健康情報: 5月 2014

2014年5月30日金曜日

当帰芍薬散加附子(とうきしゃくやくさんかぶし) の 効能・効果 と 副作用

『健康保険が使える漢方薬の選び方・使い方』 木下繁太朗 土屋書店刊

p.141
当帰芍薬加附子湯(とうきしゃくやくかぶしとう)
症状
 当帰芍薬散(142頁)に附子を加えたもので、当帰芍薬散を使いたいような状態で冷えが強いものに用います。具体的には、血色が悪く貧血症で、足腰が冷えやすくて小便が近く、頭重や頭痛があり、ときにめまい、肩こり、耳鳴り、動悸などのあるもの。

適応
 婦人の冷え性、月経痛、神経痛、慢性腎炎、更年期障害、妊娠中の障害(浮腫、習慣性流産の予防、痔疾、腹痛) 産後の肥立ち不良。


【処方】 当帰芍薬散エキス5.0gに、加工ブシ2.0gをまぜたもの。

健 三



『漢方 新一般用方剤と医療用方剤の精解及び日中同名方剤の相違』
愛新覚羅 啓天 愛新覚羅 恒章 
文苑刊

p.315
66 当帰芍薬散加附子(とうきしゃくやくさんかぶし) 《類聚方広義》

[成分]:当帰3~3.9、芍薬4~16g、川芎3g、茯苓4~5g、沢瀉1,:12g、加工附子0.4g

[用法]:湯剤とする。1日1剤で、1日量を3回に分服する。

[効能]:養血益気、健脾利湿、温陽袪寒


[主治]:血虚気虚、脾虚湿帯、陽虚畏寒

[症状]:疲れ、体がだるい、立ち眩み、心悸、浮腫、食欲不振、腹痛、腹脹、軟便、下痢、体の冷え、畏寒など。舌が歯痕あり、舌苔は白厚、脈が沈細と緊。

[説明]:
 本方は養血補気と健脾利湿と温陽袪寒の効能を持っており、血虚気虚と脾虚湿滞と陽虚畏寒の軽気を治療することができる。
 本方は《金匱要略》の当帰芍薬散に温裏薬の附子を加えた変方である。
 本方に含まれている当帰芍薬散(当帰、芍薬、川芎、茯苓、白朮、沢瀉)は養血止蚕し健脾利湿し、附子は温陽袪寒する。
 本方は当帰芍薬散より温陽袪寒の効能(附子)が強い。そこで、本方は当帰芍薬散で治療できる病の上に、陽虚の重い場合に適用する。当帰芍薬散は一般用と医療用の漢方方剤である。
 本方は白朮を蒼朮に替えても厚生労働省に許可されている。本方は日本の漢方薬である。
 血虚陽虚と脾虚湿滞の型に属する妊娠貧血、妊娠浮腫、流産、不妊症、月経不順、骨盤内炎症性疾患、卵巣嚢腫、不正性器出血、消化不良、胃腸機能低下、貧血、慢性肝炎、慢性腎炎、狭心症、老人性痴呆症、冷え症などの治療には本方を参考とすることができる。



『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』 
木下繁太朗 新星出版社刊

 p.168
当帰芍薬加附子湯

どんな人に使うか
 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)に加工附子(かこうぶし)を加えたもので、虚弱体質で貧血傾向があり、冷えがきつく、性周期に伴って浮腫、腹痛を訴え、頭重、耳鳴り、めまい、肩こり、下腹部痛、全身倦怠感、手足の強い冷えなどのある人(主に成人女子)に用います。

目標となる症状
症 腹 脈 舌 共に当帰芍薬散(169頁)に同じ、症状では冷え、寒気が強い。

どんな病気に効くか(適応症)
 血色悪く貧血症で足腰が冷えやすく、頭痛、頭重体r小便頻数を訴え、時に目眩(めまい)、肩こり、耳鳴り、動悸あるものの、婦人の冷え症、月経痛、慢性腎炎、更年期障害、妊娠中の障害(浮腫、習慣性流産の予防、痔疾、腹痛)、産後の肥立不良。
 その他当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)に同じ。

この薬の処方
 当帰(とうき)、川芎(せんきゅう) 各3.0g。 芍薬(しゃくやく)、茯苓(ぶくりょう)、白朮(びゃくじゅつ)各6.0g。 沢瀉(たくしゃ)8.0g。 加工ブシ末2.0g。

この薬の使い方
 三和当帰芍薬加附子(とうきしゃくやくかぶし)エキス細粒(さいりゅう)(サンワロンF末)、成人一日4.0gを2~3回に分け、食前又は食間に服用する。

使い方のポイント
①当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を使いたい症状で、冷え、寒さの強い時に用います。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)に加工附子剤(加工ブシ末、アコニンサン錠、ストロバール錠、炮附子末(ほうぶしまつ)、烏頭(うず)を加えても良い。
②当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、芍薬(しゃくやく)の血剤と茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)、沢瀉(たくしゃ)の利水剤に附子(ぶし)を組み合わせたもの。
 当帰(とうき)は温性増血剤で貧血で気がいらいらしているものに効き、川芎(せんきゅう)は補血剤で特に鎮静作用が強く、芍薬(シャクヤク)はこれらの増血作用を助け、腹部の痛みを緩和します。茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)、沢瀉(たくしゃ)は代表的な利水剤の組み合わせで、浮腫などの体内水分の偏在を補正。附子は冷え、痛みを取り、身体を温めて、強い冷えをとります。



【一般用漢方製剤承認基準】
204 当帰芍薬散加附子
〔成分・分量〕 当帰3、沢瀉4 、川芎3、加工ブシ0.4、芍薬4、茯苓4、白朮4(蒼朮も可)

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力虚弱で、冷えが強く、貧血の傾向があり疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭 重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などがあるものの次の諸症: 月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害 (貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)、めまい・立ちくらみ、頭重、肩こり、腰痛、足腰 の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ、耳鳴り


類聚方広義解説(85) 日本東洋医学会監事 岡野 正憲
  次は当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)です。「当帰三両(二分五厘)、芍薬一斤(一銭四分)、茯苓、朮各四両(各三分五厘)、沢瀉半斤(七分)、芎藭(キュウキュウ)半斤一に三両(二分五厘)に作る。右六味、杵きて散となし、方寸匕を取り、酒にて和し日に三服す。婦人懐妊、腹中きゅう痛。婦人腹中諸疾痛」とあります。
 当帰芍薬散というのは、非常に使われる処方です。この元の処方は、粉の処方になっております。芎藭は今の川芎(センキュウ)のことです。川芎というのは元来四川省の芎藭のことで略していったものです。これらを粉にしたものをお酒で飲めと書いてあります。当帰芍薬散を粉にしたものは非常に胸につかえて気持が悪いので、お酒と一緒に飲んでその気味を発散させるといいというわけです。

 その次にある本文は『金匱要略』の婦人妊娠病篇に出ているもので、「婦人懐妊、腹中きゅう痛する者は当帰芍薬散之を主る」「婦人腹中諸疾痛するは当帰芍薬散之を主る」ということです。婦人が妊娠中におなかがひきつれて痛いのは当帰芍薬散の主治である。婦人がおなかの中がいろいろと痛む病気があるのは当帰芍薬散が主治するところであるというわけです。
 頭註に尾台榕堂がいっていることがあります。「妊娠、産後にして、下利腹痛し、小便不利、 腰脚麻痺し力無く、あるいは眼目赤痛(せきつう)の者、もしくは下利止まず、悪寒する者は附子を加う。もし下利せず、大便秘する者は大黄を加う」というものです。妊娠中や産後に下痢とか、おなかが痛い、尿の出が悪い、腰から足が麻痺している状態、あるいは眼球が赤くなっていて痛むもの、あるいは下痢がやまなくて寒気がするような場合には附子を加えた方がよい。もし下痢もしないで便秘している場合には当帰芍薬散に大黄を加えよというわけです。



三和当帰芍薬散加附子エキス細粒

組成
本品1日量(9g)中、下記の当帰芍薬散加附子水製エキス5.9gを含有する。
日局 トウキ 3.0g
日局 センキュウ 3.0g
日局 シャクヤク 6.0g
日局 ブクリョウ 4.5g
日局 ビャクジュツ 4.5g
日局 タクシャ 3.5g
日局 加工ブシ 1.0g
添加物として乳糖水和物、トウモロコシデンプン、結晶セルロース、部分アルファー化デンプン、軽質無水ケイ酸を含有する。

  効能又は効果  血色悪く貧血性で足腰が冷え易く、頭痛、頭重で小便頻数を訴え時に目眩、肩こり、耳鳴り、動悸あるものの次の諸症  婦人の冷え症、月経痛、神経痛、慢性腎炎、更年期障害、妊娠中の障害(浮腫、習慣性流産の予防、痔疾、腹痛)、産後の肥立不良  用法及び用量  通常、成人1日9gを3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。


副作用
その他の副作用

頻度不明
消化器 食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等
その他 心悸亢進、のぼせ、舌のしびれ等






『一般用漢方製剤の添付文書等に記載する使用上の注意』

 222. 当帰芍薬散加附子
 
【添付文書等に記載すべき事項】
 
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、 副作用が起こ りやすくなる)
 
次の人は服用しないこ
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
 
相談すること
1. 次の人は服用前に医師、 薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1) 医師の治療を受けている人。
(2) 胃腸の弱い人。
(3) のぼせが強く赤ら顔で体力の充実している人。
(4) 今までに薬などにより発疹・発赤、 かゆみ等を起こしたことがある人。
 
2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、
この文書を持って医師、 薬剤師又は登録販売者に相談すること
 



 
関係部位   
  発疹・発赤、 かゆみ
消化器 吐き気、食欲不振、胃部不快感、腹痛
その他 動悸、 のぼせ、 ほてり、 口唇・舌のしびれ
 
3. 服用後、 次の症状があらわれることがあるので、 このよ うな症状の持続又は増強が見られ
た場合には、服用を中止し、 この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
下痢
 
4. ヵ月位服用しても症状がよく ならない場合は服用を中止し、 この文書を持って医師、
剤師又は登録販売者に相談すること
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
1) 3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、 よく
注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3) 1歳未満の乳児には、 医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。 なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記
載し、 用法及び用量欄には記載しないこと。〕
 
保管及び取扱い上の注意
(1) 直射日光の当たらない (湿気の?ない) 涼しい所に (密栓して)保管すること。
〔(  内は必要とする場合に記載すること。〕
(2) 小児の手の届かない所に保管すること。
(3) 他の容器に入れ替えないこと。 (誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、 誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕
 
【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
 
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2. 次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1) 医師の治療を受けている人。
(2) 胃腸の弱い人。
(3) のぼせが強く赤ら顔で体力の充実している人。
(4) 今までに薬などにより発疹・発赤、 かゆみ等を起こしたことがある人。
2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3. 服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の?ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔(  内は必要とする場合に記載すること。〕

2014年5月28日水曜日

当帰湯(とうきとう) の 効能・効果 と 副作用

和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房  
当帰湯(とうぎとう) [千金方]

【方意】 寒証裏の気滞による疼痛としての上腹部痛・胸痛・胸内苦悶感・胸背冷痛等と、虚証血虚による顔色不良・貧血傾向等のあるもの。
《太陰病,虚証》


【自他覚症状の病態分類】
寒証・裏の気滞による疼痛 虚証・血虚
主証 ◎上腹部痛
◎胸痛
◎肩背徹痛
◎胸内苦悶感
◎胸皿圧迫感

◎顔色不良
◎貧血傾向

客証 ○胸背冷痛
○ガス腹
○手足冷
腹部膨満感
四肢のしびれ

○心悸亢進
皮膚枯燥
無気力
食欲不振





【脈候】 やや軟・やや弱・微細・沈細弱・遅弱。

【舌候】 淡白舌。湿潤して微白苔。

【腹候】 腹力やや軟。上腹部膨満の傾向あり、時に臍上悸・臍下悸がある。

【病位・虚実】 本方意は寒証が中心で陰証である。全身の新陳代謝の低下や極度の循環不全はみられず太陰病に相当する。自他覚症状ならびに脈候および腹候から虚証である。


【構成生薬】 当帰5.0 半夏5.0 桂枝3.0 厚朴3.0 芍薬3.0 黄耆1.5 乾姜1.5 山椒1.5 甘草1.5

【方解】 半夏は脾胃の水毒の動揺を鎮め、乾姜は寒性の水毒を温散する。山椒は脾胃を温めて代謝機能を亢進させ、健胃・整腸・鎮痛作用を持つ。以上の半夏・乾姜・山椒の組合せは、寒証による疼痛に対応して心腹背痛を治す。芍薬は筋の異常緊張を緩め、激しい疼痛を和らげる。厚朴は胸腹の気滞を主り、胸腹苦悶感・膨満感を去る。桂枝は温性の健胃作用を有し、脾胃を整え寒証に対応する。当帰は温性の補血薬で、血虚による貧血・顔色不良等を改善し、黄耆の止汗・利尿・強壮作用、人参の滋養・強壮作用は虚証に対応して疲労倦怠・食欲不振等を治す。甘草は諸薬の作用を調和し補う。

【方意の幅および応用】
寒証裏の気滞による疼痛:激しい腹痛背痛を目標にする。
慢性胃炎、胃十二指腸潰瘍、胆石症、慢性膵臓炎、過敏性腸症候群、尿路結石、生理痛、
狭心症、心筋梗塞、心臓神経症、肋間神経痛、胸背痛

【参考】 *心腹絞痛、諸虚冷気満痛を治す。
*南陽曰く、胸痺心痛并びに陳旧腹痛を療し、旁ら澼嚢病(胃拡張等)を治す。此の方は心腹冷気絞痛、肩背へ徹して痛む者を治す。津田玄仙は此の方より枳縮二陳湯が効有りと言えども、枳縮二陳湯は胸膈に停痰ありて肩背へこり痛む者に宜し。此の方は腹中に拘急ありて痛み、それより肩背へ徹して強痛する者に宜し。方位の分別混ずべからず。
『勿誤薬 室方函口訣』

*本方には大建中湯の方意が入っており、薬効が不十分な場合には山椒を増やすと効いてくることがある(松田邦夫)。 


【症例】 心胸痞満
これは51歳の女婦である。ここ数年の間に、盲腸を手術し、胆石症にて腹石を除去したり、肝炎やら狭心症と色々と病気をして、今でも病の問屋のように全身が悪いといっている。血色の良い元気そうな主婦で、病人とは思われない。
主訴は胸内苦悶で、心下から胸部にかけて、いつも絞められるようで、咽喉までも苦しくなる。また胃から背部に徹する痛みがある。医師は狭心症はほとんど全快したのだから、この苦悶は神経のせいだという。食欲さ不振で便秘がちである。
脈は浮緊で、腹部には特筆すべき症状は認められない。それで、この患者の主訴の胸内病悶と、背部に徹する疼痛を目標として、千金当帰湯を処方した。本方は『千金』には「心腹絞痛、諸虚冷気満痛を治す」とあり、原南陽は「胸痺心痛を療す」という。いずれも胸内苦悶を主治としている。
本方を10日間服用して、心腹の絞痛と、背部に徹する疼痛は、快調に好転し、胸内苦悶は限局して、心臓部に軽度な絞痛を残すのみとなった。食事もやや進むようになったので千金栝呂湯に変方した。
千金栝呂湯は『類聚方広義』の栝呂薤白半夏湯の証にして「胸痺臥するを得ず、心痛背に徹するものを治す」の主治である。胸痺はすなわち現代医学では狭心症などであろう。この薬方で心臓部の苦悶は去り、全身は日に増し快調になっている。ちなみに薤白は古いものが良い、新しいものは刺激が強くて効はない。
高橋道史『漢方の臨床』14・7・42

特発性脱疽
51歳の男性。1年ほと大便が1日に7、8行も出るのに、下痢ではなく軟便であった。最近それが1日に2、3行で済むようになった。その頃から、左のふくらはぎが毎朝痛んだ。そのうちに左足の中3本の指が痛むようになり、それがだんだんひどくなった。某病院で、特発性脱疽と診断された。しかし良くならず、退院して漢方薬治療を受けるために、来院した。
脈は弦でやや数。腹部は臍の上部、左側に抵抗があって疼痛を訴える。上腹部がやや膨満している。足が冷える。左足は立っていると足先がつまるように痛んでくるが、夜間眠れないほどに痛むことはない。左の足背動脈はかすかではあるが触れる。脱疽とすれば重症ではない。
当帰拈痛湯を用いたが変化がない。足の冷えるのがひどいという。桂枝加苓朮附湯にしてみたが効果がない。
そこで心下の疼痛を考慮して当帰湯にしてみた。10日余り飲むと、心下の疼痛がまず良くなり、次に大腿部の疼痛が軽快し、続いて左足の3本の指が痛まなくな責、足背動脈を良く触れるようになった。
大塚敬節『漢方の臨床』11・8・1


『重要処方解説( 91)』 日本東洋医学会理事 松田邦夫
大建中湯(だいけんちゅうとう)・当帰湯(とうきとう)

当帰湯・出典・構成生薬
続いて当帰湯(トウキトウ)の解説をいたします。当帰湯 は『千金方(せんきんほう)』の巻十三,心臓篇の中の心腹痛第六に記載されている処方です。「心腹絞痛し,諸虚の冷気満痛を治す」となっております。
当帰湯の内容は,当帰(トウキ),半夏(ハンゲ)各5,芍薬(シャクヤク),厚朴(コウボク),桂枝(ケイシ),人参各3,乾姜,黄耆(オウギ),蜀椒各1.5,甘草(カンゾウ)1の10種類の生薬よりなっております。
当帰湯は,その処方中に大建中湯を含み、したがって当帰湯証には冷え,腹部膨満,腹痛などの大建中湯証を含有しています。

■古典・現代における用い方 次に古典に見られる使用法ですが,原南陽(はらなんよう)は「真心痛(今日の狭心症,心筋梗塞ではないかと思われる)日々痛むものは当帰湯がよい」といっており,津田玄仙(つだげんせん)は「その効神の如し」といっております。浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』には「この方は心腹冷気絞痛肩背へ徹して痛むものを治す」とあります。
臨床上の使用目標は,体質体格が悪く,冷え症で血色の悪いもので,胸腹部から背部にかけて疼痛のある時に用いられます。腹から胸に刺し込むように痛み,その痛みが胸,背中,腕などに放散するものによろしいのです。とくに上腹部,胸,背中などが冷え,腹痛するもの,ことに上腹部にガスが充満し,そのために胸部が圧迫される傾向のものに用いられます。
以上の目標による適応疾患としては,いわゆる肋間神経痛,消化性潰瘍,慢性胃炎などがあげられます。すなわち肋間神経痛様あるいは狭心症ともいうべき胸背痛,つまりはっきりした病名がつかず胸や背中が痛むという時,また慢性の痛みがあるものに,この処方を用いると著効を得ることがあります。
鑑別処方として,柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)は狭心症発作予防に用いられますが,体質,体格は当帰湯証より実証で,神経過敏,不眠、動悸,煩悶状があり,胸脇苦満,臍上悸などを認めます。柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)は,当帰湯と同様に上腹部痛に用いますが,胸脇苦満,腹直筋攣急があります。半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)も狭心症に用いることがありますが,咽中炙臠や発作の誘因として心因性因子を認めることが多いです。木防已湯(モクボウイトウ)証は心下痞堅で鑑別します。

■症例提示 最後に症例を述べます。第1例は上腹部痛に当帰湯を用いたもので,69歳の男性,大学教授です。主訴は上腹部痛で,数年来上腹部の痛みが続き,いろいろと検査は受けましたが,異常所見は認められず,服薬もまた無効ということで来院しました。
痛みは食事との関係は認められません。多くは軽い痛みですが,最近は時々刺すような強い痛みが来ることもあるといいます。そのほか食欲,便通には異常がなく,自覚症状といっても何もありませんが,ただ足がひどく冷えるとのことでした。中背で痩せており,顔色は青白く,顔をしかめておりました。脈は小さく触れにくい脈でした。舌に異常はありません。腹部は腹壁が薄く,両側の腹直筋が突っ張っています。右側に軽度ですが,明らかな胸脇苦満を認めます。付添いの夫人によれば,患者は多忙であるが,仕事上のストレスは特にないといいます。腹証は柴胡桂枝湯証に間違いないと思われました。そこで柴胡桂枝湯を投与しました。ところが1ヵ月後の再診時,痛みが全然変わっていません。
痛みの様子をもう一度詳しく尋ねると,痛みは腹から胸へ突きあげ,背中へ抜けるといいます。それに足がひどく冷えるというので,考えて当帰湯に変方することにしました。1ヵ月後,診察室へにこやかに入ってきた患者のいうのには,あれほど頑固だった上腹部痛は今度の薬(当帰湯)を飲み始めてから3日目に急になくなり,それきりまったく出ないといいます。上腹部痛が背部へ放散する当帰湯証の典型的な例でした。
第2例は狭心症に当帰湯を用いたものです。患者は60歳の男性で会社社長,主訴は左胸部の締めつけられるような痙痛発作です。既往歴には10年来の糖尿病があります。現病歴は最近狭心症発作がしばしば起きるようになりました。発作時は左胸部が締めつけられるようになり,焼けつくようになります。また左の肩から腕,左の背中にかけてしびれたようにだるく重くなります。ひどい時は足が冷えます。馬の階段や坂を上がると胸苦しく,動悸や息切れがします。心臓専門の病院で狭心症と診断されて,種々の治療を受けましたが,依然として胸痛発作が治らないといって来院しました。
体質,体格は中等度で,顔色は悪く,脈は小さく触れにくく,腹部は軟らかいですが,とくに異常は認めません。血圧は124/72mmHg,食前血糖値は180です。この患者に当帰湯を与えたところ,服用以来,狭心症の発作は全く消失し,9ヵ月間服用して廃薬しました。その後現在まで10年以上経ちますが,狭心症発作はまったく起きておりません。
『改訂 一般用漢方処方の手引き』 株式会社 じほう 刊
p.178 
当帰湯
成分・分量
当帰5,半夏5,芍薬3,厚朴3,桂皮3,人参3,乾姜1.5,黄耆1.5,山椒1.5,甘草1
用法・用量
効能・効果
体力中等度以下で,背中に冷感があり,腹部膨満感や腹痛・胸背部痛のあるものの次の諸症:胸痛,腹痛,胃炎
原典 備急千金要方
出典
解説
この方は狭心症ではなく,仮性狭心症ともいうべき胸背痛に用いられる。千金方の主治には「心腹,絞痛,諸虚,冷気,満痛を治す」とある。
浅田宗伯は「この方は腹中に筋肉のひきつれがあって痛み,それが肩背へ抜けて強く痛むものによい」と述べている。肋間神経痛によく用いられる。
生薬名 当帰 半夏 芍薬 厚朴 桂枝 桂皮 人参 乾姜 黄耆 山椒 蜀椒 甘草
参考文献名
診療医典 注1 5 5 3 3 3 - 3 1.5 1.5 1.5 - 1
症候別治療 注2 5 5 3 3 3 - 3 1.5 1.5 - 1.5 1
処方分量集 5 5 3 3 3 - 3 1.5 1.5 1.5 - 1
基礎と応用 5 5 3 3 - 3 3 1.5 1.5 1.5 - 1
診療三十年 5 5 3 3 3 - 3 1.5 1.5 - 1.5 1

注1 冷え症で血色も悪く,腹壁の緊張が弱く,脈も遅弱の患者で,痛みがみぞおちから胸に放散し,それが背まで透るようなものによい。肋間神経痛とか,狭心症というような病名がつけられている患者に,本方を用いて治るものがある。胃潰瘍,十二指腸潰瘍。
注2 仮性狭心症ともいうべき胸背痛に用いる。血色のすぐれない冷え症のもので腹部にガスが充満し,ことに上腹部にはなはだしく,そのため胸部が圧迫される傾向のものによく効く。
肋間神経痛あるいは狭心症といわれ,病名もはっきりせず,胸背の痛みが慢性化したものに,この方を用いて著効を得ることがある。



副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

2) その他の副作
過敏症:発疹、発赤、掻痒、蕁麻疹等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には桂皮(ケイヒ)、人参(ニンジン)が含まれているため、発疹、発赤、掻痒、蕁麻疹等の過敏症状があらわれるおそれがある。


[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。


消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由]  本剤には当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。

2014年5月23日金曜日

当帰建中湯(とうきけんちゅうとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
小建中湯(しょうけんちゅうとう)
一 般に本方は太陰病または脾虚の證に用いられる。即ち患者は身体虚弱で、疲労し易く、腹壁が薄く腹直筋は腹表に浮んで、拘攣している場合が多い。脈は弦の場 合もあり、芤の場合もある。症状としては、屡々腹痛・心悸亢進・盗汗・衂血・夢精・手足の煩熱・四肢の倦怠疼痛感・口内乾燥等を訴え、小便は頻数で量も多 い。ただし急性熱性病の経過中に此方を用うべき場合があり、その際には以上の腹證に拘泥せずに用いてよい。本方は桂枝・生姜・大棗・芍薬・甘草・膠飴の六 味から成り、桂枝湯の 芍薬を増量して、膠飴を加えたもので、一種の磁養強壮剤である。膠飴・大棗は磁養強壮の効があるだけでなく、甘草と伍して急迫症状を緩和し、更にこれに芍 薬を配する時は、筋の拘攣を治する効がある。また桂枝は甘草と伍して、気の上逆を下し、心悸亢進を鎮める。以上に更に生姜を配すると薬を胃に受入れ易くさ せかつ吸収を促す効がある。小建中湯は嘔吐のある場合及び急性炎症症状の激しい場合には用いてはならない。小健中湯は応用範囲が広く、殊に小児に用いる場 合が多い。所謂虚弱児童・夜尿症・夜啼症・慢性腹膜炎の軽症、小児の風邪・麻疹・肺炎等の経過中に、急に腹痛を訴える場合等に用いられる。また慢性腹膜炎 の軽症、肺結核で経過の緩慢な場合、カリエス・関節炎・神経衰弱症等に応用する。時にフリクテン性結膜炎・乳児のヘルニア・動脈硬化症で眼底出血の徴ある 者に用いて効を得たことがある。

黄耆建中湯は此方に黄耆を加えた方剤で,小建中湯證に似て更に一段と虚弱の状が甚しい場合に用い、或は盗汗が止まず、或は 腹痛の甚しい場合、或は痔瘻・癰疽・慢性淋疾・慢性中耳炎・流注膿瘍・慢性潰瘍湯に応用することがある。

当帰建中湯は、小建中湯に当帰を加 えた方剤で、婦人の下腹痛・子宮出血・月経痛及び産後衰弱して下腹から腰背に引いて疼痛のある場合に用いられる。また男女を問わず、神経痛・腰痛・慢性腹 膜炎等にも応用する。当帰は増血・滋養・強壮・鎮痛の効がある。本方は小建中湯の膠飴を去って、当帰を加えたものであるが、衰弱の甚しい場合には、膠飴を 加えて用いる。
黄耆建中湯と当帰建中湯とを合して帰耆建中湯と名づけて、運用することがある。



漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊 
6 建中湯類(けんちゅうとうるい)
建中湯類は、桂枝湯からの変方として考えることもできるが、桂枝湯は、おもに表虚を、建中湯類は、おもに裏虚にをつかさどるので項を改めた。
建中湯類は、体全体が虚しているが、特に中焦(腹部)が虚し、疲労を訴えるものである。腹直筋の拘攣や蠕動亢進などを認めるが、腹部をおさえると底力のないものに用いられる。また、虚弱体質者の体質改善薬としても繁用される。

3 当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)  (金匱要略)
小建中湯より膠飴を去って、当帰四を加えたもの〕
小建中湯證に、さらに瘀血(血虚)の状が加わっているものに用いられる。したがって、おもに左側の腹直筋の拘攣があり、痛みが下腹から向かって痛むもの、四肢攣急、身体下部の諸出血などに用いられる。
〔応用〕
小建中湯のところで示したような疾患に、当帰建中湯證を呈するものが多い。
その他
一 小経痛、産後の腹痛その他の婦人科系疾患。
一 痔出血、子宮出血その他の各種出血。

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.285
小建中湯(しょうけんちゅうとう) 〔傷寒・金匱〕
桂枝・生姜(乾生姜は一・〇)・大棗 各四・〇 芍薬六・〇 甘草二・〇
膠飴二〇・〇
五味を法のごとく煎じ、滓を去って膠飴を加え、再び火にのせて五分間煮沸して溶かし、三回に分けて温服する。
(中略)

p.287
〔加減方〕
 当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)。本方から膠飴を去って、甘草を少なくし、当帰四・〇を加えたもので、血虚貧血の甚だしいものである:当帰は増血・滋養・強壮・鎮痛の効がある。すなわちこの方は婦人の腹痛・子宮出血・月経痛・および産後の衰弱・または下腹より腰背に及ぶ疼痛によく用いられる。男女を問わず坐骨神経痛・腰痛・疝気・脊椎カリエス・遊走腎・腎臓結核・腎石症・痔核脱肛の疼痛・慢性腹膜炎・慢性虫垂炎・潰瘍等にも応用される。衰弱の甚だしいときは膠飴を加えて用いる。



明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.48
小建中湯(しょうけんちゅうとう) (傷寒論,金匱)

処方内容 桂枝 大棗各四・〇 芍薬六・〇 甘草 生姜各二・〇(一八・〇) 以上の煎剤に膠飴二〇・〇を溶解する。

(中略)

類方 当帰建中湯(金匱)
 小建中湯に当帰四・〇を加える。小建中湯症に瘀血の証の加わったもので、直腹筋も左側が拘攣す識。やせた婦人の腹痛、腰痛、帯下を目標にする。帰耆建中湯で代用してもよい。小建中湯も本方も同じく腹痛であるが、小建中湯のように上逆の症(動悸、心煩、衂血)はない。



重要処方解説(103)』
 排膿散及湯(ハイノウサンキュウトウ)・当帰建中湯(トウキケンチュウトウ)
   北里研究所附属東洋医学総合研究所診療部長 石野尚吾

■当帰建中湯・出典・構成生薬・薬能薬理
 次は当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)です。この処方は『金匱要略』婦人産後病篇にあります。その内容は、当帰(トウキ),桂枝(ケイシ),生姜,大棗,芍薬,甘草です。すなわち小建中湯(ショウケンチュウトウ)の膠飴(コウイ)の代わりに当帰を入れた処方です。そして非常に虚している時には膠飴を加えて用います。
 出典では『金匱要略』産後病篇に「千金の内補当帰建中湯(ナイホトウキケンチュウトウ)は,婦人産後,虚羸不足,腹中刺痛止まず,吸々少気,或は少腹中急,摩痛を苦しみ,腰背に引き,食欲すること能わざるを治す。産後1ヵ月,日に四,五剤を服し得て善となす。人をして強壮ならしむるの方」とあります。
 『千金方』の内補当帰建中湯は,出産のあとで痩せて気力が衰え,腹が刺すように痛んで止まず,しきりに浅い呼吸をして,下腹部が突っ張り痛むのに苦しみ,その下腹の痛みは腰から背中にまで引っ張るようで,食べたり,飲んだりすることがむずかしいものを治す。こんな患者さんは,産後1ヵ月以内に1日4~5回飲むとよい。丈夫にする効きめがあるということです。
 また方のあとに,子宮出血や鼻血の止まらない時には地黄(ジオウ),阿膠(アキョウ)を加えるとあります。『勿誤薬室方函口訣』には「地黄,阿膠を加え出血の多い症に用いると十全大補湯(ジュウゼンダイホトウ)よりよく効くので,下半身の失血過多にはこの方がよい」と浅田宗伯は述べております。
 構成生薬の薬能は,当帰は甘・温で貧血を治し,出血を止め,体を温め,滋潤を与え,月経を整え,鎮痛・鎮静の効があります。
 桂枝は発表剤,温性,発汗,解熱,鎮痛の作用があり,体の表面の毒を去り,頭痛,発熱,逆上,悪風,体疼痛に用います。
 生姜は健胃,鎮吐剤で,嘔気,咳逆,悪心,噯気に用います。
 大棗は緩和,鎮静,強壮,補血,利水の作用があり,筋肉の急迫,牽引痛,知覚過敏を緩和します。咳,煩躁,身体疼痛,腹痛を治します。
 甘草は緩和,緩解,鎮咳,去痰作用があり,特に筋肉の急激な疼痛,急迫症状を緩解します。
 芍薬は収斂,緩和,鎮痙,鎮痛作用があり,腹直筋の攣急するもの,腹満,身体手足疼痛,下痢などに用います。
 膠飴は滋養,緩和,鎮痛作用で,急迫症状に用います。

■古典・現代における用い方
 先人,古典の論説, 知見としまして,有持桂里は『稿本方輿輗』で,「この方,産後悪露の滞りもなく,腹中軟弱で引っ張り痛むものに用う」とあります。永富独嘯庵(ながとみどくしょうあん)は『漫遊雑記(まんゆうざっき)』で,「一婦人あり,経水五十ばかりにして断たず,その至るや毎月十四,五日,血下ること尋常の人二、三倍す。面目黎黒にして肌膚甲錯,眩暈日に発すること四,五次,数歩すること能わず,徹夜眠らず,呻吟する声四隣に聞こゆ。その脈沈,細,その腹空脹,心下肚腹ともに各一塊あり。堅きこと石の如し,蓋し敗血凝結して,鮮血を震盪するなり。余一診して曰く,腹力虚竭す,積塊攻むべからず。滋潤の方を与えて動静を見んのみ。(略)すなわち当帰建中湯を作り,日に服せしむること二貼,(略)その後曲折あるも数百日,当帰建中湯を服用させて一年ばかりにして血来ること半を減じ,面目,肌膚津液を生じ,また1年を経て,徒歩して山河を渉る」とあります。
 実地臨床上の使用目標としては,この処方は婦人科疾患によく用います。女性の下腹部の痛みや,腰の痛みに用いられます。当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)を用いるような腹痛で,それよりも衰弱や疲労が強く,急迫的な痛みのある時は,当帰建中湯を用います。小建中湯証に当帰を加えたものですか,当帰の作用,すなわち強壮,止血,鎮痛および貧血を治す効果が加わるわけで,これを考えて用いるとよいでしょう。腹痛は下腹部が多く,虚証の人でも激しい痛みがあることがあり,そのような場合に用います。
 腹証は小建中湯証に似て腹力は弱く,腹直筋の攣急を認めます。また軟弱無力で,腹部が膨満していることもあります。脈証は沈,弱小などで虚脈,痛む時は弦脈となることもあります。冷えを随伴症状として訴えることが多いようです。
 応用としては,虚弱な婦人,衰弱した婦人の腹痛に用いることが多いのですが,男性に用いることも当然あります。まず月経困難症によく用いられますが,特に月経が終わったあとで腹痛がまだ続いているもの,あるいは月経の最後の方に痛みが強くなるものに本方は有効であります。そのほか子宮出血,鼻出血,腹膜炎,坐骨神経痛,腰痛,脱肛,ただれ目,不妊症,産後の腹痛などに用いられます。

 加減方としては、非常に虚している時には膠飴を加えます。地黄,阿膠は出血が多く,貧血の強い時に加えます。黄耆(オウギ)を加え黄耆建中湯(オウギケンチュウトウ)※とし,貧血がさらに強いものに用います。

 鑑別は,当帰芍薬散があげられますが,当帰芍薬散は腹部が軟弱で,心下部に振水音があり,腹直筋の攣急がありません。次に桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)ですが,虚実の違いがあります。腹部に弾力性があり,月経痛の場合には,月経開始時に痛みが起こることを目標として,桂枝茯苓丸を用います。芎帰膠艾湯(キュウキョウガイトウ)は,当帰建中湯の方が虚しておりますが,出血を目標として,痛みはあまりありません。当帰四逆湯(トウキシギャクトウ)あるいは当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキュウトウ)は,痛みが下腹部から始まり,上の方へ攻めあがるような疝痛が特徴であります。当帰四逆加呉茱萸生姜湯の場合には,しもやけも1つの目標となるでしょう。

■症例提示
 近年の治験例では,大塚敬節の症例で,32歳の女性,8ヵ月前に人工妊娠中絶の手術を受け,そのあと腹膜炎にかかり,血の塊りや下りものが下り,右の下腹も痛み,発熱が続き,入院してしまいました。現在は腹部は一帯に膨満し,圧迫感があり,寒い目に会うとその症状が激しくなります。この右下腹部は重苦しく,圧痛は著明で,右の腰から下肢にかけて冷えます。熱はほとんど平熱になりましたが,頭が重く,疲れやすく,動悸があり,安眠できません。食欲は普通で,大便は4~5日に1行。月経は少し遅れるが,毎月あります。加味逍遙散(カミショウヨウサン)服用1週間で変化なく,当帰芍薬散にするとかえって小便が詰まるというので,八味丸(ハチミガン)にすると小便の詰まるのはよくなりましたが,他の症状がよくありません。そこで当帰建中湯を与えたところ,4週間で全治しました。
 次も大塚敬節の症例です。当帰建中湯を大腸炎に用いた珍しい例を報告しております。患者は27歳の女性で,子供が3人あります。1年前から大腸炎が時々起きます。また38℃くらいに発熱しますが,平生は熱がなく,大腸炎が起こるとしぶり腹になり,たびたび便所に通います。粘液と,それに血が混じったものが少し下るだけで,快通しません。1年近く医師の治療を受けていますが,よくなりません。診察すると,腹直筋が拘攣し,左腸骨下に索状の抵抗と圧痛があります。月経は1年余りなく,月経に相当する時期になると,大腸炎が起こるといいます。これはただの大腸炎ではない,瘀血が原因に間違いないと判断し,当帰建中湯を与えたところ,大腸炎は起こらなくなり,翌月から月経が始まりましたという症例です。
 次は私の経験例です。23歳女性,主訴は月経痛,特に月経終了時の激痛です。大学を卒業し,中学校の教師になり,教壇に店って授業するようになり,さらに冷えも強く感じるようになりました。体格,体力は中等度です。最近肉体的にも精神的にも非常に疲れ,月経痛を強く感じるようになりました。腹は腹直筋が軽度緊張し,下腹部に圧痛が著明です。月経周期は28日,7日間の持続です。月経が終わりに近くなってから下腹部に劇痛が起こり,職場を休みたくなるほどです。そこで当帰建中湯を与えますと,数ヵ月で痛みを感じなくなりました。
 私は,月経開始時から直後の痛みに桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)を,痛みがさらに激しく便秘傾向のある症例には桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)を投与し,また本症例のように月経後半に痛みのある例には,当帰建中湯を用いてよい結果を得ております。

 本日は排膿散及湯と当帰建中湯の2処方の解説をいたしました。もう一度まとめますと,排膿散及湯は急性または慢性の炎症に用い,炎症の初期から排膿後まで広く用いられる処方であります。現在慢性副鼻腔炎,中赤炎などによく用いられているようです。
 また当帰建中湯は,虚弱な女性,衰弱した女性の腹痛によく用いる処方です。疲労しやすく,少し貧血気味で,冷え症があり,腹痛は下腹が中心で,腰や背中に及ぶことがあります。身体各部の長期出血にもよく,また月経の後半期の痛み,頭痛,偏頭痛などにも応用として用いてよいでしょう。特に産後あるいは人工妊娠中絶後の体調の悪い,原因のわからない腹痛などにも適応があります。



※黄耆(オウギ)を加え黄耆建中湯(オウギケンチュウトウ)?
当帰建中湯に黄耆を加えたものは、帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)



勿誤薬室方函口訣(90) 日本東洋医学会理事 矢野 敏夫 先生
 -当帰湯・当帰飲子・当帰鶴散・当帰建中湯-

 当帰建中湯

 次は当帰建中湯(トウキケンチュウトウ)です。これは『金匱要略』に記載されていて、婦人産後の病の脈証と治の項目に載っています。千金内補当帰建中湯(センキンナイホトウキケンチュウトウ)となつていますので、『千金方』が原典でしょう。
 では薬方内容と分量を『漢方処方分量集』に従って申しますと申しますと、当帰(トウキ)4g、桂枝(ケイシ)4g、芍薬(シャクヤク)5g、生姜(ショウキョウ)(これは八百屋の土生姜で4gです。生薬屋さんの乾した乾生姜(カンショウキョウ)なら1gです)。甘草2g、大棗(タイソウ)4g、膠飴(コウイ)が入っていますが,『金匱要略』では膠飴が入っていません。そして、その後の文章で大変弱っている時、膠飴を入れることになっています。分量は20gを先の生薬を煎じた後、滓(かす)をこして、その後膠飴を加えて5分位煮沸して止め、これを温かいうちに服用します。
 次を読みます。「小建中湯(ショウケンチュウトウ)を弁(べん)ずの条下に詳(つまびらか)にす。方後地黄(ジオウ)、阿膠(アキョウ)を加うる者、去血過多の症に用いて十補湯(ジュウホトウ)などよりは確当す。故に余は上部の失血過多に千金の肺傷湯(ハイショウトウ)を用い、下部の失血過多に此方を用いて内補湯(ナイホトウ)と名づく」。
 「使い方は小建中湯を弁ずの条下にくわしくのべている」とありますが、この『勿誤薬室方函』では、小建中湯の項にそのような説明はありませんので、他の浅田宗伯先生の著書を少し調べてみましたが見当たらず、どこに書かれているのか不明です。「この薬方に地黄と阿膠を加えと出血過多の症状に用いて十全大補湯(ジュウゼンダイホトウ)などよりずっとよく効く、故に宗伯は、上部すなわち鼻出血、吐血、喀血などには千金方の肺傷湯を用い、下部すなわち下血、子宮出血などには此の薬方を用いている」。失血により弱った内臓を補うという意味でしょうか、『金匱要略』の文章の千金内補当帰建中湯という名に従って内補湯と名づけたのでしょう。また『千金』の肺傷湯とは、テキストの213ページに記載されている薬方で、『千金翼方』が原典です。肺結核などの喀血に使われたものです。
 当帰建中湯は、割合よく使われる薬方で、数多くの報告があります。使い方は、いろいろな漢方の本に書かれていますが、竜野一雄先生の『新撰類聚方』に使い方が簡潔に記載されていますので、読み上げてみます。
 普通は飴を加えずに使うが、大虚のものは飴を加える。甘草の量は小建中湯より少ない。
 一、男女を問わず血虚証の腹痛、慢性虫垂炎、結核性腹膜炎などで痛みを訴えるもの。
 二、いわゆる疝気と称して、下腹から腰または股にかけて痛むもの。
 三、腰痛、坐骨神経痛で下腹部に牽引するか、背痛を伴うもの。
 四、脊椎カリエス、遊走腎などで腰脊痛する時。
 五、腎臓結核、腎臓結石などの虚証、腰痛、血尿のあるもの。
 六、婦人病、産後、骨盤腹膜炎などで、虚証で下腹部が痛み、あるいは腰に牽引し、あるいは子宮出血するもの。
 七、子宮出血、月経過多、月経困難、メトロパチー等で、下腹部から腰にかけて痛むもの、あるいは痛みなく虚証だけのもの。
 八、痔核、痔出血、腸出血、血尿などで虚証のもの。
 九、脊椎不全、疲労などで背痛するもの。
 十、潰瘍で肉の上がりの悪いもの(これは胃十二指腸潰瘍ではなく、下腿潰瘍などを指すものと考えられますが、陳旧性の胃潰瘍に使って、よく効いた例を経験したことがあります)
 十一、腰脚麻痺、腰脚攣急に使った例がある。
 十二、歯の痛みを陽明経拘攣意と見て使ったことがある。

 これでこの薬方の使い方がよくわかると思いますが、さらにこれとよく似た薬方で有名な当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)がありますので、これとの鑑別が大切です。山田光胤先生の著書『漢方処方応用の実際』にくわしく書かれていますので、読み上げます。
 「当帰建中湯は当帰芍薬散と体質や体力的に近似しているが、この当帰建中湯は痛みが強いものである。下腹部がひきつれたり、刺すように痛み、痛みは腰背にひびき、飲食することができない。婦人に多く、特に産後によくおこるが、男子にもこの証はある。この方は桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)に当帰を加えたもので、腹証として腹直筋の攣急がみられる。和田東郭の『百痰一貫』という本には、『当帰芍薬散を用いる場合は、当帰建中湯の腹のように腹全体にかからず、下腹に拘攣のきみがあり、圧迫すると真の拘攣より反って痛みをひどく訴える。この痛みは瘀血のせいである』とのべている。
当帰建中湯の腹証は腹直筋が全体に拘攣しているが、当帰芍薬散証は、腹直筋が臍より下の所でわずかに拘攣し、これを圧迫すると圧痛を訴えるものがあることをいっている」と書かれています。
 要するに当帰芍薬散は利水作用の強い薬方で、身体に水毒があり、めまい、頭が重いなどの症状がありますし、当帰建中湯の方は腹部の症状が主ですから、よく鑑別して下さい。
 


『新撰類聚方』では
※腰脊痛? 腰背痛
※婦人病、産後、骨盤腹膜炎?  婦人病・産後・骨盤腹膜炎
※七、子宮出血、月経過多、月経困難、メトロパチー等? 七、子宮出血・月経過多・月経困難・メトロパチー等
※九、脊椎不全、疲労? 九、脊椎不全・疲労
※十一、腰脚麻痺、腰脚攣急? 一一、腰脚麻痺・腰脚攣急
※ 十二、歯の痛みを陽明経拘攣意と見て使ったことがある。? 一二、歯痛を陽明経拘攣と見て使った例がある


※『百痰一貫』?  『百疢一貫』(ひゃくちんいっかん)の間違い




『類聚方広義解説(87)』           日本東洋医学会副会長 寺師 睦宗

 第七の当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)について述べます。処方の内容です。「当帰四両、桂枝、生姜各三両、大棗十二枚、芍薬六両、甘草二両。右六味、水一斗を以て三升を取り、分かち温めて三服し、一日に尽せしむ。もし大虚なれば飴糖(イトウ)六両を加え、湯成りて之を内れ、火上に於て煖め、飴を消さしむ。もし去血過多(月経過多など)、崩傷内衂(ほうしょうないじく)止まざれば、地黄六両、阿膠(アキョウ)二両を加え、湯成りてを内れる。もし当帰(トウキ)無くんば芎藭(川芎(センキュウ))を以て之に代える。もし生姜無くんば乾姜を以て之に代える」とあります。
 次に本文です。「千金の内補当帰建中湯(ナイホトウキケンチュウトウ)は婦人産後、虚羸(きょるい)不足、腹中刺痛止まず、吸吸少気、あるいは少腹拘急に苦しみ、痛み腰背に引き、食飲すること能わざるを治す。産後一ヵ月、日に四五剤を服し得て善しとなす。人をして強壮ならしむ」とあります。
 この条文は『金匱要略』の婦人産後病篇の付方として出ております。『千金方』に出てくる内補当帰建中湯は、婦人の産後に非常に衰弱して腹が刺すように痛いのが止まず、大きな呼吸をすると腹が痛いので浅い呼吸をし、あるいは下腹が突っ張って痛み苦しむ。それが腰や背中に放散して、飲み食いもすることができないものを治すという処方です。そして産後一ヵ月くらいの間は、日に四~五剤飲むとよい。そうすると人を強壮にする力があるということであります。この条文には尾台榕堂先生の頭註はありません。
 次に私の治験例を述べます。不妊症の例です。26才の主婦。結婚して二年になるが子供ができないといって昭和四十八年一月十六日来院しました。患者は55kgの体格ですが、冷え症で月経痛がひどく腰が痛みます。腹診すると腹直筋が緊張しております。当帰建中湯の証と診断して、これに附子を加えて与えました。五十四日分を服用すると、四月十九日に懐妊したとの知らせがあり、十一月二十三日に分娩の予定であるといいます。つわりのために小半夏加茯苓湯を七日分投与しました。その後順調に経過し、予定日より二日遅れて十一月二十五日に男子3000gを分娩しました。


『傷寒雑病論 要方解説』 大塚 敬節
p.32
(七) 当帰建中湯 小建中湯の膠飴の代りに当帰一・〇を加う。若し大虚の者には膠飴をも加う。
 [論]
(金) 婦人産後、虚羸不足、腹中刺痛止まず、吸々少気、或いは小腹拘急を苦しみ、痛み腰背に引き、食欲する能はず、産後一ヶ月、日に四五剤を服し得るを善しとなす、人をして強壮ならしむ。
 [的]
 当帰は血を正常の状態に復帰せしむるの効ありと云う。婦人の病に当帰を多く用いる所以なり。此方は小建中湯証にして、血証を帯ぶる者に用いる。故に産後に限らず、婦人の下腹痛、月経痛、骨盤腹膜炎等に広く応用す。予は華岡青洲の創意に従い、小建中湯に黄耆と当帰を加えて帰耆建中湯となし、痔瘻にて数年間癒えざる者三名を根治せしめたることあり。




副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

2) その他の副作
過敏症:発赤、発疹、掻痒等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には桂皮(ケイヒ)が含まれているため、発疹、発赤、掻痒等の過敏症状があらわれるおそれがある。
また、本剤によると思われる過敏症状が文献・学会で報告されている。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。


消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由]  本剤には当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。

2014年5月21日水曜日

黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
小建中湯(しょうけんちゅうとう)
一 般に本方は太陰病または脾虚の證に用いられる。即ち患者は身体虚弱で、疲労し易く、腹壁が薄く腹直筋は腹表に浮んで、拘攣している場合が多い。脈は弦の場 合もあり、芤の場合もある。症状としては、屡々腹痛・心悸亢進・盗汗・衂血・夢精・手足の煩熱・四肢の倦怠疼痛感・口内乾燥等を訴え、小便は頻数で量も多 い。ただし急性熱性病の経過中に此方を用うべき場合があり、その際には以上の腹證に拘泥せずに用いてよい。本方は桂枝・生姜・大棗・芍薬・甘草・膠飴の六 味から成り、桂枝湯の 芍薬を増量して、膠飴を加えたもので、一種の磁養強壮剤である。膠飴・大棗は磁養強壮の効があるだけでなく、甘草と伍して急迫症状を緩和し、更にこれに芍 薬を配する時は、筋の拘攣を治する効がある。また桂枝は甘草と伍して、気の上逆を下し、心悸亢進を鎮める。以上に更に生姜を配すると薬を胃に受入れ易くさ せかつ吸収を促す効がある。小建中湯は嘔吐のある場合及び急性炎症症状の激しい場合には用いてはならない。小建中湯は応用範囲が広く、殊に小児に用いる場 合が多い。所謂虚弱児童・夜尿症・夜啼症・慢性腹膜炎の軽症、小児の風邪・麻疹・肺炎等の経過中に、急に腹痛を訴える場合等に用いられる。また慢性腹膜炎 の軽症、肺結核で経過の緩慢な場合、カリエス・関節炎・神経衰弱症等に応用する。時にフリクテン性結膜炎・乳児のヘルニア・動脈硬化症で眼底出血の徴ある 者に用いて効を得たことがある。

黄耆建中湯は此方に黄耆を加えた方剤で,小建中湯證に似て更に一段と虚弱の状が甚しい場合に用い、或は盗汗が止まず、或は 腹痛の甚しい場合、或は痔瘻・癰疽・慢性淋疾・慢性中耳炎・流注膿瘍・慢性潰瘍等に応用することがある。
当帰建中湯は、小建中湯に当帰を加 えた方剤で、婦人の下腹痛・子宮出血・月経痛及び産後衰弱して下腹から腰背に引いて疼痛のある場合に用いられる。また男女を問わず、神経痛・腰痛・慢性腹 膜炎等にも応用する。当帰は増血・滋養・強壮・鎮痛の効がある。本方は小建中湯の膠飴を去って、当帰を加えたものであるが、衰弱の甚しい場合には、膠飴を 加えて用いる。
黄耆建中湯と当帰建中湯とを合して帰耆建中湯と名づけて、運用することがある。



 漢方精撰百八方 
10. [方名] 小建中湯(しょうけんちゅうとう)
(中略)
黄耆建中湯で肋骨カリエスを手術せずに全治せしめた二例を経験している。
相見三郎著


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊 
6 建中湯類(けんちゅうとうるい)
建中湯類は、桂枝湯からの変方として考えることもできるが、桂枝湯は、おもに表虚を、建中湯類は、おもに裏虚にをつかさどるので項を改めた。
建中湯類は、体全体が虚しているが、特に中焦(腹部)が虚し、疲労を訴えるものである。腹直筋の拘攣や蠕動亢進などを認めるが、腹部をおさえると底力のないものに用いられる。また、虚弱体質者の体質改善薬としても繁用される。

2 黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう) (金匱要略)
小建中湯に黄耆四を加えたもの〕
小建中湯證に、さらに虚状をおび、特に表虚が強くなった疲労性疾患に用いられる。したがって、盗汗あるいは腹部が膨満し、腹痛の強いものを治す。盗汗、不眠、咽乾、心悸亢進、腰背強痛、四肢の痛み、食欲減少などを目標とする。また、皮膚の乾燥を訴えるものもある。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.285
小建中湯(しょうけんちゅうとう) 〔傷寒・金匱〕
桂枝・生姜(乾生姜は一・〇)・大棗 各四・〇 芍薬六・〇 甘草二・〇
膠飴二〇・〇
五味を法のごとく煎じ、滓を去って膠飴を加え、再び火にのせて五分間煮沸して溶かし、三回に分けて温服する。
(中略)

p.287
〔加減方〕
黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)。本方に黄耆三・〇を加えたもので、小建中湯証に似ているが、表裏ともに虚し、さらに虚状の甚だしい場合に用いる。あるいは盗汗が多く、あるいは腹痛が甚だしく、あるいは雑病のうち、痔瘻・癰疽・慢性中耳炎・カリエス・流注膿瘍・慢性潰瘍などのときには黄耆を加えて用いる。黄耆は皮膚の栄養を助け、盗汗を止め、肉芽を生じ、化膿を止める作用がある。



和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう) [金匱要略]

【方意】 小建中湯証の虚証脾胃の水毒各臓の虚証に、表の水毒表の虚証による自汗・盗汗等のあるもの。時に小建中湯証の虚熱血虚を伴う。
《太陰病から少陰病.顕著な虚証》


【自他覚症状の病態分類】
虚証 各臓の虚証 虚熱 血虚 表の水毒
表の虚証
主証 ◎著しい疲労倦怠
◎顔色不良
◎衰弱
◎腹痛(脾虚)
◎食欲不振(脾虚)
◎尿自利(腎虚)
◎自汗
◎盗汗(虚熱)
客証 倦重疼痛
背腰痛




(小建中湯証)
下痢(脾虚)
心悸亢進(心虚)
精力減退(腎虚)


(小建中湯証)
微熱
咽乾
唇乾
手足煩熱


(小建中湯証)
貧血
手足冷
るいそう



(小建中湯証)
○尿不利
稀薄な分泌液
身重
浮腫
四肢沈重
知覚鈍麻


【脈候】 細弱・細数・浮弱。
【舌候】 湿潤して無苔。

【腹候】 腹力軟弱で、腹直筋は緊張するが按圧すると力がない。時に軽度に膨満することもある。

【病位・虚実】 小建中湯証より表裏共に虚証が一段と著しい。太陰病から少陰病にわたる。

【構成生薬】 芍薬9.0 桂枝4.5 大棗4.5 黄耆4.5 甘草3.0 生姜1..0 膠飴20.0
【方解】 本方は小建中湯に黄耆が加味されたものである。黄耆は表の水毒を去り、表の虚証を補う。すなわち本方意は小建中湯証に、表の水毒および表の虚証による自汗・盗汗・尿不利・身重・浮腫の加わったものである。

【方意の幅および応用】
虚証血虚:著しい疲労倦怠・顔色不良・衰弱・貧血・るいそう等を目標にする場合。
大病後の衰弱など小建中湯に準じる。虚弱児。
各臓の虚証:心悸亢進・腹痛・食欲不振・尿自利等を目標にする場合。
心臓弁膜症、慢性肝炎、慢性下痢、咳嗽の強い感冒、気管支喘息など小建中湯に準じる
虚熱微熱・咽乾等を目標にする場合。
不明熱等小建中湯に準じる
表の水毒表の虚証:自汗・盗汗・稀薄な分泌液等を目標にする場合。
漏孔・痔瘻・潰瘍・褥瘡・中耳炎・慢性副鼻腔炎・カリエス・術後不良肉芽等で、稀薄な分泌物が多量に出るもの
【参考】 *虚労、裏急、諸の不足。『金匱要略』
小建中湯証にして、自汗、或は盗汗ある者を治す。『方極附言』 *此の方は小建中湯の中気不足、腹裏拘急を主として、諸虚不足を帯ぶる故、黄耆を加うるなり。仲景のお女不は大抵、表托、袪水の用とす。此の方も外体(外表面)の不足を目的とするものと知るべし。此の方は虚労の症、腹皮背に貼し、熱なく咳する者に用ゆと雖も、或は微熱ある者、或は汗出ずる者、汗無き者、倶に用ゆへし。『勿誤薬室方函口訣』
小建中湯証は裏虚であるが、本方意はこれに表の水毒・表の虚証が加わり、自汗・盗汗・尿不利のみられるものである。
*寒証が強かったり、裏虚のため下痢する場合は附子を加える。
*血虚が強く、腰痛・背腰痛の目立つ場合は、当帰建中湯・帰耆建中湯を用いる。術後の肉芽のあがりが遅いものに良い。

【症例】 肋骨カリエス
25歳の女性。初診は1957年2月1日。右第5肋骨部が腫脹し、圧痛がある。肋骨カリエスと診断。小建中湯人参湯投与。
2月9日 右第10肋骨部も鶏卵大に腫脹したので帰耆建中湯投写。
2月16日 腫脹は縮小して鳩卵日になった。
2月17日 腫瘤は縮小を続けている。小柴胡湯投与。
4月11日 腫瘤の輪郭がはっきりしてきた。帰耆建中湯投与。
4月27日 腫瘤消失した。
6月19日 右第7・8肋骨部腫脹する。痰がひどく出る。黄耆建中湯加桔梗投与。
7月18日 腫瘤消失。黄耆建中湯投与。
8月22日 肋骨カリエス治癒。
この患者は9年経って診察したが、肋骨カリエス再発の形跡はなく、当時の療法によって全治したものと認める。
相見三郎『漢方の臨床』14・1・39


明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.48
黄耆建中湯(おーぎけんちゅうとう) (金匱)

処方内容 黄耆四、〇を小建中湯に加えたもの。

必須目標 ①盗汗 ②虚弱体質で疲労し易い。 ③腹壁は薄く直腹筋拘攣している。

確認目標 ①不眠 ②黄汗 ③その他は小建中湯と同じ。

初級メモ小建中湯証で更に衰弱して盗汗や黄汗のある者を目標にする。黄汗とは肌衣を黄化する汗のこと。

中級メモ ①南涯「裏病にして表に迫るもの。小建中湯症にして気急最も劇しく、皮膚に水気あ識者を治す。その証を欠くも、当に身体不仁、疼重、自汗、盗汗などの症あるべし」

適応証 盗汗。虚弱体質の改善

類方 帰耆建中湯(華岡青洲家方)
黄耆建中湯に当帰四、〇を加えたもので、瘍科の大家、華岡青洲が陰証の化膿症で、体力衰弱して自衛力少なく肉芽形成の遅いものを目標にして創作した処方で、この適応者の化う応症は悪臭少なく、さらさらした膿を多量に出す(自汗、盗汗の変型)ことが特徴である。慢性化しているものには伯州散を兼用すると効が速い。また黄耆建中湯の代用として虚労にも用いる。結局、すへての建中湯の中で一番応用が広的繁用されている。

文献 「黄耆建中湯に関する諸家の説」奥田謙蔵(漢方と漢薬6,11、76)



副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

2) その他の副作
過敏症:発赤、発疹、掻痒等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には桂皮(ケイヒ)が含まれているため、発疹、発赤、掻痒等の過敏症状があらわれるおそれがある。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。

2014年5月18日日曜日

三物黄芩湯(さんもつおうごんとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)
 本方は所謂血熱治する方剤で、手足の煩熱と頭痛とを目標とする。多くは口渇または口乾を伴う。此方が小柴胡湯の證に似ている場合がある。小柴胡湯證で手足の温いものは煩熱との区別がむずかしいことがある。殊に胸脇苦満が顕著でない場合は、その区別が更にむずかしい。従って三物黄芩湯の證に小柴胡湯加地黄をあてることがある。
本方は地黄・黄芩・苦参の三味からなり、地黄には滋潤・補血の効があって、血熱をさまし、黄芩には消炎・健胃の効があり、苦参には解熱・利尿・殺虫の効がある。
本方は以上の目標の下に、産褥熱・肺結核・不眠・皮膚病・口内炎等に用いる。



 漢方精撰百八方
55.〔方名〕三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)

〔出典〕金匱要略

〔処方〕黄芩2.0g 苦参2.0g 地黄4.0g 

〔目標〕分娩の時に、細菌の感染を受けて、発熱し、四肢が煩熱をおぼえるもの。

〔かんどころ〕四肢の煩熱と、乾燥。

〔応用〕産褥熱。不眠症。皮膚病。とこずれ。

〔治験〕1.みずむし(汗疱状白癬)
  一婦人、水むしだといって、診を乞うた。その状尋常のものと異なり、足のかかとの部分の表皮が増殖して、硬く、それが乾燥して痛み、歩くのにも困るという。すでに数年間、いりいりの治療をしたが、どうしても治らないという。
  患者の体格は頑丈な方で、筋肉の緊張よく、腹力もある。私はこれに三物黄芩湯を与え、これを内服せしめるとともに、この液で患部の温罨法をするように命じた。
  十日後の再診では、患部にしめりが出て、皮膚がやや軟らかくなった。よって、この方法をつづけること三ヶ月で全治した。  その後また一老人の同様の病状のものに、この方を用いて治することができた。

2.膿疱掌
  一男子、左右の掌の拇指を中心にして、発赤腫脹し、その表皮を透して、マッチの点火部位の大きさ位の灰色のものが無数に見える。発病数ヶ月、皮膚科の治療によって、好転しない。患部は僅かにかゆみがあるが、ほとんど苦にならないという。患部には熱感がある。
  私はこれに十味敗毒湯加連翹を用いた。服薬一ヶ月、寸効無し。そこで三物黄芩湯に転じたところ、十日の服薬でほとんど全快。あと十日で全治した。

3.褥瘡
  一老人、脊髄炎で臥床中、臀部に掌大の褥瘡を生じて、ますます拡大する。そこで紫雲膏を患部につけてみたが、はかばかしくない。よって三物黄芩湯の煎汁で、一日三回患部を洗い、そのあとに紫雲膏をぬったところ、急速に軽快した。
  褥瘡になりかけのものには、三物黄芩湯の湿布をしてのち、紫雲膏をぬっておけば効がある。    大塚敬節



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.206 産褥熱・肺結核・不眠症・子宮出血・四肢煩熱

50 三物黄芩湯(さんもつおうごんう) 〔金匱要略〕
 黄芩・苦参 三・〇 乾地黄六・〇

 処方の後に「多く虫を吐下す」とある。苦参の苦味に駆虫の作用があるという。

応用〕 血熱を治す方剤で、血室(子宮)の熱が全身に及び、とくに四肢が熱くて苦しみもだえるのを治すものである。本方は主として産褥熱に用いらけ:また肺結核・ノイローゼ・不眠症・自律神経失調症・口内炎・分娩出血・吐血・下血・産褥中の感冒で四肢熱して煩え苦しむもの・凍傷(しもやけ)・火傷・蕁麻疹・水虫・頑癬・乾癬(熱感と痒みがあって乾燥して赤くなっているもの)・婦人血の道・更年期障害・頭痛・夏まけして手足煩熱して夜甚だしく眠れぬもの・夏の脚気等にも応用される。

目標〕 四肢苦煩熱・すなわち手足がほてって苦しいというのが目標である。
 多くは口渇または口乾をともなうものである。小柴胡湯証に似ているところがあるが、腹部は一般に軟弱で不仁(しびれ感)がある。頭痛に用いることもある。また毎年夏になると手のひら、足のうらが熱くなってたまらない。とくに夜が甚だしくて眠れないというものによい。
 舌苔はなく、一皮はいだように紅色を呈して乾燥することがある。腹は一般に軟弱で、産後にみる特有の軟かさで、麻痺感のあることもある。

方解〕 黄芩が君薬で熱をさます。消炎と健胃の効があり、苦参は臣薬で、風を去り、虫を殺し、解熱・利尿・殺虫の作用がある。地黄はその量最も多く、一般に君薬とされているが本来は佐薬で、滋潤補血の効があり、血熱をさます。これらの三味が協力して四肢の煩熱を主症とする血熱、血燥を治すのである。
 苦参の苦味は甚だしく、胃の弱い者にはとてものみにくく感じる。服後心下に痞えて不快を訴えるものは注意すべきである。小柴胡湯加地黄の方がよい。

加減〕 本方証と小柴胡湯加地黄の証とまぎれやすく、両者混同することがある。

主治
 金匱要略(婦人産後門附方)に、「婦人草蓐(ソウジョク)(産褥のこと)ニ在リ、自ラ発露シテ風ヲ得、四肢苦煩熱、頭痛スル者ハ小柴胡湯ヲ与エ、頭痛セズ但ダ煩熱スル者ハ此ノ湯之ヲ主ル」とあるが、頭痛に用いてもよい。
 勿誤方函口訣には、「此ノ方ハ蓐労(じょくろう)(産後の肺結核、産褥熱の長びいたものも含む)ノミニ限ラズ、婦人血症ノ頭痛ニ奇効アリ。又乾血労(カンケツロウ)(陳久瘀血による肺結核)ニモ用ユ。何レモ頭痛煩熱ガ目的ナリ。此ノ症ハ俗ニ疳労(カンロウ)(女子青年期の結核)ト称シテ、女子十七~八ノ時多ク患フ、必ズ此ノ方ヲ用ユベシ。一老医ノ伝ニ、手掌煩熱、赤紋アル者ヲ瘀血ノ候トス。乾血労(カンケツロウ)、此ノ候有ツテ他ノ証候ナキ者ヲ、此ノ方ノ的治トスト。亦一徴ニ備フベシ。凡テ婦人血熱解セズ、諸薬応ゼザル者ヲ治ス」とあり、
 類聚方広義には、「骨蒸労熱(コツジョウロウネツ)(結核熱)、久咳、男女諸血症、支体煩熱甚シク、口舌乾涸、心気鬱塞スル者ヲ治ス。 ○夏月ニ至ル毎ニ手掌足心煩熱堪エ難ク、夜間最モ甚シク、眠ル能ハザル者ヲ治ス。 ○諸失血ノ後、身体煩熱倦怠甚シク、手掌足下熱更ニ甚シク、唇舌乾燥スル者ヲ治ス」とある。

鑑別
 ○小柴胡湯 69 (煩熱・胸脇苦満、寒熱往来、頭痛)
 ○白虎湯 121 (煩熱・舌苔乾燥、身熱、煩渇)
 ○八味丸 116 (煩熱・足裏煩熱、渇、小便不利)
 ○温経湯 5 (煩熱・小腹裏急、手掌煩熱)

治例
 (一) 神経症
 二十余歳の男子。胸中煩悶し、腹を按じてみると、空洞のようで物がなく、神気鬱々として、喜んだり悲しんだり変化がひどい。手足煩熱して油のような汗が出る。口は乾燥し、大便は秘し、朝の間は小便が濁る。夜になると諸症状穏かとなる。三物黄芩湯を主方とし、黄連解毒散を兼用して治った。
(吉益南涯翁、成蹟録)

 (二) 産褥熱頭痛
 日本橋の某妻が、産後煩熱を発し、頭痛破るるが如く、飲食進まず、日に日に衰弱してきた。他の医は多く産後結核といって見放して終った。私はこれに三物黄芩湯四~五日を与えたが煩熱大いに減じ、頭痛は忘れたように治った。

(浅田宗伯翁、橘窓書影)

 (三) 手足煩熱不眠症
 三三歳の婦人。四年前にお産をし、その後不眠が続き、どうしても治らない。手足がやけて、ほてって、それが苦しくて眠れないという。そのほかには別に苦しいことはない。三物黄芩湯一週間で、六~七時間眠れるようになり、手足の煩熱もよくなった。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

 (四) 水虫
 二二歳の婦人。両方の手足の数年前から水虫ができて、表皮が乾燥し、ところどころ裂け、瘙痒と疼痛とがあり、口渇を訴える。麻杏薏甘湯十味敗毒湯などは効なく、三物黄芩湯で好転した。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

 (五) 水虫
 二五歳の女性。五年前より両側指趾の水虫に悩まされ、夏より秋にかけて増悪し、爪床は完全に消失してしまった。皮膚専門の諸治療も無効であった。
 体格中等、両便正常、月経不順、頭にフケ多く、左下腹部に瘀血を認め、足の熱感があって夜間ほてるという。三物黄芩湯を与え、苦参三五〇グラム(指先などは三五・〇ぐらいでもよい)を煎じ、両指趾の局所を洗浄させたところ、瘙痒感消失し、湿潤していた局所が乾燥し(湿性に用いてもよいこたがわかる)、全部の爪の新生が見られた。服薬八ヵ月にして全治し再発をみない。内服薬の効果と苦参の外用が、白癬菌に抗菌的に作用したものと考えられる。
(阪本正夫氏、漢方の臨床 六巻二号)


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
三物黄芩湯(さんもつおうごんとう) [金匱要略]

【方意】 熱証燥証による四肢苦煩熱・心胸苦煩・身熱・身重等のあるもの。しばしば上焦の熱証による精神症状、時に血証を伴う。
《少陽病.虚実中間証》


【自他覚症状の病態分類】

熱証・燥証 上焦の熱証による
精神症状
血証
主証 ◎四肢苦煩熱
◎掌蹠煩熱
◎心拡苦煩
◎心胸苦煩
◎身熱 ◎身重









客証 ○口舌乾燥
○皮膚肥厚枯燥
 発熱 顔面紅潮
 自汗 手掌赤紋
 局所暗赤色
 激しい瘙痒感
 夏期に悪化

○頭痛
 不眠 不安
 心悸亢進 煩躁 目眩 耳鳴

 出血
 貧血




【脈候】 弦やや弱・沈遅・微緊・時に数等で、浮沈強弱のかたよりが少ない。

【舌候】 乾湿中間で微白苔。または口舌乾燥して無苔或いは微白苔。

【腹候】 やや軟を中心に、軟から軟弱まで。

【病位・虚実】 熱証が中心的病態で陽証である。表証も裏実もなく少陽病に相当する。脈力および腹力から虚実中間を中心に幅広く用いられる。

【構成生薬 地黄8.0 黄芩4.0 苦参3.0

【方解】 地黄には補血・増血・強壮・滋潤・清熱・止血作用がある。黄芩は心下の熱証を消炎・解熱・鎮静作用で取り除く。苦参は健胃・解熱・利尿作用、更に燥証よりの熱感・皮膚枯燥にも有効である。以上三種の構成生薬すべて熱証に対応し、地黄・苦参は燥証にも有効である。血証には地黄が主に働いており、神経症状には黄芩の鎮静作用が有効であるが、血証も神経症状も熱証の関与があり、熱証を冷ます構成生薬すべての作用により、これらの病態も二次的に取り除かれる。

【方意の幅および応用】
A1熱証燥証:四肢苦煩熱・心胸苦煩・身重等を目標にする場合
  血の道症、更年期不定愁訴症候群

 2熱証燥証:掌蹠煩熱・皮膚肥厚枯燥・熱感・瘙痒感等を目標にする場合。
  凍傷、火傷、掌蹠膿疱症、手掌角化症
B 上焦の熱証による精神症状:頭痛・不眠・心悸亢進等を目標にする場合。
  自律神経失調症、ノイローゼ、不眠症  
血証:各種の出血を目標にする場合。
  分娩・産褥時の出血、吐血・喀血・下血等の諸出血

【参考】 *四肢煩熱に苦しみ、頭痛まずして、但だ煩する者、三物黄芩湯之を主る。『金匱要略』
*心胸苦煩する者を治す。『類聚方』
* 天行熱(流行病)病むこと五六日以上を療す。此の方は蓐労(産後の発熱し衰弱するもの)のみに限らず、婦人血症の頭痛に奇効あり。又乾血労(閉経時の康弱)にも用ゆ。何れも頭痛、煩熱が目的なり。此の症、俗に疳労(小児栄養失調)と称して、女子十七八の時多く患う。必ず此の方を用うべし。一老医の伝に、手掌煩熱、赤紋ある者を瘀血の候とす。乾血労、此の候有りて他の証候なき者を此の方の的治とす。亦一徴に備うべし。凡て婦人、血熱解せず、諸薬応ぜざる者を治す。旧友尾台榕堂の長女、産後血熱解せず、午後頭痛甚だしく、殆んど蓐労状を具す。余此の方を処して、漸々愈を得たり。爾後、其の症発動するときは自ら調剤して之を服すと言う。
『勿誤薬室方函口訣』
*煩熱は小柴胡湯証にもみられるが、小柴胡湯は胸脇部を中心に上焦に向かう傾向がある。このため心煩・頭痛に用いる。本方意は下焦・末梢に向う傾向があるため、子宮の熱・四肢の煩熱に用いる。
*本方意の血証は三黄瀉心湯黄連解毒湯等と同じく熱証のかかわったものであり、熱証を去って血出を止めるものである。
*本方意は血熱といわれ、血証と熱証とか共存するものである。

【症例 出題と解答 接触性皮膚炎
 患者は40歳の婦人。昨年夏から両手の指、殊に第1関節の周節に発疹ができて痒く、水虫或いは洗剤かぶれが疑われている。
 指先はみたところさほど他覚的な症状は著明ではないが、痒くてほてり、うっとうしい感じだという。腹証としては腹直筋の触れる虚証の腹証というぐらいのところで他になし。口渇はあるが、頭痛はない。
 これに処方として古方のあるものを用いたところ、1週後には指先の皮膚が脱落したようになって、自覚的にも他覚的にも治ったといっても良い状態になった。
 この処方はなにでしょうか。
 〔解答〕麻杏薏甘湯と三物黄芩湯に紫雲膏の外用(1名)、桂麻各半湯(1名)、加味逍遥散合四物湯(1名)、苦参湯(1名)、温経湯(1名)、消風散(1名)。
 〔出血者解答〕私の用いた処方は三物黄芩湯でありました。
相見三郎『漢方の臨床』12・11・40


副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 間質性肺炎 :発熱、咳嗽、呼吸困難、肺音の異常(捻髪音)等があらわれた場合には、本剤の投与を中止し、速やかに胸部X線等の検査を実施するとともに副腎皮質ホルモン剤の投与等の適切な処置を行うこと。また、発熱、咳嗽、呼吸困難等があらわれた場合には、本剤の服用を中止し、ただちに連絡するよう患者に対し注意を行う。

[理由]
本剤によると思われる間質性肺炎の企業報告の集積により、厚生労働省内で検討された結果。(平成17年4月1日付事務連絡「使用上の注意」の改訂についてに基づく改訂)

[処置方法]
直ちに投与を中止し、胸部X線撮影・CT・血液ガス圧測定等により精検し、ステロイド剤 投与等の適切な処置を行う。

2) 肝機能障害、黄疸: AST(GOT) 、ALT(GPT) 、Al‑P、γ‑GTP等の著しい上昇を伴う肝機能障害、黄疸があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行う。

[理由]  本剤によると思われる肝機能障害、黄疸の企業報告の集積により、厚生労働省内で検討さ れた結果
(平成17年4月1日付事務連絡「使用上の注意」の改訂についてに基づく改訂)

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと。


 2)その他の副作用

頻度不明
過敏症注1) 発疹、発赤等、 痒等
消化器 食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等

注1) このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。

過敏症
[理由]  本剤によると思われる発疹、発赤、痒等が報告されている(企業報告)ため。
[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行う。

消化器
[理由]  本剤には地黄(ジオウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化 器症状があらわれるおそれがある。
また、本剤によると思われる消化器症状が文献・ 学会で報告されている。
これらのため、上記の副作用を記載。 
[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行う 。

2014年5月17日土曜日

黄芩湯(おうごんとう) の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.52 急性腸炎・消化不良症

12 黄芩湯(おうごんとう) 〔傷寒論〕
半夏八・〇 生姜五・〇(乾生姜一・五) 茯苓五・〇

本方は日中二回、夜間一回服用するように指示されている。常法のごとくのんでもよい。

応用〕 邪熱が少陽の位にあって、内に迫って下痢し、なおその病勢が太陽にも及び、太陽と少陽の合病による下痢に用いるものであるj
 本方は主として急性腸炎・大腸炎・消化不良症・また感冒で発熱下痢があり、粘液便あるいは血便を下して、裏急後重を訴えるも英に用いる。
 またときには急性虫垂炎・子宮附属器炎等で腹痛血熱あるもの、または代償性月経による吐血・衂血するものなどにも応用される。

目標〕 下痢して、心下痞え、腹中拘急するもので、腹直筋の攣急があり、発熱・頭痛・嘔吐・乾嘔・渇等を目標にして用いる。
 泥状便、粘液便のことが多く、臍部の腹痛をともなう。
方解〕 黄芩が主薬で、黄芩はよく裏熱を清解するといわれ、胃の熱をさますものである。黄芩の味はよく下心の痞えを開き、腸胃の熱をさまして下痢を治す。芍薬は黄芩と組んで裏急・腹中痛・下痢を治し、さらに甘草と大棗は腹中の拘攣や腹痛を治する助けとなる。
主治
 傷寒論(太陽病下篇)に、「太陽ト少陽ノ合病、自下利スル者ニハ、黄芩湯ヲ与フ。若シ嘔スルモノハ、黄芩加半夏湯之ヲ主ル」とあり、
 勿誤薬室方函口訣には、「此方ハ少陽部位下利ノ神方ナリ、後世ノ芍薬湯ナドハ同日ノ論ニアラズ。但シ同ジク下利ニテモ、柴胡ハ往来寒熱ヲ主トシ、此方ハ腹痛ヲ主トス。故ニ此ノ症ニ嘔気アレバ、柴胡ヲ用イズシテ黄芩加半夏生姜ヲ用ユルナリ」とある。
鑑別
葛根湯20 (下痢・項角強、腹痛なし)
大承気湯 93 (下痢・実熱、陽明病)
人参湯111 (下痢・虚寒)

 古方薬嚢には、「発熱下利して腹痛するもの、或は頭痛し、或はさむけ、或はのどかわくものあり、或は腹甚だしくしぶりて、下利の回数かぞえがたきもの、或は反って外に熱少く、しんに熱ありて下利し、のどかわくもの、或は便に血のまじるもの」とあり、
 「また本方の証は往々葛根湯の証と誤りやすき場合あり、則ち発熱悪寒ありて下利し、汗なきものこれなり。葛根湯の場合は、腹痛は少く軽く、本方の証はは腹痛あ識もの多く、或はいたみ劇し。或は心腹の工合をみて区別することあり。即ち本方の証には心下痞え、その内部の症必ずあり、葛根の証には項背痛、腰痛等の表症必ず多し、即ち葛根は表が主にて裏は従なり、本方は裏が主にて表は旁なり」とある。

治例〕 (一) 下痢
 二八歳の婦人。急に発熱して悪寒があり、頭痛し、下痢して腹が痛み、渇があって水を欲する。下腹は多少張るがごとくで、下痢はますますその回数を増してきた。そこで桂枝加芍薬湯を与えたが治らない。下痢はますます甚だしく、裏急後重に苦しむという。これに黄芩湯を与たところ、たちまちにして治った。
(荒木性次氏 古方薬嚢)
(二) 急性大腸炎
 六七歳の老婦人。数日前カツオの刺身を食べ、翌日嘔気と下痢が数回あった。腹痛を覚え、裏急後重があり粘血便を下すようになったという。
 脈はやや沈遅、舌に白苔あり、心下部痞え、左下腹部に索状を触れ圧痛がある。現在熱はない。下痢は今日は三回くらいで粘血を混じ、疲労を訴えている。黄芩湯を与えたが、翌日より気分よくなり、三日間服用して諸症全く治癒した。なお四日分服用したところ、かえって便秘となり、三黄錠をのんで通じをつけた。
(著者治験)



和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
黄芩湯(おうごんとう) [傷寒論]

【方意】 心下の熱証による心下痞・下痢・裏急後重・腹痛・発熱等のあるもの。時に表の寒証表の寒証血証を伴う。
《少陽病.実証》


【自他覚症状の病態分類】

心下の熱証 表の寒証・表の実証 血証
主証 ◎心下痞
◎下痢
◎裏急後重
◎腹痛
◎発熱









客証 ○悪心、嘔吐
 口苦 咽乾 目眩
 口臭 口渇
 心煩 煩熱
 胸脇苦満
 食欲不振
 局所の発赤 充血
 瘙痒感
 頭痛
 身疼痛
 悪寒
 無汗
 出血




【脈候】 浮やや緊・浮やや弱・弦。一般に緊張は良い。

【舌候】 やや乾燥し、時に微白苔。

【腹候】 腹力中等度。心下痞がほぼ必発であり、時に心下痞硬、拡脇苦満がある。腹筋の緊張がみられ、腹診にてしばしば抵抗圧痛がある。

【病位・虚実】 心下の熱証は少陽病位であることを示す。表証は太陽病であるため、本方意は太陽病と少陽病とが存在しているようにみえるが、後述の通り構成生薬には表証を解するものは含まれておらず、本方で心下の熱証を解すれば表証も氷解する。これを少陽を本位とした太陽病と少陽病の合病という。脈力および腹力あり、心下の熱証が充実して実証である。

【構成生薬】 黄芩5.0 大棗5.0 芍薬3.0 甘草3.0

【方解】 黄芩は心下鬱熱を主り、黄芩・甘草の組合せは強力に心下の熱証に対応して、心下痞・下痢・裏急後重・口苦・口臭・食欲不振等を治す。更に芍薬・甘草の組合せと共に腹痛を治す。大棗の緩和・鎮痛作用もこれに協力する。本方意の中心的病態である心下の熱証は、表に影響して悪寒・頭痛の表証を誘発することがある。これは疑似表証ともいうべきもので、表証に対応する生薬を含まない本方一方で消失するものである。上焦の熱証は三黄瀉心湯梔子豉湯茵蔯蒿湯のように血証を伴うことがある。本方意の出血もこれに類するもので,心下の熱証を去れば解消するものである。

【方意の幅および応用】
A1心下の熱証:心下痞・裏急後重・腹痛・発熱等を目標にする場合。
  急性腸炎、消化不良、食中毒、子宮附属器炎、急性虫垂炎
 2心下の熱証:局所の発赤・充血・瘙痒感・心下痞・口臭等を目標にする場合。
B 表の寒証表の実証:頭痛・身疼痛・悪寒・無汗を目標にする場合。
  下痢を伴う感冒
血証:出血を目標にする場合
  代償性月経

【参考】 *太陽と少陽との合病にして、自下利す。『傷寒論』
*下痢して心下痞し、腹中拘急する者を治す。『方極附言』
* 此の方は少陽部位、下利の神方なり。後世の芍薬湯などと同日の論に非ず。但し同じ下利にても、柴胡は往来寒熱を主とす。此の方は腹痛を主とし。故に此の方の症に嘔気あれば柴胡を用いずして、黄芩加半夏生姜湯を用うるなり。
『勿誤薬室方函口訣』
*本方はよく太陽・少陽の合病に用いるといわれているが、表証を伴わない少陽の心下の熱証のみで用いることができる。
*下痢して往来寒熱するなら柴胡剤、下痢して心下痞・腹痛なら黄芩湯。本方の下痢は泥状便・粘液便であることが多い。

【症例】 小児の消化不良
 4歳女児。平素は丈夫な幼児である。何ら誘因なしに機嫌が悪く、鼻汁を出していたので普通のカゼのように思い、いつもの如く身柱にお灸をして葛根湯エキスを飲させた。翌日嘔吐が1回あり、軟便に1日3~4回、腹痛があったのであろう機嫌が悪かったが、大したこはなさそうに思えたので桂枝加芍薬湯を飲ませた。食欲は全然なく、指をくわえて泣くこ選が多く、熱もなさそうなのに次第に元気がなくなってきた。
 1日4回程度の下痢ではあったが、便のにおいがどうも異常のように思われ、疫痢のような重篤な容態に似てきた。そこで改めて『傷寒論』を漁るように読んだ。そして、この証は黄芩湯ではないかと思えたので早速服ませたところ、腹痛も楽になったのかすぐに熟睡し始めた。こ英1回の服薬によってすべては頓挫的に治った。その夜目覚めたときにミルクを飲ませたら、おいしそうに飲んで満足して眠った。翌朝より普通の子供のようにヨチヨチ元気に歩き始めた。この症例が私が黄芩湯証を知るようになった最初の患者である。正に神効とでもいうべきか。
小川新『漢方の臨床』15・3・3




『康平傷寒論解説(30)』  日本東洋医学会会長 室賀 昭三 先生
白虎加人参湯 黄芩湯 黄芩加半夏生姜湯 黄連湯

黄芩湯
次は、「太陽と少陽との合病、自下利の者は、黄芩湯(オウゴントウ)を与う。若し嘔する者は、黄芩加半夏生姜湯(オウゴンカハンゲショウキョウトウ)これを主る」とあります。
  太陽と少陽との合病の場合とは、太陽病と少陽病とを同時に発病した場合でありまして、頭項強痛、悪寒等の太陽病の症状と、口が苦いとか喉が乾く、めまいがするなどの少陽病の徴候 のうちの一、二を両方一度に兼ね表わしている場合をいいます。そしてこの合病の結果、自然に下痢を起こすのであります。太陽と陽明の場合でも自然に下痢を起こす場合がありますが、この場合には、太陽病の治剤である葛根湯(カッコントウ)を使うわけですが、太陽と少陽の合病の下痢には少陽病の治剤である黄芩湯を用いなさい。つまり少陽病は汗・吐・下を禁ずるから、少陽の熱を解する黄芩湯を使いなさい。もし下痢に吐き気が加わった時には、非常に咳をとめる作用の強 い黄芩加半夏生姜湯を使いなさい、といっているわけであります。
 これは『漢方の臨床』第15巻3号に小川新先生が非常に詳しく述べておられますが、一言でいえば、胃腸腸型の風邪で下痢をする場合に黄芩湯を使いなさいといっているのであります。
 黄芩湯は、「黄芩(オウゴン)三両。芍薬(シャクヤク)二両。甘草二両、炙る。大棗十二枚、擘く。右四味、水一斗を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す」。註に「日に再、夜一服」とあり、日中二回飲 んで夜一回飲みなさい、と飲み方を指示しているわけであります。
 黄芩加半夏生姜湯は、「黄芩三両。芍薬二両。甘草二両、炙る、大棗十二枚、擘く」。これに、半夏(ハンゲ)洗ったものを半升と、生姜(ショウキョウ)の切ったもの一両半を加えているわけであります。「右六味、 水一斗を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す」。註に「日に再、夜一服」というこ とで、昼間二回飲んで夜一回飲みなさいといっているわけであります。



『勿誤薬室方函口訣(9)』 日本東洋医学会評議員 坂口 弘
-延年半夏湯・黄耆湯・黄耆建中湯・黄耆茯苓湯・黄芩湯-

黄芩湯

 次は黄芩湯(オウゴントウ)です。 これは『傷寒論』の処方であり、黄芩(オウゴン)、甘草(カンゾウ)、芍薬(シャクヤク)、大棗(タイソウ)の四味より成ります。「此の方は少陽部位下利の神方なり。後世の芍薬湯などと同日の論に非ず。但し同じ下利にても柴胡(サイコ)は往来寒熱を主とす。此の方は腹痛を主とす。故に此の方の症に嘔気あれば柴胡を用いずして後方を用いる也」とあります。
 今までの黄耆茯苓湯(オウギブクリョウトウ)、黄耆湯(オウギトウ)などは、いわゆる後世方といわれているもので、十四味とか十味とか、たくさんの薬味でできておりますが、黄耆建中湯は七味、黄芩湯(オウゴントウ)はさらに少なく四味の薬味から成っております。
非常に簡潔で、しかも効果がはっきり出てきます。古方にはそういう性格があるわけです。
 『傷寒論』太陽病下篇に「太陽と少陽の合病、自下利する者は黄芩湯(オウゴントウ)を与う。若し嘔する者は黄芩加半夏湯(オウゴンカハンゲトウ)之を主る」と出ております。口訣体試f少陽部位の下痢の神方とありますが、本当によく効く処方であります。後世方に下痢に用いる芍薬湯という名方がありますが、効果は「同日の論に非ず」と書いてあります。柴胡は往来寒熱を主としていますが、この方は腹痛を主とするものであると書かれてありまして、少陽の部位、発熱があって下痢する時、急性の腸炎、大腸炎、あるいは感冒で発熱、下痢、腹痛があって粘液便、または血便があり、裏急後重を訴えるような場合には大変効果をはっきり出すものであります。
 今日の医療ではよい薬剤があるので、本方を応用する機会は少ないと思われます。




三和黄芩湯エキス細粒(SANWA Ogonto Extract Fine Granules)
三和生薬株式会社

[組成]
本品1日量 (7.5 g ) 中、下記 の黄芩湯水製エキス 4.0 gを含有する。
 日局 オウゴン(黄芩) 4.0 g
 日局 カンゾウ(甘草) 3.0 g
 日局 タイソウ(大棗) 4.0 g
 日局 シャクヤク(芍薬) 3.0 g

[効能又は効果]
 腸カタル、消化不良、嘔吐、下痢

{用法及び用量]
 通常、成人 1 日 7.5 gを 3 回に分割し、食前または食間に経口投与する。 なお、年齢、症状により適宜増減する。


【禁 忌】(次の患者には投与しないこと)
(1) アルドステロン症の患者
(2) ミオパシーのある患者
(3) 低カリウム血症のある患者
[(1) ~ (3) :これらの疾患及び症状が悪化するおそれがある。 ]
(理由)
昭和 53 年 2 月 13 日付厚生省薬務局長通知 薬発第 158 号「グリチルリチン酸等を含有する医薬 品の取扱いについて」に基づく。
(1日量として原生薬換算 2.5g 以上の甘草を含有する製剤)


副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等 により電解質 バランスの適正化を行う。

2014年5月13日火曜日

黄連湯(おうれんとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
黄連湯
本方の目標は胃部停滞圧重感・食欲不振・ 悪心・嘔吐・腹痛・口臭・舌苔等で、即ち通常は急性胃カタルに屡々現われる症候複合である。便通は不定で便秘、或は下痢・心下部は抵抗を増し、上腹部または臍傍に屡々圧痛を示す。舌苔は黄白色で湿潤し、前部には薄く後部に厚く現われる。
處方中の黄連と人参は消炎・健胃に働き、半夏は悪心・嘔吐を止め、桂枝と乾姜は温薬で腹痛を止め、甘草・大棗と共に胃腸機能の回復を促す。
本方の応用は、感冒または熱病に伴う胃炎、食傷による胃腸カタル、過酸症で腹痛の強い者等である。本方の症で便秘する者には大黄を加えて用い、水瀉性下痢を伴う者には茯苓を加えて用いる。


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
10 瀉心湯類(しゃしんとうるい)
瀉心湯類は、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)を主薬とし、心下痞硬(前出、腹診の項参照)および心下痞硬によって起こる各種の疾患を目標に用いられる。

5 黄連湯(おうれんとう) (傷寒論)
〔半夏(はんげ)五、黄連(おうれん)、甘草(かんぞう)、乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、桂枝(けいし)、大棗(たいそう)各三〕
本方は、心下に熱があるため心煩、心中懊悩を起こし、胃部に寒があるために、嘔吐、腹痛を起こすものに用いられる。したがって、不眠、悪心、嘔吐、胃部の停滞圧重感、心下痞と痛み、腹痛、心悸亢進、食欲不振などを目標とする。
本方は、つぎにのべる半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)の黄芩のかわりに桂枝がはいっているもので、半夏瀉心湯は、黄芩があるため心下より上、すなわち、上焦と表の血熱や心煩を治すのに対して、本方には桂枝があるため、気の上衝が強く、のぼせ、上逆感のあるものを治す。
〔応用〕
三黄瀉心湯のところで示したような疾患に、黄連湯證を呈するものが多い。
その他
一 胆石症、急性虫垂炎、蛔虫症など。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会

7.黄連湯(おうれんとう) 傷寒論
黄連3.0 甘草3..0 乾姜3.0 人参3.0 桂枝3.0 大棗3.0 半夏6.0

(傷寒論)
○傷寒,胸中有熱,胃中有邪気,腹中痛,欲嘔吐者本方主之。(太陽下)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃部に停滞圧重感があって,食欲減退,腹痛,嘔吐,悪心,口臭などを伴い便秘または下利するもの。
右の症状から通常急性の消化器疾患に応用されるが,慢性の胃腸カタルに対しても、利用価値の高い処方である。本方応用の目安は熱性病(感冒その他)に伴う胃炎,胃腸カタルや食傷による消化不良,胃腸カタル,または過酸症などに伴う胃部停滞感,悪心,胃痛,腹痛が強く,舌苔や口臭があって下痢や便秘をするものを対標にする。<胃炎,胃腸カタル>腹痛,悪心,口臭のひどいもので,消化器官に熱があり排便時に悪臭を放つもの。<胃酸過多症>安中散の過酸症は主として神経過敏によるが,本方は食傷や消化不良時のもので,胃部停滞感や胃痛などと併発するものを対象にすることが多い。<口内炎>茵蔯蒿湯が適応する口内炎は,肝機能に関連するものが多く,本方が適応する口内炎は胃腸障害に併発するものに応用されている。<二日酔>胃部の停滞感,圧重感,胃痛,悪心,嘔吐などの症候を対象に,消化不良の傾向があるものによい。本方症状と類似処方鑑別のポイントは,
<黄連湯> 示部停滞感,腹痛,口内のアレがひどく消化不良性の急性胃腸カタル様症状のもの。
柴胡桂枝湯 胆のう炎,胆石,胃痙攣などで胸部,胃部,背部の痛みが激しく悪心,嘔吐,発熱を伴うもの。
安中散 神経過敏症で食事前後に胃部痛,胸ヤケがあるもの。
半夏瀉心湯 慢性に経過する胃腸病で,胃部のつかえ,悪心,舌苔などがあって腹鳴,軟便下痢の傾向があるもの。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
腹痛があって,悪心,嘔吐のおこるものである。このとき胃部の停滞感や重くるしい感成;,食欲不振,口臭,舌苔などがある。この舌苔は舌の奥の方ほど厚く,少し黄色みをおびて,湿っていて滑かである。また心悸亢進がおこって胸ぐるしく,上衝してつき上がる感じがある。便通は便秘のことも下痢することもある。腹部ではみぞおちに抵抗があり,上腹部に圧痛をみとめることがある。

漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方の目標は胃部停滞圧重感,食欲不振, 悪心,嘔吐,腹痛,口臭,舌苔等で即ち通常は急性胃カタルに屢々現われる症候複合である。便通は不定で便秘、或は下痢,心下部は抵抗を増し,上腹部または臍傍に屢々圧痛を示す。舌苔は黄白色で湿潤し,前部には薄く後部に厚く現われる。処方中の黄連と人参は消炎,健胃に働き,半夏は悪心,嘔吐を止め,桂枝と乾姜は温薬で腹痛を止め,甘草,大棗と共に胃腸機能の回復を促す。本方の応用は感冒または熱病に伴う胃炎,食傷による胃腸カタル,過酸症で腹痛の強い者等である。本方の症で便秘する者には大黄を加えて用い,水瀉性下痢を伴う者には茯苓を加えて用いる。

漢方処方解説〉 矢数 道明先生
上熱中寒といって,胸部に熱があり,胃に寒があり,その冷えのために腹痛と嘔吐が起こる。一般には次の様な諸徴候を呈するのでこれを参考とする。すなわち,胃部に停滞圧重感があり,悪心,嘔吐,腹痛,食欲不振,口臭,舌苔等,急性の胃炎に現われる症候複合を引き起こす。便通は不定で便秘あるいは下痢し,心下部は抵抗を増し,上腹部または臍部に疼痛を現わす。舌苔は黄白色で湿潤し,前の方は薄く,後ろの方は厚い,脈は概して寸脈浮で,関,尺は沈弱である。

漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
構成:半夏瀉心湯の黄芩の代りに桂枝が入ったような組合せだが,黄連は多く人参は少くなっている。黄連が多いのは実熱であり,従って人参が減量されているのだ。黄連も血熱には働くが直接心熱に働くのは黄芩で,瀉心湯の類,柴胡剤には心煩があるのは黄芩の働きによるが,黄連湯では心煩は主症ではないから,黄芩をぬいた。その代り胃中に寒があるために上焦の陽虚を起しているから桂枝を加えたのであろう。心熱とか心煩とか言わずに胸中有熱としたのは深意があるようだ。

運用 1. 腹痛,嘔吐
「傷寒,胸中に熱有り,胃中に邪気有り,腹中痛み嘔吐せんと欲するものは黄連湯之を主る。」(傷寒論太陽病下)腹に冷えがあれば腹が痛む。冷えによる痛みは深い所に感じるから腹中痛むという。胃冷があっても上に熱があっても嘔吐が起る。註釈書には之を上熱下寒とするが上熱中寒が本当であろう。上の陽気は降ることを得ず,下の陰気は昇ることを得ず,陽は上に留り,陰は下に留り,陰陽は昇降せぬから相交らず,陰陽痞塞して上に於ては熱を,下に於ては寒を生じてこの様な容態を起すと考えられている。桂枝があるから表邪がなお少し有ると解釈する人もあるが,黄連湯の桂枝は恰も炙甘草湯,桂枝加桂湯に於けるが如き意味で上焦心肺即ち胸中の陽虚を補うのであろう。臨床的には腹痛,嘔吐を目標にして本方を使うのが普通である。腹痛は割合に劇しく起る。胃カタル,腸カタル,胆石,急性虫垂炎初期,蛔虫など用途は多い。類証鑑別すべきものは,半夏瀉心湯,甘草瀉心湯,腹痛が主でなく,且つ腹鳴,下利,心下痞,或は痞硬,心煩などが主になっており,黄連湯とは主客反対である。(中略)
柴胡剤,大柴胡湯柴胡桂枝湯などは腹痛,嘔吐を起こすことがある。処方の構成も似た所があるから鑑別を要す。柴胡剤は胸脇苦満,脇下満,心下急,心下支結などがあり,要するに肋骨弓下縁に問題があり,直腹筋に緊張があるのだが,黄連湯には心下痞硬はあっても肋骨弓下縁に深い関係はない。柴胡剤は肝臓に関係がある。黄連湯はただ胃腸だけの問題である。柴胡剤は便秘することはあっても黄連湯には便秘はあまり無い。
大建中湯附子粳米湯 腹痛,嘔吐が劇しく起り,主訴を聞いただけでは黄連湯との区別は極めて困難である。だが此等の処方は虚証であるから体質なり脈なりで区別がつく。黄連湯は概して寸脈浮関脈と尺脈沈,弱,濇,弦等を呈す。腹鳴も黄連湯には有り得るが主症状にはならない。処方の構成をよく見て,大柴胡湯柴胡桂枝湯は中焦の寒だげ,黄連湯には胸中熱有りを含味すべきである。但し全身的な体温上昇は両者に有り得るから区別点にはならぬ。
参考すべき先生の経験
浅田宗伯先生曰く「喩嘉言が湿気下之舌上如胎者丹田有熱胸中有寒仲景亦用此湯治之の説に従って舌上如胎の四一を一徴とすべし。此症の胎の模様は舌の奥ほど胎が厚くかかり,少し黄色を帯び,舌上潤て滑かなる胎の有るものは仮令腹痛なくとも雑病乾嘔有て諸治効なきに決して効あり,腹痛あれば猶更のこと也」(勿誤薬室方函口訣)
尾台榕堂先生曰く「霍乱,疝瘕,攻心腹痛,発熱上逆,心悸嘔吐せんと欲するもの及び婦人血気痛,嘔して心煩,発熱頭痛するものを治す。」(類聚方広義)霍乱は劇しい急性胃腸カタルを云う。婦人血気痛は本方の応用として新しい領域を開いたものである。

運用 2. その他
黄連湯は単に腹痛嘔吐ばかりでなく,口内炎,口角糜爛,ノイローゼ,肺結核等すべて上熱中寒の状態を判断して応用をひろめることが出来る。必ずしも腹痛嘔吐がなくても宜しい。
荒木先生曰く「つまる所は心煩と身熱とに目を付くるにあり。」(古方薬嚢)


傷寒述義
「霍乱の吐瀉腹痛を治して応効神の如く。」


校正方輿輗〉 有持桂里先生
「腹痛みてむかむかと嘔気ある者を治す。蓋し此の腹痛は心下より臍上までの部分にて痛む者なり。治に臨むの工(医師のこと)能く是の痛みの部分を察し,明めて剤を処すべし。」

漢方の臨床〉 第2巻第11号 奥田 謙蔵先生
(前略)
本方證
傷寒,胸中に熱有り,胃中に邪気有り。腹中痛み,嘔吐せんと欲する者。(傷寒論,太陽病下篇)

略解
此方は,大体虚実間の型に属し,元来内に寒邪の停滞があるところへ,外の邪熱が透徹し,茲に寒熱相ひ激して,その阻隔を生じ,そして一種の上熱下寒の状を現はしたものと見做すべく(この状態を『胸中に熱有り,胃中に邪気有り』と表現したものであらう),そのために心下部の痞塞感,胃部の停滞感,心中煩悸,食慾不振,腹痛,嘔気,嘔吐,或は上逆感,歯痛,口臭等があり舌には通常湿潤せる微白苔があって,その後部は稍や黄変して厚く,又腹部は一帯に緊張著しからずして軟であるが,時としては右直腹筋の軽い拘攣を示すこともあり,脈は多くは浮弱,或は微緊,或は弦数を呈することがあり,便通は秘結或は軟便,或は著変のない等の者に用ふると,能く内の寒邪を散じ,痞熱を解し,上逆を収めて諸般の苦痛を治するものである。

応用
此方を臨床上に 使ふには,主に消化機能の障碍に版る胃腸疾患で,熱状を呈しながら中の寒冷を兼ねてゐるといふ状態で,即ち胃部の填満感があって心胸中煩熱に苦しみ,胸やけを覚え,噯気を発し,屢々嘔気があり,或は嘔吐を発し,又は発作性の胃痛があり,或は熱気上逆の感や歯痛を発し,或は口臭があり,舌は湿潤せる白舌を現はし,便通は不調で一定しないし,或は時として甚しき心悸を覚え,心下部膨満して喘息様発作を呈する等の病状である。
此方はまた,時に蛔虫に因る以上のやうな諸症候を呈する者,或は二日酔ひで胸中不快,嘔心,嘔吐に苦しむ者等にも,効を奏することがある。

鑑別
(イ) 生薑瀉心湯 此方證は,噯気,嘈囃等を訴へて,心下の痞硬を呈するのが主であり,これに或は嘔吐,或は下痢腹鳴を伴ふことが多く,又腹痛は殆んどないか或はあっても劇しくはないのが常であるが,本方證では腹痛や嘔吐が常に主となる。
(ロ) 半夏瀉心湯 此方證も,心下痞硬が主で,これに嘔吐,下痢,腹鳴を伴ふが,大体生薑瀉心湯證と略ば同様であるから其点で本方と区別する。
(ハ) 小柴胡湯 此方証にも,屢々嘔吐があり,腹痛を伴ふことがあるが,此方は胸脇苦満が主で,内に寒絡のない陽證であって,脈には相明の緊張があるのを常とし,舌も多くは乾燥性白苔に傾き,腹部も軟でなく,又本方證のやうな上熱の諸候を伴はないのが普通である。
(二)小建中湯 此方證にも,腹痛を発するが,本方證よりは更に虚し,腹は軟弱で稍や膨満するか,或は陥凹して両直腹筋の軽い拘攣を呈し,時に或は虚熱を現はし,脈は多くは軟弱無力で動作に倦く常に身体の疲労感を伴ふことが多い。

応用例
(1) 所謂胃カタールの患者で,胃部圧重感,食慾不振,嘔気,嘔吐があり,時々胃痛を発し,舌には湿潤せる微白苔があり,腹は軟,便秘が続けば下痢が起り,尿利は少なく,足部には寒冷を感じ易く,脈は稍や沈にして緊張中等度の者。
(2) 元来の飲酒家で,既に慢性の胃炎を発し,胃部の膨満圧重感,発作性の胃痛,食慾減退,噯気,なあまくびがあり,殆んど毎朝粘液に富める水を嘔吐し,時々逆上感,頭重,眩暈があり精神は甚しく不快で,栄養不良,体力低下し,舌には微黄白苔があり、口内は虚燥し,下腹部は少しく陥凹して僅に腹筋の拘攣があり,便通は稍や秘結に傾き,脚部は微冷で,脈微弦の者。
(3) 小児の胃腸カタール様疾患で,消化不良の諸徴候があり時にまた喘息様発作を伴って,その原因に蛔虫の疑ある等の者。
(4) 日常大酒を好む者,或は二日酔ひで苦しむ者に,屢々本方証のあるのは注意を要する。以上は此方の大略である。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.66 急性胃腸炎・胃酸過多症・二日酔い・口内炎
16 黄連湯(おうれんとう) 〔傷寒・金匱〕
黄連・甘草・人参・桂枝・大棗各三・〇 半夏六・〇

傷寒論には
右七味を水一斗をもって煮て六升を取り、滓を去って温服一升、日中に三服、夜間二服す、といって五回に分けてのむように指示されている。この分量は現在の分量にして、水一、〇〇〇ccをもって六〇〇ccに煎じ、一二〇ccずつ五回に分けて服用することになる。少量ずつ頻回に用いた方がよいのである。
一般には凡例にある煎法服法を用いている。

応用〕 上部胸中に熱があり、中部胃中に寒があって、腹痛と嘔吐を起こすものに用いる。
本方は主として急性胃腸炎、急性腸炎による腹痛・嘔吐・下痢・感冒または他の熱性病にともなう胃炎症状・過酸性の腹痛・胆石症・蛔虫症・急性虫垂炎の初期・婦人血の道の腹痛嘔吐・二日酔い・その他嘔吐腹痛はなくとも上方胸部の熱と中部胃の寒による口内炎・口角炎・神経症、また火を見て起こる癲癇、歯痛などにも応用される。

目標〕 上熱中寒といって、胸部に熱があり、胃に寒があり、その冷えのために腹痛と嘔吐が起こる。一般には次のような諸徴候を呈するのでこれを参考とする。すなわち、胃部に停滞圧重感があり、悪心・嘔吐・腹痛・食欲不振・口臭・舌苔等、急性の胃炎に現われる症候複合を引き起こす。便通は不定で便秘、あるいは下痢し、心下部は抵抗を増し、上腹部または臍傍に痞(つか)え疼痛を現わす。舌苔は黄白色で湿潤し、前の方は薄く後ろの方は厚い。脈は概して寸脈浮で、関尺は沈弱である。

方解半夏瀉心湯に似ている。すなわちその黄芩のかわりに桂枝が加わったものである。原方では黄連が人参より多く組まれている。黄連が多いのは実熱によるからである。胃中に寒があるので桂枝を加え、乾姜とともに胃を温め、腹痛を治し、半夏は嘔心・嘔吐を止める。

加減〕 便秘のときは大黄〇・五~一・〇を加え、水瀉性下痢のときは茯苓五・〇を加える。

主治
傷寒論(太陽病下篇)に、「傷寒、胸中熱アリ、胃中邪気アリ、腹中痛ミ、嘔吐セント欲スル者ハ、黄連湯之ヲ主ル」とあり、
類聚方には、「心煩、心下痞鞕、腹痛、嘔吐、上衝スル者ヲ治ス」
校正方輿輗には、「腹痛ミテムカムカト嘔気アル者ヲ治ス。蓋シ此ノ腹痛ハ心下ヨリ臍下マデノ部分ニテ痛ム者ナリ。治ニ臨ムノ工(医師のこと)、能ク是ノ痛ミノ部分ヲ察シ、明メテ剤ヲ処スベシ」とあり、
また類聚方広義には、「霍乱(かくらん)(急性食餌中毒)、疝瘕(センカ)(仮性腫瘤)、攻心腹痛、発熱上逆、心悸シテ嘔吐セント欲ス。及ビ婦人血気痛、発熱頭痛スル者ヲ治ス」とある。
傷寒論述義「霍乱ノ吐瀉腹痛ヲ治シテ応効神ノ如シ」とある。
また漢方治療の実際には、「この方は心下痞硬よりも腹痛を目標として用いる。もしも心下痞硬が著明であれば、半夏瀉心湯
などの瀉心湯の類を用い、それで痛みの止まらないときに、この方を用いる。こ英方の腹痛は、みぞおちと臍の中間あたりから起こるものによい。嘔吐はなくても用いてよい。また食傷や急性の胃炎などの腹痛に用いることもある。このさいに舌には白苔が厚くかかることが多い」といっている。


鑑別
半夏瀉心湯 119 (腹痛・心下痞硬、腹鳴、下痢が主で腹痛は少ない)
○柴胡剤(大柴胡湯92、小柴胡湯69、柴桂湯45)(腹痛・胸脇苦満、心下急、心下支結)
大建中湯91、附子粳米湯127(腹痛・陰虚証)

参考
腹証奇覧翼(四織下)には、「胸中に熱アリテモヤモヤトシテクルシク、心下ヨリ臍上ニ至ツテ痛ミ、之を按スニ硬クシテ乾嘔スルモノ、黄連湯ノ証トス。茶談ニ云ウ、舌胎ノ模様、奥ホド厚クカカリ、少シ黄色ヲ帯ビテ、舌上潤滑ナルモノ、乾嘔ノ証アルトキハ、腹痛ナシトイエドモ此方ヲ用イテ効アリト。
方中黄連ヲ主トシテ心胸ノ熱ヲ解シ、半夏、乾姜、結滞ノ水ヲ解シ、人参胃口ヲ開キ、気逆ヲ降シ、甘草、大棗急ヲユルメ、引痛ヲ和シ、ソノ桂枝アルモノハ邪気ヲ逐イ、正気ヲ発シテ衝逆ヲ治スルナリ。コノ証黄連アツテ黄芩ナシ、心下ノ痞ナキユエナリ。或ハ曰フ、火ヲ見テ発(オコ)ル癲癇ヲ治ス。或ハ曰フ、歯痛ヲ治スト。或ハ曰ク、腹証心下ノ処スイテ上中脘ニ塊アリ、食ヲ嗅ギテ嘔ヲ催ス」とある。

治例
(一) 急性胃腸炎
和泉屋市兵衛の妻年四十余、眠気に感じて、嘔吐腹痛、心下煩悶している。そこで黄連湯加茯苓を与えたところ、病状は大いに安定した。しかし患者は数年来痼疾があって、臍下より心下に衝逆して痛み、痛むときは酸苦水を吐すこと数合に及び、甚しいときは飲食口に入ることができない。或は朝の食事を暮れに吐し、腹中雷鳴して大便秘し、或は心下急痛して背に徹するという。苓桂甘棗湯に起廃丸を兼用し、また解急蜀椒湯などを与えて快方に向った。
(浅田宗伯翁、橘窓書影巻四)

(二) 魚の中毒
魚屋の樋口某が、魚肉を過食して心腹疼痛甚しく、死せんばかりの苦しみであった。備急円を与えて吐利数回すると少し快方に向った。そこで黄連湯を与えてよかった。ところが、ある夜大いに嘔吐を発し、飲食は全く口に納れることができなくなった。このときは甘草粉蜜湯を服さしめて嘔吐がようやく治った。
(浅田宗伯翁、橘窓書影巻一)


明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.48
黄連湯(おーれんとう) (傷寒論)

処方内容 黄連 甘草 乾姜 桂枝 大棗各三、〇 人参二、〇 半夏八、〇(二五、〇) 浅田流では更に茯苓四、〇を加える。

必須目標 ①胃痛 ②嘔吐感 ③心煩

確認目標 ①不眠 ②軟便 ③頭痛 ④腹痛

初級メモ ①胃痛の頓服として用いるときは、本方のエキス末〇、七グラムにアネステヂン○、五を加えて散剤としたものを用いるのも一つの方法である。

②本方は半夏瀉心湯の黄芩を桂枝に代えただけの処方で、その作用は類似しているが黄連が主剤であるため、下痢よりも食当りの胃痛を目標にする。嘔吐感を目標にする。

中級メモ ①本方の胃痛と、小建中湯小柴胡湯加芍薬の腹痛との区別点は、条文の「胸中熱(心煩)あり、胃中邪気(食傷)あり」でも解るように、原因が胃腸にあって、その苦情は全て上半身に現れることが特徴である。②南涯「裏病。胸中に気鬱し、血気逆して心下に留飲ある者を治す。その症に曰く、胸中熱あるは、これ気鬱結して熱あるなり、外に熱あるに非ず、内熱あるを示すなり。即ちこれ黄連の治する処なり。曰く嘔吐せんと欲するは、これ留飲あるなり。曰く腹中痛むはこれ血気の逆なり。小建中湯及び小柴胡湯との疑途あるも、小柴胡湯は嘔して吐せず留飲を主とし、小建中湯は嘔せず吐せず、血気急して留飲なし。この湯の症は嘔吐せんと欲する者にして血気逆して留飲あるなり。これその別なり」。

適応証 食当りによる胃痛頓服として繁用する。急性胃炎、二日酔、蛔虫による胃痛。

文献 「黄連湯」奥田謙蔵(漢方の臨床2,11、23)


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
黄連湯(おうれんとう) [傷寒論]

【方意】 上焦の熱証による心煩・口臭等と、脾胃の水毒による腹中痛・悪心・嘔吐・心下痞硬等のあるもの。しばしば気の上衝上焦の熱証による精神症状を伴う。
《太陰病.虚証》


【自他覚症状の病態分類】

上焦の熱証 脾胃の水毒 気の上衝・上焦の熱証による精神症状
主証 ◎心煩
◎口臭


◎腹中痛
◎悪心 ◎嘔吐
◎心下痞硬






客証 頭汗
身熱
発熱
○呑酸 ○嘈囃
食欲不振
胃部膨満感
下痢または便秘
頭汗
○のぼせ
○頭痛
○心悸亢進
不安
火による痙攣
足冷




【脈候】 弦数・弦細・時に緩・浮緊・数。

【舌候】 湿潤して厚い白苔、舌根部は黄色を帯びる。舌苔は手前が薄く、奥に行くほど厚い傾向がある。口臭を伴うことが多い。浅田宗伯翁はこの舌候があれば腹痛がなくても決まって有効としている。

【腹候】 比較的に軟で微満する。心下痞硬がみられる。これは半夏瀉心湯の腹候に一致するか台、本方は腹中痛を主とし、半夏瀉心湯は心下痞・下痢を主とする。

【病位・虚実】 熱証があるため陽証である。熱証は上焦に存在し、裏の実証を伴わないために少陽病位である。脈力および腹力より虚実中間。

【構成生薬】 半夏6..0 黄連3.0 甘草3.0 桂枝3.0 大棗3.0 乾姜3.0 人参2.0

【方解】 本方は半夏瀉心湯より黄芩を去り、桂枝を加え、黄連を三倍にし、人参を減じている。黄連・黄芩の作用部位はどちらも上焦であるが、黄連の方がより上部の胸中に作用する。黄芩は去っているが、黄連を増量してあるので、上焦の熱証は半夏瀉心湯と比較してまさるとも劣らない。乾姜・人参・半夏・大棗は脾胃の水毒を去り、悪心・嘔吐・食欲不振・下痢を治し、腹痛を去る。桂枝は腹痛に対応する一方で気の上衝を治し、黄連の上焦の熱証を去る働きと協力して精神症状を解消する。

【方意の幅および応用】
上焦の熱証:心煩・口臭・身熱・発熱等を目標にする場合。
口臭のある口内炎・歯痛・口角炎等でのぼせを伴うもの、発熱性疾患(肺結核症等)で心煩・身熱し精神症状のあるもの
脾胃の水毒:腹中痛・嘔吐・心下痞硬・食欲不振等を目標にする場合
急性胃腸炎、自家中毒、急性虫垂炎、胃液分泌過多症、胃潰瘍、胃癌、宿酔、蛔虫症、腹石症
気の上焦上焦の熱証による精神症状:のぼせ・頭痛・心悸亢進・不安等を目標にする場合。
自律神経失調症、更年期不定愁訴症候群、血の道症、ノイローゼ、癲癇
【参考】 *胸中に熱有り、胃中に邪気有り、腹中痛み、嘔吐せんと欲する者は黄連湯之を主る。
『傷寒論』
*熱病、心下痞し、胸中煩熱し、心腹痛みて嘔吐せんと欲し、其の人、頭に汗出で、心下悸して臥すること能わざる者は黄連湯之を主る。『医聖方格』
*此の方は胸中有熱、胃中有邪気と云うが本文なれども、喩嘉言が湿家下之、舌上如胎者、丹田有熱、胸中有寒、仲景亦用此湯治之の説に従って、舌上如胎の四字を一徴とすべし。此の症の胎の模様は、舌の奥ほど胎が厚くかかり、少し黄色を帯び、舌上潤いて滑かなる胎の有るものは、仮令腹痛なくとも、雑病乾嘔有りて諸治効なきに決して効あり。腹痛あれば猶更のことなり。又此の方は半夏瀉心湯の黄芩を桂枝に代えたる方なれども、其の効用大いに異なり、甘草・乾姜・桂枝・人参と組みたる趣意は桂枝人参湯に近し。但し彼は協熱利に用い、此れは上熱下寒に用う。黄連の主薬たる所以なり。又按ずるに、此の桂枝は腹痛を主とす。即ち『千金』生地黄湯の桂枝と同旨なり。
『勿誤薬室方函口訣』
黄芩湯の下痢は粘液状・泥状で裏急後重であるが、本方では水様のことが多い。
*『傷寒論』に「傷寒、胸中有熱、胃中有邪気、腹中痛、欲嘔吐者、黄連湯主之」とある。この「胸中有熱、胃中有邪気」の意味するところは、上焦の熱証と脾胃の水毒となる。
  *胃酸過多で空腹時は腹痛を訴えても、呑酸、嘈囃のないものには本方や生姜瀉心湯はかえって良くない。この場合には烏頭桂枝湯・小建中湯などが適する。

【症例】 懸覚誌上臨床課題
〔患者〕22歳、男性、学生。
〔発病〕生来健康の方で著患を知らない。友人と海水浴に出掛け、暴飲暴食に陥った。その夜より胃部苦満感、嘔心を覚え、時々軽い腹痛があり、食欲頓に減退した。
〔主訴〕胃が疲れた感じ。食欲不進。時に軽度の腹痛を臍傍に覚える。摂食すると嘔心を覚える。脈は64至、やや沈弱を帯びている。舌には帯黄白色の苔があり、舌の奥が殊に厚い。口臭は著しくない。胸骨下角は広からず、狭からず。腹壁は適度の厚みと緊張がある。心下部において抵抗やや強く、圧迫すると苦しく、少しく痛む。粥食少量。大便は1日2、3回の泥状便、小便はやや不利。
以上の症状に対し何方が適当であるか。『傷寒論』中より選ぶこと。選定の理由、類症鑑別等簡単に記述せられたし。
〔出題者解答〕黄連湯3日分で全具す。 木村長久『漢方と漢薬』3・8・72



副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等 により電解質 バランスの適正化を行う。

2) その他の副作用


頻度不明
過敏症 発疹、発赤、瘙痒、蕁麻疹等
過敏症
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること

[理由]  本剤には桂皮(ケイヒ)・人参(ニンジン)が含まれているため、発疹、発赤、瘙痒、蕁麻疹等 の過敏症状があらわれるおそれがある。また、本剤によると思われる過敏症状が文献・学会で報告されている。これらのため。
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行