健康情報: 人参湯(にんじんとう) の 効能・効果 と 副作用

2012年2月25日土曜日

人参湯(にんじんとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊

人参湯(にんじんとう)
 人参 甘草 朮 乾姜各三・〇

 別名を理中湯と云い、胃腸の機能を整調するの作用がある。
  一般に本方證の患者は、胃腸虚弱にして、血色があく、顔に生気がなく、舌は湿潤して苔なく、尿は稀薄にして、尿量多く、手足は冷え易い。また往々希薄な唾 液が口に溜まり、大便は軟便もしくは下痢の傾向である。また屡々嘔吐・目眩・頭重・胃痛等を訴える。脈は遅弱或は弦細のものが多い。腹診するに、腹部は一 体に膨満して軟弱で、胃内停水を證明する者と、腹壁が菲薄で堅く、腹直筋を板の如くに触れるものとがある。
 本方は人参・白朮・乾姜・甘草の四味 からなり、四味共同して胃の機能を亢め、胃内停水を去り、血行を良くする効がある。従って急性慢性の胃腸カタル、胃アトニー症・胃拡張・悪阻等に用い、時 に畏縮腎で、顔面蒼白・浮腫・小便稀薄で尿量が多く、大便下痢の傾向のものに用い、また小児の自家中毒の予防及び治療に用いて屡々著効を得る。時として貧 血の傾向ある弛緩性出血に、前記の目標を参考にして用いる。
 本方に桂枝を加えて、甘草の量を増して、桂枝人参湯と名付け、人参湯の證の如くにして表證があって発熱するものに用いる。
 また人参湯に附子を加えて、附子理中湯と名付け、人参湯證にして、手足冷・悪寒・脈微弱のものに用いる。


漢方精撰百八方
103.〔人参湯〕(にんじんとう)

〔出典〕傷寒論

104.(附方)〔附子理中湯〕(ぶしりちゅうとう)(直指方)

〔処方〕人参、甘草、朮、乾姜 各3.0

〔目標〕
 からだが虚弱で、血色の悪い、生気にとぼしい人。多くは痩せた人である。腹痛、胃痛、時に胸痛、めまい、頭重感などを訴え、下痢や嘔吐することがある。
 手足が冷え、舌が湿って苔はなく、尿は水のように薄く量も回数も多い。また、往々うすいツバが口の中にたまる。
 脈は緊張が弱く、あるいは沈遅、あるいは弦である。腹部は軟弱無力で、心下部に振水音をみとめるか、あるいは反対に、痩せているので腹部の肉付きが少なく、しかも、腹壁が板のように固く張っている。
 からだや手足の冷えが甚だしく、四肢が痛んだり、尿がことに近くて、脈が沈遅のものは、附子理中湯がよい。

〔かんどころ〕
全体から受ける印象に生気がない。尿が水様透明で量が多い。口の中にうすいツバがたまる。腹証。これらは、本方を用いる目標として、重要な順にあげたものである。

〔応用〕
胃下垂症、胃アトニー症、胃カタル、小児自家中毒症、妊娠悪阻、肋間神経痛、急性吐瀉病、神経症等

〔治験〕
77才 男子 2年ばかり前、脈が結代したので、ある病院にかかった。そのとき、血圧が170程あり、脳軟化症のけがあるといわれたという。それ以来、味覚がなくなり、足に力がなくて歩きにくくなった。
 最近よだれが出て困る。大便が秘結するので漢方薬店でハブ草に大黄を加えたものをすすめられたが、それをのむと、便通の前にひどく腹が痛むという。
 患者はやせて顔色が悪い。手が冷たく、夜寝てから3回ぐらい小便にゆくという。脈は沈小で弱、舌は白く湿っているが、苔はない。血圧は126/70  腹部は、腹壁薄く、ぺしゃんこで、しかも板のように固く、両側の腹直筋が上の方で変急していて、心下部には振水音がある。  たずねると、よだれは薄いものだと答えたので、附子理中湯を与えた。すると、1週間後には、よだれが殆ど止まり、心下部の振水音が聞こえなくなった。しかし、その他の症状があるので、まだ治療をつづけている。  

附子理中湯 人参、肝臓、朮、乾姜 各3.0 附子1.0
山田光胤



漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
 
 虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
 
 各薬方の説明
 
 1 人参湯(にんじんとう)  (傷寒論、金匱要略)
 〔人参(にんじん)、朮(じゅつ)、甘草(かんぞう)、乾姜(かんきょう)各三〕
  本方は、理中湯(りちゅうとう)とも呼ばれ、太陰病で胃部の虚寒と胃内停水のあるものを治す。貧血性で疲れやすく、冷え症、頭痛、めまい、嘔 吐、喀血、心下痞、胃痛、腹痛、身体疼痛、浮腫、下痢(水様便または水様性泥状便)、食欲不振(または食べるとながく胃にもたれる)、尿は希薄で量が多い などを目標とする。本方の服用によって、浮腫が現われてくることがあるが、つづけて服用すれば消失する。五苓散(ごれいさん)を服用すれば、はやく治る。 本方を慢性病に使用するときは丸薬を用いる。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、人参湯證を呈するものが多い。
 一 胃酸過多症、胃アトニー症、胃下垂症、胃カタル、胃拡張症、胃潰瘍、大腸炎その他の胃腸系疾患。
 一 萎縮腎その他の泌尿器系疾患。
 一 心臓弁膜症、狭心症その他の循環器系疾患。
 一 肋間神経痛その他の神経系疾患。
 一 肺結核、気管支喘息、感冒その他の呼吸器系疾患。
 一 吐血、喀血、腸出血、痔出血、子宮出血などの各種出血。
 一 そのほか、悪阻、肋膜炎、糖尿病など。
 
 2 桂枝人参湯(けいしにんじんとう)  (傷寒論)
 〔人参湯に桂枝四を加えたもの〕
 人参湯證で、表証があり、裏が虚し(特に胃部)表熱裏寒を呈するもの、特に動悸、気の上衝、急迫の状などが激しいものに用いられる。発熱、発汗、頭痛、心下痞、心下痛、心下悸、四肢倦怠、足の冷え、水様性下痢などを目標とする。
 〔応用〕
 人参湯のところで示したような疾患に、桂枝人参湯證を呈するものが多い。
 その他
 一 偏頭痛、常習性頭痛など。
 
 3 附子理中湯(ぶしりちゅうとう)
 〔人参湯に附子○・五を加えたもの〕
 本方は、人参湯の加味方で、人参湯證で悪寒や四肢の厥冷を訴えるものである。四肢の疼痛、排尿頻数、精神不安(不眠、神経過敏)などがはなはだしくなることを目標とする。
 〔応用〕
 人参湯のところで示したような疾患に、附子理中湯證を呈するものが多い。
 その他
 一 ノイローゼ、神経衰弱その他の精神、神経系疾患。
 



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会 
56.人参湯(にんじんとう) 傷寒論
 人参3.0 甘草3.0 朮3.0 乾姜2~3.0

(傷寒論)
○霍乱,頭痛,発熱,身疼痛,熱多欲飲水者,五苓散主之,寒多不用水者,本方主之(霍乱)
○大病差後,喜唾久不了々,胸上有寒,当以丸薬温之,宜本方 (差後)

(金匱要略)
○胸痺,心中痞気,気結在胸,胸満,脇下逆搶心,本方主之 (胸痺)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
貧血冷え症で胃部の重圧感や,時に胃痛を自覚し,あるいは頭重,めまい,悪心,嘔吐などを伴い,軟便または下痢の傾向のあるもの。
 アトニー性体質や内臓下垂の虚弱な体質に多く見られる胃腸の緊張感や蠕動運動が弱く,それがために応用の目標欄記載の症状を現わす消化器疾患に用いる。すなわち栄養や容ぼうとも不良で,自覚的には四肢の末端や腰部に冷感を覚え,たえず心窩部が重苦しくあるいは膨満感やつかえる感じがあって,軟便か下痢気味で平素から食事量が少ないと訴えるいわゆる胃のアトニー症に好適の処方である。通常こうした胃腸症状のあるものには,大柴胡湯,小柴胡湯,半夏瀉心湯証に見られる舌苔を認めるが,本方にはほとんどと言ってよいくらい舌苔は見当らない。また患者は胃部のひどいつかえを訴えるが,触診上心窩部は 軟弱なものが多く,胃部拍水音を証明する。本方証の心下痞巧は,人参,干姜が対象になる自覚症状と考え現れる。人参湯に最も類似する六君子湯は症候群が全く似ているが,具体的には本方よりさらに胃部の重圧感が著明で,他覚的にも心窩部の抵抗を認めるものを対象にする。茯苓飲は人参湯や六君子湯が適応するような症候群があって,これら二方が適する体質よりやや丈夫で,胃部がつかえて著明な膨満感あることが目安となる。平胃散は茯苓飲の症状に似て,さらに丈夫な体質が応用の目標となる。以上の四処方はいずれも胃腸病を対象にするが,体格や体質,内臓緊張力の程度の差によって選別投与し,これら条件の,そろったものからあえて序列をつけるなれば,平胃酸,茯苓飲,六君子湯,人参湯と言った順位になると考えられる。


漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○人参湯は1名を理中湯という。その脈は沈弱または沈遅のものが多いが沈弦,浮大のこともある。しかしいずれの場合も底力がないのを特徴とする。その腹は軟弱無力で振水音を証明する場合と腹壁が板のように硬い場合とある。
○人参湯の証には食欲の不振または食べるといつまでも胸にもたれる傾向がある。胃痛や嘔吐のあることもある。冷え症で,尿量が多い。下痢をすることもあるが,下痢をしないこともある。口にうすい水が上ってきたり,のみこめないようなうすいつばが口にたまることもある。これらの症状は古人の言にしたがえば,裏に寒があるためであるから人参湯で,この裏寒を温めてやるとよくなる。
○人参湯を数回のんでいるうちに浮腫の現われることがある。これはよい徴候であるが,この浮腫を早く去ろうと思えば五苓散を与えるとよい。2~3日の服用でよくなる。
○人参湯に附子を加えたものを附子理中湯という。人参湯証で裏寒の甚しいものに用いる。
桂枝人参湯は人参湯の証に似ていて,動悸がしたり,体表に熱のあったりするものに用いる。

漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○元来が虚弱体質の人あるいは衰弱により,体力が低下した人の腹痛,あるいは胸痛に用いる。血色が悪く,生気が乏しく,疲れやすく,多くは痩せた人である。腹痛は主に上腹部,胃部におこり,時として下痢,嘔吐,下血などのあることもある。特徴として,手足が冷え,舌が湿って苔がなく,尿が無色透明で水のように薄く,量も回数も多い。また往々うすい唾液が口の中に溜ることがある。脈は緊張が弱く,沈遅(沈んでいて拍動数が少くて遅い)あるいは沈弦(弓のつるを張ったように細くて異様に緊張している)である。腹部は軟弱無力で心下部に振水音をみとめるものと,痩せた肉づきの少ない薄い腹壁が,反って板のように固くなっている場合とがある。

○先哲の口訣
(医療手引草) 中焦虚弱(中焦の気,すなわち消化力が弱く)で呑酸するものは理中湯加呉茱萸がよい。
(方読弁解) 涎沫(よだれつば)をしきりに吐くのは,脾気(胃の消化力)が弱くて,これを収納できないからである。これには六君子湯加益智がよいが,虚寒(衰弱して新陳代謝が衰え,体が冷えているもの)の甚だしいものは理中湯がよい。
(医療手引草) 下痢して顔色が蒼黒く,たびたび冷薬を用いてよきいに下痢するものは理中湯を陽いる。
(老医口訣) ひどく空腹を感じて食物を食べたいと思うが,多くを食べることができないものは,俗にチカガツエといい,人参湯が効く。もし飢えて食物を貪り,多食して止まぬものは甘麦大棗湯がよい。
(方輿輗) 黄胖で下血止まぬもの(黄胖は貧血して動悸,息切れする病気)
(医療手引草) 胃弱で消化がわるく気逆上して吐血,衂血するものは理中湯加木香がよい。
(先哲医話) 荻野台州「酒のみの吐血は,胃中の畜血(うっ血)で三黄瀉心湯がよいが,もしそれでも止血しないのは脾血なので,理中湯がよい」「子宮出血の軽いものは当帰煎がよい。重みものは理中湯,最も激しいものは附子を兼ねて牛肉を食べると一層よい」
(古家方則) 大便通のたびに脱肛したり,歩行すると脱肛ものは人参湯を煉薬にして連用するとよい。又消化力が弱くて便秘するものには,下剤を用いるより,人参湯がよいとも書いてある。また白帯下で色がうすく,水のように漏れ下るものによい。
(医療手引草) 咳嗽で熱い湯をのむとしばらく止むようなものは冷嗽で理中湯加五味子がよい。また口腔の瘡で冷薬をのんで癒らないものは,中焦の気(胃の消化力)足らず,理中湯を用いるとよい。甚しいものは附子か桂枝を加えてすすってのむとよい。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 別名を理中湯と云い,胃腸の機能を整調するの作用がある。一般に本方證の患者は胃腸虚弱にして,血色が悪く,顔に生気がなく,活は湿潤して苔なく,尿は稀薄にして尿量多く,手足協冷え易い,また往々稀薄な唾液が口に溜り,大便は軟便もしくは下痢の傾向である。また屢々嘔吐,目眩,頭重,胃痛等を訴える。脈は遅弱或は弦細のものが多い。腹診するに,腹部は一体に膨満して軟弱で胃内停水を証明する者と,腹壁が菲薄で堅く,腹直筋を板の如くに触れるものとがある。本方は人参,白朮,乾姜,甘草の四味からなり,四味共同して胃の機能を亢め,胃内停水を去り,血行をよくする効がある。従って急性慢性の胃腸カタル,胃アトニー症,胃拡張,悪阻等に用い,時に萎縮腎で顔面蒼白,浮腫,小便稀薄で尿量が多く,大便下痢の傾向のものに用い,また小児の自家中毒の予防及び治療に用いて屢々著効を得る。時として貧血の傾向ある弛緩出血に前記の目標を参考にして用いる。本方に桂枝を加えて,甘草の量を増して,桂枝人参湯と名ずけ,人参湯の証の如くにして表証があって発熱するものに用いる。また人参湯に附子を加えて,附子理中湯と名付け,人参湯証にして手足冷,悪寒,脈微弱のものに用いる。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 体質は虚証で筋肉は弛緩し,貧血性で疲れやすい。おもな訴えは,疲労しやすく,胃腸の症状,胸痛のどれかがある。胃腸症状は心下痞え,下痢,胃痛,嘔吐のこともある。下痢は水様便または泥状便で,腹痛はない。唾液分泌過多を訴えるものもある。あるいは身体疼痛,浮腫,頭重,眩暈,不眠,小便自利,腹部冷感,喀血,吐血,腸出血,のうちいずれかを伴うものである。脈は軟弱で遅く,腹証は腹壁一体に膨満するもの,あるいは軟弱のものもある。または薄く緊張するもの,腹直筋が板のように触れるものもあり,胃内停水を証明することが多い。



漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 運用 1. 胃腸のアトニー症状
 虚証の体質で貧血性,冷え性,疲労しやすく,胃症状としては食欲不振,胃部が痞える感じ或は重苦しい感じ,時には鈍痛,腸症状として水様便又はそれに近い泥状便の下痢を起し易い。脉は沈んで弱いことが多く,腹部も腹壁が軟かく,胃部も軟かいのが普通だが自覚的に痞える感じが強い時には胃部が薄く比較的強く緊張していることがある。しかし押すと深部には力がない。胃部を押すと気持がよいという者もあり,極端な例では胃部を押すと他部に於ける症状が軽快することすらある。しばしば拍水音を認め,患者は腹が冷えると訴えるものがある。足が冷え,小便が近くて量が多い。なお疲労性を伴い,頭重感を訴えるものがある。胃アトニ,胃下垂,胃腸カタル,急性慢性腸カタル,胃腸性神経衰弱,肺結核,などで右の所見があるときに頻用する。発熱を伴うときには症状が劇しく,「霍乱,頭痛,発熱,身疼痛,熱多く,水を飲まんと欲するものは五苓散之を主る。寒多きは水を用ひず,理中丸之を主る。」(傷寒論霍乱病)とて吐瀉頭痛身疼痛を起すに至る。胃腸アトニー症状に対して本方と類証鑑別すべきは
 桂枝加芍薬湯,小建中湯は胃腸アトニー状態だが,寒や停水はない。真武湯も虚寒停水症状があるが動揺性で人参湯は停滞性である。虚は同等,停水は真武湯に著しく,寒は人参湯に著しい。例えば真武湯は小便不利し,人参湯は自利する。甘草瀉心湯は下利,心下痞硬のときは症状としては共通するが,甘草瀉心湯は腹鳴があり,脉も人参湯ほど弱くなく下利も泥状便。

 運用 2. 虚寒性の胸痛
 虚寒性は無熱であるが発熱しても熱感が伴わず手足も冷え症で貧血に傾き,脉も弱いことで判定する。こういう状態に於て前胸部側胸部を問わず任意の場所が痛むもの,但し咳などは殆ど伴わないときに使う。「胸痺,心中痞す,留気結ばれて胸に在り,胸満し,脇下より心に逆槍す」(金匱要略胸痺)痺は知覚麻痺,疼痛を意味する。心中が痞える感じは留気結ぼれて胸に在るためだと説明されている。病理的には水が寒によって凝結し,停滞すると解釈すると水分の代謝障害と局所的貧血があって起る知覚障害と推定される。そよために胸痛や知覚障害が起るのであろう。脇下より心下に逆槍すとは右側の肋骨弓下部から左上方に狙って槍で刺されるような劇痛との意だが,必ずしも左右を問わなくてもよい。これにより肋間神経痛,肋膜炎による側胸痛などに本方を使う機会がある。また逆槍が肩まで突抜けると考えれば肩胛上膊部の麻痺,疼痛になるから,40肩,50腕,及び各種の病に際しての同部疼痛麻痺にも使い得るものである。事実,荒木性次氏も私も使った経験があり,幕末の岑少翁先生は腕をひっきりなしに風車のように速く振廻す奇病に際し心下部を押えるとその不随意運動が止るのによって本方を使ったが,肩胛関節に関する所より見ればその方からの説明も下し得られよう。

 運用 3. 唾の多いもの
 「大病差後喜唾 久しく 了々たらざるは,胸上に寒あり,当に丸薬を以て之を温むべし」
 (傷寒論差後労復篇)
 胸中の寒や胃中冷のときにはしばしば涎沫や唾液分泌過多を伴うもので,人参湯の場合は乾姜がそれに与って奏功する。甘草乾姜湯に涎沫があることを思うべきだ。臨床的には唾液分泌過多症,小児のよだれ多きもの。悪阻で生唾が多く出るもの。大人でも唾が口にたまり,話すときに泡を飛ばすというような人。蛔虫で唾が多いことも度々ある。なぜ人参湯にせずに理中丸を用いるかは検討を要する問題だが,恐らくは胸痺の如く急を要しないから湯液にして吸収の迅速なることを期待する必要がないばかりか,人参の苦味,乾姜の辛味などが胸になずんで呑みにくいから丸薬として用いる方が一層適切である。丸薬を以て温むべしとは,煎剤よりも丸薬が除々に溶解して乾姜が直接に胃腸粘膜を刺戟した方が局所の温熱刺戟としては目的にかなうであろう。殊に吸収が除々であるから,急速に吸収されて他部に影響を与えることの望ましくない大病差後の状態に於ては益々丸薬の合理性が肯かれる。霍乱に丸薬を使うのは急性症という点で,この考え方と矛盾するが,下痢嘔吐の劇症でしかも虚寒だから湯液を用いて反応が強く症状が劇化するおそれがあったり,嘔吐で湯薬を飲んでも吐いてしまうおそれがあるので殊更に丸薬を用いたと解釈しておこう。私は戦前と現在は虚労や虚寒証の慢性病には好んで丸薬を使用して所期の効を得ている。

 運用 4. 虚寒性の出血
 恐らくは乾姜が主で,人参にもそ英作用があると思うが,私は虚寒証の喀血,吐血,腸出血等に人参湯を用いて奏効した経験を持っている。その際,喀血,吐血の柏葉湯や下血の桃花湯は虚寒証は共通するが,停水症状がないので人参湯と区別する。

 運用 5. その他
 浮腫に使う,蓋し停水症状に著眼したもので,他の多くの浮腫が小便不利なのに対して人参湯が自利の点が特長的である。貧血性で萎縮腎などの如く夜間や冷えると余計に悪化するときに用いる。
 心悸亢進に使う。虚寒証の体質で苓桂朮甘湯の如く頭部にまで迫らず,心下痞して小便自利するものによい。
例えば心臓弁膜症,胃腸性神経衰弱症などの神経性心悸亢進など。方後の加減方をみると臍上動悸や悸があるのに着眼したのである。


勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此の方は胸痺(狭生症様疾患)の虚証を治する方なれども,理中丸を湯と為すの意にて,中寒,霍乱すべて太陰吐利の症に用ひて宜し。厥冷の者には局方に従て附子を加ふべし。朮附と伍するときは附子湯,真武湯の意にて内湿を駆るの効あり。四逆湯とは其の意稍や異なり,四逆湯は即ち下痢清穀を以て第一の目的とす。此方は吐利を目的とするなり。


漢方と漢薬〉 第5巻 第2号 
人参湯について  大塚 敬節先生

 人参湯に関する古人の論説,治験
 人参湯は古来広く応用された薬方であるから,古人のこれに関する論説は頗る多い。左の引用は我邦徳川時代の諸家の説を主としたものであるが,難波抱節の類聚方集成に千金方以下痘証宝筏に至る支那人の論議が15条列記してある英でその中12条を併せて採録する。

1.古方節議に曰く
 理中丸及湯 按ずるに此方夏月外風冷に感じ内冷物に傷られ停滞して化せず,嘔逆泄瀉脉沈細或は伏する者は太陰に属して是れ霍乱の症也。裏寒する故食滞りて化せず。故に乾姜を用ひて内を温め邪を散ず。参朮甘草湯を扶けて気を益す。甘辛を滞らず燥からざるなり。此方本外寒邪に感じ内冷物に傷られ,霍乱をなす者の為に設けり。后世活して温補の総司とする也。此方内外の邪を理する方にて,理の字と補の字とちがいあり。理中湯もとより温補の剤なれども,仲景霍乱に用ひられたは外風寒の邪,内冷食の邪,内外の邪を理するために建立したる方也。理は治と同く内外の邪を治むる合点にて指出て補中の意にてはなし。然れども薬は至極の補薬也。后人附子を加えて附子理中湯と名つく。手足厥冷する者の主方とす。手足厥冷は四逆湯甚だ勝れり。急に温むる時,前にも云通り白朮の緩き物反て邪魔になることあり。されども附子理中湯補の重剤と云ふものにて,立方の本意は格別の法と心得べし。扨又霍乱と云ふものは風寒暑湿飲食生冷の邪,交雑りて一時に吐瀉霍乱をなす。表に甚しき時は発熱悪寒し,裏に甚しき時は吐瀉して腹中大に痛む。或は転筋厥冷して冷汗出づ。暑甚しき時は大に渇して引飲して己まず,病因同じからず。故に治方も亦各々異なり。惟其因を詳にすべし。一概に誤り混ずべからず。熱多く水を飲んと欲する者は飲熱也。五苓散を以て其命熱両解すべし。若し水を飲むことを欲せざる者は是れ中寒する也。理中湯を以て其中を温むべし。

2.衆方規矩大成に曰く
 理中湯 寒気五蔵に中りて口くひつめ音いです,手足こはりすくむを治す。兼て胃脘に痰を停め冷気刺すが如く痛み,及び臓毒下冷く泄痢腹はり大便或は黄或は白く或は黒或は清穀あるを治す。

3.医療手引草に曰く
 直中太陰の症,胸膈満,手足冷,臍上痛み,清穀下痢して渇せず,是れ内冷物に傷られ,此症を致す,理中湯によろし。○傷寒誤て之を下し,始て結胸の症を覚ゆ。急に理中湯を与へよ。○腹満時に減じ,之を按じて痛まざる者は虚とす。理中湯之を温む。○汗下の后,関上の脉遅緩にして吐する者は胃寒とす,理中湯之を主る。○中気虚弱にして呑酸る者は理中湯に呉茱萸を加ふ。○口瘡冷薬を服して愈ざる者は中焦の気足らず,虚火汎上制するなし,理中湯を用ゆ。○十有五歳,熱甚しく知に発熱し夕に醒め,咽乾,腹微痛,起れば則ち眩暈し,心腹壅滞食せず,脉弦細濇なるものは,理中湯之を主る。
○下痢,身躯疼痛するは理中湯或は四逆湯。○痢,血色紫黯数々冷薬を服し,下る所愈々多きは理中湯。○理中湯に木香を加へ,胃虚して食化すること能はず,其気検上して吐衂衂血することもあり。かくの如き気剤を用て治することあり。○咳嗽熱湯を呻って暫く止む者は冷嗽なり,理中湯に五味子を加ふ。

4.老医口訣に曰く
 飢えて食を欲し,却って多食すること能はざる者,俗に ちえがつえ と云ふ。世医以て積の致す所とす。人参湯効あり。○反胃に絶粒さして,米煎などを飲しめ,理中湯 大半夏湯,温脾湯の類に宜し。

5.長沙腹診考に曰く
 予郷にありし時,一老母霍乱を患ふ。胸中痺して息すること能はず,人参湯を与て治す。

6.麻疹方訣に曰く
 疹出で自利止まざる証,気虚に属する者は理中丸之を主る。

7.方極に曰く
 理中湯,心下痞鞕して小便不利或は急痛或は胸中痺する者を治す。

8.袖珍方に曰く
 医方小乗に云ふ,涼薬過服して中焦英虚火上逆し口舌赤破,皮なき如く,咽喉痛をなす者は,理中湯加附子或は肉桂。○昆山方に云ふ,水腫諸薬応ぜざる者は附子理中湯之を主る。

9.類聚方広義に曰く
 産后,続て下痢を得,乾嘔して食せず,心下痞鞕し,腹痛小便不利する者,諸病久しく愈へず,心下痞鞕,乾嘔食せず,時々腹痛,大便濡瀉,微腫等の症を見す者,老人寒暑に層る毎に下痢,腹中冷痛し瀝々として声あり小便不禁,心下痞鞕,乾嘔する者は倶に難治となす,人参湯に宜し。

10.方輿輗に曰く
 理中湯,舌の患,寒冷の剤にて治せず,大便実せざる者によろし。○理中湯,黄胖,下血止まざる者を治す。○理中湯,自利に二義あり,下剤をも用ひずして自ら下る者を自利と云,又おぼえ無く下るをも自利と云,一種飲食すれば即ち痛て下るもの有り,方書に此れを脾泄と云へり。これも自利と其治方遠からずして内寒に属するの証なり。さて仲景氏の人に教えるに脈症を以てす。この条の如き自利渇せずの四字を以て内寒を明す。此れを后医の丁寧に臓腑有当を煩しく説くに比すれば,何等の要捷ぞ,何の簡易ぞ。○理中湯加猪胆汁湯,小児嘔吐止まず,或は大便溏泄時に煩して目翻し手搐するの状ある者此方大に奇効あり。

11.先哲医話に曰く
 荻野台州曰く,酒客の吐血は胃中の蓄血に属す。三黄瀉心湯によろし。若し止まざる者は脾血に属す。理中湯によろし。又曰く,崩漏(子宮出血)軽き者は当帰煎によろし。重き者は理中湯,其最も劇しき者は附子を加へ,兼ねて牛肉を餌食すれば更に佳なり。

12.方櫝弁解に曰く
 涎沫を吐すこと頻りに地に満つ。これ脾気怯弱に因て収摂することあたわず,六君子湯に益知を加ふ。虚寒甚しきもの理中湯によし。

13.水腫加言に曰く
 人参湯,虚腫,心下痞,下利,脉沈微或は白膿を下す或は水玉の如き者を治す。

14.向方弁に曰く
 金匱甘姜苓朮湯,理中湯と分量同じからずと雖も,而れども特に人参を去って茯苓を加ふるの異のみ。故に世々温然混用して疑はず。然れどもその実理中は中焦を理するの功あって,下焦を治するの能なし。甘姜苓朮は能く下焦を治して中焦に及ばず。何を以って之を言ふか。経に曰く,理中は中焦を理す,其利は下焦に在り。又曰く,大病差へて后,喜唾久しく了々たらず,胸上寒あり,当に丸薬を以って之を温むべし,理中丸に宜しと。知る,理中は中焦を理するを。更に胸脾に人参湯を用ゆるあり,亦胃陽虚乏して寒飲膈に在って胸痺するを治するの義なり。其の人参湯と名づけ,理中丸と名づく。意胃陽を門にするや明かなり。甘姜苓朮湯の主治に曰く腰中冷,いわく小便自利,曰く病下焦に属すと,竝に下焦陽虚の候なり。而して飲食故の如しと言ふ,則ち中焦に関せざるを知る可し。方薬分量,甘草白朮二両を用ひ,乾姜茯苓則ち之を倍す。知る下焦を理するの功厚し,而し仲中焦を理するの功薄し。

15.續建珠録に曰く
 一婦人,胸痛を患ふること1,2年,発すれば則ち食す識こと能はず,食すれば咽に下らず,手足微厥,心下痞鞕し,之を按ずるに石の如く脉沈結す,乃ち人参湯を与ふ。之を服すること数旬にして諸証漸く退き胸痛全く愈ゆ。

16.勿誤薬室方函口訣に曰く
 此の方(人参湯)は胸脾の虚症を治するの方なれども理中丸を湯となすの意にて中寒,霍乱すべて太陰吐利の症に用ひて宜し。厥冷の者には局方に従て附子を加ふべし。朮附と伍するときは附子湯,真武湯の意にて内湿を駆るの効あり。四逆湯は即ち下痢清穀を以て第一の目的とす。此方の行く処は吐利を以て目的とするなり。

17.橘窓書影に曰く
 竜土組屋敷,太田生女,従来痔疾を患ひ脱肛止まず,之に灸する数十壮,忽ち発熱衂血を発し,心下痞鞕して嘔吐下痢す。一医寒涼剤を以て之を攻めて増劇す。余理中湯を与へて漸く愈ゆ。一医其の薬の緩を攻む。余答て曰く,痞に虚実あり,邪気痞をなす,宜しく疎剤を用ゆべし,若し胃中空虚,客気衝逆して痞を為す者之を攻むれば害あり,古方瀉后膈痞に理中湯を用ひ又理中湯を以て吐血を治す。洵に故あるなり。

18.温知医談,第4号,山田業広曰く
 一婦人平素肥満にして腹膨張すること角觝漢(すもうとり)の如し。疫を患ふ。初起は何方を用ひたるや知らず,追々日を引くゆえ,医大承気湯七,八貼づつ用ゆるに便利せず,因て更に硝黄を倍すれども十余日を経て利せず,漸々食減じ容子あしきとて余を迎ふ。診するに舌上黄苔あれども乾燥せず,脈沈微なり,腹満すれども按じて痛まず。これを問ふに腹張平素より微しく大なるを積ゆと云ふ位なり。脈証の容子大邪巳に去り。胃気衰憊したるなり。胃実にて結糞のあるにはあらずと鑑定したれば先づ試に真武湯を与ふるに少しも障ることなし。一日夜間急に手足微冷汗出づ。これ温補の足らざるゆへならんと考へ,附子理中湯の参附を倍し与ふるに,漸く回陽し少しづつ食気も出づ。前方用ふること二十余日最早苦むところなく,全快に近きに大便尚便ぜず,便気あらば定て結糞にて苦悶すべし。灌腸法にても用ひざれば通じましなと言ひたるに,一日なんの苦痛もなくすらすらと快利して全快せり。大便通ぜざること凡三十七八日なり。先年同藩士に大便不利のときに喜て紫円を用ひしものあり,ある時例に仍て五分を用るに利せず,翌日一匁を用るに尚利せず,いらって日々二匁三匁四匁五匁に至るに便は利せずして煩悶甚しく遂に死せることあり。其証も具らざるに,加程の劇剤を容易に用るは畏るべく戒むべきの甚しきなり。(中略)余三十年前友人監田揚庵の父修三翁附子理中湯を用ひて一諸候の便秘を治したることを伝聞したけれども,倉卒に聴過して心にも留めざりしが、頃日前策を草するに臨て往時の事を思ひ出し,監田氏に其詳なることを聞かんと欲して問ひ合せしに,書面を以て贈りたれば其文のままを此に載て参商に供う。
 高槻候永井弾州年五十余,癇癖家にして,常に治を家厳修三翁に託す。一日別に患ふる所あり。修三をして薬せしむ。数十日にして愈えず。時に柴田氏(麹町に住せり)候家小児の為に出入す。候性急,其荏苒日を延くを倦み柴田氏に請ふ。柴田氏雑治験なし。加ふるに便秘病を以てす。又多紀茞庭先生に治を請ふ。多紀氏修三等と議し、六磨湯及び承気硝費の剤を用ひ至らざる所なし。而して遂に一行の便を得ず。候又医を更へんことを欲し,重臣山藤助之進なる者を以て再び修三に請ふ。修三固辞し且曰く,且今の考按予恐くは衆医に容れられず,蓋し衆医の見る所と氷炭合せず,却て其孤疑を惹かんと。翌日候の侍医瀬川淳庵をして治を修三に懇請す。修三いわく,衆医の処方皆な寒下の剤にして不可なるに非ず,只恐くは其投ずる所太過にして胃腸衰耗し,機化運転を失ふに外ならず,宜しく先づ参附温熱の剤を用ひて,胃腸を鼓舞せば或は前日服する所の薬気頓に効験を奏するを得へしと衆医果して惑う。修三意を決して附子理中丸を進む。未だ一剤を尽さず,水瀉五六行あり,気宇爽快諸証従て減じ数日にして全癒す。

19.聖剤発蘊に曰く
 人参湯 胸状丸くして肉をもち大がかりにて大腹までぼってりとして鳩尾の下に痞鞕大きくしっかりと有て,其外は何もなくやはらかなり,毒動する時は心下につきかけ痛て急にせりつめる者なり。此証小便不利すると雖も小腹に毒を蓄ことは少し。大腹へ飲をもち痞鞕す識者故へ心下痞鞕を治すれば小便自ら利する也。保嬰金鏡録に云く,泄瀉青白,腹痛,腸鳴,酸水を嘔吐し乳養を思はざるを治すと,是れ此方の腹状にして前証を発すること大人小児ともに時々あることなり。故に記して以て后用に具す。又下血を患ひ諸薬効なき者に此腹状あり。此方を用れば奇験あり。痔疾下血亦然り。又口舌瘡を生じ赤く爛れる者間々此方の証あり。世医清涼の剤をいかほど与へても治せざるものなり。又此腹状にて大便通ぜず,平日心下痛て苦悩し いかほど下剤を服しても治せざることあり。此方を与ふれば大便快利し,腹中緩みて痛を忘る者なり。是を以って知るべし。汗吐下我より為す者に非ずして彼より来ることを,是れ其の規矩縄墨を正しくして方を指揮すれば,下剤に非ずして下り汗剤に非ずして吐し,是れより其の宜しきに随て毒去る。何ぞ我より汗吐下の三方を定めて心力を尽すことhせんや。

21.傷寒六書に曰く
 誤つ太陰を下して結胸項強するには大陥胸丸,一法として頻りに理中丸を与ふ。

22.三因方に曰く
 症者飲食過度によって胃を傷り,或は胃虚して消化する能はず,翻嘔吐逆を致す。物気と上衝して胃口に蹙(せま)り決裂して傷る所,其色鮮紅を吐出し,心痛絞痛,自汗自ら流る,名けて傷胃吐血と曰ふ。理中湯よく傷胃吐血の者を止む。其功最も中脘を理するを以って,陰陽を分利し,血脉を安定し,方証広し。局方の如きは但吐血の証を出でず。学者当に自ら之を知るべし。或は只乾姜甘草湯を煮て之を飲むも亦妙なり。

23.医方選要に曰く
 理中湯は五臓寒に中りて,口噤失音,四肢強直すると治す。兼ねて胃脘に停痰し,冷気刺痛するを治す。

24.衛生宝鑑補遺に曰く
 仲景理中湯,傷寒の陰証,寒毒下痢,臍下寒へ,腹脹満,大便或は黄或は白或は青黄或は清穀あり,及び寒蛔上りて膈に入り蛔を吐するを治す。此胃寒にして実寒にあらず。

25.婦人良方に曰く
 人参理中湯は産后陽気虚弱にして小腹痛をなし,或は脾胃虚弱にして飲食を思ふこと少く,或は後後(大便のことなり)を去ること度無く,或は嘔吐腹痛し或は飲食化し難く,胸膈利せざる者を治す。

26.直指附遺に曰く
 理中湯は柔痙,厥冷自汗するを治す。

27.聖清総録に曰く
 小児躽(身ヲ曲ムコト)啼,脾胃風冷に傷られ,心下虚痞,腹中疼痛,胸脇逆満するを治す。○又理中湯,風腹に入り,心腹 痛,庵逆悪心,或は時に嘔吐し,膈寒通ぜざるを治す。

28.赤水玄珠に曰く
 理中湯は小児吐瀉の后,脾胃虚弱,四肢漸く冷へ,或は面に浮気あり。四肢虚腫して,眼合して開かざるを治す。

29.小青嚢に曰く
 理中湯,悪心乾嘔,吐せんと欲して吐せず,心下映漾として,人の船を畏るる如きを治す。 ○又小児慢驚,脾胃虚寒,泄瀉及び寒を受けて腰痛するを治す。

30.外科正宗に曰く
 理中湯,中気不足,虚火上攻し,咽間の乾燥を致し痛を作し,吐嚥妨碍及び脾胃健ならず,食少く嘔を作し,肚腹陰疼む等の証を治す。


31.瘍医大全に曰く
 理中湯,癰疽潰瘍,臓腑中寒,四肢強直を治す。(中略)

 人参湯証
 さて以上の論議や経験を通じて人参湯証を考えてみるに,人参湯証の患者に屢々観られる症状としては,次の如きものがある。

 1.顔色の蒼いこと,血色が悪くて生気のない人が多い。平素強健な人でも,病気に罹って,人参湯証を呈する様になると,生気を亡ひ,血色がわるくなる。

 2.唾液が稀薄で口内に溜る傾向がある。従って口渇を訴へることがあっても,舌は必ず湿濡している。舌苔のあることは稀である。又咳嗽のある場合には,稀薄な痰が出る。

 3.小便自利を訴える者が多い。下痢をしている場合は小便不利になることが普通であり,浮腫のある場合も亦小便不利になるのが通例であるが,人参湯証では下痢をしていても,小便自利の傾向があり,浮腫があっても小便自利の症状のある者が多い。又足が冷えると小便が近くなるというのも,人参湯の一つの目標となる。

 4.手足の厥冷を訴える者が多い。人参湯証の患者は手足の厥冷を訴え,そのために頭重,不眠を訴へる者すらある。

 5.目眩を訴える者が多い。

 6.心下痞鞕,心胸痛,胸満等の症状がある。腹診するに,腹部が一体に膨満して軟弱で胃内停水を証明するものと,腹壁が菲薄で堅く,直腹筋を板の如く触れるものとある。

 7.浮腫のある者がある。これは虚腫に属する者で,指壓によって陥凹して仲々隆起して来ない場合が多く,皮膚の営養わるく小便自利の傾向がある。

 8.出血を来すものがある。喀血,吐血,子宮出血,衂血等いづれの場所から出血してもよいが,黄連のゆく場合と厳重に鑑別しなければならない。それには他の症状をよく観察することが必要である。

 9.嘔吐,下痢或は便秘を来すことがある。

 10.身体疼痛を訴えることもある。

 11.脈は遅緩,或は遅弱のものと弦細のものとが多い

 最後に人参湯の分量であるが,これは経験薬方分量集に記載する処を標準として,証に従って多少の増減をやればよい。




【一般用医薬品承認基準】
人参湯(理中丸)
〔成分・分量〕
人参3、甘草3、白朮3(蒼朮も可)、乾姜2-3

〔用法・用量〕
(1)散:1回2-3g 1日3回
(2)湯

〔効能・効果〕
体力虚弱で、疲れやすくて手足などが冷えやすいものの次の諸症:
胃腸虚弱、下痢、嘔吐、胃痛、腹痛、急・慢性胃炎



【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと (守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。 〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)高齢者。 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以 上)含有する製剤に記載すること。〕
(4)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(5)次の症状のある人。 むくみ 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(6)次の診断を受けた人。 高血圧、心臓病、腎臓病 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位 症 状 皮 膚 発疹・発赤、かゆみ

まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称 症 状 偽アルドステロン症、ミオパチー 手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

3.1ヵ月位(急性胃炎に服用する場合には5~6回、下痢、嘔吐に服用する場合には1週間 位)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師 又は登録販売者に相談すること

4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕

(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す ること。〕 1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく 注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕

2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕

3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ 服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕

保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕

(2)小児の手の届かない所に保管すること。

(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕

【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと 生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)高齢者。 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g 以上)含有する製剤に記載すること。〕
(4)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(5)次の症状のある人。 むくみ 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(6)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病 〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g 以上)含有する製剤に記載すること。〕

2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕

3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと

4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕


【副作用】
【重い副作用】
偽アルドステロン症..だるい、血圧上昇、むくみ、体重増加、手足のしびれ・痛み、筋肉のぴくつき・ふるえ、力が入らない、低カリウム血症。
【その他】 胃の不快感、食欲不振、軽い吐き気 発疹、発赤、かゆみ


※直指方(宋) じきしほう 楊士瀛(ようしえい)

※肩胛:肩甲(けんこう)
  本来の漢字は、「肩胛骨」だが、医学・解剖学では、「肩甲骨」が普通。現在の医学辞書には「肩胛骨」は載っていないことも多い。「甲」と「胛」は異体字ではなく、意味の違う字 。
「甲」はかぶさるもの、覆うものの意味で、「胛」には「月」(にくづき)がつき、それが体の一部であることを示している。

※上膊(じょうはく):上腕

※扨:さて

※:交雑りて:こもごもまじりて

※『医療衆方規矩大成』(いりょうしゅうほうきくたいせい) 曲直瀬道三(まなせどうさん)  (江戸時代)

※「宣し」となっているが、「宜し」に訂正。

※胸脾は胸痺の誤植?

※角觝漢(すもうとり)
「角」はあらそう、「觝」はふれる意
角觝(かくてい):力比べや相撲をすること。転じて、優劣を争うこと。

※巳に:已にの誤植?

※頃日(けいじつ,きょうじつ):近ごろ。このごろ。また、先日。※荏苒(じんぜん):なすことのないまま歳月が過ぎるさま。また、物事が延び延びになるさま。

多紀(丹波、劉)元堅(茞庭、亦柔)幕府醫官、元簡二男1796--1857:「丹波元堅」「元堅之印」「茞庭」「樂真院」「奚暇齋∕讀本記」「奚暇齋征(?)」「至樂在□裡」

六磨湯(沈香・木香・檳榔子・烏薬・枳殻・大黄各等分)

※氷炭(ひょうたん) 氷と炭。相違のはなはだしいものをたとえていう。
※氷炭相容れず: 性質が反対で、合わないことのたとえ。

※保嬰金鏡録(ほえいきんきょうろく):(明)薜巳著 ・朱明校

※乳養(にゅうよう):乳を与えて養育すること。

※聖清総録? 聖剤総録のことか?

小青嚢(しょうせいのう) 王求如 編次 王 良 一〇巻

※漾 ヨウ ただよう

経験薬方分量集? 経験・漢方処方分量集(医道の日本社刊)のことか?