健康情報: 2014

2014年12月15日月曜日

小陥胸湯(しょうかんきょうとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
小陥胸湯(しょうかんきょうとう)
本方は心下部に痞塞の感があって、これに圧迫を加えれば硬くて痛み、或は胸中悶え苦しみ、或は呼吸促迫し或は咳嗽時に胸痛を訴え、喀痰が出難く、脈浮滑の者に用いる。
方中の黄続は消炎の力が強く、炎症・充血による精神不安を治する。半夏は去痰鎮咳の効があり、括楼実は解熱・鎮咳・鎮痛の作用がある。
以上の目標に従って、本方は諸熱性病・肺炎・気管支炎・胃酸過多症・癇癖・肋間神経痛等に応用される。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
67 小陥胸湯(しょうかんきょうとう)-気管支炎・肋膜炎・膿胸・胃酸過多症・・・・・・二八二

p.282
64 小陥胸湯(しょうかんきょうとう)〔傷寒論〕
黄連 一・五  瓜呂仁 三・〇  半夏 六・〇

 水五〇〇ccをもって、まず瓜呂仁を煮て三五〇ccとし、二味を入れて二五〇ccをとり、三回に分けて温服する。一般には同時に煎じている。論の指示のようにした方がよい。

応用〕 熱の邪と水飲とが、心胸部に痞え塞がった病態で、心下部に痞塞(つかえふさがる)の感があり、圧迫を加えると硬く張っていて痛み、あるいは胸の中が悶え苦しく、あるいは呼吸が促迫し、咳嗽時に胸痛を訴え、痰が切れにくく、脈が浮滑のものに用いる。急性病の場合と慢性病の場合とがあって、前者は諸熱性病・気管支炎・肺炎・肋膜炎・膿胸・喘息、後者の場合は胃酸過多症・胃痛・腹石症・癇癖(神経症)・肋間神経痛・肩こり・亀背・はと胸等に応用され、また啞・嚥下困難・眼疾などに転用されることもある。よく小柴胡湯や大柴胡湯と合方される。

目標〕 熱と水飲とが、心胸部に痞塞しているもので、心下部硬く圧痛があり、胸中の悶え、呼吸促迫・咳嗽時胸痛・脈浮滑等を目標とする。

方解〕 黄連は苦寒消炎の剤で、血熱をさまし、心下や胸中の痞えを開き、炎症、充血による精神不安を治す。半夏は辛温で気を開き水を逐い、去痰鎮咳の効がある。瓜呂仁は甘寒で、熱をさまし、凝結した痰と水を逐い、胸脇の痛みを去る。すなわち解熱・鎮咳・鎮痛・去痰の能がある。大陥胸湯は、大黄六・〇、芒硝四・〇、甘逐一・〇の三味で、心下部石のごとく硬く、手を近づけることもできぬ痛みがあり、胸痛・喘咳・心中懊憹があって、脈沈緊・狭心症・心筋梗塞・心臓神経症・脚気衝心・肺水腫などに用いる。

主治
 傷寒論(太陽病下篇)に、「小結胸、病正に心下ニ在リ、之ヲ按ズレバ即チ痛ム、脈浮滑ナル者ハ小陥胸湯之ヲ主ル」とある。
 勿誤方函口訣には、「此ノ方ハ飲邪心下ニ結シテ 痛ム者ヲ治ス。括蔞実(瓜呂仁)ハ痛ヲ主トス。金匱胸痺ノ諸方以テ徴スベシ。故ニ名医類案(明の江瓘著)ニハ此ノ方にて孫王薄述ノ胸痺ヲ治シ、張氏医通(清の張路玉著)ニハ熱痰膈上ニアル者ヲ治ス。其ノ他胸満シテ塞リ、気ムヅカシク、或ハ嘈囃或ハ腹鳴下痢シ、或ハ食物始マズ、或ハ胸痛ヲ治ス」とある。

鑑別
○大陥胸湯 67 (心下硬痛手不可近、脈沈緊、心下より少し腹に及ぶ)
○生姜瀉心湯 119 (心下痞硬・本方は心窩部の鳩尾穴のところに凝腫急痛する)


治例
 (一) 啞
 お寺の後とりで十三歳の男児があった。生来の啞で、住職がせめてお題目だけでも唱えられるようにして欲しいといって来た。診ると胸肋部が妨張し、物があってこれを支えているようである。よって小陥胸湯と滾痰丸(こんたんがん)(甘逐二・〇 大黄八・〇 黄芩・青礞(せいもう)各五・〇)を与え、一ヵ月余の後、七宝丸(軽粉・牛膝各一〇・〇、土茯苓五・〇 丁子・鶏舌香二・五、大黄四・〇)を作って与えること数日、これを繰り返すこと二年ばかりに及んで、何でも物を言うようになった。
(吉益東洞翁、建珠録)

 (二) 食道癌(嚥下困難)
 六十余歳の男子。時々飲食が胸膈に窒って下らず、その病状は膈噎(食道癌)のようであった。咳嗽痰飲があるので小陥胸湯と南呂丸(滾痰丸に同じ)を兼用して癒った。
(吉益南涯翁、成蹟録)

 (三) 心下痞えと不安
 六二歳の老婦人。肥満壮実の体質で、全身に瘙痒性湿疹を生じ、便秘・上衝・肩こりなどがあったが、防風通聖散を服用して快便があり、快方に向かっていた。たまたま風邪をひいたが、依然として防風通聖散を服用していたところ、全身倦怠甚だしく、気分がイライラし、不安となり、落ちつかず、仕事をすることがいかにも大儀で、胸元に一杯に痞えてムカムカし、身も心も消えてなくなりそうだと訴えてきた。
 脈は中等度の浮脈で、心下は痞満の状態があり、心下部を按ずると苦しいと叫ぶ。舌は白苔、口中苦く、粘るという。これはすなわち「病陽に発し、医反って之を下し、熱入って結胸を作す」にあたるものと考え、小陥胸湯を与えたところ、二日間で諸症が好転した。
(著者治験、漢方と漢薬 二巻九号)

 (四)感冒
 七歳の男児。風邪にて熱あり、咳出で数日を経て愈えず。その初め麻黄湯を与えて熱去らず、調胃承気湯をもって下して解せず、渇して水を飲まんとするにより白虎加人参湯を与えて愈えず、小柴胡湯を与えてなお効なし。三八度五分、時々咳し腹痛を訴う。按ずれば胃のあたり痛み、食を欲せず、心煩あって、ウンウンと呻りて夜も睡ることを得ず。脈浮滑なり。ほとほと持て余しけるが、そのうんうん呻りて睡り難き状は、正しく黄連の心煩ならんと思い、脈の浮滑と心下の痛みとを結び合わせて小陥胸湯を処方し、意外の効を得たり。
(荒木性次氏、古方薬嚢)


臨床応用 傷寒論解説』  大塚敬節著 創元社刊
p.306
第七十五章

小結胸者、正在心下、按之則痛、脈浮滑者、小陷胸湯主之。

 〔校勘〕 宋本、成本は「小結胸病」に作る。今、玉函、康平本による。玉函は「脈」の上に「其」の字があり、「滑」の下に「者」の字がない。康平本は、この章を前章に接して一章としているが、今、宋本等によって別章とする。

 〔
 小結胸は、正(さま)しく心下(しんか)に在(あ)り、之(これ)を按(あん)ずれば則(すなわ)ち痛(いた)む。脈浮滑(ふかつ)の者は、小陥胸湯之(これ)を主(つかさど)る。
   〔註〕
   (241)滑-濇(しょく)の反対で、指先で玉をころがすように、なめらかに速くうつ脈。

 〔
 この章は前の大陥胸湯の証にくらべて、その病が浅くして、緩慢なものを挙げて、小陥胸湯の証を明らかにしている。
 結胸(けつきよう)は、これを按(あん)ぜずして自(おの)ずから痛み、痞鞕(ひこう)は按じても痛まない。小結胸は、これらの二者の中間に位し、これを按(あん)ずる時は痛み、按(あん)じない時は痛まない。またその結胸の部位も、心下にのみ限局して、脇下または下腹にまで波及しない。そして脈は沈緊(ちんきん)ではなくて、浮滑(ふかつ)である。沈緊のものより、その病症が浅くして、その証が緩であることを、脈によって示している。これは小陥胸湯の主治である。方


 小陷胸湯
黃連一兩 半夏半升洗   括蔞實大者一枚
 右三味、以水六升、先煮括蔞實、取三升、去滓、内諸藥、煮取二升、去滓、分溫三服。

 〔校勘
 玉函は黃連「二兩」に作り、「洗」「大者」の字がない。宋本は「蔞」を「樓」に作り、「括」を「栝」に作る。玉函は宋本と同じく「栝樓」に作る。今、成本、康平本による。康平本以外の諸本は「煮括蔞實」の「實」の字がない。

 〔
 小陷胸湯(しょうかんきょうとう)の方
 黄連(一両) 半夏(半升、洗う)  括蔞實(かろじつ)(大なる者一枚)
 右三味、水六升を以って、先(ま)ず 括蔞實を煮て三升を取り、滓を去り、諸藥を内(い)れ、煮て二升を取り、滓(かす)を去り、分かち溫め三服す。

 〔臨床の目
 (95)
 小陥胸湯と小柴胡湯とを合方(がつぽう)にして、柴陥湯(さいかんとう)として、胸膜炎などの胸脇部の炎症によく用い、また単方で、胃痛、むねやけ等にも用いる。

 
『勿誤薬室方函口訣解説(58)』 日本東洋医学会理事 矢野敏夫
順気剤 春澤湯 椒梅湯 椒梅瀉心湯 小陥胸湯 小建中湯
 p.44
小陥胸湯
 次は小陥胸湯(ショウカンキョウトウ)であります。『傷寒論』太陽病下篇に記載されております。「小結胸、病正に心下に在り、之を按ずれば即ち痛み、脈浮滑なる者は小陥胸湯之を主る」とあります。薬方の内容と分量は、黄連(オウレン)が1.5g、半夏(ハンゲ)が6g、括蔞仁(カロウニン)が3g、以上三種類で構成された簡単な薬方です。
 説明文を説みます。「此方は飲邪心下に結して痛む者を治す。括蔞実(カロウジツ)は痛を主とす。『金匱』胸痺の諸方以て徴(あか)すべし。故に『名類類按』には、此方にて孫王薄之を述べて胸痺を治し、『張氏医通』には熱痰膈上に在る者を治す。羽間宗元は此方に芒硝(ボウショウ)、甘遂(カンズイ)、葶藶(テイレキ)、山梔子(サンシシ)、大黄(ダイオウ)を加えて中陥胸湯(チュウカンキョウトウ)と名づけ、驚風を治すれども、方意は反て大陥胸湯(ダイカンキョウトウ)に近し」とあります。
 解説しますと、この方は水毒が心下部にこり固まって痛むものを治す。括蔞実、すなわち瓜呂仁(カロウニン)は痛みを主として使用する。『金匱要略』に記載されている胸痺の薬方で、瓜呂仁の入った薬方といいますと、瓜呂薤白半夏湯(カロウガイハクハクシュトウ)、瓜呂薤白半夏湯(カロウガイハクハンゲトウ)、瓜呂薤白桂枝湯(カロウガイハクケイシトウ)などがありますが、それをよく参照してみますと、このことは明らかである。故に明代の江瓘が中国の先史時代よろ明代までの名医の医案、すなわち治験録を集めまして、さらに評論しました『名医類按』という書物の中で、孫王薄という医師がこの薬方を使用して胸痺を治しておりますし、清代の張路玉の著わしました方剤学の書物であります『張氏医通』の中で、熱性の痰が胸の中はたまっている病状を治したことを載せております。その他、胸がいっぱいになって塞ったようで、気がむずかしく、或いはげっぷ、腹が鳴ったり、下痢をしたり、あるいは食欲がなく、あるいは胸部の痛みを治しております。
 宗伯の著書であります『皇国名医伝』にも記載がありませんので、どんな人か不明ですが、羽間宗元という人が、この小陥胸湯に芒硝、甘遂、葶藶、山梔子、大黄を加えて、中陥胸湯、すなわち大陥胸湯と小陥胸湯との中間に好置する薬方と名づけまして、小児の強いひきつけを治しておりますが、甘遂とか葶藶のような作用の非常に激しい薬物を使っておりますので、使い方はむしろ大陥胸湯に近いと考えます。
 この小陥胸湯は、小柴胡湯(ショウサイコトウ)と合わせまして柴陥湯(サイカントウ)として、もっともよく繁用されます。肺炎やさらに心筋梗塞まで使用が可能と考えられます。要するに胸に炎症があって、胸が非常に苦しいという状態で、胸脇苦満がある時によく使われるわけであります。


『臨床傷寒論』 細野史郎・講話 現代出版プランニング刊
p.213
    第八十二条
小結胸者、正在心下、按之則痛、脈浮滑者、小陥胸湯主之。

 〔訳〕 小結胸(しょうけっきょう)は、正(まさ)に心下(しんか)に在(あ)り、之(これ)を按(あん)ずれば則(すなわ)ち痛(いた)む、脈浮滑(ふかつ)の者、小陥胸湯之を主る。

 〔講話〕大結胸に対して、小結胸ですね。病変が心下にあって、押さえると痛みますから、病気の変化がみぞおちにある。それで、脈が浮で滑であるものには小陥胸湯を持っていく。小陥胸湯が効くという腹証は、押さえてみて敏感であるとか、或いは、たいがいは痛いのです。飛び上がるほど痛いこともある。みぞおちに何ともいえないような膨満感があって、上がら押してみると、それほど硬いものがあるわけではないのに、頼すと痛いという。これが小陥胸湯の腹証です。我々が診て、小陥胸湯を持っていかなければいけないなと思うときには、まず寝させてみてみぞおちを診て、これは違いないなということを決めるわけです。
 それから脈がですね、大陥胸湯のときのように、沈、緊ではありません。浮、滑と書いてあります。浮というのは浮いているわけですね。滑というのは玉を転がすようなというのですから、緊ではない。むしろ、浮で軟らかいというようなことさえある。脈状を偉そうにいうのは、私はあまり好かないのですがね、違うことがよくありますからね。脈が浮、滑であるから小陥胸湯だという決め方はいけない。ただ、大陥胸湯や、みぞおちを押さえて痛むときに使う他の処方と区別するための目安にすればよいと思います。
 それでは小陥胸湯というのは、一体どんな時に持っていくのかということなのです。
 私は、実は今日、途中で一度帰ったのです。体がつらくて、しかもだるくて、どうにもいやな気持ちがして仕方がない。気がすすまないしね。これはやはり小陥胸湯じゃないかと思ったのですが、私の家に小陥胸湯がなく、小柴胡湯に小陥胸湯を合方したものがありましたので、それを普通量の半分位を飲んだのです。そして、みぞおちをポンポンと突っつくように押さえてみたのです。そうすると初め痛かったのが、いつやら何ともないようになってきて、気持ちのせいか、体も割合楽になりました。そういうような効き方が確かにあるものなのですね。こういうことはしばしば経験することではないけれど、他にも非常に面白い経験があるのです。
 次にお話する。「下之(の)早」については、矢数道明先生が、昔、『漢方と漢薬』(第2巻9号・昭和十年九月)に、「下之早、小陥胸湯に就いて」と題して、書いておられます。「下之早」というのは、前にもいいましたように、あまりにも下すのが早すぎたから、こんな症状が起こったのだということです。ところが、太陽病は発汗させて治さなければいけない。それから少陽病になったら、汗しても下してもいけない。それなのに下剤をかけた。そういうことが、お医者さんの誤りだけではなく、病人が誤ることもありますね。例えば、矢数先生の書いておられるのでは、動脈硬化があって、血圧がいつも高い、よく肥った脂肪の多い人で、常々、防風通聖散を飲ませていたわけです。これには芒硝とか大黄とかがたくさん入っていて、大体、一日に二、三回便通があるようにして治していくのです。高血圧の人には、便秘が多いですからね。それで、二、三回の快便があるように飲ませていくと、その人は痩せてくるばかりじゃなしに、血圧も下がって落ち着いてくる。このようなわけで、常にこの防風通聖散の飲んでいて、風邪を引いたのです。風邪を引いたら太陽病になるのは決まっています。大陽、少陽、陽明といくんですからね。ところが風邪を引いているのに、いつもの防風通聖散を飲んでいると、「下之早」ということになる。そうすると何になるかというと、結胸病になるわけです。それもたいていの場合は、大結胸にはならず、小結胸位ですむのです。ところがその症状たるや非常に不思議で、割り切れない症状が起こってきた。
 体がだるくてかなわない。何もするのも嫌で、人がものをいっているのに、それを理解できているのかはっきりとせず、腹が立ってくる。横になりたくても、手や足を動かすのもおっくうなのに、逆にじっとしていられないという、こんな症状がある。これは一体、何病か、夏負けではないかという人もいれば、体が弱っているのだろうという人もある。それは肝臓が悪いのだろうとか、いろいろいってくれるが、結局それが何病かわからないのです。要するに、これは「下之早」で起こった病気です。それで、小陥胸湯を一服やるだけで、ものすごく好転し、二服やれば治ってきました。それほどよく効きます。漢方というものは、速効がないもののようになっているけれど、よく効くものです。証に当たったら効くとか、そういうショウもないことをいわないでも効くのです。
 矢数道明先生の同門の染谷という人が、森道伯先生を慕って漢方に入門した頃に、盲腸炎には大黄牡丹皮湯が非常に効くということを教えてもらって、何とか一つ覚えでね、たまたま盲腸炎の人があったので、早速やってみたのです。それがものすごくよく効いてびっくりしたそうです。現代医学しかやってない人は、そんな下剤などやって、というところですがね。このように、あまりよく効いたので有頂天になっていたところが、二、三日したらこの患者が変な症状を起こしてきたというのです。それで飛んでいって診ると、患者は床のなかで七転八倒していて、今にも死ぬかと思うような状態なのでびっくりしてしまった。どうしたらいいのか、入門当時で助ける方法もわからないので、先生のところへ飛んでいって、その症状を逐一話したら、先生は呵々大笑して、「それはなんでもない。これを持っていって飲ませてみろ」といって渡されたのが、小陥胸湯だったというのです。それでケロッと治ってしまった。証に当たったから効いたのか、証がないような証なのですからね。本当にいったら。そういうような症状のものが小陥胸湯です。
 結胸病というようなものは現代医学にはないが、肺炎なら結胸病ということになります。また水の溜る肋膜炎も結胸病の一つです。それを我々はどうやって治すかというと、一番に持っていくのが先にもいった柴陥湯です。これは小柴胡湯に小陥胸湯を合方したものです。これで水が取れ、膿胸もなくなります。私は古方をやっている間は、それしか知らなかったのですがね。新妻に行きまして、浅田家では肺炎や肋膜炎を胸痺といって、柴陥湯を持っていった。またその他、瓜呂湯を持っていくことを知りました。
 胸痺というと、東京型の人は心筋梗塞や狭心症のことをいうのです。ところが昔の人は心筋梗塞など知りませんから、胸が痛めば胸痺といったのです。ですから新妻荘五郎先生もそのように理解していたようです。
 潜名方の瓜呂湯の主治には、「胸痺を治す」と書いてあるのですが、それで水がとれ、胸の痛みもとれてくるものです。要するに、新妻で胸痺は肋膜炎と教えてもらっていたので、これを持っていきますが、肋膜炎などに良く効きます。柴陥湯は水が溜って、膿がある膿胸などの時によいようです。
 ここでもう一つ、矢数先生の治験例を読んでみまそょう。
 六十二歳のおばあさんで、全身に湿疹ができて、痒くて痒くてしかたがないというのです。その患者は、便秘症で、のぼせやすく、肩の凝りが強く、赤ら顔で、肥満していて、強壮な人だったので、防風通聖散、それに赤ら顔というから瘀血があるとみて、通導散を合方して飲ませていたのです。これは大黄、芒硝の入った駆瘀血剤で、日々快便があるようになり、一週間後には皮膚の発疹や瘙痒もかなり快方に向い、非常に調子良かったのです。ところがあるとき、この老女が風邪を引いた。その折、家の新築で忙しく休めず、風邪でぐあいの悪いのをおして仕事を続けていたらしいのです。そして体のぐあいが悪いからといって一層服薬に励んでいたら、益々ぐあいが悪くなってきて、食欲はなくなり、全身の脱力感も出てきて、一刻も耐えられないので矢数先生の所へ出てきたそうです。患者の訴えは、身体が苦しくて苦しくてどうにもならない自分の身体を持て余すような感じで何する元気もない。横になっていたいがそうかといって横になると落ち着かない。今までは少しもじっとしているのが嫌いだったのが、この頃は、指一本を動かすのも嫌になった。食欲が少しもなくて、何を食べても味がせず、胸先がいっぱいに痞えているようで、何ともいえないイヤーや気持ちがして、イライラ、ムカムカしてくるというのです。
 矢数先生は診て、これは忙しく働き過ぎたせいで体が弱ってしまったのだと思い、補中益気湯を飲ませ、三日目に様子を尋ねてみたら、少しも変わらず悪いままだという。その老女が「田舎からわがわざ上京してきたのに詮無いことだった」と患痴をこぼしているのを聞いて、ああ気の毒なことをしたと恥入り、適方は如何と思いを巡らしていて、ハタと気がついたのは「下之早」のことで、すぐに小陥胸湯を作って二貼を飲ませたところ、ものすごく良く効いて、不快な症状は殆んどなくなり、食欲もめきめき出てきた。そして、苦い薬だったけれど本当に楽になりましたといって喜んでくれたということです。
 これなんな、小陥胸湯が非常によく効いていますね。それでは、その症状を挙げてみると、
 (一) みぞおちが痞えて脹れてムカムカする。
 (二) 食欲が全く激減して物の味がしなくなる。
 (三)  全身がだるくて疲労感が強くて困る。
 (四) 気むずかしく怒りやすくなって困る。
 (五) 風邪を引いて頭が痛かったりということがあるのを意に介せず、下剤を飲んだことがある。
 また、脈は浮いていて数、或いは滑、または反って遅のこともある。浮き気味で割合に弱く感じる覚えておいたらよいでしょうね。
 それから、舌苔は白く、口内が粘くて、みぞおちを押さえると痛かったり、或は非常に過敏であるということ。このような症状があって、「下之早」の場合は効きます。
 しかし、これらの症状があったら全て小陥胸湯かというと、そうではないのです。それだから漢方というのは難しいのでしょう。証はわかるけれども、その証があったら全て効くのではない。だけど、こんな奇妙な症状があって、他の処方をやってもどうにもならないときは、小陥胸湯をやってみなければならない。そうしなければわからないですからね。そのときこの処方が合えば、鍵穴に鍵がはまるように、カチッと効くということですね。これ位、印象深くいっといたら小陥胸湯のことを忘れないでしょうね。いくら忘れる人でも。
 これは特にいっておきたいのだが、小陥胸湯というのは、実に苦い薬です。『皇漢医学』に書いてある通りの分量を使うと本当に苦いです。
 前の表1の比較して書きましたが、『皇漢医学』の分量と我々の使う分量とを比較してみますと、黄連が二・四gだと、親指一本大()以上あります。私のところでは、小指の先くらいの量()です。それで結構よく効きます。そういうことを覚えておいてください。


『傷寒論演習』 講師 藤平 健 編者 中村 謙介 緑書房刊
p.308
 一四五 小結胸。病正在心下。按之則痛。脈浮滑者。小陥胸湯主之。
       小結胸は、病正に心下に在り、之を按ずれば則ち痛み、脈浮滑なる者は、小陥胸湯之を主る。

藤平 小結胸は少なからずぶつかります。かつても湿性肋膜炎でよくみられたものです。胸を痛がり、他覚的に心下に圧痛があり、咳をして熱がある等といった症状ですね。大抵の場合、胸脇苦満もありますので、証に一致した柴胡剤を合方して用いますと早く治ります。
  肋間神経痛をはじめとしまして、その他の胸痛にもよく効きます。ただ大陥胸湯の場合のように高熱があり、胸が張り裂けんばかりに痛み、七転八倒し、転げま わって死んでしまうということはありません。また心下も大陥胸湯の場合ほどの痛さでも硬さでもありません。軽度の抵抗と圧痛です。そこで小結胸というので すね。
 しかし胸廓内で水毒と熱邪がからみ合って悪さをする点は大結胸と同じです。
 そこで本証の場合は病は正に心下にあり、これを押すと痛み、脈は浮滑であるというのです。浮滑の脈は大陥胸湯の沈緊と比較しますと、浅くもあり軽症でもあるわけです。この場合には小陥胸湯が主るということです。

 小結胸 此の章は、直ちに前章を承けて、其の結胸の一異証に対し、更に結胸に似て未だ熱実に至らず。其の証も亦大に軽易なる者を挙げ、以て小陥胸湯の主治を論ずるなり。此の章、結胸に似て、而も其の病勢総て緩易軽小なる者を論ず。故に小結胸を冒頭と為す。
 小結胸とは、結胸の緩易軽小なる者との義なり。
 病正在心下 正(まさ)にとは、正(ただ)しくとの意。此れ心下正中の部を指さす。病、正に心下に在れば、上は胸脇に至らず、下は少腹に及ばざること自づから明か也。
 按之則痛 之れとは、心下を指す。此れ手にて心下を按ずれば、則ち痛むも、若し按ぜざれば痛まずとの意有り。

藤平 自発痛が胸にはあるけれども、心下は必ずしも痛まないということですね。

  脈浮滑者 然るに、之を按じて痛む者は、或は熱実に非ざるやとの疑起らん。故に茲に脈浮滑を挙げて、其の熱実に非ざるを明かにす。蓋し脈浮は発揚の候、滑 は心胸に結ぼれて動揺するの勢なり。此の浮滑は、第一四二章の沈にして緊に相反する者にして、病尚ほ浅く、且簡易なるの候也。蓋し之を沈にして緊に比ぶれ ば、浮は沈よりも浅く、滑は緊よりも緩かなり。又結胸は、按ぜずして自づから痛み、痞は、按ずと雖も痛まず。而して此の証は、之を按ずれば則ち痛む。然ら ば、此の小結胸は、恰も両者の間に在りて、之を結胸熱実の証に比ぶれば、大に緩易なる者と謂ふべき也。之を小陥胸湯の主治と為す。故に
 小陥胸湯主之 と言ふなり。此の章に拠れば、小陥胸湯は、邪毒心胸に在りて痞塞するも、未だ熱実せざる者を治するの能有りと謂ふ可き也。
  小陥胸湯を大陥胸湯に比較すれば、黄連の邪熱を下すは大黄より軽く、 半夏の水飲を破るは甘遂より緩かにして栝呂実の潤利の力は芒硝よりは温和なり。而して其の胸中の結邪を除くを目的とするに至つては、則ち一なり。
  小陥体湯方 黄連一両 半夏半升 栝呂実大者一個
   右三味。以水六升。先煮栝呂実。取三升。去滓。内諸薬。煮取二升。去滓。分温三服。

藤平 栝呂実はキカラスウリの実そのままを干したものです。中にある種子は栝呂仁といいます。根も使いますが、それは栝呂根です。栝呂根は実や仁とは使い方が違っていまして、口乾や体力の低下に対して用います。柴胡桂枝乾姜湯に含まれています。
  日本ではほとんど栝呂実を用いるこどがありませんで、仁ですね。中国では栝呂実のままで使っています。私も栝呂実は使っていません。生薬を扱っている某社 に尋ねたところ、栝呂実もいくらかはあるようですので使ってみようと思っています。私はずうっと栝呂仁でした。それでもよく効きます。
 黄連・半夏・栝呂実は大陥胸湯の大黄・芒硝・甘遂と比較しますとそれぞれマイルドですので、小陥胸湯に使われるのでしょう。何かご質問はありませんか。

会員A 私は、大結胸にしても小結胸にしても心下心下となっているのが不思議で仕方がないのです。奥田先生は本条のご説明で「小陥胸湯は邪毒心胸に在りて痞塞するも」といわれています。
 そうしますと邪毒は心胸部にあるのであって、心下にあるのではないということになります。私もそれが正しいと思うのですが、どうして本条では「病正在心下」となっているのでしょうか?

藤平 ウーンなるほど。ここは邪毒は心胸部にあるのですが、その有無を心下の所見で判断するということです。理屈の上では心胸に邪毒があるとわかっていても、それを確認するにはどこかで異常所見を探り出さなければなりません。吉益東洞さんも「中にどんな変があるか知らないが、外で証を発見できなければ無意味だ」とさかんに言ったのです。それと同じようなことを張仲景さんも考えていたのではないでしょうか。
 心胸に邪毒があると考えても、肋骨に囲まれた上からどう触ってみても診断がつかないが、心下をみれば硬満して痛むとはっきりした所見があるのですね。心下で病の存在を確認するということで、こう書いているのでしょう。

『類聚方広義解説(67)』  財団法人 日本漢方医学研究所理事 藤平 健
 本日は小陥胸湯(しょうかんきょうとう)です。「小結胸の者を治す」と『方極』の文章にあります。
 「黄連(オウレン)一両(六分)、半夏(ハンゲ)半升(一銭八分)、括蔞実(カロウジツ)大なるもの一個(八分)」が内容です。
  黄連は胸廓の下部における炎症を治する働きがあるものと考えられております。横膈膜を境として黄連はその上、黄芩(オウゴン)はその下で、心下の炎症(邪熱)を治するというのが黄芩の働きであるといわれております。半夏はカラスビシャクの地下の球根で、嘔吐、嘔き気を治すと同時に水毒を駆逐する働きもあります。括蔞実はキカラスウリの実です。キカラスウリは関西以西の藪などにあるものです。普通のカラスウリは赤いですが括蔞は実が黄色です。その種子が括蔞実で、胸の痛みを治する働きがあります。この根は括蔞根といって虚証ののどの乾きなどを治す働きがあります。
 「右三味、水六升を以てまず括蔞を煮て、三升を取り、滓を去り、諸薬を内れ、煮て二升を取り滓を去り分温三服す。(水一合八勺を以てまず括蔞実を煮て、九勺を取り、二味を内れ、煮て六勺を取る)。小誇胸は病、正に心下に在り、之を按ずれば則ち痛み、脈浮滑なる者は小陥胸湯之を主る」とあります。
 大結胸というのは前にも申しましたが、大陥胸湯あるいは大陥胸丸などがいく熱実結胸で、高熱を伴って、非常に強い胸の痛み、心下のはなはだしい抵抗と、はなはだしい圧痛が起きてくるものです。小結胸はそれに対してその程度がずっと軽い状態です。痛みも軽いし、心下の抵抗、圧痛も軽いものです。
 「小結胸は病、正に心下に在り」の病は、頭註にもありますように問題がありますが、とにかく心下に異常があります。そしてこれを押しますと痛みを感じ、脈が浮で滑であるものは小陥胸湯がよろしいということです。多少浮いている気味で、なめらかで、しかも力のある脈です。
 本文の第一番目は「小結胸は病、正に心下に在り。之を按ずれば則ち痛み、脈浮滑の者は小陥胸湯之を主る」というものです。
 大結胸の時は、前にも出てきたように胸廓全部が痛んで、激しい時は小腹にまで抵抗圧痛があり、ます。小結胸はそれより程度が軽いものです。そこで小結胸は、病が正に心下にあるというのです。上の方は胸廓の上の方に及んでいないで、下の方は小腹にも及んでいないで、 まさに心下だけに変化があるということで「正に」は大事な言葉です。そこに抵抗があって、これを按ずれば痛み、脈は浮滑であります。
 大結胸の時は、前に読みましたように、「傷寒六七日、結胸熱実し、脈沈にして緊、心下痛み之を按ずれば石のごとく鞕き云々」とありました。病が伏して症状が詞しくなると、脈が沈んで、しかも緊張が強い脈になります。これは病が強く激しい状態であることを意味しております。浮滑というのは、浮き気味で滑らかというので、それに比べると反対です。非常に軽い状態であるということはこれでも考えることができます。そういう場合に小陥胸湯がよいというわけです。ですから、小陥胸湯というのは、みぞおちを押すと軽い抵抗があって、圧えると軽い痛みがあり、時には胸の中に痛みがあり、あるいは胃部に不快感があったり、みぞおちがつかえる感じがしたりなどという場合に使う薬方です。したががってこれは湿性肋膜炎あるいは乾性肋膜炎といった場合によく使います。こういう場合には体脇苦満(きょうきょうくまん)がよく出ますから、小柴胡湯(ショウサイコトウ)、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)、柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ)、大柴胡湯(ダイサイコトウ)などの証によって、それらと小陥胸湯を一緒にして使います。
 後世方では柴陥湯(サイカントウ)といって小柴胡湯と小陥胸湯を一緒にした薬方ができておりますが、必ずしも小柴胡湯との合方だけでなく、その症状に応じて大柴胡湯とか柴胡桂枝湯と合方して使うこともしばしばあるわけです。そんなわけで小陥胸湯は慢性医炎などで胃が痛んだり、食物がみぞおちにつかえたような感じがして気持が悪い、という場合に使ってもよく効くことがあります。肋間神経痛などにも効く場合があります。
 次の本文は小陥胸湯に全然関係のない文章が入ってきているもので読むだけにして、訳す必要はないということにいたします。「病、陽に在れば、まさに汗を以て之を解すべきに、反って冷水を以て之を潠(ふ)き、もしくは之に灌(そそ)げば、その熱おびやかされて去るを得ず。いよいよさらにますます煩し、肉上粟起(ぞっき)し、意、水を飲まんと欲して反って渇せざる者は、文蛤散(ブンコウサン)を服す。まし差(い)えざる者は五苓散(ゴレイサン)を与う。寒実結胸し、熱証無き者は三物小陥胸湯(サンモツショウカンキョウトウ)を与う。白散もまた服すべし」。
 次に頭註を読みます。「小結胸の病、玉函、千金翼にはみな小結胸の者に作る。是なり」とあり『千金翼』や『玉函経』には小結胸の次の「病」という字を者という字にしているが、その方がよいと尾台先生はいっていますが、これはやはり小結胸は病が正に心下にあるといった方が正しいですから、者とするのは誤りと思います。
 頭註の次は「寒実結胸、熱症無き者は白散の正症なり。按ずるに寒実結胸以下は上文の意義と相属さず。疑うらくは錯簡ならん。かつ白散、小陥胸湯は、その主治もともと同じからず」とあり、白散は桔梗白散(キキョウハクサン)のことです。陰証で虚証のジフテリアなどの時に使う薬です。それと小陥胸湯とは治すべき病状が全然違うという意味です。
 つづいて「あに濫(みだ)りに投ずべけんや」で、どうしてそれをやたらに投薬できるであろうかといい、さらにつづいて「もし錯簡に非らざれば、それ後人の補綴に出づることや疑いなし。五苓散標参看すべし」とあります。もし誤りでないとすれば、後人の攙入であり、五苓散のところの頭註に書いてあるから見てくれということです。


『類聚方広義解説(71)』
日本漢方医学研究所附属日中友好会館クリニック所長 杵渕 彰
大浪胸丸・小陥胸湯
 p.41
■小陥胸湯
 それでは次の小陥胸湯に移ります。

     小陷胸湯 治小結胸者。

 「小陥胸湯。小結胸のものを治す」。
 小結胸というのは、『傷寒論』に「小結胸はまさに心下にあり。これを按ずればすなわち痛む。脈浮滑のもの」とあります。大陥胸湯を用いるような結胸というのは近づくだけでも痛むものですから、これよりは弱い症状を考えているといえるでしょう。
 次に処方構成が出ています。

     黃連一兩六分半夏半升一錢八分括蔞實大者一個八分
     右三味。以水六升。先煮括蔞。取三升。去滓。内
     諸藥。煮取二升。去滓。分溫三服。以水一合八勺。先煮括蔞實。取九勺。内二味。煮取六勺。

  「黄連(オウレン)一両(六分)、半夏(ハンゲ)半升(一銭八分)、括蔞実(カロジツ)大なるもの一個(八分)。
 右三味、水六升をもって、まず括蔞を煮て、三升を取り、滓を去り、諸薬を内れ、煮て二升を取り、滓を去り、分かち温め三服す(水一合八勺をもって、まず括蔞実を煮て、九勺を取り、二味を内れ、煮て六勺を取る)」。
 この黄連、半夏、括蔞実の構成について木村博昭先生は、「邪が小さくても熱結であるので、苦寒の黄連を使う。黄連は大黄に対応してともに解熱の作用、半夏は甘遂に対応して陰を破る作用、括蔞実は芒硝に対応して潤裏の作用で、それぞれ緩やかな作用を考えて構成されている」と述べております。

     『小結胸』病。正在心下。按之則痛。脈浮滑者。小陷胸湯主之。○『病
     在陽。應以汗解之』反以冷水潠之。若灌之。其
     熱被刧。不得去。彌更益煩。肉上粟起。意慾飮水。
     反不渴者。服文蛤散。若不差者。與五苓散。『寒實結
     胸。』無熱證者。與三物小陷胸湯。白散亦可服。
                
 「小結胸の病、まさに心下に在り。これを按ずればすなわち痛み、脈浮滑のもの。病陽に在れば、まさに汗をもってこれを解すべし。かえって冷水をもってこれに潠し、もしくはこれに灌ぎ、その熱劫を被り、去るを得ず、いよいよさらに益々煩し、肉上粟起し、意は水を飲まんと欲し、かえって渇せざるもの、文蛤散(ブンゴウサン)を服す。もし差(い)えざるものには、五苓散(ゴレイサン)を与う。寒実結胸にして熱証なきものは、三物小陥胸湯(サンモツショウカンキョウトウ)を与う。白散(ハクサン)もまた服すべし」。
 ここは病邪が陽にあって、本来ならば発汗によって治療すべきなのに、水をかけたりする治療を行ってしまい、熱が長引き、ひどくなって鳥肌が立つようになる。気持ちは水を飲みたいが、飲もうとすると小量で一杯になってしまう。この場合には文蛤散を投与する。もし治らない場合は五苓散を投与する、という意味です。
 「かえって渇せざるもの」というのは、五苓散の条文にある「水を飲むを得んと欲するものは、少々これを飲まして、胃気を和せしむればすなわち愈ゆ」という文に対応したものと考えられます。そして寒実結胸で熱の症状がないものは三物小陥胸湯を投与し、白散もまた投与すべきであるというものです。この三物小陥胸湯という処方はここにしかなく、三物というのは次の白散にかかるはずだというのが通説です。
 『傷寒論』の異本である『金匱玉函経(きんきぎょくかんけい)』では、「もし寒実結胸にして熱証なきものは、三物小白散(サンモツショウハクサン)を与う」とあります。小陥胸湯は熱証に用いますので、ここで小陥胸湯が出てくるのはおかしく、この文は小陥胸湯とは関係がなく、錯簡であろうとされています。
 この三物白散(サンモツハクサン)ハテキスト157頁にある桔梗白散(キキョウハクサン)のことと考えられています。桔梗(キキョウ)、貝母(バイモ)、巴豆(ハズ)の三味からなるもので、巴豆は大黄などの寒性の瀉下剤と異なり、熱性の瀉下剤です。このため寒実結胸に用いられることになるわけです。この巴豆も現在では使いません。

■小陥胸湯の頭註
 それでは頭註に入ります。
 「玉函、黄連を二両に作る。今これに従う」。
 先ほどの『金匱金函経』では、黄連の分量は二両となっており、二両のほうを採用するという意味です。
 「小児の胸骨の突起するもの、亀胸と称するものを治す。紫円(シエン)、あるいは南呂丸(ナンロガン)を兼用す」。
 「亀胸」とは鳩胸のことです。これが変化するとは考えにくいのですが、ここでは紫円、つまり『千金要方』に出ている巴豆、赤石脂(シャクセキシ)、代赭石(タイシャセキ)、杏仁からなる丸薬と、それから南呂丸、つまりこれは滾痰丸(コンタンガン)のことですが、甘遂、大黄、黄芩(オウゴン)、青礞石(セイモウセキ)からなる丸薬を兼用するというものです。
 「小結胸病、玉函、千金翼には、皆小結胸するものに作る。是」。
 小結胸病とあるところは、『金匱玉函経』や『千金翼方』では小結胸するものとなっている。この方が正しい、という意味です。
 「寒実結胸、熱症なきものは、白散の正症なり。按ずるに、寒実結胸以下は、上の文と意義相属せず。疑うらくは錯間なり。かつ白散小陥胸湯(ハクサンショウカンキョウトウ)は、その主治もとより同じからず。あに濫(みだ)りに投ずべけんや。もし錯簡にあらざれば、その後人の補綴に出づるや疑いなし。五苓散の標を、参看すべし」。
 ここは先ほど触れたところで、寒実結胸、熱症なきものは白散の正症であり、小陥胸湯と白散は主治が違うものであるから、これは錯簡か後人が後で入れたものに違いないというものです。

■小陥胸湯の使用目標
 この小陥胸湯は、大陥胸湯や大陥胸丸に比べて治験例も使い方の記載も多く見られます。
 有持桂里(ありもちけいり)の『校正方輿輗(こうせいほうよげい)』では、「まさに心下にありとは、心の真下にあるなり。これを大陥胸湯の証に比ぶれば、上は心に至らず、下は少腹に及ばず、これを按ずればすなわち痛む。大陥胸湯の近づくべからずとは大違いなり。脈浮滑これを大陥胸湯の沈緊と比ぶれば、その邪深からざるなり。この証にしてもし胸脇連なり痛むものな、小柴胡湯(ショウサイコトウ)あるいは大柴胡湯(ダイサイコトウ)、証に対して合し用う。さらに妙」と述べています。最後の小柴胡湯、大柴胡湯との合方は、現在の気管支炎などで咳に伴う胸痛や、季肋部に用いる方法でもあります。
 百々漢陰(どどかんいん)の『梧竹楼方函口訣(ごちくろうほうかんくけつ)』では、「喘息に用いて効あることあり。時に症を按じて用うべし」と、現在柴陥湯を用いるのに近いことを述べています。
 『古方便覧(こほうびんらん)』では、「胸満して塞がり、気むずかしく、あるいは胸やけ、あるいは腹鳴下痢し、あるいは食進まず、あるいは胸痛を治す」とあり、かなり広範囲に用いることのできる処方であるように書かれています。
 目黒道琢(めぐろどうたく)の『餐英館療治雑話(さんえいかんちりょうざつわ)』には、「丹渓纂要(たんけいさんよう)に曰く、熱嗽胸満するものに宜し」とあり、「この方、肺熱の咳嗽の候は脈必ず数、疼渋って切れかね、あるいは微あり、あるいは口舌乾燥、あるいは口中辣く、以上云々の症あらば効あらざるということなし。仲景」、小結胸治すために設けたる方にて、黄連主なれば、畢竟因は熱にて、症は心胸痞するが目当なり。また嗽せずとも頭熱にて心下痞室するの類、皆通じすべし」と、使用目標を述べています。
 また浅田宗伯(あさだそうはく)は『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』で、「この方は飲邪心下に結して痛むものを治す。括蔞実は痛を主とす。金匱胸痺の諸方をもって徴すべし。故に名医類按にはこの方にて孫王薄述の胸痺を治し、張氏医通には熱痰膈上にあるものを治す。その他胸満して塞がり、気むずかしく、あるいは嘈囃し、あるいは腹鳴下痢し、あるいは食物進まず、あるいは胸痛を治す。羽間宗元はこの方に芒硝、甘遂、葶藶(テイレキ)、山梔子(サンシシ)、大黄を加えて中陥胸湯(チュウカンキョウトウ)と名付け、驚風を治すけれども、方意はかえって大陥胸湯に近し」と述べています。この『勿誤薬室方函口訣』の解説は、かなり他の意見もまとめているように思われます。

■小陥胸湯の治験例
 治験例では、 柴陥湯の例は多いのですが、小陥胸湯のみの報告は、最近のものでは比較的少ないように思われます。比較的最近の小陥胸湯のみの報告例では、荒木性次先生のものがあります。
 「一男児七歳。風邪にて熱あり、咳出で数日を経て癒えず。その初め病表にありとして麻黄湯(マオウトウ)を与え、汗を発りたりしが、続いて汗少しずつ出で、熱去らず、大便せず、よって熱裏に入りたりとして調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与え、下して解せず。下して後大いに渇してしきりに水を飲まんとするにより、白虎加人参湯(ビャッコカニンジントウ)を与えたるも癒えず。あるいは病少陽に入りたるにあらずやとさらに小柴胡湯を与え、なお効なし。
 目下大熱なきも三七度四、五分あり。時々咳し、腹痛を訴う。按ずれば腹はかえって痛まずして、その痛み胃のあたりにあり。食を欲せず、心煩あり。ウンウンと唸りて夜も眠ることを得ず。小便の色濃く大便はなし。渇なお少しあり。脈は浮滑なり。
 かくてほとほと持て余しけるが、脈の浮滑ならびに心下の痛みとを結び合して小陥胸湯を処し、その二分の一量を一剤として与え、意外の効を得るものあり」という苦労した症例を提示されています。

■大陥胸湯・大陥胸丸・小陥胸湯の鑑別
  大陥胸湯、大陥胸丸、小陥胸湯の鑑別について、山田業広の弁をみておきたいと思います。今まてみてきたことの繰り返しになりますが、要点をまとめていると思われま。『経方弁(けいほうべん)』の中にある記載ですが、「大、小陥胸、十棗(ジッソウ)、白散の症を弁ず」として述べています。
 「大陥胸湯は邪胸膈に陥りて、畜飲これに結するを治す。その症を大黄と芒硝をともに用いるは、重ねて胸邪を溏で治するにあり。大陥胸丸はこれを諸湯に比すれば、すなわち邪高きこと一等にして、症すなわち軽きが故に峻薬涵養の法に従う。小陥胸湯は邪軽きこと数等にして、痰飲凝結するが故に渇痰理気の薬を用う」というものです。

■柴陥湯の使用目標
 最後に柴陥湯に触れておきましょう。この処方は先にお話ししたように漢方製剤化されていますので、頻用されているものです。
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』に、「誤下の後、邪気虚に乗じて心下に聚(あつ)まり、それ邪の心下に聚まるにつれて、胸中の熱邪がいよいよ心下の水を併結するものを治す。この症一等重きが大陥胸湯なれども、この方にてたいてい防げるなり。また馬脾風の初起に竹筎(チクジョ)を加え用う。その他痰咳の胸痛に運用すべし」とあります。
 私どもは胸痛と胸脇苦満とを柴陥湯の目標にしていますが、これによると心下部の所見をもう少し重視すべきものと考えられます。


『康平傷寒論解説(25)』 日本東洋医学会理事 藤井 美樹
大陥胸湯 大柴胡湯 小陥胸湯 文蛤散 五苓散 白散(桔梗白散)

■大陥胸湯
 今回はテキスト121頁5行目からです。「傷寒六七日、結胸熱実、脈沈にして緊、心下痛み、これを按じて石鞕の者は、大陥胸湯これを主る」とあります。
 前章は太陽病の誤下によって結胸になったものをあげ、この章は傷寒六、七日にして、誤下によらず、病邪が直ちに裏に入って結胸となったものをあげているものです。熱実は、あとで出てくる寒実結胸に対していったもので、前章の誤下によるものよりも、その証の甚しいことを示しております。「脈沈にて緊」というのは、沈脈で緊の性質を帯びているものをいいます。その脈は小柴胡湯(ショウサイコトウ)に似ています。しかし結胸では心下が痛んで、これを按ずると石のように硬いのであります。これは大陥胸湯の主治であります。

■大柴胡湯・大陥胸湯
 次は「傷寒十余日、熱結んで裏にあり、また往来寒熱する者は大柴胡湯(ダイサイコトウ)を与う。ただ結胸して大熱なく、ただ頭徴しく汗出ずる者は大陥胸湯(ダイカンキョウトウ)これを主る」とあり、傍註として「大熱なき者は、これ水結んで胸脇に在ると為すなり」とあります。
 この章は、傷寒にかかって十余日を経て、大柴胡湯の証になるものと、大陥胸湯証になるものとをあげて、これの弁別を論じているものです。傷寒にかかって十余日を経たころには、熱が裏に入って陽明病になり、往来寒熱の状はないはずであります。往来寒熱は少陽病の熱型です。ところがかえって往来寒熱の状があるので復(また)という字が入っているわけです。復の字は古字では覆と同じに用いられ、覆は反の意にも用いられたので、ここの復の字は反っての意味であります。
 このように熱が裏に結んでも、往来寒熱のあるものは病邪が全く裏に入ったものではなくて、少陽の部位に病邪があるものですから、白虎湯(ビャッコトウ)を与えずに、大柴胡湯を用いるのであると書いてあるわけです。ここに「与う」とあって、「主る」といわないのは、これを与えて後の証を待つという意味です。ですから熱結んで胸脇にあるものは大陥胸湯を用いるのであります。水結が胸脇にある場合は、身体の他の部分には汗がなく、ただ頭に少し汗が出るものであります。これは大陥胸湯の主治であります。この頭に汗が出るのは、水毒が上にのぼってきたために起こるものであって、大陥胸湯は、実際に臨床的にはあまり用いられておりません。私も使ったことはありません。しかし一方の大柴胡湯は非常に応用範囲の広い薬方であります。

■大陥胸湯・小陥胸湯
 次は、「太陽病、重ねて汗を発し、またこれを下し、大便せざること五六日、舌上燥して渇し、日晡所小しく潮熱あり、(心胸大煩を発し)、心下より少腹に至って鞕満して痛み、近づくべからざる者は、大陥胸湯(ダイカンキョウトウ)これを主る」とあります。
 ここで2行目から3行目にかけての「心胸大煩を発す」といい字は坊本にはなく、宋本には潮熱の下にこの語があると頭註に書いてありますが、これは省いてもよいと思います。
 この章は、結胸の証が甚だしくて大承気湯(ダイジョウキトウ)証に似ているものをあげて、大陥胸湯との鑑別を述べております。太陽病を再度にわったて発汗し、またこれを下したために体液は滋潤を失い、大便せざること五、六日に及んで、すでに汗下を経る間に四、五日を経て、今また大便せざること五、六に及びますから、初発からいえば前章と同じように十余日となります。日数から考える陽明病になる時期です。しかも舌上が乾燥して渇き、日暮れ時に潮熱を発するのは陽明病の大承気湯の証に似ています。しかし、この潮熱は少しであって、大承気湯の潮熱のようではない、また心下より下腹まで硬くなって、膨満して痛むのは、心下が主であって、その影響するところが下腹にまで及ぶのでありますから、大承気湯の腹証が臍部を中心として膨満するものとは異なります。このような腹証で、腹が痛んで手を近づけることもできないようなものは大陥胸湯の主治であります。ここに結胸といわないのは、鞕満が腹部全体に及んでいるからであって、結胸の状が甚だしいことを表現しているわけです。
 次は「小結胸は正しく心下にあり、これを按ずれば則ち痛む。脈浮滑の者は、小陥胸湯(ショウカンキョウトウ)これを主る」とあります。
 脈滑は、濇の反対で、指先で玉をころがすように、なめらかに速く打つ脈であります。この文章は、前の大陥胸湯の証に比べてその病が浅くて、緩慢なものをあげて、小陥胸湯の証を明らかにしているわけです。結胸はこれを按ぜずして自ずから痛み、痞硬は按じても痛まない。小結胸はこれらの二者の中間に位し、按ずる時は痛み、按じない時は痛まないもので、またその結胸の部位も、心下にのみ限局して、脇下または下腹にまで波及しません。そして脈は沈緊ではなくて、浮滑であります。沈緊のものよりその病証が浅くして、その証が緩であることを脈で示しています。これは小陥胸湯の主治であります。
 小結胸湯の方は、「黄連(オウレン)一両。半夏(ハンゲ)半升、洗う。括蔞実(カロジツ)大なる者、一我。右三味、水六升を以てまず括蔞実を煮て、三升を取り、滓を去り、諸薬を内れ、煮て二升を取り、滓を去り、分かち温めて三服す」とあります。
 小陥胸湯は単方では胃痛、むねやけ等に用いますが、本朝経験方といって、日本の医者の発明ですが、小柴胡湯と合わせて柴陥湯(サイカントウ)として、胸膜炎など熱のある場合に用いますと、熱も下がり痛みもとれます。私は典型的な帯状庖疹で、胸に水疱ができた時は五苓散(ゴレイサン)を使いますが、あと痛みが少し続いている場合に柴陥湯を使います。非常によく効きます。
 次は「太陽病二三日、臥すこと能わず、ただ起きんと欲し、心下必ず結し、脈微弱の者は、これも寒飲有るなり。反ってこれを下し、若し利止めば必ず結胸となる。未だ止まざる者を、四五日またこれを下せば、これ協熱利となるなり。太陽病これを下し、その脉促、結胸せざる者、これを解せんと欲すとなすなり」とあります。
 協熱利とは、裏に熱があり、裏に寒があり、表熱と裏の寒とが競合して下痢をするものであります。これは桂枝加人参湯(ケイシカニンジントウ)が行くところであります。
 次は「脈浮の者は必ず結胸し、脈緊の者は必ず咽痛し、脈弦の者は必ず両脇拘急し、脈細数の者は頭痛未だ止まず、脈沈緊の者は必ず嘔せんと欲し、脈沈滑の者は協熱利し、脈浮滑の者は必ず下血す」とあります。
 「太陽病二三日臥すこと能わず」からここまでは、先輩の著書を見ましても、意味のわからないところがありまし仲、臨床的に取りあげともわからない面がありますから先へ進みます。



2014年11月21日金曜日

柴陥湯(さいかんとう) の 効能・効果 と 副作用

《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会

25.柴陥湯(さいかんとう)  本朝経験

柴胡5.0 半夏5.0 黄芩3.0 生姜3.0(乾1.0) 大棗3.0 括呂仁3.0 甘草1.5 黄連1.5 人参2.0

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 胸痛や背痛あるいは胸水があって,胸元もしくは胃部がつかえるもの。咳嗽を伴うこともあり,喀痰は通常ねばく切れ難い。
 本方は小柴胡湯小陥胸湯との合方で,肋膜炎にもっともよく用いられ処方であるが,特に胸水があるときには利尿または発汗することにより速やかに胸水を除去する。気管支拡張症で,稀薄な喀痰が多い時は本方より小青竜湯が,頭痛,悪寒を伴なった胸痛で胸水のない場合は柴胡桂枝湯が適する。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 咳嗽や胸水を伴う胸痛,背部痛があって胸もとが苦しく胃部がつかえ,尿量社f減少するもの。本方は小柴胡湯小陥胸湯を合方したもので肋膜炎,肋間神経痛,気管支拡張症など咳を伴う胸痛にもっともよく用いられる処方である。気管支炎,気管支喘息,気管支欲張症に用いるときは疲れやすく食欲が減退して,胃部がつかえ,胸部痛と胸内苦悶感があって,呼吸が促迫し咳発作時にはタンが粘く切れにくく,それがため一そう胸痛を自覚するものに効果がある。
 気管支拡張症の特徴として,侵された気管支の範囲と拡張の度合いによって,その症状はいろいろあるが,一般的には多量の痰を喀出する。この場合稀薄な痰で量的に多く,呼吸が促迫するものには小青竜湯小柴胡湯の合方例が多く,粘稠性や膿性喀痰で喀出で困難なもので,胸痛を伴うものには本方証が多い。また発熱,悪寒して胸痛を伴う拡張症には,柴胡桂枝湯を考慮すればよい。 胸痛を訴える肋間神経痛や肋膜炎には本方を応用する機会が多く,これらはいずれも胸痛,咳嗽が目安となる。肋間神経痛は通常胸側におこりやすく,胸部疾患に起因することが多いが,肋(胸)膜炎同様本方を連用することを考えることが大切である。
 類証鑑別 胸痛,背部痛,胸内苦悶感などの点で柴胡桂枝湯に類似するが,本方f胸痛を主とするほかに,喀出困難な痰を伴う点で区別できる。また咳嗽,粘稠痰または少量のタンが出にくくて胸苦しい点で,麦門冬湯と類似するが,麦門冬湯は咳嗽発作時顔面が紅潮するような激しい発作があって,しかも胸痛を自覚しないので本方と区別できる。



漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
 小柴胡湯の証に準じ,咳がひどく,且つ胸が痛むものに用いる。小柴胡湯小陥胸湯の合方で,小柴胡湯単独より,消炎鎮痛の力がある。胸脇部の充満感,圧迫感と咳がでるときや呼吸を深くしたとき胸が痛み,痰が切れにくいなどを特徴とする。


臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.291 
69 小柴胡湯(しょうさいことう) 三禁湯(さんきんとう) 〔傷寒・金匱〕
 柴胡 七・〇 半夏 五・〇 生姜 四・〇(乾生姜は一・〇) 黄芩・大棗・人参 各三・〇 甘草 二・〇


p.294
〔加減方〕 傷寒論の方後に加減方七法を掲げてあり、諸家経験に従って加減の方法がすこぶる多い。皇漢医学には加味方一五を掲げている。
 合方の代表的なものは次のようなものである。
 (1) 小柴胡湯 合 小陥胸湯(柴陥湯)
 小柴胡湯の証と小陥胸湯の証とが合わせ存するものに用いる。
 浅田家方では肋膜炎にはほとんど柴陥湯として用いている。
 勿誤方函口訣には、「誤下ノ後、邪気虚ニ感ジテ心下ニ聚リ、ソノ邪ノ心下ニ聚ルニツケテ、胸中ノ熱邪ガイヨイヨ心下ノ水ト併結スル者ヲ治ス。馬脾風ノ初起ニ竹筎ヲ加エ、痰咳ノ胸痛ニ運用スベシ」とある。




和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
柴陥湯(さいかんとう) [本朝経験]

【方意】 小柴胡湯証の胸脇の熱証による心下痞硬・口苦・口粘等と、小陥胸湯上焦の熱証上焦の燥証による咳嗽・胸痛等のあるもの。時に小陥胸湯証の上焦の水毒を伴う。
《少陽病.やや実証》
【自他覚症状の病態分類】

胸脇の熱証 上焦の熱証
上焦の燥証
上焦の水毒


主証 ◎心下痞硬(水)
◎口苦 ◎口粘

◎食欲不振



客証 ○肩背強急
○胸脇苦満
○食欲不振
 胸中煩悶感
 発熱


○濃厚な喀痰
○疲労倦怠
 息切れ
   小陥胸湯
 胸水
 尿不利

  小陥胸湯



【脈候】 弦・細緊・やや実。

【舌候】 乾湿中間からやや乾燥した微白苔或いは白苔。

【腹候】 腹力中等度。心下痞硬あり、多くは胸脇苦満を認める。

【病位・虚実】 小柴胡湯小陥胸湯との構成病態が併存しており少陽病。脈力、腹力よりやや実証である。

【構成生薬】 柴胡8.0 半夏8.0 黄芩3.0 大棗3.0 人参3.0 甘草3.0 栝呂仁3.0 黄連1.0 生姜1.0

【方解】 小柴胡湯小陥胸湯であって、小柴胡湯の半夏を増量し、黄連・栝呂仁を加えたものである。黄連は心下の熱証を冷まし、栝呂仁は上焦の燥証に対応する。栝呂仁・黄連の組合せは上焦の熱証と燥証による胸痛・心下痞硬等に作用する。半夏は上焦の水毒に対応し鎮咳作用がある。本方意の心下痞硬は胸脇・上焦の熱証と上焦の水毒より派生している。寒性の黄連・栝呂仁が加味されたために、本方意は小柴胡湯証よりも熱証が強くなっている。

【方意の幅および応用】 A 胸脇の熱証上焦の熱証上焦の燥証:心下痞硬・口苦・咳嗽・胸痛等を目標にする。
   咳嗽による胸痛、気管支炎、気管支喘息、肺炎、膿胸、肋膜炎、肋間神経痛、腹痛、
   胃腸分泌過多症、胆石症

【参考】 *此の方は『医方口訣』第八条に言う通り、誤下の後、邪気虚に乗じて心下に聚り、其の邪心下に聚まるにつけて、胸中の熱邪がいよいよ心下の水と併結する者を治す。此の症、一等重きが大陥胸湯なれども、此の方にて大抵防げるなり。又馬脾風(ジフテリア)の初起に竹筎を加え用ゆ。其の他、痰咳の胸痛に運用すべし。
『勿誤薬室方函口訣』
小柴胡湯証で濃厚な喀痰・強い咳嗽・胸痛のあるものが使用目標である。咳が胸痛を誘発するので患者は咳を止めようとする。疲労倦怠傾向があり、乾性肋膜炎の特効薬。

【症例】 浅田宗伯先生治験新解 肋骨カリエス
 二本松侯臣金元勝造息。歳12、3、亀胸を患うる数年、衆治効なく、来って診を乞う。その証胸骨突出して両乳間肉張り、その状饅頭を付けるが如し。その人喘気ありて歩すれば短気す。時々痰沫を吐し他故なし。余、柴胡陥胸湯を投じ滾痰丸を兼用す。試に黄柏天花粉天南星の末を醋にてとき腫上に貼す。その始め痒を覚え、旬日を過て赤色を発す。因て左突膏を貼す。数日にして膿潰し、胸骨亦隨って凹没し、数月にして全人たるを得たり。余、亀胸亀背を療する数人、いまだ此くの如く速愈するものを見ず。
〔解〕浅田宗伯先生は、亀胸亀背、すなわち胸骨カリエスや脊椎カリエスには、常に好んで柴胡陥胸湯を処方したものであります。 滾痰丸は喀痰(例えば結核患者の如き)のある人で、便秘に悩む時に与える薬であります。
安西安周『漢方と漢薬』2・5・68


肋膜炎
 20歳の船乗り。右胸部が疼き呼吸困難があるので某医を受診したところ「肋膜炎で水が溜っているから絶対安静にして養生せよ。2,3ヵ月はかかるだろう」といわれたという。誰からか勧められたとみえて、そのまま私の方に来たらしい。
 なるほど、右は前後共に全部濁音でほとんど呼吸音は聴取できない。体温は38.6℃で脈拍は98位。呼吸も苦しいらしく前屈みにして歩いている。もちろん心下は堅く緊張し、両腹直筋は張っている。柴陥湯10日分投与。
 11日後来院の折はほとんど脈も正常に復し、呼吸は楽になり、水は半分位減って、体温も6℃台に下っていた。10日分投与。その後来院の折は右腋下に多少の濁音を証明するのみとなり、その次10日にして来た時は「もう働いてはいけないだろうか」という。いかに具合が良くても1ヵ月しかならないのだから、今しばらく安静にするようにいって10日分を与えておいた。
鮎川清 『漢方と漢薬』 5・8・30



肺壊疽
 59歳、男性。某医博に受療中なるも経過面白からず、ここ2,3日の寿命であろうといわれている。病名を問うと肺壊疽だとのこと。
 行ってみるとなるほど、相当重症らしい。看護婦が付き添って酸素吸入をしていた。何かしら臭気がする。顔面は貧血でなく紫藍色を帯びた潮紅、眼球も充血している。喘鳴が甚だしく、ラ音もある。打診すると右下葉は濁である。胸脇苦満が非常に強く、体温は往来寒熱型。脈数ではあるが、今日、明日に息を引き取りそうな患者の脈ではないようである。臭気のある痰が頻々と出る。
 柴陥湯に麻黄杏仁甘草石膏湯を合方する。日々具合が良い。22日分服用後、便通が思わしくないのと、少々心下部が重苦しいということなので、柴陥湯に半夏厚朴湯合方加大黄5.0に転方する。41日分を服用して病前に増す健康体となった。
鮎川清 『漢方と漢薬』 8・6・29




明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.71
柴陥湯(さいかんとう) (本朝経験方)

処方内容 柴胡 半夏各五・〇 黄芩 大棗 括呂仁各三・〇 生姜 甘草 黄連各一・五 人参二・〇(二五・五)

必須目標 ①胸痛、②粘痰吐出 ③咳嗽 ④胃部季肋部に抵抗圧痛。


確認目標 ①発熱 ②食慾不振 ③悪寒 ④呼吸促迫 ⑤尿量減少。

中級メモ ①本方は小柴胡湯小陥胸湯の合方である。(小陥胸湯の処方は括呂仁、半夏、黄連の三味)。
 ②乾性肋膜炎必効の名薬で、胸中の熱邪と胃部の湿毒が共存する点を目標である。浅田宗伯は「重症なら大陥胸湯を用いるところであるが、大抵はこの方で治癒する」という。
 ③浅田流では、咳劇しく咽喉痛むときは竹茹、桔梗各三・〇を加味することになっている。
 ④小陥胸湯の方意を参考までに載せると、南涯「裏病なり。痰飲胸に在って、気鬱滞し血結ばざる者を治す。その症に曰く、之を按じて則ち痛む、脉浮滑、これ血結ばざるの症なり。血気結ばず、水気逆さず、もって痰飲なるを知るなり」。

適応証 乾性肋膜炎 (ときには湿性にも用いる)。 肋間神経痛。




『図説 東洋医学 <湯液編Ⅰ 薬方解説> 』 
山田光胤/橋本竹二郎著 
株式会社 学習研究社刊

柴陥湯(さいかんとう)

  やや虚  
   中間  
  やや実  
   実   

●保 出典 沈氏尊生書

目標 体力中等度以上の人。咳が激しく、痰(たん)が切れにくく,咳嗽(がいそう)時や深呼吸時に胸が痛むもの。多くは季肋部に抵抗・圧痛(胸脇苦満(きょうきょうくまん))を認める。時に食欲不振,微熱などを伴う。

応用 感冒,流感,上気道炎,急性気管支炎,慢性気管支炎,肺炎。
(その他:胸膜炎,気管支喘息(ぜんそく),気管支拡張症)

説明 小柴胡湯(しょうさいことう)小陥胸湯(しょうかんきょうとう)の合方。小柴胡湯単独より,消炎鎮痛の効がある。体力の衰えている人には慎重に用いる。

(小柴胡湯)柴胡(さいこ)6.0g 生姜(しょうきょう)4.0g 甘草(かんぞう)2.0g 半夏(はんげ)5.0g 黄芩(おうごん)3.0g 人参(にんじん)3.0g 大棗(たいそう)3.0g
括呂仁(かろうにん)3.0g 黄連(おうれん)1.5g



『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』
桑木 崇秀 創元社刊
p.218 
柴陥湯(さいかんとう) <出典> 日本経験方

方剤構成
 柴胡 黄芩 半夏 生姜 大棗 人参 甘草 黄連 瓜呂仁

方剤構成の意味
 これは小柴胡湯小陥胸湯(しょうかんきょうとう)との合方という意味である。小陥胸湯(『傷寒論』)は,半夏・黄連・瓜呂仁で,半夏だけが小柴胡湯と重複している。陥胸とは胸部から心下部にかけて張って重苦しいのを除くというほどの意味で,半夏・黄連・瓜呂仁ともに降性をもつことを特色とする。
 また瓜呂仁は潤性の鎮咳・化痰薬であるが,半夏・黄連は燥性であり,方剤は全体として熱・虚・湿・升証向きと見ることができる。方剤中には柴胡・黄芩の組み合わせと,黄連・黄芩の組み合わせをともに含むから,胸脇苦満と心下痞硬をともに有する腹証と考えてよい。

適応
 肋膜炎・気管支炎・膿胸などで,胸が苦しく,咳を伴うもの。
 ただし顔色が悪く,体力の著しく衰えた者には用いてはならない。



『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』
木下繁太朗 新星出版社刊


柴陥湯(さいかんとう)
本朝経験(ほんちょうけいけん)
 東

どんな人につかうか
 乾性肋膜炎(かんせいろくまくえん)の名薬で、胸の痛みに用います。胸が痛み、咳(せき)が強く、痰(たん)が切れにくくて、咳(せき)をすると胸が痛み、みぞおちから両わきにかけて硬(かた)く、圧(お)すと痛む場合(胸脇苦満)に効きます。


目標となる症状
 ①胸痛。②痰が切れにくい。③咳嗽(がいそう)が強い。④咳(せき)をしたり深呼吸をすると胸が痛む。⑤食欲不振。⑥胃部季肋部(きろくぶ)に抵抗圧痛(胸脇苦満)。⑦発熱、悪寒(おかん)。⑧呼吸促進。⑨尿量減少。


 胸脇苦満。

 弦を張ったような細い脈(弦脈、細脈)

 やや乾燥した薄い白苔(はくたい)。

どんな病気に効くか(適応症) 
 咳冒咳による胸痛胸痛や背痛、あるいは胸水があっても胸元もしくは胃部が痞(つか)え、尿量が減少するもの、あるいは咳嗽をして、粘稠(ねんちよう)な喀痰(かくたん)を排泄するものの、気管支炎肋膜炎の胸痛気管支喘息。肺炎、肋膜炎、膿胸、胃酸過多症、胆石症、肋間神経痛。

この薬の処方
 柴胡(さいこ)、半夏(はんげ)各5.0g 黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)各3.0g。人参(にんじん)2.0g。黄連(おうれん)、甘草(かんぞう)各1.5g。生姜(しようきよう)1.0g 栝呂仁(かろにん)3.0g。小柴胡湯しようさいことう)(125頁)に小陥胸湯(しようかんきようとう)(栝呂仁(かろにん)3.0g。黄連(おうれん)1.5g。半夏(はんげ)5.0g。)を加えたもの。
この薬の使い方 
前記処方を一日分として煎(せん)じてのむ。
ツムラ柴陥湯(さいかんとう)エキス顆粒(かりゆう)、成人一日7.5gを2~3回に分け、食前又は食間に服用する。
コタロー・大虎堂(一日7.5g)。

使い方のポイント 
胸苦しく咳(せき)をすると胸痛し、痰が切れにくいものを目標にします。
体力中等度位の人に用い、体力の衰えている人では、励力、倦怠感(けんたいかん)が出るおそれがあり慎重に使います。


処方の解説
 小柴胡湯しょうさいことう)(125頁)に小陥胸湯(しようかんきようとう)を加えたもので、小陥胸湯(しようかんきようとう)の主薬、栝楼仁(かろにん)は消炎、袪痰(きよたん)、鎮痛作用があり、柴胡(さいこ)黄連(おうれん)黄芩(おうごん)が、その消炎、解熱作用を強め、半夏(はんげ)が袪痰作用を強化します。


 『重要処方解説』

柴陥湯・柴胡清肝湯(サイカントウ・サイコセイカントウ)
室賀 昭三 日本東洋医学会/理事

柴陥湯

 本日は,柴陥湯(サイカントウ)と柴胡清肝湯(サイコセイカントウ)について申し上げます。柴陥湯とは,小陥胸湯(ショウカンキョウトウ)小柴胡湯の合方という意味でありますから,まず小陥胸湯についてお話しいたします。
 小陥胸湯は古方の処方でありまして,黄連(オウレン),瓜呂仁(カロウニン),半夏(ハンゲ)の3つの薬味から成り立っております。黄連は「苦寒・心に入り,火を瀉し,肝を鎮め,血を涼まし,湿熱を清め,鬱を散ず」とされ,消炎苦味健胃剤で,充血または炎症があって心中煩し,消化不良,動悸,精神不安,心下痞,吐,下,腹痛などに用います。
 瓜呂仁は「甘寒・潤下,胸中の鬱熱を除き,痰を消し,津を生じ,滞結を散ず」とされ,消炎性解熱,鎮咳,袪痰,鎮痛剤で,喘息胸痛などに用いられます。
 半夏は辛平(からくて,温めるでもなく冷やすでもない),嘔吐,痰飲,腹脹逆満,咽喉腫痛に用いられ,鎮嘔,鎮吐,鎮静,袪痰剤で,胃内停水がありその上逆による悪心,嘔吐,咳嗽,眩暈,心悸(動悸),咽喉腫痛に用いられます。以上3つの薬が協力し,これから申し上げるような状態を治す力を示すわけであります。
 この処方は『傷寒論』の太陽病下篇に出てきます。その条文は「小結胸ハ正シク心下ニ在リ,之ヲ按ズレバ即チ痛ム。脈浮滑ナル者ハ小陥胸湯之ヲ主ル」」とあります。これを説明いたしますと,「結胸ハ之ヲ按ゼズシテ自ラ痛ミ」という条文が他のところにあります。つまり,小結胸よりも病状の強い状態を結胸といい,これを撫でさすらなくても自発痛があり痛みを訴えるとされ,大陥胸湯(ダイカンキョウトウ)(大黄(ダイオウ),芒硝(ボウショウ),甘遂(カンスイ)よりなる強い薬を使用いたします。小結胸よりも病状が軽い痞鞕は,撫でさすっても痛まない状態をいいます。小結胸は,結胸と痞鞕の2者の中間に位し,撫でさする時は痛み,撫でさすらない時には痛まない場合を指します。また,その結胸の部位も心下にのみ限局して,脇の下,または下腹部までに波及しないくらいの広さであります。そしてその脈は,結胸の場合は沈緊で,小結胸の場合は浮滑であることにより,その病邪の状態が浅いことを示しております。そしてこのような状態は小陥胸湯の主治であると述べております。
 結胸という言葉はあまりお耳になさらないと思いますが,心窩部が膨隆して,石のように硬くなる状態をいい,病邪が胸に結ばれたものであり,病邪が激しい時には大陥胸湯を使用しますが,小結胸といゆように「小」という字がつき,それほど病状が強くない時には小陥胸湯を使用します。つまり熱と水分が胸部にふさがり,つかえたために心窩部が硬くなり,圧痛があり,胸中不快感があって,悶えたり,呼吸が促迫して苦しくなったり,咳をする時に胸が痛んだりするというような症状を目標とします。
 このような目標となる症状は,急性病の場合には諸種の熱性病,気管支炎,肺炎,胸膜炎などの時と,胃疾患,胆道疾患,肋間神経痛の時などに出現してきます。これは病が少陽の位にあることを示しており,ちょうど大柴胡湯,あるいは小柴胡湯を使用する場合に一致しますので,感冒のような病気に使用される時はには大柴胡湯,あるいは小柴胡湯と合方され,小柴胡湯と合方したものを柴陥湯(サイカントウ)と呼び,気管支炎,肺炎,胸膜炎等で咳嗽,喀痰,胸痛などに使用されます。
  小柴胡湯につきましてはすでに山田先生がお話しになられましたが,簡単に申し上げますと,柴胡(サイコ),半夏(ハンゲ),黄芩(オウゴン),大棗(タイソウ」),人参(ニンジン),甘草(カンゾウ),生姜(ショウキョウ)より成り,半表半裏証,すなわち少陽病に使用されます。漢方の考え方では,病気は体の表面から入り,次第に体の内部に侵入し,表の裏(内臓)の中間を半表半裏の部分といいますが,この部分に到達します。そしてそこに関係のある症状を呈する場合,半表半裏証と表現します。普通の場合,病気が体表に入り,半表半裏を現わすまでには,数日の時間がかかるとされています。
 この時期になると,口が苦く感じられたり,口が粘ったり,白い苔が舌に生えてきます。食欲がなくなり,悪心や軽い嘔吐があり,熱が往来寒熱という形になりま功。腹部に胸脇苦満が認められることがあります。咳や痰が出たり,激筋がこったり,動悸を伴うこともあります。このような小柴胡湯を使用する状態に小結胸が加わり,」心下が張って圧痛があり,咳や痰があり胸痛を訴えるというような時に柴陥湯を使用いたしますす。
 『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ) 』には,小陥胸湯については「此ノ方ハ飲邪心下ニ結シテ痛ム者ヲ治ス。瓜呂仁ハ痛ヲ主トス。金匱胸痺ノ諸方以テ徴スベシ。故ニ名医類案(本の名)ニハ此ノ方ニテ孫王薄述(人の名)ノ胸痺ヲ治シ,張氏医通(本の名)ニハ熱痰膈上ニアル者ヲ治ス。其ノ他胸満シテ塞ガリ,気ムヅカシク,或ハ嘈囃(胸やけの意),或ハ腹鳴下痢シ,或ハ食物始マズ,或ハ胸痛ヲ治ス」とあり,柴陥湯については「誤下ノ後,邪気虚ニ乗ジテ心下ニ聚マリ,ソノ邪心下ニ聚マルニツケ,胸中ノ熱邪ガイヨイヨ心下ノ水ト併結スルモノヲ治ス。コノ証一等重キガ大陥胸湯ナレドモ,コノ方ニテ大抵防ゲルナリ,馬脾風(ばひふう)(ジフテリア)ノ初期ニ竹筎ヲ加工,喀痰ノ胸痛に運用スベシとあります。
 今は患者が少なくなってしまいましたが,昔は肺結核,胸膜炎がかなり多く見られまして,小柴胡湯のような柴胡剤がしばしば使用されたそうであります。浅田家では,胸膜炎にはほとんど柴陥胸湯として用いられたと伝えられております。また一説によれば,小陥胸湯小柴胡湯を合わせて柴陥湯とする使い方は日本で発明されたともいわれております。

 症例
 私はまだ柴陥湯の特記すべき例を持っておりませんので,矢数道明先生の本から1例を引用させていただきます。62歳の老婦人,肥満壮実の体質で,全身に瘙痒性湿疹を生じ,便秘,上衝,肩こりなどがあったが,防風通聖散ボウフウツウショウサン)を服用して快便があり,快方に向かっていた。たまたま風邪をひいたが,依然として防風通聖散を服用していたところ,全身倦怠感はなはだしく,気分がイライラし,不安となり,落着かず,仕事をすることがいかにも大儀で,胸元一杯に痞えてムカムカし,身も心も消えてなくなりそうだと訴えてきた。
 脈は中等度の浮脈で,心下は痞満の状態があり,心下部を按ずると苦しいと叫ぶ。舌は白苔,口中苦く,粘るという。これはすなわち「病陽に発し,医反って之を下し,熱入って結胸を作す」にあたるものと考え,小陥胸湯を与えたところ,2~3日で諸症が好転した,というような例が記載されております。


■重要処方解説(70)
柴陥湯(サイカントウ)
東京女子医科大学第二病院内科
 佐藤 弘

■出典・構成生薬・薬能薬理
 柴陥湯(サイカントウ)は小柴胡湯ショウサイコトウ)と小陥胸湯(ショウカンキョウトウ)の合方で, これまで本朝経験方と呼ばれていましたが、今泉清氏の報告によりますと,『医学入門』がその出典と推定されます。それぞれの構成生薬を見ますと,小柴胡湯は柴胡(サイコ),半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),黄芩(オウゴン),大棗(タイソウ),人参(ニンジン),甘草(カンゾウ)の7種,小陥胸湯は黄連(オウレン),半夏,瓜呂実(カロジツ)の3種の生薬からなっております。しなわち,柴陥湯は小柴胡湯に黄連,瓜呂実を加味した処方となります。
 柴胡はセリ科のミシマサイコの根で,saikosaponin を主成分としています。その薬理作用として,中枢抑制作用,抗消化性潰瘍作用,抗炎症作用,肝障害改善作用,抗アレルギー作用,脂質代謝改善作用,抗ストレス作用,ステロイド様作用,ステロイド剤副作用防止作用,また柴胡の熱水抽出エキスにはインターフェロン誘起作用が認められています。漢方では『薬徴(やくちょう)』に「主治は胸脇苦満なり。傍ら寒熱往来,腹中の痛み,胸下痞硬を治す」とあるように,胸脇苦満を去る作用が第1にあげられます。また瘧,すなわちマラリアのような熱性疾患の治療にもよく用いられております。柴胡は少陽の熱を去るということができます。
 半夏はサトイモ科カラスビシャクの外皮を除去した根茎で,半夏エキスには中虞抑制作用,鎮痛作用,鎮吐作用,唾液分泌亢進作用,鎮痙作用,抗消化性潰瘍作用,免疫賦活作用などが報告されております。漢方では気を下し,水を逐う作用があると考えており,胃内停水があって,それが逆上して呈する悪心,嘔吐,咳嗽に対して使用するほか,咽頭部の痛み,腹中雷鳴,動悸,胸痛などを認めるものに使用します。一般に生姜あるいは乾姜を組み合わせて使用されます。
 生姜はショウガ科のショウガの根茎で,主要成分としてzigiberene,gingerol,zingerone,shogaol などがあります。薬理作用として鎮痛,解熱作用,中枢抑制作用,抗痙攣作用,鎮咳作用,鎮嘔作用,鎮痙作用,唾液分泌亢進作用,抗消化性潰瘍作用などが報告されています。漢方では寒を散じ,表を発し,痰を去り,嘔を止める作用があると考えています。
 黄芩はシソ科のコガネバナの根で,主要成分はbaicalin,baicalein,wogonin,oroxylin-Aなどのフラボノイド,β-sitosterol,campesterolなどのステロイドがあります。薬理作用として利胆作用,緩下作用,肝障害予防作用,解毒作用,利尿作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用,抗動脈硬化作用,血圧降下作用,鎮痙作用などが報告されております。漢方では裏の熱を去り,心下痞,下痢などを治すと考えています。
 大棗はクロウメモドキ科ナツメの果実で,糖類を多く含有するほか,ベツリン酸,ベツロン酸,オレアノール酸,オレアノン酸などのトリテルペン類,サポニンなどがあります。丁らは大棗熱水抽出液中に cyclic AMP 様活性物質の存在を報告しています。薬理作用としては抗アレルギー作用,抗消化性潰瘍作用,抗ストレス作用が報告されています。漢方では,胃腸を丈夫にし,緩和作用があるといわれ,腹痛,筋肉のひきつり,咳嗽に使用されます。
 人参はウコギ科のオタネニンジンで,主要成分はニンジンサポニンです。薬理作用として中枢興奮および抑制作用,抗ストレス作用,抗胃潰瘍作用,蛋白質,DNA,脂質生合成促進作用,脂質代謝改善作用,血糖降下作用,コルチコステロン分泌促進作用,アンドロゲン増強作用,血圧降下作用,心循環改善作用,疲労回復促進作用,放射線障害回眼促進作用,免疫増強作用,血液凝固抑制作用など,多方面にわたる生理活性を持つことが報告されております。漢方では,胃腸を整え,元気を補い,体液を増し,精神を安らかにするなどの作用があると考えています。
 甘草はマメ科のウラルカンゾウあるいはナンキンカンゾウの根およびストロンの乾燥品で, glycyrrhizin が代表的成分です。薬理作用として鎮静,鎮痙作用,鎮咳作用,抗消化性潰瘍作用,胆汁排泄促進作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用,ステロイドホルモン様作用などが報告されています。漢方では,諸薬を調和する,急迫症状を治すとされ,鎮咳,鎮痙,鎮静などに使用されます。
 黄連はキンポウゲ科ウウレンの根茎で,berberin をはじめとするイソキノリン系4級塩基であるアルカロイドを主成分としています。黄連エキスあるいは berberin の薬理作用として,鎮静作用,鎮痙作用,健胃作用,止瀉作用,抗菌作用,抗消化性潰瘍作用,抗炎症作用,抗動脈硬化性作用,免疫賦活作用などのあることが報告されています。漢方においては,消炎薬および苦味健胃薬として使用されます。陽実証のもので,胸苦しさ,動悸,精神不安,心下部の痞え,嘔吐,下痢,腹痛,出血,皮膚の痒みなどを呈する場合に使用されます。
 瓜呂実はウリ科のキカラスウリ,オオカラスウリの種子で,主要成分としてはオレイン酸,リノール酸,リノレン酸,トリコサン酸などの脂肪油があります。薬理作用としては,瓜呂実の熱水抽出液にインターフェロン誘起作用が報告されています。漢方では胸中の欝熱を除き,水を逐い,凝血を散ずる作用があるとされています。浅田宗伯(あさだそうはく)は『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』の中で,「瓜呂実は痛みを主とす」といっておりますが,熱状を伴う胸から心下部の痛みに使用するものと考えられます。使用される病態としては,胸痛を伴う咳,喀出困難な痰,狭心症様の症状,結胸があります。

■古典における用い方
 まず小柴胡湯小陥胸湯,それぞれの処方について解説いたします。
 小柴胡湯は『傷寒論』および『金匱要略』を出典とする処方で,少陽病の代表的な治療薬方です。少陽病とは『傷寒論』に「少陽の病たる,口苦く,咽乾き,目眩(めくるめ)くなり」とその大綱が述べられています。この中で「口苦く」が少陽病の確証であるので,「主目標とする」と湯本求真(ゆもときゅうしん)は述べております。この3主徴のほかに,胸満,胸痛,心中懊悩,心煩,咳嗽,心悸亢進,呼吸促迫,悪心,嘔吐,食欲不振,口が粘るなどの症状が見られます。また腹診上,胸脇苦借,心下痞硬を認めることがあります。小柴胡湯に関する原典の条文はすこぶる多く,すべてについて述べられませんので,代表的条文を2,3あげてみたいと思います。
 『傷寒論』太陽病中篇には「傷寒五,六日,往来寒熱,胸脇苦借,黙々として飲食を欲せず,心煩喜嘔し,あるいは胸中煩して嘔せず,あるいは渇し,あるいは腹中痛み,あるいは脇下痞硬,あるいは心下悸して,小便利し,或は渇せず,身に微熱あり,或は咳する者は小柴胡湯これを主る」とあります。
 「心煩喜嘔』までが本方の正証と呼ばれるもので,「あるいは」以下は,症状がある時もあれば,ない時もあるということです。往来寒熱とは,悪寒が止むと熱が出て,熱が下がると悪寒がするという熱型をいいます。弛張熱あるいは間欠熱に相当するといえます。胸脇苦満は,自覚的には季肋部に何かつまった苦しい感じを覚え,他覚的には局部を指頭で胸腔内へ押し込んでやりますと,抵抗感を認めたり,息詰まるような苦満感を訴えるような状態をいいます。この2つの徴候,すなわち往来寒熱および胸脇苦満が,小柴胡湯をはじめとする柴胡剤を使用する際の主証となります。
 心煩喜嘔とは,胸苦しさを覚え,しばしば吐くということです。胸中煩も心煩と似た症状ですが,湯本求真は「胸中煩は,心煩の心臓に局限すると異なり,胸中ことごとく煩する義なれども,いまだ心臓を侵に至らざるものなれば,これを心煩に比するべ熱毒軽微なるものにして,喜嘔は水毒が熱毒のため激動せらるるによるものなれば,熱毒熾盛なるときは嘔吐もまた強劇なれども,軽微なるときは嘔吐せざるが常なり。これ熱毒劇烈なる心煩には喜嘔するも,その緩弱なる胸中煩には嘔吐せざるゆえんにして云々」と,両者の症状の違い,病状の軽重に差のあることを述べております。
 脇下痞硬は,季肋下が痞え硬い状態をいいます。微熱は現代医学でいう微熱と異なり,裏にかくれて表に現われることの微かなものを指します。微熱は裏熱の一種で,病変が上半身にあれば少陽病,下半にあれば陽明病になります。この条文から各種の胸部疾患,腹部疾患に本方が使用されます。
 同じく太陽病中篇には「傷寒四,五日,身熱悪風し,頸項強ばり,脇下満し,手足温にして渇するものは小柴胡湯これを主る」とあります。
 身熱は一身ことごとく熱する状態で,陽明病の熱型である潮熱に似ていますが,潮熱のように全身からの発汗は伴わない点が異なっています。また潮熱には,悪寒や悪風は伴いません。悪風は外気に触れたり,風が当たったりすると寒気を感ずることをいい,太陽病の症状です。本条文を拠りどころに,頸や項の凝りに小柴胡湯が使用されます。
 小陥胸湯も,小柴胡湯と同じく『傷寒論』を出典とする処方です。太陽病下篇には「小結胸は正しく心下に在り,これを按ずれば則ち痛む。脈浮滑のものは小陥胸湯これを主る」とあります。
 この証は,前の条の大結胸に使用される大陥胸湯(ダイカンキョウトウ)の証に比較して,病気が軽いものの証を提示していると考えられます。結胸という病態は,心下部を按ずると石のように硬く,しかも痛みを覚える状態をいいます。痞硬は自発痛も,案じた際も痛みはなく,ただ苦満感を覚えるだけの状態をいいます。小結胸は自発痛がなく,按じた時に痛みを覚え,部位も心下部に限局して,腋窩または下腹にまで波及することはありません。脈は大陥胸湯の沈緊に対して,本方では浮滑を呈するということであります。大陥胸湯の沈緊に対し,本方の浮滑の脈は熱の結ばれる位置の浅いことを意味していると考えられます。
 陥胸の意味について,浅井貞庵(あさいていあん)は『方意口訣(ほういくけつ)』の中で「胸陥とは胸中の気を陥入れるという義にて,胸へ聚る気を落とし入る,下陥させるという意なり,下すというまでは行き届かん,納め下げる功なり」と述べています。つまり胸に凝結した気を押し下げるということになります。
 次に小陥胸湯の先人たちの使用法を見てみましょう。稲葉文礼(いなばぶんれい)は『腹証奇覧(ふくしょうきらん)』において「図の如く胸に毒ありて胸高く,時々胸痛し,あるいは心煩し,あるいは胸たとえんかたなく悪く,いわゆる心痛嘈囃などいうものこの証多し。まず小陥胸湯をあたえ,時々大陥胸湯をもってこれを攻むべし」と述べています。すなわち胸が痛んだり,胸がたとえようもなく不快な感じを覚える場合は,心下部痛,胸やけに伴ったことが多いのである。こういう状態にはまず小陥胸湯を与え,時々大陥胸湯をもって下しなさいといっているわけです。
 また和久田叔虎(わくたしゅくこ)は『腹証奇覧翼(ふくしょうきらんよく)』の中で「図の如く心下より下脘の辺までの間かたくはりて,これを按せば痛み甚しく,身を動かせば腹にこたえて痛み甚しきものは肩背強ばる。熱胸中に聚まるゆえなり。この証,水気,結と相結ぶと感えども,大熱実堅鞕をなさず,故に小結胸の名あり。半夏,瓜蔞実,痰飲,水気をを解し,黄連,心胸間の熱を去る。他の大黄(ダイオウ),芒硝(ボウショウ),甘遂(カンズイ)など,攻撃のものを伍せざるをもって考うべし。故に心下鞕といえども,堅鞕をなさず。胸満すといえども高起するにいたらず」。「小結胸の病もその位は正に心下に在りとす。然れども大結胸の如く,石鞕,鞕満痛,手近づくべからずほどに至りて,ただこれを按せば痛むなり。脈も沈遅などの結実の状に至らずして浮滑にして力あるものは,ただ水気と熱気と胸膈間にありて小しく結ぶものなり。その小結というゆえんは心下これを按して矢むにあり。およそ大小結胸ともにこれを心下にうかがうを法とするなり。この意を推して考えて,痰飲,壅塞,胸中心煩するものこの方これを主る。また痰飲ありて嘈囃のものを治す」と述べております。
 ここでは小陥胸湯の腹証が論じられ,心下部から臍の下あたりまで硬く張っていて強い圧痛があり,体動で腹部に痛みを覚える。痛みが激しい時は肩や背が強ばるのであるといっています。小陥胸湯と大陥胸湯の鑑別も述べられています。どちらも病いの位置は心下であるが,痛みは手を近づけることが不可能なほどであるのか,脈が沈緊か浮滑かで両者を鑑別することを述べています。
 大陥胸湯の腹証では「図の如く胸高く起こり,心下硬満して手の近づくことを怖れ,心下より少腹まで一面に鞕満して,わずかに身を動揺すれば腹にひびき痛みて困しむこと甚しく,舌燥きて胎を生じ,心中懊悩,脈沈遅なるものを大陥胸湯の証とする」とあり,大陥胸湯では心下部から下腹まで広範囲にわたって硬く触れるのであるといっております。
 また有持桂里(ありもちけいり)は『稿本方輿輗(こうほんほうよげい)』心痛結胸篇大陥胸湯条で「この方は結胸はもちろん,あるいは飲による心痛,あるいは亀胸などにも用ゆ。その余はただ胸の高きものなどに用いてよきものなり。もはや大人になりての亀胸は治方なし。小児にありて亀胸にならんとする始めに早く用うれば効を収むるものなり。小児の亀胸は治するものなり。小児にはまた紫丸(シガン)を小陥胸湯などにて用うることあり。大人には紫丸を用いざるなり」と,小児の鳩胸にも使用していたことがわかります。
 柴陥湯の解説に入りたいと思います。長沢道寿(ながさわどうじゅ)の「医方口訣集(いほうくけつしゅう)』には「もし下して後,胸中満つる者下の太(はなは)だ早きによりて,邪気虚に乗じて入るなり。本方に小陥胸湯を合し,これを服す。神の如し」とあります。調べた範囲ではもっとも古いわが国の文献と思われますが,柴陥湯という名称は出てきておりません。
 浅田宗伯は『勿誤薬室方函口訣』で,「この方は医方口訣第八条に云う通り誤下の後,邪気虚に乗じて心下に聚まり,その邪の心下に聚まるにつけて胸中の熱邪がいよいよ心下の水と併結する者を治す。この症一等重きが大陥胸湯なれども,この方にて大抵防げるなり。また馬脾風の初起に竹筎(チクジョ)を加え用う。その他痰咳の胸痛に運用すべし」と述べています。ここでは本方の適応する病態を,胸中の熱邪と心下の水とが結ばれて生ずるものといっております。馬脾風はジフテリアのことであり,胸痛を伴う咳,痰に使用することが出ています。

■現代における用い方
 本方は小柴胡湯小陥胸湯ですから,小柴胡湯の証に小陥胸湯証を兼ねるものに用いるといえます。具体的には中間証のもので,胸脇苦満があって,心下部が硬く張って圧痛を伴う例ということになりましょう。応用疾患として,呼吸器疾患では気管支炎,胸膜炎,肺炎で,胸痛あるいは咳嗽により胸や腹に響く痛みを伴う例に用います。痰を伴う例では粘稠で切れにくい点を目標に用います。消化器疾患では嘈囃のある例に使用します。
 鑑別処方として,呼吸器疾患では麦門冬湯(バクモンドウトウ),竹筎温胆湯(チクジョウンタントウ)などがあげられます。麦門冬湯は発作性の劇しい咳嗽で,痰が粘稠で切れにくく,顔面をまっ赤にして吐きそうになるものに使用しますが、胸痛はあっても劇しいものではありません。
 竹筎温胆湯は,解熱後も,咳,痰が多く,抑欝的あるいは咳で安眠できない例に使用します。この方も胸痛は目標になりません。
 小青竜湯加石膏(ショウセイリュウトウカセッコウ)も胸膜炎によく効果があるといわれますが,この場合呼吸困難あるいは喘鳴が主となります。
 消化器疾患では半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ),茯苓飲ブクリョウイン),六君子湯リックンシトウ),平胃散ヘイイサン),安中散アンチュウサン),人参湯ニンジントウ)などがあげられます。半夏瀉心湯は中間証のもので,心下痞硬を主目標に,嘔気腹鳴,軟便あるいは下痢を呈する場合,六君子湯は虚証のもので心下部の痞えのほかに,とくに食欲不振の強い場合,茯苓飲は両者の中間で,心下部の膨満感が強く,食べられなく,げっぷを伴う場合に使用されます。
 平胃散は中間証からやや実証のもので,平素胃腸が丈夫で暴飲暴食によって胸やけ,下痢を起こした場合に使用します。いずれも腹痛はあっても軽度なものです。安中散人参湯は胸やけ腹痛を認める必に使用しますが,虚証のものに使用します。


■症例提示
 次に症例を紹介します。『漢方と漢薬』誌に鮎川先生の発表されたものです。
 「20歳の船乗り,左胸部が疼く呼吸困難があるので某医に受診したところ,肋膜炎で水が溜まって居るから絶対安静にして養生せよ,2,3ヵ月はかかるだろうと言われましたという。誰からか勧められたと見えて,そのまま私の方に来たらしい。成程,右は前後ともに全部濁音で,殆んど呼吸音は聴取できない。体温は38度6分で脈拍は98位。呼吸も苦しいらしく前屈みにして歩いて居る。もちろん心下は硬く緊張し,両直腹筋は張って居る。柴陥湯10日分対与。
 11日後来院の折は殆んど脈も正常に復し,呼吸は楽になり,水は半分位減って体温も6度台に下がっていた。10日分投与。その後来院の折は右腋下に多少の渇音を証明するのみとなり,その次10日にして来た時は,モウ差いてはいけないだろうかと言うので,前の医者では2,3ヵ月かかると言われて居る位だから,如何に具合が良くても1ヵ月にしきゃならないのだから,今暫く安静にするように言って,10日分を与えて置いた」というものです。

■参考文献
1) 今泉 清:加味逍遙散,柴陥湯の出典について.漢方の臨床,33:38~41,1986
2) 吉益東洞:『薬徴』1771年版.近世漢方医学書集成巻10,p.107,名著出版,1985
3) 浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』1878年版.近世漢方医学書集成巻95,p.232,名著出版,1982
4) 浅井貞庵:『方彙口訣』. 近世漢方医学書集成巻77,p.152,名著出版,1981
5) 稲葉文礼:『腹証奇覧』. 近世漢方医学書集成巻83,p.82,名著出版,1981
6) 和久田叔虎:『腹証奇覧翼』.1853年版. 近世漢方医学書集成巻84,p.265,280,名著出版,1982
7) 有持桂里:『稿本方輿輗』復刻版.巻之十六,燎原書店,1972
8) 長沢道寿:『医方口訣集』1681年版. 近世漢方医学書集成巻63,p.84,名著出版,1982
8) 鮎川 静:風外山房治験-(二)肋膜炎.漢方と漢薬,5:942~943,1938

※如何に具合が良くても1ヵ月にしきゃならないのだから?
→ 如何に具合が良くても1ヵ月にしかならないのだから?

※文献の番号がずれている。




『古典に生きるエキス漢方方剤学』 小山 誠次著 メディカルユーコン刊
p.360
柴陥湯

出典 『傷寒論』、『金匱要略』、『傷寒活人書』、『傷寒直格方』
    『傷寒標本心法類萃』

主効 和解少陽、清熱、袪痰。小柴胡湯証で清熱袪痰を強めた薬。

組成 柴胡5~7 半夏5 黄芩3 人参2~3 大棗3
    栝楼仁3 黄連1.5 生姜0.8~1 甘草1.5~2

    小柴胡湯  柴胡 黄芩 人参 甘草 生姜 大棗
                                       半夏

    小陥胸湯  黄連 栝楼仁

解説
 本方は小柴胡湯小陥胸湯であり、小陥胸湯は黄連・半夏・栝楼仁より成る。
 【小柴胡湯】(558頁)…少陽病傷寒または中風にあって清熱・健胃・鎮静・鎮咳し、また肝庇護作用のある薬である。
 【黄連】…黄芩と同様に代表的な清熱薬で、熱発を伴う嘔吐及び下痢などの消化管炎に処方する他、一般に炎症性の高熱による諸症状の緩解にも効を奏する。また鎮静効果もある。
 【栝楼仁】…気管支炎、肺炎、肋膜炎などによる胸痛を伴う熱痰に対して、化膿を抑え、潤肺し、清熱袪痰する。また結胸・胸痺に対しても効果を発揮する。『薬性提要』には、「潤して下し、胸中の鬱熱を除き、痰嗽を治し、津を生じて腫れを消す」とある。
 しかし乍ら、本方は半夏瀉心湯去乾姜加柴胡・栝楼仁・生姜でもある。半夏瀉心湯(958頁)は代表的な急性胃炎、急性胃腸炎の薬であるが、本方は半夏瀉心湯より乾姜なく、柴胡・栝楼仁が入っている分だけ一層熱証用であり、また半夏瀉心湯証で呼吸器症状の強い場合に適合となるとも考えられる。
    半夏瀉心湯 半夏 黄芩 人参 甘草 黄連 大棗 乾姜
            柴胡 栝楼仁 生姜

即ち、小陥胸湯は栝楼仁の作用を強化した方意を有ち、痛みを伴う呼吸器系の炎症による諸症状を緩解する意義が大きい。それ故、小柴胡湯に合方すれば、少陽病傷寒または中風にあって、小柴胡湯の適応症の内で特に呼吸器症状が強く、胸痛、熱痰などを呈する場合に適応となる。
 総じて、小柴胡湯に栝楼仁・黄連という寒性薬を配合しているので、消炎解熱作用は強化され、呼吸器系の炎症による咳嗽、喀痰、胸痛をよく緩解するのみならず、急性胃炎、急性胃腸炎などの実熱による粘膜の糜爛、充血、発赤などを伴う消化管炎にも適応となる。

適応
 感冒、インフルエンザ、気管支炎、肺炎、肺結核、肺化膿症、肋間神経痛、急性胃炎、急性胃腸炎、急性胃粘膜病変、逆流性食道炎など。

論考
 ❶小柴胡湯は『傷寒論』、『金匱要略』の二十数箇所収載されているが、『傷寒論』弁太陽病脉証并治中第六には、小柴胡湯の方後の加減法として、「若し胸中煩して嘔せざる者、半夏・人参を去り、栝楼実一枚を加う。若し渇するには、半夏を去り、人参を加え、前と合わせて四両半と成し、栝楼根四両を加う。若し腹中痛む者、黄芩を去り、芍薬三両を加う。若し脇下痞鞕するには、大棗を去り、牡蠣四両を加う。若し心下悸し、小便利せざる者、黄芩を去り、茯苓四両を加う。若し渇せず、外に微熱有る者、人参を去り、桂枝三両を加え、温覆し、微汗して愈ゆ。若し欬する者、人参・大棗・生姜を去り、五味子半升・乾姜二両を加う」とある。
 一方、小陥胸湯の出典は『傷寒論』弁太陽病脉証并治下第七に、「小結胸の病、正に心下に在り、之を按ずるときは痛み、脉浮滑なる者、小陥胸湯之を主る」及び「寒実して結胸し、熱証無き者、三物小陥胸湯を与う」と記載されていることに拠る。
 小陥胸湯の先の条文は、捨々瀉下という誤治によって部分的に壊病に陥った場合を意味している。後の条文は、一般に三物小陥胸湯小陥胸湯とされているから、意味がよく通じない。
 ❷徐大椿撰『傷寒論類方』柴胡湯類四・小柴胡湯には、先の小柴胡湯の方後の加減法の最初の一条を注釈し,「嘔せざれば必ずしも半夏を用いず、煩すれば人参を用うべからず」及び「栝蔞実は胸痺を除く。此れ、小陥胸湯の法也」とあって、栝楼実を加味することは小陥胸湯合方の方意を含むことを云う。正にその通りである。
 ❸石原明先生は『漢方の臨床』第10巻第2号・先哲経験実用処方選集(百号記念稿)の中で、「○柴陥湯(本朝経験)胸中熱邪あり、心下の水と結び、痰咳、胸痛する者とあって、方後には(注)と形新、「創方者不明なれど『医方口訣集』に初見す。古方の小柴胡湯小陥胸湯の合方にして胸膜炎の套方たり。小柴胡湯証にして胸痛、欬嗽激しきを目標とす。浅田宗伯の経験によれば馬脾風の初起に竹筎を加えて用うと」と解説される。
 ❹実際、『勿誤薬室方函口訣』巻之下・柴陥湯には、「此の方は医方口訣第八条に云う通り、誤下の後、邪気、虚に乗じて心下に聚まり、其の邪の心下に聚まるにつけて、胸中の熱邪がいよいよ心下の水と併結する者を治す。此の症一等重きが大陥胸なれども、此の方にて大抵防げる也。又、馬脾風の初起に竹筎を加えて用う。その他、痰咳の胸痛に運用すべし」とある。
 ❺従来、本方の出典は本朝経験方とされ、『医方口訣集』に登載されていると言われて来た。しかし、『増広医方口訣集』上巻・小柴胡湯には、「○如し下して後、胸中満つる者、下すことの太だ早きに因り、邪気、虚に乗じて入れば也。本方に小陥胸湯を合して之を服す。神の如し」とあるものの、北山友松子の頭註には、 「下層の加減の法、是れ後人の附会也」とあり、小柴胡湯小陥胸湯は、先の❶の小柴胡湯の加減法七条以外の法であると明言している。
 従って、本朝経験方という限りは、更にそれ以前の我が国の先哲が初めて処方したという証拠がなければならないのであるが、……。
 ❻陶華撰『傷寒六書』巻之六・傷寒を看、証を識る内外須く知るべしには、「若し胸痛む者、結胸と為す。痛まざる者、痞気と為す。乃ち下すこと早きに因りて成る也。未だ下すことを経ざる者、結胸に非ざる也。乃ち表邪伝えて胸中に至るの症、満悶すと雖も、尚表に有りて邪未だ腑に及ばざるは、正に少陽の部分に属す。小柴胡湯を用いて枳実を加え、以って之を治す。如し未だ効あらずんば、本方を以って小陥胸湯を加え、之を服して愈ゆ。痛み甚だしき者、大陥胸湯にて之を下す」とあり、小柴胡湯小陥胸湯は既に『傷寒六書』に記載されている。同書には本掲以外の各処にこの合方投与の記載あらるものの、柴陥湯という方名は見当たらない。
 ❼一方、『医学入門』三巻下・傷寒用薬賦には、「柴陥湯、即ち小柴胡湯小陥胸湯。結胸、痞気の初起表に有るを、及び水結・痰結・熱結等の症を治す」とあって、ここでは柴陥湯という方名が記されている。本書は『傷寒六書』よりも130年後世の書である。
 ❽しかし、出典という意味では更にそれ以前の『傷寒直格方』まで溯ることができる。同書・巻中・習医要用直格・結胸には、「……或いは脉浮なる者、表未だ罷らざる也。之を下すべからず。(之を下せば死す。)宜しく小陥胸湯及び小柴胡の類にて和解すべし。……」とある。尚、(……)は小字夾注を示す。以下同様。
  ❾また、恐らく実際には劉完素の門人等の手になる『傷寒標本心法類萃』巻上・結胸にも、「結胸の証に三つ有り。按ぜずして痛む者、大結胸と名づけ、之を按じて痛む者、小結胸と名づけ、心下怔忡し、頭汗出づる者、水結胸と名づく也。……或いは脈浮なる者、表未だ罷らざる也。下すべからず。之を下せば死す。宜しく小陥胸湯及び小柴胡湯の類にて之を和解すべし。……脈浮にして下すべからざる者、小陥胸湯小柴胡湯を合す」とある。
 ❿しかし乍ら、『傷寒活人書』巻第十・七十五心下緊敗し、之を按じて石硬にして痛むを問うに、「其の脉、寸口浮、関・尺皆沉或いは沉緊、名づけて結胸と曰う也。結胸を治するには大率当に下すべし。(仲景云う、之を下せば和らぐと。)然るに脉浮と大とは皆下すべからず。之を下せば死す。尚宜しく汗を発すべき也。(仲景云う、結胸脉浮なる者、下すべからず、只小陥胸湯を用うべしと。大抵脉は浮は是れ尚表証有り、兼ねて小柴胡湯等を以って先ず表を発し、表証罷れば方に結胸を下す薬を用いて便ち安んず。)」とある。
 結胸は未だ表証がある時期に、誤治による瀉下によって発症するのであるから、結胸の治療と共に先ずその表証を治療せんとして小柴胡湯を兼用するのである。これは理に適っている。
 即ち、『傷寒活人書』では、小陥胸湯小柴胡湯という形で既に処方されている。それ故、柴陥湯の出典としては『傷寒活人書』まで溯及しなければならない。
 本書には、大観元年(1107)の自序がある。
  ⑪『腹証奇覧』上冊・小柴胡湯之証(胸肋肪脹)には、小児の場合について、「図(図8)の如く、苦満、痞鞕見えずして、胸肋ふくれはりたるものなり。俗にこれを蝦蟆腹(かえるばら)という。小児に此の症多し。即ち、此の方の症なり。外形を以って察すべし。若ししれがたき時は、指頭の横はらを以って肋骨の間をいろい、おして見るべし。必ず痛むものなり。又、此の症に似て胸高くはり出たる者あり。是れは大・小陥胸湯の症なり。誤るべからず。又、胸肋肪脹して胸高く張り出たるは、二証相合したる也。此英時は先ず小柴胡湯を用いて後、時々陥胸丸を以って攻むべし。……」とあり、腹証より小柴胡湯及び大・小陥体湯の適応が示されている。
 尚、同冊・小陥胸湯之証には、「……胸に毒ありて胸高く、時々胸痛し、あるいは心煩し、あるいは胸たとえんかたなく悪しく、所謂心痛・嘈雑などいうもの、この証多し。まず小陥胸湯をあたえ、時々大陥胸湯を係ってこれを攻むべし……」ともある。
 ⑫『校正方輿輗』巻之十三・心痛 胸痺 結胸 には、『傷寒論』の先の条文を記載した後、「○正に心下に在るときは、心の真下に在るなり。此れを大陥胸の症に較ぶれば、上は心に至らず、下は少腹に及ばず、之を案ずるときは痛む。大陥胸の近づくべからずとは大淵(おおちがい)なり。脉浮滑、これを大陥胸の沈緊と較ぶれば、その邪深からざるなり。此の症にして、苦し胸脇連なり痛む者は、小柴胡或いは大柴胡、症に対して合し用う。更に妙」と、小陥胸湯合大・小柴胡湯が呈示されている。
 ⑬『橘窓書影』巻之四には、「……又、機務に勤労し、胸痺痰咳の証あり。客冬、外感の後、邪気解せず、胸痛一層甚だしく、之に加うるに項背、板を負うが如く、屈伸便ならず、倚息臥すこと能わず、飲食減少、脉沉数なり。衆医、虚候とし、之を治して愈えず。余、診して曰く、老憊と雖も、邪気未だ解せず、脉数を帯ぶ。先ず其の邪を解して而して後、その本病を治する、遅しとせずと。因りて柴陥湯加竹筎を与え、大陥胸丸を兼用す。之を服して邪気漸解し、本病亦随いて緩和し、数日二方を連服して全愈す」と、❹に云う柴陥湯加竹筎の実例である。
 更に同巻には、「……某の妾たり。某戦死の後、貞節を存し、艱苦して其の母を養う。故に胸中常に懊悩、動もすれば微咳・咯血全く止み、但胸脇痛み、時々吐痰、胸痺状を為す。及ち柴陥加竹筎湯を与えて胸中大いに安し。後、和歌を以って世に鳴ると云う」と、ここでも柴陥湯に竹筎を加味する工夫をした症例が記載される。
 ⑭『皇漢医学』第弐巻・小陥胸湯に関する先輩の論説治験に、「赤水玄珠に曰く、徐文学三泉先生の令郎、下午毎に発熱し、直ちに天明に至る。夜、熱更に甚だしく右脇脹痛、咳嗽吊疼し、坐臥倶に疼む。……之を診するに左弦大、右滑大にして指を搏つ。……乃ち、仲景の小陥胸湯を以って主と為し、……前胡・青皮各一銭を水煎して之を飲ましめ、夜に当帰竜薈丸を服せしめて微かに之を下す。夜半痛み止み、熱退き、両貼にして全く安し」との症例を引用して、「余曰く、孫一奎氏が此の症を治するに、専ら脈に随い、腹証に拠らざるは師の本旨を没却せるものなれば、幸いに治を得たりと雖も、偶中の誹りを免れず。又、本方に前胡・橘皮を加うるは、本方加柴胡・橘皮の意なるも、是れ亦徹底を欠くものにして、此の証には当に本方に小柴胡湯を合用すべきものとす」とあって、柴陥湯として処方するべしとの見解を示している。しかし、著者は湯本求真の孫一奎への批判と異なり、逆に柴陥湯の脉候は『傷寒直格方』に云う脉浮だけではないことをこの症例より理解する。
 ⑮矢数道明先生は『漢方と漢薬』第二巻第九号・下之早、小陥胸湯証に就いてで、「……第一番に心下部胸辺を指してこの辺が苦しくて堪らぬのだと奴鳴っている。聞くと四・五日前風邪気味であったのを無理に遠隔地へ釣りに出掛け、連日水中に浸っていたためか見る見る衰弱して来たというのである。昨日今日など食慾がちっともなく、気六かしくて怒ってばかりいる。……診すると脉浮滑で舌白苔、心下痞満按ずれば痛み煩悶す。さてはと思われたので釣りに行って居られる時下剤を飲まなかったかを尋ねると案の定、……飲んでいたと云うのである。……小陥胸湯の味に堪え得るや否やを慮り、柴陥湯として二日分投与した。服薬後食思漸々に復し、三日目には普通食を摂り、五日目には家人の止めるのも聴かず、又々好きな釣りに出掛けて終った」という症例である。なる程、小陥胸湯の味を配慮して柴陥湯に変薬する手段もあることを学んだ。
 ⑯『漢方入門講座」第一巻・肋膜炎には、 「柴陥湯 乾性湿性の区別なく小柴胡湯証のようで、もっと胸痛や喀痰がきれないために咳が強く出る場合などに使う。心下部も小柴胡湯よりは一層緊張して圧痛を認めることが多い。家庭薬として売出しているものには本方が多い」とある。
 ⑰『症候による漢方治療の実際』胸痛・柴陥湯・小陥胸湯・薏苡附子散には、「柴陥湯は小柴胡湯小陥胸湯との合方で、肋膜炎、気管支炎、肺炎などで、胸痛を訴えるものに用いる。これらの病気の場合、小柴胡湯だけでも一応ことが足りることが多いが、小陥胸湯をこれに合することによって、消炎鎮痛の作用が更に強化せられる。この方を用いる目標は、胸脇部に充満圧迫感があって、咳嗽時または深呼吸時に胸痛を訴えるという点にある。また体温上昇、食欲不振などがみられることもある。感冒後に気管支炎となり、痰が切れにくく、強いせきをすると、胸から腹にひきつれて痛むという場合にも、この方を用いる」と解説される。
 ⑱『感方診療医典』インフルエンザには、「咳嗽のたびに、胸痛を訴え、痰が切れにくいものにもちいる」とあり、気管支炎に対しても略同文で、肺炎では「大葉性肺炎で、悪寒はなくなったが熱があり、せきが強く、痰が切れにくく胸痛と胸部の圧重感、呼吸困難などを訴えるものに用いる」とある。また『明解漢方処方』柴陥湯には、「乾性肋膜炎必効の名薬で、胸中の熱邪と胃部の湿毒が共存する点が目標である」と、明解である。
 ⑲高橋道史先生は『漢方の臨床』第16巻第7号・柴陥湯と肋膜炎で 「浅田流では、肋膜炎と診断とすれば、症の如何を問わず、必ず本方(柴陥湯)を投薬したものである。しかして本方に桔梗を加味して用いるのが、浅田流で常識となっている。すなわち柴陥湯加桔梗はこれである。……肋膜炎の初発において、発熱、咳嗽、胸痛があり、また潴溜液があり、摩擦音があっても、柴陥湯を服薬することによって、これらの症が多いに軽減するものである。また慢性になって肋膜に肥厚があっても、癒着があっても、帳以画飛は柴陥湯を常用している。しかし客症として咳痰、盗汗等があるときには、竹筎、黄耆を加味し、発熱が解熱しないときにひ別甲を加味するなど、そのときどきの症によって加産することがあるのは言を俟たずとも明らかなことである」と、浅田流での実際を解説されている。


『勿誤薬室方函口訣解説(35)』
日本東洋医学会会長 寺師 睦宗

柴陥湯
次は柴陥湯(サイカントウ)です。これは本邦の経験方です。この処出響「すなわち小柴胡湯(ショウサイコトウ)、小陥胸湯(ショウカンキョウトウ)の合方」とありますが、柴胡(サイコ)、人参(ニンジン)、生姜(ショウキョウ)、大棗(タイソウ)、半夏(ハンゲ)(以上が小柴胡湯)、黄連(オウレン)、瓜呂仁(カロニン)です。上焦の熱が盛んで、痰咳するものには竹筎(チクジョ)を加えます。
 『口訣』は、「この方は、『医方口訣』(長沢道寿)第八条に、医者が誤って下したため、邪がその虚に入り、心下に集まり、それによって胸中の熱邪が心下の水と併結したものを治す、といっている。この柴陥湯より重いものは大陥胸湯(ダイカンキョウトウ)であるが、大抵は柴陥湯で治る。また馬脾風(ばひふう)(咽喉炎)の初めには竹筎を加えて用いるとよい。そのほか、痰、咳があり胸痛するものに用いる」とあります。
 私も、肋膜炎に似たような症状のもの、肋間神経痛といった胸の痛みによく用います。
 『橘窓書影』の症例をあげてみましょう。「熱川真之進、胸が痛み、脇下が突っ張って咳が治らない。体は痩せ、脈は虚であり数、少気(呼吸短少)で、歩くにも疲れる。医者は肺結核といったが、自分は、この人は生まれつき虚弱であり、その上で激職であるために、勇断して決することはできず、そのために脇の下が凝結し、肺の気が妨害されて咳をしているのである。まず脇腹の凝結をとり、鬱を去れば治ると思い、柴陥湯に竹筎を加えて与えた。数日にして胸中の痛みは去り、咳は大いに減じた。脇腹の凝結はそのままであったので、柴胡疎肝湯(サイコソカントウ)を与えたところ結胸も次第に治っていった」とあります。
 もう一例、俗にいう鳩胸を治した例があります。「金原勝造の一人息子(一二歳)が亀胸(鳩胸)を患って数年、あらゆる医者にかかったが治らず、自分のところにきた。胸骨が飛び出し、両乳に肉が張ってまんじゅうを伏せたようになっている。喘して歩くと呼吸困難になり歩くことができない。時々咳を出すが、ほかには何もない。柴陥湯と滾痰丸(コンタンガン)を兼用した。そして黄柏(オウバク)、天花粉(テンカフン)、天南星の末を酢に溶いて、胸骨のところに塗った。初めは痒いといっていたが、一〇日を過ぎると赤色になってきた。それから左突膏を塗ると、数日にして膿がつぶれ、突っ張っていた胸骨が低くなって、数ヵ月にしてまったく普通と変わらなくなった。自分は今まで亀胸五~六人を治したが、このように早く治ったものはなかった」という症例です。
 私は鳩胸を治したことはありませんが、浅田宗伯先生は、臨床家としては達人であると思います。 


副作用
(1) 副作用の概要
本剤は使用成績調査等の副作用発現頻度が明確となる調査を実施していないため、発現頻 度は不明である。

重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。
低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

その他の副作用

過敏症:発疹、蕁麻疹等 このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には人参(ニンジン)が含まれているため、発疹、蕁麻疹等の過敏症状があらわれるおそれがあるため。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。



2014年11月1日土曜日

滋陰至宝湯(じいんしほうとう) の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.660 結核熱・微熱続く
47 滋陰至宝湯(じいんしほうとう) 〔万病回春・婦人虚労〕
 当帰・芍薬・白朮・茯苓・陳皮・知母・柴胡・香附・地骨・麦門 各三・〇 貝母 二・〇 薄荷・甘草 各一・〇

 「婦人諸虚百損、五労七傷、(中略)脾胃を健にし、心肺を養い、(中略)潮熱を退け、骨蒸を除き、咳嗽を止め痰涎を化し、盗汗を収む(下略)。」
 結核または不明の微熱長びき、衰弱の傾向あるものに用いる。虚弱の婦人に多い。





和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
滋陰至宝湯(じいんしほうとう) [万病回春]

【方意】 肺の燥証による粘稠な喀痰・咳嗽と、脾胃の虚証による食欲不振等のあるもの。しばしば気滞・上焦の熱証による精神症状、時に血虚・全身の虚証を伴う。
《太陰病.虚証》

【自他覚症状の病態分類】

肺の燥証 脾胃の虚証 気滞・上焦の熱証による精神症状 血虚・虚証
主証 ◎粘稠な喀痰
◎咳嗽

◎食欲不振



客証  皮膚枯燥
 発熱 微熱
 口渇 口燥
 ほてり
 背部痛

 心下痞
 消化不良
 下痢傾向
○感情不安定
○抑鬱気分
 疲労倦怠
 るいそう
 衰弱
 脱力
 盗汗
 月経異常


【脈候】 沈・やや軟。

【舌候】 湿潤して無苔。或いは微白苔。

【腹候】 腹力やや軟。時に軽度の胸脇苦満がある。

【病位・虚実】 本方の中心的病態は燥証と脾胃の虚証であるため、陽証から陰証へ移行期にあたり太陰病に相当する。血虚および虚証に該当する症状があり、脈候ならびに腹候も虚証である。

【構成生薬】 当帰3.0 芍薬3.0 白朮3.0 茯苓3.0 陳皮3.0 知母3.0 地骨皮3.0 麦門冬3.0 香附子3.0 薄荷1.0 柴胡1.0 甘草1.0 貝母1.0

【方解】 地骨皮・知母・貝母は清熱作用があり、熱証に対応すると共に滋潤作用もある。天門冬には滋潤・鎮咳作用があり、地骨皮・知母・貝母の滋潤作用と共に肺の燥証に対応し、粘稠喀出困難な喀痰・咳嗽を治す。白朮・茯苓は脾胃の虚証に対応し、陳皮の健胃作用と共に食欲不振・心下痞(胃のもたれ)・消化不良・下痢傾向を治す。当帰・芍薬の補血作用は血虚を去り、麦門冬の滋養・強壮作用と共に虚証に対応し疲労倦怠等を治す。柴胡は元来胸脇の熱証を主るが、本方では香附子の気のめぐりの改善作用、薄荷の発散作用と共に、気滞をめぐらせる。甘草は諸薬の作用を調整し補強する。

※天門冬は麦門冬の間違い?

【方意の幅および応用】
 A 肺の燥証:粘稠な喀痰・咳嗽等を目標にする。
   気管支炎、気管支喘息、肺気腫、虚弱者・老人の慢性呼吸器疾患

【参考】 *婦人の補虚百損、五労七傷にて、経脈調わず、肢体羸痩するを治す。此の薬、専ら経水を調え、血脈を滋し、虚労を補い、元気を扶け、脾胃を健やかに、心肺を養い、咽喉を潤し、頭目を清し、心慌を定め、神魄を安んじ、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘咳を止め、痰涎を化し、盗汗を収め、泄瀉を住(とど)め、鬱気を開き、胸膈を利し、腹痛を療し、煩渇を解し、寒熱を散じ、体疼を袪り、大いに奇効あり。
*本方は逍遙散加減方であり、逍遙散去生姜加知母・地骨皮・麦門冬・貝母・香附子・陳皮となっている。逍遙散の方意で更に肺の燥証の顕著なものに用いる。また本方は婦人の虚労に対して作られた薬方ともいわれ、当帰芍薬散の方意が含まれている。
【症例】 原因不明の発熱
 28歳の未婚の婦人。外見は肥って顔色は赤い方で、それほど衰弱してはいないようにみえる。これはステロイド剤の服用によるムーンフェイスであつ言た。
 3歳の39~4℃の高熱を繰り返し、小児のリウマチ熱であるといわれた。この病気は1年位で大体良くなった。
 今年の4月に脊髄膜炎ともいわれ、肺炎ともいわれ、抗生物質でショックを起こしたことがある。その後カゼを引きやすく、毎月1回高熱が出て、なんとも困っているという。内科ではやはりステロイドを使っていたという。全身倦怠感があって、便秘がちで3日に1回位。熱のないときは食欲は普通である。脈は弱く、初診時血圧は110/70であった。常に微熱があった。
 聴打診上では特に異常は認めず、胸脇苦満も瘀血の証もあまりない。婦人虚労とし『回春』の滋陰至宝湯を与えた。服薬後便通が毎日1回あり、気分良く、身体社fしっかりとして、毎月出ていた高熱は2ヵ月後から出なくなった。カゼも引かなくなり微熱がすっかり取れたという。6ヵ月飲んで疲れなくなり、体力充実し、血圧も120/70となり、休むことなく勤務できるようになった。3ヵ月後ステロイド剤は中止した。
矢数道明 『漢方治療百話』 第六集145



【類方】 咳奇方〔和田東郭〕
 〔方意〕肺の燥証による咳嗽のあるもの。    《少陽病.虚証》

 〔構成生薬〕麦門冬4.0 阿膠4.0 百合4.0 地黄4.0 桔梗4.0 白朮3.0 甘草2.5  乾姜2.0 五味子1.5
 〔方解〕麦門冬・五味子は上焦の燥証を潤して咳嗽を止める。阿膠・地黄にも滋潤作用がある。百合は滋養強壮・鎮咳作用、桔梗は解熱・排膿・鎮咳作用がある。乾姜は新陳代謝を亢め、白朮は健胃作用があり、甘草は諸薬を調和する。
 〔参考〕*虚労により呼吸器系の衰弱したもので、昼夜の永びく咳嗽に有効である。
*肺痿(進行した肺結核症にみられる状態)の咳嗽を治す。もし熱に属する者は『聖剤』の人参養栄湯(肺痿、咳嗽痰有り、午後熱し、並びに声嘶する者を治す)に宜し。(中略)肺痿を治す。案ずるに滋液を主とし兼ねて虚熱を制する者なり。
 〔応用〕慢性気管支炎、肺結核症


『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』
桑木 崇秀 創元社刊

滋陰至宝湯(じいんしほうとう) <出典> 万病回春 (明時代)

方剤構成
  柴胡 知母 地骨皮 薄荷 香附子 芍薬 麦門冬 貝母 
 陳皮 当帰 白朮 茯苓 甘草

方剤構成の意味
 柴胡が入っているが、 全体からみてその量は少なく、いわゆる柴胡剤には入らない。柴胡・知母・地骨皮はいずれも解熱薬,薄荷・香附子は発散薬,芍薬は鎮痛薬,麦門冬,貝母・陳皮は鎮咳・袪痰薬(乾咳向き)で,これに補血薬である当帰と,胃アトニーによい白朮と茯苓が加えられている。
 構成生薬は寒性・補性・潤性・降性のものが多く,熱証で虚証で,皮膚はカサカサし,咳や痰(切れ難い)のある者向きにつくられた方剤で,滋陰降火湯と同じく,この方剤も滋陰(陰虚証で虚熱燥状を呈するものを潤す)を目的としてつくられた方剤であることがわかる。

適応
 慢性気管支炎や肺結核で,発熱・咳・痰・食思不振・全身倦怠などのある場合。
 滋陰降火湯と比べて,やや病気が浅く,胃弱もある者向きにつくられてはいるが,明らかに寒証の者には適さない。



『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』
木下繁太朗 新星出版社刊

滋陰至宝湯(じいんしほうとう)
本朝経験方(ほんちょうけいけんほう)(万病回春の変方んびようかいしゆん)
 ツ

どんな人につかうか
 体力が衰えて、衰弱気味の慢性の咳(せき)や痰(たん)に用いるもので、痰(たん)は割合に切れやすく、量はさほど多くない人に用い、気管支拡張症、肺結核、慢性気管支炎に応用します。

目標となる症状
 ①咳(せき)(慢性)。②痰(たん)(切れやすい)。③食欲不振。④全身倦怠感。⑤盗汗(ねあせ)。⑥微熱。⑦口渇(こうかつ)。⑧体力低下。

 腹壁軟弱。

 弦細数。

 舌質(ぜつしつ)は紅色で舌苔(ぜつたい)は少ない。


どんな病気に効くか(適応症) 
 虚弱なものの慢性の咳。慢性消耗性呼吸器疾患で、微熱、咳(せき)、痰(たん)、盗汗(ねあせ)のあるもの。肺結核、慢性気管支炎、気管支拡張症。

この薬の処方
 当帰(とうき)、芍薬(しやくやく)、香附子(こうぶし)、柴胡(さいこ)、知母(ちも)、陳皮(ちんぴ)、麦門冬(はくもんどう)、白朮(びやくじゆつ)、茯苓(ぶくりよう)、地骨皮(じこつぴ)各3.0g。貝母(ばいも)2.0g。甘草(かんぞう)、薄荷(はつか)各1.0g。

この薬の使い方
前記処方を一日分として煎(せん)じてのむ。
ツムラ滋陰至宝湯(じいんしほうとう)エキス顆粒(かりゆう)、成人一日9.0gを2~3回に分け、食前又は食間に服用する。

使い方のポイント
慢性の肺、気管支の炎症に栄養状態の低下、消化呼吸機能の低下、自律神経、内分泌の失調が加わり、消耗性の熱が出るような場合に用います。女性では月経不順を伴うことが多いようで空す。
女性の慢性消耗性疾患で、月経不順、四肢身体のやせ、衰弱脱力したもので、身体の痛むものを治し、奇効があるとされています。
処方の解説
 麦門冬(ばくもんどう)は滋養強壮(じようきようそう)作用(滋陰(じいん))があり、当帰(とうき)芍薬(しやくやく)と共に、体を栄養、滋潤(じじゆん)して消耗を防ぎ、貝母(ばいも)とともに消炎、鎮咳、袪痰(きよたん)作用で気道粘膜を渇(うるお)して痰(たん)を切れやすくします。知母(ちも)地骨皮(じこつぴ)は清虚熱剤(せいきよねつざい)で、解熱、消炎、鎮静、抗菌作用があって炎症をしずめます。
香附子(こうぶし)は理気薬(りきやく)で自律神経の緊張を緩解(かんかい)。柴胡芍薬(しやくやく)は肝気(かんき)の鬱血(うつけつ)をとり、胃腸の動きを調節。陳皮(ちんぴ)は胃液分泌を促進します(全体として鎮咳、解熱、消炎、鎮静の効果)。


『図説 東洋医学 <湯液編Ⅰ 薬方解説> 』 
山田光胤/橋本竹二郎著 
株式会社 学習研究社刊

滋陰至宝湯(じいんしほうとう)

    虚   
  やや虚  
  中間  
  やや実 

●保 出典 万病回春

目標 体力が低下した衰弱傾向の人。慢性に経過した咳嗽(がいそう)に用いる。痰(たん)は比較的切れやすく、量はさほど多くない。一般に食欲不振,全身倦怠感などを認め,時に盗汗,口渇(こうかつ)を伴う。

応用 肺結核,急性気管支炎,慢性気管支炎,上気道炎,気管支拡張症。
(その他:気管支喘息(ぜんそく),肺気腫(きしゅ)。肺線維症)

説明 衆方規矩(しゅうほうきく)は,婦人の諸種の消耗性疾患に用いてはば広い効果があると述べているが,本方は婦人に限らず,男子でも体力の低下した衰弱ぎみのものに用いられる。
当帰(とうき)2.5g 香附子(こうぶし)2.5g 乾生姜(かんしょうきょう)1.0g 知母(ちも)1.5g 甘草(かんぞう)1.5g 貝母(ばいも)1.5g 薄荷(はっか)1.5g 柴胡(さいこ)1.5g 地骨皮(じこっぴ)2.5g 麦門冬(ばくもんどう))2.5g 陳皮(ちんぴ)2.5g 朮(じゅつ)2.5g 茯苓(ぶくりょう)2.5g 芍薬(しゃくやく)2.5g 



『古典に生きるエキス漢方方剤学』 小山 誠次著 メディカルユーコン刊
p.447
滋陰至宝湯

出典 『太平恵民和剤局方』、『世医得効方』、『古今医鑑』
主効 更年期、清肺、退熱。逍遙散証且つ慢性消耗性肺疾患の薬。
組成 当帰3 芍薬3 茯苓3 白朮3 陳皮3 知母3 貝母2
    香錬子3 柴胡3 薄荷1 地骨皮3 甘草1 麦門冬3 [<生姜>]
解説
 本方は『大平恵民和剤局方』巻之九・婦人諸疾 附 産図の逍遙散に陳皮・貝母・香附子・地骨皮・知母・麦門冬を加味した処方である。
 【当帰】…婦人科の主薬で、月経を調整し、全身の血流を改善して血液の瘀滞を解除するのみならず、腹部~下肢を温めて止痛し、また慢性化膿症に対しても治癒を促進する。
 【芍薬】… 平滑筋の鎮痙作用の他に、発汗などによる津液の喪失を防ぎ、また当帰と併用して全身を補血・補陰する。更には骨格筋に対しても痙攣や疼痛を鎮める。
 【茯苓】…白朮と同様に、組織内及び消化管内の過剰な湿痰に対して利水するが、一方ではそのような気虚による精神不穏症状に対して鎮静的に作用する。
 【白朮】…全身組織内や消化管内に水分が偏在するとき、利水してその過剰水分を利尿によって排出するが、脾胃の機能低下に対して補脾健胃し、返化管機能を回復する。
 【陳皮】…消化不良などで嘔吐・嘔気があるとき、順方向性の蠕動運動を促進して消化管機能を亢進すると共に、粘稠な熱痰を袪痰、溶解する作用もある。
 【知母】…一般的には清熱薬であるが、実熱にも虚熱にも処方可能で、慢性消耗性疾患の潮熱に対する他、中枢神経系の興奮を低下させることによって鎮静作用も発揮する。
 【貝母】…上気道~肺の炎症による咳嗽及び粘稠な黄痰を呈するとき、清熱して鎮咳すると共に気道の分泌を抑制する。また瘰癧等の硬結に対し、排膿して消散する。『薬性提要』には、「肺鬱を解し、虚痰を清し、結を散じて熱を除く」とある。
 【香附子】…気病の総司、女科の主帥で、抑鬱気分で悪化する月経痛・月経不順に奏効する他、上腹部の疼痛や不快感にも有効である。総じて、我が国の婦人の伝統的な気鬱によく奏効する。
 【柴胡】…消炎解熱作用があり、特に弛張熱・間欠熱・往来寒熱あるいは日哺潮熱によく適応する他、鎮静作用によって抑鬱気分による機能低下を回復し、また鎮痛作用も発揮する。
 【薄荷】…清涼剤として発汗解表の補助薬となるが、頭・顔面・咽喉部の粘膜の炎症を鎮めて充血を解除し、煩熱感を発散する。
 【地骨皮】…主に慢性消耗性の肺疾患による虚熱に対し、陰分を補って虚熱を清する。『薬性提要』には、「肺中の伏火を瀉し、血を涼し、虚熱を除く」とある。
 【甘草】…諸薬の調和及び薬性の緩和だけでなく、消化管の機能を調整して消化吸収を補助する。
 【麦門冬】…慢性肺疾患で乾咳と微熱を呈するとき、清熱して鎮咳し、更に脱水を伴なえばk@:津液の喪失を防ぎ、循環不全にまで到れば、強心作用も発揮する。
 【生姜】…本来は煨姜であり、煨姜は生姜よりも消化管の冷えによる悪心・嘔吐に対して散寒し、脾胃の機能を回復して止嘔する。
 逍遙散は特に婦人にあって、ホルモンのアンバランスや精神不穏から種々の失調症状を来たしたときの薬であり、陳皮・知母・貝母・地骨皮・麦門冬で慢性消耗性肺疾患に伴う乾咳・粘稠痰・微熱などの症状を緩解し、陳皮で消化管機能を更に回復し、香附子で抑鬱的気分を更に発散させるべく配慮された薬である。
 総じて、婦人の生理機能を調整する薬と、抑鬱気分を消散する薬と、消化管機能を回復する薬と、慢性消耗性肺疾患の種々の症状を緩解する薬から構成され、逍遙散証で慢性消耗性肺疾患の薬となる。但し、元々は肺結核の薬である。

適応
 逍遙散の適応証(加味逍遙散(118頁)の適応証の内、虚熱症状の軽度な場合)に加えて、肺結核、乾性胸膜炎、慢性気管支炎、肺気腫、気管支拡張症など。

論考
 ❶『和剤局方』巻之九・婦人諸疾  産図・逍遙散の条文は加味逍遙散(118頁)の論考❶に記載した。
 ❷本方の出典は従来『万病回春』とされる。同書・巻之六・婦人科虚労に、「滋陰至宝湯 婦人の諸虚百損、五労七傷、経脉調わず、肢体羸痩を治す。此の薬、専ら経水を調え、血脉を滋し、虚労を補い、元気を扶け、脾胃を健やかにし、心肺を養い、咽喉を潤し、頭目を清し、心慌を定め、神魄を安んじ、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘嗽を止め、痰涎を化し、盗汗を収め、泄瀉を住(や)め、鬱気を開き、胸膈を利し、腹痛を療し、煩渇を解し、寒熱を散し、体疼を袪る。大いに奇効有り。尽くは述ぶる能わず」とあって非常に多くの適応状態を記述している。
 尚、『万病回春』では本条文に先立ち、「虚労熱嗽、汗有る者」という大まかな指示があり、この指示の許に、逍遙散(加味逍遙散も含む)と本方が併記されている。
 従って、本方の出典としては解説でも述べたように、先ず『和剤局方』が指摘されなければならない。
 ❸しかし乍ら、 本方は『万病回春』よりも早く『古今医鑑』に収載されている。同書・巻之十一・婦人科虚労に、先の『万病回春』の条文と比し、「心慌を定め」⇒「心悸を定め」、「神魄を安んじ」⇒「神魂を安んじ」、「泄瀉を往め」⇒「泄瀉を止め」、「尽くは述ぶる能わず」⇒「尽くは述ぶべからず」等々と、些細な字句の違いがあるだけで、薬味は全く同一であり、当帰・白芍・白茯・白朮・陳皮・知母・貝母・香附・柴胡・勉荷・地骨皮・甘草・麦門冬を煨生姜にて水煎温服する。
 而も著者の引用本では、滋陰至宝湯の方名の下に「雲林製」と記されているので、本方がやはり龔廷賢創方と分かる。
 それに対して、五虎湯(309頁)の論考❹でも述べた『古今医鑑』八巻本では、本方は巻之六・婦人虚労に収載されていて、方名は済陰至宝湯となっている。更に雲林製とあるのは不変だが、上記条文の変更箇所は、「心慌を定め」「神魄を安んじ」、「泄瀉を住め」、「尽くは述ぶべからず」となっている。これでみれば、『万病回春』が一層近いと言えよう。
 初刊本の方名の済陰至宝湯が後に現在の滋陰至宝湯に変わったのは、王肯堂による訂補とは無関係で、『万病回春』でも滋陰至宝湯なのだから、龔廷賢の意図によるものと思われる。
 ❹龔廷賢撰『雲林神彀』巻之三・婦人科虚労には、「滋陰至宝、芍・当帰・茯苓・白朮・草・陳皮・薄荷・柴胡・知・貝母・香附・地骨・麦門に宜し」とあるのみであるが、『寿世保元』庚集七巻・婦人科虚労には、『万病回春』と全く同じ条文と薬味で、方名が済陰至宝丹と命名されて掲載されている。
 ❺逍遙散の『和剤局方』条文では、「痰嗽・潮熱、肌体羸痩して漸く骨蒸と成る」の一文が収載されている。それ故、『婦人大全良方』巻之五・婦人骨蒸方論第二にも引載されて、「夫れ骨蒸労とは、熱毒気、骨に附くに由りての故に、之を骨蒸と謂う也。亦、伝尸と曰い、……少・長を問うこと無く、多く此の病に染む」と解説され、これは肺結核の病状表現である。
 ❻『世医得効方』巻十五・産科兼婦人雑病科・煩熱には、逍遙散が『和剤局方』条文と共に掲載されていて、白茯苓・白朮・当帰・白芍薬・北柴胡・甘草と記載された後、姜・麦門冬にて煎じ、最後に「一方には知母・地骨皮を加う」と指示される。これは逍遙散から滋陰至宝湯への一段階であると言えよう。尚、序で乍ら、ここでは逍遙散の次に清心蓮子飲(659頁)が収載されている。これは清心蓮子飲の論考㉓の著者の解説を首肯しうる点でもある。
 ❼『厳氏済生方』巻之九・求子論治には、「抑気散、婦人の気、血より盛んにして子無き所以を治す。尋常の頭暈・膈満・体痛・怔忡、皆之を服すべし。香附子、乃ち婦人の仙薬也。其の耗気を謂いて服すること勿くんばあるべからず」とあって、香附子・茯神・橘紅・甘草を煎服する。
 ❽『済世全書』巻之六・婦人科調経には、「済陰至宝丹 常に服すれば気を順じ、血を養い、脾を健やかにし、経脉を調え、子宮を益し、腹痛を止め、白帯を除き、久しく服すれば子を生むに殊に効あり」とあって、南香附米・益母草・当帰身・川芎・白芍・石棗・陳皮・白茯苓・熟地黄・半夏・白朮・阿膠・山薬・艾葉・条芩・麦門冬・牡丹皮・川続断・呉茱萸・小茴香・玄胡索・没薬・木香・甘草・人参を丸と為して米湯にて下す。そして、「按ずるに、右方は婦人の諸病を治するに服すべし」と纏められている。しかし乍ら、この処方は『寿世保元』の同銘方と比較して、かなり薬味内容を異にする。
 ❾さて、『万病回春』の滋陰至宝湯は「虚労熱嗽、汗有る者」の処方の一つであることは既述したが、引き続いて「虚労熱嗽、汗無き者」には、茯苓補心湯と滋陰地黄丸他が記載される。茯苓補心湯は木香を含む参蘇飲四物湯で、滋陰地黄丸は六味丸加天門冬・麦門冬・知母・貝母・当帰・香附米を塩湯又は淡姜湯で下すべく指示される。
 ❿『衆方規矩』巻之中・労嗽門・滋陰至宝湯には、まず❶の『万病回春』の条文が引載され、方後には「按ずるに、虚労熱嗽、汗有る者は此の湯に宜し。汗なき者は茯苓補心湯に宜し。是れ、乃(いま)し表裏の方なり。即ち逍遙散に加味したる方なり。婦人、虚労寒熱するに、逍遙散にて効なきときは此の湯を与えて数奇あり。○男子虚労の症に、滋陰降火湯を与えんと欲する者に先ず此の湯を与えて安全を得ることあり」と解説がある。滋陰降火湯(438頁)で述べた適応証及び禁忌に注意を払ってのことと思われる。
 ⑪『日記中揀方』巻之下・婦人調経には逍遙散が登載され、方後には「○一方に、虚労を治するに陳皮・知母・貝母・地骨皮・香附子、○五心煩悶には麦門冬・地骨皮を加う」とあり、ここの一方は、結局のところ、滋陰至宝湯去麦門冬である。しかし乍ら、次の加味方では逍遙散加麦門冬・地骨皮を指示しているので、先の一方字飛、滋陰至宝湯から態々麦門冬を去って処方する必要はないように思われる。
 ⑫『増広医方口訣集』中巻・滋陰至宝湯で、中山三柳は概ね「婦人虚労の証を治す」と記載した後、「患按ずるに、当帰・白朮・白芍・茯苓・柴胡・甘草は逍遙散也。以って肝脾の血虚を補うべし。知母・地骨皮を加えて大いに発熱・虚熱を解す。陳皮・貝母は以って痰を除き、嗽を治すべし。麦門・薄荷は以って肺を潤し、痰を化すべし。香附は鬱を開き、経を調うる所以也。龔氏の説、太過たりと雖も、血を補い、熱を卻け、痰を化し、鬱を開けば、諸症愈ゆべし。亦、虚誕に非ざる者か」と、新増している。誕は偽りのことで、先の『万病回春』の条文をいう。
 一方、北山友松子の増広には、「此れは古方の逍遙散を用い、加味する方也。能く諸虚百損・五労七傷を治すると謂う言、吾、斯くして之を未だ敢えて信ぜず。諸虚は言う勿れ、只、心腎交済せざるの症の如し。其れ、此の方を投ずべけんや。之を用ゆる者、薬品を詳審すれば人を誤らせるの咎を致すを免る。然して婆心の熱血、黙止すること能わずして折中して之を論じて曰く、或いは肝脾血虚に因りて将に虚労と成らんとして咳嗽し、或いは慾情、念を動じ、事として意いを遂げざるに因りて以って鬱熱し、或いは怒気停滞するに因りて、肝火妄りに熾んにして労熱に似たり、或いは経水調わざるに因りて、変じて血痂と成し、寒熱を作す。斯くの如き等の症、法を按じ、治を施せば庶わくは可ならんか」と、友松子は本題に入る以前の前置きにも重点を置き、如何に注意を喚起すべきかを語っている。
 ⑬『牛山活套』巻之上・咳嗽には、「○久嗽止まず、自ずから盗昔出でて虚痩甚だしく潮熱出づる者は多くは労咳に変ずる也。男女共に十六・七より三十歳までは咳嗽あらば早く止むべし。滋陰至宝湯、滋陰降火湯の類を見合せて用ゆべし。多くは脉細数なる者也。……」、巻之中・諸血 吐血・衂血・唾血・喀血・溺血・便血・腸血・臓血には、「先ず吐血あって後、痰を吐く者は陰虚火動也。滋陰降火湯、滋陰至宝湯の類に加減して用ゆべし。神効有り、咽喉 附喉痺・梅核気には、「○陰虚火動に因りて咽痛する者には四物湯に酒黄芩・酒黄連を加えて用ゆべし。或いは滋陰至宝湯、降火湯の類を用ゆべし。奇効あり」、巻之下・経閉には、「○室女、経閉して咳嗽・発熱する者には牡丹皮湯回春経閉を用いよ。滋陰至宝湯、加味逍遙散に川芎・莎草・陳皮・貝母・紅花を加えて用ゆべし。奇効有り」、虚労には、「……是れを産後の蓐労と云う。治し難し。先ず逍遙散に加減し、滋陰至宝湯、滋陰降火湯大補湯の類に加減して用いよ。共に神効有り」、産後には、「○産後、血熱の症に……其の熱大売退き、余熱あって蓐労とならんと欲する者には加味逍遙散を用いよ。咳嗽あらば滋陰至宝湯を用いよ。共に神効有り」等々と記載されている。
 ⑭『牛山方考』巻之中・逍遙散には、「婦人、諸虚百損、五労七傷、月経不調、形体羸痩、潮熱労咳、骨蒸の症に陳皮・貝母・莎草・地骨皮・知母・麦門冬を加えて滋陰至宝湯と名付く。男婦共に虚労咳嗽・発熱、自汗・盗汗等の症を治するの妙剤也」とある。
 ⑮和田東郭口授「東郭先生夜話』には、「湿毒ある症にて労症の気味になり、咳嗽あり。此の証は毒気あれども躰気疲れてあり。故に躰気を養わずんばあるべからず。滋陰至宝湯に阿膠・熬乾姜を与う」とあって、ここでは特に婦人に限定していない。
 ⑯『済美堂方函』虚労には、先の滋陰降火湯論考⑯に続いて、「滋陰至宝湯 
諸虚にて体痩せ、専ら婦人の調経には、血を滋し、咽喉を潤し、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘を止めて化痰し、盗汗を収め、泄瀉を住め、鬱気を開く」とあって、専ら婦人の調経のための処方であることが明白である。
 ⑰『症候による漢方治療の実際』滋陰至宝湯には、「……しかし香月牛山がのべているように、男女とも、衰弱して、やせている患者で、慢性の咳が出て、熱が出たり、盗汗が出たりするものによい。私は肺結核が永びき、熱はさほどなく、咳がいつまでもとまらず、息が苦しく食がすすまず、貧血して血色のすぐれないものに用いる」と解説される。
 ⑱『漢方診療医典』気管支拡張症には、本方が「肺結核に併発した気管支拡張症で、せき、痰の他に、食欲不振、盗汗などがあって、衰弱しているものに用いる」とあり、肺結核には、「慢性の経過をたどる場合であるが、病気が進み、熱もあり、せき、口渇、盗汗などがみられるものによい。婦人の患者では、月経不順のものが多い」とある。
 ⑲さて、加味逍遙散との類似性は念頭に置かなくてはならない。加味逍遙散は逍遙散に牡丹皮・山梔子を加味したものであり、牡丹皮は実熱にも虚熱にも処方しうる清熱薬であり、また局所の血流を改善する消炎性の駆瘀血薬でもある。山梔子は黄疸の湿熱に用いる他に、実熱にも虚熱にも用いて清熱し、種々の熱状を鎮静する。従って、本方との比較に於いて、加味逍遙散は逍遙散証の上に全身の虚熱を低下させる作用があるが社本方は同じく逍遙散の上にあっても、特に慢性肺疾患の齎す乾咳・粘稠痰・微熱などを対象とする。一方、本方証に於いても虚熱が肺病変由来のみでなく、逍遙散証に由来する虚熱も加わっているならば、加味逍遙散合滋陰至宝湯を処方する。
 但し、❺でも述べたように、逍遙散自体が元々肺結核に処方されたことは念頭に置く必要がある。現在の用法はそれから派生して流行したものである。処方の対象の変遷の一例と言えよう。



『重要処方解説Ⅱ
■重要処方解説(87)
滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)・滋陰降火湯(ジインコウカトウ)

日本東洋医学会会長
室賀 昭三

■出典・構成生薬
 本日は,滋陰降火湯(ジインコウカトウ)と滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)についてお話をさせていただきます。この両方の処方は,ともに『万病回春(まんびょうかいしゅん)』に出ている処方でありまして,内容がかなり重なっているところが多く,しかも呼吸器疾患に使われる処方ですので,ちょっと混乱を招くかもしれませんが,両方一緒に話をさせていただきますので,どうかお許しいただきたいと思います。
 滋陰降火湯は,当帰(トウキ),芍薬(シャクヤク),白朮(ビャクジュツ),地黄(ジオウ),陳皮(チンピ),知母(チモ),黄柏(オウバク),天門冬(テンモンドウ),麦門冬(バクモンドウ),甘草(カンゾウ)の10味からできている薬であります。『万病回春』をみますと,これにはさらに童便(ドウベン)を加えるとか,生姜(ショウキョウ)を加えるなどのことが書いてありますが,現在それはほとんど行われておりません。
 滋陰至宝湯は,当帰,芍薬,白朮,茯苓(ブクリョウ),陳皮,知母,柴胡(サイコ),香附子(コウブシ),地骨皮(ジコッピ),麦門冬,貝母(バイモ),薄荷(ハッカ),甘草の13味からできておりまして,両方の処方に7生薬が重なっているわけであります。

■薬能薬理
 まずこの処方を構成している薬の1つ1つの薬効について,ごく簡単にお話をさせていただきます。
 当帰は,当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などに出てくるご存じの有名な薬草ですが,セリ科のトウキ,またはその近縁植物の根を使いまして,中枢抑制作用,鎮痛作用,解熱作用,筋弛緩作用,血圧降下とか抗炎症作用などいろいろのものが認められます。当帰芍薬散はご婦人に使われることが多いわけですが,血の働きを調和し,排膿や止血に働き,体の潤いを保ち,目が赤く腫れて痛むもの,あるいは婦人の産後,古血の下らないもの,大量の性器不正出血といったものを治す,それから化膿性の腫れものを内より除き去るというような働きがあるといわれておりまして,甘く辛く温めます。この当帰は,当帰芍薬散の主薬でありまして,冷え性の女性に使われるわけで,当然温める作用があります。いわゆる補血,行血,あるいは女性の生理を整えるといったような働きが認められるわけであります。
 芍薬はご存じの通りボタン科のシャクヤクの根でありまして,いわゆる paeoniflorin が鎮静,鎮痙,鎮痛作用があるといわれております。それから抗炎症作用,あるいは抗アレルギー作用,免疫賦活作用,胃腸の運動を促進させるとか,胃潰瘍に対して抵抗する作用があるなどのことが知られているわけであります。主として筋肉が硬くなって引きつれるものを治すということで,いろいろ骨格筋,あるいは内臓筋の痙攣を治す作用があるわけであります。また腹痛,これは腹部の筋肉の痙攣とか,緊張が非常に強くなって起こる腹痛とか,頭痛,知覚麻痺,疼痛,腹部膨満,咳込むもの,下痢,化膿性のできものなどを治すといわれております。味がちょっと苦くて,わずかに体を冷やす作用があります。血の熱を冷ますとか,あるいは血を生かすとか,それから瘀血を去るとかいった働きがあるというふうにいわれております。
 白朮はキク科のオオバナオケラ,またはオケラの根茎でありまして,いわゆる利水剤として使うわけですが,抗消化性潰瘍作用とか,あるいは抗炎症作用とか,いろいろなものが知られているわけであります。また水分の偏在,代謝異常を治す,したがって頻尿,多尿,あるいは小便の出にくいものを治すとか,あるいは唾をたびたび吐いたり,唾がたくさん出るものを治すといわれております。甘,微苦でありまして,体を温める作用があります。胃腸を丈夫にして元気を出すとか,あるいは湿気,つまり水分が多いものを乾かして,それを体外へ出すという利水作用があるとされています。
 茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核でありまして,利水作用があると普通いわれておりますが,抗潰瘍作用,利尿作用もあり,主として腹部の動悸,あるいは筋肉がピクピク痙攣するもの,お小水の出にくいもの,めまいなどを治すといわれております。甘,平,すなわち温めるでもなければ冷やすのでもないのですが,いわゆる利水剤として,それから胃を丈夫にするとか,精神の安定作用があるなどと昔からいわれているわけであります。
 陳皮はミカンの皮でありまして,ミカン科のウンシュウミカンまたはその近縁植物の成熟した果皮であります。精油成分が入っており,中枢抑制作用などがあるといわれておりまして,われわれはこれを利水剤,あるいは気剤として使うわけでありますが,辛,苦で,温める作用があります。理気,健脾,すなわち軽い気欝を治したり,あるいは脾を丈夫にしたり,一種の胃の薬のような感じがあります。それから湿気を乾かし,気道の湿気を逐うというような作用が認められております。
 知母はユリ科のハナスゲの根茎で,熱のある時に使うわけであります。解熱作用のほか,血糖降下作用がよく知られています。また手足のほてりなど不快な熱感を治したりします。苦,甘,すなわち苦くて熱を冷ます作用があります。いわゆる後世方でいう火を消す,あるいは脾の熱を冷ます,それから腎を潤し,乾燥しているものに潤いを与えます。先ほどの陳皮は潤いを乾かしたわけですが,知母は逆に乾いているものに潤いを与えるような作用があります。
 柴胡は,ミシマサイコあるいはその変種の根でありまして,中枢抑制作用,抗消化性潰瘍作用,肝機能改善作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用などが認められ,また心下部より季肋部へかけての膨満感を訴えて,抵抗と圧痛が認められる,いわゆる胸脇苦満を治すとか,あるいは悪寒と熱が交互に起こる熱型,腹痛,心窩部が硬く痞えて緊張しているものを治すといわれております。味は苦くて,微寒,すなわちわずかに熱を冷まします。 表を解し,熱を解し,肝に気が欝滞しているものを疎す,すなわち,きれいにすると申しますか,流して,欝滞しているものを体の中へ散らしてしまうといわれております。それから陽気をもたらすという作用があるといわれております。
 香附子をよく附子と間違える方がありますが,香附子はカヤツリグサ科のハマスゲの根茎であります。それほど常用される薬ではありませんが,心窩部あたりに気が欝滞して,痞えたり,膨満するものを治します。辛,微苦,平,すなわち辛くてわずかに苦く,特に熱を冷ますわけでもないが,温めるわけでもありません。心窩部のあたりに気が欝滞して,痞えたり,膨満するものを治すということから,柴胡や梔子(シシ)と作用が似ていると思います。
 地骨皮はナス科クコの根皮であります。クコはご承知の通り補虚剤としてよく使われまして,味が苦,鹹,すなわち苦くて,少し塩辛くて,かすかに冷やす作用があって,熱を冷まし,血を冷やすといわれております。加味逍遙散(カミショウヨウサン)に荊芥(ケイガイ),地骨皮を加えるというふうによく使います。疲れた時にクコを食べるとよくいわれますが,疲れた時の熱を少し冷まして,虚を補うような作用があるように思います。
 麦門冬はユリ科ジャノヒゲの根でありまして,熱感を治し,咳嗽を止め,体の潤いを保って,熱性,乾性の症状を改善します。甘,微苦,微寒,すなわち甘くてわずかに苦く,かすかに冷やす作用があります。麦門冬湯(バクモンドウトウ)は熱のある咳を止めますから,気道の熱を冷ます作用があるわけです。また麦門冬湯は乾いた咳に使って気道に潤いを与えます。すなわち体に潤いを与えて体液を生じさせる,咳を止めるという作用があるわけであります。
 貝母はユリ科のアミガサユリの根でありまして,サポニンが非常に多く入っておりまして,胸部,横膈膜あたりの病邪が留まっているものを治すといわれます。清肺湯(セイハイトウ)に入っておりますが,血痰のある人は貝母を除けといわれているくらいですから,相当刺激をするのだろうと思います。
 薄荷はハッカの地上部でありまして,辛,涼,すなわち辛くて熱を冷まして,上部に欝滞している気をよく巡らせる作用があります。
 甘草の主成分は glycyrrhizin で,甘くて平であり,胃を丈夫にしたり,元気を出したり,解毒作用があります。
 地黄はアカヤジオウ,または同属植物の根をそのまま乾燥したものが乾地黄(カンジオウ)で,地面から掘り出したばかりのものを生地黄(ショウジオウ),そして乾地黄を蒸したものを熟地黄(ジュクジオウ)といっており,いわゆる血虚に使うわけであります。乾地黄はやや冷ます作用があり,熟地黄は温める作用があるとされており,いわゆる補血剤,また血糖降下作用が認められております。
 黄柏はキハダの樹皮で,抗消化性潰瘍,健胃作用が認められます。苦く,寒といって体を冷やす作用があります。しかし,黄柏の冷やす作用はそれほど強くないといわれており,あまり虚実にこだわらずに使ってよいと思います。
 天門冬は,非常にねばねばしたもので,サポニンとか澱粉質を含んでおりまして,薬性は甘,苦,大寒で,甘くて苦くて相当熱を冷ます作用があるといわれております。乾燥しているものに潤いを与え,気道の熱を去るといわれています。

■古典・現代における用い方
 滋陰降火湯は,読んで字のごとく陰を潤して火を降すという意味でありまして,いわゆる呼吸器疾患に使われるわけです。『万病回春』の虚労門に出ており,「陰虚,火動,発熱,咳嗽,吐痰,喘急,盗汗,口乾を治す。この方,六味丸(ロクミガン)を与えて相兼ねてこれを服す。大いに虚労を補う,神効あり」とあります。構成生薬をご覧になっておわかりの通り,四物湯(シモツトウ)の加味方といってよいものであります。あるいは他の本では,八珍湯(ハッチントウ(四物湯四君子湯(シクンシトウ)を合わせたもの)の加味方,あるいは四物湯の加味方といっておりますが,咳が出て,痰がねばねばして,咽が乾いて,あるいは痰に血が混じることがあり,呼吸が少し促迫するなどというもの,それからほてり,のぼせ,盗汗といったような時に使うとされておりますが,滋陰降火湯麦門冬湯に組成がちょっと似ております。
 ですから,麦門冬湯四物湯を兼ねているような感じの組成から見まして,咳や痰があっても胃腸がある程度丈夫であることが必要な条件だろうと思います。矢数道明先生は「滋陰降火湯は経験によると,気管支炎,肺結核,胸膜炎,腺病質,腎盂炎,初老期の生殖器障害,腎臓膀胱結核の初期などに非常な効果がある。ただし次の条件が不可欠である。皮膚の色が浅黒いこと(これはやはり四物湯の加味方だからだろうと思います),それから大便秘結すること(硬いこと),服薬して下痢しないこと(つまり地黄などが入っておりますので,胃腸の弱い人に使うとよくありません),それから呼吸音は乾性ラ音であるべきこと,こういった条件が必要である」といっております。そして「服薬して下痢するかしないかは,本方の適応か不適応かを決定しているくらいで,不適応の者は1服で下痢するから中止させるべきである。下痢しない者は安心して継続してよい。胸膜炎の場合には乾性胸膜炎に限るようである」といっております。つまり,胃腸の丈夫な人で,呼吸器系の疾患がある場合に使いなさいといっておられるわけです。
 滋陰至宝湯は私の大好きな処方でありまして,時々使いますが,『万病回春』の婦人虚労門に出ております。先生方がよくお使いになる処方の1つに加味逍遙散(カミショウヨウサン)がありますが,加味逍遙散は当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,牡丹皮(ボタンピ),梔子,生姜,薄荷,甘草からできております。滋陰至宝湯13味のうちの当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,薄荷,甘草の7味が共通しています。ですから滋陰至宝湯を使う目標は,簡単にいえば加味逍遙散を使うような人で,呼吸器疾患があるような者に使えばよいと思います。
 昔は婦人にだけ使ったようですが,私は男女かまわず使います。滋陰至宝湯は構成生薬をみておわかりの通り補剤が主でありまして,『万病回春』婦人虚労門の,加味逍遙散あるいは逍遙散のすぐ後ろに出ております。「婦人諸虚百損,五労七傷, 経脈整わず,肢体羸痩,この薬専ら経水を整え,血脈を滋し,虚労を補い,元気を助け,脾胃を健やかにし,心肺を養い,咽喉を潤し,頭目を清らかにする。心慌(心が上がっていて精神的に不安定なもの)を定め,神魄(神経)を安んじ,潮熱を退け,骨蒸を除き,喘嗽を止め,痰涎を化し,盗汗を収め,泄瀉によろし。欝気を開き,胸隔を利し,腹痛を療し,煩渇を解し,寒熱を散し,体疼を去る。大いに奇効あり。ことごとくこれを述ぶること能わず」とありまして,『万病回春』では非常にこの薬を賞めています。
 香月牛山(かつきぎゅうざん)の『牛山活套(ぎゆうざんかつとう)』に,「久嗽止まず,自汗,盗汗出でて虚嗽,甚しく潮熱出る者は,多く労咳に変ずるなり。男女ともに十六,十七より三十歳までは,咳嗽あらば早く止むべし。滋陰至宝湯,滋陰降火湯の類を見合わせて用ゆべし。多くは脈細数なる者なり」といっております。その次の項で「滋陰降火湯を用いる医あり。地黄の甘寒,知母,黄柏の大寒にていよいよ脾胃の昇発(機能)を低下するによって咳嗽増すのみならず,臥に至るもの多し」ということです。ですから,滋陰至宝湯,滋陰降火湯とも慢性の呼吸器疾患に使う場合には,胃腸が丈夫な人ならば滋陰降火湯を使い,胃腸の弱い人ならば滋陰至宝湯を使いなさいと述べているわけです。
 ですから,この処方をお使いになる時には,処方の内容からおわかりのように,滋陰降火湯四物湯の加味方であり,滋陰至宝湯の方は逍遙散の加減方であることから,患者の体格と申しますか,胃腸が丈夫かどうかをよく判断なさって,胃腸の弱い人ならば滋陰至宝湯を使い,胃腸の丈夫な人ならば滋陰降火湯を使うというように使いわければよいと思います。

■症例提示
 私のみた患者ですが,45歳くらいの痩せた女性で,主訴は今年の春の初めにかぜを引き,方々の医師にかかったがなかなか咳が止まらない,痰はそれほど多くないが,咳が続いているということです。拝見しますと,咳もそれほど強くないし,多くもないのですが,何よりも非常に痩せた方でしたので,滋陰降火湯でなしに,滋陰至宝湯を投与してみましたところ, 咳や痰が減りまして,体力がついてき,足が少し冷えたり,体の上半身が少しのぼせるということがありましたが,元気なり,咳も治ったという例があります。

■参考文献
 1) 龔 廷賢:『万病回春』1660年版.松田邦夫解説,創元社,1989
 2) 香月牛山:『牛山活套』1779年版.香川牛山選集,漢方文献刊行会,1973


副作用
(1) 副作用の概要
本剤は使用成績調査等の副作用発現頻度が明確となる調査を実施していないため、発現頻 度は不明である。

重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。
低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

その他の副作用
2) その他の副作
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由]  本剤には当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。