部や下半身に力がなく,排尿回数は多いが排尿量が少なく,浮腫があったり,視力や精力が減退するもの。

 本方は主として老人性の疾患に繁用されているが,なかでも糖尿病,慢性腎炎,高血圧症,坐骨神経痛などに応用される頻度がきわめて高く,応用の目安は身体の冷感もしくは熱感,頻尿,夜間尿,口渇,腹部や下肢に力がはいらないなど,老化現象の複雑な症候群があって,虚弱者らしいし愁訴があるにもかかわらず, magen症状のないことが本方の特徴といえる。したがって本方はこの症状があれば若年層にも応用されるが,主として50才以降の初老や老年層を対象にすることが多く,前記複合症候をポイントに連続服用させると,初老期に多い更年期症状様の視力や精力の増強,腰冷,腰痛,倦怠感などを次第に好転せしめる。

 類似症状の鑑別 白虎加人参湯と比べひどい口渇があって水をほしがる点で似ているが,白虎加人参湯証にはさらに熱感が著しく,本方証にあるような利尿障害や高血圧症状などの,老化現象を認めない。
 五苓散も同様の症状があるが,体力があるものの水分代謝障害に伴い,体内水分の偏在で口潤を訴え,老人病的な症状がない点で区別できる。
 注意事項 本方は赤ら自の卒中体質や,体力旺盛な筋骨体質のもの。または平素胃腸が虚弱で下痢の傾向あるものには投与しない。本方を下痢するものには真武湯や半夏瀉心湯を考慮すればよい。

漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○八味丸は腎気丸とも呼ばれている通り,腎の機能を強化する作用がある。ここでいう腎というのは,東洋医学でいう少陰腎経のことで今日の腎より更にその範囲が広い。例えば耳鳴に八味丸を用いるのは,耳は腎経にぞくするからである。また腎と肝とは密接な関係にあるから,八味丸は肝の機能を強化する効もある。そこで肝経にずくする眼の病気である白内障や網膜炎などにも用いられる。
○八味丸を用いる目標は腹診上では,小腹拘急(下腹部で腹直筋がひきつれたように突っぱっている状態をいったものである。)と臍下不仁(臍下丹田に力のぬけている状態をいう)との二つの型がある。1人の患者に,この2つの異なった腹証が現われるのではなく,少腹拘急が現われたり,臍下不仁が現われたりする。いずれにしてもこのような腹証がみられるときは腰以下の機能の減退していることを示している。そこで腰痛,精力減退,脚気,下肢の麻痺,下肢の脱力感,分行困難,排尿の異常等を目標にこの方が用いられる。
○尿が出すぎる場合にも,尿が出ない場合にもともに八味丸を用いる。また夜間の多尿にこの方がよく用いられる。糖尿病,萎縮腎,遺尿症に用いられる一方,腎炎の浮腫,前立腺肥大,膀胱炎などにも用いられる。また高血圧症や脳出血の後遺症にも用いる。
○口渇と手足の煩熱もまた八味丸を用いる目標であるが,これらの症状を訴えないものもある。手足の煩熱は地黄剤を用いる一つの目標で足のうらがほてって困るということを訴えるものがある。
○八味丸を与えると,下痢を起したり,食欲が減退したり,吐いたり,腹痛を訴えたりするものがある。これは八味丸の主薬である地黄のためと思われる。だから胃腸の弱い人には注意して用いるがよい。
○地黄は胃にもたれる傾向がある。そこで古人も,これを酒でむして熟地黄を作って用いることを工夫した。また地黄の配剤されている炙甘草湯を煎じるには酒を加え,また八味丸を酒でのむように指示している。これはアルコールの力でその発散の効をねらったものである。
○八味丸にも附子が配剤されているから,1回に大量をのんではならない。 (中略)せんじて用い識時には附子の量に用心してほしい。決して生のままの附子や烏頭を用いないように,必ず炮じたものか白川附子を用いるようにした。

(※magen 胃(ドイツ語))
(※白川附子 → 白河附子のことか?)


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○胃腸が健全で,食欲正常,下痢,嘔吐などの障害がなく,泌尿器,生殖器の機能が衰えて,つぎのようない犯いろな症状をあらわすもの。
○疲れやすく,腰や足が冷えたり痛んだりし,小腹拘急して尿利が減少し,あるいは浮腫を生ずるもの。
○小腹不仁があって,腰脚がしびれたり,脱力状態になり,尿閉もしくは尿失禁,あるいは遺精,陰萎などがあり,咽喉の乾燥感や口渇があるもの。
○口渇がひどくてさかんに水をのみたがり,水を多量にのみたがり,水を多量のんで尿量が非常に多いもの。
○婦人や老人,衰弱者などが,身体や手足が煩熱し,ほてってあつ苦しく,ねにくく,息苦しいものなどである。
○小腹拘急は下腹がひきつれることで,腹直筋が臍より下で固く張っているもの。
○小腹不仁は下腹の力が脱け,足もとがあぶなくなり,物につまずきやすくなるのが一つの特徴である。
○口や咽喉が乾燥した感じがあって,口がかわくと訴えるが,舌は湿って赤味があるのが特徴である。
○口渇は普通は軽いもので,水を少しずつのめば満足する。老人などによくみられる。しかし糖尿病などでは,激しい口渇があって,さかんに水を飲むことがある。ただそういう場合は,尿量も増加するものである。
○本方の浮腫は,身体下部に出る虚腫である。

◎(医療手引草)
 陰水は(陰証の水毒)は咽渇せず,小便は少ないけれどもひどく渋ることはなく,大便秘結せず,あるいは病後や慢性下痢の後で浮腫を生じ,これを押すとくさった瓜を袋の中に入れて押すようで,どこへ押してもべたっとへこみ,なかなかもとにもどらない.これは八味丸,真武湯,附子理中湯などの証だとある。

○(内科秘録) 平常は無病だが毎年夏になると両脚に浮腫のおこるものがある。ほかの処は少しも腫れず小便も平常のように通じ,軽症だが治りにくいというものがある。桂枝加苓朮附湯、六物附子湯などを用いても少しも効かないものは八味丸で速効をあらわすことがあると記してある。

○(求古館医請) 尿が濁って淋瀝し,たらたらといつまでも余瀝が流れ,その小便が米のとぎ汁のようで下腹部に下がなく,腰が冷えて筋肉がひきつれるほかには異常もないようなものは,腎気丸の証だとある。

◎(古家方則) のどがかわいて,水を一升のんで小便を一斗も排尿し,少腹不仁(下腹の鈍麻)するのは多く婦人にもある。産後や多産婦あるいは老婆が排尿しようとして漏らしてしまうものにもよいとある。


漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○糖尿病には口渇と多尿を目標にして八味丸を用いるが糖尿病の初期で口渇があり,体力の旺盛なものには,白虎加人参湯,竹葉石膏湯等を用いることがある。しかし疲労感,腰痛等があれば外見上強壮に見えても,八味丸を用いるべきである。萎縮腎では糖尿病のような口渇を訴えるものは少いが,夜間に眼がさめると口が乾いて,舌がうまく廻らないというものがある。そして夜間5~6回の排尿のあるものがある。これも八味丸の証である。とかく老人には地黄剤の証が多いから,何病であれ口渇及は口乾を訴えるものがあれば先ず地黄剤である。八味丸,炙甘草湯,滋陰降火湯などの証でないかを考えて見る必要がある。
○この方は糖尿病,腎疾患,高血圧などからくる腰痛や,いわゆる老人性腰痛などによく用いられる。一名を腎気丸とも呼ばれ,金匱要略には“虚労,腰痛,小腹拘急,小便不利の者は腎気丸之を主る”とあって無理を重ねて起った腰痛にはとくによく効く。このさい下腹部で腹筋がつっぱっていることが多い。小便は不利することもあり,淋瀝することもあり,また出すぎる場合もあって一定しない。又この方は老人性亀背にみられる腰痛にも用いられる。この病気は老婦人に特に多く,背が円く曲って腹をみると,臍部で上下に腹が折れるようになり,腹直筋が棒のように突っ張っている。このような患者も八味丸をのんでいると起居振舞が楽になること奇妙である。
 腰が痛むばかりでなく、何となく力がないというもの,足がしびれるというようなものにもよい。
○八味丸は下肢に力がなくて歩行に難渋するもの,または下肢が麻痺して歩行不能のもの,または下肢の知覚鈍麻や麻痺のあるものなどによく用いられる。


漢方診療の実際〉 大塚、矢数、清水 三先生
 本方は乾地黄,薯蕷,山茱萸,沢瀉,茯苓,牡丹皮,桂皮,附子の八味からなっているので,単に八味丸とも呼び,地黄を主薬とする故八味地黄丸ともいい,腎気の虚衰して起る疾病を治する効がありとして,腎気丸または八味腎気丸とも称せられる。
 本方証の患者は一体に疲労倦怠感が強いが,胃腸は健全にして,下痢・嘔吐等の障害がなく,小便不利する者と,却って頻数多尿になるものとある。手足は冷え易いに拘わらず往々煩熱の状があり,時として舌は乾涸の状となって,乳頭は消失して紅く,口渇を訴えるものがある。脈は沈小のものもあり,弦のものもあり,一定していないが,微弱のもの,頻数のものに用いることは殆どない。腹診すると臍下が軟弱無力である場合と,腹直筋が下腹部に於て拘攣して硬く,この部に拘急の状を訴えるものとがある。
 平素胃腸虚弱で下痢の傾向のある者や,胃内停水が著明なものには此方を禁忌とする場合が多い。また本方を服して後,往々食欲減退を訴えるものがある。かかる場合は本方の適応症ではないから,転方すべきである。
 一般に本方は幼年期・少年に用いることが少く,中年以後殊に老人に応用する機会が多い。地黄・山茱萸・薯蕷には強壮・滋潤の効があり,茯苓には強壮のほかに利尿の作用があり,沢瀉にも利尿・止渇の働きがある。且つこれに配する血の鬱滞を散じ,鎮痛の効ある牡丹皮があり,機能の沈衰を鼓舞させる桂枝・附子が伍しているから,本方は以上の目標の下に,以下述べる如き病症に用いられる。
 老人の腰痛,糖尿病,慢性腎炎,萎縮腎,脳溢血,動脈硬化症,膀胱炎,陰萎,前立腺肥大,産後及び婦人科の手術後に来る尿閉,脚気,婦人病で帯下の多いもの等に用いる。
 八味丸に牛膝・車前子を加えたものを牛車腎気丸と名付け八味丸の働きを更に増強させる意味に用いられる。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 本方は老人病の薬方ともいうべきもので中年以降老令者に用いることが多い。一体に疲労,倦怠感が強いが,胃腸は丈夫で下痢や嘔吐などはなく,便秘がちで小使は不利のときと反対に頻数多尿のことがある。手足は冷えやすいにもかかわらず,往々にして煩熱があり,舌は乾いて乳頭消失して紅くなり,口渇を訴えるものが多い。脈は沈んで小さいが弦のように硬いもの。緊のものや洪大のものなどがあって一定しがたい。腹は臍下が軟弱無力で,ブワブワして手ごたえのない場合と,腹直筋が下腹部で拘攣して硬く,自ら下腹が張って苦しいと訴えるものとがある。平素胃腸虚弱で下痢の傾向のある者や,胃内停水が著明なものには禁忌のことが多い。本方を服用して食欲減退あるいは下痢するものなどは適応症ではない。目標を広範な応用面をもっているので,主証の取り方によって異なってくるものである。下焦の虚,臍下不仁と疲労を主訴とするもの,小便不利,多尿を主訴とするもの,皮膚や四肢煩熱を主訴とするもの,呼吸促迫,難聴,視力障害等を主訴とするもの等によって目標が変わってくることももちろんである。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成 地黄と牡丹皮は循環障害(血証)に沢瀉と茯苓は水分代謝障害(水証)に山薬,山茱萸は下虚に,桂枝は気剤で茯苓と共に気動短気を治し,桃仁,地黄と共に血行を促す。附子は虚寒証を温補する。以上は薬能の概略だが,これによって渋;八味丸は下虚して気動上衝し,下虚に伴う循環障害(血証)があり,下虚による水分の代謝障害(水証)があるものと理解される。それを具体的に症状を挙げて説明すると,下虚とは腰仙髄断区の無力状態で,下腹部の筋肉の緊張や泌尿生殖老の緊張が弛緩性になり,或は下肢下腹部に知覚麻痺,運動麻痺を起し,小便は脱漏的に多尿になる。但しこの反対に仮性の覚張即ち実際には無力性でありながら現象的には下腹部が緊張したり,尿利が減少したり,腰が痛んだりすることがある。下虚によって3つの状態が起る。その1つは水証で尿利の変化が起り,口渇が著明である。但しこの口渇は水証単独で起るのではなく,血証と相俟って顕著になったものだ。その2は気衝で下虚すると気の上衝を起すとの考え方が漢方にある。今の場合はそれが腹部大動脉の亢進や呼吸促迫や吐血などの形で現われる。その3は血症で前記の劇しい口渇,吐血などがそれであるし,また血熱と称して恐らくは毛細管の鬱滞によるか,血液の粘稠度を増すものか(それは水分代謝障害とも関係する)例えば皮膚掻痒症を起したりする。それから下部は漢方では腎に属するといって泌尿生殖器,副腎の機能に関係する部位だから,その方の症状が現われる。例えば副腎皮質ホルモンの障害によって皮膚や舌にメラニンの色素沈着を起して黒ずんで来たり,虚証だからインポテンツを起したりなどする。腎は耳と関係するという考えから腎の虚なので耳聾なども八味丸で治す場合がある。八味丸の応用は上記の範囲で巧みに症状をつかまえて行くと疲労,泌尿生殖器疾患,下身半麻痺,糖尿病や副腎皮質ホルモン障害などの新陳代謝病,皮膚病,耳病,血管病,など非常に広い範囲の病気を取扱うことができる。

 運用 1. 口渇著明,尿利増加
 これは金匱要略の消渇病「男子の消渇、病小便反って多く,飲むこと一斗を以て小便一斗なるもの」というのに基いている。消渇とは口渇があって水を飲むとその水が小便に出ずに途中で消えてしまうという所から消渇の名があるのだが,それなら小便不利(尿量減少)なるべきなのに八味丸の場合は小便自利(多尿)なので矛盾し仲いるから「反って」記入したのである。下虚して排尿力が無力性になっているためどんどん洩れてしまうとの考えに従っている。かかる症状を臨床に当はめてみると糖尿病,萎縮腎,前立腺肥大症などにしばしば見られる所で,夜尿症などもその応用例と考えてよい。その他小便を帯下に転用することも出来る。即ち薄い帯下が多量に出るものによい。また皮膚病だろうが、耳病だろうが,病名の何たるかを問わずこの指示症状があれば本方の適応症になり,応用の範囲は頗る広く,活用の妙は極りない。口渇も尿利増加も顕著だから,その程度を見れば殆んど他の処方と誤ることはないが,八味丸は痩せた人は貧血性で脉が沈んで弱い。肥えた人は色が浅黒く脉が大きく硬い,傾向があるからそれを参照にするがよい。或は下条に出て来る下腹壁筋の緊張異常や腰痛なども参照するとよい。口渇と小便の関係から類証鑑別しべきものは
 小建中湯: 口渇,小便自利の傾向があるが,その程度は極く軽い,八味丸は顕著である。
 白虎加人参湯: 口渇は著しいが小便は正常
 五苓散: 口渇は著しいが小便は不利
 猪苓湯: 口渇は軽く小便は頻数又は排尿困難

 運用 2.腰痛,下腹部腹筋緊張,小便不利するもの。
 これは金匱要略の「虚労の腰痛,少腹拘急し,小便不利」(虚労によるのだが),前条の小便自利とは反対に小便不利になっている。1の処方が反対の症状に適応されるのは一見矛盾しているようだが,漢方ではこういう例がかなり多く,不眠の処方を嗜眠に使ったり,便秘の処方を下利に使ったりするなどがそれである。だから漢方の処方は作用を一方的に考えずに可逆的,調節的だと考えた方がよいのだ。今の小便の場合も無力性だから洩れるとも考えられるし,無力性だから排尿力が弱いとも考えられるのである。少腹拘急,即ち下腹部の腹筋緊張があるだけで腰痛が著明でないこともあるが,小便不利なら八味丸の証とすることができる。また腰痛と小便自利であっても差支えない。しかし腰痛,少腹拘急,小便不利の症候群として現われる公算が最も多く,代表的と云えよう。このときの脉は沈のこともあり,腰痛や少腹拘急が著しいと弦になることもあり,脉は必ずしも一つの脉状ではない。この他前記の視診所見参照。この条の応用として腰痛,坐骨神経痛,神経衰弱で腰痛するものなど腰部疼痛を主訴とするものと,少腹拘急を応用して下腹部がつれたり,痛んだりするものにも適用されるから,急性膀胱炎,尿閉(例えば尿毒症,産後や婦人科外科の手術後に反射的に起るもの)陰茎や陰門の疼痛,陰茎強直症などに用いられる。虚証で腰痛,少腹拘急小便不利の三症候群があるときに区別を要する処方はないが,その内の二つ位しか揃っていない場合だと類証鑑別を要するものがある。(中略)

 運用 3. 下腹部軟弱や麻痺性のもの
 これは運用2と反対に下腹部の腹壁が軟弱である。それを証明するには上腹部と下腹部とを比較してみれば直ぐ判る。或は運動麻痺或は知覚麻痺のこともある。このような麻痺性は下虚即ち下腹部,腰部,下肢の無力性,弛緩性によるものと説明される。金匱要略の中風病にはこれを「脚気上入,少腹不仁」と表現している。脚気による麻痺が,下肢から漸次上方に及んで下腹部までも達したとの意で,不仁とは人の如くならず,即ち通常の感覚を喪失し麻痺していることである。この場合も口渇や尿利の異常を伴うことが多い。応用は脚気,脚弱症即ち脚に力がなく,がくがくするもの,下肢或は腰部の麻痺,萎縮,足腰の立たぬものなどである。脚気は浮腫を伴っていても差支えない。このアトニー状態と小便自利を生殖器機能に転用して陰萎,夢精,遺精,早漏等の神経衰弱に八味丸を使うことが多い。下半身の麻痺に対しては桂枝加附子湯,桂枝加朮附湯も使うが,尿利異常はなく,少腹不仁もない。越婢加朮湯は脚気症に使い,口渇,小便不利の傾向があるが実証で,八味丸は虚証である上に少腹不仁は八味丸特有である。性的神経衰弱では天雄散,桂枝加竜骨牡蛎湯も陰萎を治すが,口渇や尿利に変化はない。

 運用 4. 浮腫があり,口渇,尿利減少するもの
 前条に於て既に述べた所を再び繰返すことになるが,虚証でかくの如き症状を呈する脚気,腎炎,ネフローゼ萎縮腎等に本方を使うことがかなり多い。口渇,尿利減少は五苓散にもあるが,五苓散の脉は浮,八味丸は沈だから直ぐ区別が出来る。また五苓散は発熱症状を伴う急性期に使うことが多く,しばしば胃部振水音が認められるが,八味丸はたとえ発熱していても発熱症状は殆どなく,胃内停水はなく,少腹不仁があることが多い。

 運用 5. 皮膚や四肢が煩熱するもの
 煩熱とはほてって苦になる意だが,皮膚面がやや乾燥気味で何も着色変化のない場合と,乾燥して赤黒くなっている場合と,皮膚に変化がなく筋肉がほてってだるいような気持がする場合とがある。四肢と限らず背中でも構わぬ。矢張り口渇尿利の異常を伴うことが多く,脉は運用1に述べたようになっている。 老人性瘙痒症,湿診,乾癬,苔癬,頑癬等各種の皮膚病に右の目標により八味丸を使う。また金匱要略の婦人雑病に「婦人の病,飲食もとの如く,煩熱し臥すこと能はずして反って倚息するは何ぞや。これを転胞と名づく。溺することを得ず。胞系了戻するを以ての故にこの病を致す。ただ小便を利するときは則ち愈ゆ。」とあるが,その煩熱は手足に限らず全身的なものと見てよいが,殊に手足ではその感が強いのが常である。倚とは坐位呼吸,転胞とは胞系がよじれる意で,尿路がよじれて小便が出なくなると考えたものだが,必ずしも輸尿管捻転というように直訳して解釈する必要はなく,むしろそうしては誤解を招くおそれがあるから,ただ尿閉だけを取って臨床に当はめた方がよい。臨床的には産婦人科的疾患で尿閉を起し,煩熱して苦しさのあまり寝ていられぬもの,尿毒症,喘息,肺気腫,腎臓結石などで苦しさのあまり坐位をとり,そのため小便も出ないというものに本方を用いるとよい。脳溢血,高血圧症,動脈硬化症などで脉が大きく緊く,煩熱を覚え,口渇,尿利減少するものに使う。(中略)

 運用 6. 呼吸促迫し,小便不利するもの。
 前条にも倚息とあったが金匱要略の痰飲病には「それ短気,微飲あらば,当に小便より之を去るべし」とあって,短気即ち呼吸頻数促迫せるものに用いることが書いてある。微飲とは軽度の胃部停水状態ということで,それが下虚による気上衝につれて肺部に迫って起るものと解釈される。「凡そ食少く飲多ければ、水心下に停り,甚しき者は即ち悸し,微なるものは短気す。」(同右)が基本的になっている。臨床的には前述のように喘息,肺気腫,高血圧症などで息切れがするときにも使い,その他虚証の人で疲労による息切れの時にも使うことができる。後の場合は小建中湯などと区別を要する。

 運用 7. 吐血し,口渇,小便が不利或は自利するもの。
 それが吐血でも喀血でも差支えなく,原因が胃病であろうと肺病であろうと構わない。視診脉診上の所見(運用1)を参照する。

 運用 8. 難聴で口渇,尿利異常等あるもの
 難聴,耳聾でも耳に破壊性,硬化性,麻痺性等の変化がないときに本方を使う。これは腎と耳とが関連するとの漢方の考えに効くもので,八味丸の有効な難聴の患者の耳朶は小さいか,大きすぎるか,大きくても薄いことが多い。即ち無力性,弛緩性,萎縮性で虚証たることを示している。

 運用 9. 視力障害があつて運用1~5症状があるもの。
 閲膜炎,網膜出血,網膜剥離,白内障,緑内障等に本方を使う機会がある。


勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此の方は専ら下焦を治す。故に金匱に少腹不仁,或は小便自利,或は転胞に運用す,又虚腫,或は虚労,腰痛等に用効あり,其の内,消渇を治するは此の方に限るなり。仲景が漢武帝の消渇を治すと云ふ小説あるも虚ならず。此方牡丹皮,桂枝,附子と合する所が妙用なり。済生方牛膝,車前子を加るは一着論たる手段なり。医通に沈香を加えたるは一等進みたる策なり。


類聚方広義〉 尾台 榕堂先生
 八味丸の証,その1は臍下を按じて,陥空指を没する者その2は少腹拘急及び拘急陰股に引く者,その3は小便不利の者,その4は小便かえって多き者、その5は陰萎の者,皆之を主る。


方機〉 吉益 東洞
 ○脚気疼痛,少腹不仁シ,足冷ヘ或ハ痛ミ少腹拘急,少便不利スル者。
 ○夜尿或ハ遺尿スル者。


蕉窓方意解〉 和田 東郭先生
 この方肝腎虚耗し,二蔵の虚火炎上して水気下降せざるものを治するの薬なり。考えてみるに欲情の動く,みな肝火主となりて腎気,これに応ずるなり。いまこの症,腎気虚衰するがゆえに肝気もまた虚衰し,あるいは陰萎,あるいは小便頻数,あるいは小便余瀝を禁ぜざるなどの症を発するなり。これ蕁常肝腎不足の症なり。これに反すれば強中多欲久戦すれども,漏精せざるなどの症となるなり。この二症を考えるに強中のかたは,極虚にして治しがたく,陰萎のかたはかえって治しやすしと知るべし。(腹候をこまやかに論ずれば,強中の症は必ず腹部二行両脇も,拘攣強く臍下なんとなく虚張するようにて,皮うすく青筋を見はすものなり。陰萎の腹は拘攣ありながら,腹底にしずみて表に浮かず,臍下虚張の気味もなく,また青筋もなく臍下の任脈陥して溝の如くになり,臍下一面に力がなく,ぐわぐわとしたる様子にあるものなり。右強中陰萎の二候。みなこの如しといんにはあらず,しかれども十中六七はこの候にてよく相分ることを覚ゆ。)(中略)舌候苔なく一面に赤くなり,その色朱をそそぐが如くにして,舌のざくざくしたる肌なく,ぬんめりとなりて,乾燥するもの腎水虚損,虚火亢極の候なり。また舌の肌は常の通りにして,うす赤くなり苔もなく,舌の厚さ平常より1・2等もうすく見ゆるもあり,また舌の色,格別赤くもなく,ぐさぐさとしてら肌なく,ぬんめりとして乾燥し,舌心少しばかり,うす白くなりたるあり,この三舌いずれも危篤にして多くは不治に至りやすし。またうすく白苔ありて肌も常の如く,おりおりは乾燥すれども 格別のことにても なきあり。これ治しやすきの候なり。また一面に厚く黒苔あるか,また厚く白苔ありて四辺緋帛にてふちとりたるように赤き舌あり,これ虚火は盛んなれども腎水きわめて毀損に至らざるの候なり,なお治すべきの症と知るべし。


〈漢方と漢薬〉 第4巻 第9号
八味丸に就て 大塚敬節先生

 八味丸に関する先哲の論議
【古訓医伝】 此の八味丸の証は,元来陽気乏しくて,下部の水血和せず,時気の寒暑,冷暖によりて,乍ちに膝脛麻痺不仁し,陽気乏しい故に,痛はなけれども,立起するとき,膝脛痿弱して,少しも歩行なりがたく,或は少しく腫のあるものもあり,其膝脛の不仁,だんだん股の辺に至り,追々上りて,小腹までも不仁するに至る。故に脚気上て小腹に入て不仁すと云り,それのみならず,段々上行して,両手も不仁し,甚しきときは,口唇迄も不仁するなり,これ皆陽気下に絶え,血分渋りて不順なるより,水気も従て和せざるなり,血分を主として,陽気をめぐらし,水も努行を失ひたるを行らす薬なり,又一種腹中塊物ありて,其塊頻りに痛み,腸癰の類によく似て,掌を以て其塊を撚するに,少しひやひやする心持のある者は,彼の厥陰篇に謂ふ所の冷結にして,此も亦八味丸の証なり,又平生脚気の弱き者,又は麻痺を帯る証,或は元より脚気の証ありて,時節によりて発せず,潜伏してある者など,俄に邪気に感冒して,表証を煩ふとき,発表剤を用て発汗するに乍ちに,膝脛不仁痿躄して,少しも起立なりがたき証あり皆八味丸の適証なり。八味丸の附子を烏頭に換へて,中風にて忽身不仁して,起座なり難き証に用て,大に功験を得たること間々あり。

【求古堂方林】 此方腎虚憊に用るなり。或は脚気衝心の気味も去り,大半愈えて后,久しく少しの腫すわりて去らず,只足脚に力薄く未だ歩行なり難きなどに,牛車を加へて,済生腎気丸なり。一切脾腎の虚に属する水気にて瀉などもあるに用ゆ。又脾胃腎気の虚損より来る五更瀉あり,此方を用ゆ。又それに限らず,たた右の虚よりして瀉するに用て効あり。又脚気后脚弱に円と話d常に用てよし。又腎の消渇に余家五味子を加へて用ゆ。

【老医口訣】 八味丸料転胞又び虚腫或は虚労腰痛等に用て効あり,金匱の主治に脚気少腹不仁の者に用ゆと言ふとも効を見ること少し。又后世脾腎瀉と名くるものあり,即ち五更瀉なり,八味用を用ゆといえども亦効なし,此症は真武湯を用て試むるに効あり。

【療治茶談】 産后の転胞には八味丸を用て多くは効を得るものなれども,其中に効なきものあり。其時には龔信の古今医鑑に出てある方を用べし。極て大効をえる良方なり。予度々試たるに効を取しこと甚だ多し。其方甘遂上好の品八匁を撰て細末となし,飯糊におしませて,臍の下に敷貼すべし。又甘草節六匁を以て湯に煎じ頻りに与へ服さしむべし。忽ち小便通して人を一時に救うこと奇妙なり。


【百疢一貫】 消渇に小便通じ過ぐるもの腎気丸なり,脉は太くして陰を顕し勢なきものなり。熱とみへても小便の通じ過くるもの腎気丸効あり,小便不利しては効なきものなり。小便常の通りなるには用て効あるなり,腎気丸の証にして小便不利するものは瓜蔞瞿麦丸よろしきか。


【方輿輗】 腎気丸,腰は腎の所在なり。故に房労節ならずして,真精を竭するときは,腎臓空乏にして,腰ここに痛む。其痛悠々不巳して,脉は洪大なるなり。又衰老の人,今房労なれども腰の常に痛むは,是れ少壮の時,自ら雄健を恃て以て其元を斲喪するに因て,患を暮年に遺せる者なり,夫れ虚労の腰痛をなすの理かくの如し。然りといへども腎は内に蔵る。何を以てか之を知らん。是に於て仲景氏これを証するに,小腹拘急,小便不利の二症を以てする也。
○重舌,木舌その他の諸患総べて此薬に宜し。舌腫て口に満ち,或は舌上故なくして血を出すこと線の如き者などは,蒲黄一品にても効あるなり。
○分利の薬を服すれども黄退かずして口淡四支軟弱憎悪発熱小便渾濁なるは宜く,此方を用ゆべし。然るを強ひて分利をなさば,脾敗れ腎絶して死することを致さん。

【蘭軒医談】 腎気丸を欬嗽に用るは手際ものなり,見貫た上で無れば用ひ難し。若誤用るときは生命にかかる。適中すれば神効あり。寒因と見とめること肝要なり。千金に半夏を加へ医通に沈香を加ふ。共に撰用すべし。方書に附子を去り五味子を加へたる方あれど,面白からず。畢竟附子を去るならば八味丸には及ばぬことなり。自余の滋潤剤選用すべし。これはただ桂附を以て水寒を治するを妙とす。

【古今方彙続貂】 腎気丸,病瘥へて后,久しく麻痺痿軟,起る能はざる者,之を長服して可なり。
○八味丸,白濁腎虚ある者を治す。
○八味丸,古今転胞を治するの神剤たり。然れども転胞の症一ならず,男女別あり,男子癥疝血毒之が祟をなす,婦人妊孕多く之あり,膀胱壓せられ,転側して尿するを得ず,或は産后子宮腫垂して此症をなす者往々之あり。其の因る所を求めて治を施せ。蓋し此方下虚転胞に宜しとなす。
○八味丸,中風を預防す。

【知新堂方選】 八味丸,気血衰弱して眼目昏暗する者を治す。

【霞城先生眼科方訣】 鳥珠上星陥下を見す者或は小点乱生する者は腎虚たり其人必ず夢泄或は房労による,八味丸に宜し。
○腎虚眼,視る能はず,神光不足或は遠視し,近視する能はざる者,八味丸に宜し。

【類聚方広義】 八味丸,産后の水腫,腰脚冷痛,小腹不仁,小便不利の者を治す。
○淋家,小便昼夜数十行,便了りて微痛し,居常便心断ず,或は厠に上らんと欲すれば則ち已に遺し,咽乾口渇の者は気淋と称す。老夫婦人斯症多し。八味丸に宜し。又陰痿及び白濁症,小腹不仁力なく,腰脚酸軟或は痺痛,小便頻数の者を治す。婦人,白沃甚しき者,亦八味丸に宜し。

【金鶏医談】 痔瘻の治法は,専ら腹証に在り。余近歳数人を診し頗る発明すること有り。此病十の八九は右の臍下に動あり,而して拘攣なきを得ざるなり。之に就て治方を施すに非ざれば,則ち千丸万湯奇と称し妙を呼ばるるものも断じて寸効なし。其方たるや他無し,桃核承気湯に宜しき者有り,大黄牡丹皮湯に宜しき者有り,八味丸に宜しき者有り桃花湯に宜しき者有り,其証を詳にして治すれば,則ち治せざる者無きなり。然りと雖も蔬食菜羹にして,酒と色とを断つ可し否らざれば則ち治せず。

【長沙腹診考】 或る男子,少腹拘急して腹力臍下に充ず,時として痺るること甚し,且小便不利の症あり。八味丸にて治す。
○江都にて一男子を診す。臍下を按するに,空洞にして手頭を没す,暑中なれども冷なること氷の如し,八味丸を与へ数剤にして治す。




※倚息(イソク):物に寄りかかって息をする。呼吸困難。
※転胞:排尿困難
※胞系了戻(ホウケイリョウレイ):輸尿管捻転の事.
※『古今医鑑』:黄帝内経から元明諸家の論までを収集する総合性医書。
※『百疢一貫』(ひゃくちんいっかん):和田東郭の門人筆録書
※恃:たのむ
※渾:すべて
※欬嗽:咳嗽
※方彙続貂( ほういぞくちょう): 村瀬豆洲著




『漢方医学』 大塚敬節著 創元社刊
一つの学習例-八味丸を中心として-

 〔1〕 八味丸の証

 八味丸は一名を腎気丸と呼び,『金匱要略』に出てくる重要な薬方であるが,私の恩師湯本求真先生は古方派の大家であったから,後世派の医家の愛用した地黄と黄耆が嫌いで、百味箪笥にもこの二つの薬物を入れる引出しがなかった。若い時は先生もこれらの薬物を用いられたが、私が入門した当時の先生は、これらの薬物をいっさい用いられなかった。こんな風であったから、地黄を主薬とする八味丸を先生が用いられることはなく、私には、その用法がよくわからなかった。
 ある日、私は先生に「八味丸の効力はどんな風ですか」と、おそるおそる尋ねてみた。すると、先生は「あれはよく効くよ、死んだ家内に飲ましたことがあるが、尿がすごくよく出た」とおっしゃった。それだけである。
 先生の著『皇漢医学』を読んでみると、先生も若い頃は、八味丸をたびたび用いられたようである。そこで私も、この方の用法を知りたいと考え、ある日、一人の婦人患者にこの方を用いてみようと考え、先生の次の論説を参考にして、腹部軟弱無力の虚証の患者に、この方をあたえてみた。
 『皇漢医学』の八味丸の条の腹証の項には次のように出ている。
 「地黄は臍下不仁、煩熱ヲ治スル傍ラ強心作用ヲ呈シ、地黄、沢瀉、茯苓、附子ハ利尿作用ヲ発シ、薯蕷、山茱萸ハ滋養強壮作用ヲ現ハシ、牡丹皮ハ地黄ヲ扶ケテ煩熱ヲ治スルト同時ニ血ヲ和シ、桂枝ハ水毒ノ上衝ヲ抑制シ、附子ハ新陳代謝機ヲ刺衝シテ臍下不仁等ノ組織弛緩ヲ復旧セシムト共ニ下体部ノ冷感及知覚運動ノ不全或ハ全麻痺ヲ治スルヲ以テ、之等諸薬ヲ包含スル本方ハ臍下不仁ヲ主目的トシ、尿利ノ減少或ハ頻数及全身ノ煩熱或ハ手掌足蹠ニ更互的ニ出没スル煩熱ト冷感トヲ副目的トシ、更ニ既記及下記諸説ヲ参照シテ用ユベキモノトス。」
 ところが、これを飲むと、下痢がはじまり、食欲がなくなったといって、患者はたった一日分を飲んだきりで、あとを返してきた。私は落胆した。そして、しばらく八味丸を用いることをあきらめて、古人の八味丸に関する見解や治験例を読んで考案をめぐらし、昭和十年頃からぼつぼつと使用しているうちに、この方の用法が手に入り、いまでは私の診療所の繁用薬方の一つになってしまった。
 私は昭和十二年十月発行の『漢方と漢薬』第四巻第九号に「八味丸に就て」と題する一文を発表して、八味丸を用い始めた頃の私の考案を書き留めているが、いまこの一目に省略を加えて、わかりやすく書き改め、私がどのようにして八味丸の用法を手に入れたが、その覚え書きをお目にかけることによって、これからの研究家の参考にしてみよう。

 〔2〕 原典にみられる八味丸証

 『金匱要略』の虚労篇には、次のような条文がある。
 一、虚労、腰痛、少腹拘急、小便不利ノ者ハ、八味丸之ヲ主ル。
 さて、この条文によると、八味丸は、虚労からくる腰痛、下腹の拘急(ひきつれ)、小便不利を治する効のあることがわかる。それでは虚労とはどんな状態をいうのであろう。

 二、夫レ男子平人、脈大ヲ労トナス。極虚モ亦労トナス。
 男子平人というのは、別に特に病人らしくない人の意である。このような人でも、脈が大であるのは労の徴候であり、また脈がひどく虚して力のないものもまた労であるという意である。大の脈は立派にみえるが、実は労であり、この大とは反対の極虚も同じく労である。『傷寒論』が「大過と不及」をあげて同じく病脈であるとしているのと同じである。

 三、脈弦ニシテ大、弦ハ則チ減トナシ、大ハ則チ芤トナス。減ハ則チ寒トナシ、芤ハ則チ虚トナス。虚寒相搏ル、此ヲ名ヅケテ革トナス。婦人ハ則チ半産漏下、男子ハ則チ亡血失精。
 弦、大、芤、革いずれも虚脈であり、婦人では流産や子宮出血、男子では失血や房事過度のさいなどにみられるという意である。

 四、男子、脈虚沈弦、寒熱ナク、短気裏急、小便不利、面色白ク、時ニ目瞑、衂ヲ兼ネ、少腹満ス。此レ労ノタメニ之ヲ然ラシム。
 脈の虚沈弦も八味丸の脈としてみられることがある。短気は呼吸促迫、裏急は腹の突つ張る感じで、これも八味丸証としてあらわれることがある。面色白くは、かならずしも八味丸証としてみられるとは限らないが、貧血は八味丸の一つと徴候としてみられることがある。目瞑はめまい、衂は鼻出血で、萎縮腎、動脈硬化などのさいに八味丸を用いる目標となる。

 五、労ノ病タル、其ノ脈浮大、手足煩シ、春夏劇シク、秋冬ハ瘥エ、陰寒オ、精自ラ出デ、酸削行ク能ハズ。
 脈の浮大、手足の煩熱、脚腰がだるくて力がないという症状は、八味丸証として現われることがある。陰寒え精自ら出ずは、桂枝加竜骨牡蛎湯証にみられるが、八味丸を陰萎に用いるヒントにもなる。

 以上の五ヵ条は、いずれも「虚労篇」に出ているが、次の(六)は痰飲欬嗽病篇に、(七)は消渇小便利淋篇に、(八)は婦人雑病篇に、(九)は中風歴節篇に出ている。

 六、夫レ短気、微飲アリ、当ニ小便ヨリ之ヲ去ルベシ、苓桂朮甘湯之ヲ主ル。腎気丸モマタ之ヲ主ル。
 この条は、八味丸の応用の一例を示したもので、苓桂朮甘湯との鑑別が必要である。

 七、男子ノ消渇ハ、小便反ツテ多ク、一斗ヲ飲ムヲ以テ、小便一斗ナルハ、腎気丸之ヲ主ル。
 この条は、渇して水を飲み、尿量もまた多い場合で、糖尿病に用いるのは、この条文による。

 八、問フテ曰ク、婦人ノ病、飲食故ノ如ク、煩熱臥スヲ得ズ、而モ反ツテ倚息スル者ハ何ゾヤ。師ノ曰ク、此レ転胞ト名ヅク、溺スルヲ得ザルナリ。胞系了戻スルヲ以ツテノ故ニ、此ノ病ヲ致ス。但小便ヲ利スレバ則チ愈ユ。腎気丸之ヲ主ル。
 倚息は物に倚りかかって呼吸をすること。溺は尿に同じ。胞系了戻は尿管がねじれること。
 婦人病の手術後、産後、前立腺肥大等による尿閉にこの方を用いるのは、この条の応用である。「飲食故の如し」は飲食に異常のないことで、これも八味丸を用いるさいの目標である。

 九、崔氏ノ八味丸ハ、脚気上ツテ、少腹ニ入リ、不仁スル者ヲ治ス。
 不仁は麻痺である。脚気のしびれが足から上って腹にまで及んだものを治すというのである。

 〔3〕 八味丸に関する先哲の論議

 この項は、原文のまま引用すると、長くなり、また解りにくいところがあるので、適宜に取捨したり、解りやすく改めておいた。

 『類聚方集覧
 八味丸の証は、その一は臍下を按じて陥没して指が入るもの、その二は小腹拘急および拘急して陰股に引く者、その三は小便不利の者、その四は小便かえって多きもの、その五は陰萎の者、みな之を主る。

 『腹証奇覧
 八味丸。臍下不仁あるいは小腹不仁にして小便不利の者、又一症、手足煩熱し、腰痛、小腹拘急し。小便不利の者、又一症、不仁するにあらずして小便拘急の者、又臍の四辺堅大にして盤の如く、これを按じて陰茎、陰門にひびいて痛む者、痳病、血症の者にこの症多し。

 『聖剤発蘊
 八味丸、臍下不仁あるひは上腹までも不仁して小便不利もしくは自利する者なり。小腹不仁と云ふ者、之を按すにぶすりと凹みて力なく、あるひは腹底に暗然として冷気を覚ゆ。是れ則ち附子の証なり。又この証あるひは悸し、あるひは手足冷る者なり。又世に脚気と称する証にて、頭面、手足麻痺し色青ざめて、腹力なき者、この方の証あり。又一証、面色炎々として上逆し、昼夜色を思ふて戈を立て久戦すれども漏精せざる者あり。後世これを強中といふ。陰萎の証より一層はげしき者なり。あるひは舌赤うして鳥の皮をむきたる様なるものあり。あるひは総身熱気つよき虚火暴動とも謂ふべき者あり。この証にて喘息する者、此方を用ふることあり。又水腫に用ふる者は、小腹脹満して下焦(下半身)に腫れ多く、之を按じて見るに腫れ軟にして勢なく、あちらへ按せば大いに凹みてぺったりとなり、こちらへ按せば又ぺったりとなり、早速もとの如くあがらず、小腹にかけて麻痺する気味あって、小腹に力なく小便不利する者甚効あり。一説に大人、小児共に遺尿に用ひて効ありと云ふ。予かつて之を試むるに、一旦薬を服せざる以前より甚だしくなり、後治する者なり。

蕉窓方意解
 腹候は両脇下二行通り(左右の腹直筋)、拘攣(緊張)すれども、任脈水分の動(臍上の動悸)築々として亢ぶり、臍下より鳩尾(みずおち)までも悸動するものなり。また臍下に青筋あらはれて、何となく臍下虚張するやうにて力なきあり、又臍下に青筋もなく虚張もせず、唯下部力なく、ぐさぐさと成て、くさりたる南瓜をおすが如き状のものもあるなり。

古訓医伝
 この八味丸の証は、元来陽気乏しくて、下部の水血和せず、時気の寒暑冷暖によりて乍ちに膝脛麻痺不仁し、陽気乏しき故に、痛はなけれども、立起するとき膝脛痿弱して少しも歩行なりがたく、あるひは少しく腫のあるもあり、その膝の不仁、だんだん股の辺に至り、追々上りて小腹までも不仁するに至る。故に脚気上って小腹に入りて不仁すと云へり。それらのみならず、段々上行して両手も不仁し、甚しきときは口唇までも不仁するなり。これ皆陽気下に絶え、血分渋りて不順なるより、水気も従って和せざるなり。血分を主として陽気をめぐらし、水も順行を失ひたるを行らす薬なり。又一種腹中塊物ありて、その塊しきりに痛み、腸癰(虫垂炎)によく似て、掌を以てその塊をもむに、少しくひやひやする心持のある者は、この厥陰篇に謂ふ所の冷結にして、これも八味丸の証なり。

療治茶談
 産後の転胞には八味丸を用ひて多く効を得るものなれども、その中に効なきものあり。その時には古今医鑑に出である方を用ゆべし。極めて大効を得る良方なり。予たびたび試みたるに効を取りしこと甚だ多し。その方、甘遂極上好の品八匁を撰びて細末となし、飯糊におしまぜて、臍下に敷貼すべし。又甘草節六匁を以て湯に煎じ、しきりに与へ服さしむべし。忽ち小便通じて人を一時に救ふこと奇妙なり。

類聚方広義
 八味丸は、産後の浮腫、腰脚の冷痛、小腹不仁、小便不利の者を治す。また、いつも小便が淋瀝して、一昼夜に数十行も尿が出て、排尿のあと痛みがあり、いつも小便が出たい気味のあるもの、または便所に行きたくて途中で尿が漏れ、口中が乾燥して唾液の分泌の少ないものを気淋と云い、老人に多い。老人に多い。これにもよい。また陰萎および白濁症(尿の白く濁るもの)で、下腹に力がなく、腰から脚がだるかったり、しびれたり、痛んだりして、小便の近いものを治する。また婦人で、白い帯下の多く下りるものにもよい。(原漢文)

自家治験

以上のような古人の論説を読んで、八味丸の用法がおぼろげながら解ってきたので、昭和十年頃から、この方を用いることになった。その頃の経験を書いてみよう。

 第一例

 結婚して半カ年ほどになる二十四歳の婦人。昭和十一年十月八日、外来患者として診を乞うた。半訴は、尿意頻数と排尿後の尿道の疼痛で、激しいときは二~三分間おきに便所に通うが、尿は少ししか出ず、そのあとの気分が名伏しがたいほどに苦しいという。そのとき局部を温湿布するとややしのぎやすいが、乗物などにはとても乗っておれないという。夜も、そのために安眠せず、専門医の治療を一ヵ月あまり受けたが病状は悪くなる一方だという。食欲は平生通りで、発熱悪寒はない。口渇も口乾もない。大便は三日に一行で、月経は順調である。その他の症状としては右の肩の凝りと痔出血がときどきある。
 患者は栄養・血色ともに普通で、下腹部は、圧によって不快感を覚えるが、軟弱無力ではなく、むしろ硬く、少腹拘急の状である。それに左腸骨窩の部分に索条物を触れ、圧に過敏である。少腹急結である。尿はひどく混濁しているが、肉眼では血液らしきものを見ない。
 八味丸、梧桐子大のもの三十個を一日量として投与。五日分の服薬で患者の苦痛は大半去って尿が快通するようになった。この八味丸は十一月四日まで服用して、同じ日に桃核承気湯に変方して、十二月十日まで続けた。桃核承気湯に変方したのは、尿道の症状が全く去ったのと、大便が秘して排便時に痔が痛んで出血するという訴えがあり、少腹急便という瘀血の腹証があったからである。痔の方も、これでよくなった。
 この患者には八味丸証と桃核承気湯証との二つの薬方の証があったが、まず患者の苦痛の甚だしい方を治すべきだと考え、八味丸をあたえ、次に桃核承気湯をあたえることにした。

 第二例

 初診は昭和十二年一月二十二日。患者は四十四歳の男子。主訴は膀胱障碍で、五年ほど前から、夜間寝ていて蒲団に尿が漏れるという。一晩に三回から四回も尿が出るが、一回量は少なく、蒲団が湿る程度である。昼間もまれに尿の漏れることがあり、どんな治療をしても寸効もなく、この頃では、すっかりあきられていたが、第一例の患者の熱心な勧めで来院したという。その他の症状としては性欲の減退と、冷えると両下肢が神経痛のように痛むこと、口渇のあること、尿の量が多いことである。大便は一日一行。
 外見上は健康らしい男子で、血色も栄養もよい。脈は沈弦である。下腹には力があって軟弱ではない。圧痛はない。尿には多少赤血球を証明する程度である。
 八味丸を投与。経過良好で、四月二十三日まで約三ヵ月服薬して全治した。

 第三例

 昭和十四年四月二十一日初診。五十九歳の婦人。数年来、糖尿病にかかり、地方の病院で治療を受けていたが、軽快しないという。主訴は、だるくて力がぬけたようだという。なお右の肩から上膊にかけて神経痛様の疼痛があり、手が後ろにまわらない。口渇がひどく、夜間も枕頭に水指を用意しておいて、ときどき水を飲む。尿量も多く、そのため安眠ができないという。食欲は普通で、大便は一日一行。
 血色は悪く土色で、栄養は普通である。舌は赤く、乳頭があまりない。足がだるくて火照る。ときどき目まいがする。腹診するに、下腹部には特別の抵抗や拘攣はないが、軟弱無力ではない。尿中の糖は強陽性である。
 八味丸投与。服薬一週間で全身に力が付き、何となく爽快であるという。服薬五十二日で田舎に帰ったが、そのときは、上膊の神経痛が少し残っている程度で、他の苦痛はほとんどなくなった。

 第四例

昭和十二年一月十六日初診。東北の某県に開業中の同窓の友人より万障くりあわせて至急往診を乞う旨の電話があり、同日午後一時半の列車で上野を出発した。友人の宅に着いたのは午後七時頃であった。病人というのは、友人の妻君で、産後に産褥熱にかかり、危篤の状態であるという:
 病室に入ると、その手あての周到懇切なのには驚いたが、漢方の立場からみると、その処置がまちがいてあることにすぐ気づいた。
 患者は四〇度ほどに体温が上がっているのに脈は沈弱で頻数ではない。尿閉を起こして小便は全く通ぜず、カテーテルで導尿しているのに、下腹には数個の氷嚢を置き、足には湯たんぽを当て、部屋にはストーブが通っている。患者はしきりに口乾を訴え、口を漱いでいる。口が乾くために、眠れないという。
 腹部は軟弱無力で、下腹部で硬いものは子宮だけで、その周囲は綿のようである。大便は自然には通じない。これほどの症状であるが食欲は多少ある。そこで至急に氷嚢を去り、八味丸をあたえたが、一~二日で小便が自然に通ずるようになり、熱も漸次下降して、一ヵ月足らずで全快した。

 第五例

 初診は昭和十二年五月十六日。患者は七十一歳の婦人。数年前に脳出血にかかり、右の足の運びが悪い。それで、ときどき転倒することがある。患者は小便が快通しないことを気にしている。食物を多く摂ると、小便の出が悪くなって、下腹部が張って苦しいという。大便は一日一行あるが快通しない。食欲はある。口は乾く、最高血圧二一〇ミリを示している。脈は弦で力がある。腹直筋は左右ともに緊張し、右下腹に圧痛がある。
 八味丸をあたえる。
 初診時には付添人が必要であったが、三週間目からは一人で電車で来院するようになり、尿も取便も快通するようになって、すこぶる元気となった。

 第六例

 肺結核患者の治療中に八味丸証が突発的に出現した例。
 患者は三十四歳の婦人で、昭和九年十一月の初診。その頃、他の医師より来年の五月まではもつまいと云われたほどの重症であったが、麦門冬湯の投与によって徐々に快方に向かい、昭和十一年の八月頃から床に起き上がるようになり、この春からは近隣に散歩に出られる程度となり、熱も三七度内外で、脈搏も八〇足らずという風で、すこぶる順調であった。ところが昭和十二年七月二十日突然に猛烈な腹痛を訴え、飲食物をことごとく吐くので、近くの医師に診てもらったが、甲医は腸捻転を疑い、乙医は腎臓結石だと診断した。二十二日に私が往診したときは、脈は今までより緊張を失って弱く、体温は従前通りであったが、顔色は憔悴の模様であった。特異な症状としては、左の腎臓部から下腹にかけて発作性の疼痛で、ことに左腎に相当する部位は指頭が少し触れても堪えられないほどに痛む。吐くときには、どんな風に腹が痛むかと尋ねてみるに、下腹から胸に痛みが突き上がってくるという。大便は二十から自然便がなく、浣腸で一回出たきりであるという。食欲はなく、尿量は少なく、一日二~三回の排尿で一回の量も一〇ccから二〇ccぐらいであるという。
 そこで古人が奔豚症と呼んだ病気であろうと考え、苓桂甘棗湯をあたえた。一回飲むと、嘔吐は全く止み、痛みもずっと軽くなったが、小便は依然として増量せず、食欲もない。そこで二十五日になって八味丸に変方したところ、驚くほど小便が快通し、腹痛は拭うように去り、食欲は平生に復し、八味丸を服すること七日で、二十日以来の急性症状は全く消失した。『金匱要略』に謂う所の“胞系了戻”はこのような場合を指したものであろうか。

 


 

漢方診療の實際』 大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎著 南山堂刊
八味地黄丸(はちみじおうがん)
 乾地黄八分 山茱萸 山薬各四分 沢瀉 茯苓 牡丹皮各三分 桂枝 附子各一分 以上を煉蜜で丸とする。一日三回、二・ずつ服用する。
 湯液:乾地黄五・ 山茱萸 山薬 沢瀉 茯苓 牡丹皮各三 桂枝 附子各一・ 
 本方乾地黄・薯蕷・山茱萸・沢瀉・茯苓・牡丹皮・桂枝・附子の八味からなっているので、単に八味丸とも呼び、地黄を主薬とする故八味地黄丸とも呼び、腎気の虚衰して起る疾病を治する効がありとして、腎気丸または八味腎気丸とも称せられる。
  本方證の患者は一体に疲労倦怠感が強いが、胃腸は健全にして、下痢・嘔吐等の障害がなく、小便は不利する者と、却って頻数多尿になるものとある。手足は冷 え易いに拘わらず往々煩熱の状があり、時として舌は乾涸の状となって、乳頭は消失して紅く、口渇を訴えるものがある。脈は沈小のものもあり、弦のものもあ り、一定していないが、微弱のもの、頻数のものに用いることは殆どない。腹診すると臍下が軟弱無力である場合と、腹直筋が下腹部に於て拘攣して硬く、この 部に拘急の状を訴えるものとがある。
 平素胃腸虚弱で下痢の傾向のある者や、胃内停水が著明なものには此方を禁忌とする場合が多い。また本方を服して後、往々食欲減退を訴えるものがある。かかる場合は本方の適応症ではないから、転方すべきである。
  一般に本方は幼年期・少年に用いることが少く、中年以後殊に老人に応用する機会が多い。地黄・山茱萸・薯蕷には強壮・滋潤の効があり、茯苓には強壮のほか に利尿の作用があり、沢瀉にも利尿・止渇の働きがある。且つこれに配するに血の鬱滞を散じ、鎮痛の効ある牡丹皮があり、機能の沈衰を鼓舞させる桂枝・附子 が伍しているから、本方は以上の目標の下に、以下述べる如き病症に用いられる。
 老人の腰痛・糖尿病・慢性腎炎・萎縮腎・脳溢血・動脈硬化症・膀胱炎・陰萎・前立腺肥大、産後及び婦人科の手術後に来る尿閉、脚気、婦人病で帯下の多いもの等に用いる。
【牛車腎気丸】(ごしゃじんきがん)
 八味地黄丸(腎気丸)に牛膝 車前子各三・ を加える。
 八味丸に牛膝・車前子を加えたものを牛車腎気丸と名付け八味丸の働きを更に増強させる意味に用いられる。


『漢方精撰百八方』
77.〔八味丸〕(はちみがん)又は腎気丸(じんきがん)又は八味腎気丸(はちみじんきがん)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕乾地黄4.0 山茱萸、薯蕷 各2.0 沢瀉、茯苓、牡丹皮 各1.5 桂枝、附子 各0.5 
右八味を細末にして、練密で丸となし、1日3回、2.0ずつを酒にて服用する。又は右の分量を水500ccで200ccまで煎じ詰め、1日2回に分温服してもよい。この際附子の量は、症状により適宜加減する。
〔目標〕
自覚的
 疲れやすく、臍以下に力が少なく、膝がガクガクしたり、転びやすかったりする。のどの乾き、ことに夜間にのどがかわく傾向があり、夜排尿に起きる回数が多い。
 冬は手足が冷え、夏はかえってほてる。腰が痛んだり、精力の減退を覚えたりする。ときには眩暈がある。
他覚的
 脈:沈小、弦細、弦にして硬等一定しない。
 舌:乾湿種々で、これまた一定しないが、ときに乳頭が消失して、乾いて赤むけの様な状態、即ちいわゆる鏡面舌を呈することがある。
 腹:腹力は中等度又はそれ以下であるが、上腹部に比べて下腹部の腹力がはるかに弱いということが、ほぼ絶対的といってよいほどに必要な条件である。また臍上と臍下とで知覚の相違を呈していることが多く、ことに臍下の知覚鈍麻のある場合が多い。しかしこれが逆になっている場合もある。
 また本方の腹状の一型として、下腹壁がすじばって、両腹直筋の下部が逆八時型につよく緊張している場合がある。
〔かんどころ〕腰から下の力が弱り、のどが渇いて、夜間尿が多い。
〔応用〕
 1.腰痛し、尿利の減少があるもの
 2.妊婦、産後等の尿閉
 3.糖尿病
 4.脚気様疾患で、下腹部が軟弱、知覚鈍麻のあるもの。
 5.慢性腎炎、萎縮腎、膀胱炎等
 6.前立腺肥大
 7.陰痿、遺精等
 8.動脈硬化症、脳溢血等
 9.小児の遺尿症
 10.帯下
 11.白内障、緑内障
 12.老人の神経性尿意頻数症(気淋)
〔治験〕
 本方は或いは主方として、また場合によっては兼用方として、実に頻用される薬方である。私のところなどでは、特に眼科患者を多く扱っている関係もあって、毎日何十人かに本方を投じている。
 本方は、その部位は、本来太陰虚寒に属するものであるが、ときには僅かながら実状を帯びている場合もある。また陰陽錯雑虚実混淆の証として、主方は大柴胡湯証を呈しながら、兼用方として本方を用いる必要があるというような証を呈する場合もある。したがって、本方証は、ときにはビール樽腹の、一見いかにも実証そのものというような巨漢にも現れることがあるから、陰虚証という部位の観念にばかりとらわれるぎてもいけない。
 65才の男子。剣道7段で、茶道、花道の師匠もしている。数年前からの漢方の信者。脈は弦。舌はやや乾燥した微白苔。腹は僅かに膨満し、腹力は充分であるが、上腹部に比べて、下腹部の力がやや弱く、かつ僅かに知覚がにぶい。左臍傍に中等度の抵抗と圧痛がある。桂枝茯苓丸3.0を朝に、本方3.0を夕に服用させること数年。桂枝茯苓丸をやめると痔が出やすくなり、本方をやめると、剣道の稽古の後疲れが出やすいことが、あきらかにわかるという。
                                  藤平 健




漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊

13 下焦の疾患

 下焦が虚したり、実したりするために起こる疾患に用いられる。ここでは、下焦が虚したために起こる各種疾患に用いられる八味丸(はちみがん)、下焦が実したために起こるものに用いられる竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)についてのべる。
 各薬方の説明
 
 1 八味丸(はちみがん)  (金匱要略)
 〔乾地黄(かんじおう)五、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)、 沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、牡丹皮(ぼたんぴ)各三、桂枝(けいし)一、附子(ぶし)○・五〕
  本方は、八味地黄丸、八味腎気丸、腎気丸とも呼ばれる。下焦が虚し、水滞、血滞、気滞を起こし、血滞のために煩熱を現わし、口渇を訴えるもの である。したがって、疲労倦怠感、口渇、小腹不仁(前出、腹診の項参照)、浮腫(虚腫)、腰痛、四肢冷、四肢煩熱、便秘、排尿異常(不利または過多)など を目標とする。なお、本方は、地黄のため胃腸を害することがあるから、胃腸の弱い人には用いられない。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、八味丸證を呈するものが多い。
 一 腎炎、ネフローゼ、腎臓結石、腎臓結核、萎縮腎、陰萎、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
 一 坐骨神経痛、神経衰弱、ノイローゼその他の精神、神経系疾患。
 一 脳出血、動脈硬化症、高血圧症、低血圧症その他の循環器系疾患。
 一 気管支喘息、肺気腫その他の呼吸器系疾患。
 一 眼底出血、網膜出血、白内障、緑内障、網膜剥離その他の眼科疾患。
 一 湿疹、乾癬、頑癬、老人性皮膚掻痒症その他の皮膚疾患。
 一 帯下その他の婦人科系疾患。
 一 椎間軟骨ヘルニア、下肢麻痺その他の運動器系疾患。
 一 難聴、衂血その他の耳鼻科疾患。
 一 そのほか、脚気、痔瘻、脱肛など。
 
 八味丸の加減方
 (1)牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)  (済生方)
 〔八味丸に牛膝(ごしつ)、車前子(しゃぜんし)各三を加えたもの〕
 八味丸證で、尿利減少や浮腫のはなはだしいものに用いられる。本方は、八味丸の作用を増強するために加えられたものである。



臨床六十年 漢方治療百話 第七集』  矢数道明著 医道の日本社刊
八味丸服用による食欲不振・胃部不快への対策

〔問〕 夜間排尿を訴える56歳男子に八味地黄丸を投与して著効を認めるが、数日で食欲不振と胃部の不快感をきたす。その対策を。(千葉 K生)

〔答〕 八味丸は成人病に現われる夜間排尿によく用いられ、奏効することが多い。しかしこの症例のように、しばしば食欲不振と胃部不快を訴えることがある。
 この八味地黄丸には、その方名ののように、地黄が沢山含まれていて、この地黄は粘稠性、湿潤性があって、どうも胃にもたれやすいのである。それ故、原典の『金匱要略』では、八味丸を服用する時は、胃にもたれないように酒で飲むように指示されている。一般にはそのまま温湯で飲んでいるか、酒で飲むと胃部不快感を起こさないことが多い。
 日本酒一五ccに温湯一五ccを加えて薄めて温かくし、これで八味丸を服用すると、適量のアルコールのため、よく吸収されて胃にもたれなくなる。日本酒の嫌いな人は、ウイスキーやワインを薄めて飲んでもよい。胃部不快と食欲不振は少なくなるものである。
 これが対応の第一で、このように酒服して具合いがよければ、酒を薄めて服用するがよい。
 しかし、どうも酒で飲むことはなかなかできない、もし空腹時に飲んで、食欲不振、胃部不快を起こすようであれば、食前でなく食後一時間位の時に服用すると、もたれないことがある。これが対策の第二である。それでもなお、もたれる時は、八味丸エキス末四・〇グラムに、六君子湯エキス末二・〇グラムを加えて用いると、もたれは少なくなる。
 八味丸は胃腸の弱い人、胃下垂のある人には注意を要すると、一般注意書きに書かれている。確かにその傾向はあるようであるが、必ずしもそのすべてに起こるものではない。胃下垂や胃内停水がありながら、一向に平気な人もあり具合いのよい人も随分ある。しかし八味丸を飲んで、食欲不振、胃部不快、それに下痢を起こした場合は、服薬を一応止め、別の処方を考えたほうがよいであろう。
 厚生省の調べで、漢方薬の中で服用起不快症状の起こった処方のうち、最も多いのがこの八味丸であったという。利用者も多く、不快症状を起こす人もとかく多いのであろう。(『日本医事新報』No.三一八二)

2010年9月20日月曜日

甘麦大棗湯 と うつ(鬱)

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会 
13.甘麦大棗湯 金匱要略

甘草5.0 大棗6.0 小麦20.0

(金匱要略)
 婦人臓躁喜悲傷欲哭,象如神霊所作,数欠伸,本方主之。(婦人雑病)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 漢方では本方が適応するものを悲喜証とよんでいる。わずかなことで神経奮興が著しいもの,およびそれに伴う諸症に用いる。特に婦人や小児に好適で,神経興奮の原因がわずかなことであるにもかかわらずイライラしたり,あるいは悲しみ,これが亢じて痙攣症状を呈するものに奇効を奏するものが多い。就寝時に神経が高ぶり,ねつきが悪いもの。ねむりの浅いもの。あるいは長年不眠に悩まされていると訴えるもの。夜中に恐怖して泣きわめく小児夜泣き症。または小児夜驚症。テンカンやヒステリー発作あるもの。本方と類似の症状を発現するものに次の諸処方があるが,そのおもな鑑別法な次の通りである。

甘麦大棗湯〉(虚弱な小児や婦人)神経過敏で厭世的傾向があったり,または他愛なく喜ぶもの。
桂枝加竜骨牡蛎湯〉(虚弱な人の神経症)神経衰弱気味で心悸亢進や胸腹部に動悸を自覚するものの神経症,性的ノイローゼに用いることが多い。
小建中湯〉(腺病質,貧血症の神経症)神経質で疲れやすく,胃腸虚弱なものの神経症。
柴胡加竜骨牡蛎湯〉(体力あるもので,便秘するもの)物ごとに驚きやすく左右季肋部や腹部が充実したり,あるいは圧迫感あるものの神経症。

類聚方広義〉   尾台 榕堂先生
 蔵は子宮な責。此の方の蔵躁を治するは,能く急迫を緩むるを以てなり。孀婦(未亡人,やもめ)室女(未婚の処女),平素憂鬱無聊にして夜々眠らざる 等の人,多くは此の症を発す。発すれば 則ち悪寒発熱,戦慄錯語,心神恍惚として居るに席を安ぜず,酸泣(悲しみ泣く)すること已まず。此の方を服すれば立ちに効あり。 又癇症,狂症,前症にほうふつたる者また奇験あり。
勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此の方は婦人蔵躁を主とする薬なれども,凡て右の腋下臍傍の辺に拘攣や結塊のある処へ用ゆると効あるものなり。又小児啼泣止まざる者に用いて速効あり。又大人の癇に用ゆることあり。病急なるものは甘を食いて之を緩むの意を旨とすべし。

漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
 方輿輗「この方はまれに男子に用いるけれども,もっぱら婦人の癇に用いる。心ぼそがって部屋の隅に這入って泣いているなどと云うものに用いる。そのうちでこの方は甘味を嗜むものによい。甘いものを食べると,腹がゆるむというものにことによい。この証では腹がひっぱっているものが多いが,そのひっぱりを目的にしない。ある人の伝にこの方を用いるには右の腹がひっぱっているのを目的にすべしとある。またこの方は悲傷がなくてもたびたび欠伸する者に用感ても効がある。
百恢一貫:小児が夜中にふと起きて家の中を廻りあるき,またふとして寝床に入って眠り,翌日,その事を知らない事がある。これ等の症は男女とも甘麦大棗湯のゆくところである。とかく甘麦大棗湯は蔵躁悲笑が目的である。

漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 両腹直筋,とくに右直腹筋が攣急し,脳神経系統に急迫の状あるものを目標とする。金匱の条文に「婦人臓躁」とあってこれは今日のヒステリー,あるいは躁鬱病などに相当し,ゆえなく悲しみ,些々たることにも涕泣し,不眠に苦しみ,甚だしいときは昏迷,または狂躁の状を呈し,あくびを頻発するなどの症状を目標とする。
 本方は婦人にはよく効くが男子には効かないといわれているが,必ずしも決定しがたい。主として婦人に適応するものであるか,男子でも女性的な病症を呈するものには用いてよい。

方輿輗〉 有持 桂里先生
 「此の方は金匱に婦人蔵躁とあれども,男女老少に拘らず,妄りに悲傷哭する者に一切之を用て効あり。蓋し甘草,大棗は急迫を緩めるなり,小麦は霊枢に心病宜しく小麦を食ふべしと云い,千金に小麦は心気を養ふと云ふ。凡そ心疾にて迫るものに概用して可なり。近頃一婦人あり。笑て止まず,諸薬効なし,ここに於て余沈思すらく笑と哭くとは是は心に出るの病なりと,因て甘麦大棗湯を与ふるに不日(日ならず,やがて)にして愈ゆることを得たり。」と。




明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
甘麦大棗湯(金匱)

処方内容 甘草五、〇 大棗六、〇 小麦(砕) 二〇(三一、〇)

必須目標 ①精神分裂症または神経質。

確認目標 ①笑ったり、泣いたり、気分がくるくる変る ②よく欠伸する ③不眠

初級メモ ①小児の夜啼きに繁用する。シロップ剤としてもよい。
 ②神経興奮による不眠には本方に、トランキライザーを加味するとよい。

中級メモ ①金匱の条文「婦人蔵躁」については蔵は心臓となす説、子宮なりという説など色々あり未だ決定した結論は出ないが、この点は左程こだわる必要はないであろう、蔵を子宮とすると、蔵躁は陰部掻痒症となる。
 ②同じヒステリーでも半夏厚朴湯は内攻的で静かだが、甘草(急迫を治す)を含む本方や甘草瀉心湯は、急迫症状あり、動的で看病人を困らせる。
 ③本方と甘草瀉心湯との区別は、本方は心下痞なく、甘草瀉心湯は心下痞あり、腹中雷鳴を伴う。
 ④本方証のような精神異常を起す真の原因は瘀血にあると思われる。しかし本方に駆瘀血の作用はないから本方で一時的に小康を得た後は、腹診によって駆瘀血剤を与える必要があろう。
 ⑤南涯「内病。血気逆して気、心に迫るを治す。その症に曰く、蔵躁は気逆の症なり。曰くしばしば悲傷し哭かんと欲するは、これ心に迫るの候なり」。

適応症 ヒステリー。神経衰弱。不眠。舞踏病。子宮痙攣。小児夜啼き。



『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
甘麦大棗湯(金匱)
 甘草:五、大棗:六、小麦:二〇。

主証
 躁鬱気質。

客証
 あくびをする。腹皮攣急(腹壁全体、特に右側の緊張が強い。)

考察
 気の急迫を鎮める。
 鬱気質→半夏厚朴湯香蘇散
 神経症→柴胡加竜骨牡蠣湯。桂枝加竜骨牡蠣湯。
 上衝(怒り)、興奮しやすい→承気湯類。

 金匱(婦人雑病門)
 「婦人蔵躁(臓腑の動きの異常によって、精神活動に影響を与えること)、喜悲傷して哭せんと欲し、象神霊のなす所の如し、しばしば欠伸する。」


『漢方医学』 大塚敬節著 創元社刊
甘麦大棗湯

〔目標〕 発作性の興奮、急迫性の痙攣がある患者で、故なくして悲しみ、些細なことに泣き、甚だしいときは昏迷、狂躁、意識消失などのあるものを目標とする。また、しきりに欠伸(あくび)するものを目標にすることもある。

〔応用例〕 ヒステリー。舞踏病。チック病。乳児の夜泣き症。痙攣性の咳嗽。




『症状でわかる 漢方療法』 大塚敬節著 主婦の友社
甘麦大棗湯
処方 甘草5g、大棗6g、小麦20g。
目標 神経の興奮がひどく、筋肉の緊張、ケイレンの状を呈するもの。
応用 ヒステリー。舞踏病。チック症。乳児の夜泣き症。ケイレン性のせき。テンカン。

2010年9月18日土曜日

香蘇散 と うつ(鬱)

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会 
21.香蘇散 和剤局方

香附子4.0 蘇葉1.0 甘草1.0 陳皮2.5 生姜3.0(乾1.0)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 神経質で,頭痛がして気分がすぐれず食欲不振を訴えるもの。
 本方は発熱症状はないが頭痛がひどい感冒で,しかも麻黄剤の使えない虚弱な老人や婦人に好適である。また紫蘇葉が配合されているのでアレルゲンにもとずく蕁麻疹に卓効を示す。神経質な婦人の一時的な無月経あるいは稀発月経を伴なった更年期障害で,桂枝茯苓丸あるいは当帰芍薬散の無効な症状にしばしば適用される。咽喉の異物感,心悸亢進,悪心などを伴う神経衰弱,ヒステリーには本方より半夏厚朴湯が適する。

漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 神経質で頭痛がして気分がすぐれず,あるいは頭重,めまい,耳鳴りなどを自覚して食欲不振を訴えるもの。
 本方は感情や意志力の発達に欠陥があって,わずかなことに精神不安その他の神経症状が現われやすい神経質な人の前記疾患に応用される。不定愁訴は前項の桂枝加竜骨牡蛎湯と類似するが,本方適応の者には胸腹部の動悸や利尿障害がないので区別できる。
 感冒 発熱症状は認められないが,頭痛がして気分がすぐれず,葛根湯や麻黄湯などの発汗解熱剤が適応しない老人や虚弱者の感冒に用いられる。
 頭痛(頭重) 神経質や神経衰弱あるいはヒステリックなものの頭痛で,目標欄記載の症状を訴えるもの。本方は神経性頭痛や習慣性頭痛の者によく,鎮痛剤や鎮静剤を習慣的に常用するものが連用させると,化学薬品を廃棄した症例が少なくない。とくに婦人には好適(中略)
 ジンマ疹 魚肉の中毒や魚がアレルゲンとなって発現するジンマ疹に,しばしば奇効がある。
 月経異常 神経性の一時的な無月経,月経不調やこれに伴う更年期症に応用される。

漢方処方応用の実際〉 山田光胤先生
○胃腸虚弱な人のかぜ,発熱の初期,葛根湯や麻黄湯は強すぎ,桂枝湯は胸にもたれるという人が,頭重,頭痛,悪寒,食欲不振を訴えて熱が出かかったり,かぜぎみだというときに用いる。
○平素虚弱で神経質,気分が憂うつで胃が弱く,食欲不振,精神不安,頭痛のあるもの。
○魚肉中毒による発疹。
○本方は健胃,発汗と気のうっ滞を散ずる効がある。そこで,胃の弱い虚弱な人の発熱に用いて,軽く発汗して解熱し,精神安定の効があり,また軽症の食中毒を解毒し,皮膚の発疹を治す働きがある。

漢方診の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は発表の剤で感冒の軽症に用いる。即ち葛根湯では激し過ぎ,桂枝湯は胸に泥んで受け心悪しと云うものによい。元来気の鬱滞を発散し,疎通の方剤故,感冒に気の鬱滞を兼ねたものに最もよい。脈は葛根湯や桂枝湯の証の如く浮とはならず,概して沈むものが多い。一般に舌苔は現われない。自覚症状として訴えるものは,胸中心下に痞塞の感があり,時に心下や腹中に痛みを発し,気分が勝れず,動作にものうく,頭痛・頭重・耳鳴・眩暈等の神経症状を伴う。これが即ち気の鬱滞に原因するものである。平常呑酸,嘈囃,嘔気など胃腸障害のある人の感冒によく奏効する。しかし自汗のあるもの及び甚しく衰弱している者の感冒には用いられない。また感冒でなくても気の鬱滞を治するが故に婦人科的疾患の中,所謂血の道と称する諸神経症状及び神経衰弱,ヒステリー等官能的神経系統の疾患にも用いてよい場合がある。 本方は香附子と紫蘇葉が主薬となるので香蘇散と名づけたもので,紫蘇葉は発汗剤で皮膚表面の邪気を発散する。兼ねて血行を良くし,軽く神経を興奮させる能力がある。また特に魚肉中毒を治する働きがあるので,魚肉中毒による蕁麻疹を治する。香附子は諸鬱滞を疎通して神経を正常の活動に導き,陳皮は健胃・去痰の作用があり同時に諸鬱を散ずる。甘草は諸薬を調和し,兼ねて健胃の働きがある。 以上の目標に従って,此方は感冒の軽症,胃腸型の流行性感冒,魚肉の中毒,蕁麻疹,所謂血の道,月経閉止,月経困難症,神経衰弱,ヒステリー及び柴胡剤,建中湯類の応ぜぬ腹痛等に応用される。

漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 気の鬱滞から,食の停滞を兼ねた感冒,胃の具合がわくる,桂枝湯や葛根湯が胸に痞えるかぜひき,その他気鬱,食鬱による諸症に用いられる。脈は多くは沈で,心下痞え,肩こり,頭痛,眩暈,耳鳴り,嘔気などあって気ふさぐものを目標とする。

寿世保元〉 龔廷賢
 四時の傷寒瘟疫(熱性の伝染病,ここでは流感)頭疼,寒熱往来及び内外両感の症を治す。春日病を得て,宜しく此方を用うべし。

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此方は気剤の中にても揮発の功あり。故に男女共気滞にて胸中心下痞塞し,黙々として飲食を欲せず,動作にものうく,脇下苦満する故,大小柴胡など用ゆれども反て激する者,或は鳩尾(みぞおち)にてきびしく痛み,昼夜悶乱して建中,瀉心の類を用ゆれども寸効なき者に与えて意外の効を奏す。(中略) 又,紫蘇能く食積を解す。故に食毒,魚毒より来る腹痛,又は喘息に紫蘇を多量にして用ゆれば即効あり。

医方集解〉 汪 昂 先生
 四時ノ感冒,頭痛発熱,或ヒハ内傷ヲ兼ネ胸膈満悶シ、噯気シテ食ヲ悪ムヲ治ス。

医療手引草〉 加藤 謙斎先生
 「此薬感冒の軽症に用いるなり。(中略)気胞りて胸膈快からず,或は頭痛爽かならざる症,通じて此湯を主とす。又能く食毒を消解す。食傷と食毒とは少し違ひあり。食傷は医者も病家も皆常に知る所なり。食毒は或は魚腥の毒,饌中の食毒其外一口の食物に因りて忽然悶乱し,胃脘大いに痛む等の暴症は食毒なり。此方之を主る。夾食夾気の感冒,常に之を用いて甚だ効あり。」

餐英館療治雜話〉 目黒 道琢先生
 (中略) 証を以て弁ぜんとならば必下痞し,肩はり,或は痰気あり,或は平生呑酸嘈囃あり,或は朝起れば温々として嘔吐あり,或は何となく気をふさぐの類は皆気滞なり。平常か様の証ある人感冒せば,此方効のあらずということなし。又感冒せずとも耳鳴,頭鬱冒し,頭痛,眩暈等と証ある者,此方を用ふる標的なり。以上の証婦人に甚だ多し。又婦人手足麻痺,身体疼痛する者気滞なり。此方に宜し。若し肝鬱を兼ね脇下攣急あり,或は少しく寒熱あり,或は寒せず唯熱する等の証あらば,小柴胡湯を合せて甚だ妙なり。(後略)



『臨床応用 漢方處方解説 増補改正版』 矢数道明著 創元社刊
40 香蘇散(こうそさん) 〔和剤局方〕
   香附子三・五 紫蘇葉一・五 陳皮三・〇 甘草・乾生姜 各一・〇

〔応用〕 胃腸の弱い、心下に痞えがちな、気の滞りのある人の感冒に用いる。
 本方は主として
 (1) 感冒(軽い感冒で、桂枝湯や葛根湯が胸にもたれるというもの、春先の感冒でそれほど発汗の必要のないものによい)
 (2) 神経衰弱・ヒステリー等(気鬱の傾向のある神経質の体質者が、気分重く、胸や心下部に痞えるというもの)
 (3) 魚中毒(魚中毒による蕁麻疹に桜皮を加える)
等に用いられ、また、
 (4) 腹痛(神経性の腹痛で、柴胡剤・建中湯類の奏効せぬもの)
 (5) 血の道症(心下痞え・肩こり・耳鳴り・頭痛・気鬱のもの)
 (6) 経閉(気の鬱滞による月経閉止)
 (7) 下血(気鬱によるもので、血の薬が効かぬもの、当帰を加える)
 (8) 薬煩(薬が胸にもたれて気持悪くなるもの) たとえば補剤・血の薬・烏頭附子剤等を久しく用いると薬煩を起こす。ときどき本方を用いて心下の気を順らすがよい。
 (9) 神経病。狂乱を起こしそうなときに用いてよく予防となる。
 (10) アレルギー性鼻炎・蓄膿症・嗅覚脱失・鼻閉塞などにも応用されることがある。

 伝説によれば、「白髪の老翁が、この処方を、ある富貴の人に家方として授けた。疫病大流行のときに、これを用いて城中の病人がみな治った。疫病神が富貴の人にたずねたので、ありのままを告げると、疫病神は、この老人は三人の人にこの処方を教えたといって、頭を下げて退散した」といわれている。
 征韓の役で、加藤清正が籠城したとき、将兵の中に気鬱の病にかかる者が多かった。そのとき陣中の医師が香蘇散をしきにり用いたと伝えられている。ノイローゼに対する安定剤である。

〔目標〕 気の鬱滞から、食の停滞を兼ねた感冒、胃のぐあいがわるく、桂枝湯や葛根湯が胸に痞えるかぜひき、その他気鬱・食鬱による諸症に用いられる。脈は多くは沈で、心下痞え・肩こり・頭痛・眩暈・耳鳴り・嘔気などあって、気鬱ぐものを目標とする。

〔方解〕 構成薬物の大部分は気を行らし、発散するものである。紫蘇葉が君薬で、香附子は臣薬、陳皮が佐薬で、甘草は使薬である。
 紫蘇葉をもって表より発散し、香附子は裏を通じ、陳皮は佐薬となって正気を佐ける。よく流通して表へ発し裏へ通ずる。甘草はこれらの発散の力を緩和し、元気を助ける。また紫蘇葉は魚の中毒を解毒する能がある。

〔加減〕
 本方に烏薬三・〇、乾姜一・五を加えて正気天香湯と名づけ、香蘇散の証に痛みを兼ねたものに用いる。
 恩師森道伯翁は大正六~七年のスペインかぜ流行のとき、その胃腸型のものに本方加茯苓・半夏各五・〇、白朮三・〇を加えて卓効を奏したという。

〔主治〕
 和剤局方(傷寒門)に、「四時ノ瘟疫傷寒ヲ治ス」とあり、
 医方集解(表裏之剤)には、「四時の感冒、頭痛発熱、或ハ内傷ヲ兼ネ、胸膈満悶シ、噯気シテ食ヲ悪ムヲ治ス」とあり、
 寿世保元(傷寒門)には、「四時ノ傷寒瘟疫(熱性の伝染病、ここでは流感)頭疼、寒熱往来及ビ内外両感ノ症ヲ治ス。春月病ヲ得テ、宜シク此方ヲ用ウベシ」とある。また、
 勿誤方函口訣には、「此方ハ気剤(神経を調整する薬)ノ中ニテモ揮発(発散、気を引き立てる)ノ功アリ。故ニ男女共気滞ニテ胸中心下痞塞シ、黙々トシテ飲食ヲ欲セズ、動作ニ懶ク、脇下苦満スル故、大小柴胡ナド用ユレドモ、反テ激スル者、或ハ鳩尾(みぞおち)ニテキビシク痛ミ、昼夜悶乱して建中、瀉心ノ類ヲ用ユレドモ寸効ナキ者に与エテ意外ノ効ヲ奏ス。昔西京ニ一婦人アリ、心腹痛ヲ患イ、諸医手ヲ尽クシテ癒スコト能ハズ、一老医此方ヲ用イ、三貼ニシテ霍然(きれいに消え去る)タリ。其ノ昔、征韓ノ役ニ、清正ノ医師ノ此方ニテ兵卒ヲ療セシモ、気鬱ヲ揮発(引き立たせる)センガ故ナリ。但シ局方ノ主治ニハ泥ムベカラズ。又紫蘇ハ能ク食積ヲ解ス。故ニ食毒魚毒ヨリ来ル腹痛、又ハ喘息ニ紫蘇ヲ多量ニシテ用ユレバ即効アリ」トアル。

〔鑑別〕
 ○半夏厚朴湯118(神経症○○○・気鬱) ○桂枝湯34(感冒○○・脈浮弱、自汗)

〔治例〕
(一)感冒
 六〇歳の婦人。胃下垂がある。いつも腹が張って、ときどき腹痛が起こり、痩せていた。人参湯加減方で大分よくなって、春先に山の温泉に保養に行くというので、人参湯加減のほかに、用心のために香蘇散を三日分渡して、かぜをひきそうになったらこれをのむように申し渡した。
 その後の報告で、山の中が寒くてかぜをひいたとき、あのかぜぐすりをのんだら、体がぽかぽかとあたたかくなり、すぐ気分がよくなったという。このような胃の悪い人のかぜに香蘇散がよい。
(山田光胤氏、薬局 一三巻一号)

(二)蕁麻疹
 二七歳の婦人。一ヵ月前から全身に蕁麻疹が出て、いろいろ注射などしたが治らないという。一般状態と成ては、ほかに特記すべきものがない。四ヵ月前にお産をして、まだ月経がない。腹は全体に軟かで、少し両臍傍に抵抗がある。血熱によるものかという推定で、桂枝茯苓丸料に大黄を少し加えて与えたが、少しも好転しない。手足や腹などに随分赤く腫れあがって出ている。痒みがひどく痛いようだという。そこで発散させた方がよいと思って、葛根湯にかえてみたところ、嘔気を催し、かえってぐあいがわるいという。そこで脈はそれほど沈ではなかったが、香蘇散に山梔子を加えて与えてみると、これが一番気持ちよく、一週間のんだらほとんど出なくなり、あと一週間で治癒した。この場合別に魚による蕁麻疹ではなかったが、香蘇散がよく効いた。その後じんましんで他の処方が応じないものに、香蘇散に桜皮・山梔子を加えてよくなるものが沢山あった。(著者治験)

(三)蕁麻疹
 私は香蘇散を蕁麻疹に用いて、特効薬的に顕著な治験をおさめている。漢方後世要方解説に、いわゆる魚毒による蕁麻疹には香蘇散がよいとあるので使ってみた。安南人は魚を材料にした揚げ物を作ったとき、よく水で洗った紫蘇の葉で包んで醤油をつけて食べる。日本でも刺身のつまに紫蘇の実が添えられる。これは必ず刺身と一緒に食べるべきである。
 五歳の男の児が、昼食にさつま揚げ(魚肉が材料)を食べた。夜になって全身の痒感を訴えたのですぐ来院した。蕁麻疹特有の発疹が顔から頭にまで出ていた。香蘇散一日分を服用した翌日はすっかり消退して、そのまま治癒した。
 一四歳の女児。夕食時に生卵をかけて食事をしたところ、翌日から蕁麻疹が全身に出た。これに香蘇散加桜皮五日分を与えたが、服薬後次第に軽快し、五日間で治癒した。
(工藤訓正氏、漢方の臨床 一二巻二号)

※安南:現在のベトナム北部から中部を指す歴史的地域名称

『漢方処方応用の実際』 山田光胤著 南山堂刊
83.香蘇散(和剤局方)

香附子4.0,蘇葉,陳皮 各 2.0,乾生姜2.0,甘草1.5
原方には葱を用いることになっているが,入れなくてよい.

目標〕  1) 胃腸虚弱な人のかぜ,発熱の初期,葛根湯や麻黄湯は強すぎ,桂枝湯は胸にもたれるという人が,頭重,頭痛,悪寒,食欲不振を訴えて,熱が出かかったり,かぜぎみだというときに用いる.
 2) 平素虚弱で神経質,気分が憂うつで胃が弱く,食欲不振,精神不安,頭痛のあるもの.
 3) 魚肉中毒による発疹.

説明〕  本方には 健胃,発汗と 気のうっ滞を散ずる効がある.そこで,胃の弱い虚弱な人の発熱に用いて,軽く発汗て解熱し,精神安定の効があり,また軽症の食中毒を解毒し,皮膚の発疹を治す働きがある.
 香附子,蘇葉,陳皮は気剤であり,甘草は諸薬の調整,解毒 などの作用がある.

応用〕  感冒,神経症,胃カタル,食中毒による蕁麻疹.

鑑別〕 桂枝湯の項 参照.
 桂枝湯
 この方は,悪寒,発熱,頭痛のある熱病の初期で,脈浮弱で発汗の傾向がある虚弱なものに用いる.
 A.悪寒,発熱,頭痛,脈浮について
 4) 香蘇散 桂枝湯証に似て虚弱体質で,さらに胃が弱く,麻黄湯や葛根湯では強すぎるし,桂枝湯は胃にもたれて気持がわるいような人によい.大抵 気分が憂うつで,頭痛,熱発,胃の具合がわるい などがあり,脈も沈んでいることが多い.
 
症例〕 松○みよさん(60歳 女)は,数年前にひどい胃下垂で治療をしていた.しじゅう腹が張って苦しく,時々腹が痛んで食事をとれず,非常に痩せたというのが主な症状であった.これが 漢方薬をのんで,大分よくなった.
 まだ春も浅いころ,「山の温泉へ保養に行ってくるから,薬を少しよけいに下さい」といって来た.わたしは いつもの胃の薬(人参湯の加減方)を与え,同時に「これも用心にもってゆきなさい」といって香蘇散を3日分渡して,「かぜを引きそうになったら,すぐのみなさい」といってやった.
 半月ばかりして,患者は元気で帰ってきた.そしてつぎのように報告した.「山の中は大変寒くて,まもなくかぜを引いてしまいました.それで,先生にいわれた薬をすぐに煎じてのみました.そしたら,体がぽかぽかと温かくなって,すぐ気分がよくなりました.薬は2日分のみましたが,1日分は治ったのでもって帰りました」と.




『漢方処方応用のコツ』 山田光胤著 創元社刊
〔14〕香蘇散
 典拠と構成
 香蘇散は、陳皮、香附子、紫蘇葉、甘草の四味の組み合せである。この処方は「太平和剤局方』の巻二・傷寒の部の紹興続添方に記載されている。南宋・紹興年代に追加された処方である。.
 原方によれば、右の四味を荒い末にして、三銭をさかずき一杯の水で、さっと煎じてカスを去って熱いうちに服用するか、細末としたもの二銭を、塩を入れて服用する。四季を問わず一日三回飲めと指示されている。一銭(但し徳川時説の一銭)は、大塚先生は約3.9g弱とされている。
 わたしは、香蘇散をかなり多く使うが,一般の煎剤と同じように煎じている。それでも一応効きめはあるが、原方の方意にしたがえば、やや少量の水で短時間さっと煎じたほうがよさそうである。
 また、『衆方規矩』になると、以上の四味に生姜(しょうが)と葱(ねぎ)を入れて煎じて飲むように指示されているが、このような加味が、いかなる典拠によるものかはわからない。ただ、葱は傷寒に効があると『本草綱目』にも書いてあるくらいだから、案外、日本人がやった加味方かもしれない。
 ところで、現代では、香蘇散の内容は、香附子、紫蘇葉、陳皮、甘草、生姜の五味になっている。『漢方診療の実際』以後の諸書はほぼこれを踏襲している。わたしも、それにしたがっている。

応用
(その一)感冒などの熱の出るとき
 香蘇散について原典の『和剤局方』には、「四時の瘟疫傷寒を治す」としか書いてない。『衆方規矩』には、「四時の傷寒、感冒、頭痛、発熱、悪寒及び内外両感の証を治す。春月よろしく此の方を用いて病を探るべし。」とあって、いろいろな加味の方法が述べてある。
 わたしは『漢方診療の実際』の記載にしたがってこの処方を用いていて、その目標は次のとおりである。
 虚証で胃弱の人の感冒の初期、病位は太陽病に当る場合である。平素食欲がなく、食べるとすぐ心下が張って痞え、胃内停水があって胃下垂、胃アトニーの人である。痩せて体力のないのが大部分である。このような人が、カゼぎみになって、頭痛、咽喉痛、悪寒、発熱などの、どれか一~二の症状が出たときである。

症例
 或る中年の女性は、胃が弱くて食事がよく摂れず、太りたいが少しも太れず、体力がなくてすぐ疲れ、家事も満足にやれないと言って来院した。痩せて、顔色がわるく、手足が冷たく、腹部に胃内停水をみとめた。
 この患者に、四君子湯加附子を用いて、次第に元気になった。すると初秋の頃、カゼをひいたから何か薬を下さいといって、使いの人をよこした。そこで、香蘇散を三日分ほど持たせて帰した。数日後、患者自身で来院し、「おかげで、あの薬を飲んだら、二日ほどでカゼが治りました。いつもは、新薬を飲んでも治らず、かえって胃が悪くなって、いつまでも長びくのですが、今回はすぐに気持ちがよくなりました」と喜んで報告した。その少しあと、この患者は、何年ぶりかで温泉へ行く気になったが、カゼをひくと困るからと言って、四君子湯と香蘇散をたくさん持って出かけて行った。
 あとで話に聞くと、「山の温泉で案の定カゼをひいたが、香蘇散を飲んだら、僅かに汗が出て、すぐに治ったので、安心して長逗留してしまった」とのことだった。
 わたしの患者は、どちらかと言うと虚証の人が多く、どうにも仕方のないような人を、苦労に苦労をかさねて治療することが多い。そういう患者のカゼに香蘇散は非常によく使う。
 ただ、平素虚証の患者は、うっかりすると少陰病になり、寒けがして手足が冷え、元気がなくなったり、だるくて起きていられなかったりする。そういうときは、麻黄附子細辛湯や真武湯の類を用いることになる。虚証の患者に香蘇散が使えるときは、わたしとしては、むしろ安心しているのである。

〔その二〕耳鳴り、気うつ
 耳鳴りにはいろいろな原因によるものがあるが、大部分は完治しにくいものである。ただ、その中で必ず治る耳鳴りがある。カゼをひいて数日たち、鼻がつまって耳が鳴るときである。これは、鼻から耳へ通じている耳管が、鼻炎からの延長で炎症を起こし、それが詰まったため、耳閉感と共に耳鳴りがするのである。このときは、たいてい少陽病なので、小柴胡湯や柴胡桂枝乾姜湯でもよいが、それらの処方に香蘇散を合方すると、効果はてきめんである。これは、大塚先生の口伝で、わたしは始終そのおかげを被っている。
 『漢方の診療の実際』には、そのほか、香蘇散が気の鬱滞を治すので、いわゆる血の道と称する諸神経症状および神経衰弱、ヒステリー等、機能的神経系統の疾患によいと記されている。そこでわたしは、加味逍遥散合香蘇散という処方を、しばしば用いる。血の道症に加味逍遥散を用い、不定愁訴は減っているのに、気分が晴ればれせず、もうひとつすっきりしない、というような時である。



『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
香蘇散(和剤局方)
 香附子:三・五、紫蘇葉:一・五、陳皮:三、甘草・乾生姜:一。

主証
 脈沈。胃腸障害、又は平素から胃腸弱い、鬱的気分。

客証
 感冒(春や夏)。じんましん。ノイローゼ。

加減
 胃腸型のかぜに、茯苓・半夏:五、白朮:三を加える(森田道伯氏)。

考察
 気鬱の薬であ識。胃の薬。

和剤局方(傷寒門)
 「四時の瘟疫、傷寒を治す。」

※森田道伯は、森道伯の誤植と思われる。


【関連サイト】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html

2010年9月15日水曜日

柴胡加竜骨牡蛎湯 と うつ(鬱)(その2)

『新漢方処方マニュアル』 大塚恭男ら 思文閣出版刊
柴胡加竜骨牡蛎湯
出典
 柴胡,竜骨,黄芩,人参,生姜,桂枝,茯苓,半夏,大黄,牡蛎,大棗(原典の順序,原方は生姜の次に鉛丹が入る)
 『傷寒論』(太陽病中篇)
 本方は『傷寒論』に記載された処方である.しかし,問題の処方でもある。それは,煎じ方の末尾に,「本云う柴胡湯今竜骨等を加う」とあり(康平本では条文の末尾にこの文字がある),また,康平本では,処方の頭首に,「又方」とある点である。
 この柴胡湯が,如何なる柴胡湯か,古来諸説があり,大柴胡湯とも小柴胡湯ともいわれている。
 また,又方というのは,原方に対する別方であって,当然原方があったはずであり,現在の処方は,『外台秘要』からの引用となっている。
 ただ、現行本のこの処方も,現代的応用で,充分効力がみられるので,臨床上は,差しつかえはないことになる。
 尚,鉛丹は酸化鉛で,中毒の恐れもあり,現在では用いていない。

運用のポイント
1)古典の運用
a. 本方について,『傷寒論』には,次の条文がある。「傷寒 八九日,之を下して
1),胸満煩驚2)し,小便利せず,譫語3)し,一身盡とく重く,転側すべからざる者は,柴胡加竜骨牡蛎湯之を主る」と。

 1)発熱して八・九日経た頃は,裏熱実証の陽明病になること多いので,その治法である下剤を用いたが,意外にもまだ裏実に至っていなかった為,変症となった。
  2)胸が一杯になって驚きさわぐような精神異常を呈する。
  3)病人のうわごと。非現実的なひとりごととしても引用する。


b. 吉益東洞が著した『類聚方』に,次のような解説がある。「小柴胡湯証
1)にして,胸腹に動2)有り,煩躁驚狂3)し,大便難く,小便利せざる者を治す」と。
 1)胸脇苦満,往来寒熱(悪寒と熱感が交互に発来する熱型),心下痞硬(心窩部がつかえて硬い),而して嘔する者。
  2)腹大動脈の搏動を触知すること。
  3)苦しみもだえ,顛倒したり狂躁状態を呈したりする。

c.尾台榕堂が著した『類聚方広義』に,次のような解説が(頭註として)ある。
 「狂症1)にて,胸腹の動2)甚しく,驚懼し人を避け,兀座して独語し,晝夜寐ねず,或は猜疑多く,或いは自から死せんと欲し,床安からざる者を治す」
 「癇症3)にて時に寒熱交作し,鬱々として悲愁し,夢多く寐少く,或いは人に接することを悪み,或いは暗室に屏居して,殆ど労瘵4)の如き者を治す。狂癇の二症は,亦た当に胸脇苦満,上逆,胸腹の動悸等を以て目的となすべし」
 「癲癇
5)にて,居常,胸満上逆し,胸腹に動有りて,毎月二三発に及ぶ者は,常に此方を服して懈らざれば,則ち屡発の患無からん」と。(以上,原漢文)

 1)興奮型の精神異常
  2)動悸,腹大動脈の搏動亢進。
  3)自閉症,昏迷型の精神異常(多くは精神分裂病と思われるが,神経症も含まれるか)。
  4)結核など。
  5)てんかん大発作。


2)現代の運用
a.使用目標
 体格がよく,体力が中程度以上ある人が、胸脇苦満(季肋下の抵抗・圧痛)を呈し,種々なる精神症状を伴う諸症に用いる。
 症状としては,心悸亢進,めまい,頭痛,頭重感,のぼせ,易疲労,肩こり,食欲不振等の訴えや,不眠,不安,煩悶,憂うつ感,神経過敏又は朦朧感,集中困難,もの忘れ,意欲喪失等の精神症状があり,また,便秘,声利減少を伴う場合がある。この際,便秘がなければ,大黄を除いたほうがよいことが多い。
 なお近代医学的診察によって,血圧亢進,蛋白尿,高血糖,心臓異常等を認めることがある。
 脈も腹も緊張がよく,腹証として,胸脇苦満(季肋下の抵抗・圧痛)が認められ,時として腹大動脈の搏動を,臍傍又は臍上で触知することがある。

b.応用疾患
 発熱時の脳症,神経症,自律神経失調症,血の道症,更年期障害,不眠症,精神分裂病,うつ病,てんかん,高血圧症,慢性肝炎,狭心症,心筋梗塞後遺症,バセドウ病,その他慢性腎炎,円形脱毛症,陰萎,糖尿病等に用いられることがある.

c.応用の要点
①本方は,代表的な柴胡剤の一つである。従って,胸脇苦満が,必須の使用目標である。ただ、現在この処方を,解熱を目的に用いることは稀である。
②竜骨,牡蛎は,協力して精神・神経症状を鎮静,安定させる効がある。従って,本方の使用目標は,この点が第一義である。
③茯苓は,利水剤で,かつ桂枝と組むと動悸を鎮める効がある。故に,本方の腹証として,比較的稀ではあるが,心下部振水音を軽度ながら認めることがある。

症例
1)ヒステリー
 47歳,女子。初めて来院したのは6年前であった。その時は,子供の登校拒否に遭ったことが動機になって発病した。来院した1年前には,自殺企図もあったといい,その後,不安,不眠,抑うつ感情が持続した。知人が死去したあとは幻視を生じたり,デジャービューが出たり,急に難聴になったりし,恐怖感がいつもあるという。
 体格の大きな女性で,腹力中等度,胸脇苦満と心下部振水音がいずれも軽度にあり,臍の左上に動悸を,臍の右下に抵抗・圧痛を触れた。また,月経がひどく不順だという。
 ヒステリーを診断し,一応,治血狂一方を用いたが,2・3週間服薬しただけで来院しなくなった。
 約2ヵ月後に,ひょっこり来院し,またまた「何もやる気がしない。物忘れが多い。1人で家に居るのが恐い。常に頭痛がする。眠れない。悪い事が起きそうな予感がする」等の神経症様の訴えが多かった。
 そこで,そのときは,心下部振水音も認められないし,瘀血の腹証も軽微なので,柴胡加竜骨牡蛎湯加酸棗仁を用いることにした。これで,約2週間後には,頭痛がしなくなり,睡眠も,ねつきは悪いが,一旦眠ってからはよく熟睡するというようになった。
 しかし,この患者は,来院が不安で,服薬も不熱心なのに,新興宗教などへ行っては,反って悪い影響を受けてきて,異常感覚を生起したりしていた。
 それでも,約1ヵ月後には,働けるようになって,体操クラブへも行き,疲れはするが気分はよいと言っていた。 (中略) 約5年後,またも不安や不定愁訴を訴えて来院した。一時,加味逍遙散香蘇散を用いたところ,気分が明るくなって,その夏も元気に働いていたが,9月になって近所の人の言葉が気になる。子供の反抗さ罪る等の被害的な感情を訴えるようになった。
 そこで,以前用いた柴胡加竜骨牡蛎湯を再び用いることにした。ただ、気分が抑うつ的になりやすいのを,気鬱と考えて,香蘇散を合方した。
 この患者は,服薬態度が相変らず悪く,のんだりやめたりするが,それでもこの薬方を服用していれば,日常生活に差しつかえが余りないといい,断続的に1年余り続けて廃薬した。(活,29巻12号)

2)仮面うつ病
 52歳,男子。「○○さん,どうぞ」と呼ぶと,「ハイ」という返事は女性の声だった。ところが,ぬっと診察室へ入って来たのは,陰鬱な顔をした中年男だった。「おやっ」と思っていると,その後ろから女性がついて来た。返事の主であろう。
 本人と思われる男性を,前の椅子に座らせて,「どうしました」と話しかけると,次のような訴えを,ぼそぼそとのべた。
 「頭が重い。昨年9月頃(7ヵ月ほど前)から頭痛が起きた。内科医は血圧が高いと云って降圧剤をくれたが、少しも効かなかった。整形外科へ行って,頸の牽引などをうけたがやはり無効だった。カイロへ行ったら,かえってめまい,動悸,嘔気等が起き,下半身の脱力が加わった。夜眠れなくなったので,神経科へ行ったら,安定剤をくれたが,これも全然効果がない。
 漢方薬の柴胡加竜骨牡蛎湯半夏厚朴湯桂枝人参湯等を飲んだら少しよいが,治りはしない」と。
 すると,付き添の女性が「私,家内です。なにしろ,夜は気落ちして,泣くんですよ。1年に300回もゴルフをやって,その度に不愉快になって帰ってくるんです」と驚くべきことを付け加えた。
 普通の人が,ストレス解消にやるゴルフを,毎日のようにやって,しかも反って欲求不満を亢じさせるというのである。まさに異常というほかはない。
 顔貌をまただけでもわかったが,夜は泣くというのも抑鬱のせいで,これだけでうつ病と考えられる.頭痛とその他の身体症状は,一種の仮面であろう。
 心理検査もしないで,乱暴だといわれそうだが,「中年の仮面うつ病」と診断した。血圧は150~90。
 さてそのあとで,漢方的切診を行うと,脈は沈で左は小,右は微で,「矛盾・気うつ・気虚」の脈である。腹部は,やや肥満で,腹力中等度,右季肋部に抵抗と圧迫による苦痛感が痛められた(胸脇苦満)。
 そこで,腹証にもとづいて柴胡加竜骨牡蛎湯(去大黄)を,脈証により(気うつ)半夏厚朴湯を合方して用いることにした。
 1週間後,まだ「その後も夕方は気分が落ちこみ,からだが震えるので,その時,安定剤をのんでいる。ただ,頭痛は忘れていることが多くなった」という。
 さらに12日後,紙に書いたメモを持参した。それによると,「睡眠薬をのまずに眠れるようになった。気分が落ちこまなくなった。夜いらいらしなくなったので、安定剤が不要になった。食事を三食摂れるようになった。胸の不快感がなくなった。ただ,まだ頭重があり,朝,背中が寒い」とあった。だいぶよくなったようで,顔の色つやが,心もち良くなった。
 さらに1週間後,朝寒い,動悸がするといって再来したので,香蘇散エキスを1日1回兼用させた。
 さらに2週間後,「香蘇散でさむけが治った。背中も寒くない。夜の足冷えが軽くなった」という。
 さらに16日後,頭の具合がとてもよくなり,前の3分の1ぐらいになり,頭重は夕方あるが朝はなくなってうれしいという。
 さらに19日後(約2ヵ月後)「おかげでよくなりました」と,初めてにこにこ顔で再来した。以後2ヵ月間,いただ調整中。(活,29巻7号)
 この患者はその後すっかり元気になって働いているが,約半年たった今も,本人の希望で服薬を続けている(その後間もなく廃薬した)。
山田光胤



兀座】(こつざ):座ったままじっとすること。

【驚懼】(きょうく) :おどろきおそれること。

【屏居】(へいきょ):
1 世間から引退し、家にこもっていること。隠居。
2 一室にこもっていること。「終日―して過ごす」



『薬局漢常用二十四方解説』 竜野一雄著 近畿漢法研究会
(六)柴胡加竜骨牡蛎湯

 処方 柴胡 半夏 各四・〇 竜骨 ひね生姜 鉛丹 人参 桂枝 茯苓 牡蛎 大棗各一・五 大黄二・〇(用法同前)

 右のうち鉛丹の代りに黄芩を入れても臨床経験では差支えない。大黄は原方では碁石大に大きく切って後で入れることになっているが,普通の刻みを同時に煎じても構わない。

 構成 処方の組み方からみると小柴胡湯に近いが、量は半分になっている。
 桂枝と茯苓 竜骨と牡蛎の組合せからみると下虚上衝気動があることが判る。

 運用一 煩驚の神経症状を目標にする。
 煩驚とは煩と驚とに分けて考えるとよい。煩はわずらわしいことで、何でも気にする。色々と気を遣う、煩悶するなどの意であって、一つの原因乃至刺戟に対して幾つもの回答反応が出てしかもそれを判定統一することが出来ずにいる状態である。驚はおどろくことだが、煩驚とは驚き易いことで,ある原因乃至刺戟に対して過大な反応を示す状態である。刺戟に対する反応が速くてその間に意志的に刺戟の価値を判別したり心構えを作る余裕がなくて直ちに反応してしまう。それ故官覚的刺戟、例えば物音、光などに対しては特に敏感である。例えば電話のベルにハッとしたり、マッチの火にびっくりしたりするなどである。
 驚けば動悸がする。そういう風に気苦労が多いから夢見ることも多く、不眠にもなる。神経症状が強いから劇しいときは譫妄や脳症や癲癇を起すこともある。傷寒論太陽病中篇の
 「傷寒八九日、之を下し、胸満煩驚、小便利せず、譫語、一身尽く重く転側すべからざるもの」
 はこの状態を述べたものである。八九日間続けて下したのではなく、八九日目に下剤の適応証になった時機に下したのだが、素因的に機動性があるので、下したために裏気が動き且つ下虚に陥る。裏気が動く結果気の上衝を起し胸に迫り胸満感と煩驚と譫語を呈する。気上衝と下虚とにより小便不利となり、小便に出るべき水分は上衝に伴い表に浮んで身重となり転側すべからざるに至る。転側すべからずとは自分でも動けないし、人に助けて貰っても動けないとの意である。それは程度が強いことを示すもので、一身尽くに対応するものだ。
 この条文の意を運用して先ず神経症状に使うことは前述の通りだが、その他ヒステリー、神経衰弱、神経質、神経性心悸亢進症、心臓性喘息、心臓弁膜症、狭心症、バセドウ氏病などで胸部圧迫感と動悸を目標に、眩暈、不眠症、夜啼き、耳鳴等、動脉硬化症や高血圧症で神経症状があるものなどに頻用する。

 鑑別すべきは
 柴胡桂枝乾姜湯は処方の構造がやゝ近いが遥かに虚証であり、柴胡加竜骨牡蛎湯の如くで虚しているものに使う。

 桂枝加竜骨牡蛎湯、救逆湯などの竜骨牡蛎の入った処方は、いずれも腹動と気の上衝があるが、柴胡加竜骨牡蛎湯は驚き易いという心的傾向と身重という肉体的傾向があるのが特徴である。他の竜骨牡蛎剤心的傾向はあまりなく、下腹部の緊張が見られる。柴胡加竜骨牡蛎湯は心下部の緊張である。

 泻心湯 触発的にカッとなる点や気分が落付かない点は似ているが、泻心湯には感覚的な刺戟に対して特に驚くというような反応を示すことは少く、むしろ自発的な心的傾向を示すことが多い。なお泻心湯類は顔面が充血性で、腹動は少い。

 甘草泻心湯 精神不安や心下部の痞硬が似ているが、心的傾向は泻心湯の如くであり、下利又は腹鳴勝ちで腹動はない。柴胡加竜骨牡蛎湯は便秘勝ちで腹動がある。

 大柴胡湯の心的傾向は怒、心下部の緊張は著明、腹動身重小便不利はない。

 運用二 身重く転側すべからずの状態に用いる。
 その状態は浮腫でも、麻痺でも四肢疼痛でも起り得るから、腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、肝硬変症、心臓脚気などで浮腫、心悸亢進、腹動などのあるもの、脳溢血で半身不随を起し或は浮腫を伴い、或は腹動のあるもの、慢性関節リウマチで腹動や心臓弁膜症を兼ねているものなどにも使う。
 浮腫に使う処方は多いが腹動があれば本方の決定を誤ることはない。






※泻心湯=瀉心湯

 

【関連リンク】
柴胡加竜骨牡蛎湯 と うつ(鬱)
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬

2010年9月11日土曜日

柴胡加竜骨牡蛎湯 と うつ(鬱)

『臨床応用 漢方處方解説 増補改正版』 矢数道明著 創元社刊
44 柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)〔傷寒論〕
  柴胡五・○ 半夏四・○ 茯苓・桂枝 各三・○ 黄芩・大棗・人参・竜骨・牡蛎 各二・五
  乾生姜・大黄 一・○(あるいは去大黄)去鉛丹

 大黄以外の諸薬を先に煮て、次に大黄を加えて再び少し沸騰させることになっている。しかし大黄の量を少なくして初めから一緒に煎じてもよい。滓を去り温服する。一般に鉛丹と大黄を去って用いる。
 本方の方名および処方構成には、さまざまの異説がある。

〔応用〕大柴胡湯または小柴胡湯証に似て、胸脇少陽の部位に属する病証であって、内外の邪を解散し、上衝を下し、停滞せる気と水を順通する。胸満煩驚とあるごとく、神経症を兼ねた疾患にしばしば応用される。
 すなわち本方は主として神経衰弱症・ヒステリー・血の道症・神経質・不眠症・神経性心悸亢進症・神経性陰萎・動脈硬化症・高血圧症・脳溢血・癲癇・分裂症・心臓弁膜症・狭心症・バセドー病等に用いられ、また小児夜啼症・夜驚症(ねぼける)・夜尿症・慢性腎炎・ネフローゼ・萎縮腎・尿毒症・脚気・慢性関節リウマチ・半身不随・四十腕・五十肩・火傷後の発熱・日射病・肩こり症・肝硬変症・禿頭病等に広く応用されている。

〔目標〕体応的には実証の方で、大柴胡湯小柴胡湯との中間程度ともいうべき、胸脇苦満、心下部の抵抗がある。心下部に膨満の感があり、腹部とくに臍上に動悸を認めることが多く、腹部大動脈の亢進による腹部神経症状がある。すなわち、上衝・心悸亢進・不眠・煩悶等の症状があり、驚きやすく、あるいはいらいらして怒りやすく、気分が変わりやすく、落ちつきを欠き、甚だしいときは狂乱・痙攣等の症状を呈する。小便不利・便秘の傾向がある。また一身尽く重く、転側すべからずとあることより、動脈不活発、体を動かすのが大儀であると訴える疲労感、浮腫や麻痺のあるものにも用いられる。
 脈は緊張強く、跳動する傾向がある。

〔方解〕構成の主薬をなすものは、柴胡と竜骨と茯苓である。柴胡は胸脇の実熱を瀉し、竜骨は気の動揺するのを収斂鎮静させ、茯苓は利尿により、停水が外にあふれて動揺するのを鎮静させる。さらに他薬との組合せによる作用として、柴胡は黄芩と協力して胸脇部に働き、解熱・疎通・鎮静の効がある。竜骨・牡蛎は鎮静的に作用し、胸腹の動悸を鎮め、心悸亢進・不眠・驚狂等の神経症状を治す。桂枝は上衝を治し、茯苓は尿利をよくし、半夏とともに胃内停水を去る。また茯苓は竜骨・牡蛎と協力して心悸亢進を治す。大棗と生姜とは諸薬を調和して薬効を強化する。大黄は内部の気をめぐらし、腸管を疎通し(下剤の目的でないので後で入れる)消炎かる鎮静の効能がある。

〔加減〕小柴胡湯あるいは大柴胡湯に竜骨・牡蛎を加える意味で柴胡加竜骨牡蛎湯というものと、中西惟患・宇津木昆台のように、全く独立した方名として柴胡竜骨牡蛎湯というべきであると唱えるものとがある。
 処方内容についても、(1)宋版では一二味、(2)成本では黄芩なく一○味、(3)小柴胡湯に二味を加えて九味、(4)大柴胡湯に二味を加えて一○味、(5)宋版に甘草を加えて一三味等の諸説がある。多くの場合鉛丹を去って用いている。
 いま冒頭のごとき処方をもってした。

〔主治〕
 傷寒論(太陽病中篇)に、「傷寒八~九日、之ヲ下シ、胸満煩驚、小便不利、讝語シ、一身尽ク重クシテ、転側スベカラザルモノ、柴胡加竜骨牡蛎湯之ヲ主ル」(山田正珍は、之を下すの次に「後復た火を以て之を迫劫し」を挿入すべしという)とあり、
 類聚方広義には、「狂病、胸腹動甚シク、驚懼人ヲ避ケ、兀座(ぼんやりしてすわる)独語シ、昼夜眠ラズ、或ハ猜疑(そねみうたがう)多ク、或ハ自ラ死セント欲シ、床ニ安ゼザル者ヲ治ス」
 「癇症、時々寒熱交作、鬱々トシテ悲愁シ、多夢少寝、或ハ人ニ接スルヲ悪ミ、或ハ暗室ニ屏居シ、殆ンド労瘵(肺結核)ノ如キヲ治ス。狂癇二症、亦当ニ胸脇苦満、上逆、胸腹動悸等ヲ以テ目的ト為スベシ。癲癇、居常胸満上逆シ、胸腹動アリ、毎月二三発ニ及ブ者、常ニ此方ヲ服シテ
懈ラザレバ、則チ屢々発スルノ患ナシ」とあり、
 饗英館療治雑話には、「此方ヲ癇症並ニ癲狂ニ用イテ屢々効ヲ得タリ。当今ノ病人、気鬱ト肝鬱トノ病人十ニ七~八ナリ。肝鬱ガ募ルト癇症トナル。婦人別シテ肝鬱、癇症多シ。此ノ湯ヲ知リ理会スレバ当今ノ難病ヲ療スルニ難カラズ。傷寒論ニ胸満煩驚、小便不利ノ者ニ用ユ。此ノ数症ノ中、胸満ガ主症ニシテ煩驚、小便不利ガ客症ナリ。畢竟胸満スル故ニ、自然ト胸中煩スル。故ニ心神安カラズ、事ニ触レテ驚クナリ。気胸膈ニ上行シ、結ブル故ニ鬱シテ行ラズ、此レヲ以テ小便不利ス。故ニ此方ヲ用ユル標準ハ胸満ナリ。固ヨリ大小便秘シ煩驚アラバ正面ノ証ナリ。(中略)」
「又一種ノ疳症ハ臍下ニ別シテ動悸ツヨク、心胸ヘ攻メ上リ、其ノ度毎ニ呼吸短促ヲ発シ、手足拘急シ、日ニ七~八度若クハ十度モ発スル症アリ。是レニハ苓桂朮甘湯・苓桂甘棗湯ノ類ヲ用フベシ。其ノ中心下ニ少腹ヨリ水気上衝スル許ニテ、臍下動悸ツヨキハ苓桂甘棗湯吉ナリ。病人ニヨク容体ヲ聞キ胸中マデモ上リ気味アリ、発スル毎ニ眩暈アラバ苓桂朮甘湯ヨシ。此ノ症ニ奔豚湯ノ場アリ。五苓散ノ場アリ。 (中略) サテ癲症トシカトモ見エズ、肝鬱ノ症ニテジリジリトジレ強ク、心腹膨張、或ハ痞塞シテ胸中迄モ満ノ気味アリ、大小便不利、肩ハリ気フサギナドスル病人婦人ニ多シ。此ノ症ハ気鬱ニ非ズ、肝鬱ナリ、柴胡加竜骨牡蛎湯甚ダ効アリ、只胸満スルヲ標準トスベシ。(後略)」とあり、また
 古方薬嚢には、「胸の中一杯につまりたる気持し、気落ちつかず、驚き易く、小便の出悪く、うわごとのような言を云い、からだ中がだるく、重くして身動きならぬもの、大病中に此症を発するものもあり、また平常の気鬱が亢じて此症を生ずる者もある。便通は大概秘し勝なり」とある。

〔鑑別〕
 ○大柴胡湯 92 (肝鬱(○○)・実熱症、心下急、鬱々微煩、神経症状少なし)
 ○苓桂朮甘湯 152 (癇症(○○)・心下悸、胃内停水・脈沈)
 ○苓桂甘棗湯 151 (癇症(○○)・臍下悸、脈沈数)
 ○抑肝散加陳皮半夏 145 (癇症(○○)腹動(○○)神経症状(○○○○)・左臍傍大動悸、虚証)
 ○柴胡姜桂湯 46 (肝鬱(○○)、腹動、虚証)
 ○甘麦大棗湯 27 (狂症(○○)・急迫、騒狂、神経症状甚だしく、腹筋拘急)

〔参考〕
 大塚敬節氏、柴胡加竜骨牡蛎湯に就て(漢方と漢薬 一巻七号)
 坂口 弘氏、柴胡竜骨牡蛎湯に就て(漢方と漢薬 復活一号)
 矢数道明、柴胡加竜骨牡蛎湯の運用について(日東洋医会誌 三巻一号)
 山田光胤氏、柴胡加竜骨牡蛎湯と鑑別を要する処方(薬局 一五巻五号)

〔治例〕
(一) 神経性心悸亢進症
 三八歳の婦人。出産二回、人工流産が一回あった。八ヵ月前き買物に出かけ、店何で突然呼吸が苦しくなり動悸がして、いまにも心臓が止まるような苦しみを覚え、胸がしめつけられるようで、胸元心下部に張ってきて、顔色蒼白となり苦悶し、大騒ぎとなった。医師の手当により静まったが、その後毎日同様の発作を繰り返し、一日に何回も起こることもあった。常に背や肩が凝り、めまいがしてのぼせ、足が冷え、手がふるえる。脈は緊で力があり、舌苔はない。腹診すると右左両季肋下、とくに右側に抵抗と圧迫感があり、右腹直筋に沿って、左心下から臍傍に至る拘攣と動悸を触れ、左臍下部においてとくに著明である。この部分を按ずるとすこぶる不快で、発作のときは必ずそこから始まってくるという。
 いままでそのことを訴えたが、一人もとりあってくれる医師がなかった。(この腹症は腹部大動脈の亢進で自律神経興奮と関連がある) 従来の病名は神経衰弱・ヒステリー・神経性心悸亢進症・植物神経般常症で、みな神経のせいとして相手にしてくれなかった。
 これはすなわち胸脇煩驚の証である。柴胡竜骨牡蛎湯を服用し始めてから一回の発作もなく、三ヵ月間服用して、腹部の動悸もほとんど消失し,気分が別人のように朗らかとなりました。 (著者治験、漢方百話)

(二) 高圧血症と脚弱
 六一歳の男子。赫ら顔でガッチリした性格、平素より血圧が高かった(一七五~一○○)。選挙運動で疲れ、一夜猛烈な頭痛が起こって、意識不明となり、脳溢血といわれた。意識回復後右脚無力となり、首まわらず、言語障害・右眼視力障害・右視野狭くなり、二人の附添いの肩につかまって来院した。大学病院では脳腫瘍の疑いがあるといわれたという。
 半年前の発病当時は七○キロもあったが、現在は五○キロになった。半年間は全く廃人同様の状態がつづいた。舌の露出不可能・心下堅く・胸脇苦満・臍上動悸亢進し、腱反射右左ともに減弱し、足搐搦はない。この歩行困難や運動障害を「一身尽く重く転側すべからざるもの」とみて、柴胡加竜骨牡蛎湯を与えた。
 服薬三日目から、歩行が軽くなり、一週間後には駅の階段を一人で昇降できたという。諸症好転して血圧も一二○~七○となり、再び元気回復し、諸団体の説表役員等を勤めるようになった。
(著者治験、漢方の臨床 二巻七号)

 


『餐英館療治雑話』(さんえいかんりょうちざつわ;そんえいかんりょうちざつわ)目黒道琢著
搐搦(チクジャク):けいれん)




漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
 本方は大柴胡湯或は小柴胡湯の如くにして、心下部に膨満の感があり、腹部特に臍上に動悸を認め、上衝・心悸亢進・不眠・煩悶の状があって驚き易く、甚しい時は狂乱・痙攣等の症状を呈するものに用いる。多くは便秘・尿利減少の傾向がある。
  本方中の柴胡・黄芩は特に胸脇部に働き、解熱・疎通・鎮静の効がある。竜骨・牡蠣は鎮静的に作用し、胸腹の動悸を鎮め、心悸亢進・不眠・驚狂等の神経症状 を治する。桂枝は上衝を治し、茯苓は尿利をよくし、半夏と共に胃内停水を去る。茯苓は、また竜骨・牡蠣と協力して心悸亢進を治する。大棗・生姜は諸薬を調 和して薬効を強化する。大黄は腸管を疎通し、消炎かつ鎮静の効能がある。
 本方は以上の目標に従って、神経衰弱症・ヒステリー神経性心悸亢進症・陰萎症・癲癇・動脈硬化症・脳溢血・慢性腎臓炎・心臓弁膜病・バセドウ病・小児夜啼症・老人の慢性関節炎、火傷後の発熱等に用いられる。



『漢方処方応用の実際』 山田光胤著 南山堂刊
93.柴胡加竜骨牡蛎湯(傷寒論)
柴胡5.0,半夏4.0,茯苓,桂枝各3.0,黄芩,大棗,生姜,人参,竜骨,牡蛎各2.5,大黄1.0(但し大黄は適宜去加増減する)

目標〕 傷寒(熱病)では,発熱後数日たって なお熱があり,胸脇苦満があって,いわゆる脳症をおこし,意識混濁してうわごとをいつたり,全身が重く苦しく,ねがえりもできず,尿利が減少するもの.
 雑病(無熱の慢性病一般)では,熱がなくても小柴胡湯大柴胡湯の腹証に似て,季肋下や心下が硬く張り,腹診するとその部分に抵抗や圧痛をみとめ,また 臍傍の動悸が亢進している.心悸亢進,めまい,頭痛,頭重感,のぼせ,不眠,易疲労,不安,煩悶,憂うつ感,神経過敏や朦朧感,集中困難,記憶・記銘力減退(もの忘れ),物事に対する興味喪失 などの精神神経症状を呈し,便秘や尿利減少の傾向のあるもの.

説明〕 1) 傷寒論には,「熱病にかかって8~9日たった頃,大便が秘結するので下剤で下したところ,胸満煩驚,尿利減少,うわごとなどがおこり,全身ことごとく重くねがえりできないようなときに用いる」とある。
 胸満煩驚は,傷寒論正義に,煩驚とは狂状の如し云々とある.方輿輗に,この方……柴胡腹と称するもの多し,即ち胸満なり とある.
 そこで,煩驚とは種々な発揚性の精神神経症状といえる.ただ 実際には 無為,自発性減退 などの沈滞性の精神症状のこともある.
 柴胡腹とは,上腹部が膨満して硬く張り,肋骨弓のすぐ下,すなわち季肋下が一滞に硬く,抵抗・圧痛を呈する腹で,胸脇苦満の腹証である.
そこで,胸満は胸脇苦満と考えられる.したがって 自覚的には胸部が一杯につまって苦しい。

 2) 類聚方には,小柴胡湯の証で,胸部や腹部の動悸が亢進して,煩躁驚狂,大便が秘結し,尿利が減少するものとある.
 煩躁は苦しみもだえること.神経症で動悸・めまいの発作(不安発作)を呈して,今にも死にそうに苦しみさわぐのは,一種の煩躁である.驚狂は,狂躁状態を呈し,あばれ狂うことで,てんかんの発作や精神経の興奮状態,ヒステリー発作 などに相明する.

 3) 用方経権には,水飲(水毒)が胸部にあって,呼吸促迫,心悸亢進,顔色が黄色味を呈し,脈が弦数で,咽喉がかわいて水をのみ,身体が寒くなったり暑くなったりし,咳が少し出たりして虚労のようになったものに用い,また婦人の産後,諸種の貧血後,癰疔のあと などで身体が疲れ,活力が乏しく,顔色が悪く,動悸,息切れ,耳鳴,胸がふさがる感じ,時に身体が少しむくみ,脈緊数のものに用いる とある.

 4) 柴胡加竜骨牡蛎湯の腹証は,腹部の緊張がよい筋肉質のものと,いわゆる蛙腹で,膨満しているが軟弱ぎみのものがある.後者の場合には,時に軽度の心下部振水音を呈するものがある.これは,用方経権にいう水飲のあるものであろう.

 5) 本方中の茯苓には,水飲をさばき,桂枝と協力して動悸を鎮める効がある.竜骨は牡蛎との組合せで用い識のが特徴で,精神神経症状を鎮静 あるいは 調整する効がある.

参考〕 
 1) 失われた処方  現在する傷寒論にある柴胡加竜骨牡蛎湯は,ここにあげた処方になっているが,これは傷寒論本来の処方ではなくて,実は外台秘要の処方なのである.そのため,傷寒論には,本いう柴胡湯いま竜骨を加うと註釈があり,康平傷寒論では,又方としてこの処方をあがてある.又方とあるからには,当然本方があったわけであるが,長い年月の間に,その本方は失われてしまったことが推定される.そこで,和田東郭や 吉益南涯は,柴胡加竜骨牡蛎湯は大柴胡湯に竜骨・牡蛎を加えたものだといっている.
 また尾台榕堂は類聚方広義で,この方は甘草・黄芩がぬけているようだ,宋版傷寒論には黄芩が入っている といって,柴胡加竜骨牡蛎湯は小柴胡湯の加味方であるという立場をとっている.
 湯本求真氏も皇漢医学で,本方は小柴胡湯に竜骨,牡蛎,鉛丹,桂枝,茯苓,大黄を加えたものだ といっている.
 このように,本方については昔からいろいろな問題があるが,現在用いられ仲いる外台秘要の処方で充分効果があるから,実際にはこれでよいわけである.
 また 原方には鉛丹が入っているが、現在はこれを除いて用いている.鉛丹は入れなくても効果があるし,その方が用いやすい.大塚氏は,鉛丹を用いて,流涎がひどく,一種の鉛中毒症状を呈した患者を観察している.

 2) 特殊な用い方 (古人の口訣)
 a) 内科秘録に,小児のねぼけに用いるとある.小児13~14歳の頃,睡眠中急におきて走りまわったり,発狂したり,つき物がしたようにみえたり,俗にねぼけるというもので,本方が奇験があるとある.
 b) 袖珍方に,嘈囃を治すとある.
 c) 方輿輗に,火傷に用いられるとあり,一老婦人が灸にあてられて発熱,悪寒、喘急して横臥できず,胸満煩驚,動悸がひどかったが,本方を与え,2~3服で治ったという例をあげている.

応用〕  諸種の熱病,肺結核,胸膜炎,腹膜炎,神経症,血の道,不眠症,精神病,てんかん、」発作性心悸亢進,高血圧症,脚気,心臓弁膜症,心不全,狭心症,心筋梗塞 など.

鑑別〕  別項にあり.

症例〕  27歳の男子.精神分裂病.初診 34・12・10.
 既往歴  2年前に,大学を卒業してすぐ郵政省へ勤めた.しかし間もなく無為状態になって家にひきこもったままになった.約2ヵ月で急速に自然治癒したが,勤めがいやになり,兵庫県のある神社に住みこんで,農業をしながら信仰生活に入っていた.
 現病歴  ところが,半年ばかり前に,あるさぎ師にかかって神社や氏子がひどくめいわくをうけた.そのとき患者はその事件にかかりあったため,道徳上の責任を強く感じて悩み,3ヵ月ほど前に自宅へ帰って来た.
しかし それ以来いつもぼんやりして家にひきこもり,人に会うことをいやがり,入浴や理髪もしないで,一日中ね床の中にもぐりこんでいた.そして,時々「僕はだめになった」などとつぶやくことがあった.
 性格は,温和で真面目,几帳面だが,小心,敏感で感じやすい.
 現症  i) 精神症状  患者は二階の部屋に寝床をとり,頭から布団をかぶってねている.よびかけるとおきあがって丁寧に挨拶をした.話しかけるとよく応答し,疎通性はよく保たれていた.しかし表情は硬く無表情である.無為,自発性減退,独語,不眠 などのほか,問診により連合不良,迂遠思考 などや,つぎのような病的体験もみられた.
 「自分がよくわからず,自分のようでない.自分のしゃべっている言葉は,他人の言葉をそのまましゃべっているようだ.自分はあやつり人形のようだ」という させられ体験現実感喪失,何が何だかわからないで,異様な感じがするので恐ろしくてたまらない と感う 妄想知覚,自分がこのようでは人に悪く思われるだろうという 被害・罪業観念 など.

 ⅱ) 身体症状  器質的疾患を思わせる所見は何もみとめられない.漢方的には 長身,やせ型で,脈弦.腹証は 全体に板のように固く,右季肋下に抵抗・圧痛があり,また 両側の腹直筋の強直,右臍傍の動悸亢進をみとめた.
 治療・経過  先ず薬がのめるかどうかをみようと,柴胡加竜骨牡蛎湯エキス1日分4gを3包として3日分,および ベゲタミン2錠 を就寝前の頓服用として3包投与した.すると薬はよく服用したので,3日後に柴胡加竜骨牡蛎湯の煎剤を与えた.1週間後,睡眠剤を用いないで眠るようになった.また 以前のように事件に関するくりごとをいわなくなった.
 約1ヵ月後,父親と風呂屋へ行ったり,外出をしたりした.時々両親の肩をもむようになった.しかし もうよいといっても肩もみをやめず,しかも同じ所ばかりもむという.また タバコを非常にたくさん喫っていたのをやめたという.来客に挨拶をするようになった.
 -中略- その後40日目以降より約6ヵ月目頃までの間に,柴胡加竜骨牡蛎湯合反鼻交感丹,柴胡加竜骨牡蛎湯合三黄瀉心湯,竜骨湯合三黄瀉心湯 などを用い,人格が次第にまとまったようにみえ,父親の会社の伝票整理などを間違いなくやったり,来客の応対や電話のとりつぎなどもするようになった.その後2ヵ月間,再び 柴胡加竜骨牡蛎湯を用いた.しかし 8ヵ月頃から症状は一進一退で,なかなか自発的な積極性があらわれなかったので,反鼻交感丹合黄連解毒湯を用いたり,食欲不振になったとき甘草瀉心湯 を,フルンクロージスが出て 十味敗毒湯 を用いたりして11ヵ月がたった.
 11月27日 竜骨湯 に転方し,同時に,1週に1回ないし2回電撃療法を行ない,12月18日までの間(3週間)に合計6回施行した.そして,しばらく経過をみようと思って,一切の治療を終止した.
36年4月(廃療後1年4ヵ月)その後の報告をきいた.それによると,患者は父の経営する中小企業会社で働き,その経営方式を改善して,すっかり近代化してしまったということであった.その翌月,著者は廃療以来はじめて患者に会った.その時の印象は,やはり温和な,人あたりの軟らかい,礼義正しい人物であったが,表情や言動が別人のようにいきいきしていて驚かされた(日本東洋医学会誌第12巻第2号より).
 この患者は,昭和42年5月現在まで,廃療後7年間再発はおこらず,元気に生活している.


処方の鑑別
12.柴胡加竜骨牡蛎湯

 A. 腹証(胸脇苦満)について
 柴胡加竜骨牡蛎湯は,胸脇苦満があって精神・神経症状や心臓障害 などのあるものに用いる.患者は体力があって,漢方でいう実証である.ただ,大柴胡湯証よりは虚証で,小柴胡湯よりは実証である.
 1) 大柴胡湯  神経症状はあまりないが,血圧の高いことがある.体格は頑丈で,筋骨が発達し,筋肉の緊張がよい.心下部に振水音をみとめることは決してない.

 2) 柴胡桂枝湯  熱病では精神・神経症状を呈しないが,雑病では,てんかん発作や神経症に用いることがある.相見三郎氏は,てんかんで胸脇苦満がはっきりしないものは,この方がよいと述べている(日本東洋医学会 第10回総会).また,胸脇苦満と腹直筋の攣急があるものは,この方である.

 3) 四逆散  柴胡桂枝湯に似た腹証で,神経症状を呈することがある.ただ,全般的に筋肉の緊張がよい.ことに,腹直筋が強く緊張し,その上方の肋骨に接続する付近が固く,胸脇苦満とも腹皮攣急とも区別しがたいものである.
 纂方規範には,「黒田曰く,心下痞え塞がり,両季肋下強く張って凝り,左脇下の方は下腹までも攣急し,心下の凝りが強いため胸中まで痞満を覚え,なんとなく胸中が不快で肩や背中が張る」とある.この左脇下は,実際には右であってもさしつかえない.

 4) 加味逍遙散  種々な心気的訴えの多い婦人で,時には微熱が出ることもある.虚弱な体質だが,みかけ上は肥満型の婦人もある.ただ,肥満型でも筋肉が軟弱で緊張が悪い.
 腹証は,痩せて腹部軟弱で,心下部に振水音を呈する場合と,肥満型で腹筋厚く全体に軟弱なものとがあるが,いずれも軽度の胸脇苦満をみとまる.
 また 軽症の瘀血や月経異常を伴うことが多い.

 B.精神・神経症状について
 1) 桂枝加竜骨牡蛎湯  精神・神経症状はよく似ているが,体質が虚弱なもの,あるいは軽気や過労で身体が衰弱したもので,胸脇苦満がない.
 また 男子の遺精・夢精,女子の夢交に用いられる.その用い方は,求古館医譜によれば,患者が失精し,腹直筋が拘攣し 下腹まで索状に連なり,陰茎の先が冷たくなって遺精し,その翌日は背中にさむけを感じ,甚だしいときは皮膚が鳥肌になるようなものは桂枝加竜骨牡蛎湯 を用いるか,あるいは これに八味丸を兼用する.
 柴胡加竜骨牡蛎湯証の遺精は,高科先生方林によると「大柴胡湯加竜骨牡蛎湯を積聚(腹中の腫瘤)で,動悸が強く,遺精する人によい.ことに心疾の病人で動悸があって上逆するものには大変よくきく.また癇で奔気(奔豚の気--下腹から上へ向って激しくつき上がる気) のように発動し,人事不省になるような激しい症状に効がある」という.

 2) 抑肝散・抑肝散加陳皮半夏  成人では怒りやすく,子供では機嫌が悪くなり,不眠,小児のひきつけ などをおこすものにこの証がある.腹証は,両脇下の腹直筋が拘攣しているものが多い.
 抑肝散加陳皮半夏の腹証の特徴は,左の臍膀から心下に至る太く強い動悸である。これは 浅井南溟の口訣で,矢数道明氏が追試したもので,漢方と漢薬 第1巻第1号,第2号に発表されている.

 3) 三黄瀉心湯・黄連解毒湯  のぼせぎみで,気分がいらいらし,興奮しやすいのはこの方で,甚だしいときは精神異常を呈する.柴胡加竜骨牡蛎湯証には,上部がのぼせて下部の冷えるものがあるが,この方には冷えるものがない.顔色は赤ら顔,あるいは紅潮して,腹部は緊張がよく,上腹部が膨満したり,心下部が痞えて軽度の抵抗を示す.

 4) 奔豚湯  
物に驚いたり,恐ろしいめにあってから,激しい不安発作やヒステリー発作をおこすもの.発作は,何かが臍下からおこ希改候当e方へつき上げて来るような,激しい動悸がして,呼吸がとまりそうになり,今にも死ぬのではないかという不安を伴い,大さわぎをするものである.
 柴胡加竜骨牡蛎湯証のような胸脇苦満はない。

 5) 苓桂朮甘湯・苓桂甘棗湯  一種の癇症(神経質)で,臍下に特に動悸が強く,これが心下へ攻め上り,その発作がおこると呼吸促迫し,手足が拘急し,日に7,8回ないし10回もおこるようなものには,苓桂朮甘湯 や 苓桂甘棗湯 を用いる.そのうち,臍下の動悸が強いのは苓桂甘棗湯で,水毒が下腹から上衝して心下を突き,胸までつき上がる感じで,発作のたびにめまい(眩暈)があれば 苓桂朮甘湯 である.このような症状には,奔豚湯の場合もあり 五苓散 がよいこともある(
纂方規範より).

 6) 竜骨湯  うつ病や分裂病で無為の状態にあるもの.神経症者が奇妙な訴えをして,分裂病の妄想とまぎらわしいとき などに用いるが,柴胡加竜骨牡蛎湯との区別は,この方には胸脇苦満が無いことである.

 7) その他の処方  心臓病の動悸に 柴胡加竜骨牡蛎湯証 があるが,茯苓甘草湯加竜骨牡蛎
 や 茯苓杏仁甘草湯 などと区別しなければならないことがある.
 また 婦人血の道で 桃核承気湯,女神散 などと鑑別を要することもある.



※迂遠思考(うえんしこう)
circumstantial thinking,circumstantiality of thinking

迂遠(うえん)circumstantiality 
思考の形式的障害の一つで,話しが横道にそれて,まわりくどく,細部にこだわり,要点がつかめず,なかなか本筋の話しが進まない思路障害をいう.思考目標そのものは失われておらず,迂余曲折を経てそこへ達する.脳器質疾患,老年痴呆,知的障害などにみられる.また,性格変化を伴ったてんかんにみられる粘着性と呼ばれる思路様式は迂遠思考 circumstantial thinking の一つである.こうした傾向そのものは,高齢になると出現しやすいことはよく知られている.
『南山堂医学大辞典 プロメディカ 2007』より

連合弛緩:
考えがまとまらない、話があちこちに飛ぶ。全く関係のない観念が直接結びついてしまい会話成立せず。


※内科秘録(ないかひろく) 
本間 棗軒著
※袖珍方(しゅうちんほう) 
編者:李恒 
  袖珍とは袖に入れて携帯するのに便利な小形の本、ポケット判という意味
  
『普済方』のダイジェスト版?
※方輿輗(ほうよげい) 有持桂里著
臍膀 → 臍傍の間違い?






『漢方概論』
柴胡加竜骨牡蛎湯
柴胡 半夏各3 茯苓 桂枝各2 黄芩 大棗 生姜 人参 竜骨 牡蛎 大黄各1(但し大黄は適宜加減する)
以上の一一味を約五○○mlの水で煎じ、約二○○mlとし、滓を去り、一日二回に温服する。

本方証
『傷寒論』所載の主なるものを摘録すれば、
「傷寒、之を下し、胸満煩驚し、小便利せず、讝語し、一身盡く重く、転側す可からず。」(太陽病中篇)

以上の要約
小柴胡湯証にして、胸腹に動有り、煩躁、驚狂し、大便難く、小便不利の者を治す。」(『類聚方広議』)
「熱病、胸脇満ちて嘔せんと欲し、煩驚して心下悸し、小便少なく、讝語し、休作、時有り、一身尽く重く、転側す可らざる者は、柴胡加竜骨牡蛎湯之を主る。」(『医聖方格』)

〔病位〕少陽位で実証。
〔脈候〕緊、またはやや沈緊。
〔舌候〕多くは乾燥した微白苔。
〔腹候〕やや力あり、胸脇苦満(小柴胡湯参照)、臍上悸(柴胡桂枝乾姜湯参照)。
〔応用の勘どころ〕胸脇苦満、臍上悸、心悸亢進、便秘傾向、尿利減少、逆上感、神経症状。

鑑別
 柴胡桂枝乾姜湯桂枝加竜骨牡蛎湯。桂枝去芍薬加蜀漆竜骨牡蛎湯。桂枝甘草竜骨牡蛎湯。大柴胡湯。瀉心湯。小柴胡湯四逆湯半夏厚朴湯。半夏瀉心湯。生姜瀉心湯。甘草瀉心湯など。

応用
 神経衰弱、ノイローゼ、ヒステリー、更年期障害、血の道症、精神分裂症、癲癇、小児の夜啼症、不眠症、神経性心悸亢進、バセドー病、脚気など。
 高血圧、動脈硬化症、腎炎、耳鳴、慢性腎炎、火傷など。

注)
臍上悸(さいじょうき):臍上に腹部大動脈の拍動を触知。
胸脇苦満(きょうきょうくまん):季肋下の痞塞感と抵抗圧痛、および腹直筋の異常緊張。






『漢方精撰百八方』
100.〔柴胡加竜骨牡蛎湯〕(さいこかりゅうこつぼれいとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕柴胡5.0 半夏4.0 茯苓、桂枝 各3.0 黄芩、大棗、生姜、人参、竜骨、牡蛎 各2.5 大黄1.0

〔目標〕体格がよく、体力が中等度、或いはそれ以上に充実した人が、腹部に胸脇苦満を呈し、臍傍の動悸が亢進していて、種々な精神、神経症状を呈し、煩躁して苦しみ、便秘や尿利減少を示すものである。  熱病の場合は、発病後数日経っていて、往来寒熱(さむけと熱感が交互に起こる)があり、意識が混濁したり、うわごとをいったりし、身体が重く、ねがいりができない。  一般雑病では、上腹部が膨満して抵抗や圧痛を示し、心悸亢進、精神不安、不眠、のぼせ、めまい、神経過敏や鈍感、疲労しやすい、煩悶、集中力困難や記憶力、記名力減退の訴え、物事に対する興感の喪失や憂鬱感などの精神症状を呈する。 〔かんどころ〕種々な精神、神経症状と胸脇苦満。臍傍の動悸亢進は時としてみられないこともある。体格は中等度以上で、中肉の場合もやや肥満型のこともあるが、肥っていても筋肉は余り緊張していないで、上腹部の膨満はそれほど固くない。反って中肉の人に、季肋下の抵抗の強い人がある。

〔応用〕発熱時の精神障害、神経症、ヒステリー、性的神経衰弱、てんかん、動脈硬化症、脳動脈硬化症、高血圧、脳溢血後遺症、発作性心悸亢進、心臓弁膜症、バセドー病等応用範囲が広い。 〔治験〕51才、男子 建築業  以前、急性肝炎で、ひどい黄疸が漢方で治ったこの人から、突然往診をたのまれた。4日前、急に倒れ、その時顔色が蒼く、血圧が110ぐらいで、医師に脳貧血といわれた。しかし、それ以来頭の具合が悪く、しばしば胸苦しくなり、めないがして、動悸が起こり、ひどくなると吐きけがする。昨日も今日も便通がないという。  患者は肥って、筋肉の緊張のよい、頑丈な人。舌に白苔があり、脈遅で、手足が冷え、血圧174/90、小便は近いが気持ちよく出ない。腹部は肥満し、胸脇苦満があり、ことに左に甚だしい。  私は、これを、急に起こった神経症と考えた。そして柴胡加竜骨牡蛎湯を投与した。患者はこの処方を2週間のんで、すっかり元気になった。今でもこの人は元気に働いている。                                   山田光胤


『漢方薬の実際知識』
2 柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう) (傷寒論)

 〔柴胡(さいこ)五、半夏(はんげ)四、茯苓(ぶくりょう)、桂枝(けいし)各三、黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)、人参(にんじん)、竜骨(りゅうこつ)、牡蠣(ぼれい)各二・五、大黄(だいおう)一〕
  本方は、柴胡剤の中で大柴胡湯についで実証に用いられるが、小柴胡湯より少し実証にまで使え適応證に幅がある。本方證は、気の動揺が強いため ヘソ上部に動悸を訴え、精神も不安定となる。したがって、驚きやすく、不眠を訴え、とり越し苦労が多い。尿利は減少する傾向がある。また、気の動揺が強い ため身体を重く感じたり、身体を動かすことができなくなる。本方は、上衝、めまい、頭痛、頭重、心悸亢進、不眠、煩悶、神経疾患、狂乱、痙攣、浮腫、小便 不利、便秘などを目標とする。
 〔応 用〕
 柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、柴胡加竜骨牡蠣湯證を呈するものが多い。特に神経系の疾患、循環器系の疾患に適応するものが多い。
 その他
 一 関節リウマチ、半身不随、四十肩、五十肩などの運動器系疾患。
 一 血の道などの婦人科系疾患
 一 そのほか、火傷、日射病、ヒステリーなど。
 


『漢方治療提要』 和田正系著 医道の日本社刊
柴胡加龍骨牡蠣湯(金)

柴胡2.4 半夏1.8 黄芩 大棗 生姜 人参 龍骨 鉛丹 桂枝 茯苓 牡蠣 各0.9 大黄 1.2
 以上12味,水430ccを以て,先づ11味を煮て,220ccを取り,後,大黄を入れ,再び煮て110ccを取り,1回に温服す.(通常1日3回)

〔註〕1.この方は小柴胡湯の甘草を去り,龍骨,牡蠣,鉛丹,桂枝,茯苓,大黄を加えたものである. 2.この方,成本には黄芩が無い.今,宋版に従う.

〔証〕小柴胡湯証で,胸腹に動悸あり,煩躁,驚狂し,大便かたく,小便不利の者.

〔目標〕大体,小柴胡湯の証で,神経症状の一層著明なものである.即ち胸脇満ちて,嘔吐せんとし,心下悸及び胸腹部の動悸甚しく或は不眠あり,煩躁若くは驚狂,讝語し,尿利減少,便秘の傾向ある者である.

〔応用〕1.熱性病,逆上して精神昏み,身体倦怠の状あって,安臥せず,二便渋滞し,脈数急なる症. 2.狂症で,胸腹の動悸甚しく,驚懼して,人を避け,独語し,昼夜寝ねず,或は猜疑多く,安臥せぬ者. 3.胸満感あり,心悸亢進し,身体微痛し,脈弦遅なる症. 4.神経衰弱性不眠症. 5.症候性癲癇様発作. 6.小児の夜啼症にて,胸腹に動悸ある者. 7.火傷後の発熱等. 8.心臓病. 9.脚気. 10.動脈硬化症. 11.ヒステリー. 12.慢性腎炎. 13.バセドウ氏病.

〔類証〕 1.桃核承気湯. 2.桂枝茯苓丸. 3.柴胡桂枝乾姜湯. 4.甘麦大棗湯

【驚懼】(きょうく)おどろきおそれること。


『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
柴胡加竜骨牡蠣湯(傷寒論)
 柴胡:五、半夏:四、茯苓・桂枝:三、黄芩・大棗・人参・竜骨・牡蠣:二・五、乾生姜・大黄:一(大黄を去ることもある。鉛丹を入れることが書かれてあっても現代では用いない)。
 大黄以外の生薬を先に煎じておいて最後に大黄を入れて少し沸騰させる。大黄を長時間煎じると加水分解されて効力がなくなる。ゆえに、最初から大黄を入れる場合には、多く入れる必要がある。

(主証)
 脈実。胸脇苦満、臍上動悸。小柴胡湯大柴胡湯の中間。かっと怒る。イライラ。

(客証)
 心悸亢進。不眠。小便不利。肩こり(左肩)。動脈硬化症。

(考察)
 肝胆の湿熱。
 虚証、腹張る→抑肝散。
 神経症状少い→大柴胡湯
 急迫狂躁→甘麦大棗湯
 貧血、代謝低下→柴胡桂枝乾姜湯

傷寒論(太陽病中篇)
 「傷寒八、九日、之を下し胸満煩驚、小便不利、譫語(うわごと)し、一身ことごとく重くして、転側すべからざる者、柴胡加竜骨牡蠣湯之を主る。」


明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
柴胡加竜骨牡蠣湯(傷寒論)

 処方内容 柴胡五・○ 半夏四・○ 茯苓 桂枝各三・○ 黄芩 大棗 人参 竜骨 牡蛎各二・五 大黄 生姜各一・○(二九・五)

 必須目標 ①驚き易い、精神不安 ②強壮体質 ③尿量減少 ④胸腹部動悸 ⑤便秘  ⑥季肋部抵抗感あり

 確認目標 ①失精 ②譫妄(うわ言) ③不眠 ④肩凝り ⑤頭痛 ⑥狂症(てんかん発作など)

 初級メモ ①本方の目標は、大柴胡湯のようなガッチリした体格のクセに、見かけによらず小心者であることで、その原因は、“肝胆の鬱熱”である。
 ②もし虚証体質なら、抑肝散、柴胡桂枝乾姜湯などを考える。
 ③本方の処方内容は古方には珍らしく多味で、しかも書籍により薬味が一定しない、即ち黄芩の代りに鉛丹二・五が入っていたり、また鉛丹は膠飴の誤りであるとする説があったりする。
 ④処方内容は決して小柴胡湯、または大柴胡湯に竜骨牡蛎を加えたものでなく、南涯は加の字を去って、柴胡竜骨牡蛎湯というべきだと説いている。恐らく後人の筆が加わっているであろう。

 中級メモ ①南涯「裏病、内にせまるなり。水気胸に在り、血気逆して心を攻め循環する能わざる者を治す。その症に曰く、胸満、小便不利、これ水胸に在るの症なり。曰く煩驚、譫語、これ血気心を攻むるの劇しき者なり。曰く転側すべからず、これ循環する能わざるの症なり。曰く一身尽く重し、これ血気循らず水表に在るなり。この病人また常に動あるなり」。

 適応症 神経衰弱症。不眠症。心悸亢進。動脉硬化症。高血圧。慢性腎炎。てんかん。

 文献 「柴胡加竜骨牡蛎湯の運用について」矢数道明(日本東洋医学会誌3、1、9。漢方治療百話に転載)

柴胡加竜骨牡蛎湯 と うつ(鬱)(その2) に続く

http://kenko-hiro.blogspot.com/2010/09/blog-post_15.html




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