健康情報: 乙字湯(おつじとう) の 効能・効果 と 副作用

2013年1月19日土曜日

乙字湯(おつじとう) の 効能・効果 と 副作用

『漢方精撰百八方』
19〔方名〕 乙字湯(おつじとう)
〔出典〕 叢桂亭醫事小言(そうけいていいじしょうげん)(原南陽) 

〔処方〕 当帰6.0 柴胡5.0 黄芩3.0 甘草2.0 升麻1.5 大黄1.0 

〔目標〕
 肛門の疼痛、痔出血、痔核腫脹、陰部瘙痒、軽度の脱肛、皮膚病内攻による神経症、血便。 

〔かんどころ〕
 あらゆる痔に試みるべき処方で、痛みが激しいときには甘草を増量し、大黄は便通の具合によって加減する。しかし下痢のある場合には用いない方がよい。  

〔応用〕
 痔に本方を用いても効のないことがある。こんな時には駆瘀血剤を証によって合方するか、または丸、散剤で兼用すると著効を得る。一例を示すと冷え性で貧血気味、本方の大黄を減量しても下痢して困るものには当帰芍薬散を。炎症が強く肛門周囲の充血が著明なときには桃核承気丸、それほどでもなければ桂枝茯苓丸という具合に。
  また本方は陰部や肛門周囲のそう痒症に奇効のあることがある。ただし女子のトリコモナスに起因するものには無効、こんな時は竜胆瀉肝湯が効くこともある。      頑固な皮膚病に強い刺激性の外用薬を用いてこれが内攻し、精神不安、逆上、頭重などの神経症状を訴える場合にも効くことがある。  

〔治験〕
 三二才の主婦、すでに五回の分娩を経験しており、初産の直後から切れ痔で出血が続いたという。頻回の分娩で痔は益々悪化するばかり。座薬などは全くうけつけない。五回目の分娩後は軽い脱肛を伴い頭重、便秘、冷え性がとくに著しい。万策つきて相談に来たので乙字湯を煎剤にし、当帰芍薬散の原末を一日量3.0として散を湯でのませることにした。大黄1.0で一週間続けたが便通が思わしくないので0.5増量。その後消息不明であったが、後日会ったら三週間で全治し、それから半年間全く痛苦を忘れたと喜んでいた。
  五三才の男子、三年ごしの疥癬で悩んでいたが、少しもよくならないので友人のすすめで水銀軟膏に硫黄華を混じたものを素人療法で塗ったところ五日ほどで患部がよくなったのに力を得て、広範囲に使用したら不眠、頭重、動悸を訴え、食欲なく便秘してしまった。来診時、上腹部膨満、胸内不穏で脈は力があったので大柴胡湯を投じたところ、便通があって上腹部膨満はとれたが他の症状は変わらない。そこで乙字湯に転方したら、こうせいげかん一週間で主訴は消失した。
  石原 明




漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
1 柴胡剤
柴胡剤は、胸脇苦満を呈するものに使われる。胸脇苦満は実証で は強く現われ嘔気を伴うこともあるが、虚証では弱くほとんど苦満の状を訴えない 場合がある。柴胡剤は、甘草に対する作用が強く、解毒さようがあり、体質改善薬として繁用される。したがって、服用期間は比較的長くなる傾向がある。柴胡 剤は、応用範囲が広く、肝炎、肝硬変、胆嚢炎、胆石症、黄疸、肝機能障害、肋膜炎、膵臓炎、肺結核、リンパ腺炎、神経疾患など広く一般に使用される。ま た、しばしば他の薬方と合方され、他の薬方の作用を助ける。
柴胡剤の中で、柴胡加竜骨牡蛎湯柴胡桂枝乾姜湯は、気の動揺が強い。小柴胡湯加味逍遥散は、潔癖症の傾向があり、多少神経質気味の傾向が ある。特に加味逍遥散はその傾向が強い。柴胡桂枝湯は、痛みのあるときに用いられる。十味敗毒湯荊防敗毒散は、化膿性疾患を伴うときに用いられる。
各薬方の説明(数字はおとな一日分のグラム数、七~十二歳はおとなの二分の一量、四~六歳は三分の一量、三歳以下は四分の一量が適当である。) 

11 乙字湯
〔当帰(とうき)六、柴胡(さいこ)五、黄芩(おうごん)三、甘草(かんぞう)二、升麻(しょうま)一・五、大黄(だいおう)一〕
諸痔疾患で、陰部の掻痒、疼痛、出血などのある場合に用いられる。また、皮膚病の内攻して神経症状を呈するものにもよい。
〔応用〕
つぎに示す様な疾患に、乙字湯證を呈するものが多い。
一 痔核、痔出血、裂痔、脱肛、肛門裂傷、陰部痒痛など。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
8.乙字湯湯(おつじとう) 原南陽
大黄1.0 柴胡5.0 升麻1.5 甘草2.0 黄芩3.0 当帰6.0

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 便秘して時々少量の出血があり,局処の痛みの甚しいもの。本方は痔核,脱肛には先ず試みるべき処方である。
 本方でなお便通の悪いものは桃核承気湯に転方するか,あるいは両者を合方すればよい。反対に本方で下痢の甚しいものには当帰芍薬散に転方すべきである。痔出血が著しくて便秘するものに三黄瀉心湯が適し,貧血する場合には芎帰膠艾湯を使用する。なお本方は女子前陰部瘙痒症に奇効を得る場合があるから,一度試みるとよい。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 痔疾は湿度の高い気候,冷えやすい日本式家屋,日本式座法や便所,妊産婦,刺激性食品,習慣性便秘などによって痔静脈の鬱血から起ると言われているだけに,日本人には特に多く成人の約80%が,何らかの痔疾をもっていると言われている。本方はこられの誘因や素因に対して,血液循環や腹圧,肝臓機能や便通を改善して,痔疾を体内から治療する内服薬として,漢方では有名な処方である。
(1)痔核 前記記載の症状を目安に,一般的に繁用されているが,特に飲酒や刺激性食品摂取後におこる外痔核や内痔核で,痛みや出血便秘などあるものによい。また習慣性便秘で,排便時に肛門裂傷や脱肛,痔核痛や出血を伴うものに投与すると,可及的速かに痛みをとり快便を得ることができる。
(2)脱肛 便秘や分娩など過大に腹圧が加わった場合に誘発す識ものに適し,その他のものは次項を利照されたい。
 注意事項 本方は平素健康なものの痔疾に適するが,胃腸が弱く下痢の傾向があるものには,その程度によって当帰芍薬散を合方するか,または同方に転方する。体力や内臓無力症であったり,直腸や肛門括約筋の弛緩によるものには,補中益気湯の応用を考慮する。本方が適応する出血はおおむね少量出血を目安にするが,多量に出血するものには桂枝茯苓丸,さらに便秘がひどくて出血の多いものには,三黄瀉心湯を併用する。
 妊婦の痔疾で初期妊娠や晩期妊娠には,本方と当帰芍薬散を合方することが多い。
 肥満婦人や更年期の婦人に見られる神経性陰部瘙痒症に本方を用いて奇効を得ることがある。また本方を鼻腔フルンケルや鼻茸に,偉効があった経験も報告されている。


漢方診療の実際〉 大塚 敬節先生
 叢桂亭医事小言には「痔疾,脱肛,痛楚(脱肛して痛む。)或は下血腸風(腸や肛門よりの出血)或は前陰痒痛するものを治す。諸瘡疥誤って枯薬にて洗傳(外用薬で洗ったり,これをつけたりして)頓に癒え,後上逆,鬱冒(頭に物をかぶった重苦しい感じ)気癖(神経症)の如く,繊憂細慮,或は心気定まらざる者,並せてこれを治す。」とあり,浅田宗伯はこの方の大棗を当帰に代え,升麻は犀角の代用で止血の効があるといい,またこの方は甘草の量を多くしないと効かないとのべている。しかし乍ら痔出血には出血のところでのべたように三黄瀉心湯,芎帰膠艾湯,温清飲などを用いた方がよい。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 原南陽の経験方で種々の痔疾患に一般的に用いられる。とくに痔核の疼痛,出血,肛門裂傷などによい。また脱肛の初期軽症のもの。婦人の陰部痒痛にも転用される。また皮膚病を誤って治療して内攻の結果,神経症になったものにも用いてよいことがある。諸痔疾患で病状がそれほど激しくないものである。虚実に偏しない一般的な病状を目標とする。


勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此方は原南陽の経験にて,諸痔疾,脱肛,痛楚甚しく,或は前陰痒痛,心気不定の者を治す。南陽は柴胡,升麻を升提(ひきあげる)の意に用いたれども,やはり湿熱清解の功に取るがよし,其内升衣は古より犀角の代用にして,止血の効あり。此方甘草を多量にせざれば効なし。




【一般用漢方製剤承認基準】

乙字湯
〔成分・分量〕 当帰4-6、柴胡4-6、黄芩3-4、甘草1.5-3、升麻1-2、大黄0.5-3
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力中等度以上で、大便がかたく、便秘傾向のあるものの次の諸症:
痔核(いぼ痔)、きれ痔、便秘、軽度の脱肛


【添付文書等に記載すべき事項】
 してはいけないこと 
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕


2.本剤を服用している間は、次の医薬品を服用しないこと
他の瀉下薬(下剤)


3.授乳中の人は本剤を服用しないか、本剤を服用する場合は授乳を避けること




 相談すること 
 1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸が弱く下痢しやすい人。
(5)高齢者。
     〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(6)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(7)次の症状のある人。
     むくみ
     〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(8)次の診断を受けた人。
     高血圧、心臓病、腎臓病
     〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕


2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること

関係部位 症状
皮膚 発疹・発赤、かゆみ
消化器 はげしい腹痛を伴う下痢、腹痛