健康情報: 麻子仁丸(ましにんがん) の 効能・効果 と 副作用

2014年3月18日火曜日

麻子仁丸(ましにんがん) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
麻子仁丸(ましにんがん)
麻子仁五分 芍薬 枳実 厚朴各二分 大黄四分 杏仁二分 以上を煉蜜で丸とし、一回量二・を頓服する。
本方は緩和な下剤で、常習性便秘の者、老人で体力の衰えた者、病後などに便秘するものに用いる。また尿量が多くて、大便が硬いというのは本方の目標である。
本方は麻子仁・芍薬・枳実・厚朴・大黄・杏仁の六味からなる。麻子仁は粘滑性の下剤で大黄の瀉下作用に協力し、芍薬・枳実・厚朴は腸管の緊張を緩和して蠕動を調整し杏仁は一種の粘滑剤として働く。
本方は以上の目標に従動、常習性の便秘の前に、痔核・萎縮腎などにも用いられる。


明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.124
麻子仁丸(ましにんがん) (傷寒論)

 処方内容 麻子仁五・〇 芍薬 枳実 厚朴 杏仁各二・〇 大黄四・〇(一七・〇) 以上を蜂蜜で丸とし、一回二・〇を頓服する。
 必須目標 ①常習便秘 ②多尿 ③他に苦情なし。
 確認目標 ①皮膚枯燥 ②老人で体力衰えている。

 初級メモ ①本方は麻子仁の潤腸作用と、小承気湯の緩下作用を合したもので、弛緩性便秘に用い識。多尿の結集、腸管の水分不足して便秘するものを目標にする。

 中級メモ ①本方は仲景の正文でないことは山田正珍以来の定説であって、その方意も明かでない、仮りに陽虚証としてみたが、或は陽実証かも知れない。

 ②南涯は、原典の内で「小便数、大便則難く。麻子仁丸之を主る」の三個所のみは古文なりとなしている。


 ③南涯「気盛んにして水を逐い、津液竭するものを治す。その症に曰く、小便数これ気盛んにして水を逐うなり。曰く大便硬、これ津液竭の症なり。その小承気湯と異なる者は熱状を作らざるなり」。

 適応証 老人または病後衰弱による弛緩性便秘。

 文献 「潤腸湯と麻子仁丸」 矢数道明(漢方の臨床3、6、56)




《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会
76.麻子仁丸(ましにんがん) 傷寒論
 麻子仁5分,芍薬2分,枳実2分,厚朴2分,大黄4分,杏仁2分
 右煉蜜にて丸とし1回2.0を頓服す。

(傷寒論)
趺陽脈浮而濇,浮則胃気強,濇則小便数,浮濇相搏,大便則硬,其脾為約,本方主之(陽明)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 急性の便秘や常習性便秘などに,下剤として一般的に応用する。
 三黄瀉心湯大柴胡湯桃核承気湯などの大黄配合剤にくらべ,下剤の作用が緩和なところから常習性便秘症に最も繁用され,また老人や虚弱者あるいは病後の便秘などに利用されている。したがって本方は排便を抑制する習慣や腹壁圧の減退,消化吸収が容易な食物摂取,運動不足などによく見受けられる緊張減退性便秘をを対象に,応用すればよいと考えられる。以上の点から本方は尿量が右過大便がかたいと訴えるものを目標に用いられる緩和な下剤である。便秘症と下剤はひどい個人差があるゆえに,習慣性になりやすくまた反対に腹痛や激しい下痢をおこしたりすることが多いが,漢方では便秘症に瀉下効果のある大黄剤と言う考え方で用いない。特に虚弱者に大黄剤を用いても必ずしも排便効果とつながらないことが多いので,左記を参照されたい。
<黄連解毒湯> のぼせや頭痛の傾向がある便秘症で,間歇的に便秘するが,自然排便はそれほど硬くないもの。
<半夏瀉心湯> 胃部のつかえ,食欲減退,下痢などの胃腸症状があって,ときどき便秘するが軟便のもの。
<小建中湯> 腺病質,虚弱症,貧血症で胃腸が弱く腹痛や便秘があって一般下剤が適応しない小児。
<大建中湯> 内臓下垂の傾向がある虚弱者で腹部にガスが貯留したり,蠕動不安を自覚して便秘するもの。
<四物湯> 貧血症で血液循環障害があって冷えを自覚し腹部が軟弱で膨満し,便秘するもの。
<炙甘草湯> 心臓衰弱で脈が結代し,同期,息切れなどが激しく便秘があるもの。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○老人や虚弱者の便秘に用いる。体液が少なく,胃腸内の水分が欠乏し,大便が乾燥して硬く,塊状をなし,尿利が近く頻数のものである。
○本方は一種の緩下剤であるが,大量に服用すれば瀉下作用も強くなる。


漢方診療の実際〉 大塚 矢数,清水 三先生
 本方は緩和な下剤で,常習便秘の者,老人で体力の衰えた者,病後などに便秘するものに用いる。また尿量が多くて大便が硬いというのは本方の目標である。本方は麻子仁,芍薬,枳実,厚朴,大黄,杏仁の六味からなる。麻子仁は粘滑性の下剤で大黄の瀉下作用に協力し,芍薬,枳実,厚朴は腸管の緊張を緩和して蠕動を調整し,杏仁は一種の粘滑剤として働く。本方は以上の目標に従い,常習便秘の外に痔核,萎縮腎などにも用いられる。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
(構成) 小承気湯に麻子仁,芍薬,杏仁を加えたような組成だが,補剤の芍薬があるので小承気湯ほどの実証でなく,麻子仁,杏仁,の如き油性のものがあるので燥きを潤し,腸内を滑らかにする。
 運用 便秘
 小便が近く大便が硬いというのが本方の適応症で,この条件が揃わねば原則的には本方の適応症ではない。脉は原則的には手の脉は浮で芤,足の趺陽の脈(足背動脉)は浮で濇であるべきた。 (中略)表熱の太陽病は発汗するのが原則である。然るに発汗過多だったり,誤って利尿剤を用いたりするなどすると身体の水分が欠乏し亡津液に陥り,その被害は胃が最も多く被る。胃は直接水穀を受ける所で水に最も関係が深く,水が過多だと胃水諸症を起し,水が不足すると胃熱を生ずる。元来胃は穀を消化するために必要な熱を備えるべきだし,穀を消化して熱を生ずるという相互作用がある。胃熱を生ずると胃気は強くなる。胃は陽明の部位だから,病気のはじまりは太陽に在ったが陽明の部位にも熱が加わって太陽陽明は脾約是なり(傷寒論陽明病)という状態になって来た。麻子仁丸は脾約の主方である。(中略)
 漢方で胃というのは必ずしも現代医学の解剖学的胃と同じではなく,胃腸を含めた消化管というような意味である。故に腸内の水分が欠乏すれば糞便の水分も減じて硬くなる。大便難とは之を云う。大便難は便通が困難の意で便塊そのものが硬いことだけを意味する。勿論大便が硬くなれば排便が困難になり,便秘を伴うのは当然である。以上の病理を要約すると,脾約の麻子仁丸証は胃強脾弱,胃熱水分欠乏,大便燥き硬く尿意頻数である。之に処方の内容が対応している筈で,大黄,厚朴,枳実は胃熱をさまし胃気をめぐらす薬物,芍薬は陰血を補う薬物,麻子仁,杏仁は腸を潤し,便を緩くする薬物で丁度合うことになる。 (中略) 麻子仁丸はよく老人の津液少く,血燥きたるもの,概して虚した便秘に使う。然し便秘に使うと腹痛,水瀉様の下利を起すから注意せねばならぬ。荒木性次先生曰く「胃中に熱ありて,小便の数多く大便堅き者,汗出で皮膚湿りたる者に宜し。汗無く皮膚のカサカサの者に効なし」(古方薬嚢)と以て微すべきである。(後略)



漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 胃腸に熱があって水分欠乏し,大便乾燥して硬く,塊状をなし,尿頻数のものによい。虚寒の便秘に大黄芒硝剤を用いると腹痛強く,水様下痢を起こし不快となる。これには人参,附子等の温剤が必要である。この方はその中間に位するものである。


臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.584 常習性便秘(老人性)頭痛・常習性頭痛・偏頭痛・胃下垂症・子癇
141 麻子仁丸(ましにんがん) 〔傷寒・金匱〕
 麻子仁一六・〇 大黄一四・〇 芍薬・枳実・厚朴 各八・〇 杏仁一〇・〇
 麻子仁は殻を去る。右各末となし、蜂蜜で丸とし(一丸の重さ〇・一グラムとす)、一回二・〇~三・〇(二〇~三〇丸)を頓服する。あるいは二~三回用い、通便あるを度とする。


応用〕 老人や虚証の人、津液少なく、血燥き、胃腸に熱ある常習性便秘に用い識。
 本方は主として常習性便秘に用いられるが、また尿意頻数・夜尿・萎縮腎の便秘・痔核等にも応用される。

目標〕  胃腸に熱があって水分欠乏し、大便乾燥して硬く、塊状をなし、尿頻数のものによい。虚寒の便秘に大黄芒硝剤を用いると腹痛強く、水様下痢を起こし不快となる。これには人参、附子等を温剤が必要である。
 この方はその中間に位するものである。

方解〕  小承気湯に麻子仁・杏仁・芍薬を加えたものである。麻子仁が主薬で、杏仁とともに腸の燥きを潤し、芍薬は血を補養し、枳実と大黄は胃腸の実熱をさまし、厚朴は胃の気をめぐらし、枳実とともに固く結ぼれた滞便をめぐらす力がある。これらの各薬物の協力によって、胃腸の内熱をさまし、枯燥による凝滞を潤して排除するものである。


加減〕 後世方の潤腸湯は、これと同じ目標で構成されたものである。すなわち本方中の芍薬を去って、当帰・乾地・熟地を加え、さらに桃仁・黄芩・甘草を加えたものである。

主治
 傷寒論(陽明病篇)に、「趺陽(フヨウ)ノ脈浮ニシテ濇、浮ナレバ則チ胃気強ク,濇ナレバ則チ小便数シ、浮濇相搏テ、大便則チ硬ク、其ノ脾約(脾がちぢまり萎縮するとの意)ヲ為す。麻子仁丸之ヲ主ル」(この条文は意味が通じがたく、おそらく後人<後の世の人>の攙(ザン)入<ほかのところより引き入れる>であろうといわれている)
 類聚方広義には、「按ズルニ此ノ章、仲景氏ノ辞気ニ非ズ、方意モマタ明カナラズ、然レドモ賦質脆薄ノ人、或ハ久病虚羸シ、及ビ老人血液枯燥ノ者、此方ヲ以テ緩々転泄スルモマタ佳ナリ」とあり、また、
 古方薬嚢には、「胃中に熱あって、小便数多く、大便堅き者、汗出で皮膚湿りたる者に宜し。汗なく皮膚かさかさの者には効なし」とある。

鑑別
 ○大承気湯 98 (便秘・実熱性、腹堅満、脈沈実、舌黒苔)
 ○大黄甘草湯 (便秘・実熱、急迫) 
 ○潤腸湯 65 (常習便秘・滋潤の力が強い、秘結が頑固である)


治例
 (一) 老人の便秘
 八二歳の老婦人。便秘と夜間の多尿を主訴として来院した。心悸亢進や浮腫もない。食欲は普通で口渇もない。夜間は四~五回の排尿があり、落ちついて眠れない。麻子仁丸を用いたところ、よく効いて、大便は一行あり、夜間尿も一~二回ですむようになった。薬をやめると便秘するので、適度に服薬を続けている。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

 (二) 乾嘔
  七四歳の老婦人。二〇年来の便秘で、いつも下剤を用いている。みぞおちが重く、時々軽く痛む。胃下垂症といわれた。脈は弦大で、血圧は一七四~九二。腹部は一体に緊張力が弱い。麻子仁丸料に甘草一・五を加え大黄を〇・三として与えたところ、これがたいへんよく効いて、毎日大便があるようになり、服薬二〇日で休薬し、二〇年来の便秘が治った。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)



■重要処方解説(82) 大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)・麻子仁丸(マシニンガン)
日本東洋医学会監事 松田邦夫

■麻子仁丸・出典
 次に麻子仁丸(マシニンガン)です。原典の主治は『金匱要略』の第十一,五臓風寒積聚病篇に「趺陽の脈浮にして濇,浮なれば則ち胃気強く,濇なれば則ち小便数,浮濇相打ち,大便則ち難く,その脾約を為す。麻子仁丸これを主る」とあります。とあります。その意味は胃腸の働きを見る足背動脈が浮いているけれども,渋っていて滑らかに拍動しない,浮いているのは胃腸の動きが強いことを示し,濇であるのは頻尿であることを示し,浮と濇が一緒になると大便が硬くなり便秘するということです。濇は渋ることです。なお尾台榕堂(おだいようどう)は本条文を「仲景(ちゅうけい)氏の辞気に非ず」としており、湯本求真(ゆもときゅうしん)もこれに賛成しております。

■構成生薬・薬能薬理
 麻子仁丸の内容は麻子仁(マシニン)5g,芍薬(シャクヤク),枳実,厚朴各2g,大黄4g,杏仁(キョウニン)2gの6味よりなり、これを煉蜜(レンミツ)で丸とし,1回2gずつ,1日3回服用することになっております。ただし料,すなわち煎じて服用することも少なくありません。分量は年又,体重,症状によって適宜増減します。原典にも「知るを以て度となす」とあって,大便が気持ちよく出る程度に加減します。
 処方の構成ですが,この処方は小承気湯(大黄,厚朴,枳実)に麻子仁,杏仁,芍薬を入れたものと見ることができます。『金匱要略輯義(きんきようりゃくしゅうぎ)』に多紀元簡(たきげんかん)は程氏の説と成て「潤すに麻子,芍薬,杏仁を以てし,下すに大黄,枳実,厚朴を以てす。ともにして潤下の剤をなす」となっています。麻子仁,芍薬,杏仁は腸管に潤いをつけるとされています。いずれも粘滑性緩下作用があるものと考えられます。大黄については先に述べました。厚朴枳実芍薬は腸管の緊張を緩和して蠕動を調整します。
 杏仁は一種の粘滑剤として働きます。麻子仁は粘滑性の下剤で,大黄の瀉下作用に協力します。『新古方薬嚢』に荒木性次は「殻を去りて仁だけを用いるが常法なれども,それは甚だ困難なり。困難なれども丸薬に入る場合,ぜひ殻を去るべし。煎薬の場合には便宜上,乳鉢にて軽く磨り砕き,用うるも差し支えなし。また仁だけになしたる品は長く貯うる時は色赤くなり,香味を変ず。故に入用だけずつ殻をむくがよろし」と述べています。

■古典における用い方
 古典に見られる使用法としては『外台秘要』第二十七巻大便難方に,「古今録験の麻子仁丸は,大便難くして小便利して反って渇せざるもの,脾約を療するの方なり」とあります。『校正方輿輗』に有持桂里は,「この方津液枯燥によりて大便閉するものを治す。一切大病ののち,また精神虚弱の人,高年の人,婦人産後などにはこの証多くものなり。後世潤腸湯(ジュンチョウトウ)などの方は皆これを祖とし来たれるなり。この麻子仁丸を煎液となし用いるにまた効あり」とあ,体液が乾いて,すなわち腸管内の潤いが治くなって便秘するものによい,すべて大病をしたあとや,生まれつき虚弱な人や,老人や,婦人の産後などに麻子仁丸の適応症となるものが多い,潤腸湯などの処方は,皆この処方に基いて作られたものである,この麻子仁丸を煎剤として使用しても効果があるというわけです口:
 また『類聚方広義(るいじゅほうこうぎ)』の頭註に尾台榕堂(おだいようどう)は,「賦質脆薄の人,或は久病にて虚羸し,及び老人の血液枯燥の者は,この方を以て緩々に転泄するも亦佳なり」とあります。すなわち生まれつき体質の弱い人や,長患いのため体力が衰え痩せた人や,老人で皮膚の乾燥傾向のあるものなどは,この麻子仁丸を与えておだやかに便通をつけされるとよろしいということです。
 村瀬豆州(むらせとうしゅう)は『方意続貂(ほういぞくちょう)』に「風秘脾約の証,小便数,大便秘を治す。これを津液枯燥し,大便通じ難く,老人,虚人の津涸れて便秘するもの,概してこれを用う」とあり,頻尿,便秘のものに麻子仁丸を用いる。老人や虚弱の人で腸内の潤いがなくなって便秘するものは,大体この処方を用いればよいと述べています。

■現代における用い方
 次に臨床上の使用目標,適応疾患ですが,この処方はおだやかな下剤ですから,老人,虚弱者の常習便秘に好適です。乾燥気味の兎糞をする人が多いです。ほかの大黄剤で腹痛,下痢する人,とくに老人,体力のない人, 病後の虚弱者などに頻用されます。またこの処方は長期連用に適します。麻子仁丸の使用目標としては身体枯燥傾向,頻尿,多尿傾向,皮膚枯燥,唾液分泌の不足,口乾などがあげられます。
 鑑別処方ですが,麻子仁丸を服用しても十分に効果がなければ,潤腸湯を考えます。潤腸湯は『万病回春(まんびょうかいしゅん)』の処方です。これは麻子仁,杏仁,枳殻(キコク),厚朴,大黄,当帰,熟地黄(ジュクジオウ),乾地黄(カンジオウ),桃仁(トウニン),黄芩(オウゴン),甘草がその内容です。これは麻子仁丸によく似ていますが,麻子仁丸よりさらに体液が欠乏して,そのまて大便の秘結しているものに用います。要するに潤腸湯の方が潤す力が強いのです。
 小承気湯は虚実の違いです。大黄甘草湯は単純な便秘です。麻子仁丸は虚証で,枯燥傾向に用います。
 桂枝加芍薬大黄湯けいしかしゃくやくだいおうとう)は腹痛,腹満が強いものに用います。時に鑑別しにくいことがあります。また麻子仁丸でも腹痛,下痢をきたすような虚証の便秘には加味逍遙散を用いることがあります。



 


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
麻子仁丸(ましにんがん) [傷寒論]

【方意】 燥証による兎糞状便・皮膚粘膜枯燥と、裏の実証による便秘等と、腎の虚証による疲労倦怠感・頻尿・夜間頻尿等のあるもの。

《少陽病.虚証》

【自他覚症状の病態分類】

燥証 裏の実証 腎の虚証
主証
◎兎糞状便

◎便秘

◎疲労倦怠
◎頻尿
◎夜間頻尿


客証 ○皮膚粘膜枯燥 腹満
 食欲正常

○手足冷
 虚弱
 衰弱

 


【脈候】 やや軟・細・浮でありながら重按すると芤。

【舌候】 乾湿中間で微白苔。

【腹候】 やや軟。

【病位・虚実】 燥証が中心的病態であり陽証に属す。裏実を示唆する症状があるが、腹力は低下しており、兎糞状便も虚証を示唆するため少陽病に相当する。自覚症状からも、脈力および腹力からも虚証である。しかし臨床では陽明病から太陰病まで幅広く応用されている。

【構成生薬】 麻子仁5.0 芍薬2.0 枳実2.0 厚朴2.0 杏仁2.0 大黄a.q.(0.5)

【方解】 麻子仁には滋潤・通便作用があり、燥証に対応して兎糞状の便秘を治す。杏仁は鎮咳・去痰作用があるが、麻子仁と組合されると滋潤・通便作用が強調される。芍薬の鎮痙作用は腸管にも働き、麻子仁・杏仁の通便作用に協力する。更に古くから麻子仁には補益・補腎作用があるといわれている。大黄は裏の実証に対応し便秘を治す。厚朴・枳実は裏の気滞による腹満・胸満を治すが、本方では少量であって、これらの病態および症状は軽度である。

【方意の幅および応用】
 A 燥証裏の実証:兎糞状便・皮膚粘膜枯燥・便秘等を目標にする場合
   老人・病後衰弱者・人工透析者の便秘、弛緩性便秘、痔核

 B 腎の虚証:頻尿・夜間頻尿を目標にする場合
   尿意頻数、夜間頻尿


【参考】 *謹んで案ずるに、此の章は仲景氏の辞気に非ず。方意も亦明らかならず。疑うらくは仲景の方に非らず。『外台』は『古今録験』を引きて『傷寒論』を引かず。亦以て証すべし。然して、賦質脆薄の人、或は久病にして虚羸し、及び老人の血液枯燥する者は、此の方を以て緩々に転泄すれば亦佳なり。
『類聚方広義』
      *大黄・枳実・厚朴は小承気湯で裏の実証・裏の気滞・裏の熱証に対応する。しかし本方では少量しか配合されておらず、麻子仁・杏仁が主薬仲;ある。
*発熱性疾患にも用いられる。本方証よりも燥証が顕著で、熱証も加わったものには潤腸湯がよい(矢数道明)。

【症例】 萎縮腎に伴う便秘
  82歳の老婦人、便秘と夜間の尿意頻数を主訴として診を乞うた。心悸亢進、浮腫等はない。食欲は普通で、口渇もない。夜間は4回乃至5回の排尿があり、そのために落ち着いて眠れぬという。このような患者には、八味丸の奏効することがあるが、その脈証は八味丸のそれとは思われない。よって麻子仁丸を用いた。
 麻子仁丸は『傷寒論』の方にして「趺陽の脈、浮にして濇、浮は則ち胃気強く、濇は則ち小便数、浮濇相搏ち、大便則ち難し、其脾約をなす、麻子仁丸之を主る」である。ところがこの処方が馬鹿によく効いて大便は毎日1行宛あるし円:夜間の排尿も1、2回ですむことになった。しかし薬を止めていると、また便秘するので、時々思い出したように来院して、10日分の薬を1ヵ月位もかかって飲んでいる。
 その後74歳の男子が前者と同じ主訴で来院したので、また麻子仁丸を与えた。これもよく効いて目下服薬中である。
大塚敬節 『漢方と漢薬』 8・2・42


20年来の常便便秘
 患者は74歳の老婦人で、20年ほど前から便秘のくせがあって、いつも下剤を用いている。健診の約1年ほど前、嘔気があって医師にかかったところ、胃下垂症と診断されたという。いはは嘔気がないが、みぞおちが重くときどき軽い痛みがくる。脈をみると弦大で、血圧は174/92である。腹診すると胸脇苦満はなく、一体に緊張力が弱い。
 私はこれに麻子仁丸料を与えた麻子仁丸料というのは、麻子仁丸を丸とせず、麻子仁丸の材料を煎剤として用いることをいう。なおこの場合、私は別に甘草1.5gを加えることにしている。この患者には大黄の量を特別に少なくして1日量0.3gを用いた。ところがこれがた感へんよく効いて、毎日大便が快通するようになり、服薬20日で休薬した。
 それから1年あまりたって、突然この老婦人から葉書が届いた。その末尾に「昨年はお薬をいただき、あれきり20年来の便賀置治りました」とあった。
大塚敬節 『漢方診療三十年』 355



副作用
 1) 重大な副作用と初期症状
   特になし
 2) その他の副作用
   消化器:食欲不振、腹痛、下痢等
   [理由]  本剤には大黄(ダイオウ)が含まれているため、食欲不振、腹痛、 下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。 
  [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。