健康情報: 下瘀血丸(げおつけつがん) の 効能・効果 と 副作用

2013年5月20日月曜日

下瘀血丸(げおつけつがん) の 効能・効果 と 副作用

臨床應用漢方醫學解説』 增補第八版 南江堂刊 湯本求眞著

下瘀血丸大黄蟅虫丸抵当丸三方に関する所説は著者の心血の結晶にして新発見に係るもの鮮からず読者軽々之を看過する勿れ。


下瘀血丸

 大黄一六、〇 桃仁七、○ 蟅蟲二一、〇

 右末となし蜂蜜を以て丸となす 用量一回一、〇乃至五〇、一日一回乃至三回酒服又白湯にて服す。

腹證 師曰、産婦腹痛、法當以枳實芍藥散、假令不愈者、此爲腹中有乾血、著臍下、宜下瘀血湯主之、亦主經水不利、

 本方に對する師の所説は僅に右の二證に過ぎず故に古來此方を用ひたる醫人なきにあらざるも皆此の論に拘泥して前證以前に活用せしもの多からず而して師の此所論ある所以は瘀血が婦人に多く且つ臍下に存するを最も多きを以て婦人病を標本として瘀血を論じ臍下を以て其診察目標となすべきを示されたるものにして右二症なければ用ゆべからずとの意にあらず故に假令腹痛經水不利の症なきも婦人にあらざるも苟も臍下に瘀血あらんには本方を用ゆべきなり然るに瘀血治劑は本方の獨占にあらずして尚他に數方あるを見れば瘀血塊の存在のみを以て本方證と速斷し難し然らば如なる種類の瘀血が本方の主治なるや是れ大に研筅を要する處にして且つ至難の問題なり餘嘗て此問題に遭遇して其解を得ず千辛萬苦或は自體を或家族を研究材料とし思索討究を積むを久うして此證の甚だ多きものにし之を有せざるもの殆んど無きを發見せり故に本方は著明の貧血或は下痢症にして衰脱甚だしきものを除き凡ての方劑殊に治瘀血煎劑に兼用すべきものにして最も應用廣き治瘀血丸なり而し仲大黄蟅蟲丸及抵當丸の二方も亦治瘀血丸方にして下に掲ぐる定證を目的と爲すべきは論を待たずと雖も臨床上に於ては本方證と區別し難き場合多きを以て先づ本方を試みて効無ければ大黄蟅蟲丸を用ゐ抵當丸の投與は最後の手段となすべし。



和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
下瘀血丸(げおけつがん) 〔金匱要略〕

【方意】 陳旧性の瘀血による下腹部の抵抗と圧痛・腹痛等と、瘀血による精神症状としての不眠・興奮・錯乱等と、裏の実証による便秘・腹満等のあるもの。     《陽明病,実証》

【自他覚症状の病態分類】

陳旧性瘀血

瘀血による精神症状 裏の実証
主証  ◎下腹部の抵抗と圧痛 ◎不眠
◎興奮
◎錯乱
◎便秘
◎腹満



客証  ○腹痛
  月経不利 
   不食 ○健忘
   心悸亢進
   精神異常
  


【脈候】 脈力あり。

【舌候】 

【腹候】 腹力あり、臍下に横楕円形の抵抗と圧痛を認める。

【病位・虚寒】瘀血は陰証にも陽証にも存在するが、興奮・錯乱等の精神症状は発揚性で陽証である。裏の実証が本方の構成病態にあり陽明病に相当する。脈力・腹力もあり実証である。

【構成生薬】 大黄16.0 桃仁7.0 蟅虫21.0
        以上を細末とし、蜂蜜にて丸とし、1回1.0を服用する。

【方解】蟅虫は硬固な陳旧性瘀血に有効で、これにより発する精神症状を去る。桃仁も駆瘀血作用があり、大黄の裏実に対する瀉下作用と共に瘀血を排出する。

【方意の幅および応用】
 A 陳旧性瘀血:下腹部の抵抗と圧痛・腹痛・経月不利を目標にする場合。
   月経痛、月経不順、産後腹痛
 B 瘀血による精神症状:不眠・興奮・錯乱・不食を目標にする場合。
   不食症、統合失調症、登校拒否

【参考】*産婦の腹痛には、法当に枳実芍薬産を以てすべし。仮令愈えざる者は、此れ腹中乾血有りて臍下に著くと為す。下瘀血湯に宜し、之を主る。亦た経水不利を主る。  『金匱要略』
     *臍下毒痛し、及び経水不利の者を治す。
     *本方は鎮痛作用が強い。

【症例】難治性慢性活動型肝炎
 29歳、男性。2年前肝炎といわれ他院で入院加療。軽快しないので柴胡剤含む漢方薬を服用したが効果がなかった。最近全身倦怠、頭痛、不眠が起こり気力がなくなった。大便1回/1日、やや頻尿、多尿。
 現症:陰、虚、皮膚す功けてつやがない。痩せている。舌:白苔(+)、質淡赤色、潤、中等大。脈:浮、大、弱い、やや数。右胸脇苦満(±)。腹部平低。左下腹部圧痛(+)、やや底に硬い感がある。少腹不仁(+)。肝触れない。中庭圧痛(+++)、右曲泉握痛(+)、左合谷圧痛(+)、右天宗圧痛。GOT178、GPT255。
 肝生検:慢性活動型肝炎像。線維化は認められない。
 中庭圧痛で柴胡桂枝乾姜湯、少腹不仁で八味丸、左下腹部の深部の硬い抵抗と圧痛で陳旧瘀血と認めて下瘀血丸を処方した。4週後倦怠感わずかあるだけで他の自覚症状は全く消失した。脈:やや浮、やや緊、やや数。左下腹部圧痛(+)、抵抗(+)。少腹不仁(+)。中庭圧痛(+)、其の他の腹証すべて消失。GOT46、GPT68と著明に低下した。
 7週後自覚症状全く消失。陽、やや実。皮膚、とくに顔の色つやが良くなった。少腹不仁(+)。他の腹証すべて消失した。GOT24、GPT19。他の検査すべて正常。
有地滋・戸田静男『日本東洋医学会』31・1・19

慢性活動型肝炎(B型)
 38歳、男性。2年前全身倦怠、めまい、嘔気が起こ責、慢性活動型肝炎と診断され他院で加療して来たが軽快せず。すぐ疲れ、時に右肋骨弓部が軽く痛む。
 現症:陰、実。皮膚の色蒼白く、ややすすけている。口唇、やや暗赤色。舌:白苔(±)、質、暗赤色。脈:やや沈、中等大、緊、やや数。心下痞(+)。右胸脇苦満(+)。左下腹部圧痛(+)、底硬いが皮膚・皮下結合組織の握痛(+)。肝触れない。右曲地握痛(++)、左合谷圧痛(+)、右天宗圧痛(++)。肝生検:やや線維化傾向の慢性活動型肝炎像。
 右胸脇苦満(+)で小柴胡湯、左下腹部圧痛(+)、底に硬い感じがあるが、腹部皮膚・皮下結合組織握痛(+)であるので桂枝茯苓丸を投与。4週後自覚症状はなくなった。陽、実。皮膚の色つや良くなった。しかし検査は全く改善されない。
 この時点で胸脇苦満(-)となったが右天宗(+)、左下腹部圧痛(+++)、底硬い、肝機障害(+)で小柴胡湯と梗枝茯苓丸を継続。8週後体軽く自覚症状全く消失。陽、実。皮膚のつやが明るくなった。しかしやはり肝機能は全く改善されない。カゼを引いたためか胸脇苦満、左下腹部の圧痛が再度出現、増強した。
 小柴胡湯と共に、左下腹部の深部に圧痛(++)、抵抗(++)があって、腹壁にはないので動物生薬駆瘀血剤の「証」であり深部が移動性があるので下瘀血丸を投与した。12週後自覚症状全くない。GOT195→138、GPT285→226に下った。γ-Glもわずかに低下。16週後体調極めてよい。GOT138→49、GPT226→95。24週後自覚症なし。GOT、GPT、ALP、γ-Gl、TTT正常。ZTTもほぼ正常。
 其後同一処方を捕服用。6ヵ月間肝機顕正常が続いたので臨床的に治癒と断定。
有地滋・戸田静男『日本東洋医学会』31・1・20
 

※ 右曲泉握痛(+)は右曲泉圧痛(+)の誤植?
※ 質、暗赤色は舌、暗赤色の誤植?
※ 皮下結合組織の握痛(+)は皮下結合組織の圧痛(+) の誤救?
※ 右曲地握痛(++) は 右曲地圧痛(++) の誤植?
※腹部皮膚・皮下結合組織握痛(+) は 腹部皮膚・皮下結合組織圧痛(+) の 誤植?



『金匱要略解説(58)』 
婦人産後病①-小柴胡湯・大承気湯・当帰生姜羊肉湯・枳実芍薬散・下瘀血湯・陽旦湯
日本漢方医学研究所附属
日中友好会館クリニック所長 杵渕 彰

■下瘀血湯
 「師の曰く、産婦腹痛せば、法はまさに枳実芍薬散をもってすべし。もし愈ざるものは、これ腹中に乾血ありて臍下に着くとなす。下瘀血湯に宜し、これを主る。また経水不利を主る。
 下瘀血湯の方。
 大黄(ダイオウ)(二両)、桃仁(トウニン)(二十枚)、蟅虫(二十枚、熬りて足を去る)。
 右三味、これを末とし、煉蜜(レンミツ)に和して四丸となす。酒一升をもって一丸を煎じ、八取を取りて頓(とみ)にこれを服す。新血下ること豚肝(トンカン)のごとし」。
 これは先の枳実芍薬散の文を受けて、枳実芍薬散が無効な場合には、瘀血があるためであるから、下瘀血湯の主治である。また月経がない場合もこの処方の主治であるというものです。
 宇津木昆台は、「枳実芍薬散の証のように、熱のうっ滞や、水の凝滞はなく、ただ瘀血だけが潤いなく固まってしまったもので、この下瘀血湯のような強い力の薬でなければ、この乾血を去ることはできない」と述べています。乾血を瘀血の一つというように通常解釈していますが、胎盤が残留しているのだと解釈する研究者もおります。
 この処方は、この文にあるように産後に用いる用い方のほかに、古い瘀血があるものに用いることになっています。児島 明(こじま めい)は『聖剤発蘊』で、毎月月経がくる前に腹痛に苦しむものによいといい、「男子の血証でも有効な場合があり、腰痛が長いもの、淋疾、痔、脱肛などの症状でよいことがある」と書いています。また腹証について稲葉文礼(いなばぶんれい)は、「下腹部に瘀血があり、痛みが強く我慢できないほどで、甚だしい時は手を近づけることもできないほどである。臍下をさぐると、指に触れる硬いものをみることがある」といいます。
 この処方構成は、大黄、桃仁、蟅虫の三味からなるものです。抵当丸(テイトウガン)や大陥胸丸(ダイカンキョウガン)のように生薬を粉末とし、加熱した蜂蜜(ハチミツ)で丸薬としておき、その丸薬を煎じるというものです。ただし煎じるのに水をもってするのではなく、酒を用いるという方法をとります。酒を用いる方法について、喜多村直寛などは、作用を穏やかにするためであると述べていますが、現代医学的には、水エキスとアルコールエキスほどの差ではないにしても、何か意味がある可能性があるのではないかと思いますが、これはよくわかりません。「抵当丸や大陥胸丸と同じ作り方をしているものであるから、下瘀血湯という名称は下瘀血丸であるべきであり、煎じるのでなく、煮るというのが正しい」と多紀元堅(たきげんけん)は述べています。
 作用について有持桂里は、抵当丸とほど同程度の作用と述べていますが、喜田村直寛は、「抵当丸の水蛭(スイシツ)、虻虫(ボウチュウ)に代えて、蟅虫を用いること、酒をもって煮ていることなどから:抵当丸よりも一段と穏やかなものである」と述べています。
 構成生薬の桃仁、大黄は今さらお話しする必要もありませんし、蟅虫も血痺虚労病篇の大黄蟅虫丸(ダイオウシャチュウガン)に含まれていますので、詳しくはお話しいたしませんが、サツマゴキブリの成虫です。当然市場品は養殖されたものですので、不潔なことはありませんが、あまり気持のよいものではありません。丸薬にしておきますと、蟅虫の形体を直接みませんので使いやすいのですが、動物生薬はかびが生えやすいことが多く、保存には注意が必要となります。これらの駆瘀血剤の処方の構成は、駆瘀血剤と大黄とが組み合わされていることが多くみられます。桃仁や蟅虫、場合によっては水蛭、虻虫などで血を動かし、大黄によって排出させようとする考えといえます。
 「新血下ること豚肝のごとし」というように、この処方を用いて有効である時に、豚の肝臓のような血の塊が排出されると記載されています。これをもって胎盤の残留したものであるということをいう人もありますが、胎盤などでなくても、古い瘀血の場合には、しばしばみられる現象です。

■下瘀血湯の治験例
 この処方の治験報告も、新しいものはみられません。稲葉文礼の『腹証奇覧翼(ふくしょうきらんよく)』の後篇に、「三四、五歳の男子で、激しい腹痛で、臍の下が痛むものが三年続いており、さまざまな治療を行ったが無効であったものが多い。診察してみると、冷えがあり、腹皮拘急して頭足あるようにみえ、このため大建中湯(ダイケンチュウトウ)を処方し、一ヵ月ほどで徐々によくなってきたが、また臍下が痛み、我慢できないほどになってきたので、下瘀血湯を処方した。処方後、数日でまったく治癒した」というものがあります。
 また『成蹟録(せいせきろく)』に、「一婦人で、月経過多で、月に二回も月経があることもあり、肩、背が強ばり、腹が攣急し、或いは鞕満しているもので、食欲があり、便秘し、陰部が時として痒いという状態が数年続いて、治療に反応しないものに当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)と下瘀血丸を兼用したところ、まったく治療した」という記載があります。


明解漢方処方 (1966年)』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
⑳下瘀血丸(げおけつがん)(金匱)
 大黄一六・〇 桃仁七・〇 蟅虫二一・〇(四四・〇)
以上を細末とし、蜂蜜で丸とし、一回一・○宛、清酒で服用するのが標準であるが、作用の劇しい薬であるため、一日一回大便がある程度に各人の個人差で調整する方がよい。
 名称は「下瘀血」であるが、薬味からみるに目標は乾血の排除である。乾血は瘀血が陳久になって普通の駆瘀血剤では排除し難くなったもので、本方と瘀血剤との区別点は、その臍下の血塊に触れると甚しく、到底触診困難なほどである。また一般に乾血体質は痩せていて皮膚は鮫肌で、下腹部の血行障害の結果、往々大建中湯のような腹寒の症を起し易い。
 婦人の中に極く稀れに脉のない者があって、よく新聞記事になるが、これなど乾血証の甚しいものであろう。そして右側の橈骨(とうこつ)動脉において脉消失が顕著なのは、漢方でいう血証は左側に強く出るからである。
 この処方中乾血に働く薬は蟅虫であるが、現在に真品の入手が困難なようである。また一説に大黄蟅虫丸と本方は同方異名だともいい、金匱の本方の条文は支理滅裂で全く意味が通じない、恐らく後人の攙入であろう。
 古方中、乾血剤は数種あり、いづれも発狂、健忘症などの精神異常を現すが、本方は例外的に精神正常を目標とする。その理由は南涯流に申せば病毒が裏位にあり、他の乾血剤のように内位にないため心を侵かさないからである。湯本求心氏は他の乾血剤と区別つけ難いときは、先ず本方を用い効なきときは他剤を考えよという。なおこの薬はカビがつき易いから保存には乾燥剤を必要とする。淋疾。痔。脱肛。腰痛。


副作用
使用上の注意
●大黄
・食欲不振、腹痛、下痢等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・授乳中の婦人には慎重に投与[乳児の下痢を起こすことがある]。
・併用する場合は、含有生薬の重複に注意。

●桃仁
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

●蟅虫
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

※蟅虫の「蟅」は本来は「庶」が上で「虫」が下