健康情報: 2012

2012年12月4日火曜日

猪苓湯(ちょれいとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
猪苓湯(ちょれいとう)
猪苓 茯苓 滑石 沢瀉各三・ 以上を法の如く煎じ滓を去り、阿膠三・を入れて再び火にのせ、溶解し尽したら火から下しこれを温服する。

本方は利尿の効があり、尿路の炎症を消退させる。故に腎炎・腎石症・膀胱尿道炎・淋疾に用いて能く尿量を増し、血尿を止め、尿意窘迫・排尿時の疼痛を治する。また腰以下の浮腫に用いて屡々効がある。
本方の猪苓・茯苓・沢瀉・滑石は何れも利尿の作用があって、尿路消炎の効がある。阿膠には止血作用と共に窘迫症状を緩和する効がある。



『漢方精撰百八方』
猪苓湯(ちょれいとう)
[出典] 傷寒論

[処方] 猪苓4.0 茯苓4.0 阿膠4.0 滑石4.0 沢瀉4.0

[目標] 本方は陽明病、すなわち腹部内臓の病気に適するものである。本方証は脈浮緊、咽が燥き、口が苦く、腹が張って喘息気味で、発熱して汗が出るが悪寒せずに熱が内にこもるもの、身体がものうく、発汗剤を使うと却って副作用が出て容態が悪くなり、うわごとを言い出したりする。鍼灸を施すと、却って熱が出て夜眠れず亢奮したりする。下剤も禁忌で、動悸をしたり、むかついたりする、その場合舌苔のあるものは梔子豉湯(しししとう)をやるがよい。若し渇して水をほしがる症状が出たら白虎加人参湯をやる。若し脈浮で発熱し、渇して水を飲むことを欲し、小便が少ないものには猪苓湯が適する。
 本方は汗が多く出て渇するものには用いてはならない。本方は尿利を主とするものだからカゼの場合のように口が渇いても皮膚や呼吸から水分を発散する場合には本方で尿利をつける必要はないからである。
  本方は少陰病の薬方で、発熱、悪寒等の表証のあるものには用いず、それが慢性化して下痢を起こしたり、咳や嘔気があって口が渇いたり、動悸がしたり嘔気がしたりして夜眠れないような場合にはこの猪苓湯を用いるのである。

[かんどころ] 腎臓炎にはすべて本方をやってまず間違いない。膀胱や尿道など下部泌尿器病にも本方を用いるが、その場合にはむしろ竜胆瀉肝湯の方がよい。

[応用] 本方の腎臓病に効くことは驚くべきものである。腎炎が慢性化して蛋白尿を排出するものは現代医学では殆ど処置なしということになっている。なるほど副腎皮質ホルモンの類で蛋白も減っては来るが、副作用で副腎皮質を駄目にしてしまうので、あまり長期には使えないのでごく初期のものか、軽症のものにしか使えない。また腎炎があれば利尿剤は却って腎臓をいためつけるのでまずい。ところが本方によれば見事に蛋白尿が止まってネフローゼ(腎症)がなおるものである。早い場合は十日以内で蛋白が消失する。しかし副腎皮質ホルモンを長期連用したものは本方でも殆ど奏効しない。
 腎臓結石、輸尿管結石も本方をやると手術せずに殆どなおすことが出来る。
 血尿一般も本方で大抵なおるが、殊に流行性腎炎の血尿は見事に奏効する。
相見三郎著


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
11 駆水剤(くすいざい)
駆水剤は、水の偏在による各種の症状(前出、 気血水の項参照)に用いられる。駆水剤には、表の瘀水を去る麻黄剤、消化機能の衰退によって起こ る胃内停水を去る裏証Ⅰ、新陳代謝が衰えたために起こった水の偏在を治す裏証Ⅱなどもあるが、ここでは瘀水の位置が、半表半裏または裏に近いところにあるものについてのべる。

4 猪苓湯(ちょれいとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔沢瀉(たくしゃ)、猪苓(ちょれい)、茯苓(ぶくりょう)、阿膠(あきょう)、滑石(かっせき)各三〕
本 方は、五苓散から桂枝、朮を去り、阿膠と滑石を加えたものである。したがって、五苓散證のような気の上衝がなく、利尿作用が強く、下腹部特 に尿路の炎症を消退させる。本方は、下焦のうつ熱によって下腹部の気と水が通ぜず、小便不利、小便難、排尿痛、残尿感、血尿、たんぱく尿、腰以下の浮腫、 口渇、心煩(精神不安)などを目標とする。本方證の口渇は、体液の欠乏によるものではなく、下焦の熱邪によって体液が偏在するために起こるものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、猪苓湯證を呈するものが多い。
一 腎炎、ネフローゼ、腎臓結核、膀胱炎、尿道炎、尿路結石その他の泌尿器系疾患。
一 血尿、子宮出血、腸出血、喀血その他の各種出血。
一 そのほか、不眠症、ひきつけ、てんかんなど。


《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
51.猪苓湯(ちょれいとう) 傷寒論
猪苓3.0 茯苓3.0 滑石3.0 沢瀉3.0

上法の如く煎じ滓を去り阿膠3.0を内れ再び火に上せ溶解し尽すを度として火より下し温服す。
※上法は常法の間違い?

(傷寒論)
○陽明病,脉浮而緊,咽燥口苦,腹満而喘,発熱汗出,不悪寒,反悪熱,身重(中略),若脉浮,発熱,渇欲飲水,小便不利者,本方主之(陽明)
○少陰病,下利六七日,欬而嘔渇,煩不得眠,本方主之(少陰)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 咽喉がかわき,排尿痛あるいは排尿困難があり尿の色は赤いかまたは血尿が出るもの。
 本方は抗生物質を用い淋菌は消失したが,なお排尿時に不快な残尿感があって尿が出渋る場合によく奏効する。また尿意頻繁であるのに拘わらず尿量が極端に減少し,しかも排尿時に疼痛をを覚えたりあるいは血尿が出るような症状にも適する。五苓散との鑑別は五苓散適応症状には悪心,嘔吐,頭重,発汗,全身的な浮腫が認められるのに対し,本方適応症は頭重,発汗などの症状なはく,浮腫も下半身に局限され,排尿痛や血尿なども認められ,排尿困難も前者に比べて著しい。八味丸との鑑別は八味丸適応症状には疲労倦怠感,陰茎,四肢末端の冷えなどが強く現われる。本方適応症状であるにも拘わらず,しばしば見られる副作用は胃腸障碍であるが,小柴胡湯,あるいは柴胡桂枝湯と合方すればこれをかなり予防できる。本方を服用後胃痛のある場合は平胃散で治療できるし,頭痛,悪心,嘔吐あるいは浮腫が著しくなければ五苓散に転方すべきである。




漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 本方は淋病や尿道炎などに普遍的に出る症状を対象に繁用される。なかでも尿意頻数,排尿困難,排尿時痛,残尿感などの症候複合を訴える腎臓,膀胱,尿道の各尿路結石に著効を現わすので、その名が特に知られている。
 本方は尿石に投与した場合,尿とともに流出したりあるいは時に消失するなどの効果があるが,そのほとんどは砂粒状の腎砂で砕石術や,切開術などが対象になるものには,その効果の期待は少ない。尿石は通常腎臓に原発し,二次的に上部尿路から下降して,尿管や膀胱で大きくなるといわれているが,石の移動時腎石疝痛発作を起こす。このことの痛みには強弱があるが,腰痛や背部痛の著しい発作に本方と柴胡桂枝湯を合方すると,さらに治療効果がたかまる。猪苓湯は要するに尿意が頻繁でそのうえ出渋ったり痛みがあったりして,血尿や着色尿を排出して尿量が少ない前記,適応症記載の疾患に応用するが,尿結石についで応用頻度の高いものはサルファ剤,ペニシリン,抗生物質などを用いて淋菌や雑菌ななくなったが,依然として不快感その他の自覚症状が好転しない尿道炎,淋疾後遺症にすぐれた効果がある。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
 尿量が減少し,尿が出にくく,あるいは尿が滴瀝し,排尿のさいに尿道が痛んだり,排尿の後で痛みや不快感が残り,口渇があるもの。また下痢,が6~7日続き,嘔気,口渇,咳,などがあって心煩(胸ぐるしい)して眠れないものによい。心煩は,不安で物事を気にする神経症状も含まれ,本方の適応症には神経過敏な人が少なくない。
○本方と四物湯と合方して用いるとよいことがある。大塚流では,これを腎臓結核に用い,伯州散や露蜂峰を兼用して効果を上げている。
矢数道明氏は本方に芍薬甘草湯を合方して腎臓結石,膀胱結石に用いて効果を得ているとのべている。
○導水瑣言「全身の浮腫で,これを按じて緊張がよく,圧迫するとすぐ元に逆るもので,呼吸に影響がなく,気息が平常のものは、浮腫がひどくても猪苓湯の証である。」
 ○古家方則 また頭瘡で痒ゆく,かくとひろがるものに本方がよいものとあり。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は利尿の効があり,尿路の炎症を消退させる。故に腎炎,腎石症,膀胱尿道炎,淋疾に用いて能く尿量を増し,血尿を止め,尿意窘迫,排尿時の疼痛を治する。また腰以下の浮腫に用いて屡々効がある。本方の猪苓,茯苓,沢瀉,滑石は何れも利尿の作用があって尿路消炎の効がある。阿膠には止血作用と共に窘迫症状を緩和する効がある。



漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
(構成) 猪苓,茯苓,沢瀉は皆利尿剤だがその内に各特性があり,猪苓はたた尿利を通じるだけ,茯苓は心熱をさまして鎮静作用があり,沢瀉は頭に迫る上衝を鎮める。阿膠は血燥をゆるめ,滑石は尿利を円滑にする。(中略)つまり猪苓湯は熱があ改aても亡陰の証だから利尿に過ぎてはいけないので,阿膠を以て血燥を予防し,滑石を以て熱を去り,尿利をよくするとの意味である。臨床的にはこの内利尿が主になる場合もあり,血煩が主になる場合もある。
 運用 1. 排尿困難又は頻尿
 極く普通に本方を使うのは排尿困難,頻尿,排尿痛など丁度膀胱カタルの様な症状に使うことが多い。熱もあり血尿があっても宜しい。従って急性膀胱カタル,急性尿道炎,膀胱結石,膀胱腫瘍,急性腎臓炎,急性腎盂炎などに屢々使う。血尿を子宮出血や血便に転用することも出来れば,喀血に使った例もある。浮腫や下痢(出渋るもの)にも使い得る。然しただ排尿痛があるだけて本方を使うと感うのではなく,他に附帯条件があるから,それを研究せねばならぬ。(中略)
 浅田宗伯先生曰く「此方は下焦の蓄熱利尿の専剤とす。若上焦に邪あり,或は表熱あれば五苓散の証とす。凡利尿の品は津液の泌別を主とす。故に二方倶に能下利を治す。但其位異なるのみ,此方下焦を主とする故淋疾或は尿血を治す。其他水腫実に属する者,及び下部水気有て呼吸常の如くなる者に用て能功を奏す」(勿誤薬室方函口訣)
 尾台榕堂先生曰く「淋疾点滴として通ぜず,陰頭腫痛,少腹膨張し痛みをなすものを治す。
 妊娠7・8月己後,牝戸焮熱腫痛し,臥起すること能はず,小便淋瀝するものあり。
 三稜針を以て軽々に腫たる処を刺して游水を放出し,而る後此方用ふれば腫痛立どころに消え,小便快利す。若し一身悉く腫れ前症を発するものは越婢加朮湯に宜し」(類聚方広義)実証なら大黄牡丹皮湯,虚証なら八味丸,土瓜根散,中間証なら小青竜湯と鑑別を要す。
(後略)

 運用 2. 下血
 血尿のみならず子宮出血,腸出血,喀血等にも使い得る。血熱症状を伴っていなければ効かないことは云う迄もない。子宮出血は水血倶に結して血室に在りと解釈されるもので,小便不利,或は渇,或は下腹痛,或は月経困難,或は心煩不眠等の症状を伴う。桂枝茯苓丸,桃核承気湯,大黄甘遂湯などと区別して使う。腸出血,肛門出血も略同様で口渇,肛門熱感或は疼痛,心煩等を伴う桃核承気湯,白頭翁湯,白頭翁加甘草阿膠湯などとは特に区別を要する。喀血も口渇或は小便不利,咳,心煩,不眠等を伴う。黄連阿膠湯,黄土湯,炙甘草湯などと区別を要する。

 運用 3. 下痢
 小便へ出ない水分が大便へ廻ったとすれば下痢になる。まして胃に水飲が溜っているのだから下痢を起す可能性が充分にある。
 「少陰病,下利6,7日欬して嘔渇し,心煩眠るを得ざるものは猪苓湯之を主る。」(傷寒論少陰病)の条文もある。少陰病の下利6,7日は陰が尽きて仮陽が現われて来る日取りだという。
 下痢欬嘔不渇なら寒飲で真武湯あたりの証になるが渇は熱のためだし,況んや心煩の熱症があるのだから水をめぐらしてその血熱を押え,熱煩を鎮めるには猪苓湯でなければならぬ。飲熱相搏り上攻すれば嘔となり下攻すれば下利となり,熱のために津液が消耗されて渇し,熱が心を擾して煩不得眠を起すのだかと医宗金鑑は註している。この下利は下焦性の下利で,臨床的には便が出渋ることもあれば血便を伴うこともある。寒性の下痢(例えば真武湯)と区別するには他に熱症状があることと,小便の色が参考になる。即ち寒性の下利な小便の色が薄く,熱性の下利では小便の色が赤い。(中略)

 運用 4. 浮腫
 之も既に度々触れたことだが,内に湿ぁあれば外に浮んで身重浮腫を起す。口渇小利不利は附きもので,その上血熱症状がある。
 「此方水腫実証にして気急せず,気息平常の如くなるもの,或は腰以下腫れて上に腫れなく常のごとくして気急せざるもの,渇の有無を問わず此方を用て疎通して奇験あり」(和田東郭導水瑣言)も参考になる。腰以下というのは本方が下焦に専らだからで,防已黄耆湯と比較する必要がある。

 運用 5. 不眠症
 前に心煩不得眠の条文があった。之も血熱による煩のためだという事を頭において使わなければ効かない。条文通りに下利,欬,嘔,渇と揃うことは,むしろ稀で,これらの症状の外に小便不利,尿色赤,出血,心煩等の内のどれかが組合されて現れる点に注意する。例えば肺結核で不眠症を訴え,咳,或は喀痰,小便不利のもの,或は流感で高熱,口渇,小便不利,不眠,或は神経衰弱で不眠,心煩,口渇,小便不利のものなどである。不眠症がなくても心煩でも宜い。その他咳,嘔などを主にして使っても差支えない。(後略)


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 下焦の鬱熱により,下部の気と水が通利せず,気の上衝をきたすもので,脈浮,小便不利,淋瀝痛または小便難,あるいは心煩(胸ぐるしい),渇を目標とする。心煩は落ちつきがなく,胸騒ぎがし,いらいらして,物事が気にかかるという神経症状も含まれる。腹証は下腹部に緊満の傾向がある。


【一般用漢方製剤承認基準】
猪苓湯
〔成分・分量〕 猪苓3-5、茯苓3-5、滑石3-5、沢瀉3-5、阿膠3-5
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力に関わらず使用でき、排尿異常があり、ときに口が渇くものの次の諸症: 排尿困難、排尿痛、残尿感、頻尿、むくみ


【添付文書等に記載すべき事項】
 してはいけないこと 
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕


 相談すること 
 1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること

(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。 

2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位症状
皮膚発疹・発赤、かゆみ


3.1ヵ月位服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談する
こと


〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
  〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく
注意すること。
 〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
 〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
 〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」を してはいけないこと に記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕

保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
  〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
  〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくて
もよい。〕


【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
  生後3ヵ月未満の乳児。
  〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。

2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕

3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと

4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
  〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕

2012年11月24日土曜日

大承気湯(だいじょうきとう) の 効能・効果 と副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂
大承気湯(だいじょうきとう)
本方は陽明病の代 表的方剤で、腹部が膨満して充実し潮熱・便秘・譫語等の症状があり、脈は沈実で力のあるものに用いる。ただし発熱・譫語等の症状がなく、腹部の充満・便秘 のみを訴えるものにも使用する。舌には乾燥した黒苔があって、口渇を訴えることもあり、また舌には苔のないこともあるが乾燥している。此方は厚朴・枳実・ 大黄・芒硝の四味からなり、厚朴・枳実は腹満を治し、大黄・芒硝は消炎・瀉下の効がある。故に腹部膨満の者でも、脈弱の者、脈細にして頻数の者には禁忌で ある。例えば腹水・腹膜炎等によって、腹満を来したものに用いてはならない。急性肺炎・腸チフス等の経過中に、頓服的に此方を用いることがある。また肥満 性体質の者・高血圧症・精神病・破傷風・脚気衝心・食傷等に使用する。大承気湯中の芒硝を去って小承気湯と名付け大承気湯證のようで、症状がやや軽微なも のに用いる。



漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
9 承気湯類(じょうきとうるい)
腹部に気のうっ滞があるため、腹満、腹痛、便秘などを呈するものの気をめぐらすものである(承気とは順気の意味)。
承気湯類は下剤であり、実証体質者の毒を急激に体外に排出するものである。
各薬方の説明

1 大承気湯(だいじょうきとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔厚朴(こうぼく)五、枳実(きじつ)、芒硝(ぼうしょう)各三、大黄(だいおう)二〕
本 方は、陽明病の代表的薬方で、腹部が膨満充実してかたく、便秘するものに用いられる(便秘を伴わない水毒や気による腹満には用いられな い)。したがって、発熱(潮熱)、悪心、口渇、腹満、腹痛、便秘(下痢のときは裏急後重のはなはだしいもの)、譫語(重症は精神錯乱状態となる)などを目 標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、大承気湯證を呈するものが多い。
一 腸チフス、赤痢、疫痢、麻疹その他の急性熱性伝染病。
一 流感、気管支喘息、肺炎その他の呼吸器系疾患。
一 腸カタル、急性消化不良症、常習便秘その他の胃腸系疾患。
一 精神病、神経痛その他の精神、神経系疾患。
一 月経閉止、産褥熱その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、肥胖症、高血圧症、破傷風、眼疾患、痔核、尿閉、食中毒など。


『康平傷寒論解説(37)』 大塚恭男
■大承気湯
 「大いに下して後,六、七日大便せず、煩解せず、腹満痛する者は、これ燥屎あるなり。大承気湯(ダイジョウキトウ)に宜し」。傍註として「然る所以の者は、もと宿食あるが故なり」とあります。
 「強い下剤をかけてから六日も七日も大便が出ないで、うっとうしい感じがとれず、おなかは張って痛むものは、乾いた大便が腸の中にたまっているのである。これには大承気湯がよい」ということです。『康平傷寒論』と傍註文は、康平本の解釈では原典の文章ではないとなっております。「こういうことが起こったのは、食べ物がいつまでも滞っているからである」というのがその傍註であります。
 大承気湯はすでに出てきましたが、処方をもう一度述べますと、これは陽明病の代表的な処方で、大黄(ダイオウ)、枳実(キジツ)、厚朴(コウボク)、芒硝(ボウショウ)の四味から成っております。大黄は漢方の代表的な瀉下剤です。しかしこれは非常に幅の広い薬で、消炎、止瀉などの薬効も知られており、大承気湯の名のごとく気をめぐらす、向精神作用のようなものも大黄にあるのではないかといわれております。芒硝は硫酸ナトリウムで瀉下活性のあるものです。枳実と厚朴は、よく下剤に配合されますが、大承気湯、小承気湯(しょうじょうきとう)ともに枳実、厚朴が配合されております。麻子仁丸にも枳実、厚朴が配合されており、瀉下作性と一緒になって何らかのよい効果をもたらすものであろうと思います。
 漢方の考えでは、これは気剤の一つといわれており、大黄も広い意味では気剤の中に入ると思いますが、向精神作用があり、うつ状態などに効果があるといわれる薬物でもあります。もちろんほかにもいろいろな薬効がありますが、承気湯(ジョウキトウ)という名にふさわしく、気剤が三つも入っております。現在はこの条文にぴったりの症例にぶつかって大承気湯を用いることはあまりないと思いますが、「大いに下して後」ではなく、何日も大便が通じない状態で、精神的にわずらわしい状態が解けないというのを拡大解釈して、慢性便秘があって精神がすぐれず、おなかが張って時には痛むという状態に、大承気湯を使ってもよいのではないかと思います。こういう状態を見かけるのは、老人性のうつ状態で便秘を伴うものがあり、これに当てはめてもよいと思います。
 次は「病人、小便不利、大便乍ち鞕く、乍ち易し。時に微熱あり、喘冒して臥す能わざる者は、燥屎あればなり。大承気湯に宜し」とあります。
「病人が小便の出が悪く、大便は、ある時は硬く、ある時は軟らかく、最近の過敏性腸症候群の感じで、何となく熱っぽい感じで、喘鳴や呼吸困難があったり、立ちくらみなどがして横になることができないのは燥屎があるからで、大承気湯を使ったらよろしい」ということです。
 漢方の古典には「眠る能わず」と「臥する能わず」という表現があります。「眠る能わず」は不眠症、「臥する能わず」の方は眠れないのではなく横になれない結果として睡眠が妨害されることです。「臥する能わず」は、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)、八味丸(ハチミガン)にもこの表現がありますが、小青竜湯では大承気湯と同じように呼吸困難で、臥することができないのです。八味丸の場合は、『金匱要略』にあって、今式にいうと、前立腺肥大症の急性増悪をきたしたような場合で、横になることができないというものであります。
 大承気湯は、元来は便の硬い場合に使うわけで、瀉下活性を利用することが多いのですが、この場合のように「乍ち硬く、乍ち易し」という場合でも使い得るのかもしれません。『傷寒論』は急性感染症のことを書いたテキストですが、感染症の経過中にこういうことが起こったということが起こったということであると、承気湯の出場も当然考えられますが、現在では急性の感染症を漢方で扱うことが少なくなりましたので、感染症以外で大便が体質的に軟らかい場合には、大承気湯の出番は少ないと思います。ですからこの条文を現在適応とするならば、大便の硬い方、便秘で、他の条文、すなわち小便不利であったり、大便が硬かったり、そして喘鳴、眩冒があって、睡眠がさまたげられたりする場合に、大承気湯の出番があるといえると思います。


《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集 中日漢方研究会
50.大承気湯(だいじょうきとう) 傷寒論
 大黄2.0 枳実3.0 芒硝3漆t 厚朴5.0

(傷寒論)
陽明病,脉遅,雖汗出,不悪寒者,其身必重,短気腹満而喘,有潮熱者,此外欲解,可攻裏也,手足濈然汗出者,此大便己硬也,本方主之(後略)(陽明)
傷寒若吐若下後不解,不大便五六日,上至十余日,日晡所発潮熱,不悪寒,独語如見鬼状。若劇者,発則不識人,循衣摸床,惕而不安,微喘直視,脉弦者生,濇者死。微者,但発熱譫語者,本方主之,若一服利,則止後服

(金匱要略)
病解能食,七八日更発熱者,此為胃実,本方主之(産後)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 腹部の力があり,かたくつかえて便秘するもの,あるいは肥満体質で便秘するもの。
 元来,急性の熱発時熱が高くガン固な便秘で,腹部が緊満し「うわごと」その他の脳症を発現する壮実な体質者に用いられてきた処方である。こんな症状は通常,食中毒や急性熱性疾患の初期によく見受けられ,比較的熱が高いか,あるいは著しい熱感があって患者はもだえ苦しみ,ひどいものは脳症をおこし,解熱剤やかん腸薬を用いても好転しないものに,本方がよく適応するが最近は常習便秘や急性便秘に熱に関係なく応用されている。
 ガン固な便秘と熱感,腹部のつかえ神経症状などで三黄瀉心湯と類似する。三黄瀉心湯は著しい末梢血管の充血を認め,胃部がかたくつかえて便秘するが,本方は下腹部が膨満して便秘するものによい。また桃核承気湯は下腹部所見と便秘があるが,この方は主として左下腹部に抵抗物や圧痛があ改aて便秘し,膨満というものでなく,そのうえ,下半身の冷感やのぼせの症状を伴うので,本方との区別ができる。胃部のつかえや便秘で大柴胡湯とその訴えが似ているが大柴胡湯は心窩部のつかえと便秘が目安でそのほかに胸脇部の圧迫感を伴う。本方は肥満壮実体質の急性熱性病の経過中に,発熱,腹満,譫語などの症状あるものに頓服的に用いるが,熱症状や脳症がなく腹部充満と便秘のみを訴えるものにも応用する。ただし心臓衰弱や弱脈の傾向のあるもの,あるいは腹膜炎や腹水などによるものには用いない。本方症状に似て発熱,譫語,口渇あるものに白虎加人参湯が適応し,腹満,便秘を伴うものに本方を考慮すればよいが,いずれにしても虚弱者や衰弱者には禁忌の処方である。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
 腹が硬く張ってひどく膨満し,あるいは腹が痛み,便秘する。このとき腹部ばかりでなく全身が苦しく,身体が重く,息切れや喘鳴す識ことがある。熱があるときは潮熱となってさむけがなく,全身がくまなく熱くなって,じっとりと汗ばむものである。また軽症では目がかすむ程度だか,重症では意識が混濁してうわごとをいったり,甚だしければ幻覚を生じ,錯乱状態にもなる。大便は硬くて通じにくい。ところが熱がでて悪寒し,裏急後重が強くて度々便意を催すような下痢をすることもある。のどの渇き,舌は乾燥して黄白苔や稀に黒苔を生ずる。脈が沈で力があり,あるいは遅,あるいは滑である。
○和田東郭 蕉窓雑話「承気湯の腹候は,心下くつろぎて,臍上より臍下へ向けて,しっかりと力ありて張るものなり。」といっている。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は陽明病の代表的方剤で,腹部が膨満して充実し潮熱,便秘,譫語等の症状があり,脈は沈実で力のあるものに用いる。ただし発熱,譫語等の症状がなく,腹部の充満,便秘 のみを訴えるものにも使用する。舌には乾燥した黒苔があって,口渇を訴えることもあり,また舌には苔のないこともあるが乾燥している。此方は厚朴,枳実, 大黄,芒硝の四味からなり,厚朴,枳実は腹満を治し,大黄,芒硝は消炎,瀉下の効がある。故に腹部膨満の者でも,脈弱の者,脈細にして頻数の者には禁忌で ある。例えば腹水,腹膜炎等によって,腹満を来したものに用いてはならない。急性肺炎,腸チフス等の経過中に,頓服的に此方を用いることがある。また肥満性体質の者,高血圧症,精神病,破傷風,脚気衝心,食傷等に使用する。大承気湯中の芒硝を去って小承気湯と名付け大承気湯証のようで,症状がやや軽微なも のに用いる。 


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 腹部が充実し,膨満して堅く,脈にも力があって,便秘するものを目標とする。大体が臍を中心として膨満するものである。(防風通聖散は慢性体質的であって,本証は急性実熱証である。)熱があって,悪寒も悪風もなく,便意を催して通じなく,裏急後重が強く、口渇甚だしく,舌は乾燥してときどき黒苔を生じ,また悪心を訴え,あるいは譫語(うわごと)をいったりするときに,早く本方で熱を下すのである。熱が高いのに脈が沈遅で力があり,汗が出ても悪寒がなく,腹部膨満充実して便秘して大便硬く,手足からも汗がじとじとと出るのが目標である。また熱が高くてうわごとをいい,意識がもうろうとして不安の状を呈し,数日間便秘し,熱は潮熱状となって悪寒のないものにも用いる。この潮熱というのは,あたかも潮が満つるごとくで,海岸のすみずみまで波でぬれるよう残熱とともに全身に汗が出るのをいうので,この潮熱が大承気湯を用いる目標となる。腹満があっても脈微弱,頻数のもの,腹水と鼓張(ガスの停滞による)には用いられない。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 承気とは順気即ち気をめぐらす意である。枳実,厚朴は気が痞えているのを押開くというような目的の時に使う薬であるし,大黄は苦寒で陰気即ち腹の気をめぐらし,胃腸内の滞りを去り,熱を瀉す。芒硝は寒剤で熱を瀉すのが第一,停水を排除し,乾きを潤すのが第二,瀉下作用は第三のものである。本方は裏の熱実を瀉し,気を順らす処方で,普通あまり使われないが,どうしても使わねばならぬ緊急肝要な場合があり,且つ世間に思っているよりは普通の場合でも使う機会があるものだ。
 運用 1.潮熱
 潮熱とは胃熱が本で内外が熱がみながる状態を示す。熱感強く脉大になる。大承気湯は胃の実熱を主る処方で,潮熱ばかりでなく,それを起す胃実熱の症状又は潮熱に伴う症状が併存する。便秘,腹満,汗,讝語などが之である。潮熱を主として此等の症状のどれかを伴えば本方の指示になる。
 「陽明病,潮熱,大便微しく鞕きものは大承気湯を与うべし。鞕からざるものは之を与うべからず」(傷寒論陽明病)
 陽明病は胃の実熱の病型である。この場合は大便微硬を伴う。与うべしで主るではないから他の承気剤も模様をよって選用してよい。且つ与えて反応のh観察する必要がある。
 「病人煩熱し汗出づれば則ち解す。又瘧状の如く日晡所発熱する者は陽明に属す。脉実の者は宜しく之を下すべし(中略)之を下すに大承気湯を与う(後略)」(同上)
日晡所は夕方のことで陽明の病の熱であることを示す。潮熱と同じに取扱ってよい。流感などで高熱を発し,前記症状を呈するものに使う機会が相当にある。脉の実,大,口唇が赤くなっている。腹満などを参考にする。

 運用 2.腹満,便秘,燥屎,宿食
 胃に物が詰って張って燥いている状態で,そのために熱を生じて来る。「陽明病,脉遅,汗出づると雖も悪寒せざるものは其身必ず重く,短気腹満して喘す。潮熱有るものは,これ外解せんと欲す。裏を攻むべし。手足澉然として汗出づるものはこれ大便已に鞕し。大承気湯之を主る。」(傷寒論陽明病)腹満,大便硬の外に身重,短気,喘,潮熱などが伴っている。身重は筋肉にも熱を帯びていることを示し全身的な潮熱の部分現象である(後略)

 運用 3.下痢
 便が詰って出なければ便秘する。溢れて出れば下利を起す。大承気湯の下痢はそういう趣きのある場合である。
 「下利,脉遅にして滑のものは内実なり,利末だ止まんと欲せざれば之を下すべし。大承気福zに宜し」(傷寒論可不篇)
 腸に詰っている(内実)から循環する気はそこで痞えて末梢部へめぐりが遅くなる。脉遅は之を示す。然し内実から熱を帯びて来るので滑の脉が現われる。(後略)

 運用 4. 喘又は心中懊悩

 運用 5. 讝語(センゴ)脳症
 「二陽の併病,太陽の証罷ただ熱を発し,手足漐々として汗出で,大便難にして讝語するものは之を下せば則ち愈ゆ。大承気湯に宣し」(傷寒論陽明病)高熱のために脳症を起したものである。二陽の併病とは太陽病と陽明病で,太陽病は表の熱,陽明病は胃の熱故に表に属する頭に熱が上がってうわこどを言う。(後略)

 運用 6. 裏に熱がこもり,症状が反って軽微のもの
 「傷寒6,7日,日中了々たらず,清和せず,表裏の証なく,大便難,身微熱のものはこれ実となすなり。急に之を下せ。大承気湯に宣し。」(傷寒論陽明病)
 目がぼんやりして霞んだり,膜がかかったり,晴が物を視つめることが出来なかったりする。之を患者が訴えなければ気付かない。大便難や身微熱も大して気がつくほどのことではない。しかも表裏の証なくで,一寸摑えにくい。軽症と誤り勝ちな症状だが,実は脳症を起す一歩手前の容易ならざる状態である。故に急に之を下せと警告している。(後略)

 
勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此方は胃実を治するが主剤なれども,承気は即ち順気の意にて,気の凝結甚しき者に活用することなり。当帰を加えて発狂を治し,乳香を加えて痔痛を治し,人参を加えて胃気を鼓舞し,又四逆湯を合して温下するが如き,妙用変化窮りなしとす。他の本論及び呉又氏に拠りて運用すべし。




副作用
 1) 重大な副作用と初期症状
   特になし
 2) その他の副作用
   消化器:食欲不振、腹痛、下痢等
   [理由]  本剤には大黄(ダイオウ)・無水芒硝(ボウショウ)が含まれているため、食欲不振、腹痛、 下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。 
  [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。



2012年11月22日木曜日

竜骨湯(りゅうこつとう;龍骨湯) の 効能・効果 と 副作用

『勿誤薬室方函口訣』 浅田 宗伯
竜骨湯  此の方は失心風を主とす。其の人、健忘、心気鬱々として楽しまず、或は驚搐、不眠、時に独語し、或は痴の如く狂の如き者を治す。此の方にして一等虚する者を帰脾湯とするなり。 

『勿誤薬室方函口訣解説(122)』 勝田正泰
竜骨湯
 竜骨湯(リュウコツトウ)は『外台秘要』(七五三年)に記載されている方剤です。まず『方函』の本文を読み下してみます。「宿驚、失忘、忽忽(こつこつ)喜忘、悲傷楽しまず、陽気起たざるを療す。竜骨(リュウコツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂枝(ケイシ)、遠志(オンジ)、麦門(バクモン)、牡蛎(ボレイ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)、右八味」。
 この文章は『外台秘要』巻十五の風驚恐失志喜忘及妄言方六首からの引用ですが、原典の『外台』では「失忘」が「失志」となっています。これでないと話が通じません。テキストだけではなく、名著出版の『近世漢方医学書集成』に集録されている『勿誤薬室方函』でも「失忘」となっています。浅田宗伯が誤記するはずはありませんので、原典出版の際に版本が誤ったものと思われます。
 宿驚とは、平素から驚きやすい精神不安状態のこと、失志とは希望を失うこと、忽々とはがっかりして気落ちする状態のこと、喜忘とはよく物忘れすることです。全体として精神が抑うつ不安状態で元気がない、うつ病のような病状を述べているようです。
 次に『口訣』の部を読んでみます。「此の方は失心風を主とす。其の人健忘心気鬱々として楽しまず、或いは驚搐不眠時に独語し、或いは痴の如く狂の如き者を治す。此の方にして一等虚する者を帰脾湯(キヒトウ)とするなり」。
 失心風とは、中国医学で癲(てん)と呼んでいる精神異常の一種です。抑うつ状態で、無表情で、言語が錯乱し、独りごとをぶつぶつ言い、幻想幻覚があり、時には泣いたり笑ったりする状態です。本方はこの失心風に有効だというわけです。
 健忘心気鬱々として楽しまずとは、物忘れがひどくて、気分がさえないで抑うつ状態のことです。その次の驚搐の搐は、筋肉がひきつることです。テキストではリッシンベンになっていますが、テヘンが正しいので訂正して下さい。驚きやすくて筋肉がひきつり、不安不眠症態で時々ぶつぶつ独りごとをいい、あるいは精神薄弱のような、あるいは狂人のような状態の者を治すというわけです。以上の『口訣』の部も、『外台秘要』の引用文を和訳したものです。
 竜骨湯の組成の八味の生薬をみますと、竜骨、牡蛎、遠志は安神薬、つまり精神安定効果のある生薬です。茯苓にも安神作用がありますし、桂枝湯には経脈を温通させて気の上衝を治める働きがあります。甘草には急迫を治す働きがあります。麦門冬には滋潤して心煩を治める働きがあります。これらが協力して有力な精神安定剤になるのだと思います。 本方を使用した治験例はあまり見当たりませんが、宗伯の治験録である『橘窓書影』の中に、次のような症例が記されていますので、読んでみます。
 「館林候臣、安藤小一右衛門、一日失心して狂走妄語止まず。邸医之を治するも益々甚し。余三黄瀉心湯(サンオウシャシントウ)を与え、朱砂安神丸(シュシャアンシンガン)を兼用す。狂走稍安し。妄語止まず、詈罵(りば)笑哭親戚を辨ぜず。胸動亢り、腹虚濡、小便頻数、脈沈細なり。乃ち外台竜骨湯を与う。服すること月余、精神復し、始めて親戚を辨ず。後健忘を発し、神思黙々終日木偶(でく)人の如く、余反鼻交感丹(ハンピコウカンタン)を湯液として服せしむ。数日を経て全人たるを得たり」。
 以上が宗伯の治験例です。一ヵ月以上服用させてかなり効果を治めているようです。
 『口訣』の部の最後に、竜骨暇証よりはやや虚証の場合には、帰脾湯がよいとあります。帰脾湯は四君子湯(シクンシトウ)に酸棗仁(サンソウニン)、竜眼肉(リュウガンニク)、遠志などの安神薬を加え、さらに補血薬の当帰(トウキ)や、補気薬の黄耆(オウギ)や、理気薬の木香(モッコウ)を加えたもので、気血両方が虚した人の不眠症や精神症状にかなりよいことがあります。

『症状でわかる 漢方療法』 大塚敬節著 主婦の友社刊
p.60
▼<元気がなくなり、何もする気がせず、憂うつになり、すべてが不快で、安眠ができないもの>・・竜骨湯
 うつ病によい。これで気分が明るくなり、仕事もできるようになる。

p.236
竜骨湯(りゅうこつとう)
処方 竜骨3g、茯苓4g、桂枝、遠志、麦門冬、牡蛎各3g、甘草1.5g、生姜2g。
目標 つうつうとして楽しまないもの。
応用 うつ病。




『日東医誌(Kampo Med)』 Vol.58No.3:487―493, 2007.
『竜骨湯が著効したパニック障害の一例』.

有島武志,若杉安希乃,及川哲郎,他:
(前略)
 今回我々が使用した竜骨湯は,竜骨,茯苓,桂枝,遠志,麦門冬,牡蠣,甘草,生姜の八味から構成され、原典は『外台秘要方』巻十五,風驚恐失志喜忘及妄言方六首である。条文には「竜骨湯,宿驚,失志,忽々として喜忘,味傷楽しまず,陽気起こらざるを療す」とある。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には,「此の方は失心風を主とす。其の人健忘,心気鬱々として楽まず,或は驚搐不眠時に独語し,或は痴の如く狂の如き者を治す。」と意訳している。
失心風とは,原典の失志と同義で,中国では癲と呼ばれている精神異常の一種であり,抑うつ状態で,表情に乏しく,言語錯乱し,独りごとをぶつぶつ言い、幻想幻覚があるような状態を言う。以上から竜骨湯の使用目標は「普段から驚き易く精神不安定で,希望を失い,がっかりしてよく物忘れをし,悲観的で哀愁にたえず,性欲がなくなり,時に独語を発したり精神薄弱や狂人のような者」と解釈できる。臨床的には,うつ病や統合失調症様の症状にも応用できると考えられている。また,構成生薬は,安神作用を有する竜骨,牡蠣,遠志,茯苓といった生薬に,急迫を治す甘草,気の上衝を抑める桂枝,心煩を治める麦門冬が配合されていることか,パニック障害の症状にも応用できると考えられた。文献的には,うつ病,もしくはうつ状態に対して竜骨湯,桃核承気湯合竜骨湯が有効であった報告が散見される程度である。鑑別処方として,大塚敬節は竜骨湯より実証のものには柴胡加竜骨牡蠣湯,また浅田宗伯は『勿誤薬室方函口訣』で,一等虚する場合には帰脾湯がよいと記している。
(後略)

2012年11月18日日曜日

清心蓮子飲(せいしんれんしいん) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
清心蓮子飲(せいしんれんしいん)
本方は心と腎の熱を冷まし、かつ脾肺の虚を補うのが目的である。思慮憂愁に過ぎ、即ち精神過労によつ言て脾肺を損じ、酒色過度の不摂生により脾と腎を傷 り、虚熱を生じた場合によい。主として慢性泌尿器科疾患で体力の衰えた場合に応用され、目標としては、過労するときは尿の混濁を来すという慢性淋疾や腎膀 胱炎、また排尿時力がなく後に残る気味ありと訴えるもの等によく奏効する。白淫の症と名づける婦人の帯下、あたかも米のとぎ汁のようなものを下すもの、糖 尿病で虚羸し、油のような尿の出るもの、腎臓結核で尿が混濁し虚熱のあるもの、遺精・慢性腎盂炎・性的神経衰弱、虚熱による口内炎等にも応用される。
麦門冬・蓮肉は心熱を清め、かつこれを補い、地骨皮・車前子は腎熱を涼し、よく利尿の効がある。人参・茯苓・甘草は脾を補い、消化の機能を亢め、一方、人参・黄耆・黄芩・地骨皮・麦門冬と組んで腎水を生じ、肺熱を清涼させ、以上のような疾患によく奏効する。


勿誤薬室方函口訣』 浅田 宗伯著
清心蓮子飲
  此の方は上焦の虚火亢りて、下元これが為に守を失し、気淋白濁等の症をなす者を治す。また遺精の症、桂枝加竜蛎の類を用ひて効なき者は上盛下虚に属す。此の方に宜し。若し心火熾んにして妄夢失精する者は竜胆瀉肝湯に宜し。一体此の方は脾胃を調和するを主とす。故に淋疾下疳に困る者に非ず。また後世の五淋湯、八正散の之く処に比すれば虚候の者に用ゆ。『名医方考』には労淋の治効を載す。加藤謙斎は小便余瀝を覚ゆる者に用ゆ。余、数年歴験するに、労動力作して淋を発する者と疝家などにて小便は佳なり通ずれども跡に残る心持ありて了然たらざる者に効あり。また咽乾く意ありて小便余瀝の心を覚ゆるは猶更此の方の的当とす。『正宗』の主治は拠とするに足らず。 


勿誤薬室方函口訣解説(73)』 藤井 美樹
清心蓮子飲
 次は清心蓮子飲(セイシンレンシイン)で『和剤局方』に出ている処方で空¥
 「心中煩燥」思慮憂愁、抑うつ、小便赤濁、或は沙漠あり、夜、夢遺精、遺瀝渋痛、小便赤きこと血の如く、或は酒色過度によって上盛下虚、心火上炎、肺金剋を受け、故に口苦く咽乾き、漸く消渇を成し、四肢倦怠、男子は五淋、婦人は帯下赤白、五心煩熱を治す。此の薬、温平にして心を清まし、神を養い、精を秘す」とあります。
 薬味は「蓮肉(レンニク)、人参(ニンジン)、黄耆(オウギ)、茯苓(ブクリョウ)、麦門(バクモン)、地骨皮(ジコッピ)、車前子(シャゼンシ)、黄芩(オウゴン)、甘草(カンゾウ)の九味」よりなっております。これは心と肺の熱を冷まして、さらに脾胃と腎を補うのが目的とされております。
 次の説明は「此の方は上焦の虚血亢りて、下元これがために守を失し気淋白濁等の症をなす者を治す。また遺精の症、桂枝加竜骨牡蛎湯(ケイシカリュウコツボレイトウ)の類を用いて効なきものは上盛下虚に属す。この方に宜し。若し心火熾にして妄夢失精する者は竜胆瀉肝湯(リュウタンシャカントウ)に宜し。一体此方は脾胃を調和するを主とす。故に淋疾下疳に因る者に非ず。また後世の五淋湯(ゴリントウ)、八正散(ハッショウサン)の行くところに比すれば虚候のものに用う」。つまり非常に胃腸が虚弱で、泌尿器系の働きの弱いというものに使う薬方であります。
 『名医方解』には労淋(体の労働をすると小水の具合の悪くなるもの)の治効を載せております。
 『医療手引草』を書いた加藤謙斎は小便余瀝(スムーズに出ないでポタポタ出る)を覚える者に用う。宗伯は「数年これを使って経験したところ、体を動かして小便の具合が悪くなるものと、冷えると腹痛する疝のある人で、小便はかなり通ずるけれども、残尿感があってさっぱりしないというものに効果があり、また咽の乾きがあって、小便の快通しないものにはこの方が適している」といっております。そして「『外科正宗』に、夜は静かであるが、昼になると熱が出るなどいろいろな主治条文があるが、根拠とするに足らない」といっております。
 したがって清心蓮子飲は胃腸の弱いタイプで、すぐに食欲がなくなり、体を動かしたりすると小便の出が悪くなったり、残尿感があったり、スーッと出ないというものに使います。また八味丸(ハチミガン)のように地黄(ジオウ)の入っているものは胃腸が弱くて飲めないし、猪苓湯(チョレイトウ)を用いるほど実証ではないという場合に使います。
 臨床的応用としては、虚証の慢性化した腎臓結核、膀胱結核、その他慢性膀胱炎、慢性腎盂炎、また婦人の下りものが多い場合に使います。また神経症的になっている人にも用います。
 症例の第一例は膀胱炎の患者です。58歳の婦人、体が弱く、少し食べるといっぱいになってしまう人ですが、膀胱炎を起こしてなかなk治りません。顔色もさえないし、腹力もないので、清心蓮子飲を出しましたところ、効果があり、おなかの調子も良くなり、膀胱炎の症状が次第によくなりました。
 第二例は18歳の男子学生で特発性腎出血で、一年ほど前から止まらないというものです。来院時の小水は、肉眼的にもチョコレート色をしています。腹力もなく、顔色は蒼白です。大学受験先強で夜も安眠していないというので清心連子飲を出しました。これを非常によく飲んでくれまして、おなかの調子もよくなりましたが、そのうちに時々胃が重いということがありましたので四君子湯(シクンシトウ)を交代に飲ませました。しばらく検尿せずにいましたが、ある時、この頃小便の色がよくなったようだというのでとって見ますと、まったく正常の尿であり、かかりつけの大学病院で診てもらうと、完全に治っているといわれました。印象の深い症例でした。
 もう一例は59歳の女性で茶道教授です。もともと体が弱くて、若い時に結核を患ったこともあります。時々腎盂炎を起こして発熱します。無理をするとそのあとは寝込んでしまうという人です。腹力は非常に弱く、食欲もあまりないということで清心蓮子飲の証と掴んでこれを与えました。これを飲み続けているうちに腎盂炎を起こすことが少なくなり、顔色もよくなり元気が出てきて、茶道を教えるにも以前ほど疲れなくなったといいます。ある時胃が重くなったということで診てもらいますと、レントゲンで胃に疑わしい陰影があるということでした。四君子湯を間に挟んで飲んでもらいましたところ、しばらくしておなかの調子が非常によくなったということで再ば診てもらいますと、疑わしい影はすっかり消えておりました。現在も服薬を続けておりますが、調子がよく、顔色もよくなりました。今まですぐに熱が出てその都度、抗生物質などを用いていましたが、このごろはそういうものを用いることはなく、おなかの具合もよく、小水の具合もよく、熱の出ることもないといって感謝されております。
 以上三処方のうち清上防風湯は臨床的に非常によく使われますし、清心蓮子飲は胃腸の弱いタイプの人の膀胱炎、尿道炎、時には現在は少ないですが腎臓結核というものに使って非常によい薬方です。清心温胆湯はあまり使われておりません。現在は加味温胆湯が使われておりますが、清心温胆湯の証があれば使うべきでありましょう。


※煩燥は煩躁の誤字?



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清心蓮子飲
〔成分・分量〕
蓮肉4-5、麦門冬3-4、茯苓4、人参3-5、車前子3、黄芩3、黄耆2-4、地骨皮2-3、甘草1.5-2
〔用法・用量〕

〔効能・効果〕
体力中等度以下で、胃腸が弱く、全身倦怠感があり、口や舌が乾き、尿が出しぶるものの次の諸症:
残尿感、頻尿、排尿痛、尿のにごり、排尿困難、こしけ(おりもの)




してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)高齢者。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以
上)含有する製剤に記載すること。〕
(4)次の症状のある人。
むくみ
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
(5)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕
2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称
症 状
間質性肺炎
階段を上ったり、少し無理をしたりすると息切れがする・息苦しくなる、空せき、発熱等がみられ、これらが急にあらわれたり、持続したりする。
偽アルドステロン症、
ミオパチー1)
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
肝機能障害
発熱、かゆみ、発疹、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、褐色尿、全身のだるさ、食欲不振等があらわれる。
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
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3.1ヵ月位服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、
薬剤師又は登録販売者に相談すること
4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注
意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未
満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載
し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕
保管及び取り扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなく
てもよい。〕
【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)高齢者。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
(4)次の症状のある人。
むくみ
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
(5)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
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2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕

2012年11月17日土曜日

正心湯(しょうしんとう・せいしんとう) の 効能・効果 と 副作用

勿誤薬室方函口訣』 浅田宗伯
正心湯
  此の方は帰脾湯の症にして、心風甚だしく、妄言妄行止まず、血気枯燥する者を治す。また小児、肝虚、内熱、精神爽やかならざる者に用ゆ。

勿誤薬室方函口訣解説(62)』 中島 泰三

正心湯
 正心湯(ショウシントウ)の出典は『古今医統』であります。
 「七情五志が久しく逆い(さからい)、心風となり、妄言妄笑(ぼうげんぼうしょう)し、苦しむ所の知らざるを治す。当帰(トウキ)、茯苓(ブクリョウ)、地黄(ジオウ)、羚羊(レイヨウ)、甘草(カンゾウ)、酸棗仁(サンソウニン)、遠志(オンジ)、人参(ニンジン)、右八味よりなる。
 此方は帰脾湯(キヒトウ)の症にして心風甚しく、妄言妄行止まず、血気枯燥するものを治す。又小児肝虚内熱、精神爽かならざる者に用う」。
 いろいろの感情や欲望が長期間抑圧されて精神障害をきたし、みだりに意味のわからないことをいったり、みだりに笑ったりする病識のない患者を治療します。酸棗仁、遠志は精神安定剤であり、羚羊角は鎮静、解熱、抗痙攣作用があります。当湖、地黄は陰を潤し、清熱し、茯苓、人参にもある程度のトランキライザー様の作用があります。甘草は急激な発作を抑えます。
 帰脾湯の症は憂い、思いなどの精神的なできごとが消化吸収機能を障害して、血虚、発熱成、食欲不振となり、全身倦怠感、物忘れ、動悸、不安感、不眠症などを治療したします。構成生薬は黄耆(オウギ)、当帰、人参、白朮(ビャクジュツ)、茯苓、酸棗仁、竜丸肉(リュウガンニク)、甘草、生姜(ショウキョウ)、木香(モッコウ)、遠志(オンジ)、大棗(タイソウ)の十二味より成り立ち、正心湯と非常に似ております。正心湯の方が地黄、羚羊角が入っているせいで、滋陰清熱作用がやや強くなります。一方、帰脾湯は木香、オウギ、白朮などの温熱剤が入っているため、正心湯よりもやや補気、理気の作用が強くなり、消化器系を刺激興奮させます。津村エキス剤では帰脾湯、加味帰脾湯(カミキヒトウ)がありますが、やや血虚や熱の症状がありましたら四物湯(シモツトウ)や温清飲(ウンセイイン)、酸棗仁湯(サンソウニントウ)を適当に追加して下さい。


※竜丸肉(リュウガンニク)は竜眼肉(リュウガンニク)の誤り。


『古今醫統(古今医統)』
癲狂門 病機  《內經》帝曰︰癲疾厥狂,久逆之所生也。脈解篇曰︰陽氣太上,甚則狂癲。陽盡在上,而陰氣從下,下虛上實,故癲狂疾也。又曰︰陰陽複爭,則欲登高而歌,棄衣而走也。  生氣通天論曰︰陰不勝其陽,則脈流薄疾,並乃狂。  《靈樞》云︰癲癇瘈瘲,不知所苦,兩蹺之下,陽男陰女。  又如︰狂始生,先自悲也,喜忘善怒善恐者,得之憂飢。治之取手太陰陽明,血變而止,及取足太陰陽明。狂始發,少臥不飢,自高賢也,自辯智也,自尊貴也,善罵詈,日夜不休。治之取手陽明太陽太陰、舌下少陰。視之盛者皆取之,不盛釋之也。狂言、驚駭、善笑、好歌樂、妄行不休者,得之大恐。 病機  癲狂病俗名心風,蓋謂心神壞亂而有風邪故也。丹溪謂︰癲屬陰,狂屬陽。癲多喜,狂多怒。  又云︰重陰者癲,重陽者狂。由此觀之,則是陰陽寒熱,冰炭不牟,安得概以一藥治之,而何可以同日而語也?又曰︰大概是熱,癲者神不守舍,狂者如有所見。斯得病之情狀,而理之不容易也。  春甫曰︰癲狂之病,總為心火所乘,神不守舍,一言盡矣。巔者,至高也。火性炎上,正如經云︰陽氣太上則狂巔。狂則孔子所謂狂狷者之狂也。《靈樞經》曰︰狂病始發,少臥不飢,自高賢也,自辯智也,自尊貴也。故曰︰狂者進取志大,而大言者也。前謂狂言如有所見,斯得之矣。蓋心火暴熾,言語善惡不避親疏,此神明之亂也。此之所謂狂也,蓋謂火熾之甚,陽氣太上,則病患亦乘陽火之上炎,故棄衣而登高,由狂而又癲。此則聖人命名之義,而有同中之異耳。 病機  戴人謂︰肝屢謀,膽屢不決,屈無所伸,怒無所泄,肝木膽火隨炎入心,心火熾亢,神不守舍,久逆而成癲狂,一因也。  有思慮過多,脾傷失職,心之官亦主思,甚則火熾,心血日涸,脾液不行,痰迷心竅,以致癲狂,二因也。 病機  古方每以癲、癇並治,出方乃大誤也。蓋癲為心病,而屬實者多,癇為五臟兼病,而屬虛者多。蓋因《靈樞》一云︰癲癇瘈瘲,不知所苦。後人不察,遂認為一証。殊不知《靈樞》自以兩証而言,不知所苦,皆言不能自知其病之所苦也,《玉機微義》始分別之,而亦未嘗白《靈樞》之旨也。 脈候  脈大堅實者,癲狂。脈虛弦為驚。沉數為痰熱。脈大而滑者,自已。沉小急實者,死。虛而弦急者,死。  寸口脈沉大而滑,沉則為實,滑則為氣,實氣相搏,入臟則死,入腑則愈。丹溪曰︰癲狂脈虛易治,實者難治。 治法  登高棄衣,引重致遠者為癲,乃痰火亢熾之甚而然。治宜降下之劑,滾痰丸之屬是也。  自高辯智,妄語狂言,神明失守為狂。治宜鎮心安神清上之劑,牛黃朱砂丸之屬是也。 治法  張子和治癲狂,令患人於燠室中,先涌痰二、三升,後與承氣湯一、二升頓服,大下二十行,而病即寧。 藥方  清心湯 治心受熱邪,狂言叫罵,動屐失常。  黃連 黃芩 薄荷 連翹 梔子 甘草 大黃 芒硝(各等分) 上水盞半,竹葉十個,煎八分,溫服。  (《局方》)牛黃清心丸 治心志不足,神氣不定,驚恐癲狂,語言譫妄,虛煩少睡,甚至棄衣登高,逾牆上屋等証。  羚羊角(鎊,一兩) 人參(二兩半) 白茯苓 川芎 防風(各半兩) 阿膠(炒,七錢半)乾薑(炮,七錢) 白朮(兩半) 牛黃(各兩半) 麝香(半兩) 犀角(鎊,二兩) 雄黃(研飛,八錢) 梅花冰片(五錢) 金箔(一千四百片) 白芍藥 柴胡(各兩半) 甘草(炒,五兩)山藥(七兩) 麥門冬(去心) 枯黃芩(各兩半) 杏仁(泡,去皮、尖及雙仁者,麵炒黃色,另研用)桔梗(各二兩二錢) 神曲(二兩半) 大棗(一百枚,蒸熟,去皮、核,另研成膏) 白蘞(七錢半)蒲黃(炒,二兩半) 大豆黃卷(一兩七錢半,微炒) 當歸(酒洗) 肉桂(去皮,各一兩七錢)上除棗、杏仁、金箔、二角及牛黃、腦、麝、雄黃四味,為末入藥和勻,煉蜜同棗膏和丸,每兩分作十丸 將前金箔除四百片為衣。每服一丸,食後溫水化下。  朱雄丸 治男女驚憂失志,思慮過多,痰迷心竅,以致叫呼奔走。此藥安魂定魄。  辰砂 明雄黃(各二錢半,研) 白附子(一錢)上研末,豬心血丸,金箔為衣。每服三丸,人參、菖蒲煎湯下。  抱膽丸 治男女一切癲狂風癇,及婦人產後驚氣入心,室女經行驚氣蘊結,頓服此藥屢效。  朱砂(二兩) 水銀(一兩) 黑鉛(兩半) 乳香(一兩,細研)上將鉛入銚內,下水銀結成砂子,下乳香,乘熱用柳木捶擂勻,丸如雞頭子大。每服一丸,空心井花水吞下。得睡切莫驚動,覺來則安,再進一丸可除根。  引神歸舍丹 治癲狂心風,心氣不足。  朱砂 膽南星(各一兩) 白附子(半兩) 上為細末豬心血泡,蒸餅為丸,梧桐子子大,每服十五丸。  五膽丸 治癲狂風癇妄走。  羊膽 豬膽 狗膽 雞膽 鯉魚膽(各一枚,傾汁作一處) 蛇黃(五兩, 紅,食膽汁盡為度) 上為末,另以膽汁和丸,綠豆大,朱砂為衣。每服十五丸,食後以磨刀汁吞下,或用末以磨刀水調服。  滾痰丸 治癲狂熱盛,不識人。(方見痰門。)  奪命散 治癲癇痰盛。

2012年11月13日火曜日

三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊

三黄瀉心湯
本方は所謂のぼせ気味で、顔面は潮紅し、気分がいらいらして落付かず、脈に力があって、便秘の傾向のある場合に用いる。腹診するに表面は柔軟であっても、底力があり、心下部に痞えた気分を訴えることがある。
本方は大黄・黄芩・黄連の三味からなり、大黄は単に瀉下の効があるばかりでなく、黄芩・黄連と共に組む時は、炎症・充血を消散するの効がある。また黄芩と黄連と組む時は、心下部の痞塞感を開く働きがある。
脳 充血・脳溢血の発作直後、或は発作後日数を経たるものにも用いる機会が多い。喀血・吐血・衂血及びまれには子宮出血・痔出血にも用いる場合がある。また本 方は切創その他の出血で、驚き・不安の状態ある時に、頓服として用いて、その気分を落ち付け止血の効を発揮する。ただし出血が長びいて貧血が著しいもの、 脈の微弱なもの等に用いてはならない。
動脈硬化症・血圧亢進症等の診断を下されて、絶えず不安の気分に襲われ、或はそのために不眠に陥ったもの等に用いて良いことがある。その他皮膚病・眼病・癲癇・精神病、所謂血の道の上逆感、更年期症状・火傷等に広く応用される。
附 子瀉心湯は三黄瀉心湯に更に附子を加えた方剤であって、三黄瀉心湯證で悪寒するものを目的とする。古人の伝に曰う、「瀉心湯の證にして、但寝んと欲し、甚 しい時は、食事をしながら、或は薬を飲みつつ居眠るものがある。また手のさきが微冷する等の症がある。これには附子瀉心湯が良い」と、もって参考とすべき である。

『漢方精撰百八方』 
41.〔方名〕三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)
〔出典〕金匱要略

〔処方〕大黄2.0~5.0 黄芩4.0 黄連4.0
     振り出しとして用いる場合には、三味各1.0を100ccの湯にて、三分間振り出し、一回に頓服する。 

〔目標〕証には、心気不足(精神不安)、心下痞し、之を按ずるに軟なる者、とある。 即ち、心下がつかえ、胃部膨満、停滞感があり、充血の状強く、上衝気味で、精神不安があり、心下部は軟で、舌苔黄色、便秘の傾向があり、吐血、衂血、その他の血証があり、脈が充実しているものに適用する。 〔かんどころ〕上衝、充血の状があり、心下がつかえた感じだが、按じてみると軟らかいもので、吐血、衂血等の血証があるものに広く用いられる。

〔応用〕
(1)脳充血、脳出血、動脈硬化症、血圧充進症等で、脈浮大、充実しているもので、目標に示す如き症状があるもの。
(2)吐血、衂血、喀血、その他の出血症で、精神不安があり、目標の如き症状のあるもの。振り出したものを冷服するとよい。
(3)歯痛、歯齦腫脹、口内炎等で、上衝、顔面紅潮するもの。
(4)痔の疼痛、出血にも用いられる。
(5)火傷後の発熱で目標の症状のあるもの。
(6)宿酔、又は車酔いで、上衝、顔面紅潮の傾向のあるものに、振り出しにして用いる。
(7)熱性黄疸で、全身黄なるものに茵蔯を加えて用いる。
(8)眼科疾患で、上衝があり、結膜炎等の充血症状著明なもの。

〔治験〕五十五才の農夫。体格中等、血圧少し高いが服薬をするほどではない。数日来、衂血があり、西洋医学的治療を受けているが止まらないという。手が空かなかったので、三黄瀉心湯を振り出しとして与え翌日往診する。三服の振り出しで、衂血は完全に止まっている。血圧降下剤を注射していて、血圧160~100凡らく衂血のあった当初は相当高かったと思われる。  衂血があって脳出血を防ぎ得た例は多い。年輩者の衂血は、高血圧を一応考慮すべきである。この際、瀉心湯が用いられることが多い。   伊藤清夫

漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
10 瀉心湯類(しゃしんとうるい)
瀉心湯類は、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)を主薬とし、心下痞硬(前出、腹診の項参照)および心下痞硬によって起こる各種の疾患を目標に用いられる。

2 三黄瀉心湯
〔大黄(だいおう)二、黄芩(おうごん)、黄連(おうれん)各一〕
こ れは、頓服の場合の分量で、本方を長く続けて服用する場合は、大黄、黄連、黄芩各三とする。本方は、本方は、少陽病の実証のものに用いら れ、充血性の上衝や心下部の痞塞感およびその上衝によって起こる精神不安などに用いられる。すなわち、のぼせ気味で顔面紅潮し、気分がいらいらしておちつ かない興奮状態のときに鎮静的に用いられる。また、心下部および頭部に充血、炎症があり、その上衝によって起こる刺激興奮症状(精神不安)に用いられる。 したがって、心悸亢進、血圧上昇、神経過敏などが起きるが、下半身には異常を認めないもの、頭痛、のぼせ、耳鳴り、精神不安、血圧亢進、心下痞、便秘、出 血(瘀血による出血ではないから血液は鮮やかな色を呈する)などを目標とする。本方は、一時的興奮状態の鎮静剤としても頓服に用いられる。なお、出血傾向 のある場合には冷服するほうが良い。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、三黄瀉心湯を呈するものが多い。
一 高血圧症、動脈硬化症、脳溢血、脳充血その他の循環器系疾患。
一 神経衰弱、ノイローゼ、ヒステリー、精神病、精神分裂症、発狂その他の精神、神経系疾患。
一 吐血、喀血、衂血、結膜出血、脳出血、皮下出血、子宮出血、代償性出血、痔出血、腸出血、膀胱出血、血尿症、外傷性出血その他の各種出血。
一 胃潰瘍、胃カタル、腸カタル、胃酸過多症その他の胃腸系疾患。
一 血の道、更年期障害その他の婦人科系疾患。
一 結膜炎、網膜炎、虹彩炎、眼瞼炎その他の眼科疾患。
一 じん麻疹、皮膚掻痒症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、歯齦腫痛、歯齦出血、打撲、火傷、舌炎、口内炎、小児麻痺、宿酔、薬物中毒など。


《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
30.三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう) 金匱要略
大黄1.0 黄芩1.0 黄連1.0 泡剤となす場合はこれに熱湯100ccを加え3分間煮沸し滓を去り頓服す。

(金匱要略)
心気不足,吐血,衂血,本方主之(吐衂)
婦人吐涎沫,医反下之,心下即痞,当先治其吐涎沫,小青竜湯主之,涎沫止,乃治痞,本方主之(婦人雑病)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 のぼせて精神不安があり,胃部がつかえて便秘がひどいもの。充血,出血の傾向を伴なうこともあるが,この場合血液の色は鮮紅色である。
 本方は常習便秘に特に繁用され,服用後8乃至10時間で快便を得る。但し人により効果の差異があるから適宜用量を加減するとよい。本方でもなお便通がない時は更に大黄を加える。しかしみぞおちが硬く張ってい場合はむしろ大柴胡湯を用いるべきである。本方を服用後腹痛もしくは下痢の甚だしい場合は桂枝茯苓丸,当帰芍薬散,黄連解毒湯,半夏瀉心湯,小建中湯,柴胡桂枝湯,小柴胡湯などに転方するとよい。本方はまた動脈硬化症,高血圧にしばしば用いられ神経の興奮状態を鎮静して安眠を種に血圧を降下させるが,その作用は一過性であるから大柴胡湯,柴胡加竜骨牡蛎湯,防風通聖散などと併用した方がよい。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 本方が対象になるものは赤ら顔のいわゆる卒中体質で,いつも気分がイライラして落ちつかず,おこりやすく精神興奮のため,不眠の傾向がある常習便秘のものに繁用され仲いる。本方が適応する便秘は硬便や宿便で,便秘とともに胃部が緊くつかえると訴える。こんな自覚のある顧客がよく店頭で,胃拡張や消化不良と自己判断して胃腸薬を指名することが多い。顔面紅潮や充血の傾向があるもので胃部のつかえと便秘を訴えるものには本方が奏効する。わずかなことに神経が興奮しておこりっぽいもので目標欄記載の症候群ある高血圧,動脈硬化に繁用され,神経の鎮静とともに,血圧を徐々に降下させるので,漢方の降圧剤として,また睡眠剤として応用されている。本方は諸種の出血過多症にしばしば用いられるが,本方が適応する出血は,比較的に量が多い。貧血の徴候と認めないもの(便秘がひどい)が対象になる。(後略)


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○のぼせ気味で,顔面は紅潮し,たいていは脈の緊張がよゆ、腹部は表面は柔軟であっても底に力があり,便秘ぎみの人が,つぎのような症状を呈するものである。
○気分がいらいらして落ちつかず,精神不安や不眠があって,みぞおちに食物が痞え,腹診すると心下濡で,上腹部が表面は柔軟であるが底のの方に抵抗がある。
○上腹部が痛み,心下部一帯が膨満して固く張り,圧痛がある。
○頭痛,耳鳴,血圧亢進がある。
○吐血,衂血,下血,潜出血などの諸出血。
○本方を,吐血や喀血に用いるときは,冷服するのがよい。温服によって症状が増悪することもあるといわれるからである。


漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
(腹証奇覧)○三黄瀉心湯は,心気不定,心下痞するものを治する。不定は心中が何となく落ちつかないで,どかどかし,胸がふさがりおどるようにおぼえ,ここを按じてみると却って思ったほどにはおどらないものである。また血気に熱を帯びているというのが目標で,吐血,衂血,痔疾,下血,便血,狂乱等の証がある。これは心気不定によるのである。要するに心下痞,心中煩悸して不安なものが,腹証の準拠である。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は所謂のぼせ気味で,顔面潮紅し,気分がいらいらして落付かず,脈に力があって便秘の傾向のある場合に用いる。腹診するに表面は柔軟であっても,底力があり,心下部に痞えた気分を訴えることがある。本方は大黄,黄芩,黄連の三味からなり,大黄は単に瀉下の効があるばかりでなく,黄芩,黄連と共に組む時は,炎症,充血を消散するの効がある。また黄芩と黄連と組む時は,心下部の痞塞感を開く働きがある。脳充血,脳溢血の発作直後,或は発作後日数を経たるものにも用いる機会が多い。喀血,吐血,衂血及びまれには子宮出血,痔出血にも用いる場合がある。また本方は切創その他の出血で,驚き,不安の状態ある時に,頓服として用いて,その気分を落ち付け止血の効を発揮する。ただし出血が著しいもの, 脈の微弱なもの等には用いてはならない。動脈硬化症,血圧亢進症等の診断を下されて,絶えず不安の気分に襲われ,或はそのために不眠に陥ったもの等に用いて良いことがある。その他皮膚病,眼病,癲癇,精神病,所謂血の道の上逆感,更年期症状,火傷等に広く応用される。

漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 (構成) 黄連,黄芩ともに胸脇心下の鬱熱を瀉すが,黄連は気上衝煩躁を主治し,黄芩は血熱性主治する。大黄は実熱を瀉し順気の能がある。三者相俟って心下の鬱熱を解し,充血の上衝を機序下に誘導する。
 運用 心下部の痞塞感,充血性の上衝,精神不安を治す。
 これが同じ度合に組合され仲いるとは限らず,或ものは強く或るものは弱く現われることが多いが些細に観察すれば三症状の傾向が認められるものだ。「婦人涎沫を吐す。医反って之を下し,心下即ち痞す。当に先づその涎沫を吐するを治すべし小青竜湯之を主る。涎沫止み乃ち痞を治す瀉心湯之を主る。」(金匱要略婦人雑病)は心下部が自覚的につかえる感じに使う場合である。臨床的にはこの肉体的な意味を精神的な意味にとって運用するが,肉体的な意味では胸元が痞えることを主症状にする胃酸過多症,胃潰瘍,宿酔,などに,精神的な胸元に気が痞えて晴れやらず,とつおいつ思案に暮れたり,気分が統一されぬから気分が落ち付かず,或いはいらいらし,或は不安の気分にかられ,或は決断力なくいろいろと取捨に迷い,或は気が散り易く観念逃走し,年中医者を取替えたり,あれこれの治療を手当り次第に用いたり,気がむらで迷いが多い。之を心気不定とも心気不足とも表現する。「心気不足,吐血衂血す。亦霍乱を治す」(同書吐衂)がそれで,心気不足と共に充血性の上衝があるから興奮し易く,直ぐにかっとなり,併かもそれが永続きしない。所謂お天気屋である。必ずしも怒るとは限らず,或は泣き,或は笑う。泣き中風とか笑い中風とかいう感動性の強いものにも本方はしばしば使うが,いずれの場合にも顔面は紅潮充血する傾きが強い。顔面紅潮,のぼせ感があり,脉大,便秘勝ちものもで高血圧症,動脈硬化症,脳溢血,脳充血,癲癇,発狂,打撲,火傷,耳鳴,眩暈,肩凝,歯痛,酒渣鼻(結膜炎,眼瞼炎,網膜炎,翼状贅片,虹彩炎)皮膚病(のぼせが強く局所が乾燥充血性のもの)などに運用される。また神経症状が強く何事もなきに眼を閉じたり口をゆがめたりするような唖どもりにも用いた例がある。

 運用 2. 各種の充血性出血に用いる。
 吐血,喀血,鼻血,歯齦出血,眼底出血,脳溢血,結膜出血,子宮出血,痔出血,皮下出血,外傷等によい。矢張り脈大きく出血に対して不安がる傾向がある。各種出血のうち,充血性のものは麻黄湯が鼻血を,白脳翁湯が下血を治す位で,他は殆ど瀉心湯を使う。他の止血剤は鬱血性の血液性状に変化があって出血する場合に使うものを常とする。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 少陽部に属する薬方である。心臓部および頭腔内外に充血,炎症があって,その刺激興奮症状として心尖搏動の亢進,血圧上昇,神経過敏等が起こるのである。本方の目標は実証に属し,いわゆるのぼせ気味で,気分がいらいらして落ちつかず,脈に力があって,便秘の傾向があり,驚きやすく不安状を呈するものである。腹は心下部に痞えがあり,表面は柔軟で底に力がある。脈は浮で大きく,数のことが多い。本方証の出血は鮮赤色で瘀血による暗紫色でないのが特徴である。本方証には心下部に痞塞感があり,また充血性炎症性の上衝や精神の不安がある。


餐英館療治雑話〉 目黒 道琢先生
 此の方は心下痞して,大便秘し,上気するを目的とす。竝びに一切上焦体部以上に蓄熱あり。或は口舌瘡を生じ,或は逆上して眼赤き者,皆大便秘を目的とすべし。亦痔疾,肛門腫痛し,鮮血を下す者に必ず効ありと局方に見えたり。鮮血の鮮の字が眼目なり。鮮血とは真赤なる色よき血なり。すべての血症,色のあんたん(うすぐろい)なるは寒なり。鮮なるは熱なり。吐血の症,世医此の方を用ゆるを知れども下血の症此の方を用ゆることを知らず。亦謙斎の訣に辛熱厚味を過食し,足脛痛むに効ありと,知らずんば有るべからず。


類聚方広義〉 尾台 榕堂先生
 中風卒倒して人事を省せず,身熱牙関緊急,脈洪大或は鼾睡大息し,頻々として欠伸する者,及び省めて後偏枯(半身不随)癱瘓(運動麻痺)不逐(麻痺)緘黙不語(言語障害)口眼喎斜(顔面神経麻痺)言語蹇渋,流涎泣笑し,或は神思恍惚として機転木偶人(人形)の如き者は此方に宜し。○能く宿醒(二日酔)を解すること甚だ妙。
○酒客鬱熱,下血すろ報腸痔腫痛下血する者,痘瘡,熱気熾盛にして,七孔出血する者。産前後,血暈鬱冒し或は狂の如き者。眼目焮痛,赤脈怒張し,熱酔えるが如き者。う歯(虫歯)疼痛,歯縫(歯根)出血,口舌腐爛(口内炎),脣風(口唇腫痒する病,口唇ヘルペス),走馬疳(水癌),喉痺(アンギナ,扁桃炎)焮熱腫痛し,重舌(舌下腺嚢腫),痰胞(舌下の腫れ物),語言する能はざる者,此の二症は鈹針(三稜鍼)を以て横割し,悪血を去り,瘀液を取るを佳と為す。
 ○癰疔内攻,胸膈寃熱(熱にしいたげられ)妄語し,昼夜牀に就か男置る者。以上の諸症にして心下痞,生中煩悸の症あるや,瀉心湯を用ゆれば其の効響が如し。



漢方と漢薬〉 第5巻第10号・第12号
瀉心湯について    大塚敬節先生



(1) 1餐英館療治雑話に曰く
 三黄瀉心湯此の方は心下痞して,大便秘し,上気するを目的とす。竝びに一切上焦体部以上に蓄熱あり。或は口舌瘡を生じ,或は逆上して眼赤き者,皆大便秘を目的とすべ し。亦痔疾,肛門腫痛し,鮮血を下す者に必ず効ありと局方に見えたり。鮮血の鮮の字が眼目なり。鮮血とは真赤なる色よき血なり。すべての血症,色のあんた ん(うすぐろい)なるは寒なり。鮮なるは熱なり。吐血の症,世医此の方を用ゆるを知れども下血の症此の方を用ゆることを知らず。亦謙斎の訣に辛熱厚味を過 食し,足脛痛むに効ありと,知らずんば有るべからず。


 ※癱瘓 (タンタン)
癱瘓風ともいう。四肢の運動麻痺がみられる病証。 肝腎虧虚・気血不足で風・寒・湿・熱・痰・瘀などの病邪が経絡を侵襲して発生することが多い。

※ 緘黙(カンモク)
 口を閉じてものを言わないこと

※走馬疳
壞疽性口炎 gangrenous stomatiti
cancrum oris

※水癌(すいがん)
 栄養状態のひどく悪いときに化膿菌と腐敗菌との混合感染によって起こる重症の口内炎。歯肉や口角から壊疽(えそ)に陥る。近年はまれ。壊疽性口内炎。ノーマ。

 

2012年11月11日日曜日

竹筎温胆湯(竹茹温胆湯:ちくじょうんたんとう) の 効能・効果 と 副作用


 『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
75 竹筎温胆湯(ちくじょうんたんとう) (寿世保元・万病回春)
    柴胡・茯苓・半夏・麦門冬 各三・〇 陳皮・桔梗・香附子・竹筎 各二・〇
    人参・黄連・枳実・甘草・大棗・生姜 各一・〇
 「傷寒日数過多にして其の熱退かず、夢寝安からず、心驚、恍惚、煩燥して痰多く、暑らざる者を治す。」
  少陽病の変証で、胸膈に鬱熱があって、痰火を生じ、そのため不眠症を発したものを清解させる剤である。諸熱性病で、日数を経て、小柴胡湯の時期を過ぎ、余熱なお胸中に集まり、痰を挟み、心を侵して物に驚き易く、安眠を得ず、咳嗽などがあって、恍惚として時にうわごとの如きを発することがある。痰火のために両頬紅潮することが多く、脈は滑、舌白苔あるも虚状を現わし、竹葉石膏湯よりは少しく実して、柴胡剤の用い難きものによい。
 胸中鬱熱による咳嗽・不眠症・驚悸・心悸亢進症・健忘症・酒客痰持ちの朦朧症に応用される。



漢方後世要方解説』 医道の日本社刊 矢数道明著
p.49和解の剤
方名及び主治 四六 竹茹温胆湯(チクジョウンタントウ) 万病回春 傷寒門

○傷寒日数過多にして其の熱退かず、夢寝安からず、心驚、恍惚、煩燥して丹多く、眠らざるを治す。
処方及び薬能柴胡 茯苓 半夏各三 陳皮香附子 竹茹各二 人参 黄連 枳実 甘草 大棗 生姜各一
 或は加麦門冬三

 半夏、枳実、生姜、陳皮、桔梗=よく痰を袪る。
 竹茹=痰火を清解す。
 黄連=心熱を涼す。
 柴胡=肝胆 の熱を解す。
 人参、茯苓、香附子=脾を補い気を順らす。
解説及び応用○この方は少陽病の変証で、胸膈に鬱熱があり、痰火を生じそのため不眠症を発したのを清解する剤である。
 諸熱病日数を経て小柴胡湯の時期を過ぎ、余熱なお胸中に集まり、痰を挟み、心を侵して物驚き易く、安眠すること能わず、咳嗽、恍惚として時にうわごとの如きを発す。痰火のために両頬紅潮するものが多い。脈は滑、舌白苔あるもそれほど実証でなく、攻撃剤の用い難きものによい。

○応用
 ① 胸中欝熱による咳嗽、② 不眠症、③ 驚悸、④ 酒客痰持の朦朧、健忘、⑤ 心悸亢進症

p.149
17 竹茹温胆湯 (チクジヨウンタントウ) (万病回春 傷寒門)
処方〕 柴胡三・〇 香附子二・〇 人参一・〇 黄連一・〇 甘草一・〇 桔梗二・〇 陳皮二・〇 半夏三・〇 竹茹二・〇 茯苓三・〇 枳実一・〇 大棗一・〇 生姜一・○ (又加麦門冬二・〇)
本方は二陳湯に柴胡 黄連 香附子の解熱剤、桔梗 竹茹 枳実の袪痰剤を加えたものである。

主治〕 竹茹温胆湯の主治として万病回春に、
 「傷寒、日数過多ニシテ其熱退カズ、夢寝寧カラズ、心驚、恍惚、煩燥シテ痰多ク、眠ラザル者ヲ治ス」とある。即ち本方は諸熱性病の経過中、余熱消散せず、胸中に熱欝滞し、痰を生じ、そのために驚き易く、心悸亢進、不眠等を発するものに用いるのである。肺炎、気管支炎等に頻発するものである。
 また、医学入門に、
 「胆虚スルトキハ恐畏シテ猶臥スルコト能ハズ、善ンデ恐レテ敢テセズ、又胆虚スルトキハ眠ラズ。」とある。即ち湿胆湯は胆虚を治すものである。

目標〕 勿誤方函口訣に、
 「此方ハ竹葉石膏湯ヨリハ稍実シテ、胸膈ニ鬱熱アリ、咳嗽不眠ノ者ニ用ユ。雑病ニテモ婦人胸中鬱熱アリテ咳嗽甚シキ者に效アリ。不眠ノミニ拘ルベカラズ。又千金温胆、三因温胆ノ二方ニ比スレバ、其力緊ニシテ、温胆柴胡二湯ノ合方トモ称スベキ者也。且ツ黄芩ヲ伍セズシテ黄連ヲ伍スル者、龔氏格別ノ趣意ナルコト深ク味フベシ。」とある。
 また、蕉窓方意解には、
 「此方千金温胆、三因温胆ハ二方トモ余リ単剤ニテ力薄キユヘ、龔雲林深ク考ヘテ立方セラレタルコトナリ。此症大低三因温胆湯ニ髣髴スレドモ、熱気前ノ温胆ヨリツヨキコトヲヨク心得ベシ。然レドモ熱病日数過多、種々ノ薬剤ヲ用ヒテ病症遷延シタルモノユヘ、外邪ノ残熱モアリ、又肝部ヨリノ熱気モ過半スル様子ニテ、第一日数ヲ経タルユヘ、何トナク元気薄ク、攻撃剤ナドハ用ヒ難キ様子ニアルモノ也。此処ヲヨク診シ覚エテ用ユベシ。
 又按ズルニ竹葉石膏湯ノ症ニ混同スル様ニ見ユレドモ此ハ熱ノ位、彼ニ比スレバ三分ノ一ニテ煩渇身熱ナド大イニ異同アリ、ヨクヨク此レ異同ノ症ヲ熟診シテ分ツベシ。竹葉石膏湯ハ熱気ジツクリトアツクシテ力ツヨク、身熱ナドト云ウ位ノモノニテ、煩渇喘気モコレニ準ジテ、何分蓄滞ノ熱ヨホド深キコトヲ標的ニスベシ。此標的シカト分ルルトキハ決シテ混同スベキ憂ナシ」と述べている。
 また、漢陰臆乗には、
 「熱病後、胃実ノ症略々愈エ、余熱痰を挟ミ、兎角スルト物驚キヲシテ安睡スルコト能ハズ、或ハ甚シキトキハ譫語ヲ発スル者、或ハ咳嗽スル者皆痰火ノ所為ナリ。此方ニ宜シ。此症ハ両頬ノ紅ニナル者多シ、矢張痰火ノ所為ト見ユ。又雑症ノ平生酒徒、又ハ痰持ナドノ一時心ロウシ、夜寝ラレズ、驚気咳嗽、脈滑、舌苔白ク、或ハ中央ニ黄ヲ帯ビタル者、皆痰ヨリクルモノアリ、此方ニ宜シ」とある。
 また、当荘庵家方口解には、l
 「傷寒、汗下ノ後、虚煩不眠譫語スルニ主方ナリ。ヨク寝入ラバ譫語モ止ムナリ。其理ハ傷寒下後実熱大半去リ、気分モ草臥テ実熱ノ中ニ眠ラザルニ、今大半去リタル故寝入ラントスル時、余熱胸中ニ集リテ心ヲオビヤカス、ユヘニ夢寝未ダ安カラズト云フテ、寝グルシク、夢見テ驚キ、醒メテモ夢中ノヤウニテ、寝トボケル顔色有リテ謬語スルナリ」とある。
 また経験筆記には、
 「此方ノ症ハ初発ヨリハナキ症ナリ。トカク小柴胡以後ニアルモノナリ。故ニ日数過多ノ四字ヲ以テ此方ヲ用ユル目的ノ一ツニスルナリ。夢寝寧カラズト云フハ、兎角痰熱ガ胸ニツヨキニヨツテ寝苦シクなりて時々トンダ声ヲ出シテウナリテ苦シガルナリ。故ニ此トキハ舌苔モヨホドアリ、息ナドモ熱キ息ガ出ルナリ。故ニ夢寝不寧ノ症モ此方ヲ用ユル目的トハナルモノゾ。心驚トハ形ニハ驚ク風情ナケレドモ、心ノ内ニハ物ニ驚キヤスク、ビクビクスル気味ヲ云フナリ。恍惚トハウツカリトシテ顔色ガアホウヲ見ル様ニミエルナリ。此恍惚ノウチニ時々トシテウワゴトヲイフ、是ガ此方ヲ用ユルカンジンノ目的ナリ。煩躁トハ煩ハ胸中熱クルシキヲ云フ。躁ハ身ネタリ起キタリシテモミアセルヲ云フ。此方ノ症ニ何故煩躁アルト云フニ、熱ガ胸中ニ集リテ痰ヲムスユヘ、自然ト胸熱シテモチクルシクナルヨリ煩モ躁モ有ルコトナリ。コレヨリ不眠モ恍惚モ心驚モ夢寝不寧モアルコトナリ。故ニ煩躁ノミワケ不案内ナラバ、此方ニツケソコナイアルコトヲ免レザルト知ルベシ。此方ヲ用ユルナラバ竹茹ヲ倍シテ用ユベシ。竹茹はヨク痰熱ヲ去ルモノナレバナリ。是レ大事ノ口伝ナリ」とある。
 これらの諸説は本方運用上の参考となろう。

薬能〕 蕉窓方意解に、
 「柴胡、香附子ニテ肝部ヲユルメ、鬱熱ヲ去リ、黄連、柴胡、香附子ニ力ヲ合セテ鬱熱を清解シ、又黄連ニテ峻(スルド)ニ心胸中ヲ推シ開クユヘ、桔梗 陳皮 半夏 竹茹 茯苓 枳実ノ働キ愈々宜シクナリ、胸中ノ停飲蓄スルコト能ハズ、サレドモ右十味バナリニテハスルドキユヘ、甘草、人参、大棗ヲ加ヘテ心下ヲホドヨクユルムル趣意ナリ。寿世保元ニ麦門冬アリ、余今コレニ従フ」とある。

応用
(一) 諸熱性病―経過中熱が去らず、胸中鬱熱、痰があつて不眠、煩躁するもの。
(二) 不眠症―痰が胸に滞り、驚き易く不眠のもの。
(三) 神経性心悸亢進―胸中鬱塞し、痰が出て不眠、驚き易く心悸亢進するもの。
(四) アルコール中毒者の痰持、酒のみで顔色が赫いもの、常に痰多く、不眠の症などあるものに用いる。




勿誤薬室方函口訣』 浅田宗伯著
竹筎温胆湯
  此の方は竹葉石膏湯より稍や実して、胸膈に鬱熱あり、咳嗽不眠の者に用ゆ。雑病にても婦人胸中鬱熱ありて咳嗽甚だしき者に効あり、不眠のみに拘るべからず。また『千金』温胆、『三因』温胆の二方に比すれば、其の力緊にして、温胆、柴胡、二湯の合方とも称すべき者なり。且つ黄芩を伍せずして黄連を伍する者、龔氏格別の趣意あること深く味ふべし。


 一般用漢方製剤承認基準
竹茹温胆湯
〔成分・分量〕
柴胡3-6、竹茹3、茯苓3、麦門冬3-4、陳皮2-3、枳実1-3、黄連1-4.5、甘草1、半夏3-5、香附子2-2.5、生姜1、桔梗2-3、人参1-2
〔用法・用量〕

〔効能・効果〕
体力中等度のものの次の諸症:
かぜ、インフルエンザ、肺炎などの回復期に熱が長びいたり、また平熱になっても、気分がさっぱりせず、せきやたんが多くて安眠が出来ないもの

医療用漢方製剤の効能・効果
ツムラ竹筎温胆湯エキス顆粒(医療用)
インフルエンザ、風邪、肺炎などの回復期に熱が長びいたり、また平熱になっても、気分がさっぱりせず、せきや痰が多くて安眠が出来ないもの
[参考]
使用目標:比較的体力の低下した人で、感冒などで発熱が長びき、あるいは解熱後、咳が出て痰が多く、不眠を訴える場合に用いる。
 1)精神不安、心悸亢進などを伴う場合
 2)季肋下部に軽度の抵抗・圧痛を認める場合(胸脇苦満)




【副作用等】
甘草が含まれているので、
・偽アルトステロン症[低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等]に留意。
・ミオパシー[脱力感、四肢痙攣・麻痺等]に留意。

人参が含まれているので、
・発疹、発赤、瘙痒に留意。

【併用注意】
甘草が含まれているので、他の甘草含有製剤、グリチルリチン酸類を含有する製剤を併用する際には、過剰投与にならないように、注意が必要。

煩燥は、煩躁の誤字?

2012年11月10日土曜日

苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう)
〔成分・分量〕 茯苓4-6、甘草2-3、桂皮4、五味子2.5-3

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度以下で、手足が冷えて顔が赤くなるものの次の諸症:
のぼせ、動悸、からぜき、のどのふさがり感、耳のふさがり感



漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
11 駆水剤(くすいざい)
駆水剤は、水の偏在による各種の症状(前出、 気血水の項参照)に用いられる。駆水剤には、表の瘀水を去る麻黄剤、消化機能の衰退によって起こ る胃内停水を去る裏証Ⅰ、新陳代謝が衰えたために起こった水の偏在を治す裏証Ⅱなどもあるが、ここでは瘀水の位置が、半表半裏または裏に近いところにある ものについてのべる。
10 苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう)
〔茯苓(ぶくりょう)六、桂枝(けいし)四、五味子(ごみし)三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、苓桂五味甘草湯ともいわれ、苓桂朮甘湯の白朮のかわりに五味子を加えたものである。腎が虚し、瘀水があり、咳嗽(咳をするたびに上気して顔を赤くする)、動悸、息切れ、手足の冷え、麻痺、心下振水音などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、苓桂味甘湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、肺炎、気管支喘息、肺結核その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、子宮出血、陰部湿疹など。



金匱要略解説(39)』三潴忠道
苓桂五味甘草湯
 ここから気の上衝について論が移ります。
 「青竜湯下し已って、多唾し、口燥き、寸脈沈、尺脈微、手足厥逆し、気小腹より胸咽に上衝し、手足痺れ、その面翕熱して、酔える状のごとく、よってまた陰股に下流して、小便難く、時にまた冒するものは茯苓桂枝五味甘草湯を与えて、その気衝を治せ」。
 この「気小腹より胸咽に上衝し」のところは、「気小腹より上り、胸咽を衝き」とも読めます。どちらでもよいと思いますが、返り点のつけ方と送り仮名に矛盾がみられます。
 ここの文章は、この前の「小青竜湯これを主る」の続きですから、青竜湯とは小青竜湯のことでしょう。小青竜湯を飲み終って、小青竜湯の証は去ったのですが、今度は唾がたくさん出て、口が乾燥してきた。脈をみると、寸脈は沈で、尺脈は微である。ここで寸脈とは寸口の脈で、表裏の表における病変をみていると考えます。尺は尺中の脈で、裏の病変を判断します。小青竜湯は元来が表症に適応となり、また麻黄(マオウ)が配剤されて実証に用いるわけですから、この脈からは、小青竜湯証はすでに消失しています。
 そして手足が冷え、気が下腹部から胸や喉に衝き上げてくる、この気の上衝が動悸として下から衝き上げるように感じられれば、これは典型的な奔豚という病態です。ここでは動悸があるのかどうかはっきりしませんが、どちらでもよいと思います。そして手足がしびれ、顔が酒にでも酔ったようにパーッと赤くなる。ここに「翕熱して」とありますが、この熱は然の誤りで、正しくは「翕然」かと思われます。翕とは鳥が飛び立つ時の羽の形で、多くのものが一斉に起こるとか、集まるといった意味です。翕然とは『大漢和辞典』によれば、来り集まるさまとなっています。顔面に気がさあっと上衝して行く様子を形容しているのだと思います。
 その衝き上げた気がまた下の方へ流れて行き、小便の出が悪くなり、時々頭に何か被っているようにぼうっとする。このような時には、茯苓桂枝五味甘草湯を与えて、気が上衝してくるのを治しなさいということです。
 次にこの処方内容と、煎じ方、飲み方が出てきますが、今度は「桂苓五味甘草湯(ケイリョウゴミカンゾウトウ)の方」と方剤名が変わっています。さらに平常私どもは、苓桂五味甘草湯(リョウケイゴミカンゾウトウ)、あるいは苓桂味甘湯(リョウケイミカントウ)と略して呼んでいますし、同一の方剤がいくつかの方剤名で呼ばれているわけで、注意が必要です。
 「桂苓五味甘草湯の方。
 茯苓(四両)、桂枝(四両、皮を去る)、甘草(三両)、五味子(半升)。
 右四味、水八升をもって、煮て三升を取り、滓を去り、三つに分かちて温服す」。
 ここで甘草は、恐らく炙甘草、つまり火で炙った甘草を用いるべきものだと思います。
 本方は、顔が真っ赤になる反面、手足が冷える人、一種の自律神経発作である奔豚気病などで使用され、各種の呼吸器疾患、滲出性中耳炎、排尿異常、高血圧などに応用されています。



和訓 類聚方広義 重校薬徴』 吉益東洞原著 尾台榕堂校註 西山英雄訓訳
四〇、苓桂五味甘草湯 126 127 129
 心下悸し、上衝し、咳して急迫する者を治す。
 茯苓桂枝各四両(八分) 甘草三両(六分) 五味子半斤(一銭)
右四味、水八升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、分け温めて三服す。
(一水合六勺を以て、煮て六勺を取る。)
 ○欬逆倚息し、臥すること得ざるは、小青竜湯128之を主る。青竜湯下し已って、多唾口燥し、「寸脈沈、尺脈微にして、」手足厥逆し、気小腹従り胸咽に上衝し、手足痺し、其の面翕然として酔状の如く、因て復た陰股に下流し、小便難く、時に復た冒する者は、茯苓桂枝五味甘草湯を与え、其の気衝を治せ。

126、以上の五方は其の症を論じ薬を用うるに、其の言、純粋にあらず、然して痰飲咳嗽喘急等の症に選用して皆効あり、宜しく症に随い南呂丸、陥胸丸、十棗湯、白散、紫円等を兼用すべし。

127、此の方は苓桂朮甘湯と僅かに一味易(かわ)るのみ、故に其の症も亦略ぼ相似る。学者宜しく其の方意、方用を意会し(心して、えとくせよ)以て之を施すべし。

128、小青竜湯は、内飲、外邪感動して触発し、咳喘を作す者を治す。

129、以下の五方は、発熱、悪風、頭痛、乾嘔の外候なく、 伹だ内飲により、咳嗽、嘔逆、欝冒、浮腫等を発する者を主治す。若し咳家にして稠涎膠痰、血絲、腐臭、蒸熱、口燥等の症ある者は五方の得て治する所に非らざるなり。


類聚方広義解説(14)』 寺師 睦宗
 次に苓桂五味甘草湯(リョウケイゴミカンゾウトウ)について述べます。まず、条文を読んでみましょう。『方極』には「上衝し、咳して急迫せる者を治す」とあります。みぞおちの下に動悸があってのぼせ、咳が非常に出て急迫するものを治すということです。
 煎じ方は前と同じですが、「茯苓、桂枝、甘草、五味子の四味を、水八升をもって煮て三升を取り、滓を去って、分かち温めて三服す」とあります。
 本文は「欬逆倚息(がいぎゃくきそく)、臥すを得ず。小青竜湯(ショウセイリュウトウ)之を主る。青竜湯下し已り、多唾口燥、寸脈沈、尺脈微、手足厥逆して、気、小腹より胸咽に上衝し、手足痺し、その面翕然(きゅうぜん)として酔状のごとく、よってまた陰股に下流し、小便難く、時にまた冒する者は、茯苓桂枝五味甘草湯を与え、その気衝を治す」とあります。この条文は『金匱要略』の痰飲欬嗽篇に記載されております。
 条文を説明しますと、咳こんで呼吸が苦しく、ものに倚りかかって息をし、横臥できないものは小青竜湯で治しなさい。小青竜湯を服用したらたくさんの唾が出てきて、口がはしゃぎ、寸口の脈は沈で、尺中の脈は微である。手足は冷えて、下腹から胸、喉に向かって気がつきあがって手足がしびれ、顔は酔っぱらったように赤くなる。また気が陰茎部に向かって下ると小便が出にくくなる。その上にまた頭冒(ずぼう)するようなものは、苓桂五味甘草湯を与えると、その気の上衝を治すことができるということです。
 これをもう少し整理して解説してみます。小青竜湯を服用したら表を発した(体表の発熱、頭痛悪寒を除いた)ので表の抵抗力が衰えて虚してきたためき、下腹から気が上衝してきたわけです。表が虚した症状として、寸口の脈が沈となり、尺中の脈が微となって、手足が冷えて痺れるということです。
 気の上衝の症状として、下腹から胸や喉に向かって気がつきあげてきて、顔がぽっと酒で酔ったように赤くなり、口がはしゃく。またその気が陰茎部に下ると小便が出にくくなる。たくさん唾が出るということは、まだ水毒が残っているために起こる症状であるということです。このように気が上衝したり下降したりす識場合は、苓桂五味甘草湯を与えて気を治しなさい、という意味であります。
 本方の運用は、神経症、ノイローゼ、更年期障害、血の道症、ヒステリー、めまい、中耳炎、内耳炎、メニエール症候群、半身不随、のぼせ症、歯の痛み、皮膚炎、蕁麻疹などに用います。
 次の本方の治験例を述べましょう。浸出液の多い中耳炎の例です。23才の婦人で、昨日より右の耳が塞がって痛むといって来院しました。脈は沈微でほとんどわかりません。上衝(のぼせ)はいかと尋ねたら、数日前から食事をしたり、人と話をすると時々顔がほてってのぼせるといいます。同時に頭に何かかぶっている(冒がある)感じがし、その時は足が非常に冷たいといいます。
 患者は中耳炎を心配しています。そこでこれに苓桂五味甘草湯を与えましたところ、たった一日で耳の遠いのも、塞がったのも、のぼせるのも、足の冷えるのもよくなったというものです。これは大塚敬節先生の症例です。
 次は灼熱熱と痒みのある皮膚炎の症例です。26才の男性で、数日前から顔一面にかぶれができて、灼熱感と瘙痒があり、その部分は赤味を帯び、その上に粟粒状の発疹ができて、ところどころに水泡があります。近く結婚式をあげることになっているのに、こんなお化けのような顔では式場に出られないとあせっています。
 以上の症状から、苓桂五味甘草湯の証ではないかと考えて、次のようなことを聞きました。「足が冷えて頭に何かかぶったような感じはありませんか」「その通りです」「小便は遠くありませんか」「それは気づきません」ということです。脈は沈微であろうと考えながら見てみますと、浮、小でした。
 そこでどうしようかと迷いましたが、ほかによい思案もないので、苓桂五味甘草湯を与えました。ところが患者が三日目に来院した時は、顔面の赤味はうすれ、痒みもだいぶとれていました。七日分飲んで非常によくなって、めでたく結婚式を挙げることができました。
 苓桂五味甘草湯の脈は「寸口の脈は沈、尺中の脈は微」と書いてありますが、この症例は浮、小であったが効いたということは、必ずしも脈にとらわれる必要はないのだということを経験したというもので、これも大塚敬節先生の治験例です。
 次は歯槽膿漏の例です。21才の男子で、歯医者に行ったら、全部歯を抜いて入歯にするようにすすめられたという。診察してみると、前に胃潰瘍にかかって漢方を飲んだことがあるといいます。今度の症状は、足が冷えてのぼせ、頭に何かかぶった、いわゆる頭冒の感じがあり、胃の具合はよくないということです。
 そこで歯の痛みや、歯齦炎によく用い現れる苓桂五味甘草湯を用いたところ、経過もよくなり、抜歯せずにすんだということです。これは諏訪重雄先生の治験例です。
 苓桂五味甘草湯の鑑別診断を申し上げます。先ほど申しましたように、大塚先生は中耳炎を治されたのですが、中耳炎から来る難聴にも用います。これには葛根湯を用いることもあります。葛根湯の場合は、脈は沈微で、足が冷えるとか、のぼせて酒に酔ったようだというようなことや、小便が少ないということはありません。ここが葛根湯との違いであります。
 もう一つは蘇子降気湯(ソシコウキトウ)で、これも足が冷えてのぼせ、脈は沈で耳鳴りを訴えるものに用いますが、降気湯の場合は、中耳炎に用いることはなく、喘息に用います。
 また麦門冬湯(バクモンドウトウ)は、咳をするたびに上気して顔が赤くなるものに用いますが、苓桂五味甘草湯は、足が冷えて脈が沈んで触れるという点が、麦門冬湯とは違うわけです。


※慢性気管支炎 肺気腫 浸出性中耳炎 浮腫 などに応用。

2012年11月9日金曜日

苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう) の 効能・効果 と 副作用


一般用漢方製剤承認基準

苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)
〔成分・分量〕 茯苓1.6-4、甘草1.2-3、半夏2.4-5、乾姜1.2-3(生姜2でも可)、杏仁2.4-4、五味子1.5-3、細辛1.2-3

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度又はやや虚弱で、胃腸が弱り、冷え症で薄い水様のたんが多いものの次の諸症:
気管支炎、気管支ぜんそく、動悸、息切れ、むくみ


金匱要略解説(39)』 三潴忠道
苓甘姜味辛夏仁湯
 「水去り嘔止みて、その人、形腫るるものは、杏仁(キョウニン)を加えてこれを主る。その証まさに麻黄(まおう)を内るべきも、その人遂に痺するをもっての故にこれを内れず。もし逆してこれを内るるものは、必ず厥す。しかる所以のものは、その人血虚して、麻黄その陽を発するをもっての故なり。
 茯苓甘草五味姜辛湯(ブクリョウカンゾウゴミキョウシントウ)の方。
 茯苓(四両)、甘草(三両)、五味(半升)、乾姜(三両)、細辛(三両)、半夏(半升)、杏仁(半升、皮尖を去る)。
 右七味、水一斗をもって、煮て三升を取り、滓を去り、半升を温服す。日に三たび」。
 ここで茯苓甘草五味姜辛湯という処方名は、明らかに間違いだと思います。構成生薬を並べて方剤名としているのが、この前後の一連の方剤の命名のしかたですから、これでは半夏と杏仁を含む、この処方名としては不十分だと思うのです。133頁の苓甘五味姜辛湯との違いが明らかではありません。ここでは他の本を参考に、苓甘五味姜辛半夏杏仁湯(リョウカンゴミキョウシンハンゲキョウニントウ)としておきます。現在一般的には、ここに出ている構成生薬の一字ずつを取り、苓甘姜味辛夏仁湯と呼んで頻用されています。
 半夏の入った茯苓五味甘草去桂加姜辛夏湯(ブクリョウゴミカンゾウキョケイカキョウシンゲトウ)、すなわち苓甘姜味辛夏湯を飲んで、心下の水毒が去り、吐き気が止まり、半夏を入れた効果はあったわけです。しかし今度は水毒が身体の外表に出て、浮腫が出現したわけです。この時はさらに杏仁を加える、すなわち苓甘姜味辛夏仁湯で治しなさいということです。
 杏仁には、利水作用の一つとして、咳だけではなく浮腫を治す力があることがわかります。
 ところで本当は浮腫を取るためには麻黄を入れるべきなのに、痺するが故に麻黄は入れないで杏仁にする。もし逆らって麻黄を入れると手足が冷たく冷える。なぜかというと、患者は血虚で弱っているのに麻黄は発汗させて陽を発する、すなわち瀉法の薬剤だからののです。麻黄で攻めてはいけないので、杏仁を使うというのです。
 いま仮に杏心を入れずに麻黄を入れますと、これは先ほど出てきた小青竜湯と似た構成になってきます。小青竜湯の青竜とは麻黄のことを指すわけで、これは主として陽の病態、陽証の比較的実証に用いる方剤です。これに対して、苓甘姜味辛夏仁湯は陰の病態、陰証に用いられ、しばしば小青竜湯の裏の方剤なとといわれています。
 最近経験した二七歳くらいの慢性鼻炎の患者で当初は小青竜湯かと思っていたのですが、もう一つピンとこないので、脈をみると緊張感がなく幅も広いのです。小青竜湯証では脈は細くて緊張がよいのが普通です。そこで苓甘姜味辛夏仁湯にしたところ症状が好転しました。
 なおこの小青竜湯と苓甘姜味辛夏仁湯との鑑別に、私は常に麻黄附子辛細湯を加えます。麻黄附子細辛湯は麻黄剤ですから、脈に一筋の緊張がありますが、附子を含みますから陰証で脈の力は弱く、冷え症状も明らかです。しかし水毒はもちろんあるわけですから、苓甘姜味辛夏仁湯とは違った意味で、小青竜湯 の裏の漢方と考えられないでしょうか。私はこの小青竜湯、苓甘姜味辛夏仁湯、麻黄附子細辛湯の三つを一連の方剤として、かぜなどで使い分けています。



 『勿誤薬室方函口訣』 浅田 宗伯著
苓甘姜味辛夏仁湯
  此の方は小青竜湯の「心下有水気」と云ふ処より変方したる者にて、支飲の咳嗽に用ゆ。若し胃熱ありて上逆する者は後方を用ゆべし。

勿誤薬室方函口訣解説(123)』 岩下明弘
苓甘姜味辛夏仁湯
 次は苓甘姜味辛夏仁湯(リョウカンキョウミシンゲニントウ)です。これは『金匱要略』の処方で、痰飲咳嗽篇に「水去り嘔止みて、其の人、形腫るる者は杏仁(きょうにん)を加えて之を主る。その証応に麻黄(マオウ)を内るべきに、其の人達に痺するを以ての故に之を内れず。若し逆して之を内るる者は、必ず厥す。然る所以の者は、その人血虚し、麻黄其の陽を発するを以ての故なり」となっております。
 これは「咳と胸が脹り、かつ何か頭にかぶっているようなのは支飲があるからである。この支飲は苓甘姜味辛夏仁湯でその水を去りなさい」の条文の次に来るもので、「形腫るる」とは表皮の水腫で、このような時には、普通麻黄加朮湯(マオウカジュツトウ)とか小青竜湯(ショウセイリュウトウ)の麻黄剤で表水を追うのですが、体が弱く貧血の強い人は、体がかえってしびれたり痛んで、手足が冷えるので、苓甘姜味辛夏仁湯を使えというのであります。この方は小青竜湯、苓桂味甘湯(リョウケイミカントウ)、苓甘五味姜辛湯(リョウカンゴミキョウシントウ)、苓甘姜味辛夏湯、苓甘姜味辛夏仁黄湯(りょうかんきょうみしんげにんおうとう)等と一連の類方であります。とくに苓甘姜味辛夏仁湯は小青竜湯の裏の処方として有名であります。
 処方の構成は茯苓(ブクリョウ)、甘草(カンゾウ)、五味子(ゴミシ)、乾姜(カンキョウ)、細辛(サイシン)、半夏(ハンゲ)、杏仁(キョウニン)で、小青竜湯より麻黄(マオウ)、桂枝(ケイシ)、芍薬(シャクヤク)を去り、水をさばく茯苓、杏仁を加えたものです。二方とも心下部に寒性の停水があり、これが溢れ出し、上衝して諸症を起こしたもので、細辛、乾姜の熱薬で心下の水を去り、五味子、半夏で上衝する気を下すのでありますが、異なるのは、小青竜湯は表が解せず、発熱、咳嗽、喘鳴、浮腫があるため、麻黄、桂枝で表証を去るのに対し、苓甘姜味辛夏仁湯は表虚で浮腫があるので、杏仁で表水をさばくのであります。雑病では胃腸が弱く、麻黄が使えない患者の浮腫に用いるのであります。
 目標・・喘鳴、咳嗽、息切れなどがあり、浮腫を伴うもので、冷え症で貧血性の人に用います。脈は沈んで弱く、腹部は軟弱で、心下部に振水音を聞くものが多いのであります。
 応用・・気管支炎、気管支喘息、肺気腫、気管支拡張症、アレルギー性鼻炎、腎炎、ネフローゼ、心臓喘息、百日咳などに用います。
 鑑別・・小青竜湯は今まで述べた通りであります。茯苓杏仁甘草湯(ブクリョウキョウニンカンゾウトウ)は主に心臓喘息に用います。
 症例・・私の症例で二十三歳の女性で会社員です。主訴は鼻閉と水鼻で、約一年前から苦しんでおりました。体は細く顔色は悪く、脈は沈細で、腹証では軟弱で胃部振水音が著明で、とても麻黄剤を使えそうにありませんので、小青竜湯の裏の本方を使ったところ、二週間で楽になりました。

薏苡附子敗醤散(よくいぶしはいしょうさん) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
薏苡附子敗醤散(よくいぶしはいしょうさん)
〔成分・分量〕 薏苡仁1-16、加工ブシ0.2-2、敗醤0.5-8

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力虚弱なものの次の諸症:
熱を伴わない下腹部の痛み、湿疹・皮膚炎、肌あれ、いぼ



漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
薏苡附子敗醤散(よくいぶしはいしょうさん)
薏苡仁一○・ 敗醤三・ 附子○・五~一・
本方は虫垂炎に応用される。虫垂炎は大黄牡丹皮湯の適する場合が多いが、腹壁弛緩軟弱・脈弱数・顔面蒼白を帯び、元気疲憊の者には大黄牡丹皮湯は禁忌で本方が適当する。本方が適当すれば疼痛は減じ、尿量は増加し腫瘤の吸収は速やかに、諸症軽快する。
本方の薬品中、薏苡仁は諸膿瘍に用いて膿の吸収・排泄を促す効がある。敗醤も同様に膿瘍の解消に有効である。
附子はすべて元気の沈衰した場合に用いて、元気を盛んにし、諸臓器の沈衰した機能をを発揚させる効がある。故に諸疾患に於て元気の疲憊せる場合には欠くべからざる薬物である。
本方は虫垂炎のみならず、肺膿瘍で元気衰憊の者にも応用してよろしい。また白帯下に用いてよろしい場合もある。
本方は脈弱で熱の激しくない、元気沈衰の場合に用いるべきであって、もし誤ってこれを脈緊にして熱勢が激しく、元気未だ衰えず、苦痛の甚しい場合に用いると却って病勢を一層悪化し、苦痛を更に増加させるから注意しなければならない。



『漢方精撰百八方』
76.薏苡附子敗醤散(よくいぶしはいしょうさん)

〔出典〕金匱要略

〔処方〕薏苡仁16.0 敗醤8.0 附子0.5~1.0

〔目標〕
 自覚的  皮膚がかさついて、冬などは粉のように落屑する。或いは皮膚が薄くなってピカピカひかり、油気がない。ときに腹痛がある。
 他覚的   脈:沈又は沈数  舌:湿潤して苔なきか又は微白苔  腹:腹力は軟で、時に両腹直筋が緊張する。回盲部に圧痛を認めることが多い。

〔かんどころ〕
 皮膚がかさつき、腹皮はすじばり、回盲の部をおしたらいたむ。

〔応用〕
  1.虫垂炎で、熱なく、虚証に属するもの。
  2.進行性手掌角化症。
  3.みずむし。
  4.子宮内膜炎等で、白帯下が甚だしく、脈沈のもの。
  5.肺膿瘍で元気の衰えているもの。
  6.慢性湿疹で、皮膚枯燥の傾向のあるもの。

〔治験〕
  53才の婦人。でっぷり太った、色白の大柄な体格。数ヶ月前から右下腹痛があり、慢性虫垂炎だから手術するように、と医師から再三すすめられている。  脈は沈細。舌は乾湿中等度の微白苔。腹は膨満しているが、腹力はなく、軟弱でブヨブヨした感じ。マックバーネの圧点附近に軽度の圧痛がある。
  本方を続服することと約2ヶ月。その後再発をみない。

  9才の女児。数年前から身体の諸処に湿疹が出来て、諸医を歴訪するが治らない。越婢加朮湯消風散等を与えて応ぜず。本方を服用するに至って、はじめて根治の域に達するこたが出来た。
藤平 健



金匱要略解説(54)』 藤平 健
薏苡附子敗醤酸
 「腸癰の病たる、その身甲錯し、腹皮急にしてこれを按ぜば、濡(なん)にして腫るる状のごとく、腹に積聚無く、身に熱無く、脈数、これを腹内に癰膿有りとなす。薏苡附子敗醤敗(ヨクイブシハイショウサン)これを主る」。
 おなかの中の腫れもので病んでいる時に、その体が甲錯というのは皮膚がざらざらして荒れていることです。そして腹皮急とは、腹直筋が筋ばっていることで、体全体というよりも、おなかの腹直筋の部分が筋ばっているということでしょう。これを探ってみると、軟らかくしかも腫れているようで、腹の中には積聚(腫れもの)はないし、身には熱もないし、脈は数で速くなっている。これはおなかの中に腫瘍ができている証拠であるから、薏苡附子敗醤散の行くところであるということです。
 「薏苡附子敗醤散の方。
 薏苡仁(十分)、附子(二分)、敗醤(五分)。
 右三味、杵きて末となし、方寸匕を取りて、水二升をもって煎じて半ばを減らし、頓服す(小便まさに下るべし)」。
 敗醤というのは、昔は郊外に出ると黄色い花をつけて咲いていたオミナエシ(黄花敗醤)や、白い花をつけるオトコエシという花です。今は花屋さんにはありますが、野生のものはほとんど見当たらなくなりました。敗醤というのはこの草の根ですが、醤油を絞る前の状態のもろみのくさったのに似た匂いがするところから、この名前がついています。
 かつて私が山でオミナエシを取ってきて床の間に生けておいたところ、数日後、部屋を通ると、その花が傷みかかって変な匂いを出していました。それであらためて敗醤の名の所以を思い出しましたが、なかなか今は簡単に手に入らなくなりました。
 この薏苡附子敗醤散は非常に大事な薬方で、陰証の虚証の腸内の腫瘍、すなわちいわゆる盲腸炎(虫様突起炎)に大変よく効きます。しかしそればかりでなく、下肢にできた腫れものなどにも、陰証で虚証の場合にはよく効きます。また手のひらの先からだんだんにささくれてきてひびが入り、割れて痛いという進行性角皮症などにも、陰証で虚証の場合ですとしばしば効くことがあります。このほかいろいろな陰証で虚証の皮膚病、たとえばアトピー性皮膚炎などでも陰証で虚証の場合にはよい場合がありますし、広く使われる薬方です。

2012年11月8日木曜日

木防已湯(もくぼういとう) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
28.木防已湯(もくぼういとう)
〔成分・分量〕 防已2.4-6、石膏6-12、桂皮1.6-6、人参2-4(竹節人参4でも可)

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度以上で、みぞおちがつかえ、血色すぐれないものの次の諸症:
動悸、息切れ、気管支ぜんそく、むく


医療用漢方製剤の効能
【三和】
 心臓下部がつかえて喘息を伴う呼吸困難があって浮腫、尿量減少、口渇などの傾向あるものの次の諸症。 心臓弁膜症、心臓性喘息、慢性腎炎、ネフローゼ。
【ツムラ】
  顔色がさえず、咳をともなう呼吸困難があり、心臓下部に緊張圧重感があるものの心臓、あるいは、腎臓にもとづく疾患、浮腫、心臓性喘息。
【コタロー】小太郎
  みぞおちがつかえて喘鳴を伴う呼吸困難があり、あるいは浮腫があって尿量減少し、口内または咽喉がかわくもの。
  心内膜炎、心臓弁膜症、心臓性喘息、慢性腎炎、ネフローゼ。


製品名 規格 単位 薬価 製造会社 販売会社
三和木防已湯エキス細粒 1g 24.7 三和生薬 三和生薬
ツムラ木防已湯エキス顆粒(医療用) 1g 14.1 ツムラ ツムラ
コタロー木防已湯エキス細粒 1g 15 小太郎漢方製薬 小太郎漢方製薬


漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
木防已湯(もくぼういとう)
木防已四・ 石膏一○・ 桂枝 人参各三・ 
本方は心下部痞えて堅く、顔面蒼黒・喘咳・呼吸促迫のあるものを目標とする。激しい時は横臥することが出来ず、浮腫を現わすこともあり、尿利減少の症状がある。脈は多くは沈緊で、屡々口渇を訴える。
本方は木防已・石膏・桂枝・人参の四味からなり、木防已・桂枝と伍して浮腫を去り尿利を増し、石膏・人参と伍して、煩躁・口渇・心下痞堅を治する効がある。
主として心臓もしくは腎臓の疾患で、以上の如き症状を呈する場合に用い、時として脚気に用いることもある。ただし、脈微弱・或は脈の結代するもの及び身体が甚しく衰弱したものには用いてはならない。
もし本方を用いて一旦軽快した後に、再び症状が悪化した時は、本方の石膏を去り茯苓・芒硝を加えて、木防已去石膏加茯苓芒硝湯として用いる。
【木防已湯去石膏加茯苓芒硝湯】(もくぼういとうきょせっこうかぶくりょうぼうしょうとう)
木防已湯から石膏を去り茯苓四・芒硝五・を加える。
本方に桑白皮・蘇子・生姜を加えて増損木防已湯と名づける。
【増損木防已湯】(ぞうそんもくぼういとう)
木防已湯に蘇子五・ 桑白皮 生姜各三・を加える。


『漢方精撰百八方』
17[方名] 木防已湯(もくぼういとう)

[出典] 金匱要略

[処方] 木防已4.0 石膏10.0 桂枝4.0 人参3.0

[目標]
 膈問支飲であるから心下部が張ってぜいぜいする、他覚的には胸骨下で上腹部を圧すると痞(つかえる)堅(かたい)していて、面色黧黒(れいこく)黒ずんでいて、脈は沈んで緊張しているような体質(証)のもので、病症そのものは慢性または亜急性のものに適する。要するに本方は水毒を駆うもので、皮下水腫及び組織間浮腫を治するものである。

[かんどころ]
 身体殊に下半身に浮腫のあるもので、上腹部に抵抗を蝕れるものに用いる。

[応用]
 下肢浮腫。この木防已湯が下肢の浮腫にきくことは不思議なほどである。西洋医学では下肢の浮腫を診た場合、まず何病によるかを診断することが絶対必要である。脚気か、静脈塞栓か、骨盤部の癌か、婦人科的疾患か、象皮病か、兎に角その診断をつけるだけでも容易のわざではない。ところが漢方ではまず本方をやって治療する。原因的研究はその後でもよいわけである。

  六十才男。原因不明の下腿浮腫がある。本方投与。一週間後診察した時には全然浮腫はとれていた。
  腎炎ネフローゼ。五十才女。腎炎ネフローゼで蛋白尿はほとんどとれたが、下肢に浮腫があり、歩行にも不自由である。本方を与えたところ十日間で浮腫がとれ、足が軽くなった。      冷え症。むくみはないが、腰がら下が冷えるものに本方をやったら冷えがとれた。やはり水毒のせいで冷えていたらしい。
  坐骨神経痛。五十才女。坐骨神経痛で寝たきりでいた。本方を与えたところ、十日目頃には神経痛はなおって外来に来られるようになり、家事に差支なくなった。
 足の捻挫で歩行の不自由なものに本方を与えたところ、腫れがひいて痛みも取れた。
 高血圧症で下肢の浮腫を伴うものには通常八味丸が適するものであるが、本方で下肢の浮腫を除いてやると、高血圧症も同時に治るものがある。
  痛風。六十オ男。会社々長。両足関節痛風で各大学病院で治療を受けたが無効なばかりでなく却って悪化する。歩行も出来ないものに本方をやったところ、一時は痛みがひどくなって文句を言われたが、一ヵ月分で全治に近い効果を得た。

   [類方] 防已黄耆湯、防已茯苓湯
  相見三郎

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
77.木防已湯(もくぼういとう) 金匱要略

木防已4.0 石膏10.0 桂枝3.0 人参3.0


(金匱要略)
膈間支飲,其人喘満,心下痞堅,面色
膈間支飲、其の人喘満。心下痞堅。面色黧黒,其脈沈緊,得之数十日,医吐下之不愈、木防已湯憤主之。
虚者則愈,実者三日復発,復与不愈者,宜木防已湯去石膏加茯苓芒消湯主之。

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 みぞおちがつかえて喘鳴を伴なう呼吸困難があり,あるいは浮腫があって尿量減少し,口内または咽喉がかわくもの。
 本方は心不全による呼吸困難が著しい時によく用いられる。衰弱が甚しい患者には本方よりも柴胡桂枝干姜湯などを考慮すべきである。本方を服用後却って浮腫を増す場合は五苓散,柴胡桂枝干姜湯合方を,また食欲不振あるいは衰弱を来す場合は柴胡桂枝湯あるいは柴胡桂枝干姜湯を投与すればよい。



漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 本方を心臓疾患に応用する場合は,心不全(心臓衰弱)が対象になることが多い。心臓疾患は体質素因やあるいはその病名によって,高度の専門知識と熟練が要求される。同様に不心全も急性循環不全,心臓不全,などに分類されており,血管運動マヒや心筋の変性あるいは心臓弁膜の病的変化の程度による判別が困難で,店頭における視診や問診では,本方の応用はむずかしいが,いわゆる心不全症であって激しい衰弱の徴候が認められない者の,呼吸困難(安静時または運動時)起坐呼吸,心臓性喘息の発作と,胸内苦悶感,心悸亢進,口渇,夜尿などの自覚的症候群を目安に,応用する処方である。したがって心臓衰弱に伴う慢性腎炎,ネフローゼに応用されるが著しい全身的衰弱症や心臓衰弱には用いない。
類証の鑑別
 炙甘草湯, 本方症状に似て心臓症状があって,さらに発作時泡沫様の血痰や不整脈を認めるものを対象にするる。具体的には心臓衰弱時に現われる熱感,のぼせ,セキ,貧血などの症候が目安になる。
 柴胡桂枝干姜湯, 本方症状や炙甘草湯に似て,微熱や熱感,心悸亢進,胸内苦悶などの症状を呈するが,さらに衰弱が激しく,食欲不振,衰弱に伴う消化不良性下痢,軟便,動悸,盗汗,口唇部の乾きなどある点で区別すればよい。通常心臓機能が著しく不全をきたすときに肝肥大やこれに伴う腹水などを認める場合のRinger液やブドー糖,ビタカンフルなどが対象となるものに,柴胡桂枝干姜湯合五苓散で奇効を得ることが少なくない。
 苓甘姜味辛夏仁湯, 貧血,呼吸困難,喘鳴,尿量減少や浮腫などの点で,本方証に類似するが本方適応症状には認められない身体冷感などが著明なことで区別される。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
 呼吸促迫して咳も出る。息ぐるしくて横臥できず,浮腫があるものに用いる。胸はつまって苦しく,少しからだを動かすと息切れしてつらくなり,喘咳があり,心下部が痞えて硬く,顔色は貧血性でうす黒く,脈は沈緊である。腹部は上腹部全体が固く板を張ったようになる。のどがかわき,尿利が減少し,夜ねると尿意がおこる。
○本方は脈が弱く,全身がひどく虚しているものには用いられない。


漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○この方は心下痞堅といって,上腹部が板のように堅く浮腫と喘鳴があって脈が沈緊であるものを目標として用いるのである。ここに一つの口訣がある。それは皮膚が枯燥して潤がなく,唇や舌なども乾くというのを目あてにする。虚の中に実を挟むものを,この方の証とする。木防已湯証では,息苦しくて横臥することができず,上半身を高くして坐っていると楽である。食欲はあるが,食べると腹がはって苦しいから食べるのをひかえているというものがある。この方は心臓弁膜症で代償機能の障害があって尿の不利と浮腫のあるものに用いる。

漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は心下部痞えて堅く,顔面蒼黒,喘咳,呼吸促迫のあるものを目標とする。激しい時は横臥することが出来ず,浮腫を現わすこともあり,尿利減少の症状がある。脈は多くは沈緊で,屡々口渇を訴える。本方は木防已,石膏,桂枝,人参の四味からなり,木防已,桂枝と伍して浮腫を去り尿利を増し,石膏,人参と伍して,煩躁,口渇,心下痞堅を治する効がある。主として心臓もしくは腎臓の疾患で,以上の如き症状を呈する場合に用い,時として脚気に用いることもある。ただし,脈微弱,或は脈の結代するもの及び身体が甚しく衰弱したものには用いてはならない。もし本方を用いて一旦軽快した後に,再び症状が悪化した時は,本方の石膏を去り茯苓,芒硝を加えて,木防已去石膏加茯苓芒硝湯として用いる。本方に桑白皮,蘇子,生姜を加えて増損木防已湯と名づける。

漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 運用 喘,浮腫
 「膈間の支飲,其人喘満,心下痞堅し,面色黧黒其脉沈緊,之を得て数十日,医之を吐下して愈ざるは木防已湯之を主る。虚するものは即ち愈ゆ。実するものは三日に復た発す。復た与えて愈ざるものは宜しく木防已去石膏加茯苓芒硝湯之を主るべし」(金匱要略痰飲)によって使うが,この内臨床的には喘満,心下痞堅,顔色がドス黒い,脉沈緊を目標にする。これが全部揃えば間違いはないがたとえ揃わなくても2,3の主要症状があれば使うことができる。心臓又は腎臓疾患で心臓不全を伴い心臓喘息を起したときに使うことが一番多い。その場合は肺水腫,鬱血肝を併発しているために喘も増悪されるのが普通である。気管支喘息に使った経験は私にはない。肝臓疾患や肺疾患で指示症状が現われたときも本方を使用する機会があるだろう。(後略)

漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 心下部が痞えて堅く(心臓弁膜症に起こる鬱血肝を意味する場合が多い)顔面は蒼黒く,喘息,動悸,呼吸促迫,腹満があるのを目標とする。また激しいときは横臥不能となり,踞座姿勢をとり,浮腫や尿利減少の症状が現われる。脈は多くは沈緊で,しばしば口渇を訴える。脈が浮弱で結滞するもの,身体が甚だしく衰弱したものには用いられない。心下部がそれほど堅くなくとも胸苦しいというものに用いてよいこともある。

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此の方は膈間支飲ありて欬逆倚息,短気臥することを得ず。其形腫るるが如きものを治す。膈間の水気石膏に非れば墜下すること能はず。越婢加半夏湯,厚朴麻黄湯,小青竜加石膏の石膏皆同義なり,其の中桂枝人参を以て,胃中の陽気を助けて,心下の痞堅をゆるめ,木防已にて水道を利する策妙と云ふべし。

2012年11月7日水曜日

奔豚湯(肘後方)(ほんとんとう・ちゅうごほう) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
 奔豚湯(肘後方)(ほんとんとう・ちゅうごほう)
〔成分・分量〕 甘草2、人参2、桂皮4、呉茱萸2、生姜1、半夏4
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力中等度以下で、下腹部から動悸が胸やのどに突き上げる感じがするものの次の諸症:
発作性の動悸、不安神経症


 『勿誤薬室方函口訣』 浅田 宗伯著
 奔豚湯(肘後)
  此の方は前湯の熱候なき処へ用ゆ。且つ虚候あり。方中の呉茱萸、一切気急ある者を治す。『腹症奇覧翼』には積聚の套剤とす。故に一切の積気に因りて下より心下に升り、痛み、或は嘔し、呼吸短気、死せんと欲するを治す。


勿誤薬室方函口訣解説(115)』 三谷和合
奔豚湯(肘後)
 次の『肘後方』の奔豚湯(ホントントウ)は、桂枝(ケイシ)、半夏(ハンゲ)、人参(ニンジン)、呉茱萸(ゴシュユ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の六味で、「卒に厥逆上気する者を療す。また気、両脇をはさみ、心下痛満し、淹淹(えんえん)として(いつまでもじっとしていて)絶えんと欲するは(死ぬような思いをしているのは)奔豚病」であり、この薬方がよいわけです。
『外台秘要』に千金奔豚湯がありますが、薬味は同じで、症候として「火気が胸臍中に上奔する諸病、発する時毎に、迫満、短気、臥するを得ず、劇しきものは便ち悁として(心が縮んで晴れない)死せんと欲し、腹中冷え、湿気、腹鳴、相逐うて(順に従って)結気となるを主る」とあります。『金匱』の奔豚湯に比べますと、熱症のない場合に与えます。
 薬味からみますと、「吐利、厥冷、煩燥して死せんと欲す」、あるいは「乾嘔、涎沫を吐し、頭痛する者」に与える呉茱萸湯(ゴシュユトウ)と、「上衝、急迫する者を治す」桂枝甘草湯の合方の意味になります。こうした奔豚病は、気うつ、肝うつより起こることが多く、胸満のつよい場合は、柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)の主治するところです。また臍下にとくに動悸がつよく、心胸部に上衝し、呼吸短促する場合には苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)あるいは苓桂甘棗湯(リョウケイカンソウトウ)の主治するところです。苓桂甘棗湯は「臍下悸し、奔豚を作さんと欲す」とあり、奔豚の病状に似て、奔豚発作の前兆で未だ作さざる場合に与えます。「気、少腹より心に上衝し、奔豚をきたした場合は」桂枝加桂湯の主治です。いずれも奔豚湯との鑑別が必要です。
 以上はいずれも陽症ですが、陰症では、たとえば真武湯(シンブトウ)の心下悸、頭眩、身瞤動するもの、四逆湯(しぎゃくとう)の裏寒外熱するもの、いずれも動悸は臍上より心下にせまるものがありますが、奔豚が主訴になることは少ないといえます。

悁:えん

症例から学ぶ和漢診療学 第3版』
右肩甲間部痛と頭痛に肘後方・奔豚湯










メモ
交通事故後から腕や肩、首の痛みがひどく頭痛もするという患者さんに、
肘後方の奔豚湯加減と鍼灸を併用

2012年11月6日火曜日

奔豚湯(金匱要略)(ほんとんとう・きんきようりゃく) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
奔豚湯(金匱要略)(ほんとんとう・きんきようりゃく)
〔成分・分量〕 甘草2、川芎2、当帰2、半夏4、黄芩2、葛根5、芍薬2、生姜1-1.5(ヒネショウガを使用する場合4)、李根白皮5-8(桑白皮でも可)

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度で、下腹部から動悸が胸やのどに突き上げる感じがするものの次の諸症:
発作性の動悸、不安神経症


臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
 105 奔豚湯(ほんとんとう)〔金匱〕
     葛根・李根皮 各五・〇 生姜(乾生姜一・五)・半夏 各四・〇 当帰・川芎・芍薬・黄芩・甘草 各二・○

 「奔豚、気上って胸を衝き、腹痛み、往来寒熱するを主る。」

 病源候論に、「それ奔豚気は腎の積気なり、驚恐憂思の生ずる所より起こる。(中略)気上下に遊走すること豚の奔るが如く、故に奔豚という。」

 臍下腹中より動悸起こって胸中に突き上がり、心下や咽喉に狭窄圧迫感を訴え苦しむという神経性心悸亢進症によ下感:
 ノイローゼ・神経質・ストレス病・血の道・ヒステリー・自律神経不安定症などに応用される。


 『勿誤薬室方函口訣』 浅田 宗伯著
此の方は奔豚気の熱症を治す。奔豚のみならず、婦人、時気に感じ熱あり、血気少腹より衝逆する者、即効あり。独嘯庵、奔豚気必ずしも奔豚湯を用ひずと謂はれたれど、余門にては奔豚湯必ずしも奔豚を治するのみならずとして活用するなり。




勿誤薬室方函口訣解説(115)』 三谷和合
奔豚湯(金匱)
 『金匱』に述べられている奔豚湯(ホントントウ)は、「奔豚にて気は胸に上衝し、腹痛、往来寒熱するものに与う」となっています。奔豚の病は、今日のヒステリー発作にあたるもので、激しい動悸と衝逆を主訴とするものです。『金匱』には「奔豚の病は、少腹より起り、上って咽喉を衝き、発作するときは死せんと欲し、復た還って止る(しばらくすると平静になる)。みな驚恐より之を得る」とあります。驚愕、恐怖が誘因となってヒステリー発作をきたすことを述べていますが、奔豚湯はこうした症候で発熱のある場合に与えます。往来寒熱のあるところから少陽病に属します。宗伯は「奔豚のみならず、婦人、時気に感じ、熱あり、血気少腹より衝逆する者、即効あり」と述べていま空¥
 半夏(ハンゲ)、葛根(カッコン)、芍薬(シャクヤク)、当帰(トウキ)、川芎(センキュウ)、黄芩(オウゴン)、甘季根白皮(かんりこんはくひ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の七味を含み、葛根は生を用います。甘季根白皮は通常、桑白皮で代用されています。


 『金匱要略』
奔豚気病脈証治 第八 論二首 方三首
師曰,病有奔豚,有吐膿,有驚怖,有火邪,此四部病,皆従驚発得之。
(師の曰く,病に奔豚あり,吐膿あり,驚怖あり,火邪あり,此の四部の病は,皆驚従り発して之を得る。)

師曰,奔豚病,従少腹起,上衝咽喉,発作欲死,復還止,皆従驚恐得之。
(師の曰く,奔豚の病は,少腹従り起こりて,上って咽喉を衝き,発作すれば死せんと欲して,復還り止む,皆驚恐従り之を得る。)

奔豚,気上衝胸,腹痛,往来寒熱,奔豚湯主之。
(奔豚,気上って胸を衝き,腹痛,往来寒熱す,奔豚湯之を主る。 )


奔豚湯の代用(エキス剤)
1.苓桂朮甘湯甘麦大棗湯(『漢方診療のレッスン』)(急性期短期使用)
2.苓桂朮甘湯+桂枝加竜骨牡蛎湯(『症例から学ぶ和漢診療学』)(亜急性期やや長期使用)
3.桂枝加竜骨牡蛎湯(杵渕 彰 先生)


『金匱要略講話』 大塚敬節主講 財団法人 日本漢方医学研究所 編
 〔
 大塚 奔豚で、動悸が胸にまで衝き上がり、腹が痛み、熱と悪寒が出没するのは、奔豚湯の主治である。生葛は生(なま)の葛根です。
 岡野先生、奔豚湯についての経験を話してください。
 岡野 入間市(埼玉県)に住んでいる銀行員の方ですが、ちょうどこれと同じような症状がありまして、ただ腹痛はなかったのですが、往来寒熱の症状も出ていました。あるとき六階の食堂に上がっていきましたら、入口で息の止まるような感じがして、熱が出て、人事不省になって倒れてしまったので、大騒ぎになったそうです。そのときちょうど、慈恵医大から衛生管理の人が来ていたので、その人に診てもらったのですが、わからなくて、その後、慈恵医大病院に行き、いろいろと検査をしてもらったのですが、結局、検査の結果は何も出なかったのだそうです。それが一回だけでなく三回くらい起こしたのだそうですが、そのときも同じような症状で熱は三十九度くらいに上がっているのだそうで、その頃、その人の父親を私が治療していたもので、息子を診てくれと頼まれまして、往診しました。すると奔豚湯の証状でしたので、この方を与えましたところ、与えた日には、一回発作を起こしたそうですが、それ以後は発作が止まって、それから二年くらいになりますが、一回の発作もなく、現在は薬もやめていますが、全然変りなく銀行勤めをしているそうです。「漢方の臨床」に前に書きましたことですが……。
 大塚 そのとき甘李根皮はどうしました。
 岡野 桑白皮を代りに用いました。
 寺師 その人は肥(ふと)った人ですか。
 岡野 肥ってはいなかったです。
 大塚 私は子供の自家中毒に奔豚湯を使ったことがあります。
 

2012年11月5日月曜日

補陽還五湯(ほようかんごとう) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
補陽還五湯(ほようかんごとう)
〔成分・分量〕 黄耆5、当帰3、芍薬3、地竜2、川芎2、桃仁2、紅花2

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力虚弱なものの次の諸症:
しびれ、筋力低下、頻尿、軽い尿漏


臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
104 補陽還五湯(ほようかんごとう) 〔医林改錯〕
       黄耆五・〇 当帰・芍薬各三・〇 川芎・桃仁・紅花・地竜各二・〇
 「主身不随、口眼歪斜、言語蹇渋(げんごけんじゅう:なやみしぶる)、口角流涎、大便乾燥、遺尿失禁するを治す」
 本方は脳血栓にとくに効ありとて、ホンコンの陳太義氏が「漢方の臨床」誌(一一巻九号)に寄稿されたものである。わが国では珍しい処方である。
 脳軟化症・脳血栓に用いる。


『伝統医学Vol.3 No.3(2000.9)』 平馬直樹
補陽還五湯
 気虚血瘀証に用いる補気活血の方剤として,やは り『医林改錯』を出典とする補陽還五湯(ほようかんごとう) を紹介します。
中風後遺症の専剤として中国では使用頻度の高 い方剤です。 中風の後,瘀血が脈絡を阻滞するため脈絡が通利 せず,気血の運行が阻害されて,半身の気がめぐらず血は栄養することができなくなって生ずる半身不随・口眼歪斜・構音障害・膀胱障害などに用いま す。正気は虚衰し,瘀血は脈絡を阻塞し,麻痺の部位は,気虚血滞の状態となっています。このような 状態に対して,治法は補気を主として,補助的に活 血通絡を加えます。補法と活血法を結合させた扶正去瘀法の一種です。 補陽還五湯の組成は,黄耆(おうぎ) ・当帰尾・赤芍・川芎2・ 桃仁・紅花・地竜(じりゅう)の7味から成ります。主薬の黄耆は, 30~120gと大量に用い,脾胃の元気を振るい起こし, 気を盛んにして血の流行を促します。他の薬はみな, 3~9gの少量を用います。それらはすべて活血の働き がありますが,当帰は養血の効もあり,黄耆と合わせて気血を補っています。地竜(動物生薬ミミズ)は, ミミズが土中を走行するように,塞がった経脈を掘り 進むイメージの通経活絡の作用にすぐれます。合わせて元気を旺盛にして,血のめぐりを回復して,麻痺などの機能障害を改善する配合となっています。 血府逐瘀湯と補陽還五湯の創製者,清代の王清任は 『医林改錯』を著し,活血法に新機軸を打ち出しました。 この書には清任の創製した22方の理血剤が収録されていますが,気と血の流動が密接に連関していることから,彼の方剤はほとんどが気の調整と活血を結合したもので,理気活血の剤と補気活血の剤に大別できます。前者の代表方剤が血府逐瘀湯であり,後者の代表方剤が補陽還五湯です。王清任の功績は大きく,彼の後,清末の唐容川(とうようせん)は 『血証論(けっしょうろん) 』を著し,血の病証を詳しく分析し,活血法の応用を広げました。これらの成果は,周学海(しゅうがっかい)・張錫純(ちょうしゃくじゅん)らによってさらに発展を見て,現代では活血化瘀法が広い領域の疾患に応用されるようになっています。

扶脾生脈散(ふひしょうやくさん) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準
扶脾生脈散(ふひしょうみゃくさん)
〔成分・分量〕 人参2、当帰4、芍薬3-4、紫苑2、黄耆2、麦門冬6、五味子1.5、甘草1.5

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度以下で、出血傾向があり、せき、息切れがあるものの次の諸症:
鼻血、歯肉からの出血、痔出血、気管支炎


 『勿誤薬室方函口訣』 浅田 宗伯著

此の方は吐血、欬血不止、虚羸少気、或は盗汗出で、飲食進まざる者を治 す。『医通』云ふ、「内傷、熱傷肺胃、喘嗽、吐血、衂血者、生脈散加黄耆甘草紫苑白芍当帰」とは此の方のことを云ふなり。先輩は此の証に阿膠を加へて経験 すれども、余は白芨を加へて屡しば吐血の危篤を救へり。


『勿誤薬室方函口訣解説(110)』 山崎正寿
扶脾生脈散
 次は扶脾生脈散であります。明の季梃が著した『医学入門』が出典であり、血類の喀血篇に出ております。処方名の意味するところは、「脾を助け、脈を生ずる」ということであります。名は体を表わすということがありますが、この処方名は簡略に処方の働きを説明しております。すなわち虚弱な脾胃を強める作用がポイントであります。生脈散(ショウミャクサン)は、人参(ニンジン)、麦門冬(バクモンドウ)、五味子(ゴミシ)の三味より成る薬方であり、テキスト143ページにも出ております。
 脾胃の力を強め脈を生ずることが、なぜ出血と結びつくかということですが、これは漢方の基本的な概念として「心は血を主り、肝は血を蔵し、脾は血を統ぶ」という『素問』の考えを基盤においております。出血は脾の統制を失調することであり、それはひとえに脾胃の機能低下によるということであります。
 具体的な症例を申しあげますと、ある五十歳前後の生真面目な時計商が、何回も胃潰瘍を再発し、その都度漢方治療で回眼復しておりました。何度となく胃透視でその経過を確認されておりますが、ある時、再び食後の心下部痛を訴えて、初めてかなり大量の吐血を起こしてしまいました。直ちに入院させましたが、顔色は貧血状で、脈の力も弱く、ひどく衰弱状態に至りました。それまで半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)を中心にして治療を行なっておりましたが、吐血をきっかけに扶脾生脈散加白芨(フヒショウミャクサンカハクキュウ)を投与しました。その結果はきわめて良好であり、出血はもちろん、潰瘍も今までになくよくなり、貧血は改善、顔色はよくなり、吐血後一ヵ月ないし一ヵ月半で胃透視の上でも潰瘍の瘢痕化を見ております。そして無事退院に至りました。扶脾生脈散の効果に驚くとともに、脾を助け生を生ずという意味を具体的に知ることができました。白芨(ハクキュウ)はラン科のシランの地下茎で、収斂止血作用が現代薬理学的にも証明されております。
 もう一つ症例をあげます。四十歳後半の気管支拡張症の女性、数年来咳嗽、喀痰と血痰に悩まされ、その都度止血剤の注射をしては血痰を止めるという経過でありました。肉体的にも精神的にも相当まいってしまい、食欲もなく痩せ、顔色蒼白で、風邪はひきやすく、熱を出しては咳、血痰の繰返しであります。抗生物質も投与されておりましたが、すぐに胃腸をこわしとても耐えられません。漢方治療に何とか光明を見出したいという思いで診察に訪れ、初めは六君子湯(リックンシトウ)、帰脾湯(キヒトウ)を、風邪をひけばその対応を続けて、やや小康状態になっておりました。しかし何といっても体力がなく、胃腸の力を鼓舞しながら咳や血痰を治してゆかねばなりません。そこで扶脾生脈散加白芨を投与しました。数ヵ月の服薬のうちに顔色はよくなり、食欲も増し、量的には今までより食べられるようになりました。それとともに血痰の回数、量も減少し、順調な経過をたどるようになりました。現在も治療を継続中であります。
 このように扶脾生脈散は脾胃虚弱を背景にした吐血、喀血などの出血に対してきわめて有効な処方であると思います。

2012年11月4日日曜日

附子粳米湯(ぶしこうべいとう) の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準 
附子粳米湯(ぶしこうべいとう)〔成分・分量〕 加工ブシ0.3-1.5、半夏5-8、大棗2.5-3、甘草1-2.5、粳米6-8

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力虚弱で、腹部が冷えて痛み、腹が鳴るものの次の諸症:
胃痛、腹痛、嘔吐、急性胃腸炎



漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
 附子粳米湯(ぶしこうべいとう)
附子〇・五~一・ 粳米七・ 半夏五・ 大棗三・ 甘草一・五 
本方の目標は、大建中湯と同じく、腹部に寒冷を覚えて、疼痛が激甚なる場合に用いるのであるが、大建中湯は蠕動不安による疼痛を主とし、本方は腹中が雷鳴して疼痛するものを治するのである。嘔吐は大建中湯の場合と同じく、あることもあり、ないこともある。
本方は附子・半夏・甘草・大棗・粳米の五味からなり附子は乾姜よりも高度の温性刺激薬にして、且つ鎮痛の効があり、半夏・粳米は嘔吐を止め、甘草・大棗は 急迫症状を治するから、この場合には、附子と組んで疼痛を緩解する効がある。本方は腸の疝痛・胃痙攣・腹膜炎等に使用する。解急蜀椒湯は大建中湯と此方と を合して作った薬方であって、二方の證が合併して現われた場合に用いる。
【解急蜀椒湯】(かいきゅうしょくしょうとう)
粳米八・ 半夏五・ 人参 大棗各三・ 蜀椒二・ 乾姜 甘草各一・五 附子〇・五 膠飴二〇



漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊 
6 建中湯類(けんちゅうとうるい)
建中湯類は、桂枝湯からの変方として考えることもできるが、桂枝湯は、おもに表虚を、建中湯類は、おもに裏虚にをつかさどるので項を改めた。
建中湯類は、体全体が虚しているが、特に中焦(腹部)が虚し、疲労を訴えるものである。腹直筋の拘攣や蠕動亢進などを認めるが、腹部をおさえると底力のないものに用いられる。また、虚弱体質者の体質改善薬としても繁用される。
 7 附子粳米湯(ぶしこうべいとう)  (金匱要略)
〔粳米(こうべい)六、半夏(はんげ)五、大棗三(たいそう)三、甘草(かんぞう)一・五、附子(ぶし)○・五〕
本方は、裏の虚寒証で新陳代謝の衰退したものに用いられる。したがって、腹部の寒冷は強く、腹痛、腹満、腹鳴、嘔吐を目標とする。本方證の腹痛は、激しく痛むのを特色とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、附子粳米湯を呈するものが多い。
一 胃痙攣、胃潰瘍、胃下垂症、腸狭窄症、腸閉塞症、膵臓炎、胆石症その他の消化器系疾患。
一 そのほか、子宮癌、腎臓結石など。



臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
127 附子粳米湯(ぶしこうべいとう) 〔金匱要略〕
   附子〇・五~一・〇 粳米七・〇 半夏五・〇 大棗三・〇 甘草二・五

応用
 腹中に寒冷を覚え、激しい疼痛を発する場合に用いる。
 本方は主として胃痙攣・腸疝痛・幽門狭窄症・胃潰瘍・胆石症・膵臓炎・腹膜炎等に用いられ、また腹中に塊りがあって、両脚痛むもの、子宮癌などにて腹痛・腹鳴・嘔吐のあるものに応用される。

目標
 腹中の雷鳴と、激甚なる疼痛・嘔吐・悪寒を目標とする。虚寒性の激しい腹痛と嘔吐で腹鳴をともなうものである。
 脈は軟弱で、腹に水気を蓄え、腹部も軟弱にして膨満し、しかもぐさぐさと軟かく、腹中に雷鳴がある。腹診するとき何となく腹中に冷気を覚える。
 胸脇逆満とあるのは、下より胸脇部に向かって気が上逆することである。



方解
 附子は腹中の寒気を温め、甘草・大棗・粳米の甘味の薬は協力して雷鳴切痛を緩和する。半夏は逆満と嘔吐を治す。
 それら諸薬の協力によって腹中の寒を温め、急迫を緩めるものである。

加減
 痛み激しく、心胸に及び、蠕動不安をともなうものには大建中湯を合方し、解急蜀椒湯(かいきゅうしょくしょうとう)とする。外台にこの方あり、疝気、留飲家、腹中癒着あって寒冷に際し腹痛を発するものにこの証がある。
 外台に、「寒疝を主り、心腹刺す如く、臍を繞り、腹中尽く痛み、自汗出で絶せんと欲す」というのがその主治である。

主治
 金匱要略(腹満寒疝病門)に、「腹中寒気、雷鳴切痛、胸脇逆満、嘔吐スルハ附子粳米湯之ヲ主ル」とある。
 勿誤方函口訣には、「此方に粳米(コウベイ;うるち玄米)ヲ用ユル者ハ、切痛ヲ主トスルナリ。外台腹痛ニ秫米(ジュツマイ;もちごめ)一味ヲ用ユ、徴トスベシ。此方ハ寒疝ノ雷鳴切痛ノミナラズ、澼飲ノ腹痛甚シキ者ニ宜シ、又外台ニハ霍乱(急性食中毒)嘔吐に用ヒテアリ」とある。
 古方薬嚢には、「腹張りてゴロゴロと鳴り、腸が切られるほど痛み、脇腹から胸中へ押し上げてきて嘔吐する者、腹は発作の時または寒さを感じて余計にはり出し、病落ち着くか腹温まれば、張り減する者」とある。


鑑別
 ○芍薬甘草湯61腹痛・嘔吐や雷鳴はない)
 ○烏頭桂枝湯(腹痛・嘔吐や腹鳴はない)
 ○大烏頭煎(腹痛・嘔吐や腹鳴はない)
 ○大建中湯91腹痛蠕動亢進がある)


治例
 (一)両脚拘攣
 壮年の男子、梅毒を病むこと七年に及び、両脚拘攣して起たず、三十余人も医を変えたが治らない。脈遅緩にして腹に他の病はない。ただ臍下に塊があって築々と動悸を打っている。余はこれを疝と断じ、附子粳米湯を与えること三十日にして、徐々に脚が伸び、二百日の服薬で全治した。
(永富独嘯庵翁、漫遊雑記)

 (二)下痢腰痛
 四十余歳の婦人、下利と腰痛に悩み、膝や脛に少し浮腫があり、脈は沈んで結して絶えんとしている。食欲も衰えて一日に一~二杯しか食べない。腹底に塊があって、発作が起ると意識不明になる。余はこれを診て、この下利は腹底の塊によるものであり、腰に久しい寒冷があるからだとして、附子粳米湯を与え、絶対に酒色を禁じ、思慮を絶たしめた。若し酒色を慎まず、思慮を労して発作あるも、それは薬の罪ではないとさとして渡した。
 五十日ほどで八~九割はとれた。ところがたまたまその夫が女中を愛するのを知り、嫉妬して大いに怒ったところ、諸証再び悪化した。余は侍女に暇を出さしめ、再び附子粳米湯を与え、百余日にして全治した。
(永富独嘯庵翁、漫遊雑記)

 (三)寒疝症(腸疝痛)
 樋口長吉という魚商が、魚肉を過食し、上腹部の刺痛甚しく死せんばかりであった。備急円を与え吐利数回して痛みはなくなったので、黄連湯を与えたところ、ある夜ひどい嘔吐を発して命食口に入らず、苦悶すること甚しい。そこで甘草粉蜜湯を服させ嘔吐はやっと治った。その後寒疝痛を発し、少腹急痛し、雷鳴あり、甚しいときは胸中に迫って、自汗出でてまさに死せんばかりである。
 先ず附子粳米湯を与え、発作のときは大建中湯を兼用し、数十日で諸症全く癒えた。(浅田宗伯翁、橘窓書影)

 (四)寒疝症(腸疝痛)
 丹羽侯の老臣、鈴木与衛門の娘、年は十九、下腹に腫塊があって、心下部から下腹まで拘攣して痛み、時々上方に衝き上げて痛み甚しく、手を以て撫でることもできない。黙々として食事も欲しくない。脈は微細で足が冷え、いままでの医師は鬱労(ノイローゼ)だといって薬をくれない。私は診てこれは寒疝(腸に腫瘤や狭窄などがあり、寒さによって疝痛を起こす病)であるといって、解急蜀椒湯を与えた。数日間服用すると、突き上げるのが止んだ。下腹の腫塊も小さくなった。ただ腹皮拘急して、飲食が進まないので、小建中湯に蜀椒を加えて与えているうちにだんだんとよくなった。(浅田宗伯翁、橘窓書影巻二)

 (五)大腹痛(腸閉塞の疑い)
 一男子五十歳、大腹痛を発し便通がない。医師は腸閉塞かまたは腸の捻転ならんと言う。腸鳴があり、寒気によって症状が重くなるということから附子粳米湯を与えたところ一服で痛みおさまり、便通があって全治した。便は普通の軟便であったが、これは裏寒による便秘であったわけである。 (荒木性次氏、古方薬嚢)


※繞
[音]ニョウ(ネウ)(呉) ジョウ(ゼウ)(漢) 
[訓]まとう めぐる 〈ニョウ〉めぐる。かこむ。
「囲繞」 〈ジョウ〉
1 まとう。まつわる。「纏繞(てんじょう)」
2 めぐる。「囲繞」

2012年11月3日土曜日

茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)  の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準 
茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)
〔成分・分量〕 茯苓3-6、杏仁2-4、甘草1-2

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度以下で、胸につかえがあるものの次の諸症:
息切れ、胸の痛み、気管支ぜんそく、せき、動悸


漢方精撰百八方
47.〔方名〕茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)
〔出典〕金匱要略

〔処方〕茯苓6.0 杏仁4.0 甘草2.0

〔目標〕証には、心下悸し、胸中痺し、短気喘息する者、とある。  即ち、心下が動悸し、呼吸促進し、喘咳があり、胸内塞がるが如き苦悶を感じ、脈沈微なる者、に適用される。
〔かんどころ〕動悸が劇しく、呼吸が迫り、又喘咳を伴い、胸がしめつけられるように苦しいもの、即ち劇しい時は心臓性喘息の発作時の症状であり、軽い時は心臓神経症で動悸が強く感じられる状態のものに適用される。

〔応用〕かんどころにあげた様な症状を目標にして、次のように用いられる。
 (1)心臓性喘息等で脈沈微なる症。
 (2)軽症狭心症、及び其の類症。
 (3)心臓神経症
 (4)軽症心臓弁膜症
 (5)肺気腫及び其の類症

〔治験〕二十才の女子。心臓弁膜症があったが、農家で、畑仕事等を手伝っていたが支障がなかった。突然動悸を強く感じ、動けなくなり、臥床して一ヶ月になる。医治をうけているが、効果がないという。往診してみるに、寝ていて頭が動くほど動悸が強く、呼吸は短く息苦しいという。時々喘咳を伴う。脈は数、弱であるが沈ではない。腹力は中等度、心下にも動悸が強いが、かたくはない。本方を与えて二週間、漸次動悸がおさまり、床の上に坐れるようになった。更に二週間服薬したが、入院を希望し、服薬中止。動かしたためと、入院による環境変化で悪化、その後一時よくなり、退院したが、死亡した由。この例の様な、劇しい症状の時、一時的に効を得ることがある。  次の例は、三十二才の女子。心臓弁膜症があり、脈結滞、時に動悸劇しく息苦しくなる。痩せて虚弱で、仕事が出来ない。腹やや軟弱、わずかに胸脇苦満あり、臍傍に悸が著しい。脈やや沈弱、結滞がある。疲れると上気し、頭より上に汗が出やすい。  柴胡桂枝乾姜湯に茯苓4.0杏仁2.0を加えてこれを持続すること二ヶ月、心悸、漸次おさまり、体力も増し、普通に仕事ができるようになる。脈の結滞も減り、その後異状がない。                                   伊藤清夫


明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
56茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)(金匱)
 茯苓六・〇 杏仁四・〇 甘草一・〇(一一・〇)
 心臓性の症候で、先ず呼吸困難を主目標にし、そのほか浮腫、喘咳、狭心症などの症ある者に用いる。老人で顔色のすぐれないものにこの証が多い。
 南涯「この方は水、胸にあって気を塞ぐ者を治す。面色青く短気するものに応じるなり」と。また曰く「この方、上より気を閉じるもの故、最初より短気あり、苓桂朮甘湯は心下の痰飲によって、先ず胸脇支満、目眩、気上衝などあって、次に短気を発す。これ両者の違いなり」と。狭心症。心臓喘息。心臓性浮腫。


臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
124 茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょにんかんぞうとう) 〔金匱要略〕
  茯苓六・〇 杏仁四・〇 甘草一・〇~二・〇

応用
 胸隔内に循環障害と、呼吸障害が起こって、胸の中に気がふさがったように感じ、呼吸困難を訴えるものに用いる。
 本方は主として気管支喘息・心臓喘息・肺気腫・肺結核・気胸・肋膜炎等に用いられ、また肋間神経痛・心筋梗塞・狭心症およびその類症・心臓神経症・心臓弁膜症・食道癌・食道狭窄および打撲で痛みのために息が止まりそうだというものなどに応用される。

目標
 第一が胸中の痞塞感で、呼吸促迫し、心動悸・喘咳、さらに胸痛・背痛・心背に放散する。脈は沈微のことが多く、腹は心下部が軟かで、とくに痞満や痞硬はないことが多い。
 胸痺というのは、金匱に喘息咳嗽、胸背痛、短気、寸口脈沈遅、関上小緊数等とあることをもってみれば、心臓疾患のうち、心臓性喘息、胸背痛は狭心症、その他呼吸器疾患中、気管支喘息や肺気腫などの症状に該当するものである。
 これらの症状で病状が激しく、諸方を試みて効なく、呼吸促迫、喘咳、浮腫、胸内痞塞等を目標として用いる。この方の味は淡泊で胸に滞らず、よく効果をおさめることが多い。

方解
 主薬は茯苓と杏仁である。茯苓は中焦胃内の停水を去って、上方に迫る気をしずめ、杏仁は主として上焦胸隔に作用して、胸中の水を去り、気を引き下げ、血を温めめぐらす。甘草は二薬を調和させる。杏仁中に含まれるビタミンB15は喘息に有効なりという。

加減
 食道癌で、嚥下困難を訴え、粘汁を吐くものに、利膈湯に本方を合方して用い、一時的なれども軽快することがある。

主治
  金匱要略(胸痺心痛短気病門)残、「胸痺、胸中気塞短気スルハ、茯苓杏仁甘草湯ヲ主ル。橘枳姜亦之ヲ主ル」とあり、
 勿誤方函口訣には、「此方は短気(呼吸促迫のこと)ヲ主トス。故ニ胸痺ノミナラズ、支飲喘息ノ類、短気甚シキモノニ用イテ意外ニ効ヲ奏ス。又打撲ニテ級痛ミ歩行スレド、気急シテ息ドウシガル(呼吸困難を訴える)者は、未ダ瘀血ノ尽キザルナリ。下剤ニテ下ラザルニ、此方ヲ用イテ効アリ。此方橘皮枳実生姜湯ト並列スル者ハ、一ハ辛開ヲ主トシ、一ハ淡滲ヲ主トシ、各宜シキ処アレバナリ」とある。
 古方薬嚢には、「胸痺の病で、胸中に気が塞がったような気持がして、息苦しく、ハアハアするもの、胸痺の病とは胸中のむかつき、つまり陽気または熱気が衰えて血のめぐりが悪くなり、そのために起こる胸中の病のこと」とある。

鑑別
 ○括呂薤白半夏湯21胸中痺喘息・胸背痛む)
 ○炙甘草湯60心悸亢進・皮膚枯燥、手足煩熱、脈結代)
 ○竹葉石膏湯97呼吸困難・咳逆少気、陽病、嘔逆、口舌乾燥)

治例
 (一) 浮腫と呼吸困難を主訴とする腎臓炎
 五歳の女児。皮膚病から喘息と浮腫を発し、医師の診断では、腎臓炎と心臓性喘息といわれた。
 主訴は呼吸促迫、喘鳴が強く、小便は血のような色で、一回二〇ccぐらい、一日二~三回しか出ない。これに麻黄連軺赤小豆湯を与えたところ悪化し、喘咳しきりに、心臓の動悸激しく、頭や顔から冷汗が流れ、顔色蒼白、脈沈微濇で数えられないほどである。
 そこで茯苓杏仁甘草湯にしたところ、落ちついて浅い眠りについた。その後五苓散を与えて好転した。(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

 (二) 食道癌
 六三歳の男子。食道癌ができ、切開してみたら、動脈にも波及していて、手術できないので、そのまま閉じてしまった。
 その後一時軽快していたが、再び嚥下困難を訴え、食を吐くようになった。日々体力は衰え、死を待つばかりであるという。
 利隔湯合茯苓杏仁甘草湯(半夏八・〇、山梔子三・〇、附子〇・五、茯苓五・〇、杏仁三・〇、甘草一・〇)を与えたところ、三日目から嚥下は容易となり、数日にして体力がつき、床を離れるようになったという。一ヵ月間は諸症軽快していたが、それから来なくなった。
 おそらく病気が進行したためと思われるが、一時的にもせよ、嚥下障害が軽快し、体力が回復したことは、本方の効果というべきであろう。(著者治験)

 

2012年10月28日日曜日

白朮附子湯(びゃくじゅつぶしとう)  の 効能・効果 と 副作用

一般用漢方製剤承認基準

21.白朮附子湯(びゃくじゅつぶしとう)
〔成分・分量〕 白朮2-4、加工ブシ0.3-1、甘草1-2、生姜0.5-1(ヒネショウガを用いる場合1.5-3)、大棗2-4

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力虚弱で、手足が冷え、ときに頻尿があるものの次の諸症:
筋肉痛、関節のはれや痛み、神経痛、しびれ、めまい、感冒



和訓 類聚方広義 重校薬徴』 吉益東洞原著 尾台榕堂校註 西山英雄訓訳
一五、桂枝附子去桂枝加朮湯56
 桂枝附子湯証にして、大便鞕く、小便自利し、上衝せざる者を治す。
 桂枝附子湯の方内に於て、桂枝を去り、朮四両を加う。
 朮(八分) 附子(六分) 甘草(四分) 大棗生姜(各六分)
右五味、水三升を以て、煮て一升を取り、滓を去り、分け温めて三服す。
 (煮ること桂枝附子湯の如し。)一服して身痺することを覚ゆ。半日許りにして再服し、三服都く尽す。其の人冒状の如し。怪しむ勿れ。即ち是れ朮附竝んで皮中を走り、水気を逐うて、未だ除くことを得ざるのみ。
 ○「傷寒八九日、風湿相搏り、」身体疼煩し、自ら転側する能わず。嘔せず満せず。「脈浮にして濇なる者は、」桂枝附子湯之を主る。若し其の人大便鞕にして、小便自利する者は57(本方にて主治す。)
 為則按ずるに、桂枝附子湯の証にして衝逆なき者なり。


頭註
56、此の方は脈経、玉函、千金翼の皆、朮附子湯と名づく。古義を失わざるに似る。金匱には白朮附子湯と名づく。外台には附子白朮湯と名づく。而して金匱には其量を半折す。倶に古に非らざるなり。朮の蒼と白に分つは陶弘景以後の説のみ。
 按ずるに、金匱の白朮附子湯は其の量、桂枝附子湯に半折し而して朮二両を加う。故に水三升を以て煮て一升を取るなり。今桂枝附子湯の全方中に朮四両を加えるときは則ち煎法まさに水六升を以て煮て二升を取るべし。此れ中村亨の校讎(校正)の粗なり。

57、小便自利は猶お不禁と曰うごとし。朮、附子、茯苓は皆小便不利、自利を治す。猶お桂、麻の無汗、自汗を治すが如し。


※都く(ことごとく)


傷寒論演習』 藤平健講師 中村謙介編 緑書房刊
一八一 傷寒。八九日。風湿相搏。身体疼煩。不能自転側。不嘔。不渇。脈浮虚而濇者。桂枝附子湯主之。若其人大便硬。小便自利者。去桂枝加白朮湯主之。

傷寒、八九日、風湿相搏り、身体疼煩して、自ら転側すること能はず、嘔せず、渇せず、脈浮虚にして濇なる者は、桂枝附子湯之を主る。若し其の人大便硬く、小便自利する者は、去桂枝加白朮湯之を主る。

藤平 「傷寒。八九日」となりますと少陽から陽明の時期です。その頃に外来の風邪と内在していた湿邪とが相からみ合って、身体が疼き痛む。そのため自分で体位を変えることができない。
 「不嘔」で少陽の証を否定し、「不渇」で陽明でもないといっているわけです。そして脈は浮いていて力がない。「濇」はなめらかでなくしぶる様子をいいますが、そのような脈の場合は桂枝附子湯の主るところである。
 桂枝附子湯は一般に大便軟で小便不利であるのに、もし大便硬くて、小便が出すぎるほどである場合には、桂枝を去って白朮を加えた桂枝附子湯去桂加白朮湯がよろしいというのです。

傷寒八九日 この章は、第一一二章の「傷寒八九日、云々」を承け、且前二章に於ける胸腹の証に対し、更に水気の変を現はせる者を挙げ、以て桂枝附子湯の主治を論じ、而して傍ら其の去加方に及ぶなり。

風湿相搏 風とは中風の熱、即ち風熱なり。湿とは湿邪也。搏は薄に古字通用す。即ち迫るの意、或は又搏撃の義に解する者もあり。

藤平 湿は水毒と同じです。「搏り(せまり)」とルビをうっていますが、奥田先生はいつも「アイウチ」と読んでおられたと思います。

身体疼煩 身体疼み、且煩するの意なり。

不能自転側 転側とは動き倚るの義なり。凡そ太陽に於ける疼痛に在りては、其の甚しき者と雖も、未だ自ら転側する能はざるには至らず。今、他人の扶助を得ざれば自由にならざると言ふは、漸く其の陰位に陥れるを示すなり。

藤平 疼痛の程度で病位が決まるとはあまりいいませんがね。本条の疼痛は水毒と風によってひき起こされたものと考えられます。

不嘔 不渇 此の証、傷寒八九日と言ふ。八九日は通常少陽位以後の日数也。故に嘔せずと言ひて先ず柴胡湯の証を否定す。又身体疼煩すと言ふ。故に渇せずと言ひて又白虎湯証を否定す。
脈浮賦而濇者 脈沈ならずして浮、実ならずして虚、滑ならずして濇也。此れ陰陽両位に渉る者、即ち所謂風湿相搏る者にして、発熱有りと雖も又頗る湿邪多き証也。之を桂枝附子湯の主治と為す。故に、
桂枝附子湯主之 と言ふなり。此の章に拠れば、桂枝附子湯は、能く外邪を解し、湿水を逐ひ、身体疼煩を治するの能ありと謂ふべく、而して是亦双解の治法なり。

 此の証は、太陽の裏虚を挟める者にして、即ち表熱裏虚相混じ相兼ぬる証なり。故に又兼治の法に従ひ、分治の法に従はず。

若其人大便硬 小便自利者 元来桂枝附子湯証は、大便軟にして小便不利也。今、小便自利の証を挙ぐ。故に若しと言ふ。凡そ小便自利する者は、内の津液乾燥し、大便をして硬からしむ。今大便硬きは、其の小便自利の致す所なり。故に本方中の桂枝を去り、朮を加へてその主治と為す。是桂枝は上部及び表に向つて汗を散ず。汗を散ずれば内益々乾燥するが故なり。又朮を加ふるは、其尿利を調へんが為なり。之を桂枝加白朮湯の主治と為す。依つて、
去桂枝加白朮湯主之 と言ふなり。此れ其の本方に就きて、更に去加の方略を示せるなり。
桂枝附子湯方 桂枝四両 附子三枚 生姜三両 甘草二両 大棗十二枚
 右五味。以水六升。煮取二升。去滓。分温三服。
 桂枝附子去桂加白朮湯は、金匱要略に出ず。金匱に白朮附子湯と名づくる者是也。

藤平 ここで桂枝を去っているのは桂枝去桂加茯苓白湯の場合と似ています。 桂枝去桂加茯苓朮湯証は裏に水毒があ改aて起きるものですから、茯苓と朮を加えて尿から水毒を取り去ろうとするのです。その場合に桂枝が一緒にありますと他の生薬の働きを上半身にひきつけますので、茯苓、朮の下半身から利尿させる働きが半減されると考えられているのです。それと同じ理由でここでも桂枝を去っているのですね。
 桂枝湯の君薬である桂枝を去るということは考えられないと江戸時代の人も議論のあったところです。さすがの尾台榕堂先生も、『類聚方広義』の桂枝去桂加茯苓朮湯の個所で「桂枝を去るはずがない。これは桂枝去芍薬加茯苓朮湯の誤りである」という意味のことを頭註に書かれています。しかしそれは尾台先生の誤りであろうと思います。
 桂枝附子湯を奥田先生は「而して是亦双解の治法なり」といわれています。まァ併病と解釈したほうが説明しやすいでしょうね。
 「不能自転側」とありますから、よほど強い疼痛でなければ使えないのではないかと考えられますが、それほどでなくても使ってよいのです。慢性関節リウマチ、神経痛等に有効です。

会員A 奥田先生は「脈沈ならずして浮、実ならずして虚、滑ならずして濇弧。此れ陰陽両位に渉る者」と説明されています。ここで浮虚を陽とするのはよいのですが、濇を陰とされているようです。濇は虚を意味すると思いますが、陰も示唆するのでしょうか。

藤平 いやー虚ですね。虚証を意味し、陰とはならないと思いますよ。

会員A 以前から私は『傷寒論』で白虎加人参湯黄芩湯黄連湯と進んだ後に桂枝附子湯の本条が出てくる点、非常に唐突に感じていたのです。最近こんなふうに考えて一人で納得しているのですが。
 つまり大塚敬節先生は『傷寒論解説』の中で、桂枝附子湯証の「身体疼煩。不能自転側」は、第一一二条の「一身尽重。不可転側者」の柴胡加竜骨牡蛎湯証と、第二二八条の「身重。難以転側」の三陽合病の白虎湯証によく似ているといわれています。
 一般的に、桂枝附子湯証と柴胡湯類、白虎湯類とでは類似しているとは思えません。それを「不嘔。不渇」と鑑別してみても意味をなしません。しかし大塚先生のいわれるように桂枝附子湯証と柴胡加竜骨牡蛎湯証と三陽の合病の白虎湯証では類似することがあるとなると、この「不嘔。不渇」は明瞭な意味を持ってきます。単に茫洋としてあまり関係のなさろうな少陽柴胡湯、陽明白虎湯を否定したのではなく、明確に第一一二条の柴胡加竜骨牡蛎湯証と、第二二八条の白浜湯証は本条の状態によく似ているので鑑別しているとする大塚先生の説は説得力があります。
 本条が白虎加人参湯にひき続いて『傷寒論』で述べられる理由がここにあると思うのです。この後に甘草附子湯、そしてまた白虎湯と続きます。この一連の並びが首尾一貫すると思うのです。

藤平 なるほどそうですね。おっしゃる通り本条の桂枝附子湯証は第一一二条の柴胡加竜骨牡蛎湯証と第二二八条の白虎湯証と似ていますね。「不嘔」でその柴胡加竜骨牡蛎湯を、そして「不渇」でその白虎湯を否定したと考えるのが正しいようですね。




2012年10月27日土曜日

半夏散及湯(はんげさんきゅうとう)  の 効能・効果 と 副作用

明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
半夏散及湯(傷寒論)
 処方内容 半夏 桂枝 甘草各三・〇(九・〇)
以上三味を末とし、一回一・〇~一・五宛一日三回服する。もし半夏あって、服用を嫌う者は煎液として用いる。
 必須目標 ①声枯れ ②寒冷刺戟によるもの ③発熱なし。
 確認目標 ①平常胃腸の弱い体質
 初級メモ ①本方の名称が散及湯となっているが排膿散及湯のような二方合方の意味でなく、散でも湯でもどちらを服しても良いとのことである。まず散与え、それをのみ得ない者には湯を与えるのが原典に示された服用方法である。しかし実際問題として半夏末はのめたものではない。
 中級メモ 「咽痛とは左、右どちらかの一個所痛み、咽中痛とは咽中皆痛む」との説は、医宗金鑑に出ており、浅田宗伯もこれに従っているが、どうも余りに“中”の文字にこだわった解釈のようで、南涯、山田正珍らは咽痛と咽中痛は原因の異りを指すのであらうという。南涯は咽痛は血証、咽中痛は痰飲証なりとしている。即ち咽中痛の本方は痰飲体質(半夏を必要とする)の人が寒冷刺戟によって声枯れを起した場合に用いる。
 適応証 冷房病の声枯れ。寒風による声枯れ。

康平傷寒論解説(44)』 室賀昭三
半夏散及湯
 次に移ります。「少陰病、咽中痛、半夏散及湯これを主る。」
 半夏、洗う。桂枝、皮を去る。甘草、炙る。右三味、等分、各々別に擣き篩い已わって、合わせてこれを治めて、白飲にて和し、方寸匕を服す。日に三服す。若し散服する能わざる者は、水一升を以て煮て七沸し、散両方寸匕を内れ、更に煮ること三沸、火より下し、少し冷さしめ、少持:これを嚥む」。
 解釈しますと、「少陰病でのどが痛むものは半夏散または半夏湯の主治である」。咽中痛と咽痛とは違うのだという説もあります。ある先生は、咽中痛というのはのどが全面的に痛むのであって、咽痛はのどの一部が痛むのだとおっしゃっておられますが、現在では咽中痛も咽痛も差はないであろうといわれています。


傷寒論演習』 藤平健講師 中村謙介編 緑書房刊
三二三 少陰病。咽中痛。半夏散及湯主之。

      少陰病、咽中痛むは、半夏散及び湯之を主る

藤平 少陰病に似て咽の中が深く痛む場合には半夏散、及び湯がよい。咽中痛があるが、潰瘍や瘡傷のないものに適応があります。

少陰病 此の章は、前章を承けて、其の苦酒湯証よりは、緩易なるも、甘草湯及び桔梗湯よりは急激なる者を挙げ、以て半夏散及湯の主治を論じ、而して以上の少陰病の類証にして、咽喉の補証を挟める者の論を茲に一たび結ぶ也。

咽中痛 「咽中痛む」は、之を「咽痛」に比ぶれば急激にして、又「咽中傷れて瘡を生ず」に比ぶれば緩易なり。是、畢竟、少陰病の類証にして、邪熱、痰飲、上逆の証を挟み、之が為に咽中腫れ塞がりて痛を発し、飲食、咽に下り難き証也。之を半夏散及湯の主治と為す。故に、
 半夏散及湯主之 と言ふ也。

 此の章に拠れば、半夏散及湯は、邪熱、及び痰飲の上逆を去り、咽中の腫痛を治するの能有りと謂ふ可き也。

   病勢沈滞の外観を呈し、邪気及び痰飲を本として咽中痛み、膿血及び瘡傷に与からざる者、是を本方証と為すなり。

○以上の三章は一節也。少陰病の類証にして、咽喉疼痛の証を挟める者を挙げ、各々其の緩急劇易を論じたる也。

半夏散及湯方 半夏 桂枝 甘草以上各等分
 已上三味。各擣篩已。合治之。白飲和。服方寸匕。日三服。若不能散服者。以水一升。煎七沸。内散両方寸匕。更煎三沸。下火。令小冷。少少嚥之。

藤平 半夏の末をそのまま飲んでしまったら、ノドが腫れふさがってしまってたいへんでしょうね。「少少嚥之」というのは、少しずつうがいでもするように飲んでいくことを意味します。
 「白飲和」とは温いおもゆに混ぜて飲むのでしようが、それでものどが腫れ苦しんで、飲みにくいものと思います。そのために「若不能散服者」とあるのだと思います。

会員A 半夏は温薬、桂枝は熱薬ですが、この薬方は局所に炎症があっても使えるのでしょうか。

藤平 私はこの半夏散及湯を使ったことがないのですが、疼痛を主にして用いれば、ある程度炎症があっても使えるだろうと思います。病位は少陽病でしょう。脈はまァ弦というところ。舌は乾湿中間の白苔が中等度、腹力は中等度前後でしょう。
 

2012年10月26日金曜日

八味疝気方(はちみせんきほう)  の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
96 八味疝気方(はちみせんきほう) 〔福井楓亭〕
  桂枝・桃仁・延胡・木通・烏薬・牡丹 各三・〇 牽牛・大黄・ 各一・〇(便通あれば大黄を去る)  「寒疝臍を繞って痛み、及び脚攣急するを主治す。或は陰丸腫痛、或は婦人瘀血、血塊痛みを作し、或は陰戸突出(子宮脱出)、腸癰等、凡そ小腹以下諸疾、水閉瘀血に属する者並びに治す。」
  疝気・腸疝痛・脚攣急・下肢血栓性静脈炎・睾丸痛・精系痛・腎石疝痛・子宮脱出などに応用される。

勿誤薬室方函口訣』 浅田宗伯著
八味疝気方
此の方は疝気血分に属する者を主とす。当帰四逆加呉姜は和血の効 あり。此の方は攻血の能ありて虚実の分とす。また婦人血気刺痛を治す。福井にては、小腹に瘀血の塊あって脚攣急し寒疝の形の如き者、或は陰門に引き時々痛 みあり、或は陰戸突出する者、また腸癰等にも用ゆ。楓亭の識見は疝は本水気と瘀血の二つに因りて痛を作す者の病名とす。故に大黄牡丹皮湯、牡丹五等散、無 憂散、四烏湯、烏沈湯等の薬品を採択して一方となすなり。此の意を体認して用ゆべし。『観聚方』烏薬を烏頭に作る。誤なり。



勿誤薬室方函口訣解説(103)』  藤井美樹
八味疝気方
 八味疝気方は、福井楓亭の処方であります。福井楓亭先生は一七二四-一七九二年の方で、優れた名医であります。
『方函』の文章は、「寒疝、臍をめぐりて痛み、及び脚攣急、或は陰丸腫痛、或は婦人瘀血、血塊痛みをなし、あるいは陰戸突出、腸癰等を主治し、凡そ小腹以下の諸疾、水閉瘀血に属する者を並びに治す」とあります。
 処方内容は、「桂枝、桃仁、延胡索、木通、大黄、烏薬、牡丹、牽牛子、右八味」で、「服するに臨み、牽牛子末を点ず。腹痛する者は大黄を去り、七味疝気方と名づく」とあります。
 寒疝という病気は下腹に主に痛みがくる病気でありまして、とくに下腹から腰にかけて冷えたり、冷たいものを摂って内臓を冷やしたりすると痛んでくる病気をいいます。臍をめぐりて痛むという症状は、現在でいえば腸疝痛のようなものに当たると思います。脚攣急は坐骨神経痛などに相当するかと思います。陰丸腫痛は睾丸が腫れ痛む、陰戸突出は子宮の脱出、腸癰は虫垂炎を中心にしてその類の病気です。
 延胡索はエンゴサクの塊茎であり、鎮痛、通経に用います。木通はアケビの茎で消炎、利尿作用があります。烏薬はテンダイウヤクであり、クスノキ科のウヤクの根で、鎮痛、健胃、整腸作用があり、腹痛、下痢などに用います。牽牛子はアサガオの種子で、黒色のものが良品とされており、瀉下、利尿作用があり、尿閉、むくみ、脚気などに使うことがあります。桂枝は有名なもので、ケイの枝の皮です。桃仁、牡丹皮はいずれも駆瘀血剤、大黄は瀉下作用のほかに駆瘀血作用があります。
 『口訣』の文は「此の方は、疝気血分に属する者を主とす。当帰四逆加呉姜は和血の効あり。此の方は攻血の能ありて虚実の分とす。また婦人血気刺痛を治す。福井にては小腹に瘀血の塊あって脚攣急し、寒疝の形の如き者、或は陰門に引き時々痛みあり、或は陰戸突出する者、また腸癰等にも用う」とあります。
 陰戸突出とか、陰門に引きつられるような痛みがあるとか、足が突っ張るとか、要するに小腹に瘀血がある場合に使うし、また腸癰のような場合にも使うということです。ここに当帰四逆加呉茱萸生姜湯が出てきますが、これは和血の功があり、八味疝気方は攻血の働きがあって、虚実の違いがあるということです。すなわち、より実証の方に八味疝気方を使うし、虚証の方に当帰四逆加呉茱萸生姜を使い、そしてそれぞれの働きの違いがあるといっているわけです。
 「福井楓亭は識見の高い人であり、疝は水気と瘀血の二つによって痛みをなすものの病名であるという見解をもっていた」といっております。そういう識見から、「大黄牡丹皮湯、牡丹五等散、無憂散、四烏湯、烏沈湯等の薬品を採択して一方を作った」と述べております。「この方意を体認して用いた方がよい。また『観聚方』に烏薬を烏頭と間違えて書いてある」といっております。
 このように八味疝気方は、福井楓亭の家方であり、楓亭の見識のもとに作られた薬であり、現代医学的には腸疝痛、坐骨神経痛、時には足の血栓性静脈炎、睾丸が痛んだり腎臓の結石痛にも応用できるのではないかと思います。また子宮脱などに応用される薬方であります。私はこの薬方は臨床に使ったことはありませんが、当帰四逆加呉茱萸生姜湯はよく使います。

2012年10月25日木曜日

大防風湯(だいぼうふうとう)  の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
95 大防風湯(だいぼうふうとう) 〔和剤局方〕
 当帰・芍薬・熟地黄・黄耆・防風・杜仲・白朮・川芎各三・〇 人参・羗活・牛膝・甘草・大棗各一・五 乾生姜一・〇 附子〇・五~一・〇

〔応用〕
 慢性に経過して虚状を帯び、貧血気味となった下肢の運動麻痺と疼痛に用いる。
 すなわち本方は主として慢性関節リウマチ・脊髄炎・半身不随・脚気・産後の痿躄(下肢運動麻痺)等に応用される。

〔目標〕
 慢性に経過して体力衰え、貧血性となり、熱状なく、下肢の運動障害を起こし、栄養も障害されて削痩して食欲衰え、または下痢する傾向のあるものには桂枝加芍薬知母等を試みるがよい。

〔方解〕
 補血強壮を主として四物湯に人参・白朮・黄耆を配し、血行をよくし、肌肉を強め、冷えを去る。防風・羗活は諸風を袪り、骨関節の麻痺強直を治し、牛膝・杜仲は腰脚の筋骨を強壮にし、疼痛を緩解する。

〔主治〕
 和剤局方(諸風門)に、「風ヲ袪リ、気ヲ順ラシ、血脈ヲ治シ、筋肉ヲ壮ニシ、寒湿ヲ除キ、冷気ヲ逐フ。又痢ヲ患フノ後、脚痛ミ痿弱ニシテ行履スルコト能ハズ、名ヅケテ痢風ト曰フ。或ハ両脚膝腫レテ大イニ痛ミ、髁脛枯腊シテタダ皮骨ヲ存シ、拘攣跧臥シテ屈伸スルコト能ハズ、名ヅケテ鶴膝風ト曰フ。之ヲ服シテ気血流暢シテ肌肉漸ク生ジ、自然ニ行履故ノ如シ」とある。
 勿誤方函口訣には、「此ノ方百一選方ニハ鶴膝風ノ主剤トシ、局方ニハ麻痺痿軟の套剤(常用方剤のこと)トスレドモ、其目的ハ脛枯腊トカ風湿挾虚トカ云フ気血衰弱ノ候が無ケレバ効ナシ、若シ実スルモノニ与フレバ却テ害アリ」とあり、
 梧竹楼方函口訣(百々漢陰)には、「大防風湯は鶴膝風(関節リウマチで膝関節が腫れ、下肢は鶴の脚のように細くなったもの)の主方である。しかし初期に用いてはいけない。発病初期で熱性症状のあるときは麻黄左経湯(羗活・防風・麻黄・桂枝・朮・乾姜・細辛・防已・甘草)を用いて、発汗させるがよい。この方は熱が去って、腫脹、疼痛だけが残って、筋肉が痩せ細り、歩行困難となり、年を経て治らないものによい。つまり気血の両虚を補う手段を兼ねたものである。その他一切の脚・膝の痛み、或は拘攣などがあって、夜分にだるく痛み、日に日に痩せ細り、寒冷に逢うと痛みがひどくなり、すべての容体が気血の両方が虚しているということを目標として用いるがよい」とある。(漢方治療の実際より引用)。大塚敬節氏、大防風湯三例(「活」一九巻一一号)

〔鑑別〕
 ○桂枝芍薬知母湯常32(膝腫痛・この方は軽く気血の虚が少ない)

〔治例〕
(一) 脚気下肢痿弱
 一男子、脚気を患い両脚が痿弱し、後には手も足も細って、ついに痿躄(下肢麻痺)となってしまった。これに大防風湯を与えたところ、数日で起きて歩けるようになった。
 脚気で虚里の動悸(心尖搏動)が奔馬の如くいめるものは、大抵急変するものである。
(浅田宗伯翁、橘窓書影巻一)

(二) 関節リウマチ
 いま私の治療している女人の患者で、三年あまり大防風湯をのみつづけているリウマチの患者がいる。初診のことは歩くのも骨が折れたが、このごろは家庭内の起居動作はできるようになった。
 この方は桂枝芍薬知母等よりもさらに一段と衰弱が加わり、気血両虚というところが目あてである。桂枝芍薬知母湯に四物等を合方して用いたいというようなところに用いる。(大塚敬節氏、漢方治療の実際)
医療用漢方
製品名 規格 単位 薬価 製造会社 販売会社
三和大防風湯エキス細粒  1g 16.2 三和生薬  大杉製薬 
ツムラ大防風湯エキス顆粒(医療用)  1g 13.5 ツムラ  ツムラ 
三和生薬株式会社
本品1 日量(9g)中、下記の大防風湯水製エキス6.5gを含有する。
日局 ト ウ キ 3.0g
日局 ニンジン 1.5g
日局 シャクヤク 3.0g
日局 キョウカツ 1.5g
日局 ジ オ ウ 3.0g
日局 ゴ シ ツ 1.5g
日局 オ ウ ギ 3.0g
日局 カンゾウ 1.5g
日局 ハマボウフウ 3.0g
日局 ショウキョウ 0.5g
日局 トチュウ 3.0g
日局 タイソウ 1.5g
日局 ビャクジュツ 3.0g
日局 加工ブシ 0.5g
日局 センキュウ 2.0g

効能又は効果
関節がはれて痛み、麻痺、強直して屈伸しがたいものの次の諸症
下肢の慢性関節リウマチ、慢性関節炎、痛風

慎重投与内容とその理由
慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)
(1)体力の充実している患者 [副作用があらわれやすくなり、その症状が増強されるおそれが
ある。]
(2)暑がりで、のぼせが強く、赤ら顔の患者 [心悸亢進、のぼせ、舌のしびれ、悪心等があら
われるおそれがある。]
(3)著しく胃腸の虚弱な患者 [食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等があらわれるおそれ
がある。]
(4)食欲不振、悪心、嘔吐のある患者 [これらの症状が悪化するおそれがある。]


重要な基本的注意とその理由及び処置方法
(1)本剤の使用にあたっては、患者の証(体質・症状)を考慮して投与すること。
なお、経過を十分に観察し、症状・所見の改善が認められない場合には、継続投与を避ける
こと。
(2)本剤にはカンゾウが含まれているので、血清カリウム値や血圧値等に十分留意し、異常が認め
られた場合には投与を中止すること。
(3)他の漢方製剤等を併用する場合は、含有生薬の重複に注意すること。
ブシを含む製剤との併用には、特に注意すること。

7.相互作用
(1) 併用禁忌とその理由
特になし

(2) 併用注意とその理由
併用注意(併用に注意すること)

1) 重大な副作用と初期症状
1)偽アルドステロン症:低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加
等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等)を十分
に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
2)ミオパシー:低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十
分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の
投与等の適切な処置を行うこと。





2012年10月23日火曜日

大黄附子湯(だいおうぶしとう) の 効能・効果 と 副作用

勿誤薬室方函口訣 浅田宗伯著
大黄附子湯
 此の方は偏痛を主とす。左にても右にても拘ることなし。胸下も広く取りて胸助より腰までも痛に用ひて宜し。但し烏頭桂枝湯は腹中の中央に在りて夫より片腹に及ぶものなり。此の方は脇下痛より他に引きはるなり。蓋し大黄附子と伍する者、皆尋常の症にあらず、附子瀉心湯、温脾湯の如きも亦然り。凡そ頑固偏僻抜き難きものは皆陰陽両端に渉る故に非常の伍を為す。附子、石膏と伍するも亦然りとす。


臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
89 大黄附子湯(だいおうぶしとう) 〔金匱要略〕
 大黄一・〇~二・〇 附子〇・五~一・〇 細辛二・〇

応用
 寒によって起こった疼痛を治すのであるが、病は実していて熱状があり、片側の脇下や脚腰に疼痛を発するものに用いる。
 本方は主として腎臓結石・胆石症・坐骨神経痛・遊走腎・膵臓炎等に用いられ、また慢性虫垂炎・偏頭痛・肋間神経痛・いわゆる腸疝痛・腸の癒着による疼痛・椎間板ヘルニア・陰嚢ヘルニア・会陰部打撲による尿閉等に応用される。

〔目標〕
 脇下や腰脚の片側が、つかえて冷えて実しているため疼痛を発し、便秘していて、脈は緊で弦のことが多く、腹はそれほど緊張や充実はなく、舌には多く苔がある。

方解
 三味より成っている。附子は表裏十二経を温め、寒による痛みを鎮める効果がすぐれている。細辛はよく温めて停水をめぐらし、附子とともに寒と水とによる疼痛を除く。大黄は実を瀉し、血行をよくし疼痛を緩解する。

主治
 金匱要略(腹満寒疝宿食病門)に、「此方ハ実ニ能ク偏痛ヲ治ス。然レドモ特リ偏痛ノミナラズ、寒疝、胸腹絞痛、延テ心胸腰脚ニ及ビ、陰嚢焮腫シ、腹中時々水声アリ、悪寒甚シキ者ヲ治ス。若シ拘攣劇ナル者ニハ、芍薬甘草湯ヲ合ス」とあり、
 勿誤方函口訣には、「此ノ方ハ偏痛ヲ主トス、左ニテモ右ニテモ拘ルコトナシ、胸下ニモ広ク取テ、胸助ヨリ腰マデモ痛ムニ用テ宜シ。但シ、烏頭桂枝湯ハ、腹中ノ中央ニ在リテ、夫ヨリ片腹ニ及ブモノナリ。此方ハ脇下痛ヨリ他ニ引ハルナリ」とあり、
 餐英館療治雑話には、「積聚疝気一切ノ腹痛殊ノ外切痛ス。積癖顕レ出テ手ニ応ジ、或ハ否ラズ。上ニ攻上レバ嘔ヲナシ、下ニ攻下レバ窘迫甚シク、痢ノ如ク、裏急後重シ、或ハ大便小便共ニ快利セズ、腹満痛シ、イカニモ附子ヲ用ユベキ証ト見エ、小品蜀椒湯、附子粳米湯ノ類用ユレドモ寸効ナキ者、此方ヲ用テ大便快利シテ愈エ、又ハ三日モ五日モ用ユル内ニ、裏急後重除キ治スル証アリ。但シ、大小便不利スルカ、又ハ痢ノ如ク裏急窘迫スルガ標的ナリ。金匱治脇下偏痛其脈沈緊者トアレドモ偏痛ヲ必トセズ。心下又ハ少腹ノ正中ニテ痛ムモノモ、以上ノ標的アラバ用ユベシ、甚ダ効アリ。又腹証奇覧ニ此方ニ芍薬甘草湯ヲ合シ用ユルコトヲイヘリ、拘急甚シキ証ハ芍薬甘草湯ヲ合スベシ。若シ此方ヲ用テ下利セズバ難治ト知ルベシ」とある。
 また古方薬嚢には、「脇下偏痛が目的なり。脈は緊弦を目標となす。しかして脇下の偏痛は左あるいは右に現われ、場所も唯脇下に限らず、時には腰にまたは腿にも及ぶものあり。しかし本方は必ず脇下に在り、便は秘する者あり、よく通ずる者もありて一様ならず。一様ならざれども便秘の者を目的とする方が歩多し。熱もはっきり出るものもあり、余り気の付かぬ程度の者もあり、拘り難し。本方は肋間神経痛、肋膜炎、或は坐骨神経痛の如きものに広く使用すべき価値あり、其の他の病にても、若し脇下偏痛があり、脈が緊弦なる者には試みて宜しかるべし。脇下偏痛とは、片方の脇腹が痛むことなり。緊脈とは堅く成てクリクリとする脈なり。弦脈とは楽器のピンと張った糸または弓のつるを撫でたような感じの脈を言う」とある。

主治
当帰四逆加呉生106(腰痛腹痛・手足寒冷、腹筋拘急、脈沈細)

苓姜朮甘湯150(腰痛・腰脚冷却、小便不利、脈沈)
○解急蜀椒湯127(腹痛・蠕動不安、腹鳴)
○附子粳米湯127(腹痛・劇痛、嘔吐、腹鳴、気上衝)
芍薬甘草湯61(腹痛腰脚拘急・腹筋攣急、急迫)

参考
 藤平健氏は日東洋医学会誌一二巻三号に、「大黄附子湯に版る諸疼痛の治療経験」と題する研究を発表されている。その投剤目標を「(1)陰証に属する実証で、(2)自覚症状は激しい疼痛、(3)便秘があり、(4)手足の冷えがある。他覚的には、(1)腹力中等度よりやや軟かで、(2)腹筋の拘攣を認めることが多い、(3)脈は緊張のつよいことが多い、(4)老人の便秘で時々強い腸疝痛様の発作のある患者には本方は特効がある」といっている。
 細野史郎氏は「漢方の臨床」五巻一〇号で、「芍甘黄辛附湯と胆嚢疾患」と題して、「体格や健康度が中等度以下で、慢性で遷延性の、緩慢な病的反応を現わす胆嚢、または胆道疾患にこの方を用いてよい結果を収めた」四例の報告を行なっている。細野氏の症例では便秘していなかったこと、胆道疾患の場合には発熱もありうるとしている。
 著者は五一歳の男子が、膵臓癌で猛烈左胸背痛を発し、一年余苦しみ、痩せ衰えたものに大黄附子湯を用い、やや疼痛の軽快したものがあった。また六〇歳の男、ヘルペスより左肋間神経痛を起こし、年余にわたって激痛に悩んでいたものに芍甘黄辛附湯を用いたが効がなかった。この人の脈は弱であった。

治例
(一) 坐骨神経痛
 五八歳の男子。左側の坐骨神経痛で数ヵ月苦しんでいる。肥満体質で便秘がひどい。大黄附子湯(大黄五・〇グラム)を与え、一日四~五回の下痢があって、疼痛大いに減じ、三週間で全治した。大黄や石膏のような寒薬と、附子のような熱薬とを同時に配した処方は、頑固で動きにくい病気を揺り動かす力を持っている。病気が寒熱にまたがって、治りにくいものにしばしば用いられる。(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

(二) 胆石の疝痛発作
 平素は頑丈な体質で肉つきも血色もよく、胆石疝痛を起こし、大柴胡湯一服で止まったことがある。一ヵ年後再び胆石疝痛を起こしたので、同じく大柴胡湯を与えたところ、今度は吐いておさまらず、痛みはますます強くなった。体温は三八度、大便は秘結している。
 強い痛みのとき脈を診ると緊弦となり、軽い痛みのときは大きい脈になる。
 そこで大黄附子湯(大黄一・〇、附子〇・五、細辛〇・五)を一回量として頓服させたところ、五分ぐらいで痛みが楽になり、寝返りができるようになり、便通があって全く疼痛が去った。
 同じ患者が同じような病気にかかっても、寒下薬(大柴胡湯)のよいことがあり、温下薬(大黄附子湯)のよいことがある。(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

(三) 右上腹部の発作性疼痛
 一婦人。右上腹部の発作性疼痛を主訴として来院、数ヵ月前より毎日痛み、背に水をそそぎかけられるような感じがするという。胃痙攣、または胆石症といわれた。発作時以外は訴えがなく、食事も正常、胸脇苦満はなく、腹部は一体に軟弱でやや陥没し、腹直筋の拘攣はない。大便は秘結して三日に一回で硬い。脈は沈小で舌苔はない。大黄附子湯二週間で発作は全くやんだ。 (大塚敬節氏、漢方診療三十年)

(四) 肋間神経痛
 七一歳の男子。右側の胸痛を甚だしく訴えて来院。顔色は悪く、貧血している。また足がもつれて歩行が不自由である。脈は洪大、舌は潤っていて苔はない。腹力は中等度で、やや軟かい方である。腹直痛が攣急している。便秘がちで四~五日に一方しかない。大黄附子湯(大黄二・五、附子一・五)を与えたが、経過良好で、服薬二五日で全治した。 (藤平健氏、日東洋医会誌 一二巻三号)

(五) 椎間板ヘルニア
 二八歳の男子。腰痛を主訴としてきた。疼痛の程度はそれほど著しくはない。脈は弦でやや細く、舌白苔中等度でやや湿っている。腹力は軟弱の方で、軽い腹直筋の攣急がある。大便は二~三日に一回しかない。そこで大黄附子湯(大黄・附子各一・〇)を与えたところ、経過良好で、前後一二〇日を要したが、腰痛は全く治癒した。  (藤平健氏、日東洋医会誌 一二巻三号)


和訓 類聚方広義 重校薬徴 吉益東洞原著 尾台榕堂校註 西山英雄訓訳
 九二、大黄附子湯 343
 腹絞痛し、悪寒する者を治す。
 大黄三両附子三枚(各九分)細辛二両(六分)
右三味、水五升を以て、煮て二升を取り、分ち温めて三服す。(水一合五勺を以て、煮て、六勺を取る。) 「若し強人は煮て二升半を取り、分ち温めて三服す。服して後一服を進む」一の行くこと四五里如りにして。
 ○胸下偏痛し、発熱し、其の脈緊弦なるは、「此れ寒344なり。温薬を以て之を下す。」(本方に宜し。)

343、此の方は実に能く偏痛を治す。然して特に偏痛のみならず寒疝にして胸腹絞痛し胸腰脚に延及し、陰嚢焮腫し、腹中時々水声あり。悪寒甚だしき者を治す。若し拘攣劇しき者は芍薬甘草湯を合す。

344、水毒を謂うなり。


類聚方広議広説(45) 温知堂室賀医院院長 室賀 昭三
■大黄附子湯
 次は大黄附子湯(ダイオウブシトウ)です。

 大黄附子湯 治腹絞痛。惡寒者。

  「大黄附子湯。腹絞痛成、悪寒するものを治す」。
 おなかが絞られるように痛んで、寒気がするというのですが、これは熱が出なくても、寒気がしておなかが痛むということです。熱があって寒気がする場合と、あまり痛いと寒気を感じることがあります。
ですから寒気がするほど強い、おなかが絞られるような痛みというようにも解釈できると思います。

 大黄三兩附子三我各九分 細辛二兩六分
 右三味。以水五升。煮取二升。分溫三服。以水一合五勺。煮取六勺。
 『若強人煮取二升半。分溫三服。服後如人行四五里。進一服。』
 脇下偏痛。發熱。其脈緊弦。『此寒也。以溫薬下之。』

 「大黄三両、附子三枚、細辛(サイシン)二両。
 右三味、水五升をもって、煮て二升を取り、分かち温めて三服す。
 もし強人は煮て二升半を取り、分かち温め三服す。服して後、人の行くこと四、五里ばかりにして、一服を進む。
 脇下偏痛し、発熱し、その脈緊弦なるは、これ寒なり。温薬をもってこれを下せ」。
 大黄、附子、細辛を水五升で煮て二升を取り、分温三服するというのは、普通の飲み方と同じですが、もし体の丈夫な人ならば、煮て二升半を取りとありますから、薄く煎じるわけです。この理由はわかりません。服用後、人が四、五里行く頃もう一度飲みなさい、ということです。日本の一里は4kmですが、漢代の一野は約400mといわれていますから、四、五里は1.6~2kmになり、三〇分くらいですから、しばらくしてからもう一度飲みなさい、という指示になるわけです。
 次の条文は『金匱要略(きんきようりゃく)』のものです。脇腹が痛んで熱が出て、脈は緊張が強く、弓の弦を張ったようである。弦脈は体の中が冷えていることを意味しているので、これは寒があるのであるから、温める薬の附子と細辛を使い、腹が痛むのは停滞しているものがあるからで、これを大黄で下しなさい、といっているわけです。
 頭註を読んでいかます。
 「この方は実によく偏痛を治す。しかして特(ひと)り偏痛のみならず、胸疝ににして脇腹絞痛し、心胸腰脚に延及し、陰嚢焮腫し、腹中時々水声あり、悪寒はなはだしきものを治す。もし拘攣劇しきものは、芍薬甘草湯を合す」。
 「寒は水毒を謂うなり」。
 この処方は実によく腹痛を治す。とくに脇腹の痛みのみならず、冷えによって脇腹が絞痛して心胸腰脚にも痛みが及んでいて、陰嚢が腫れて痛み、腹中に水毒があり、悪寒がはなはだしいものを治すといっています。この場合、悪寒はなくてもよいように思います。もし筋肉の痙攣が強い場合には芍薬甘草湯を合わせて使いなさい、といっています。
 寒とは、水毒をいっているのであるということです。寒があると水分が溜まりやすくなって、水毒を伴いやすくなります。芍薬甘草湯を合方して使うと、さらに効果があるというわけです。この処方は時々使われている例をみます。


勿誤薬室方函口訣解説(80)  日本東洋医学会評議員 小倉重成
 次は大黄附子湯(ダイオウブシトウ)です。薬方は大黄(ダイオウ)、附子(ブシ)、細辛(サイシン)各一、以上の三味を約500mlの水で煎じ、約200mlとし、滓を去り、一日二回分服します。本方証は、『金匱要略』腹満寒疝宿食病篇に出ているものでは、「脇下偏痛、発熱し、其の脈緊弦なるは、此れ寒なり。温薬を以て之を下せ」とあります。
 『勿誤薬室方函口訣』には次のように載っています。「此の方は偏痛を主とす。左にても右にても拘ることなし。胸下も広く取りて胸肋より腰までも痛むに用いて宜し。但し烏何桂枝湯(ウズケイシトウ)は腹中の中央に在て夫より片腹に及ぶもの也。此の方は脇下痛より他に引ぱるなり。蓋し大黄附子と伍する者皆尋境の症にあらず。附子瀉心湯(ブシシャシントウ)、温脾湯(ウンピトウ)の如き亦然り。凡そ頑固偏僻(片寄っている)抜き難きものは皆陰陽両端に渉る故に非常の伍を為す。附子石膏(セッコウ)と伍するも亦然りとす」とあります。
 附子とセッコウが一緒になっているものには、たとえば桂枝二越婢一湯加朮附などはその一例になると思います。これはよくリウマチなどに用いられます。片側と書いてありますが、臨床経験からは、必ずしも片側痛でなくてもよい場合が多くあります。烏鳥桂枝湯も腹の中央部の痛みといっておりますが、これも必ずしもそうではありません。慢性関節リウマチ、三叉神経痛、腰痛などにも用いられることがあります。
 病位は太陰の位で実証であります。脈候は緊弦、あるいはやや沈緊、または緊、あるいは少しく数、舌候は著変がありません。腹候は著変はありませんが、やや力があります。
 応用の勘どころは、側胸部、側腹部、もしくは腰脚部等の寒冷疼痛、脈緊弦、便秘傾向、下肢寒冷等が考えられます。
 鑑別としては、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)は、冷えのぼせと腹痛、自汗、易疲労はありますが、便秘はありません。附子瀉心湯(ブシシャシントウ)は便秘、全身の冷え、心下痞があります。桂枝加大黄湯(ケイシカダイオウトウ)は便秘のほかに、腹満、腹痛を伴います。
 応用としては腰痛、座骨神経痛、腸の疝痛、胆嚢炎、腎結石、肋間神経痛、腎盂膀胱炎、慢性虫垂炎、膝関節炎、慢性関節リウマチなどに用いられます。一例経験として、座骨神経痛の激痛で、歩行不能の老婆に、本方と芍薬甘草湯との合方を用い、回虫と絛虫が二日にわたり便所を白くうずめつくすほど出て、疼痛が快癒した経験があります。


【一般用漢方製剤承認基準】
〔成分・分量〕 大黄1-3、加工ブシ0.2-1.5、細辛2-3
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力中等度以下で、冷えて、ときに便秘するものの次の諸症: 腹痛、神経痛、便秘
  


【添付文書等に記載すべき事項】

してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
1.次の人は服用しないこと
 生後3ヵ月未満の乳児。
 〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2.本剤を服用している間は、次の医薬品を服用しないこと
  他の瀉下薬(下剤)

3.授乳中の人は本剤を服用しないか、本剤を服用する場合は授乳を避けること
相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸が弱く下痢しやすい人。
(5)のぼせが強く赤ら顔で体力の充実している人。

2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位  症 状   
消化器    はげしい腹痛を伴う下痢、腹痛
その他    動悸、のぼせ、ほてり、口唇・舌のしびれ

3.服用後、次の症状があらわれることがあるので、このような症状の持続又は増強が見られた場合には、服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
下痢

4.1ヵ月位(腹痛、便秘に服用する場合には5~6日間)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載すること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注
意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
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3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕
保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕

【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.授乳中の人は本剤を服用しないか、本剤を服用する場合は授乳を避けること
3.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸が弱く下痢しやすい人。
(5)のぼせが強く赤ら顔で体力の充実している人。
3´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔3.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には3´.を記載すること。〕
4.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
5.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。

大黄:下痢・腹痛・食欲不振の症状が現れることがあります。
附子: 動悸・のぼせ・舌や口周囲のしびれ・悪心・嘔気・嘔吐・呼吸困難、などの症状が出現することがあります。