健康情報: 半夏厚朴湯 と うつ(鬱) 効能・効果 と 副作用

2010年10月17日日曜日

半夏厚朴湯 と うつ(鬱) 効能・効果 と 副作用

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
63.半夏厚朴湯 金匱要略
 半夏6.0 茯苓5.0 生姜4.0(乾1.0) 厚朴3.0 蘇葉2.0

(金匱要略)
○婦人咽中如有炙臠,本方主之(婦人雑病)
○胸満心下堅.咽中帖々,如有炙肉,吐之不出,呑之不下,本方主之(婦人方中)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 精神不安があり,咽喉から胸元にかけてふさがるような感じがして,胃部に停滞膨満感のあるもの。通常消化機能悪く,悪心や嘔吐を伴うことがある。
 本方は咽喉にヒステリー球様のものがあってふさがる感じがするとか,あるいは咽喉から胸部にかけて異物感やつまるような感じを伴った諸症状に応用されるが,自覚症状をくどくど訴えても,内科的な所見が著明でなく、「神経のせい」だと言われるような症状には劇的な効果を発揮することが多い。なお以上の症状に倦怠感や食欲不振を伴う場合は小柴胡湯を合方する。また自律神経不安定症状あるいは更年期障害で,胸内苦悶があって疲労倦怠感が著しく,頭汗,盗汗などがある時は柴胡桂枝干姜湯が,冷え症で尿意頻繁な時は当帰芍薬散が,頭痛,立ちくらみがあるときは苓桂朮甘湯が適する。本方適応症に似て頭痛がひどい場合は香蘇散がよい。半夏瀉心湯,茯苓飲との鑑別は,これら二方の適応症状には咽喉の異物感はなく,他方本方適応症状には前記二方のそれに見られる胃部のつかえが認められない。本方服用後口渇を増し,浮腫を生ずる時は五苓散で,食欲減退や胃部重圧感を訴えるときは安中散,香蘇散,柴胡桂枝干姜湯,小柴胡湯,半夏瀉心湯,平胃散,補中益気湯などで治療するとよい。気管支喘息の強い発作時に本方を投与すると更に苦痛を増すことがあるから,このようなときは麻黄剤を投与しておき,発作が鎮まってから本方を与えるとよい。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 本方は体格,栄養ともに悪くヤセ型の体質で そのうえ,神経質,きちょうめん,小心でうつ病的傾向があって,物ごとが気になるもので平素胃腸や気管が弱く,食欲不振というより食細いほうで,不眠,頭痛,頭重などを訴え,絶えず不安感や恐怖感が去来し,自分で自分を病的に過大評価して,クドクドと自覚症状を訴えるが,内科的には著明な所見がなく神経のせいだ,と言われるようなものによく適応する。漢方では本方適応症を咽中炙臠(いんちゅうしゃらん)または梅核気(ばいかくき)と呼び,胸部や咽喉あたりにヒステリー球様異物感や痞塞感を自覚するが,レ線やガストロカメラによる異常も認めないものが対象になる。こんな自覚症状をもつものの中には,ガンノイローゼや更年期神経症などの精神不安を,さらにつのらせることが多く,これが悪循環的に胃腸機能を悪化させたり,喘息発作の誘因となって消化器症状や,神経症状の不定愁訴になつて現われやすい。化学薬品ではこの種の薬品にトランキライザー製剤があるが,本方は一時的に患者の気分を大きくして不安感を除去すると言う狭義のものでなく,消化器,呼吸器など虚弱な内臓や体質を改善しながら,不定愁訴を除去する作用がある。

類似症状の鑑別
 半夏厚朴湯 咽喉や胸部の痞塞感と精神不安
 桂枝加竜骨牡蛎湯 胸腹部の動悸と精神不安
 甘麦大棗湯 不眠と精神興奮
 抑肝散加陳皮半夏 胸腹部の圧迫感と神経症状
 柴胡桂枝干姜湯 衰弱に伴う胸腹部動悸と神経症状
 香蘇散 軽度の咽喉,胸部痞塞感,頭痛と神経症状


漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○のどにあぶった肉のきれが附着しているような感じで,それを呑みこもうとしても呑み込めず,吐き出そうとしても出ないというのがこの半夏厚朴湯を用いる目標である。この感じはヒステリー球ともよばれているものである。

○半夏厚朴湯はめまい,発作性動悸,のどのつまる感じ,とり越し苦労,不安感などを訴える神経症の患者に用いるほかに,胃下垂症,胃炎などでむねにつかえるものにも用いる。また風邪ののちに声が嗄れたものにも用いる。小柴胡湯合半夏厚朴湯,大柴胡湯合半夏厚朴湯は気管支喘息によく用いられる。和田東郭は気鬱からきた月経の不順をこの方で治したという。

○半夏厚朴湯は理気剤とも呼ばれている。気うつを散じ,気のめぐりをよくする効があるからである。

○ひどく衰弱している患者や腹部が軟弱無力で脈にも力のない場合には半夏厚朴湯を用いてかえって疲れることがあるから注意しなければならない。



漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○スタイルのよい痩せ型の人に多い証で,胃腸が弱く,皮膚や筋肉の緊張が悪い虚弱体質の人で,軽い鼓脹,腹満感などがあり,咽喉に物がつまったような,塞ったような感じのいわゆるヒステリー球を訴えるものである。脈は沈んで弱く,腹部には胃内停水のあることが少なくない。また気分が憂うつで不眠,動悸,めまい,頭重感などの訴えや,精神不安があり,甚だしいときは不安発作(動悸やめまいが突然激しくおこり,今にも死んでしまいそうな不安を覚え,大さわぎをする状態)をおこす。

○適応する人は体質的にも性格的にも繊弱で,身体の緊張が弱く,性格も気が小さくて敏感で物事にこだわりやすく,僅かな身体の変調を敏感に感じとってそれらが気になり,何か重大な病気ではないかと心配する。こういう人が胃アトニー症や胃下垂症などで軽度の身体症状を感じるとそのことをひどく気にやみ,つぎつぎと症状をみつけて拡大解釈し,次第に神経症の病像を形成してゆく。本方はこのような場合に,胃内停水を去って胃腸の機能を整え,気のうつ滞を散じて気分を明るくし,精神の安定を得る効果がある。

○本方の目標である咽喉の塞閉感は梅核気とか,咽中炙臠という。梅の核や焼肉が,咽喉にひっかかった感じであるが,実際には何もないので吐いても何も出ず,のみ込んでも楽にならない自覚的な症状である。~我々も何かにひどく思いつめたり,腹立ちのやりばがなかったりしたときに,一時的に経験することである。

○本方の腹証は,虚証にちがいないが,人参湯,四君子湯ほどは虚していない。特徴は,心下部が膨満して,僅かに痞鞕を呈するものによく効果がある。反対に軟弱無力で,心下部に甚だしい振水音を示すようなときは,本方はあまり効かないようである。


漢方診療の実際〉 大塚、矢数、清水 三先生
 本方は気分の鬱塞を開く効がある。胃腸が虚弱で,皮膚,筋肉は薄弱で弛緩し,軽度の鼓腸,腹満感を訴え胃内停水のある者などに適する。脈は浮弱,或は沈弱 を通例とす。このような体質の者はとかく小心で気分の鬱塞を来しやすい。本方は古人が梅核気とよんだ症状で咽中の塞がる(ヒステリー球)如き自覚症を目標 とする。この症状は神経症状(気疾)とも考えられるが,また胃腸状態よりも影響されるものと考える。故に本方の治する気分の鬱塞と胃腸症状とは別個のも のではなく,互いに関連がある。更に進んで考えれば胃腸症状のみではなく、それの背景となる所の本方に就てのみではなく,すべての薬方に就ても同様であると云える。本方の応用としては胃腸虚弱症,胃アトニー症に用いられる。平素腹部膨満感を訴え,他覚的にもガス膨満を認める者,食後の胃部停滞感、或は悪心のある者に用いて効がある。気疾に用いるとすれば,前記の如き体質で気分の鬱塞する者,諸種の恐怖症,ノイローゼに宜しい。  本方の薬物中,半夏と茯苓は胃内停水を去り,悪心・嘔吐を治し,体液の循流を調整する効がある。厚朴は腹満・鼓腸を治し,気分の鬱滞を疎通する。蘇葉は軽 い興奮剤で気分を開舒し,胃腸の機能を盛んにする。生姜は茯苓,半夏に戮力してその効を助け,胃腸の機能を盛んにして停水を去り,嘔吐を止める。 本方は諸種の疾患に応用される。例えば気管支炎・感冒後の声音嘶嗄,喘息,百日咳,妊娠悪阻,浮腫等であるが,前記の如く一種の病的全身状態(これを半夏厚朴湯の証と云う)を基本として現われた場合に用いられる。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 (構成) 半夏,茯苓,生姜は停水を駆る薬物(勿論その働き方はそれぞれ違うが)半夏,厚朴,生姜,蘇葉は痞えた気を開く薬(働き方はそれぞれ違う)従ってこの処方は停水があって気が痞えている所に使うことが判る。停水は胃内でも体表でもよい。痞えは咽喉部でも精神的な気鬱でもよい。本方はそうした症状を目標にして使う。

 運用 1. 咽喉部の異常感
 咽喉部といっても実際に咽喉のこともあり食道のこともあり,大体咽喉部から胸骨裏面の辺にかけて,何か物が痞えている感じ,引懸っていて吐こうとしても吐けず,呑込もうとしても呑込めず,或はむずむずする感じ,或はいらいらする感じ,或は咳払いしたいような感じ等異物感,刺戟感を訴える。金匱要略には之を「婦人,咽中炙臠あるがごときもの」(婦人雑病)と表現している。何も婦人とは限らず男子でも構わない。女性的体質でもいうべき虚証であればよい。尤もこの頃は女性でも男性を凌ぐ体質体格者が出ているが,漢代の通念としての女性体質と解しておく。咽中に炙った肉が引っかかっているような感じとの意である。この状態を気痞と称している。このような自積症状によって臨床的には貧血性,冷え症,しばしば胃部拍水音を証する脉沈又は弱の虚証の人で神経質,咽頭炎,咽喉炎,気管支炎,肺結核,喘息,声帯浮腫等の気道呼吸器病や,神経性食道狭窄症,バセドウ氏病,悪阻などに本方を使うことが頗る多い。

 運用 2. 気鬱
 気痞を局所的知覚的なものから精神的なものに転用すると気鬱になる。晴々しない物思い,何か気になる。滅入る。引込み思案,人に会うのが億劫,一人で居たい,話をしていると穴底へ引ずり込まれるような落ち込むような感じがする。憂鬱症などいろいろな場合があ識が気鬱に総括される。但し半夏厚朴湯の証の人が悉く気鬱だと思ってはいけない。時には反対に非常におしゃべりであり乍ら,それが言足りないような感じ,発想が発言より先行して痞えるというような場合に本方を使う。大体咳払いは言わんと欲して言えざる潜在意識の表現のことがあるのだ。そこに身体的には局所的な咽喉部狭窄感となり,精神的には気痞なのである。

 運用 3. 虚証の浮腫で咽喉部に異常感があるもの。
 虚証の人で脉弱く,胃部拍水音や小便不利の傾向があり,浮腫を主訴とするが,咽喉部に運用1のような異物感を覚えるものに使う。「問ふて曰く,病名水に苦しむ。面目身体四肢皆腫れ,小便利せず,之を脉するに水を言はず,反って胸中痛み,気咽に上衝し,状炙肉の如しと言ふ。当に微欬喘すべし,審かに師の言の如し。その脈何の類ぞやと」(同書水気病)ここに半夏厚朴湯の応用範囲が殆ど凡て網羅されているといってよい。浮腫,小便不利,胸中痛,咽異常感,欬喘等が之である。次に右この問に対して師の曰く云々と病理の説明があるが省略する。浮腫は腎臓病その他どんな場合でも差支えない。また陰嚢水腫に用いた例もある。咽頭声門の浮刺ゆ,肺水腫でもよい。右に挙げた症状がいろいろ組合せで(例えば咽喉部異物感,咳,胃部拍水音とかのように)現われたものに本方を用いる。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 咽中炙臠(焼いた肉のこと,またシャランとも読む)というのは,咽喉または胸骨の裏のところに,焼肉の一片か,あるいは梅干しのたねのようなものが,引っかかっているような感じられる異物感,刺詞感のことで,これをのみこもうとしても下がらず,吐き出そうとしても出ないという特有な症状をさしているものである。個人によって感じ方にいろいろあるが,咽がふさがるとか,むずむずする,いらいらするとか,せき払いしたい気持というように訴えることもある。しかし咽中の異物感がみな本方証とは限らない。多く貧血性,無力アトニー型で冷え症で,疲れやすいという虚状体質のものが多い。しかし貧血,無力,腹部軟弱の甚だしいものには注意を要する。その神経症状として特有なものは気分が重くて何とも晴ればれしない。気分がふさいで,谷底に沈むようなめいるような気持であるという。そして孤独を好むものである。咽中異物感のほか,動悸,浮腫,咳喘,胸痛,気鬱,尿利減少等がある。脉は多く沈弱,腹壁は一般に軟弱で,心下部に拍水音を証明することが多い。


勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
○此の方は局方に四七湯と名く,気剤の権輿(ものの始め)なり。故に梅核気(梅のたねがのどにつかえたような病状)を治する のみならず,諸気病(神経症)に活用してよし,金匱,千金に据えて(決定して)婦人のみに用ゆるは非なり。婦人は気鬱多き者故,血病も気より生ずる者多し。
○一婦人,産後気舒暢せず,少し頭痛もあり,前医血症として芎帰の剤を投ずれども治せず,之を診するに脈沈なり,因て気滞生痰の症として此方を与ふれば不日にして愈ゆ。血病に気を理する亦一手段なり,東郭は水気心胸に畜滞して利しがたく,呉茱萸湯などを用て倍通利せざる者,及び小瘡頭瘡内攻の水腫,腹脹つよくして小便甚だ少き者,此方に犀角を加えて奇効を取ると云ふ。又浮石を加えて膈噎(食道狭窄,ガンの類)の軽症に効あり。雨森氏の治験に,睾丸腫大にして斗の如くなる人,其の腹を診すれば必ず滞水阻隔して心腹の気升降せず。因て此方に上品の犀角末を服せしむること百日余,心下開き漸々嚢裏の畜水も消化して痊ゆ。また 身体巨瘤を発する者にも効あり。此の二証に限らず凡べて腹形尽く,水血に毒の痼滞する者には皆此方にて奇効ありと云ふ。宜しく試むべし。


蕉窓方意解〉 和田 東郭先生
 易簡方に喜怒悲思驚憂恐の気結,痰涎をなし,かたち破絮の如く,あるいは梅核気の如し,咽喉の間にありて,吐いても出でず,飲み下そうにも下らず,これ七気のなすところなり,あるいは中脘痞満の気,舒快せず,あるいは痰涎壅盛の上気喘息,あるいは痰飲,節にあたるによって,嘔逆悪心を治す。しかしてよろしくこれを差すべしウンヌン。
 考えてみるにこの方,中脘痞満手をもって按ずるに,心下鞕満,上は胸中にせまり,気のんびりとせず鬱悶多慮の症に用ゆべし,既にこの如く心下鞕満すれども,芩連剤の苦味にておすべき症にてもなく,また芍薬,甘草,膠飴などの甘味にてゆるむべき症にもあらず,ただ心下閉塞するによって,胸中中心下に飲を畜え,あるいは嘔逆悪心をなし,あるいは,痰涎壅盛気急,あるいは咽中つねに炙臠の如きものあるように覚えて,咳すれども出ず,飲み降しても下らざるように覚ゆるなどの症あり。これみな心下痞鞕はなはだしきゆえ,かえって淡味の剤を用いれば,蓄飲にもさしさわらずして,痞鞕早く緩むものなり。この手段たとえば幕にて鉄砲をうくるが如くにて,いわゆる柔よく剛を制するの理なり。この方蘇葉軽虚にして胸中心下を理し,半夏の辛温,胸中心下の飲を疎通し,厚朴の不苦不甘の味わい,茯苓の淡白にくみして,心下の飲を下降し,下も水道に消導するなり,後世に至って生姜,大棗を加うること,無方の口癖同然にてことごとく従うべきことにもあらず,この方の如きは渋白をもって主とするものなれば,大棗を用いること,然るべからずやむことを得ずんば生姜を加え用いることは苦しかるまじ。また考えるに当今の医流,ややもすれば心下を診ずること意を用いず,ただ咽中炙臠あるの言ばかり標的とし,咽喉不利の症にあえば,一概にこの薬を用ゆ,妄投というべし。咽中不利のもの牡蛎,呉茱萸の類,あるいは甘草,干姜の類にて治するものあり,ただ心下痞鞕は同じ状に見ゆれども,よく腹診に熟すれば,各々に区別せらるるものと心得べし,必ずしも金匱の言に拘泥すべからず。

※破絮(はしょ):ほぐれた綿、口内炎
※痰涎壅盛(たんぜんようせい,たんせんようせい):呼吸器系に痰や涎が澱んで盛んなこと。


〈漢方と漢薬〉 第5巻 第6号
半夏厚朴湯に就て 大塚敬節先生 

 1.諸言
 半夏厚朴湯は金匱要略の婦人雑病織中に見え,古今を通じて運用の多い薬方の一つである。和剤局方及び易簡方では此方を四七湯と名け,三因方では,大七気湯と呼び,医方集解では七気湯,外科百効では薬磨湯と称しているが,半夏厚朴湯の古名であり,運用名である。
 半夏厚朴湯は勿誤方函口訣に云へる如く,気剤の権輿である。気剤の気は七気の気と同じ意味であるが,然らば此の気とは何を指したものであらう。
 古方四大家の一人である後藤艮山は万病は一気の留滞によって生ずる。故に治法の要道は順気にありと論じ,門人香川修庵の医事説約には巻頭に順気剤を掲げ,吾が門は順気を以って治療の第一義となすと提唱した。現在吾々の如き漢方医家の門を叩く慢性病患者には,長年月医治を受けて効なく,さりとて病勢が進行して死ぬるでもなく,又快癒するでもなく,徒らに神経のみを鋭らして医治の無効を嘆ずる者が相当多いが,これ等の患者は全部と云ってもよい程に順気の薬方を投ずれば数日乃至数週にて驚くべき効果を見るのである。昆山の一気留滞論も亦むべなるかなである。
 気の解釈は古来議論の多い処であるが,吾々臨床家は疾病の診断治療に役立つ様に之を理解すればよいのである。小柳博士によれば,気の原形文字は气で,雲の如きものが,むらむらと蒸しわき上る形象を示したものであると云ふ。傷寒論では気上衝,気上って胸を衝く等の言葉が使用せられている。三因方では何故に半夏厚朴湯を大七気湯と名づけたかと云ふに,七気の病を治するが故である。七気とは何であるか。曰く,喜,怒,憂,思,悲,恐,驚これである。三因方の七気の証治の条下を見ると,此の七情の動きによって,七気乱れて生ずる処の症状を次の如く述べている。少しく冗漫に互るが,半夏厚朴湯を運用する上の重大な資料となるから,之を和譯して引用する。

 夫れ喜びて心を傷る者は自汗し,疾く行くべからず,久しく立つべからず,故に経に曰く,喜ぶ時は則ち気散ずと。
 怒りて肝を傷る者は上気忍ぶべからず,熱来りて心を盪し,短気絶せんと欲して息するを得ず,故に経に曰く,怒る時は気撃つ(一に上るに作る)。
 憂ひて肺を傷る者は心系急に,上焦閉ぢ,栄衛通ぜず,夜臥安からず,故に経に曰く,憂ふる時に気聚ると。
 思ひて脾を傷る者は,気留りて行かず,責聚中脘に在りて飲食することを得ず,腹脹満し四肢怠惰す,故に経に曰く思ふ時は気結すと。
 悲みて心胞を傷る者は,善忘人を識らず,置物の在る処,還た取ることを得ず,筋攣四肢浮腫あり,故に経に曰く,悲しむ時は気急なりと。
 恐れて腎を傷る者は,上焦の気閉ぢて行かず,下焦回り還りて散せず,猶豫して決せず,嘔逆悪心す,故に経に曰く,恐るる時は精却くと。
 驚て胆を傷る者は,神帰する所なく,処定まる所なく,物を説て意らずして迫る,故に経に曰く,驚く時は気乱ると。七つの者,同じからずと雖も一気に本づく,蔵気行ざれば鬱して涎を生じ,気に随って積聚し,堅大にして塊の如く,心腹の中にあり。或は咽喉を塞ぎて粉絮の如く,吐して出でず,嚥みて下らず,時に去り時に来り,発する毎に死せんと欲す。状神霊のなす所の如く,飲食を逆害す。皆七気の生ずる所,成す所,之を治するに各方あり。

 以上が『七気の証治』の中の論であって,その次に七気湯と大七気湯の方が見えている。七気湯は半夏,人参,桂枝,甘草からなり,金匱要略の半夏湯に人参を加へたもの。大七気湯は既に述べた如く,半夏厚朴湯である。

 2.半夏厚朴湯に関する経文
 婦人咽中炙臠あるが如きは半夏厚朴湯之を主る。
 半夏一升 厚朴三両 茯苓四両 生姜五両 乾蘇葉二両
 右五味,水七升を以って,煮て四升を取り分温四服す
 日に三,夜一服す。

 〔註〕 咽中炙臠あるが如しとは,咽中に炙った肉の切片の附着している如く感ずるを云ふ。後世では之を梅核気と云ひ今日では之をヒステリー球と呼ぶ。いづれも言葉こそ異なれ同じ意味である。かくの如き症状の患者は男子より婦人に多い。故に婦人の二字を冒首したものであるが,現今では男子にも可成り屡々見られる症候である。千金要方では『半夏厚朴湯は,胸満心下堅く,咽中帖々として炙肉あるが如く,之を吐けども出でず,之を呑めども下らざるを治す』とあって,半夏厚朴湯の腹証として,胸満心下堅の五字を挙げているが後述する如く本方証には,かかる腹証のものが勿論あるが,また然らざるものもある。而して之を吐けども出でず,之を呑めども下らずと云ふ形容は,ヒステリー球の症状を実によく表現している。
 半夏厚朴湯の方は,半夏,厚朴,茯苓,生姜,乾蘇葉からなっていて,乾蘇葉は乾紫蘇葉である。而して私が日常使用している分量は次の如く,経験薬方分量集に準拠している。
 半夏3.0 茯苓生姜2.0 厚朴1.0 蘇葉0.8
 右1回量

 3.先輩の論説,治験
 以下半夏厚朴湯に関する先輩の論説と治験とを列挙するが親しみ易い本邦のものを始にをくことにした。

1. 蕉窓方意解に曰く
 按ずるにこの方は中脘痞満,手をもって按ずるに心下鞕満,上み胸中に迫り,気舒暢せず,鬱悶多慮の症に用ゆべし。既に此の如く心下鞕満すれども芩連の苦味にておすべき症にてもなく,又芍薬甘草膠飴などの甘味にてゆるむべき症にもあらず,唯心下閉塞するによって,胸中中心下に飲を蓄へ或は嘔逆悪心をなし,或は痰涎壅盛,気急或は咽中に炙臠の如きものあるように覚えて,喀けども出ず,嚥めども下らざるように覚ゆる等の症あり。是れ皆心下痞鞕より発するの症なり。心下痞鞕甚しき故反て淡味の剤を用ゆれば,蓄飲にも碍らずして痞鞕早く緩むものなり。此の手段は譬へば幕にて鉄砲をうくるが如くにて所謂柔よく剛を制するの理なり。此の方蘇葉軽虚にして胸中心下を理し,半夏辛温胸中心下の飲を疎通し厚朴不苦不甘の味ひ,茯苓の淡薄にくみして心下の飲を下降し,下も水道に消導するなり。


2. 蕉窓雑話に曰く
 鳩尾さきへ強くこり聚りて其腹形大柴胡の症と見ゆるようなるものにして,大柴胡よりは軽くあしらはざればならぬと云ふ時,半夏厚朴湯に川芎を加へ用てよく胸膈心下をすかすものなり。

3. 東郭腹診録に曰く
 疝気にて陰嚢腫るるに半夏厚朴湯加犀角にて治したることあり。

4. 時還読我書に曰く
 梅核気を治するに半夏厚朴湯に浮石を加へ用ひて最も奇験あり。先教論の経験なり。

5. 北山支松曰く
 嘔吐膈噎食下らざる者は,半夏厚朴湯加海浮石

6.方櫝弁解に曰く
 胸痛甚しく忍ぶべからざるものに,半夏厚朴湯の木香益知莎草を加ふることあり。

7.求古堂方林に曰く
 半夏厚朴湯主治通り余家,諸気鬱よりして膈噎の如き症之を用ひて効を得。本症の膈は不治の者也。又積聚にて胸下鞕くして夜も夢家く,兎角物事を気に掛ける症などに用ゆ。その内腹拘急強きは回青飲を合して用ゆ。

8.古方括要に半夏厚朴半湯を次の諸症に用ゆ
 喘息,発する時渇なく,只冷汗流るる如き者に宜し。
○子懸の者,胎気和せず,心腹脹満して疼痛するに宜し
○乳岩外科,塊を抜て後ち,症に従ひ此湯も亦用ゆべき也。
○妊娠悪阻を治す。

9.勿誤薬室方函口訣に曰く
 半夏厚朴湯,此方は局方に四七湯と名く。気剤の権輿なり故に梅核気を治するのみならず,諸気疾に活用してよし。金匱,千金に据て婦人のみに用ゆるは非なり。蓋し婦人は気鬱多き故,血病も気より生ずる者多 し。一婦人,産後気舒暢せず少しく頭痛もあり。前医血症として芎帰の剤を投ずれども治せず。之を診するに脈沈なり。気滞により痰を生ずるの症とし,此方を与ふれば不日にして愈ゆ。血病に気を理する亦一手段なり,東郭は水気心胸に蓄滞して利しがたく,呉茱萸湯などを用ひて倍々通利せざる者及び小瘡,頭瘡,内攻の 水腫,腹脹つよくして小便甚だ少き者には,此方に犀角を加へて奇効を取ると云ふ。又浮石を加て膈噎の軽症に効あり。雨森氏の治験に 睾丸腫大にして牛の如くなる人,其腹を診すれば必ず滞水阻隔して心腹の気升降せず,因って此方にて上品の犀角末を服せしむること百日余,心下開き漸々嚢裏の水も消化して痊ゆ。また身体巨瘤を発する者にも効あり。此二証に限らず,凡べて腹形あしく,水血二毒の痼滞する者には皆此方にて奇効ありと云ふ。宜しく試むべし。

此方局方四七湯ト名ク氣劑ノ權輿ナリ故ニ梅核氣ヲ治スルノミナヲズ諸氣疾ニ活用ソヨシ金匱千金ニ据テ婦人ノミニ用ルハ非也蓋婦人ハ氣鬱多者故血病モ氣ヨリ生スル者多シ一婦人產後氣舒暢セズ少シ頭痛モアリ前醫血症トソ芎歸ノ劑ヲ投スレトモ不治之ヲ診スルニ脉沉也因氣滯生痰ノ症トソ此方ヲ與レハ不日
10.聖剤発蘊に曰く
 半夏厚朴湯,胸状平にて大がかりなり,胸下に飲を蓄へ咽中にひらくと引かかる物あり。此病人必ごまかれた声になり目と鼻の間から声の出る様にて鼻中の障子とれたかと思ふほどなり。是れ則ち炙臠あるが如き者の候なり。此方後世の方書に四七湯と名づく。陳無択は大七気と号して三因方に載す。気鬱,結聚,痰涎,状破絮の如く,咽喉の間に在り,喀けども出でず,嚥めども下らず,及びち中脘痞満上気喘急する者を治すとあり。此れ中脘痞満と云が字眼なり。咽中の炙臠ばかりを的にして,此方を用ゆる故,効を奏せざる者多し。凡そ諸方其験なき者,皆其の肯綮を得ざるの失にて方を罪すべき者に非ず。一説に水腫,脚気にて腫れ上部に多く,按じて見るに堅くして手に随て起る者,此の方の蘇葉を蘇子に代へて用て効ありと云ふ。

11.湯本能真先生曰く
 余嘗て十歳の女児,咳嗽頻発,短気し,汗出ること雨の如く,尿利頻数,尿後尿道微痛するに,半夏厚朴湯二分の一を与へて奇効を得たり。


12.瀧松柏曰く(和漢医林新誌第62号)
 府下京橋区高代町八番地,三浦清十郎妻花,年二十一本年四月分娩後,児枕痛(後陣痛)を患ふ。三旬余を経て愈ゆ。後肩背浮腫,心下悸,胸脇苦満,手甲不仁,頭暈,飲食,味なし。咽中時々芒刺あるが如く,之を吐せども出です,之を呑めども下らず,遍身漐々汗出で,面色酔へるが如く,煩悶絶せんと欲す。此の如き者,日に一発,八丁堀北島町の洋医,橋爪某を延て之を治す。二旬寸験なし。更に衆医に転ずと雖も亦毫効を見ず。偶治を予に請ふ。余之を診するに,脉微細,舌上便溲共に常の如し。余即ち断じて梅核気の一症となし,直に半夏厚朴湯を作りて之を与ふ。僅三日,病勢頗る軽快す。尚ほ前方を服せしむることを一閲月,而して諸症始て平,更に調ふること数日にして全く安きを獲たり。

13.奥田謙三先生曰く
 予嘗て急性扁桃腺炎に罹り,咽中炙臠あるが如しを目標に此方を用ひて著効を得たることあり。

14.叢桂亭医事小言に曰く
 一士人の婦,一日急に積を患ひ,飲食口に入らず,夜中予が門人を引く。脈平穏なり。只一滴の水咽喉に下れば煩躁死せんと欲して腹満す。仍薬食とも進むべからず,門人帰来て予に方を問ふ。予も言を以て考へ,喉痺に非ずや云へば否なり。咽痛はなし。是れを看守の人に問ふに昨日くさの餅を食して後発す。初め一医官之を治して却てはげしと云ふ。門人曰ふ,思ふに滞食に得たるならんとて,中正湯を与へんと云に任せて,薬を與へしむ。次日に至りて願くは予をして診せしめんことを乞と。即ち其家に至り問へば前夜一医官の薬を飲ば,咽喉に下りかね吐するも出でず大いに発汗して煩悶す,門人の薬飲めば斯くの如くは甚しからず,稍苦痛薄きに似たり。夫も只一滴を以て喉を潤すのみ也と,湯水ともに与れば心下逆満す。故に苦痛なからしめんと只守て居ると云ふ。診するに異状なし。仍て水を与へて試むるに,喉を下ると噎るが如く嗆するが如し。鼻孔へ出るやと問ば嘗て其事なし,暫く苦んで漸くにくだると見えたり。当人に問へば痛は無し。何か咽中に在る心地を覚ふ。看病人は三四人集て心下を撫で背を按じて共に汗を流す。皆云ふ,心下へ逆上する物ありと,其嗆する勢にて腹気引張るなり。兎角喉中の病なりと喉腭をみるに又異なし。殆ど処方に窮す,先づ半夏厚朴湯を与へ小快を得たり。更投三四日を経て本復す。

15.橘窓書影に曰く
 狭山候臣,三好蝶兵,年四十余,嗝噎を患ふ。食道常に物ありて硬塞するが如し。飲食此に至れば悉く吐出し,支体枯柴,其人死を决す。余診して曰く,心下より中脘の間に凝結頑固の状なく,病方に食道にあり,且つ年強壮に過きず,何ぞ必しも手を束ねて之を望まん。因て半夏厚朴湯を与へて其気を理し,時々化毒丸を用ひて其の病を動盪し,兼ぬるに大推節下間より七推節下の間に至るまで毎節炙すること七,八壮,五,六日を過ぎて咽喉の間,火の燃ゆるが如きを覚ゆ。試に冷水を呑むに硬塞の患なく,是より飲食少く進み,病漸く愈ゆ。

16.三因方に曰く
 大七気湯,喜怒節ならず,憂思を兼并し多く悲恐を生じ,或は時に振驚して蔵気平ならざるを致し,憎悪発熱,心腹脹満し,傍ら両脇を衝き,上りて咽喉を塞ぎ,炙臠あるが如く吐嚥すれども,皆七気の生ずる所を治す。

17.易簡方に曰く
 四七気湯,気結んで痰涎をなし,状破絮の如く或は梅核気の如く,咽喉の間に在って喀けども出でず,嚥めども下らず,又中脘痞満,気舒快せず或は痰涎壅盛,上気喘息或は痰飲中節嘔吐悪心を治す。(中略)

 4.半夏厚朴湯証
 半夏厚朴湯は如何なる症状を標的として用ゆべきであるか。以上の諸説を綜覧して,その規準の大略を述べよう。
 半夏厚朴湯証の患者は所謂働き盛りの男女に多い。即ち三十歳より四十歳位の人が一等多く罹る。これは緒言の処で述べた如く七情の気を乱す様な境遇即ち激烈な生存競争裡に生活している人が多いからであろう。患者の体質には一定の型はない様に思はれる。肥満した人でも痩せた人でも栄養のよい人でも悪い人でも同じく半夏厚朴湯証を呈するのである。但し胃内停水を証明し得る人は可成り多く,心下痞満,心下痞鞕を訴へる者は多い。脈も一定していない。沈のものあり,浮のものもあり,細のものもあり沈と云ふ状況である。但し大体に於て緊張の弱い脈を呈することが多い。舌は湿濡している者が多い。苔は全くないが,あっても薄い白苔の程度である。若し厚い白苔がある様な時は,茯苓飲を合方として用ひている。臍上の動悸は著明でないものがある。大便は大抵一日一行若しくは一日二行のものが多く,便秘する者は稀れである。小便は自利の者多く,殊に寒い目に逢ふと近くなる。又心悸亢進等の発作を起した時には五分間或は十分間位の間隔を置いて水の様な澄明の尿を多量に排泄する。手足は一段に冷へ易い傾向の者が多い。咽中炙臠と云ふ症状は必発のものではなく,全然これを訴へない者もある。又咽中炙臠の変形として胸中や心臓部に異常感を訴へるものもある。但し咽中炙臠の状があるからとて,この一症を以って直ちに半夏厚朴湯証也の断定してはならない。なんとなれば咽中炙臠が苓桂朮甘湯の如きもので癒る場合もあるから。次に目眩は本方証の患者に頻発するが,その他頭重,気分が重く晴々としない,何となく不安である,身体中処を定めず動悸がする等の症状は重要な目標である。なほ治験第四の項で述べた如く患者が頗る用意周到であると云ふことも亦本方証を認定する上の参考資料である。
 私は右の如き徴候を目標に半夏厚朴湯を使用しているが,若し平素常に脈数にして心悸亢進のある者,例へば前述のバセドウ氏病の如き患者には桂枝甘草竜骨牡蛎湯を此方に合方して用ひている。一体に平生は脈数ならずして,発作時のみ数脈となり,小便も亦頻数となる場合は,半夏厚朴湯を単方として与えることにしている。


※易簡方:(宋)王碩 撰
※莎草(しゃそう)(香附子のこと) 1 ハマスゲの漢名。 2 カヤツリグサの別名。
※陳無択(ちんむたく):陳言(ちんげん) 『三因方』、『三因極一病原論粋』、『三因極一病証方論』
※溲ソウ、いばり:水にひたす、<解字>「水」+音符「叟」ソウ:細長く水をたらしてぬらす 


漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
 半夏六・ 茯苓五・ 生姜四・ 厚朴三・ 蘇葉二・ 
  本方は気分の鬱塞を開く効がある。胃腸が虚弱で、皮膚・筋肉は薄弱で弛緩し、軽度の鼓腸・腹満感を訴え胃内停水のある者などに適する。脈は浮弱・或は沈弱 を通例とする。このような体質の者はとかく小心で気分の鬱塞を来し易い。本方は古人が梅核気とよんだ症状で咽中の塞がる(ヒステリー球)如き自覚症を目標 とする。この症状は神経症状(気疾)とも考えられるが、また胃腸状態よりも影響されるものと考える。故に本方の治する気分の鬱塞と、胃腸症状とは別個のも のではなく、互に関連がある。更に進んで考えれば胃腸症状のみではなく、それの背景となる所の本方の適する一種の病的全身状態が考えられる。この事は本方 に就てのみではなく、すべての薬方に就ても同様であると云える。
 本方の応用としては胃腸虚弱症・胃アトニー症に用いられる。平素腹部膨満感を訴え、他覚的にもガス膨満を認める者、食後の胃部停滞感、或は悪心のある者に用いて効がある。気疾に用いるとすれば、前記の如き体質で気分の鬱塞する者、諸種の恐怖症・ノイローゼに宜しい。
  本方の薬物中、半夏と茯苓は胃内停水を去り、悪心・嘔吐を治し、体液の循流を調整する効がある。厚朴は腹満・鼓腸を治し、気分の鬱滞を疎通する。蘇葉は軽 い興奮剤で気分を開舒し、胃腸の機能を盛んにする。生姜は茯苓・半夏に戮力してその効を助け、胃腸の機能を盛にして停水を去り、嘔吐を止める。
 本方は諸種の疾患に応用される。例えば気管支炎・感冒後の声音嘶嗄・喘息・百日咳・妊娠悪阻・浮腫等であるが、前記の如く一種の病的全身状態(これを半夏厚朴湯の證と云う)を基本として現われた場合に用いられる。


『漢方精撰百八方』
45,〔方名〕半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕半夏8.0 厚朴3.0 茯苓、生姜各4.0 乾蘇葉2.0
〔目標〕証には、咽中に炙臠あるが如く、或いは嘔し、或いは心下悸するもの、とある。
 咽喉内にあぶり肉の小片が付着しているような感じがあり、嘔吐、動悸、浮腫、尿利減少、咳嗽等の水毒症候と神経症状とがある者で、脈浮弱、又は沈細のものに適用される。
 弛緩性体質の者で神経症的傾向があり、平素胃腸虚弱の者、心下部は膨満する傾向の者。
〔かんどころ〕第一の目標は咽中炙臠感であろう。梅核気とも言う。咽中に何かひっかっかったような感じである。ヒステリー症状でもこれがあるし、痰が出にくい咳嗽状態でもおこる。弛緩性体質で神経症的傾向があるものにおこりやすい。
〔応用〕応用範囲の広い薬方で、神経症状を主目標として用いる場合と、水毒症状を主として用いる場合とあるようである。単方でも用いられるが、合方でもよく用いられる。
(1)食道狭窄及びその類症、胃症状が伴うことが多い。真性の食道狭窄にはあまり効果がないように思う。
(2)ヒステリー性咽喉絞窄感、ヒステリー球が下から昇ってきて咽喉につまる感のものには著効があることがある。神経質で胃症状のあるものが多い。
(3)咽頭及び気管のカタル症状、のどがいらいらする、檪ったい感じを目標にする。
(4)気管支炎で咳嗽が劇しく、痰が切れにくくて比較的濃い場合、小柴胡湯との合方で用いて著効を得る時がある。
(5)嗄声、疲労して声が嗄れたり、声を使いすぎて嗄れたりする場合に用いる。ポリープや声帯に異状がある時は効かないようである。
(6)妊娠嘔吐。匂いに敏感な場合は、小半夏加茯苓湯の方がよく用いられる。
(7)百日咳、喘息、これには小柴胡湯との合方で用いられることが多い。大人の喘息で、大柴胡湯と合方して著効を得ることがある。
(8)胃腸虚弱証、胃アトニー、神経性胃炎。神経症的傾向のあるもので胃症状を訴えるものにはよく奏効する。?気が出やすくて心下部につかえ、胃部膨満感があるが、案じてはあまり固くなく、蛙の腹状の者に効果があるように思う。
(9)神経症、沈うる傾向のあるものに効果的のように思う。時に桂枝茯苓丸を兼用する。 伊藤清夫


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう) (金匱要略)
 〔半夏(はんげ)六、茯苓(ぶくりょう)五、生姜(しょうきょう)四、厚朴(こうぼく)三、蘇葉(そよう)二〕
 
気 のうっ滞している時に使われる代表的薬方である。本方の応用範囲は広く、咽喉部から胸部にかけての異常(不安)を訴える程度のものから、咽中 炙肉感を現わすものまである。また、自分の思っていることが思うようにいえず、気持ちばかりが強くなり、したがって、気分が塞がり、人と会うのが恐ろしく なり、孤独を好むようになるものもある。本方は、胃腸が虚弱で胃内停水があり、動悸、浮腫、喘咳、胸痛、腹満、めまい、頭重感、尿利減少などを目標とす る。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、半夏厚朴湯證を呈するものが多い。
 一 神経衰弱、ヒステリー、憂うつ症、不眠症、神経質その他の精神、神経系疾患。  一 食道狭窄、食道痙攣、気管支炎、気管支喘息、咳嗽、咽頭炎、声帯浮腫、肺結核、肺気腫その他の食道および呼吸器系疾患。 
 一 胃アトニー症、胃下垂症その他の胃腸系疾患。 
 一 血の道、悪阻その他の婦人科系疾患。 
 一 陰嚢水腫、腎炎、ネフローゼ、小便不利その他の泌尿器系疾患。