健康情報: 7月 2013

2013年7月3日水曜日

潤腸湯(じゅんちょうとう) の 効能・効果 と 副作用

明解漢方処方 (1966年) 西岡 一夫著 ナニワ社刊

31潤腸湯(じゅんちょうとう) (万病回春)
 当帰 熟地黄 乾地黄各三・〇 桃仁 杏仁 厚朴 黄芩 麻子仁各二・〇 甘草 大黄各一・〇 枳実〇・五(二一・五)
 この方は傷寒論の麻子仁丸と殆ど相違なく、ただこれは当帰、地黄など血燥を治す薬を加味しただけのもので、麻子仁丸同様、老人性の便秘で小便多く体液は欠乏しているが、他にこれといって苦情のない者に用いる。ただ血燥の薬が加味されている点より考えて、本方は麻子仁丸証で皮膚枯燥の甚だしい場合に用いればよいと思われる。老人の便秘。動脉硬化症。
 文献 「常習性便秘に対する潤腸湯の指示について」 矢数道明 (漢方の臨注4、7、3)



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
65 潤腸湯-常習性便秘・動脈硬化症………二七五
65 潤腸湯(じゅんちょうとう) 〔万病回春〕
 当帰・熟地・乾地 各三・〇  桃仁・杏仁・厚朴・黄芩・麻子仁各二・〇  枳殻一・〇  甘草一・五  大黄一・〇~三・〇

応用〕虚証の傾向にある弛緩性常習性便秘、また、ときには弛緩と緊張と同時に起きた場合でもよく、体液枯燥と腸内の燥熱あるものに用いる。常習性便秘・高血圧・動脈硬化症・慢性腎炎などを合併した便秘症に応用される。

目的〕体液枯燥により、腸内に熱をかもし、腸管が乾いて潤いを失い、常習性便秘をきたしたもので、皮膚枯燥・腹壁弛緩・糞塊の触知等を目標とする。

方解〕当帰・熟地黄ともに性は温で、血の燥(かわ)くのを潤し、新血を生ずる。乾地黄と黄芩とは性は寒で血熱をさまし、燥を潤す。麻子仁・杏仁・桃仁はみな腸を潤し、気血の凝滞を破って通利させる。枳殻・厚朴は腸管中のガスを廻(めぐ)らし、大黄・黄芩は腸の熱をさまして通利をよくする。本方は滋潤粘滑性下剤の部に属する。
 本方は麻子仁丸より芍薬を去り、枳実を枳殻に代え、当帰・熟地・乾地・桃仁・黄芩・甘草を加えたものである。麻子仁は皮を去るか、煮煎時砕いて用いるがよい。

加減
 麻子仁丸137 は、麻子仁一六・〇、芍薬八・〇、枳実八・〇 大黄一六・〇、厚朴一〇・〇 杏仁一〇・〇。
 滋血潤腸湯(統旨)は、当帰・地黄・桃仁・各四・〇、芍薬三・〇、枳実・韮各三・〇、大黄一・〇~三・〇、紅花一・〇 である。
 主治は「血枯及び死血腸にあり、飲食下らず、大便結燥するを治す」というもので、潤腸湯はこの麻子仁丸と滋血潤腸湯を取捨して作られたものと解される。

〔主治〕
 万病回春(大便閉門)に、「大便閉結シテ通ゼザルヲ治ス」と、きわめて簡潔に記されている。
 漢方百話には、「潤腸湯は麻子仁丸の変方で、滋潤の剤である。体液欠乏し、大腸の粘滑性を失ったために起こった、弛緩性または常習性の便秘に用いてよく奏効する。他の下剤を用いて通利しないという便秘には、一応試みるべきであろう。
 本方の適応証は、老人などにことに多く、皮膚枯燥し、腹部は堅く、あるいは腹壁は弛緩し仲、大腸内に硬い糞塊が累々と触れることがある。便はコロコロした兎糞のようなものが多い。動脈硬化症、慢性腎炎などに合併して起こった老人の常習性便秘で、津液枯燥のあるものによい。これらの便秘に対して、相当長期間連用しても、忌むべき副作用や習慣性は起こらないようである」と詳述しておいた。

〔治例〕
 (一) 常習性便秘と高血圧
 七五歳の男。この患者は、すでに二五年間、頑固な便秘で悩んでいた。血圧は二〇〇~一〇〇を上下している。いろいろの下剤を服用したが、いまだ快通したことがない。
 筋骨質の頑健そ乗な体格で、性急で肝癖の強い性格である。便秘のほかに容態をたずねても、便秘だけ治してくれればよいと頑張る。口が乾いて夜中に眼がさめると、口中は粉をかんだようにカサカサに燥き、しばらくは口がきけない。夜間尿三回ぐらい。腰痛・肩こり・腹鳴・不眠等がある。脈は堅く、腹底は硬く、舌苔白く、皮膚は渋紙のように枯燥していて、便は石のようにコロコロで、新しい下剤をのむと不快な腹痛が続き、竹筒から水を流すように出ることが多い。
 本患者を老人の津液枯燥、腸内鬱熱とみて潤腸湯を与えた。これを一日分のむと翌朝、硬軟適度の有形便がこころよく通じ、患者は便所の中で快哉を叫んで家人を呼び集めたと感う。二五年来初めての快便であった。
 以後本方を愛用すること数年に及んだが、口燥もとれ、皮膚がつやつやし、腰痛も肩こりもとれ、血圧も一九〇~九〇ぐらいになって、毎日が快適であり、うるさく怒らなくなったので、家族の者が大よろこびであった。   (著者治験、漢方百話)

 (二) 常習性便秘と高血圧
 七二歳の老婦人。画家である。赤ら顔で肥満している。四〇年来の常習性便秘で、一ヵ月に一回ぐらいのこともあるという。この数年間血圧が高くなり、二一〇~一〇〇もあって、一ヵ月前、左眼底出血を起こして、絶対安静を守っていると感う。腹は膨満して充実し、脈は弦である。潤腸湯を与えてみると、かつてない快便で、以来腹満感が去り、眼底出血の吸収もきわめて順調となり、月余の後には、床を払って画筆を執れるようになった。
 麻子仁丸もときどき服用したが、この患者は本方一ヵ月余の服用で、それ以来毎日、あるいは一日おきぐらいに自然便が出るようになり、六年後の今日ますます元気である。 (著者治験、漢方百話)


■重要処方解説(48)
潤腸湯(ジュンチョウトウ) 日本東洋医学会理事 三谷和合

■出典
 潤腸湯(ジュンチョウトウ)は『万病回春(まんじょうかいしゅん)』に「大便閉結して通ぜざるを治す」と,きわめて簡潔に記述されております。
 矢数道明先生は「潤腸湯は麻子仁丸マシニンガン)の変方で滋潤の剤です。体液が欠乏し,取腸の粘滑性を失ったために起こる弛緩性または痙攣性の常習性便秘に用いてよく効きます。他の下剤を用いて通利しないという便秘には一応試してみるべき薬方です。適応症としては,老人などに多く,皮膚は枯燥し,腹部は硬い場合が多いのですが,腹壁が弛緩し,大腸内に硬い糞便が累々と触れることもあります。便はコロコロとした兎糞状のものが多いようです。動脈硬化症,慢性腎炎などに合併して起こった老人の常習性便秘で,津液枯燥のあるものによいわけです。これらの便秘に対しては相当長期間連用しても,特に副作用や習慣性は起こらないようです」と述べておられます。


■構成生薬・薬能薬理
 潤腸湯の薬味は,当帰(トウキ),地黄(ジオウ),黄芩(オウゴン),枳実(キジツ),杏仁(キョウニン),桃仁(トウニン),麻子仁(マシニン),厚朴(こうぼく),大黄(ダイオウ),甘草(カンゾウ)の10味です。これらの薬物について,『漢薬運用の実際』により説明いたします。
 当帰は温性駆瘀血剤で,血気をめぐらし,月経を調え,鎮痛作用があります。つまり子宮運動抑制作用,造血作用,末梢血流改善作用,血圧降下作用,消炎作用などです。
 熟地黄(ジュクジオウ)は補血,滋養,強壮作用があり,貧血,盗汗,易疲労などの改善に与えられます。また血糖降下,強心利尿作用もあります。当帰と地黄の共同作用によって貧血を伴う動悸,健忘,不眠,月経不順,月経困難症などに用います。養血,調経作用です。
 麻子仁には,老人や虚弱な人および産後など,血虚,湾液不足などによって起こる腸燥の便秘に対し,燥を潤す作用があります。西洋医学でいう粘滑性緩下剤です。
 桃仁は血液微小循環を円滑にし,消炎,排膿作用がありますから,下腹部満痛,月経不順などに用います。麻子仁と協力して,瘀熱あるいは病後の運動不足などによって腸管の蠕動運動が緩慢になって起こる乾燥性の便秘に有効です。
 杏仁は胸間は水毒を駆逐し,喀痰を去り,呼吸促迫を仰え,便を軟らかくします。杏仁と桃仁の薬効の相違について,中国の李東垣(りとうえん)は「杏仁は喘を下し,気を治す。桃仁は狂を療し,血を治す。しかしともに便秘を治す」と端的に表現しております。
 枳実は芳香性苦味健胃剤です。気の結実を破り,積を消します。つ移り腸管運動調整剤であり,昇圧作用,抗アレルギー作用があります。したがって食積,便秘などを治すわけです。
 厚朴は健胃調腸剤で,湿を除き,気の変調を調えます。したがって鎮咳,鎮静と,胸腹部膨満感,腹痛,嘔吐,下痢に用います。厚朴は枳実と共同して厚朴三物湯(こうぼくさんもつとう)に見られるように,腹部膨満,腹痛に有効です。
 黄芩は柴胡(サイコ)とともに少陽病の代表的な生薬です。漢方的にはもろもろの熱を清解することによって解熱,鎮静,降圧,止血,止痢作用があるため,腹痛,下痢,嘔吐などに広く用います。便秘の漢方である潤腸湯に,下痢を止める作用の黄芩が加味されているところが意味深いと考えています。
 甘草は漢方方剤に最も多く配合されている生薬です。薬理作用を呈する物質も多く含まれていますが,その多くは,諸薬の薬効調和と緩和のためと,一応まとめられています。利水剤に配剤されることは比較的少ないといえます。
 大黄は現在,成分についてはかなり解明されています。瀉下作用は種々の成分および腸内細菌による代謝産物の相乗作用であることが,ほぼ判明しております。大黄の重要な薬能である消炎,解熱,鎮静作用が,いかなる物質 によって,どのように作用して発現するのかはいまだよくわかっていません。しかし便が腹中に停滞していることによって腸内の腐敗産生物が吸収され,一定の悪影響を受けますが,これが便通をつけることによって除去されること,また瀉下によって血流が腹部に集まり,反射的に脳充血が軽減することなどが関与していると考えられております。また大黄には比較的多量なタンニン類が含まれていますから,少量では苦味健胃薬です。また大黄使用後に,このタンニンの収斂作用によって逆に便秘になることもあります。tenesmusを伴う細菌性下痢に対しては殺菌,消炎,止瀉の目的で使用されることもあります。私は慢性の尿路感染症に対して大黄末を使用して,消炎剤として有効であったいくつかの症例を持っております。
 大黄の瀉下成分は,比較的熱に対して不安定です。したがって長時間煎じますと,その薬効はかなり落ちます。少量で瀉下効果を得るためには原末で服用するのが一番よいのでしょうが,水浸や振り出して使用すると効果が高いわけです。煎剤の場合にはあとから加え,大黄を加えた時点で火を止めます。大黄服用中には,その色素によって汗や小便が黄色になることがあります。哺乳中に服用しますと,乳汁中に瀉下成分も移行し,乳児が下痢を起こすことがありますので,服用を避けるべきでしょう。
 以上10味の共同作用によって潤腸湯の働きがあるわけですが,大黄,麻子仁が君薬,枳実,厚朴,甘草が臣薬,地黄,当帰,黄芩,杏仁,桃仁が佐使薬と考えております。
 原典に「大便閉結して通ぜざる」とある便秘は,日常の診療に当たって重要な症状の1つであり,病人の愁施,食欲,睡眠の状態を尋ねると同時に,便秘の有無を確かめることは臨床医師の常識とされております。最近の医学の進歩は消化管の生理,内分泌の問題を明らかにしつつありますが,いまだに解決されていない点も多々あります。一般臨床では症候論的に便通異常が見逃され,時には重大な危険を招くこともあるように考えられます。 便秘を定義する場合,便通の回数,便の量,硬度などが判定の基礎になります。便秘にはいろいろな病型がありますが,従来から最も普通に用いられている分け方は,弛緩性および痙攣性便秘と器質性便秘です。器質性便秘には急性のものに腸閉塞(イレウス)があり,慢性のものには大腸の癒着や炎症性狭窄があります。また結腸,直腸の悪性腫瘍も便秘をきたしますが,潤腸湯の適応は機能性便秘と考えております。しかし便秘は疾病の随伴症状として発現することも多く,病人を1つのまとまりとして把握する必要があります。
 古い時代の人々の食生活を考えますと,現代人より便通は良好であったろうと推測されます。したがって便秘をきたした場合は,かなり重篤な疾病が多かったのではないかと考えています。
 古代より洋の東西を問わず,便秘に対する治療には共通する有効成分を持つ生薬が用いられていたことは興味深いことです。ヨーロッパではフラングラ皮,北米ではカスカラサグラダ,紅海東部よりインドではセンナ葉,アフリカ東部,南部ではアロエ,そして中国では大黄が使用されています。これらは樹皮,根茎,葉類と形状はまったく異なるのですが,成分はいずれもアントラキノン誘導体であり,古代人の人々の知智を感じさせられます。
 潤腸湯は大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ),小承気湯(ショウジョウキトウ)などの緩下作用に,麻子仁,杏仁,桃仁などの潤腸作用を加味したものです。大黄甘草湯は大黄と甘草の2味ですが,「南風を求めんと欲すれば必ず北窓を開く」といわれるように,消化管内の塞がりを排便によって導き,上逆の嘔吐を治すわけです。
 大黄甘草湯は『金匱要略』に「食し終わってすなわち吐するものは大黄甘草湯これを主る」とあります。『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』には「妊娠悪阻,不大便の人にも効あり。また虚証の人の便秘する場合にはこの薬方を与えてよし」と述べられております。平素から便秘しやすく,便秘以外に特にこれといった症状のない場合,幅広く用いることのできる重宝な薬方です。私は潤腸湯エキスを与えていても今一つ効果のない場合には,大黄甘草湯エキスを加味することによって良結果を得ることがよくあります。
 小承気湯は大黄,厚朴,枳実の3味です。熱のない一般雑病におい仲,便秘と腹満,脈は沈で力のあるものを目標に承気湯(ジョウキトウ)が与えられます。普通は小承気湯をまず与えてみて胃腸の機能を整えます。それで効果のない場合に大承気湯(ダイジョウキトウ)を与えます。
 承気湯を与える腹証は,腹力が充実していることです。弾力のない軟弱な腹壁の人には与えられません。承気湯の「承」は,承(うけたまわ)る,安んずるという意味で,承気は順気,気をめぐらす,気の凝りを解くというわけです。おなかの中に物がたくさん溜まってくると気が結ばれて,気が詰まってきます。この気の詰まりを解くという意味が承気です。
  小承気湯は腹満して便秘する人に与えますが,厚朴の量が増えますと厚朴三物湯となり,痛んで閉するもの,つまり腹が張って痛くて便秘するということが目標になります。 また大黄の量が増めますと厚朴大黄湯(コウボクダイオウトウ)という名に代わり,支飲,胸満の人に与えます。飲水のために胸が張って詰まっているということが目標になります。厚朴,大黄は利水作用はないように考え現れていますが,支飲,胸満の人に有効ということでは利水作用もあるわけです。小承気湯,厚朴三物湯,厚朴大黄湯と,いずれも大黄,厚朴,枳実の3味ですが,その分量比を異にすることによって薬効に相当な差が生まれるわけです。
 小承気湯に麻子仁,杏仁,芍薬(シャクヤク)の加味された薬方が麻子仁丸です。『金匱要略』には、「跌陽の脈,株にして濇,浮なれば則ち胃気強く,濇ならば則ち小便数,浮濇相搏ち大便則ち難し,それ脾約となす。麻子仁丸これを主る」とあります。
 跌陽の脈は足の甲の高い部分に搏つ脈です。これは胃腸の働きを見る脈です。浮いているのは胃の働きの強いことを示し,濇すなわち渋って滑らかに動かない脈を示すのは,小便が近くて何回も行くことを示しております。 だから大便が硬くなるということです。多尿の結果,腸管内の水分が不足して便秘する人によいわけです。八味丸(ハチミガン)とか牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)を与えますと,尿量が増えて浮腫は改善しますが,かえって便秘になって困ることがあります。こういう場合にもよいわけです。麻子仁,杏仁はともに腸管の乾きを潤し,芍薬には腸管運動の調整作用があります。したかって体力があまり強くなく,多少冷え勝ちで,尿の近い人の頑固な便秘によいようです。
 大塚敬節先生の『漢方診療三十年』に,便秘と夜間の多尿を主訴として来院した82歳の老婦人の治験例があります。心悸亢進とか浮腫はありません。食欲は普通で口渇もありません。夜間は4~5回の排尿があり,このために落着いて眠れないわけです。この患者に麻子仁丸を与えられたのですが,この処方がとてもよく効いたのです。大便は毎日1行あるようになり,夜間の排尿も1~2回に減少しております。しかし薬を止めますとまた便秘になりますので,時々思い出したように来院して,10日分の薬を1ヵ月もかかって服用していると報告されております。
 麻子仁丸三黄瀉心湯(サンオウシャシントウ)大柴胡湯(ダイサイコトウ)調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)などの大黄配合剤に比べますと,下剤としての作用が緩和です。したがって常習性便秘に最も繁用されております。麻子仁丸は排便を抑制する習慣とか腹壁筋の減退,消化吸収が容易な植物線維の少ない食物摂取,運動不足などによく見うけられる緊張減退性便秘を対象に広く用いられています。
 便秘と下痢はまったく反対の現象と考えられておりますが,漢方では両者とも水分の代謝異常といった広い観点でとらえております。したがって便秘に対しては瀉下作用のある大黄剤という短絡的な発想で漢方を考えていません。たとえば胃部の痞え感,食欲減退,下痢などの胃腸障害があり,時々便秘するが,軟便傾向の人に半夏瀉心湯加大黄(ハンゲシャシントウカダイオウ)を与えて有効なことがあります。また貧血症で血液循環障害があり,冷えを自覚し,腹部が軟弱で膨満し,便秘する場合,四物湯(シモツトウ)によつて改善することもあります。いずれにしても大黄,附子剤が上手に使えるようであれば漢方では名医とされております。
 潤腸湯はこのよ決使われる麻子仁丸より収斂,緩和,鎮静,鎮痙剤である芍薬を去り,当帰,地黄,桃仁,黄芩,甘草を加えた漢方です。芍薬を抜くことによって,腸管内に水分は保持されやすいと考えております。この薬方も麻子仁丸と同様に老人性の便秘に有効です。小便は比較的多く,したがって体液は欠乏し,便秘以外に特に苦情のない人に与えます。麻子仁丸証よりもさらに皮膚はカサカサした枯燥の甚しい人によいようです。
 潤腸湯の治験例を矢数道明先生の報告(『漢方の臨床』4巻7号)から引用してみます。
 症例は75歳の男性。この人はすでに25年間頑固な便秘で悩んでいます。最高血圧は200mmHg。患者は便秘さえ治れば血圧も下がるものと思い込んでいます。25年間種々の下剤を服用しておりますが,どうしても気持のよい便が出ません。少しでも強い下剤を飲みますと,竹筒から水を流すように下痢し,とても不快になります。浣腸しても水だけが放出して便通はありません。
 身長は5尺4寸(163.6cm)くらい,骨組みのしっかりした老人で,顔色はどす黒く,気性が激しく,言語も元気があります。初診の時「わしのこと頑固な便秘を治す確かな自信があるか。もし自信がなければ薬はいらぬ」と放言するほどです。自覚症としては便秘だけで,ほかは何ともないといっていたのですが,よく聞いてみますと,口が乾みえ夜半に目が覚めると,口の中いっぱいに粉を含んだようにカサカサに乾いて,唾液が枯れ果てて口がきけないほどになる。しかし,これでも水は飲みたくない。目が覚めると口中は湿ってくる。夜間約3回小便に行く。このほかに足先の冷え,腰痛,肩凝り,腹鳴,不眠などの訴えもあります。脈は沈緊で針金のごとく,血圧は左右ともに230/90mmHgです。腹は十分力があり,腹底は硬く,弛緩性というより痙攣性の便秘に属するようです。コロコロした兎糞状の便がかろうじて出ます。頑固な宿便の塊は触れませんが,S状結腸上部は硬く触れます。下腹部は軟らかく,力がありません。舌苔は真白く,全面を覆っています。皮膚は渋紙のように乾燥しています。
 潤腸湯を与えた目標は,①25年間も便秘に苦しみ,他の下剤では効果のなかったこと,②津液枯燥のため皮膚はカサカサして渋紙のごとくであり,夜になると口中が乾燥して粉を口いっぱいに含んだようになり,声が出ないほどであること,③こうした症候は体液の枯燥と腸内の欝熱の結果であること,④脈に力があり,血圧も高く,体力はそれほど衰えていない,つまり大黄を用いても差支えないこと,などの目標で潤腸湯を与えます。
 潤腸湯を1日分飲んだ翌朝,硬軟適度の有形便が快くあり,当人は便所の中で喝采を叫んだということです。本方を服用して20日目に来院した時には口中の乾燥感も舌苔もとれ,皮膚はつやつやとして滑らかになっています。腰痛や肩凝りもとれ,血圧は190/90mmHgに落着いています。
 『万病回春』では潤腸湯服用後便通があれば服薬は休止するような指示がありますが,相当長期間服薬し続けても特記すべき症状は起きないと考えております。この病人も薬を飲んでいると毎日快便があるため,数ヵ月続けています。4月になって麻子仁丸の効果と比較してみるため,1日麻子仁丸5分を分2として与えました。しかし快通しないため7gにします。7gの麻子仁丸によって,大体毎日1回気持よく便通があるため2ヵ月続けております。そのうに快通しない日が多くなってきたため,麻子仁丸7gと潤腸湯を交互隔日に服用するようにしたところ、良好であるということで,以来半年間交互に服用を続けております。もはや便秘については,薬さえ飲んでいれば少しも苦しむことはないと,非常に感謝しております。
 次の症例も矢数先生の治験例です。これは『漢方の臨床』誌英,以前の編集長であった気賀さんのお母様です。母堂は40年来の常習性便秘に苦しんでおられ,1ヵ月に1回くらいしか便の出ないこともありました。いろいろ下剤を服用されても,今まで気持よく通じのついたことはまったくなかったとのことです。さらにこの数年間は高血圧症でもあり,この時には左の眼底出血を起こして絶対安静にしておられたようです。そこで矢数先生は潤腸湯10日分と麻子仁丸5g,5日分を調剤し,まず潤腸湯を服用してのち,適度に麻子仁丸を用いるように指示されます。ところがこの薬を服用されますと,40年来かつてない快便で,以来腹満感が去り,眼底出血の吸収もきわめて良好になります。1ヵ月後には床を払って再び外出をされるようになります。気賀さんのご母堂の場合,40年来の便秘が1ヵ月分の服薬でほとんど解消したわけです。
 次の症例は76歳の老婦人で,同じく矢数先生の治験例です。季節の変わり目に心下部の疼痛があり,胆石症と胃潰瘍の既往があります。やせ型で小柄,顔色は蒼白です。脈は幅広く触れ,力があります。血圧は160/100mmHg,舌苔はありません。便通は3日に1回くらいです。下剤を飲んでも硬くてコロコロした便です。腹は年齢のせいもあってやや陥没し,弛緩しております。臍の左右,上行結腸と横行結腸,下行結腸に累々とした糞塊のごときものを触れます。時々逆蠕動があり,自覚的にも腹中で動くものを感じるようです。しかし痛みはありません。この点が大建中湯証と異なります。この病人に潤腸湯を与えますと,気持のよい便通があって,少しも腹痛がなく,腸管の逆蠕動はまったく治っています。
 森道伯(もりどうはく)先生は,このように腹壁がやや弛緩して腸管内に累々たる糞塊を触れ,便秘して兎糞様の便排出がある老人性便秘が,潤腸湯の腹証とされております。しかし糞塊を触れず,腹壁が比較的充満していても潤腸湯でよい場合があります。この病人はその後も潤腸湯を持薬として愛用されています。
 なお食事指導は便秘にとって大変重要です。薬だけでなく食養生についても十分指導することが大切でしょう。たとえば水,牛乳など適当に飲ますこと,あるいは線維成分の多いゴボウ,海草類を食べさせることが必要になります。なお老人の場合には油食品を食べさせることによって,かえって便通がつくことがあります。なお経絡的には合谷あるいは神門のツボを刺激することによって排便習慣のつくこともありますので考えてみてください。
 老人の便秘症に潤腸湯を使用した治験例として,滝野川クリニックの佐藤金兵衛先生は,排便障害および便秘を訴える58~90歳の老年者48名(男17名,女31名)にツムラ潤腸湯エキス1日5gを分2回,朝夕空腹時に服用させました。48名のうち17名(男7名,女10名)は寝たきり患者でした。14日間の連続投与の結果,全例に著明な効果が認められ,また腹痛・腹部緊満感などの副作用はまったく認められなかったことを報告しています。

■参考文献
 1) 龔廷賢:『万病回春』.盛文堂,1984
 2) 伊藤清夫,長沢元夫,根本光人,他:『漢薬運用の実際』.健支館,1983  (健友館の間違い?)
 3) 浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』1878年版,近世漢方医学書集成巻96,名著出版,1982
 4) 大塚敬節:『漢方診療三十年』.創元社,1982
 5) 矢数道明:常習性便秘に対する潤腸湯の指示について.漢方の臨床,4:372~379,1957
 6) 佐藤金兵衛:ツムラ潤腸湯エキスの老年者便秘症における使用経験.薬物療法, 13:61~64,1980