健康情報: 香蘇散 と うつ(鬱)

2010年9月18日土曜日

香蘇散 と うつ(鬱)

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会 
21.香蘇散 和剤局方

香附子4.0 蘇葉1.0 甘草1.0 陳皮2.5 生姜3.0(乾1.0)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 神経質で,頭痛がして気分がすぐれず食欲不振を訴えるもの。
 本方は発熱症状はないが頭痛がひどい感冒で,しかも麻黄剤の使えない虚弱な老人や婦人に好適である。また紫蘇葉が配合されているのでアレルゲンにもとずく蕁麻疹に卓効を示す。神経質な婦人の一時的な無月経あるいは稀発月経を伴なった更年期障害で,桂枝茯苓丸あるいは当帰芍薬散の無効な症状にしばしば適用される。咽喉の異物感,心悸亢進,悪心などを伴う神経衰弱,ヒステリーには本方より半夏厚朴湯が適する。

漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 神経質で頭痛がして気分がすぐれず,あるいは頭重,めまい,耳鳴りなどを自覚して食欲不振を訴えるもの。
 本方は感情や意志力の発達に欠陥があって,わずかなことに精神不安その他の神経症状が現われやすい神経質な人の前記疾患に応用される。不定愁訴は前項の桂枝加竜骨牡蛎湯と類似するが,本方適応の者には胸腹部の動悸や利尿障害がないので区別できる。
 感冒 発熱症状は認められないが,頭痛がして気分がすぐれず,葛根湯や麻黄湯などの発汗解熱剤が適応しない老人や虚弱者の感冒に用いられる。
 頭痛(頭重) 神経質や神経衰弱あるいはヒステリックなものの頭痛で,目標欄記載の症状を訴えるもの。本方は神経性頭痛や習慣性頭痛の者によく,鎮痛剤や鎮静剤を習慣的に常用するものが連用させると,化学薬品を廃棄した症例が少なくない。とくに婦人には好適(中略)
 ジンマ疹 魚肉の中毒や魚がアレルゲンとなって発現するジンマ疹に,しばしば奇効がある。
 月経異常 神経性の一時的な無月経,月経不調やこれに伴う更年期症に応用される。

漢方処方応用の実際〉 山田光胤先生
○胃腸虚弱な人のかぜ,発熱の初期,葛根湯や麻黄湯は強すぎ,桂枝湯は胸にもたれるという人が,頭重,頭痛,悪寒,食欲不振を訴えて熱が出かかったり,かぜぎみだというときに用いる。
○平素虚弱で神経質,気分が憂うつで胃が弱く,食欲不振,精神不安,頭痛のあるもの。
○魚肉中毒による発疹。
○本方は健胃,発汗と気のうっ滞を散ずる効がある。そこで,胃の弱い虚弱な人の発熱に用いて,軽く発汗して解熱し,精神安定の効があり,また軽症の食中毒を解毒し,皮膚の発疹を治す働きがある。

漢方診の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は発表の剤で感冒の軽症に用いる。即ち葛根湯では激し過ぎ,桂枝湯は胸に泥んで受け心悪しと云うものによい。元来気の鬱滞を発散し,疎通の方剤故,感冒に気の鬱滞を兼ねたものに最もよい。脈は葛根湯や桂枝湯の証の如く浮とはならず,概して沈むものが多い。一般に舌苔は現われない。自覚症状として訴えるものは,胸中心下に痞塞の感があり,時に心下や腹中に痛みを発し,気分が勝れず,動作にものうく,頭痛・頭重・耳鳴・眩暈等の神経症状を伴う。これが即ち気の鬱滞に原因するものである。平常呑酸,嘈囃,嘔気など胃腸障害のある人の感冒によく奏効する。しかし自汗のあるもの及び甚しく衰弱している者の感冒には用いられない。また感冒でなくても気の鬱滞を治するが故に婦人科的疾患の中,所謂血の道と称する諸神経症状及び神経衰弱,ヒステリー等官能的神経系統の疾患にも用いてよい場合がある。 本方は香附子と紫蘇葉が主薬となるので香蘇散と名づけたもので,紫蘇葉は発汗剤で皮膚表面の邪気を発散する。兼ねて血行を良くし,軽く神経を興奮させる能力がある。また特に魚肉中毒を治する働きがあるので,魚肉中毒による蕁麻疹を治する。香附子は諸鬱滞を疎通して神経を正常の活動に導き,陳皮は健胃・去痰の作用があり同時に諸鬱を散ずる。甘草は諸薬を調和し,兼ねて健胃の働きがある。 以上の目標に従って,此方は感冒の軽症,胃腸型の流行性感冒,魚肉の中毒,蕁麻疹,所謂血の道,月経閉止,月経困難症,神経衰弱,ヒステリー及び柴胡剤,建中湯類の応ぜぬ腹痛等に応用される。

漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 気の鬱滞から,食の停滞を兼ねた感冒,胃の具合がわくる,桂枝湯や葛根湯が胸に痞えるかぜひき,その他気鬱,食鬱による諸症に用いられる。脈は多くは沈で,心下痞え,肩こり,頭痛,眩暈,耳鳴り,嘔気などあって気ふさぐものを目標とする。

寿世保元〉 龔廷賢
 四時の傷寒瘟疫(熱性の伝染病,ここでは流感)頭疼,寒熱往来及び内外両感の症を治す。春日病を得て,宜しく此方を用うべし。

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此方は気剤の中にても揮発の功あり。故に男女共気滞にて胸中心下痞塞し,黙々として飲食を欲せず,動作にものうく,脇下苦満する故,大小柴胡など用ゆれども反て激する者,或は鳩尾(みぞおち)にてきびしく痛み,昼夜悶乱して建中,瀉心の類を用ゆれども寸効なき者に与えて意外の効を奏す。(中略) 又,紫蘇能く食積を解す。故に食毒,魚毒より来る腹痛,又は喘息に紫蘇を多量にして用ゆれば即効あり。

医方集解〉 汪 昂 先生
 四時ノ感冒,頭痛発熱,或ヒハ内傷ヲ兼ネ胸膈満悶シ、噯気シテ食ヲ悪ムヲ治ス。

医療手引草〉 加藤 謙斎先生
 「此薬感冒の軽症に用いるなり。(中略)気胞りて胸膈快からず,或は頭痛爽かならざる症,通じて此湯を主とす。又能く食毒を消解す。食傷と食毒とは少し違ひあり。食傷は医者も病家も皆常に知る所なり。食毒は或は魚腥の毒,饌中の食毒其外一口の食物に因りて忽然悶乱し,胃脘大いに痛む等の暴症は食毒なり。此方之を主る。夾食夾気の感冒,常に之を用いて甚だ効あり。」

餐英館療治雜話〉 目黒 道琢先生
 (中略) 証を以て弁ぜんとならば必下痞し,肩はり,或は痰気あり,或は平生呑酸嘈囃あり,或は朝起れば温々として嘔吐あり,或は何となく気をふさぐの類は皆気滞なり。平常か様の証ある人感冒せば,此方効のあらずということなし。又感冒せずとも耳鳴,頭鬱冒し,頭痛,眩暈等と証ある者,此方を用ふる標的なり。以上の証婦人に甚だ多し。又婦人手足麻痺,身体疼痛する者気滞なり。此方に宜し。若し肝鬱を兼ね脇下攣急あり,或は少しく寒熱あり,或は寒せず唯熱する等の証あらば,小柴胡湯を合せて甚だ妙なり。(後略)



『臨床応用 漢方處方解説 増補改正版』 矢数道明著 創元社刊
40 香蘇散(こうそさん) 〔和剤局方〕
   香附子三・五 紫蘇葉一・五 陳皮三・〇 甘草・乾生姜 各一・〇

〔応用〕 胃腸の弱い、心下に痞えがちな、気の滞りのある人の感冒に用いる。
 本方は主として
 (1) 感冒(軽い感冒で、桂枝湯や葛根湯が胸にもたれるというもの、春先の感冒でそれほど発汗の必要のないものによい)
 (2) 神経衰弱・ヒステリー等(気鬱の傾向のある神経質の体質者が、気分重く、胸や心下部に痞えるというもの)
 (3) 魚中毒(魚中毒による蕁麻疹に桜皮を加える)
等に用いられ、また、
 (4) 腹痛(神経性の腹痛で、柴胡剤・建中湯類の奏効せぬもの)
 (5) 血の道症(心下痞え・肩こり・耳鳴り・頭痛・気鬱のもの)
 (6) 経閉(気の鬱滞による月経閉止)
 (7) 下血(気鬱によるもので、血の薬が効かぬもの、当帰を加える)
 (8) 薬煩(薬が胸にもたれて気持悪くなるもの) たとえば補剤・血の薬・烏頭附子剤等を久しく用いると薬煩を起こす。ときどき本方を用いて心下の気を順らすがよい。
 (9) 神経病。狂乱を起こしそうなときに用いてよく予防となる。
 (10) アレルギー性鼻炎・蓄膿症・嗅覚脱失・鼻閉塞などにも応用されることがある。

 伝説によれば、「白髪の老翁が、この処方を、ある富貴の人に家方として授けた。疫病大流行のときに、これを用いて城中の病人がみな治った。疫病神が富貴の人にたずねたので、ありのままを告げると、疫病神は、この老人は三人の人にこの処方を教えたといって、頭を下げて退散した」といわれている。
 征韓の役で、加藤清正が籠城したとき、将兵の中に気鬱の病にかかる者が多かった。そのとき陣中の医師が香蘇散をしきにり用いたと伝えられている。ノイローゼに対する安定剤である。

〔目標〕 気の鬱滞から、食の停滞を兼ねた感冒、胃のぐあいがわるく、桂枝湯や葛根湯が胸に痞えるかぜひき、その他気鬱・食鬱による諸症に用いられる。脈は多くは沈で、心下痞え・肩こり・頭痛・眩暈・耳鳴り・嘔気などあって、気鬱ぐものを目標とする。

〔方解〕 構成薬物の大部分は気を行らし、発散するものである。紫蘇葉が君薬で、香附子は臣薬、陳皮が佐薬で、甘草は使薬である。
 紫蘇葉をもって表より発散し、香附子は裏を通じ、陳皮は佐薬となって正気を佐ける。よく流通して表へ発し裏へ通ずる。甘草はこれらの発散の力を緩和し、元気を助ける。また紫蘇葉は魚の中毒を解毒する能がある。

〔加減〕
 本方に烏薬三・〇、乾姜一・五を加えて正気天香湯と名づけ、香蘇散の証に痛みを兼ねたものに用いる。
 恩師森道伯翁は大正六~七年のスペインかぜ流行のとき、その胃腸型のものに本方加茯苓・半夏各五・〇、白朮三・〇を加えて卓効を奏したという。

〔主治〕
 和剤局方(傷寒門)に、「四時ノ瘟疫傷寒ヲ治ス」とあり、
 医方集解(表裏之剤)には、「四時の感冒、頭痛発熱、或ハ内傷ヲ兼ネ、胸膈満悶シ、噯気シテ食ヲ悪ムヲ治ス」とあり、
 寿世保元(傷寒門)には、「四時ノ傷寒瘟疫(熱性の伝染病、ここでは流感)頭疼、寒熱往来及ビ内外両感ノ症ヲ治ス。春月病ヲ得テ、宜シク此方ヲ用ウベシ」とある。また、
 勿誤方函口訣には、「此方ハ気剤(神経を調整する薬)ノ中ニテモ揮発(発散、気を引き立てる)ノ功アリ。故ニ男女共気滞ニテ胸中心下痞塞シ、黙々トシテ飲食ヲ欲セズ、動作ニ懶ク、脇下苦満スル故、大小柴胡ナド用ユレドモ、反テ激スル者、或ハ鳩尾(みぞおち)ニテキビシク痛ミ、昼夜悶乱して建中、瀉心ノ類ヲ用ユレドモ寸効ナキ者に与エテ意外ノ効ヲ奏ス。昔西京ニ一婦人アリ、心腹痛ヲ患イ、諸医手ヲ尽クシテ癒スコト能ハズ、一老医此方ヲ用イ、三貼ニシテ霍然(きれいに消え去る)タリ。其ノ昔、征韓ノ役ニ、清正ノ医師ノ此方ニテ兵卒ヲ療セシモ、気鬱ヲ揮発(引き立たせる)センガ故ナリ。但シ局方ノ主治ニハ泥ムベカラズ。又紫蘇ハ能ク食積ヲ解ス。故ニ食毒魚毒ヨリ来ル腹痛、又ハ喘息ニ紫蘇ヲ多量ニシテ用ユレバ即効アリ」トアル。

〔鑑別〕
 ○半夏厚朴湯118(神経症○○○・気鬱) ○桂枝湯34(感冒○○・脈浮弱、自汗)

〔治例〕
(一)感冒
 六〇歳の婦人。胃下垂がある。いつも腹が張って、ときどき腹痛が起こり、痩せていた。人参湯加減方で大分よくなって、春先に山の温泉に保養に行くというので、人参湯加減のほかに、用心のために香蘇散を三日分渡して、かぜをひきそうになったらこれをのむように申し渡した。
 その後の報告で、山の中が寒くてかぜをひいたとき、あのかぜぐすりをのんだら、体がぽかぽかとあたたかくなり、すぐ気分がよくなったという。このような胃の悪い人のかぜに香蘇散がよい。
(山田光胤氏、薬局 一三巻一号)

(二)蕁麻疹
 二七歳の婦人。一ヵ月前から全身に蕁麻疹が出て、いろいろ注射などしたが治らないという。一般状態と成ては、ほかに特記すべきものがない。四ヵ月前にお産をして、まだ月経がない。腹は全体に軟かで、少し両臍傍に抵抗がある。血熱によるものかという推定で、桂枝茯苓丸料に大黄を少し加えて与えたが、少しも好転しない。手足や腹などに随分赤く腫れあがって出ている。痒みがひどく痛いようだという。そこで発散させた方がよいと思って、葛根湯にかえてみたところ、嘔気を催し、かえってぐあいがわるいという。そこで脈はそれほど沈ではなかったが、香蘇散に山梔子を加えて与えてみると、これが一番気持ちよく、一週間のんだらほとんど出なくなり、あと一週間で治癒した。この場合別に魚による蕁麻疹ではなかったが、香蘇散がよく効いた。その後じんましんで他の処方が応じないものに、香蘇散に桜皮・山梔子を加えてよくなるものが沢山あった。(著者治験)

(三)蕁麻疹
 私は香蘇散を蕁麻疹に用いて、特効薬的に顕著な治験をおさめている。漢方後世要方解説に、いわゆる魚毒による蕁麻疹には香蘇散がよいとあるので使ってみた。安南人は魚を材料にした揚げ物を作ったとき、よく水で洗った紫蘇の葉で包んで醤油をつけて食べる。日本でも刺身のつまに紫蘇の実が添えられる。これは必ず刺身と一緒に食べるべきである。
 五歳の男の児が、昼食にさつま揚げ(魚肉が材料)を食べた。夜になって全身の痒感を訴えたのですぐ来院した。蕁麻疹特有の発疹が顔から頭にまで出ていた。香蘇散一日分を服用した翌日はすっかり消退して、そのまま治癒した。
 一四歳の女児。夕食時に生卵をかけて食事をしたところ、翌日から蕁麻疹が全身に出た。これに香蘇散加桜皮五日分を与えたが、服薬後次第に軽快し、五日間で治癒した。
(工藤訓正氏、漢方の臨床 一二巻二号)

※安南:現在のベトナム北部から中部を指す歴史的地域名称

『漢方処方応用の実際』 山田光胤著 南山堂刊
83.香蘇散(和剤局方)

香附子4.0,蘇葉,陳皮 各 2.0,乾生姜2.0,甘草1.5
原方には葱を用いることになっているが,入れなくてよい.

目標〕  1) 胃腸虚弱な人のかぜ,発熱の初期,葛根湯や麻黄湯は強すぎ,桂枝湯は胸にもたれるという人が,頭重,頭痛,悪寒,食欲不振を訴えて,熱が出かかったり,かぜぎみだというときに用いる.
 2) 平素虚弱で神経質,気分が憂うつで胃が弱く,食欲不振,精神不安,頭痛のあるもの.
 3) 魚肉中毒による発疹.

説明〕  本方には 健胃,発汗と 気のうっ滞を散ずる効がある.そこで,胃の弱い虚弱な人の発熱に用いて,軽く発汗て解熱し,精神安定の効があり,また軽症の食中毒を解毒し,皮膚の発疹を治す働きがある.
 香附子,蘇葉,陳皮は気剤であり,甘草は諸薬の調整,解毒 などの作用がある.

応用〕  感冒,神経症,胃カタル,食中毒による蕁麻疹.

鑑別〕 桂枝湯の項 参照.
 桂枝湯
 この方は,悪寒,発熱,頭痛のある熱病の初期で,脈浮弱で発汗の傾向がある虚弱なものに用いる.
 A.悪寒,発熱,頭痛,脈浮について
 4) 香蘇散 桂枝湯証に似て虚弱体質で,さらに胃が弱く,麻黄湯や葛根湯では強すぎるし,桂枝湯は胃にもたれて気持がわるいような人によい.大抵 気分が憂うつで,頭痛,熱発,胃の具合がわるい などがあり,脈も沈んでいることが多い.
 
症例〕 松○みよさん(60歳 女)は,数年前にひどい胃下垂で治療をしていた.しじゅう腹が張って苦しく,時々腹が痛んで食事をとれず,非常に痩せたというのが主な症状であった.これが 漢方薬をのんで,大分よくなった.
 まだ春も浅いころ,「山の温泉へ保養に行ってくるから,薬を少しよけいに下さい」といって来た.わたしは いつもの胃の薬(人参湯の加減方)を与え,同時に「これも用心にもってゆきなさい」といって香蘇散を3日分渡して,「かぜを引きそうになったら,すぐのみなさい」といってやった.
 半月ばかりして,患者は元気で帰ってきた.そしてつぎのように報告した.「山の中は大変寒くて,まもなくかぜを引いてしまいました.それで,先生にいわれた薬をすぐに煎じてのみました.そしたら,体がぽかぽかと温かくなって,すぐ気分がよくなりました.薬は2日分のみましたが,1日分は治ったのでもって帰りました」と.




『漢方処方応用のコツ』 山田光胤著 創元社刊
〔14〕香蘇散
 典拠と構成
 香蘇散は、陳皮、香附子、紫蘇葉、甘草の四味の組み合せである。この処方は「太平和剤局方』の巻二・傷寒の部の紹興続添方に記載されている。南宋・紹興年代に追加された処方である。.
 原方によれば、右の四味を荒い末にして、三銭をさかずき一杯の水で、さっと煎じてカスを去って熱いうちに服用するか、細末としたもの二銭を、塩を入れて服用する。四季を問わず一日三回飲めと指示されている。一銭(但し徳川時説の一銭)は、大塚先生は約3.9g弱とされている。
 わたしは、香蘇散をかなり多く使うが,一般の煎剤と同じように煎じている。それでも一応効きめはあるが、原方の方意にしたがえば、やや少量の水で短時間さっと煎じたほうがよさそうである。
 また、『衆方規矩』になると、以上の四味に生姜(しょうが)と葱(ねぎ)を入れて煎じて飲むように指示されているが、このような加味が、いかなる典拠によるものかはわからない。ただ、葱は傷寒に効があると『本草綱目』にも書いてあるくらいだから、案外、日本人がやった加味方かもしれない。
 ところで、現代では、香蘇散の内容は、香附子、紫蘇葉、陳皮、甘草、生姜の五味になっている。『漢方診療の実際』以後の諸書はほぼこれを踏襲している。わたしも、それにしたがっている。

応用
(その一)感冒などの熱の出るとき
 香蘇散について原典の『和剤局方』には、「四時の瘟疫傷寒を治す」としか書いてない。『衆方規矩』には、「四時の傷寒、感冒、頭痛、発熱、悪寒及び内外両感の証を治す。春月よろしく此の方を用いて病を探るべし。」とあって、いろいろな加味の方法が述べてある。
 わたしは『漢方診療の実際』の記載にしたがってこの処方を用いていて、その目標は次のとおりである。
 虚証で胃弱の人の感冒の初期、病位は太陽病に当る場合である。平素食欲がなく、食べるとすぐ心下が張って痞え、胃内停水があって胃下垂、胃アトニーの人である。痩せて体力のないのが大部分である。このような人が、カゼぎみになって、頭痛、咽喉痛、悪寒、発熱などの、どれか一~二の症状が出たときである。

症例
 或る中年の女性は、胃が弱くて食事がよく摂れず、太りたいが少しも太れず、体力がなくてすぐ疲れ、家事も満足にやれないと言って来院した。痩せて、顔色がわるく、手足が冷たく、腹部に胃内停水をみとめた。
 この患者に、四君子湯加附子を用いて、次第に元気になった。すると初秋の頃、カゼをひいたから何か薬を下さいといって、使いの人をよこした。そこで、香蘇散を三日分ほど持たせて帰した。数日後、患者自身で来院し、「おかげで、あの薬を飲んだら、二日ほどでカゼが治りました。いつもは、新薬を飲んでも治らず、かえって胃が悪くなって、いつまでも長びくのですが、今回はすぐに気持ちがよくなりました」と喜んで報告した。その少しあと、この患者は、何年ぶりかで温泉へ行く気になったが、カゼをひくと困るからと言って、四君子湯と香蘇散をたくさん持って出かけて行った。
 あとで話に聞くと、「山の温泉で案の定カゼをひいたが、香蘇散を飲んだら、僅かに汗が出て、すぐに治ったので、安心して長逗留してしまった」とのことだった。
 わたしの患者は、どちらかと言うと虚証の人が多く、どうにも仕方のないような人を、苦労に苦労をかさねて治療することが多い。そういう患者のカゼに香蘇散は非常によく使う。
 ただ、平素虚証の患者は、うっかりすると少陰病になり、寒けがして手足が冷え、元気がなくなったり、だるくて起きていられなかったりする。そういうときは、麻黄附子細辛湯や真武湯の類を用いることになる。虚証の患者に香蘇散が使えるときは、わたしとしては、むしろ安心しているのである。

〔その二〕耳鳴り、気うつ
 耳鳴りにはいろいろな原因によるものがあるが、大部分は完治しにくいものである。ただ、その中で必ず治る耳鳴りがある。カゼをひいて数日たち、鼻がつまって耳が鳴るときである。これは、鼻から耳へ通じている耳管が、鼻炎からの延長で炎症を起こし、それが詰まったため、耳閉感と共に耳鳴りがするのである。このときは、たいてい少陽病なので、小柴胡湯や柴胡桂枝乾姜湯でもよいが、それらの処方に香蘇散を合方すると、効果はてきめんである。これは、大塚先生の口伝で、わたしは始終そのおかげを被っている。
 『漢方の診療の実際』には、そのほか、香蘇散が気の鬱滞を治すので、いわゆる血の道と称する諸神経症状および神経衰弱、ヒステリー等、機能的神経系統の疾患によいと記されている。そこでわたしは、加味逍遥散合香蘇散という処方を、しばしば用いる。血の道症に加味逍遥散を用い、不定愁訴は減っているのに、気分が晴ればれせず、もうひとつすっきりしない、というような時である。



『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
香蘇散(和剤局方)
 香附子:三・五、紫蘇葉:一・五、陳皮:三、甘草・乾生姜:一。

主証
 脈沈。胃腸障害、又は平素から胃腸弱い、鬱的気分。

客証
 感冒(春や夏)。じんましん。ノイローゼ。

加減
 胃腸型のかぜに、茯苓・半夏:五、白朮:三を加える(森田道伯氏)。

考察
 気鬱の薬であ識。胃の薬。

和剤局方(傷寒門)
 「四時の瘟疫、傷寒を治す。」

※森田道伯は、森道伯の誤植と思われる。


【関連サイト】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html