『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック』 桑木崇秀著 創元社刊
p.225
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん) <出典> 和剤局方(宋時代)
<方剤構成>
川芎 荊芥 防風 薄荷 香附子 白芷 羗活 細茶 甘草
<方剤構成の意味>
この方剤の意味は,川芎という活血・鎮痛薬を主薬とし,茶をもって味を調えた方剤とでもいう意味であろうか。川芎のほか,白芷・羗活・香附子・防風にも鎮痛作用があり,香附子には川芎と共に月経調整作用もある。荊芥・防風・薄荷をはじめ,構成生薬のほとんどすべてが発散性であることから,この方剤は痛みを発散させて治す方剤であることがわかる。また月経調整作用もありそうである。
薄荷が涼性であるのを除いて,構成生薬はすべて温性(甘草のみ平性)であるから,表寒証用の方剤と言える。
<適応>
頭痛ことにカゼによる頭痛,婦人の常習頭痛(月経不順があってもなくても)にもしばしば奏効する。
ただし,明らかに熱証の者には適さない。
『山本巌の漢方医学と構造主義 病名漢方治療の実際』 坂東正造著 メディカルユーコン刊
p.140
◆川芎茶調散『医剤局方』
<組成>
川芎、荊芥、薄荷、香附子、羗活、白芷、細辛、甘草、防風、茶葉
参蘇飲は処方中に葛根、紫蘇葉、前胡といった解表薬が含まれている。したがって、軽症の頭痛にはそれでもよく効くが、重症の頭痛には川芎、白芷、細辛などを加える。川芎茶調散にも川芎、白芷、荊芥、防風、羗活、薄荷といった解表薬が入っていて頭痛によく奏効する。もし高熱があって頭痛するときには、石膏、薄荷等を加える。
p.272
◆川芎茶調散『医剤局方』
<組成>
川芎、薄荷、荊芥、香附子、羗活、白芷、防風、細辛、炙甘草、茶葉
<構造>
①川芎、荊芥、羗活、白芷、防風、細辛・・・・・・血管を拡張して脳の血行をよくして鎮痛する。
②薄荷・・・・・・消炎鎮痛作用。
本方は、感冒やインフルエンザ、鼻炎などに伴う風寒の頭痛、婦人血の道症に伴う頭痛に用いられた。一般の頭痛に対するbaseの処方として応用される。
『健康保険が使える 漢方薬の選び方・使い方』 木下繁太郎著 土屋書店刊
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)
症状
体力の如何に関わらず、広く頭痛に用い、古くから特に女性の常習性頭痛の薬として有名。頭痛のほか、風邪、血の道症にも応用。
①突発性の頭痛(風寒)
②悪寒、発熱。
③鼻づまり。
④めまい。
腹:不定
脈:浮
舌:薄い白苔
適応
風邪、血の道症、頭痛、インフルエンザ、鼻炎、副鼻腔炎、偏頭痛、血管性頭痛、神経性頭痛。
【処方】
白芷(びやくし)、羌活(きょうかつ)、荊芥(けいがい)、防風(ぼうふう)、薄荷(はっか) 各2.0g。
甘草(かんぞう)、細茶(さいちゃ)(茶葉)各1.5g
緑茶の入った漢方薬です。お茶にはカフェインが含まれ、覚醒、利尿作用があります。
健:タ・ツ・ト(和剤局方)
※タ:高砂薬業(株)大刺製薬(株)/大阪市
※ツ:ツムラ(株)/東京都
※ト:(株)トキワ漢方製薬/大阪市
『■重要処方解説(104)』
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)・桔梗湯(ききょうとう)
日本東洋医学会理事 中田敬吾
■川芎茶調散・出典
まず川芎茶調散(センキュウチャチョウサン)について述べます。本処方の出典は,宋の『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』であります。『和剤局方』主治として,「成夫,婦人,諸風上り攻め,頭目混重し,偏正頭痛し,鼻塞がり,声重く,風に破られ,熱盛んにして肢体煩疼し、肌肉軟動し、膈熱痰盛んにして,婦人の血風攻注し,太陽の穴疼を治す。ただこれ風気に感じてなり。ことごとく皆これを治す」と記載されております。
すなわち成人の男女が風邪の侵襲を受け,頭が重く,目が暗く,側頭部や前頭部が疼き,鼻が詰まったり,声が出にくかったり,熱があって体のあちこちが疼く,筋肉がピクピク動いたり,胸郭部に痰が多い状態を治すという意味です。つまり感冒の時の症状に適応するわけですが,その中でも頭痛が主目標といえましょう。
さらに「婦人血風攻め注ぎ,太陽の穴疼くを治す」とありますので,婦人で瘀血が原因して太陽経の経穴,すなわち膀胱経の頭部から項部のツボや,小腸経の側頭部のツボ周辺が痛む場合にもよいということです。
■構成生薬・薬能薬理
処方は「白芷(ビャクシ),甘草(カンゾウ),羗活(キョウカツ),荊芥(ケイガイ),川芎(センキュウ),細辛(サイシン),防風(ボウフウ),薄荷(ハッカ)の八味を搗きて細末とし,食後に茶精(サセイ)にて調下す」となっております。茶精とは普通に喫する茶のことです。後ろの註に「一本に細辛なく香附子(コウブシ)あり」とあります。明の『万病回春(まんびょうかいしゅん)』では,後註の処方を採用し,細辛なく香附子を加えたものを川芎茶調散としております。そして,菊花(キッカ),細辛(サイシン),彊蚕(キョウサン),蝉退(センタイ)を加え,菊花茶調散(キッカチャチョウサン)という別の処方も記載しております。
本処方は茶で服用することになっていますが,現在では茶も処方中に入れ,煎じたり,あるいはエキス剤としております。現在の保険漢方の基礎となっている大塚,矢数,清水三氏共著の『漢方診療医典』では,「万病回春』の処方を採用し,細辛がなく香附子を加えたものとなっております。私ども細野門下では,細辛,香附子両方を入れ,さらに辛夷(シンイ)を加えて用いるのを原則としております。
さて本処方の構成生薬の薬能から適応症を考えてみますと,いわゆる去風薬が多く組み込まれているわけであります。
まず処方名の川芎ですが,本草書では「血を補い、渇きを潤し,気を巡らし,捜風によろし」と記載されております。「捜風によろし」とは生体内の風邪を捜し出し,それを追い出す作用があるということです。これは去風作用が強いことを意味します。川芎は血虚の治療処方である四物湯(シモツトウ)の重要構成生薬であり,血の不足を補う効果が優れ,血行をよくし,かつ風湿を逐いやって,頭痛を治す効果があるわけです。これを辛夷と組み合わせると,鼻炎など鼻疾患に有効性が高まり,かつ頭痛を治す効果も増強されます。
白芷も辛温の薬性を持ち,風邪を散じて湿を除く効果に優れております。陽明経の主薬といわれ,経路の大腸経,胃経異常の疾患に応用されます。「陽明,頭痛を治す」と本草書に記載され,頭痛に多用されています。
荊芥は味が辛苦,すなわち辛くて苦く,性は温です。発汗して風邪や湿を除き,傷寒,頭痛,中風,体の強ばり,顔面麻痺などを治すと本草書に記載され,風病,血病,瘡家すなわち皮膚病の聖薬といわれております。
羗活も味が辛苦,性は温で,捜風,発表,消湿の効があり,風湿相打ち,頭痛するのを治します。リウマチなどの関節痛や,神経痛,脳卒中による筋肉の強ばりや麻痺にも応用します。皮膚に侵入りた風邪を逐い出すのに強い作用を持っています。
防風は味が辛寒,性微温,「頭目の滞気や経路の留湿を散じ,上焦の風邪,頭痛,めまい,背の痛み,項の強ばり,周身ことごとく痛むを主る」と記載されています。すなわち上半身の風邪を除き,頭痛や項背部の痛みを治すということです。
細辛は辛温,風湿を散じ,寒を補い,腎を潤すによろしとあり,「風邪を散じ,諸風痺痛するによろし」と記載されております。「咳嗽上気,頭痛,背強ばるもの,これによろし」とあります。
薄荷は,よくガムや煙草にも入れられていますが,これは辛涼の薬性を持ち,風熱を清散し,頭目を清くする効果があります。「頭痛頭風,中風などを治し,目,耳,喉,歯の諸病に用う」と記載されております。風邪と熱邪を除く効果があるわけです。
茶は気を下し,食物を消化し,痰や熱を去り,頭や目をすっきりさせる効果があります。食後に茶を喫したり,飲食後に茶を飲むのも,食物の消化を助け,酒の毒を除き,体内で病的な痰や熱に変わるのを防ぐためです。烏竜茶が肥満症によいといわれていますが,茶にはすべての食物の脂肪類を除き去る効果があります。また茶は頭をすっきりさせ,頭痛や頭重を除き,大小便の通利を促進します。
香附子は気に働き,そのうっ滞を除き,体内の新陳代謝を促し,消化機能をよくする働きがあります。
甘草はご存じのように,鎮痛効果に優れ,消化機能を助け,さらに処方中の他の薬の強すぎる作用をマイルドにし,それぞれの薬の作用がうまくかみ合うように調整する働きを持っています。
また私どもがこれに加える辛夷は,上衝の伏熱を除き,胃や肺の働きを助け,目や耳,鼻など体外に開いている穴の機能をよくし,頭痛を治す効果に優れています。先にも述べましたように,川芎と辛夷は一緒にして鼻疾患に応用しますと,非常に有効率が高まります。
以上,構成生薬の薬能をみますと,川芎は風湿,血風,白芷は風湿,荊芥は風湿,羗活は風湿,防風は風湿,細辛は風湿,寒,薄荷は風熱と,茶,香附子を除いてすべてに去風作用がみられます。風に湿,熱,寒が合わさって,痛みを治す効果に優れた処方といえます。さらに各生薬に優れた効果があるというわけです。本処方の主治残「諸風上り詰めて頭目混重,偏正頭痛」という記載がありますが,本処方はまさに風邪による頭痛に有効性のあることが,処方構成からもうなずけるものであります。
■現代における用い方
本処方の適応は,風邪,頭痛という点から感冒の頭痛に効果があります。感冒ではいろいろな症状が出現してきますが,その中でも頭痛はよくみられる症状の1つであります。感冒の初期に肩凝りが強く,頭痛,発熱,悪寒などが伴うことが多いのですが,肩凝りなどの強いタイプは葛根湯(カッコントウ)の適応症となります。またインフルエンザの時のように,悪寒戦慄し,高熱か出て頭痛も伴う時は,柴葛解肌湯(サイカツゲキトウ),麻黄湯(マオウトウ)などの適応となります。
川芎茶調散の適応は,発熱や肩凝りなどは大して強くありませんが,頭痛だけが強く,頭が上げられないといったタイプの感冒に有効といえます。いわゆる頭痛タイプの感冒が,本処方を用いるポイントです。感冒の風邪は外部からの感染によるものであり,漢方では外邪に属します。一方,内風といい,体内で風邪が発生し,頭痛などをきたす場合があります。その多くは漢方でいう肝臓の失調によるものですが,ストレス過多,動脈硬化,高血圧,女性の更年期障害などに,こういった内風頭痛がみられることがあります。
本処方の構成生薬である川芎,荊芥,白芷,細辛などは,鼻にもよく作用します。慢性鼻炎,慢性副鼻腔炎,アレルギー性鼻炎に頭痛が伴っている場合も,本処方の適応となりえます。この場合は,漢方的な内風,外風に水毒が合わさっている場合が多く見られます。ほかに偏頭痛発作,顔面神経痛などにも本処方が効くことがあります。
以上により,本処方適応症としては,頭痛が第一の目標といえます。その頭痛もかなり強い頭痛であります。適応疾患としては,感冒,慢性の鼻疾患,鼻炎,アレルギー性鼻炎,副鼻腔炎など高血圧症,ストレス過多の頭痛,動脈硬化症,偏頭痛,更年期障害,顔面神経痛などがあげられます。頭痛が強度の時は,しばしば嘔吐を伴います。特に偏頭痛発作の時は,強い頭痛とともに悪心,嘔吐を伴いがちですが,このように強度の頭痛で悪心,嘔吐を伴う時は,川芎茶調散ではなく呉茱萸湯(ゴシュユトウ)の適応となります。川芎茶調散は,嘔吐を伴わない強度の頭痛に適応するわけです。
■症例提示
以下症例を示しますと,77歳の女性,やや水太り気味の中背の体格をしております。日本舞踊の師匠をしておられ,立ち坐りが多く,膝関節痛,腰痛などを訴え,以前より本院外来で針灸主体の治療をしている方です。10月中旬の,一時急に冷え込んだ時ですが,かぜを引き,往診の依頼が来ました。
往診しますと,頭痛が強いといって頭に鉢巻きをして寝ています。くしゃみ,水洟も出て,後頭部から前頭部へかけてズキズキ痛むと訴えます。悪寒や熱感はあまり訴えていませんでした。咳嗽もありません。脈はやや浮弦,力は普通でした。六部定位では肺と腎の虚を認めております。舌は胖大,色はやや紅,歯痕があり,薄い白苔があり,湿潤していました。皮膚は乾いてもいませんでしたが,特に汗ばんでいるということもなく,適度な潤いがあるという感じでしたが,turgorは低下していました。鼻粘膜は入口付近はやや蒼白,奥はやや赤く,喉の粘膜も軽度の赤さを認めました。薄い透明の後鼻漏を認めました。肩,項部,肩甲間部に軽度の凝りを認め,前胸部中央,膻中から巨闕にかけて強い圧痛を認めました。 この圧痛は,患者さんが以前より虚血性心疾患を持っているためのものと思われました。
腹壁は皮下脂肪のために厚く,全体に力のない軟弱なものでした。大巨穴付近に軽度の抵抗を認め,強く圧すと不快な圧痛を訴えました。血圧は166/98mmHgとやや高値で,尿利は正常,大便も1日1行で正常でした。睡眠は頭痛があり,不良ということでした。体温は36.6℃でしたが,本人は平熱が35℃くらいですから,「私にとっては熱があります」といっていました。感冒による頭痛として,川芎茶調散加辛夷を3日分処方して帰しましたが,3日目に電話がかかり,頭痛は往診の翌日の夕方には感じなくなり,かぜの感じもよくなったということでした。
症例2は48歳の女性,会社の役員をしておられます。昭和53年2月,初診の方です。初診の3年前に胆石症で胆嚢摘出術を受けていますが,その後も疲労したりすると,右季肋部痛,右背部痛,右肩の凝りと痛みをきたすということで,本院を訪れております。体格は身長164cm,体重72kgで,女性としては大柄でかなり肥満体でした。初めは胸脇苦満も強く,腹壁も厚く,腹力もあり,右下腹部大巨穴付近に抵抗と圧痛を認め,便秘がちであるということから,大柴胡湯合大黄牡丹皮湯(ダイサイコトウゴウダイオウボタンピトウ)を投与し,右季肋部痛や右背部痛,右肩の凝りや痛みは軽快し,便通も快調になっていましたが,4月頃からアレルギー性鼻炎が出現し,くしゃみ,水洟がひどく,仕事にならないと訴えてきました。肥満しているわりには寒さを強く訴えるので,小青竜湯加杏仁附子(ショウセイリュウトウカキョウニンブシ)に転方し,鼻炎症状は軽快しております。多忙で疲労しやすく,疲れが蓄積してくると膀胱炎を発症しますので,そのつど猪苓湯加車前子甘草(チョレイトウカシャゼンシカンゾウ)を投与したりもしていました。
このようにしてその年の夏を迎え,会社にクーラーを入れるようになりました。一日中クーラーの中で仕事をした翌日から,くしゃみ,水洟がひどくなり,ずきずきとするひどい頭痛が出現しました。鼻は詰まり,さらに水洟が溢れ出て,くしゃみを連発し,前頭部から頭部全体にかけてずきずき痛み,肩も凝りつまるということでした。脈はやや浮数,やや緊で有力でした。鼻粘膜は入口付近はやや蒼白でしたが,奥の方は発赤して腫れていました。滲出液も多く認められました。血圧は160/88mmHgと少し高い傾向でした。腹部は初診の頃と特に変わりがなく,腹壁は厚く,腹力はあり,右胸脇苦満も少し認めました。
風邪上行による頭痛,鼻閉,鼻炎状態と診断し,川芎茶調散加辛夷を投与いたしました。本処方服用により,翌朝にはさしもの激しい頭痛も濃い霧がさっと晴れた時のように消失し,鼻炎症状も改善していました。この患者は,この後も時々激しい頭痛を訴えていましたが,そのつど川芎茶調散加辛夷の服用にて速やかに改善しております。
以上,頭痛を訴える2症例を示しましたが,川芎茶調散は奏効する時は,1~2服の服用でも症状がかなり改善されますので,強度の頭痛の場合本処方を投与して,2~3服服用させても効果がみられない時は,他の処方の適応症と考えるのが妥当だと思います。
※経路? 経絡の間違いか?
※味が辛寒? 味が辛甘の間違いか?
※寒を補い? 肝を補いの間違いか?
【参考】
turgor:皮膚の緊張感 ツルゴール、トルゴール(一般的な意味は 膨張,膨張性)
副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症:
低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等)
を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由] 本剤には川芎(センキュウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。
2014年4月28日月曜日
2014年4月27日日曜日
独活葛根湯(どっかつかっこんとう、どくかつかっこんとう) の 効能・効果 と 副作用
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.681
90 独活葛根湯(どっかつかっこんとう) 〔外台秘要方〕
葛根 五・〇 地黄 四・〇 桂枝・芍薬 各三・〇 麻黄・独活 各二:〇 大棗・甘草・乾生姜 各一・〇
「柔(じゅう)中風(卒中の軽症という意)、身体疼痛、四肢緩弱、不随せんと欲するを癒す。産後の柔中風また此方を用う。」
血虚に外感を兼ねて、肩背強急し、身体疼痛、四肢不随するものに用いる。
四十腕・五十肩・脳溢血後の肩背拘急・四肢疼痛・外感を兼ねたものに応用される。
『勿誤薬室方函口訣(95)』 日本東洋医学会評議員 山崎 正寿
-騰竜湯・土骨皮湯・独活葛根湯・内疎黄連湯・内補湯-
独活葛根湯
次は独活葛根湯(ドッカツカッコントウ)です。本方は「『外台』。柔中風、身体疼痛、四肢緩弱不随せんと欲するを療す。産後柔中風またこの方を用う。即ち葛根湯(カッコントウ)方中加地黄(ヂオウ)、独活(ドツカツ)。此の方は肩背強急して柔中風の証をなし、あるいは臂痛攣急悪風寒あるものに宜し。蓋し其の症、十味剉散(ジュウミザサン)を彷彿して血虚の候血熱を挟む者に宜し」とあります。
この処方は『外台秘要』中風門の柔風方二首で石膏散(セッコウサン)(構成は石膏、甘草の二味)の次に出てくる薬方であります。主治に柔中風と出ておりますが、これは『金匱要略』の痙病の強痙と柔痙のうちの、柔痙とほぼ同じ状態と考えられます。症状の強くはげしいものを強痙とし、症状のおだやかなものを柔痙としております。したがって同じ中風でも症状が軽度で、体が痛み、手足の力持;弱くなり、まさに麻痺に近い状態を柔中風といっていると考えられ移す。しかし今日のいわゆる典型的な脳卒中の病態というものとは違って、もう少し末梢性の神経障害などによって起こってくる病状ではないかと考えられます。
この薬方は葛根湯に地黄、独活が加わったものであります。した社然工て肩背強急が大切な目標ですが、時には肘の痛みや筋の攣急があって寒気がする場合にも使うということになっております。
処方の内容は、先にも述べましたように葛根湯に地黄と独活が加わっております。『外台』の原本では独活が羗活(キョウカツ)になっております。地黄は結胸して津液不足した病態に用いる薬ですが、熱を冷ます作用もあります。「血虚の候血熱を挟むものに宜し」という条文は、地黄の加わった意味を指していると思われます。
独活と羗活については今日いろいろと議論のあるところで、植物学的にもセリ科、ウコギ科と異種のものが混同されているといわれておりますが、浅田宗伯は、独活、羗活を一物二種なりという説をとりあげております。いずれにせよ、風湿を除き痛みを去る作用があります。
臨床の場では独活葛根湯は、葛根湯のいわゆる肩背強急よりもさらに頑固な肩こりを目標にして用いることが多いのですが、『口訣』にも「十味剉散を彷彿して」とあ識ように、血虚の肩背痛に臂痛、すなわち肩関節周囲炎などのようないわゆる五十肩で、しかも虚証の状態に十味剉散をしばしば使います。で功から、血虚して津液涸燥の症が、もう一つ重要な目標になってくると考えられます。
現在七十歳近くの老人で、変形性頸椎症を持った頑固な肩こりの症状、それに手足のしびれを訴える人に、私は独活葛根湯を使っております。割合に経過が安定し、それほど病状が進まないという状態になっております。独活葛根湯は、単に葛根湯の変方ということではなく、地黄、独活が組み入れられているという意味というものをよく考えて用いる必要があろうかと思います。
『漢方治療の方証吟味』 細野史郎著 創元社刊
p.512
ところで、この人の月経との関係があまり書いてありませんが、とうなのですか。腰の痛みを訴えていますが、月経とな関係ないのですか。何かありましませんか。なぜかと言うと、本年六月に中絶をしていますわね。それから後三ヵ月して九月に顔がむくんでおりますね。だから何かこの人には瘀血による災(わざわ)いがありそうですね。よくむくんだりする故障のある人、そのうえ肩がひどく凝りやすい、首を動かすと少々はばったいようなときに痛むことがあり、こんなときに、とにかく首が動かしにくいから、もつとスムーズに動くようにしてほしいと言われるのだったら、まず考えられるのは独活葛根湯です。これは葛根湯に地黄と独活を加えたもので、俗に寝違いなどと言って、朝起きたら首が廻らないし、鍼も灸も効かないというもの(長い時は一ヵ月ぐらい、早くて一〇日ぐらいはかかる)にもっていくと割合に早く治ります。
『臨床傷寒論』 細野史郎講話 現代出版プランニング刊
第六条
太陽病、項背強几几、反汗出、悪風者,桂枝加葛根湯主之。
〔訳〕 太陽病(たいようびょう)、項背強ばること、几几(きき)、反(かえ)って汗(あせ)出(い)で、悪風(おふう)する者、桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)これを主(つかさど)る。
〔講話〕これも面白い処方です。太陽病ですから脈浮、頭項強痛があって悪寒がある、そういう症状があって、項背強ばり、うなじや背中が強ばり几几。几といえば羽の短い鳥が羽をひろげ頭を伸して飛ぶ時の格好で成無已の、『傷寒明理論』で、殊(シュ)と読ませています。また几(キ)と読めば椅子のことです。また几几(キキ)は辞書に「さかんなさま」と書いてあります。ですから、どちらでもよいでしょう。とにかく項とか背中が凝るのです。ものすごく凝るわけですね。よく朝起きたら首が廻らないこともありますが、あれもこんな凝り方ですね。これに後世方では独活葛根湯を持っていくと早く治ります。他所では持っていかないらしいですけれど、私らでは、新妻先生に教えてもらって独活葛根湯をやって非常に良く効きますけれど、これに桂枝加葛根湯を持っていったらどうだろうかなと、これを読んでいて思いました。今度もしも脈浮で緩の人がきたら桂枝加葛根湯をやってみたら面白いかもしれません。ただ脈が浮緩であればね。まあ一度そういう事を皆さむをやって応用してみて下さい。それから、「汗出で悪風する者」ですから、汗が出て、ゾウゾウする、また鼻水が鼻咽腔から降りて来るやつは汗ととれるから、汗出悪風の悪風という症状はないのですが、肩が凝って仕方がない、脈が浮緩であれば、桂枝加葛根湯がゆきますと割合に効くのです。それから、私は中風の人の後遺症で、やはり肩が凝って凝ってカチカチになっている表虚の人に桂枝加葛根湯を持っていったのですが、これまで何ヵ月も治らなかった肩凝りが半身不随と一緒に治ってしま改aた。そういうように、持っていきかたがうまいこといくとスイスイと治ります。案外効くものですよ。ただし、それには甘草の分量があったり、何かが相当にあると思います。甘草や葛根の分量を増やすとか、いろいろなことを考えてほしい。
『漢法の臨床と処方』 安西安周著 南江堂刊
p.156
五、肩胛部神経痛
これも学問的の名称ではありませんが、病理的に正しくは肩関節周囲炎のことでありまして、俗に「五十肩」とか、「ケンベキ」とかいうものです。とにかく四、五十歳以上の男女に多く、上肢を一定の方向に動かすことのできない、誰でもよく知っている病気で、髪を結ったり、帯をしめたりすることが苦痛になる、ところがこの苦痛はなかなか治りにくいものですが、漢法は著効のある薬方があります。ある医博の臨床大家で、いろいろの注射をしたが治らないので『君、なんか漢法によい薬があるかね」ときかれたので、この薬方を十日分ずつ二回あげて、治った例がありますし、その他、ある大学の教授にも、同じ治験があります。
独活葛根湯(どっかつかっこんとう)の処方(115)
葛根(かっこん) 四、〇 麻黄(まおう) 三、〇
桂枝(けいし) 四、〇 芍薬(しゃくやく) 四、〇
甘草(かんぞう) 二、〇 大棗(たいそう) 二、〇
生姜(しょうきょう) 二、〇 地黄(ぢおう) 四、〇
独活(どっかつ) 四、〇
以上九味
、
一般用漢方製剤承認基準
独活葛根湯
〔成分・分量〕
葛根5、桂皮3、芍薬3、麻黄2、独活2、生姜0.5-1(ヒネショウガを使用する場合1-2)、地黄4、大棗1-2、甘草1-2
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度又はやや虚弱なものの次の諸症:
四十肩、五十肩、寝ちがえ、肩こり
p.681
90 独活葛根湯(どっかつかっこんとう) 〔外台秘要方〕
葛根 五・〇 地黄 四・〇 桂枝・芍薬 各三・〇 麻黄・独活 各二:〇 大棗・甘草・乾生姜 各一・〇
「柔(じゅう)中風(卒中の軽症という意)、身体疼痛、四肢緩弱、不随せんと欲するを癒す。産後の柔中風また此方を用う。」
血虚に外感を兼ねて、肩背強急し、身体疼痛、四肢不随するものに用いる。
四十腕・五十肩・脳溢血後の肩背拘急・四肢疼痛・外感を兼ねたものに応用される。
『勿誤薬室方函口訣(95)』 日本東洋医学会評議員 山崎 正寿
-騰竜湯・土骨皮湯・独活葛根湯・内疎黄連湯・内補湯-
独活葛根湯
次は独活葛根湯(ドッカツカッコントウ)です。本方は「『外台』。柔中風、身体疼痛、四肢緩弱不随せんと欲するを療す。産後柔中風またこの方を用う。即ち葛根湯(カッコントウ)方中加地黄(ヂオウ)、独活(ドツカツ)。此の方は肩背強急して柔中風の証をなし、あるいは臂痛攣急悪風寒あるものに宜し。蓋し其の症、十味剉散(ジュウミザサン)を彷彿して血虚の候血熱を挟む者に宜し」とあります。
この処方は『外台秘要』中風門の柔風方二首で石膏散(セッコウサン)(構成は石膏、甘草の二味)の次に出てくる薬方であります。主治に柔中風と出ておりますが、これは『金匱要略』の痙病の強痙と柔痙のうちの、柔痙とほぼ同じ状態と考えられます。症状の強くはげしいものを強痙とし、症状のおだやかなものを柔痙としております。したがって同じ中風でも症状が軽度で、体が痛み、手足の力持;弱くなり、まさに麻痺に近い状態を柔中風といっていると考えられ移す。しかし今日のいわゆる典型的な脳卒中の病態というものとは違って、もう少し末梢性の神経障害などによって起こってくる病状ではないかと考えられます。
この薬方は葛根湯に地黄、独活が加わったものであります。した社然工て肩背強急が大切な目標ですが、時には肘の痛みや筋の攣急があって寒気がする場合にも使うということになっております。
処方の内容は、先にも述べましたように葛根湯に地黄と独活が加わっております。『外台』の原本では独活が羗活(キョウカツ)になっております。地黄は結胸して津液不足した病態に用いる薬ですが、熱を冷ます作用もあります。「血虚の候血熱を挟むものに宜し」という条文は、地黄の加わった意味を指していると思われます。
独活と羗活については今日いろいろと議論のあるところで、植物学的にもセリ科、ウコギ科と異種のものが混同されているといわれておりますが、浅田宗伯は、独活、羗活を一物二種なりという説をとりあげております。いずれにせよ、風湿を除き痛みを去る作用があります。
臨床の場では独活葛根湯は、葛根湯のいわゆる肩背強急よりもさらに頑固な肩こりを目標にして用いることが多いのですが、『口訣』にも「十味剉散を彷彿して」とあ識ように、血虚の肩背痛に臂痛、すなわち肩関節周囲炎などのようないわゆる五十肩で、しかも虚証の状態に十味剉散をしばしば使います。で功から、血虚して津液涸燥の症が、もう一つ重要な目標になってくると考えられます。
現在七十歳近くの老人で、変形性頸椎症を持った頑固な肩こりの症状、それに手足のしびれを訴える人に、私は独活葛根湯を使っております。割合に経過が安定し、それほど病状が進まないという状態になっております。独活葛根湯は、単に葛根湯の変方ということではなく、地黄、独活が組み入れられているという意味というものをよく考えて用いる必要があろうかと思います。
『漢方治療の方証吟味』 細野史郎著 創元社刊
p.512
ところで、この人の月経との関係があまり書いてありませんが、とうなのですか。腰の痛みを訴えていますが、月経とな関係ないのですか。何かありましませんか。なぜかと言うと、本年六月に中絶をしていますわね。それから後三ヵ月して九月に顔がむくんでおりますね。だから何かこの人には瘀血による災(わざわ)いがありそうですね。よくむくんだりする故障のある人、そのうえ肩がひどく凝りやすい、首を動かすと少々はばったいようなときに痛むことがあり、こんなときに、とにかく首が動かしにくいから、もつとスムーズに動くようにしてほしいと言われるのだったら、まず考えられるのは独活葛根湯です。これは葛根湯に地黄と独活を加えたもので、俗に寝違いなどと言って、朝起きたら首が廻らないし、鍼も灸も効かないというもの(長い時は一ヵ月ぐらい、早くて一〇日ぐらいはかかる)にもっていくと割合に早く治ります。
『臨床傷寒論』 細野史郎講話 現代出版プランニング刊
第六条
太陽病、項背強几几、反汗出、悪風者,桂枝加葛根湯主之。
〔訳〕 太陽病(たいようびょう)、項背強ばること、几几(きき)、反(かえ)って汗(あせ)出(い)で、悪風(おふう)する者、桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)これを主(つかさど)る。
〔講話〕これも面白い処方です。太陽病ですから脈浮、頭項強痛があって悪寒がある、そういう症状があって、項背強ばり、うなじや背中が強ばり几几。几といえば羽の短い鳥が羽をひろげ頭を伸して飛ぶ時の格好で成無已の、『傷寒明理論』で、殊(シュ)と読ませています。また几(キ)と読めば椅子のことです。また几几(キキ)は辞書に「さかんなさま」と書いてあります。ですから、どちらでもよいでしょう。とにかく項とか背中が凝るのです。ものすごく凝るわけですね。よく朝起きたら首が廻らないこともありますが、あれもこんな凝り方ですね。これに後世方では独活葛根湯を持っていくと早く治ります。他所では持っていかないらしいですけれど、私らでは、新妻先生に教えてもらって独活葛根湯をやって非常に良く効きますけれど、これに桂枝加葛根湯を持っていったらどうだろうかなと、これを読んでいて思いました。今度もしも脈浮で緩の人がきたら桂枝加葛根湯をやってみたら面白いかもしれません。ただ脈が浮緩であればね。まあ一度そういう事を皆さむをやって応用してみて下さい。それから、「汗出で悪風する者」ですから、汗が出て、ゾウゾウする、また鼻水が鼻咽腔から降りて来るやつは汗ととれるから、汗出悪風の悪風という症状はないのですが、肩が凝って仕方がない、脈が浮緩であれば、桂枝加葛根湯がゆきますと割合に効くのです。それから、私は中風の人の後遺症で、やはり肩が凝って凝ってカチカチになっている表虚の人に桂枝加葛根湯を持っていったのですが、これまで何ヵ月も治らなかった肩凝りが半身不随と一緒に治ってしま改aた。そういうように、持っていきかたがうまいこといくとスイスイと治ります。案外効くものですよ。ただし、それには甘草の分量があったり、何かが相当にあると思います。甘草や葛根の分量を増やすとか、いろいろなことを考えてほしい。
『漢法の臨床と処方』 安西安周著 南江堂刊
p.156
五、肩胛部神経痛
これも学問的の名称ではありませんが、病理的に正しくは肩関節周囲炎のことでありまして、俗に「五十肩」とか、「ケンベキ」とかいうものです。とにかく四、五十歳以上の男女に多く、上肢を一定の方向に動かすことのできない、誰でもよく知っている病気で、髪を結ったり、帯をしめたりすることが苦痛になる、ところがこの苦痛はなかなか治りにくいものですが、漢法は著効のある薬方があります。ある医博の臨床大家で、いろいろの注射をしたが治らないので『君、なんか漢法によい薬があるかね」ときかれたので、この薬方を十日分ずつ二回あげて、治った例がありますし、その他、ある大学の教授にも、同じ治験があります。
独活葛根湯(どっかつかっこんとう)の処方(115)
葛根(かっこん) 四、〇 麻黄(まおう) 三、〇
桂枝(けいし) 四、〇 芍薬(しゃくやく) 四、〇
甘草(かんぞう) 二、〇 大棗(たいそう) 二、〇
生姜(しょうきょう) 二、〇 地黄(ぢおう) 四、〇
独活(どっかつ) 四、〇
以上九味
、
一般用漢方製剤承認基準
独活葛根湯
〔成分・分量〕
葛根5、桂皮3、芍薬3、麻黄2、独活2、生姜0.5-1(ヒネショウガを使用する場合1-2)、地黄4、大棗1-2、甘草1-2
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度又はやや虚弱なものの次の諸症:
四十肩、五十肩、寝ちがえ、肩こり
2014年4月21日月曜日
逍遥散(しょうようさん) の 効能・効果 と 副作用
『漢方後世要方解説』 矢数道明著 医道の日本社刊
p.49 和解の剤 結核初期、婦人血の道、月経不順
附 加味逍遙散
『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
p.37
逍遥散・加味逍遥散
合方と後世方の必要性について
以上、瘀血を治す薬方の虚と実の代表として、当帰芍薬散と桂枝茯苓丸の二方についてごく簡単に触れてみた。この二つが具(そな)われば一応こと足りるのであるが、しかし実際の臨床にあたって応用するとなると、そうたやすいことではない。この二方にも、単に駆瘀血薬だけでなく、すでに述べたように気や水に作用する薬物が組み合わされているが、それは、たとえ瘀血が主たる病因となって生じた疾病でも、病変は身体の諸臓器に及ぶものであり、単に駆瘀血剤だけでなく、他の薬方との「合方(ごうほう)」が必要な場合も決して少なくないからである。
瘀血の症状群の場合に、骨盤内の内分泌系の臓器の変化により、間脳、大脳にまでその影響が及ぶことは既に述べたが、その結果、感情や自律神経の失調症状があらわれる。このような状態を漢方では「肝(かん)」の病と解してい音¥この「肝」は生殖器や泌尿器と関係が深く、肝経は陰器をまとい、生殖器に影響を及ぼすと言われる。そして、瘀血の主な徴候である左下腹部の抵抗と圧痛は、右の季肋部の圧痛・抵抗(胸脇苦満(きょうきょうくまん))(第三講で詳述)と関連のあることが多い。また更年期障害を呈する年代はしばしば「肝虚」に陥るものである。つまり瘀血の治療にあたっては「肝」に対する考慮を忘れてはならないのである。
したがって桂枝茯苓丸なり当帰芍薬散なりを病人に用いる場合に、実際において、肝の治療薬である柴胡剤(さいこざい)を合方しなければならないことが多い。たとえば小柴胡湯(しょうさいことう)(第三講で詳述)は「熱入血室」の治療薬であり、広い意味での駆瘀血剤とも言えるのであるが、小柴胡湯の合方では実証に過ぎて、ぴたりとゆかぬことが多い。
〔註記〕 「熱入血室」の『傷寒論』条文
「婦人中風七八日。続得寒熱。発作有時。経水適断者。此為熱入血室。其血必結。故使如瘧状。発作有時。小柴胡湯主之。」〔太陽病下篇〕
(婦人中風七八日、続(つづ)いて寒熱(かんねつ)を得(え)、発作(ほっさ)時あり、経水(けいすい)適(たまたま)断(た)つ者は、これ熱血室(ねっけつしつ)に入るとなすなり。其の血必ず結(けっ)す。故に瘧(ぎゃく)状の如く、発作時(とき)あらしむ。小柴胡湯之(これ)を主(つかさど)る。)
すなわち、古方の薬方は簡潔で、効果もはっきりするが、その合方をもってしてもなお現実にぴったりしないことがある。この場合に後世方(ごせいほう)の薬方がわれわれの要求を充たしてくれることが多い。
そこで、後世方の薬方である『和剤局方(わざいきょくほう)』の逍遙散(しょうようさん)を引用し、述べてみたいと思うわけである。
逍遙散(しょうようさん)
右為麄末。毎服貳銭。水壹大盞。煨生薑壹塊。切破。薄荷少許。同煎。至柒分。去滓。熱服。不拘時候。(右麄末(そまつ)と為し、毎服(まいふく)貳銭(にせん)、水壹大盞(みずいちだいせん)、煨みたる生薑(しょうきょう)壹塊(ひとかたまり)、切(き)り破(さ)いて、薄荷(はっか)を少し入れ、同じく煎(せん)じて柒分(しちぶ)に至り、滓(かす)を去り、熱服(ねっぷく)すること時候(じこう)に拘(かかわ)らず。)
*
構成薬味のうち当帰・芍薬・白朮・茯苓については既に述べた。柴胡については第三講(小柴胡湯の項)で、甘草・生姜については第二講(桂枝湯の項)で詳述することにする。
*
その主治は次の如く説かれている。
「治。血虚労倦。五心煩熱。肢体疼痛。頭目昏重。心忪頬赤。口燥咽乾。発熱盗汗。減食嗜臥及血熱相搏。月水不調。臍腹脹痛。寒熱如虐。又治。室女血弱。陰虚。栄衛不和。痰嗽潮熱。肌体羸痩。漸成骨蒸。」(血虚労倦(ろうけん)、五心煩熱(はんねつ)、肢体疼痛(とうつう)、頭目昏重(づもくこんじゅう)、心忪(しんしょう)頬赤、口燥咽乾(こうそういんかん)、発熱盗汗(とうかん)、減食嗜臥(しが)及(およ)び血熱相搏(あいう)ち、月水不調、臍腹脹痛、寒熱瘧(ぎゃく)の如くなるを治す。また室女血弱、陰虚して栄衛(えいえ)和(わ)せず、痰嗽(たんそう)潮熱、肌体羸痩(きたいるいそう)し、漸(ようや)く骨蒸(こつじょう)となるを治(ち)す。)
右の主治の文を『万病回春(まんびょうかいしゅん)』や『医方集解(いほうしゅうかい)』『衆方規矩(しゅうほうきく)』などの書物を参考に意訳してみると、これは後世方的な思想である臓腑論(ぞうふろん)の病理を加味して説明しているものと考えられる。
すなわち、「五臓六腑(ごぞうろっぷ)のなかの“肝”と“脾”の血虚(けっきょ)(これらの臓器を循行する血液が少なく、ためにそれらの臓の機能が不活発となる)があり、肝と脾の働きが完遂できず、疲れてきて、手掌、足の裏、それに胸の内がむしむしとして熱っぽくほめき(五心煩熱)、身体や手足が痛み、頭は重くはっきりせず、眼はぼんやりとして、胸がさわぎ、頬は紅潮し、口中が燥(かわ)き、身体がほてって盗汗(ねあせ)が出て、食欲も減じ、すぐ横になって休みたがる、などという容態のものや、瘀血のために月経不順があり、臍のあたりや下腹が張り、痛んだり、ちょうどマラリヤででもあるかのように熱くなったり寒くなったりするようなもの、また室女(未婚の若い女性)で、身体が虚弱で、貧血性で、身心の調和もできかね、咳や痰が出て、ときどき全身手足のすみずみまで、しっとりと汗ばむように熱くなり(潮熱)、あたかも肺結核を患(わずら)っているかのように漸次痩(や)せてくるというようなものを治す」と言うのである。
このような症状は、小柴胡湯(しょうさいことう)というよりも、むしろ補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を用いる場合に近いもので、逍遙散はこの両者の中間に位(くらい)するものと考えられるが、ことに婦人の気鬱(きうつ)、血の道症(第四講、柴胡桂枝湯の項参照)、婦人科疾患から起こったと思える諸種の病症に多く用いられる。また昔、肺尖カタルと呼ばれた状態で、ごく早期で進行性の病状でないものに用いられる機会もある。だから昔は、婦人の病には必ず本方を用いて効果をおさめたものであると言い伝えられている。
なお浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』に説くとおり、本方は小柴胡湯の変方とも考えられるが、当帰、芍薬、白朮、茯苓と組まれているところは、さらに当帰芍薬散を合方した意味合いもある。しかもこれは、小柴胡湯より黄芩(おうごん)、半夏(はんげ)のような比較的鋭(するど)い薬効と薬味を去り、人参(にんじん)、大棗(たいそう)のような小柴胡湯証で咳のひどいときに用いにくいものも入っていない。したがって本方は、小柴胡湯ではかえって咳嗽が増悪するおそれのやるような場合に用いられるし、また小柴胡湯よりもっと虚証のものに用い得る。殊に大切なことは、本方が当帰芍薬散から川芎(せんきゅう)のような作用の鋭い薬味を除き、他の駆瘀血薬を含むことで、身心が衰え、ノイローゼ気味で神経質な訴えの多いものに用い現れる理由である。また小柴胡湯に比すれば、胸脇苦満(きょうきょうくまん)の症状は弱く、心身が疲れやすい虚弱な人に用いられる。
そこで本方は、昔から、小柴胡湯と同様に、「和剤」と言われ、病気の大勢はおさまったが、さてそれからぐずついて、なかなかうまく治り切らないという場合に、「調理の剤」という意味で用いたり、また補剤、瀉剤を誤って用い過ぎたりしたときにも応用してよいものである。地黄(ぢおう)を用いたが胃にもたれた、下痢をして調子が悪いというようなものにもまたよく用いられる(地黄は滋潤の力は強いが、胃の悪い人、胃の弱い人には、もたれることが多い。この場動:乾地黄を用いると、熟地黄より、そのもたれは少ない)。小柴胡湯の虚証といっても、人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)を含む補中益気湯を用いるほどの虚証ではない。
すてに述べたように、本方は婦人の薬方とも考えられていたくらいで、平素より神経質な虚弱な体質の人で、内分泌系の不調和や自律神経系の不安定状態にあり、世に言うところの血の道症の場合に用いられるのである。
その症状は、常に頭が重く、眩暈(げんうん)(めまい)があったり、よく眠れなかったり、手足社冷あつ、非常にだるい、月経の異常がある。また寒(さむ)けがしたり、熱くなったり、殊に午後になるとのぼせて顔、殊に頬が紅くなってくるような症状もあり、背中がむしむしとして熱感を覚(おぼ)えると訴えることもある。
このような症状群は、当帰芍薬散や桂枝茯苓丸の適応を思わせるところもあるが、神経質な症状を治す点では、本方が遙かによく奏効する。
また、当帰芍薬散を用いて胸がつかえ、その他いろいろ副作用の起こってくる場合に、本方または本方に山梔子(さんしし)を加えると胃にもたれることが少なく、用いやすいものである。大塚敬節先生は「胃潰瘍などの胃病患者で、心下部がつかえて胃痛のあるときなどに、山梔子・甘草の二味を用いて良い効果がある」と言われたことがあるが、先生は山梔子を上手に使っておられた。
加味逍遥散(かみしょうようさん)
逍遥散に牡丹皮(ぼたんぴ)と山梔子(さんしし)の二味を加えたもの(山梔子については第十講参照)
本方は「腎の潜伏している虚火(きょか)を治す」といって清熱(せいねつ)(熱をさます)の意味がある。ただし本方は虚弱な患者に用いることが多く、虚火をさますのであるから、瀉剤である牡丹皮に注意して、前述(29頁)のように三段炙(あぶ)りを用いるのである。
〔註〕 虚火について
火は本来、実邪によるものであるが、虚した場合にも火の症がくる。すなわち疲れたときに、ほてったり、のぼせて熱くなったりするのがそれで、これを虚火という。ことに「腎」は水と火を有するが、腎水が虚して燥(かわ)くと、腎の火(命門(めいもん)の火)が燃え上がって、臍のところに動悸がしたり、のぼせたりする。これを「腎の虚火が炎上する」と言う。肺結核の熱などもこれに属し、腎の虚火によるものである。
*
以上の応用目標に次いで、本方の適応症を疾患別に要約しておこう。
適応症
〔1〕 ノイローゼ、憂鬱症で、前述のような瘀血症状の加わったもの。
浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』によると、「・・・・・・東郭(和田東郭を指す)の地黄・香附子を加うるものは、この裏にて剣2の症、水分(すいふん)の動悸甚だしく、両脇拘急して思慮鬱結(うっけつ)(くよくよ思いわずらう)する者に宜(よろ)し。」とあり、百々漢陰(どどかんいん)の『漢陰臆乗(かんいんおくじょう)』によると、「・・・・・・また婦人の性質肝気たかぶりやすく、性情嫉妬深く、ややもすれば火気逆衝して面赤く眦(まなじり)つり、発狂でもしようという症(ヒステリー症)にもよし、また転じて男子に用いてもよし円:その症は平生世に言う肝積(かんしゃく)もちにて、ややもすれば事にふれて怒り易く、怒火衝逆(のぼせ上って)、嘔血(おうけつ)、衂血(じくけつ)(鼻血)を見るし、月に三、四度にも及ぶというようなる者には、此方を用いて至って宜(よろ)し。」とある。
また気鬱から起こる鳩尾(きゅうび)(みずおち)あたりの痛みや、乳の痛みなどを訴えるものに気剤である正気(しょうき)天香湯などがいくような場合に用いることもある。
〔2〕 月経不順、月経困難症
それが肝鬱症を伴うときに特効がある。北尾春甫は「婦人の虚証の帯下、諸治無効のものに、異功散(いこうさん)を合してよし」と言う。
〔3〕 肺結核
むかし肺尖カタルと言われたごく初期の症状で、進行性でなく、軽症のものに用いる機会がある。月経不順、午後の発熱、のぼせ感、頬の紅潮等が目標となる。
〔4〕 婦人の肥満症(内分泌障害性のもの)に川芎・香附子を入れて用い、数週間に一〇kg前後も減じたことがあるが、多くは長く続服する必要がある。
〔5〕 婦人の慢性膀胱炎に用いることもある。
〔6〕 産前後の人の口舌糜爛(びらん)などに、血熱(けつねつ)と見て、本方に牡丹皮・山梔子を加えて用いるとよい。
〔7〕 皮膚病で諸薬の応じないものに奇効のあることがある。婦人、ことに肝鬱症を伴ったときに、多く効果がある。更年期で春秋の季節の変り目に、頸部、顔面にできる痒(かゆ)い湿疹に効き、ニキビによいことがある。疥癬のようなものには加味逍遙散合四物湯で特効のあることが多い、と『方函』に書かれている。また加味逍遙散加荊芥地骨皮にて鵞掌風(がしょうふう)(婦人科疾患と関係ある手掌角化症)を治すのに用いる。
〔8〕 肝鬱症に伴う肩こり、頭重、不眠症、便秘(虚秘といわれる軽症のもの)などにも甚だよいとされている。
逍遙散・加味逍遙散の治験例
〔1〕 女子、二十九歳
長身で痩(や)せぎす、皮膚の色が悪く、艶(つや)もなく、顔は蒼白(あおじろ)く、額(ひたい)には青筋(あおすじ)が見える。見るからに神経質そうな人で、内気で言葉つきはおとなしく、ゆっくりだが、自分の気持ははっきりと言う。
以前より脱肛があり、子宮後屈症であるが、妊娠しやすい。本年度初めより早産や人工流産をした。
本年九月十九日初診であるが、「昨年四月二十八日、急に左の頸部リンパ節炎に罹り、三八・五度の熱を出した。手術により、四日間ほどのうちに次第に熱は下がった。ところが念のためにと抗生物質を注射をされたが四〇度の熱が出た。これを中止して三八度まで下がったが、その後三七・五~三八度の熱がまる一年つづき、本年五、六月頃から三七・三度くらいになって今日に至っている。」という。
その他の患者の苦痛は大したことはないが、疲れやすく、眠られぬ夜が多い。常に頭が重く、ときに頭痛がし、肩が凝ったりする。手足は冷たく、また冷えやすく、冷えると必ずのぼせがして顔が赤くなる。以前はよく動悸がしたが、最近はそれほどではなく、ときどきちょっとしたはずみにある。またフラッとすることもある。月経は順調で一週間つづく。食欲はよくない。便通は一日一行。
以上であるが、「三七・五度前後の熱をとって欲しい」というのが主訴である。
本人は、内臓下垂を伴い、易疲労性と自律神経失調症状が目立っている。
脈は沈小弦(ちんしょうげん)、按じて弱く、疲労時に現われる労倦(ろうけん)の脈状である。
舌はよく湿(しめ)り、うすく白苔がある。
胸部では、右側鎖骨下部と、これに対応した右側上背部に無響性(結核性のものは有響性)の小水泡性ラ音を聴き、この部の撮診(さっしん)が少しく陽性。また両側僧帽筋上縁から項部にかけて筋肉の緊張が強い。
腹部は全般に軟(やわ)らかく、特に膝(ひざ)の上下の部は力が抜けている。心下部は部厚く感じ、按圧すると腹内に向かって少し抵抗感(軽度の痞鞕(ひこう))があり、臍上部辺で動悸を触れるが、本人は自覚しない。
レ線による所見は、右上肺野に弱い浸潤陰影があり、赤沈は平均一一・五mmである。
以上の所見により、加味逍遙散を与えた。服薬後好転し、眠りも腹の工合も良くなり、一年余も続いた熱も二週間続服した頃から平熱とたり、ラ音も消失した。三~四ヵ月も続服するうちにまるまると太ってきた。
これは服薬後功みやかに好転し、見事に著効を示した例である。
〔2〕 女子、三十三歳
本年十一月初診。昨年二月頃ひどい坐骨星庫矢に罹り、全く動けなかったが:諸治無効の状態のまま半ヵ年を経過した。それでも九月頃からは、何が効いたともなく少しずつ動けるようになった。しかしまだすっきりせず、注射、超短波治療などを続けている。
既往症としては、娘時代からたいへんな冷え症で、腰以下が冷え、ことに膝から下が激しい。ときどき水の中に浸っているかのように冷え切ることさえある。また毎月、半月間ほど月経のために苦しむが、ことに始まる十日間くらい前から気分が重く、イライラして怒りっぽく、知覚過敏となり、のほせたり、肩が凝ったり、頭痛、筋肉痛が起こり、胃腸の調子も悪くなったりする。睡眠も妨げられがちで、夜中に気が滅入ることが多い。月経は七日間、量はごく少なく、痛みを伴う。毎月ある持台、この人は月の半分以上も種々の苦痛があり、月経のために振り回されながら不愉回に生きていると自らも言っているか台、適切な表現である。
また「生来胃弱で、胃アトニー、内臓下垂があり、胃重感、胸やけ、ゲップなどの苦痛がある時期もある。食欲はあり、肉や甘いものが好きだが、といどきちょっとした食べ過ぎで前記のような胃の症状が起こりやすい。便秘しがちで、小便は多いほうである」と言う。
病人は三十三歳の至極神経質なインテリタイプである。二人の子供があり、頭の使い方も言葉つきもテキパキしていて、すらっと細く、肉づきは中くらい、二年前から八kgほど痩せたそうである。
脈は沈小緊(ちんしょうきん)。右尺脈は特に弱い(腎虚)。
舌は普通以上に大きいが、厚みはうすい。色はやや貧血性で少し黒味を帯びている。舌縁には歯形(はがた)が深く刻まれ、よく湿っている。舌苔はない。
さらに特別な所見としては、爪床の色に瘀(お)血色があり、歯齦が赤黒く、皮膚も顔もいったいに普通の色合いの中に変な煤(すす)けたような色調がある。ことに眼の周囲では黒味が強い、眼瞼の下にはやや浮腫があり、手は冷たく、平常はひどく湿潤している。
腹部は全般に軟らかいが、右側に僅微な肋弓下部の抵抗があることと、胃の振水音、レ線所見などから胃アトニー、内臓下垂症のあることが明らかである。
なお左側下腹の深部に小児手掌大の強い圧痛のある場所があり、さらに臍の左下部、右大巨(たいこ)の穴(つぼ)のあたりに、ときに触知できるやや長形で鳩卵大くらいの境不明の抵抗が悪る。昔の医者が「疝(せん)」の他覚的所見と言っていたものである。
以上のことから、生まれつき弱く、神経質で、内分泌系の機能上の平衡失調が病因だと思える。しかし漢方的には陰虚証の瘀血(おけつ)、水毒があり、また少陽病証の胸脇苦満も僅かにある。
こんなことから当帰芍薬散合苓姜朮甘湯加柴胡黄芩から出発した。もちろんこれで甚だ良好ではあったが、いろいろ苦心して当帰建中湯合小柴胡湯加香附子蘇葉や十全大補湯加附子合半夏厚朴湯などでも全般的に言って好調とはなった。しかし、どうしても今一歩というところで、「月経に振り回される人生」から抜け切れるというところまでは行かなかった。
このような調子で約五ヵ年を経過してしまった。ちょうど九月中頃のこと、或る機会に肝腎虚の脈状や症状のあること、ごく僅かながら胸脇苦満のあること、つつしみ深い人であるのに、ややもするとヒステリー状になり、子供を叱りつけることもあるなど、あまりにも『局方』の逍遙散の主治に合致することの多いのに気が付いた。
そこで逍遙散を試みたところ、日ましに調子よくなり、ついに今一歩の苦しみからもほとんど解放されるようになった。このような調子で、その後数ヵ月のあいだ快適な生月を送り、なお加療を続けている。
〔3〕 女子顔面黒皮症、三十三歳
本年十一月一日初診であるが、真黒い顔をした痩せた人で、いかにも恥しそうに、おずおずと、聴き取りにくいほどの低い声で訴えて来た。
五年前、お産をして間もなく、右の頬に肝斑(かんぱん)(直径二~三cmほどもある斑)がてきたが、ホルモンやビタミンCの注射などを受け、半年くらいで治った。ところが去年の秋ぐち、顔が一面に痒くなったので皮膚科を訪れると、ビタミンB2の不足のためだと言われ、その治療を受けた。そのうちに顔全体が次 第に赤くなり、それがひどくなって、ついに黒く変色してきた。その後、黒味は幾分うすらいだが、この夏ごろからまた赤くなってきた。
現在は或る病院の皮膚科に転じ、女子自面黒皮症と言われ、ビタミンB2とCの注射をしてもらっている。今のところ痒くはないが、顔の皮膚がガサガサして、ときどきのぼせて顔がカッとなり、ことに温まるとひどくなる、とのこと。
なお、手足の冷えがあることと便秘気味のほかに苦痛はなく、食欲はあり、よく眠れるという。
顔は両眉以下全面が赤黒い面でも被ったようで、その他の部分から際立っている。その赤黒い部分の皮膚は、全体に小さいブツブツが湿疹のようにあり、ことに左の頬から口角を回って口の下の部分一体にひどくなっている。
脈は小弦弱。少しく数である。
舌は、苔はなく赤味が強い。よく湿っている。
腹は胸脇苦満がかなりある。右腹直筋が肋骨弓から臍のあたりまで攣急している。左側下腹の深部にほぼ直径五cmくらいの、かなり強い圧痛のある部分がある。
以上の所見から、小柴胡湯合当帰芍薬散料加荊芥連翹玄参を用いてみた。
一週間後、顔の様子は好転し、のぼせも消失、腹候は改善され、腹直筋攣急は消失し、胸脇苦満も右下腹部の圧痛も軽度になっていた。このようにして数週間が過ぎ、顔の赤みは消え、黒味もややうすらいでいた。
ところが十二月六日のことである。カゼをひいてから一週間ほど休薬しているうちに、また顔が痒くなり、荒れはじめ、手足も冷たく感じるようになったと、いかにも残念そうに話した。
私もひどく心を動かされて、よせばよいのに、首より上の悪瘡に用いる後世方の清上防風湯に転じた。これで一時的に好転したようだったが、皮膚病の治療の場合の通有性(どんな転方でも、その直後、必ず一時的に奏効するケースがある)で、後はかえって悪くなった。
十二月二十三日来院したとき、やさしく容態を問うと、心の中のイライラを剥き出しに近頃の夫の過酷な仕打ちを訴え、シクシクと泣きながら、最近は気分が非常に憂鬱になり耐えがたいものがあると言う。
月経の異常はないが腹候が初診のときと全く同じに悪くなっていた。
そ こで、『和剤局方』の逍遥散だと考え、浅田の『方函口訣』の加味にならって、四物湯を合方し、さらに香附子、地骨皮、荊芥を加えて与えた。こんどはたいへ んよく効き、数週間を経て、顔面、腹候とも漸次改善され、心も平静となり、一時は死を考えたほどの苦しみも日増しにうすらいで、希望が湧いてきたと喜ばれ た。
〔付〕 逍遥散・加味逍遥散の鑑別
以上で逍遥散および加味逍遥散の応用について、その大体を述べ たが、両者の鑑別を簡単に言うと、牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血(鼻血)などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱すなわち泌尿器生 殖器疾患、ことに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒発熱つよく、胸脇に迫り、嘔気さえ加わるようなものは本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子がよい。
なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸に比するものは柴胡桂枝湯とみてよいかと思う(柴胡桂枝湯については第四講で述べる)。
頭註
○合方(ごうほう)-二つ以上の薬方を組み合わせて一方とすることをいう。この場合、重複する薬味はその量の多い方をとるのを原則とする。但し水の量は増量しない。
○肝- 漢方医学の肝は、現今の肝臓のみではない。肝は血を蔵すと言い、またその経絡は陰器をまと感、生殖器系、内分泌系等に関係すると同時に将軍の官と言い、気 力は肝の力により生じ、怒ったり、癇癪を起こしたりするのも肝の作用だと言われる。つまり下垂体間脳の作用を多分に含むものである。
老人はしばしば「腎虚」になるが、腎虚に至るまでの更年期・初老期には「肝虚」を呈しやすい。
○熱入血室(熱血室ニ入ル)-血室を子宮と解したり、血管系統を指すと考えたり、いろいろな解釈があるが、『傷寒論」の小柴胡湯の条文に出てくるこの血室は「肝」と解すべきであろう。
○中風-急性熱病の軽症のもので、感冒の如きもの。(81頁註詳述)
○寒熱-ここでは悪寒と発熱を言う。
○瘧(ぎゃく)-マラリアの如き熱病。
○『和剤局方』- 宋の神宗の時、天下の名医に詔して多くの秘方を進上させ、大医局で薬を作らせたが、徽宗の代になって、その時の局方書を陳師文等に命じて校訂編纂させたの が『和剤局方』五巻である。この書はまず病症をあげて、それに用いる薬方と応用目標を示してあるので、頗る便利であり、広く世に用いられ、日本の医家にも 利用された。現代日本の「薬局方」の名称もこれからとったものという。
○心忪-驚き胸さわぎする。
○血熱-月経不順、吐血、鼻出血、血便、血尿、発疹など血の症状と熱が相伴ったもの。
○骨蒸-体の奥の方から蒸されるように熱が出ることで、盗汗が出るのを常とする。
○『万病回春』(全八巻)-明の龔廷賢の著(五八七)。金元医学の延長線上に編集された臨床医学の名著。基礎論から各論に亘り、治方を論じたもの。
○『医方集解』-清代の汪昂によって著された(一六八二年)名著。主要処方九九一方(正方三八五・付法五一六)を取上げて類別し、詳しく注釈したもの。常用の方ほぼ備わるものとして広く流布した。同じく汪昂には『本草備要』その他の著がある。
○『衆方規矩』-曲直瀬道三(一五〇七~一五九四)によって書かれ、その子玄朔によって増補された処方解説の名著。後世方を主として常用する重要処方を集録し、それぞれの運用法を詳述したもので、江戸時代には広く医家に利用された。(道三については167頁に詳註)
○補中益気湯(弁惑論)
人参・白朮・黄耆・当帰・陳皮・大棗・柴胡・甘草・乾生姜・升麻
小柴胡湯の虚証に用いられ脾胃の機能が衰えたため、食欲不振、手足や目をあけていられないようなだるさを訴える者に用いる。
○浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』- 宗伯(一八一五~一八九四)は幕末から明治前半まで活躍した近世日本漢方を総括した最後の漢方医。学・術ともに秀で政治的手腕もあり、多くの門人を育て、 多数の著作を残した。初め古方中心であったがのち後世方をも包含して浅田流と称せられ、縦横に薬方を駆使するに至った。その代表的薬方を網羅したものが 『勿誤薬室方函』て、それを臨床的に解説したものが『同口訣』である。
○和剤-汗・吐・下の法を禁忌とする場合の治療薬方。小柴胡湯は三禁湯と言い、これら汗・吐・下の法を禁忌とする場合に和して治す和剤の代表である。
○調理の剤-病気治療の仕上げのための養生を「調理」と言い、そのときに与える薬方。古方ではそういう場合、調理の剤として柴胡桂枝乾姜湯、後世方では補中益気湯などがある。
○命門の火- 前漢時代の古典である『難経』(三十六難)には、腎には二葉があり、腎が左に命門が右にあって、腎は陰をつかさどり水に属し、命門は陽をつかさどり火に属 すとされている。現代の漢方で言う腎はこれら両者を包含したものを指す。○経穴の「命門」は督脈に属し、第二、三腰椎棘突起間にある。
○和田東郭(一 七四四~一八〇三)-初め竹生節斎、戸田旭山について後世方を学び、のち吉益東洞の門に入ったが、東洞流とは別に一家をなした。大きくは折衷派の中に数え られるが考証派の弊に陥らず、臨床に主力を注ぎ、名医のほまれが高かった。彼の医学は誠を尽し、中庸を尊び、簡約を宗とする実践的医学であったことは、そ の著作-『導水瑣言』『蕉窓雑話』等によっても知ることができる。『傷寒論正文解』もむつかしい考証などは一切省略して臨床家の立場であっさり解説してい る。
○水分(すいふん)-経穴の名。腹部正中線上、臍のすぐ上方に位する。
○百々漢陰(一七七三~一八三九)-京都の人。皆川湛園の門に学び後一家を成す。瘟疫論に詳しく、『校訂瘟疫論」をはじめ『医粋類纂』など多くの著作があるが、『漢陰臆乗』は疾患別に治療を述べ、薬方の解説がしてある。
○正気天香湯(医学入門)
香附子・陳皮・烏薬・蘇葉・乾姜・甘草
○北尾春甫-大垣の人、京都で開業、脈診に秀で、後世派の大家と中川修亭に推賞された。『桑韓医談』(一七一三)『察病精義論』『提耳談』「当荘庵家方口解』などの著がある。
○異功散(局方)
人参・白朮・茯苓・甘草・橘皮・大棗、生姜の七味(四君子湯に橘皮を加えたもの)。
○血熱-熱の一種で、熱の症状と血の異常を起こしてくる。
○『方函』-浅田宗伯の『勿誤薬室方函』を指す。
○ラ音-ラッセル音の略。聴診器で胸部または背部における呼吸音を聴くとき、正常の肺胞音と異なる異常な雑音をいう。
○撮診→第三講詳述。
○腎虚(じんきょ)-「腎」の生理機能が衰えた状態。一般には、目まい、耳鳴、腰や膝のだる痛さ、性機能の減退、脱毛、歯のゆるみなどの症状を来たす。
○大巨(たいこ)-臍と恥骨結合上縁との間を結ぶ線の上から五分の二の点から左右に水平に約四センチ外方にある経穴(ツボ)。
○疝(せん)-腹部・腰部・陰部などに激痛を起こす病。
○肝腎虚-「肝」と「腎」の生理機能が衰えた状態を指すが、実際の臨床では、或る種の高血圧症、神経症、月経困難症などの疾患に見られ、めまい、耳鳴、頭痛などを来たす。
○肝斑(かんぱん)-頬に比較的境界の明瞭な黒褐色の色素沈着を生ずるもの、中年以後の女性に多い。
○清上防風湯(回春)
防風・荊芥・連翹・山梔子・黄連・黄芩・薄荷・川芎・白芷・桔梗・枳殻・甘草
○四物湯(局方)
当帰・芍薬・川芎・地黄
金匱要略の芎帰膠艾湯から阿膠・艾葉・甘草を除いたもので、補血薬(当帰・芍薬・地黄)と活血薬(川芎)から成り、血虚の状態に使われる代表方剤である。
○清熱-清はさますの意。
○湿熱-湿と熱とが結合した病邪をいう。そのほか尿利の減少を伴う熱を後世派では湿熱と称し、また湿邪に関係ある熱、たとえば黄疸、リウマチなどを湿熱という場合もある。
山梔子(さんしし)
ア カネ科(Rubiaceae)のクチナシGardenia jasminoides ELLIS. またはその同属植物の果実を用いる。イリドイド配糖体のgeniposide,gardenosideなどやカロチノイド色素(黄色色素)のクロチン、そ の他β-sitosterol, mannitol などを含む。
山梔子の薬能は、『本草備要』に「心肺の邪熱を瀉し、之をして屈曲下降 せしめ、小便より出す。而して三焦の鬱火以って解し、熱厥心痛以って平らぎ、吐衂・血淋・血痢の病、以て息む。」とあり、一般には、消炎、止血、利胆、解 熱、鎮静などの働きがあり、特に虚煩を治すとともに、吐血、血尿、黄疸などに応用する。
薬理実験では、geniposideのアグリコンで あるgenipinに、胆汁分泌促進、胃液分泌抑制、鎮痛などの作用が認められるほか、クロチンのアグリコンのクロセチンに実験的動脈硬化の予防作用が認 められる。このように、利胆作用については一定の証明がなせれているが、その他の消炎や鎮静などといった作用を裏づけるには不充分で、今後大いに実験を進 めていかなければならない薬物である。
『新版 衆方規矩』 曲直瀬道三著 池尻 勝編 燎原刊
p.81
労嗽門
逍遙散
肝脾の血虚労倦し五心煩熱し肢体痛み頭目昏重し心忪(ムナサワジ)し頬赤く咽乾き発熱し盗汗し食を減じて臥すことを嗜みて寒熱虐の如くなるを治し,陰虚労嗽肌躰羸痩して漸く骨蒸となるを治す。
当帰,芍薬,茯苓,白朮,柴胡各3,甘草1.5
右生姜を入れて煎じ服す。
○五心煩熱せば麦門冬,地骨皮を加う。
○経閉には桃仁,紅花を加う。
○腹痛むには延胡索を加う。
○胸熱せば黄連,山梔子を加う。
○気惱し胸痞悶せば枳実,青皮,香附子を加う。
○手振(フル)うには防風,荊芥,薄荷を加う。
○咳嗽には五味子,紫菀を加う。
○痰を吐くには五味子,貝母,栝楼仁を加う。
○飲食消せざるには山楂氏,神曲を加う。
○渇を発せば麦門冬,天花粉を加う。
○心(ココロ)ほれ心(ムネ)おどるには酸棗仁,遠志を加う。
○久しき瀉には干姜を炒りて加う。
○遍身痛むには防風,羗活を加う。
○吐血には阿膠,生地黄,牡丹皮を加う。
○自汗には黄耆,酸棗仁を加う。
○左の腹に血塊あらば三稜,莪朮,桃仁,紅花を加う。
○右の腹に気塊あらば木香,檳榔子を加う。
○血虚煩熱し月水調わず臍腹脹痛し痰嗽潮熱するには薄荷,地母,地骨皮を加え或は黄芩を加う。
○心(ムネ)いきれば麦門冬,羚羊角を加う。
○嗽には烏梅,款冬花,五味子を加う。
○産後血虚して煩熱せば黄芩を加う。
○婦人癲疾を患い歌唱すること時なく垣を踰え屋に上るはすなわち営血心包絡に迷うて致す処なり。本方に桃仁,遠志,紅花,蘇木,生地黄を加う。
○もし熱あらば小柴胡湯を合して生地黄,辰砂を加う。
○気血両虚して汗なく潮熱せば薄荷を加う。
○子午の時の潮熱には黄芩,胡黄連,麦門冬,地骨皮,秦艽,木通,車前子,灯心草を加う。
○婦人肝脾の血虚発熱潮熱或は自汗盗汗或は頭痛目渋り或は征忡安からず頬赤く口乾き或は月経調わず或は肚腹痛みをなし或は小腹重墜し水道しぶり痛み或は腫れ痛んで膿を出し内熱して渇きをなすに煨したる生姜一片薄荷少し加え煎じ服す。
○本方に牡丹皮,山梔子を加えて加味逍遙散と名づく。
按ずるに虚労熱嗽汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し体痩せ骨蒸,婦人癲狂月経調わざるには加減を照し間間これを治す。
○十八才の婦初産に二七夜を過ぎて後,面赤く肌躰発熱心(ムネ)おどり不食し頃(シバ)らくして睡り俄かに驚き声ふるい両の手を差し上げ擅掉(ふるう)すること毎夜十四五度ばかりなり。他医手を束ぬ。これによって本方に地骨皮,陳皮,酒黄連,酸棗仁を加えて安し。その後右の手腿しびれ痛む。蒼朮,桔梗,烏薬,木瓜,羗活,黄芩を加えて全く愈たり。
○壮婦怯弱にして瘧を病む。間日に発す。数方応ぜず。これによって詳らかに問えば久しく月信来らずして盗汗ありと云う。故に地骨皮,山梔子,牡丹皮を加えて奇妙を得たり。
○産後寒来往来するにこの方を用いて応ぜざる時は四君子湯を与えて間間奇効を得たり。まことに陽生ずる時は陰長ずと云う。これなり。
※秦艽 秦芁
『衆方規矩解説(24)』 日本漢方医学研究所所長 山田 光胤 先生
労嗽門(一)
本日と次回で労嗽門の解説をいたします。「労嗽」とは体力が低下したり、疲労、衰弱の状態にあって、咳が出るような場合のことをいいま功。
■逍遙散
最初は逍遙散(ショウヨウサン)です。逍遙散は『和剤局方』の処方で、『和剤局方』は宋の時代にできた書物です。
「肝脾の血虚労倦し、五心煩熱し、肢体の痛み頭目昏重し、心忪(むねさわ)ぎ、頬あかく咽乾き、発熱し、盗汗し、食を減じ、臥すことを嗜みて、寒熱瘧の如くなるを治し、陰虚、労嗽、肌体羸痩して漸く骨蒸となるを治す」と書いてあります。
「肝脾の血虚」というのは後世方の理論で、肝の系統と脾の系統の病態に逍遙散を使うということですが、肝の系統には心身症のような精神神経症状を伴います。脾の症状にも似たようなことがありますが、主として消化力の低下をいいます。「血虚」は体力の低下と考えればよく、その中には場合によっては貧血が加わることもあります。「労嗽」は体が疲れて倦怠することで、「五心煩熱」は全身の煩熱状態のことです。「五心」とは手足と首で、「煩熱」とは体が痛んだりして熱苦しいことです。「頭目昏重」は目が廻ったり、頭が重く、「心忪ぎ」は動悸で、その場合に顔に赤味があります。これは陽証であるからです。そして咽が乾いたり熱感があります。発熱は現代の熱発では必ずしもなく、熱感を覚えることです。そして盗汗があったり、食欲が減退し、体がだるいので寝てばかりいるということです。「寒熱瘧の如く」とは寒くなったり熱くなったりするので、ちょうどマラリアのような状態になります。そのような病態を治します。「陰虚」は後世方の理論で陰が虚すということで、簡単に申しますと、体の力が低下するということです。とくに体の下半身が低下することを陰虚といいます。「労嗽」は体が弱った状態にあって咳が出ることで、「肌体羸痩」は体が痩せ、次第に骨蒸となります。「骨蒸」とは現代の肺結核のような体が衰弱する病気をいいます。
このように逍遙散はごく簡単にいいますと陽証でありますが、虚証の場合で、以上のような諸種の症状のある場合に効果があり、熱発を伴う時には解熱する働きがあります。
処方の内容は「斤(当帰(トウキ))、芍(芍薬(シャクヤク))、苓(茯苓(ブクリョウ))、伽(白朮(ビャクジュツ))、柴(柴胡(サイコ))各一匁、甘(甘草(カンゾウ))五分」です。現代の分量にしますと、一匁は大体3gくらいが常用量になり、甘草はその半分の1.5gぐらいです。「右、姜(生姜)を入れ煎じ服す」。以上の6種類の生薬に、生姜を加えて煎じて飲みます。
この場合も生姜の分量は3gぐらいがようのですが、最近では乾生姜(カンショウキョウ)をよく使いますので、その場合は1/3~1/2量が適量です。そしてそのあとにいろいろな症状のある場合の加味、加減が書いてあります。これを方後の加減といいます。
「五心煩熱せば門(麦門冬(バクモンドウ))、籙(地骨皮(ジコッピ))を加う」。体が熱苦しい時には麦門冬と地骨皮を加えるとよろしいということです。「経閉には嬰(桃仁(トウニン))、紅(紅花(コウカ))を加う」。無月経には桃仁,紅花を加え、いずれも駆瘀血剤になります。
「腹痛むには索(延胡索(エンゴサク))を加う」。延胡索は腹痛に対する鎮痛作用があります。「胸熱せば連(黄連(オウレン)、丹(山梔子(サンシシ))を加う」。これは上半身が熱苦しい時という意味にもなりますし、また上半身の熱性の症状、たとえば炎症とか、口内炎があった場合にも、黄連、山梔子を加えると早く治るということになります。
「気悩し、胸痞悶せば実(枳実(キジツ))、昆(青皮(セイヒ))、莎(香附子(コウブシ))を加う。」。いろいろな悩みがあったり、胸が詰まって苦しい時、あるいは胃にガスが溜まって(呑気)胸苦しい時に、枳実、青皮、香附子を加えると、気を開く働きがありまして胃が気持よくなります。「手ふるうには芸(防風(ボウフウ))、荊(荊芥(ケイガイ))、荷(薄荷(ハッカ))を加う」。手が震えるというのは年寄りになるとよくある症状ですが、実際に効果があるかどうかは経験がありません。
「咳嗽には会(五味子(ゴミシ))、苑(紫苑(シオン))を加う」。咳がひどい時には五味子、紫苑を加えます。五味子、紫苑には鎮咳作用があります。「痰を吐くには守(半夏(ハンゲ))、貝(貝母(バイモ))、蔞(括蔞仁(カロウニン))を加う」。喀痰の多い時にはこうするとよいということで、いずれも袪痰作用があります。
「飲食消せざるには査(山査子(サンザシ))、曲(神麴(シンギク))を加う」。消化力が低下して消化が悪い時には、山査子と神麴を加えます。神麴は一種の酵素が含まれていますので、消化酵素剤になります。「渇を発せば門(麦門冬)、瑞(天花粉(テンカフン))を加う。」渇は咽の乾きです。
「心(こころ)ほれ、心(むね)踊るには酸(酸棗仁(サンソウニン))、遠(遠志(オンジ))を加う」。不安があって動悸がし、夜も眠れないような時には、酸棗仁と遠志を加えると鎮静作用があるということです。「久しき瀉には永(乾姜(カンキョウ))を炒りて加う」。下痢が長く続いているような時にはこうするとよいということです。
「遍身痛むには芸(防風)、羗(羗活(キョウカツ))を加う」。これは全身が痛い時です。「吐血には膠(阿膠(アキョウ)、〓(生地黄(ショウジオウ)、牡(牡丹皮(ボタンピ))を加う」。いずれも止血の効果があります。「自汗には芪(黄耆(オウギ))、酸(酸棗仁)を加う」。自汗とは体力が低下した時に自然に汗が漏れるので、それをとめる黄耆と、体の力を補う酸棗仁を加えるとよいということです。
次に「左の腹に血塊あらば稜(三稜(サンリョウ))、莪(莪朮(ガジュツ))、嬰(桃仁)、紅(紅花)を加う」。これは瘀血のある場合で、いずれも瘀血を除く働きがあります。「右の腹に気塊あらば蜜(木香(モッコウ))、梹(檳榔(ビンロウ))を加う」。
これは右の腹ですから、回盲部にあたるところにガスが溜まっている場合で、いずれもガスを取り除く、あるいは腸内ガスが溜まらないようにする働きがあります。
「血虚煩熱し、月水調わず、臍(臍のこと)腹脹り痛み、痰嗽潮熱するには荷(薄荷)、雷(知母(チモ))、籙(地骨皮)を加え、或いは芩(黄芩(オウゴン))を加う」。貧血があったり、体力が低下していながら体が熱苦しく、(月水は月経のこと)、月経不順になり、臍を中心にして腹が張ったり痛んだり、痰や咳が出たりして、発熱する(潮熱とは全身が熱くなる熱型)。そのような時に、薄荷、知母、地骨皮を加えます。これらはいずれも解熱作用があります。また黄芩を加えます。これも解熱消炎作用があります。
「心(むね)いきれば門(麦門冬)、羚(羚羊角(レイヨウカク))を加う」。胸いきればは息の苦しい時です。「嗽には梅(烏梅(ウバイ))、款(款冬花(カントウカ))、会(五味子)を加う」。嗽は痰咳のことで、五味子、烏梅、款冬花も鎮咳袪痰作用があります。
「産後血虚して煩熱せば芩(黄芩)を加う」。産後体力が低下して熱を出したような時には、黄芩を加えて解熱をはかります。
「婦人癲疾を患い歌唱すること時なく、垣を越え屋に上るはすなわち栄血心包絡に迷いて致すところなり。本方に嬰(桃仁)、遠(遠志)、紅(紅花)、方(蘇木(ソボク))、〓(生地黄)を加う」。癲疾とは精神分裂病などの精神病のことで、癲癇も入るかもしれませんが、その場合には精神運動発作のようなものでしょう。その症状として、歌を歌ったり垣根を乗り越えたり、屋根に上ったりというような興奮状態を呈するような時は、栄血が心包に迷っているからであるということです。これは後世方の理論で理解しにくいところですが、一種の血証であるということになります。血証とは血液に関連のあるいろいろな異常状態で、その一つが瘀血という病態になります。この時には桃仁のような瘀血を取り除く働きのある薬とか、遠志のような鎮静作用のあるもの、生地黄のように血を治める薬などを加えるとよろしいということになります。
「もし熱あらば小柴胡湯(ショウサイコトウ)を合して〓(生地黄)、辰(辰砂(シンシャ))を加う」。この場合の熱は実際の熱発をいっているものと思いますが、そのような時には小柴胡湯を合方し、さらに地黄と辰砂を加えればよいということですが、小柴胡湯だけでもよいこともありますし、逍遙散だけでも微熱程度の熱はやがて解熱するものです。
「気血両虚して汗なく、潮熱せば荷(薄荷)を加う」。「気血両虚」とは気力、体力が低下している状態です。そしてその時全身が熱くなるような熱が出た場合には、薄荷を加えるとよいということですが、現在常用しております加味逍遙散(カミショウヨウヨウサン)の処方は、この逍遙散に薄荷が入っていて、さらにあとに出てきますように、山梔子と牡丹皮が入っております。次に「子午(ねうし)の時の潮熱には芩(黄芩)、胡連(胡黄連(コオウレン))、門(麦門冬)、籙(地骨皮)、芁(秦芁(ジンギョウ))、通(木通(モクツウ))、車(車前子(シャゼンシ))、灯(灯心(トウシン))を加う」。これは時間によっての発熱に、こういうことを考えていたわけですが(子は夜の11~12時、午は昼の11~12時)、実際にはあまり応用したことはありません。
「婦人肝脾の血虚、発熱、潮熱、或いは自汗盗汗、或いは頭痛目渋り、或いは怔忡安からず、頬赤く、口乾き、或いは月経調わず、或いは肚腹痛みをなし、或いは小腹重墜し、水道渋り痛み、或いは腫れ痛んで膿を出だし、内熱して渇きをなすに煨(い)りたる生姜(火で炙った生姜)一片、荷(薄荷)少々を加えて煎じ服す」。
これは生姜を炒って使うということですが、昔はこういう使い方もあったものと思います。この部分は婦人といっていますが、男子でもあるかもしれません。肝脾の血虚で不安状態を呈して、脾の虚ですから食欲が減退したり、消化力が低下したりするような時に発熱があり、その発熱が潮熱(全身が熱くなるような熱型)の形になり、あるいは自然に汗が出たり、寝汗が出たり、あるいは頭痛、目の渋り(眼精疲労のよう治状態)、あるいは怔忡(動悸)がして気持が安静にならない、そして頬が赤く、口が乾き、あるいは月経不順でおなかが痛んだり、あるいは小腹が下に落ち込むような感じになります。「水道渋り」というのは尿の排泄が円滑にいかないことです。そして排尿痛があったりします。あるいは尿道口などが腫れ、痛んで膿を出し、内熱があるために咽の乾きも伴います。そのような時に生姜を炒り、薄荷を加えて服用します。
「本方に牡(牡丹皮)、丹(山梔子)を加えて加味逍遙散(カミショウヨウサン)と名づく」。加味逍遙散は『和剤局方』には出ておりませんが、明の頃の書物たとえば『万病回春』にこのことが書いてあります。これは「按ずるに虚労、熱嗽、汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し、体痩せ骨蒸、婦人癲狂、月経調わざるには加減を照し、間々これを治す」。「虚労」とは疲労が加わって体力が減退したような状態をいいます。このような時で、熱や咳が出て汗の出るような時によく、また男子でも体が煩熱して、痩せて、骨蒸(肺結核のように衰弱する病気)のような状態の時によいのです。また婦人で癲狂:T精神疾患)で、月経不順の時には次のように、いろいろの加減をして使うとよいということです。加減は前に出ておりましたので略します。
次に治験例が若干出ております。「十八歳の婦人が初産後一四日を過ぎた指に顔が赤く、体が発熱し、動悸がして、食事を摂らなくなり、しばらくして眠ると、急に驚感て声をあげ、両手を差し上げて擅掉(振り動かすこと)ようなことが毎夜一四、五度ばかりあり、他医は手を束ねていました。そこで本方に籙(地骨皮)、陳(陳皮(チンピ))、連(黄連)、酸(酸棗仁)を加えて与えると安静になった。その後右の手、腿がしびれ痛むので、蒼(蒼朮(ソウジュツ))、桔(桔梗(キキョウ))、(茴香(ウイキョウ))、瓜(木瓜(モッカ))、羗(羗活)、芩(黄芩)を加えて全く愈えた」という一例があります。
次には「若い婦人で体が弱く、瘧を病む時にしばしばいくつかの処方が効かないような場合に、本方に籙(地骨皮)、丹(山梔子)、牡(牡丹皮)を加えて奇効を得た」とあります。
※〓生+也
※子午(ねうし)× 子午(ねうま;しご)の間違いでは?
『勿誤薬室方函口訣(65)』 日本東洋医学会参事 広瀬 滋之
-逍遙解毒湯・逍遙散・薔薇湯・浄府散-
逍遙散
次は逍遙散です。本方は宋の『和剤局方』に出てくる処方で、日常の臨床でも比較的応用範囲の広い薬方です。構成生薬は、柴胡(サイコ)、芍薬(シャクヤク)、茯苓(ブクリョウ)、白朮(ビャクジュツ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の八味です。このうち主薬は当帰、芍薬、柴胡の三味であります。
当帰はセリ科のトウキの根を乾燥したもので、補血作用があります。血虚を治す四物湯(シモツトウ)の主薬でもあり、漢方薬の中でも重要な役割を担う生薬です。
芍薬は、シャクヤクの根を乾燥したもので、主成分はペオニフロリンで、血を補い、痛みを止める作用を有しています。芍薬と甘草が配合されて芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)、桂枝湯(ケイシトウ)、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)、四逆散(シギャクサン)など、多くの薬方があり、また当帰と芍薬の配合により補血作用が強まり、その薬方には四物湯、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などがあります。
柴胡はセリ科のミシマサイコの根で、主成分であるサイコサポニンは、抗炎症作用、抗アレルギー作用、脂質代謝作用など、近年注目されている生薬であることはご存じのごとくであります。胸脇苦満、往来寒熱を去り、「肝の病」の薬として、小柴胡湯(ショウサイコトウ)をはじめとした一連の柴胡剤の主薬であります。本方における白朮、茯苓は、駆水剤として作用しております。本方に牡丹皮(ボタンピ)、山梔子(サンシシ)を加えたものが加味逍遙散(カミショウヨウサン)で、現在ではこの薬方がむしろ多く使われる傾向にあります。
次に主治の文を読みます。「血虚労倦、五生煩熱、頭目昏重、心忪頬赤、発熱盗汗、及び血熱相搏ち、月水調わず、臍腹脹痛、寒熱虐のごとくなるを治す。柴胡、芍薬、茯苓、当帰、薄荷、白朮、甘草、生姜、右八味、あるいは麦門(バクモン)、阿膠(アキョウ)を加え、血虚発熱止まず、あるいは労嗽するものを治す。あるいは地黄(ジオウ)、莎草(シャソウ)を加え、血虚うっ塞する者を治す。一は甘草を去り、橘皮(キッピ)、牡丹(ボタン)、貝母(バイモ)、黄連(オウレン)を加え、医貫逍遙散(イカンショウヨウサン)と名づけ、一切のうっ証、瘧に似たるもの、ただしその人口苦にして清水あるいは苦水を嘔吐し、面青く脇痛み耳鳴脉濇なるを治す」とあります。
主治の文を意訳します。五臓六腑のうち肝と脾の血液が少なくなって血虚の状態が生じ、そのために肝と脾の働きが衰え、全身が疲れてきて、手掌や足の裏、胸の中がむしむしと熱っぽく、いわゆる五心煩熱の状態を呈します。頭は重く、目はぼんやりとし、胸さわぎがし、顔が紅潮し、発熱して寝汗が出、瘀血のために月経不順となり、臍のあたりや下腹部が張り痛んだりして、ちょうどマラリアのように熱くなったり寒くなったりするものを治すとあります。
ここでは後世方的な思想である五臓六腑の病理を加味しているので、逍遙散に関係する肝について説明いたします。漢方医学でいう肝は現代医学でいう肝臓以外に生殖器と泌尿器と関係が深く、経絡の関係もそこをめぐっています。また怒ったり、癇癪を起こすのも肝の作用といわれ、間脳下垂体系、自律神経系との関係も深く、また肝の症状と瘀血とも密接に関係し、老人がしばしば腎虚の状態を現わすのに対し、更年期障害を呈する年代はしばしば肝虚におちいり、瘀血の治療に当たっても肝に対する考慮が必要とされ、この逍遙散も瘀血と肝を考慮した薬方と考えられます。
本文を読みます。「此の方は小柴胡湯の変方にして、小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして医王湯(イオウトウ)よりは一層手前の場合にゆくものなり。此の方専ら婦人虚労を治すと云えども、其の実は体気甚だ強壮ならず、平生血気薄く肝火亢り、あるいは寒熱往来、あるいは頭痛口苦、あるいは頬赤寒熱瘧のごとく、ある感は月経不調にて申分たえず、あるいは小便淋瀝渋痛俗にいうせうかちの如く、一切肝火にて種々申分あるものに効あり。『内科摘要』に牡丹皮、山梔子を加うるもの肝部の虚火を鎮むる手段なり。たとえば産前後の口、赤爛す識ものに効あるは、虚火上炎を治すればなり。東郭の地黄、香附子を加うる者、此の裏にて、肝虚の症、水分の動悸甚しく、両脇拘急して思慮うっ結するものに宜し」とあります。
本文に浴って解説いたします。本方は小柴胡湯の変方といわれておりますが、黄芩、半夏のような比較的鋭い薬効の薬味を去っております。また小柴胡湯に比べれば、胸脇苦満の程度は弱く、それ故に本文では、「小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして」といっております。
「医王湯よりは一層手前の場合に行くものなり」について和田東郭は、『蕉窓方意解』の中で、「一層手前とは補中益気(ホチュウエッキ)ほどに胃中の気薄からざるをいうなり。故に方中に参(ジン)、耆(ギ)を用いず」といっております。つまり本文は、人参(ニンジン)や黄耆(オウギ)を用いなければならないほどに胃腸の働きは低下していないといっております。
本方は「婦人の虚労を治す薬方といわれているが、体質的には虚弱で、神経症状が強く、寒気がしたり、熱くなったり、また頭痛がし、口が苦く、午後になってのぼせて頬が赤くなったり、月経が不順で愁訴が多く、小便が消渇のごとく渋ったり、その他一切、肝の火により起ころものに効ある」としております。
次に虚火について説明いたします。火は本来、実邪によるものですが、虚した場合にも火の証がくるとされています。疲れた時にほてったり、のぼせたりしますが、これを虚火といいます。本方に牡丹皮、山梔子を加えたものが加味逍遙散ですが、肝の虚火を鎮める手段として使用されます。
『勿誤薬室方函口訣』では、加味逍遙散を「この方は清熱を主として上部の血症に効あり。故に逍遙散の証にして頭痛、面熱、肩背強り、鼻出血などあるものに佳なり」としております。
臨床的には加味逍遙散の方がより広く応用できるわけです。また「産前産後の口内炎や口腔内糜爛に有効であるのは、虚火を鎮めるからである」としております。「和田東郭の、本方に地黄、香附子を加えたものは、肝が虚して臍のすぐ上方の水分並に動悸がして胸脇苦満があり、くよくよと思い患っているものによろしい」としております。
細野史郎先生は、著書『漢方医学十講』の中で、逍遙散、加味逍遙散の鑑別を以下のように述べています。「牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと、下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱、すなわち泌尿器生殖器疾患、とくに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒、発熱が強く、胸脇にせまり、嘔気さえ加わるようなものは、本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子(ショウサイコトウカボタンピサンシシ)がよい。なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散(ショウサイコトウゴウトウキシャクヤクサン)に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸(ショウサイコトウゴウケイシブクリョウガン)に比するものは、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)とみてよいかと思う」と述べております。
以上より本方の適応症は、神経症に瘀血症状の加わったもの、月経不順、月経困難症で肝うつ症状を伴う時、婦人の慢性膀胱炎、肝うつ症状に伴う肩凝り、頭重、不眠症、便秘その他皮膚病など、多くの疾患があげられます。治験例については諸先輩の多くの報告がありますが、時間の関係上省略いたします。
p.49 和解の剤 結核初期、婦人血の道、月経不順
附 加味逍遙散
方名及び主治 | 四五 逍遙散(ショウヨウサン) 和剤局方 婦人諸病門 ○ 血虚労倦、五心煩熱、肢体疼痛、頭目昏重、心忪頬赤、口燥咽乾、発熱盗汗、減食嗜臥、及び血熱相搏ち、月水調わず、臍腹脹痛、寒熱虐の如くなるを治す。又室女血弱陰虚して栄衛和せず。痰嗽潮熱、肌体羸痩、漸く骨蒸と成るを治す。 加味逍遙散 逍遙散に山梔、牡丹皮各二を加う。 逍遙散の症に熱の加わるを治す。 |
処方及び薬能 | 当帰 芍薬 柴胡 白朮 茯苓各三 甘草 乾姜各一・五 メンタ葉一 柴胡、山梔、丹皮、芍薬=肝の火を瀉す。 当帰=厥陰の血を滋す。 白朮、茯苓、甘草=脾を補う。 五心とは、心窩と手足の中心部とを指す。 加味逍遙散 中国にては肝硬変症の初期まだ腹水なき場合に用いている。 |
解説及び応用 | ○此方は小柴胡湯の変方で、小柴胡湯よりは少しく虚状を帯び、柴胡姜桂湯、補中益気湯よりはやや力あるものである。婦人の虚労、結核の初期に用い、又中和の剤であるから病後の調理によく用いられる。 加味逍遙散は清熱を主とし、上部の血症に効がある。頭痛、面熱、衂血、肩背拘ばる等、上部の血熱を清解する。又婦人の肝気亢ぶり、種々と申分絶えざる神経症にも広く用いられる。 ○ 応用 ① 結核初期軽症、② 婦人神経症、気欝症、③ 月経不順、④ 慢性尿道炎、⑤ 白帯下、⑥ 婦人の皮膚病にて荏苒として瘉えざるものに四物湯と合方して用いる。⑦ 産後舌爛 ⑧ 肝硬変症の腹水なきもの |
『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
p.37
逍遥散・加味逍遥散
合方と後世方の必要性について
以上、瘀血を治す薬方の虚と実の代表として、当帰芍薬散と桂枝茯苓丸の二方についてごく簡単に触れてみた。この二つが具(そな)われば一応こと足りるのであるが、しかし実際の臨床にあたって応用するとなると、そうたやすいことではない。この二方にも、単に駆瘀血薬だけでなく、すでに述べたように気や水に作用する薬物が組み合わされているが、それは、たとえ瘀血が主たる病因となって生じた疾病でも、病変は身体の諸臓器に及ぶものであり、単に駆瘀血剤だけでなく、他の薬方との「合方(ごうほう)」が必要な場合も決して少なくないからである。
瘀血の症状群の場合に、骨盤内の内分泌系の臓器の変化により、間脳、大脳にまでその影響が及ぶことは既に述べたが、その結果、感情や自律神経の失調症状があらわれる。このような状態を漢方では「肝(かん)」の病と解してい音¥この「肝」は生殖器や泌尿器と関係が深く、肝経は陰器をまとい、生殖器に影響を及ぼすと言われる。そして、瘀血の主な徴候である左下腹部の抵抗と圧痛は、右の季肋部の圧痛・抵抗(胸脇苦満(きょうきょうくまん))(第三講で詳述)と関連のあることが多い。また更年期障害を呈する年代はしばしば「肝虚」に陥るものである。つまり瘀血の治療にあたっては「肝」に対する考慮を忘れてはならないのである。
したがって桂枝茯苓丸なり当帰芍薬散なりを病人に用いる場合に、実際において、肝の治療薬である柴胡剤(さいこざい)を合方しなければならないことが多い。たとえば小柴胡湯(しょうさいことう)(第三講で詳述)は「熱入血室」の治療薬であり、広い意味での駆瘀血剤とも言えるのであるが、小柴胡湯の合方では実証に過ぎて、ぴたりとゆかぬことが多い。
〔註記〕 「熱入血室」の『傷寒論』条文
「婦人中風七八日。続得寒熱。発作有時。経水適断者。此為熱入血室。其血必結。故使如瘧状。発作有時。小柴胡湯主之。」〔太陽病下篇〕
(婦人中風七八日、続(つづ)いて寒熱(かんねつ)を得(え)、発作(ほっさ)時あり、経水(けいすい)適(たまたま)断(た)つ者は、これ熱血室(ねっけつしつ)に入るとなすなり。其の血必ず結(けっ)す。故に瘧(ぎゃく)状の如く、発作時(とき)あらしむ。小柴胡湯之(これ)を主(つかさど)る。)
すなわち、古方の薬方は簡潔で、効果もはっきりするが、その合方をもってしてもなお現実にぴったりしないことがある。この場合に後世方(ごせいほう)の薬方がわれわれの要求を充たしてくれることが多い。
そこで、後世方の薬方である『和剤局方(わざいきょくほう)』の逍遙散(しょうようさん)を引用し、述べてみたいと思うわけである。
逍遙散(しょうようさん)
〔和剤局方〕 | 〔細野常用一回量〕 | ||
当帰(とうき) | Angelicae Radix | 一両、苗を去り、剉む、微しく炒る | 3.0g |
芍薬(しゃくやく) | Paeoniae Radix | 一両、白煮 | 3.0g |
白朮(びやくじゅつ) | Atractylodis Rhizoma | 一両 | 2.0g |
茯苓(ぶくりょう) | Hoelen | 一両、皮を去り、白煮 | 4.3g |
柴胡(さいこ) | Bupleuri Radix | 苗を去る | 1.7g |
甘草(かんぞう) | Glycyrrhizae Radix | 半両、炙って微しく赤くす | 0.3g |
薄荷(はっか) | Menthae Radix | 0.8g | |
生姜(しょうきょう) | Zingiberis Rhizoma | 0.8g |
右為麄末。毎服貳銭。水壹大盞。煨生薑壹塊。切破。薄荷少許。同煎。至柒分。去滓。熱服。不拘時候。(右麄末(そまつ)と為し、毎服(まいふく)貳銭(にせん)、水壹大盞(みずいちだいせん)、煨みたる生薑(しょうきょう)壹塊(ひとかたまり)、切(き)り破(さ)いて、薄荷(はっか)を少し入れ、同じく煎(せん)じて柒分(しちぶ)に至り、滓(かす)を去り、熱服(ねっぷく)すること時候(じこう)に拘(かかわ)らず。)
*
構成薬味のうち当帰・芍薬・白朮・茯苓については既に述べた。柴胡については第三講(小柴胡湯の項)で、甘草・生姜については第二講(桂枝湯の項)で詳述することにする。
*
その主治は次の如く説かれている。
「治。血虚労倦。五心煩熱。肢体疼痛。頭目昏重。心忪頬赤。口燥咽乾。発熱盗汗。減食嗜臥及血熱相搏。月水不調。臍腹脹痛。寒熱如虐。又治。室女血弱。陰虚。栄衛不和。痰嗽潮熱。肌体羸痩。漸成骨蒸。」(血虚労倦(ろうけん)、五心煩熱(はんねつ)、肢体疼痛(とうつう)、頭目昏重(づもくこんじゅう)、心忪(しんしょう)頬赤、口燥咽乾(こうそういんかん)、発熱盗汗(とうかん)、減食嗜臥(しが)及(およ)び血熱相搏(あいう)ち、月水不調、臍腹脹痛、寒熱瘧(ぎゃく)の如くなるを治す。また室女血弱、陰虚して栄衛(えいえ)和(わ)せず、痰嗽(たんそう)潮熱、肌体羸痩(きたいるいそう)し、漸(ようや)く骨蒸(こつじょう)となるを治(ち)す。)
右の主治の文を『万病回春(まんびょうかいしゅん)』や『医方集解(いほうしゅうかい)』『衆方規矩(しゅうほうきく)』などの書物を参考に意訳してみると、これは後世方的な思想である臓腑論(ぞうふろん)の病理を加味して説明しているものと考えられる。
すなわち、「五臓六腑(ごぞうろっぷ)のなかの“肝”と“脾”の血虚(けっきょ)(これらの臓器を循行する血液が少なく、ためにそれらの臓の機能が不活発となる)があり、肝と脾の働きが完遂できず、疲れてきて、手掌、足の裏、それに胸の内がむしむしとして熱っぽくほめき(五心煩熱)、身体や手足が痛み、頭は重くはっきりせず、眼はぼんやりとして、胸がさわぎ、頬は紅潮し、口中が燥(かわ)き、身体がほてって盗汗(ねあせ)が出て、食欲も減じ、すぐ横になって休みたがる、などという容態のものや、瘀血のために月経不順があり、臍のあたりや下腹が張り、痛んだり、ちょうどマラリヤででもあるかのように熱くなったり寒くなったりするようなもの、また室女(未婚の若い女性)で、身体が虚弱で、貧血性で、身心の調和もできかね、咳や痰が出て、ときどき全身手足のすみずみまで、しっとりと汗ばむように熱くなり(潮熱)、あたかも肺結核を患(わずら)っているかのように漸次痩(や)せてくるというようなものを治す」と言うのである。
このような症状は、小柴胡湯(しょうさいことう)というよりも、むしろ補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を用いる場合に近いもので、逍遙散はこの両者の中間に位(くらい)するものと考えられるが、ことに婦人の気鬱(きうつ)、血の道症(第四講、柴胡桂枝湯の項参照)、婦人科疾患から起こったと思える諸種の病症に多く用いられる。また昔、肺尖カタルと呼ばれた状態で、ごく早期で進行性の病状でないものに用いられる機会もある。だから昔は、婦人の病には必ず本方を用いて効果をおさめたものであると言い伝えられている。
なお浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』に説くとおり、本方は小柴胡湯の変方とも考えられるが、当帰、芍薬、白朮、茯苓と組まれているところは、さらに当帰芍薬散を合方した意味合いもある。しかもこれは、小柴胡湯より黄芩(おうごん)、半夏(はんげ)のような比較的鋭(するど)い薬効と薬味を去り、人参(にんじん)、大棗(たいそう)のような小柴胡湯証で咳のひどいときに用いにくいものも入っていない。したがって本方は、小柴胡湯ではかえって咳嗽が増悪するおそれのやるような場合に用いられるし、また小柴胡湯よりもっと虚証のものに用い得る。殊に大切なことは、本方が当帰芍薬散から川芎(せんきゅう)のような作用の鋭い薬味を除き、他の駆瘀血薬を含むことで、身心が衰え、ノイローゼ気味で神経質な訴えの多いものに用い現れる理由である。また小柴胡湯に比すれば、胸脇苦満(きょうきょうくまん)の症状は弱く、心身が疲れやすい虚弱な人に用いられる。
そこで本方は、昔から、小柴胡湯と同様に、「和剤」と言われ、病気の大勢はおさまったが、さてそれからぐずついて、なかなかうまく治り切らないという場合に、「調理の剤」という意味で用いたり、また補剤、瀉剤を誤って用い過ぎたりしたときにも応用してよいものである。地黄(ぢおう)を用いたが胃にもたれた、下痢をして調子が悪いというようなものにもまたよく用いられる(地黄は滋潤の力は強いが、胃の悪い人、胃の弱い人には、もたれることが多い。この場動:乾地黄を用いると、熟地黄より、そのもたれは少ない)。小柴胡湯の虚証といっても、人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)を含む補中益気湯を用いるほどの虚証ではない。
すてに述べたように、本方は婦人の薬方とも考えられていたくらいで、平素より神経質な虚弱な体質の人で、内分泌系の不調和や自律神経系の不安定状態にあり、世に言うところの血の道症の場合に用いられるのである。
その症状は、常に頭が重く、眩暈(げんうん)(めまい)があったり、よく眠れなかったり、手足社冷あつ、非常にだるい、月経の異常がある。また寒(さむ)けがしたり、熱くなったり、殊に午後になるとのぼせて顔、殊に頬が紅くなってくるような症状もあり、背中がむしむしとして熱感を覚(おぼ)えると訴えることもある。
このような症状群は、当帰芍薬散や桂枝茯苓丸の適応を思わせるところもあるが、神経質な症状を治す点では、本方が遙かによく奏効する。
また、当帰芍薬散を用いて胸がつかえ、その他いろいろ副作用の起こってくる場合に、本方または本方に山梔子(さんしし)を加えると胃にもたれることが少なく、用いやすいものである。大塚敬節先生は「胃潰瘍などの胃病患者で、心下部がつかえて胃痛のあるときなどに、山梔子・甘草の二味を用いて良い効果がある」と言われたことがあるが、先生は山梔子を上手に使っておられた。
加味逍遥散(かみしょうようさん)
逍遥散に牡丹皮(ぼたんぴ)と山梔子(さんしし)の二味を加えたもの(山梔子については第十講参照)
本方は「腎の潜伏している虚火(きょか)を治す」といって清熱(せいねつ)(熱をさます)の意味がある。ただし本方は虚弱な患者に用いることが多く、虚火をさますのであるから、瀉剤である牡丹皮に注意して、前述(29頁)のように三段炙(あぶ)りを用いるのである。
〔註〕 虚火について
火は本来、実邪によるものであるが、虚した場合にも火の症がくる。すなわち疲れたときに、ほてったり、のぼせて熱くなったりするのがそれで、これを虚火という。ことに「腎」は水と火を有するが、腎水が虚して燥(かわ)くと、腎の火(命門(めいもん)の火)が燃え上がって、臍のところに動悸がしたり、のぼせたりする。これを「腎の虚火が炎上する」と言う。肺結核の熱などもこれに属し、腎の虚火によるものである。
*
以上の応用目標に次いで、本方の適応症を疾患別に要約しておこう。
適応症
〔1〕 ノイローゼ、憂鬱症で、前述のような瘀血症状の加わったもの。
浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』によると、「・・・・・・東郭(和田東郭を指す)の地黄・香附子を加うるものは、この裏にて剣2の症、水分(すいふん)の動悸甚だしく、両脇拘急して思慮鬱結(うっけつ)(くよくよ思いわずらう)する者に宜(よろ)し。」とあり、百々漢陰(どどかんいん)の『漢陰臆乗(かんいんおくじょう)』によると、「・・・・・・また婦人の性質肝気たかぶりやすく、性情嫉妬深く、ややもすれば火気逆衝して面赤く眦(まなじり)つり、発狂でもしようという症(ヒステリー症)にもよし、また転じて男子に用いてもよし円:その症は平生世に言う肝積(かんしゃく)もちにて、ややもすれば事にふれて怒り易く、怒火衝逆(のぼせ上って)、嘔血(おうけつ)、衂血(じくけつ)(鼻血)を見るし、月に三、四度にも及ぶというようなる者には、此方を用いて至って宜(よろ)し。」とある。
また気鬱から起こる鳩尾(きゅうび)(みずおち)あたりの痛みや、乳の痛みなどを訴えるものに気剤である正気(しょうき)天香湯などがいくような場合に用いることもある。
〔2〕 月経不順、月経困難症
それが肝鬱症を伴うときに特効がある。北尾春甫は「婦人の虚証の帯下、諸治無効のものに、異功散(いこうさん)を合してよし」と言う。
〔3〕 肺結核
むかし肺尖カタルと言われたごく初期の症状で、進行性でなく、軽症のものに用いる機会がある。月経不順、午後の発熱、のぼせ感、頬の紅潮等が目標となる。
〔4〕 婦人の肥満症(内分泌障害性のもの)に川芎・香附子を入れて用い、数週間に一〇kg前後も減じたことがあるが、多くは長く続服する必要がある。
〔5〕 婦人の慢性膀胱炎に用いることもある。
〔6〕 産前後の人の口舌糜爛(びらん)などに、血熱(けつねつ)と見て、本方に牡丹皮・山梔子を加えて用いるとよい。
〔7〕 皮膚病で諸薬の応じないものに奇効のあることがある。婦人、ことに肝鬱症を伴ったときに、多く効果がある。更年期で春秋の季節の変り目に、頸部、顔面にできる痒(かゆ)い湿疹に効き、ニキビによいことがある。疥癬のようなものには加味逍遙散合四物湯で特効のあることが多い、と『方函』に書かれている。また加味逍遙散加荊芥地骨皮にて鵞掌風(がしょうふう)(婦人科疾患と関係ある手掌角化症)を治すのに用いる。
〔8〕 肝鬱症に伴う肩こり、頭重、不眠症、便秘(虚秘といわれる軽症のもの)などにも甚だよいとされている。
逍遙散・加味逍遙散の治験例
〔1〕 女子、二十九歳
長身で痩(や)せぎす、皮膚の色が悪く、艶(つや)もなく、顔は蒼白(あおじろ)く、額(ひたい)には青筋(あおすじ)が見える。見るからに神経質そうな人で、内気で言葉つきはおとなしく、ゆっくりだが、自分の気持ははっきりと言う。
以前より脱肛があり、子宮後屈症であるが、妊娠しやすい。本年度初めより早産や人工流産をした。
本年九月十九日初診であるが、「昨年四月二十八日、急に左の頸部リンパ節炎に罹り、三八・五度の熱を出した。手術により、四日間ほどのうちに次第に熱は下がった。ところが念のためにと抗生物質を注射をされたが四〇度の熱が出た。これを中止して三八度まで下がったが、その後三七・五~三八度の熱がまる一年つづき、本年五、六月頃から三七・三度くらいになって今日に至っている。」という。
その他の患者の苦痛は大したことはないが、疲れやすく、眠られぬ夜が多い。常に頭が重く、ときに頭痛がし、肩が凝ったりする。手足は冷たく、また冷えやすく、冷えると必ずのぼせがして顔が赤くなる。以前はよく動悸がしたが、最近はそれほどではなく、ときどきちょっとしたはずみにある。またフラッとすることもある。月経は順調で一週間つづく。食欲はよくない。便通は一日一行。
以上であるが、「三七・五度前後の熱をとって欲しい」というのが主訴である。
本人は、内臓下垂を伴い、易疲労性と自律神経失調症状が目立っている。
脈は沈小弦(ちんしょうげん)、按じて弱く、疲労時に現われる労倦(ろうけん)の脈状である。
舌はよく湿(しめ)り、うすく白苔がある。
胸部では、右側鎖骨下部と、これに対応した右側上背部に無響性(結核性のものは有響性)の小水泡性ラ音を聴き、この部の撮診(さっしん)が少しく陽性。また両側僧帽筋上縁から項部にかけて筋肉の緊張が強い。
腹部は全般に軟(やわ)らかく、特に膝(ひざ)の上下の部は力が抜けている。心下部は部厚く感じ、按圧すると腹内に向かって少し抵抗感(軽度の痞鞕(ひこう))があり、臍上部辺で動悸を触れるが、本人は自覚しない。
レ線による所見は、右上肺野に弱い浸潤陰影があり、赤沈は平均一一・五mmである。
以上の所見により、加味逍遙散を与えた。服薬後好転し、眠りも腹の工合も良くなり、一年余も続いた熱も二週間続服した頃から平熱とたり、ラ音も消失した。三~四ヵ月も続服するうちにまるまると太ってきた。
これは服薬後功みやかに好転し、見事に著効を示した例である。
〔2〕 女子、三十三歳
本年十一月初診。昨年二月頃ひどい坐骨星庫矢に罹り、全く動けなかったが:諸治無効の状態のまま半ヵ年を経過した。それでも九月頃からは、何が効いたともなく少しずつ動けるようになった。しかしまだすっきりせず、注射、超短波治療などを続けている。
既往症としては、娘時代からたいへんな冷え症で、腰以下が冷え、ことに膝から下が激しい。ときどき水の中に浸っているかのように冷え切ることさえある。また毎月、半月間ほど月経のために苦しむが、ことに始まる十日間くらい前から気分が重く、イライラして怒りっぽく、知覚過敏となり、のほせたり、肩が凝ったり、頭痛、筋肉痛が起こり、胃腸の調子も悪くなったりする。睡眠も妨げられがちで、夜中に気が滅入ることが多い。月経は七日間、量はごく少なく、痛みを伴う。毎月ある持台、この人は月の半分以上も種々の苦痛があり、月経のために振り回されながら不愉回に生きていると自らも言っているか台、適切な表現である。
また「生来胃弱で、胃アトニー、内臓下垂があり、胃重感、胸やけ、ゲップなどの苦痛がある時期もある。食欲はあり、肉や甘いものが好きだが、といどきちょっとした食べ過ぎで前記のような胃の症状が起こりやすい。便秘しがちで、小便は多いほうである」と言う。
病人は三十三歳の至極神経質なインテリタイプである。二人の子供があり、頭の使い方も言葉つきもテキパキしていて、すらっと細く、肉づきは中くらい、二年前から八kgほど痩せたそうである。
脈は沈小緊(ちんしょうきん)。右尺脈は特に弱い(腎虚)。
舌は普通以上に大きいが、厚みはうすい。色はやや貧血性で少し黒味を帯びている。舌縁には歯形(はがた)が深く刻まれ、よく湿っている。舌苔はない。
さらに特別な所見としては、爪床の色に瘀(お)血色があり、歯齦が赤黒く、皮膚も顔もいったいに普通の色合いの中に変な煤(すす)けたような色調がある。ことに眼の周囲では黒味が強い、眼瞼の下にはやや浮腫があり、手は冷たく、平常はひどく湿潤している。
腹部は全般に軟らかいが、右側に僅微な肋弓下部の抵抗があることと、胃の振水音、レ線所見などから胃アトニー、内臓下垂症のあることが明らかである。
なお左側下腹の深部に小児手掌大の強い圧痛のある場所があり、さらに臍の左下部、右大巨(たいこ)の穴(つぼ)のあたりに、ときに触知できるやや長形で鳩卵大くらいの境不明の抵抗が悪る。昔の医者が「疝(せん)」の他覚的所見と言っていたものである。
以上のことから、生まれつき弱く、神経質で、内分泌系の機能上の平衡失調が病因だと思える。しかし漢方的には陰虚証の瘀血(おけつ)、水毒があり、また少陽病証の胸脇苦満も僅かにある。
こんなことから当帰芍薬散合苓姜朮甘湯加柴胡黄芩から出発した。もちろんこれで甚だ良好ではあったが、いろいろ苦心して当帰建中湯合小柴胡湯加香附子蘇葉や十全大補湯加附子合半夏厚朴湯などでも全般的に言って好調とはなった。しかし、どうしても今一歩というところで、「月経に振り回される人生」から抜け切れるというところまでは行かなかった。
このような調子で約五ヵ年を経過してしまった。ちょうど九月中頃のこと、或る機会に肝腎虚の脈状や症状のあること、ごく僅かながら胸脇苦満のあること、つつしみ深い人であるのに、ややもするとヒステリー状になり、子供を叱りつけることもあるなど、あまりにも『局方』の逍遙散の主治に合致することの多いのに気が付いた。
そこで逍遙散を試みたところ、日ましに調子よくなり、ついに今一歩の苦しみからもほとんど解放されるようになった。このような調子で、その後数ヵ月のあいだ快適な生月を送り、なお加療を続けている。
〔3〕 女子顔面黒皮症、三十三歳
本年十一月一日初診であるが、真黒い顔をした痩せた人で、いかにも恥しそうに、おずおずと、聴き取りにくいほどの低い声で訴えて来た。
五年前、お産をして間もなく、右の頬に肝斑(かんぱん)(直径二~三cmほどもある斑)がてきたが、ホルモンやビタミンCの注射などを受け、半年くらいで治った。ところが去年の秋ぐち、顔が一面に痒くなったので皮膚科を訪れると、ビタミンB2の不足のためだと言われ、その治療を受けた。そのうちに顔全体が次 第に赤くなり、それがひどくなって、ついに黒く変色してきた。その後、黒味は幾分うすらいだが、この夏ごろからまた赤くなってきた。
現在は或る病院の皮膚科に転じ、女子自面黒皮症と言われ、ビタミンB2とCの注射をしてもらっている。今のところ痒くはないが、顔の皮膚がガサガサして、ときどきのぼせて顔がカッとなり、ことに温まるとひどくなる、とのこと。
なお、手足の冷えがあることと便秘気味のほかに苦痛はなく、食欲はあり、よく眠れるという。
顔は両眉以下全面が赤黒い面でも被ったようで、その他の部分から際立っている。その赤黒い部分の皮膚は、全体に小さいブツブツが湿疹のようにあり、ことに左の頬から口角を回って口の下の部分一体にひどくなっている。
脈は小弦弱。少しく数である。
舌は、苔はなく赤味が強い。よく湿っている。
腹は胸脇苦満がかなりある。右腹直筋が肋骨弓から臍のあたりまで攣急している。左側下腹の深部にほぼ直径五cmくらいの、かなり強い圧痛のある部分がある。
以上の所見から、小柴胡湯合当帰芍薬散料加荊芥連翹玄参を用いてみた。
一週間後、顔の様子は好転し、のぼせも消失、腹候は改善され、腹直筋攣急は消失し、胸脇苦満も右下腹部の圧痛も軽度になっていた。このようにして数週間が過ぎ、顔の赤みは消え、黒味もややうすらいでいた。
ところが十二月六日のことである。カゼをひいてから一週間ほど休薬しているうちに、また顔が痒くなり、荒れはじめ、手足も冷たく感じるようになったと、いかにも残念そうに話した。
私もひどく心を動かされて、よせばよいのに、首より上の悪瘡に用いる後世方の清上防風湯に転じた。これで一時的に好転したようだったが、皮膚病の治療の場合の通有性(どんな転方でも、その直後、必ず一時的に奏効するケースがある)で、後はかえって悪くなった。
十二月二十三日来院したとき、やさしく容態を問うと、心の中のイライラを剥き出しに近頃の夫の過酷な仕打ちを訴え、シクシクと泣きながら、最近は気分が非常に憂鬱になり耐えがたいものがあると言う。
月経の異常はないが腹候が初診のときと全く同じに悪くなっていた。
そ こで、『和剤局方』の逍遥散だと考え、浅田の『方函口訣』の加味にならって、四物湯を合方し、さらに香附子、地骨皮、荊芥を加えて与えた。こんどはたいへ んよく効き、数週間を経て、顔面、腹候とも漸次改善され、心も平静となり、一時は死を考えたほどの苦しみも日増しにうすらいで、希望が湧いてきたと喜ばれ た。
〔付〕 逍遥散・加味逍遥散の鑑別
以上で逍遥散および加味逍遥散の応用について、その大体を述べ たが、両者の鑑別を簡単に言うと、牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血(鼻血)などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱すなわち泌尿器生 殖器疾患、ことに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒発熱つよく、胸脇に迫り、嘔気さえ加わるようなものは本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子がよい。
なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸に比するものは柴胡桂枝湯とみてよいかと思う(柴胡桂枝湯については第四講で述べる)。
頭註
○合方(ごうほう)-二つ以上の薬方を組み合わせて一方とすることをいう。この場合、重複する薬味はその量の多い方をとるのを原則とする。但し水の量は増量しない。
○肝- 漢方医学の肝は、現今の肝臓のみではない。肝は血を蔵すと言い、またその経絡は陰器をまと感、生殖器系、内分泌系等に関係すると同時に将軍の官と言い、気 力は肝の力により生じ、怒ったり、癇癪を起こしたりするのも肝の作用だと言われる。つまり下垂体間脳の作用を多分に含むものである。
老人はしばしば「腎虚」になるが、腎虚に至るまでの更年期・初老期には「肝虚」を呈しやすい。
○熱入血室(熱血室ニ入ル)-血室を子宮と解したり、血管系統を指すと考えたり、いろいろな解釈があるが、『傷寒論」の小柴胡湯の条文に出てくるこの血室は「肝」と解すべきであろう。
○中風-急性熱病の軽症のもので、感冒の如きもの。(81頁註詳述)
○寒熱-ここでは悪寒と発熱を言う。
○瘧(ぎゃく)-マラリアの如き熱病。
○『和剤局方』- 宋の神宗の時、天下の名医に詔して多くの秘方を進上させ、大医局で薬を作らせたが、徽宗の代になって、その時の局方書を陳師文等に命じて校訂編纂させたの が『和剤局方』五巻である。この書はまず病症をあげて、それに用いる薬方と応用目標を示してあるので、頗る便利であり、広く世に用いられ、日本の医家にも 利用された。現代日本の「薬局方」の名称もこれからとったものという。
○心忪-驚き胸さわぎする。
○血熱-月経不順、吐血、鼻出血、血便、血尿、発疹など血の症状と熱が相伴ったもの。
○骨蒸-体の奥の方から蒸されるように熱が出ることで、盗汗が出るのを常とする。
○『万病回春』(全八巻)-明の龔廷賢の著(五八七)。金元医学の延長線上に編集された臨床医学の名著。基礎論から各論に亘り、治方を論じたもの。
○『医方集解』-清代の汪昂によって著された(一六八二年)名著。主要処方九九一方(正方三八五・付法五一六)を取上げて類別し、詳しく注釈したもの。常用の方ほぼ備わるものとして広く流布した。同じく汪昂には『本草備要』その他の著がある。
○『衆方規矩』-曲直瀬道三(一五〇七~一五九四)によって書かれ、その子玄朔によって増補された処方解説の名著。後世方を主として常用する重要処方を集録し、それぞれの運用法を詳述したもので、江戸時代には広く医家に利用された。(道三については167頁に詳註)
○補中益気湯(弁惑論)
人参・白朮・黄耆・当帰・陳皮・大棗・柴胡・甘草・乾生姜・升麻
小柴胡湯の虚証に用いられ脾胃の機能が衰えたため、食欲不振、手足や目をあけていられないようなだるさを訴える者に用いる。
○浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』- 宗伯(一八一五~一八九四)は幕末から明治前半まで活躍した近世日本漢方を総括した最後の漢方医。学・術ともに秀で政治的手腕もあり、多くの門人を育て、 多数の著作を残した。初め古方中心であったがのち後世方をも包含して浅田流と称せられ、縦横に薬方を駆使するに至った。その代表的薬方を網羅したものが 『勿誤薬室方函』て、それを臨床的に解説したものが『同口訣』である。
○和剤-汗・吐・下の法を禁忌とする場合の治療薬方。小柴胡湯は三禁湯と言い、これら汗・吐・下の法を禁忌とする場合に和して治す和剤の代表である。
○調理の剤-病気治療の仕上げのための養生を「調理」と言い、そのときに与える薬方。古方ではそういう場合、調理の剤として柴胡桂枝乾姜湯、後世方では補中益気湯などがある。
○命門の火- 前漢時代の古典である『難経』(三十六難)には、腎には二葉があり、腎が左に命門が右にあって、腎は陰をつかさどり水に属し、命門は陽をつかさどり火に属 すとされている。現代の漢方で言う腎はこれら両者を包含したものを指す。○経穴の「命門」は督脈に属し、第二、三腰椎棘突起間にある。
○和田東郭(一 七四四~一八〇三)-初め竹生節斎、戸田旭山について後世方を学び、のち吉益東洞の門に入ったが、東洞流とは別に一家をなした。大きくは折衷派の中に数え られるが考証派の弊に陥らず、臨床に主力を注ぎ、名医のほまれが高かった。彼の医学は誠を尽し、中庸を尊び、簡約を宗とする実践的医学であったことは、そ の著作-『導水瑣言』『蕉窓雑話』等によっても知ることができる。『傷寒論正文解』もむつかしい考証などは一切省略して臨床家の立場であっさり解説してい る。
○水分(すいふん)-経穴の名。腹部正中線上、臍のすぐ上方に位する。
○百々漢陰(一七七三~一八三九)-京都の人。皆川湛園の門に学び後一家を成す。瘟疫論に詳しく、『校訂瘟疫論」をはじめ『医粋類纂』など多くの著作があるが、『漢陰臆乗』は疾患別に治療を述べ、薬方の解説がしてある。
○正気天香湯(医学入門)
香附子・陳皮・烏薬・蘇葉・乾姜・甘草
○北尾春甫-大垣の人、京都で開業、脈診に秀で、後世派の大家と中川修亭に推賞された。『桑韓医談』(一七一三)『察病精義論』『提耳談』「当荘庵家方口解』などの著がある。
○異功散(局方)
人参・白朮・茯苓・甘草・橘皮・大棗、生姜の七味(四君子湯に橘皮を加えたもの)。
○血熱-熱の一種で、熱の症状と血の異常を起こしてくる。
○『方函』-浅田宗伯の『勿誤薬室方函』を指す。
○ラ音-ラッセル音の略。聴診器で胸部または背部における呼吸音を聴くとき、正常の肺胞音と異なる異常な雑音をいう。
○撮診→第三講詳述。
○腎虚(じんきょ)-「腎」の生理機能が衰えた状態。一般には、目まい、耳鳴、腰や膝のだる痛さ、性機能の減退、脱毛、歯のゆるみなどの症状を来たす。
○大巨(たいこ)-臍と恥骨結合上縁との間を結ぶ線の上から五分の二の点から左右に水平に約四センチ外方にある経穴(ツボ)。
○疝(せん)-腹部・腰部・陰部などに激痛を起こす病。
○肝腎虚-「肝」と「腎」の生理機能が衰えた状態を指すが、実際の臨床では、或る種の高血圧症、神経症、月経困難症などの疾患に見られ、めまい、耳鳴、頭痛などを来たす。
○肝斑(かんぱん)-頬に比較的境界の明瞭な黒褐色の色素沈着を生ずるもの、中年以後の女性に多い。
○清上防風湯(回春)
防風・荊芥・連翹・山梔子・黄連・黄芩・薄荷・川芎・白芷・桔梗・枳殻・甘草
○四物湯(局方)
当帰・芍薬・川芎・地黄
金匱要略の芎帰膠艾湯から阿膠・艾葉・甘草を除いたもので、補血薬(当帰・芍薬・地黄)と活血薬(川芎)から成り、血虚の状態に使われる代表方剤である。
○清熱-清はさますの意。
○湿熱-湿と熱とが結合した病邪をいう。そのほか尿利の減少を伴う熱を後世派では湿熱と称し、また湿邪に関係ある熱、たとえば黄疸、リウマチなどを湿熱という場合もある。
山梔子(さんしし)
ア カネ科(Rubiaceae)のクチナシGardenia jasminoides ELLIS. またはその同属植物の果実を用いる。イリドイド配糖体のgeniposide,gardenosideなどやカロチノイド色素(黄色色素)のクロチン、そ の他β-sitosterol, mannitol などを含む。
山梔子の薬能は、『本草備要』に「心肺の邪熱を瀉し、之をして屈曲下降 せしめ、小便より出す。而して三焦の鬱火以って解し、熱厥心痛以って平らぎ、吐衂・血淋・血痢の病、以て息む。」とあり、一般には、消炎、止血、利胆、解 熱、鎮静などの働きがあり、特に虚煩を治すとともに、吐血、血尿、黄疸などに応用する。
薬理実験では、geniposideのアグリコンで あるgenipinに、胆汁分泌促進、胃液分泌抑制、鎮痛などの作用が認められるほか、クロチンのアグリコンのクロセチンに実験的動脈硬化の予防作用が認 められる。このように、利胆作用については一定の証明がなせれているが、その他の消炎や鎮静などといった作用を裏づけるには不充分で、今後大いに実験を進 めていかなければならない薬物である。
『新版 衆方規矩』 曲直瀬道三著 池尻 勝編 燎原刊
p.81
労嗽門
逍遙散
肝脾の血虚労倦し五心煩熱し肢体痛み頭目昏重し心忪(ムナサワジ)し頬赤く咽乾き発熱し盗汗し食を減じて臥すことを嗜みて寒熱虐の如くなるを治し,陰虚労嗽肌躰羸痩して漸く骨蒸となるを治す。
当帰,芍薬,茯苓,白朮,柴胡各3,甘草1.5
右生姜を入れて煎じ服す。
○五心煩熱せば麦門冬,地骨皮を加う。
○経閉には桃仁,紅花を加う。
○腹痛むには延胡索を加う。
○胸熱せば黄連,山梔子を加う。
○気惱し胸痞悶せば枳実,青皮,香附子を加う。
○手振(フル)うには防風,荊芥,薄荷を加う。
○咳嗽には五味子,紫菀を加う。
○痰を吐くには五味子,貝母,栝楼仁を加う。
○飲食消せざるには山楂氏,神曲を加う。
○渇を発せば麦門冬,天花粉を加う。
○心(ココロ)ほれ心(ムネ)おどるには酸棗仁,遠志を加う。
○久しき瀉には干姜を炒りて加う。
○遍身痛むには防風,羗活を加う。
○吐血には阿膠,生地黄,牡丹皮を加う。
○自汗には黄耆,酸棗仁を加う。
○左の腹に血塊あらば三稜,莪朮,桃仁,紅花を加う。
○右の腹に気塊あらば木香,檳榔子を加う。
○血虚煩熱し月水調わず臍腹脹痛し痰嗽潮熱するには薄荷,地母,地骨皮を加え或は黄芩を加う。
○心(ムネ)いきれば麦門冬,羚羊角を加う。
○嗽には烏梅,款冬花,五味子を加う。
○産後血虚して煩熱せば黄芩を加う。
○婦人癲疾を患い歌唱すること時なく垣を踰え屋に上るはすなわち営血心包絡に迷うて致す処なり。本方に桃仁,遠志,紅花,蘇木,生地黄を加う。
○もし熱あらば小柴胡湯を合して生地黄,辰砂を加う。
○気血両虚して汗なく潮熱せば薄荷を加う。
○子午の時の潮熱には黄芩,胡黄連,麦門冬,地骨皮,秦艽,木通,車前子,灯心草を加う。
○婦人肝脾の血虚発熱潮熱或は自汗盗汗或は頭痛目渋り或は征忡安からず頬赤く口乾き或は月経調わず或は肚腹痛みをなし或は小腹重墜し水道しぶり痛み或は腫れ痛んで膿を出し内熱して渇きをなすに煨したる生姜一片薄荷少し加え煎じ服す。
○本方に牡丹皮,山梔子を加えて加味逍遙散と名づく。
按ずるに虚労熱嗽汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し体痩せ骨蒸,婦人癲狂月経調わざるには加減を照し間間これを治す。
○十八才の婦初産に二七夜を過ぎて後,面赤く肌躰発熱心(ムネ)おどり不食し頃(シバ)らくして睡り俄かに驚き声ふるい両の手を差し上げ擅掉(ふるう)すること毎夜十四五度ばかりなり。他医手を束ぬ。これによって本方に地骨皮,陳皮,酒黄連,酸棗仁を加えて安し。その後右の手腿しびれ痛む。蒼朮,桔梗,烏薬,木瓜,羗活,黄芩を加えて全く愈たり。
○壮婦怯弱にして瘧を病む。間日に発す。数方応ぜず。これによって詳らかに問えば久しく月信来らずして盗汗ありと云う。故に地骨皮,山梔子,牡丹皮を加えて奇妙を得たり。
○産後寒来往来するにこの方を用いて応ぜざる時は四君子湯を与えて間間奇効を得たり。まことに陽生ずる時は陰長ずと云う。これなり。
※秦艽 秦芁
『衆方規矩解説(24)』 日本漢方医学研究所所長 山田 光胤 先生
労嗽門(一)
本日と次回で労嗽門の解説をいたします。「労嗽」とは体力が低下したり、疲労、衰弱の状態にあって、咳が出るような場合のことをいいま功。
■逍遙散
最初は逍遙散(ショウヨウサン)です。逍遙散は『和剤局方』の処方で、『和剤局方』は宋の時代にできた書物です。
「肝脾の血虚労倦し、五心煩熱し、肢体の痛み頭目昏重し、心忪(むねさわ)ぎ、頬あかく咽乾き、発熱し、盗汗し、食を減じ、臥すことを嗜みて、寒熱瘧の如くなるを治し、陰虚、労嗽、肌体羸痩して漸く骨蒸となるを治す」と書いてあります。
「肝脾の血虚」というのは後世方の理論で、肝の系統と脾の系統の病態に逍遙散を使うということですが、肝の系統には心身症のような精神神経症状を伴います。脾の症状にも似たようなことがありますが、主として消化力の低下をいいます。「血虚」は体力の低下と考えればよく、その中には場合によっては貧血が加わることもあります。「労嗽」は体が疲れて倦怠することで、「五心煩熱」は全身の煩熱状態のことです。「五心」とは手足と首で、「煩熱」とは体が痛んだりして熱苦しいことです。「頭目昏重」は目が廻ったり、頭が重く、「心忪ぎ」は動悸で、その場合に顔に赤味があります。これは陽証であるからです。そして咽が乾いたり熱感があります。発熱は現代の熱発では必ずしもなく、熱感を覚えることです。そして盗汗があったり、食欲が減退し、体がだるいので寝てばかりいるということです。「寒熱瘧の如く」とは寒くなったり熱くなったりするので、ちょうどマラリアのような状態になります。そのような病態を治します。「陰虚」は後世方の理論で陰が虚すということで、簡単に申しますと、体の力が低下するということです。とくに体の下半身が低下することを陰虚といいます。「労嗽」は体が弱った状態にあって咳が出ることで、「肌体羸痩」は体が痩せ、次第に骨蒸となります。「骨蒸」とは現代の肺結核のような体が衰弱する病気をいいます。
このように逍遙散はごく簡単にいいますと陽証でありますが、虚証の場合で、以上のような諸種の症状のある場合に効果があり、熱発を伴う時には解熱する働きがあります。
処方の内容は「斤(当帰(トウキ))、芍(芍薬(シャクヤク))、苓(茯苓(ブクリョウ))、伽(白朮(ビャクジュツ))、柴(柴胡(サイコ))各一匁、甘(甘草(カンゾウ))五分」です。現代の分量にしますと、一匁は大体3gくらいが常用量になり、甘草はその半分の1.5gぐらいです。「右、姜(生姜)を入れ煎じ服す」。以上の6種類の生薬に、生姜を加えて煎じて飲みます。
この場合も生姜の分量は3gぐらいがようのですが、最近では乾生姜(カンショウキョウ)をよく使いますので、その場合は1/3~1/2量が適量です。そしてそのあとにいろいろな症状のある場合の加味、加減が書いてあります。これを方後の加減といいます。
「五心煩熱せば門(麦門冬(バクモンドウ))、籙(地骨皮(ジコッピ))を加う」。体が熱苦しい時には麦門冬と地骨皮を加えるとよろしいということです。「経閉には嬰(桃仁(トウニン))、紅(紅花(コウカ))を加う」。無月経には桃仁,紅花を加え、いずれも駆瘀血剤になります。
「腹痛むには索(延胡索(エンゴサク))を加う」。延胡索は腹痛に対する鎮痛作用があります。「胸熱せば連(黄連(オウレン)、丹(山梔子(サンシシ))を加う」。これは上半身が熱苦しい時という意味にもなりますし、また上半身の熱性の症状、たとえば炎症とか、口内炎があった場合にも、黄連、山梔子を加えると早く治るということになります。
「気悩し、胸痞悶せば実(枳実(キジツ))、昆(青皮(セイヒ))、莎(香附子(コウブシ))を加う。」。いろいろな悩みがあったり、胸が詰まって苦しい時、あるいは胃にガスが溜まって(呑気)胸苦しい時に、枳実、青皮、香附子を加えると、気を開く働きがありまして胃が気持よくなります。「手ふるうには芸(防風(ボウフウ))、荊(荊芥(ケイガイ))、荷(薄荷(ハッカ))を加う」。手が震えるというのは年寄りになるとよくある症状ですが、実際に効果があるかどうかは経験がありません。
「咳嗽には会(五味子(ゴミシ))、苑(紫苑(シオン))を加う」。咳がひどい時には五味子、紫苑を加えます。五味子、紫苑には鎮咳作用があります。「痰を吐くには守(半夏(ハンゲ))、貝(貝母(バイモ))、蔞(括蔞仁(カロウニン))を加う」。喀痰の多い時にはこうするとよいということで、いずれも袪痰作用があります。
「飲食消せざるには査(山査子(サンザシ))、曲(神麴(シンギク))を加う」。消化力が低下して消化が悪い時には、山査子と神麴を加えます。神麴は一種の酵素が含まれていますので、消化酵素剤になります。「渇を発せば門(麦門冬)、瑞(天花粉(テンカフン))を加う。」渇は咽の乾きです。
「心(こころ)ほれ、心(むね)踊るには酸(酸棗仁(サンソウニン))、遠(遠志(オンジ))を加う」。不安があって動悸がし、夜も眠れないような時には、酸棗仁と遠志を加えると鎮静作用があるということです。「久しき瀉には永(乾姜(カンキョウ))を炒りて加う」。下痢が長く続いているような時にはこうするとよいということです。
「遍身痛むには芸(防風)、羗(羗活(キョウカツ))を加う」。これは全身が痛い時です。「吐血には膠(阿膠(アキョウ)、〓(生地黄(ショウジオウ)、牡(牡丹皮(ボタンピ))を加う」。いずれも止血の効果があります。「自汗には芪(黄耆(オウギ))、酸(酸棗仁)を加う」。自汗とは体力が低下した時に自然に汗が漏れるので、それをとめる黄耆と、体の力を補う酸棗仁を加えるとよいということです。
次に「左の腹に血塊あらば稜(三稜(サンリョウ))、莪(莪朮(ガジュツ))、嬰(桃仁)、紅(紅花)を加う」。これは瘀血のある場合で、いずれも瘀血を除く働きがあります。「右の腹に気塊あらば蜜(木香(モッコウ))、梹(檳榔(ビンロウ))を加う」。
これは右の腹ですから、回盲部にあたるところにガスが溜まっている場合で、いずれもガスを取り除く、あるいは腸内ガスが溜まらないようにする働きがあります。
「血虚煩熱し、月水調わず、臍(臍のこと)腹脹り痛み、痰嗽潮熱するには荷(薄荷)、雷(知母(チモ))、籙(地骨皮)を加え、或いは芩(黄芩(オウゴン))を加う」。貧血があったり、体力が低下していながら体が熱苦しく、(月水は月経のこと)、月経不順になり、臍を中心にして腹が張ったり痛んだり、痰や咳が出たりして、発熱する(潮熱とは全身が熱くなる熱型)。そのような時に、薄荷、知母、地骨皮を加えます。これらはいずれも解熱作用があります。また黄芩を加えます。これも解熱消炎作用があります。
「心(むね)いきれば門(麦門冬)、羚(羚羊角(レイヨウカク))を加う」。胸いきればは息の苦しい時です。「嗽には梅(烏梅(ウバイ))、款(款冬花(カントウカ))、会(五味子)を加う」。嗽は痰咳のことで、五味子、烏梅、款冬花も鎮咳袪痰作用があります。
「産後血虚して煩熱せば芩(黄芩)を加う」。産後体力が低下して熱を出したような時には、黄芩を加えて解熱をはかります。
「婦人癲疾を患い歌唱すること時なく、垣を越え屋に上るはすなわち栄血心包絡に迷いて致すところなり。本方に嬰(桃仁)、遠(遠志)、紅(紅花)、方(蘇木(ソボク))、〓(生地黄)を加う」。癲疾とは精神分裂病などの精神病のことで、癲癇も入るかもしれませんが、その場合には精神運動発作のようなものでしょう。その症状として、歌を歌ったり垣根を乗り越えたり、屋根に上ったりというような興奮状態を呈するような時は、栄血が心包に迷っているからであるということです。これは後世方の理論で理解しにくいところですが、一種の血証であるということになります。血証とは血液に関連のあるいろいろな異常状態で、その一つが瘀血という病態になります。この時には桃仁のような瘀血を取り除く働きのある薬とか、遠志のような鎮静作用のあるもの、生地黄のように血を治める薬などを加えるとよろしいということになります。
「もし熱あらば小柴胡湯(ショウサイコトウ)を合して〓(生地黄)、辰(辰砂(シンシャ))を加う」。この場合の熱は実際の熱発をいっているものと思いますが、そのような時には小柴胡湯を合方し、さらに地黄と辰砂を加えればよいということですが、小柴胡湯だけでもよいこともありますし、逍遙散だけでも微熱程度の熱はやがて解熱するものです。
「気血両虚して汗なく、潮熱せば荷(薄荷)を加う」。「気血両虚」とは気力、体力が低下している状態です。そしてその時全身が熱くなるような熱が出た場合には、薄荷を加えるとよいということですが、現在常用しております加味逍遙散(カミショウヨウヨウサン)の処方は、この逍遙散に薄荷が入っていて、さらにあとに出てきますように、山梔子と牡丹皮が入っております。次に「子午(ねうし)の時の潮熱には芩(黄芩)、胡連(胡黄連(コオウレン))、門(麦門冬)、籙(地骨皮)、芁(秦芁(ジンギョウ))、通(木通(モクツウ))、車(車前子(シャゼンシ))、灯(灯心(トウシン))を加う」。これは時間によっての発熱に、こういうことを考えていたわけですが(子は夜の11~12時、午は昼の11~12時)、実際にはあまり応用したことはありません。
「婦人肝脾の血虚、発熱、潮熱、或いは自汗盗汗、或いは頭痛目渋り、或いは怔忡安からず、頬赤く、口乾き、或いは月経調わず、或いは肚腹痛みをなし、或いは小腹重墜し、水道渋り痛み、或いは腫れ痛んで膿を出だし、内熱して渇きをなすに煨(い)りたる生姜(火で炙った生姜)一片、荷(薄荷)少々を加えて煎じ服す」。
これは生姜を炒って使うということですが、昔はこういう使い方もあったものと思います。この部分は婦人といっていますが、男子でもあるかもしれません。肝脾の血虚で不安状態を呈して、脾の虚ですから食欲が減退したり、消化力が低下したりするような時に発熱があり、その発熱が潮熱(全身が熱くなるような熱型)の形になり、あるいは自然に汗が出たり、寝汗が出たり、あるいは頭痛、目の渋り(眼精疲労のよう治状態)、あるいは怔忡(動悸)がして気持が安静にならない、そして頬が赤く、口が乾き、あるいは月経不順でおなかが痛んだり、あるいは小腹が下に落ち込むような感じになります。「水道渋り」というのは尿の排泄が円滑にいかないことです。そして排尿痛があったりします。あるいは尿道口などが腫れ、痛んで膿を出し、内熱があるために咽の乾きも伴います。そのような時に生姜を炒り、薄荷を加えて服用します。
「本方に牡(牡丹皮)、丹(山梔子)を加えて加味逍遙散(カミショウヨウサン)と名づく」。加味逍遙散は『和剤局方』には出ておりませんが、明の頃の書物たとえば『万病回春』にこのことが書いてあります。これは「按ずるに虚労、熱嗽、汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し、体痩せ骨蒸、婦人癲狂、月経調わざるには加減を照し、間々これを治す」。「虚労」とは疲労が加わって体力が減退したような状態をいいます。このような時で、熱や咳が出て汗の出るような時によく、また男子でも体が煩熱して、痩せて、骨蒸(肺結核のように衰弱する病気)のような状態の時によいのです。また婦人で癲狂:T精神疾患)で、月経不順の時には次のように、いろいろの加減をして使うとよいということです。加減は前に出ておりましたので略します。
次に治験例が若干出ております。「十八歳の婦人が初産後一四日を過ぎた指に顔が赤く、体が発熱し、動悸がして、食事を摂らなくなり、しばらくして眠ると、急に驚感て声をあげ、両手を差し上げて擅掉(振り動かすこと)ようなことが毎夜一四、五度ばかりあり、他医は手を束ねていました。そこで本方に籙(地骨皮)、陳(陳皮(チンピ))、連(黄連)、酸(酸棗仁)を加えて与えると安静になった。その後右の手、腿がしびれ痛むので、蒼(蒼朮(ソウジュツ))、桔(桔梗(キキョウ))、(茴香(ウイキョウ))、瓜(木瓜(モッカ))、羗(羗活)、芩(黄芩)を加えて全く愈えた」という一例があります。
次には「若い婦人で体が弱く、瘧を病む時にしばしばいくつかの処方が効かないような場合に、本方に籙(地骨皮)、丹(山梔子)、牡(牡丹皮)を加えて奇効を得た」とあります。
※〓生+也
※子午(ねうし)× 子午(ねうま;しご)の間違いでは?
『勿誤薬室方函口訣(65)』 日本東洋医学会参事 広瀬 滋之
-逍遙解毒湯・逍遙散・薔薇湯・浄府散-
逍遙散
次は逍遙散です。本方は宋の『和剤局方』に出てくる処方で、日常の臨床でも比較的応用範囲の広い薬方です。構成生薬は、柴胡(サイコ)、芍薬(シャクヤク)、茯苓(ブクリョウ)、白朮(ビャクジュツ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の八味です。このうち主薬は当帰、芍薬、柴胡の三味であります。
当帰はセリ科のトウキの根を乾燥したもので、補血作用があります。血虚を治す四物湯(シモツトウ)の主薬でもあり、漢方薬の中でも重要な役割を担う生薬です。
芍薬は、シャクヤクの根を乾燥したもので、主成分はペオニフロリンで、血を補い、痛みを止める作用を有しています。芍薬と甘草が配合されて芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)、桂枝湯(ケイシトウ)、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)、四逆散(シギャクサン)など、多くの薬方があり、また当帰と芍薬の配合により補血作用が強まり、その薬方には四物湯、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などがあります。
柴胡はセリ科のミシマサイコの根で、主成分であるサイコサポニンは、抗炎症作用、抗アレルギー作用、脂質代謝作用など、近年注目されている生薬であることはご存じのごとくであります。胸脇苦満、往来寒熱を去り、「肝の病」の薬として、小柴胡湯(ショウサイコトウ)をはじめとした一連の柴胡剤の主薬であります。本方における白朮、茯苓は、駆水剤として作用しております。本方に牡丹皮(ボタンピ)、山梔子(サンシシ)を加えたものが加味逍遙散(カミショウヨウサン)で、現在ではこの薬方がむしろ多く使われる傾向にあります。
次に主治の文を読みます。「血虚労倦、五生煩熱、頭目昏重、心忪頬赤、発熱盗汗、及び血熱相搏ち、月水調わず、臍腹脹痛、寒熱虐のごとくなるを治す。柴胡、芍薬、茯苓、当帰、薄荷、白朮、甘草、生姜、右八味、あるいは麦門(バクモン)、阿膠(アキョウ)を加え、血虚発熱止まず、あるいは労嗽するものを治す。あるいは地黄(ジオウ)、莎草(シャソウ)を加え、血虚うっ塞する者を治す。一は甘草を去り、橘皮(キッピ)、牡丹(ボタン)、貝母(バイモ)、黄連(オウレン)を加え、医貫逍遙散(イカンショウヨウサン)と名づけ、一切のうっ証、瘧に似たるもの、ただしその人口苦にして清水あるいは苦水を嘔吐し、面青く脇痛み耳鳴脉濇なるを治す」とあります。
主治の文を意訳します。五臓六腑のうち肝と脾の血液が少なくなって血虚の状態が生じ、そのために肝と脾の働きが衰え、全身が疲れてきて、手掌や足の裏、胸の中がむしむしと熱っぽく、いわゆる五心煩熱の状態を呈します。頭は重く、目はぼんやりとし、胸さわぎがし、顔が紅潮し、発熱して寝汗が出、瘀血のために月経不順となり、臍のあたりや下腹部が張り痛んだりして、ちょうどマラリアのように熱くなったり寒くなったりするものを治すとあります。
ここでは後世方的な思想である五臓六腑の病理を加味しているので、逍遙散に関係する肝について説明いたします。漢方医学でいう肝は現代医学でいう肝臓以外に生殖器と泌尿器と関係が深く、経絡の関係もそこをめぐっています。また怒ったり、癇癪を起こすのも肝の作用といわれ、間脳下垂体系、自律神経系との関係も深く、また肝の症状と瘀血とも密接に関係し、老人がしばしば腎虚の状態を現わすのに対し、更年期障害を呈する年代はしばしば肝虚におちいり、瘀血の治療に当たっても肝に対する考慮が必要とされ、この逍遙散も瘀血と肝を考慮した薬方と考えられます。
本文を読みます。「此の方は小柴胡湯の変方にして、小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして医王湯(イオウトウ)よりは一層手前の場合にゆくものなり。此の方専ら婦人虚労を治すと云えども、其の実は体気甚だ強壮ならず、平生血気薄く肝火亢り、あるいは寒熱往来、あるいは頭痛口苦、あるいは頬赤寒熱瘧のごとく、ある感は月経不調にて申分たえず、あるいは小便淋瀝渋痛俗にいうせうかちの如く、一切肝火にて種々申分あるものに効あり。『内科摘要』に牡丹皮、山梔子を加うるもの肝部の虚火を鎮むる手段なり。たとえば産前後の口、赤爛す識ものに効あるは、虚火上炎を治すればなり。東郭の地黄、香附子を加うる者、此の裏にて、肝虚の症、水分の動悸甚しく、両脇拘急して思慮うっ結するものに宜し」とあります。
本文に浴って解説いたします。本方は小柴胡湯の変方といわれておりますが、黄芩、半夏のような比較的鋭い薬効の薬味を去っております。また小柴胡湯に比べれば、胸脇苦満の程度は弱く、それ故に本文では、「小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして」といっております。
「医王湯よりは一層手前の場合に行くものなり」について和田東郭は、『蕉窓方意解』の中で、「一層手前とは補中益気(ホチュウエッキ)ほどに胃中の気薄からざるをいうなり。故に方中に参(ジン)、耆(ギ)を用いず」といっております。つまり本文は、人参(ニンジン)や黄耆(オウギ)を用いなければならないほどに胃腸の働きは低下していないといっております。
本方は「婦人の虚労を治す薬方といわれているが、体質的には虚弱で、神経症状が強く、寒気がしたり、熱くなったり、また頭痛がし、口が苦く、午後になってのぼせて頬が赤くなったり、月経が不順で愁訴が多く、小便が消渇のごとく渋ったり、その他一切、肝の火により起ころものに効ある」としております。
次に虚火について説明いたします。火は本来、実邪によるものですが、虚した場合にも火の証がくるとされています。疲れた時にほてったり、のぼせたりしますが、これを虚火といいます。本方に牡丹皮、山梔子を加えたものが加味逍遙散ですが、肝の虚火を鎮める手段として使用されます。
『勿誤薬室方函口訣』では、加味逍遙散を「この方は清熱を主として上部の血症に効あり。故に逍遙散の証にして頭痛、面熱、肩背強り、鼻出血などあるものに佳なり」としております。
臨床的には加味逍遙散の方がより広く応用できるわけです。また「産前産後の口内炎や口腔内糜爛に有効であるのは、虚火を鎮めるからである」としております。「和田東郭の、本方に地黄、香附子を加えたものは、肝が虚して臍のすぐ上方の水分並に動悸がして胸脇苦満があり、くよくよと思い患っているものによろしい」としております。
細野史郎先生は、著書『漢方医学十講』の中で、逍遙散、加味逍遙散の鑑別を以下のように述べています。「牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと、下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱、すなわち泌尿器生殖器疾患、とくに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒、発熱が強く、胸脇にせまり、嘔気さえ加わるようなものは、本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子(ショウサイコトウカボタンピサンシシ)がよい。なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散(ショウサイコトウゴウトウキシャクヤクサン)に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸(ショウサイコトウゴウケイシブクリョウガン)に比するものは、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)とみてよいかと思う」と述べております。
以上より本方の適応症は、神経症に瘀血症状の加わったもの、月経不順、月経困難症で肝うつ症状を伴う時、婦人の慢性膀胱炎、肝うつ症状に伴う肩凝り、頭重、不眠症、便秘その他皮膚病など、多くの疾患があげられます。治験例については諸先輩の多くの報告がありますが、時間の関係上省略いたします。
2014年4月17日木曜日
茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) の 効能・効果 と 副作用
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
茯苓四逆湯は四逆加人参湯に茯苓を加えた方剤で四逆加人参湯の證に、煩躁・心悸亢進・浮腫等の状が加われば此方を用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
12 茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) (傷寒論)
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.78
もし急性吐瀉病で体液欠乏の甚しいときは、人参二・〇を加えて、四逆加人参湯とし、もし心悸亢進するときは、更に茯苓三・〇を加えた茯苓四逆湯(四逆加加人参茯苓)を用いる。
『類聚方広義解説(56)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次に茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)です。「四逆加人参湯の証にして、悸する者を治す。茯苓六両、人参一両、甘草二両、乾姜一両半、附子一枚。右五味、水五升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、温服すること七合(水一合を以て六勺を取る)、日に三服す」とありまして、現在私どもは茯苓4g、甘草、乾姜、人参各2g、白河附子0.5~1gとして用いております。
条文は「発汗し、もしくは之を下し、病なお解せず、煩躁するものは、茯苓四逆湯之を主る」とあり、東洞がいうのに、「為則按ずるに、まさに心下悸、悪寒の証あるべし」とあります。
ここにいう煩躁の証について、大青竜湯(ダイセイリュウトウ)は、汗がまだ出ないで、下したりはしない前の煩躁で、これは実証に属するものであるが、ここに述べてあるものは、汗したり下したりして、しかも病がなおよくならないで煩躁しているので、これは虚に属するものである。それ故大青竜湯の脈は浮緊で、茯苓四逆湯の脈は沈微であるといわれております。また前に述べました乾姜附子湯は、発汗と瀉下の両方の逆を侵したものであるが、この条はあるいは発汗し、あるいは下し、そのいずれか一つの誤りを侵したものであります。
「発汗し、もしくは之を下し」と、もしくはと明記していますのはそれでありまして、乾姜附子湯の時は「之を下して後、また汗を発し」と述べてあります。茯苓四逆湯の証には心下悸、すなわち茯苓の証があるというわけであります。
榕堂先生は欄外に註をして、応用を広めております。すなわち「茯苓四逆湯は宋版(そうばん)、玉函(ぎょくかん)、千金翼(せんきんよく)、併せて茯苓四両に作る。今之に従う」。
「四逆加人参湯の証にして、心下悸し、小便利せず、身瞤動(じゅんどう)し、煩躁する者を治す」。
「霍乱(かくらん)の重症にして、吐瀉の後、厥冷して、筋惕(きんてき)し、熱なく、渇なく、心下痞鞕、小便不利、脈微細の者はこの方を用うべし。服後小便利する者は救うことを得べし」。
「なお、諸の久病にして、精気衰憊し、乾嘔不食し、腹痛して溏泄(とうせつ)し、悪寒し、面部四支微腫する者を治す。産後の調摂を失する者に、多くこの症あり」。
「慢驚風(まんきょうふう)にて搐搦上竄(ちくできじょうそ)し、下利止まず、煩躁し、怵惕(じゅつてき)(おそれて心安からず)し、小便不利し、脈微数の者を治す」と、その用い方をいろいろと追加しているのであります。
以上を『漢方概論』で総括してみますと、茯苓四逆湯は、四逆加人参湯の証で、心下に動悸が打っており、小便がよく出ない、身瞤動(じゅんどう)し煩躁する者を治すというわけです。これは少陰の位で、陰虚証であり、脈は微弱で、腹部は軟弱であり、時に緊張、かすかに膨満することもある。舌は湿潤し、時に乾燥することもある。目標は、誤って発汗し、あるいは瀉下し、四逆加人参湯の証にして心下悸、小便不利、身瞤動、煩躁というところであります。
次に茯苓四逆湯の応用を箇条書きに述べますと、第一は感冒、肺炎、その他の熱病で、誤って汗し、あるいは誤って下し、煩躁、手足が冷えて脈微弱となったもの、あるいは下痢が止まらないもの。第二は、コレラ、またはコレラに似た吐瀉を起こして、その後にに四肢が厥冷し、搐搦、痙攣を起こしたり、煩躁、心下痞鞕、小便不利、脈微弱のもの。第三は、各種の慢性病で、元気が衰えて、乾嘔不食、腹痛、下痢、悪寒、四肢微腫のもの。第四は慢驚風(まんきょうふう)(てんかん等痙攣を起こす症状)、脳水腫、脳膜炎、脳炎のあと。搐搦上竄、下痢、煩躁、小便不利に、脈の微弱のもの。第五は老人性の浮腫で、元気のない、気力の衰えたもので、心下に動悸を訴えてもだえ苦しむもの。第六は子宮出血で、精神がボーッとして手足が冷たくて冷汗をかき、脈が非常に沈んで弱いものです。
茯苓四逆湯の治験例は、浅田宗伯の『橘窓書影』から引用しますと、第一は脱汗です。池沼治平という人の娘が、疫病(流行病)に罹り、八~九日経って汗が凄く出て、煩躁して眠ることができません。脈は弱く、頻数で、手足は冷たくなっています。多くの医者は治療の施す術がなく手をあげてしまいました。そこで浅田宗伯先生は茯苓四逆湯を作って与えたところ、一~二日で汗が止み、煩躁が治り、足が温かになって、すっかりよくなったということです。
もう一つは子宮出血に使った例があります。湯島天神下の谷口佐兵衛の妻で40才、月経が多く下って止まらない。ある日血塊が数回にわたって下り、意識は混濁し、手足は厥冷し、脈は沈んでかすかとなり、冷汗が流れるようである。いろいろな医師にみてもらったが手の施しようがないというので、浅田先生はこれに茯苓四逆湯を与えたところ、手足の冷たいのがたちまち治り、精神状態が平常になって、きれいに治ったということであります。
※搐搦上竄:ちくできじょうざん?
『類聚方広義解説II(60)』 日本東洋医学会名誉会員 藤平 健 先生
-茯苓四逆湯・通脈四逆加猪胆汁湯・白通湯・白通加猪胆汁湯-
■茯苓四逆湯
本日は茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)から本文を読んでいきましょう。
茯苓四逆湯 治四逆加人參湯證。而悸者。
茯苓六兩一錢二分人薓一兩三分甘草二兩六分乾薑一兩半四分五釐附子一
枚三分
右五味。以水五升。煮取三升。去滓。溫服七合。以水一合。
煮取六勺。日三服。
發汗若下之。病仍不解。煩躁者。
爲則按。當有心下悸。惡寒證。
「茯苓四逆湯。四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)の証にして、悸するものを治す。
茯苓六両(一銭二分)、人参(ニンジン)一両(三分)、甘草二両(六分)、乾姜(カンキョウ)一両半(四分五厘)、附子(ブシ)一枚(三分)。
右五味、水五升をもって、煮て三升を取り、滓を去り、七合を温服す(水一合をもって、煮て六勺を取る)。日に三服す。
発汗しもしくはこれを下し、病なお解せず、煩躁するものは、(茯苓四逆湯これを主る)。
為則按ずるに、まさに心下の悸、悪寒の証あるべし」。
茯苓四逆湯は、四逆加人参湯証であって、動悸のあるものを治すというのです。四逆加人参湯は四逆湯に人参が加わったもので、「四逆湯の証にして心下痞鞕するものを治す」となっています。
茯苓四逆湯の構成は、茯苓六両(一銭二分)、人参一両(三分)、甘草二両(六分)、乾姜一両半(四分五厘)、附子一枚(三分)で、小さい字で書いてあるものは、尾台榕堂(おだいようどう)先生が決めた分量です。附子はだいたいの量を示してあるので、必ずしもこの通りにしなければいけないというものではありません。煎じ薬ですから一日量1gくらいから使いはじめて、調子がよければ0.5gくらいずつ段階的に増やしていく方法がよろしいと思います。
右の五味を、今の分量で五合の水で煮て、三合に煮詰め、滓を去って、七勺を温服する、日に三服する、とあります。
発汗、あるいは下すということを行って、病気がなお治らず、煩躁が激しいもの、すなわち真寒仮熱のために、悪寒が激しくて仮の熱が出てきて、苦しくてじっとしていられず、輾転反側するという状態が出ているのを治すということです。これは急性疾患である場合には病が重い状態です。
東洞先生が考えるのに、みぞおちの動悸と悪寒があるはずである、ということです。
■茯苓四逆湯の頭註
頭註を読みます。
「茯苓四逆湯は、宋板、玉函、千金翼、幷せて茯苓四両に作る。今これに従う。
四逆加人参湯の症にして、みぞおちで動悸が激しくして、小便がよく出ない、そして体が震えて筋肉がピクついて、 輾転反側して苦しむものを治す。
霍乱の重症で、嘔吐、下痢があった後に手足が冷えこんで、筋肉がピクつき、輾転反側して苦しみ、熱がなくて、喉も乾かず、心下痞鞕があって、小便がうまく出ないで、脈が微細のものに、この方を用うべし。服後小便が出るという状態を呈したら、これは救うことができる。
諸久病にして、精気衰憊し(元気がなくなってしまって)、からえずきをして食べることができない、腹痛して下痢がひどい、悪寒し、面部四肢に微腫があるものを治する。産後、体の調節の状態がよくなくなったものには、この症が多いものである。
慢驚風(ひきつけ)にて、筋肉がピクピクし、小便がうまく出ない、脈が微かで速い、というものを治す」。
茯苓四逆湯は、以上のように脈も弱い、動悸が激しい、煩躁がある急性の重症で、手足も冷えているという状態を治すが、この症はみぞおちのあたりの動悸が激しく、寒気があるはずであると、東洞先生はいっておられるということです。
仮性脳膜炎とか、胃腸疾患で、下痢が久しく止まないで、だんだん悪くなってきて、こういう症状に至る人もしばしばあります。
『勿誤薬室方函口訣(109)』 日本東洋医学会理事 中田 敬吾
-茯苓琥珀湯・茯苓四逆湯・茯苓瀉心湯・茯苓補心湯(千金)・茯苓補心湯(良方)-
本日は茯苓琥珀湯(ブクリョウコハクトウ)、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)、茯苓瀉心湯(ブクリョウシャシントウ)、茯苓補心湯(ブクリョウホシントウ)について解説いたします。処方の名の初めにいずれも茯苓(ブクリョウ)と名づけられていますように、これらの処方は茯苓が重要な役割を果たしている処方ばかりといえます。したがって各処方の解説に入る前に、茯苓の薬能について少し述べることにします。
『和語本草』を見ますと、茯苓は「小便を利し、湿を除き、脾胃を益し、気を導き、水腫、淋渋、痰飲、泄瀉、腹脹、煩満、咳逆、消渇、胸脇の逆気、心下の結痛、眠りを好むものを治す」と記載があります。
また『本草備要』を見ますと「色白くして肺に入り、熱を瀉し、下って膀胱に通じる、心を安らかにし、気を益し、栄衛を調理し、魄を定めて、魂を安じ、憂意、狂気を治す」とあります。
「小便を利し、湿を除き、水腫を治す云々」の記載は、茯苓に水毒を治す効果のあることを示しています。さらに「脾胃を益し、気を導き」とあるのは、茯苓に消化器系の機能の衰えを補い、気の機能低下、すなわち気虚を補う効果のあることを示しています。
そして茯苓は、心、肺、肝にも働き、「魂魄を定め、憂意、狂気を治す」ことにより、精神的な失調状態を治す効果のあることを示しています。つまりデプレッションなど精神科領域疾患にも応用のできることを示しているわけであります。これらの種々の効果は、基本的には体の中の水毒を除き、脾胃すなわち消化器の機能失調を補うことから波及してくる効果といえます。
(中略)
茯苓四逆湯
次は茯苓四逆湯です。これは『傷寒論』少陰病の治療処方でありまして、少陰病というのは、『傷寒論』には、「少陰の病たる脈微細、ただ寝んと欲するなり」とか、「少陰病、吐せんと欲して吐せず、心煩してただ寝んと欲し、五六日自利して渇す。虚ゆえに水を引きて、おのずから救う。もし小便白きもの小陰病の形ことごとく備う」などの記載があります。
すなわち、体が衰弱して、昼間からうとうと眠り、顔色は血色がよくなく、四肢が冷えたり、体が寒がったりし、下痢も、ほとんどこなれない下痢で、水のような下痢をする。そういう病態を少陰病と呼んでおります。セリエのストレス学説にいう、疲憊期に相当しまして、生体の抗病能力あるいは自然治癒力が大きく低下して、危篤な時期にさしかかっている時期を意味しております。この時期の治療は、温め補うことを基本としておりまして、生体の生命反応力を高めるように治療しております。この少陰病の代表的治療処方が四逆湯(シギャクトウ)であります。
茯苓四逆湯は、この四逆湯に茯苓(ブクリョウ)と人参(ニンジン)を加えた処方で、四逆湯の補虚、すなわち虚を補う効果をさらに強化したものといえます。『口訣』を読んでみますと、「此の方茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。本草に云う茯苓は煩満を主ると。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非れば救うこと能わず」と記載されております。
すなわち、先に述べた少陰病の時期から、さらに病気が進行して、陰陽が解離しようとする、いわゆる厥陰病の時期に来ているといえます。したがって、煩躁や汗出止まずといった症状が出てきたわけですが、病気としては非常に重篤、危険な状態であることを認識し、まさに茯苓四逆湯の適応症と判断しましても、漢方治療だけに頼らず、輸液、あるいは強心剤など、救急管理も合わせて行なう必要のある時期といえます。
私も本処方も癌末期の患者に用いたことも数回ありますが、そういう時期の治療はなかなか困難でありまして、漢方だけではどうしてもうまくゆかないということがありますので、やはり本処方投与時期は現代医学と併用を常に頭に考えて行なうことが大事だと思います。
本処方は以上のような重篤期に適用しますが、とくに重篤な疾患がない場合でも、極度の疲労状態にあるとか、あるいは極度の疲労状態のために煩躁があるとか、胸苦しいというような症状のある時に応用して効果のある場合があります。たとえば、私は学生時代に柔道をしておりましたが、合宿などで極度に疲労した状態の時などはこういう処方が適応になると考えられます。また普段から体が虚弱で冷え症で、とくに著明な冷え症の場合、その他の諸種の慢性疾患、たとえば喘息とかリウマチなど、いずれにしましても、そういった虚弱で冷え症の人の慢性疾患の場合に、茯苓四逆湯が適応する場合もあります。
四逆湯の内容は、甘草(カンゾウ)、乾姜(カンキョウ)、附子(ブシ)の三味から成っておりますが、茯苓四逆湯はこの甘草、乾姜、附子の三味にさらに人参、茯苓の二味が加わっております。一方、これによく似た処方に人参湯(ニンジントウ)という処方があります。人参湯は甘草、乾姜、人参、白朮(ビャクジュツ)の四味から成っていますが、これらを見てみますと、いずれも甘草、乾姜の二味、すなわち甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)という処方が基本になっているのがわかります。
本処方を勉強する折に、これら一連の甘草乾姜湯を主体にした処方を覚えておいていただくのも参考になるかと思います。この甘草乾姜湯につきましては、本てきすと46ページに『口訣』が記載されていますので、それを参考にしていただくとよいと思います。
甘草乾姜湯は、冷えを改善するのに、非常に強い力を持った処方でありまして、冷え症で虚証の喘息、あるいはその他諸種の疾患に対してもっとも基本となる処方であります。このように甘草乾姜湯による強い冷えとか虚の状態を補う効果のほかに、四逆湯には附子が入っています。
附子はいわゆる腎火の衰えを補う効果があるとされた生薬であります。体から寒冷の邪気を駆散して体を温め、それによって体の生理機能がうまくゆくというものですが、、現代薬理学的に見ましても、附子は心臓循環器系によく作用し、強い強心作用を発揮することがわかっております。また強い鎮痛効果も見られます。この附子の効果は、以前はアルカロイドのアコニチンというものが考えられていたのですが、最近ではハイゲナミンという物質がこの強心作用の主役を演じているといわれています。
茯苓四逆湯はこれらの冷えを改善する力に優れた薬物の上に、さらに補気とか除湿の効に優れて、心煩を除く茯苓、さらにまた中焦の元気を補うとされています人参が配列されておりまして、補虚の代表的方剤といえる薬であります。
【参考】
デプレッション【depression】 1 意気消沈。憂鬱(ゆううつ)。
うつ病にあたる英語として、メランコリー(Melancholy)とともに使われる。
DSMと言う診断体系では、大うつ病(Major Depressive Disorder)と言う分類の下にメランコリー型(Melancholic Type)が入っている。
デプレッションはメランコリーの上位階層として位置づけています。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証・虚証と虚熱による煩躁・自汗等のあるもの。時に虚熱を伴う。
《少陰病より厥陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
【脈候】 沈細・微細・微弱・微数・浮数・浮大。
【方解】 本方は四逆湯に茯苓・人参を加えたものである。茯苓は水ほ偏在を矯正し、これをまぐらせる。人参は補液・補血作用と同時に健胃・強総・強精薬で、胃腸の働きを活発にし新陳代謝を振興する。このために本方意は四逆湯証より一段と虚証が深刻で虚熱を呈する。また水毒の傾向も強い。なお沢瀉・猪苓は余剰の水分を尿へと導く利尿薬であるが、茯苓・朮は水の偏在を正す利水薬である。
【方意の幅および応用】
A 虚証:疲労倦怠感を目標にする場合。
汗下による虚脱、各種出血による虚脱、各種慢性疾患の虚脱状態、
癲癇発作・脳炎後等の虚脱状態、激症急性胃腸炎による吐瀉
B 虚熱:煩躁・発熱等を目標にする場合。
汗下を施しても解熱しない感冒・肺炎・膠原病等、
急性虫垂炎・限局性腹膜炎等の誤治の救急、その他四逆湯証で煩躁を伴うも英
外傷・手術・分娩出血によるショック
【症例】 虫様突起炎
小生の友人が治療中の患者で、大黄牡丹皮湯を与えたが、10日経っても発熱39℃を上下し、腹痛が去らないという相談である。すでに化膿しているらしい。そこで薏苡附子敗醤散を勧めておいた。友人は薏苡附子敗醤散を3日間投薬してが、症状は少しも軽快せず、一般症状はかえって増悪して来た。よって友人の病院にて患者を診察することになった。患者は25歳の頑丈な漁夫で、10日以上病床に呻吟していても、なお肉付が良い。ただ少しく軽い黄疸の傾向がみえる。小生が病室に入った時患者は水を口に入れては吐き出し、唇を水でぬらしていた。口の中がすぐにカラカラになって、舌が動かなくなるという。舌をみると一皮むけたようになって、乾燥している。脈は洪大でやや数である。その日は午前中に悪寒がして、午後から38℃を越す発熱が続いている。発汗はない。腹診するに、一体に枯燥の状態があり、右側の下腹はやや膨隆し、回盲部は圧に過敏である。右脚は少し動かしても腹にひびいて痛むという。小便は赤濁して量は少なく、快痛しない。大便は自然には出ない。手足は午後になると煩熱の状態となり、ふとんから出したくなる。以上の症状をみるに、脈が洪数であるのは、膿が已になるの徴候であって、下剤はやれない。口舌が乾燥して、水を飲むを欲せず、口漱がんことを願い、手足が煩熱するのは、地黄のゆくべき場合である。かかる考えから出発して次の薬方を決定した。
すなわち七腎散を本方とし、これに八味丸を兼用するのである。『外科正宗』の七腎散は「腸癰潰るるの後、疼痛淋瀝やまず、或いは精神減少、飲食味ひなく、面色痿黄、自汗盗汗、臨臥安からざるを主治す」とあって、まさにこの患者の正面の証のようにみえる。これに八味丸を兼用すれば鬼に金棒だ。2、3日で必ず軽快するだろう。これ位の病気が治せなくてどうするんだと、意気揚々と帰って来た。ところが右の薬方を2日飲むと、大変なことになった。まず第1に全身の強い発汗が始まり、それが終日止まない、第2に全身に点在性に異常感覚が起こった、第3に右脚の内側に軽い痙攣が起こった、第4に脈が弱くやや幅が減じた。そして前からある悪寒、発熱、腹痛、手足の煩熱、口乾等は依然として存在している。結局病気が重くなったわけだ。そこで考えるに、全身からの強い発汗は亡陽の徴であり、右脚の痙攣は四逆湯の内拘急である。かくなる上は最後の切り札として四逆湯に人参と茯苓を加えた茯苓四逆湯を投ずるのほかはない。おっかなびっくりで1日分の茯苓四検湯を服用せしめるに、患者は気分が爽快となり、腹痛は減じ、腹満は去り、熱は下り、食欲は出て、同方を続服すること10日足らずして、退院になった。
『大塚敬節著作集』第六巻60
茯苓四逆湯は四逆加人参湯に茯苓を加えた方剤で四逆加人参湯の證に、煩躁・心悸亢進・浮腫等の状が加われば此方を用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
12 茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) (傷寒論)
〔四逆加人参湯に茯苓四を加えたもの〕
四逆加人参湯證に、瘀水の状が加わったものに用いられる。したがって、煩操、心悸亢進、浮腫などを目標とする。
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.78
もし急性吐瀉病で体液欠乏の甚しいときは、人参二・〇を加えて、四逆加人参湯とし、もし心悸亢進するときは、更に茯苓三・〇を加えた茯苓四逆湯(四逆加加人参茯苓)を用いる。
『類聚方広義解説(56)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次に茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)です。「四逆加人参湯の証にして、悸する者を治す。茯苓六両、人参一両、甘草二両、乾姜一両半、附子一枚。右五味、水五升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、温服すること七合(水一合を以て六勺を取る)、日に三服す」とありまして、現在私どもは茯苓4g、甘草、乾姜、人参各2g、白河附子0.5~1gとして用いております。
条文は「発汗し、もしくは之を下し、病なお解せず、煩躁するものは、茯苓四逆湯之を主る」とあり、東洞がいうのに、「為則按ずるに、まさに心下悸、悪寒の証あるべし」とあります。
ここにいう煩躁の証について、大青竜湯(ダイセイリュウトウ)は、汗がまだ出ないで、下したりはしない前の煩躁で、これは実証に属するものであるが、ここに述べてあるものは、汗したり下したりして、しかも病がなおよくならないで煩躁しているので、これは虚に属するものである。それ故大青竜湯の脈は浮緊で、茯苓四逆湯の脈は沈微であるといわれております。また前に述べました乾姜附子湯は、発汗と瀉下の両方の逆を侵したものであるが、この条はあるいは発汗し、あるいは下し、そのいずれか一つの誤りを侵したものであります。
「発汗し、もしくは之を下し」と、もしくはと明記していますのはそれでありまして、乾姜附子湯の時は「之を下して後、また汗を発し」と述べてあります。茯苓四逆湯の証には心下悸、すなわち茯苓の証があるというわけであります。
榕堂先生は欄外に註をして、応用を広めております。すなわち「茯苓四逆湯は宋版(そうばん)、玉函(ぎょくかん)、千金翼(せんきんよく)、併せて茯苓四両に作る。今之に従う」。
「四逆加人参湯の証にして、心下悸し、小便利せず、身瞤動(じゅんどう)し、煩躁する者を治す」。
「霍乱(かくらん)の重症にして、吐瀉の後、厥冷して、筋惕(きんてき)し、熱なく、渇なく、心下痞鞕、小便不利、脈微細の者はこの方を用うべし。服後小便利する者は救うことを得べし」。
「なお、諸の久病にして、精気衰憊し、乾嘔不食し、腹痛して溏泄(とうせつ)し、悪寒し、面部四支微腫する者を治す。産後の調摂を失する者に、多くこの症あり」。
「慢驚風(まんきょうふう)にて搐搦上竄(ちくできじょうそ)し、下利止まず、煩躁し、怵惕(じゅつてき)(おそれて心安からず)し、小便不利し、脈微数の者を治す」と、その用い方をいろいろと追加しているのであります。
以上を『漢方概論』で総括してみますと、茯苓四逆湯は、四逆加人参湯の証で、心下に動悸が打っており、小便がよく出ない、身瞤動(じゅんどう)し煩躁する者を治すというわけです。これは少陰の位で、陰虚証であり、脈は微弱で、腹部は軟弱であり、時に緊張、かすかに膨満することもある。舌は湿潤し、時に乾燥することもある。目標は、誤って発汗し、あるいは瀉下し、四逆加人参湯の証にして心下悸、小便不利、身瞤動、煩躁というところであります。
次に茯苓四逆湯の応用を箇条書きに述べますと、第一は感冒、肺炎、その他の熱病で、誤って汗し、あるいは誤って下し、煩躁、手足が冷えて脈微弱となったもの、あるいは下痢が止まらないもの。第二は、コレラ、またはコレラに似た吐瀉を起こして、その後にに四肢が厥冷し、搐搦、痙攣を起こしたり、煩躁、心下痞鞕、小便不利、脈微弱のもの。第三は、各種の慢性病で、元気が衰えて、乾嘔不食、腹痛、下痢、悪寒、四肢微腫のもの。第四は慢驚風(まんきょうふう)(てんかん等痙攣を起こす症状)、脳水腫、脳膜炎、脳炎のあと。搐搦上竄、下痢、煩躁、小便不利に、脈の微弱のもの。第五は老人性の浮腫で、元気のない、気力の衰えたもので、心下に動悸を訴えてもだえ苦しむもの。第六は子宮出血で、精神がボーッとして手足が冷たくて冷汗をかき、脈が非常に沈んで弱いものです。
茯苓四逆湯の治験例は、浅田宗伯の『橘窓書影』から引用しますと、第一は脱汗です。池沼治平という人の娘が、疫病(流行病)に罹り、八~九日経って汗が凄く出て、煩躁して眠ることができません。脈は弱く、頻数で、手足は冷たくなっています。多くの医者は治療の施す術がなく手をあげてしまいました。そこで浅田宗伯先生は茯苓四逆湯を作って与えたところ、一~二日で汗が止み、煩躁が治り、足が温かになって、すっかりよくなったということです。
もう一つは子宮出血に使った例があります。湯島天神下の谷口佐兵衛の妻で40才、月経が多く下って止まらない。ある日血塊が数回にわたって下り、意識は混濁し、手足は厥冷し、脈は沈んでかすかとなり、冷汗が流れるようである。いろいろな医師にみてもらったが手の施しようがないというので、浅田先生はこれに茯苓四逆湯を与えたところ、手足の冷たいのがたちまち治り、精神状態が平常になって、きれいに治ったということであります。
※搐搦上竄:ちくできじょうざん?
『類聚方広義解説II(60)』 日本東洋医学会名誉会員 藤平 健 先生
-茯苓四逆湯・通脈四逆加猪胆汁湯・白通湯・白通加猪胆汁湯-
■茯苓四逆湯
本日は茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)から本文を読んでいきましょう。
茯苓四逆湯 治四逆加人參湯證。而悸者。
茯苓六兩一錢二分人薓一兩三分甘草二兩六分乾薑一兩半四分五釐附子一
枚三分
右五味。以水五升。煮取三升。去滓。溫服七合。以水一合。
煮取六勺。日三服。
發汗若下之。病仍不解。煩躁者。
爲則按。當有心下悸。惡寒證。
「茯苓四逆湯。四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)の証にして、悸するものを治す。
茯苓六両(一銭二分)、人参(ニンジン)一両(三分)、甘草二両(六分)、乾姜(カンキョウ)一両半(四分五厘)、附子(ブシ)一枚(三分)。
右五味、水五升をもって、煮て三升を取り、滓を去り、七合を温服す(水一合をもって、煮て六勺を取る)。日に三服す。
発汗しもしくはこれを下し、病なお解せず、煩躁するものは、(茯苓四逆湯これを主る)。
為則按ずるに、まさに心下の悸、悪寒の証あるべし」。
茯苓四逆湯は、四逆加人参湯証であって、動悸のあるものを治すというのです。四逆加人参湯は四逆湯に人参が加わったもので、「四逆湯の証にして心下痞鞕するものを治す」となっています。
茯苓四逆湯の構成は、茯苓六両(一銭二分)、人参一両(三分)、甘草二両(六分)、乾姜一両半(四分五厘)、附子一枚(三分)で、小さい字で書いてあるものは、尾台榕堂(おだいようどう)先生が決めた分量です。附子はだいたいの量を示してあるので、必ずしもこの通りにしなければいけないというものではありません。煎じ薬ですから一日量1gくらいから使いはじめて、調子がよければ0.5gくらいずつ段階的に増やしていく方法がよろしいと思います。
右の五味を、今の分量で五合の水で煮て、三合に煮詰め、滓を去って、七勺を温服する、日に三服する、とあります。
発汗、あるいは下すということを行って、病気がなお治らず、煩躁が激しいもの、すなわち真寒仮熱のために、悪寒が激しくて仮の熱が出てきて、苦しくてじっとしていられず、輾転反側するという状態が出ているのを治すということです。これは急性疾患である場合には病が重い状態です。
東洞先生が考えるのに、みぞおちの動悸と悪寒があるはずである、ということです。
■茯苓四逆湯の頭註
頭註を読みます。
「茯苓四逆湯は、宋板、玉函、千金翼、幷せて茯苓四両に作る。今これに従う。
四逆加人参湯の症にして、みぞおちで動悸が激しくして、小便がよく出ない、そして体が震えて筋肉がピクついて、 輾転反側して苦しむものを治す。
霍乱の重症で、嘔吐、下痢があった後に手足が冷えこんで、筋肉がピクつき、輾転反側して苦しみ、熱がなくて、喉も乾かず、心下痞鞕があって、小便がうまく出ないで、脈が微細のものに、この方を用うべし。服後小便が出るという状態を呈したら、これは救うことができる。
諸久病にして、精気衰憊し(元気がなくなってしまって)、からえずきをして食べることができない、腹痛して下痢がひどい、悪寒し、面部四肢に微腫があるものを治する。産後、体の調節の状態がよくなくなったものには、この症が多いものである。
慢驚風(ひきつけ)にて、筋肉がピクピクし、小便がうまく出ない、脈が微かで速い、というものを治す」。
茯苓四逆湯は、以上のように脈も弱い、動悸が激しい、煩躁がある急性の重症で、手足も冷えているという状態を治すが、この症はみぞおちのあたりの動悸が激しく、寒気があるはずであると、東洞先生はいっておられるということです。
仮性脳膜炎とか、胃腸疾患で、下痢が久しく止まないで、だんだん悪くなってきて、こういう症状に至る人もしばしばあります。
『勿誤薬室方函口訣(109)』 日本東洋医学会理事 中田 敬吾
-茯苓琥珀湯・茯苓四逆湯・茯苓瀉心湯・茯苓補心湯(千金)・茯苓補心湯(良方)-
本日は茯苓琥珀湯(ブクリョウコハクトウ)、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)、茯苓瀉心湯(ブクリョウシャシントウ)、茯苓補心湯(ブクリョウホシントウ)について解説いたします。処方の名の初めにいずれも茯苓(ブクリョウ)と名づけられていますように、これらの処方は茯苓が重要な役割を果たしている処方ばかりといえます。したがって各処方の解説に入る前に、茯苓の薬能について少し述べることにします。
『和語本草』を見ますと、茯苓は「小便を利し、湿を除き、脾胃を益し、気を導き、水腫、淋渋、痰飲、泄瀉、腹脹、煩満、咳逆、消渇、胸脇の逆気、心下の結痛、眠りを好むものを治す」と記載があります。
また『本草備要』を見ますと「色白くして肺に入り、熱を瀉し、下って膀胱に通じる、心を安らかにし、気を益し、栄衛を調理し、魄を定めて、魂を安じ、憂意、狂気を治す」とあります。
「小便を利し、湿を除き、水腫を治す云々」の記載は、茯苓に水毒を治す効果のあることを示しています。さらに「脾胃を益し、気を導き」とあるのは、茯苓に消化器系の機能の衰えを補い、気の機能低下、すなわち気虚を補う効果のあることを示しています。
そして茯苓は、心、肺、肝にも働き、「魂魄を定め、憂意、狂気を治す」ことにより、精神的な失調状態を治す効果のあることを示しています。つまりデプレッションなど精神科領域疾患にも応用のできることを示しているわけであります。これらの種々の効果は、基本的には体の中の水毒を除き、脾胃すなわち消化器の機能失調を補うことから波及してくる効果といえます。
(中略)
茯苓四逆湯
次は茯苓四逆湯です。これは『傷寒論』少陰病の治療処方でありまして、少陰病というのは、『傷寒論』には、「少陰の病たる脈微細、ただ寝んと欲するなり」とか、「少陰病、吐せんと欲して吐せず、心煩してただ寝んと欲し、五六日自利して渇す。虚ゆえに水を引きて、おのずから救う。もし小便白きもの小陰病の形ことごとく備う」などの記載があります。
すなわち、体が衰弱して、昼間からうとうと眠り、顔色は血色がよくなく、四肢が冷えたり、体が寒がったりし、下痢も、ほとんどこなれない下痢で、水のような下痢をする。そういう病態を少陰病と呼んでおります。セリエのストレス学説にいう、疲憊期に相当しまして、生体の抗病能力あるいは自然治癒力が大きく低下して、危篤な時期にさしかかっている時期を意味しております。この時期の治療は、温め補うことを基本としておりまして、生体の生命反応力を高めるように治療しております。この少陰病の代表的治療処方が四逆湯(シギャクトウ)であります。
茯苓四逆湯は、この四逆湯に茯苓(ブクリョウ)と人参(ニンジン)を加えた処方で、四逆湯の補虚、すなわち虚を補う効果をさらに強化したものといえます。『口訣』を読んでみますと、「此の方茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。本草に云う茯苓は煩満を主ると。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非れば救うこと能わず」と記載されております。
すなわち、先に述べた少陰病の時期から、さらに病気が進行して、陰陽が解離しようとする、いわゆる厥陰病の時期に来ているといえます。したがって、煩躁や汗出止まずといった症状が出てきたわけですが、病気としては非常に重篤、危険な状態であることを認識し、まさに茯苓四逆湯の適応症と判断しましても、漢方治療だけに頼らず、輸液、あるいは強心剤など、救急管理も合わせて行なう必要のある時期といえます。
私も本処方も癌末期の患者に用いたことも数回ありますが、そういう時期の治療はなかなか困難でありまして、漢方だけではどうしてもうまくゆかないということがありますので、やはり本処方投与時期は現代医学と併用を常に頭に考えて行なうことが大事だと思います。
本処方は以上のような重篤期に適用しますが、とくに重篤な疾患がない場合でも、極度の疲労状態にあるとか、あるいは極度の疲労状態のために煩躁があるとか、胸苦しいというような症状のある時に応用して効果のある場合があります。たとえば、私は学生時代に柔道をしておりましたが、合宿などで極度に疲労した状態の時などはこういう処方が適応になると考えられます。また普段から体が虚弱で冷え症で、とくに著明な冷え症の場合、その他の諸種の慢性疾患、たとえば喘息とかリウマチなど、いずれにしましても、そういった虚弱で冷え症の人の慢性疾患の場合に、茯苓四逆湯が適応する場合もあります。
四逆湯の内容は、甘草(カンゾウ)、乾姜(カンキョウ)、附子(ブシ)の三味から成っておりますが、茯苓四逆湯はこの甘草、乾姜、附子の三味にさらに人参、茯苓の二味が加わっております。一方、これによく似た処方に人参湯(ニンジントウ)という処方があります。人参湯は甘草、乾姜、人参、白朮(ビャクジュツ)の四味から成っていますが、これらを見てみますと、いずれも甘草、乾姜の二味、すなわち甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)という処方が基本になっているのがわかります。
本処方を勉強する折に、これら一連の甘草乾姜湯を主体にした処方を覚えておいていただくのも参考になるかと思います。この甘草乾姜湯につきましては、本てきすと46ページに『口訣』が記載されていますので、それを参考にしていただくとよいと思います。
甘草乾姜湯は、冷えを改善するのに、非常に強い力を持った処方でありまして、冷え症で虚証の喘息、あるいはその他諸種の疾患に対してもっとも基本となる処方であります。このように甘草乾姜湯による強い冷えとか虚の状態を補う効果のほかに、四逆湯には附子が入っています。
附子はいわゆる腎火の衰えを補う効果があるとされた生薬であります。体から寒冷の邪気を駆散して体を温め、それによって体の生理機能がうまくゆくというものですが、、現代薬理学的に見ましても、附子は心臓循環器系によく作用し、強い強心作用を発揮することがわかっております。また強い鎮痛効果も見られます。この附子の効果は、以前はアルカロイドのアコニチンというものが考えられていたのですが、最近ではハイゲナミンという物質がこの強心作用の主役を演じているといわれています。
茯苓四逆湯はこれらの冷えを改善する力に優れた薬物の上に、さらに補気とか除湿の効に優れて、心煩を除く茯苓、さらにまた中焦の元気を補うとされています人参が配列されておりまして、補虚の代表的方剤といえる薬であります。
【参考】
デプレッション【depression】 1 意気消沈。憂鬱(ゆううつ)。
うつ病にあたる英語として、メランコリー(Melancholy)とともに使われる。
DSMと言う診断体系では、大うつ病(Major Depressive Disorder)と言う分類の下にメランコリー型(Melancholic Type)が入っている。
デプレッションはメランコリーの上位階層として位置づけています。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証・虚証と虚熱による煩躁・自汗等のあるもの。時に虚熱を伴う。
《少陰病より厥陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
裏の寒証 | 虚証 | 虚熱 | 水毒 | |
主証 | ◎手足厥冷 ◎寒がり ◎悪寒 ◎完穀下痢 | ◎疲労倦怠 | ◎煩躁 | |
客証 | 顔面蒼白 身体疼痛(水) 身体惰痛(水) こわばり(水) 麻痺(水) 食欲不振 乾嘔 腹痛 | 無欲状態 元気衰憊 虚脱状態 | ○自汗 口燥 口渇 瘙痒感 発熱 熱感 顔面紅潮 | 尿不利 時に多尿 微腫 老人の下腿浮腫 痙攣 搐搦 目眩 頭痛 |
【脈候】 沈細・微細・微弱・微数・浮数・浮大。
【舌候】 湿潤して無苔。時に虚熱のため乾燥し、紅舌から黒舌となることもある。
【腹候】 軟から軟弱。しばしば心下悸があ責、時に心下痞硬を呈する。また腹部膨満および腹直筋の異常緊張を伴うこともある。
【病位・虚実】 四逆湯証よりも一層虚証が深刻で、少陰病から厥陰病に位する。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜3.0 附子a.q.(0.5) 人参2.0 茯苓8.0
【腹候】 軟から軟弱。しばしば心下悸があ責、時に心下痞硬を呈する。また腹部膨満および腹直筋の異常緊張を伴うこともある。
【病位・虚実】 四逆湯証よりも一層虚証が深刻で、少陰病から厥陰病に位する。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜3.0 附子a.q.(0.5) 人参2.0 茯苓8.0
【方解】 本方は四逆湯に茯苓・人参を加えたものである。茯苓は水ほ偏在を矯正し、これをまぐらせる。人参は補液・補血作用と同時に健胃・強総・強精薬で、胃腸の働きを活発にし新陳代謝を振興する。このために本方意は四逆湯証より一段と虚証が深刻で虚熱を呈する。また水毒の傾向も強い。なお沢瀉・猪苓は余剰の水分を尿へと導く利尿薬であるが、茯苓・朮は水の偏在を正す利水薬である。
【方意の幅および応用】
A 虚証:疲労倦怠感を目標にする場合。
汗下による虚脱、各種出血による虚脱、各種慢性疾患の虚脱状態、
癲癇発作・脳炎後等の虚脱状態、激症急性胃腸炎による吐瀉
B 虚熱:煩躁・発熱等を目標にする場合。
汗下を施しても解熱しない感冒・肺炎・膠原病等、
急性虫垂炎・限局性腹膜炎等の誤治の救急、その他四逆湯証で煩躁を伴うも英
外傷・手術・分娩出血によるショック
急性慢性胃炎、幽門狭窄、胃十二指腸潰瘍、急性肝炎、妊娠悪阻
C 水毒:微腫等を目標にする場合。
老人の浮腫、眩暈症、偏頭痛
【参考】 *発汗し、若しくは之を下し、病仍解せず、煩躁する者、茯苓四逆湯之を主る。『傷寒論』
C 水毒:微腫等を目標にする場合。
老人の浮腫、眩暈症、偏頭痛
【参考】 *発汗し、若しくは之を下し、病仍解せず、煩躁する者、茯苓四逆湯之を主る。『傷寒論』
*四逆加人参湯証にして、心下悸し、小便利せず、身瞤動し、煩躁する者を治す。『類聚方』
*此の方、茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。『本草』に云う、「茯苓は煩満を主る」と。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非ざれば救うこと能わず。
『勿誤薬室方函口訣』
*虚熱とは虚証で陰証の熱証を意味する。脈浮大となり、顔は赤く、暑がって汗をかき、高熱を発することがあり、舌候も陽証とまぎらわしくなる。一見して陽証の実熱と区別しにくい。しかし脈力が低下し、血圧が低下している点が後者との相違である。
*此の方、茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。『本草』に云う、「茯苓は煩満を主る」と。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非ざれば救うこと能わず。
『勿誤薬室方函口訣』
*虚熱とは虚証で陰証の熱証を意味する。脈浮大となり、顔は赤く、暑がって汗をかき、高熱を発することがあり、舌候も陽証とまぎらわしくなる。一見して陽証の実熱と区別しにくい。しかし脈力が低下し、血圧が低下している点が後者との相違である。
【症例】 虫様突起炎
小生の友人が治療中の患者で、大黄牡丹皮湯を与えたが、10日経っても発熱39℃を上下し、腹痛が去らないという相談である。すでに化膿しているらしい。そこで薏苡附子敗醤散を勧めておいた。友人は薏苡附子敗醤散を3日間投薬してが、症状は少しも軽快せず、一般症状はかえって増悪して来た。よって友人の病院にて患者を診察することになった。患者は25歳の頑丈な漁夫で、10日以上病床に呻吟していても、なお肉付が良い。ただ少しく軽い黄疸の傾向がみえる。小生が病室に入った時患者は水を口に入れては吐き出し、唇を水でぬらしていた。口の中がすぐにカラカラになって、舌が動かなくなるという。舌をみると一皮むけたようになって、乾燥している。脈は洪大でやや数である。その日は午前中に悪寒がして、午後から38℃を越す発熱が続いている。発汗はない。腹診するに、一体に枯燥の状態があり、右側の下腹はやや膨隆し、回盲部は圧に過敏である。右脚は少し動かしても腹にひびいて痛むという。小便は赤濁して量は少なく、快痛しない。大便は自然には出ない。手足は午後になると煩熱の状態となり、ふとんから出したくなる。以上の症状をみるに、脈が洪数であるのは、膿が已になるの徴候であって、下剤はやれない。口舌が乾燥して、水を飲むを欲せず、口漱がんことを願い、手足が煩熱するのは、地黄のゆくべき場合である。かかる考えから出発して次の薬方を決定した。
すなわち七腎散を本方とし、これに八味丸を兼用するのである。『外科正宗』の七腎散は「腸癰潰るるの後、疼痛淋瀝やまず、或いは精神減少、飲食味ひなく、面色痿黄、自汗盗汗、臨臥安からざるを主治す」とあって、まさにこの患者の正面の証のようにみえる。これに八味丸を兼用すれば鬼に金棒だ。2、3日で必ず軽快するだろう。これ位の病気が治せなくてどうするんだと、意気揚々と帰って来た。ところが右の薬方を2日飲むと、大変なことになった。まず第1に全身の強い発汗が始まり、それが終日止まない、第2に全身に点在性に異常感覚が起こった、第3に右脚の内側に軽い痙攣が起こった、第4に脈が弱くやや幅が減じた。そして前からある悪寒、発熱、腹痛、手足の煩熱、口乾等は依然として存在している。結局病気が重くなったわけだ。そこで考えるに、全身からの強い発汗は亡陽の徴であり、右脚の痙攣は四逆湯の内拘急である。かくなる上は最後の切り札として四逆湯に人参と茯苓を加えた茯苓四逆湯を投ずるのほかはない。おっかなびっくりで1日分の茯苓四検湯を服用せしめるに、患者は気分が爽快となり、腹痛は減じ、腹満は去り、熱は下り、食欲は出て、同方を続服すること10日足らずして、退院になった。
『大塚敬節著作集』第六巻60
2014年4月15日火曜日
四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう) の 効能・効果 と 副作用
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
四逆加人参湯は四逆湯に人参を加えた方剤で、四逆湯證に似て、疲労が甚しく、体液欠乏の状あるものに用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
11 四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう) (傷寒論)
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.78
もし急性吐瀉病で体液欠乏の甚しいときは、人参二・〇を加えて、四逆加人参湯とし、もし心悸亢進するときは、更に茯苓三・〇を加えた茯苓四逆湯(四逆湯加人参茯苓)を用いる。
『類聚方広義解説(56)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
■四逆加人参湯
本日は四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)から解説を進めます。
最初に「四逆湯の証にして心下痞鞕する者を治す」と書いてあります。そして「四逆湯の方内に人参一両を加う。甘草一銭二分、乾姜九分、附子、人参各六分。右四味、煮ること四逆湯の如し」とあります。現在私たちは甘草3g、乾姜2g、白河附子0.5~1g、人参2gとして用いております。
条文は「悪寒脈微、しかしてまた利し、利止むは亡血するなり。四逆加人参湯之を主る」というものです。「また利し」というのは『医宗金鑑』には「利止まず、亡血は亡陽とすべきだ」と註をしております。その方がよく了解されると思います。また利しというのは、下痢がしばらく止んでまた下痢することで、下痢が止まなければ陽、すなわち元気が衰え滅ぶるもので、それには四逆加人参湯がよいというわけであります。
榕堂先生はこれを補足して欄外に「千金方や外台秘要にはともに人参二両としている。この方は自下利の脱症を主る。茯苓四逆湯は汗下の後の脱症を主るものである。執匕家(しつぴか)は必ずしも拘泥せず、ただ操縦自在に得ることをなせ。諸方皆然り。按ずるに、この条疑うらくは脱誤あらん」といっております。
執匕家というのは匙をとるもの、すなわち臨床家のことで、これにとらわれることなく、自由自在に方を操縦せよというわけであります。『皇漢医学』で湯本先生は「ただ操縦自在なるを得たりとなす」『医宗金鑑』では亡血は亡陽の誤りとしておりますが、亡血すなわち貧血と解釈しても差し支えないと思います。浅田宗伯の『勿誤方函口訣(ふつごほうかんくけつ)』には、「四逆加人参湯は、亡血、亡津液を目的とす」とあり、構成にては人参、附子とひと摑みにというが、仲景は、陰虚には附子を主とし、陽虚には人参を主とすといっております。有持桂里(ありもちけいり)の『方輿輗(ほうよげい)』には血脱して手足逆冷するものには、速やかに四逆加人参湯を与うべしと述べ、独参湯(ドクジントウ)(人参の一味)の煎薬は脱血の時はどんどん服用させよと、輸血に匹敵する補血の効があると推奨しております。
四逆加人参湯の治験例としては、大塚敬節先生の『漢方診療三十年』からお借りしてみますと、内臓下垂のある無力性体質の患者の治療が載っております。55才の婦人で平生から胃腸が弱い、背丈の高い痩せた方で、最近ますます痩せるというのであります。顔色は青くて、精気がなく、手足の関節が軽く痛み、臍の動悸が気になって仕方がないという。おなかは軟弱で、臍から下は膨満してガスが溜まっている。しかし圧痛はない。ひどい内臓下垂があって、小便は勢いよく出ない。大便は一日一回はあるが軟便で快通しない。脈は遅くて弱く、舌は乾燥し、食欲は普通で熱はない。初め桂枝人参湯(ケイシニンジントウ)を与えたが、腹部膨満がひどくなり、小便も出にくくなった。そこで四逆加人参湯に改めたところ、諸症状が速やかに好転し、一ヵ月後には電車に乗って来院することができ、五十日ですっかり元気になったというものです。この症例では腹部はまったく軟弱で、心下痞鞕の症はないようであります。
『漢方概論』に四逆加人参湯を総括して、次のように述べております。四逆加人参湯は、病位としては少陰と厥陰の中間の位で、いわゆる虚寒が甚だしい。脈は微弱で、おなかは軟弱である。時に心下に抵抗のあることがある。舌は湿潤しており、時に煤煙を含んだように、少し黒味を帯びていることもある(附子の証)。
目標は、四逆湯の証で、しかも脱水、亡血症状が著明で、輸血や点滴の必要のある時、すべて弛緩症状の著しいものにこれを用います。
応用としては、貧血、出血で元気が沈滞して手足が冷える時、悪寒して下痢しやすい時、体が冷えて額の上、手の甲に冷汗が出る時、胃腸が無力である、心下に動悸を訴え、四肢関節が痛む時があるという時に使われます。
『類聚方広義解説II(59)』 あきば病院院長 秋葉 哲生
通脈四逆湯・四逆加人参湯
本日はテキスト105頁から107頁、通脈四逆湯(ツウミャクシギャクトウ)および四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)を解説します。前回藤井先生からご解説がありましたように、この二方は四逆湯(シギャクトウ)のバリエーションの一つです。本方の前に書かれています四逆湯より一段と重いものに用いるということになっています。
(略)
■四逆加人参湯
次に四逆加人参湯です。これも四逆湯のバリエーションの一つで、四逆湯に人参一両を加えたものです。
四逆加人參湯 治四逆湯證而心下痞鞕者。
四逆加人参湯の使用目標を『実用漢方処方集』から引用しますと、乏血、悪寒、脈微、下痢などが目標になるということです。『方極』の文では「四逆湯の証にして心下痞鞕するものを治す」とあります。
四逆湯の証であって、みぞおちが自覚的につかえる、他覚的にはそこに抵抗を認めるという状態が加わったものを治すのであるということです。これは吉益東洞先生が、四逆加人参湯の性格を短いセンテンスで述べたものです。人参が加わることで心下痞鞕ということが加わっているわけですが、吉益先生はその著書『薬徴(やくちょう)』の中で、人参の薬能を「心下痞鞕を主治するものなり」と述べています。すなわち四逆湯方内に人参が加わったものが四逆加人参湯ですから、その証として心下痞鞕が加わったものと考えられたことが書かれているわけです。
於四逆湯方内。加人薓一兩。
甘草一錢二分乾薑九分附子人薓各六分
右四味。煮如四逆湯。
「四逆湯方内に人参一両を加う。甘草(一銭二分)、乾姜(九分)、附子、人参(各六分)」。
ここでは原典にある「甘草二両、附子一枚、乾姜、一両半」という量目は省略されています。藤井先生が解説されました四逆湯と同じものに、附子と等量の人参が加わっているということです。「右四味、煮ること四逆湯のごとし」です。
惡寒脈微。而復利。『利止亡血也。』
本文は、「悪寒し、脈微にして、また利す。利止み亡血なり」、ないしは「利止むは亡血なり」、あるいは「利止まば亡血なり」とも読めると思いますが、この二重カッコの部分は、意味がよく通じません。これは『傷寒論』霍乱病篇の文章で、原典にはこの下に「四逆加人参湯これを主る」と書かれています。
これは解説を要しないと思いますが、悪寒して脈があって、またさらに下痢をしてしまうような状態に四逆加人参湯を用いるわけです。
爲則按。當有心下輕病也。辨之藥徴人薓條下。
為則按ずるに、まさに心下に軽病あるべきなり。これを薬徴の人参条下に弁ず」。
吉益先生がお考えになるのに、まさに心下に軽い病があるに違いない、『方極』で心下痞鞕という証があるだろうと述べておられましたが、それと内容はおそらく共通するものであります。これを吉益先生の『薬徴』の人参を論じたところで、詳しく述べていると書いておられます。
■四逆加人参湯の頭註
頭註に移ります。頭註は尾台榕堂先生の見解です。
「千金、外台は、ともに人参二両に作る。この方は、自下の脱症を主る。茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)は、汗下後の脱症を主る。しかれども執匕家は必ずしも拘泥せず。ただ操縦自在を得るとなせ。諸方皆しかり。按ずるにこの条疑うらくは、脱誤あらん」。
『千金方(せんきんほう)』、『外台秘要方(げだいひようほう)』は、ともに人参を二両としている。この方はおのずと下痢をし、それが進行して重篤になった状態を主るのである。一方、この後に出てきます茯苓四逆湯は、発汗したり下したりを施した後、重篤になった状態、脱症を主るのである。この二つは違いがあるというように指摘しておられます。しかしながら薬匕を執る人、すなわち医に携わる人はこれに必ずしも拘泥をしてはいけない、そしてその二つを自由自在に駆使することが必要である。この二方に限らず様々な方がすべてそうなのであるということです。考えるとこの条文には、どうも脱落した部分があって、意味が通じないところがあると付け加えてあります。
■四逆湯類の今日的な応用
通脈四逆湯と四逆加人参湯の『類聚方広義(るいじゅほうこうぎ)』の解説はここまでですが、最後に四逆湯類の今日的な応用につ感て触れておきたいと思います。
四逆湯類は条文にありますように、たいへん衰弱した状態に用いられる薬方です。今日てはこのような重篤な状態に本方が用いられる機会は少ないと考えられます。そのような場合にはたいがい現代医学的な治療が施される、多くの場合は入院をする、点滴をするといったようなことが多いだろうと思われるからであります。代わって多くなりましたのが、難治性の慢性疾患に用いられる場合です。
現在は病気の構造も単純なものではなくなったようです。かつて先輩の先生方が、陰陽錯雑、虚実混交などとお呼びになった、陽証と陰証、実証と虚証の判別に困難を覚えるような症例が増えていることが、主に古方派に属する臨床家の先生方によって指摘されるようになりました。これらの事例に、鋭い問題意識を持って取り組んだのが藤平健氏です。氏はこれらの難症には二つ以上の証が存在すること、表立った証に対しての治療だけでは十分ではない、むしろ残りの薬方証の治療こそが治療の成否を分けることを指摘されました。
多くの臨床家の報告によりますと、その鍵を握るのが冷えの存在でありまして、この冷えをまず最初に治療する必要があると述べられています。このような用い方につきましては別の機会に譲りましょう。
『勿誤薬室方函口訣(49)』 日本東洋医学会会長 寺師 睦宗
-四逆散・四逆湯・四逆加人参湯-
次は四逆加人参湯です。『方函』の条文は「即ち四逆湯方に、人参を加う」とあり、『口訣』は「此の方は亡血亡津液を目的とす。後世にては参附と一つかみに言えども、仲景、陰虚には附子(ブシ)を主とし、陽虚には人参を主とす。後世にて言うは、参は脾胃に入て脾元の気を温養し、附は下元に入て命門火の源を壮にするとの相違あって、格別のものと心得べし」とあります。
「この薬方は、貧血と体液の損乏を目的として使うもので、張仲景は附子は陰虚を主として用い、人参は陽虚を主として用いるべきとしており、後世では人参は脾胃に入って気力をつけ、附子は下焦に入って命門の火(先天の気)を盛んにするとの違いがあっても、特別の薬方と心得て使用すべきである」と『口訣』は述べています。
『橘窓書影』の治験例を一つ。「土佐侯の臣、尾池治平の娘が流感にかかり、八~九日をへて汗がすごく出て、煩躁して眠ることができない。脈は虚して頻数で、四肢が冷たくなっている。多くの医は施すすべがなく、手をあげてしまった。私が茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)(四逆湯加人参茯苓(シギャクトウカニンジンブクリョウ))を与えたところ、一~二日で汗がやみ、煩悶は去り、足が温かくなって治った」と記述してあります。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう) [傷寒論]
【方意】 四逆湯証の裏の寒証と虚証に、亡津液による脱水・尿不利と、血虚による貧血等のあるもの。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
【脈候】 沈・沈弱・微弱。
【方解】 本方は四逆湯に人参を加えたものである。人参は津液の失われた状態を回復し、補液・補血作用を有す。更に機能の低下した中焦を調え、食物の消化吸収を活発にする。故に本方は四逆湯証の裏寒による下痢等体で体液を失い亡津液状態に陥っているもの、虚証が進み血虚の深くなったものに用いる。
【方意の幅および応用】
A 亡津液:下痢による脱水・尿不利等を目標にする場合。
四逆湯証の下痢後脱水のため尿不利に陥ったもの、
脳炎等で嘔吐・脱水・循環不全のもの、胃アトニーで心下痞硬するもの
B 血虚:貧血等を目標にする場合。 白血病に伴う諸症状、目眩し転倒する貧血
【参考】 *悪寒し、脈微にして復た利し、利止むは亡血なり、本方にて主治す。『傷寒論』
【症例】 結核性脳膜炎
男児4歳。3日前の午睡後、急に頭痛を訴え数回嘔吐した。37.3℃、食欲なく便通も2日ばかりないので浣腸したが排便はなかった。その日以後治療を受けたが漸開悪化する模様であるという。
初診の時(発病第4日)は体温37.2℃。脈拍88、緊張を缺くも不整なし。軽き咳嗽あるも胸部打診上変化を認めず。瞳孔対光反応正常。眼瞼下垂を認めず。腱反射減弱。意識も明瞭なるも無欲状。軽度の項部強直がある。ケルニヒ氏症状陽性の如くみゆる。発病の数日前より不機嫌、食欲不進、便秘等があったという。結核性脳膜炎を疑った。葛根湯を与えた。その夕方体温は急に39.6℃に上昇し、終夜38℃から39℃の間にあった。
翌朝(第5日)体温37.6℃、脈拍68(今朝は甚だ少ない)。昨夜より時折痙攣あり。意識なくほぼ昏睡状態。その夕方急変を知らせて来た。急いで往診すると全く昏睡状態に陥り顔面蒼白、口唇はチアノーゼを呈し、体温は36.2℃、脈拍不整に成て60乃至80、甚だ微弱。四肢厥冷、手足の指趾端も紫藍色を呈す。項部強直、ケルニヒ氏症状ますます著明となり、下肢は筋肉の強硬を現す。呼吸甚だしく浅表。湯タンポを以て四肢を暖め、急ぎ四逆加人参湯(附子0.2g)を作り明朝までに服用せしめるよう飲じた。
翌朝(第6日)昨夜の薬を服用してから大分具合が良さ失うだという。体温36.8℃。脈拍60不整。下肢筋の強直は残っているが四肢厥冷減少し口唇四肢のチアノーゼやや減少の様子あり、昏睡状態。よって四逆加人参湯は附子を更に0.3に増量して投与する。
翌朝(第7日)往診。体温37.2℃、脈拍76、依然として昏睡状態であるが昨日に比し緩解の模様で顔面は血色を帯び、チアノーゼ消失し、手足も温まり、極めて微弱であった脈拍も緊張してきた。下肢筋の強硬消失。この日の夜母親の乳房を当てると吸啜することができた。便通は2日前浣腸によって出たのみで便秘、尿は屢々失禁する。
第8日は体温は36.7~36.8℃で、脈拍80乃至60依然として不整。由日昏睡状態であったが一度母親の声が分かる如き態度を示した。瞳孔は依然極度に縮小。項部強直著明なるもケルニヒ氏症状はやや緩解。膝蓋およびアキレス腱反射依然消失。筋の強硬はもはら認められず、顔面口唇四肢喘等血色良し。この日重湯約1合摂取。終日なお前方を用いた。
第9日は意識がでてきた。母をみて呼ぶ。体温は平温、脈拍88なお不整あり、瞳孔はなお縮小している。腹証によって大柴胡湯に転じた。
第10日、大柴胡湯によって4回多量の排便をみた。意識はますます明瞭となり4回ほど20分から1時間位覚醒した。排尿を教えるようになった。体温が36.9℃乃至37.2℃。脈拍88、不整ほとんど消失した。瞳孔はやや開張して対光反応明かに現れた。項部強直はなお存在するがよほど緩解して来た。腱反射依然現れず。かくして大柴胡湯3日にして人参湯に変えた。投薬通計20日、何等の後遺症なく全快するを得た。
和田正系『漢方と漢薬』2・10・20
※ 三潴忠道 (みつまただみち)
福島県立医科大学 会津医療センター(福島県) 副病院長 漢方医学センター 漢方医学講座 教授
※ケルニッヒ徴候
ケルニッヒ徴候(ケルニッヒちょうこう、英: Kernig's sign, Kernig's symptom)とは神経学的所見のひとつで、項部硬直と同様に髄膜刺激症状の1つである。名前はバルト・ドイツ人神経生理学者、ヴォルデマール・ケルニッヒ(en:Woldemar Kernig)に由来する。 患者を仰臥位にさせ、一側股関節および同側の膝関節を直角に曲げた状態で膝を押さえながら下肢を他動的に伸展すると伸展制限が出る場合]、あるいは下肢を伸展させたまま挙上する (持ち上げる) と膝関節が屈曲してしまう場合にケルニッヒ徴候陽性という。これは大腿屈筋が攣縮するために起こる現象であり、通常は両側性である。また苦悶様表情を伴うこともあるが、必須ではない。すなわち疼痛が原因となって起きる現象ではない。 注意点 似ている神経学的所見にラセーグ徴候というものがあるが、こちらは疼痛が原因であり、通常一側性である。
(ウィキペディアより)
四逆加人参湯は四逆湯に人参を加えた方剤で、四逆湯證に似て、疲労が甚しく、体液欠乏の状あるものに用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
11 四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう) (傷寒論)
〔四逆湯に人参二を加えたもの〕
四逆湯證で、疲労がはなはだしく、出血や体液の欠乏の状のあるものに用いられる。貧血で水分欠乏の状態となるため、下痢も膿血性下痢となる。本方と附子理中湯とをくらべると、本方には白朮が欠けているため附子理中湯證のような瘀水はなく、ただ寒が強いものである。
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.78
もし急性吐瀉病で体液欠乏の甚しいときは、人参二・〇を加えて、四逆加人参湯とし、もし心悸亢進するときは、更に茯苓三・〇を加えた茯苓四逆湯(四逆湯加人参茯苓)を用いる。
『類聚方広義解説(56)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
■四逆加人参湯
本日は四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)から解説を進めます。
最初に「四逆湯の証にして心下痞鞕する者を治す」と書いてあります。そして「四逆湯の方内に人参一両を加う。甘草一銭二分、乾姜九分、附子、人参各六分。右四味、煮ること四逆湯の如し」とあります。現在私たちは甘草3g、乾姜2g、白河附子0.5~1g、人参2gとして用いております。
条文は「悪寒脈微、しかしてまた利し、利止むは亡血するなり。四逆加人参湯之を主る」というものです。「また利し」というのは『医宗金鑑』には「利止まず、亡血は亡陽とすべきだ」と註をしております。その方がよく了解されると思います。また利しというのは、下痢がしばらく止んでまた下痢することで、下痢が止まなければ陽、すなわち元気が衰え滅ぶるもので、それには四逆加人参湯がよいというわけであります。
榕堂先生はこれを補足して欄外に「千金方や外台秘要にはともに人参二両としている。この方は自下利の脱症を主る。茯苓四逆湯は汗下の後の脱症を主るものである。執匕家(しつぴか)は必ずしも拘泥せず、ただ操縦自在に得ることをなせ。諸方皆然り。按ずるに、この条疑うらくは脱誤あらん」といっております。
執匕家というのは匙をとるもの、すなわち臨床家のことで、これにとらわれることなく、自由自在に方を操縦せよというわけであります。『皇漢医学』で湯本先生は「ただ操縦自在なるを得たりとなす」『医宗金鑑』では亡血は亡陽の誤りとしておりますが、亡血すなわち貧血と解釈しても差し支えないと思います。浅田宗伯の『勿誤方函口訣(ふつごほうかんくけつ)』には、「四逆加人参湯は、亡血、亡津液を目的とす」とあり、構成にては人参、附子とひと摑みにというが、仲景は、陰虚には附子を主とし、陽虚には人参を主とすといっております。有持桂里(ありもちけいり)の『方輿輗(ほうよげい)』には血脱して手足逆冷するものには、速やかに四逆加人参湯を与うべしと述べ、独参湯(ドクジントウ)(人参の一味)の煎薬は脱血の時はどんどん服用させよと、輸血に匹敵する補血の効があると推奨しております。
四逆加人参湯の治験例としては、大塚敬節先生の『漢方診療三十年』からお借りしてみますと、内臓下垂のある無力性体質の患者の治療が載っております。55才の婦人で平生から胃腸が弱い、背丈の高い痩せた方で、最近ますます痩せるというのであります。顔色は青くて、精気がなく、手足の関節が軽く痛み、臍の動悸が気になって仕方がないという。おなかは軟弱で、臍から下は膨満してガスが溜まっている。しかし圧痛はない。ひどい内臓下垂があって、小便は勢いよく出ない。大便は一日一回はあるが軟便で快通しない。脈は遅くて弱く、舌は乾燥し、食欲は普通で熱はない。初め桂枝人参湯(ケイシニンジントウ)を与えたが、腹部膨満がひどくなり、小便も出にくくなった。そこで四逆加人参湯に改めたところ、諸症状が速やかに好転し、一ヵ月後には電車に乗って来院することができ、五十日ですっかり元気になったというものです。この症例では腹部はまったく軟弱で、心下痞鞕の症はないようであります。
『漢方概論』に四逆加人参湯を総括して、次のように述べております。四逆加人参湯は、病位としては少陰と厥陰の中間の位で、いわゆる虚寒が甚だしい。脈は微弱で、おなかは軟弱である。時に心下に抵抗のあることがある。舌は湿潤しており、時に煤煙を含んだように、少し黒味を帯びていることもある(附子の証)。
目標は、四逆湯の証で、しかも脱水、亡血症状が著明で、輸血や点滴の必要のある時、すべて弛緩症状の著しいものにこれを用います。
応用としては、貧血、出血で元気が沈滞して手足が冷える時、悪寒して下痢しやすい時、体が冷えて額の上、手の甲に冷汗が出る時、胃腸が無力である、心下に動悸を訴え、四肢関節が痛む時があるという時に使われます。
『類聚方広義解説II(59)』 あきば病院院長 秋葉 哲生
通脈四逆湯・四逆加人参湯
本日はテキスト105頁から107頁、通脈四逆湯(ツウミャクシギャクトウ)および四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)を解説します。前回藤井先生からご解説がありましたように、この二方は四逆湯(シギャクトウ)のバリエーションの一つです。本方の前に書かれています四逆湯より一段と重いものに用いるということになっています。
(略)
■四逆加人参湯
次に四逆加人参湯です。これも四逆湯のバリエーションの一つで、四逆湯に人参一両を加えたものです。
四逆加人參湯 治四逆湯證而心下痞鞕者。
四逆加人参湯の使用目標を『実用漢方処方集』から引用しますと、乏血、悪寒、脈微、下痢などが目標になるということです。『方極』の文では「四逆湯の証にして心下痞鞕するものを治す」とあります。
四逆湯の証であって、みぞおちが自覚的につかえる、他覚的にはそこに抵抗を認めるという状態が加わったものを治すのであるということです。これは吉益東洞先生が、四逆加人参湯の性格を短いセンテンスで述べたものです。人参が加わることで心下痞鞕ということが加わっているわけですが、吉益先生はその著書『薬徴(やくちょう)』の中で、人参の薬能を「心下痞鞕を主治するものなり」と述べています。すなわち四逆湯方内に人参が加わったものが四逆加人参湯ですから、その証として心下痞鞕が加わったものと考えられたことが書かれているわけです。
於四逆湯方内。加人薓一兩。
甘草一錢二分乾薑九分附子人薓各六分
右四味。煮如四逆湯。
「四逆湯方内に人参一両を加う。甘草(一銭二分)、乾姜(九分)、附子、人参(各六分)」。
ここでは原典にある「甘草二両、附子一枚、乾姜、一両半」という量目は省略されています。藤井先生が解説されました四逆湯と同じものに、附子と等量の人参が加わっているということです。「右四味、煮ること四逆湯のごとし」です。
惡寒脈微。而復利。『利止亡血也。』
本文は、「悪寒し、脈微にして、また利す。利止み亡血なり」、ないしは「利止むは亡血なり」、あるいは「利止まば亡血なり」とも読めると思いますが、この二重カッコの部分は、意味がよく通じません。これは『傷寒論』霍乱病篇の文章で、原典にはこの下に「四逆加人参湯これを主る」と書かれています。
これは解説を要しないと思いますが、悪寒して脈があって、またさらに下痢をしてしまうような状態に四逆加人参湯を用いるわけです。
爲則按。當有心下輕病也。辨之藥徴人薓條下。
為則按ずるに、まさに心下に軽病あるべきなり。これを薬徴の人参条下に弁ず」。
吉益先生がお考えになるのに、まさに心下に軽い病があるに違いない、『方極』で心下痞鞕という証があるだろうと述べておられましたが、それと内容はおそらく共通するものであります。これを吉益先生の『薬徴』の人参を論じたところで、詳しく述べていると書いておられます。
■四逆加人参湯の頭註
頭註に移ります。頭註は尾台榕堂先生の見解です。
「千金、外台は、ともに人参二両に作る。この方は、自下の脱症を主る。茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)は、汗下後の脱症を主る。しかれども執匕家は必ずしも拘泥せず。ただ操縦自在を得るとなせ。諸方皆しかり。按ずるにこの条疑うらくは、脱誤あらん」。
『千金方(せんきんほう)』、『外台秘要方(げだいひようほう)』は、ともに人参を二両としている。この方はおのずと下痢をし、それが進行して重篤になった状態を主るのである。一方、この後に出てきます茯苓四逆湯は、発汗したり下したりを施した後、重篤になった状態、脱症を主るのである。この二つは違いがあるというように指摘しておられます。しかしながら薬匕を執る人、すなわち医に携わる人はこれに必ずしも拘泥をしてはいけない、そしてその二つを自由自在に駆使することが必要である。この二方に限らず様々な方がすべてそうなのであるということです。考えるとこの条文には、どうも脱落した部分があって、意味が通じないところがあると付け加えてあります。
■四逆湯類の今日的な応用
通脈四逆湯と四逆加人参湯の『類聚方広義(るいじゅほうこうぎ)』の解説はここまでですが、最後に四逆湯類の今日的な応用につ感て触れておきたいと思います。
四逆湯類は条文にありますように、たいへん衰弱した状態に用いられる薬方です。今日てはこのような重篤な状態に本方が用いられる機会は少ないと考えられます。そのような場合にはたいがい現代医学的な治療が施される、多くの場合は入院をする、点滴をするといったようなことが多いだろうと思われるからであります。代わって多くなりましたのが、難治性の慢性疾患に用いられる場合です。
現在は病気の構造も単純なものではなくなったようです。かつて先輩の先生方が、陰陽錯雑、虚実混交などとお呼びになった、陽証と陰証、実証と虚証の判別に困難を覚えるような症例が増えていることが、主に古方派に属する臨床家の先生方によって指摘されるようになりました。これらの事例に、鋭い問題意識を持って取り組んだのが藤平健氏です。氏はこれらの難症には二つ以上の証が存在すること、表立った証に対しての治療だけでは十分ではない、むしろ残りの薬方証の治療こそが治療の成否を分けることを指摘されました。
多くの臨床家の報告によりますと、その鍵を握るのが冷えの存在でありまして、この冷えをまず最初に治療する必要があると述べられています。このような用い方につきましては別の機会に譲りましょう。
『勿誤薬室方函口訣(49)』 日本東洋医学会会長 寺師 睦宗
-四逆散・四逆湯・四逆加人参湯-
次は四逆加人参湯です。『方函』の条文は「即ち四逆湯方に、人参を加う」とあり、『口訣』は「此の方は亡血亡津液を目的とす。後世にては参附と一つかみに言えども、仲景、陰虚には附子(ブシ)を主とし、陽虚には人参を主とす。後世にて言うは、参は脾胃に入て脾元の気を温養し、附は下元に入て命門火の源を壮にするとの相違あって、格別のものと心得べし」とあります。
「この薬方は、貧血と体液の損乏を目的として使うもので、張仲景は附子は陰虚を主として用い、人参は陽虚を主として用いるべきとしており、後世では人参は脾胃に入って気力をつけ、附子は下焦に入って命門の火(先天の気)を盛んにするとの違いがあっても、特別の薬方と心得て使用すべきである」と『口訣』は述べています。
『橘窓書影』の治験例を一つ。「土佐侯の臣、尾池治平の娘が流感にかかり、八~九日をへて汗がすごく出て、煩躁して眠ることができない。脈は虚して頻数で、四肢が冷たくなっている。多くの医は施すすべがなく、手をあげてしまった。私が茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)(四逆湯加人参茯苓(シギャクトウカニンジンブクリョウ))を与えたところ、一~二日で汗がやみ、煩悶は去り、足が温かくなって治った」と記述してあります。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう) [傷寒論]
【方意】 四逆湯証の裏の寒証と虚証に、亡津液による脱水・尿不利と、血虚による貧血等のあるもの。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
裏の寒証 | 虚証 | 亡津液 | 血虚 | |
主証 | ◎手足厥冷 ◎顔面蒼白 ◎悪寒 ◎寒がり ◎完穀下痢 | ◎疲労倦怠 | ◎脱水 ◎尿不利 | ◎貧血 |
客証 | 頭痛 身体痛 食欲不振 悪心 腹虚満 温熱を好む (四逆湯証) | 無気力 元気衰憊 (四逆湯証) | 皮膚枯燥 | 目眩 |
【脈候】 沈・沈弱・微弱。
【舌候】 湿潤して無苔。時に煤煙様の黒苔を示す。
【腹候】 腹力軟或は軟弱。心下痞硬が存在する。
【病位・虚実】 裏の寒証で虚証は少陰病である。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜3.0 附子a.q.(0.5) 人参2.0
【腹候】 腹力軟或は軟弱。心下痞硬が存在する。
【病位・虚実】 裏の寒証で虚証は少陰病である。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜3.0 附子a.q.(0.5) 人参2.0
【方解】 本方は四逆湯に人参を加えたものである。人参は津液の失われた状態を回復し、補液・補血作用を有す。更に機能の低下した中焦を調え、食物の消化吸収を活発にする。故に本方は四逆湯証の裏寒による下痢等体で体液を失い亡津液状態に陥っているもの、虚証が進み血虚の深くなったものに用いる。
【方意の幅および応用】
A 亡津液:下痢による脱水・尿不利等を目標にする場合。
四逆湯証の下痢後脱水のため尿不利に陥ったもの、
脳炎等で嘔吐・脱水・循環不全のもの、胃アトニーで心下痞硬するもの
B 血虚:貧血等を目標にする場合。 白血病に伴う諸症状、目眩し転倒する貧血
【参考】 *悪寒し、脈微にして復た利し、利止むは亡血なり、本方にて主治す。『傷寒論』
*四逆湯の証にして、心下痞硬する者を治す。『類聚方』
*本方加大黄は温脾湯という。本方の方意に便秘を伴う大黄には利尿作用もあり、慢性腎炎に用いて血中尿素窒素値の改善が報告されている(三潴忠道)。
*本方加大黄は温脾湯という。本方の方意に便秘を伴う大黄には利尿作用もあり、慢性腎炎に用いて血中尿素窒素値の改善が報告されている(三潴忠道)。
【症例】 結核性脳膜炎
男児4歳。3日前の午睡後、急に頭痛を訴え数回嘔吐した。37.3℃、食欲なく便通も2日ばかりないので浣腸したが排便はなかった。その日以後治療を受けたが漸開悪化する模様であるという。
初診の時(発病第4日)は体温37.2℃。脈拍88、緊張を缺くも不整なし。軽き咳嗽あるも胸部打診上変化を認めず。瞳孔対光反応正常。眼瞼下垂を認めず。腱反射減弱。意識も明瞭なるも無欲状。軽度の項部強直がある。ケルニヒ氏症状陽性の如くみゆる。発病の数日前より不機嫌、食欲不進、便秘等があったという。結核性脳膜炎を疑った。葛根湯を与えた。その夕方体温は急に39.6℃に上昇し、終夜38℃から39℃の間にあった。
翌朝(第5日)体温37.6℃、脈拍68(今朝は甚だ少ない)。昨夜より時折痙攣あり。意識なくほぼ昏睡状態。その夕方急変を知らせて来た。急いで往診すると全く昏睡状態に陥り顔面蒼白、口唇はチアノーゼを呈し、体温は36.2℃、脈拍不整に成て60乃至80、甚だ微弱。四肢厥冷、手足の指趾端も紫藍色を呈す。項部強直、ケルニヒ氏症状ますます著明となり、下肢は筋肉の強硬を現す。呼吸甚だしく浅表。湯タンポを以て四肢を暖め、急ぎ四逆加人参湯(附子0.2g)を作り明朝までに服用せしめるよう飲じた。
翌朝(第6日)昨夜の薬を服用してから大分具合が良さ失うだという。体温36.8℃。脈拍60不整。下肢筋の強直は残っているが四肢厥冷減少し口唇四肢のチアノーゼやや減少の様子あり、昏睡状態。よって四逆加人参湯は附子を更に0.3に増量して投与する。
翌朝(第7日)往診。体温37.2℃、脈拍76、依然として昏睡状態であるが昨日に比し緩解の模様で顔面は血色を帯び、チアノーゼ消失し、手足も温まり、極めて微弱であった脈拍も緊張してきた。下肢筋の強硬消失。この日の夜母親の乳房を当てると吸啜することができた。便通は2日前浣腸によって出たのみで便秘、尿は屢々失禁する。
第8日は体温は36.7~36.8℃で、脈拍80乃至60依然として不整。由日昏睡状態であったが一度母親の声が分かる如き態度を示した。瞳孔は依然極度に縮小。項部強直著明なるもケルニヒ氏症状はやや緩解。膝蓋およびアキレス腱反射依然消失。筋の強硬はもはら認められず、顔面口唇四肢喘等血色良し。この日重湯約1合摂取。終日なお前方を用いた。
第9日は意識がでてきた。母をみて呼ぶ。体温は平温、脈拍88なお不整あり、瞳孔はなお縮小している。腹証によって大柴胡湯に転じた。
第10日、大柴胡湯によって4回多量の排便をみた。意識はますます明瞭となり4回ほど20分から1時間位覚醒した。排尿を教えるようになった。体温が36.9℃乃至37.2℃。脈拍88、不整ほとんど消失した。瞳孔はやや開張して対光反応明かに現れた。項部強直はなお存在するがよほど緩解して来た。腱反射依然現れず。かくして大柴胡湯3日にして人参湯に変えた。投薬通計20日、何等の後遺症なく全快するを得た。
和田正系『漢方と漢薬』2・10・20
※ 三潴忠道 (みつまただみち)
福島県立医科大学 会津医療センター(福島県) 副病院長 漢方医学センター 漢方医学講座 教授
※ケルニッヒ徴候
ケルニッヒ徴候(ケルニッヒちょうこう、英: Kernig's sign, Kernig's symptom)とは神経学的所見のひとつで、項部硬直と同様に髄膜刺激症状の1つである。名前はバルト・ドイツ人神経生理学者、ヴォルデマール・ケルニッヒ(en:Woldemar Kernig)に由来する。 患者を仰臥位にさせ、一側股関節および同側の膝関節を直角に曲げた状態で膝を押さえながら下肢を他動的に伸展すると伸展制限が出る場合]、あるいは下肢を伸展させたまま挙上する (持ち上げる) と膝関節が屈曲してしまう場合にケルニッヒ徴候陽性という。これは大腿屈筋が攣縮するために起こる現象であり、通常は両側性である。また苦悶様表情を伴うこともあるが、必須ではない。すなわち疼痛が原因となって起きる現象ではない。 注意点 似ている神経学的所見にラセーグ徴候というものがあるが、こちらは疼痛が原因であり、通常一側性である。
(ウィキペディアより)
2014年4月13日日曜日
通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) の 効能・効果 と 副作用
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
通脈四逆湯は四逆湯中の乾姜の量を倍加したもので、四逆湯證に似て、嘔吐・下痢及び手足の厥冷が甚しく、脈の殆ど絶えんとするものに用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
10 通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) (傷寒論、金匱要略)
【参考】 *四逆湯証にして、吐利、厥冷甚だしき者を治す。『類聚方』
*甘草と乾姜の比は甘草乾姜湯で4:2、四逆湯でも4:3、本方では4:6となっている。
*四逆湯類の附子は市場品の烏頭を用いる。
少陰病で、食べたものがそのままの状態で、 ただ水分たけが更に加わって出てしまう無色無臭(便臭はない)の不消化下痢(完穀下痢)があり、裏寒裏虚の状態が極度に激しいのに、外表の方は虚熱を生じて熱く、循環器系の機能も極端に低下して血行が悪くなり、手足社ひどく冷え、脈も極度に弱くてたえだえで触れにくい。それでいて、虚熱のために、少陰病にみられる悪寒がみられないという状態の者は通脈四逆湯の主治である。そのような病人で、虚熱によって顔が赤くなったものや、或いは裏寒のため腹痛したり、或いはからえずきがあるもの、或は咽痛するもの、また或いは下痢が止まっても脈が弱く触れにくいものなども、本方の主治するものである。
食べたものが全く消化しない、そして無色無臭の不消化便を下痢し、体表には熱があり、汗もかなり出て、手足がひどく冷える者は、裏寒の状態が激しく、外表に虚熱を生じ、また下痢と発汗により体液を消耗し、体力もひどく虚して、循環器系の機能も極度に低下して、手足が激しく冷えるようになったもので、これも本方の主治するものである。
藤平健 『類聚方広義解説』 499
【症例】 感冒の咽痛
48歳、主婦。数日前より感冒に罹り、休養できないまま仕事をしている。悪寒、全身倦怠感、体温37.5℃前後あり、解熱剤投与。陰証と認めて果糖液の静注をするも2日後の症状は依然たり。悪寒、特に下肢が堪え難しと。また咽頭痛を訴う。陰虚証の咽痛には通脈四逆湯の証ありとの龍野一雄先生の教えに従って1日分を投与す。全症状即治す。ただ頭重残れりという。白朮附子湯2日分を処方し全治す口:
下痢と嗄声
26歳の主婦。5日前より、大便がしぶるようになった。軟便である。1日3回位。臭い消化不良便。2日前より、水様性の鼻水とくしゃみが連発して出る。のどの奥が痛い。咳はな成。口渇もなし。発熱せず寒いのみ。そこで手持ちの小青竜湯エキスを飲んだという。来院1日前より、急か声が嗄れてしまってほとんど出ない。脈は、脈口部人迎部共にわずかで細く弱い。幅は人迎部がわずかに広いか或いは大体同じとみてよい位であった。寒がっており、上半身を脱がせると鳥肌が立ち、触れても冷たい。聴診上異常なし。
人迎脈診より、厥陰病として治療したい。冷えに対して最も強い処方を考えたい、と思い、処方は、通脈四逆湯。更に少陰病の通脈四逆湯条文の加減方の所にある桔梗を加えて、3日分を作った。その1包をすぐ煎じさせた。その間、厥陰兪、肺兪、風門、大杼を灸頭針で2回ずつ治療した。圧痛点は肝胆経上のみならず、身体のあちこちにあり、激痛点が多かった。頚椎のそれのみを操体法で除去した。これだけで、上気したように顔色が赤味を帯びた。ぽかぽかするという。それと共に低い声が出始めた。そこで煎じ上がった通脈四逆湯加桔梗を飲ませた帰した。その日1日の絶食は守ったという。大変温かくなったという。下痢は止まった。翌日の電話の声は普通であった。
橋本行生 『漢方臨床』 22・12・25
※『漢方臨床』は、『漢方の臨床』の誤り?
副作用
1.附子
・心悸亢進、のぼせ、舌のしびれ、悪心等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・小児には慎重に投与。
2.甘草
・偽アルドステロン症[低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等]に留意。
・ミオパシー[脱力感、四肢痙攣・麻痺等]に留意常
併用する場合には、含有生薬の重復に注意
附子
甘草(甘草含有製剤とグリチルリチン類を含む製剤)
通脈四逆湯は四逆湯中の乾姜の量を倍加したもので、四逆湯證に似て、嘔吐・下痢及び手足の厥冷が甚しく、脈の殆ど絶えんとするものに用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
10 通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) (傷寒論、金匱要略)
〔四逆湯の乾姜を四に増量する〕
四逆湯證で、虚寒証の状の強いものに用いられる。したがって、嘔吐、下痢、四肢の厥冷などは強く、脈がほとんど絶えんとするものを目標とする。
『類聚方広義解説(55)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次は通脈四逆湯について申しあげます。
初めに「四逆湯の証にして、吐利厥冷甚だしき者を治す」とあります。「甘草二両、附子一枚、乾姜三両。右三味、水三升を以て、煮て一升二合を取り、滓を去り、分温再服す。煮ること四逆湯の如し。その脈即ち出づる者は愈ゆ。後の加減法は、面色赤き者は、葱九(ソウ)茎を加え、腹中痛む者は葱を去り芍薬二両を加う。嘔する者は生姜二両を加え、咽痛する者は芍薬を去り桔梗一両を加う。利止み脈出でざる者は桔梗を去り人参二両を加う」とあります。
その分量について考えてみますと、いろいろの本で異なっておりますが、『古方薬嚢』では、甘草2g、乾姜3g、附子は生の場合は0.2gぐらいとしております。白河附子の場合は0.5~1gを用いてもよいのですが、中国の炮附子(熱を加え修治したもの)ならば2g~3gを用いても差し支えないと思います。
条文の第一は「少陰病。下利清穀、裏寒外熱、手足厥逆し、脈微にして絶えんと欲す。身かえって悪寒せず、その人面赤色、あるいは腹痛し、あるいは乾嘔し、あるいは咽痛し、あるいは利止み、脈出でざる者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
次に「下利清穀し、裏寒外熱、汗出でて厥する者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
そして「為則按ずるに、まさに附子の大なる者一枚に作るは、乾姜を以てその然るを知るべし」といっております。
ここに裏寒外熱(りかんがいねつ)とありますのは、真寒仮熱のことで、裏に寒があって、本当は冷えているが、外に仮に熱状を呈しているものであります。寒が極まって熱状を表わしていることであります。 『古方薬嚢』では通脈四逆湯を用いる証として次のように述べております。「下痢が激しくて、手足冷え上り、身に熱あって悪寒せず。その脈は糸のように細く、かすかで、打ち方にむらがあり、あるいは顔の赤い場合もある。その時は葱の白い太いところを一茎加えるとさらによい。あるいは腹の痛む時は芍薬2gを加える。あるいは吐き気を催すものには生姜2gを加え、喉の痛むものには桔梗1gを加える。あるいは下痢が止まっても脈が出ないものには人参2gを加えるとさらによろしい」。
通脈四逆湯は、四逆湯より一段と寒の強いもので、「身かえって悪寒せざるは、寒極まって熱状を呈するという、いわゆる真寒仮熱の病状であるから、熱としてこれを冷やしてはならない。平生陽気(元気)が乏しくて、発汗したり、下したり、冷たいものを多く摂取したり、洋薬の強い作用の薬を服用したりすると、よくこの証を引き起こしたりすることがある」といっております。
榕堂先生は欄外で、「通脈四逆湯は諸四逆湯に比し、その症の重きこと一等なり。面赤色以下は則ち兼症なり。その人の下に疑うらくは或の字を脱せん。加減法は後人のつけ加えたものである」といっており、中西深斎なども同じ意見で、これは後人の攙入(ざんにゅう)といって、張仲景の正文ではないと否定しております。
『古方薬嚢』の著者、荒木性次氏は、たとえ攙入文であってもこれをみだりに捨てるべきではないという態度をとっておりました。『類聚方集覧(るいじゅうほうしゅうらん)』では、加減法は信ずるには足らないと一応は否定しておりますが、葱白を加えると大いに効果があるといって、葱白は面色赤くなくとも之に加えた方が有効に働くといっております。葱白の効果というものは、よく陽気を助けるからであるといっております。
通脈四逆湯の治験例として、大塚先生の『症候による漢方治療の実際』の下痢のところに出ているのをお借りします。62才の男子が突然激しい嘔吐と下痢が始まってしまって、下痢は水様で生臭い、しかも量が多い。数回の下痢ののちに、たちまち声がかれて出なくなり、腓腸筋は痙攣を起こして時々強く引きつり、額から冷汗が流れ、脈はかすかに触れるようになりました。これに大量の通脈四逆湯を与えて、下腹と足を温めました。これを飲むと、一時すると腓腸筋の痙攣は止み、下痢もとまり、その夜は重湯を飲んでも吐かず、翌朝は発病以来初めて尿利があり、死を脱することができました。この患者は、初めから熱はなかったが、以上のような症状に熱のある時にもこれを用いることができます。 通脈四逆湯は、四逆湯よりも一般状態が重篤なものに用い、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)は煩躁状態のひどい時に用いるものであります。四逆湯、通脈四逆湯、茯苓四逆湯など一連の四逆湯は、いずれも下痢のある時に用いられますが、しかし慢性下痢に用いることは少なくて、急性の吐瀉病に用いる機会が多いわけです。疫痢、急性胃腸炎などで、下痢が激しく一般状態が重篤で、手足は厥冷し、脈は微弱で、顔面は蒼白、大便は水様の下痢で、あるいは失禁する時に用いるといっております。
以上で四逆湯と通脈四逆湯を終わります。
『勿誤薬室方函口訣解説(88)』 日本漢方医学研究所評議員 岩下明弘
通脈四逆湯・通脈四逆加猪肝汁湯
次に通脈四逆湯(ツウミャクシギャクトウ)および通脈四逆加胆汁湯(ツウミャクシギャクカタンジュウトウ)であります。ともに『傷寒論』の処方で、通脈四逆湯の内容は甘草(カンゾウ)2.5、乾姜(カンキョウ)4.0、附子0.2、四逆湯(シギャクトウ)の乾姜、附子を倍にしたもので、附子は生附子であります。通脈四逆加胆汁湯はこれひ豚の胆汁を1ml加えたものであります。
『傷寒論』に「少陰病、下痢清穀、裏寒外熱、手足厥逆、脈微絶えんと欲するも身反って悪寒せず、その人面色赤く、或は腹痛、或は乾嘔、或は咽痛、或は利止むも脈出ざるもの通脈四逆湯之を主る」とあり、通脈四逆加胆汁湯は「吐し已り、下断ち、汗出で厥し、四肢拘急して解せず、脈微にして絶えんと欲するもの」とあります。裏寒外熱は真寒仮熱のことで、極度に身体が冷えると反対に熱を生じてくるのであります。
「口訣』は「二方共に四逆湯の重症を治す。後世にては姜附湯(キョウブトウ)、参附湯(ジンブトウ)などの単方を用うれども、甘草ある処に妙旨あり。姜附の多量を混和する力がある故通脈と名づけ、地麦(ジバク)の滋潤の分布する力ある故復脈と名づく。漫然に非るなり。加猪胆汁湯は陰盛、格陽と云うが目的なり。格陽の証に此の品を加えるのは白通湯(ハクツウトウ)と同旨なり」。すなわち四逆湯の重症なものに用い、乾姜と附子を倍加して身体を温め、活力を高め、絶えんとしていた脈を通じさせるゆえ通脈というのであります。
これは地黄(ジオウ)、麦門冬(バクモンドウ)を方中に持つ炙甘草湯(シャカンゾウトウ)が脈の結滞を治し、正常脈にするゆえ復脈湯(フクミャクトウ)というのと同じで、きっちりした効果があります。「加猪胆汁湯は、胆汁の作用で冷えを温め、生命力を鼓舞し、力を加えるもので、これは白通湯に胆汁を加える」のと同じであるというのであります。
通脈四逆湯の使用目標は、(1)嘔吐下痢が激しく、咽が痛く、手足が厥冷し、脈微弱のもの、(2)体表に熱があり、裏に寒があって、下痢するもの、(3)加猪胆汁湯の使用目標は、嘔吐下痢していたものが、身体から汗が出るだけになり、手足が冷えて縮み、脈がほとんど触れぬものであります。
応用としては嘔吐、下痢、胃腸炎、咽頭炎で、顔が赤く手足の冷えるものがあげられましょう。
臨床的には、四逆湯や茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)を使うことが多く、通脈四逆湯はあまり使いませんが、咽痛の通脈四逆加桔梗(ツウミャクシギャクカキキョウ)は使う機会が多いのであります。
症例はいずれも私の経験ですが、症例1は五十歳の男性で、中肉中背で色は白く、腹診上は中等度の腹力であるが、若い時脊椎を損傷したゆえか、持病の慢性胃腸炎は、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や香砂六君子(コウサリックンシ)が有効な患者であります。五八年八月感冒、咽痛を発しました。現代医学的には咽頭側索炎で、脈は浮で、弦数、胸脇苦満があります。柴胡桂枝湯加桔梗(サイコケイシトウカキキョウ)を投与しましたがかえって増悪。そこで通脈四逆湯加桔梗1.0としたところ2回目で扁桃炎、咽頭側索炎も治っておりました。
症例2:三十三歳の女性。主訴は眩暈と扁桃炎。顔は青白く虚証、初め苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)を使いましたが無効。次いで柴芍六君子湯(サイシャクリックンシトウ)を使いました。これは著効で、本人は見る見るうちに元気になりましたが、慢性の扁桃炎が治らず、腺窩より膿汁が流出。実証だと駆風解毒散(クフウゲドクサン)でも使いたいところですが、麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)等使いましたが膿汁止まず、最後に通脈四逆湯加桔梗を使いました。飲んだ本人の話では「あの薬を飲んだ途端に両側の扁桃にズーンとしみた」といいます。これは著効で扁桃の膿汁は見る見る少なくなりました。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証による手足厥冷・乾嘔・嘔吐・完穀下痢等と、虚証による疲労倦怠・無気力・元気衰憊等が一層激しいもの。しばしば虚熱による顔面紅潮等を伴う。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
【脈候】 絶えそうなほどの微細・芤。
【方解】 本方は四逆湯の乾姜を倍量にしたもので寒証、および水毒が更に一層強くなった場合に用いる。このため四逆湯証よりも一段と寒証・虚証が深刻であり、顔面紅潮・ほてろといった虚熱を伴いやすい。
【方意の幅および応用】
A 裏の寒証+虚証:手足厥冷・完穀下痢・疲労倦怠等を目標にする。
各種疾患で手足厥逆・疲労倦怠激しく四逆湯のおよばないもの
消化不良・赤痢・コレラ等の急性腸炎、感冒、インフルエンザ、発疹性疾患
『類聚方広義解説(55)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次は通脈四逆湯について申しあげます。
初めに「四逆湯の証にして、吐利厥冷甚だしき者を治す」とあります。「甘草二両、附子一枚、乾姜三両。右三味、水三升を以て、煮て一升二合を取り、滓を去り、分温再服す。煮ること四逆湯の如し。その脈即ち出づる者は愈ゆ。後の加減法は、面色赤き者は、葱九(ソウ)茎を加え、腹中痛む者は葱を去り芍薬二両を加う。嘔する者は生姜二両を加え、咽痛する者は芍薬を去り桔梗一両を加う。利止み脈出でざる者は桔梗を去り人参二両を加う」とあります。
その分量について考えてみますと、いろいろの本で異なっておりますが、『古方薬嚢』では、甘草2g、乾姜3g、附子は生の場合は0.2gぐらいとしております。白河附子の場合は0.5~1gを用いてもよいのですが、中国の炮附子(熱を加え修治したもの)ならば2g~3gを用いても差し支えないと思います。
条文の第一は「少陰病。下利清穀、裏寒外熱、手足厥逆し、脈微にして絶えんと欲す。身かえって悪寒せず、その人面赤色、あるいは腹痛し、あるいは乾嘔し、あるいは咽痛し、あるいは利止み、脈出でざる者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
次に「下利清穀し、裏寒外熱、汗出でて厥する者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
そして「為則按ずるに、まさに附子の大なる者一枚に作るは、乾姜を以てその然るを知るべし」といっております。
ここに裏寒外熱(りかんがいねつ)とありますのは、真寒仮熱のことで、裏に寒があって、本当は冷えているが、外に仮に熱状を呈しているものであります。寒が極まって熱状を表わしていることであります。 『古方薬嚢』では通脈四逆湯を用いる証として次のように述べております。「下痢が激しくて、手足冷え上り、身に熱あって悪寒せず。その脈は糸のように細く、かすかで、打ち方にむらがあり、あるいは顔の赤い場合もある。その時は葱の白い太いところを一茎加えるとさらによい。あるいは腹の痛む時は芍薬2gを加える。あるいは吐き気を催すものには生姜2gを加え、喉の痛むものには桔梗1gを加える。あるいは下痢が止まっても脈が出ないものには人参2gを加えるとさらによろしい」。
通脈四逆湯は、四逆湯より一段と寒の強いもので、「身かえって悪寒せざるは、寒極まって熱状を呈するという、いわゆる真寒仮熱の病状であるから、熱としてこれを冷やしてはならない。平生陽気(元気)が乏しくて、発汗したり、下したり、冷たいものを多く摂取したり、洋薬の強い作用の薬を服用したりすると、よくこの証を引き起こしたりすることがある」といっております。
榕堂先生は欄外で、「通脈四逆湯は諸四逆湯に比し、その症の重きこと一等なり。面赤色以下は則ち兼症なり。その人の下に疑うらくは或の字を脱せん。加減法は後人のつけ加えたものである」といっており、中西深斎なども同じ意見で、これは後人の攙入(ざんにゅう)といって、張仲景の正文ではないと否定しております。
『古方薬嚢』の著者、荒木性次氏は、たとえ攙入文であってもこれをみだりに捨てるべきではないという態度をとっておりました。『類聚方集覧(るいじゅうほうしゅうらん)』では、加減法は信ずるには足らないと一応は否定しておりますが、葱白を加えると大いに効果があるといって、葱白は面色赤くなくとも之に加えた方が有効に働くといっております。葱白の効果というものは、よく陽気を助けるからであるといっております。
通脈四逆湯の治験例として、大塚先生の『症候による漢方治療の実際』の下痢のところに出ているのをお借りします。62才の男子が突然激しい嘔吐と下痢が始まってしまって、下痢は水様で生臭い、しかも量が多い。数回の下痢ののちに、たちまち声がかれて出なくなり、腓腸筋は痙攣を起こして時々強く引きつり、額から冷汗が流れ、脈はかすかに触れるようになりました。これに大量の通脈四逆湯を与えて、下腹と足を温めました。これを飲むと、一時すると腓腸筋の痙攣は止み、下痢もとまり、その夜は重湯を飲んでも吐かず、翌朝は発病以来初めて尿利があり、死を脱することができました。この患者は、初めから熱はなかったが、以上のような症状に熱のある時にもこれを用いることができます。 通脈四逆湯は、四逆湯よりも一般状態が重篤なものに用い、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)は煩躁状態のひどい時に用いるものであります。四逆湯、通脈四逆湯、茯苓四逆湯など一連の四逆湯は、いずれも下痢のある時に用いられますが、しかし慢性下痢に用いることは少なくて、急性の吐瀉病に用いる機会が多いわけです。疫痢、急性胃腸炎などで、下痢が激しく一般状態が重篤で、手足は厥冷し、脈は微弱で、顔面は蒼白、大便は水様の下痢で、あるいは失禁する時に用いるといっております。
以上で四逆湯と通脈四逆湯を終わります。
『勿誤薬室方函口訣解説(88)』 日本漢方医学研究所評議員 岩下明弘
通脈四逆湯・通脈四逆加猪肝汁湯
次に通脈四逆湯(ツウミャクシギャクトウ)および通脈四逆加胆汁湯(ツウミャクシギャクカタンジュウトウ)であります。ともに『傷寒論』の処方で、通脈四逆湯の内容は甘草(カンゾウ)2.5、乾姜(カンキョウ)4.0、附子0.2、四逆湯(シギャクトウ)の乾姜、附子を倍にしたもので、附子は生附子であります。通脈四逆加胆汁湯はこれひ豚の胆汁を1ml加えたものであります。
『傷寒論』に「少陰病、下痢清穀、裏寒外熱、手足厥逆、脈微絶えんと欲するも身反って悪寒せず、その人面色赤く、或は腹痛、或は乾嘔、或は咽痛、或は利止むも脈出ざるもの通脈四逆湯之を主る」とあり、通脈四逆加胆汁湯は「吐し已り、下断ち、汗出で厥し、四肢拘急して解せず、脈微にして絶えんと欲するもの」とあります。裏寒外熱は真寒仮熱のことで、極度に身体が冷えると反対に熱を生じてくるのであります。
「口訣』は「二方共に四逆湯の重症を治す。後世にては姜附湯(キョウブトウ)、参附湯(ジンブトウ)などの単方を用うれども、甘草ある処に妙旨あり。姜附の多量を混和する力がある故通脈と名づけ、地麦(ジバク)の滋潤の分布する力ある故復脈と名づく。漫然に非るなり。加猪胆汁湯は陰盛、格陽と云うが目的なり。格陽の証に此の品を加えるのは白通湯(ハクツウトウ)と同旨なり」。すなわち四逆湯の重症なものに用い、乾姜と附子を倍加して身体を温め、活力を高め、絶えんとしていた脈を通じさせるゆえ通脈というのであります。
これは地黄(ジオウ)、麦門冬(バクモンドウ)を方中に持つ炙甘草湯(シャカンゾウトウ)が脈の結滞を治し、正常脈にするゆえ復脈湯(フクミャクトウ)というのと同じで、きっちりした効果があります。「加猪胆汁湯は、胆汁の作用で冷えを温め、生命力を鼓舞し、力を加えるもので、これは白通湯に胆汁を加える」のと同じであるというのであります。
通脈四逆湯の使用目標は、(1)嘔吐下痢が激しく、咽が痛く、手足が厥冷し、脈微弱のもの、(2)体表に熱があり、裏に寒があって、下痢するもの、(3)加猪胆汁湯の使用目標は、嘔吐下痢していたものが、身体から汗が出るだけになり、手足が冷えて縮み、脈がほとんど触れぬものであります。
応用としては嘔吐、下痢、胃腸炎、咽頭炎で、顔が赤く手足の冷えるものがあげられましょう。
臨床的には、四逆湯や茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)を使うことが多く、通脈四逆湯はあまり使いませんが、咽痛の通脈四逆加桔梗(ツウミャクシギャクカキキョウ)は使う機会が多いのであります。
症例はいずれも私の経験ですが、症例1は五十歳の男性で、中肉中背で色は白く、腹診上は中等度の腹力であるが、若い時脊椎を損傷したゆえか、持病の慢性胃腸炎は、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や香砂六君子(コウサリックンシ)が有効な患者であります。五八年八月感冒、咽痛を発しました。現代医学的には咽頭側索炎で、脈は浮で、弦数、胸脇苦満があります。柴胡桂枝湯加桔梗(サイコケイシトウカキキョウ)を投与しましたがかえって増悪。そこで通脈四逆湯加桔梗1.0としたところ2回目で扁桃炎、咽頭側索炎も治っておりました。
症例2:三十三歳の女性。主訴は眩暈と扁桃炎。顔は青白く虚証、初め苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)を使いましたが無効。次いで柴芍六君子湯(サイシャクリックンシトウ)を使いました。これは著効で、本人は見る見るうちに元気になりましたが、慢性の扁桃炎が治らず、腺窩より膿汁が流出。実証だと駆風解毒散(クフウゲドクサン)でも使いたいところですが、麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)等使いましたが膿汁止まず、最後に通脈四逆湯加桔梗を使いました。飲んだ本人の話では「あの薬を飲んだ途端に両側の扁桃にズーンとしみた」といいます。これは著効で扁桃の膿汁は見る見る少なくなりました。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証による手足厥冷・乾嘔・嘔吐・完穀下痢等と、虚証による疲労倦怠・無気力・元気衰憊等が一層激しいもの。しばしば虚熱による顔面紅潮等を伴う。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
裏の寒証 | 虚証 | 虚熱 | ||
主証 | ◎手足厥冷 ◎乾嘔 ◎嘔吐 ◎完穀下痢 | ◎疲労倦怠 ◎無気力 ◎寡黙 ◎元気衰憊 | ||
客証 | 腹痛 身体痛 | 無欲状態 嗜臥 嗜眠 | ○顔面紅潮 ○ほてり 熱感 自汗 咽痛 |
【脈候】 絶えそうなほどの微細・芤。
【舌候】 湿潤して無苔。
【腹候】 軟弱無力。
【病位・虚実】 自他覚的に激しい寒証で虚証を示し厥陰病である。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜6.0 附子a.q.(0.5)
【腹候】 軟弱無力。
【病位・虚実】 自他覚的に激しい寒証で虚証を示し厥陰病である。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜6.0 附子a.q.(0.5)
【方解】 本方は四逆湯の乾姜を倍量にしたもので寒証、および水毒が更に一層強くなった場合に用いる。このため四逆湯証よりも一段と寒証・虚証が深刻であり、顔面紅潮・ほてろといった虚熱を伴いやすい。
【方意の幅および応用】
A 裏の寒証+虚証:手足厥冷・完穀下痢・疲労倦怠等を目標にする。
各種疾患で手足厥逆・疲労倦怠激しく四逆湯のおよばないもの
消化不良・赤痢・コレラ等の急性腸炎、感冒、インフルエンザ、発疹性疾患
【参考】 *四逆湯証にして、吐利、厥冷甚だしき者を治す。『類聚方』
*甘草と乾姜の比は甘草乾姜湯で4:2、四逆湯でも4:3、本方では4:6となっている。
*四逆湯類の附子は市場品の烏頭を用いる。
少陰病で、食べたものがそのままの状態で、 ただ水分たけが更に加わって出てしまう無色無臭(便臭はない)の不消化下痢(完穀下痢)があり、裏寒裏虚の状態が極度に激しいのに、外表の方は虚熱を生じて熱く、循環器系の機能も極端に低下して血行が悪くなり、手足社ひどく冷え、脈も極度に弱くてたえだえで触れにくい。それでいて、虚熱のために、少陰病にみられる悪寒がみられないという状態の者は通脈四逆湯の主治である。そのような病人で、虚熱によって顔が赤くなったものや、或いは裏寒のため腹痛したり、或いはからえずきがあるもの、或は咽痛するもの、また或いは下痢が止まっても脈が弱く触れにくいものなども、本方の主治するものである。
食べたものが全く消化しない、そして無色無臭の不消化便を下痢し、体表には熱があり、汗もかなり出て、手足がひどく冷える者は、裏寒の状態が激しく、外表に虚熱を生じ、また下痢と発汗により体液を消耗し、体力もひどく虚して、循環器系の機能も極度に低下して、手足が激しく冷えるようになったもので、これも本方の主治するものである。
藤平健 『類聚方広義解説』 499
【症例】 感冒の咽痛
後日患者来りて曰く「1摘みの塵芥のようなものを頂いた時は馬鹿にされた気持ちだったが、炬燵でも暖まらなかった下肢が服用後5分ほどでぽかぽかして来た。カゼがこんなにさっぱりと治った事はない」と述懐した。
諏訪重雄 『漢方の臨床』 13・7・13
下痢と嗄声
26歳の主婦。5日前より、大便がしぶるようになった。軟便である。1日3回位。臭い消化不良便。2日前より、水様性の鼻水とくしゃみが連発して出る。のどの奥が痛い。咳はな成。口渇もなし。発熱せず寒いのみ。そこで手持ちの小青竜湯エキスを飲んだという。来院1日前より、急か声が嗄れてしまってほとんど出ない。脈は、脈口部人迎部共にわずかで細く弱い。幅は人迎部がわずかに広いか或いは大体同じとみてよい位であった。寒がっており、上半身を脱がせると鳥肌が立ち、触れても冷たい。聴診上異常なし。
人迎脈診より、厥陰病として治療したい。冷えに対して最も強い処方を考えたい、と思い、処方は、通脈四逆湯。更に少陰病の通脈四逆湯条文の加減方の所にある桔梗を加えて、3日分を作った。その1包をすぐ煎じさせた。その間、厥陰兪、肺兪、風門、大杼を灸頭針で2回ずつ治療した。圧痛点は肝胆経上のみならず、身体のあちこちにあり、激痛点が多かった。頚椎のそれのみを操体法で除去した。これだけで、上気したように顔色が赤味を帯びた。ぽかぽかするという。それと共に低い声が出始めた。そこで煎じ上がった通脈四逆湯加桔梗を飲ませた帰した。その日1日の絶食は守ったという。大変温かくなったという。下痢は止まった。翌日の電話の声は普通であった。
橋本行生 『漢方臨床』 22・12・25
※『漢方臨床』は、『漢方の臨床』の誤り?
副作用
1.附子
・心悸亢進、のぼせ、舌のしびれ、悪心等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・小児には慎重に投与。
2.甘草
・偽アルドステロン症[低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等]に留意。
・ミオパシー[脱力感、四肢痙攣・麻痺等]に留意常
併用する場合には、含有生薬の重復に注意
附子
甘草(甘草含有製剤とグリチルリチン類を含む製剤)
2014年4月9日水曜日
甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) の 効能・効果 と 副作用
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
甘草乾姜湯
本方は手足厥冷の傾向があり、唾液・尿等の分泌物が多量で稀薄な場合に用いるのであるが、時に煩操の状を訴えることがある。
本方は甘草と乾姜との二味からなり、甘草は急迫を治し、乾姜は一種の刺激興奮剤で、血行を盛んにする効がある。故に組織の緊張を亢め、活力を賦与する効がある。
本方は発汗剤を使用してはならない場合に、誤用して発汗させたために、手足厥冷・煩操・吐逆・口内乾燥等の諸症を呈した場合に頓服として用い、また老人・虚弱者で尿意頻数・唾液稀薄・眩暈等の症があれば、此方を用いてよい。また弛緩性出血・後陣痛にも用いることがある。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
7 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) (傷寒論、金匱要略)
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.95 尿意頻数・夜尿症・よだれ症・冷え症
24 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) 別名 二神湯(にしんとう)・二宜丸(にぎがん)〔傷寒・金匱〕 甘草四・〇 乾姜二・〇
水二〇〇ccをもって一〇〇に煮つめ、二回に分服する。また甘草六・〇、乾姜三・〇として、水三〇〇ccをもって一五〇ccに煮つめ、一日三回に分博してもよい。
〔応用〕 陽気の虚した者(皮膚が弱く、元気の衰えた者)を誤って発汗したために、水分が動揺し、手足は厥冷し、咽中乾き、煩躁・吐逆を発するものに用いるものである。
本方は主として煩躁・吐逆甚だしく、手足の冷えるもの、老人や虚弱者の尿意頻数・遺尿症・夜尿症・萎縮腎・尿道炎・小児のよだれ・唾液分泌過多・弛緩性出血(吐血・喀血・子宮出血)・産後の後陣痛・めまい・吃逆(しゃっくり)等に用いられ、また瘭疽(熱性症候なく、ただ疼痛劇甚なるもの)・凍傷・喘息・癲癇・ひきつけ・附子中毒による煩躁・吐逆・漏風(ろうふう)(冷え症などにも応用される。
〔目標〕 虚証のもので、発汗剤を誤用し、そのため陽気さらに虚して、手足厥冷・煩躁・吐逆・口内乾燥等の諸症を発したものを目標とする。
また次のような諸徴候を参考として諸病に用いる。
脈は沈弱、腹も軟かく、尿意頻数、稀薄な唾液分泌過多などを目標とする。
〔方解〕 本方は四逆湯から附子を去ったものであり、また人参湯から人参と白朮を去ったものである。甘草は急迫を緩め、乾姜は一種の刺激性興奮薬で、組織の緊張を亢め、血行を盛んにし、元気活力をつけるものである。
少陰病に属する薬方であるが、応用範囲を見てわかるように、臓器の方からいえば、脾と肺と腎の三臓の虚を補うものである。
〔主治〕
傷寒論(太陽病上篇)に、「傷寒、脈浮、自汗出デ、小便数(シゲ)ク、心煩微悪寒、脚攣急スルニ、反テ桂枝湯ヲ与エテ、其ノ表ヲ攻メント欲スルハ、此レ誤リナリ。之ヲ得テ便(スナワ)チ厥シ(四肢が冷える)、咽中乾キ、煩躁吐逆スル者ニハ、甘草乾姜湯ヲ作テ之ヲ与エ、以テ其ノ陽ヲ復セ」とあり、
金匱要略(肺痿門)に、「肺痿、涎沫(ゼンマツ)ヲ吐シテ、咳セザル者ハ、其ノ人渇セズして、必ズ刺尿、小便数(シゲ)シ、然ル所以ノ者ハ、上虚シテ下ヲ制スルコト能ワザルヲ以テノ故ナリ。此ヲ肺中冷ト為ス。必ズ眩シテ、涎唾多シ。甘草乾姜湯ヲ以テ之ヲ温メ、若シ湯ヲ服シ已(オワ)ツテ、渇スル者ハ消渇ニ属ス」とある。
勿誤方函口訣には、「此方ハ簡ニシテ其ノ用広シ。傷寒ノ煩躁吐逆ニ用イ、肺痿ノ涎沫ヲ吐クニ用イ、傷胃ノ吐血ニ用イ、又虚候ノ喘息ニ此方ニテ黒餳丹ヲ送下ス。凡ソ肺痿ノ冷症ハ其ノ人ノ肺中冷、気虚シ、津液ヲ温布スルコト能ワズ、津液聚テ涎沫ニ化ス。故ニ唾多ク出ズ。然レドモ熱症ノ者ノ唾凝テ重濁スルガ如キニ非ズ、又咳セズ咽渇シ、必ズ遺尿小便数ナリ」とある。
また漢方治療の実際には、「この方も遺尿や多尿に用いるが、白虎湯を用いる場合に相反する。白虎湯は熱性症状があって、新陳代謝の亢進したものを目標とし、この方は寒性症状があって、新陳代謝の沈衰したものを目標とする。甘草乾姜湯証には口渇がなく、脈も沈んで力なく、手足や下半身が冷え、口にうすい唾液がたまり、尿は水のように稀薄で沢山出る。
甘草乾姜湯に附子を加えたものが、四逆湯であり、茯苓と朮を加えたものが、苓姜朮甘湯であり、人参と朮を加えたものが人参湯であるから、これらのものには、すべて多尿の傾向がある」また、
「瀉心湯や呉茱萸湯のような苦味の薬を与えて、反って嘔吐がはげしくなるようなものによい」とある。
〔鑑別〕
○乾姜附子湯 (煩躁・厥冷・下痢)
○四逆湯 56 (煩躁吐逆・下痢清穀、身疼痛)
○苓姜朮甘湯 150 (遺尿、多尿・心下悸、腰中冷)
○白虎湯 121 (遺尿、多尿・熱症状、口渇)
○人参湯 111 (涎沫・心下痞硬、小便不利)
○小青竜湯 70 (涎沫・心下停水、脈浮数)
○呉茱萸湯 39 (涎沫・煩躁・頭痛、小便不利)
〔治例〕
(一) 下後手足厥冷
一女児。風邪にて発熱し、便通がないので、調胃承気湯を与えたところ、一回を服用して下痢数回あった。するとたちまち手足が冷え、煩躁悶乱、悪寒戦慄を発し、ガタガタと慄えだし、危篤状態となった。このとき急ぎ甘草乾姜湯を作って一服させたところ、即座に危症は一掃された。
(荒木性次氏、古方薬嚢)
(二) 冷薬服後四肢厥冷
一女児。熱があって、気分がすぐれないという。食も始まないので、まず小柴胡湯加石膏を与えた。二~三回服用したところ、手足が冷たくなり、咽が乾いて、ぼんやりして元気なく、煩悶の状が現われたので、急ぎ甘草乾姜湯を与えたところ、たちまち治った。
本方は下剤や石膏剤などのため、腹中が冷反、手足厥冷し、悶え苦しむ者に神効がある。
(荒木性次氏、古方薬嚢)
(三) 唾を吐く病
他に病気がなくて、ただ唾を吐いて止まないというものは、大抵十のうち八~九人までは理中湯(人参湯)で治るものである。先年一男子があってこの症を発したが、理中湯では効かず、甘草乾姜湯で治ったのがある。また他の一人は茯苓飲で治ったものもある。この症は結局心下の停飲によるものである。
(有持桂里翁、校正方輿輗巻七)
(四) 睡眠後の流涎症
二十年も前に、十三歳になる女子の病を治したことがある。誰も肺結核という診断でいろいろの薬を用い、灸もすえたが治らない。全身の皮膚は黒く光沢なく、起居にも呼吸せわしく、咳は少しもなく、ただ涎沫を吐して衰弱するばかりであった。よくきくと、眠りにつくと涎れが流れ出て、枕の下まで濡れ、夜具の下まで通るほどであるという。よって甘草乾姜湯を与えたところ、二十日ばかりで夜の涎れが少くなり、昼間の涎沫も半分くらいになった。その後柴胡姜桂湯に人参、黄耆を加えて用い、下肢に瘡毒を発して腐爛し、膿血汁が沢山流れ出て、数ヵ月の後には全身の黒色が消えて色白く光沢を生じ、美しい女子となって全快した。
(宇津木昆台翁、古訓医伝十六巻)
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) [傷寒論]
【方意】 寒証による厥冷等と、水毒による稀薄な喀痰・稀薄な尿等と、水毒の動揺による吐逆等のあるもの。時に虚熱を伴う。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
【脈候】 沈微・弱・緩弱・微弱数・弱数・微浮・浮数・浮大弱・芤。。
【方解】 甘草は緊急切迫した症状を主り、乾姜は寒証・水毒、更にこれらに由来する虚証を主識。本方意は条文では「肺中冷」とあり、上焦が主であるが、実際には上、 中、下の三焦にわたっている。甘草・乾姜の組合せは下記の薬方の基本となっており、本方意は多くの薬方の構成に関与している。小青竜湯・苓甘姜味辛夏仁湯は上焦の水毒が基本である。人参湯・半夏瀉心湯は中焦の水毒が関与し、苓姜朮甘湯は下焦の水毒が基本となっている。四逆湯は寒証による全身の機能低下に用いる。以上すべて甘草・乾姜が配剤されている。
【方意の幅および応用】
A 寒証:急激に起こった全身の厥冷・疼痛等を目標にする場合。
虚証に発汗剤を誤用し急に手足厥冷・煩躁・吐逆するもの、
附子中毒、熱感のない疼痛の激しい瘭疽
B1上焦の水毒:稀薄な喀痰・息切れ・呼吸困難等を目標にする場合。
上下部気道炎で稀薄な喀痰多く・息切れ・冷え性のもの、気管支炎、気管支喘息、
肺結核症、アレルギー性鼻炎
2中焦の水毒:稀薄な唾液・下痢等を目標にする場合。
赤痢、大腸炎、胃腸疾患で腹痛の激しいもの、よだれ、蛔虫症で生唾の多いもの
3下焦の水毒:稀薄な尿・頻尿等を目標にする場合。
老人・虚弱者の頻尿、夜尿症、遺尿、萎縮腎、尿道炎、前立腺肥大、膀胱炎
C 水毒の動揺:激しい吐逆・心悸亢進等を目標にする場合。
吐逆、吐逆し煩躁して四肢の冷えるもの、百日咳、咳嗽で尿失禁するもの、自家中毒、
引きつけ、子癇、癲癇
D 虚熱:煩躁・自汗等を目標にする場合。
盗汗し煩躁するもの
【参考】 * 傷寒、脈浮、自汗出で、小便数、心煩、微悪寒し、脚攣急するに、反って桂枝を与え、其の表を攻めん欲するは、此れ誤りなり。之を得て便ち厥し、咽中乾き、 煩躁吐逆する者は、甘草乾姜湯を作りて之を与え、以って其の陽を復す。 『傷寒論極』
* 肺痿、涎沫を吐して欬せざる者は、其の人渇せず、必ず遺尿し、小便数なり。然(しか)り所以の者は、上虚して下を制す能わざるを以っての故なり。此れ肺中 冷と為す。必ず眩し、涎唾多し。甘草乾姜湯を以って之を温む。若し湯を服し已りて渇する者は消渇に属す。 『金匱要略』
*厥して煩躁し、涎沫多き者を治す。 『方極附言』
*此の方は簡にして其の用広し。傷寒の煩躁吐逆に用い、肺痿の吐涎沫に用い、傷胃の吐血に用い、又虚候の喘息に此の方にて黒錫丹を送下す。凡そ肺痿の冷症は、其の人、肺中冷え気虚し、津液を温布すること能わず、津液聚って涎沫に化す。故に唾多く出ず。
『勿誤薬室方函口訣』
*本方は急激に虚寒証に陥入した場合に使われ、厥冷・煩躁・吐逆等の急迫症状を伴うこともあるが、四逆湯類ほど虚証は深くない。虚証の喘息発作に著効を示す。
*本方意は元来、中焦の虚寒があり、このため上焦・下焦の虚寒を引き起こしたものとされる。
*虚熱は、急激に発症した場合にみられる。
*本方は虚寒の出血、例えば胃腸虚弱で冷え性の吐血・喀血・子宮出血等にも有効である。患者は肌が黒ずむ傾向がある。
【症例】 気管支喘息兼急性湿疹
42歳、主婦。頻尿で1時間小水をこらえられない。全身の湿疹があり、特に背部がひどい。背部に細絡がみえる。「貴女は喘息はありませんか」と尋ねると、実は10年以上前より喘息がひどくて、内科の医者にかかっているという。
そこで『金匱要略』の「肺痿涎沫を吐して欬せざるものは、其人渇せず、必ず遺尿し、小便数す。然る所以のものは上虚し、下を制すること能わざるを以ての故なり、これを肺中冷となす、必ず眩し、涎唾多し、甘草乾姜湯を以て之を温む」を思い出して、唾が口に溜らないか、咽が乾燥しないかと尋ねると皆然りで、唾は細かい泡のようで気持ちが悪いという。甘草乾姜湯前後合計30日分でほとんど治癒廃薬す。
諏訪重雄『漢方の臨床」10・12・25
『類聚方広義解説(54)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
本日は類聚方広義解説の54回目になります。甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)から始めます。引き続いて乾姜附子湯(カンキョウブシトウ)、四逆湯(シギャクトウ)から白通加猪胆汁湯(ビャツクウカチョタンジュウトウ)まで、九つの処方について、三回にわたって解説をしてゆきたいと思います。
まず甘草乾姜湯から始めることにします。甘草乾姜湯はまたの名を二神湯(ニシントウ)といいます。これは甘草と乾姜の二味で神効を発揮するという意味で名づけられたものと思われます。
条文を読みますと「厥(けつ)して煩躁、涎沫(ぜんまつ)多きを治す」とあります。厥して煩躁というのは手足が冷たくなって、もだえ苦しむことで、心臓衰弱とか、ショックようの症状が起きる状態で、涎沫は肺が冷えて泡沫性の稀薄な痰がたくさん出たり、生つばやよだれが出たりすることで、これは気管支炎とか気管支喘息、あるいは肺炎、肺結核の時などに現われる症状の一つであります。
処方は「甘草四両(二銭)、乾姜二両(一銭)。右二味、水三升を以て、煮て一升五合を取り、滓を去り、二つに分けて温服する」とあります。ここでいう一升は今の一合のことで、尾台榕堂先生は、日本流にこれを改めて「水一合二勺を以て、煮て六勺を取る」と註釈をしております。
私たちは現在、甘草4g、乾姜2gとして、200mLの水を入れて煮て、100mLに煮詰め、二回に分けて温服することにしております。また甘草6g、乾姜3gとして、水300mLを入れて煮詰め、150mLとして、これを三回に分けて飲んでもよいとされております。乾姜はショウガを乾燥したもので、辛味が強くて、実際に味わってみますと、2gでも相当辛くて口の中が燃えるようになります。本によっては4gとか6gとかなっているものもありますが、とても飲み込めないほとであります。この本の講義の最初に、大塚先生が注意されましたように、大塚先生は大建中湯(ダイケンチュウトウ)をある本に示された通りに乾姜8gを与えましたところ、患者が膀胱炎を起こして困ったと述べられております。膀胱炎や、痔の疾患のある人、あるいは喀血しやすい人などには、2g以上は用いない方がよいと思います。分量はよほど注意しないと失敗することがよくあります。
甘草乾姜湯は四逆湯(シギャクトウ)から附子(ブシ)を去ったものであり、人参湯から人参と白朮(ビャクジュツ)を去ったものであります。甘草は急迫症状を治すといわれておりまして、これは手足が冷たくなって、もだえ苦しむ、いわゆる急迫症状といって、急に切迫した症状を呈したもので、これを治す妙薬であります。また痙攣を起こして激しい痛みを訴えている時などに、たちどころにこれを治す鎮痛効果があります。一方、乾姜は新陳代謝機能の減退したものをふるい起こさせるという、いわゆる刺激性の興奮薬で、熱薬と称し、温める力が非常に強く、厥冷(けつれい)(手足が冷たくなる)、煩躁(はんそう)(もだえ苦しむ)を治し、さらに水分の代謝異常が起きて水毒が上にのぼって、泡沫性の痰や、生つばが出たり、よだれを流したりする、いわゆる涎沫を吐するというものを治す作用があります。
次の本文を読みますと、甘草乾姜湯は、『傷寒論』や『金匱要略』で、どのような時に用いてい識のか、その条文が掲げられています。第一は『傷寒論』の太陽病上篇の条文で、「傷寒、脈浮にして自ら汗出で、小便数(しげ)く、心煩して微悪寒し、脚攣急するに、かえって桂枝湯(ケイシトウ)を与え、その表を攻めんと欲す。これ誤りなり。之を得れば便ち厥し、咽中乾き、煩躁して吐逆する者は、甘草乾姜湯を作りて之を与うればもってその陽を復す。もし厥愈えて足温まる者は、さらに芍薬甘草湯を作りて之を与うれば、その脚即ち伸ぶ。もし胃気和せず讝語する者は、少しく調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うる者は、四逆湯之を主る」とあります。
これを解説しますと、脈が浮で、自ずから汗が出て、小便が近く、心煩微悪寒、脚攣急するというのは、表と裏、陰証と陽証とが相半ばしているもので、桂枝加附子湯(ケイシカブシトウ)の証であるのに、これを純粋な表証として桂枝湯をもって発汗するのは誤りで、もし誤ってこれを与えると便(すなわ)ち(たちまち)四肢厥冷し、咽中乾燥し、煩躁して吐逆を起こす、すなわち誤治によって水毒が動揺して急迫症状を起こすことになり、このとき甘草乾姜湯を与えて鎮静緩和するとよくなる、というものです。
次は『金匱要略』の肺痿(はいい)門の条文です。読みますと、「肺痿(はいい)。涎沫(ぜんまつ)を吐して欬(がい)せざる者は、その人渇せず、必ず遺尿し、小便数(さく)なり。然る所以の者は、上虚して下を制すること能わざるを以ての故なり。これを肺中冷となす。必ず眩して涎唾し多し。甘草乾姜湯を以て之を温む。もし湯を服しおわって、渇する者は消渇(しょうかつ)に属す」とあります。
肺痿というのは、『金匱要略』では、肺痿と肺癰とを区別して、虚なる者は肺痿とし、実なる者を肺癰としました。これは寸口(すんこう)の脈が数で、その人欬し(咳が出て)、口中かえって濁った生つば、涎沫すなわち泡沫性の痰があるものを肺痿としました。こういう症状は、肺が冷えているというのであります。呼吸器疾患の中の一種でありまして、広く虚証の気管支炎、気管支喘息、肺結核の一つの型の時に現われるものであります。涎沫とか、遺尿とか、小便数など、水毒があって熱のないもので肺の冷えている時に起こり、眩暈(めまい)を伴い涎沫が多くなるという時、これを甘草乾姜湯で温めるとよくなるというのであります。肺痿の症で渇のないものが本方を服用して、のちに渇きを訴えるものは、肺痿ではなく、消渇(しょうかつ)、すなわち糖尿病であるというのであります。
尾台榕堂先生は欄外に自分の意見を補足しております。欄外の第一に「この方は生姜甘草湯と同じく、肺痿を治す」とあります。これはこの処方の前にありました生姜甘草湯と区別するわけです。
「しかもその之(おもむ)く所に至っては正に相反す。以て乾姜と生姜の主治の異るを見るべし」といっております。いわゆる乾姜と生姜の作用によって違ってくるということを申しております。
次にこの厥を起こしたのは、「ただ誤治による一時の激動急迫の厥のみ。四逆湯の下利清穀、四支拘急(ししこうきゅう)、脈微、大汗厥冷の比に非らず。それ甘草の分量の乾姜に倍するは、急迫を緩(ゆる)めるを以てなり。咽乾、煩躁、吐逆の症を観て、以てその病情を知るべし」としてあります。甘草が多いので急迫症状が激しいことを申しております。
さらに「老人、平日小便頻数に苦しみ、涎を吐し、短気し、眩暈して起歩し難き者にこの方宜し」と補足しております。
終わりに「為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし」と東洞の意見を追加しております。
生姜甘草湯は肺痿で、吐涎沫というのは同じですが、この方には渇があり、欬唾があり、寒証、いわゆる冷えがありません。ところが甘草乾姜湯の方は、肺痿で涎沫を吐すというのは同じですが、欬がない、渇がない、必ず小便がしばしばある、時にはもらすことがある、これがすなわち冷え(寒証)であり、尿は透明で色なく水のようであります。このような区別があるということであります。
大塚先生の『漢方治療の実際』で、このことを述べて、甘草乾姜湯は夜尿や多尿に用い、寒冷症状があって、新陳代謝の沈衰したものが目標であるといっております。さらに口渇がなく、脈も沈んで力がなく、手足や下半身が冷えて、口には薄い唾液がたまり、尿は水のような稀薄でたくさん出るといっております。
以上を総合しまして、甘草乾姜湯はどのような病気に応用されるかをまとめてみますと、第一が陽気が虚して元気がない、皮膚の抵抗力の弱いものを誤って発汗させたために、水分が動揺して不均衡状態となり、、ショック様症状を起こして手足が厥冷し、喉が乾いて煩躁吐逆を発したものに用います。
第二は、老人や虚弱者、冷え症のものに起こった尿意頻数、夜尿症、遺尿症、萎縮腎や、前立腺肥大症、尿道炎などによる多尿症に用います。第三は、子供のよだれ症で、唾液分泌過多症にもよいわけです。第四には弛緩性の出血症で、これが吐血、喀血、子宮出血などに用いられます。第五は産後の後陣痛。第六はめまい。第七はしゃっくり。第八は瘭疽で熱がな決て疼痛の激しいもの。第九は冷え症、あるいは凍傷、喘息、てんかん、ひきつけなど。第十は漏風(ろうふう)といって、手足の爪の間から冷たい風が出るような感じがするという珍しい病気がありますが、こういうものにも使ってよいことが報告されております。
乾草乾姜湯を用いた症例の報告として、代表的なものをあげてみます。その一は、荒木性次先生の『古方薬嚢』に二つの治験例が載っておりまして、「下した後に手足が厥冷し、もだえ苦しんで危篤状態となったもの」です。女の子が風邪をひき熱を出して便通がないので、調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与えたところ、一回分を服用して下痢が数回ありました。するとたちまち手足が冷たくなって、煩躁悶乱し、悪寒、戦慄を発し、ガタガタとふるえ出し、危篤状態となったのです。この時急いで甘草乾姜湯を作って一服させたところ、即座に危篤症状が一掃されたというのです。これは下してはいけなかったものを下したためにショック症状を起こして、手足が冷たく心臓が衰弱し、急迫症状を発したので、この方を用い血行をよくし、冷えを温め、新陳代謝をよくしてよくなった例であります。
その二は、「冷薬、すなわち解熱薬を服用したあとで手足が冷たくなった」例です。 一人の女の子が熱があって気分がすぐれない、食も進まないというので、小柴胡湯加石膏(ショウサイコトウカセッコウ)という解熱の処方を与えました。二、三回服用したところ急に手足が冷たくなって、喉が乾いてぼんやりして元気なく、煩悶の状が現われたので、これは逆治とさとって、急き甘草乾姜湯を与えたところ、たちまち治ったというのです。これは小柴胡湯加石膏という冷薬を与えたので、腹中が冷えて手足が冷たくなって、もだえ苦しみだしたものであります。
もう一つ、「睡眠ののちによだれを流す病気」が治った例です。これは宇津木昆台先生の『古訓医伝』に載っている治験例であります。13才になる女の子が病気になって、多くの医師は肺結核という診断であった。いろいろ薬を与え、灸も長年すえたが治らない。全身の皮膚は黒くつやがなく、体を動かすと呼吸がせわしくなって、咳は少しもない。ただ涎沫を吐して、衰弱するばかりであった。よく聞きますと、眠りにつくとよだれが流れ出て、枕の下から夜具の下まで通るほどだというのです。これはすなわち肺痿涎沫を吐して欬せざるものに該当しているものと診まして、甘草乾姜湯を与えて治ったというのであります。以上で甘草乾姜湯は終わります。
※四支拘急(ししこうきゅう)? 四肢拘急(ししこうきゅう)のことか?
『類聚方広義解説(57)』 東京大学医学部第一内科 永井 良樹
甘草乾姜湯・乾姜附子湯
本日の『類聚方広義(るいじゅうほうこうぎ)』は甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)と乾姜附子湯(カンキョウブシトウ)についてです。まず甘草乾姜湯の本文と註の部分を読んでみましょう。
■甘草乾姜湯
甘草乾薑湯 治厥而煩躁多涎沫者。
甘草四兩二錢 乾薑二兩一錢
右二味。以水三升。煮取一升五合。去滓。分温再服。
以水一合二勺煮取六勺。
『傷寒。』脈浮自汗出。小便數。心煩微惡寒。脚攣急。反
與桂枝湯。『欲攻其表。』此誤也。得之便厥。咽中乾。
煩躁吐逆者。作甘草乾薑湯與之。以『復其陽』若
厥愈足溫者。更作芍藥甘草湯與之。其脚即伸。若『胃
氣不和。』讝語者。少與調胃承氣湯。若重發汗復加燒
鍼者。四逆湯主之。○『肺痿。』吐涎沫。而不欬者。
其人不渇。必遺尿。小便數。『所以然者。以上虚不
能制下故也。此爲肺中冷。』必眩。多涎唾。甘草乾
薑湯以溫。若服湯已。渇者『屬消渇。』
爲則按。當有急迫證。
「甘草乾姜湯。厥して煩躁し、涎沫多きものを治す。
甘草(カンゾウ)四両(二銭)、乾姜(カンキョウ)二両(一銭)。
右二味、水三升をもって、煮て一升五合を取り、滓を去り、分価値温め再服す(水一合二勺をもって、煮て六勺を取る)。
傷寒、脈浮、自汗出で、小便数(さく)、心煩、微悪寒、脚攣急するに、かえって桂枝湯(ケイシトウ)を与う。その表を攻めんと欲するは、これ誤りなり。これを得てすなわち厥し、咽中乾き、煩躁吐逆するものは、甘草乾姜湯を作りこれを与え、もってその陽を復す。もし厥愈え足温なるものは、さらに芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を作りこれを与うれば、その脚すなわち伸ぶ。もし胃気和せず、讝語のものには、少しく調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うるものは、四逆湯(シギャクトウ)これを主る。
肺痿、涎沫を吐して、欬せざるもの、その人渇せず、必ず遺尿し、小便数、しかる所以のものは、上虚して下を制する能わざるをもっての故なり。これを肺中冷となす。必ず眩し、涎唾多し。甘草乾姜湯もってこれを温む。もし湯を服し已り、渇するものは、消渇に属す。
為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし。」
■甘草乾姜湯の頭註
「この方、生姜甘草湯(ショウキョウカンゾウトウ)と同じく、肺痿を治す。しかれどもその之(ゆ)く所に至りては、すなわちまさに相反す。もって乾姜、生姜の主治の異なるを見るべし。
この厥は、ただこれ誤治による一時の激動急迫の厥のみ。四逆湯の下利清穀、四肢拘急、脈微、大汗厥冷の比にあらざるなり。それ甘草の分量乾姜に倍するは、急迫を緩むをもってなり。咽乾、煩躁、吐逆の症を観て、もってその病情を知るべし。
老人、平日小便頻数に苦しみ、涎を吐し、短気、眩暈起歩し難きもの、この方に宜し」。
■甘草乾姜湯の解釈
「甘草乾姜湯。厥して煩躁し涎沫多きものを治す」と簡潔にまとめられています。体が冷えて苦しみ、唾液の多いものを治すという意味です。
「甘草四両(二銭)」、一銭は一匁のことで3.75gですから、二銭は7.5gになります。甘草7.5g、乾姜3.75gを水三升(一合二勺、一合は約180ccですから約220cc)で煮て、煮詰めて一升五合(六勺、約110cc)にし、滓を去り、一日分を二回に分けてその都度温めて服用するということです。
その次から『傷寒論(しょうかんろん)』からの引用になります。吉益東洞(よしますとうどう)の『類聚方』には、6行目の「肺痿」以下の『金匱要略(きんきようりゃく)』からの引用が先になり、それに続いて「傷寒」以下の文章が引用されてい移す。『類聚方広義』では『傷寒論』の文章が先に引先されています。
「傷寒、脈浮、自汗出で」の文章は、すでに調胃承気湯の項、芍薬甘草湯の項に出てきました。また四逆湯の項にも出てきます。まったく同じ文章です。
傷寒にかかり、脈が浮で、汗が出て、しきりに尿が出、胸苦しく少し悪寒があり、脚が引きつるものに、間違えて桂枝湯を与えた。このような患者に、表を攻めようとして桂枝湯を与えるのは間違いである。なぜなら「脈浮、自汗出で」「微悪寒」は桂枝湯の証として間違いではないのですが、「小便数、心煩し」「脚攣急」は桂枝湯の証ではないのです。しかし、とにかく桂枝湯が投与されてしまった。すると患者は「これを得てすなわち厥し」、つまり体が冷え、咽(のど)が乾き、苦しみ吐き戻したので、甘草乾姜湯を作ってこれを与えたところ、「その陽を復」した、すなわち体が温かくなった。そして体が温まり、足が温まったところで、芍薬甘草湯を作ってこれを与えたところ、脚の引きつれがとれて、脚が伸びやかになった。しかし消化器系の異常が取れず、うわ言をいうものには、少し調胃承気湯を与えるとよい。また重ねて汗を出させ、さらに焼鍼を使って発汗させた場合は、四逆湯が主治するところである、と述べられています。
『傷寒論』では、甘草乾姜湯は、誤った治療によって病勢が急迫し、体が冷え、苦しみ吐き戻すといった状態になったところを改善する目的で使用されています。それに関連して頭註の第二節をみてみましょう。
「主治の文に厥とありますが、甘草乾姜湯の適応となる厥は、ただ誤治によって一時的に急迫の状態をきたしたものであって、四逆湯が適応される下痢清穀、四肢拘急、脈微、大汗厥冷の比ではない」とあります。 註にはさらに「甘草の分量が乾姜の倍であるのは、急迫を緩めるためである。咽の乾き、煩躁、吐逆の状態をよく観察して、その病状を知らなければならない」と書かれています。
『金匱要略』から引用された条文に移ります。「肺痿」とは肺の慢性虚弱性疾患で、肺結核などを含んでいましょう。肺病で、「涎」すなわち唾液を吐くが、咳は出ない、咽は乾かず、必ず小便を洩らし、尿が近く、必ず眩し、唾液の多いものは、甘草乾姜湯で温めてやるとよい。もし甘草乾姜湯を服用し終えて、咽が乾くものは、別の病気である消渇(糖尿病の類)に属する、というものです。
「小便数」の後に「しかる所以のものは、上虚して下を制する能わざるをもっての故なり。これを肺中冷となす」とあります。肺病で、体の上部が虚して、体の下部を制御することができないので、尿を洩らしたり、頻尿になったりするのだ、これを肺中冷という、と註釈されています。
ここで頭註の第一節をみてみましょう。この方は生姜甘草湯と同じく、肺病を治すけれども、患者の症状には反対のところがある。すなわち生姜甘草湯には、唾液が出るという症状があり、これは共通しますが、甘草乾姜湯にはない、咳が出、咽燥にして渇(咽が乾燥して水を欲する)という症状があるのです。この違いはまさに乾姜と生姜の違いによるのであると註釈されています。
また頭註の第三節をみますと、老人で普段、小便が近く、唾を吐き、呼吸困難で、眩暈がし、歩行困難のものは、此の甘草乾姜湯がよいと述べられています。
最後の行に「為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし」とあります。為則とは吉益東洞のことで、甘草乾姜湯の適応される状態は急迫の症状があるだろうというのです。
『勿誤薬室方函口訣(16)』 日本東洋医学会理事 細野 八郎 先生
-乾地黄湯・甘草湯(傷寒論)・甘草湯(腹証奇覧)・甘草黄連石膏湯・甘草乾姜湯・甘草乾姜茯苓朮湯-
甘草乾姜湯
この処方は『傷寒論』の太陽病篇に出ています。それによりますと、「桂枝湯(ケイシトウ)証に似ている傷寒に誤って桂枝湯を与え、手足が厥冷し喉が乾き、煩躁、嘔吐などの少陰病の症状を起こしてきた時に用いる処方」と書いてあります。
宗伯の『古方薬議』の中で「乾姜(カンキョウ)はよく中を温め、飲を散ず」と述べてあります。わかりやすくいいますと、衰えている消化機能を高め、その結果水毒がとれるということです。このような乾姜に、さらに脾胃の働きを高める甘草(カンゾウ)を加えたのが甘草乾姜湯ですから、この処方は消化機能がかなり衰えている時に応用できるものと考えられます。またこの処方は必要に応じていろいろの生薬を加え、数多くの名処方を産み出す母体ともなっています。ちょうど芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)に桂枝(ケイシ)・大棗(タイソウ)・生姜(ショウキョウ)を加えて桂枝湯に、柴胡(サイコ)・枳実(キジツ)を加えて四逆散になるように、四逆湯になったり、人参湯・小青竜湯になったりなど、甘草乾姜湯から有名処方が生まれてくるので、この処方をよく理解していただきたいと思います。
『方函口訣』では「この方は簡にしてその用広し。傷寒の煩躁吐逆に用い、肺痿(はいい)の吐涎沫に用い、傷胃の吐血に用い、また虚候の喘息に此の方にて黒錫丹を送下す」と述べてあります。肺痿で熱状のない冷状のものに甘草乾姜湯を用いることが『金匱要略』に載っていまが、『方函』ではその条文をまとめて説明しています。
すなわち「凡て肺痿の冷症は肺中が冷え、肺気が虚し、そのため津液を温和することができず、津液は集まって涎沫となったために唾が多く出るのである。そして咳もなく、喉も乾かず、寝小便をたれたり、小便の回数が多くなる。しかしこの時の唾は、熱症の時のように、濁った濃い唾ではなく、薄い粘りのないものである。こんな症状の時に甘草乾姜湯はよく効く。この薬を飲みにくくていやがるものには、桂枝去芍薬加皂莢湯(ケイシキョシャクヤクカソウキョウトウ)を用いると奇効がある。この処方を用いる時の唾液は濃厚で粘り気があるものではなく、肺痿の冷症に見られる薄い涎といわれるものである」と述べています。
ここで肺痿というのは肺気が痿えてふるわない状態で、肺結核症のことです。このように肺痿の冷症に用いますが、脾胃に効く甘草と乾姜だけなのになぜ肺の機能もよくなるのでしょうか。これは痰は脾で作られ、肺で貯えられるという、脾と肺との相関関係があるからです。それで虚証ではまず脾の機能を高め、間接的に肺機能を強化する治療法をよく用います。たとえば実証の喘息では麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)で即効がありますが、虚証になると、かえって悪化することがあります。こんな時に脾胃の機能を高める甘草乾姜湯とか、人参湯とかを用いますと、効果があるものです。
『方函口訣』に、虚証の喘息には黒錫丹を甘草乾姜湯の湯液で服用せよ」と書いてあります。黒錫丹については、三二五ページに出ていますが、老人の虚喘に用います。私は黒錫丹を用いたことがありませんが、甘草乾姜湯を喘息によく用います。虚証で、手足が冷たく、食欲がなく顔色も悪い、冷えてくると発作が起こりやすいなどを目標に与えます。また、就寝前に服用させますと、夜間の発作を防ぐこともできます。また最近ふえてきているアレルギー性鼻炎にも、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)や麻黄細辛附子湯(マオウサイシンブシトウ)などとともに用いても効果があります。処方が簡単ですから、頓服として用いてもよいと思います。
甘草乾姜湯は吐血に効果があると『方函』に書いてあり移す。『千金方』に「吐血止まざるものに乾姜の末を子供の小便で服用させるとよい」と述べてありますの、これは乾姜の止血作用によるものと考えられます。
甘草乾姜湯の終わりのところで、『方函口訣』には次のように書かれています。「煩躁なくとも但吐逆して苦味の薬を用い難きもの、この方を用いてゆるむ時は速効あり」とあります。これについて龍野一雄先生は、こんな経験例を述べておられます。
「ある日のこと、朝から嘔気があった。そこで喉に手を入れてみたが何も出てこない。そのうちに頭が重くなってきて、苦しくなってきた。そこで頭痛、嘔吐を目当にして呉茱萸湯(ゴシュユトウ)を飲んでみた。しかしこれを飲むと嘔気が強くなり、吐き出してしまった。脈を見てみると沈緊で、足は冷たい。これは寒の状態であると思いつき、甘草乾姜湯を一服飲んだところ気分もよくなり、やりかけていた仕事をどうにか終わりまですることができた」ということです。呉茱萸湯は苦味のある薬です。こんな時に甘草乾姜湯を与えればよいということを教えてくれた、貴重な先生の体験例です。
甘草乾姜湯は、虚寒の証で、手足は冷たく、顔色も悪く、脈も沈みがちな人を目標にして、いろいろな症状に応用できます。嘔吐、下痢、食欲不振、唾液の多いもの、子供で唾を唾れ仲いるのがありますが、そういう時にも用います。またいろいろの場所の出血、便秘、喘息、アレルギー性鼻炎、夜尿症、月経痛など、いずれも冷えから起こってきた症状に用いて効果があります。
【参考】
甘草乾姜湯を含む漢方薬方
1.小青竜湯(しょうせいりゅうとう)=甘草乾姜湯+麻黄+桂枝+半夏+芍薬+五味子+細辛
2.苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)=甘草乾姜湯+茯苓+五味子+細辛+半夏+杏仁
3.人参湯(にんじんとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参
4.附子理中湯(ぶしりちゅうとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参+附子
5.桂枝人参湯(けいしにんじんとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参+桂枝
6.四逆湯(しぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子
7.通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子(四逆湯より甘草、乾姜の量が多い)
8.四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう)=甘草乾姜湯+附子+人参
9.茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子+人参+茯苓
10.半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参
11.甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参(半夏瀉心湯より甘草の量が多い)
12.生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参+生姜(乾姜の量は少ない)
13.黄連湯(おうれんとう)=甘草乾姜湯+半夏+桂枝+黄連+大棗+人参
14.柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)=甘草乾姜湯+柴胡+桂枝+黄芩+牡蛎+括呂根
15.苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう) =甘草乾姜湯+白朮+茯苓
甘草乾姜湯
本方は手足厥冷の傾向があり、唾液・尿等の分泌物が多量で稀薄な場合に用いるのであるが、時に煩操の状を訴えることがある。
本方は甘草と乾姜との二味からなり、甘草は急迫を治し、乾姜は一種の刺激興奮剤で、血行を盛んにする効がある。故に組織の緊張を亢め、活力を賦与する効がある。
本方は発汗剤を使用してはならない場合に、誤用して発汗させたために、手足厥冷・煩操・吐逆・口内乾燥等の諸症を呈した場合に頓服として用い、また老人・虚弱者で尿意頻数・唾液稀薄・眩暈等の症があれば、此方を用いてよい。また弛緩性出血・後陣痛にも用いることがある。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
7 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)四、乾姜(かんきょう)二〕
虚弱な人の陽気が虚したために、瘀水が動揺し、種々の症状を呈するものに用いられる。したがって、煩操、吐逆(吐気)、咽中乾燥、四肢厥冷、尿意頻数、希薄な唾液分泌過多などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘草乾姜湯證を呈するものが多い。
一 遺尿、夜尿症、萎縮腎、尿道炎その他の泌尿器系疾患。
一 吐血、喀血、子宮出血その他の各種出血。
一 そのほか、瘭疽、凍傷、気管支喘息、ルイレキ、唾液分泌過多など。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.95 尿意頻数・夜尿症・よだれ症・冷え症
24 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) 別名 二神湯(にしんとう)・二宜丸(にぎがん)〔傷寒・金匱〕 甘草四・〇 乾姜二・〇
水二〇〇ccをもって一〇〇に煮つめ、二回に分服する。また甘草六・〇、乾姜三・〇として、水三〇〇ccをもって一五〇ccに煮つめ、一日三回に分博してもよい。
〔応用〕 陽気の虚した者(皮膚が弱く、元気の衰えた者)を誤って発汗したために、水分が動揺し、手足は厥冷し、咽中乾き、煩躁・吐逆を発するものに用いるものである。
本方は主として煩躁・吐逆甚だしく、手足の冷えるもの、老人や虚弱者の尿意頻数・遺尿症・夜尿症・萎縮腎・尿道炎・小児のよだれ・唾液分泌過多・弛緩性出血(吐血・喀血・子宮出血)・産後の後陣痛・めまい・吃逆(しゃっくり)等に用いられ、また瘭疽(熱性症候なく、ただ疼痛劇甚なるもの)・凍傷・喘息・癲癇・ひきつけ・附子中毒による煩躁・吐逆・漏風(ろうふう)(冷え症などにも応用される。
〔目標〕 虚証のもので、発汗剤を誤用し、そのため陽気さらに虚して、手足厥冷・煩躁・吐逆・口内乾燥等の諸症を発したものを目標とする。
また次のような諸徴候を参考として諸病に用いる。
脈は沈弱、腹も軟かく、尿意頻数、稀薄な唾液分泌過多などを目標とする。
〔方解〕 本方は四逆湯から附子を去ったものであり、また人参湯から人参と白朮を去ったものである。甘草は急迫を緩め、乾姜は一種の刺激性興奮薬で、組織の緊張を亢め、血行を盛んにし、元気活力をつけるものである。
少陰病に属する薬方であるが、応用範囲を見てわかるように、臓器の方からいえば、脾と肺と腎の三臓の虚を補うものである。
〔主治〕
傷寒論(太陽病上篇)に、「傷寒、脈浮、自汗出デ、小便数(シゲ)ク、心煩微悪寒、脚攣急スルニ、反テ桂枝湯ヲ与エテ、其ノ表ヲ攻メント欲スルハ、此レ誤リナリ。之ヲ得テ便(スナワ)チ厥シ(四肢が冷える)、咽中乾キ、煩躁吐逆スル者ニハ、甘草乾姜湯ヲ作テ之ヲ与エ、以テ其ノ陽ヲ復セ」とあり、
金匱要略(肺痿門)に、「肺痿、涎沫(ゼンマツ)ヲ吐シテ、咳セザル者ハ、其ノ人渇セズして、必ズ刺尿、小便数(シゲ)シ、然ル所以ノ者ハ、上虚シテ下ヲ制スルコト能ワザルヲ以テノ故ナリ。此ヲ肺中冷ト為ス。必ズ眩シテ、涎唾多シ。甘草乾姜湯ヲ以テ之ヲ温メ、若シ湯ヲ服シ已(オワ)ツテ、渇スル者ハ消渇ニ属ス」とある。
勿誤方函口訣には、「此方ハ簡ニシテ其ノ用広シ。傷寒ノ煩躁吐逆ニ用イ、肺痿ノ涎沫ヲ吐クニ用イ、傷胃ノ吐血ニ用イ、又虚候ノ喘息ニ此方ニテ黒餳丹ヲ送下ス。凡ソ肺痿ノ冷症ハ其ノ人ノ肺中冷、気虚シ、津液ヲ温布スルコト能ワズ、津液聚テ涎沫ニ化ス。故ニ唾多ク出ズ。然レドモ熱症ノ者ノ唾凝テ重濁スルガ如キニ非ズ、又咳セズ咽渇シ、必ズ遺尿小便数ナリ」とある。
また漢方治療の実際には、「この方も遺尿や多尿に用いるが、白虎湯を用いる場合に相反する。白虎湯は熱性症状があって、新陳代謝の亢進したものを目標とし、この方は寒性症状があって、新陳代謝の沈衰したものを目標とする。甘草乾姜湯証には口渇がなく、脈も沈んで力なく、手足や下半身が冷え、口にうすい唾液がたまり、尿は水のように稀薄で沢山出る。
甘草乾姜湯に附子を加えたものが、四逆湯であり、茯苓と朮を加えたものが、苓姜朮甘湯であり、人参と朮を加えたものが人参湯であるから、これらのものには、すべて多尿の傾向がある」また、
「瀉心湯や呉茱萸湯のような苦味の薬を与えて、反って嘔吐がはげしくなるようなものによい」とある。
〔鑑別〕
○乾姜附子湯 (煩躁・厥冷・下痢)
○四逆湯 56 (煩躁吐逆・下痢清穀、身疼痛)
○苓姜朮甘湯 150 (遺尿、多尿・心下悸、腰中冷)
○白虎湯 121 (遺尿、多尿・熱症状、口渇)
○人参湯 111 (涎沫・心下痞硬、小便不利)
○小青竜湯 70 (涎沫・心下停水、脈浮数)
○呉茱萸湯 39 (涎沫・煩躁・頭痛、小便不利)
〔治例〕
(一) 下後手足厥冷
一女児。風邪にて発熱し、便通がないので、調胃承気湯を与えたところ、一回を服用して下痢数回あった。するとたちまち手足が冷え、煩躁悶乱、悪寒戦慄を発し、ガタガタと慄えだし、危篤状態となった。このとき急ぎ甘草乾姜湯を作って一服させたところ、即座に危症は一掃された。
(荒木性次氏、古方薬嚢)
(二) 冷薬服後四肢厥冷
一女児。熱があって、気分がすぐれないという。食も始まないので、まず小柴胡湯加石膏を与えた。二~三回服用したところ、手足が冷たくなり、咽が乾いて、ぼんやりして元気なく、煩悶の状が現われたので、急ぎ甘草乾姜湯を与えたところ、たちまち治った。
本方は下剤や石膏剤などのため、腹中が冷反、手足厥冷し、悶え苦しむ者に神効がある。
(荒木性次氏、古方薬嚢)
(三) 唾を吐く病
他に病気がなくて、ただ唾を吐いて止まないというものは、大抵十のうち八~九人までは理中湯(人参湯)で治るものである。先年一男子があってこの症を発したが、理中湯では効かず、甘草乾姜湯で治ったのがある。また他の一人は茯苓飲で治ったものもある。この症は結局心下の停飲によるものである。
(有持桂里翁、校正方輿輗巻七)
(四) 睡眠後の流涎症
二十年も前に、十三歳になる女子の病を治したことがある。誰も肺結核という診断でいろいろの薬を用い、灸もすえたが治らない。全身の皮膚は黒く光沢なく、起居にも呼吸せわしく、咳は少しもなく、ただ涎沫を吐して衰弱するばかりであった。よくきくと、眠りにつくと涎れが流れ出て、枕の下まで濡れ、夜具の下まで通るほどであるという。よって甘草乾姜湯を与えたところ、二十日ばかりで夜の涎れが少くなり、昼間の涎沫も半分くらいになった。その後柴胡姜桂湯に人参、黄耆を加えて用い、下肢に瘡毒を発して腐爛し、膿血汁が沢山流れ出て、数ヵ月の後には全身の黒色が消えて色白く光沢を生じ、美しい女子となって全快した。
(宇津木昆台翁、古訓医伝十六巻)
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) [傷寒論]
【方意】 寒証による厥冷等と、水毒による稀薄な喀痰・稀薄な尿等と、水毒の動揺による吐逆等のあるもの。時に虚熱を伴う。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
寒証 | 水毒 | 水毒の動揺 | 虚熱 | |
主証 | ◎全身の厥冷 | 〔上焦〕 ◎稀薄な喀痰 〔中焦〕 ◎稀薄な唾液 〔下焦〕 ◎稀薄な尿 | ◎激しい吐逆 | |
客証 | 多尿 頻尿 疼痛 しびれ 知覚麻痺 運動麻痺 | 〔上焦〕 息切れ 呼吸困難 稀薄な鼻汁 胸痛 〔中焦〕 腹痛 下痢 〔下焦〕 遺尿 頻尿 | 激しい咳嗽 吃逆 目眩 心悸亢進 逆上感 痙攣 | 煩躁 口燥 上熱下寒 自汗 脱汗 |
【脈候】 沈微・弱・緩弱・微弱数・弱数・微浮・浮数・浮大弱・芤。。
【舌候】 湿潤。虚熱の強い場合は時に乾燥。
【腹候】 軟弱。時に上腹部に振水音がある。
【病位・虚実】 水毒があり寒証は顕著で、すでに新陳代謝の低下を起こしている。脈力、腹力共に低下し虚証であり少陰病。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜2.0
【腹候】 軟弱。時に上腹部に振水音がある。
【病位・虚実】 水毒があり寒証は顕著で、すでに新陳代謝の低下を起こしている。脈力、腹力共に低下し虚証であり少陰病。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜2.0
【方解】 甘草は緊急切迫した症状を主り、乾姜は寒証・水毒、更にこれらに由来する虚証を主識。本方意は条文では「肺中冷」とあり、上焦が主であるが、実際には上、 中、下の三焦にわたっている。甘草・乾姜の組合せは下記の薬方の基本となっており、本方意は多くの薬方の構成に関与している。小青竜湯・苓甘姜味辛夏仁湯は上焦の水毒が基本である。人参湯・半夏瀉心湯は中焦の水毒が関与し、苓姜朮甘湯は下焦の水毒が基本となっている。四逆湯は寒証による全身の機能低下に用いる。以上すべて甘草・乾姜が配剤されている。
【方意の幅および応用】
A 寒証:急激に起こった全身の厥冷・疼痛等を目標にする場合。
虚証に発汗剤を誤用し急に手足厥冷・煩躁・吐逆するもの、
附子中毒、熱感のない疼痛の激しい瘭疽
B1上焦の水毒:稀薄な喀痰・息切れ・呼吸困難等を目標にする場合。
上下部気道炎で稀薄な喀痰多く・息切れ・冷え性のもの、気管支炎、気管支喘息、
肺結核症、アレルギー性鼻炎
2中焦の水毒:稀薄な唾液・下痢等を目標にする場合。
赤痢、大腸炎、胃腸疾患で腹痛の激しいもの、よだれ、蛔虫症で生唾の多いもの
3下焦の水毒:稀薄な尿・頻尿等を目標にする場合。
老人・虚弱者の頻尿、夜尿症、遺尿、萎縮腎、尿道炎、前立腺肥大、膀胱炎
C 水毒の動揺:激しい吐逆・心悸亢進等を目標にする場合。
吐逆、吐逆し煩躁して四肢の冷えるもの、百日咳、咳嗽で尿失禁するもの、自家中毒、
引きつけ、子癇、癲癇
D 虚熱:煩躁・自汗等を目標にする場合。
盗汗し煩躁するもの
【参考】 * 傷寒、脈浮、自汗出で、小便数、心煩、微悪寒し、脚攣急するに、反って桂枝を与え、其の表を攻めん欲するは、此れ誤りなり。之を得て便ち厥し、咽中乾き、 煩躁吐逆する者は、甘草乾姜湯を作りて之を与え、以って其の陽を復す。 『傷寒論極』
* 肺痿、涎沫を吐して欬せざる者は、其の人渇せず、必ず遺尿し、小便数なり。然(しか)り所以の者は、上虚して下を制す能わざるを以っての故なり。此れ肺中 冷と為す。必ず眩し、涎唾多し。甘草乾姜湯を以って之を温む。若し湯を服し已りて渇する者は消渇に属す。 『金匱要略』
*厥して煩躁し、涎沫多き者を治す。 『方極附言』
『勿誤薬室方函口訣』
*本方は急激に虚寒証に陥入した場合に使われ、厥冷・煩躁・吐逆等の急迫症状を伴うこともあるが、四逆湯類ほど虚証は深くない。虚証の喘息発作に著効を示す。
*本方意は元来、中焦の虚寒があり、このため上焦・下焦の虚寒を引き起こしたものとされる。
*虚熱は、急激に発症した場合にみられる。
*本方は虚寒の出血、例えば胃腸虚弱で冷え性の吐血・喀血・子宮出血等にも有効である。患者は肌が黒ずむ傾向がある。
【症例】 気管支喘息兼急性湿疹
42歳、主婦。頻尿で1時間小水をこらえられない。全身の湿疹があり、特に背部がひどい。背部に細絡がみえる。「貴女は喘息はありませんか」と尋ねると、実は10年以上前より喘息がひどくて、内科の医者にかかっているという。
そこで『金匱要略』の「肺痿涎沫を吐して欬せざるものは、其人渇せず、必ず遺尿し、小便数す。然る所以のものは上虚し、下を制すること能わざるを以ての故なり、これを肺中冷となす、必ず眩し、涎唾多し、甘草乾姜湯を以て之を温む」を思い出して、唾が口に溜らないか、咽が乾燥しないかと尋ねると皆然りで、唾は細かい泡のようで気持ちが悪いという。甘草乾姜湯前後合計30日分でほとんど治癒廃薬す。
諏訪重雄『漢方の臨床」10・12・25
『類聚方広義解説(54)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
本日は類聚方広義解説の54回目になります。甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)から始めます。引き続いて乾姜附子湯(カンキョウブシトウ)、四逆湯(シギャクトウ)から白通加猪胆汁湯(ビャツクウカチョタンジュウトウ)まで、九つの処方について、三回にわたって解説をしてゆきたいと思います。
まず甘草乾姜湯から始めることにします。甘草乾姜湯はまたの名を二神湯(ニシントウ)といいます。これは甘草と乾姜の二味で神効を発揮するという意味で名づけられたものと思われます。
条文を読みますと「厥(けつ)して煩躁、涎沫(ぜんまつ)多きを治す」とあります。厥して煩躁というのは手足が冷たくなって、もだえ苦しむことで、心臓衰弱とか、ショックようの症状が起きる状態で、涎沫は肺が冷えて泡沫性の稀薄な痰がたくさん出たり、生つばやよだれが出たりすることで、これは気管支炎とか気管支喘息、あるいは肺炎、肺結核の時などに現われる症状の一つであります。
処方は「甘草四両(二銭)、乾姜二両(一銭)。右二味、水三升を以て、煮て一升五合を取り、滓を去り、二つに分けて温服する」とあります。ここでいう一升は今の一合のことで、尾台榕堂先生は、日本流にこれを改めて「水一合二勺を以て、煮て六勺を取る」と註釈をしております。
私たちは現在、甘草4g、乾姜2gとして、200mLの水を入れて煮て、100mLに煮詰め、二回に分けて温服することにしております。また甘草6g、乾姜3gとして、水300mLを入れて煮詰め、150mLとして、これを三回に分けて飲んでもよいとされております。乾姜はショウガを乾燥したもので、辛味が強くて、実際に味わってみますと、2gでも相当辛くて口の中が燃えるようになります。本によっては4gとか6gとかなっているものもありますが、とても飲み込めないほとであります。この本の講義の最初に、大塚先生が注意されましたように、大塚先生は大建中湯(ダイケンチュウトウ)をある本に示された通りに乾姜8gを与えましたところ、患者が膀胱炎を起こして困ったと述べられております。膀胱炎や、痔の疾患のある人、あるいは喀血しやすい人などには、2g以上は用いない方がよいと思います。分量はよほど注意しないと失敗することがよくあります。
甘草乾姜湯は四逆湯(シギャクトウ)から附子(ブシ)を去ったものであり、人参湯から人参と白朮(ビャクジュツ)を去ったものであります。甘草は急迫症状を治すといわれておりまして、これは手足が冷たくなって、もだえ苦しむ、いわゆる急迫症状といって、急に切迫した症状を呈したもので、これを治す妙薬であります。また痙攣を起こして激しい痛みを訴えている時などに、たちどころにこれを治す鎮痛効果があります。一方、乾姜は新陳代謝機能の減退したものをふるい起こさせるという、いわゆる刺激性の興奮薬で、熱薬と称し、温める力が非常に強く、厥冷(けつれい)(手足が冷たくなる)、煩躁(はんそう)(もだえ苦しむ)を治し、さらに水分の代謝異常が起きて水毒が上にのぼって、泡沫性の痰や、生つばが出たり、よだれを流したりする、いわゆる涎沫を吐するというものを治す作用があります。
次の本文を読みますと、甘草乾姜湯は、『傷寒論』や『金匱要略』で、どのような時に用いてい識のか、その条文が掲げられています。第一は『傷寒論』の太陽病上篇の条文で、「傷寒、脈浮にして自ら汗出で、小便数(しげ)く、心煩して微悪寒し、脚攣急するに、かえって桂枝湯(ケイシトウ)を与え、その表を攻めんと欲す。これ誤りなり。之を得れば便ち厥し、咽中乾き、煩躁して吐逆する者は、甘草乾姜湯を作りて之を与うればもってその陽を復す。もし厥愈えて足温まる者は、さらに芍薬甘草湯を作りて之を与うれば、その脚即ち伸ぶ。もし胃気和せず讝語する者は、少しく調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うる者は、四逆湯之を主る」とあります。
これを解説しますと、脈が浮で、自ずから汗が出て、小便が近く、心煩微悪寒、脚攣急するというのは、表と裏、陰証と陽証とが相半ばしているもので、桂枝加附子湯(ケイシカブシトウ)の証であるのに、これを純粋な表証として桂枝湯をもって発汗するのは誤りで、もし誤ってこれを与えると便(すなわ)ち(たちまち)四肢厥冷し、咽中乾燥し、煩躁して吐逆を起こす、すなわち誤治によって水毒が動揺して急迫症状を起こすことになり、このとき甘草乾姜湯を与えて鎮静緩和するとよくなる、というものです。
次は『金匱要略』の肺痿(はいい)門の条文です。読みますと、「肺痿(はいい)。涎沫(ぜんまつ)を吐して欬(がい)せざる者は、その人渇せず、必ず遺尿し、小便数(さく)なり。然る所以の者は、上虚して下を制すること能わざるを以ての故なり。これを肺中冷となす。必ず眩して涎唾し多し。甘草乾姜湯を以て之を温む。もし湯を服しおわって、渇する者は消渇(しょうかつ)に属す」とあります。
肺痿というのは、『金匱要略』では、肺痿と肺癰とを区別して、虚なる者は肺痿とし、実なる者を肺癰としました。これは寸口(すんこう)の脈が数で、その人欬し(咳が出て)、口中かえって濁った生つば、涎沫すなわち泡沫性の痰があるものを肺痿としました。こういう症状は、肺が冷えているというのであります。呼吸器疾患の中の一種でありまして、広く虚証の気管支炎、気管支喘息、肺結核の一つの型の時に現われるものであります。涎沫とか、遺尿とか、小便数など、水毒があって熱のないもので肺の冷えている時に起こり、眩暈(めまい)を伴い涎沫が多くなるという時、これを甘草乾姜湯で温めるとよくなるというのであります。肺痿の症で渇のないものが本方を服用して、のちに渇きを訴えるものは、肺痿ではなく、消渇(しょうかつ)、すなわち糖尿病であるというのであります。
尾台榕堂先生は欄外に自分の意見を補足しております。欄外の第一に「この方は生姜甘草湯と同じく、肺痿を治す」とあります。これはこの処方の前にありました生姜甘草湯と区別するわけです。
「しかもその之(おもむ)く所に至っては正に相反す。以て乾姜と生姜の主治の異るを見るべし」といっております。いわゆる乾姜と生姜の作用によって違ってくるということを申しております。
次にこの厥を起こしたのは、「ただ誤治による一時の激動急迫の厥のみ。四逆湯の下利清穀、四支拘急(ししこうきゅう)、脈微、大汗厥冷の比に非らず。それ甘草の分量の乾姜に倍するは、急迫を緩(ゆる)めるを以てなり。咽乾、煩躁、吐逆の症を観て、以てその病情を知るべし」としてあります。甘草が多いので急迫症状が激しいことを申しております。
さらに「老人、平日小便頻数に苦しみ、涎を吐し、短気し、眩暈して起歩し難き者にこの方宜し」と補足しております。
終わりに「為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし」と東洞の意見を追加しております。
生姜甘草湯は肺痿で、吐涎沫というのは同じですが、この方には渇があり、欬唾があり、寒証、いわゆる冷えがありません。ところが甘草乾姜湯の方は、肺痿で涎沫を吐すというのは同じですが、欬がない、渇がない、必ず小便がしばしばある、時にはもらすことがある、これがすなわち冷え(寒証)であり、尿は透明で色なく水のようであります。このような区別があるということであります。
大塚先生の『漢方治療の実際』で、このことを述べて、甘草乾姜湯は夜尿や多尿に用い、寒冷症状があって、新陳代謝の沈衰したものが目標であるといっております。さらに口渇がなく、脈も沈んで力がなく、手足や下半身が冷えて、口には薄い唾液がたまり、尿は水のような稀薄でたくさん出るといっております。
以上を総合しまして、甘草乾姜湯はどのような病気に応用されるかをまとめてみますと、第一が陽気が虚して元気がない、皮膚の抵抗力の弱いものを誤って発汗させたために、水分が動揺して不均衡状態となり、、ショック様症状を起こして手足が厥冷し、喉が乾いて煩躁吐逆を発したものに用います。
第二は、老人や虚弱者、冷え症のものに起こった尿意頻数、夜尿症、遺尿症、萎縮腎や、前立腺肥大症、尿道炎などによる多尿症に用います。第三は、子供のよだれ症で、唾液分泌過多症にもよいわけです。第四には弛緩性の出血症で、これが吐血、喀血、子宮出血などに用いられます。第五は産後の後陣痛。第六はめまい。第七はしゃっくり。第八は瘭疽で熱がな決て疼痛の激しいもの。第九は冷え症、あるいは凍傷、喘息、てんかん、ひきつけなど。第十は漏風(ろうふう)といって、手足の爪の間から冷たい風が出るような感じがするという珍しい病気がありますが、こういうものにも使ってよいことが報告されております。
乾草乾姜湯を用いた症例の報告として、代表的なものをあげてみます。その一は、荒木性次先生の『古方薬嚢』に二つの治験例が載っておりまして、「下した後に手足が厥冷し、もだえ苦しんで危篤状態となったもの」です。女の子が風邪をひき熱を出して便通がないので、調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与えたところ、一回分を服用して下痢が数回ありました。するとたちまち手足が冷たくなって、煩躁悶乱し、悪寒、戦慄を発し、ガタガタとふるえ出し、危篤状態となったのです。この時急いで甘草乾姜湯を作って一服させたところ、即座に危篤症状が一掃されたというのです。これは下してはいけなかったものを下したためにショック症状を起こして、手足が冷たく心臓が衰弱し、急迫症状を発したので、この方を用い血行をよくし、冷えを温め、新陳代謝をよくしてよくなった例であります。
その二は、「冷薬、すなわち解熱薬を服用したあとで手足が冷たくなった」例です。 一人の女の子が熱があって気分がすぐれない、食も進まないというので、小柴胡湯加石膏(ショウサイコトウカセッコウ)という解熱の処方を与えました。二、三回服用したところ急に手足が冷たくなって、喉が乾いてぼんやりして元気なく、煩悶の状が現われたので、これは逆治とさとって、急き甘草乾姜湯を与えたところ、たちまち治ったというのです。これは小柴胡湯加石膏という冷薬を与えたので、腹中が冷えて手足が冷たくなって、もだえ苦しみだしたものであります。
もう一つ、「睡眠ののちによだれを流す病気」が治った例です。これは宇津木昆台先生の『古訓医伝』に載っている治験例であります。13才になる女の子が病気になって、多くの医師は肺結核という診断であった。いろいろ薬を与え、灸も長年すえたが治らない。全身の皮膚は黒くつやがなく、体を動かすと呼吸がせわしくなって、咳は少しもない。ただ涎沫を吐して、衰弱するばかりであった。よく聞きますと、眠りにつくとよだれが流れ出て、枕の下から夜具の下まで通るほどだというのです。これはすなわち肺痿涎沫を吐して欬せざるものに該当しているものと診まして、甘草乾姜湯を与えて治ったというのであります。以上で甘草乾姜湯は終わります。
※四支拘急(ししこうきゅう)? 四肢拘急(ししこうきゅう)のことか?
『類聚方広義解説(57)』 東京大学医学部第一内科 永井 良樹
甘草乾姜湯・乾姜附子湯
本日の『類聚方広義(るいじゅうほうこうぎ)』は甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)と乾姜附子湯(カンキョウブシトウ)についてです。まず甘草乾姜湯の本文と註の部分を読んでみましょう。
■甘草乾姜湯
甘草乾薑湯 治厥而煩躁多涎沫者。
甘草四兩二錢 乾薑二兩一錢
右二味。以水三升。煮取一升五合。去滓。分温再服。
以水一合二勺煮取六勺。
『傷寒。』脈浮自汗出。小便數。心煩微惡寒。脚攣急。反
與桂枝湯。『欲攻其表。』此誤也。得之便厥。咽中乾。
煩躁吐逆者。作甘草乾薑湯與之。以『復其陽』若
厥愈足溫者。更作芍藥甘草湯與之。其脚即伸。若『胃
氣不和。』讝語者。少與調胃承氣湯。若重發汗復加燒
鍼者。四逆湯主之。○『肺痿。』吐涎沫。而不欬者。
其人不渇。必遺尿。小便數。『所以然者。以上虚不
能制下故也。此爲肺中冷。』必眩。多涎唾。甘草乾
薑湯以溫。若服湯已。渇者『屬消渇。』
爲則按。當有急迫證。
「甘草乾姜湯。厥して煩躁し、涎沫多きものを治す。
甘草(カンゾウ)四両(二銭)、乾姜(カンキョウ)二両(一銭)。
右二味、水三升をもって、煮て一升五合を取り、滓を去り、分価値温め再服す(水一合二勺をもって、煮て六勺を取る)。
傷寒、脈浮、自汗出で、小便数(さく)、心煩、微悪寒、脚攣急するに、かえって桂枝湯(ケイシトウ)を与う。その表を攻めんと欲するは、これ誤りなり。これを得てすなわち厥し、咽中乾き、煩躁吐逆するものは、甘草乾姜湯を作りこれを与え、もってその陽を復す。もし厥愈え足温なるものは、さらに芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を作りこれを与うれば、その脚すなわち伸ぶ。もし胃気和せず、讝語のものには、少しく調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うるものは、四逆湯(シギャクトウ)これを主る。
肺痿、涎沫を吐して、欬せざるもの、その人渇せず、必ず遺尿し、小便数、しかる所以のものは、上虚して下を制する能わざるをもっての故なり。これを肺中冷となす。必ず眩し、涎唾多し。甘草乾姜湯もってこれを温む。もし湯を服し已り、渇するものは、消渇に属す。
為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし。」
■甘草乾姜湯の頭註
「この方、生姜甘草湯(ショウキョウカンゾウトウ)と同じく、肺痿を治す。しかれどもその之(ゆ)く所に至りては、すなわちまさに相反す。もって乾姜、生姜の主治の異なるを見るべし。
この厥は、ただこれ誤治による一時の激動急迫の厥のみ。四逆湯の下利清穀、四肢拘急、脈微、大汗厥冷の比にあらざるなり。それ甘草の分量乾姜に倍するは、急迫を緩むをもってなり。咽乾、煩躁、吐逆の症を観て、もってその病情を知るべし。
老人、平日小便頻数に苦しみ、涎を吐し、短気、眩暈起歩し難きもの、この方に宜し」。
■甘草乾姜湯の解釈
「甘草乾姜湯。厥して煩躁し涎沫多きものを治す」と簡潔にまとめられています。体が冷えて苦しみ、唾液の多いものを治すという意味です。
「甘草四両(二銭)」、一銭は一匁のことで3.75gですから、二銭は7.5gになります。甘草7.5g、乾姜3.75gを水三升(一合二勺、一合は約180ccですから約220cc)で煮て、煮詰めて一升五合(六勺、約110cc)にし、滓を去り、一日分を二回に分けてその都度温めて服用するということです。
その次から『傷寒論(しょうかんろん)』からの引用になります。吉益東洞(よしますとうどう)の『類聚方』には、6行目の「肺痿」以下の『金匱要略(きんきようりゃく)』からの引用が先になり、それに続いて「傷寒」以下の文章が引用されてい移す。『類聚方広義』では『傷寒論』の文章が先に引先されています。
「傷寒、脈浮、自汗出で」の文章は、すでに調胃承気湯の項、芍薬甘草湯の項に出てきました。また四逆湯の項にも出てきます。まったく同じ文章です。
傷寒にかかり、脈が浮で、汗が出て、しきりに尿が出、胸苦しく少し悪寒があり、脚が引きつるものに、間違えて桂枝湯を与えた。このような患者に、表を攻めようとして桂枝湯を与えるのは間違いである。なぜなら「脈浮、自汗出で」「微悪寒」は桂枝湯の証として間違いではないのですが、「小便数、心煩し」「脚攣急」は桂枝湯の証ではないのです。しかし、とにかく桂枝湯が投与されてしまった。すると患者は「これを得てすなわち厥し」、つまり体が冷え、咽(のど)が乾き、苦しみ吐き戻したので、甘草乾姜湯を作ってこれを与えたところ、「その陽を復」した、すなわち体が温かくなった。そして体が温まり、足が温まったところで、芍薬甘草湯を作ってこれを与えたところ、脚の引きつれがとれて、脚が伸びやかになった。しかし消化器系の異常が取れず、うわ言をいうものには、少し調胃承気湯を与えるとよい。また重ねて汗を出させ、さらに焼鍼を使って発汗させた場合は、四逆湯が主治するところである、と述べられています。
『傷寒論』では、甘草乾姜湯は、誤った治療によって病勢が急迫し、体が冷え、苦しみ吐き戻すといった状態になったところを改善する目的で使用されています。それに関連して頭註の第二節をみてみましょう。
「主治の文に厥とありますが、甘草乾姜湯の適応となる厥は、ただ誤治によって一時的に急迫の状態をきたしたものであって、四逆湯が適応される下痢清穀、四肢拘急、脈微、大汗厥冷の比ではない」とあります。 註にはさらに「甘草の分量が乾姜の倍であるのは、急迫を緩めるためである。咽の乾き、煩躁、吐逆の状態をよく観察して、その病状を知らなければならない」と書かれています。
『金匱要略』から引用された条文に移ります。「肺痿」とは肺の慢性虚弱性疾患で、肺結核などを含んでいましょう。肺病で、「涎」すなわち唾液を吐くが、咳は出ない、咽は乾かず、必ず小便を洩らし、尿が近く、必ず眩し、唾液の多いものは、甘草乾姜湯で温めてやるとよい。もし甘草乾姜湯を服用し終えて、咽が乾くものは、別の病気である消渇(糖尿病の類)に属する、というものです。
「小便数」の後に「しかる所以のものは、上虚して下を制する能わざるをもっての故なり。これを肺中冷となす」とあります。肺病で、体の上部が虚して、体の下部を制御することができないので、尿を洩らしたり、頻尿になったりするのだ、これを肺中冷という、と註釈されています。
ここで頭註の第一節をみてみましょう。この方は生姜甘草湯と同じく、肺病を治すけれども、患者の症状には反対のところがある。すなわち生姜甘草湯には、唾液が出るという症状があり、これは共通しますが、甘草乾姜湯にはない、咳が出、咽燥にして渇(咽が乾燥して水を欲する)という症状があるのです。この違いはまさに乾姜と生姜の違いによるのであると註釈されています。
また頭註の第三節をみますと、老人で普段、小便が近く、唾を吐き、呼吸困難で、眩暈がし、歩行困難のものは、此の甘草乾姜湯がよいと述べられています。
最後の行に「為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし」とあります。為則とは吉益東洞のことで、甘草乾姜湯の適応される状態は急迫の症状があるだろうというのです。
『勿誤薬室方函口訣(16)』 日本東洋医学会理事 細野 八郎 先生
-乾地黄湯・甘草湯(傷寒論)・甘草湯(腹証奇覧)・甘草黄連石膏湯・甘草乾姜湯・甘草乾姜茯苓朮湯-
甘草乾姜湯
この処方は『傷寒論』の太陽病篇に出ています。それによりますと、「桂枝湯(ケイシトウ)証に似ている傷寒に誤って桂枝湯を与え、手足が厥冷し喉が乾き、煩躁、嘔吐などの少陰病の症状を起こしてきた時に用いる処方」と書いてあります。
宗伯の『古方薬議』の中で「乾姜(カンキョウ)はよく中を温め、飲を散ず」と述べてあります。わかりやすくいいますと、衰えている消化機能を高め、その結果水毒がとれるということです。このような乾姜に、さらに脾胃の働きを高める甘草(カンゾウ)を加えたのが甘草乾姜湯ですから、この処方は消化機能がかなり衰えている時に応用できるものと考えられます。またこの処方は必要に応じていろいろの生薬を加え、数多くの名処方を産み出す母体ともなっています。ちょうど芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)に桂枝(ケイシ)・大棗(タイソウ)・生姜(ショウキョウ)を加えて桂枝湯に、柴胡(サイコ)・枳実(キジツ)を加えて四逆散になるように、四逆湯になったり、人参湯・小青竜湯になったりなど、甘草乾姜湯から有名処方が生まれてくるので、この処方をよく理解していただきたいと思います。
『方函口訣』では「この方は簡にしてその用広し。傷寒の煩躁吐逆に用い、肺痿(はいい)の吐涎沫に用い、傷胃の吐血に用い、また虚候の喘息に此の方にて黒錫丹を送下す」と述べてあります。肺痿で熱状のない冷状のものに甘草乾姜湯を用いることが『金匱要略』に載っていまが、『方函』ではその条文をまとめて説明しています。
すなわち「凡て肺痿の冷症は肺中が冷え、肺気が虚し、そのため津液を温和することができず、津液は集まって涎沫となったために唾が多く出るのである。そして咳もなく、喉も乾かず、寝小便をたれたり、小便の回数が多くなる。しかしこの時の唾は、熱症の時のように、濁った濃い唾ではなく、薄い粘りのないものである。こんな症状の時に甘草乾姜湯はよく効く。この薬を飲みにくくていやがるものには、桂枝去芍薬加皂莢湯(ケイシキョシャクヤクカソウキョウトウ)を用いると奇効がある。この処方を用いる時の唾液は濃厚で粘り気があるものではなく、肺痿の冷症に見られる薄い涎といわれるものである」と述べています。
ここで肺痿というのは肺気が痿えてふるわない状態で、肺結核症のことです。このように肺痿の冷症に用いますが、脾胃に効く甘草と乾姜だけなのになぜ肺の機能もよくなるのでしょうか。これは痰は脾で作られ、肺で貯えられるという、脾と肺との相関関係があるからです。それで虚証ではまず脾の機能を高め、間接的に肺機能を強化する治療法をよく用います。たとえば実証の喘息では麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)で即効がありますが、虚証になると、かえって悪化することがあります。こんな時に脾胃の機能を高める甘草乾姜湯とか、人参湯とかを用いますと、効果があるものです。
『方函口訣』に、虚証の喘息には黒錫丹を甘草乾姜湯の湯液で服用せよ」と書いてあります。黒錫丹については、三二五ページに出ていますが、老人の虚喘に用います。私は黒錫丹を用いたことがありませんが、甘草乾姜湯を喘息によく用います。虚証で、手足が冷たく、食欲がなく顔色も悪い、冷えてくると発作が起こりやすいなどを目標に与えます。また、就寝前に服用させますと、夜間の発作を防ぐこともできます。また最近ふえてきているアレルギー性鼻炎にも、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)や麻黄細辛附子湯(マオウサイシンブシトウ)などとともに用いても効果があります。処方が簡単ですから、頓服として用いてもよいと思います。
甘草乾姜湯は吐血に効果があると『方函』に書いてあり移す。『千金方』に「吐血止まざるものに乾姜の末を子供の小便で服用させるとよい」と述べてありますの、これは乾姜の止血作用によるものと考えられます。
甘草乾姜湯の終わりのところで、『方函口訣』には次のように書かれています。「煩躁なくとも但吐逆して苦味の薬を用い難きもの、この方を用いてゆるむ時は速効あり」とあります。これについて龍野一雄先生は、こんな経験例を述べておられます。
「ある日のこと、朝から嘔気があった。そこで喉に手を入れてみたが何も出てこない。そのうちに頭が重くなってきて、苦しくなってきた。そこで頭痛、嘔吐を目当にして呉茱萸湯(ゴシュユトウ)を飲んでみた。しかしこれを飲むと嘔気が強くなり、吐き出してしまった。脈を見てみると沈緊で、足は冷たい。これは寒の状態であると思いつき、甘草乾姜湯を一服飲んだところ気分もよくなり、やりかけていた仕事をどうにか終わりまですることができた」ということです。呉茱萸湯は苦味のある薬です。こんな時に甘草乾姜湯を与えればよいということを教えてくれた、貴重な先生の体験例です。
甘草乾姜湯は、虚寒の証で、手足は冷たく、顔色も悪く、脈も沈みがちな人を目標にして、いろいろな症状に応用できます。嘔吐、下痢、食欲不振、唾液の多いもの、子供で唾を唾れ仲いるのがありますが、そういう時にも用います。またいろいろの場所の出血、便秘、喘息、アレルギー性鼻炎、夜尿症、月経痛など、いずれも冷えから起こってきた症状に用いて効果があります。
【参考】
甘草乾姜湯を含む漢方薬方
1.小青竜湯(しょうせいりゅうとう)=甘草乾姜湯+麻黄+桂枝+半夏+芍薬+五味子+細辛
2.苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)=甘草乾姜湯+茯苓+五味子+細辛+半夏+杏仁
3.人参湯(にんじんとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参
4.附子理中湯(ぶしりちゅうとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参+附子
5.桂枝人参湯(けいしにんじんとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参+桂枝
6.四逆湯(しぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子
7.通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子(四逆湯より甘草、乾姜の量が多い)
8.四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう)=甘草乾姜湯+附子+人参
9.茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子+人参+茯苓
10.半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参
11.甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参(半夏瀉心湯より甘草の量が多い)
12.生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参+生姜(乾姜の量は少ない)
13.黄連湯(おうれんとう)=甘草乾姜湯+半夏+桂枝+黄連+大棗+人参
14.柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)=甘草乾姜湯+柴胡+桂枝+黄芩+牡蛎+括呂根
15.苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう) =甘草乾姜湯+白朮+茯苓
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