健康情報: 6月 2013

2013年6月29日土曜日

清上防風湯(せいじょうぼうふうとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)
 本方は上焦の実熱を清解・発散するのが目的で、上焦の熱気が強く、頭面に瘡を発するを治するものである。荊防敗毒散では軽過ぎ、防風通聖散では強過ぎるという場合に用いるものである。
黄 連・黄芩・山梔子はいずれも実熱を清解し、白芷・桔梗・川芎・防風・荊芥等は皆上焦、頭面に作用して駆風・解毒・排毒の能があり、連翹は枳殻と共に化膿毒 を消散させる。 本方は右の目標に従ち、青年男女に発する実證の面疱(にきび)・頭部湿疹・眼目充血・酒皶鼻等に応用される。


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊

 12 解毒剤
解毒剤は、自家中毒がうつ満して起こる各種の疾患に用いられる。また、やせ薬としても繁用される。

2 清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)  (万病回春)
〔防風(ぼうふう)、連翹(れんぎょう)、桔梗(ききょう)、白芷(びゃくし)、黄芩(おうごん)、川芎(せんきゅう)各二・五、山梔子(さんしし)二、枳殻(きこく)、、甘草(かんぞう)各一・五、荊芥(けいがい)、黄連(おうれん)、薄荷(はっか)各一〕
本方は、実証体質者の上焦、特に顔面にうっ滞した血熱を解するもので、亜急性ないしは慢性のものに用いられる。したがって、顔面に瘡を発し、顔面赤く、上衝による頭痛、めまいを訴えるものを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、清上防風湯證を症するものが多い。
一 にきび、湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、結膜炎、眼充血、中耳炎、歯齦炎、疔など。
《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
45.防上防風湯(せいじょうぼうふうとう) 万病回春
川芎2.5 黄芩2.5 連翹2.5 防風2.5 白芷2.5 桔梗2.5 梔子2.5 荊芥1.0 黄連1.0 枳殻1.0 甘草1.0 薄荷1.0

漢方処方応用の実際〉 薬学の友社
 本方は十味敗毒湯とともに湿疹やフルンケル『にきび』などのヒフ病に繁用されているか,十味敗毒湯は全身的に,本方は首より上のものに応用されている。本方の処方構成を見てもわかるように,オウレン,サンシシ,レンギョウ,キキョウ,ケイガイなどか組合わさっていることは,発赤,腫脹などの炎症症状が著しいか,あるいは化膿の傾向があるものに応用することを意味している。し正置って本方は炎症や化膿の傾向ある湿疹やにきび,またはフルンケルに著効を奏する。十味敗毒湯はこれらの症候が緩和なもの,また慢性に経過するものに適するが,ときには桔梗石膏を加味して若干ひどい症状に用いる場合もある。
 鑑別法 本方の吹出ものの性格は,十味敗毒湯が適するものに比べ,隆起したポリウムのあることが特徴で,その効率が比較的高い。本方に似て排膿散及湯はフルンケルよりも,むしろカルブンケルで全身症状のないものに応用する。全身症状(特に頭痛,発熱,悪寒など)のある場合は葛根湯かまたは葛根湯桔梗石膏として用いればよい。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○実証の人の顔面,頭部に生じた化膿性腫物,癤, 疔,皮膚の発疹等に用いる。そのほか,頭部,顔面の炎症,化膿によいので,頭痛やめまい(眩暈)のあるもの。眼球結膜の充血(菊花2.0を加えて用いる),耳痛,耳漏がある場合,歯や歯齦の痛み,酒皶鼻などに用いられる。また若い人の面疱によくきく。
○清上防風湯の証は実証ないし虚実中等の場合で,虚証の人には用いられない。若人の面疱(にきび)に本方をしばしば用いるが,虚証の人には当帰芍薬散加薏苡仁などにする。虚実を誤ると,効果がないばかりでなく,ときには増悪することもある。


漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生 
 頭矢の瘡癤,風熱毒に用いる。そこで私は,これを尋常性痤瘡に用いるが,また副鼻洞炎を頭面の風熱毒とみたてて,この方を用いる場合がある。私はこの方を用いて,にきびと副鼻洞炎とを同時に治成たことがある。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水三先生
 本方は上焦の実熱を清解,発散するのが目的で,上焦の熱気が強く,頭面に瘡を発するを治するものである。荊防敗毒散では軽過ぎ,防風通聖散では強過ぎるという場合に用いるものである。黄連黄芩山梔子はいずれも実熱を清解し,白芷,桔梗,川芎,防風,荊芥等は皆上焦,頭面に作用して駆風,解毒の能があり,連翹は枳殻と共に化膿毒 を消散させる。本方は右の目標に従い,青年男女に発する実証の面疱(にきび),頭部湿疹,眼目充血,酒査鼻等に応用される。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 上焦の実熱というのが目標で,上部(顔面や頭部)に血熱が鬱滞し,瘡を発し,顔面赤く,上衝を訴える場合に用いる。上部に集まった熱の邪は上部で発表し,清解する方がよい。体質もそれほど虚弱でない場合で,面疱などは赤紫色になっているものが多い。


 〈勿誤薬室方函口訣〉 浅田 宗伯先生
  此方は風熱上焦のみに熾に、頭面に瘡癤毒腫等の症あれども、唯だ上焦計のことにて中下二焦の分さまで壅滞することなければ下へ向てすかす理はなき故上焦を清解発散する手段にて防風通聖散の如き硝黄滑石の類は用いぬ也。凡て上部の瘡腫に下痢を用ることは用捨すべし,東垣が身半以上天之気身半以下地之気と云ことを唱え上焦の分にあつまる邪は上焦の分にて発表清解する理を発明せしは面白き窮理なり。



【副作用 】
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム  値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。

2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。



3) 肝機能障害、黄疸: AST(GOT) 、ALT(GPT) 、Al‑P、γ‑GTPの上昇等を伴う肝機能障害、黄疸があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。
[理由]  本剤によると思われるAST(GOT) 、ALT(GPT) 、Al‑P、γ‑GTPの上昇等を伴う肝機能障害、黄疸が報告されているため。
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと。


 2) その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、 痒、蕁麻疹等
 このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
 [理由]  本剤によると思われる 発疹、発赤、 痒、蕁麻疹等が 報告されているため。
 [処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。

消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等
[理由]  本剤にはセンキュウ(川芎) ・サンシシ(山梔子)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、 悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
また、本剤によると思 われる消化器症状が報告されている。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと


2013年6月22日土曜日

治頭瘡一方(じずそういっぽう、ぢづそういっぽう) の 効能・効果 と 副作用

『漢方精撰百八方』 
60.〔方名〕治頭瘡一方(ぢずそういっぽう)または大芎黄湯(だいきゅうおうとう)ともいう。

〔出典〕勿誤薬室方函

〔処方〕忍冬3.0g 紅花2.0g 連翹、朮、荊芥各4.0g 防風、川芎各3.0g 大黄2.0g 甘草1.5g

〔目標〕俗にいう胎毒を治する目的で創製せられたもので、主として頭部、顔面の湿疹に用いる。

〔かんどころ〕乳幼児の湿疹で結痂を作るもの。便秘に注意。

〔応用〕湿疹。脂漏性湿疹。

〔治験〕湿疹
 俗に胎毒とよばれる乳児の湿疹には、この方の応ずるものが多い。湿疹に結痂が厚くて、汚いものには、桃仁を加え、口渇の甚だしいものには石膏を加える。
 分量は一才以下の方は、上記分量の四分の一から五分の一を用いる。
 患者は生後六ヶ月の乳児。頭部、顔面、腋下、頸部、臀部に湿疹がある。膝関節の内側にも少し出ている。かゆみがひどくて安眠しない。頭部の湿疹は痂皮を結び、汚いが、他の部には痂皮をみない。
 腹部は膨満し、血色はよい。便秘の気味で、浣腸しないと中々快便がない。
 私はこれに治頭瘡一方を用い、大黄0.1gを入れた。半月ほどたつと、やや軽快したが、二、三日休薬すると、また憎悪する。二、三ヶ月たつと大黄0.1gでは便秘するので0.2gとする。これで毎日二,三行の便通があると、湿疹の方は軽快するが、便秘になると、憎悪する。
 五ヶ月後には、全治したかに見えたので、一ヶ月あまり休薬した。すると、またぼつぼつ出てくる。こんな風で、一カ年ほど連用して全治した。
 この方を婦人の脂漏性湿疹に用いて効を得たことがあった。ひどい痂皮とふけで、かゆくて安眠できなかったものが、この方を用いて三ヶ月ほどで全治した。便秘がひどかったので、大黄は一日量8gを用いた。
大塚敬節


臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
98 治頭瘡一方(ぢづそういっぽう) 別名 大芎黄湯〔本朝経験〕
   連翹三・五 川芎・蒼朮各三・〇 防風・忍冬各二・〇 荊芥一・〇 紅花・甘草各〇・五 大黄〇・五~一・〇

応用〕 中和解毒の効があるとされ、小児の胎毒に用いる。
 すなわち、本方は半として小児頭部湿疹・胎毒下し・諸湿疹に用いられる。
 福井家にては黄芩を加え、紅花・蒼朮を去る。

目標〕 小児の頭瘡で、分泌物・瘙痒・痂皮を認めるものである。
 小児の頭瘡(大人でもよい)・顔面・頸部・腋窩・陰部等に発赤・丘疹・水泡・糜爛・結痂を作るもので、実証に属し、大体において下剤の適応するものを目標とし、通じのあるものは大黄を去る。長期連用する。

方解〕 連翹・忍冬は諸悪瘡を治し、防風は上部の滞気をめぐらし、風湿を去る。荊芥は瘡を治し、瘀を消し、頭目を清くする。紅花は血を破り、血を活かし、瘀を消す。蒼朮は湿を燥かし、川芎は諸薬を引いて上部に作用する。


加減〕桃仁・石膏を加えて、口渇甚だしく、煩躁するものに用いる。
  馬明湯加忍冬連翹。馬明退(ばめいたい)(カイコの脱殻で解毒剤) 紅花・甘草各一・〇 鬱金四・〇 大黄〇・五 忍冬・連翹各二・〇
 小児の頭部湿疹で陽実証のものに用いて効がある。
 治頭瘡一方にて治らないものは、馬明湯加減方を用いるがよい。

主治
  頭瘡を治す本朝経験方である。
 勿誤薬室方函口訣には、「此方ハ頭瘡ノミナラズ、凡ベテ上部頭面ノ発瘡ニ用ユ。清上防風湯ハ清熱ヲ主トシ、此方ハ解毒ヲ主トスルナリ」とある。

治例
(一)小児頭瘡
 一歳の女児。生後二ヵ月ごろから頭部・顔面に湿疹が現われ、瘙痒甚だしく、首より腋窩、腰部にまで拡大してきた。
 栄養は中等度である。便通は一~二回普通便である。今まで別に何の治療もせずにきた。治頭瘡一方の大黄を去って与えたが、一〇日分服用すると瘙痒減少し乾いてきた。一ヵ月分の服用で、おおむね発疹は消退して廃薬した。         (著者治験)

(二)湿疹
 一一歳の男児。某大学病院の皮膚科に入院して一年近くなるが、全身に発した湿疹が治らないと感う。これは一〇年ほど前のことである。この児は小さいとき胎毒が多く頭瘡を発し、二年前にも同じような湿疹で数ヵ月間入院治療をうけ、いったん好転したが再発し、再び入院したのである。いろいろ治療をうけたが、今度はどうしても治らないというのである。
 全身糠を吹きかけたようで、地肌が赤味を帯び、瘙痒も甚だしく、掻くと分泌物が出て、眠れないほどである。病院でも、これ以上すぐには治りそうもないから、退院してもよいと、半ば見離されているとのことであった。
 初め十味敗毒散加連翹一〇日分を与えたが、それほど好転の模様がないので、その湿疹が、ちょうど小児頭瘡の状態に似ていることから、治頭瘡一方を与えた。この方にしてから発疹は漸次消退し始め、二ヶ月間服薬して八分どおり快方に向かい、病院でもこれならばと治癒退院の許可を与えたという。
 退院三ヶ月間引き続き本方を服用し、全治廃薬した。その後再発しないといって患者を紹介してきた。    (著者治験)

(三)大人の頭瘡
 六六歳の婦人。三年来頭部に湿疹ができ、加療したが根治しない。臭気がひどく、手拭をかぶって彼内に蟄居している。前頭部から後頭部まで脂漏性の湿疹で、滲出物が堆積して、あたかも鉄甲でもかぶったようである。その堆積を押すと、脂漏性の膿汁が出る。臭気鼻を突くごとくである。瘙痒感甚だしく、手拭の上から掻くので、手拭は分泌物でにじんでいる。顔面は浮腫状で腎炎を併発している。尿蛋白は陽性で便秘している。頭瘡を先にして、腎炎はしばらく経過を見ることににした。
 薬方は治頭瘡一方を与えた。服薬後一〇日で膿汁の分泌物は減少し、周囲はいくぶん乾燥してきた。痒みも快方に向か改aた。その後おいおい堆積物が周囲より剥離し、尿量も多くなり、顔面の浮腫も、いつとはなく消失した。しかし、蛋白は依然として陽性であった。一ヵ月後には頭部の瘡はほとんど剥離し、禿げのところを見るようにな責、二ヵ月後には全部の瘡が剥離し、頭部の大部分には残った頭髪とともに禿げの部を現わし、手拭を去って外出することができるようになった。    (高橋道史氏、漢方の臨床、六巻一二号)


『勿誤薬室方函口訣解説(47)』  日本東筆医学会理事矢数 圭堂
治頭瘡一方
 まず治頭瘡一方(ジズソウイッポウ)ですが、これは一日大芎黄湯(ダイキュウオウトウ)とも申します。「忍冬(ニンドウ)、紅花(コウカ)、連翹(レンギョウ)、蒼朮(ソウジュツ)、荊芥(けいがい)、防風(ボウフウ)、川芎(センキュウ)、大黄(ダイオウ)、甘草(カンゾウ)、右九味、福井家の方には黄芩(オウゴン)有り、紅花、蒼朮無し。此の方は頭瘡のみならず、凡て上部頭面の発瘡に用う。清上防風湯(セイジョウボウフウトウ)は清熱を主とし、此の方は解毒を主とするなり」とあります。
 治頭瘡一方というのはまた大芎黄湯ともいいまして、忍冬、紅花、連翹 、蒼朮、荊芥、防風、川芎、大黄、甘草の九味から成っており、福井家の処方では、紅花と蒼朮を去って、黄芩を加えたものになっております。この処方は、元来小児の頭瘡、すなわち頭部の湿疹を治すものでありますが、大人にも用いてよく、顔面、頸部、腋窩、陰部などの発疹に用いられ、発赤、丘疹、水疱、糜爛、血痂を作るもので、実証に属し、大体下剤の適応するものを目標として用いるものでありますが、便秘がある場合には大黄を去って使ってもよいということになっておりまして、長期連用するものであります。
 連翹と忍冬は諸悪瘡を治すというもので、悪性のできものを治す作用があるわけです。防風は上部の滞気を巡らすということで、上の方に気の滞っているのを巡らす作用があり、風湿を去る働きがあるのです。荊芥は瘡を治し、瘀を消す、頭目を清くする作用があるということです。紅花は血を破り血を生かし、瘀を消す力があるということで、瘀血作用があるということです。蒼朮は湿を乾し、川芎は諸薬を引いて上部に作用するものであります。これらの総合作用で頭部の湿疹に用いられる処方であります。
 また治頭瘡一方の加減方として、口渇甚だしく、煩躁するものには桃仁(トウニン)と石膏(セッコウ)を加え用います。
また馬明湯忍冬連翹という処方がありまして、治頭瘡一方で治らないものに用いるとよいとされております。処方内容は馬明退(バメイタイ)、これは蚕の抜け殻で、解毒剤であります。それに紅花、甘草、石膏、鬱金(ウコン)、大黄、忍冬、連翹の八味で、頭部の湿疹で陽実証のものに用いるとされておりまして、治頭瘡一方と似たような処方ということでご紹介申し上げます。




 『重要処方解説(56)』 日本漢方医学研究所理事 山田光胤
 ■出典  本朝経験 勿誤薬室方函口訣
 本日は治頭瘡一方(ジズソウイッポウ)の解説をいたします。一名大芎黄湯(ダイキュウトウトウ)とも いいます。この処方の出典は本朝経験(ほんちょうけいけん)でありまして、これは日本の名医が,大体江戸時代に創案した処方であります。しかし本当のところ、どなたが創案して,どの書物に記載されているのかはっきりといたしません。浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣』にこの処方が記載されているのですが、出典の記載がありません。ただその中に,「福井家家方」の註文があります。福井家というのは,たぶん福井楓亭の一門ではなかろうかと思われますので,そのあたりから出てきた処方と思われます。

■構成生薬・薬能薬理
 処方の構成生薬は,次のものであります。忍冬(ニンドウ)、紅花(コウカ)、連翹(レンギョウ)、蒼朮(ソウジュツ)、荊芥(ケイガイ)、防風(ボウフウ)、川芎(センキュウ)、大黄(ダイオウ)、甘草(カンゾウ)の9味であります。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には、「また福井家方では、黄芩(オウゴン)があって、紅花、蒼朮がなし」という註文があります。これらの漢薬の薬能,薬理などについてお話しいたします。
 まず1番目の忍冬は,スイカズラ科のスイカズラの茎であります。民間療法でも使われる薬草で,主要成分はタンニンとか苦味配糖体などがあります。
 古典的な薬能としては、『一本堂薬選(いっぽんどうやくせん)』によりますと「尿道を通利し,もろもろの腫毒,梅瘡,疥癬,もろもろの悪瘡毒,淋疾等」となっております。解説しますと,利尿作用,諸種の腫れもの,梅毒, 疥癬,もろもろの悪瘡毒,淋疾等」となっております。解説しますと,利尿作用,諸種の腫れもの,梅毒,疥癬(この場合の疥癬は,必ずしも疥癬虫による疥癬ばかりではなくて,皮膚病一般を指すものと思われます)等の化膿性皮膚疾患,尿路の炎症疾患に用いる,ということになります。『本草備要』には「甘,寒(冷たい)、肺経に入る。熱を散じ,毒を解し,虚を補い,風(外からくる病毒)を療す。癰疽(化膿性のできもの),疥癬,癰梅,瘡梅(いず罪も顕性梅毒の症状),癥瘕,血痢(下痢,血便)などを治す」とあります。
 現代医学的な薬理としては,糖質代謝の改善作用が認められております。古典的な薬能との関連はこの程度でありますが、忍冬はこの方剤だけではなくて,漢方ではいろいろな場面で用いられます。
 次に2番目の紅花ですが,これはキク科のベニバナの開花列の管状の花で,これを摘んで集めたものです。
 古典的な薬能としましては,これも『一本堂薬選』によりますと,「留血を破り,血気痛を療す」とあります。解釈しますと,血液の欝滞を除いて,気血の欝滞による痛みを治す,ということであります。いわゆる瘀血を除く,割合に穏やかな駆瘀血剤であります。『本草備要』によりますと「辛,苦(にがい),甘,温で肝経に入る。瘀血を破り,血を活かし,燥を潤し,腫を消し,痛みを止む。また経閉,便難(便秘のような状態),痘瘡(できもの)、血熱,毒あるを治す」とあります。
 紅花の主要成分は,色素などがあるほかに,フラボノイドその他も認められておりまして,薬理作用としては,まず血圧の降下作用,免疫賦活作用,抗炎症作用などが認められております。
 次は連翹ですが,これはモクセイ科のレンギョウ,その他近縁の植物の果実であります。レンギョウは,春になると黄色いきれいな花が咲きます。秋近くなるとその実ができ,それを摘んだものです。
 古典的な薬能としては,『一本堂薬選』によりますと,「疥癬を療し,癬瘡,雑瘡を治す」とあります。解釈しますと,疥癬とかできものなど,皮膚の化膿性の疾患によい,ということになります。『本草備要』によりますと,「微寒,衝浮,そこで苦は心に入る。そして火を瀉す(熱を下げる)。もろもろの経絡の血凝気聚を散ず(血が集まったり,気が集まって動かないものを散ずることができる)。また腫(はれもの)を消し,膿を排す云々」とあります。主要成分としては,トリテルペノイド,リグナン配糖体,フラボノイドなどがあります。
 薬理作用としては,抗菌作用,抗アレルギー作用などが認められております。
 次は蒼朮でありまして,キク科のホソバオケラの根茎です。
 古典的な薬能としては,『薬徴(やくちょう)』によりますと「利水を主る。故によく小便自利,不利を治す。旁ら心煩,身煩疼,痰飲,失精,下痢,喜唾を治す」とあります。解釈しますと,主として水分の代謝異常を治す,したがって頻尿,多尿,あるいは逆に小便の出にくいものを治す,体の苦しいような痛み,水毒による症状,遺精,夢精,帽子をかぶっているように頭が重く,めまいがする状態,下痢,唾を度々吐いたり,だらだらと流したりするような症状などを治す,となっております。『本草備要』によりますと「甘,温,辛烈(ひどくからい),また胃を乾かし,脾を強くす。また汗を発し,湿を除く。胃中の陽気を衝発する。吐瀉を止め,痰水を追い,腫満を消す。また悪気を去る云々」とあります。
 主要成分は,精油成分であります。薬理作用としては,抗消化性潰瘍作用とか,利胆作用,血糖降下作用,電解質代謝の促進作用,根菌作用などがありまして,古典的な薬能をほぼ説明することができます。
 次は荊芥でありまして,シソ科のケイガイ,アリタソウの花が咲いている時の地上部であります。荊芥についての古典的な薬能の解説はありませんが,『本草備要』によりますと「辛,苦,温,芳香にして散ず。肝経に入る。兼ねて血分を巡らす。性質が衝浮(浮き上がる働きがあって),よく汗を発する。また脾を助け(消化力を助ける),食を消す。血脈を通行す。瘰癧,瘡腫を治す云々」とあります。
 次は防風でありまして, セリ科のボウフウの根,および根茎です。古典的な薬能は,『一本堂薬選』によりますと「骨節,疼痺,偏頭痛,風赤眼,四肢の攣急,背痛項強,回顧することができない」とあり,関節が痛み,強ばるもの,偏頭痛,眼が赤く充血し,四肢がひきつれるもの,背筋や頸筋が強ばって痛み,頸が回らないものを治す,となっております。『本草備要』には「辛,甘,微温,浮衝して,陽となる。頭目の滞気,経絡の留湿を散ずる。上焦の風邪,頭痛,頭眩,背中の痛み,頸の強ばり,周身(全身)の痛みなどを主る」とあります。
 主要成分は,フロクマリン類とか,クロモン誘導体などがありまして,薬理作用としては,抗炎症作用が認められております。
 次は川芎でありまして,セリ科のセンキュウの根茎です。古典的な薬能は,『一本堂薬選』によって解釈しますと,「性病による各種の皮膚疾患,化膿性のできもの,疥癬,癰,疔などを治す。膿を排除し,眼の疾患,頭痛,足腰の力が衰えたもの,手足の筋肉がひきつるもの,膿や血の混じった尿,月経異常,後産の娩出されないもの,難産の腹痛,陣痛発作,一切の皮膚疾患,病毒の停滞,全身の筋骨の痛みなど,諸疾患を治す。停滞した血液を破って血の巡りをよくする」といわれております。『本草備要』には「気を巡らし,風を除き,血を補い,燥を潤すのによろし」とあります。
 次の大黄は,タデ科のいろいろなダイオウの根茎を用います。 薬能は,非常に重要なものがありますが,一番有名なものは瀉下作用です。しかし実際には瀉下作用でなく仲,むしろ消炎その他の薬能を期待して使われております。近代的な研究によりますと,主要成分としてアントラキノン類,その他のフェノール配糖体,タンニンなどが認められておりますし,薬理作用としては瀉下作用のほかに,抗菌作用,血中尿素窒素の低下作用,血液凝固抑制作用,抗炎症作用,変異性抑制作用などが認められている重要な薬であります。
 古典的な薬能を省略しましたが,ごく簡単に申しますと,『薬徴』に「停滞している病毒を下す。したがって腹や胸の膨満や腹痛,便秘,小便の出が悪いものを治す。それから黄疸や,血液の停滞による病状を治す」となっております。

■古典における用い方
 この処方の使い方は,古典的な用い方としては次のようになっております。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』には,「この処方は頭瘡のみならず,すべて上部頭面の発瘡に用いる。清上防風湯(セイジョウボウフウトウ)は清熱を主とし,この方は解毒を主とす」とあり,要するに頭にできる化膿性の腫物や,体の上部や面部にできる皮疹を中心に使う,ということであります。清上防風湯との違いはこの通りであります。
 また2番目に,これも浅田宗伯の『済生薬室(さいせいやくしつ)』に,「毛根部にのみ出る皮膚病にもよいが,すべて頭や顔に出るものによい」となっております。
 3番目に『先哲医話(せんてついわ)』にあります福井楓亭の口訣として「張子和(ちょうしわ)曰く,およそ頭瘡,腫瘡の発するところ水気必ず集まる。故に下剤によろし。余,その説に基づき,頭瘡に蒼朮を加える。すなわち水気を去るためである。この実するものは牽牛子(ケンゴシ)を用いてよく奏効す」とあります。牽牛子には瀉下作用があります。

■現代における用い方
 この処方の現代的な用い方,目標,応用疾患などについて申し上げますと,亡くなられた大塚敬節先生が汎用された処方でありまして,先生の著書の『漢方診療医典』に多々記載されております。これを読んでみますと「本方は日本の経験方であって,中和解毒の効があるとされ,小児の頭瘡で分泌物,瘙痒,痂皮を認めるものを目標として用いる。大体小児の頭瘡というが,少年や大人でもよい。顔面や頸部,腋窩,陰部などに発赤,丘疹,水疱,びらん,結痂を作るもので,実証の場合であり,下剤の適応するものが多い。便通あるものには大黄を去って用いる。小児の頭瘡は短期間では治癒が困難なものが多いので,ある期間の運用が必要である」とあり,方中の連翹,忍冬などの薬能の解説もあります。
 そこでこのような用い方によって,小児の頭部の湿疹,胎毒を治し,諸湿疹などに用いられ,近年はアトピー性の皮膚炎などみもよく用いられます。私の経験では,成人男人の頭部にできるFurunkulosisがなかなか治らなかったのですが,この方剤を1ヵ月近く飲ませましたところ,根治した例があります。

鑑別処方
 鑑別を要する処方としては,次のものがあります。清上防風湯は,浅田先生がちょっと解説されている通りです。消風散(ショウフウサン)は非常によく似た皮膚発疹の様相がありますが、漿液の分泌が見られる場合にこの方がよく効きます。
 それから当帰飲子(トウキインシ)は,むしろ皮疹の様相があまりはっきりしないが非常に痒いという場合で,主として高齢者に現われます。たとえば老人性皮膚瘙痒症などに出ますが,子供のアトピー性皮膚炎で割合に乾燥性で,皮疹があまり元気のないような状態の時によく使われることがあります。
 それから葛根湯(カッコントウ)が用いられる場合もありますが,これの適応症は比較的急性期で,瘙痒が非常に激しい場合であります。

 次に症例ですが,大塚先生はこの処方をよく用いられてたくさんと症例がありますが,先生の著書の『症候による漢方治療の実際』に載っておりますので,省略いたします。


参考文献  
1)浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』1878年版.近世漢方医学書集成巻95,名著出版,1982
2)香川修庵:『一本堂薬選』1729年~1737年(序)版.近世漢方医学書集成巻68~69,名著出版,1981
3)汪 昂:『本草備要』.泰盛堂,1982
4)吉益東洞:『薬徴』1771年版.近世漢方医学書集成巻10,名著出版,1985
5)浅田宗伯:『済生薬室』.浅田宗伯選集全5巻,谷口書店,1987
6)浅田宗伯:『先哲医話』1880年版.近世漢方医学書集成巻100,名著出版,1983
7)大塚敬節:『漢方診療医典』.南山堂,1969
8)大塚敬節:『症候による漢方治療の実際』.南山堂,1983



副作用
重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症
 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、 体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム 値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の 投与等の適切な処置を行うこと。

2) ミオパシー
 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、 観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中 止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行うこと。 低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

 2) その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、 痒等
 このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
 [理由]  本剤によると思われる 発疹、発赤、 痒、蕁麻疹等が 報告されているため。
 [処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行うこと。

消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等
[理由]  本剤にはセンキュウ(川芎) ・ダイオウ(大黄)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、 悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと



妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1) 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
[本剤に含ま れるダイオウ(子宮収縮作用及び骨盤内臓器の充血作用)、コウカによ り流早産の危険性がある。]

(2) 授乳中の婦人には慎重に投与すること。
[本剤に含まれるダイオウ中のアントラキノン 誘導体が母乳中に移行し、乳児の下痢を起こすことがある]

2013年6月17日月曜日

大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう) の 効能・効果 と 副作用

明解漢方処方 (1966年)』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
調胃承気湯ちょうじょうきとう) (傷寒論)
 処方内容 大黄二・〇 甘草 芒硝各一・〇(四・〇) 頓服一回分。

 必須目標 ①便秘 ②舌は乾燥 ③脉緊張 ④悪寒なし ⑤軽度の腹満

 確認目標 ①譫語(うわ語) ②発熱 ③心煩 ④胸痛 ⑤口渇

 初級メモ ①本方の目標は便秘して、気症状(神経症状。うわ語、発熱、嘔吐感など)が強いにかかわらず(甘草主之)、腹満が大承気湯に較べて軽度である場合に用いる。
 ②もし便秘して吐食する者は、芒硝を去った大黄甘草湯を用いる。吐食に下剤を用いる理由は、漢方特有の病理論で,“南風を得んと欲すれば、先ず北窓を開く”(呉有可)の思想に基ずく。なお声量減少に吐剤を用いたりするのも同じ理由による。

 中級メモ  ①南涯「内病なり。熱実して心に迫る者を治す。その証、譫語、蒸々発熱、これ熱実の症なり。曰く心煩、鬱々微煩、脹満、これ血気、心に迫るをもって、腹中の水を消化する能わざるなり」。
 ②本方の証、劇しいときに下痢になるは南涯説のように、血気心に迫る勢強く、気症状の劇しいときに限られている。
 
 適応証 熱疾患に伴う便秘、下痢で、うわ語をいうとき。歯痛(歯痛には本方に桃仁、桂枝を加えた内容の桃核承気湯を繁用する)



和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう) 〔金匱要略〕

【方意】 裏の実証による便秘・食欲不振等のあるもの。     《少陽病,虚実中間かやや実証》

【自他覚症状の病態分類】

裏の実証




主証  ◎便秘


客証   食欲不振
   食後の悪心 嘔吐
   吃逆
 腹満 腹痛
 下痢






【脈候】 沈遅・沈微緊・やや数。

【舌候】 乾湿中間からやや乾燥。時に白苔。

【腹候】 腹力中等度。微満するが承気湯類のように強度のものではない。

【病位・虚寒】本方の構成病態は裏の実証であるが、裏の熱証を伴わず少陽病に位する。腹力は強実に至らず虚実中間からやや実証で用いられる。

【構成生薬】 大黄4.0 甘草2.0

【方 解】大黄は裏の実証に対応し、便秘・腹満・腹痛を治す。甘草は組合された生薬の働きを強調し、急迫を治功と共に、一方において激しい大黄単味の作用を抑えて副作用を防止する。本方には承気湯類と異なり、脾胃の気滞に有効な厚朴・枳実は配されていない。このために腹満は軽度のものであることが分かる。

【方意の幅および応用】
 A1裏の実証:便秘を目標にする場合。
   他に訴えのない慢性便秘、承気湯類を用いられない胃腸虚弱者の便秘
  2裏の実証:食欲不振・食後の悪心・嘔吐等を目標にする場合。
   胃炎、胃潰瘍、胃液分泌過多症、胃アトニー、食道・胃の通過障害、吃逆、便秘に伴う嘔吐。

【参考】*食し已りて即ち吐す者、大黄甘草湯之を主る。
     *此の方は所謂南薫を求めんと欲せば、必ず先ず北牖を開くの意にて、胃中の壅閉を大便に導きて上逆の嘔吐を止むるなり。妊娠悪阻、不大便者に亦効あり。同じ理なり。丹渓小便不通を治するに、吐法を用いて肺気を開提し、上竅通じて下竅亦通ぜしむ。此の方と法は異なれども理は即ち同じきなり。其の他一切の嘔吐、腸胃の熱に属する者、皆用ゆべし。胃熱を弁ぜんと欲せば、大便秘結、或は食已即吐、或は手足心熱、或は目黄赤、或は上気頭痛せば、胃熱と知るべし。上冲(上衝)の症を目的として用ゆれば大なる誤りはなし。虚症にも大便久しく燥結する者、此の方を用ゆ。是れ権道なり。必ず柱に膠(拘泥)すべからず。讃州の御池平作は此の方を丸として多く用ゆ。即今の大甘丸なり。中川修亭は調胃承気湯を丸として、能く吐水病を治すと言う。皆同意なり。  『勿誤薬室方函口訣』

     *栗園先生曰く、小児の吐乳大便せざるもの宜しく之を服すべし。  『勿誤薬室方函口訣』
     *大黄には裏の実証に対する瀉下作用・裏の熱証に対する抗炎症抗化膿作用・瘀血に対する駆瘀血作用・水毒に対する利尿作用(腎機能改善作用)・鎮静作用がある。
     *条文には鎮吐剤とされているが、便秘に伴う嘔吐である。一般に便秘以外の訴えは軽微である。本方は連用すると効力が落ちるので、長期に用いる場合は他剤に変える。
     *本方に鷓鴣菜を加えると鷓鴣菜湯となり、蛔虫症・悪心・心腹痛・唾沫・湿疹等に用いられる。


嘔吐の激しい時は、便秘していても下剤を用いないで、先ず嘔吐を止める手当てをするのが『傷寒論』の治療法則である。しかし10日以上も便秘して大便が硬い場合は、嘔吐がひどくても大黄甘草湯を用いて便通をつけるが良い。これで通じがつくと嘔吐もまたやむものである。銀魚老人『漢方の臨床』8・2・37


【症例】長期に嘔吐する者
 “食し了って吐する者は大黄甘草湯之を主る”と『金匱要略』にあり,常習便秘の人が食事をするとすぐに吐く場合に用いる。『積山遺言』に次の例が出ている。
 「近来一種の吐く病があって、膈噎反胃(胃癌)に似て日々食べたものを吐き、長い年月の間治らない。しかし元気が良く、動作は平常とちっとも変わらない。こ英間種々の治療をしたが効なく、便秘に眼をつけて大黄甘草湯を粉末にして長期間用いたところ自然に治った』
大塚敬節『症候による漢方治療の実際』286



『金匱要略の研究』 大塚敬節著 山田光胤校訂 たにぐち書店刊
【原文】
 食已即吐者大黄甘草湯主之。
 大黄甘草湯方
 大黄四両 甘草一両 (肘後作二両)
 右二味、以水三升、煮取一升、分温再服。

【よみ】
 食し己って即ち吐する者は、大黄甘草湯之を主る。
   大黄甘草湯の方
 大黄四両、甘草一両(『肘後方』には二両に作る)
 右二味、水三升を以て煮て一升を取り、分温再服す。

【解】
 この章は、吐せんと欲するものは下すべからずの論と矛盾するようであるが、『金匱要略析義』には、「旦暮を待たずして、食入れば即ち吐する者は、実に属す。是れ一時の致す所にして、漸く成るの証に非ざるなり。故に大黄甘草を以って之を折き、引きて下行せしむれば乃ち愈ゆ。上条の吐せんと欲する者は下すべからずと同し不く論ずべからず」という。『外台秘要』には、「又吐水を治す」ともある。
  大黄甘草湯の方
 大黄五・〇g 甘草一・五g(『肘後方』によると三・〇g)
 右の二味を、水六〇〇mlを以て煮て二〇〇mlとし、二回に分けて温服す。


『金匱要略解説(51)』 聖光園細野診療所広島診療所所長 山崎 正寿
■大黄甘草湯
 本日は『金匱要略』の嘔吐噦利病脈証治第十七の大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)のところに入ります。テキスト17頁7行目からで、前回の乾嘔、嘔吐の続きです。
 「食し已(おわ)ってすなわち吐するものは、大黄甘草湯これを主る(『外台(げだい)』の方、また吐水を治す)。
 大黄甘草湯の方。
 大黄(ダイオウ)(四両)、甘草(カンゾウ)(一両)。
 右二味、水三升をもって、煮て一升を取り、分かち温めて再服す」。

 簡単な文章ですが、一字一句に微妙な意味合いがあります。まず「食し已ってすなわち吐く」というのと、「食してすなわち吐く」というのとは違うというわけです。「食してすなわち吐く」というのは、食べ物が口に入るやいなや、たちまちに吐いてしまうことで、「食し已ってすなわち吐く」というのは、口から胃に入るやいなや、たちまち吐くとううことです。つまり食べ物が口に入った時か、あるいは胃に入った時かの違いなのです。これは単に食べ物の通過する場所と時間の違いを意味しているのではなく、起こっている病態が異なっていることを指しています。
  食べ物が胃の入り口にきて初めて吐くというのは、胃に宿食がある、つまり胃や腸内に不消化物が停滞していることを意味し、胃が実している、ないし胃に熱があるという病態であるといわれています。これを回食というとされています。
 一方、食べ物が胃に至る前の、口に入っただけで吐いてしまうのは、胃実や胃熱ではなく、胃腸の働きが弱って寒熱が入り組んだ状態にあるというのです。すなわち、大黄甘草湯のような胃実や胃熱を治す薬方の適応ではなく、たとえば乾姜黄芩黄連人参湯(カンキョウオウゴンオウレンニンジントウ)のような、寒熱両方を治す薬方を用いなければならないとされています。
 ここで胃実とか胃熱とかいっている胃は、単にstomachということではなく、胃や腸を含めた消化管機能全体を指しているととっていただきたいと思います。
 「食し已ってすなわち吐する」の「すなわち」にも意味があって、食べおわってただちに吐く場合は、先にいいました回食、つまり胃実でありますが、食べおわってしばらくして吐く場合は胃反の場合にみられるのであって、胃反は胃の虚ないし胃に寒があることを意味しています。
 このことはこの嘔吐噦下利病篇の初め、テキストでは168頁ですが、「胃中虚冷」とか「胃気に余り無けば、朝に食して暮に吐し、変じて胃反となる」とあるように胃反の朝食暮吐(朝食して暮れに吐くということ)というのは、食べてからしばらく時間が経っています。つまり食べおわってただちに吐くというのは、不消化物が停滞している宿食の状態であり、胃実であり、胃熱があることを指しています。当然この条文にありますように、大黄甘草湯の適応です。
 一方、食べおわってしばらくして吐くのは、消化機能の低下した胃反の状態であり、胃虚であり、胃寒であることを指しています。前回のお話にもありましたでしょうが、胃を温める働きのある人参(ニンジン)の入った薬方、大半夏湯(ダイハンゲトウ)などが適応になるわけです。このようにみてきますと、まさに『傷寒論(しょうかんろん)』と同じように、『金匱要略』も一字一句にまで微妙な意味を持って書かれていることがわかります。
 さて大黄甘草湯は、食べたものが消化管内に停滞して、そのために新たにものが入ってくると、ただちに吐してしまうという状態に陥る薬方ということがいえます。停滞しているのですから実であります。またそこに熱が生じています。したがって大黄という熱を去り、停滞を蕩滌((とうてき)押し流すこと)する作用のある薬で宿食を除き、一方で胃気を調和する作用のある、つまり消化機能を整える作用のある甘草を組み合わせてできあがった薬方といえます。今日大黄甘草湯といえば、単なる便秘薬というふうにみられがちですが、原典では胃実を除き、胃熱をとる薬として記載されていて大変有用な薬方であります。
 ところでこの大黄甘草湯の条文は、テキスト169頁の初めの「病人の吐せんと欲するものはこれを下すべからず」という条文と相反することをいっているようにみえます。嘔吐に関して下すべきものと下すべからざるものがあるということになります。大黄甘草湯の場合は、あくまで不消化物が停滞し、胃実、胃熱を生じているのであって、169頁の下すべからざる場合は、主として上焦に寒(冷え)があって、その場合は下してはならないということであります。
 さて大黄甘草湯をさらに理解するために『金匱要略』を少し離れ、浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ』をみてみます。浅田宗伯は、「この方はいわゆる南薫を求めんと欲せば、必ず北牖(牖は窓のこと)を開くの意にて、胃中の壅閉を大便に導きて、上逆の嘔吐を止むるなり」といっています。「南薫を求めんと欲せば、必ず北牖を開く」とは有名な語句で、南の暖かい風を室内に入れようとするならば、必ず北の窓を開け放たなければならないということで、病気でいえばちょうど嘔吐して、ものを上に出して苦しんでいる時は、胃の中に停滞しているものがあるのだから、大便として下に出してやることによって苦痛を除くことができ識ということです。
 さらに大黄甘草湯は、妊娠中の悪阻や便秘にも同じ理由で用いることができるし、大黄が入っているからといって実証でなければならないということもなく、虚証でも大便が燥結して久しく出ない(大便が乾いて硬くなって出ない)場合にも用いるといっています。
 ただ大黄甘草湯を用いる時は、胃熱ということが大切で、その見分け方は大便秘結、あるいはこの『金匱要略』の条文のように、食べおわったらすなわち吐く、あるいは手足心熱(手足の裏が熱する)、あるいは目が黄色く赤い、あるいはのぼせて頭痛がするなどという症候があれば、胃熱ありとすることができるといっています。ですから今日のような飽食の時代には、案外こうした胃熱の状態というのがみられるのではないかと思います。




『一般用漢方処方の手引き』 厚生省薬務局 監修 薬業時報社 刊
成分及び分量〕 大黄4.0,甘草1~2

用法及び用量〕 (1)散:1回0.75~1.5g, 1日1~2回(大黄甘草の比は2:1が望ましい)
             (2)湯:上記量を1日量とする。


効能又は効果〕 便秘

解説〕 金匱要略
 本方は嘔吐と便秘に用いられる。出典の金匱要略に「食しおわれば即ち吐すものは大黄甘草湯之を主る」とあり,嘔吐に用いられるが,作用としては瀉下作用があり,胃腸管内のふさがりを下に下して,胃をすかせて嘔吐を止める方意であるから,どんな嘔吐にも応用されるものではない。一般には便秘症ことに常習便秘に用い,便秘以外には訴えのないものによい。煎剤のほか丸散剤としても使われ,丸剤は大甘丸と呼ばれている。


参考文献名 生薬名 大黄 甘草 用法・用量
診療の実際 注1 4 1 *1
診療医典 注2 4 1
漢方医学 4 1
漢方入門講座 注3 4 1
大塚:治療の実際 注4
藤平:実用漢方療法 注5 10 5 *2

 注1  便秘して食べると嘔吐するもの,嘔吐症の軽症で,宿食が胃にふさがったもの,胃腸虚弱の便秘に用いる。

 注2   強度でない便秘に用いる。

 注3  見かけの上では,本方は鎮嘔剤だが,作用としては下剤である。漢方的には胃気を通じる。胃がふさがっている所へ食事が入って行くから,はみ出し押出されて吐く。樽の底を抜いて,上の口から出ようとするのを下へ誘導するのである。

 注4  「食しおわって後吐する者は,大黄甘草湯之を主る。」の原典の指示により,常習便秘の人が食事をとるとすぐ吐く場合に用いる。


 注5  常習便秘にはば広く使える。体力の強弱をあまり神経質に考えないで使える。便飾浴径便持:ほとんど何の症状もない場合。大甘丸を就寝前に20粒ほど飲んで,翌日ちょうどよい便通があれば,当分その粒数を飲むようにすると,そのうちに,飲まなくても通じがつくようになる。


【一般用漢方製剤承認基準】
173
大黄甘草湯
〔成分・分量〕 大黄4-10、甘草1-5
〔用法・用量〕 (1)散:1回0.75-1.5g 1日1-2回 (2)湯
〔効能・効果〕 便秘、便秘に伴う頭重・のぼせ・湿疹・皮膚炎・ふきでもの(にきび)・食欲不振(食 欲減退)・腹部膨満・腸内異常醗酵・痔などの症状の緩和
《備考》 注)体力に関わらず、使用できる。
【注)表記については、効能・効果欄に記載するのではなく、〈効能・効果に関連す る注意〉として記載する。】



【副作用関連】
【重投与内容とその理由】
慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)
(1) 下痢、軟便のある患者[これらの症状が悪化するおそれがある。]

本剤にはダイオウが含まれているため、下痢、軟便のある患者に投与するとこれらの症状が悪化するおそれがある。 

(2) 著しく胃腸の虚弱な患者[食欲不振、腹痛、下痢等があらわれることがある。]

本剤にはダイオウが含まれているため、著しく胃腸の虚弱な患者に投与すると食欲不   振、腹痛、下痢等があらわれるおそれがある。
また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されている。 


(3) 著しく体力の衰えている患者[副作用があらわれやすくなり、その症状が増強される   おそれがある。

本剤にはダイオウが含まれているため、著しく体力の衰えている患者に投与すると副作用があらわれやすくなり、その症状が増強されるおそれがある。


【重要な基本的注意とその理由及び処置方法】
(1) 本剤の使用にあたっては、患者の証(体質・症状)を考慮して投与すること。
なお、経過を十分に観察し、症状・所見の改善が認められない場合には、継続投与を避けること。

医療用漢方製剤のより一層の適正使用を図るため、漢方医学の考え方を考慮して使用
る旨を記載した。

(2) 本剤にはカンゾウが含まれているので、血清カリウム値や血圧値等に十分留意し、異常が認められた場合には投与を中止すること。

カンゾウは多くの処方に配合されているため、過量になりやすく副作用があらわれやすくなるので記載した。

 (3) 他の漢方製剤等を併用する場合は、含有生薬の重複に注意すること。
ダイオウを含む製剤との併用には、特に注意すること。

医療用漢方製剤を併用する場合には、重複生薬の量的加減が困難であるため記載した。
副作用のあらわれやすいダイオウを含有する処方に記載した。


(4) ダイオウの瀉下作用には個人差が認められるので、用法及び用量に注意すること。

ダイオウの瀉下作用には個人差が認められるので、記載した。



【使用上の注意】
●甘草
・偽アルドステロン症[低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等]に留意。
・ミオパシー[脱力感、四肢痙攣、麻痺等]に留意。
(併用注意)甘草含有製剤・グリチルリチン酸及びその塩類を含有する製剤

●大黄
・食欲不振、腹痛、下痢等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性の悪る婦人には投与しないことが望ましい。
・授乳中の婦人には慎重に投与[乳児の下痢を起こすことがある]
・併用する場合は、含有生薬の重複に注意。





製品名 ▲ 規格 販売会社 薬価
同効薬 / 同種薬 オースギ大黄甘草湯エキスG 大杉製薬 10.70
同効薬 / 同種薬 オースギ大黄甘草湯エキスT錠 大杉製薬 5.60
同効薬 / 同種薬 ツムラ大黄甘草湯エキス顆粒(医療用) ツムラ 5.30

2013年6月8日土曜日

越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
越婢湯
麻黄剤の中には、麻黄と桂枝が同時に組合されている方剤と、そうでないものとがある。麻黄と桂枝とが同時に組合わされている麻黄湯葛根湯大青竜湯などには発汗作用があるから、自汗のあるものには用いず、汗の出ない場合に用いる。ところが越婢湯・麻杏甘石湯には麻黄があって桂枝がなく、しかも石膏が配剤されているから、表に邪があっても、悪感・発熱の状態がなくて、口渇・多汗のあるものに用いる。
本方は麻杏甘石湯の杏仁の代わりに大棗と生姜とを配したものであるから、喘鳴を治する効は麻杏甘石湯に劣り浮腫を去り、尿利をます点では優る。従って本方はネフローゼ、腎炎の初期の浮腫、脚気の浮腫などに用いられる。
【越婢加朮湯】 越婢湯に朮を加えた方剤で、浮腫を去り、疼痛を去る力が強いので、越婢湯證にして水毒の甚しいものに用いる。


『漢方精撰百八方』

64.〔方名〕越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)
〔出典〕金匱要略

〔処方〕麻黄6.0 石膏8.0 生姜、大棗各3.0 甘草2.0 朮4.0

〔目標〕自覚的 浮腫、発汗傾向、渇、尿不利、脚力減弱等の傾向がある。
      他覚的 脈 沈にしてやや力があるか又は沈数。ときには浮状を帯びることもある。            舌 やや乾燥し、舌苔は白苔が軽度。
      腹 腹力は中等度で、ときに上腹部に振水音を証明する。

〔かんどころ〕むくんで、渇して、汗ばんで、小便少なく、脚弱る。

〔応用〕
1.脚気による浮腫で陽実証のもの
2.急性腎炎又はネフローゼ
3.関節リウマチ又は神経痛
4.諸種の皮膚疾患、殊に湿疹
5.眼瞼炎
6.帯状ヘルペス 7.リウマチ性紫斑病
8.丹毒
9.麻疹

〔治験〕この薬方を脚気の浮腫や腎炎に用いて効を得た例もあるが、私はこの薬方は皮膚疾患に用いる場合が一番多い。ことに湿疹には著効を得る場合が多いので、その乾性たるち湿性たるとを問わず、応用目標の中の二、三の症状が備わっていたなら、一応は試みてみる価値がある。湿潤の状態が強かったり、手足が冷えたりする場合には、附子を加えて、越婢加朮附湯として用いるとなお効果の顕著な事がある。
  45才の男子で、眼瞼周囲の湿疹、即ち眼瞼炎であるが、これが非常に高度で、眼瞼は腫れてふさがって眼を開ける事が出来ず、奥さんに手を引かれて大学の眼科、その他で治療を受けていたが全く効果の無かったものに、越婢加朮湯数貼が偉効を奏した例がある。
  また55才の婦人で、左三叉神経第一枝の走行に沿って来た帯状ヘルペスに、葛根湯その他で応ぜず、越婢加朮湯に転方した翌日から目に見えて好転し、あのみにくいあとをほとんど残さずに治癒した。以上に例とも渇と尿不利の傾向があった。しかしときには何のとらえ所もなく、ただ陽証の皮膚疾患という目標だけで応用してみて奏効した例もあるから、湿疹等で処置に窮した場合には、一度は試みてよい薬方である。
藤平 健


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
5 麻黄剤(まおうざい)
麻黄を主剤としたもので、水の変調をただすものである。したがって、麻黄剤は、瘀水(おすい)による症状(前出、気血水の項参照)を呈する人に使われる。なお麻黄剤は、食欲不振などの胃腸障害を訴えるものには用いないほうがよい。
麻黄剤の中で、麻黄湯葛根湯は、水の変調が表に限定される。これらに白朮(びゃくじゅつ)を加えたものは、表の瘀水がやや慢性化して、表よ り裏位におよぼうとする状態である。麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)は、瘀水がさらに裏位におよび、筋肉に作用 する。大青竜湯(だいせいりゅうとう)小青竜湯(しょうせいりゅうとう)・越婢湯(えっぴとう)は、瘀水が裏位の関節にまでおよんでいる。

7 越婢湯(えっぴとう)  (金匱要略)
〔麻黄(まおう)六、石膏(せっこう)八、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各三、甘草(かんぞう)二〕
本 方は、表に邪があり、瘀水が停滞しているものに用いられる。口渇、多汗を第一目標とし、悪風、自汗、喘咳、小便不利、下肢の腫痛などを目標 とする。本方は、大青竜湯から桂枝と杏仁を除いたもので、麻黄と石膏の組み合わせ(前出、薬方を構成する理由の項参照)となり、止汗作用を現わす。また、 麻杏甘石湯(前出、表証の項参照)の杏仁のかわりに、大棗と生姜を加えたものである。したがって、喘咳を治す点では、麻杏甘石湯がまさり、浮腫を去り尿利 を増す点では、越婢湯がまさっている。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、越婢湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎その他の呼吸器系疾患。
一 腎炎、ネフローゼ、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 水虫、田虫、湿疹その他の皮膚疾患。
一 そのほか、神経痛、よう、瘭疽、黄疸など。

越婢湯の加減方
(1)越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)
〔越婢湯に朮四を加えたもの〕
裏の水が熱のために上部に動揺し、口渇、浮腫、自汗(分泌過多)、小便不利または減少、脚部の麻痺・痙攣などをあらわすものを目標とする。越婢湯證で、水毒のはなはだしいものに用いられる。


明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう) (金匱)

 処方内容 麻黄六、〇 石膏八、大棗、朮各四、〇 甘草二、〇 生姜一、〇 (二五、〇)

 必須目標 ①全身浮腫(とくに脚が甚しい) ②尿量減少 ③口渇 ④沈緊脉 ⑤胃腸は丈夫

 確認目標 ①表症(頭痛、悪風など)なし ②喘咳 ③皮膚病の内攻による浮腫

 初級メモ ①麻黄加朮湯(表の水滞ゆえ脉は浮)より一段と深く裏位に水滞している状態で脉は沈緊になる。
 ②本方は浮腫に繁用するが、習慣性流産症の妊婦には禁忌である。そのときは麻黄加朮湯を考える。
 ③本方の浮腫は脚が著しいが、もし本方無効のときは大柴胡湯の適することが多い。

 ④もし全身浮腫なら本方より五苓散を用いる症の方が多い。
 ⑤本方は例外の使用として時に小便自利(尿量増大)に用いることがある。(たとえば夜尿症)。が、そのときは浮腫がないことが必須目標になる。

 中級メモ  ①越婢湯の名称については古来諸説あるが、越痺湯が正しいとするのは荒木正胤氏の説である。(漢方と漢薬一〇巻八、九号)

 ②本方を皮膚病内攻の腎炎に用いるときは、薬効により皮膚病が再び表面に出てくるから予めその旨を患者に告げておくとよい。そうなったら本方に伯州散を兼用して、腎炎と皮膚病を同時に治療するようにする。
 ③本方証に似て陰証の体質のときは附子一、〇薏苡仁一二、〇を加える。主として急性多発性のリウマチに用いている。ただし一説には石膏と附子の配合は禁忌ではないかといわれている。
 ④南涯「越婢湯の症にして、表裏に水気あり外発する能わず、伏熱する者を治す。その症に曰く、一身腫、面目黄腫、脉沈、小便不利、これ裏に水あって気のびず。故に朮を加う。曰く黄腫は熱候の表に見れるなり。汗出でず悪風せざるは裏に水あるをもって、気外発する能わざるなり。病、表裏にあり」
 
 適応証 急性リウマチ(なお本方証のリウマチはプレドニゾロン系の新薬が無効の者が多い)。皮膚病(湿疹、水虫、田虫など)。夜尿症。脚気。急性腎炎。急性結膜炎(流涙多く、眼瞼はただれ、汚い外観を呈する)。

 類方 越婢湯(金匱)
 これが原方であり、加朮湯と違う点は悪風し、脉は浮脉で自汗出て口渇しない。即ち表病の薬である。南涯「表病

 文献 「越婢加朮湯」 奥田謙三(漢方の臨床1、3、22)



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集 中日漢方研究会
5.越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう) 金匱要略
麻黄6.0 石膏8.0 生姜3.0(乾1.0) 大棗3.0 甘草2.0 朮4.0

(金匱要略)
○裏水本方主之。(水気)
○裏水者,一身面目洪腫,其脉沈,小便不利,故令病水仮如小便自利,此亡津液,故令渇也,本方主之(水気)
○肉極,熱則身体津脱,腠理開,汗大泄, 厲風気,下焦脚弱,本方治之。(中風)

漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
 越婢湯:病邪が体表にあって且つ水分が停滞する場合の処方で浮腫,自汗,喘咳,口渇,などがあり,尿利は減少し,悪風がして脈浮となり,あるいは下肢に腫痛がおこるなどが目標とするものである。本方は越婢湯の証で小便不利のものと類聚方にある。また用方経験に風湿により疼痛し屈伸することができず,煩渇(ひどく口渇する)あ風,小便渋るもの,あるいは水病(水飲,水毒)で喘咳があり,水をさかんにのみ,小便短少(出が悪く)悪寒するもの,あるいは身体上部に症状がなく,身体下部だけ浮腫があり,あるいは鶴膝風(膝関節炎)といわれるようなものにみなよいとある。内科秘録には急に発病した表水(体表にある水毒)で悪風,微熱,脉浮数,あるいは口渇のあるものは越婢加朮湯がよいとある。

漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水三先生
 越婢湯:麻黄剤の中には,麻黄と桂枝が同時に組合されている方剤と,そうでないものとがある。麻黄と桂枝とが同時に組合わされている麻黄湯葛根湯大青竜湯などには発汗作用があるから,自汗のあるものには用いず,汗の出ない場合に用いる。ところが越婢湯,麻杏甘石湯には麻黄があって桂枝がなく,しかも石膏が配剤されているから,表に邪があっても,悪感,発熱の状態がなくて,口渇,多汗のあるものに用いる。

本方は麻杏甘石湯の杏仁の代わりに大棗と生姜とを配したものであるから,喘鳴を治する効は麻杏甘石湯に劣り浮腫を去り,尿利をます点では優る。従って本方はネフローゼ,腎炎の初期の浮腫,脚気の浮腫などに用いられる。

 越婢加朮湯:越婢湯に朮を加えた方剤で,浮腫を去り,疼痛を去る力が強いので,越婢湯證にして水毒の甚しいものに用いる。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 裏の水が表に浮んで浮腫,自汗,小便不利等を表わすものである,浮腫あるいは汗出で,小便不利を主目標とする。脈は沈で渇がない。「汗出で」を眼の流涙に用いたり,「肉極」を潰瘍,贅肉,ケロイド,ポリープ,フリクテンに当てたり,「脚弱」を下肢の麻痺に用いたりする。分泌物が多いもので,その状態がただれて,汚なく見えるのが特徴である。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成:大青竜湯から梗枝,杏仁を抜いたのが越婢湯で,越婢湯に朮を加えたのが本方である。越婢湯の大棗は大青竜湯よりも増量してあるが,どうもこの場合の大棗は強心的に作用するのではないかと疑っている。越婢湯は風が胃に入り,胃気熱蒸し,水を駆って表に身腫を起すと説く学者もいるが,私は風が肺に入ったもので肺水の其身腫,小便図,時々鴨溏に対応するのではないかと考えている。越婢湯の名称は古来越婢湯、起脾湯,起痺湯などの異説が未解決のまま残されている。本方はなかり頻用する。
運用 1.浮腫
 発熱の有無に拘らないが,無熱の時に本方を使うことの方が多い。脉は無熱時には沈だが,発熱時には洪にもなる得る。小便不利する。殆んど之だけを目標にして使ってもよく,時には咳嗽などあっても構わぬが脳痛,悪寒等の表証はない。「裏水のもの一身面目黄腫,其脉沈,小便利せず,故に水を病ましむ。もし小便自利するはこれ津液を亡うり。故に渇せしむ。」(金匱要略水気病)こ英裏水を皮水とした本もあるが,私は裏水でよいと思う。他の所にも裏水となっているし,処方の構成からみても皮水とは思われない。水気には風水、皮水等四種のほかに五臓の水有り,痰飲の水有り,気分血分有りで頗る繁雑だが,私は裏水とは表水(風水,皮水等)に非ざるものを広く指しているのではあるまいかと考える。その裏水の中で越婢加朮湯は正水,石水,黄汗,肺水などに応用し得るのではないかとも考える。之に就ては更に考えを練って別著漢方医学大系に於て論ずることにしたい。(中略)
 もし小便不利以下の文は本方の適応証ではなく,小便不利に対して比較的に云ったもので,小便が不利するのは身体に水分が潴溜して浮腫になっており,小便が自利するのは身体に水分か欠乏し(津液を亡ひ)渇も起るのは当然のことであろう。臨床的には各種の浮腫,腎臓炎,ネフローゼ,萎縮腎,心臓機能不全,脚気その他に応用できる。但し栄養失調生のもの,悪液質などに用い難い。脉沈の浮腫で区別すべきは凡ての虚寒証の浮腫,実証では柴胡加竜骨牡蛎湯木防已湯,木防已去石膏加苓朮湯など。

運用 2.眼病
 裏水の応用で,条文に面目黄腫とあるのを涙にとり,流涙の多いもの,後条の肉極を参照して眼瞼ただれてきたなきものを目標にして使う。充血,羞明,めやに,流涙,痛み或は痒みもある。脉は沈である。
 「眼珠膨張熱痛,瞼胞腫張,及び爛瞼風痒痛羞明,■涙多きものを治す。」(類聚方広義)を参照するとよい。眼瞼炎,結膜炎,角膜炎その他に用いる。大小青竜湯,桃核承気湯苓桂朮甘湯瀉心湯など区別を要する処方はあるが,此等は脉浮だったり,涙が少なかったりする点が違うし,その他に別に各処方に固有な症状があるから注意する。越婢加朮湯の最も特徴的な点は爛れてきたなく見えることである。
■:氵+多

運用 3.実証の脚弱
 「肉極,熱するときは則ち身体の津脱し,腠理開き汗大いに泄る。厲風気,下焦脚弱」(金匱要略中風)漢文は本当に難しい。言葉が判らぬ上に前には亡津液には使わないように書いてあり乍ら今度は津脱に使う。肉極とは外台秘要方に刪折肉極論を引用して「凡そ肉極は脾を主るなり。脾,肉に応ず。肉と脾と合し,若し脾病むときは則ち肉色を変じ云々。脾風の状,汗多く陰動じ寒に傷らる。寒なれば則ち虚す。虚せば則ち体重く怠惰し,四肢挙ることを欲せず。飲食を欲せず。食すれば則ち欬す。欬すれば則ち右脇下痛み陰々として肩背に引きして以て動転すべからず。名けて厲風と曰う。」と。註釈に註釈が要り,その註釈に又註釈が要るから厄介千万である。五行の有当から云うと肉は脾に属することになっている。五に脾が病むと肉の色が変る(之を臨床に応用して潰瘍などの肉芽の色の悪いのに越婢加朮湯を使うことにする。)脾は肉にも関係するし,体の水分にも関係する。故に脾が虚すと肉の力が衰え水分が停滞し身重とか,体重とかが起る。浮腫も起り得る。体重怠惰すれば四肢を動かすのをいやがる。脾は消化機能に関するから脾が弱れば食欲が進まない。脾は穀気に堪えず,熱を帯びてくる。その熱と脾は穀気を受けて之を肺に送るから両方が一緒になって肺に熱を生じ,(越婢加朮湯には肺熱をさます麻黄が入っている。)咳を起す(越婢加朮湯は咳にも使い得る)欬は気である。気は右血は左だから,欬によって
右の脇下が痛みを起し,それが肩背に放散し,肩胛関節若しくは上半身を動かすこともひねることも出来にくくなる。このようなものを厲風というのであって癩病のことではない。脾と肺の関係は前述の通りだが,五行の相生によると脾土肺金を生ずで関係がつく。(同様に脾土腎水を剋すで脾と腎とは相剋関係にある。今脾熱を生じたるにより腎水が剋され、小便不利,脾弱を起したとの説明がつく。)右脇下痛肩背に牽引痛を起すのは(臨床的にはむしろ小青竜湯を使うことが多いが,越婢加朮湯の適応証もあるかもしれない。私には経験がない)肺金が虚すと肝木が盛んになる。肝は胆と表裏をなすものだから胆経には故障が起る。胆経は脇下から肩へ行っている経絡ゆえ,同部に痛みが起る。右と指定したのは人体の右は気に,左は血に偏向するものであろう。(現代医学的には肝臓の反射点は右肩に在る。)
 津脱は体内の水分が脱出するとの意,腠理は皮膚の紋理で,そこから気が出入し,汗が出,邪気も入ってくる場所と考えられている。肉極や,厲風の中にもさまざまな証が分れていて,越婢加朮湯もその一つに数えられるのであろうが,越婢加朮湯の場合は内に熱があって,その熱のために津液を外に脱出させ,皮膚に於て停滞すれば浮腫になり,皮膚外に洩れれば汗になる。それが津脱だし,腠理開き汗大いに泄るであろう。たから体内の水分が欠乏したというわけではなくて,ただ水分の分配が異常なのがその本態である。水が表へ浮んで肌肉に多くなると恐らく水血症(HYDRAEMIE)か筋肉の水分過多症を起すのであろう。(之は潰瘍などからも推定できる。筋肉の水分過多症については現代医学に知見がない。)起立位に於てはどうしても下肢に力が加わり,負担が増すと共に血液の循環障害も起りやすくなる。(下腿浮腫,潰瘍や特発性脱疽からも考えられる) 従って脚弱が起って来る。脚弱とは横臥したのでは判らない。起立や歩行に際してはじめて感じる自覚症状である。下焦は部位的には下腹部,腰部,下肢等を総称したことになり,腎に属するものである。機能的には排泄であり,大小便,生殖等に与り,特に今の場合は水分の循環調節というような意味がある。前に脾と腎の関係を五行説的に述べたが,腎といえば下焦のことだし,下焦といえば症状としては,小便不利や自利や起ることも予想される。漢方はこういう風に連想的な機構によって形成されているのだ。臨床的には難解な条文の内から拾って,肉極と津液表泛から目や体表の炎症で肉の色が変り,分泌が多いもの。津液表泛から浮腫,脚弱から麻痺,運動失調,リウマチ等に応用の途を開いて行く。勿論,内熱その他の基本条件があって,その上で起る症状という点を忘れてはならぬ。脚弱の応用としては脚気で下肢の知覚麻痺は不定だが運動麻痺は必発する。下肢運動麻痺,各種の中枢神経疾患にも使う。脉沈,小便不利する。脳出血後の半身不随にも使い得る。筋肉リウマチ,前記の肉極四肢を挙ぐることを欲せずによって使う。脉,小便を参考にし,且つ他に表証なきことを確かめて使う。

運用 4.分泌のある皮膚病
 湿疹,たむし,水虫等で部位は必ずしも下半身とは限らぬが,分泌があり,その量は多くても少なくても宜しいが,何となくきたなく見えるもの,痂皮,脂漏を交えたものなどに適する。之は肉極性のものと考えられるからだ。金匱要略水気病に「腎水は其腹大臍腫,腰痛溺することを得ず,陰下湿ること牛の鼻上の汗の如くその足検冷,面反って痩す。」を参照して,いんきんたむしにも使う。勿論いんきんたむしと雖も越婢加朮湯の証ばかりとは限られず,苓姜朮甘湯小柴胡湯桃核承気湯大黄牡丹皮湯八味丸当帰芍薬散,土瓜根散,薏苡附子敗醤散等の証があるが,脉沈と瘡面が肉極性のものを狙って越婢加朮湯を用いるのである。

運用 5.下肢静脉拡張病
 青少年に多いバリックスに使う。筋痛,脉沈を参照する。バリックスはこの他に桃核承気湯,桂枝茯苓丸,当帰芍薬散当帰四逆加呉茱萸生姜湯などの証が現われる。

※バリックス(varix)(下肢静脈瘤)     下肢の静脈弁(venous valve)が壊れてしまう病気


運用 6.化膿症
 皮下膿瘍,筋炎,ひょう疽,などで痛み,腫張が強く,皮膚面の発赤はチアノーゼ様に暗赤色を呈し,発熱するも悪寒不足,脉沈数のものに使う。患部の模様が白虎加桂枝湯に似た所もあるか台脉大と沈とで区別する。その他白虎加桂枝湯には熱候強く表証を伴うことも多い。口渇も白虎加桂枝湯の方が多く見られる。桃核承気湯ではもっと鬱血的であるし表証はない。大黄牡丹皮湯は下半身で充血的である。潰瘍で分泌物がきたなく所謂やにの多いものに越婢加朮湯を使う。瘡面は水っぱく赤味が少い場合と,赤味はあってもくすんで紫がかった暗赤色を呈している場合とがある。之は肉に熱を帯びてしかも水分過剰のためと見ている。尾台榕堂先生は越婢加朮湯に附子を加え,「諸瘍久しきを経て流注となるものを治す。」という。要するに越婢加朮湯は表に於ては熱も水もありしかも発汗し難いものというのが狙いである。

運用 7. その他
 黄疸で浮腫,小便不利のもの,肺尖カタル,妊娠腎で浮腫発熱喘咳小便不利のもの,但し小青竜湯と鑑別を要す。バセドウ氏病で心悸亢進,呼吸促進,口舌乾燥渇,眼球突出し,小便不利のものなどに使った例がある。



現代漢方治療の指針
  〈漢方処方解説シリーズ抜粋
 咽喉がかわき,浮腫または水疱の甚だしいもの。あるいは分泌物の多いもの。
 本方は,通常浮腫の著しい急性腎炎,ネフローゼ,あるいは分泌物の多い湿疹に繁用される。平常強健な人で,未だ体力の衰えない時期に限り,慢性症状にも適用できるが,虚弱体質や衰弱した患者には使用してはならない。浮腫がそれ程でもなく,咽喉のかわきが甚だしくてむやみに水を欲しがる場合には本方より,五苓散の方が適し,感冒後などで,浮腫も口渇も少なく,蛋白尿が出る場合には小青竜湯がよい。また心不全などによる呼吸困難を伴う浮腫には木防已湯などを考慮すべきである。急性関節炎ではれて痛む時にはよいが,慢性なら麻杏薏甘湯が適する。夜尿症に応用する場合は,健康な小児でぐっすりと熟睡して夜尿するものに使用し,反対に虚弱児の夜尿には小建中湯を連用させるべきである。本方を服用して心悸亢進を起すときは,桂枝加竜骨牡蛎湯あるいは五苓散で,衰弱するときは小柴胡湯あるいは補中益気湯で治療すればよい。



【一般用漢方製剤承認基準】
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越婢加朮湯
〔成分・分量〕
麻黄4-6、石膏8-10、生姜1(ヒネショウガを使用する場合3)、大棗3-5、甘草1.5-2、白朮3-4(蒼朮も可)
〔用法・用量〕

〔効能・効果〕
体力中等度以上で、むくみがあり、のどが渇き、汗が出て、ときに尿量が減少するものの次の諸症:
むくみ、関節のはれや痛み、関節炎、湿疹・皮膚炎、夜尿症、目のかゆみ・痛み


【副作用】
1) 重大な副作用と初期症状     
 1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
 2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。  低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う 。

2) その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、 痒等
[理由]  本剤によると思われる発疹、発赤、 痒等が報告されている(企業報告)ため、上記の副作用を記載した。 
[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行うこと。
自律神経系:不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興奮等  
[理由]  本剤にはマオウが含まれているため、不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興 奮等の自律神経系症状があらわれるおそれがあり、上記の副作用を記載し た。
[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと。
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、軟便、下痢等
[理由]  本剤にはセッコウ・マオウが含まれているため、食欲不振、胃部不快感、 悪心、嘔吐、軟便、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されている 。これらのため、上記の副作用を記 載した。  
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと
泌尿器:排尿障害等
[理由]  本剤にはマオウが含まれているため、 排尿障害等の泌尿器症状があらわれるおそれがあり、 上記の副作用を記載した。
[処置方法]  直ちに投与を中止し、適切な処置を行うこと。 
 
(追記)
コロナの予防接種時に服用すると副作用が抑えられる。
接種前に1包(2.5g)、接種直後に追加で1包。 
痛みが出なければ、廃薬。
もし痛みが出てきたら2回目内服から2時間後に3回目の内服、
その後は1日3回で痛みが取れるまで内服継続

2013年6月5日水曜日

茵蔯五苓散(いんちんごれいさん) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
五苓散(ごれいさん)
本方は表に邪があり裏に水の停滞するものを治する方剤で、口渇と尿利減少を目標として諸種の疾患に応用される。脈は浮弱のことが多い。また口渇があって煩躁し水を飲まんと欲し、水が入れば則ち吐する者にも用いられる。熱の有無に関らない。
本方の応用としては感冒或は諸熱病で、微熱・口渇・尿利減少の場合、胃アトニー・胃下垂・胃拡張等で胃腸内に拍水音があり、眩暈または嘔吐に苦しむ場合、 ネフローゼの浮腫、心臓弁膜症に伴う浮腫、急性胃腸カタル後の口渇、尿量減少・浮腫・水瀉性下痢・暑気当り・陰嚢水腫等である。
本方の薬物中、沢瀉・猪苓・茯苓・朮は何れも体液調整剤で、胃内停水を去り、尿利を良くし浮腫を去る。本方證の嘔吐・眩暈・口渇等は何れも体液の偏在によ るものであるから、これらの薬物の協力作用によって体液が循流すれば自然消失するものである。桂枝は微熱を去る効があり、また他の諸薬の利水の効を助ける ものである。

加減方としては茵蔯五苓散がある。これは五苓散に茵蔯を加味した方で、カタル性黄疸にして口渇・尿利減少の者に用いる。また飲酒家の黄疸・浮腫にもよろしい。茵蔯は黄疸に対して特効のある薬物である。
平胃散と五苓散の合方を胃苓湯と名づけ、水瀉性下痢または浮腫に用いる。小柴胡湯と五苓散との合方を、柴苓湯と名づけ、小柴胡湯の證で口渇・尿利減少の者に用いる。
陰嚢水腫には五苓散に車前子・木通を加えて効がある。


『漢方精撰百八方』
 50.〔方名〕茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)
〔出典〕金匱要略

〔処方〕茵蔯蒿を粉末にしたもの2.0五苓散末1.0に混和して、一日三回に分けてのむ。また煎剤として用いてもよく、この場合は、茵蔯4.0 沢瀉5.0 猪苓、茯苓、朮3.0 桂枝2.0を一日分とする。

〔目標〕この方は、金匱要略に、単に「黄疸は茵蔯五苓散之を主る。」とだけしか出ていないが、すべての黄疸がこれで治るわけではない。五苓散を用いるような目標があって、黄疸のあるものに用いると思えばよい。

〔かんどころ〕口渇、小便不利があって、黄疸のあるもの、便秘があれば、茵蔯蒿湯を考える。

〔応用〕肝炎。ネフローゼ。腎炎。浮腫。月経困難症。

〔治験例〕1.急性肝炎
 八才の男児。三日前に突然、腹痛を訴えて食事を吐いた。医師は虫垂炎だろうと診断して、冷罨法と安静を命じた。翌日には、悪心、嘔吐の他に、口渇もあり、尿に蛋白が出るので、腎炎だと診断したという。三日目にわたくしが往診した時には、腹痛はなく、口渇と、食欲不振があり、体温が三十八度ほどあった。腹診するに、腹部はやや膨満し、どこには圧痛はない。尿はひどく着色して、一見しても黄疸がやがて現れるであろうことが推測できたので、二、三日中に黄疸になるが、これを飲んでおれば軽くてすむだろうと云って、茵蔯五苓散を与えた。
 これをのむとその夜より尿が多く出るようになり、翌日は食欲が出た。口渇もやんだ。黄疸も軽微で、そのまま十日もたたずに全治した。

2.ネフローゼ
 二十才の女子。六ヶ月ほど前に、突然ひどい浮腫が来て、ネフローゼと診断せられ、某病院に入院したが、一旦消失しかけた浮腫は、更にひどくなり、眼瞼がふさがるほどになった。尿量は一日に200ml程度で、口渇があるという。よって担当の医師の求めに応じて茵?五苓散を用いたところ、漸次尿量増加し、口渇やみ、一ヶ月ののちには、全く浮腫が去った。


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
11 駆水剤(くすいざい)
駆水剤は、水の偏在による各種の症状(前出、気血水の項参照)に用いられる。駆水剤には、表の瘀水を去る麻黄剤、消化機能の衰退によって起こ る胃内停水を去る裏証Ⅰ、新陳代謝が衰えたために起こった水の偏在を治す裏証Ⅱなどもあるが、ここでは瘀水の位置が、半表半裏または裏に近いところにある ものについてのべる。

2 五苓散(ごれいさん)  (傷寒論、金匱要略)
〔沢瀉(たくしゃ)五分、猪苓(ちょれい)、茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)各三分、桂枝(けいし)二分。湯の場合は、沢瀉六、猪苓、茯苓、朮各四・五、桂枝三〕
表に熱、裏(胃部)に停水があるため、表熱によって瘀水が動き、それにつれて気の動揺をきたし、上衝するものに用いられる。したがって、発 熱、頭痛、めまい、口渇(本方證の口渇は、煩渇引飲といわれ、いくら飲んでも飲みたりないほど強いものである)、嘔吐(わりあい楽に吐くもの)、心下部振 水音、腹痛、臍下悸、尿利減少、下痢(水様便が多量に出る)などを目標とする。また、口渇のために水を飲みたがるが、飲むとすぐに飲んだ以上に吐くものを 目標とすることもある。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、五苓散證を呈するものが多い。
一 胃拡張症、胃アトニー症、胃下垂症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 腎炎、萎縮腎、ネフローゼ、膀胱炎、陰嚢水腫、尿毒症、浮腫その他の泌尿器系疾患。
一 カタル性結膜炎、仮性近視、角膜乾燥症、夜盲症その他の眼科疾患。
一 宿酔、ガス中毒、船酔いその他。
一 感冒、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
一 そのほか、火傷、脱毛症、糖尿病、日射病など。

五苓散の加味方

3 茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)  (金匱要略)
〔五苓散に茵蔯四を加えたもの〕
本方は、五苓散證で黄疸の併発したものに用いられる。したがって、黄疸で発熱が少なく、口渇、浮腫、心下部膨満、振水音、尿量減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、茵蔯五苓散證を呈するものが多い。
一 急性黄疸などの肝臓機能障害。
一 腎炎、ネフローゼなどの泌尿器系疾患。
一 そのほか、宿酔。


明解漢方処方 (1966年)』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
茵蔯五苓散(いんちんごれいさん) (金匱)

 処方内容 茵蔯蒿末二、〇 五苓散一、〇 (五苓散の内容は五苓散の条を参照のこと) (三、〇)
 以上の割合で混合し一日六、〇を食前に分服する。
  必須目標 ①黄疸(茵蔯蒿湯に比べて軽度) ②口渇甚しい ③尿量減少 ④便秘せず ⑤頭汗なし

 確認目標 ①下痢または軟便 ②腹水 ③嘔吐感 ④疲労感 ⑤微熱 ⑥食慾不振 ⑦沈脉 8季肋下部に圧痛なし。

 初級メモ ①本方の最大目標は口渇と尿量減少が甚しいことである。茵蔯蒿湯との区別は茵蔯蒿湯の条を参照のこと。
 ②普通、たとえ本方の証の患者であっても、最初の三、四日は茵蔯蒿湯を与えて、先ぶ充分下痢させて腸毒を除いてから本方に変える方が経過が速いようである。
 ③本方の内容は五苓散に茵蔯蒿一味を加えたもので、一見五苓散加茵蔯と称するのが当然のように思えるが、そういわないわけは茵蔯蒿が主薬で分量も多く、五苓散が佐薬になっているためである。
 ④本方は二日酔で煩悶し口渇の劇しいものに用いて卓効がある。

 中級メモ ①五苓散が佐薬である証拠として、五苓散だけなれば脉は必ず浮脉を呈する筈であるのに、本方は沈脉を原則としている。沈脉は病毒が裏位にあることを示している。もし表証(頭痛、発熱など)があり、脉が浮脉であれば、そのときこそ五苓散二・〇茵蔯蒿末一・〇を混合して五苓散加茵蔯を用いるべき証である。
 ②金匱の条文に「沈脉、渇して水を飲まんと欲し、小便利せざる者は当に黄を発すべし」選。即ち本方の証をよく示している。
 ③吉益南涯「裏病。五苓散証にして、汗出でず水滞し、瘀熱ある者を治す。症に曰く黄疸、これ瘀熱の候なり」

 適応証 流行性肝炎。ネフローゼ、腎炎の浮腫。二日酔。

 文献 「五苓散と茵蔯五苓散」大塚敬節(漢方の臨床2、12、3)




【一般用漢方製剤承認基準】
6 茵蔯五苓散
〔成分・分量〕
沢瀉4.5-6、茯苓3-4.5、猪苓3-4.5、蒼朮3-4.5(白朮も可)、桂皮2-3、茵蔯蒿3-4
〔用法・用量〕
(1)散:散の場合は茵蔯五苓散のうち茵蔯蒿を除いた他の生薬を湯の場合の1/8量を用いるか、茵蔯五苓散のうち茵蔯蒿を除いた他の生薬の合計が茵蔯蒿の半量となるように用いる。(1回1-2g 1日3回)
(2)湯
〔効能・効果〕
体力中等度以上をめやすとして、のどが渇いて、尿量が少ないものの次の諸症:
嘔吐、じんましん、二日酔、むくみ

医療用ツムラの茵蔯五苓散の効能・効果
のどが渇いて、尿が少ないものの次の諸症:  嘔吐、じんましん、二日酔のむかつき、むくみ


【副作用】
過敏症:発診、発赤、瘙痒等
 [理由]  本剤にはケイヒが含まれているため、発疹、発赤、 痒等の過敏症状があらわれるおそれ があり 2) ~4) 、上記の副作用を記載した。
[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行うこと。