健康情報: 甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう) の 効能・効果 と 副作用

2016年6月25日土曜日

甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
 半夏五・ 黄芩 乾姜 人参 甘草 大棗各二・五 黄連一・
 本方の目標は心下部痞塞感・悪心・嘔吐・食欲不振等で、他覚的には心下部に抵抗を増し、屡々胃内停水・腹中雷鳴・下痢を伴い、舌には白苔を生ずる。
 半夏は胃内停水を去り、嘔吐を止め、黄連・黄芩と共に胃腸の炎症を去る。黄連・黄芩は苦味剤で、消炎健胃の効があり、人参と乾姜は胃腸の血行をよくして機能の回復を促す。甘草・大棗は諸薬を調和してその協同作用を強化するものである。
  本方と黄連湯とは類似しているがその相違は、黄連湯では腹痛が目標の一つになっている。また腹部に圧痛がある。本方では腹痛及び腹部圧痛を伴うこともある が、黄連湯の恒常的なるに似ず、また程度も軽い。舌苔は黄連湯に著明であり、本方では欠くことが多い。本方の応用は胃カタル・腸カタルである。
 加減方としては生姜瀉心湯と甘草瀉心湯とがある。
【生姜瀉心湯】(しょうきょうしゃしんとう)
 半夏瀉心湯から乾姜一・を減じ生姜二・を加える。
  本方は半夏瀉心湯の處方中、乾姜の量を減じて生姜を加えたものである。応用目標は半夏瀉心湯の證で、噫気・食臭を発し、腹中雷鳴・下痢は胃腸内で発酵が盛 んな為であってこれは生姜の治する所である。応用は胃腸カタル・発酵性下痢・過酸症・胃拡張等である。
【甘草瀉心湯】(かんぞうしゃしんとう)
 半夏瀉心湯に甘草一・を加える。
 本方は半夏瀉心湯の處方中、甘草の量を増したものであって、半夏瀉心湯の證で腹中が雷鳴して不消化下痢を起し、或は下痢せずに心煩して気分不穏を覚える者を治する。甘草を増量したのは、甘草は急迫症状を緩和する効があって心煩・気分不穏を除くからである。
 本方の応用としては胃腸カタル、産後の口内糜爛を伴う下痢、神経衰弱・不眠症等である。

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.506 
119 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)〔傷寒・金匱〕
    半夏五・〇 黄芩・乾姜・人参・甘草・大棗各二・〇 黄連一・〇

 水六〇〇ccをもって煮て四〇〇ccとし、滓を去り、再び火にかけて煎じつめて二五〇ccとし、三回に分けて温服する。一般には再煎を省略しているが、再煎するとのみやすくなる。

〔応用〕 少陽の病位に属するものである。すなわち熱の邪と心下に痞えて、痞硬をきたし、上下に動揺を起こし、嘔吐・腹中雷鳴・下痢などを発するものに用いる。
 本方は主として胃腸疾患として、急性、慢性胃炎・腸炎・胃酸過多症・胃拡張症・胃下垂症・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・口内炎・吃逆・便秘・下痢・神経哀弱・経閉・癲癇・舞踏病等にも応用される。

〔目標〕 心下部の痞塞感が第一で、悪心・嘔吐・食欲不振を訴え、他覚的には心下部に抵抗を認め、しばしば胃内停水・腹中雷鳴・下痢などをともない、舌白苔を生ずることが多い。

〔方解〕 本方中の黄連と黄芩は、心下の実熱をさますものである。黄芩は心下から上と、表に作用し、血熱や血煩を治し、黄連は心下から下方に作用し、煩躁症状を治すとされている。また両者は協力して心下の気の痞えを治し、上下に波及する動揺症状を治するものである。半夏・乾姜はよく気をめぐらし、胃の停水をさばき、心下の水が気の上衝につれて動いて嘔吐を起こすものを治す。人参・甘草・大棗は諸薬を調和する。右の諸薬が協力して心下の熱邪と水邪を去り、心下の痞硬を除き、升降の気を順通するものである。

〔加減〕 生姜瀉心湯。半夏瀉心湯の方中、乾姜の量を減じて生姜を加えたものである。応用目標は、半夏瀉心湯の証で、噯気・食臭を発し、腹中雷鳴・下痢するものである。
 噯気・食臭および腹中雷鳴・下痢は胃腸内で醗酵が盛んなためであって、生姜のつかさどるところである。
 胃腸カタル・醗酵性下痢・過酸症・胃拡張等に応用される。
 甘草瀉心湯。半夏瀉心湯方中、甘草の量を増したものであって、半夏瀉心湯の証で、腹中雷鳴して、不消化下痢を起こし、あるいは下痢はないが、心煩して気分すぐれず、不安を覚えるものを治すのである。甘草は急迫症状を緩和するもので、心煩、気分不安を治すのである。
 胃腸炎・口内炎・産後口中糜爛・下痢・神経哀弱・不眠症・ノイローゼ・夢遊病に応用される。

〔主治〕
 傷寒論(太陽病下篇)に、「傷寒五六日、嘔シテ発熱スル者ハ、柴胡ノ証具ハル。シカルニ他薬ヲ以テ之ヲ下シ、柴胡ノ証ホ在ル者ニハ、マタ柴胡湯ヲ与フ。此レ已ニ之ヲ下スト雖モ、逆トナサズ、必ズ蒸々トシテ振ヒ、カエツテ発熱汗出デテ解ス。若シ心下満シテ硬痛スル者ハ、此レヲ結胸ト為スナリ。大陥胸湯之ヲ主ル。但満シテ痛マザル者ハ、此レヲ痞ト為ス。柴胡之ヲ与フルニ中ラズ、半夏瀉心湯ニ宜シ」とあり、
 金匱要略(嘔吐病門)に、「嘔シテ腸鳴リ、心下痞スル者ハ、半夏瀉心湯之ヲ主ル」とある。
 勿誤方函口訣には、「此方ハ飲邪併結シテ心下痞硬スル者ヲ目的トス。故ニ支飲或ハ澼飲ヘキインノ痞硬ニハ効ナシ。飲邪併結ヨリ来ル嘔吐ニモ、噦逆ニモ、下利ニモ皆運用シテ特効アリ。千金翼ニ附子ヲ加フルモノハ、即チ附子瀉心湯ノ意ニテ、飲邪ヲ温散サセル老手段ナリ。又虚労或ハ脾労心下痞シテ下利スル者、此方ニ生姜ヲ加エテヨシ、即チ生姜瀉心湯ナリ」とある。

〔鑑別〕
 ○生姜瀉心湯119(心下痞塞○○○○・水気の動揺強く、留飲、噯気あり)
 ○甘草瀉心湯119(心下痞塞○○○○・気の動揺強く、心煩、神経症状強し)
 ○三黄瀉心湯48(心下痞○○○・水気なく、のぼせて便秘)
 ○茯苓飲124(心下痞○○○・胃内停水強く、拍水音著明で虚証)

〔治例〕
 (一) 神経哀弱症
 この患者は心臓神経症で、心下痞を訴え、不安感が強く、体格は偉大であるが、気持は至って小さく、貧血気味で疲れやすく、足冷え、不眠症で種々の治療を経て効がなかつた。腹部は比較的軟弱で、心下部に少しく停滞の感があり、胃内停水が認められる。私は初め六君子湯・茯苓飲・半夏厚朴湯・柴胡加竜牡湯などを与えたが、これらをのむとかえって心下に痞えて気持が悪いといって薬を返すのであった。最後に半夏瀉心湯を与えたところ、初めて心下のつかえが去り、不安感もなくなり、食欲もすすみ、睡眠も可良となって治癒した。
 半夏瀉心湯および他の加減方は、心下痞硬のものもあるが、それほど硬くなく、心下痞満、心下痞のものが相当に多い。
(著者治験、漢方百話)

 (二)胃拡張症兼幽門狭窄
 四四歳の男子。生来健康で酒を好み、暴飲暴食を続けていた。胃を悪くしたので禁酒したが、今度の大の甘党になってしまった。
 昨年暮れより心下部不快となり、むねやけを訴え、夕方になると嘔吐するようになった。臭いゲップがしきりに出る。内科医の診断では胃拡張症、幽門狭窄症といわれたという。
 体格は中等度であるが痩せ衰えて、顔色は蒼ざめて煤けたようである。脈は普通であるが、舌には白苔があり、口中常に不快で、嘔吐の後には口渇を訴える。
 診療中に数回臭気ある噯気を繰り返している。腹証は心下部に、臍の近くまで、ちょうど団扇(うちわ)を横たえた形と大きさに、堅く張りつめている。按すと石のように硬い。幽門部と思われるところは、とくに抵抗がある。胃の蠕動膨隆が微かに見られる。ときどき腹鳴がある。大便一日一回、小便は変わらない。
 本患者に対して割は半夏瀉心湯加茯苓を与えたところ、服薬一〇日にして主訴の大半が解消し、一ヵ月後には軽作業に従事するようになった。本証は生姜瀉心湯の証であろうが、半夏瀉心湯加茯苓がよく奏効した。
(著者治験、漢方と漢薬 三巻一号)

 (三) 一〇年間つづいた下痢
 二七歳の婦人。約一〇年前から下痢が続いている。一日二~三行で、腹痛をともない、月経時に増悪する。朝復がさめ罪改人必ず腹が痛み、ガスがたまる。いくら下痢しても口渇がなく、尿量な少ない。下痢が続いても患者の顔色はよく、栄養も中等度、腹部にも弾力がある。
 参苓白朮散・真武湯・胃風湯などを与えたが効果がなく、かえって悪い。そこで甘草瀉心湯にしたところ、これがすばらしくよく効いて、下痢はすっかり止まり、みぞおちが気持よくすいて、食がすすむようになった。
 甘草瀉心湯は、心下痞硬・腹中雷鳴・下痢を目標に用いる方剤で、しばしば悪心・嘔吐をともない、下痢するときは多くは口渇をともなうものである。この患者には腹中雷鳴もなく、口渇もなかったが、甘草瀉心湯がよく効いた。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

 (四) 夢遊病と憑依症(つきもの)
 近江の国大津の人が来て、秘かに先生に語っていう。私に十六歳の一人娘があって既に婚約をしているが、この娘には奇病がある。毎夜家の者が寝静まると、秘かに起き出でて踊り出すのである。その舞踊のさまは、まことに絶妙閑雅で、恰も名妓の舞いに似ている。私はかくれてこれを盗み見ているが、舞いはいつも同じではなく、曲を変午r踊っている。時間が来ると止めて床に就くのであるが、明朝は常の如く起きて普通の人と変りがない。本人にきいてみても少しも記憶がない。狐狸のわざかと祈禱などもしたが治らない。婚家に知れたら恐らく破談になるであろうと心配で先生の治療を頼みに来たという。
 先生きいてこの証は即ち狐惑病こわくびょう(精神病の一種、この場合は夢遊病)である。診察の後、甘草瀉心湯を与えたところ、数日にしてこの奇病は治し、無事結婚し子を生んだ。
 また、一婦人が櫃の中に猫のいるのを知らずに蓋をし、二三日後にこれを開いたところ、猫は飢えて怒りの表情物凄く、婦人をにらんで飛び去った。婦人はあまりのことに驚いて、それ以来奇妙な病気となってしまった。それは起居動作から鳴き声まで猫とそっくりになった(これは憑依症ひょういしょうである)。先生の友人清水某は、先生の話をきいていたので、これに甘草瀉心湯を与えたところ、この病も治ったという。
(中神琴溪翁、生々堂治験)


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
10 瀉心湯類(しゃしんとうるい)
瀉心湯類は、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)を主薬とし、心下痞硬(前出、腹診の項参照)および心下痞硬によって起こる各種の疾患を目標に用いられる。
6 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔半夏(はんげ)五、黄芩(おうごん)、乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)各二・五、黄連(おうれん)一〕
本 方は、少陽病で瘀熱(おねつ、身体に不愉快な熱気を覚える)と瘀水が心下に痞え、その動揺によって嘔吐、腹中雷鳴、下痢などを程するものに 用いられる。したがって、悪心、嘔吐、心下部の痞え(自覚症状)、食欲不振、胃内停水、腹中雷鳴、上腹痛、軟便、下痢(裏急後重)、精神不安、神経過敏な どを目標とする。
本方の心下痞をつかさどる黄連のかわりに胸脇苦満をつかさどる柴胡に、冷えをつかさどる乾姜のかわりに生姜に変えたものが小柴胡湯(前出、柴胡剤の項参照)である。
〔応用〕
つぎに示したような疾患に、半夏瀉心湯證を呈するものが多い。
一 胃カタル、腸カタル、胃アトニー症、胃下垂症、胃潰瘍、十二指腸潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 月経閉止、悪阻その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、不眠症、神経症、口内炎、食道狭窄、宿酔)など。


7 生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)  (傷寒論)
半夏瀉心湯の乾姜の量を一に減じ、生姜二を加えたもの〕
本方は、半夏瀉心湯證に似るが、より水毒が強く、おくび、食臭を発し、腹中雷鳴、下痢するものに用いられる。したがって、心下痞、心下の緊張、噫気(あいき、おくび)、下痢、嘔吐などを目標とする。本方證の下痢は軽症で、むしろ、おくび、嘔吐感の強い場合に用いられる。

8 甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)  (傷寒論、金匱要略)
半夏瀉心湯に甘草一を増加したもの〕
本方は、半夏瀉心湯にくらべて、補力作用と鎮静作用がいちじるしく増しており、半夏瀉心湯證で、腹中雷鳴、不消化性下痢、心煩して精神不安を 覚えるもの、喀血して興奮するものに使われる。したがって、心下痞、精神不安、安臥することができない。乾嘔、腹鳴、食欲不振、下痢などを目標とする。
〔応用〕
半夏瀉心湯のところで示したような疾患に、甘草瀉心湯證を呈するものが多い。
その他
一 神経衰弱、ヒステリー、精神病、不眠症その他の精神、神経系疾患。


『漢方 新一般用方剤と医療用方剤の精解及び日中同名方剤の相違』
愛新覚羅 啓天 愛新覚羅 恒章 
文苑刊
p.35
30 甘草瀉心湯かんぞうしゃしんとう
《傷寒論》[成分]:半夏5(12)g、乾姜2.5(9)g、黄芩2.5(9)g、黄連1(3)g、人参2.5(9)g、甘草2.5~3.5(炙甘草12)g、大棗2.5g(4個)

[用法]:湯剤とする。1日1剤で、1日量を3回に分服する。

[効能]:補中降逆、消痞止痢

[主治]:胃虚嘔逆、中阻下痢

[症状]:上腹部の痞満、上腹部を押して痛まない、乾嘔、心煩、不安、腹脹、腸鳴、下痢など。舌苔が黄膩、脈が弦数。

[説明]:
 本方は補中降逆と消痞止痢の効能を持っており、胃虚嘔逆と中阻下痢の病気を治療することができる。
 本方は《傷寒論》では太陽病の兼変証の痞証を治す方剤であり、人参がない。痞証にしょうとは気の運行異常によって、胸部または腹部の痞えが主な症状となる病気である。
 本方は《金匱要略》では百合狐惑陰陽毒病を治す方剤であり、人参がある。百合狐惑陰陽毒病いんようこわくいんようどくびょうとは百合病、狐惑病、陰陽毒という三つの病気を指す。合百病びゃくごうびょうとは心肺陰虚によって起こる病気の一つであり、症状は黙然し、頭がぼーっとする、何をやりたいのにやられない、口が苦い、尿が濃く少ない、脈が微数、などに現れる。狐惑病こわくびようとは湿熱毒邪によって起こる病気の一つであり、症状は目赤、咽喉部や前陰後陰の潰瘍、落ち着かないなどに現れる。咽喉部の潰瘍を蜮か惑と言い、前陰と後陰の潰瘍を狐と言う。陰陽毒いんようどくとは疫毒感染によって起こる急性熱病の一つであり、症状は紫斑か赤い斑点、咽頭痛、身痛、発熱などに現れる。陰毒と陽毒に分かれる。
 本方は半夏瀉心湯に補気薬の炙甘草の薬量を三両(9g)から四両(12g)に増やした変方である。
  本方に含まれている半夏瀉心湯(半夏、乾姜、黄芩、黄連、人参、炙甘草、大棗)は和胃降逆して開結除痞し、増量の炙甘草は補中緩急の効能を強める。
 本方は半夏瀉心湯より、補中緩急の効能(炙甘草の増量)が強い。本方は胃気の虚弱による胃気中阻と胃気上逆に病気に適用する。半夏瀉心湯は一般用と医療用の漢方方剤である。
 本方は’74年に厚生省が承認したものより、半夏を4~5gから5gに、乾姜を2~2.5gから2.5gに、黄芩を2.5~3gから2.5gに、甘草を3~4.5gから2.5~3.5gに変えている。また生姜の不可が消除されている。
 日本と中国の同名方剤を比べると、中国体r使用されている甘草瀉心湯は生薬の薬量が多いので効能が強い。
 臨床応用と実験研究は文紅梅:甘草瀉心湯治療慢性胃炎42例、中医薬導報 2001 8(2)。
畢明義:重剤甘草瀉心湯治療急性胃腸炎60例、山東中医誌 1986 5(3)。腸麗、等:甘草瀉心湯治療胃腸神経官能症、浙江中医雑誌 2006 51(4)。 周南:甘草瀉心湯治療胃虚便秘、北京中医 1984 3(1)。 元山幹雄:甘草瀉心湯が奏効した睡眠時遊行症(夢遊病)の一症例、日本東洋医学雑誌 1996 46(5)。 鈴木雅典、他:酵素阻害活性による漢方処方の検討(第5報) Adenosine3',5'-Cyclic monophosphate Phosphodiesteraseによる半夏瀉心湯,甘草瀉心湯,生姜瀉心湯の研究、医学雑誌 1991 111(11)。
 胃虚嘔逆と中阻下痢の型に属する口内炎、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、慢性大腸炎などの治療には本方を参考とすることができる。


『薬局製剤 漢方212方の使い方』 第4版
埴岡 博・滝野 行亮 共著
薬業時報社 刊


K27 甘草瀉心湯かんぞうしゃしんとう

出典
 傷寒論の太陽病下篇と金匱要略の百合狐惑陰陽毒病脉證篇に出る。
 『急性熱性病の緩症で,下法を使うべきでなかったのに下したため,1日に数十回も下痢し,食物が消化せず,腹中がごろごろと鳴り心下部がつかえて押すと硬くて張る。むかむかと嘔き気がし心煩して不安である。医師はこの心下痞をみて,これは病が残っているのだといって,またも下剤をかけたところその痞えはますます甚だしくなった。これは結熱ではなくただ胃中が虚して客気が上逆するため心下を硬くしているだけである。甘草瀉心湯を使うべきだ。』(太陽病中)
 『狐惑の病というのは,傷寒のような病形をしている。眠いのだけれど目が閉じられず,寝ても起きてもじっとしていられない不安がつきまとう。咽喉に潰瘍ができたときは惑で陰部に潰瘍ができたとかは狐である。飲食を欲しがらず,食べものの匂いをきらい,顔色が赤くなったと思えばすぐ幸くなったり,白くなったりする。上部に潰瘍があるときは声がかれる。この場合は甘草瀉心湯を使うべきだ。』(金匱要略)

構成
 半夏瀉心湯の甘草2.5gを3.5gに増量した処方である。
 傷寒論の同方には人参が入っていない。これは脱漏したのであろうという説と,本来傷寒論の甘草瀉心湯と金匱要略の甘草瀉心湯とは別の処方であって同じものとして論議してはいけないとの説がある。
目標
 半夏瀉心湯の目標は心下痞硬,悪心,嘔吐,食欲不振体,腹中雷鳴して下痢するものにも用いるが,この腹中雷鳴の不消化症状がひどくなり,精神不安が加わって来ると甘草瀉心湯を用いなければならない。この段階は,胃腸全体が腹鳴,心下痞硬といった限局されない場合は半夏瀉心湯で,より急性になり嘔吐も下痢もあって,とくに症状が胃の方にかたよっている場合は生姜瀉心湯を,腸の方に症状が強いときには甘草瀉心湯を用いる。
 下痢は半夏瀉心湯の場合は軽症で,軟便に近く,本方の場合は水様下痢である。人参湯の下痢も下痢便でまちがい易いが,甘草瀉心湯は下痢すると一時気分がよくなるが,人参湯の場合はかえって疲労感が増す。甘草瀉心湯で下痢がかえってひどくなる場合があるがこの場合は人参湯がよく,その反対に人参湯で治らない場合,甘草瀉心湯がよい場合もある。
 金匱要略では狐惑病の治法として甘草瀉心湯をあげているが,不眠,幻想,幻覚,多夢,夢遊,強迫観念などの精神科領域の症状に使う。この場合も心下痞硬,腹鳴,下痢などの症状を伴うことが多い。
 また,口内に潰瘍ができるのが惑であるという条文を利用して,口内炎,舌炎,嗄声などにも応用するが,この場合も胃腸症状,精神症状を問い,それがあれば適中することが多い。最近の中国からの報文ではベーチェット症候群が狐惑病に相当すると成て研究が進められているようである。

応用
 (1) 胃炎,腸炎,胃腸炎,消化不良,食傷,神経性下痢,腹鳴,心下痞硬するもの,あるいは嘔吐,腹痛を伴うことがある。
 (2) 胃アトニー,胃拡張,胃下垂,食欲不振等で胃部が重苦しくつかえ,食欲減退,あるいは不安不眠等の神経症状があり,あるいは腹鳴,げっぷ,軟便等があるもの。
 (3) 神経衰弱,ノイローゼ,精神分裂症等で精神不安,いらいら,不眠,錯覚,幻想,幻覚,気鬱,気分が変り易い等があり,あるいは心下痞硬,腹鳴下痢があるもの。
 (4) 吐血,喀血で興奮はしているが瀉心湯ほどのぼせや顔面紅潮のないもの。
 (5) 声が嗄れるもので精神不安,興奮,不眠,心下痞硬等があるもの。
 (6) 小舞踏病,夢遊病に用いた例がある。


留意点
◎甘草には偽アルデステロン症発症や,電解質異常が副作用として報ぜられているが,炙甘草湯にすることによって防げるようである。とくにことわりがない限りは甘草はすべてフライパンで炒ったものを使うとよい。
◎甘草瀉心湯の不眠は多夢による不眠,浅眠で全く眠れないのではないことに留意。
◎ビールを飲んで下痢を訴える患者は殆ど本方証である。口内炎に用いると動はVB2を併用するとよい。(西岡一夫・明解漢方処方)


文献
1.龍野一雄・新撰類聚方(昭34) p.171

2.細野史郎・漢方治療の方証吟味 (昭53) P.83
3.大塚敬節・漢方診療30年 (昭34) p.180, 224

4.大塚敬節ら・金匱要略講数 (昭54) p.84

K27
甘草瀉心湯
成分・分量
 半夏    5.0
 乾姜    2.5

 人参    2.5
 大棗    2.5
 黄芩    2.5
 甘草    3.5
 黄連    1.0
 以上7味 19.5
カット。500→250煎

効能・効果
みぞおちがつかえた感じのある次の諸症:胃・腸炎,口内炎,口臭,不眠症,神経症


ひとこと
●おなかがゴロゴロというのが本方の下痢で,雷鳴がない下痢は人参湯や四逆湯である。
●半芩連参,姜甘棗の甘草倍量。●乾姜は乾生姜を使いたい。
●甘草は炙る。




『漢方処方・方意集』 仁池米敦著 たにぐち書店刊
p.74 乾姜人参半夏丸(かんぞうしゃしんとう)
 [薬局製剤] 半夏5 甘草3.5 乾姜2.5 人参2.5 大棗2.5 黄芩2.5 黄連1 以上の切断又は粉砕した生薬をとり、1包として製する。

 «傷寒論»半夏5 甘草3.5 乾姜2.5 人参2.5 大棗2.5 黄芩2.5 黄連1 

  【方意】 気を温め補って湿邪と寒熱を除き、脾胃と心小腸を調えて、気と水の行りを良くし上逆した気を降ろし精神を安定し、下痢や腹中の雷鳴などに用いる方。

  【適応】傷寒し中風し下した後に下痢が止まらない者・下痢を一日数十回し穀が消化しない者・胃中の不和による下痢・腹中が雷鳴し心下が痞硬(痞えて硬い症状)し満する者・産後の口糜瀉こうびしゃ(口内炎を伴う下痢)・胃潰瘍・胃腸の病・乾嘔(カラエズキ)し心煩しんぱん(煩わしくいじ胸に熱感がある症状)しやすらかでない者・不眠など。

  [原文訳]«傷寒論・弁太陽病脈証併治下»
   ○傷寒し中風し、醫がえってこれを下して後に、その人が下利し、日に數十行し、穀が化せず、腹中が雷鳴し、心下が痞鞕ひこうして滿し、乾嘔し、心煩しんぱんし、やすらかを得ざる。醫は心下痞を見て、病むこと盡ならざと謂う。またこれ/rt>を下す。その痞は益々ますます甚だし。これは結熱に非ず。但だ胃中が虚して客氣が上逆するをつが故に鞕から使なり。甘草瀉心湯がこれを主る。

 «勿誤薬室方函口訣»
   ○此の方は、胃中が不和なる下利を主とする。故に、穀が化せざりて雷鳴し下利するが目的なり。若し、穀が化せざりて雷鳴がなく下利する者ならば、理中・四逆のく處なり。<外臺>の水穀不化に作りて清穀せいこくと文を異にす。従うべし。又、産後の口糜瀉こうびしゃに用いて奇効あり。これ等の芩連ごんれんは、反って健胃の効ありと云うべし。


『金匱要略講話』 大塚敬節主講 財団法人 日本漢方医学研究所編 創元社刊
p.83

狐惑之爲病。狀如傷寒。默默欲眠。目不得閉。臥起不安。蝕於喉爲惑。蝕於陰爲狐。不欲飮食。惡聞食臭。其面目乍赤乍黑乍白。蝕於上部則聲喝。一作嗄 甘草瀉心湯主之。
 甘草瀉心湯方
  甘草四兩 黃芩 人參 乾薑各三兩 黃連一兩 大棗十二枚 半夏半升
 右七味。水一斗。煮取六升。去滓再煎。溫服一升。日三服。○傷寒論。再煎下。有取三升三字。

〔訓〕

狐惑こわくやまいたる、かたち傷寒の如く、黙々もくもくとしてねむらんと欲し、目ずるを得ず、臥起がきやすからず。こうしょくするをわくし、いんしょくするをす。飲食を欲せず、食臭をくを
にくみ、その面目たちまち赤く、たちまち黒く、たちまち白し。上部をしょくすればすなわこえかっす(一にに作る)。甘草瀉心湯かんぞうしゃしんとうこれつかさどる。 甘草瀉心湯かんぞうしゃしんとうの方
     甘草(四両)、黄芩、人参、乾薑(各三両)、黄連(一両)、大棗(十二枚)、半夏(半升)
   右七味、水一斗、て六升を取り、かすり、再煎さいせんし、一升を温服おんぷくす。日に三服す。(傷寒論、再践の下に、三升を取るの三字有り。)

 〔解〕  
 大塚 「狐惑の病」というのは、熱のある傷寒のようで、眠たいのだけれど目が閉じられないし、寝ても起きてもじっとしていられない不安がつきまとう。のどに潰瘍ができた場合は惑で、陰部に潰瘍ができた場合は狐だ、と云っているが、これは後人の註釈ではないかね。つまり、この条文のなかで「蝕於喉為惑、蝕於陰為狐」と「其面目乍赤乍黒乍白、蝕於上部則声喝」とは後人の註釈文で、これにひっかかると意味がよくわからなくなると思います。つまり、狐惑病は、眠りたくても眠れず、不安感があって、寝ても起きてもいられず、食欲がなくて、食物の臭いを嗅ぐのも嫌だというもので、こういうときには甘草瀉心湯の証であると、考えればいいわけです。狐惑の病というのも百合病に似ているね。
 山田 そうですね。「きもの」というのは『病源候論』には出ているのですが、『素問・霊枢』には出てきませんね。そうしますと、割に新しいもので、うんと古い時代にはなかったのではないでしょうか。『金匱』が漢代のものだとしますと、おかしいことになります。狐惑病が狐つきだとしますと納得がいかなくなりますが、臨床的には、私は分裂病に半夏瀉心湯を使って、妄想がとれたことがあります。甘草瀉心湯でもあります。
 大塚 狐惑というのは、いろいろ説があって、狐にまどわされたような病気だと云っている人もいるし、また『医宗金鑑』を見ると、下疳が狐で、惑は、上部、つまり口の中の潰瘍だと云っているね。この疳という字は、潰瘍のようなものを云う場合と、全然それに関係なく身体の弱い子供の結核性の腹膜炎のようなものを云っている場合があるようだけれど、この場合は、文章から考えると潰瘍の方ですね。実際にも甘草瀉心湯は、アフター性口内炎に使うとよく効きますね。私自身が、子供のときから非常に悩まされてきましたが、甘草瀉心湯をんでf治してきました。小学校の五年頃から三十歳まで駄目でしたね。
 狐惑病に対して面白いことを云っているのは和田東郭で、これは強中病だと云っているのです。強中病というのは、ペニスが一日中、ちづめになっているという病気で、それにいいと云っています。この文章からは、そんな意味は取れないわね。ただ中神琴溪は、夢遊病に使っていますね。 琴溪の患者の娘が年頃になって嫁にやらねばならないのに、夜中になると起きて舞を舞うのだそうです。それがひどく上手に舞うのだそうですが、朝になって聞くと全然そんなことは知らないのだそうです。嫁に行ってから毎晩そんなことをされたのでは困るので、何とか治さなくてはいけないとたのまれて、甘草瀉心湯をやったら、それっきり治ったということが書いてあります。甘草瀉心湯は面白い薬方ですね。


『臨床傷寒論』 細野史郎・講話 現代出版プランニング刊
p.246
第九十二条

 傷寒中風、医反下之、其人下利日数十行、穀不化、腹中雲鳴、心下痞鞕而満、乾嘔、
 心煩不得安、医見心下痞、謂病不尽、復下之、其痞益甚、甘草瀉心湯主之。

〕傷寒の中、かえってこれくだし、其の人下利、日にd数十こう穀化こくかせず、腹中雷鳴、心下痞鞕ひこうしてまんし、乾嘔かんおう心煩しんぱんして安きを得ず、医、心下痞を見て病きずとい、またまたを下す、其のますはなはだし、甘草瀉心湯かんぞうしゃしんとう之を主る。

講話〕 これも、傷寒中風となっていますが、傷寒でも中風がかった状態という意味でしょうか。これについては、そう意味がないという人もありますし、そこは御随意に解釈して下さって結構です。そういう状態の人は、本来なら下してはいけないのだけれども、医者が誤って下してしまった。その結果、下痢が日に数十行もいき、食べ物がほとんど消化していない下痢便が出て、腹がゴロゴロと鳴り、みぞおちは痞えて硬く、膨満し、空えずきして、胸苦しく、安静にしていられない。医者は心下の痞に注目して、病がまだ尽きずとして、再びこれを下したら、この痞がますますひどくなった。甘草瀉心湯がいくんだということです。
 この甘草瀉心湯も、半夏瀉心湯に甘草を加えただけの薬方ですが、この場合には乾姜の量を減らさないのです。けれども、浅田では大体甘草の使い方は少なく、半夏瀉心湯には甘草の量を、一回〇・三gしか入れない。甘草瀉心湯の場合はそれより少し多くて、〇・七~〇・八gで一gにもなっていません。それ位の量を入れて甘草瀉心湯と言っている。それでも充分に効きます。
 一般の先生方の分量集などを見ておりますと、特に古方派では、薬味の量がとても多いように感じます。黄連や柴胡でも惜し気なく使っていますし、甘草などムチャクチャに多いですね。それをある程度修正したのが、大塚、矢数両先生の『経験・漢方処方分量集』で、相当に量を減らしてあります。私の分量に近い分量になっています。私のところの分量は非常に少ないのですよ。例えば半夏瀉心湯ですと『傷寒論』などの分量に比べて、別表のように非常に少ないのです。
 とにかく、薬というものは、多く使えばよいというものではありません。ほんの少量でも、驚くほどの効果をみることもあるのです。その例として、前にもお話ししたことがあるかもしれませんが。子供のヒステリーのような症状を治す甘麦大棗湯を与えるのに、エキス顆粒剤を作ったところ、吸着が悪くて、賦形剤の乳糖の量が多くなり、一回分が一〇回分くらいの分量になったのです。それで、結局、一〇分の一ほどを与えたことになりましたが、それでもよく効きました。要するに、薬というものは本に書いてある分量を正確に使わなくてはいけないということはないのです。
 場合によっては量が多過ぎて、いわゆる瞑眩を起こしたりするのです。瞑眩というのは、中毒ではないかと私は考えています。浅田の量で与えていて、瞑眩みたいなことは経験しませんでしたからね。とにかく、分量についてはもって検討の余地があると思いますね。
 中国の分量なんか見ていると、ずい分多いですね。あんなに多く使う必要はないのではないかと思います。以前の東洋医学会総会に中国から初めて参加した、ある先生の話によると、大変な量で、それを大きなヤカンで煎じるらしい。それでうまく効くのかどうか、効くのかもわかりませんけどね。私にはどうしても理解できないのです。
 半夏瀉心湯は苦い薬で、実際、分量が少ない方が飲みよいです。そういう点、酒飲みだった浅田先生は、自分の舌に合わせて分量を調整していたのではないかと私は思うのですよ。それに新妻荘五郎先生は、それに輪をかけた酒飲みでしたから、その口に合うように量を決めてしまったのかもしれませんね。それを我々が、浅田先生の言い付けのように守っている。これは馬鹿者のやることですけど、そういうところに何か漢方の秘密のようなものがあるように思います。もう少し、半夏瀉心湯について、かいつまんで、話しておきましょう。私、口訣を書き残そうとして筆を取っているのですが、それに相当詳しく書いてあります。その一つを申し上げますと、半夏瀉心湯というのは、要するに胃腸の悪い時に持っていくわけですが、胃の症状が特によく現れている時と、胃の症状は奥にひそんでいて、いわゆる瀉心湯を持っていくような精神神経症状だけが出ている時の二つに大別できると思います。胃の薬としては、大学でマーゲンブンを持っていくような使い方、あんなマーゲンブンが効くのかと思っていましたら、胃の痛みが止まりますからね。私、初め、大学が治すのかと思っていたのですが。
 半夏瀉心湯もよく効きますよ。例えば蓄膿症などの鼻の悪い人、眼が真っ赤になってなかなか治らない人、よく頭痛を起こしてどうにもならなかった人、また帯下が多くて困っていた人、もっと奇妙なことには脱疽の人などに与えて、いずれもよく治っています。
 このように、広範囲な症状に応用しうるわけですが、実際どういう場合に半夏瀉心湯を持っていたらいいかというと、私は、他の症状はどうであれ、胃が痞えてぐあいが悪いと訴える患者を診て、みぞおちが張っているようだったら、まず半夏瀉心湯を考えます。みぞおちを押さえてみて、痛いというよりも不愉快に感じる人ですね。しかし、心下痞鞕は必須条件というのではなく、胃に故障がある場合には持っていっていいのです。また、お腹がゴロゴロいうとか、大便が軟らかいとか、下痢するとか、むかついたり、げっぷが出たりということも使用目標になります。むかつくのはそんなに多くないです。また、けっぷが出る時は生姜を入れた方がよろしい。
 甘草瀉心湯になると、腸の方まで広く故障が起こっている、また神経性の症状が強く出てきている場合などに応用できます。例えば、中神琴渓が言っているように、夜な夜な夢遊病で起き出して行っては、えもいわれぬうまく踊りを舞い、日々その踊りの手が変わり、まるで神にでも操られているような様子なのですね。そうして十分に踊ったあげく、コソコソと床に入って何もなかったように眠ってしまうという娘を嫁にやることになったが、どうしたものでしょうかと相談に来られて、それに甘草瀉心湯かを与えたところ、すっと治ったという話です。
 そういう面白い例を、昔から不思議がって書いてあります。その他にも、お産のあとなどに、よく口の中が荒れてくる口中糜爛、または、アフタ性口内炎などにも効を奏する時があります。一番不思議だったのは、狐惑病という病気に非常によく効いて喜ばれたことです。これも胃腸に故障があって、それが性器や頭の方へ影響したものなのでしょうね。
 また、私の次男が発表した脱疽の例も面白いです。脱疽の場合、私のところでは一般に千金内托散を使いますが、これは傷口を癒して非常によく効きます。慢性の傷口など、びっくりするくらい早く塞がってしまいます。
 これは、千金内托散である程度まで治った脱疽ですが、もう一つきれいにならないのです。その折り、患者が胃のぐあいが悪いと言い出したのです。おかしいなあと思ってよく診てみると、心下痞鞕があるので半夏瀉心湯を持っていったわけです。それを飲ませて一週間もたたないうちに、胃の調子がよくなるにつれて、脱疽の部分の肉も盛り上がってきて、すっかり良くなってしまいました。その後、再発してきたときにも、千金内托散より半夏瀉心湯で効果がありました。それ以来、何人かの脱疽の人を半夏瀉心湯で治しましたが脱疽の治療薬としては、やはり千金内托散も重要です。脱疽に半夏瀉心湯が効くというのではなくて、半夏瀉心湯でも効く時があるというふうに覚えておいてください。
 この他に、半夏瀉心湯はアトピー性皮膚炎とかいろいろな症状に効くことがありますが、やはりどの場合も効かせどころは胃腸なのです。その胃腸からの信号を脳に送っているのか、肺に送っているのか、或は肝臓や生殖器に送っているかで、内臓-内臓反射により、いろいろな症状が出てくるわけでしょう。それを我々は体外から、皮膚炎や脱疽、心下痞鞕といった内臓-体壁反射を診て診断しているわけです。
 そういった判断をするには、真に無欲な医学の眼で診ていることが大切で、半夏瀉心湯をやったらすぐ良くなるという気持ちでやってはいけません。こうした無の哲学までを教えてくれる漢方は、本当に有難いなと、つくずく思います。

『類聚方広義解説(73)』
北里研究所附属東洋医学総合研究所部長 大塚恭男
 本日は半夏瀉心湯ハンゲシャシントウ甘草瀉心湯カンゾウシャシントウ生姜瀉心湯ショウキョウシャシントウのお話をいたします。
 半夏瀉心湯の原文を読みます。「嘔して心下痞鞕し、腹中雷鳴する者を治す」とあります。吐いてみぞおちがつかえたように硬くなり、おなかの中でゴロゴロ鳴るような状態を治すというわけです。内容は「半夏半升、黄芩、乾姜、人参、甘草各三両、大棗十二枚、黄連一両。右七味、水一斗を以て、煮て六升を取り、滓を去り、再び煮て三升を取り、一升を温服す。日に三服す」となっております。もちろんこの分量は従来通り昔の分量ですから今のものとは違います。
 『類聚方』が引用している元の原典の条文が、ここでは二つあげられております。その一つは、『傷寒論』の太陽病篇の下巻から引かれたものです。それは「傷寒五六日、嘔して発熱する者は柴胡湯サイコトウの証具る。そかして他薬を以て之を下し、柴胡の証なおある者は、また柴胡を与う。これすでに之を下すといえども逆となさず。必ず蒸々ジョウジョウとして振い、かえって発熱汗出でて解す。もし心下満して鞕痛する者はこれ結胸となすなり。大陥胸湯ダイカンキョウトウ之を主る。ただ満して矢まざる者はこれを痞となす。柴胡之を与うるにあたらず。半夏瀉心湯に宜し」というものです。
 これは傷寒という病気になって五、六日経過し、吐いて熱の出るものは柴胡を主剤とした処方の適応証である。そして柴胡剤以外の薬で之を下してしまって、なお柴胡の証が残っているものはまた柴胡湯を与える。そしてこれを下したとしてもまったく逆の方法ではない。全身から熱が出て、かえって汗が出て緩解する。もしみぞおちが張って硬くなって痛むものは結胸というものであるから、大陥胸湯ダイカンキョウトウの主治するものである。ただみぞおちが張って痛まないものは痞(つかえ)という状態である。柴胡の適応ではなくて半夏瀉心湯がいいのであるということであります。
 次の条文は『金匱要略』の嘔吐・下利病篇に出てくるものです。「嘔して腸鳴し、心下痞する者」とあり、吐いておなかがゴロゴロ鳴ってみぞおちがつかえるものが半夏瀉心湯の対象であるということです。これに対して吉益東洞先生の考案が「為則桉ずるに、心下痞は、心下痞は、まさに心下痞鞕に作るべし」とあります。東洞先生の考えるには、心下痞、つまりみぞおちがつかえる状態と書かれておりますが、本当は心下痞鞕、つまりみぞおちがつかえて硬くなって抵抗があるという状態の方が正しいのではないかということであります。
 これらについては尾台榕堂先生の註が欄外に載っております。その始めは「痢疾、腹痛にて、嘔して心下痞鞕し、あるいは便に膿血ある者、及び飲食、湯薬の腹に下るごとに、ただちに漉々として声あり、転泄する者に以下の三方を撰用すべし」とあります。下痢を伴う病気でおなかが痛み、吐いてみぞおちがつかえて硬くなり、あるいは便に膿や血がまじるもの、あるいな飲物、食べ物、薬などがおなかに入るこどにゴロゴロと音がして下痢するものは、ここに述べた半夏瀉心湯、甘草瀉心湯、生姜瀉心湯の三つのうちの適当なものを選んで使ったらよいということであります。
 次の註は「疝瘕、積聚しゃくじゅにて痛、心胸を侵し、心下痞鞕し、悪心、嘔吐、腸鳴あり、あるいは下利する者を治す」とあります。おなかに動く塊り、あるいは固定した塊りがあって痛んだり、胸部を侵したり、あるいはみぞおちがつかえて硬くなったり、吐き気がして吐いたり、おなかがゴロゴロ鳴ったり、下痢するものを治すのだというわけです。つづいて「もし大便秘する者は、消塊丸、あるいは陥胸丸を兼用す」とあり、これはただこの場合便秘があったら消塊丸あるいは陥胸丸というものを兼用したらよいというわけであります。消塊丸、陥胸丸の内容はよくわかりません。
 次の註は「心下満して鞕痛する云々、の説は小柴胡湯に見る」とあり、これは先ほど申しあげました条文の説明であります。『類聚方広義』の中の小柴胡湯のところに書いてあるということでありまして、これはのちに触れたいと思います。
 以上のようでありますが、くだいて申しますと、半夏瀉心湯というものはみぞおちがつかえて硬くなり、おなかがゴロゴロ鳴って、場合によると下痢をし、吐き気があったり、嘔吐をするという場合であります。心下満して鞕痛する云々は小柴胡湯に見ると書いてありますが、これは最初の『傷寒論』の条文の後半の部分でありまして、「もし心下満して鞕痛する者は、これ結胸となすなり」というものが前提が何かということなのです。これに対する尾台榕堂先生の註は、先ほど申しましたように小柴胡湯の条に見えておりまして、これをご紹介しますと、「傷寒五、六日、嘔して発熱云々」という証は、「もし心下満して」以下の句を受けて、実際に下してしまった時にどういうふうに変わってきたかということを書いたものだという説明であります。
 具体的なお話をいたしますと、半夏瀉心湯というものは、私どもは非常によく使う処方であります。今の病名で申しますと、胃炎とか胃潰瘍、十二指腸潰瘍、腸炎、胃下垂、胃アトニーなど、非常に幅広く使われるわけです。漢方的に申しますと、大体実証と呼ばれる方であります。ですからあまり体質の弱い方などには半夏瀉心湯の証は少ないということになります。
 また半夏瀉心湯は、次の甘草瀉心湯のところで申しますが、やや神経症的なものに対して効果のある場合があります。たとえば胃腸症状を伴うような神経症などに使うことがあります。胃というものはかなりストレスなどの神経的なものによっていろいろな変化をこうむる臓器ですが、そういうものに対して半夏瀉心湯はかなり有効であるといえると思います。
 吉益東洞先生は心下痞と心下痞鞕を非常に厳密に区別しておりますが、心下痞という状態、つまりみぞおちがつかえるだけであって、みぞおちが軟弱である場合は半夏瀉心湯を使ってはいけないのかということなりますが、必ずしもそう極端にいうこともまた当たっていないのではないかと思います。大体において心下痞というのは虚証の場合が多く、漢方処方でいいますと四君子湯シクンシトウ六君子湯リックンシトウといったものが適当と思われます。心下痞鞕と申しますと、みぞおちがつかえて、さらに抵抗があるという状態で、半夏瀉心湯のような、より実証の胃症状に使うということです。原則としては確かにその通りですが、あまりそれにこだわると間違えることもあるのではないかと思います。心下痞はみぞおちがつかえるだけで、抵抗があまりなくても半夏瀉心湯を使ってよい場合もあると思います。

 次は甘草瀉心湯カンゾウシャシントウです。これは大変面白い処方で、半夏瀉心湯に甘草が少し多くなったもので、半夏瀉心湯とよく似た処方です。読みますと「半夏瀉心湯の証にして、心煩安きを得ざる者を治す」とあります。胸苦しくて何か不安感を覚えるものを 治すのであるというわけです。「半夏瀉心湯方内に甘草一両を加う。半夏ハンゲ甘草カンゾウ黄芩オウゴン乾姜カンキョウ人参ニンジン大棗タイソウ黄連オウレン」というもので、甘草が一両だけ多くなっております。「右七味、煮ること半夏瀉心湯のごとくす」となっております。
 この処方の引用の原典は二つありまして、一つは『傷寒論』の太陽病下篇にあります。その内容は「傷寒中風、医反って之を下し、その人下利すること、日に数十行、穀化せす、腹中雷鳴し、心下痞鞕して満し、乾謳心煩して安きを得ず。医、心下痞するを見て、病尽きずといい、また之を下し、その痞ますます甚だし。これ結熱に非らず。ただ胃中虚し、客気上逆するを以ての故に鞕からしむるなり」とあります。
 傷寒という急性重症の伝染病、中風という軽症のタイプの病気で、下してはならないのに下してしまった。そうすると一日に何十回と下痢をした。食べ物が消化しなくておなかがゴロゴロ鳴ってみぞおちは硬くつかえ、張ってからえずきがし、胸苦しくて不安感がある。医者はみぞおちがつかえている状態を見て、病気が治っていないと思い、またさらにこれを下すというような誤治を重ねるわけです。つかえはますますひどくなります。これは熱があるのではなくて、胃中が空虚になって、邪気が上にあがってきて、以上のような症状を起こして硬くしてしまったのであるということであります。そしてこの方は甘草瀉心湯のあずかるとことろであるというわけです。
 これを簡単に申しますと、半夏瀉心湯と非常に似ている状態ですが、まだ下痢が日に数十行とか、痞ますますはなはだしという状態で、腹中雷鳴、その他の症状がすべて半夏瀉心湯より少し急性増悪と申しますか、よりはげしい症状を起こしたという印象を受けます。
 次の条文は『金匱要略』の百合・狐惑こわく・陰陽毒病篇から引かれたものであります。「狐惑の病たる、状傷寒のごとく、黙々として眠らんと欲し、目閉ずることを得ず。臥起安からず、喉を触するを惑となし、陰を触するを狐となす」とあります。狐惑という病気は傷寒のような状態を呈し、黙々として眠ろうとするのだが目を閉じても眠ることができない、寝ても覚めても不安感がある、そしてのどの潰瘍を惑といい、陰部の潰瘍を狐というのであるというわけです。つづいて「飲食を欲せず。食臭を聞くことを悪み、その面目たちまち赤くたちまち黒くたちまち白し。上部を蝕すれば則ち声喝す」とあります。これは食欲がなくて、ものの臭いをかいでも気持が悪くなり、顔はたちまち赤くなったり、黒くなったり白くなったり不安定な状態になる。上気道の方をやられると声がかれてしまう状態になるというわけであります。
 これに対して東洞先生の考案は、「まさに急迫の証あるべし」となっております。甘草瀉心湯に関していえることは、一言をもってすれば、半夏瀉心湯に比べて急迫症状があるのだということであります。
 初めの条文は半夏瀉心湯のいわゆる急迫状態体であると理解してよろしいのですが、二番目の条目の状態が非常に面白いと申しますか、ここに書いてあるのは精神神経症状です。場合によると神経症の域を出て精神病に近い状態、漢方でいう狐惑病という状態です。江戸時代からこれをいわゆる精神病に使っています。たとえば夢遊病です。夜、起きていろいろな動作をするのですが、翌日になって本人はまったく記憶がないという患者に使った症例など、江戸時代の中神琴溪という人が記しております。最近でも精神分裂病と思われるものに使って、その妄想に対して効果があったというような症例もあります。
 またこれは非常にしばしば不眠症に使われます。私自身も経験がありますが、不安、不眠ということで不眠症に使うこともあります。また食臭を聞くことを悪むと、臭いをかいだだけでムカムカする状態で、つわりのようなものに使うことができると思いますし、先ほど半夏瀉心湯のところで申しましたように、胃症状を伴う神経症一般から、胃症状を離れて純粋に精神神経症状だけを対象にしてもこの処方を使うことができます。そして、これはかなり効果があると私は思っております。
 ままここに書いてあります「喉を触する」という口内潰瘍というか、今のアフタ性口内炎のようなものに対する適応を見ることができますし、また陰部潰瘍に対する適応もここに見えますが、このようにアフタ性口内炎に使ったり、ベーチェット病のようなものに使う可能性もあります。私自身はアフタ性口内炎に使った例があります。ベーチェットに使った例はありませんが、この条文から見て考えられないことはないと思うわけです。
 次に生姜瀉心湯ショウキョウシャシントウです。条文は「半夏瀉心湯証にして、乾噫食臭、下利の者を治す」とあります。乾噫はげっぷです。非常に臭いげっぷを治す、あるいは下痢を治すというわけであります。「半夏瀉心湯方内において、乾姜二両を減じ、生姜四両を加う」とあり、内容はそっくり同じで乾姜が減って生姜が増えるわけであります。生姜とは、生のヒネショウガのことで、現在日本薬局方でいっている生姜ではありません。日本薬局方の生姜は乾かした生姜で、むしろ乾姜に近いわけです。「右八味、煮ること、半夏瀉心湯のごとくす」とあり、半夏瀉心湯と同じように調製するということであります。
 条文は『傷寒論』の太陽病下篇に出ております。「傷寒、汗出でて解するの後、胃中和せず、心下痞鞕し、乾噫し、食臭し、脇下に水気あり。腹中雷鳴し、下利する者」とあります。急性熱性伝染病の傷寒という状態になって、汗が出て一応緩解した状態になったと思ったが、どうも胃の調子が具合が悪い、そしてみぞおちがつかえて硬くなって、げっぷがして食べ物の臭いがし、脇下(肋骨弓のあたり)に水の鳴る音がし、水分の貯留が見られ、おなかの中はゴロゴロ鳴って下痢するものというわけであります。
 欄外の註に「およそ噫気、乾嘔を患い、あるいは嘈囃呑酸、あるいは平日飲食ごとに悪心妨満を覚え、脇下に水飲升降する者」とあります。およそげっぷが出たり、吐こうと思って音はするのだけれども実際にものは出ない、あるいはムカムカしたり胸やけがしたりする、あるいはものを食べたりするごとに何となく吐き気がしてもたれる感じがし季肋部(心下部)に余分な水分が昇降するような気がする人というわけです。そしてつづいて「その人多くは、心下痞鞕し、あるいは臍上に凝塊あり。この方を長服し、五椎より十一椎に至り、及び章門(肝経にして右の季肋下部)に灸すること日に数百壮し、消塊丸、消石大円等を兼用すれば、自然に効あり」とあります。そういう人は多くはみぞおちがつかえて硬くなり、あるいは臍の上に何か抵抗がある。この方を長く飲んでお灸を併用し、さらに消塊丸、消石大円等を兼用すれば効があるということですが、消塊丸の内容はわかりません。消石大円の内容は大黄、硝石、甘草であり、これらを酢で練って丸にしたものであります。
 註の二は「噫は説文に曰く、食臭気なりと」であり、噫は、『説文』という後漢の時代の字引によると、食べ物の臭気であるということであります。さらに次の註は「水気は飲という」とあります。
 この条文は、とくに通過障害のはげしい状態で、食臭のあるげっぷをし、はなはだしい時はもっと臭いげっぷをして、腸閉塞まではいかなくても、かなり強い通過障害の起こったような状態にこれを使ってよいのではないかといわれております。


※桉:案の異体字

『類聚方広義解説Ⅱ(80)』 
甘草瀉心湯・生姜瀉心湯  日本東洋医学会会長 松田 邦夫

 本日は『類聚方広義るいじゅほうこうぎ』のテキスト136頁5行目から137頁10行目まで、甘草瀉心湯カンゾウシャシントウ生姜瀉心湯ショウキョウシャシントウを解説します。

 ■甘草瀉心湯

  甘草『瀉心』湯 治半夏瀉心湯證。而心煩不得安者。
  於半夏瀉心湯方内。加甘草一兩。
  半夏九分甘草六分黄芩乾薑人薓大棗各四分五釐黄連一分五釐
   右七味。煮如半夏瀉心湯。

 初めは吉益東洞よしますとうどうの言葉です。
 「甘草瀉心湯。半夏瀉心湯ハンゲシャシントウの証にして、心煩して安きを得ざるものを治す。
半夏瀉心湯方内に、甘草カンゾウ一両を加う」。
 甘草瀉心湯は半夏瀉心湯に甘草一両を加えたもので、半夏瀉心湯証で、胸苦しく少しもじっとしていられないものを治す。
 「半夏ハンゲ(九分)、甘草(六分)、黄芩オウゴン乾姜カンキョウ人参ニンジン大棗タイソウ(各四分九厘)、黄連オウレン(一分五厘)。右七味、煮ること半夏瀉心湯のごとくす」。
 本文を読んでみましょう。『傷寒論しょうかんろん』太陽病下篇の条文です。


 『傷寒中風。』醫反下之。其人下利。日數十行。穀不可。
  腹中雷鳴。心下痞鞕而滿。乾嘔心煩不得安。醫見心
  下痞。謂病不盡。復下之。其痞益甚。『此非結熱。
  但以胃中虛。客氣上逆。故使鞕也。』

 「傷寒中風、医かえってこれを下し、その人下利、日に数十行、穀化せず、腹中雷鳴し、心下痞鞕して満、乾嘔心煩して安きを得ず。医心下痞を見て、病尽きずと謂い、またこれを下し、その痞益々はなはだし。これ結熱にあらず、ただ胃中虚し、客気上逆するをもっての故に、鞕からしう、(甘草瀉心湯これを主る)』。
 テキストの『 』内は後人の註です。傷寒中風で表証のあるものを、医者が誤って下したために、下痢を日に数十回もするようになり、飲食物は消化せず、腹鳴し、心下部はつかえて硬く膨満して硬いのをみて、病邪が心下に充満しているためと判断して、重ねてまたこれを下したところが、そのつかえがますますひどくなってしまった。これは胃中が空虚で、邪気の上逆によって硬くなっているのであるから、甘草瀉心湯の主治である、ということです。
 次は『金匱要略きんきようりゃく』の百合狐惑陰陽毒病篇の条文です。

                                                   ○『狐惑之爲病。
         狀如傷寒。』默默欲眠。目不得閉。臥起不安。蝕
         於喉『爲惑。』蝕於陰『爲狐』不欲飮食。惡聞食
         臭。其面目乍赤乍黑乍白。『蝕於上部』則聲喝。


 「狐惑の病たる、状傷寒のごとく、黙々として眠らんと欲し、目閉ずるを得ず、臥起安からず、喉を蝕するを惑となし、陰を蝕するを狐となす。飲食を欲せず、食臭を聞くことを悪み、その面目たちまち赤くたちまち黒くたちまち白し。上部を蝕すればすなわち声喝す。(甘草瀉心湯これを主る)」。
 狐惑病は熱のある傷寒のようで、眠りたくても眠れず、不安感があって寝ても起きてもいられない、食欲がなくて、食物のにおいを嗅ぐのも嫌だという。こういう時には甘草瀉心湯の証である、ということです。「喉に潰瘍ができた場合は惑で、陰部に潰瘍ができた場合は狐である」は、後人の註釈文です。

■甘草瀉心湯の頭註
 尾台榕堂おだいようどうの頭註は、「この方は、半夏瀉心湯方内に、さらに甘草一両を加う。しかもその主治するところ大いに同じからず。曰く下利日に数十行、穀化せずと。曰く乾嘔心煩して、安きを得ずと。曰く黙々として眠らんと欲し、目を閉ずるを得ず、臥起安からざるものと。これ皆急迫するところありてしかるものなり。甘草を君薬となす所以なり」とあります。
 まず甘草について考えてみましょう。吉益東洞の『薬徴やくちょう』に、「甘草、急迫を主治するなり。故に裏急、急痛、攣急を治す。しかしてかたわら厥冷、衝逆、これら諸般の急迫の毒を治するなりhとあります。甘草は急迫、すなわち急に痛んでくるとか、急に痙攣するなど、急激に激しく起こる症状に用います。
 荒木性次の『新古方薬囊しんこほうやくのう』には、「甘草は味甘平。緩和と主として逆を巡らす効あり。逆とはまさに反することなり。巡るとは元に戻ることなり。故によく厥を復し、熱を消し、痛みを和らげ、煩を治す」とあります。
 甘草瀉心湯は半夏瀉心湯の甘草の量を増やしたものです。甘草には急迫症状を緩和する作用があって、心煩、気分不穏を除きます。そこで甘草瀉心湯の証は、半夏瀉心湯の証に似て、急迫症状があり、もし下痢する場合その下痢は激しいのです。しかし半夏瀉心湯の場合と同じく、必ずしも下痢しない場合もあります。この薬方は半夏瀉心湯証と同様に心下痞硬、腹中雷鳴、下痢を目標としますが、下痢しない場合は腹中雷鳴のないことが多くあります。本方は胃腸炎、口内炎、神経症、不眠症などに用いられます。

■甘草瀉心湯の使用目標と治験例
 『勿誤薬室方函口訣ふつごやくしつほうかんくけつ』甘草瀉心湯の条には、「また産後の口糜瀉に用い奇効あり」とあります。 口糜瀉とは口内炎を伴う下痢です。
 浅田宗伯あさだそうはくの『橘窓書影きっそうしょえい』の、口糜瀉の例が載っています。「麻布相模殿橋寓、福地左兵衛の妻、歳二十五、六。産後数月下痢止まず、心下痞硬し、飲食進まず、口糜瀉、両眼赤腫し、脈虚数にして羸痩はなはだし。すなわち甘草瀉心湯を与う。服すること数十日、下痢止み諸症まったく癒ゆ」とあります。
 荒木性次の『新古方薬嚢』には次のようにあります。「甘草瀉心湯の証、風邪その他で熱のある場合、通じをつけたら治るだろうと下剤を与えて下したため下痢が止まず、下痢はその回数はなはだ多く、食物を消化せず、そのまま出て、腹中が盛んにゴロゴロ鳴り、胃のあたりがうんと張って、中にたくさん物がつかえているような気がし、吐き気を催し、どうにも気の落ち着かざるもの、体は何でもなく、ただ妙にふさぎ込んで、食物を欲しがらず、寝ても落ち着かず、しわがれたる声を出すもの、気の落ち着かないところが本方の目のつけどころなり。本方は胃腸の病や、あるいは胃腸に基づく気うつ症によろし」。
 不眠症や神経症に用いるのは、心下痞硬のある場合です。
 中神琴渓なかがみきんけいは、甘草瀉心湯を用いて夢遊病を治しています。彼の『生々堂治験せいせいどうちけん』述べられた症例は有名です。
 「近江大津の人某、 来り先生にまみえて人を退けて秘かにいう。小人に一女あり。年甫十六云々。奇疾あり…、毎夜家人の熟睡するを待ちて、秘かに起きて舞踊す。その舞の清妙閑雅なる、婉然として才妓のもっとも秀でたるものに似たり」。つまり琴渓の患者が年頃になって嫁にやらなければならないのに、夜中になると起きて舞を舞うのだそうです。それがひどく上手に舞うのですが、朝になって聞くと、そんなことは全然知らないというのだそうです。嫁に行ってから毎晩そんなことをされては困るので、何とか治さなければと頼まれて、甘草瀉心湯を与えたところ、数日もたたないうちに治ったというのです。甘草瀉心湯はおもしろい薬ですね。

 為則桉。當有急迫證。

 「為則ためのり桉ずるに、まさに急迫の証あるべし」。
 吉益東洞が考えるのに、甘草瀉心湯の証は、急に痛むとか、急に痙攣するなど、急で激しい症状がある、ということです。
 頭註に、「慢驚風に、この方宜しきものあり」とあります。慢驚風、すなわち慢性の小児のひきつけに甘草瀉心湯が有効だと、尾台榕堂は述べています。
 明治の初め、温知社初代社首になった名臨床医、山田業広やまだぎょうこうの治験をあがてみましょう。
 「余、好んで甘草瀉心湯を用ゆ。先年旧松浦侯の留守居添え役を勤めたる人、四、五日目に夜間にわかに昏冒す。その状てんかんのごとく沫を吐するばかりなり。あるいは癇となし、あるいは蛔となし、種々薬すれども癒えず。およそ一年余にして余に治を乞う。甘草瀉心湯を投ずるに一度も発せず。今ここに一酒店の主人、酒を嗜み日夜度なし。絶食同様なり。しばしば厠に登る。まず下痢に類す。気鬱、らい惰、心気常を失し、健忘、時に罵詈す。また大声を発することもあり。帰脾湯キヒトウなどを用ゆれども効なし。余に治を乞う。酒を厳禁し甘草瀉心湯加茯苓カンゾウシャシントウカブクリョウを投ずるに、日一日より快く大効を得たり」。


■生姜瀉心湯
 次は生姜瀉心湯です。最初に吉益東洞の言葉です。

        生薑瀉心湯 治半夏瀉心湯證。而乾噫食臭。下利者。
          於半夏瀉心湯方内。減乾薑各一分五釐生薑六分
          右八味。煮如半夏瀉心湯。
         『傷寒汗出解之後。胃中不和。』心下痞鞕。乾噫食臭。
         脇下有水氣。腹中雷鳴。下利者。


「生姜瀉心湯。半夏瀉心湯証にして、乾噫食臭、下利するものを治す。
半夏瀉心湯方内において、乾姜二両を減じ、生姜
ショウキョウ四両を加う。 半夏(九分)、甘草、人参、黄芩、大棗(各四分五厘)、黄連、乾姜(各一分五厘)、生姜(六分)。
 右八味、煮ること半夏瀉心湯のごとくす」。
 条文は『傷寒論』太陽病下篇です。
 「傷寒、汗出でて解するの後、胃中和せず、心下痞鞕、乾噫食臭、脇下水気あり、腹中雷鳴、下利するものは、(生姜瀉心湯これを主る)」。
 傷寒で表証のあるものを麻黄湯マオウトウなどで発汗させて、表証が消えた後、消化機能が調和せず、心下はつかえて硬く、食べたもののにおいがげっぷになって出てくる。このような時は、脇腹に停水があって、腹部では腸の蠕動が亢進して、ゴロゴロと腹が鳴って下痢する。これは生姜瀉心湯の主治である。「乾噫食臭」は、食べ物のにおいのする臭いげっぷが出ることです。
 生姜瀉心湯は半夏瀉心湯の乾姜を減らし、その代わりに生姜を加えたものです。生姜を加えたのは、腸内の異常醗酵を治すためのものです。生姜瀉心湯は半夏瀉心湯証に似て、食臭のあるおくびが出たり、胸焼けがしたりするものに用います。
 『新古方薬嚢』には、生姜瀉心湯を用うべき症候として、「胃の具合悪く心下部つかえ、おくびが出て臭く、腹ゴロゴロと鳴り、下痢するもの。おくびが目標なり。とくに臭きげっぷには本方の行くところ多し。しかれどもおくびに拘り、かえって証を誤ることもあり。必ずしも本方の専売特許ではなきが故なり」とあります。
 下痢は必ずなければならない症状ではありません。生姜瀉心湯は胃腸炎、醗酵性下痢、胃酸過多症などに用いられます。

■生姜瀉心湯の頭註と先哲の治験

 頭註に、「およそ噫気乾嘔を患い、あるいは嘈囃呑条、あるいは平日飲食するごとに悪心妨満を覚え、脇下に水飲升降するもの、その人多くは心下痞鞕し、あるいは臍上に凝塊あり。この方を長服き…五椎より十一椎に至り、および章門に灸すること、日に数百壮、消塊丸ショウカイガン消石大円ショウセキダイエン等を兼用すれば、自然に効あり」とあります。
 げっぷやからえずきが出たり、また胸焼けがし、酸っぱい水が上がったり、また普段飲食するたびにむかついたり、膨満感が強くて脇の下に水毒が上下するような人は、たいていみぞおちがつかえて硬く、あるいは臍の部分にしこりを触れるものである。その時は生姜瀉心湯を長い間服用し、背骨の第五番目から第一一番目までの間と章門(右の季肋部にある肝経の経穴)に、毎日数百壮の灸をすれば自然に治る。その際、消塊丸、消石大思等を兼用するとよい、ということです。
 続いて頭註に、「噫は、説文せつもんに曰く、食臭気なりと。水気は飲と謂う」とあります。
 吉益東洞が生姜瀉心湯を用いて瞑眩を起こした次の症例は、『医事惑問いじわくもん』にあって有名です。
 「余、京祇園町伊勢屋長兵衛というものを療治したることあり。その病人泄瀉の症にて世医治し難しという。すなわち余を招く。行きてこれを見るに、心下痞硬、水瀉嘔逆してまさに絶え喜とす」というわけで、東洞は、普通の医者は穏やかな薬ばかり用いるが、私の薬は病に的中する時は大いに瞑眩するだろう、けれども瞑眩を恐れていては病は治らないと述べて、そのことをあらかじめ病気のものに承知させて、生姜瀉心湯三袋を与えた。すると病人は大いに吐き下しをして意識を失った。家中騒動となり、医者を集めて診察させたところ、皆、死んでいるといった。
 再び呼ばれて行った東洞は、「前と同じ薬を口に入れて通るなら飲ませなさい」といって帰った。その夜、病人は夢から覚めたように目を開き、親戚一同がなぜ集まっているのかと尋ねた。こうして病人はすっかり丈夫になり、それまでいつもおなかをこわしてばかりいたものが、それ以後は何を食べてもあたらなくなったということです。

■甘草瀉心湯の症例呈示

 最後に私の症例を述べます。
 下痢に甘草瀉心湯を用いた例で、六一歳の女性です。この人は普段から風邪をひきやすく、胃が弱く、下痢しやすい人です。
 一昨日から急にひどい下痢を起こして来ました。何も悪いものを食べた覚えはなかったので、食事に気を付てけ様子をみることにしました。ところが下痢はますますひどくなり、昨日は一日に十数回下りました。腹がゴロゴロとひどく鳴って痛み、気持ちが悪くていても立ってもいられません。テムネスが強く、排便後いつまでも残っているような感じが取れません。軽い吐き気もあり、あまり食欲がありません。身長152cm、体重48kg。顔貌は苦悶状に近い様子ですが、栄養状態は保たれています。
 診察のために横になってもらいましたが、ベッドに落ち着いて寝ていられず、しきりに腹を押さえて気持ちが悪いことを訴えます。脈は沈弱、舌は乾燥して薄い白苔があります。腹診すると心下痞硬が著明です。おなかの中でゴロゴロという音がよく聞こえます。血圧は124/72です。
 そこで急迫症状の強い下痢を考えて甘草瀉心湯を与え、三日後に再診しました。患者は、薬を服用したその日から排便はまったく止まったので驚いているといいます。あの激しいゴロゴロは?と読きますと、それもまったくないと答えます。ただ食欲が低下したというので六君子湯リックンシトウに変方しました。この日、心下痞硬をみると、非常に軽減していました。さらに一週間後来診、便通は正常で、食欲も回復しました。心下痞硬はなお軽度に残存していました。
 この例は心下痞硬、腹中雷鳴して激しい下痢をする甘草瀉心湯の典型例でした。心煩して気分不穏を覚え、急迫症状も明らかでした。下痢で心下痞硬して噫気が多く、腹痛する時は、半夏瀉心湯の適応が多いものです。下痢が激しければ甘草瀉心湯を用い、悪臭のある噫気が多い時には生姜瀉心湯を用います。
 ところで人参湯ニンジントウ証も下心痞硬の強い場合があります。通常は人参湯証を甘草瀉心湯証と誤ることはありませんが、もし甘草瀉心湯を与えてかえって下痢が増加するようなら、人参湯、真武湯シンブトウ、または参苓白朮散ジンリョウビャクジュツサンなどに変方する必要があります。
 次は下痢、口内炎に甘草瀉心湯を用いた例です。
  二四歳の男性。高校時代から下痢しやすかったそうです。とくに牛乳で下痢します。また口内炎ができやすいといいます。人に勧められて小建中湯ショウケンチュウトウを飲んだこともありましたが、無効だったといいます。最近はいつも下痢しています。必ず腹がゴロゴロ鳴ります。便は不消化便で、軟便ないし水容便ですが、渋ることはありません。回数は日に一、二回です。胃部膨満感があり、胃がもたれます。空腹時になると胃がチクチク痛みます。とくに朝食後の胃痛が強いそうです。食後は腹が張り、食べすぎると必ず口内炎ができます。痩せた、顔色が悪い青年です。腹診しますと、心下痞硬、心下振水音、臍上正中芯、両側腹直筋拘攣、及び臍痛を認めます。
 このように胃腸が弱く、やや虚状を帯び、心下部痞塞感、あるいは精神不安を伴う口内炎には甘草瀉心湯がよいのです。この例も甘草瀉心湯を与えて、一ヵ月後には口内炎がだいぶよくなり、二ヵ月後には下痢はほとんどしなくなり、顔色がよくなりました。半年後には、最後まで残っていた朝食後の胃痛も消失し、下痢はまったくしなくなりました。口内炎も出なくなり、薬を止めました。
 

【一般用漢方製剤承認基準】

甘草瀉心湯


〔成分・分量〕 半夏5、黄芩2.5、乾姜2.5、人参2.5、甘草2.5-3.5、大棗2.5、黄連1

〔用法・用量〕 湯

〔効能・効果〕 体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときにイライラ感、下痢、はきけ、 腹が鳴るものの次の諸症: 胃腸炎、口内炎、口臭、不眠症、神経症、下痢



『一般用漢方製剤の添付文書等に記載する使用上の注意』

【添付文書等に記載すべき事項】

 してはいけないこと 
  (守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)

 次の人は服用しないこと
  生後3ヵ月未満の乳児。
   〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

 相談すること 
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)高齢者。
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換
   算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(4)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(5)次の症状のある人。
   むくみ
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
  含有する製剤に記載すること。〕
(6)次の診断を受けた人。
  高血圧、心臓病、腎臓病
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕